2016年3月25日金曜日

592「観音10」2016.3.23

 今回の巡りの中で重要な儀式を行うようにお言葉ありました。それは2016年2月22日に那須のゼロ磁場で中山さんがあわ歌を響かせた時のものです。その時のお言葉です。
「来たる三月六日には、揺るがぬ大きな杭を打つ。みなみな揃いてしっかりと、
それぞれの響きを、それぞれ発して下され。時は三日に定めます。」

 そして今月3月3日の養老でのあわ歌会の時に以下のお言葉がありました。
「旅立ちの時迎えたり。来る6日の午後3時。響きは2度なり。
 その後、大きく多数が発する。うまし音、皆々大きく揺りて参る。」


 指定の午後3時の場所の選定は私に任されています。その場所には奥州七観音の華足寺が適地と想い、そこで出来るように当初の予定を若干変更して臨みました。
 登米市東和町にある華足寺は真言宗の大きなお寺で小山の上に馬頭観音菩薩が祀られる観音堂があります。縁起は以下のようです。
「竹峰山大悲院華足寺の創建は大同2年(807)、坂上田村麻呂が東夷東征で当地を訪れた際、度重なる戦乱で大きな犠牲を出した事から、戦没者の霊と戦死した愛馬(郷黒)を慰める為に馬頭観音(馬頭明王)を勧請し、愛馬を埋めた塚の上に御堂を造営したのが始まりとされます。馬頭観音を本尊として祭る寺院としては日本最古とされ、以来、牛馬の守護神としてそれらに従事する者や関係者から信仰の対象となり奥州七観音の1つにも数えられました。歴代領主からも帰依され、平安時代には奥州藤原家が庇護、大永4年(1524)には葛西晴重が奥之院を寄進、江戸時代には入ると仙台藩から「御召出」の格式を得て、寛文元年(1661)には4代藩主伊達綱村から寺領773文(約8石)が寄進、天明6年(1787)には8代藩主伊達斉村が馬頭観音堂を寄進、寛政11年(1799)には9代藩主伊達周宗が山門(楼門)を寄進しています。境内全域は風致に富み歴史的にも貴重な事から昭和54年(1979)に宮城県自然環境保全地域に指定されています。」「古には三十数ヶ寺の末寺を有した名刹で興亡衰盛は一再ではなく戦国時代元亀元年正月戦禍により一山灰塵に帰すと言った如き不慮の祝融が其の後二度程破ったと記録されている現在の本堂は八代藩主伊達斉村公の寄進に依り天明6年に再建されました重厚にして壮厳美豊かな芸術的建築物として有名広く賞賛されて居ります。」
 少し早めに着きましたので、まず儀式をする場所を決めて頂きましたが、やはり馬頭観音菩薩をお祀りする観音堂前です。更に奥には奥の院があります。少し散策した後に、観音堂の前に、皆さんで丸く輪をなして配置に付いて開始時間を待ちました。








 15時丁度から儀式が始まりました。まず皆さんであわ歌を2回唱和しました。その後のお言葉です。
「拍手9回。
 直ちに参る。これよりの光持ち行き、皆々共々、この地を結びて、しっかりとこれよりの道へ参られませ。大いなる定めは動きて、大きく変わるはこれよりなり。この身を通して発し行く響きとひとつに成りなって、共々に参られませ。(拍手)
 あ~い~う~え~お~。あいうえお。あいうえお。あいうえお。からんころん、たらんとりん、からんころん、たらんとりん、たらん、たらん、たんた、ちりん、たらん、とろん。
 歌えよ、歌えよ、響きて歌えよ。遥かな大空目指されませ。お~お~え お~お~・・。
 はんたら、はるらり、ゆるりろ、ろらりろ、はんたら、りるろ。は~あ~あ~あ~(拍手)
 皆々、皆々、ひとつへ向かう。ありがたき。」15:37

 無事に終えることが出来ました。多くの方々が集まり来て、それぞれ音を発しておられたようです。お陰様で目的を達することが出来ました。

 次の目的地は登米市中田町にある第23番の長承寺です。曹洞宗のお寺で千手観世音菩薩をお祀りしています。観音堂であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「届きて参りたこの響き。これより益すます多くの時を過ごし行く。
 方々皆々、共に発して、大きなる輪を作りましょう。
 踏み行く道を互いに照らし行く。」16:30




 第22番札所の勝大寺は栗原市金成町にある真言宗のお寺で十一面観世音菩薩が祀られています。お寺から少し離れた白山神社のそばに立派な小迫観音堂があります。ここも奥州七観音です。縁起は以下です。
「十一面観音を本尊とする観音堂を金堂とした一山寺院である。鎮守として観音堂の背後の山上には、十一面観音の垂迹である白山神が祭置されている白山神社が鎮座する。小迫観音堂は、坂上田村麻呂が奥州征伐の戦勝を感謝して大同2年(807)に建立したと伝えられる。坂上田村麻呂によって建立された奥州7観音のひとつ、本尊は十一面観世音菩薩です。」
 日暮れ近い中、観音堂前であわ歌を響かせました、その時のお言葉です。
「とんたるらりら、さらりろ、さんさんさんたりお~。
 これより大事な月日を迎え、しっっかりそれぞれその身をこの地に着けて参りませ。
 ここ守りし大きなる身を、淡々と平らか保ち、新しきを迎えませ。お頼み申す。あ~。」17:19

 夕闇迫る中、車は最後の目的地、栗原市栗駒町の第16番札所清水寺に急ぎます。真言宗のお寺で聖観世音菩薩をお祀りしています。ここも奥州七観音で、縁起などは以下です。
「大同2年(807)、坂上田村麻呂の奥州進攻のため、この地に滞陣したとき霊夢をみて将軍の守り本尊として兜に埋めてあった閻浮壇金の金銅仏(5.5cm)の聖観音像を勧請し、東北ではまれにみる名刹霊場となっています。本尊聖観音菩薩は秘仏で、33年毎に開帳されます。
 京都清水寺を模した浄土庭園は、莫大な寄進をなした夫人の名にちなんで「千寿園」と名づけられています本堂の東側にある千寿ケ池を中心とした庭園は松と広葉樹林の自然林に囲まれ、春にはツバキやサツキが咲き乱れ、秋には千寿ケ池が真っ赤にそまるほど赤にそまるほど紅葉します。」

 どうにか日没、夕闇前に着くことが出来ました。薄明かりの中、本堂前であわ歌を響かせることができました。その時のお言葉です。 
「あ~あ~ 受け賜りました。
 定まり来る多くの事ごと、これよりここに現し行きて、ひとつづつ確かめ進みて、この暑き時には大きな決断と成り行く。
 この地よりの知らせ、随所に現われ、動きを知らせ行く。
 惑わされる事無く、しっかりの身を望みます。明日より始める事なり。」17:50




 終えた時には暗闇の中ですが、大きな導き、お陰様でありがたきことす。そして時間も全ては当初の予定通りで、仙台駅には7時半前に到着できました。
 今回は20箇所を巡り終えることが出来ましたが、次回4月9、10日には残すところ、16箇所の観音霊場巡りが待っています。果たして満願成就が出来、如何となりますでしょうか。楽しみに臨みたいものです。

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