今回はIn Deepさんの2025年01月20日の記事を紹介します。
「生活のためのスキルを喪失したアメリカのZ世代:彼らは「電球の交換方法」を知らない。日本の若者は?」
https://indeep.jp/generation-z-way-of-life/
米国のZ世代とは、おおむね現在の十代と二十代のことです。
「ドライバーのマイナスを認識できない」
米ニューヨークポストでおもしろい記事を見かけました。
「Z世代は電球の交換ができない」
というタイトルの記事で、最近の世論調査についての記事です。
米国での Z世代は、厳密に決められているわけではないですが、1996年から 2015年あたりにかけて生まれた世代ということになっていまして、大雑把にいえば、「現在 10代から 20代の世代」ということになるでしょうか。
この世代は、「そのようなことを自分で処理するよりも、他人にお金を払ってやってもらうことを好むから」ということのようですが、しかしまあ、電球くらいは自分で交換できないと…とも思います。他にも、さまざまに「できないこと」が世論調査で挙げられていまして、わりと興味深かったので、まずは最初にその記事をご紹介したいと思います。
これを読み、「日本のその世代はどうなんだろう?」とも思います。
まずは記事です。
驚くべき新しい世論調査で、Z世代は電球の交換方法を知らないと衝撃的に認めた
Gen Z shockingly admits they don’t know how to change a lightbulb in startling new poll
NY Post 2025/01/14
米国の Z 世代(10歳〜29歳)の若者が日常の DIY の義務に取り組む能力がないという新しいデータによると、彼らは電球を交換することさえできない。
「基本的な実用的なタスクを実行する能力が若い世代の間で失われつつある」と、英国を拠点とする自動車および自転車小売業者ハルフォーズのアンディ・ターベフィールドは警告した。
ニューヨーク大学ランゴーン校の心理学者ヤマリス・ディアス氏は、彼らの欠陥はおそらくデジタル時代によるものだと語った。
「彼らは、本当に自分で何かをする必要がなかっただけです」と、18歳から 27歳までの現実世界の新人である Z世代についてディアス氏は語った。
「彼らの、そして私たち全員の生活の多くは現在では自動化され、便利でアウトソースされており、今日の若者世代は過去の世代よりもはるかにその恩恵を受けています」と彼女は付け加えた。
「ですから、Z世代が非技術系または独立したタスクに関して、それほど多くのことを知らないのは当然です」
その証拠は彼らの無力な DIY 力にある。
ハルフォーズの研究者たちは、Z世代、ミレニアル世代(28歳から 44歳の人々)、X 世代(45歳から 60歳の人々)、ベビーブーマー世代(60歳以上の人々) を含む 2,000人の成人を調査し、各人口統計の自立レベルを判定した。
調査員たちは、Z世代の約 25%が天井のランプの電球の交換方法を知らず、はしごを登るのは「危険すぎる」と主張する人が多いことを発見した。また、5人に 1人は電球は「熱すぎる」のではないかと心配した。
そのため、レポートによると、Z世代はリスクをさらして一般的な DIY を完了するよりも、GOTDIT(他の人にやってもらう)を好むという。
この啓発的な新発見は、「 Z世代は怠け者」というあまり甘くないキャンペーンに新たに加わったものであり、20代に対する社会の好みをいくぶん不快なものにしている。
しかし、ニューヨークの Z世代は、この「怠け者」というフレーズを断固として拒否しており、「怠け者ではなく、ベビーブーマーや X世代よりも創造的なだけだ」と主張する。
若者たちは、小さな不便を処理してもらうためにはサービススタッフに大金を支払うことを好むようだ。
ハルフォーズのアナリストたちは、Z世代が基本的な家事を行うために専門家を雇うのに、平均して年間 1,500ドル(約 23万円)以上を費やしていることを発見した。
Z世代の上の X世代は、この追加的な手助けに年間約 470ドル(約 7万3000円)しか支払っていない。その上のベビーブーマー世代は約 300ドル(約 4万7000)だけだ。
Z世代は基本的なスキルが不足していると報告されていることから、彼らが支払うこの多額のお金は、有効に使われているのかもしれない。
電球の交換方法を知らないことに加え、Z世代の大半は車の掃除の能力にも自信がない。実際、回答者の一部は、汚れ仕事は親にやってもらいたいと答えた。
車のタイヤに空気を入れる方法を知らない若者は半数程度で、ワイパーブレードの取り付け方を知っている若者はさらに少ない。
そして、驚くべきことに、このグループの 30%はドライバーのマイナスを識別できず、21%はレンチを認識できなかった。
10人に1人は、壁に絵を掛けるにもプロを呼ぶと認めた。
調査の結果、Z世代の多くが額に入った絵を壁に掛けることができないことが判明。
「特に自動車に関する知識が低下しているようだ」とターベフィールド氏は述べ、「最も基本的な作業さえやりたがらない人が多い」と付け加えた。
しかし、彼らのこの「GOTDOIT (他人にやってもらう)」精神が、台頭しつつあるアルファ世代(1歳から 10歳までの子ども)や、2025年以降に生まれる赤ちゃんである新世代に受け継がれないようにするために、ディアス氏は、親が今から子供たちに教育を始めることを提案している。
有能な子供を育てるディアス氏のアドバイスは以下の通り。
・家事を割り当てる: 家事は、子供がスキルを学び、家事に貢献する仕事を自分で行うのに役立つ。
・「手を使う」ことを奨励する: 積極的に何かに取り組むことを必要とする非技術的な活動に子供たちを参加させる(例: 木工、大工仕事、物の組み立て、庭仕事、絵画など) - もちろん、大人の監督の下で。
・子供たちを「ヘルパー」にしよう: こうしたタイプの作業はどれも、家の中でやらなければならないことを子供たちに手伝わせるチャンスだ。事前に少し指導しておけば、子供たちにあなたの役に立つ作業を割り当てることができ、スキルを身につけることができる。さらに、ママやパパと一緒に時間を過ごすというボーナスもある。
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ここまでです。
この中の「電球を交換するときには熱すぎるのではないか」という心配には、やや笑いましたが、「だから電球を消してから交換するんです」と言ってあげたいところです。
しかし、ドライバーのマイナスを認識できないとか、壁に絵を掛けることもできないとか(確かにフラットな壁の場合、コツはいりますが)…。
ちなみに、これらについて、上の記事では、
・子どもに家事を割り当てる
とか、
・さまざまな作業を手伝ってもらう
ことを推奨していますが、こういうのは良くないと私は思います。
それは「自発的ではない」からです。
たとえば、食事の用意を子どもに手伝わせるお母さんとか、そういうのは昔からよく見る光景ですが、私の過去の知人を思い出すと、比較的裕福な家庭で、そういうことをされてきた子どもたちの大半が、
「大人になると家事をまったくしなくなる」
という事例を多く見てきました。結婚してからも何もやらない。
逆に私の家は、私の小さな頃は、父親が(料理は父親の仕事でした)、「子どもが台所をうろうろするんじゃない」というような家で、しかし、私は小学生の頃から料理が好きで、結果として、
「台所から離れたところから料理をしている光景を観察している」
ということになっていました。
そして、「ああ今、醤油を入れて…ああ、ここで炒める…」とか、学習しながら、親が寝付いた夜中に料理をしていたものでした。
まあ、料理はどうでもいいとして、電球の交換とかドライバーの識別とか、そういうのも、「やれ」と言われてやったんじゃ身につかない。
要するに、「やれ、と言われなければ、やらなくてもいい作業」というふうに考える子どもたちもいるはずだからです。
ドライバーなんて、男の子の場合だと、機械やら何やらに興味が出てくると必ず自分で使わなければならない局面が出てくるわけで、それが自発的に出てくるまでは、何もさせなくていいのではと。
結果として、いつまでも自発的な興味が出なかったのなら、それはそれでいいですし。
この「自発的な機会を待つ」というのは、全部につながることだと思っています。
詰め込み教育から DIY まで
いわゆる勉強もそうです。
もう 10年くらい前ですが、今のままの詰め込み教育だと日本の学力はさらに下がっていくというような懸念を以下の記事で書きました。現実、日本の大学のレベルは下がりっぱなしです。
・シュタイナーが「子どもへの詰め込み教育は絶望的な社会を作る」といった100年後に、完全なるその社会ができあがった日本。その日本人の生命エネルギーは驚異的なまでに低下しているかもしれない
In Deep 2015年04月16日
そりゃまあ、単に受験対策とか、そういうものに対してなら一時的な詰め込みも有効なのかもしれないですが、勉強とは本来、「自分が生きる方法を探るため」の一生のものです。
私のように若い時に一切勉強しなかったような人間もいますが、私は四十代を超えてから初めて「自発的な興味」が出ることで勉強を始めました。いつかは出るもんです。
とにかく、本人のまったく興味のないところに、いくら詰め込んでも、受験が終われば全部忘れているようなものばかり。
そのあたりは、高学歴の大人にいろいろと質問するとわかります。
多くが、なんにも覚えていないし、なんにも知らない。
2020年からのパンデミックとワクチン展開は、「自分の命を救うためのひとつの勉強の発露の機会」でしたが、あんなに大多数が、ワクチン展開に従っていました。しかも、高学歴になればなるほど。
詰め込み学習されればされるほど(あるいは、詰め込み学習を受け入れれば受け入れるほど)イディオットになっていくという現実がよく見える光景でした。
(参考記事)アカデミズムに駆逐される人類社会
In Deep 2024年4月17日
医師という職業は高学歴の象徴のひとつであると思われますが、2回目までの接種率が 99%以上だったというデータもあります。
大阪府の65歳以下の医療従事者のコロナワクチン接種率の推移
donkey1399,大阪府
まあ、このことはともかく、ルドルフ・シュタイナーは 100年以上前の講義で以下のように述べていて、詰め込み教育が広がることに懸念を持っていました。
シュタイナーの 1912年の講義より
大学には多くの学部があり、教授たちが思考と研究以外のことに、一年中かなり駆り立てられています。
学生が試験のために知らなくてはならないことを、二、三週間で習得させます。つまり、最も必要なものを詰め込むのです。
そのような詰め込みが最悪なのです。
小学校でも詰め込み教育が行われるようになると、その害は想像を絶するものになるでしょう。
詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきが、まったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。
習得したものをしっかりと自分のものにしたい、という気持ちがないのです。人間の心魂と自分が習得するものとのあいだに、興味の絆がわずかしかないのです。
その結果、活動的に公的生活に関わることができなくなります。詰め込まれたものが、自分の職業の課題と内的に結びつかないからです。心魂が、頭の活動から遠く離れているのです。
人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。
ここに、
> 心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。
とありますが、本来的に心の底から興味を持てない(あるいは自分の生き方と結びつかない)ものに対して、真剣に学び続けようとする意思が生まれるはずもないはずです。
これは勉強の話でしたが、他のさまざまにおいても、現在の Z世代からスキルが奪われた…まあ、スキルといっても、電球交換くらいの話ですが、そういうことと関係しているのだとも思います。
今のデジタル社会は、多くの人が自分で使っている機器について、その「中身」をまったく知りません。スマートフォンを含めて、ほぼ完全なブラックボックスです。
パソコンくらいなら自分で組み立てる若者もたくさんいるでしょうが、他のデジタル機器についてはブラックボックスのままです。
確かに照明ひとつにしても、今の家庭用家電には「スマート」などという冠のつく複雑なものも多く、故障した場合どうしていいのかわからないものもありますが、生活していると、いろいろな小さな不便は出てくるわけで、ある程度は自分で修復できるようにしないと、何しろ、
「今後ずっと今のようなデジタルの便利な時代が未来永劫続くかどうかはわからない」
のですから。裸電球で暮らさなければならない時代にならないとも限らない。裸電球とはいっても、今はほとんど LED 電球ですけれども。
さらには、一から火をおこしたり、食糧を備蓄できるようなスキルが必要となる時代が来ないとも限らないです。
日本の若者が米国ほどスキルを喪失しているとは考えたくはないですが、デジタルと仮想コミュニケーション以外へも若者の人たちが「自発的に」興味を持つような社会にならないと、未来は大変な気がします。