2018年11月5日月曜日

1479「陸奥1」2018,11,5

 9月23日は朝陽が登るのが仙台市中山から綺麗にみえました。私の本拠地は、仙台の街並みの向こうには太平洋が眺望出来るロケーションに恵まれています。最近はマンションが出来、隣家が改築され少し見通しが悪くなりましたが先ず先ずの立地です。



 6時半過ぎに木内さんを迎え、恒例のハイエース10人乗りで仙台駅を7時に出発です。9月23~24日の「木内鶴彦と巡る陸奥・三陸探訪の旅3」です。メンバーは常連さんで気心が分かった良き仲間たちで安心です。最初の目的地は岩手県奥州市前沢区の月山神社奥の院・男二子神社・座禅岩です。

 東北自動車道を北上して、前沢SAで下りて北上川を渡り、経塚山に向かいます。束稲山が正面に綺麗に見えます。


「月山神社の奥の院、男二子神社の座禅岩」について紹介します。

 先ず束稲山については以下の様にあります。
「束稲山(たばしねやま)は、岩手県平泉町、奥州市、一関市の境界に位置する山。標高594.9m。
 束稲山とは経塚山、音羽山、束稲山の三つの山の総称である。稲の束がたわんでいるように見えるところから束稲山と名づけられた。登山口には束稲荒神としてアテルイの像がある。
 経塚山は奥州藤原氏3代・秀衡が経典を埋めた山とされ、山頂近くには源義経の馬の蹄の跡が残る「馬蹄石」がある。
 ツツジの名所で、8月16日には山腹で大文字の送り火の行事が行われる。頂上からは中尊寺、衣川古戦場などが一望できる。」
 
 宮沢賢治の「雨ニモマケズ手帳」に記した「経埋ムベキ山」として、この束稲山を上げています。
 月山神社に付いては以下の様に記されています。
「旧赤生津村鎮守であった当神社の勧請は、藤原泰衡夫人の命により、大善院堅者法印継清によるものと伝えられている。神社の草創は平安時代末期と伝えられている。法印継清は羽黒派修験者である。祭神:月読之尊」
 平泉から北上川に掛かる箱石橋を渡り経塚山に向かいます。月山神社本殿を右手に見て、更に山道を登って行くと程なくして、ありがたいことに月山憩いの広場付近案内図の看板があります。そこから直ぐに奥の院に到着です。
 奥の院のあたりは2つのコブ山になっていて、320m台の大きな小山に月山神社・男二子(おふたご)神社があり、社殿の裏に座禅石という巨岩があるようです。片や310m台の小山には女二子(めふたご)神社があります。2コブの山から二子の名前が由来しているようです。
 現地の案内には男二子神社は「平泉藤原氏の四代泰衡夫人が、悲劇の主人の御霊をとむらうために、山伏に命じて建立した神社」と、女二子神社は「石祠で、幼児を抱く女神を浮き彫り」とあります。

  最初に女二子神社に向かいました。参道を歩いて直ぐです。小山の頂に女神の石祠があります。「女二子神から平泉の郷が手にとるように見渡せる」とありますが、今日は生憎の霧で何も見えません。しかしその霧と樹木が幻想的な雰囲気をかもし出しています。岩にはコケが生していてエネルギーに満ちています。
 参道を引き返して、今度は男二子神社に向かいます。こちらはコンクリートの立派な参道で、奥に何かしら怪しげなものが感じられ成す。100mほどで社殿に着きましたが、建物は女二子神と違いしっかりしています。
 社殿の奥に巨石が見えます。座禅岩です。驚くほどの巨岩です。迂回する道があり、尾根伝いに更に奥に巨石が続いています。座禅岩と名付けられるだけ在り、無の行をするには最高の場所です。羽黒の修験が座禅をしたのかは分りませんが、岩手には凄いところがまだまだ沢山あるなと感心しました。天気の良い時に再度、訪れたいところです。」

 目的地に到着しました。今回は良い天気に恵まれて最高です。近くの広場ではキャンプをしている方がいます。先に女二子神社に向かいました。







 苔むした岩がそのエネルギーを現わしています。山頂に小さな祠があり林の奥には平泉の豊かな世界が見下ろせます。名の通り女性的な優しい山で、朝の心地良い気が爽やかさを増してくれます。暫し木々に触れ、自然の息吹を楽しみました。



 次に男二子神社の座禅岩に向かいます。社の奥を少し進むと巨石が目の前に現れます。驚きの隔絶した世界で、将にこちらも名の通りの荒らしい男性的な行場です。朝日が降り注ぎエネルギーが強烈です。










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