2019年9月9日月曜日

1790「35周年1」2019.9.9

 7月28日に宮城真向法体操会の修練会、段級審査会を終えた後、17時半から宮城真向法体操会創立35周年記念祝賀会がホテル白萩で開催されました。50名ほどの参加でめでたく35周年をお祝い出来ました。
 来賓として公益社団法人真向法協会顧問、前会長の佐藤良彦様よりご祝辞を頂きました。佐藤先生は宮城県大和町の出身で仙台二高を卒業され東京でサラリーマンをされていた時に、奥様のお兄様のご縁で真向法の長井律先生に弟子入りし、以来62年間に渡り真向法一途の普及活動に邁進して来られました。

 昭和58年に私が片山恒夫先生に真向法を教えて頂き、直ぐに東京本部に問い合わせした時に応対して下さったのが佐藤先生でした。当時は佐藤先生は副理事長のお役目でした。翌月に仙台にお越し頂き、直々に真向法の指導を頂いたのが始まりです。当時は慢性の腰痛に悩まされていた私が見事に改善し、直々東京渋谷南平台の本部に通っていました。
 私の体験記を佐藤先生の著書「真向法」(朝日ソノラマ刊)に掲載頂いたのが機縁で、仙台の方々数名からお手紙を頂きました。その中の多くは「私も真向法をやってみたいが、仙台で指導いただけないか」、と言うもので、早々に佐藤先生にお話しした所、「是非とも仙台で教室を開設してください、指導は私がして下さり、私がフォローします。」という事です。
 良く分からないままにお役に立つのであればと昭和59年(1984年)に設立準備会を佐藤先生の肝いりで立ち上げました。翌年1985年5月26日に設立総会を33名で行いました。佐藤先生はご自分の出身地に是非とも真向法の拠点を作りたい、との念願があったようです。私とのご縁が実現の運びになりました。「縁に活かされ、縁に生きる。」ありがたいご縁です。
 私に特別に指導資格を下さり真向法2級を拝受し、それから教室がスタートしました。最初は会場の手配、受付から指導、会計全てを行い完全なボランティアです。少ない時は数名の時がありましたが継続は力なりです。同行同修の良き仲間に恵まれて現在に至っています。

 設立総会時の記念写真がありますが若かりし頃の青二才の私が1人場違いに写っています。佐藤先生も壮年真っただ中、51才です。


私が体験記を書き、その感想、問い合わせの手紙を頂いた中に畑沢芳子様がいます。その手紙がきっかけで支部開設に至った訳ですが、支部設立総会にも参加して下さり、以来35年間に渡り会員として、仙台の生き証人として、会の顧問として数々の支援、協力くださいました。
 テンメイの会員として野菜の定期購入や、生体エネルギー商品の活用、あわ歌会、テンメイ総会などにも参加してくださり、付かず離れず長い善きご縁を継続させていただいていました。この35周年祝賀会にも参加の予定でしたが、2日前に事務局に夏風邪で体調不良と欠席の連絡を頂きました。7月9日のあわ歌39会には参加下さっていましたので、一緒にあわ歌を響かせて元気にされていたのですが残念な事と思っていました。

 28日の祝賀会を終えた数日後に事務局から連絡があり、「畑沢さんが欠席の連絡を頂いた後に、俄かに冥土に旅立たれた。」と娘さんから連絡があり、既に身内だけで葬儀を済ませられたとのことです。えっ!という感じでしたが静かな88才の大往生でした。お洒落な、ユーモアのある独特な間合い、テンポでさりげなく生きて来た姿が思い浮かびます。将に寝たきりにも成らずにPPK、ピンピンコロリと輝いて還る、の見事な大往生です。

 仙台の真向法の始まりの深いご縁のお二人、佐藤良彦先生が第1線を健康な内に後進に道を託して退任され、方や畑沢芳子様は黄泉の世界へと旅立たれました。この35年の節目の時期に新たな道へと進展されたことは嬉しい事であり、喜ばしきことです。残された私達もしっかりと己が使命を果たして喜び、感謝で進展していきたいものです。