2015年11月9日月曜日

503「光と陰3」2015,11,9


 3日目朝は雨が上がったアンドラ公国の首都、アンドラ・ラ・ベーリャの全容が分かりました。


昨夜は街の明かりしか見えませんでしたが、渓谷にあるその様は一体何を生業にして成り立っているのかと思います。人口8万足らずでタックスへブンで観光が主のようですが、歴史は古いようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9

 朝食後、ホテルのある下の街からビルのエレベーターに乗って最上階に上がるとそこは広場で上の街が開けています。



 目的地はその街の中にあるサンステファノ教会です。
 小さな国会議事堂や行政機関のある中心地区の傍にその教会はこじんまりとありました。ロマネスクからゴシックへ移行したころの建物でしょうか、綺麗に整備され、内部も祭壇のある後陣のステンドグラスでカラフルな採光が静粛な雰囲気を成しています。今も教会として使用されているのでしょうか。





  その祭壇前であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「あ~ ここに申し上げるこの事は、是より参る動きなり。
その動きを知り行くは、二つを一つの身と成して、移り来るをその身に止められ、歌の響きに乗せ行けば、遥かなる大きな身へ繋ぎ行く。
 踏み参りたるこの地を共に参られませ。離れず響かせまみえて共に。」10:06

 教会から裏口から出て小さな空間、広場に聖者が建っている銅像がありました。中山さんが見るなり、これだよ!と言います。朝陽がその聖ステファノの像と思える方に降り注がれているではありませんか。謎解きの1つが目出度く出来ました。


聖ステファノはキリスト教最初の殉教者と云われています。昨日の聖女ウルスラ(聖女アシュラ)も殉教者で聖者です。
 殉教について少し調べてみました。
「殉教とは自らの信仰のために命を失ったとみなされる死のこと。キリスト教の歴史でよく用いられる言葉であるが、キリスト教以外の宗教でも見られ、宗教的迫害において命を奪われた場合や、棄教を強制され、それに応じないで死を選ぶ場合など、様々な形の殉教がある。」
 キリスト教徒での殉教は以下のような捉え方のようです。
「歴史的に、キリスト教で使われてきた「殉教」(ギリシャ語:Martyria)の語は「証人」という言葉に由来している。すなわち、殉教とみなされるためには、その死がその人の信仰を証していると同時に、人々の信仰を呼び起こすものであるかどうかということが基準とされているのである。
 キリスト教の最初期の殉教者として新約聖書(使徒行伝・使徒言行録)に登場するのはステファノと使徒ヤコブである。洗礼者ヨハネの死も殉教とみなされるが、伝統的にはイエス・キリストより以前に死んだヨハネではなく、ステファノが「最初の殉教者」といわれる。伝承によると、イエスの十二使徒は(イスカリオテのユダはもちろん例外として)、ヨハネを除くすべてのものが殉教したとされるが、史実の裏づけのあるものは少ない。他の新約聖書の登場人物も、多く殉教の伝説をもつが、これも伝説の域を出ていない。」
「キリスト教教会は、殉教者を、神と人間を仲介できる存在、聖人と位置づけて祈りの対象とした。また聖人の遺体(聖遺物・不朽体)も信仰の対象となり、病気治しなどの奇跡を起こす力があると考えられ、高額で取引されることもあった。
アウグスティヌスは聖人の遺体を商取引にすることを非難する文書を残しているが、聖人崇敬自体は奨励している。そこで、ヨーロッパの民衆にキリスト教が根をおろすと、聖人と聖遺物に対する各地域の「需要」が増えた。その風潮の中で、聖人と聖遺物を増やすために過去の殉教の伝説が誇大に伝えられることがあった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%89%E6%95%99

 キリスト教では殉教者が聖人となっていますが、聖人とは一般的に以下のように言われます。
「徳が高く、人格高潔で、生き方において他の人物の模範となるような人物のことをさす。主に特定の宗教・宗派の中での教祖や高弟、崇拝・崇敬対象となる過去の人物をさすことが多い。」
「聖人への崇敬は教派によって扱いが異なり、正教会、東方諸教会、カトリック教会、聖公会、ルーテル教会などで聖人崇敬が行われている。ただし、対象は歴史的に若干の変動があり、またこれら聖人崇敬・聖人の概念を認める諸教派の中でも崇敬の方法・あり方には差異が存在する。一方、プロテスタントでは聖人に対する崇敬を行わない教派が多い。改革派教会以降のプロテスタントとバプテスト系は、聖人崇敬を否定し、クリスチャンすべてを聖徒と呼ぶ。プロテスタントの中には、キリスト教初期の慣用表現から、「聖人」という語を単にこの世を去った信徒たちを指す言葉として用いるものもある。」

 キリスト教の中でもいろいろな考え方が混在しているようです。今回巡る地はローマカソリックの文化の世界です。アンドラ公国から次の目的にアイギス・トルテス国立公園にバスは向かいました。その車中で以下のお言葉がありました。

・「絵 IMPROVE MENT TALIA SON SARA SANTARIA」11:58


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