2020年2月10日月曜日

1943「南福島巨石巡り14」2020.2.10

 次の目的地は郡山市の鹿島大神宮です。15分ほどで到着です。鹿島大神宮はペグマタイト鉱床がむき出しの山の中にあります。県道から鳥居が目に入ります。狭い参道を車で進みます。以下の様に紹介されています。

「鹿島大神宮・ペグマタイト       郡山市西田町丹伊田宮作33
本来、神の降臨する磐座(いわくら)とは、暗(くら)き空間であるはずだが。ここ鹿島大神宮の磐座は、ペグマタイト(pegmatite)岩脈と呼ばれる花崗岩の一種から成り、石自体が神の化身であるかのごとき荘厳さをもって白く輝いている。
 ペグマタイトとは巨晶花崗岩、または珪石(成分は主に石英)とも呼ばれて、大きな結晶からなる火成岩のことをいう。今から8500万年前~1億2000万年前、マグマが地下で徐々に冷え固まったために結晶が大きく成長したもので、稀元素を含むものなど、珍しい鉱物を産し、石英、長石などの巨晶は光学用レンズ、陶磁器等の原料として、また、珪素を含んでいることから、船舶用の珪素鉄をつくるときの媒介物として戦時中に珍重された。

 ここ西田町から隣の白沢村にかけての阿武隈山地は、日本でも有数のペグマタイトの産地であったが、昭和10年代から30年代にかけて大規模な採掘が行われ、現在では掘り尽くされた状態になった。
 神社境内の磐座は、古来より神社のご神体として崇められてきた経緯と、昭和41年に国の天然記念物に指定されたことで、かろうじて採掘を免れたという。
 岩脈の露出面の延長は幅14m、長さ約40mで地下10mまでにおよび、境内には1万4,000トンもの岩脈があると推定されている。

 ◎◎◎
 当神社は、天応元(781)年、茨城県鹿島神宮より勧請し、武甕槌神(たけみかづちのかみ)を祭神としてこの地に鎮座している。現在、鹿島神宮の分社は、茨城県内に約500社、日本全国に約900社あるといわれ、西方に少なく、鹿島より扇状に東北に向かって集中し、福島県は栃木県に次いで分社が多い。
 鹿島神宮は、社殿が北面していることからも伺えるように、8世紀以降の大和朝廷の蝦夷征討の水軍の発信基地であり、東国経略の拠点であった。当神社の歴史から、蝦夷平定に鹿島の神威が伝播していったことがうかがえる。」
http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_tohoku/020_kashima/kashima.htm

 古来日本には、磐座、磐境の信仰があり、この様な巨岩には神様がお鎮りされる御神体として崇めていました。一の鳥居向かいの児童公園に往時の祭祀遺跡が見つかっているとあります。この地も大和王権の成立後、鹿島大神宮の大神様を祭祀し、この巨岩を神社の御神体と蝦夷支配の教化として、新たな信仰をもたらしたものでしょう。

 参道、階段を上ると正面に神社本殿があります。



その奥がペグマタイト剥き出しの山です。特に左手は見事なものです。

脇の道を上がると巨岩の上に登る事が出来ます。白光する巨岩が放つ光、エネルギーは特別な物があります。初めての方々は驚嘆の声を発しています。



 沢山エネルギーを頂きました。


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