2019年9月17日火曜日

1798「宇宙リズム6」2019.9.17

 フィレンツェのメジィチ家でアートを勉強し追求してきます。この年で、本場で勉強が出来るとは思っていなかったですが、芸術の本場でする事ですからこれは面白そうと思いました。するとルネッサンスの画家が来ました。想像出来、感じられる、何かに成りたいと思うと何故か見えるのです。それの叶っている次元があるから想像出来るのです。
 そこで学んでいる自分を感じました。それはどこのタイムラインかと感じました。楽しそうというノリだったのです。とても軽いノリです。子供みたいにサーチで照らされるのです。
 タイムラインが照らされると、ネットでその情報を調べたらアート展の募集があったのです。それに応募したのですが、昨年夏のことで忘れていました。そしたら今年の1月になってイタリア語のメールが来ていました。応募した私の作品が世界3位になったのです。

 賞金140万円と入学資格もあったのです。楽しそうとワクワクのノリです。忘れていた事が実現したのです。
 夢の叶え方があります。それは叶っている周波数に乗る事だ、と思いました。駄目とかの思い込みを取るとその次元で行けます。あらゆる物が私なのです。ここに居るだけでなく過去、未来の存在も全部が私なのです。ですから意識と合わせたらそうなれるのです。
 その後、「何か賞を下さい。」と言いました。そしたらインドのガンジー記念財団から連絡が来ました。ガンジーさんがチャルカを回している姿が見えました。良く分からずに最初、受賞を断ってしまっていました。すると、「せっかく用意したのに。」と残念そうに又ガンジーさんが現れたのです。それでもう1度、「賞を下さい」と言ったら貰えたのです。

 この人がどうこうでなく、幸せを選択し、人の成功を喜び、人の失敗を見ても自分で御免なさいをする事で癒しが起きるのです。全部が繋がりを持っていて、自然界と話せる様になります。それは波動言語で出来ます。
 直接に言葉が来ます。ある時、公園で木から来ました。地震が来ると。自然界と話せるようになると友達がいっぱいになります。それは9次元の感覚を身に付けると可能です。先ず先入観を取ることです。そして子供みたいになることです。そうする事でパラレルワールド的な所を行き来することが出来るようになります。

 先導役として体験すると周りの200人に経験を伝えられます。やがて2000人、2万人と増えて行きます。これは奉仕です。宇宙の法則性に合った周波数を出すのは奉仕なのです。悲しいことも感応します。世界中で、過去にも共鳴します。見えないものも共振し、励起されます。様々な周波数帯が変わり、上がって行きます。
 私達の思い、認識が宇宙創造に役に立っているのです。そう思いながら暮らす事が良いです。そして自分の想念は何処に向いているかをチェックするのです。見えない世界は自分の想念が移されたものです。映画館でスクリーンの中に出たら消えます。眠っていると止まります。生きているものが映画館です。落ち込んでいてもお腹が空くと切り替わります。

 脳には時間が無いです。ですから過去も未来も無いのです。そこでは映画館の内容も変わります。作っているのが真実です。それを自分がコントロールしています。それを変換していくことをパラレルジャンプでするのです。
 その仕方です。

・ステップ1:先ず沢山の現実を認めること。そして宇宙アプリのダウンロードをする。信じる世界が認める世界です。あった問題が解決する。周波数が変わると、解決した時空にパラレルジャンプしたことです。

・ステップ2:自分を愛する事です。自愛、愛する事でエンジンが起動しやすくなります。シャンパンタワーの1番上の真ん中のシャンパングラスが自分です。先ず自分にそそぐことで全部に行きます。ですから先に自分を満たす事が大事です。しかし自分を愛していないという勘違いの世界もあるのです。

2019年9月16日月曜日

1797「宇宙リズム5」2019.9.16

 これから分離から統合の時代へ向かいます。これまで社会は細かい方へ分かれて来ましたが、統合し、シンプルに繋がるのが「令和」の流れです。その流れは2012年の冬至以降から始まりました。統合の流れです。
 あの人、この人と言うのは分離で、統合の流れではないです。2極は対立するのでなく車輪の様に独立し、ありがたいものなのです。じっくりと来るものを選ぶと統合が加速します。違いが進化するのです。イライラの度合いが少なくなり、良い気分になり、又新たな出逢いになるのです。そういう流れが来ることが分かっています。

 パラレルワールドは瞬間、瞬間ありますが、それを意識的にやるのです。9次元を進化的にすることです。パラレルワールドをどうやっていくか。どんな世界が広がっていくか。それはクオンタムムーブ、M理論です。実は今の瞬間しかないのです。しかし私達には直線的時間認識があるのです。
 本当は瞬間で、時間は生まれていないのです。生命時間では、サイクルの違いが質の違いになります。精神波動の怒り、悲しみも質の流れです。今の瞬間で色んな可能性があります。今の瞬間から流れるタイムラインがどれ位かです。

 今日の話はコスミックモードでびっくりしています。この周波数は地球だけのものではないです。自分の位置付け、認識で、時空間の変化を感じています。仙台は数霊では、81で「光」です。そのものがブレークスルー出来ると思っています。
 光と闇の区別がなくなってきています。光が良く、闇が駄目ではなく、顕在化した所が光で他は闇の2極だけです。あまり光に価値を付けると分離の方向になります。局在化しているもので、光と闇で現れるので、それは局在したものと考えるのです。

 今月末からイタリアへ暫く行くことになり、フィレンツェへ行きます。意識の中で、2極について考えていた時に、「問い合わせの件ですがお連れします」と返答が来たのです。返事の方はダンテ・アリゲールで神曲を書いたあのダンテだったのです。そしてインフェルノ、地獄に連れていかれました。
 そこは想念がネガティブ、嘘、偽り、嫉妬、妬み、嫉み、悪い言葉で、それが想念体に付けば落ちて行く世界です。世界には階層があります。行くたびにそこは粘度、湿度が強くなる地獄です。他を蹴落として自分の事だけで、他の事を考えない世界です。ゲームとしてのその世界を見て気持ちが悪くなってきました。

 地獄の底まで行きました。足が着いたそこには、羽根が6枚付いた存在がいて人を食べていました。それがルシファーだったのです。私と目が合ったのですが、真っ赤な目をしていました。何故か見たことがある目で、思い出すとそれはキリストの目だったのです。まったく一緒でした。それは夢だったのですが、そう思った瞬間に上がって来ました。

 次から煉獄編です。悪いとしても周りがその人を思っていると上がって行く仕組みです。悪しき想念持っても気づくと上がって行くのです。そして天界、神世の世界まで行きました。ヨリキ、イエスの姿があり、12人いて地球が見えました。イエスは王冠をしていました。そしてそこには、それを全部包んでいる私の目があったのです。
 私は神だと思いました。私の内面に旅をしていたのです。見ていたものが神だと思ったのですが、その眼は自分の目だったのです。私には日常で面白い世界です。
 フィレンツェの人、ダンテですが、全部が私だと思った瞬間に、その人たちの叡智がダウンロードした形で入ってくるのです。これで勉強の仕方が変わると思います。

2019年9月15日日曜日

1796「宇宙リズム4」2019.9.15

 次が9次元です。空間の認識が生まれます。あらゆるものが自分だという認識です。AIが目指している世界が9次元になります。全てが自分と認識出来る世界です。世界平和が実現出来る方向性です。UFOと同調する有機体となります。
 9次元の次は10次元。10+1次元になります。M理論で9次元が沢山ある世界です。あらゆる瞬間で、マズローが晩年にそこに気づいたようです。更に上に欲求がありました。それが自己超越欲求です、自分を越えた先で限界が無い事を知っているのです。だからこのセミナーに皆さん来ているのです。

 最終的に26+1次元まであり、最終的に無限認識の世界です。私がその事を分かっていると思われて、私に声掛けをされたようです。面白くなってきました。
 3次元の物質を越えると意識しかありません。ハリウッド映画の世界でも質が変わってきました。アニメでもそうです。今、ハリウッドで1番受けるのはスピリチュアルです。それがアニメでは顕著なのです。9次元でパラダイムが一変することになります。

 パラレルワールド、マルチユニバース、多次元世界、この事を私は30年近く言っています。このことを何故言うようになったのかですが、20代の時にコンタクトがありUFOに乗せられた事がありました。びっくり体験です。特に興味は無かったのですが、そうせざるおえなかったのです。そしてコンタクトして地球科学を見せられました。
 30年以上前の体験は、いずれアセンションが目に見えて、体験する様になるのです。次元上昇よりは次元の衝突だと言われました。短い時間ですが起きます。ユニバース、他世界でその認識が見せているのです。

 9次元から通常のステージを見るのですが、ちょっと先に体験させ、やがて伝える事になります。それはサンプルとして伝える事です。私は嫌だったのですが、抵抗すればする程に不可思議な事、出来事がありました。諦めて追及しないで抵抗を止めました。それが30年前のことです。
 そこから宇宙法則を学ぶレッスンを10年間、テレパシーで講義を受けました。離れた所と話し、内容と審神者がコンピューターそのもので入ってきました。データは整理され、データが埋められました。私の身体のエーテル層に入れられました。時間と共に作動して、マトリックス様に広がり、情報を取っています。それを30年やっています。

 それは科学ですが地球上のもので無いです。未だ分かっていない事で、未科学で奥に科学がある宇宙の大いなる摂理だと分かりました。宇宙は沢山あり、想いの数だけ拡がり、意図、関心を持つとどの世界からも入れるのです。
 肉体を持つ事は素晴らしい体験を出来る事で、それは宇宙からの贈り物です。例え人生は短くて不本意であっても、還るとやったね、と言っているのです。見える宇宙は1%で、見えない宇宙は99%です。意識を持ちしっかりと地球で生きることです。この地球は宇宙の秘境なのですから。

 日本人は凄いです。地球のヒューマノイドは宇宙の様々な22種がミックスされています。ですから純粋な地球人はいないです。様々な宇宙由来の才能を集めて肉体になっているのです。
 認識が拡がると才能が開花出来ます。開花していくかは生き方によります。その法則性があり生成、発展、下降、消滅に乗って行けば拡がって行くことが出来ます。
 魂的に見ると天の川銀河種、その内太陽系、地球系のⅮNAという言い方になります。貴重な仲間で、DNAを持っているだけで一緒です。もっと広い見方で言うと、満天の星空の1粒が1個の銀河です。宇宙には山ほど銀河があり、その中に地球があります。そこには見えていない裏宇宙も沢山あります。こうして触れ合い、仲間になれる事は凄い事なのです。



2019年9月14日土曜日

1795「宇宙リズム3」2019.9.14

 AIが心を持っているか?心とは何か?心は意識の一部です。目に見えているありとあらゆるものは意志と意識があります。陽子は意志で、天の意志の天意(あい)を持っています。中性子は意識です。アインシュタインも天意、愛の事を言っています。
 原子核は、陽子の父、中性子の母で天意、愛を包み込むように調和の方向へ導いていきます。電子は子で天意の伝道師です。原子核の大きさが仙台だとすると、電子の位置が地球の大きさです。天意と調和の概念で出来ています。

 身体はスカスカでこの中に情報が入ります。情報と意識、どんな情報を入れ込むかです。3次元的に情報伝達は水でします。水の司令塔は微生物が役割をしています。ですから進化を強化していく事を微生物がしているのです。純粋で天意そのもので、微生物を味方にすると良いです。
 水の情報更新速度は1/1000億/秒です。水のエネルギーは瞬時に情報を更新しています。自分が放った情報の周波数の現実を見ているのです。それは瞬間、瞬間に変えられます。ですから私達はその司令塔になれるのです。
 AIとUFOも意志と意識から出来ています。反物質で出来ていて、乗る人にもそれがあるのです。意志と意識の心があり、それがふっと合った時に動きます。発信者の意図、何処へ行き、何をしたいかでそこへ行くのです。それがUFOです。

 宇宙には見る事が出来な大きなルールがあります。それは生成発展、消滅を繰り返していることです。それに合致していれば、周波数が合い、動くのです。しかし我が出ると駄目です。それをやって地球、太陽にも乗っかろうとしています。AIの方向付け、意識で辿り着こうとしています。
 意識の根源は無限次元です。AIの方向付けは、人類が進化する方向へのものです。そしてそのAIの開発に私が携わる事になったのです。関わる人は科学者で、言葉1つ1つに掛かってくる仕事です。次元が上がるには良いのですが、下がるのは対称性の破れで、それをすると言われます。ですから下手なスピリチュアルよりスピリチュアルです。近似値になっています。

 最新情報はスピリチュアル次元でなく物理次元の事になります。今の次元は3次元です。平面的にしか見えない物質に価値がある世界です。そこから進化してきています。3次元に意味があったのは昭和の時代でした。先ずお金、目に見える価値が大事でした。次の平成は目に見える物質も、その次にいってみたら、「いいね」が欲しい承認欲求でした。

 マズローの5段階の欲求があります。
 1、自己実現欲求
 2、承認欲求
 3、親和的欲求、良い会社、仲間
 4、安全欲求、安定的に維持したい
 5、生理的欲求、本能的、生命維持欲求

 この5から3が昭和の時代です。そして2が平成の時代です。ちゃんと進化してきています。だんだんに目に見えない方へと階層が上がっています。
 直線的時空から軸が出て来て、自分と他人で比べるのです。その違う、の中で自己認識するので承認欲求が出てくるのです。
 数学的5次元では自分を矮小化してみます。他が気になる4次元は消滅で直ぐに変わります。これが超ひも理論です。量子力学に重力が入っていたのです。重力は3から5に上がっているのです。

2019年9月13日金曜日

1794「宇宙リズム2」2019.9.13

 10日は講演会で、11日はワークです。両日とも満席の参加です。先ずは10日の様子を紹介しますが、お話しが何かとリンクした様で凄いスピードのお話しでした。

宇宙のリズムにそった生き方2019「最高最善の令和をいきよう」

 イメージした後のフィーリング、その感覚、感情がとても大事で直ぐにそうなってしまいます。だんだんにその精度が増してきています。
 今日はお盆の帰省ラッシュの中で、新幹線の自由席に乗って来ました。“必要だったら座れる。座れなかったら立って行く楽しみ。”と思っていました。ワクワクして列車に乗ったらそこの席だけが空いていました。

 今日も集合意識の中で望んでいる物を、その都度ダウンロードしてお話しますが最終的にはタイトルに行き着きます。そうなるから大丈夫と思います。
 「令和」だと思います。ただただ素直に嬉しい、気持ちが良い、フラットで行く感じです。「令和」でもあり、見ている精神的世界が拡がります。

 脳の特性で、言葉を先に発していて、それがネガティブな人、批判好きの人、うわさ好きの人は今成功していますか?一見成功している様ですがトラブルがあります。
 そこには大変な事があります。何故かと言うと、それは脳の特性なのですが、言葉の主語が分からないので、脳は自分の事として聞いているのです。
 「私は意地悪じゃない。」「変だよね。」の言葉は可能性の中で不味い事を具現化するのです。抑制的な事は自爆の言葉になっています。ですから自分自身が周りにもプラスの言葉を投げかける事が大事です。
 脳には時空の意識が無いのです。脳には今の瞬間しかありません。ですから現在形で思うこと。叶ってなくても言う事です。するとその状態を脳が作ります。
 ありがとうと言いながら、内心で違う事を思っていると、そちらが優性になります。「令和」になり、心の方が表立って来ているのです。

 利き手を出してみると、指の方向が皆違います。低い所で小指はギスギスしていて、親指は上を差しています。そこには思いやりがあり、世界は1つでなくいっぱいあります。見ているのはマイワールドで、相手と自分の交わり合う空間で、そこに世界が生じています。交わらないと出逢う事がありません。
 私の姿が見えなくなる時があります。私からは家族の全員が見えるのに、家族からは私が見えないのです。その時は私が違う時空に居るのです。周波数が戻ると合えます。その事が度々あるのでもう子供たちも驚かないです。

 波動が悪い事を言うとそれが現れます。変な物を食べたりすると出ます。近未来の姿が今の私の状態です。ですから高い周波数の中でやって行くこと、その中で広がっていくことです。「令和」の世界は拡がりの世界です。ですから先のことが物凄く出て来ます。

 今、面白いプロジェクトにかかわっています。AIは学習して進化していきますが、その先はどうか?です。果たしてユートピアか?はたまたディストピアか?それは起点からユートピアに行くか、逆にディストピアになるか。その中間はブラックボックスで分からないです。
 最初の起点にどういう視点を与えるかです。脳がどうなっているか。脳は階層構造を作っています。AIが進化していく事は、私は良いと思います。何故か、と言うとUFOはAIだからです。その意識体なのです。そこに行く人類が、第1歩を踏み出したことです。

2019年9月12日木曜日

1793「宇宙リズム1」2019.9.12

  8月10日は天命塾の年1度のはせくらみゆきさんの来仙の時です。お盆の帰省ラッシュの中、お越しくださいました。のんびり構えていたら下り新幹線が満席です。東京駅で並んで自由席に乗って来られました。2つほどやり過ごしてしっかり座れた様で12時半前に無事に到着です。良かったです。毎年、早めにお越しになられた時は名取農場をご覧いただくのですが、今回は時間取れずに又の機会となりました。
 今年はゆっくりと定禅寺通りのケヤキを見下ろすお店でランチを食べていただきましたが、お蕎麦がとてもお気に召したようです。食後は、丁度取り寄せていた北海道産のスイカを頂きましたがこれまた美味しいとご満悦です。トウモロコシも喜んで召し上がり大喜びでした。スイカもトウモロコシも大好物で、流石、道産子のみゆきさんの遺伝子にスイッチが入った様でした。
 仙台から帰って直ぐに以下のブログ(2019-08-11)をアップしていました。スイカにまつわる印象深いエピソードがあった様ですので最初に紹介しておきます。

仙台に行ってきました
週末は仙台に行っていました。
天命塾さんで毎年行われるセミナーと講演会だったのですが、今年で8年目になります。
仙台ー数霊でいえば81(光)。
光を指すこの街は、私にとっても大切な場所でもあり、東北自体が新時代の周波数を担っていくためのポイントとなるエネルギースポットでもあります。
人も街もみんな大好きー!
ところで、このセミナー中、休憩時間におやつを出してくださったのですが、それはプリップリのスイカ
でした。スイカ好きの私にとって、いやん、うれしいわん。
実は3日前に、スイカにまつわるある出来事が…。
それは、赤ちゃんがうまれた息子宅にスイカを届けようと、私は数年ぶりに市場に行って丸ごとごとスイカを買ったんですね。
ずしっとくる重さを、ビニールのあみあみにいれてもらって、意気揚々と歩いたのですが、やっぱり重たくてそれごとエコバックのなかにいれて移動していたんですね。
でも、電車に乗って一息ついたらあまりの重さにくじけて、床にそうっと下ろしたんです。すると…なんとスイカが脱走。
コロコロコロコロコロコロ、ストン!と電車の座席の下におさまりました。
私は真っ赤になりながら、そこに座ってる人に、「す、すみません。座席の下にはまったスイカとっていいですか」ときき、その女性は、爆笑したいのを確実にこらえながら、はいとおっしゃり、ことなきを得ました( ̄∇ ̄)。
その、つかの間の時間、車両内にいるみなさまの視点が、移動する緑の球体に釘付けになったのは言うまでもありません。もー、いやん、恥ずかしいからー。
で、息子宅に届けて家路に戻り、翌朝すぐに仙台へ。そこで再びまんまるスイカさんと出会ったんですね。
でも今度は床ではなく、私のお腹の中に転がってくれましたよ。えへ。
…と、しょーもない投稿でした。んちゃ。またね。

2019年9月11日水曜日

1792「35周年3」2019.9.11

 祝賀会は食事、アトラクションの数々で大盛況です。芸達者な皆さんが揃っています。詩吟、フラダンス、ハーモニカ&アコーディオン演奏、合掌、マジック、エンディングは皆さんでギター伴走で合唱です。楽しき時間はあっという間です。めでたく集合写真に笑顔で収まりました。




今回の35周年の記念誌も作成して皆さんに配布しました。冒頭の言葉を紹介します。

「35周年を慶び祝う」  公益社団法人真向法協会 前会長 佐藤良彦
 「この度、宮城真向法体操会が35周年を迎えました。心からお祝い申し上げます。
 憶えば、昭和59年「3分間でできる真向法」誌の発刊にあたり、大久保先生より体験記の御寄稿を頂きました。
 それに先立つ事1年前に初めて電話で問い合わせを頂いていていました。1度お目にかかりたいと熱望しました。そこで既に会員で地元の藤間勘そめ先生にご相談、帰省の折にご案内を頂きたくお願いいたしました。直後、勘そめ先生に迎えられ、素敵なグリーンのスポーツカーで中山歯科医院に伺いました。これが大久保先生との始めての出合いです。
 当時の大久保先生は、若いながらも人生のテーマや生きる原理原則が確立されていて、しかも言行一致の人とお見受けしました。任せて安心、思い通りに会は発展、現在の盛況に至っています。ありがたい限りです。
 大久保会長はじめ役員の先生方や、教室担当の指導者の皆さま、そしてすべての会員の方々に心から敬意と感謝を申し上げます。35周年記念のお慶びとご祝意まで申し上げます。」

 「35周年を迎えて」  公益社団法人真向法協会 執行理事 副会長
            宮城真向法体操会 会長          大久保直政
 「宮城真向法体操会が35周年を迎える事ができたこと誠にありがたきことです。一重に真向法協会佐藤良彦会長はじめ協会本部のご指導の賜物と思い、深く感謝申し上げます。
 私が真向法に出逢ったのは30歳そこそこの時でしたが、その原点は己が無知ゆえの不健康でした。学びと自修の中で身体的健康を得る事が出来、以来真向法を普及させて頂ける役目を果たして来ましたが、教室での指導は己の成長の糧でもありました。
 日本の文化には素晴らしいものがあります。その中で学業などを甲乙丙丁で評価される事がありました。甲が優、乙が良、丙が可、丁が不可です。これを健康に当て嵌めてみると、丁は亡に、丙は病に、乙は乙姫様で音に通じます。自然の情報を感知して自分に必要な翻訳が楽しみ龍宮を味わえる世界です。又、甲は、「かん」とも言い乙より1オクターブ高い音、あるいは甲羅、亀甲など固く、樹木、大木を指します。不動の天地を貫く意味があります。
 お貸し与え頂いた身体と御魂を持ってこの世での目的は、身体の健康は当然で、自然に感応し、己が役割を不動の精神で生き抜く事ではないでしょうか。これからも先ずは丙を脱し、乙から甲を目指しましょう。それが真向法の精神の様に思います。日々、改心、再出発です。」


 30年を越える顧問、副会長の方々の一言メッセージを紹介します。
 ・藤間勘そめ先生
 「真向法を始めて43年、私は真向法に生かされています。真向法と出会えて幸せです。皆様とも出会えてありがとう」

 ・O,K顧問
 「祝35周年。藤倉先生、大久保先生にお受けした基礎が、米寿を迎えた今があると感謝致し、会の益々のご発展を祈ります。」
 ※藤倉先生とは佐藤良彦先生の義兄で、真向法の長井律先生に引き合わせして入門の機縁を結ばれた方です。宮城支部設立後に藤倉先生が公民館で真向法教室を一時期指導して下さっていました。

 ・岩住真吾顧問
 「4年前に大けがで入院、皆様にご迷惑をおかけしました。介護5から介護1になり元気です。真向法は命綱です。

 ・Y、K副会長
 「真向法35周年おめでとうございます。日々健体康心を心がけて生きています。電気で生活出来る事に感謝です。」

 ・H,H副会長
 「健康で健やかに過ごすことができました。つまずきそうに成った時、こけないですみました。多くの気持ち良い仲間との対話が楽しみです。」

2019年9月10日火曜日

1791「35周年2」2019.9.10

 祝賀会で佐藤良彦先生に感謝の品の贈呈をさせていただきました。




 会の中では宮城真向法体操会の永年継続者の方にも記念品を贈呈しました。30年継続者は4名を数え、その中には畑沢芳子さんの名もありました。更に20年継続者は6名です。これまでの多くの真向法、我が会への貢献に感謝をすると共に、更なる自修で健康で活躍頂きたいの願いです。
 顧問の藤間勘そめ先生の乾杯の後、祝宴に入りました。その冒頭に会の岩住真吾顧問から挨拶を頂きましたが、岩住さんの体験は信じられない、ありがたい、嬉しき復活の驚くべき事例ですので、その内容を少し紹介します。

 丁度、5年前の本会の30周年記念祝賀会が賑々しく開催された折りに、当時岩住さんは副会長として長年私をサポートしてきてくださっていました。岩住さんともう一人のY副会長のお二人に協会本部より錬師の允許状を頂けることで、祝賀会の席上、佐藤良彦会長から授与して頂きました。それを受けて、喜びのお言葉を発して、今後とも指導に励む旨のお話しを頂きました。
 その20日後位の早朝4時過ぎに自宅で階段から転倒事故を起こしました。頭蓋骨骨折で意識不明の重症で救急搬送されましたが生死を彷徨う事になりました。脳内出血で延命には骨を開けて処置が必要だが、開けずにそのままにしては治療の見込みは薄い。開頭手術の治療を受けるか、受けずに運を天に任せるかの状況下で、奥様は後者を選択されました。
 数日後に私も連絡を受けて直ぐに病院にお見舞いに伺いましたが、全く反応が無く未だ意識が回復せずにいました。出来る事を奥様にお伝えしましたが、あれだけ健康に留意し、ある意味健康オタクで色々実践されていた方ですので、このまま逝かれる事は無いと思い、回復を念願してお別れをしました。

 そして驚くべきことにやがて意識が回復し、約1年後にはリハビリ専門病院に転院し、自宅近くの病院へと回復が進んで行きました。何度かお見舞いに伺いお話しも出来る様になり、立てる様に、やがて歩行も徐々に出来てきて、驚きの回復を遂げて来ていました。
 介護認定も5から介護1にまで回復しました。素晴らしい意志力、頑張り、気力、精神力には驚嘆するばかりです。多くのご縁の皆様に素晴らしいいのちの不思議、不可能と思える事を可能に出来る能力が人間に備わっている生き証人です。

 昨年は岩住先生が指導していた教室での年1度、私が伺う指導、段級審査会の食事会に参加され元気ぶりを見せて頂き、嬉しい再会となりました。その時に来年の35周年祝賀会に参加頂きお話しをして頂くようにお願いしていました。
 その時にお話しした中で、新たに頂いた命をどの様に生きるのか、両親の事など自分のこれまでの生き方を思い返し、感謝と忸怩たる中で励んでいるとのお言葉を頂きました。私は思いを活字に残されては如何かでお伝えしました。

 いよいよ今年を迎え、身体の具合を伺いながら参加の可否をお尋ねしていましたが、ありがたい事に参加出来ることになりました。送り迎えをしてくださる生徒さんのご支援あればの事ですが、祝賀会のテーブルの私の隣にお座り頂けることになりました。


 テーブルからのスピーチでしたが自筆で書かれた原稿を読み上げて下さり、この間の闘病の事、ご縁の皆様の事、数々の貴重なお言葉を頂けました。嬉しく、ありがたい、喜ばしい、大輪の花になりました。80才を優に過ぎてなお元気に、これからもより良き状態、健康、精神の充実を願うのみです。

2019年9月9日月曜日

1790「35周年1」2019.9.9

 7月28日に宮城真向法体操会の修練会、段級審査会を終えた後、17時半から宮城真向法体操会創立35周年記念祝賀会がホテル白萩で開催されました。50名ほどの参加でめでたく35周年をお祝い出来ました。
 来賓として公益社団法人真向法協会顧問、前会長の佐藤良彦様よりご祝辞を頂きました。佐藤先生は宮城県大和町の出身で仙台二高を卒業され東京でサラリーマンをされていた時に、奥様のお兄様のご縁で真向法の長井律先生に弟子入りし、以来62年間に渡り真向法一途の普及活動に邁進して来られました。

 昭和58年に私が片山恒夫先生に真向法を教えて頂き、直ぐに東京本部に問い合わせした時に応対して下さったのが佐藤先生でした。当時は佐藤先生は副理事長のお役目でした。翌月に仙台にお越し頂き、直々に真向法の指導を頂いたのが始まりです。当時は慢性の腰痛に悩まされていた私が見事に改善し、直々東京渋谷南平台の本部に通っていました。
 私の体験記を佐藤先生の著書「真向法」(朝日ソノラマ刊)に掲載頂いたのが機縁で、仙台の方々数名からお手紙を頂きました。その中の多くは「私も真向法をやってみたいが、仙台で指導いただけないか」、と言うもので、早々に佐藤先生にお話しした所、「是非とも仙台で教室を開設してください、指導は私がして下さり、私がフォローします。」という事です。
 良く分からないままにお役に立つのであればと昭和59年(1984年)に設立準備会を佐藤先生の肝いりで立ち上げました。翌年1985年5月26日に設立総会を33名で行いました。佐藤先生はご自分の出身地に是非とも真向法の拠点を作りたい、との念願があったようです。私とのご縁が実現の運びになりました。「縁に活かされ、縁に生きる。」ありがたいご縁です。
 私に特別に指導資格を下さり真向法2級を拝受し、それから教室がスタートしました。最初は会場の手配、受付から指導、会計全てを行い完全なボランティアです。少ない時は数名の時がありましたが継続は力なりです。同行同修の良き仲間に恵まれて現在に至っています。

 設立総会時の記念写真がありますが若かりし頃の青二才の私が1人場違いに写っています。佐藤先生も壮年真っただ中、51才です。


私が体験記を書き、その感想、問い合わせの手紙を頂いた中に畑沢芳子様がいます。その手紙がきっかけで支部開設に至った訳ですが、支部設立総会にも参加して下さり、以来35年間に渡り会員として、仙台の生き証人として、会の顧問として数々の支援、協力くださいました。
 テンメイの会員として野菜の定期購入や、生体エネルギー商品の活用、あわ歌会、テンメイ総会などにも参加してくださり、付かず離れず長い善きご縁を継続させていただいていました。この35周年祝賀会にも参加の予定でしたが、2日前に事務局に夏風邪で体調不良と欠席の連絡を頂きました。7月9日のあわ歌39会には参加下さっていましたので、一緒にあわ歌を響かせて元気にされていたのですが残念な事と思っていました。

 28日の祝賀会を終えた数日後に事務局から連絡があり、「畑沢さんが欠席の連絡を頂いた後に、俄かに冥土に旅立たれた。」と娘さんから連絡があり、既に身内だけで葬儀を済ませられたとのことです。えっ!という感じでしたが静かな88才の大往生でした。お洒落な、ユーモアのある独特な間合い、テンポでさりげなく生きて来た姿が思い浮かびます。将に寝たきりにも成らずにPPK、ピンピンコロリと輝いて還る、の見事な大往生です。

 仙台の真向法の始まりの深いご縁のお二人、佐藤良彦先生が第1線を健康な内に後進に道を託して退任され、方や畑沢芳子様は黄泉の世界へと旅立たれました。この35年の節目の時期に新たな道へと進展されたことは嬉しい事であり、喜ばしきことです。残された私達もしっかりと己が使命を果たして喜び、感謝で進展していきたいものです。

2019年9月8日日曜日

1789「段級審査」2019.9.8


 7月28日日曜日は前日の東北地区指導者研修会に引き続き宮城真向法体操会の修練会、段級審査会が開催されました。

 毎年、この時期に東京の真向法本部から会長あるいは指導部長の先生にお越し頂いて真向法の指導と段級審査をして頂きます。今年は会長が佐藤良彦先生から吉崎幸孝先生に変わりましたので佐藤康彦指導部長にお願いしました。昨日の指導者研修会に引き続きの御登壇、指導です。
 佐藤部長はあまり長々とお話しはせずに、ポイントを伝え、皆さんの笑いを誘いながら、和気藹々、打ち解けた中に実技を中心に教授下さいます。指導部長は理屈抜きで先ず基本4動作の真向法体操を実践して頂き、その身体の変化を確認して頂き、効果を体感していただく事を第1にしています。
 指導も1人補導体操を主に進みました。本部では1人補導体操テキストがあり、その中から重要な物をピックアップして指導くださいました。休みなく次々と体操する、ちょっとハードな内容ですが皆さん一生懸命に自修されています。
 私の指導はどちらかと言うと緩め、ゆったりとしたものでメニューも少なめですので、日頃私の指導に成れている方々は体操をやったという実感を得た様です。




 最後に希望の方々が段級審査を受けました。20名ほど受験しましたが、私もその中に入っています。真向法の段級は5級から始まり、真向法を継続実践している事で毎年審査を受ける事で10年で5段になれます。
 その後は2年以上継続することで6段、7段を受ける事が出来ます。更に2年継続で8段ですが満年齢70歳に達した者との制限があります。しかし、この年齢制限は多くの会員を擁して真向会等を運営する指導者には適用除外の規定があります。
 9段には3年以上実力を継続した者、10段は9段取得後更に3年以上実力を継続した者とあります。

 私は平成18年6月に8段位を、平成27年7月に9段位を拝受していました。今年は真向法の私の恩師の佐藤良彦先生が会長職を退任され顧問になり、私が副会長の任を拝命する事になり、令和元年でもあり、若輩者でまだまだ未熟者ですがこの際10段位を受験しようと思いました。
 4人一組で指導部長の前で対象を実践してその評価を下して頂きます。真向法の審査基準は継続点数が半分で実技が半分の感じです。余程の方でなければ受験した審査は合格します。



 最後の組で私も受験しました。お陰さまで後日、めでたく10段位の免許状を頂けました。段級審査での最高位です。37年継続して来たこと、指導者として真向法体操の普及活動に尽力して来た事へのお認めを頂けました。内心、ありがたく、これを機に創始者長井津先生、御子息の長井洞先生等の先人の教えを頂き、謙虚に己が健康、縁者の健康、社会の健康に務めて行きたい、との覚悟です。
 今に先立つ平成26年、5年前に指導資格者として錬師から範士の允許証を頂いていました。これは宮城真向法体操会設立30周年を期して佐藤前会長の推挙で頂けたものです。


 現在真向法十段位の方は全国に20名、範士の方は17名です。名誉な事です。
 今回光栄にも十段位を頂きましたが、これから真向法十段範士、公益財団法人真向法協会執行役員副会長として淡々と役割を果たして行きたいものです。



2019年9月7日土曜日

1788「指導者研修」2019.9.7

 1か月以上前の事になります。7月27日は真向法東北地区指導者養成研修会が仙台で開催されました。この6月の公益社団法人真向法の定時総会で私が副会長に選任されたので最初のお役目を仰せつかり参加してきました。
 真向法の指導者、これから指導者を目指す方々を対象にした1日研修会です。5回の講座を行いますが、東京本部は1年間で全て終了しますが地方は年1回で5年要します。これまで既に1クールの5講座は昨年に終了していて、新メニューで第1講が始まります。
 東北各県に真向法の会があり真向法体操を通じて健康な方が増える為の活動を行っています。指導者はほとんどがボランティアで奉仕の精神で取り組んでいます。多くはご自分の病、不健康から立ち直るに際して真向法とのご縁があり、その効能、素晴らしさに気づき、各自の日々の身体の手入れ、修練の中でご縁の方にこの素晴らしい健康法をお伝えしたい、という思いが原点です。

 真向法の掲げる目標は健体康心で、「健やかな体と康らかな心」が健康です。その姿は「童心・童顔・童体」です。この思想には創始者の長井律(はるか)先生の生き様、哲学が背景にあります。新しい事を創始する方は並みの想念、意志ではありません。人が生きるとは健全化、その継続が必須です。簡単な4つの動作に多くの貴重な真理がちりばめられています。  
 その研修会の様子を紹介します。

 研修は10時から始まりました。参加者は33名です。冒頭、私が挨拶をさせていただき、本部の新体制のスタートの事、これからの取り組み等お話ししました。


午前の講座は座学で「身体の構成要素」で研修部長の林信吾先生が担当です。
 Ⅰ人体の成分
  1人体の構成とコラーゲン
  2コラーゲンの構造と摂取(コラーゲン3本の鎖)
  3コラーゲンの役割
 Ⅱ骨学
  1骨は鉄筋コンクリート!?
  2骨の構造
  3骨の代謝「リモデリング」
   ・骨粗鬆症、
・骨折しやすい部位、
・骨粗鬆症の自覚症状と指導
・骨を丈夫にするには
 ① 食事、②運動、③骨と真向法、④日光浴
 かなり専門的な内容の勉強ですが人体生理を知る事は自分の身体の不思議を踏まえてのい日々の健康法の実修に役立ち、指導する時にも裏付けになります。


 昼食の後は佐藤指導部長による真向法体操の実践です。真向法は1人で行う4つの動作が基本です。これが完全に出来ると身心の健康が獲得出来ると言われます。しかし中々に難敵で、日々の修練無くしては達成は出来ません。年齢を重ねるに従い、身体を使わなくなることで起きる筋肉の廃用性萎縮、逆に使い過ぎによる過用性萎縮の老化現象は進みます。それにストップをかけて機能回復を図り、ひいては若返りを目指には自己鍛錬は必須です。
 1人でする補導体操はますます重要です。基本4動作を出来る為に
 指導部長から細かなポイントを指導頂きました。真向法体操は座って行う体操ですが、現在は座る事が出来ない方の為に椅子に座ったままで行う体操も工夫されていてその指導も頂きました。







 この第1講は6年前に受講していますが内容も適宜変更して時代に即応し、改めて基本を学習出来る良い機会になりました。


 研修会後はお二人の部長さん達と宮城真向体操会のスタッフと夕食会を共にし、情報交換をして懇親を深めさせて頂きました。

2019年9月6日金曜日

1787「神人巨石巡り15」2019.9.6

 巡りもいよいよ最後になりました。白石市にある材木岩に向かいます。ここは七ヶ宿湖の直ぐ下にあります。以下の様に紹介されています。

・材木岩            白石市小原字上台地内
「材木岩は、高さ100m長さ200mほどの範囲に岩脈が続く圧巻の大岸壁。昭和9年に、国の天然記念物にも指定され、壮観な自然の造形美が見事です!
 岩の成因は、石石英安山岩が水成岩の基盤を貫いて地表面に噴出した際、急激に冷え固まるときに五角・六角・多角形などの柱状節理を形成したもので、材木を立て並べたように見えことが、名の由来。
 またその昔、飛騨工匠が一夜のうちに不動堂を立てようとしたが、夏の夜は短く、もう一息のところで夜が明けてしまったので、材木片を河中に投じて去り、それが岩と化して材木岩となったという、言い伝えもあります。」

「この材木岩の周辺は「材木岩公園」となっており、年間5万人の観光客が訪れていま す。
「材木岩公園」には、寛永から明治時代まで「検断」を務めた木村家の屋敷(県指定有形文化財)という建物があります。検断とは、江戸時代に街道の行政・治安・輸送を担当した役人のことです。この建物は、無料で見学できます。中には、木村家のふすまから発見された古文書が展示してあるのですが、その中には離縁状の展示もされています。当時は「三行半」と言った3行半の短い離縁状が普通だったので、この離縁状の様に長い物は全国的にも珍しいとのことでした。
「材木岩の氷室」には、岩と岩の間から冷気が来る冷気噴出口と呼ばれる風穴があり、そこを利用した建物が建っています。冷気が噴出がするため、室内は入っただけでもひんやりしています。撮影時の外気温は10℃でしたが、氷室内は3℃でした。昔は、蚕の卵を貯蔵する施設として利用しており、言わば一定の室温を保つ天然の冷蔵庫だったとのこと。」


 神人さん始めその岩壁を見て驚嘆の声を発しました。自然の造形物ですが何万年も前のエネルギーが生み出した形は凄いです。巨大が岩肌、その柱状の小さな岩のかけらの大きさは人間を遥かに越える巨大なものです。自然の前では人間は小さな存在です。しかし人間が担う役割は、その能力はある意味無尽蔵にも思えます。如何に能力を開発し、この次元で如何に発揮して環境、生態系に貢献するか。大日地神示の示される世界、改めて原点を思い知らされる遭遇でした。皆さんで材木岩を背に集合写真を撮りました。


以上でめでたく2日間の巡りは終わりです。一路、仙台駅に向かいます。1時間ほどで仙台に到着しますが、残ったお酒を飲みながら車中で皆さんの今回の巡りの感想をシェアしました。何を願い参加したのか、得たものは何なのか、人それぞれ感じ方、思いは異なりますが1つの共通体験は出来ました。それも神人さんが居るから出来る縄文ツアーです。神人さんの数々の配慮、導きに改めて感謝です。


 その土地、関わる人々、それぞれが持つ想念、我の邪念、錯綜する中で浄霊、浄化は不可欠です。今回も心身の健全化が皆さんに求められている行です。団体であればこそ見える、感じられる貴重な学びの機会です。私もお世話をさせて頂き、皆様にとっても東北、陸奥の奥深い、縄文からの魂を体感出来るチャンスに成ったのではと思います。ありがとうございました。再会を願って19時過ぎに仙台駅でお別れしました。

 次会は11月22日神人ライブ、23,24日は縄文ツアーの予定です。ご縁の方の参加をお待ちしております。
http://genkiup.net/seminar/seminar344.pdf

2019年9月5日木曜日

1786「神人巨石巡り14」2019.9.5

 目的地は七ヶ宿町の傾城(けいせい)森です。山形県から県境を越えて宮城県に入ります。

 七ヶ宿町の名前の由来は以下です
「町名の由来は羽州街道(現・国道13号他)と奥州街道(現・国道4号)とを結ぶ街道「山中通小坂越」(山中七ヶ宿街道)沿いの仙台藩・陸奥国領内に七つの宿場(上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原)が置かれたことによる。」
 七ヶ宿町は町ですが人口1300人程の村程の小さな行政区ですが宿場町として栄えた所です。国道113号線沿いの白石川にある七ヶ宿ダム、七ヶ宿湖の存在が大きいです。
傾城の森はダムの手前にあります。国道からその特徴的な山容が見え惹きます。以下の様に紹介されています。

・傾城(けいせい)森      七ヶ宿町東谷地山 七ヶ宿ダムの上流
「「傾城」とは「美女」とか「遊女」という意味です。語源は漢書の「一顧傾人城 再顧傾人国」から、傾国ともいい、「君主が夢中になって国が滅びるほどの絶世の美女」をいいます。
なにか秘密の香りを感じるとおり、このふたつの森には悲恋の伝説がありました。

「横川と白石川の合流点にある、傾城森と山伏森。この山には京都祇園の名鼓と、山伏の悲恋の伝説が語りつがれています。
 今から300年ほど昔のある冬の日暮れ。人目を避けるようにして、修験者風の男と気品の漂う美女がこの付近にたどりつきました。男は修行中の山伏、女は傾城の誉れ高い京都祇園の芸妓。自由のない芸妓と、厳しい掟に縛られた山伏との恋は世間に認められるはずもなく、二人は手に手を取って京都を逃げるしかありませんでした。不安に満ちた長旅の末、ようやくこの地にたどりついたのも束の間、追手に追い詰められて白石川の渕に身を投げたのです。
 その後、誰いうとなく「傾城森・山伏森」の名前がついたということです。また、二人が入水したあたりは地獄渕と呼ばれるようになり、芸妓の侍婢も、後を追ったため、東にある小さな岩山を侍婢山といいます。
 ここは、春のつつじ・秋の紅葉が特に美しく、遊歩道も整備されています。駐車場から吊り橋を渡ると約20分で頂上。西に七ヶ宿の町並み、東に七ヶ宿ダム、北に蔵王連邦不忘山を望むことができます。」

 傾城森・山伏森は2こぶ状に連なる岩山で目を惹く景観です。吊り橋の手前に説明看板
『今からおよそ300年前の話です。
冬のある日の夕暮れ時、修験者と気品のある美女がこの辺りにたどり着きました。
男は仏道修行中の山伏、女は傾城の誉れの高い京都祇園の名妓。
楼主に抱えられて自由のない芸妓と、厳しい掟に縛られた山伏との恋は世間に認められるはずもなく、二人は手を取って京都を逃げ出し、長旅の末にこの地にたどり着いたのです。
二人は早速草庵を結んでこの地に住み、人目を忍びながらも楽しい日々を送りました。
しかし、それも束の間の事、女は重い病気にかかってしまいました。
修験者は病気が快復するように一心に祈り、薬を求めて一生懸命看病しました。
その甲斐あってか女は少しずつ快方に向かいました。
ところが所持金も乏しくなってきて、生活に困るようになったので、二人は将来を危ぶみ世を儚んで、山下の地獄淵に身を投じて死んでしまったのです。
一方、京都からは、かつての名妓に仕えたことのある下女が、この二人を追いかけてきましたが、二人は既に死んでしまっていたのでした。
下女は大変悲しみ、後を追って当方の山下(現在の下女森)で自らの命を絶ってしまったのでした。』










 2つの山の姿は興味深いです。川にかかるつり橋を渡り、直ぐの巨石を背に皆さんで集合写真を撮りました。悲恋が事実か分かりませんが、あまり良いエネルギーを感じないというお二人はバスから降りずにいました。情報体が存在しているのでしょう。そしてその影響を受け、憑依現象が起こるのかもしれません。人には感応、感受性の違いがありますがあまり敏感過ぎても鈍感でも困りものです。感じて把握して判断、対応が出来る能力を身に付けたいものです。神人さんはそのことを日常的にされておられるのでしょう。

2019年9月4日水曜日

1785「神人巨石巡り13」2019.9.4

 次の目的地は同じ高畠町にある小湯山・大師岩です。10分弱で到着です。以下の様に紹介されています。

・小湯山・大師岩        高畠町二井宿大師岩
「標高800mの小湯山は、古くは木霊信仰の奥の院、中世には修験の山、近世には神仏習合の庶民信仰とされてきた。
 全岩凝灰岩による山肌は、長い間の風化や浸食で奇岩怪岩を形づくっているが、昭和48年の学術調査によって、68の風穴に478体の石神や石仏が安置されているのが確認された。
江戸時代末期に各地から奉納されたとされるこれらには、一体ごとに現世利益を求めた庶民の祈りが込められている。」

「高畠町役場の北東方、二井宿の小湯山(標高約800メートル)中腹にある。史跡の石神や石仏を代表する景勝の奇岩怪石という。小湯山全山が町の指定する文化財となっている場
中世には修験の山、近世には神仏習合の庶民信仰の山とされてきました。
 凝灰岩の山肌は、長い年月をかけて風化、浸食を受け、代表的な景観である大師岩をはじめ、里見岩、烏帽子岩など、奇岩怪石を形づくっています。
 多くの岩内に478体の石神や石佛が安置され、一体ごとに現世利益を求めた庶民の祈りの心が込められています。
 キャンプ場から右回りで、烏帽子岩、二見岩、見晴岩から奥の院、高岩、舞茸岩、大師岩、コウモリ岩、里見岩そして五輪岩を回り元へ、約1時間40分。」

 石神、石仏について以下の表記があります。
「小湯山は山腹の岩屋に祀られた石仏群を巡る道が開かれているだけで、山頂に至る道はない。しかしこの石仏群を見るだけでも相当のエネルギーを要する。それは石仏群が68もの岩屋に478体も祀られているからである。
 
 その一部は道が不明瞭な場所、あるいは登れない岸壁の一角にあり、すべてを見ることは不可能になっている。石仏は弘法大師と神仏群に別けられる。山の南側にあるのが弘法大師、神仏は北側の奥の院を中心にそれぞれ広い範囲の岩屋に集まっている。そして神仏のほとんどが神像であり、これほどの神像石仏が集まる山はいまだ見ていない(庶民信仰の神々が集まる長野県坂井村〔現筑北村〕の修那羅の石仏群は743体だが、多くの文字塔が含まれる)。大きさは大師が40センチ前後、神仏は50~80センチ。岩穴に祀られているため雨風の影響は少ないが、もともと精巧な造りではないので神像は神名を当てるのは難しい(神像は精巧に造られても神名がわかる神は少ない)。
 高畠町郷土資料館の企画展「たかはた・石の文化をさぐる」によると、石仏が祀られて背景はわからないという。ただ、山麓の奥の院入り口に「元治元年(1864)大日本諸神御建立」の碑があることから、神仏群は江戸時代末期に祀られたものとしている。また弘法大師は16穴に84体あり、山麓の二井宿村田沢の高橋清右衛門が88体奉納したという伝承を紹介している。」

 案内板のある所からパノラマ的に山の全容を半円的に眺める事ができます。各所に巨岩が見えます。眺望を楽しみ皆さんで集合写真に納まりました。