2020年4月6日月曜日

1999「不思議体験6」2020.4.6

 中学校の決定的な事項で、父親から次の言葉がありました。「これからやりたい事は何でもして良い。親の協力が必要だったらやろう。しかし、犯罪者とヤクザにはなるな。」と言われました。この事はその後守りました。
 先生の子供と言われた事が抑止力になっていました。でないと私は野垂れ死にしていただろうと思います。しかし何処かでそうならない要因があったのです。この次元には私達は自分チームから来ています。記憶を蘇らせてくれる近親霊が出てくれます。そしてそう思わされています。

 思考のメカニズムは、思考操作されてここに至っています。私は導かれてここにある、と知ると謙虚にならざるをえません。そうすると全ては頂いたもの、との認識に変わります。そうして真っ当になり、軸がぶれない様になります。今の世の中では、ほとんどが軸がぶれていますから、軸がぶれない人が求められています。自分が不安になると指導霊、守護霊の指導を聞けなくなってしまうのです。

 津軽では亀ヶ岡遺跡の近くに住んでいました。八戸は近くに是川遺跡、縄文館があり多くの土器、土偶が出ているところでした。それらの遺跡が私物だったから展示されていて、目に触れる機会がありました。そこには綺麗な赤、漆器が作れた歴史、文化がありました。それらは是までの歴史を覆すもので、既にそれらの技術は縄文で確立されていました。ですから中国4000年の歴史は新参者だったのです。
 日本には16000年の歴史の縄文があり、それによりもたらされたものです。青森、岩手、秋田、東北の意識は凄いと思います。そのことは天命塾の東北の縄文ツアーで各地を巡り、見直ししました。ここには1つの大きな文化圏と思えるものがあります。
 ここは縄文時代の拠点で、精神性が根付き、環境意識、共生意識は凄いものです。そして私の肉体的ルーツがそこにあります。そこにアイデンティティを見出しています。私の中にはしっかり縄文は軸に入っています。

 高校を卒業して青森から上京しました。私は都会に憧れていました。そしてシティーボーイに成りたかった。青森ではラジオを聞いて育っていたので、東京が良いなと憧れ、料理人に成るべく上京したのです。
 そして東京で1番最初の経験は、憧れの部屋を探して歩いたことです。品川のとあるビルの中の富士不動産に入りました。しかし入って背筋が凍りついたのです。
 どう見てもそこはヤクザの事務所だったのです。東京にはスリが沢山いると言われ、掏られない為にどうするか。舐められない為にビシッと黒のスーツで髪もオールバックで決めていたのです。
 そのオール黒でオールバックの格好でヤクザの事務所の中に入ったのです。すると「なんじゃこらー!」と怒鳴られ、がたいのでかい大人に囲まれてしまいました。一瞬で、私の憧れが崩れ、体の震えが止まらなかったです。

 やがて相手も私が青森から部屋探しに来たことを知って落ち着いて応対してくれました。部屋の資料を6枚出してきて、紹介手数料1件に5000円で3万円の請求をされました。言われるままに連絡先に父の名刺を出してしまったのです。しまったと気付いたが後の祭りでした。
 そこを出て直ぐに父に電話をして状況を話しました。父が即、飛行機で飛んで来きてくれました。そして父に連れられて青森に帰ってきました。その後不動産屋から父には何度も電話が入った様ですが、録音して警察に話を通すと言って、それで終わりました。その時の父は格好良かったです。でもその父は今、パーキンソン病になっています。