2019年9月3日火曜日

1784「神人巨石巡り12」2019.9.3

 次の目的地は同じ高畠町にある大洞山慶昌寺境内の観音岩です。以下の様に紹介されています。

 観音岩              高畠町二井宿観音岩 大洞山慶昌寺境内
「二井宿大洞山慶昌寺境内にあり、露出した凝灰岩の風水飾作用或は、崩岩など、種々な奇観を呈し、多数の岩に、三十三観音、及、十三仏を祀る
 又自然洞窟(内、評定岩、最も大なり)より縄文~弥生の土器、石器、貝殻、骨角器等の出土がある。また線彫としては日本でも有数の大きさの延命観音への参拝者も多い。

 大同年間(806年~)、徳一上人が地方布教のおり、当山に立ち寄り、夢枕に観音像が現れたので自ら千手観音を刻みまつったのが三十三観音のうちの一番観音像で、これが観音岩のはじまりといわれている。当山の慶昌寺は、天正元年(1573年)の開山と伝えられて、この西国三十三観音を中心に十三仏、延命観音、千畳敷などを結ぶ岩巡りコースや、蛭沢湖までの遊歩道も整備されている。
◆西国三十三観音-文化年間(1800年代)地元の戸田半七という宮大工が観音信仰に燃え、赤湯(現南陽市)から観音像を一体ずつ背負って安置したといわれ、昭和7年に彼の供養像が建てられている。
◆十三仏-延命観音像の近くに深い信仰心に燃える近郷在住の信者から浄財を募り、昭和7年に安置された。
◆延命観音-当町出身の奥山良明画伯が、郷土の繁栄と、平和を祈念して、通称「塩岩」に一年がかりで昭和46年に完成。高さ12m、幅4m、線彫りとしては他に類をみないものである。
◆千畳敷-数十人が入れる洞窟で、縄文、弥生時代の土器が発掘されており、古代人の住居であったことがわかる。また文久3年(1863年)屋代郷が、米沢私領になることをおそれた35ケ村の農民が、名主を中心に反対行動の密議を行ったところがら評定岩という名もある。」

 慶昌寺の本堂を右に見ながら狭い道を少し進むと観音岩に着きます。境内は以前に比べ整備されて駐車場、トイレも新しくなっています。私達の為にして頂いた様な感じです。
 見上げる山には各所に岩があり、全山岩山の様相です。幟旗が立ち並んでいます。岩巡り散策路がありますが皆さんと手短に回遊出来るコースを歩きました。










 岩がもつエネルギーは強烈です。人の寿命は高々90年程ですが、岩の半減期は何万年として不動にあります。地球のエネルギーが満ち満ちて一体にあります。普遍な願いをこの空間に求めたのでしょう。岩巡りの中で己が身心を浄化し改心し再生を祈願した先人たちの思いがありそうです。しかしその貴重な空間には仏像とは別な祀り方もありそうですが。
 草を掻き分け岩と岩の間の道なき道を神人さんが先達に1列に進みます。面白い、楽しい散策になりました。最後は集合写真でめでたしめでたしです。



 帰りは道路に支柱があり、バスが回転して出るのに難儀しました。何度か切り返しを数センチの余裕の中で無事に駐車場から出る事が出来ました。ここでも運転手さんの腕前に皆さん拍手喝采です。

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