2019年10月22日火曜日

1833「福島巨石探訪20」2019.10.22

 最後の予定していた小野町の大石垣巨石&鐘楼巨石は私の提案でキャンセルさせていただきました。宇宙岩の余韻を持って終えた方が良いのではと想ったからです。一路、郡山駅に向かいます。反省会は駅東口のデニーズです。この頃は巡りの最後は皆さんと食事をしながらの反省会が定着してきていて、これもまた好評なのです。


 皆さんの福島巨石の旅の感想です。
・S、Hさん
「今回で3度目の木内ツアー参加です。中山博さんのあわ歌の拝受もあり今年は4度天命塾に参加しています。今回の巨石巡りでは最後の宇宙岩に感銘しました。知らない事が多いです。近くにこんな事があるの!とますます楽しくなりました。皆さんありがとうございました。」

・O、Yさん
「今回の巡りは初めての所が多く、福島は凄いなと思いました。今日の天狗橋と宇宙岩が良かったです。今までに無い雰囲気でした。車で良く眠りました。ありがとうございました。」

・F、Mさん
「木内ツアーは3度目ですが、今回の巨石に感動しました。それぞれの場所で気持ちがスッキリしました。きのこ岩にいる時には感じられなかったのですが、下りて来る時に身体が変わっていました。呼吸が変わり良い気を受けました。とても楽になりました。素晴らしい岩ばかりで、宇宙岩で交信し、天狗橋で沢山の気づきがありました。ありがとうございました。」

・H、Kさん
「ツアーには初めて参加しました。今回の参加は滑り込みセーフでラッキーでした。木内さんの解説にワクワクしました。カッパドキアの様なきのこ岩では優しいエネルギーを感じました。今回のは凄いパワースポットでした。そこに行ってこそで、本当の凄さは誰と行くかで決まると思いました。今回、皆さんと一緒で共有出来てありがたかったです。」

・O、Hさん
「木内ツアーは2回目です。宇宙岩に行けて良かったです。色々な神社、巨木、巨石が凄いです。天狗岩は驚きで、渓谷が綺麗で感動しました。とても楽しかったです。」

・A、Kさん
「真夏の旅は暑いかと思って来ましたが爽やかな旅でした。特に昨日、最初の巨石広場で朝のスイカを頂けてとても良いスタートでした。達沢の滝も凄く気持ちが良かったです。昨日の昼食後の磐椅神社(いわはしじんじゃ)への川沿いの散策も良かったです。後、今日の天狗橋も良かった。宇宙岩は草原の中にあり気持ちが最高に良かった。凄い所に連れて行ってもらいありがたいです。」

・S、Uさん
「大久保先生の企画、Tさんの支援、Oさんの運転手、木内さんの解説、ここ天命塾でないと味わえない内容でした。ツアーも回を重ねている中に、昨日の車中では、あるかけ離れたものに気づきました。そして感じている事、それらが身近なことになりました。それを地球人として守って行きたいと想いました。
 自分はこれから何をして行けるか、昨日の昼食の農家レストラン結でその活動の案内をみて、この事を願っていたと改めて感じました。テンメイで手伝いしながら充実した日々をすごし、役立つ人間としてこれからもやって行きたいと思います。何時もありがとうございます。」

2019年10月21日月曜日

1832「福島巨石探訪19」2019.10.21

 宇宙岩には草原の道を走り車で乗りつけた感じです。木内さんも初めての未知との遭遇で興奮しています。
 車を降りて少し歩くと岩の上です。巨大な花崗岩の一枚岩で1つの巨塊です。巨石の上には数センチ幅の白い線が走っています。縦横、交差したり一本の白線は、岩の中央部分を両端まで直線に走ったりしています。花崗岩とは違う石英質の岩脈でしょうか。




 

 木内さんは早速、方位を調べました。朝日が白線上を昇る可能性もありそうですが太陽の運行に関係していているのか定かでありません。この白い線はどう考えても自然の造形とは思えません。じっくりと2,3回訪れて詳細な調査をしたいと言います。






 巨石からは360度見渡せます。天気に恵まれて気分爽快です。皆さん思い想いに宇宙岩を満喫しました。帰りは宇宙岩を東側から眺めましたが、強者は草を掻き分け岩の下の部分まで行きました。兎に角スペシャルな宇宙存在との遭遇でした。






 ところでこの巨石は地元ではぶな石と呼んでいます。そもそも一本山毛欅と書いて「いっぽんぶな」と読むのは難しいです。標高667,6mの山にかつては1本のブナの木がありそう呼ばれていたのでしょうか。山の周りは牧草地で、牧草の共同管理地で山を削って造成したときにこの岩峰が残ったのだそうです。そこに現れた巨石をぶな石と呼んだのでしょう。そして宇宙岩の呼称は宇宙と繋がる何かの役割があるのではないかとの想像でしょうか。

 そんな中以下の様な記載を見つけました。
「「ぶな石」の白い線(一部抜粋)
「ぶな石」―水石山のラインを地理院地図とグーグルアースで確かめる。南東―北西だ。春分・秋分の日、夏至の日の朝日と「ぶな石」の白い線は無関係だろう。冬至の朝日がそれに近いところから現れるかもしれないとしても、それは偶然で、神様が意図したわけではない。
 鉱物に詳しい知人に聞いた。「ぶな石」は花崗岩で、白い線(岩脈)はペグマタイト(大きな結晶岩からなる火成岩の一種)だという。石英・長石などからできている。地下深部で固まる過程でひびが入り、そこへ石英などが入りこんだ――単純化していえばそういうことらしい。花崗岩にはよくあるのだとか。

 阿武隈高地は大昔、地層が隆起し、長年の浸食作用の結果、老年期の山々になった。人は年をとれば丸くなる。それと同じで、山も年をとればなだらかになる。一本山毛欅もそうした「残丘」のひとつで、周囲より硬かったために岩が残った、
 そうそう、差塩で遺跡発掘調査をした渡辺一雄さんの文章がある。
「差塩の遺蹟は場所柄、花崗岩の巨大な石がごろごろしており、その間から縄文時代の住居跡や祭りの遺構などが、検出されることが多い。平地の遺構にくらべると、規模はずっと小さい。小規模な遺構が川沿いに点在するのである。恐らくは、狩りのためのキャンプ地として利用した所であろう」(いわき地域学會『あぶくま紀行』1994年)
「宇宙石」うんぬんより、こちらの方に心が躍る。」
https://iwakiland.blogspot.com/2018/06/blog-post_23.html

2019年10月20日日曜日

1831「福島巨石探訪18」2019.10.20

 天狗橋は殊の外に皆さん喜んで下さいました。下りの遊歩道も軽快な足取りです。途中トイレの村の施設でお借りして次の目的地、今回の巡りのメインスポットのいわき市の宇宙岩に向かいます。途中アイスクリームを皆さんの分買い込んで食べましたがこれまた大好評でした。
 宇宙岩(ブナ石)はいわき市乾燥供給センター近くにあり、知る人ぞ知る巨石マニアだけが知る隠れた巨石スポットで、差塩(さいそ)一本山毛欅(いっぽんぶな)という山の上のてっぺんにある草原に、ポツンと巨石があります。以下の詳しい記事を紹介します。

【巨石】宇宙岩(ブナ石)@福島県いわき市三和町差塩・いわき市営牧野(牧草地)内


   今回ご紹介するのは福島県いわき市三和町差塩(さいそ)にある“宇宙岩”(ブナ石)と呼ばれている巨石です。
 場所はいわき市三和町差塩 のいわき市営牧野(牧草地)と言う場所にあるのですがここは、観光地ではないしもちろん地図にも何も記述はありません。知る人ぞ知る巨石マニアだけが知る隠れた巨石スポットなのです。
 場所は、地図に何も記載が無いので以前までは、なかなか人に伝えるのが難しい場所でした。しかし、今はスマホさえあればたどり着くことが可能です。
 なんと!Googleさんのストリートビューに掲載されていました!!恐るべしGoogle ^^;
(“いわき市乾草供給センター”をキーワードで入力するとすぐ近くまで行くことが出来ます。)
 牧草地に突如として現れるエアーズロック。そう呼ぶ人もいるように、まさしくその巨大さは圧巻です。
「宇宙岩」の名称は地元のテレビ局でココを取材したおりに命名したそうですが詳細はわからずじまいでした。
 地元では「ブナ石」と呼ばれているそうです。(近くにある一本山毛欅と言う山名より)
昔ここを共同牧草地として開拓していた所この岩が出現したとのことです。
 広大な牧草地中央に威厳を放って存在しています。



 北東より 複雑な剥離の仕方をしています。東南東側より 中央縦にラインが見えます。緩やかなS字カーブを描いている様に見えますがたぶん巨石の凹凸のせいでだと思われます。

 南側より 周囲には、この様な露出している巨石がたくさんあります。

上から見た宇宙岩 (写真は、グーグルマップの衛星写真より)
露出している部分が結構あります。まだまだ埋もれている部分があるという事です。 
 

祭壇の様な岩 中央には丸い窪みがありました。興味深い節理です。南西側より ピークは、8~10メートルぐらいでしょうか?ロケーションがいいのでかなり眺望がいいです。いわき市を代表する水石山、湯ノ岳(湯の岳)、矢大臣山、二ツ箭山(ふたつやさん)な¬どを望むことが出来ます。よく晴れた日には遠くに太平洋を望むことも出来るようです。
    

上に登るには、大変そうに見えますが北側から簡単に登ってこられます。(赤い帽子の人(実はサクラさん)がいるところ)


  気になるのは手前から伸びるラインです。 人が立っている足元にある岩まで続いていました。こちらは岩の頂上で見られたライン。このラインは、8枚上の写真に見える縦のラインと連なっています。
ラインの部分のアップ

   普通は石英脈で構成されていることが多いそうです。しかし、この岩の不思議なところは…。ラインがクロスしている箇所があるところです。それも2箇所.普通一本のラインだけであれば…。ここのサイトにも説明がある様に隙間に違う組成の鉱脈が入り込んで形成されたものと推測出来ます。
 
上の写真を拡大


この巨石が生まれラインが形成された過程を想像してみてください。
自然のなせるワザ…。素晴らしいですね。
 このラインを夏至や冬至の日没ラインと重なるとか誠しやかに唱える方がいらっしゃる様ですが前述している様に、ここは以前は荒地で、開拓時に偶然発見されたものでここには、祭祀遺跡や伝承など何の謂れもありません。(もちろん古代のランドマーク。シンボリック的なものとして周囲を掘れば何か関連遺構が出てくる可能性は否定は出来ませんが…。)見渡すと車道を挟んだ丘陵の上にも小ぶりながら巨石が点在していました。
(撮影:2008-03)
ストリートビューで見ると訪れた時とは、宇宙岩周辺の様子がすっかり異なっている事に驚きでした。放牧地ですので、季節に寄ってかなりその様相が変わるのは判るのですがトップの写真のような存在感は、残念ながら今は無さそうです。
https://blog.goo.ne.jp/ruribo0209/e/7e8ca3e83db454b48e1af20169f7d33c

2019年10月19日土曜日

1830「福島巨石探訪17」2019.10.19

 腹ごしらえを済ませ午後の巡りのスタートです。目指すは鮫川村大字赤坂東野にある天狗橋(巨石)です。かなりの距離の移動です。車中は皆さん心地よい眠りの時間です。

 天狗橋の駐車場に車を停めて少し山道を登り、更に渓流沿いに上流に向かいます。木々のエネルギーを頂き、渓流の自然美を愛で皆さん元気に進み、10分ほどで天狗橋に到着です。

 




渓流に掛かる巨石が見事に橋になっています。以下が紹介記事と写真です。

「天狗橋(巨石)      鮫川村大字赤坂東野字蕨ノ草地内
 その昔、天狗がかけたと言い伝えられる「天狗橋」は、長さ7.9メートル、幅4メートルの自然の石橋です。橋の周辺はイヌブナやアカシデ、コナラなどの 古木がうっそうと生い茂り、涼しい空気が漂います。また、遊歩道沿いには多くの山野草が咲き、訪れる人を楽しませてくれます。
 橋を中心とした0.87ヘクタールの地域は、昭和59年6月に福島県の緑地環境保全地域(第1種地域)※に指定されています。」

 渓流も綺麗で気持ちが良いのです。皆さん水遊びに興じて自然の凉を満喫です。そこかしこに巨石がゴロゴロしています。自然の造形美を堪能しました。









 以下の様なこの造成の解析がなされています。参考に紹介します。

<天狗橋の岩塊群>
 天狗橋周辺の岩巨石群の景観です。
 巨石が落ちてきて止まった側(右岸・東側)の対岸(左岸・西側)から見た様子です。
 下の画像は、この景観の解釈図です。この地形のでき方を順に述べると・・・・、
(1) 最初に、斜面上部で崩壊がおこり、主にマサ砂からなる崩落堆が谷底に落ちて溜まり、平面半円形の高まりを作りました。そのため川が堰き止められ、水路が手前側に迂回しました。
(2) 崩壊後、斜面の大きなコアストーンが、転落し、落ちてきて破断し、崩落堆の上に転石群として乗っかって止まりました。
(3) その後、天狗橋石下の崩落堆に、マサ砂が洗いだされて,トンネルができ、直行する水路ができて、石橋化された。その結果、迂回した水路と直行する水路の2つに分流するようになった。この経緯はこちらからは見えないので後述。
 ・・・・・ということになると思います。
(1)と(2)のイベントは、別の現象ではありますが、崩落堆の頂上に、ぴったり転石群の主体が乗っていることなどから、時間をおかず連続して発生した現象で、斜面のマサ砂崩壊の発生が、その直上のコアストーン露岩の転落を誘発したのだろうと思われます。
  
<天狗橋巨石群の平面図>
天狗橋巨石群の平面スケッチです。
 前の書き込みの画像と同じ範囲。概念略図なので細かいところは大雑把です。
 崩落堆の堰き止めにより、谷底に迂回した水路が作られた後、天狗橋他のコアストーン破断岩塊が転落してきて転石群となった後、崩落堆中央を横切る新水路ができています。これは、転石群下の崩落堆がマサ砂と岩塊からなり、スカスカで水が浸透しやすく、浸透水によりマサが流されて上流側からの水あたりの所が掘られて新水路ができたと判読されます。
 この地形は、谷斜面から、コアストーンが谷底に、崩壊あるいは転落して堆積し、谷底を埋めているタイプの巨石堆積地形ということができます。
 ありふれたよく起こる地学現象で、この巨石のある遷急区間も、この現象の積み重なりで形成された地形と言えます。珍しいと言えば、落ちてくるのが球形のコアストーン岩塊という所ぐらいでしょう。
 しかし、巨石地形としてはあまり見かけません。谷底に落ちてきても、その後の洪水や土石流で運搬されてしまうため、長期にわたって残存せず、伝説の対象になったり、名前を付けてもらえるのが、意外と少ないのかもしれません。
 私も、そんなに歩いているわけでもなく、2例だけしか例が挙がりません・・・・落下した岩塊がコアストーンでない例なら、御岳昇仙峡を始め至る所にありますが。
 1例は、まだ訪ねておりませんが、浜田氏の東北巨石番付2011年5月28日のページで紹介されていた、福島市飯坂町茂庭、茂庭湖上流の亀石地区にある亀石巨石。コアストーンが転石型の典型例ではないかと思っています。
 もう1例は、有名な栃木県足利市名草の奥ノ院巨石群で、こちらは崩壊型の典型例と思います。(つづく)
  

2019年10月18日金曜日

1829「福島巨石探訪16」2019.10.18

 次は同じ集落にある二艘船石です。来た道を下り、途中右折して馬酔木沢の桜(あせみざわ)の方に向かいます。細い道を進み行き止まりです。その奥の林の中にその巨石はあります。以下の様に紹介されています。

「二艘船石      田村市都寺岩井沢強梨  
 福島県高原都市田村市の大関「古代亀石」に続くものである。郡山市富久山町・国道4号線から288号線に入り船引三春方面に走る。又は磐越自動車道「船引三春」で降り288号線に入り都路街道を走る。 (288号線に入るなら49号線からという手もある。)
 田村市岩井沢に入るとこの左側に案内看板が出て来るので左折する。道なりに進み、2つ目の案内地図看板が出て来たらここから左折する。500m程行った所で突き当り舗装道路が途切れるが、杉林の奥を見ると船石が見える。奥に進むと目の前に二つの船石・「二艘船石」が直ぐである。舗装が切れた所から船石の所まで草が刈られ綺麗に整備されていて船石が大事に守られているのが分かる。手前側に舳先が向いた船石である。
 

  真っ正面から見た船石である。二本松の「舟石」同様巨大である。
厚みもあり、形も良く素晴らしい船石である。
 看板には「長さ11m、高さ1、8m、周囲25、6m、幅4、5m、総重量40、2トン」とある。40、2トンとは計量したようにいやに正確な数字だがそんなものではあるまい。私の計算では雄に200トンはある。舳先(船首)も正に船の形であり船尾もちゃんと形になっている。
 前からも後ろからも確認出来るが埋もれているのではない。元は一つであった石を二つに立割りし一つはここに運ばれて来て置かれているように見えるのである。と、言ってここにある2艘が2つに分かれた兄弟ではないのだ。
 上から転がって来たものでもないようだ!そんな転がってくるような高い山でもないのだ。しかし運ぶ事が不可能ならば、どうやってここに!何のために?…を考えてしまう。」


 巨大なラクビーボール状の巨石を真っ二つにして90℃に配置した様な石です。人工的な物でしょう。何に使っていたのか?民の集会、儀式と思われますが充分に宇宙人的存在の関与も思えます。何とも不思議な石をみて下山です。

 盛沢山な午前の巡りを終えて昼食です。田村市滝根町にある和風レストラン白友さんです。この地の名産の「じゅうねん」つけうどんを頂きました。「じゅうねん」とは荏胡麻(エゴマ)の別称で、福島などで使用されている呼び方です。荏胡麻が身体に良く、食べると「十年長生きする」または「十年食べ続けると長生きする」という謂れから、その名がついたともいわれるものです。
「じゅねん」つけうどんは初めてでしたがあっさりして美味しいのです。皆さんにも好評でした。