2015年2月13日金曜日

403「祀り3」2015.2,12

 中山さんのあわ歌は2月1日から、1日10回あわ歌を歌い、100日間、5月11日まで休むことなく続けると言うお勤めがなされています。この行は毎日予定の事柄等を行いながら、3時間以上の歌う時間を確保すること、そして継続する為の歌い方等の工夫も必要なようで、なかなか大変なようです。
 その行をなされて1週間目、2月7日の未明に中山さんに下りたお言葉は以下でした。
「嬉しきとは何ですか。心が躍る事、心が弾む事、心が美しきこと。
 さあさあ、参りましょう。その身の嬉しきは是よりの大きなる道。
 参りましょう共々。」0:07


 この言葉を持ち、仙台へ2月7日から10日までの日程でお越しくださいました。
 初日の7日はあわ歌会でした。土曜日の午後でしたので初めから私も同席できました。
最初の方のあわ歌拝受を聞かせて頂きましたが、是までのものと大きな違いが直ぐに分かりました。明らかにあわ歌の変化は感じられます。
 歌は1音が長く、低く、響かされて、なおかつ余裕をもって音を切り終わり、息継ぎも自然に成されて次の音を発するのに乱れが無く、滔々と響きに振動が乗り拡がります。1音の中にもいろいろな響きの変化が織り込まれていて、意図的に発しているのか自然に出ているのか不明ですが、心地良い音の空間に身を委ねている感じです。


 私も今年初めてあわ歌を中山さんから拝受しました。今回は私も一緒に歌いましたが、最近は歌って頂き自分はその歌に委ねている状態でしたので、共に響かせて頂いたのは2年ぶりくらいかもしれません。
 出来るだけ中山さんの歌の音の響きを聴いて真似るのですが難しい世界です。しかしだんだんと身体が覚えて来て共鳴して、身体が、えも言われないほどの心地良さに酔い痴れる感じです。明らかに中山さんを通して伝えられるあわ歌、音の響きと振動は進んでいます。
 この感じは10日まで中山さんと同行していましたが、日々その変化を感じるほどに進みは早いものでした。いろいろな意味で急いでいる、それはこれから起きるであろう諸々の変化に付いて行く為に早く変わることを目指しているようです。その変化に付いて行ける己に成る為に、各自が柱を立てるは時間の余裕があまり無いようにも思いました。

 その時に私が頂いたお言葉です。
「新たなるこの響きを、集い来る方々、皆々共々に、響かせ行きて、
 この宇宙の全てへ伝えてまいらせませ。
 この十日には、方々皆々、御用意いたしてお待ち申す。」


 10日には大和での儀式が予定されています。私達が集い響かせますが、そこに多くの方々皆々様がお待ちしているようです。この言葉を受けて、中山さんは「10日はどうやら歌うだけの様ですね、」と話されました。それを受けて10日は特別な式はなく、あわ歌を10回、響かせ頂くことに成りました。
 
 7日のあわ歌会でTさんが頂いたお言葉です。
「数えきれない多くが漂い、寄る辺なき身がその身を探す。
 歌の響きは光りと成りて、それらを取り込み、流して消し行く、大きなる恵み。
 只々の響き嬉しき。」


 彷徨う多くの方々が助けを求めて来るようです。あわ歌の響きは光りと成りそれらを流し消して行く大きな恵み、お役目を只々の響きで成すことで嬉しきを成すのでしょう。大変な事です。

 引き続きKさんのお言葉です。
「昨年は大きなる事成し行かれ、ありがとうございます。
 嬉しきを真と成し行き、この身の古き里に、大きなるを持ちて沈められたる所あり。
 このこと知りて、お訪ねなされ。」


 本人はこのお言葉を頂いてきょとんとしています。古き里とは?・・
 中山さんによると、昨年の大きなる事とは12月10日の天城での儀式のことで、古き里とはモンゴルの事と言います。それを聞いて本人はびっくりしています。なんで私が?・・・という顔をしています。私達も同様にえっ!モンゴル?と驚きです。

 以前からモンゴルの事は中山さんにも来ていたようです。昨年4月9日に以下の言葉がありましたが良く分からずにいたようです。その時はスペインに向かう飛行機の中で中国上空だったとか。
「西大宇宮 夢多風呂 嵐崇々 素大大風 砂居呂 激甚祐々 慮心外 許不可侵 
 此地外 誕生我元 たんたん たんたん たんすん たみたり たすたれ たんたん
 ゆるわれ ゆるわれ (地図の様な絵) 我大地 1014、2、22 」


 1014、2,22は年月と思い調べてみると、高麗年表に1014年、「高麗の賊が九州に攻め寄せ、大宰府が討伐する。」とあります。モンゴルを発祥地とする契丹が中国北部、満州を支配し遼となり、1010年高麗は遼の支配下になっていました。元寇以前に何度も日本に来襲しています。年号でモンゴルに結びつきましたので、このお言葉はその関連の様です。
 そして下の方に画かれてある絵の形が何とモンゴルの国の形にそっくりなのです。これまた驚きです。そして翌日に解った事なのですがモンゴルの国の形が岩手県の形とほとんどそっくりなのです。青森県の太平洋側を含めると更に似てきます。これまで何度も岩手県の地を中山さんと巡りましたがその事も繋がりがありそうです。
 モンゴルを訪ねるかどうかは当事者のKさんの思い、決断だけです。

 あわ歌唱和会も終わった食事会の席で中山さんからKさんに以下のお言葉がありました。
「八咫の鏡に写りしは、光の中の大きな印。
 構えて、探して参られて、写るを楽しみ参り行け。」22:30
「その身が始めるその事は、是よりの写しを現わして参る。
 さんて さんて さらさんて。
 許されたるなり。この時のその身。」22:32


 翌日のあわ歌の集いにはKさんが地球の歩き方のモンゴルを買ってきました。どうやら決意されたようです。中山さんと相談して7月末から8月初めにモンゴルに行くことに成りそうです。

 あわ歌会の後にあわ歌唱和会です。新しいあわ歌の響きを皆さんで発しました。最期に中山さんから次のお言葉がありました。

「この白き光を見られませ。大きなる響きに乗り来て写す。
 皆々様にとって是より、それぞれの大きなる柱と成り行きます。
 大いに響きてくだされ。」








 終わった後の食事会も楽しい中に新しい気づき、発見がありました。Kさんに先ほどのお言葉があった後に、隣に座っていたK、Yさんに中山さんから急に宮沢賢治のお話が振られました。そこでつぎのお言葉がありました。
「盛んに成るは偽りぞ。真の思いはこの身の中に現れ行きて参りたし。
 受け取りて下されるは、何処にあり。生みて参る、さんさんさんの夢。」
「相対し、行きて、その身に写すこの大光は、受け取る事、大きなり。響きを発するその身と成り、受け取られよ。一心に成り行くや、いなや。」


 果たしてモンゴルと宮沢賢治が関連があるのでしょうか。果たして如何なるでしょうか、これからの進展が楽しみです。

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