2017年3月19日日曜日

883「蝦夷2」2017,3,19 石神山精神社

 次の目的地は、大和町にある石神山精神社(いしかみやまずみ)です。創建は不詳ですがかなり古く、ここも延喜式内社です。ここはテンメイ大和農場の直ぐ近くで是までも何度も訪れています。南川ダムを抜けて程なく到着です。
 以下の様な紹介があります。
「式内社黒川郡4座の1つで、社名の示すとおり巨大岩石に神霊の存在を認めて祀った古い信仰の姿を伝えた神社である。
 祭神は大山祗神・大歳神・大国主神・事代主神・保食神・釜神を祀る。 
 社殿前に坂上田村麻呂将軍の御手植えの杉と古老の口碑に伝う周囲7m、樹齢千余年の老杉がある。
 790年(延暦9年)11月 続日本紀によれば桓武天皇の時代に、既に大和朝廷の信仰厚く奉幣が行われた。」

「東北の延喜式内社には、その歴史から蝦夷征討となんらかの関わりをもつ神社が多い。当社にも口碑による田村麻呂伝承が残るが、信仰形態としては、縄文を源流とする自然崇拝から生まれた古代の祭祀場であったのだろう。
 山の精の座として、磐座=石神を祀る。石神山精神社の社名に、往古の記憶が残されている。

 又以下の様なものもあります。
「大和町に石神山精神社という古代からの古い神社があります。
 ずっと前にもこのブログでのせていますが、ここは縄文時代からの集落が点在しており、稲作も比較的早く伝わり、あまりエミシ征伐の影響を受けることなく、平和な村があったと思います。
 この神社には、坂上田村麻呂が植えたと伝わる御神木の杉がありますが、実際は地元の豪族が大事にしていた森だったと思います。
 岩を神として祀られている神社の中では一番古いとされ、創建は不明ですが、昔は岩だけだったと思うので、おそらく宮城県では一番古いお社だと思います。
 入口も正面に御堂があるのでなく、L字型になっています。
 本堂の裏が本来の聖地になっています。
 秩父の橋立鍾乳洞のような岩に似ていて、海の底にいるような感覚がありますが、大杉が一緒に存在している所がすごい。互いにエネルギー交換しているみたい。」
http://blog.goo.ne.jp/inehapo/e/044534cd84366061aca2ef4e90cc45fb

 ここに記載されているように、ここは蝦夷の聖地として大事に祀られてきたところです。先に訪れた鹿島天足神社、別名大亀明神もこの地の蝦夷の聖地であり、そこへ大和朝廷の深侵略があり、征服されたのでしょう。その聖地の上に大和朝廷の神々を祭り、支配の教化政策の役割を担って来たのでしょうか。

 ここから私たちの農場は車で10分弱です。ここにはこの地を治める蝦夷の長が居たようです。神社の奥の山には麓城跡がありますが、古の時に、ここで政が成されていたのでしょう。
10m以上の高さのある白っぽい巨岩壁のある箇所には赤みかかった色の場所がありますが、大和に侵略された時の血が染み込んで出来たもので、それ以来消えないと言われているようです。
 かつて、私たちの大和農場の大家さんがその土地を求める時に、玉光神社の名誉宮司であり、国際宗教・超真理学会(IARP)の元会長の故本山博先生に相談されて、蝦夷の貴重な聖地だということで、その地を選んで入植したそうです。本山先生は大和朝廷側の血筋で蝦夷の地を訪れることをはばかって居られたとか。毎年、石神山精神社に玉光神社の方々が鎮魂慰霊に参拝している、ともお聞きしました。本山先生は超能力的な霊感をお持ちで、稀有な能力者で、私も若い頃にヨガやIARPの会員として学ばせて頂いたことがありました。亡くなられてから会を退会してしまいました。

 鳥居から参道を進みますが杉枝がかなり落ちていて手入れが為されていないようです。それでも拝殿後ろの聖域に入ると、岩壁の巨石、杉の巨木がその存在を神々しく現しています。



 巨大杉を通して、丁度、太陽がエネルギーを降り注ぎ、光りのコラボレーションが凄いです。暫し、皆さんでその光りの撮影を楽しみました。




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