2017年7月12日水曜日

998「10周年14」2017,7,12

 各所の巡りを終えて最後は、私達の活動の拠点の名取農場です。雷神山古墳から15分ほどで到着です。
 農場前には震災復興住宅の5階建ての集合住宅が出来ていて、先月から入居が始まっています。お陰で周囲の景観、様相は様変わりです。色々な影響が出てくるかもしれませんが致し方なしです。大型ハイエースは細い道で難儀しました。先ずはO農場長から農場の説明です。

 10年前からこの農場でNGO仙台テンメイの農業活動が開始されました。私が属していた医療系の研究会で同席した内科のT先生から実家の畑を使ってくれる人が居ないか?と声掛け頂いたので、咄嗟に私に使わせて下さいと申し出でたのでした。
 直ぐにO農場長、生体エネルギー農法の農業指導員Tさんや当時の主だった方々と現地視察をしました。1500坪の畑ですが、母屋にはT先生の高齢なお母様が1人で住んでいて畑は荒れ放題です。母屋の庭は広く、良く手入して整備されていました。植木の選定管理費用もかなりなものでしょう。母屋の回りにはおばあさんのお気に入りのハーブ系の草が茂っていました。
 お陰様でお互い良い感じでお借りすることに決りました。O農場長とT指導員が中心になり生態系生体システムプログラム農法の農場を作る方針で進む事にしました。
 その経緯は昨日の講演会で農場長のお話で、写真で細かく示してくださいました。10年は振り返ると長い月日ですが、あっという間という感じもします。その経緯の中で特筆する事は、2011年3月11日の東日本大震災です。

 震災時にはO農場長とYさんが農作業していました。強い揺れで物置小屋が壊れるのではと思ったそうですが、瓦が少し外れる程度で済みました。少し作業をしていて、津波の心配で、後始末して帰宅することにしました。Yさんは仙台市内山手ですので海から遠ざかる道筋で難なく帰宅できたようです。しかし相当な時間は要しました。
 農場長はいつもの帰路は少し海側に向かい北上する経路です。農場を出て海に向かう道路は渋滞で動きません。何やら様相が変だと感じ、予感でしょうか咄嗟にユーターンして閉鎖している名取ITに入る前の車をみて自分も入ったそうです。ゲートを入れてもらい北進して、直ぐの名取川の橋で押し寄せる大津波を目の当りにしたのです。危機一髪、あのまま渋滞の中にいたら完全に被害にあって命の危険に遭遇していました。助けられたようです。
 その後、農場長は数人の方を助けて同乗して家に送り届け、翌朝、中山の私の医院に元気な顔を出してくれました。先ずは無事を祝い、美味しくカップラーメンを食べてお別れしました。

 それから3日後でしょうか、農場長が名取農場を見に行ったところ周りは瓦礫、舟、車などが散乱する状況で農場は駄目と思ったそうです。瓦礫で狭まった道路を抜け農場に着くと何とほとんど無傷で残っていたのです。私達の畑だけが瓦礫も無く前のままだったのです。直ぐに私に電話があり共に喜び、幸運を感謝しました。
 その数日後私も農場に行きましたが、未だ道路、周りの田んぼ、畑は瓦礫などで惨憺たる状況です。東側の隣家は生垣で境していますが、隣家は未だ水に浸かっているのですが、こちらには水は1滴も入っていないのです。
 凄いと思いました。この地は守られていると想いました。私達の活動、生体エネルギーの放射エネルギー等々でこの地は災難を防ぐ能力を頂いていると確信しました。その時の名取農場、高柳亭の写真です。


 その年の7月に、はせくらみゆきさんが名取農場に来てくださいました。以下はその時の事を書いたブログの内容の一部です。
「農場に入るとまずは特別区を体験して頂きました。足を踏み入れた瞬間にそのエネルギーの高さもすぐに理解されます。その上、植物に手を触れ、食べたり、植物とお話したりします。これまた驚きです、そして植物に津波の時の状況を尋ねたのです。
 この場所は総面積の0,3%だけが津波の海水を被ったようです。それも3回津波が押し寄せたのですがこの土地、植物のエネルギーがバリヤーを作り、流れはそこで遮られ外へ巻き込むように、この地を中心に渦のように流れたと言います。
 昨年から栽培されている、にんにくさんが更に「我々は頑張った、一粒万倍でこの思いを伝え広めていく」とにんにく大王のように強い口調で語っていると伝えてくれました。
 母屋近くの農地は生垣とブロック塀で隣地と堺しています。津波の当日は生垣側のお宅は家屋の周りが完全に水没して床上浸水で家が弧島状態だったと言います。農場長が3日後に訪問した時もまだ水が引かずに残っていました。しかし我が農場には海水が1滴も入っていませんでした。改めて生垣を見ると隙間から向こうが見えます。どう考えても海水が入らないのが不思議です。
 そのことを話すと「不思議でない」とここでも植物たちがはせくらさんにお話します。植物達は胸を張ってプライドを持って我々が完全に守ったと言います。そして2,3センチ程の妖精が飛んでいるのが見えると言います。妖精達は農場長のことが大好き、大好きと言っていると言います。驚きです。(はせくらさんが後でその可愛い妖精さんを絵に描いて下さいました。)農場長は目がテンになってきょとんとしています。彼の人柄、姿勢が素晴らしいと誉めていました。そしてここのハーブたちも凄い能力を持っているようです。」

「この震災での出来事を伝えて行くことが私達の役目ですよ」と、みゆきさんから言われました。お陰様で、その当時よりも又数段に生体エネルギーを高めて、本当に必要とされるいのち野菜を提供できて、農場はある意味での理想郷、農場公園に成って来ています。
 311の地震でも壊れることなくあった物置小屋ですが、柱が朽ちて倒壊が心配され昨年壊すことが出来ました。車庫も修理し、収納庫も出来て環境整備は進んでいます。









 見学の後は木内さんを囲んでお話会です。話が尽きないのですが18時前に終了となり、皆さんを仙台駅に送りお別れです。夕食を頂きながら次回の巡りの構想を相談しました。
 全て楽しみの内にテンメイ10周年記念イベントは終了しました。次の木内さん講演会は9月16日です。楽しみにお越し下さい。

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