2018年10月1日月曜日

1444「神示20」2018,10,1

 次の目的地は遠野市小友町にある巌龍神社・不動岩です。ここは龍体が岩を登るが如くの驚きの巨岩です。以下の様に紹介されています。
  
「遠野といえば、さぞかし人里離れたところにあると思われるかもしれないが、かつての遠野郷は町村合併ですでに市となり、東北自動車道の「北上江釣子インター」から車でわずか1時間ほど。民話のふるさと・遠野は意外と近くにある。
 不動岩のある小友(おとも)町は、広大な遠野市(面積では東京23 区より大きい)の南西端に位置し、町を西流する猿ヶ石川の支流小友川と国道107号線に沿って北流する長野川の合流地点にある。
 このあたり、古くは奥友村と呼ばれ、平安時代から昭和初期まで金鉱の村として栄えたところである。内藤正敏著『聞き書き遠野物語』には、慶長3年(1598)の豊臣秀吉の鉱山税をみると、小友から気仙、東磐井へつらなる北上山地の金山が、佐渡に次いで全国で2番目の大産金地帯であったと記されている。
 『遠野物語』の語り手・佐々木喜善が記した『聴耳草紙』には、小友村の日石(ひいし)という谷あいで、金の鉱脈を見つける「黄金の牛」伝説が収録されている。
 奥州藤原氏の絢爛たる黄金文化をささえた莫大な金が、奥州のどこから産出されたのかはいまだ謎とされているが、この小友地方から供出されたとする可能性も無きにしもあらずである。
 残念ながら、現在の小友町にゴールドラッシュに沸いた往事のにぎわいは見られない。近年は過疎化が進み、遠野町との合併時(昭和29年)の人口3,358人も、今では1,397人(平成26年5月31日現在)に減少し、55歳以上の人口が半数を占める準限界集落になりつつある。

 巌龍神社は、小友川に架かる不動橋を渡った北岸にあり、本殿の背後にそびえる不動岩の高さは約54m。10階建てのビルに相当する。
 案内板によると、巌龍神社の創建は明らかではないが、その昔不動岩の隣にある常楽寺の開祖・無門和尚が、不動明王を勧請して巌龍山大聖寺と称し、不動岩を本尊として崇めたとされる。無門和尚は、遠野市附馬牛(つくもうし)の東禅寺を開基した無尽和尚の弟子であったといわれている。東禅寺の開基が建武年間(1334~36)頃と推定されるから、巌龍神社の創建は室町時代に入ってからのことと思われる。
 江戸時代中期には、羽黒派の修験者・源龍院仙林(1727年没)が別当職を勤めて不動講を結び、元禄年間(1688~1704)に拝殿が建立されるが大正7年火災により焼失する。文化6年(1809)には本殿が建立され、不動明王が安置されたことから「お不動さま」と呼ばれていた。明治5年(1872)、神仏分離政策のため、祭神を日本武尊に改め、現在の巌龍神社になったという。
 毎年2月28日頃に行われる「小友町裸参り」(遠野市指定無形民俗文化財)は、修験道の荒行が今に伝わる奇祭である。
 酷寒の冬の夜、参加者たちは腹にサラシ、半股引を履いて、腰にしめ縄、頭にははちまきを卷き、口に三角形に折った護符をくわえ、手には五穀豊穣、無病息災などと書かれたぼんぼりを持ち、神社の大鈴をもった厄男(42歳)を先頭に、町の南にある上宿橋そばの大般若供養塔までの約400mを3往復する。
 かつては不動岩の根に清水の湧き出る池があり、ここから汲み上げた「神水」で水垢離をしていたが、今は湧水が出なくなり水垢離は省略されている。

 また『聞き書き遠野物語』には、「不動岩で、山伏・源龍院が旧暦9月28、29日に行う祭りがあった。不動岩には龍が昇るような形をした割れ目があり、その割れ目を山伏が読経しながら頂上まで登った。これは、明らかに修験で重視する胎内くぐりの儀式化であり、修験道的な再生の儀礼であった。」と記されている。いつ頃までこの祭りが行われていたのか? 遠野市に問い合わせてみたが、この祭りに関する記録はないとのことだった。

 順を追って振り返ると、川の合流地点に屹立するこの岩壁は、まぎれもなく神の降臨を仰いだ磐座であり、古くから祈りを捧げる場であった。後に羽黒修験などの山伏が棲みついて行場をつくり、不動明王を祀る祭祀場となる。不動様は、滝や泉など水のあるところに祀られていることが多い。また、龍も水や雨をつかさどる神として古来より信仰の対象となっている。不動岩の岩面にある縦縞の亀裂が、天に昇る龍のイメージにつながったのだろう、いつしか不動様と龍神様が習合し、このあたり一帯の水脈をつかさどる龍神の棲みかとなって巌龍神社の創建へと展開していったと思われる。
 小友町のシンボル・不動岩には、在地の人々の信仰の歴史が幾重にも重層し投影されている。単なる景勝地として見るのではなく、景観にひそむ信仰と伝説の側面にも思いを馳せていただきたい。」
http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_tohoku/iwa_ganryu/ganryu.htm

 橋の前でバスを降りると正面、拝殿奥の巨岩が目に入ります。皆さん写真撮影に興じています。ここではライブは行われずに神人さんも巌龍の見学を楽しんでおられました。




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