2023年4月30日日曜日

3047「慈悲の心」2023.4.30

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月20日の記事を紹介します。


「慈悲の心」


既に世界は戦争状態に入り、

見えない世界においては、大和心、漢意(からごころ)の戦い 

目に見えない心を大切にする霊主体従と、

目に見えるお金や地位、権力、物質を大切にする体主霊従の対立 

自分さえ良ければの冷たい心と

見えない物の中に大切なものを見出してきた優しい心 

まさに日本人の心が試される

最終的な局面にあります。

私たち個々人は弱く、真の情報も遮断され、悪徳の世の中に生かされていますが、 

私達一人一人の心の持ち方で、この世界、地球を本来の美しい星に戻すことができます。 

大切なのは、地位や物や力ではなく、私たち一人一人の心の在り方です。

そのことはどんな時代であろうと変わることがありません。


では、今日もその美しい心を取り戻すために心のお話です。 

私たち人間は弱いものです。

・正しくありたい

・優しくしたい

・笑顔でいたい

・人の役に立ちたい

そう願っていても、何時も弱い心が頭をもたげます。

何が正しいか、分ってはいても,なかなか一歩踏み出せないでいます。

生きている間は、ずっとその繰り返しかもしれません。

でも諦めないでください。 

みんながそうなんです。 

そこが出発点なんです。

ブッダが生前こんなことを言いました。

嘘をつけないような人になっては いけない優しさは真実に勝る

ブッダの仰りたかったことは相手を思いやる優しさや、

調和の為の嘘は、真実よりも尊い・・ と言う事を仰ったのでした。

また、こうも仰りました。

捨戒の法

ブッダが仰るには、仏教徒が戒律を破るとき、 

いま仏教を捨てます、と天に向かって言います。

そして、酒を飲んだり、戒律を破る。

その後、また仏門に帰依します、と言って戻れば、それで良いのだよ。

ブッダは人間の弱さを知っていました。

そして温かい目で人間を見ていました。

過ちを見て、人を切り捨てるようなことはなさいませんでした。

人を追い詰めることはなさいませんでした。

ブッダは戒律重視ではなく、優しさ(慈悲)を教えていたからです。

また同じく人間の弱さ、哀しさ、

神仏への憧れの気持ちを正しく理解していた空海も、このような言葉を残しています。

<転載開始> 転載元 

 

人は、着の身 着のまま ありのままの自分でいても

愛と慈悲を差し出すことで 即 仏になることができる

仏性は つねに 人の中にあるからこそ

探し回る必要もなく 遠くに求めに行くこともない

ただ、あなたが 優しさがなんなのかを知っており

それを 目の前の人に そっと差し出すならば

あなたが人の痛みを知っており 

それを目の前の人を癒すものとして あたたかい言葉をかけるなら

それこそが、仏の姿の現れだからです

愛と慈悲 すなわち 仏性は 

頭で 理屈として 理解するときではなく

わが身をもって 実践するとき 花ひらく

<転載終了>


私たち庶民の悲しみ苦しみに寄り添った空海

空海は、

・人の痛みを知っていること

・優しさがなんなのかを知っていること

が大切であると仰いました。

すなわち、私たち自身が、その痛み、苦しみ、辛さの中に

一回身をおいて経験してみなければ、本当に理解できない心です。

今まさに、悩んだり道をはずしたりしながら、

頭をあちこちにぶつけて暮らす 私たちのことです。

この悩み、苦しみの中に在るからこそ、人の優しさや、ありがたさが分かり、 

「お陰さまの心」が湧き、人を癒していくことができる。 

仏性を発揮していくことができるようになります。

さてもうひとつ、空海の優しさがにじみ出ている

「祈り」について、現代語で意訳してくださっているものをご紹介します。

<転載開始> 転載元 

 

手と手を合わせて 目を閉じ 頭を下げてみてください。

心が穏やかになるのを感じませんか?

祈りは心に平和をもたらします。

やさしさは祈りから生まれてきます。

祈りとは仏像に向かって拝むことではなく、

自分の中に湧き起こったことに対して行うもの。

祈りは愛をもたらします。

<転載終了>


人は弱いものです。

いくら正しい道を示されても、「こうであるべきだ」と正論を教えていただいても、

なかなかそう簡単に行きません。

でも本当はそうしたいのです。 

心で分かっていますから。

そして、それが自分には簡単にはできないとわかると、結局あきらめてしまい、 

また元の苦難の日々に埋もれてしまいます。

正しい道を示されても何の役にも立ちません。

せっかく芽生えた神仏を敬う信仰の心を閉ざしてしまうかもしれません。

仏教の教えは、対機説法(相手の状況に合わせて説く教え)と言われています。

ですので、ブッダも空海も様々な方法で真理を説き、

様々な方法論を用意してくださいました。

神社やお寺さんに行き、手を合わせ、家族のために

家内安全; 身体健全; 延命長寿; 中気除; 無病息災; 交通安全; 

学業増進; 入試合格; 試験合格; 就職成就; 良縁拝受; 安産息災; 

開運福寿; 心願成就; 厄災難除; 方災消除; 病気平癒 

などの身内の幸せを願う気持ちは自然なことです。

神社は「願い事ではなく、お礼を言いに行くところ」と教えてくださる方も沢山いらっしゃいます。

確かにその通りです。

ですが、私達庶民の願いは、もっと身近で切実な、

今の今、苦しみながらも精一杯生きで行こうとしている。 

そんな生活の中から生まれた願いです。 

絞り出すような心の思いです。

私は思います。

神さまは、そんな私達でもきっと許し、素直に頭を下げ、

真剣に神様に祈る人間を、愛でて下さるのではないかと。。

そして、神さまの元に来た私達を、祓い、清めて下さるのではないかと。。

人に迷惑を決してかけず、自分の力で生きて行くんだ・・

そう思いを定めて生きるのも良いでしょう。

ですが、私たち誰一人、他の方のお陰なくして生きられるものはおりません。

全てが「お陰さま」で成り立っています。

 

自分の力だけで生きていくとは、宇宙的視点から見れば少し傲慢な心かもしれません。

心弱かった私たちに、信仰の心が芽生え、自分の非力さを認識し、素直に頭を垂れる。

その最初の動機は、自分や家族のためなので、まさしく利己的かもしれません。

ですが、それこそが、本当のスタート地点ではないかと思うのです。

小林正観さんはプレアデスのアトラス星から地球に来られました。

その後、ブッダの弟子、空海の弟子の時代を過ごします。

今世においてもブッダの教えを中心に講演していましたので、

比喩や対機説法を多用していました。

正観さんも、人間の弱さを熟知したうえで、まずはスタート地点に立って頂こうと、

「ありがとうや感謝の心を持つことは、幸せになる第一歩ですよ」と、 

はたから見れば非常に利己的な言い方をなさいました。

ですがそれも、そこをスタートとして、神さまの心に近付いて頂くための方便でした。

それを彼は「究極の損得勘定」と呼んだのです。

私もこのブログで書くことは、

・読んでくださる方が幸せに思えること、

・心がほっこりするようなこと

・心が洗われるようなこと

を書くように心がけています。

 

難しい言葉を使わず、方便も交えた上で、読んでくださる方に心の大切さ、

心の中の神さまに気付いて頂きたいからです。

それは、何か凄いパワーを他人や神さまから頂いて、他力的に幸せを掴むのではなく、

ご自分の力で、ご自分の心を開き、本当の幸せ、

永続する幸せを、自ら手に入れて頂きたいからです。

ご自分が幸せになれば、きっと周りのご家族もお幸せになれることでしょう。

職場でもそうです。


2023年4月29日土曜日

3046「一途な心」2023.4.29

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月18日の記事を紹介します。


「一途な心」


世界で性善説の心を持つ国は、ほとんどありませんが、

日本人は、そのような心で縄文の昔より生きてきました。 

優しい心、和の精神です。

それに対しほとんどの世界各国は性悪説

つまり人は、放っておけば悪いことをする。悪い心を持つ・・ 

猜疑心と対立・闘争の精神です。

そのような意識で、世界は長い歴史を刻んできました。 

この違いは非常に大きく、現在世界は戦争状態にありますが、 

見えない世界、つまり意識の世界では、見えない心を大切にする 霊主体従(日本の心)と、

お金を中心とした唯物主義の、体主霊従の心との戦いでもあります。 

大和心(やまとごころ)と漢意(からごころ)の戦いと言っても良いかもしれません。

今、時代の大きな変換点にいるわけですが、意識の世界の戦いにおいて、

その中心に置かれることは、日本人の定めかもしれません。

かつて世界は太陽信仰の時代でした。

日本で太陽神と言えば、太陽は東から登ります。 

東の最果ては、日本列島です。


逆さ地図と呼ばれているもの

多くの民族が、太陽神へのあこがれから東の果てである日本を目指しました。

その中には、もちろんユダヤの民も含まれていました。

その証拠として

日本でもユダヤ人とみられる埴輪が多数発掘されています。

聖徳太子の時代、彼らは秦氏一族として大陸から渡って来て活躍したようです。

その中の秦 河勝(はた の かわかつ)は、

秦氏の族長的な人物であり、聖徳太子に強く影響を与えた人物とされています。 

日本の文明の発展によく尽くし、日本人の中に溶け込みました。 

私も以前、秦氏の末裔の秦さんと仕事をしたことがありますが、非常に賢く有能な方でした。

神々によって作られた日本人の縄文のDNAは、この才能あふれる秦氏一族までも、

日本と言う国で和合してしまったのです。

このようなDNAが私たちの中に脈々と息づいています。 

時間はそれから千数百年たち、物質文明の頂点、欲望の頂点を極めた文明が

音を立てて崩れ、私たち一人一人の心が大切にされる時代に移行しようとしています。 

その最中に於いて、今非常に困難な時を私たちは過ごしています。 

この過去の悪徳の時代を終わらせ、神々の光の時代に変えるのは、 

もしかしたら私達平凡な日本人が持つDNAかもしれません。 

私達一般の人ができることは、

・自分自身や周りの人の心を大切にすること、

・周りの人に思いやりを持つこと

・自分の足で立ち、自立しようとすること

そのような心の持ちようです。 

さて本題に入ります。

  

私たち日本には、素晴らしい文明があります。 

それは、古い古い時代。 

4つのプレートがぶつかり合う場所に置かれ、氷河期の終了とともに、大陸から列島が分かれ、山や川など美しい自然とともにはぐくまれた日本人の心です。 

まさに、この日本の心をはぐくむために、

神々が意図した地政学上の雄大な変化です。 

私たちの日本人の心は、全ての物の中に神々を見出し、感謝と尊敬。

お互い様、おかげ様の心を培い、助け合って生きてきました。 

まさに神々の世界の顕現です。

ですが、時代が下るとともに、西洋文明の流入、戦後の敗戦処理、 

それらによって日本人の尊厳は粉々に打ち砕かれました。 

ですが、私たちの心の見えないところでは、

何千年もかけて、神々や祖先によって受け継がれてきた気質やDNAが存在しています。

今、精神性の復活の時代が幕を開けましたが、2つに分かれようとするこの地球に置いて、

この日本人の良き心を復活させることは非常に重要なことだと思います。

それは、

・力のある誰かによってなされることではなく

・神々に頼っていれば何とかなることではなく

・素晴らしい過去世を持つ人が何かをしてくれるわけではありません。 

私たち一人一人が、日々の生活を送る中で

我欲によって引き起こされる罪や穢れを祓おうという意思を持ち 

感謝と、思いやりの心をもって生きることこそが大切なことです。

美しい地球、そこに住むみんなの幸せは 

そんな平凡な人々、つまり私たちの心の中から始まります。

今日は雑宝蔵経という仏教経典の中のお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

 

とある場所に、神様の御神体でもあります山の中腹に、大きな鎮守の森がありました。

その鎮守の森には、たくさんの動物たちが、仲よく平和に暮らしておりました。

そこに、ある日、一羽のオウムがエサを探し求め道に迷い、鎮守の森に紛れ込んでしまいました。

つまり、迷子になってしまったのです。

オウムはなんとか鎮守の森から外に出ようと飛び回りましたが、

自分がどこにいるのかもさっぱり解りません。

そうしている内に、とうとう日が暮れてあたりが暗くなってきてしまいました。

オウムはとても心配で不安に思いながら、自分の家の方向さえも解らず途方にくれていたのです。

日がどんどん沈み、あたりも暗くなるにつれオウムの気持ちも寂しく、しょんぼりしていた時、鎮守の森のさらに奥深くから鳥や獣などの動物がさくさん出て来ました。

すると、その動物たちは、「ねぇねぇオウム君、君は道を間違えてしまったのだよ。

オウム君の家までは、ここからずっと遠いところだから今からでは帰れないよ。

明日僕たちが送って行ってあげるから、今夜は僕たちの家にとまりなよ」ととても親切にしてくれました。  

オウムも優しい動物たちの言葉と不安な気持ちでいたことから、

動物たちの家に泊めてもらうことにしました。

動物たちは「きっと、オウム君は道に迷い、不安で寂しい気持ちになっているに違いない」

「だから今夜は、オウム君がちゃんと寝るまでは皆で順番にオウム君の側にいてあげよう」

と動物たち皆で話し合い決まりました。

「ここに木の実があるから、お腹いっぱい食べてね。あそこにはとても美味しい水があるよ」

「何も心配いらないから安心してね」と動物たちはオウムにたくさん声を掛けあっていました。

オウムもすっかり動物たちの優しさに慣れて、とうとうくたびれて寝てしまいました。

  

その様子を観ていた動物たちも夜中にオウムが起きて悲しまないようにと、

皆でオウムの回りをぐるりと囲むように一緒に寝てくれました。

翌朝、空は晴天です。朝日に照らされながら、オウムは鎮守の森の動物たちに賑やかに送り出され、オウムが家に帰れるところまで一緒に付き添ってくれました。

そうして、無事に自分の家に着くことが出来ました。

家に着いたオウムは、あの山にいる動物たちの優しさが嬉しくてたまりません。

仲間の動物たちにも昨夜の話を自慢げにたくさんしていました。

そんなある日、優しくしてくれた動物たちの山の方を見ると、

親切に優しくしてくれた動物たちの山からたくさんの煙が立ち上っています。

オウムは驚いて、急いで動物たちが暮らしている山の方へ飛んで行くと、

なんと!山が大火事になっているのです。

オウムはいてもたってもいられません。

そこでオウムは、すぐさま川に飛び込み、自分の全身を濡らしては飛び立ちました。

しかし、川から山火事の場所に着く手前で、ほとんど体から水が落ちてしまい

山の上空で体を振っても2.3滴しか水が落ちません。

でも、オウムは諦めようともしません。

なんども何度もオウムは川に飛び込んでは自分の身体を濡らし、

燃えさかる山に飛び立ち火事の上空で体を振って2.3滴の水を落としています。

その時、近くの木立でオウムの様子を見ていた他の鳥たちが、オウムを嘲笑います。

「オウム君、君が運んでいる水であの山火事を本当に消せると思っているのか?」

「無駄なことは止めな」

「そんなことをしたってくたびれるだけだよ」

などと言いながらオウムを皆で笑っています。

この時オウムは、自分を嘲笑う鳥たちに言い放ちます。

「確かに、僕の運んでいる水は僅かです」

「あの山の火事は消えないかもしれない」

「だけど、僕が鎮守の森で迷って、困っている時に、

僕に親切にしてくれた友達が、あの山にいるんです」

「僕を助けてくれた友達が苦しんでいると思うと、僕はいてもたってもいられない」

「だから、僕は絶対に止めない。僕は水を運び続ける!」

と言って一生懸命に水を運んでいます。 

すると突然、さっきまで晴天だった空が曇りだし、

大粒の雨が降って来ました。もの凄い大雨です。

オウムもビックリして茫然としていると、

その大雨のおかげで山火事はたちまち消えていました。

<引用終了>

 

似たようなお話に「ハチドリのひとしずく」というお話がありますね。

大切なのは、今、自分が出来ることは何かを考え、 

どんなに人から馬鹿にされ、蔑まれようと、それを実行する勇気なのかもしれません。

・物語の中に登場してくる鎮守の森の動物たちの親切さ

・困っているオウムに対する優しさ

・なんら見返りを求めず、自らオウムに積極的に話し掛けてくる動物たち

私たちの日常生活の中でも同じような光景があります。

一生懸命に努力している人を、努力をしない人が

・得にもならないことをよくやるな

・そんなことしても無理だ

そう言います。

でも困っている人を見て、その心情をくみ取れる繊細な感受性を持ち、

居てもたってもいられずに、「助けたい」と云うただ一心で、

純粋な心で行動する人たちも確かに存在します。

そのような心根を神々が放っておくはずがありません。

どんなに困難に見えることであっても

その心根が「人を助けたい」という純粋で一途な気持ちであれば、

その決心をしたとたんに、一気に周りの次元が上昇し、

周りの状況が協調して助けに回って動き出すことでしょう。

それをサポートオブネーチャー、神仕組みの発動と言います。

全ては、私たちの心にかかっています。

静かな場所で、自分の心を見つめなおし、内観してみれば

自分の心は、今 どちらの方向に向かっているかすぐにわかります。


2023年4月28日金曜日

3045「お陰さま」2023.4.28

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月17日の「お陰さま」と2023年04月19日の「愛語」の2つの記事を紹介します。


「お陰さま」


今日も、ご縁のある皆さんに、生きている今の物質の世界、また死後の見えない非物質の世界(黄泉の国)を、幸せに生きる秘訣、心をテーマに書きたいと思います。 

私が神社に行って、いつも唱える言葉の1つに、 

生きとし生けるもの、みんなが、お陰さまの気持ちで、生きられますように・・ 

というのがあります。 

これには沢山の願いが込められているのですが、生きとし生けるものが

・お陰さまの、謙虚な気持ちで生きて行けますように

・助け合って生きて行けますように

・他人の個性、尊厳を認め、尊重して行けますように

・心が尊大になりませぬように

・他人を見下すことがありませんように

・おごり高ぶることがありませんように

など様々な意味を込めて、お祈りしています。 

私たち、みんなが、この「お陰さまの気持ち」を持って謙虚に生きられたら、 

他人を思いやる優しい気持ちで生きられたら、この世の中からギスギスした雰囲気が消え、

春の日差しのように、心地よい、温かな光に包まれることでしょう。  

そこに住む、みんなの顔が、笑顔で溢れ、笑い合って暮らしていけることでしょう。 

そんな、願いを込めて、お祈りしています。 

さて、このお陰さまに関して、とっても良い詩があります。 

上所重助さんと言う方が書いた「おかげさま」という詩です。

以前も掲載したことがあったのですが、ご紹介します。 

<引用開始> 引用元


夏が来ると「冬がいい」と言う 冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い 痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「暇になりたい」と言い 暇になると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い 自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う 

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる 金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが 上を見て不平不満の明け暮れ 隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい 一体自分とは何なのか

親のおかげ 先生のおかげ

世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて 得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう 

「俺が」、「俺が」を捨てて

「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい 

<引用終了> 

  

本当にその通りですね。

私たち人間は結構、我がままです。 

その我がまま(我欲)が本来の魂の輝きを隠し、罪、穢れとして付着してしまい。 

運命を暗く、苦しいものにしてしまいます。 

人生が順調の時は、どうしても、「お陰さま」の気持ちを忘れがちで、

尊大な心になることもあります。

そんな時は、もしかしたら他人に対する優しさを忘れてしまっているかもしれません。  

自分の思い通りにならなければ、イライラしてしまうかもしれません。

感受性が鈍り、すぐそばに居る人の、瞳の奥に隠れた 

・寂しさ

・悔しさ

・不安

・恐怖

・ひもじさ

などを見過ごしてしまうかもしれません。

もしかしたら、死別や病気やケガ、急なリストラ、貧困、離別などは、神さまが、私たちに、 

大切な「お陰さま」の気持ちを思い出させるために、起こしていることかもしれませんね。 

もし、私たちの心がお陰さまの感受性を持つならば、自然と感謝の気持ちに溢れ、 

「ありがとう」の言葉が、口から出てくることでしょう。 

そして、既に、その時は、生きながら、天国を実現している状況です。 

まさに空海の仰った言葉の通りの状態です。

空海は仰いました・・・ 

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。

そのことを忘れてはいけないよ。

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

難しく考えることはない。

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

さすれば、道は開くであろう。

空海は、そう仰ったのでした。

生きながら天国に住む、仏の心になる。 

これが、空海の説いた即身成仏の意味です。 

皆で協力し、助け合い、お互いさま、お陰さまの 謙虚な気持ち、温かな気持ちで 

仲良く暮らしていきたいものですね。 

この「お蔭様」の感受性を持つことで、きっと幸せに暮らしていけると思います

 



「愛語」


見える世界、見えない世界を含め、その世界のありさまを決めるのは、私たちの心です。  

今日は、その心を美しくするために、簡単にできる、「愛語」について書きたいと思います。 

きっと、この愛語の精神でいる限り 、宇宙からのサポートがふんだんに降り注ぎ、

私たちの所属する銀河が、今通過している大きな潮流に乗り、

ご自分も、そしてご家族も幸せになれることでしょう。 

<転載開始> 転載元 小林正観さんの記事より

  

「愛語(あいご)」という言葉は、良寛和尚が好んで使っていたと言われています。 

良寛和尚の「愛語の心」とは、こういうものだと聞きました。 

「自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。 

だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。 

それならいくらでもあげることができるから」 

良寛さんは、自分の口から出てくる言葉を 

・あたたかい言葉

・やさしい言葉

・思いやりに満ちた言葉 

にしたいと思っていたようです。 

日本の神道には「言霊(ことだま)」という概念があります。 

「言葉には神が宿っている」という考え方ですが、 

私たちは、普段、使っている言葉のひとつ一つに、 

相手に大きな影響を与える力(神)が宿っていることを、忘れていたのかもしれません。 

京都に、空也上人(くうやしょうにん)の木像があります。

木像の口から細い板が出ていて、その上に、小さな仏様が何人も立っています。 

 

説明によると、

「空也上人の口から発せられるひと言ひと言が、

すべての人を救いに導く『仏』であった」というのです。 

私はこれまで、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言うことは、

「悪臭を放つ花の種を蒔(ま)くこと」と同じだと考えていいましたが、

一歩進んで、自分の口から発せられる言葉をすべて、

・あたたかいもの

・勇気づけるもの

・安らげるもの

・幸せを感じさせるもの

・喜びを与えるもの

にできたらと思います。

そうすれば、「芳香(ほうこう)を放つ花の種を蒔く」ことにもなるでしょう。 

「悪臭」の中で生きるか、それとも「芳香」の中で生きるか… 

芳香の中で生きるほうが、楽しそうです。

「言葉には『神』が宿っている」という考えは、 

「言葉には『気』が込められている」という考えでもあります。 

だとすれば、人の心を明るくする気を込めたいものです。

人に対して「愛語」を考えるだけでも、生活が変わってくるような気がします。 

<転載終了>

 

自分の口から出る言葉に少し気をつけて、

良寛さんのように、 

・あたたかい言葉

・やさしい言葉

・思いやりに満ちた言葉

を口にしたいものですね。 

そうすると、その発せられた言葉は、神さまの波動を帯びていますから、 

必ず相手のハートの中の神さまも共鳴します。 

その結果、お互いの間に目に見えない良き共鳴現象が起き、 

美しいハーモニーを奏で、幸せになることができます。 

私たちは、自分の心の中に在るものを、自分を取り巻く外の世界に見ます。  

また、自分の心の中のものが、口から出ます。

ですから、自分の心に取り込むもの(見たり、聞いたりするもの)も 

・美しい心の表現

・信じる心の表現

・優しい心の表現

・思いやり、助けいあいの心の表現 

を見て、そして聞きたいものですね。

そうすれば、同じもので、私たちの心は満たされます。 

逆に、興味本位で(面白いからと) 

・人をけなすもの、おとしいれるもの

・人を疑う、疑心暗鬼のもの

・人を差別するもの、排除するもの

・怒りと憎しみに満ちたもの 

からは遠ざかり、心に入れないようにしたいものです。 

それらのことを、もし面白いと感じたのなら、静かに心を振り返ってみてください。

そこに邪悪なものは潜んでいないでしょうか?

そうすれば私たちの心のバケツは、美しいもので満たされることでしょう。

美しいもので満たされた心は、それを表現しようとし、周りを幸せにすることでしょう。 

そしてご自分自身も、世の中に美しい心の世界しか、見なくなることでしょう。

空海の言った「生きながら天国に住む」とはこのことです。

幸せは、神様がくれるものでも、何処かの誰かがくれるものでもありません。

自分の心が決めるものです。


2023年4月27日木曜日

3044「神々の恩寵」2023.4.27

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月15日の記事を紹介します。


「神々の恩寵」


お金や物質など、目に見える物のみを信じ、それを手に入れるために人の心や命までも奪おうとする勢力と 、物の後ろに隠れている、目に見えない神様の心を大切にしようとする勢力が、今最後の大きな戦いの最中です。

時代は確実に変わろうとしています。 


新しい「心の時代」に入るためには、私たち自身の心も、同じような波動にしておく必要があります。

神々を信じ、人の心を、自分と同じように大切に扱うこと。 

では、今日も新しい時代を明るい心で迎えられるように心のお話を掲載します。 

「ありがとう」

そう私たちが言う時、感謝の念と共に、この言葉を口にします。 

また小林正観さんが仰るように

全く感情(感謝の念)を込めなくとも、ただ言葉を発するだけでも良いと言われています。 

感情を込める、込めないに関わらず、いつの間にか、自然と、無意識に、涙のこぼれる時が、訪れるそうです。 

 

春日大社の元宮司、葉室頼昭さんの仰るように、神々の恩寵は、いたるところに、平等に注がれているのに、 それを受け取れる人、受け取れない人がいる。

葉室頼昭さんその違いは、「感謝の心」を持つかどうか? 

感謝の心を持つことで、その心を媒介として神々の祝福が、現実化されると仰っています。 

日本には、縄文の古くの時代から、日本人特有の生きざまがありました。 

フランシスコ・ザビエルなどの時代です。

世界の中で、日本が発見(再認識)された時、進んだ西洋文明の人々が、驚異と畏敬の念で

日本人の中に発見した生きざまです。 

それは、

・自然を敬い、

・和をを尊び、

・足ることを知り、

・平和を愛し、

・助けあい、

・お互いさま、お陰さまの気持ちで生きる、 

まさに 日本の古神道と言われる生き方です。 

  

まさに日本人の生き方そのものが神道であると言われています。 

ですから、私たちの心を縛るものは一切ありません。 

支配し、コントロールしようとする者もありません。 

私たちの心は、本来の無垢の姿を失わず

伸びやかに、躍動的で、神々の創造の世界を生きることができます。 

私たち日本人は、古くから自然や天候、山、川、動物、植物の中に神々を見出し、 

・生かされていることに、

・そして命の恵みを頂くことに 

感謝の思いで日々を生きてきました。 

・これが無い、あれが無い

・人に認められたい、愛されたい

・あれも欲しい、これも欲しい

・人より上に立ちたい

・尊敬されたい、一目おかれたい

そんな意識はこれっぽっちも持ちませんでした。 

ですが、時が下るにつれ、ものが溢れ、物質文明が発達し 

持てる者、持たざるものが生まれ、 嫉妬の心が生まれました。

 

欲しいものが手に入らなければ、幼児のように、駄々をこね、拗ねて(すねて)、 

不平不満、愚痴を外に吐き出します。

嫉妬します。 

口から吐き出された不平・不満・愚痴 

そして、嫉妬と疑心暗鬼の心は、漆黒の渦のエネルギーとなり、

ご自分だけでなく、身近な人まで巻き込んで不幸の種となることでしょう。 

  

これらのエネルギーは時空を超えて滞留し、悪しき出来事の温床となります。 

逆に、感謝の心、ありがとうの言葉を口にして、

助け合い、認め合い、足るを知る心を持ち、 笑顔で日々暮らしていくならば、 

神々のエネルギーで満たされ、物は無くとも、健康ではなくとも、そこには笑顔が絶えず、 

幸せなエネルギーで満たされることでしょう。 

ありがとうの言霊

この言霊は、その深い意味を知らずとも、それを発する者の周りを

このような神々のエネルギーで満たす力があります。

不平、不満、愚痴を言う前に、もし嫉妬の心に駆られてしまったら 

黒いエネルギーを吐き出す代わりに、まず、感謝の言霊、「ありがとう」を 

口に出してみてください。 

最初は、苦痛かもしれません。

「あ」という言葉も言えないかもしれません。 

ですが、小林正観さんが仰るように

念仏のような、呪文のような言い方でも最初は構いません。 

試してみてください。 

  

きっと、あきらめさえしなければ、いつかは黒い霧は晴れ、 

気付けば、爽やかな日が差し込み、神々の恩寵が現われてくることでしょう。

ご自分も、ご家族も、笑顔で、お幸せになれるでしょう。


2023年4月26日水曜日

3043「最初は徐々に、次に突然すべてが崩壊する」2023.4.26

 今回はIn Deepさんのサイトより2023年04月19日の記事を紹介します。


「最初は徐々に、次に突然すべてが崩壊する」

https://indeep.jp/then-suddenly-the-everything-collapse/


いつ起きるのかは誰にもわからないですが

以前、スイスでゴールドでの資産管理をおこなっている企業のゴールド・スイッツァランド社の創設者であるエゴン・フォン・グレイアーツさんという方の記事を翻訳させていただいたことがありました。

過去数百年続いたマネーの「死」までの秒読み In Deep 2023年3月21日

 

その記事は、「金融システムは究極的に壊れている」というタイトルのものでしたが、最近また、グレイアーツさんの記事を読みまして、ご紹介させていただこうかなと思いました。

なんか今はこう、世間的には穏やかな経済や金融の状況の気配が漂っているのですけれど、日本はともかく、最近のアメリカの数値やデータを見ていますと、

「よく崩壊せずに維持されているなあ」と感嘆することもあります。

最近は、ブルームバーグのマクロストラテジストの方の「アメリカの債務コストの凄さ」について読みました、以下に翻訳しています。

米国の年間債務コストは8,000億ドルを超える (2023/04/17)

2000年から2023年1月までのアメリカの債務コストの推移

 

時期として過去最大の約 107兆円などとなっているのですが、年末までには、130兆円を超えていくと見られています。

ブルームバーグのマクロストラテジストの方の文章からは、 

「なあ、よお、これどうすんだよ、オイ!」 

という雰囲気が伝わってきまして、「妥当な終着点がねえじゃねえかよ」という雰囲気も伝わります。

こんな状況で気楽に政権が運営されていれば、各国の「ドルの放棄」の意志は強くなるばかりだとも思います。

もう何の価値もなくなりつつある。

ドルの崩壊が、曖昧ではなく始まった In Deep 2023年4月6日

 

アメリカに関しては、気になる数字やデータを見るたびに、記録していますが、最近だと以下のようなものがあります。

アメリカの第一四半期の赤字は昨年同時期比134%増加の約90兆円 (2023/04/13)

・アメリカの集合住宅の売上高が74%減少、2008年以来最大。価格も高値から20%下落 (2023/04/09)

モルガン・スタンレーが、米国の商業用不動産の今後の「壊滅的な崩壊」を警告 (2023/04/09)

アメリカの銀行の預金額は最新の週のデータで前年比「過去最低」級 (2023/4/11)

米サンフランシスコのオフィスの空き室率が30%に達する (2023/04/15)

 

商業用不動産に関しては「問題が始まったばかりでこれ」ですから、今年後半などまでにどのようなことになるのかはわからないにしても、多くの専門家たちが極度に悪い予測を持っています。

ウルトラCかウルトラセブンでも出てこない限り、今年中、あるいは来年までにはアメリカの極端な景気と金融の混乱は避けられないと見られます。

史上最悪の景気後退の予兆はほぼ出尽くした In Deep 2023年3月19日

 

いつまで平穏な状況が保てるのかは誰にもわからないですが、それが起きた時には、相当な状態に突き進む可能性が高いです。いろいろな数値が桁違いになっています。

なんでもそうですけれども、結構「突然起きたように見える」のですけれども、でも、さすがに、その要因は「見える部分でさえ」積み上がり過ぎていて、ちょっとの衝撃で崩壊するところにまで来ている気はします。当然、数値として見えない部分もあるでしょうし。

エゴン・フォン・グレイアーツさんの記事をご紹介します。

なお、以前にも書きましたけれど、この方はゴールドの資産管理をする企業の方ですので、最終的にゴールドを勧める形となっていますが、そのあたりは、自己判断としか言いようがないです。

ゴールドの価格自体は上昇し続けるかもしれないですが、たとえば、「元日銀マンが教える預金封鎖」という著作の中にある以下のような可能性が、「日本には」あるかもしれないという懸念もないではないです。

「元日銀マンが教える預金封鎖」より

預金封鎖・財産税を免れるために、実物資産としてゴールドを持つという方法をすすめる人もいる。

これはおすすめすることができない。なぜならば、ゴールドでもっていたとしても、いずれは通貨に換えなければ役に立たない。まさか金塊を持って買い物に行き、金貨で支払いをするわけにもいくまい。

そこで金の地金を通貨に換える必要が出てくる。しかし、預金封鎖・財産税が実施されているような状況で、金が自由市場で簡単に売買できるはずはない。

当然のことながら、そうした貴金属の売買は国家管理となるであろう。実際、戦時中はそうした方策で金を自由に売買することができなかった。 https://amzn.to/3MRHMzZ

 

可能性ならどんなことでもあり得ますが、事態が究極的になると国家も究極的な行動に出るということは、特にこの日本の歴史で示されています。

文章は全文訳しますが、ゴールドについて私に何か述べる資格はないですので、皆様ご自身でご判断下さい。

ここからです。

なお、オリジナルの文章では、「すべてが崩壊する」 (The Everything Collapse)という部分が、すべて赤い字の太字で強調されていますので、オリジナルに従います。

図やグラフは一部を割愛しています。


最初は徐々に、次に突然 - すべてが崩壊する

FIRST GRADUALLY THEN SUDDENLY – THE EVERYTHING COLLAPSEEgon von Greyerz 2023/04/16

現在の世界的な債務バブルの必然的な結果は、金融システムとその参加者の多くの破綻だ。

倒産したスイスの 1つの銀行と米国の 3つの銀行は、これから起こることの前触れにすぎない。

米国と欧州の銀行システムが圧力にさらされる中、すべてが崩壊する史上かつてない規模の金融市場の崩壊を引き起こすだろう。

グローバルな金融システムは、政府から個人に至るまで、世界中のすべての金融関係者に到達する歯車構造であるため、すべてが崩壊することからは誰も逃れることはできない。

では、すべてが崩壊する、または破綻開始…これはすでに始まっているが、世界はまだそれに気づいていない。

破綻した 4つの銀行は、中央銀行の数千億ドルのアスピリンによって治癒した軽い頭痛の種として、投資家たちによってすでに払いのけられている。

ヘミングウェイが言ったように、最初は徐々に破産し、次に突然倒産する。

しかし、私たちが現在直面している倒産や崩壊の段階に誰もだまされてはならない。我々はすでに最終警告を受けとっている状態だ。

この段階は数か月またはそれ以上続くかもしれないが、これは投資家たちが持ち家を整理しなければならない最後のチャンスだ。突然の段階まで待つと、回復を待つ間、パニックで身動きが取れなくなるが、今回は回復は起こらない。代わりに、膨大な損失が悪化するだけだ。

実際に何が崩壊するのだろうか。

それは明らかだ。すべてが崩壊するが、主に債務危機だ。世界の債務は今世紀中に 3倍になり、デリバティブ (その大部分が債務だ)を含めると、最大で 3,000兆ドル (約 40京円)になると考えられている。これは世界の GDPの 20倍であり、明らかに世界に大きな損害を与える規模だ。

 

米国と欧州の銀行の危険なバランスシート

米国と EU の両方で金利が上昇するにつれて、信用残高は縮小している。

米国では、すべての銀行の Tier 1資本 (※ 資本勘定のうち資本金、法定準備金、利益剰余金、優先株、優先出資証券等から構成される資本)までのバランスシートが 30年ぶりの高水準にある。

これは、米国の銀行システムを非常に脆弱な立場に置く不安定なレベルだ。米国の銀行は現在、ローンの返済を要求して、バランスシートを大幅に縮小する必要がある。

 

ヨーロッパの状況も同様に悲惨だ。ユーロ圏の銀行は、2011年以来最も企業の信用を引き締めており、今後もそうなると予想される。

 

高金利と信用収縮の影響

高金利と強制的な信用収縮が相まって、借り手だけでなく、米国と EU の銀行システムにも圧力がかかる。銀行の債務不履行が加速するにつれて、中央銀行の紙幣印刷のスライドは、これまで以上のペースで再開される。

崩壊するものに戻ると、それが主に銀行債務であることは明らかだ。そのため、クレジットは高価になるだけでなく、不足することにもなる。これにより、借り手による大規模な債務不履行が発生し、銀行の支払い能力が低下する。

中央銀行家たちは、決して真実を語ることのできない日和見主義者たちだ。

彼らの主な目的は、彼らと銀行家の友人たちに有利なように金融システムをコントロールすることだ。彼らは愚かではなく、彼らの絶え間ない市場操作と偽のお金の製造の結果を最も確実に理解している。

彼らの行動は、1700年代後半にドイツの銀行家である マイアー・アムシェル・ロートシルト (ロスチャイルド)が述べたことと完全に一致している。

先ほど述べたように、銀行のバランスシートを縮小することのもう一つの側面は、銀行の無限の流動性要件だ。

ということで、次のステージはすべてが崩壊する西側の銀行の流動性と支払能力には絶え間ない圧力がかかる。そしてその結果は明らかだ – 歴史上かつて見たことのない規模の無制限のお金の印刷だ。

中央銀行にはリアルマネーがないため、バランスシートが非常に弱いことを忘れないでほしい。

彼らが商業銀行であったならば、ずっと前に倒産していただろう。しかし、彼らには犯罪の非常に友好的なパートナーがいて、彼らが知っている唯一の解決策を提供するために共謀することを余儀なくされている。

 

すべてが崩壊する結果

私たちのような普通の人間にとって、目的が満たされないときは、収入を増やすか、支出を減らす必要がある。

しかし、それは政府がめったに実践することのない公式であり、過去 50年以上にわたって彼らはまったく実践していない。彼らは、借金問題を解決するために借金を増やすという 1つの解決策しか知らない。それは明らかにばかげているように聞こえるが、政府が票を購入して権力を維持できる唯一の方法だ。

繰り返しになるが、信用サイクルの最終段階での結果は、明らかに破滅的なものになる。

すぐに続くのは次のとおりだ。

 - 崩壊につながる通貨の下落

 - ハイパーインフレにつながる高インフレ

 - 食料とエネルギーの不足

 - 債務崩壊につながる債務不履行

 - 実質ベースのバブル資産(株、債券、不動産)の崩壊

 - 金融システムの破綻

 - 政治的および社会的混乱 – 内戦

 - 地政学的問題

 - 西側の崩壊と東と南の台頭

では、これにはどれくらいの時間がかかるだろうか。それは、明らかに誰にもわからない。

しかし、私たちが知っていることは、現在、そのリスクが歴史上どの時期よりも大きく、これが世界規模であるということだ。

ヨーロッパ、北アメリカ、日本が特に危険にさらされ、世界の隅々が被害を受けるだろう。

したがって、最初は徐々に起こるが、ある時点で、数か月後または数年後に 突然次の段階が発生する。

差し迫ったリスクと同様に、重要なことは、今、そのリスクから身を守ることだ。何度も強調してきたが、火災が発生してから火災保険に入ることはできない。火災が始まる前に保険に加入することが不可欠だ。

 

破産 – バンカ・ロッタ

破産という言葉は、イタリア語の Banca Rotta または壊れたベンチに由来する。16世紀のイタリアの銀行家たちは、ベンチやテーブルで業務を行っていた。

彼らが義務を果たすことができなくなったとき、彼らのベンチは廃業したことを示すために壊された。腐った (rotten)という言葉は古い北欧に由来すると言われているが、起源がロッタと同じである可能性は低い。

しかし、この、壊れた、または腐ったベンチが今日の世界の金融システムの状態だ。世界の銀行システムは壊れているだけでなく、その核心まで腐敗している。

過去数週間で、米国の 3つの銀行とスイスの 1つの銀行が数日のうちに破綻した。米国の銀行、シルバーゲート、シリコンバレー銀行、シグネーチャー銀行はすべて、数時間または数日のうちに崩壊した。彼らは皆、テクノロジーと暗号産業に関わっていた。

これらの経営陣は、リスク管理についてゼロの理解を持っており、低金利で長期債に投資し、巨額の損失を出して清算しなければならなかった。

基本的な AI (人工知能) コンピュータープログラムは、基本的な要件として貪欲にプログラムされていない限り、これらの銀行をより適切に管理できたはずだ。

数週間前にクレディ・スイスの破綻について書いた時に、「金融システムは終焉を迎える」と私は書いた。

そのため、スイスの 2番目の銀行である破綻したクレディ・スイスは、スイスの No.1銀行である UBS に吸収された。

問題は、この合併が、物事を覆い隠すことをリードするための物事を覆い隠しなのか、それとも 1+1 で 1/2 になるのかということだ。

UBS は、1998年にスイスの 2つの銀行が合併して誕生した。たとえば、2008年に UBSは 200億スイスフランを失い、それ以来、罰金と取引損失で数十億ドルを失っている。その後、未申告の米国口座 (スイスの銀行はすべて持っていた) への攻撃があり、銀行に大きな圧力をかけた。

問題は、新しい UBS/クレディ・スイス がスイスの GDP の 200%であることだ。それに加えて、スイス国立銀行 (SNB)もスイスの GDPよりも大きい。また、スイス国立銀行は 2022年に通貨と投資のポジションで 1,220億フランを失っている。

スイスの銀行システムはどの銀行システムよりも実際に悪いわけではないが、その冒険は、どの国のどの銀行にも主要な資産を保有するべきではないという私の見解を裏付けている。

先ほど強調したように、西側の金融システムは腐敗しており、投資家たちの資産を保有するのには適していない。

銀行システムに関係なく、スイス経済は西側諸国、そしておそらく全世界で最強だ。GDPに対する債務は 40%未満で、財政赤字は非常に小さく、インフレ率は西側諸国で最も低い。そして、直接民主制の政治体制は世界一だ。

  

金融システム全体が完全に相互接続されており、1つの主要銀行が崩壊すると、システム全体でドミノ倒しが始まることを忘れないでほしい。

確かに、中央銀行は当初、無制限の金額を印刷する。しかし、デリバティブが崩壊し始めると、その時点でのお金は無価値になるため、お金の印刷は無意味になる。

私たちは、20年以上にわたり、クライアントと私たち自身のために、銀行システムの外で保有されている現物のゴールドに投資してきた。

その間、ゴールドはほとんどの通貨で少なくとも 7~ 8倍、ベネズエラ、アルゼンチン、ジンバブエ、トルコなどの通貨の弱い国では数百倍から数千倍に上昇した。

今世紀、西側諸国でゴールドの価値が 700~ 800%上昇したにもかかわらず、ゴールドに投資されているのは世界の金融資産の 0.5%未満だ。

銀行、投資顧問、ファンドマネージャーたちはゴールドについて理解していない。私はこのいわゆる専門家たちのグループを無能であるだけでなく怠慢と呼んでいる。

歴史を通じてすべての法定通貨は確実にゼロになっているため、資金を現金で保持している個人または投資マネージャーたちは、時間の経過とともに価値が蒸発するのを見ることが保証されている。

法定通貨は、1971年以来、すべての通貨で少なくとも 97~ 99%下落していることを覚えておいてほしい。

中央銀行家たちはゴールドの親友であることも忘れないでほしい。

歴史を通して、彼らは常にマネーの価値を破壊してきたため、ゴールドを支持してきた。 そして今日、歴史上最大の紙幣印刷が始まろうとしているとき、銀行システムの外で物理的なゴールドを保持することは、SINE QUA NON (絶対に不可欠)だ。

物理的なゴールドは実質的にすべての主要な投資を実質的に上回り、今後数年間、資産の完全な破壊を回避したい場合、ゴールドを所有することが重要だ。

安全な管轄区域で、壊れた金融システムの外に物理的な形で保持することを忘れないでほしい。


2023年4月25日火曜日

3042「おかげ様の人生」2023.4.25

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月14日の記事を紹介します。


「おかげ様の人生」


私たちは同時に3つの世界を生きています。

・見えている、今の現実と思っている世界

・見えない、不思議の世界(黄泉の国、霊的な世界)

・心の世界

この3つです。 

そして一番ないがしろにされているのが「心の世界」ですが、 

一番重要で、見える世界、見えない世界を変えてしまうほどの力があります。

見えない世界は、一見神秘的で不思議で、ワクワクさせてくれます。 

見えない世界の、神様や龍、精霊など何だか頼れば、大きな力をくれそうな気もします。 

ですが、私たちの心が変わらなければ,それも一時のこと。 

心を清浄にすること、ピュアにすること感謝の気持ちで満たすこと.

このことの方が、何千倍、何万倍、何億倍も価値があり、

永続的な幸せの世界、神々の世界へ私たちを連れて行ってくれます。 

見えない世界の力をいくら手に入れようと、ご自分の心の世界の変化にはかないません。 

ご自分の心を鏡に映したとき、その姿を、まっすぐに見つめることはできますか?

それでは、今日も心をピュアにするためのお話です。

ブッダが悟りを開いたとき、最初に気づいた宇宙の法則があります。

それが、「縁起(えんぎ)の法則」です。

 


縁(よ)りて起こる

この意味は、自分の人生は、

・自分以外の、すべてのおかげ、

・神仏や、まわりのおかげで成り立っている。

自分の思いで成り立っているものは、何ひとつない。

人は、自分の思い、力、能力で未来を切り拓(ひら)き、人生が変わっていくと思っているので苦悩する。

人間の苦悩の本質は「縁起」を認めないために起こっている。

この「悟り」を言い換えて言うと、

あなたの努力や才能によって人生が組み立てられていることは一つもない。あなた以外のすべてが、あなたの人生を決めている。

ということです。 

それでは、ここで、正法寺住職の青山俊董さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 


京都駅で拾ったタクシーの運転手さんが語りかけてきました。

「ご出家さんですね。お話をさせていただいてもよろしゅうございますか」と。

「どうぞ」と私は答えました。

「私は高校三年生の三学期に両親を亡くしました。

町会で河豚(ふぐ)を食べに行き、その毒にあたって一晩で亡くなりました。

いつもなら母親が早く起きてお弁当を作ってくださるはずなのに、

いつまで経っても音一つしないので、“おかしいなあ?”と思って、両親の部屋の戸を開けてみました。

二人ともさんざん苦しんだ後、息が絶えておりました。

驚いて電話に走り、親戚の者が駆けつけて葬式は出してくれました。

借金はありませんでしたが、一銭の貯えもありませんでした。

私の下に五歳の妹がおりました。

父が出征しておりましたから、年はなれて妹ができた訳です。

高校三年の私と五歳の妹では家賃がとりたてられないであろうというので、家主が追い出した。

私は五歳の妹を連れ、最小限度の荷物を持ち、安い六畳一部屋を借りて出ました。

両親に代わって妹を育てなきゃならないと思って、私は夢中になって働きました。

朝は新聞配達、昼は勤め、夜はアルバイトとメチャクチャ働いて、

二十二、三歳のときには、安いアパートを買うほどの金は作りました。

その間、私は働くことしか考えていませんでしたから、洗濯も炊事も掃除も何もしませんでした。

五歳の妹がしたことになります。

妹に勉強机の一つも買ってやりたかったのですが、六畳一部屋に食卓と勉強机と二つおくと寝るところがなくなるから、妹はかわいそうだけれど食卓を勉強机に兼ねてもらいました。

狭い家で育ったから妹は整理の名人になり、今、大きな家にご縁をいただいておりますが、

きれいに整頓されております。

考えてみましたら私なんか、もし両親が元気でいてくれたら、今ごろ暴走族か突っ張り族か、

ろくな人間にしかなっていなかったと思います。

もし両親が死んでくれても、金を残してくれたら今の私はなく、また妹がいなかったら淋しくてぐれていたでしょう。

両親はいない、金はない、幼い妹がいる。

私は本気にならざるを得ませんでした。

私を本気にしてくれ、一人前の大人にしてくれ、男にしてくれたのは、

・両親が死んでくれたお陰、

・金を残してくれなかったお陰、

・家主が追い出してくれたお陰、

・幼い妹をつけてくれたお陰

と思い、毎日両親の位牌(いはい)に感謝の線香をあげております。

何もかも私を一人前の大人にするためのおはからいと感謝しております。

ただ一つ、妹がよいご縁をいただいて花嫁衣裳を着たときは泣けました。

両親に見せたかった。

わずか三十分ほどの間の話でしたが、どんな立派な方の話よりもすばらしい話を聞くことができ、心から「ありがとう」といって車を降りました。

お釈迦さまは、この世の中には四種類の人がある、と説かれました。

・闇から闇へゆく人、

・闇から光へゆく人、

・光から闇へゆく人、

・光から光へゆく人と。

人生の幸、不幸を、光とか闇という言葉で表現することができるでしょう。

一般的にいって闇としか思えないことを、

・両親が死んでくれたお陰、

・金を残してくれなかったお陰、

・家主が追い出してくれたお陰、

・幼い妹をつけてくれたお陰で、

本気になれた、一人前の大人になれたと 全部「幸い」と受けとめ、光へと転じているよい例といえましょう。

<引用終了> 

 

私たちは、誰一人他の誰かのお世話にならず、迷惑もかけず、生きていける人はいません。 

必ず、どこかの誰かのお世話になり、周りに迷惑を掛けながら生かされています。 

今の私があるのも、家族をはじめ、友人、職場の仲間

・私を好きな人

・私が好きな人

・私を嫌いな人

・私が嫌いな人 

全てのお陰様で、今の私たちが形成されここまでの道のりを連れてこられてきました。  

辛く苦しい環境、辛く当たる人たちでさえ、今の私になるために、欠かすことができなかったのです。 

そのすべてのバランスと、タイミングを見計らい、人を連れてきて、その出来事を起こしてくださったのは、私たちの魂の成長のために、常に心を砕いてくださっている神様です。 

私たちは、出会った人すべての人によって今の私たちが形成されています。

たとえ嫌いな人でも、人生に現れた人達は、全て私たちに経験をくれた人。

一人でも欠けていたら、今の私はありません。 

・私が嫌いな人

・私を嫌いな人 

そんな嫌われ役を、わざわざ引き受けて生まれてくださった方々です。 

私たちに、苦い経験をさせてくれるために、敢えて苦しい立場を引き受けてくださいました。

クラリオン星から転生してきた小学生の久松奏拓(ひさまつ・そうた)君も言っていました。

嫌いな人や苦手な人を無理に 好きになろうとしなくていい。

良いとか悪いというジャッジもしない事。

それは単に波長が違うだけなのだから。

私たちは、そんな風に思えたら好きにならなくとも、感謝はできるかもしれませんね。 

感謝のあるところ、いえ感謝のあるところにしか、神々の恩寵は現れることができません。


2023年4月24日月曜日

3041「生きる道」2023.4.24

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月13日の記事を紹介します。


「生きる道」


今日は「努力しない生き方」というお話です。 

この生き方は、現在の大きな時代の節目のただなかに生きる私たちにとって

生きる道の方向を指し示してくれています。

私たちは子供のころから「努力しなければならない」そう教わってきました。 

しかし、例えば、子供が不登校になったり、病気したりすると、途端に不安に陥り、右往左往してしまいます。

それはまるで

・競う

・争う

・比べる

の修羅の世界ですね。

それに対して、 

・競わない、

・比べない、

・争わない

生き方と言うのもあります。

今日は小林正観さんのお嬢様、慶子ちゃんのお話をご紹介します。

慶子ちゃんは知的障害で生まれてきました。

<引用開始> 引用元

 

ニッコリ笑っていてくれるだけで、まわりを温かくし、光を発している知的障害の長女。

ここに人間の価値がある。

結婚して三年目にやっとできた長女は知的障害児で、努力やがんばることができません。

二十七になりますが、知能でいうと七歳くらいです。

日常生活にはなんの問題もありませんが、自分の名前を漢字で書いたり、足し算、引き算をしたりなどはできません。

しかし、この子は、自分より立場の弱い人、怪我をしている人を見れば、

駆け寄って『大丈夫?』と手を貸すような子どもで、教えられることがたくさんありました。

小学校四年生までは運動会の徒競走が五十メートル、五年生と六年生は百メートルでした。

長女は小学校五年生まで、徒競走はずっとビリでした。

染色体の異状により、脳細胞や体の筋肉が普通の人の三分の一くらいしか発達しないため、

ものを持ったり、走ったり、歩いたりなど、なにかをする能力は三分の一くらいしかありません。

そのため、走るというより速歩きという感じです。

小学校六年生のとき、運動会に行く前、なぜか妻がとても楽しそうでした。

『今日はいつもより楽しそうだね』と言うと、妻は『初めて徒競走でビリじゃない姿が見られるかもしれない』という返事。

どういうことなのかと尋ねたところ、次のような話しでした。

同級生の女の子が、運動会の一週間前に捻挫をして、包帯ぐるぐる巻いている状態だったそうです。

誰もが徒競走に出ないだろうと思っていたところ、

『どうしても走りたい』と言い、困った先生は、最終組で長女と走らせることに。

健常児六人+捻挫した子と長女の合計八人で走ることになりました。

捻挫して、包帯を巻いている子と走ることになり、『長女が生まれて初めてビリではない

姿を見られるかもしれない』と言い、ニコニコ笑いながら朝、二人で手をつないで出かけて行きました。

夕方、ニコニコして帰ってきたので、『どうだった?』と尋ねると、 

満面の笑みで、『それがまたビリだったのよね』という答え。

すいぶん楽しそうな顔だったので、経緯を教えてもらいました。

健常児六人が五十メートルくらいのところを走っているとき、

長女は十五メートルくらいの場所を走っていた。

捻挫をした子は十メートルくらいの地点を走っていたそうです。

長女は、後ろを振り返り、気にしながら前を走っていたところ、 

捻挫をした子が『キャッ』と言って転んでしまいました。

それを見た長女は『大丈夫?』と言って逆走し、その子を助け上げ、肩を支えながら、

一緒にトコトコと走ります。

ゴールする、前に捻挫をした子の肩をポンと押し、その子が先にゴールしたと、妻は言いました。

九十メートルくらいのところで、 係のお子さんがゴールテープを取り直して張ったそうです。

父兄が二千五百人くらい来ていたそうですが、みんな立ち上がり、九十メートルあたりからは拍手をして応援してくて、感動的な光景だったと。

長女は捻挫した子を助けながら走ったにもかかわらず最後のところで、自分は先に行かず、

彼女を先にゴールさせたということです。

妻が『それでまたビリだったのよねぇ。そういう子どもだもんねぇ』と笑顔で言うのを、 

私は苦笑いして聴いていました。

しかし、その苦笑いしていた顔が、だんだん真顔に。

私は、父親から『努力しないやつはバカだ、クズだ』と 

何十万回と言われ続けて育ちました。

『どうもそうじゃないみたいだ』と思いながら生きてきたものの、長女の生き方が

父親から教わったこととはまったく違い、衝撃を受けました。

私にとって人生観を根底から覆すような出来事だった。

 

そのため、一週間考えました。

一週間考えて出た結論は『長女の生き方が正しい』というものでした。

ただ、私の魂がどちらの生き方を喜んでいるかと考えたときに、長女の生き方が本質だと思い、喜んでいる自分がいることに気がつきました。

私たちは、小・中・高・大学・大学院、会社、社会、家庭というすべてのところで、

・努力しないやつはバカだ、クズだ

・競いあい、比べあい、人より抜きん出ることが立派な人間である

・負けてはいけない

・成功しなければならない 

と教えこまれてきました。

しかし、『人間の価値は、それらとは違うところにある』

この新しい価値観を長女が教えてくれたのです。

長女は、いつもニコニコしていて、私が家に帰ると、眠い目をこすりながら 

『お帰り』と言って玄関先で迎えてくれます。

いつもニコニコしていて、楽しそうに、幸せそうに暮らしています。

『努力しないやつはバカだ、クズだ』という価値観とは 

まったく違い、ただそこにいるだけで、まわりの人に幸せを感じさせてくれる存在です。

この子が笑顔でニコニコしているだけで、まわりをとても温かくし、和やかな空気にします。

小学校を卒業するとき、校長先生が次のようなコメントを書いてくれました。

『慶子さんの、笑顔とありがとうという言葉は、学校の中で最高のものでした。

これほど笑顔とありがとうの言葉が似合う子どもはいなかった』と。

私は父親から 

・がんばらないヤツはバカだ、クズだ

と何十万回と言われて育ってきました。 

長女が生まれてこなければ、ずっとその価値観で過ごしていたでしょう。

しかし、わが家に知的障害児の子どもが生まれてくれたおかげで、

人間の価値は、努力すること、がんばることではないと教えられました。

長女は、ニッコリ笑っていてくれているだけで、まわりをとて温かくし、光を発しています。

ここに人間の価値があると

教えに来てくれたのです。

<引用終了>

 

2つの道のお話でした。

良い悪い、正しい、間違いと言うことは無いと思うのです。

人それぞれの人生ですから、ある方は、必死に努力し勝ち抜いて、人より地位や名誉、

お金を得る道が好きかもしれません。

ですが、いつも心が追い詰められ、

・もっともっと努力しなければ

・努力をやめたらおしまいだ

・一回失敗したら「負け犬だ」

などと思ってしまったら、きっと神さまから頂いた純粋な魂が濁ってしまいますね。

人と競わずとも、いつも精神的に追い詰められて「もっと上へ」と馬車馬のごとく

精神的にゆとりのない生き方でなくとも、神さまは私たち全ての人に生きる道を準備してくださっています。

それは私たちが生まれる前に、神さまと一緒に決めてきた道です。

私たちは小鳥たちのように、運命の流れに身を任せ、全てに「ありがとう」と 

感謝して生きていれば、上手に生きられるようになっています。

・お金持ちだから、

・地位や名誉があるから、

・大きな外車に乗っているから、

・広い家に住んでいるから、

・偏差値の高い学校を出たから・・ 

幸せなのではないと思うのです。

私たちの本当の幸せは、ブッダが説いた般若心経の教えのように、全ての自分に起こってくるコト。 

良いことも悪いことも、肯定して受け入れそして感謝することで、得られるのかもしれませんね。

自分に起こってくる全てのコトは、私たちが生まれる前に神さまと一緒に、私たちの魂の成長のために、一番、必要なものとして、人生の必要な時期に起こるように。

自分で人生に組み込んで、この地球に生まれてきたのですから。

  





2023年4月23日日曜日

3040「神さまを認める」2023.4.23

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月12日の記事を紹介します。


「神さまを認める」


今日のお話は、ご自分だけでなく、ご家族や、親しい人たちまで幸せにする方法です。 

もし身近に、どうしても助けたい人が居るとして、でも私たち周りの人は、

その人の運命に介入することができません。 

その方の生まれる前に決めてきた目的や手段に介入することができません。 

ですが、心配で心配で仕方ない身近な人とは、 

例えば

・病気の子供、家族

・早くに亡くなった子供

・自然死ではない亡くなり方をした身近な人 

この方々との関わりに置いて、私たち自身が胸を痛めているのであれば、

私たちが、押しつぶされそうに胸を痛めること自体も、 

その方の生まれて来た目的達成の手段(必要なこと)であったはずです。 

では、その目的とは何であったのでしょうか? 

・私たちが残りの人生を嘆き悲しむため?

・周りや世間、自分の運命を呪うため?

・いつまでも、めそめそ、下を向き、その場にとどまり続けるため?

そうではないはずです。 

そんな目的のために、その方は、貴重な、今回の人生を使いたいと思うわけがないからです。

私たちが、いつまでも、何時までも、その状態にとどまり続ければ、

苦しい役割を引き受けて生まれて来た、その方の貴重な人生が無駄になってしまいます。 

神々からも承諾を得てきた目的や手段は、必ず、触れ合う、影響し合う周りの方々の

感情を大きく揺さぶり、心を揺り動かし、逆境や苦難の中で、神々の光を見つけ、

前向きに方向転換して欲しいからではないでしょうか?

 

私たちが、その方との触れ合いを通じ、苦難の中でも、心の中に神々を見つけた時、その方の、生まれて来た目的は達成され、苦しい人生を選んだことも、報われるのではないでしょうか? 

どんな時も、変われるのは、私たち自身です。

私たちが変わることで、その方を含め、関わり合う全ての人たちの大きな目的が達成されます。 

それでは、私たちがどのように変わったら良いのか? 

始めます。

今日は「神さまを認めること」というテーマで、

元春日大社の宮司であり、かつ医学博士であった葉室頼昭さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

 

みとめる。この言葉を漢字で書くと「認める」という字になりますが、

これでは意味がわかりません。

「みとめる」とは、本来は「目を留める」ことであって、じっと見つめるということではないかと思います。

この頃はすべてがスピード化し、無限の情報が瞬時に入ってくるというめまぐるしい世の中となり、何か一つのことをじっと見つめたり、みとめたりということが、だんだんとできなくなってきています。

その上、すべて理屈・我欲中心の世の中になってしまったため、

世の中の本当の姿、神様のお姿というものが、みとめられなくなってしまいました。

みとめるということは、どうすればできるかと言いますと、

相手と同じものを自分が持っていないと、みとめることができません。

例えば、世界的な名画を見ても、こちらに絵の知識や素養がなければ絵の良さが分りません。ですから、神様をみとめるということは、

こちらに神様がなければ神様をみとめるということはできません。 

そのため、昔から祖先達は常に、お祓いということを行なってきました。

神様が素晴らしい姿に人間をお創りになったのですが、人間は知識を得たために、理屈でモノを考えるようになり、そのため、本来の姿が見えなくなりました。

これを罪・穢といいます。

罪とは悪いことをしたという意味ではなく、本来の姿を包み隠してしまうこと。

また穢とは汚いという意味ではなく、我々を生かしてくださる神様の気を枯らしてしまうことで、これらはすべて理屈・我欲であります。

ですから、この罪・穢を消してしまえば

本来の神様の姿が現れて神様をみとめることができるのです。

今の日本人は、すべて理屈でモノを考えるようになりましたので、

テレビや新聞を始め毎日毎日悪いニュースばかりを報道しています。

つまり悪いことを認めているのですから世の中はますます悪くなるのは当たり前です。

そうではなく、たとえどんな悪い状態が現れても、

それを幸せに変えていくということが一番大切なことです。

例えば病気でも、皆悪いことと考えておりますが、

自分の考え方により、病気も幸せに変わっていくことはいくらでもあります。 

昔からよく言われている一病息災ということは、一つの病気を持ったために、返ってそれが幸せとなり、長生きをしていく人はいくらでもいます。

昔から言霊といって、言葉には「たましい」があると言われておりますが、

これも本当のことで、

・良い言葉を言えば幸せが、

・悪い言葉を言えば不幸がやってきます。

ですから、いくら時代が変わり世の中が変わろうとも、そしてどんな厳しいことが現れてこようとも、自分の身体の中に神様をみとめて、生かされていることに感謝をするということが一番大切なのです。

 

■20ccのミルク

赤ちゃんの手術の翌日、赤ちゃんが20ccミルクを飲んだとする。

経験の浅い看護師は、「20ccしかミルクを飲みません。どうしましょう」と言う。

お母さんが不安に思う。すると赤ちゃんの容体が悪くなる。

逆に、ベテランの看護師は、「20ccも飲んでくれました。よかったですね」と言う。

それを聞いてお母さんが安心する。

すると赤ちゃんが元気になってくる。

同じ20ccでも、経験の浅い看護師は、一日に何cc飲むかというところから考える。

そうすると、「20ccしか・・」という言葉になる。

ところが、ベテランの看護師になると、20cc飲んだということは、回復力が出てきているということで、「20ccも・・」という言葉になる。

同じ20ccでも見方によって、まるで違ってしまうということですね。

<引用終了> 

 

人間は「徳」を持って、はじめて人間と言えるのかもしれません。

・神さまや祖先に感謝する。

・親を敬い大切にする。

・自分以外の人や世間の幸せを考えて行動する。

・自然の素晴らしさに感動する。

「徳」という神様に最も近い性質は、

神さまが人間にだけ与えられたものかもしれません。

私たち人間が生きている短い数十年間、その間に「徳」を積んで行くということが、

神さまと約束してきたことかもしれません。

人生のいろいろな経験でそれを磨くことによって 

私たち人間の真実の徳が現れ、本当の神さまの目的である、神さま自身に近づいていきます。

いかにして徳を磨いて、この世界に現すか?

それが、神に最も近いものとして作られた人間の定めかもしれません。 

そして、私たちが日々積み重ねた「徳」は、自分たちだけでなく、私たちの子や孫、 

さらには、遥かにさかのぼって、何代もの祖先さえも幸せにするといわれています。




2023年4月22日土曜日

3039「縄文と宇宙人」2023.4.22

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月11日の記事を紹介します。


「縄文と宇宙人」


世界に類を見ない、1万年もの長い間 、平和な時代が続いた日本の縄文時代

彼らに争いは有りませんでした。  

日本人は古代から、どんな相手でも、拒まずに受け入れて、自分に取り込み、融合して進化してきました。

この時代の遺跡からは武器はおろか、争った痕跡すらありませんでした。

・例え、武器を持った あの好戦的な大陸から来た弥生人でさえも・・・

・例え、自分たちと違う文化を持った異民族であったとしても・・・

結局、弥生の侵略者たちさえも、私たちの祖先、縄文の人々は

自分たちの文化の中に同化させてしまいました。

私たちの祖先である縄文人も、そして縄文の神々も、大きな包容力で相手を包み込んでしまったのです。

余談ですが、これは仏教が日本に渡って来た時も

同じことが起こりました。

西暦538年,(日本書紀によれば552年),百済の聖明王の使いで訪れた使者が、欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりと言われています。

それまでは、自然そのものを崇拝する古神道でしたが、仏教が入ってきた時、それを排除したり、守りに徹するのではなく、私たちの祖先は、それを上手に取り入れて自分自身を変化させていったのです。 

まさしく日本人の真骨頂ですね。

 


話を戻します。

NHKの特集でアイヌについて放映されていました。

「ヒトゲノム中のSNP(単一塩基多型)による主成分分析」によれば、「縄文人」≒「アイヌ民族」なのだそうです。

アイヌ民族は縄文時代から北海道に住んでいたといわれていますが、現代の学術的な研究では、大陸から来た渡来人(その後の大和朝廷)が、縄文の人々を武力で制圧し搾取し始める前までは全国で暮らしていたようです。

その後、大和朝廷(好戦的な大陸から渡来した弥生の人々)が、アイヌ征伐が始まるとともに、アイヌの人々は、北海道や沖縄に逃れて行ったようです。

その結果、沖縄と北海道にはかなり似た文化が継承されています。

和人と呼ばれる好戦的な弥生の人々によって殺され、虐げられて、どんどん狭い地域に追いやられて行きました。

彼ら「和人」がアイヌの人々の事を何と呼んだかご存知ですか?

土人です。 

軽蔑の意味を含んでいます。

大陸渡来の人々によって成立された大和朝廷は、日本全国を征服するために、壮絶な戦いを縄文人に対して行いました。

陰謀、策略、騙し、残酷な大量殺人・・

日本各地で、このような残虐な殺戮が行われました。 

彌彦神社境内にある某神社は、隠された神社ですが、

この時に滅ぼされた、もともとの土地の神々が祀られていると言われています。

大和朝廷は、滅ぼした地方の民が反逆しないように、自分たちで建てた天津神の神社の境内の中に土着の神々を一緒に祭ることで、民衆をなだめてきました。

佐藤愛子さんの随筆「私の遺言」にも、 

アイヌの浮かばれない魂との壮絶なやり取りが書かれています。 

あの神の人、神界から来た 相曾誠治さん(言向命の生まれ変わり)でさえ、

手に負えない程の深い深い恨みでした。

本当は私たちの古き祖先、アイヌの人々も平和に静かに暮らしていたかったのです。


アイヌの人達は神様のことをカムイと呼びます。

カムイとは人格を持つ一人の神様のことではありません。

アイヌの人達は人間の力を超えているもの全てに、カムイ(神様)が宿るとして 

畏れ敬って生きていました。

美しいアイヌの文化と風習、アイヌの信仰では、この世のあらゆるものに〈魂〉が宿っていると考えられました。

なかでも、動物や植物など人間に自然の恵みを与えてくれるもの、火や水、生活用具など暮らしに欠かせないもの、天候など人間の力が及ばないものを〈カムイ〉として敬いました。

キリスト教の国々、つまり一神教の国々では、そのような信仰を 

「アミニズム」と言って幼稚であるとバカにします。

ですが、この全ての物に神が宿る考え方こそ私達日本人のDNAの中に流れている優れた性質であります。

またNHKの番組では、古い古いレコードに残されたアイヌの歌を解析して聞かせてくれましたが、そこには、驚くべきことに空を飛ぶ乗り物の歌詞がありました。

それは、古代史の発掘結果でも明らかにされたのですが、アイヌにおいて、その伝承にみられるオキクルミカムイがアイヌに文化を授け、空を飛ぶ乗り物で活動していたことが判明しました。

このとき、空にとどろきが起こり、黄金のシンタが天降ってきました。

中には雲の小童がのり、そこから声援の歌声が聞こえてきました。

オキクルミは、シンタからの声援に力を得て、大いに奮戦し、魔女の手下達を踏みにじってしまいました。

※詳しくは「オキシクルミ・カムイの物語のHP」をご覧ください。

世界各地の遺跡で宇宙人やUFOの痕跡が沢山残されていますが、 

日本でもあったのですね。

確か竹内文書(日本に残る神代文字で記された古史古伝の書物)にも天の浮舟という記載が残っています。

 

それによれば、神殿「アメトツチヒラミツト」で、天皇(神武天皇よりもずっとずっと古代の天皇)はそこから「天の浮舟」(あめのうきふね:UFO)に乗り、全世界を飛行したと伝えられています。

天空浮船とは地球への降臨当初からあった空を飛ぶ船。

上古第一代の統治期に「大空乗公運尊」(おそらのりあるきのみこと)が天空船や水船を建造したという記述があるそうです。

天空浮船は1日8,000-11,000里(約32,000-44,000キロ)飛行できたといいます。

日本人に古くから崇められてきた神々は、高度に知性や理性が発達した地球外の知的生命体かもしれませんね。

彼らの固有振動数は、私たち地球人のそれをはるかに超えて、宇宙の大神さまに近いのかもしれません。

その結果、私たち地球人のような肉体的な次元より、高次元に存在しているゆえに、 

時間・空間の縛りが無いのでしょう。  

これは大昔から崇められてきた存在が、現代でも同じ生命体として生きていると言うことです。

永続する命そのものです。

もちろん私たちも、死後は肉体を離れますので、固有振動数は上がり、きめ細かとなり、 

永続して存在することは同じことです。

今日は縄文時代の日本人と同じDNAを持つアイヌの人々をご紹介しました。

日本人のDNAの中には縄文人のDNAが含まれているそうです。

それは、世界的に見て非常に特殊なもので、近隣のアジアの人々とでさえ、決定的に違うのだそうです。

私たちの血の中には、縄文の人々のように平和を愛する心、助け合う心、和合しようとする心が存在しています。

・世界一幸せだった縄文の人々の心を

・私たちの祖先の心を

・龍の国日本の心を、、、 

思い出すことができれば、私たちは、もう一度この国を幸せな国に戻せるかもしれません。

そしてその平和の心を、世界に広げて行くことができるかもしれませんね。



2023年4月21日金曜日

3038「心の中の神様」2023.4.21

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月10日の「心の中の神様」と2023年04月16日の「美しい魂」の2つの記事を紹介します。


「心の中の神様」


6歳の神様トキ君の先日の動画で自然は人間界の近未来姿を見せてくれるということで、

私たちに近い将来起こるであろうことを、自然が先取りして見せてくれるというものがあります。  

この中で、近い将来、強いものはより強くなり、弱者と強者の差がますます広がってしまう。

弱者は、強者によって支配される・・

と言うものがありました。

 

現在人間界では、マネーが世界をまさに席巻しようとしています。 

国際NGO「オックスファム」は、世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%を、世界で最も豊かな上位1%の人たちが独占していると発表しました。 

超エリートが、世界中の富を独占しています。 

そしてその差は広がりマネーのためなら悪魔的な所業まで行われています。 

トキ君の映像では、「では、私たちはどうしたらよいか?」という問いに対し、 

「神さまを信じる事」と言っています。 

私もその通りだと思います。 

例え世の中の潮流がそのようになろうと、神様を信じる人々の心は、美しく汚されることがありません。 

同じ環境に置かれようと、見えない力が、私たちの魂を護ってくれることでしょう。

それでは、今日は「心の中の神様」というテーマで書きたいと思います。 

ここでよく、「私たちの内にいらっしゃる神さま」と書いています。 

そして、その神さまと一人一人が繋がることで、幸せになることができると書いてきました。

同時に、自分以外の他人の中にも神様がいらっしゃり、古くからの縄文時代から私達日本人は、自分を大切にして欲しいのと同じく、他人の中にいらっしゃる神さまも尊重してきました。 

その結果、大陸からの影響で、弥生時代が始まるまで、この日本では1万5千年にも及ぶ長きに渡り争いの無いユートピアを実現してきました。 

私たちの内に、神様がいらっしゃる。

このことを6歳の神様、トキ君も、神さまからの通信として話しています。 

この中で、神様(トキ君=山幸彦)は、こう言っています。

人間が生まれる時

・肉体と

・その肉体に私たちの魂が宿り

・これから生まれる一生のうちに行うことを紙に書き、神様に承認していただき

・更に神様の分け御霊をアンパンマンのように頂いて生まれてくる

・また神さまの御霊(氣)が入らないと肉体は動かない

・ひらめきは、神さまからのプレゼント

・全てひらめき・直感通り、つまり神様の操縦に従っていれば上手く生きられる

6歳の男の子、トキ君が神さまからのお知らせとして、上記を語っています。 

私たちの内にはどなたも神様がいらっしゃいます。

人間だけでなく、生きとし生けるもの、無機物、気象などの現象にさえ

神様がいらっしゃいます。

  

ただ人間は直接的に神様を体現するために生まれて来ましたから

その分け御霊の濃度が、他と比べはるかに高いと思われます。 

私たちの内には神様が居り、神さまが私たちを動かし、様々な経験をさせてくださる。 

心を動かし、魂を震わす喜怒哀楽の出来事 

・良きことも

・悪く見えることも 

そして内なる神様の働きを阻害する要因もあります。 

それが、自分さえ良ければの我欲です。 

内なる神さま、心を曇らせ、その輝きを奪い取ります。

神さまの操縦が効かなくなります。 

そのため、このブログでは、

・心を洗うこと、

・純粋にすること 

を中心に書いています。 

決して、自分以外の何者かに頼りなさいとは言いません。 

依存する心も、内なる神々の力をそいでしまうからです。 

また日本に古来から伝わるお祓いも有効な手段です。 

神々に対する深い信仰と、自分の心を清めたいという 自発的な信念が大切です。

私達一人一人の中に神様が居らっしゃいます。

ですから、

・私達の思いも、

・過去の歴史も、

・将来起こることも、

・行動も

全て見ていらっしゃいます。 

 

そして色んな出来事や、人との出会いや別れを用意したり、

豊な時や、貧乏のどん底の時を演出して下さり、

私たちの魂を磨き、輝かせ私達を神様の所に、連れて行って下さっています。

そう、しっかりと信じることが出来れば、私達は、 

どんなに安心して、幸せを感じながら、生きて行くことが出来るでしょうか?

良い出来事、悪い出来事に見えても、それら全部が、神様からのギフトなのですね。 

時代の大きな変化が加速している今、皆様の心が、ご自身の内なる神さまに向かい、 

共鳴する、全ての生きとし生けるものとの愛と調和の世界に住むことができますように。

 

 

「美しい魂」


諸行無常という言葉があります。

時は刻々と変化し、この地上にあるものは、

一時も同じ状態にあるものはなく、変化を続けています。

変化の力こそが、この宇宙の進化の推進力となるからです。

唯一変化しないもの。

それは神様の真理だけです。

人間である私たちも、同じ場所に立ち止まってばかりいるわけにはいきません。

取り巻く環境も変化をするし、家族、友人を含め、人とのつながりも変化していきます。

出会いがあり、別れが繰り返されます。

時には死によって強制的な別れがもたらされることもあります。

数年前まであんなに仲良く一緒にいた人たちが

今ではほとんど接触がなかったり疎遠になったり。

逆に、昨年まで見ず知らずの人たちが新しい友人として、存在したり。

毎週毎週、親しくお付き合いしているかもしれません。

永遠に続くと思われた家族との幸せ。

もしかしたら、それも突然の死によって、終わりを告げるかもしれません。

私たち人間は、深い悲しみやショックを受けると時が止まり、

その状態から抜け出せなくなります。

ひどいときには自分の魂が分割してしまい、

その一部を、その時間と空間に置いてきてしまうことさえあります。

生霊と同じ原理です。

魂を分裂させた場合、

本来のエネルギー100%の状態から、グンと生命エネルギーが減少します。

そのままの状態では、私たちの魂の属するグループ全体は、

進化の道を行くことができませんから、必ずいつかどこかでどこかの時間で、

私たち自身が分断された魂を集めなおし統合するしかありません。

 

深い悲しい出来事は、私たちの魂にショックを与え、生まれて来た目的を一旦ストップさせ、

長く続く悲しみの中で、まるで明けることのない暗闇の中に放り込まれたような感情を味わうかもしれません。

そのショックが起きた時と、空間に魂の一部を置いてきてしまうかもしれません。

ですが、その「深い悲しい出来事」も、本当は、私たちが生まれてくる前に計画してきたことです。

「深い悲しい出来事」を与えてくださった方々も、私たちの今世の計画に協力するために、

その計画を手伝い、「深い悲しい出来事」を起こしてくださいました。

全ては、私たちに「悲しみ」という強い感情を味合わせ、

それを契機として、魂の進む方向性を変えるためです。

そのために、嫌な役回りを引き受けてくださいました。

もし私たちが、その「深い悲しい出来事」のために魂の進化の停滞を起こし、 

何時までもいつまでも明けることのない深い暗闇の中の住人でいたとしたら、

その嫌な役を敢えて引き受けてくださった方々はどう思うでしょうか?

それは、

・早くに亡くなる子供かもしれません。

・とことん意地悪をしてくる同僚かもしれません。

本当は、そのような人たちも光り輝く魂の持ち主でした。

今世に置いて、約束した役割を果たすために、その輝く魂を一旦封印しているだけです。

もし、そのお相手の方が、まだ生きていらっしゃるなら、

その約束してきた役割が全うされた暁には、本来の光り輝く、美しい魂の輝きを、

思う存分に、生きてるうちに現してくださることでしょう。

 


もし今、嫌な方が周りに居られるのなら、

感謝の気持ちで、今世の役目が早くに全うされるのを祈ることが良いかもしれません。

役割さえ果たされれば、本来の美しい魂に、そして二人の間にあった

本来の美しい友情関係に戻れるからです。

  

2023年4月20日木曜日

3037「青空ひろば」2023.4.20

今回は立花大敬だんの「ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」の最新の記事を紹介します。


928 2023.03.28 ~947 2023.04.16

先日公開された音声講義で「夢のお話し」を少し入れたのですが、そうすると、仲間の皆さんから「こんな夢を見ました」という報告がゾクゾク届くようになりました。

『大学(学校)のようなところで、大敬さんと一緒に勉強したり、談笑したりしていました』というものや、『大敬先生と、どこかに向って移動(旅)していました』という内容のものが結構たくさんあって驚きました。アッチの世界の「大敬さん大活躍!」ですね。

これは、もちろん現象界(地上世界)の大敬さんではなくて、アッチの世界(地上世界から一段上の世界である「融界(ゆうかい)」)に籍がある「大敬さん」で、もう一段上の「天の世界」にも『大敬さん』がいらっしゃって、大敬さんは実は「三身(さんしん)構造」なのです。

 大敬さんだけでなく、すべての人が実は「三つの身」をお持ちです。

 そして、「天の浮橋(あめのうきはし)」という「意識のエレベーター」に乗って、自在に「三身(さんしん)」の間を昇降出来るようになった方を、古代では「三身(ミミ)」または「三身成就(ミミナリ)」と称していました。神武天皇のどの皇子のお名前にも「ミミ」という称号が含まれています。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)には、倭国(わこく、日本)には「投馬(「つま」または「とうま」)」という国(現在の宮崎県とされている)があって、その王や大臣を「ミミ」、「ミミナリ」と呼んだと記録されています。宮崎には「都萬(つま)神社」があり、「耳川」が流れているそうです。奈良には「耳成(三身成し=ミミナシ)山」がありますね。


どうやら融界に『魂の学校』と呼べばいいような『学びの場』が、ようやく形成されつつあるようなのです。

そこには教師として「大敬さん」もいるし、より高い世界から降りてきて導いてくださっている「光の存在たち(神霊や菩薩方などですね)」もたくさんいらっしゃいます。

もちろん仲間の皆さんも眠られると、その学校に登校なさって勉強されています。だからしっかり眠ることは、魂の成長のためにもとっても大切なことなのです。睡眠時間はしっかりとりましょうね。

「融界」で形成されたビジョンの写し(映し、移し、遷し)が必ず現象界に現われて来るので、やがて地上界にも『魂の学校』が創られるのでしょうね。

私の次の世代の仲間たちがその建設を担当することになるのでしょうが、とても楽しみにしています。アチラの世界から応援・協力しますね。



眠るとその『学びの場』に行って、それぞれの人が、只今の時点でかかえている課題をもとに、融界の先生方の指導のもと、集団学習したり、個別メニューでトレーニングしたりします。

あるいは、その人の身心がひずんでしまって、学びやトレーニングに入りにくくなっている場合は、イノチの状態を学びにふさわしいまで回復させることが必要ですね。そのために働いてくださる「癒しスタッフ」も、たくさんいらっしゃいます。

その人が、融界でどういう学びをしていたのかは、その人の「夢の内容」でうかがい知ることができます。

ご自分の夢を記録しておかれれば、魂の学びのための大きな助けとなります。もっとも、我が事については、なかなか冷静に、客観的にはなれないものですから、自分の夢のメッセージの解読は難しいのですが、記録して意識化しておくだけでもいいのです。『ああ、あの夢は実はこういうメッセージを伝えていたのか』と少しずつ分かるようになってきます。


「天の浮橋」を使いこなすトレーニングを融界でやっておられる仲間の皆さんが結構たくさんいらっしゃいます。

「天の浮橋」は夢の中では「エレベーター」や「梯子(はしご)」や「意識で操縦する空中浮遊」や「坂道の上り下り」などのイメージで表現されることが多いです。

仲間の皆さんの夢や体験の実例を、いくつか紹介しておきましょう。

ご自身の夢の分析の参考にしてください。

(Aさん(男性)「操縦が難しいエレベーター」の夢)

エレベーターに乗って、ある階に行こうとしている。

その階のボタンを押したのに最上階まで行ってしまう。

あわてて再びその階のボタンを押したのだが、今度は1階まで降りてしまい、操縦に苦労している。

(解説)

「意識のエレベーター」の操縦訓練を受けているのですね。

仕事や人との応対では、その時と場と人にあわせて、意識レベルを微妙に上下調節しながら柔軟に対応してゆかねば、最適、最善の行動はとれません。

この夢は「意識の上下調節」のトレーニングです。意識レベルが上昇するほど、意識領域は拡大するので、高い意識レベルの層では、意識を他の人やモノや場所に水平移動させることも出来るようになります(人やモノの気持を思いやれるようになる)。

上の意識レベルほど、自他のイノチの融合一体化が進行します。

しかし、やみくもに自他一体となるのが、一概にいいとはいえません。

なぜなら、相手の人やその場の波動が重苦しかったり、とても乱れているような場合は、上の意識レベルに留まったままだと(そこでは自他一体化が進んでいるので)、乱れた波動を我が身にどんどん吸収しまい(相手は楽になるが)、我が身心が苦しむということになってしまうからです。

ですから、そんな時は、意識レベルをいったん下げると、意識領域が狭くなって、自他を隔てる仕切りが自動的に「仮設」されるので(「仕切り」を常在化させてしまってはダメですが…)、相手や場の荒々しい波動から自身を防御することが出来ます。

また、人の意識レベルが上がるように誘導してあげる場合は、いったんその人の意識レベルまで意識を下降させなければなりません。同じレベルになって、その人のイノチの波動に寄り添うように共振してあげながら、少しずつその人の意識レベルが上がるように、忍耐強く誘導してあげねばならないのです(荒々しい波動に巻き込まれて同化してしまう恐れもあります)。


(Bさん(女性)「各階停車のエレベーター」の夢)

エレベーターに乗り込んだ。

ある階に行きたいのだが、このエレベーターは各階に停まり、人を降ろし、乗せしながら各階停車で上がってゆくようだ。

(解説)

魂の学びは、意識レベルを一気に上昇させればいいというものではありません(どの人も一気に悟らせればいいというわけではない)。

いろんな意識レベルを持った人々を「各階」で受け入れ、また今はまだある階以上に意識を上昇させると危険だ(強引に引き上げると、人格が分裂・崩壊してしまうことがある)という人は、ふさわしい階で降ろしてあげながら、時間はかかっても粘り強く、何度も何度も上下往復して(幾度も地上世界に転生してきて)、ついに一人残らず最上階まで運びあげるのです。それが、大乗(だいじょう、大きな乗物)菩薩(ぼさつ)の行願(ぎょうがん)ですね。自分だけが最上階まで昇って、早く苦しみの世界から脱出しておサラバしようというのは小乗(しょうじょう、小さな乗物)の発想なのです。

(ヤコブの「梯子(はしご)」の夢)

天に届く梯子の夢で有名なのは、旧約聖書に書かれている「ヤコブの夢」です。

ある夜、「ヤコブ」は夢を見ました。

天と地を結ぶ梯子が立っていて、その梯子を天使たちが上ったり、下りたりしていました。

この夢を見てから、ヤコブは急にカラダが強くなりました。天とパイプがつながって、天界の生命エネルギー(神道では「日(ひ)」と呼ぶ)が大量に流入する(神道では「日足し(ひたし)」と呼ぶ)ようになったからです。

 そして、神と相撲(すもう)を取って、ついに勝つことができました。 

 その神はヤコブをほめたたえて、「イスラエル」という名前を授けました。「イスラ(勝った者)+エル(神に)」つまり「神に打ち勝った勇者」という称号ですね。


この天地を結ぶ「梯子」は「天の浮橋」ですね。

ヤコブさんの夢の体験をもとにして、「魂進化の4ステップ」を説明しておきましょう。

第1ステップ:まず意識を天に届かせる「意識の上昇トレーニング」をします。

第2ステップ:次に天に届いた意識を再び大地(身体)へと戻す「意識の下降トレーニング」をします。この二段階の訓練で、「天と地を結ぶパイプ」が完成します。

第3ステップ:次に地上に天のエネルギーを受け取り、貯蔵するための「地上基地」を構築します。

第4ステップ:「地上基地」が出来上がると「天窓」が開いて、「天と地を結ぶパイプ」によって、天のエネルギーや情報が一気に地上基地に流入してきます。そのエネルギーが、天の理念を地上に実現する「元手」となります。

ヤコブの夢で、天使が梯子を昇ったり、降りたりしていたのは、この意識の上昇と下降の二つの訓練(第1ステップ、第2ステップ)が修了して、天と地を結ぶパイプが出来上がったことを示しています。


(大敬の伊勢神宮での体験)

大敬が伊勢神宮に参拝した際に、天と地を結ぶ柱が立って、大敬がその柱の中にいて、その柱の中を上昇気流と下降気流が循環していたというのは、ヤコブさんと同じ体験ですね。

ヤコブの「梯子」が大敬の「柱」にあたり、「昇降する天使たち」は「上昇・下降気流」に相当します。

第3ステップでは、地上に天のエネルギーを受け取り貯蔵するための「地上基地」を構築します。

この「地上基地」のことを神道では「天のみかげ」、「日のみかげ」と呼んでいます。

「みかげ」とは、「聖なる貯蔵庫」のことで、その貯蔵庫の中に「天のエネルギー」(天の方針、事業計画、神々の教えなどを伝える情報系のエネルギー)と「日(ひ)のエネルギー」(天が示された方針を実現するために必要なパワー系の生命エネルギー)を蓄えます。この「天」と「日」の二種のエネルギーによって、神々の理念を地上世界に移し、現実化してゆくことが出来るようになるのです。

では、どのようにすれば、その人の「地上基地」が出来上がるのでしょうか。

実はどの人が体験している「今・ココ・私」の鉛直上方にも、必ず「天」が存在するので、対象の人のイノチの重心がピタッと「今・ココ・私」におさまり、他の人や別の時や場所と自らのソレを比べて嘆いたり、憤ったりしなくなり(自分が自分に落ち着けるようになり)、淡々と、黙々と、自らの「今・ココ・私」の課題に取り組めるようになれば、実はそれが「大地の悟り」で、その「大地の悟り」が開けたら「地上基地」は完成します。

「地上基地」が出来上がると「天窓」が開いて、「天」と「日」の2種類のエネルギーが一気に地上基地(その人の身体)に流入してきます。


(Aさん(男性)の「注がれる蜂蜜」の体験)

Aさんは東京の禅の会に参加して、会が始まるのを待っていました。

『ああ、自分は自分でよかったんだ。別のものになる必要はなかったんだ』という悟りが突然開けました(これが「大地の悟り」です)。

そうすると、自分の意識がズーッと昇っていって、「天の中央の一点」に届いたと実感しました。そして同時にその「天の中央の一点」こそが「宇宙の中心」なんだということが分かりました。

この「天の中央の一点」を、神道では「天之御中主(アメのミナカヌシ)」と呼んでいます。

すると、天から「蜂蜜のようなもの」が大量に流れ落ちてきて、頭頂に注がれ、その「蜂蜜」が、皮膚表面を流れ落ち、また体内に浸透していって、その「蜂蜜」が届いたところの身心が清められ、あたためられ、ほどかれてゆくのでした。カラダの調子の悪かった箇所がすっかり癒され、歓喜と勇気と元気に満たされました。

(解説)

Aさんは「自分が自分でよかったんだ」と、自分に落ち着くことが出来るようになってついに「地上基地」が完成し、意識の上昇過程と下降過程によって「天と地を結ぶパイプ」が開通し、そのパイプを通して「天のエネルギー」、「日のエネルギー」が注ぎ込まれるようになりました。

その「天から降りてくる二種のエネルギー」が、このAさんの体験では「流れ落ちてくる蜂蜜のようなもの」として表現されています。

ヤコブの場合は、主にパワー系の「日」のエネルギーがドッと流入してきてパワーアップし、神にさえ勝つことができたのでしたね。

大敬の場合は、主に「天」のエネルギー(天の情報系のエネルギー)が流入したのです。


(大敬の「情報の小包」体験)

ある日、大敬の意識が急速に「今・ココ」の一点に集中して光を放つほどになりました。そして、一気に天を目指して上昇してゆき、天に届いたという実感があって、天から「小包」が下降してきて、大敬のイノチの奥底にスポッと収まったのです。

その体験の後、大敬は突然「文章」が書けるようになりました(「コトバの御用」の天命を授かった)。

この大敬の体験にも、上昇過程と下降過程が見られますね。そして、この「小包」は「天の情報圧縮パック」で、大敬は今もなお、その体験の際に天から頂いた情報の一部を、必要に応じて解凍しながら文章を綴っているわけです。一生では使い切ることが出来ないほどの大量の情報を、その時に頂いたのだと思います。


第1ステップの「意識上昇トレーニング」に取り組んでいらっしゃる方の夢の実例を紹介します。

(Bさん(女性)の「梯子」の夢)

天まで届いているらしい高い梯子(はしご)が真っ直ぐ立っている。

天で開かれるお茶会に招かれているので、この梯子を上って行く。

着物を着ているのだが、なぜか帽子をかぶっている。

梯子を昇ってゆくと、急に突風が吹いてきて、帽子が飛ばされそうになったので思わず手で押さえたら、地上に戻ってしまっていた(結局天のお茶会には参加出来なかったようだ)。

(解説)

Bさんは、前の「各駅停車のエレベーターの夢」でもそうですが、意識を上昇させ、天に届かせるトレーニングを融界でされているようです。

「帽子」は、「頭を覆うもの」ですね。具体的なことは分かりませんが、Bさんは今、頭を覆っている心配事、手放すことを拒否している信念、自己制約・制限を生み出している自己否定の思い…などをお持ちなのかも知れません。どんな「帽子」をかぶっていらっしゃるのかは、ゆっくり自己分析されたらいいですね。

風が吹いてきたのは『そんな「帽子」は思い切って脱ぎ捨ててしまいなさい。そうすれば、あなたは天の茶会に参加して、天界の神々や夢の中で天界を訪問している高い意識を持っておられる方々との交流、融合一体化を体験することが出来るのだよ』というメッセージだったのですね。人によって執着している「帽子」は違うのですが、何かを手放し、捨てなければ、意識は天には届きません。


(大敬(男性)の「重なった帽子」の夢)

孫たちの保育園の運動会に出かける。

帽子をいっぱい頭に重ねてかぶっている。

「それじゃ、孫達と一緒に走ったり、お遊戯できないよ」と注意される。

それで、重ねた帽子を脱いで、別の帽子をかぶって出かけようとする。

「その帽子じゃあ、走ったら風の飛ばされちゃうよ」とまた注意されて、今度は、また別の帽子をかぶって出かける。

(解説)

仕事をいっぱい抱え込んで、『アレをしなくちゃ、コレもしなくちゃ』と、パニックになりそうになっていた時の夢です。

でも、そんなことは私の事情で、孫たちには関係ないことでしょう。だから、そんな私の事情を、孫にも、運動会にも、持ち込んではいけないのです(この夢は天に向う夢ではなく、「地に向って降り、しっかり同化しなさい」という第2ステップの夢です)。

運動会の時は、そんな私の事情はきれいさっぱり忘れ去って、でも帽子をすべて脱ぎ捨てるというのではなくて、孫たちや運動会に「ふさわしい帽子」を選んで身につけて出かけねばならないのです。 

この夢では、いったん帽子を脱いで、その場、その時、その人にふさわしい「帽子」を次々、取り換え、取り換えかぶってゆくんだよ、と教えて下さっています。それが「大地の悟り」です。「天」に向う過程では、一切の「帽子」を捨て去らねばなりませんが、「地」に向う過程では、その時、その場、その人のあわせて、必要な「帽子」を選び取ってかぶり、応対しなければならないのです。(完)

2023年4月19日水曜日

3036「たった一つの宝物」2023.4.19

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月09日の記事を紹介します。


「たった一つの宝物 」


・病気のお子様を持つ親御さん

・早くに子供を亡くされた親御さん

に、書きたいと思います。 

以前書いた記事ですが、最近読者の皆さんの数が増え、

中には早くにお子さんを亡くされた方々も多いため、加筆して再掲いたします。

子供が、どんな状態であろうと、生きて、そこに居てくれるだけで、

どんなに幸せで、有難いことか? 

私たち、親の人生を、どんなに豊かにしてくれることか。 

そして、例え、親より先に逝ってしまったとしても、

彼らの生きた証は、私たちの心に永遠に刻まれ、私たちの魂を、

どんなに豊かに輝かせてくれることか。

いつかは、そのことに気付く時が来るはずです。 

今日は、明治安田生命「たったひとつのたからもの」で有名になった

ダウン症と合併症で夭逝した加藤秋雪くんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

  


笑ったり、ベソかいたり、そんな姿が 私たちの元気の源でした。

秋雪が生まれたのは、1992年の10月。

生まれた季節が秋だったのと、夫が大好きな「雪」から名前をとりました。

「ダウン症の疑いがあるので、一度検査を受けたほうがいい」

そう言われたのは、生後一週間目のこと。

病院で検査した結果、ダウン症であることが判明。

 さらにダウン症の合併症として重い心臓障害をかかえていることもわかりました。

医師からは

「生後半年のあいだに絶対に風邪をひかせてはいけない、ひいたらそれで終わりです。

生きられたとしても一歳の誕生日を迎えるのは難しいでしょう」 

そう宣告されました。

頭の中が真っ白になるほどの衝撃でした。

たったの一年。まだ生まれて一カ月だというのに、なぜ、命の長さを宣告されなければならないの。

なぜ、そんな運命を背負って生まれてきたの……。 

あまりのショックで、何も感じることができませんでした。

秋雪を守ろう、そう決意しても、残酷な現実に、何度も心が壊れそうになりました。

そんな私を、ぎりぎりのところで支えてくれたのは、秋雪の存在そのものでした。

暖かなぬくもりのある体。 

笑ったり、ベソかいたり、楽しそうに手足を動かしたり。

そんな秋雪の姿が、私の元気の源になりました。 

ともに過ごす一分一秒を愛おしみつつ撮り続けた6年2ヵ月。 

死を覚悟してからは、「生きていられるだけで、ごほうび」という気持ちに。

そんなふうに切り替えてからは、秋雪といられる一日、一分、一秒を愛おしく感じつつ、

一瞬も逃さずに大切にしたいと思いました。

思い出を少しでも多く残したくて、どんな所へもカメラを持っていき、

6年2カ月の間、本当にたくさんの写真を撮りました。

朝、目覚めたとき、秋雪のおだやかな寝息に、上下する胸の動きにほっとする。

今日も秋雪に会えた…… 

・ごはんを食べる、

・トイレに行く、

・おこる、

・泣く、

・笑う、

・眠る

その、砂の数、星の数ほどの幸せのかけらを、秋雪がいつも握っていました。

この写真を撮ったのは、98年の8月。秋雪にとって生涯最後の海です。

帰る間際の駐車場で、今まであまり見せたことのない、

おだやかな表情を浮かべていた秋雪を、お父さんが抱きしめた瞬間でした。

秋雪を亡くして1年後、偶然知ったコンテストに応募するとき 

「たったひとつのたからもの」と題名をつけました。

秋雪は私たちに、抱えきれないくらいのたくさんの幸せを残してくれました。

それは、私たちのこれからの人生を支えてくれるほどの、大きな大きな幸せでした。

「ぼくは生きているよ」と、全身で表現していた秋雪。 

いつも全力疾走していた秋雪の命が、私たちに精一杯生きることを教えてくれました。

<転載終了>

  

私たちは、命の長さよりも、生きている瞬間、触れ合っている瞬間

どんな気持ちで、その瞬間瞬間を過ごしているのか? 感じているのか?

そんなことが、大切なのかもしれません。 

ここで、一つの物語をご紹介します。

あるご家族の娘さん(7歳)が亡くなりました。

子どもを亡くしてから一年経ってもこのご夫婦は「娘にもう一度会いたい」と嘆いていました。 

ある日のこと、水色の天使がその夫婦の前に突然に現れて言いました。

「今、あなたの持っているすべての財産と引き換えに、亡くなったお嬢さんと 一緒に過ごせる日を一日だけプレゼントできますが、 どうしますか?」 

その夫婦は迷うことなく OKしました。 

そして水色の天使が続けて言いました。 

「しかし、ルールがあります。

あなた方は、プレゼントされた1日が終わるまで、今ここで約束したことや、

お嬢さんと死別したことなどの記憶は消されてしまいます。

それはまるで、過去に戻った一日を自然に過ごす感覚ですよ、それでもいいですか?」 

その夫婦はお互いに顔を見合わせて

ゆっくりとした口調で「分かりました。」 と返事をしました。 

その瞬間パッと光が・・・  あっ!まぶしい・・・ 

次の瞬間には、いつも通りの朝になっていました。

ですが、夫婦は、天使と約束したこと、

娘が死んでしまう事など、一切の記憶を無くしていました。

そうです、娘が生きていた頃の何気ない一日の始まりでした。 

朝から「早く起きなさーい!!」妻の大きな声。

パジャマ姿で機嫌悪そうに起きてきた髪の毛のボサボサな娘。

眠たい目をこすりながら新聞を読む夫。

貴重な貴重な一日が始まりました。 

私たちが生きている今日は、それは、いつか未来に水色の天使に全財産と引き換えに頂いた

「今日」なのかもしれませんね。

皆さんはご家族と一緒に暮らしていますか?

ご家族が居らっしゃらない方は、お父さん、お母さん、同僚やご友人。

そんな皆さんと、仲良くされていますか?

それとも、顔を見るだけでため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

言うことを聞かない子供、旦那さまなど・・

その方が、明日は、いなくなってしまうかもしれません。

もし、胸がきゅんとなったのなら、何気ない日々の暮らしの中で、

どうぞ笑顔で、優しく接してください。

今日のこの日は、永遠に続く日々ではありません。

家族も いつかは離ればなれになってしまいます。

 

手のかかる、言うことを聞かない、心配の種の子供も・・

自分勝手な夫も、嫌味ばかりを言う親も、明日は いないかもしれません。

いつか、別れの時が来ます。

ともに、この地球の同じ時代に生まれ、そして縁によって結ばれた家族たち 

それは、私たちの魂を磨き合う仲間でもあります。

外見の態度や言葉で 切り捨ててしまうのではなく、

その心の奥にある、魂を見つめたいですね。 

大切に大切に したいですね。

私たちは、生まれる前に、お互いの魂同士で約束してきたのですから。

「家族になろうね」って

  

2023年4月18日火曜日

3035「一人じゃないよ 私のいのち」2023.4.18

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月08日の「一人じゃないよ 私のいのち」と2023年04月10日の「心の中の神様」の2つの記事を紹介します。


「一人じゃないよ 私のいのち」


今日は「命の大切さ」についてのお話です。 

私たちの周りには、一つとして、 

・いらない命

・無駄な命

・軽蔑してもよい命

・尊厳を踏みにじってもよい命

などありません。 

私たちは、周りの全ての命と繋がり、生かされ、そして育まれて来ました。

沖縄の音楽の先生、下地なを美さんが、いじめによる苦しみから自殺する子供達を愁い、 

子どもたちに歌を通して命の大切さを伝えようと、 

オリジナルソング「つながるいのち」を作詞作曲されました。

ご紹介します。

 転載元


尊い子供達の命の灯が、一つでも消えませぬように・・

つながる いのち  下地なを美

なぜ生まれたの だれもが思うの

ひとり寂しい時 そっと涙ぐむ

あの星の光が 私に言うの

大丈夫 守ってる ひとりじゃないよ

ひとりじゃないよ 私のいのち 

今は寂しくても 泣かないで歩こう

つながってきた 私のいのち

大切に守って 明日へとつなごう

ポツンと座わってる 蛍のような

私のこの灯り だれも消さないで

生まれたその訳を 星は知ってる

この世で光りなさい  

授けられたの

授けられたの 私の光

今はちっぽけだけど 輝いているんだ

つながってきた 私のいのち

大切に守って 明日へとつなごう

私のこの腕が 私の足が

共に今生きている 支えてくれる

この胸の鼓動が 私に言うの

大丈夫 守ってる ひとりじゃないよ

ひとりじゃないよ つながるいのち  

億千万の星 巡って生まれた

つながってきた 私のいのち

大切に守って 明日へとつなごう

ひとりじゃないよ 私のいのち 

つながっているんだ 私の明日へ

<転載終了>

 

いじめが原因で自ら命を断つ子供たちがいます。

いじめは、本人だけでなく、様々な影響を周囲に及ぼします。

そしてその影響力は、長期間にわたります。

大切に大切に育ててきた我が子が、苦しんでいる姿を見る親も、心に深い深い傷を負います。

いじめは、子供たちだけの問題ではなく、大人の間でも発生しています。

いじめや、心ない言葉、悪意、嫉妬、疑心暗鬼、誹謗中傷 

そのようなもので、傷つく人が沢山います。

そして何より、いじめた本人もいつか、同じ苦しみを味わう時が来るでしょう。

与えたものが、受け取るもの、私たちの住む宇宙には、その法則があるからです。

つながる いのち・・・

目の前の命を、しっかりと見つめること

・家族、友人、同僚

・好きな人

・嫌いな人 

・目の前に立ちはだかる人

・邪魔をする人

・足を引っ張る人

・悪口、陰口を言う人

・意地悪をする人

・疑う人

・私たちを、無条件に信じ、愛してくれる動物たち 

・季節ごとに、美しい顔を見せてくれる植物 

・春夏秋冬、優しさ、厳しさを見せてくれる自然 

・私たちを慈しみ育んでくれる 地球 

私たちは、沢山のかけがえのない命に囲まれています。 

どれ一つが欠けても、今の私たちには なれませんでした。

みんな尊い、尊い存在です。 

大切な命です。

皆さんと、皆さんのご家族が、そして、お友達が、

お幸せでありますように。 

輝く笑顔でありますように。

 



「心の中の神様」


6歳の神様トキ君の先日の動画で自然は人間界の近未来姿を見せてくれるということで、

私たちに近い将来起こるであろうことを、自然が先取りして見せてくれるというものがあります。  

この中で、近い将来、強いものはより強くなり、弱者と強者の差がますます広がってしまう。

弱者は、強者によって支配される・・

と言うものがありました。

現在人間界では、マネーが世界をまさに圧巻しようとしています。 

国際NGO「オックスファム」は、世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%を、世界で最も豊かな上位1%の人たちが独占していると発表しました。 

超エリートが、世界中の富を独占しています。 

そしてその差は広がりマネーのためなら悪魔的な所業まで行われています。 

トキ君の映像では、「では、私たちはどうしたらよいか?」という問いに対し、 

「神さまを信じる事」と言っています。 

私もその通りだと思います。 

例え世の中の潮流がそのようになろうと、神様を信じる人々の心は、美しく汚されることがありません。 

同じ環境に置かれようと、見えない力が、私たちの魂を護ってくれることでしょう。

それでは、今日は「心の中の神様」というテーマで書きたいと思います。 

ここでよく、「私たちの内にいらっしゃる神さま」と書いています。 

そして、その神さまと一人一人が繋がることで、幸せになることができると書いてきました。

同時に、自分以外の他人の中にも神様がいらっしゃり、古くからの縄文時代から私達日本人は、自分を大切にして欲しいのと同じく、他人の中にいらっしゃる神さまも尊重してきました。 

その結果、大陸からの影響で、弥生時代が始まるまで、この日本では1万5千年にも及ぶ長きに渡り争いの無いユートピアを実現してきました。 

私たちの内に、神様がいらっしゃる。

このことを6歳の神様、トキ君も、神さまからの通信として話しています。 

 

この中で、神様(トキ君=山幸彦)は、こう言っています。

人間が生まれる時

・肉体と

・その肉体に私たちの魂が宿り

・これから生まれる一生のうちに行うことを紙に書き、神様に承認していただき

・更に神様の分け御霊をアンパンマンのように頂いて生まれてくる

・また神さまの御霊(氣)が入らないと肉体は動かない

・ひらめきは、神さまからのプレゼント

・全てひらめき・直感通り、つまり神様の操縦に従っていれば上手く生きられる

6歳の男の子、トキ君が神さまからのお知らせとして、上記を語っています。 

私たちの内にはどなたも神様がいらっしゃいます。

人間だけでなく、生きとし生けるもの、無機物、気象などの現象にさえ

神様がいらっしゃいます。

ただ人間は直接的に神様を体現するために生まれて来ましたから

その分け御霊の濃度が、他と比べはるかに高いと思われます。 

私たちの内には神様が居り、神さまが私たちを動かし、様々な経験をさせてくださる。 

心を動かし、魂を震わす喜怒哀楽の出来事 

・良きことも

・悪く見えることも 

そして内なる神様の働きを阻害する要因もあります。 

それが、自分さえ良ければの我欲です。 

内なる神さま、心を曇らせ、その輝きを奪い取ります。

神さまの操縦が効かなくなります。 

そのため、このブログでは、

・心を洗うこと、

・純粋にすること 

を中心に書いています。 

決して、自分以外の何者かに頼りなさいとは言いません。 

依存する心も、内なる神々の力をそいでしまうからです。 

また日本に古来から伝わるお祓いも有効な手段です。 

神々に対する深い信仰と、自分の心を清めたいという 自発的な信念が大切です。

私達一人一人の中に神様が居らっしゃいます。

ですから、

・私達の思いも、

・過去の歴史も、

・将来起こることも、

・行動も

全て見ていらっしゃいます。 

 

そして色んな出来事や、人との出会いや別れを用意したり、

豊な時や、貧乏のどん底の時を演出して下さり、

私たちの魂を磨き、輝かせ私達を神様の所に、連れて行って下さっています。

そう、しっかりと信じることが出来れば、私達は、 

どんなに安心して、幸せを感じながら、生きて行くことが出来るでしょうか?

良い出来事、悪い出来事に見えても、それら全部が、神様からのギフトなのですね。 

時代の大きな変化が加速している今、皆様の心が、ご自身の内なる神さまに向かい、 

共鳴する、全ての生きとし生けるものとの愛と調和の世界に住むことができますように。