2017年7月16日日曜日

1002「鞍馬・三河4」2017,7,16

 雨の中、鞍馬の山道を登ります。途中、義経の背比べ石で休憩です。牛若丸が17歳の時にこの地を離れる際に名残惜しんで背比べをしたとされますが、120センチ位ですから少し低い感じもします。
 石の向かいには木の根道が続いていて、その先には大杉権現があります。この辺りが、牛若丸が天狗から武術を習って修行した場所だとされていて、杉の木が無数に立ち並び、根が地上に張り出した景観は神秘的です。
 奥の院とはこの大杉権現辺りから魔王殿までをいいます。ここは私のお気に入りのポイントですが、お昼ご飯の時間が13時半までに入店と決められているので、大杉権現へ寄り道せずに魔王殿に直ぐに向かいました。
 



 神秘の聖地、鞍馬山については以下の様に紹介されています。

「鞍馬山は、2億6000万年前に海底火山の隆起によって生まれた山です。太鼓より尊天の霊気が満ちた場所です。」

「650万年前、金星からやってきたサナトクマラが降り立ったのが鞍馬山です。サナトクマラは地球を守り、人々を光へ導く存在です、地球そのものの守護神と言えるでしょう。光り輝く少年の姿をしたり、天狗の姿をとることもあるとされます。
 サナトクマラは鞍馬寺にては尊天と呼ばれます。尊天とは「宇宙の大霊であり、大光明、大活動対であり、尊天とは、愛を月輪の精霊ー千手観音菩薩、光を太陽の精霊ー毘沙門天王、力を大地の精霊ー護法魔王尊の三身を一体の姿」だとされます。
 サナトクマラは魔王尊、尊天とも呼ばれます。奥の院にある魔王殿で祀られていますが、この場所は鞍馬山の中でも特に強力なパワースポットとされます。」

「鞍馬寺は770年に鑑真和上の高弟である鑑禎上人によって毘沙門天がまつられたことから始まったとされており、その後796年に藤原伊勢人が千手観世音を併せて祀るようになり、はじめは真言宗寺院として信仰を集めていましたが12世紀からは天台宗に改宗。しかし、第二次世界大戦後1947年にヨーロッパの神智学に影響を受けた住職・信楽香雲によって新宗教である鞍馬弘教が開宗され、現在では独立して鞍馬弘教総本山として、毘沙門天、千手観音、に加えて護法魔王尊の三位一体の「尊天」を本尊として祀っています。
 鞍馬寺の説明によると「尊天」は愛を月の精霊、千手観音菩薩、光を太陽の精霊、毘沙門天王、力を大地の精霊、護法魔王尊の三位一体としており、すべての生命の生かし存在させる宇宙エネルギーであるとのこと。
 神仏習合の寺社は日本では珍しくありませんが、鞍馬寺の信仰形態は独特で、5月に行われる五月満月祭(ウエサク祭)での祈りの詩では「魔王尊はシリウスから下された光の棒で人間たちに天の力を与える」といった記述も見られるなど、日本古来の宗教には見られない要素も含まれています。
 奥の院魔王殿は650万年前に金星から護法魔王尊が地球に降り立った場所とされています。奥の院の敷地に入ると空気が変わります。
 金星から来たとされる護法魔王尊は神智学ではサナト・クマラと呼ばれており、キリスト教では堕天使とされるルシファーのことでもあります。ルシファーが宵の明星と呼ばれていることからも分かるように、実際に深い繋がりがあります。」
  
 実は5月28日に那須にて中山さんに以下のお言葉、絵が下ろされていました。日本に五本の柱を示すメッセージで、その中心は6月30日とあります。
 今回の巡りで6月30日に京都の鞍馬山へ行くことは既に決まっていましたから、鞍馬山が中心である事が分かります。他の4点の内の1つは那須のようです。


 更に6月25日には以下のお言葉がありました。
「大 大 大 ゆう ゆう ゆう ふる ふる
 これよりのさんさんさん となり申す。
 唱える前にこれ発して、繋ぎて、響きをひとつに成さりませ。
 揺らがず、ただただ参られ。
 来る30日には、この大きなる地へと、発したまえ。
 大きなる地の中心より、この地底に向かいて、響かせて、
 繋ぎて参りて、是よりひとつと為さりて、
 大いなる百日を共々に。」

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