2023年4月20日木曜日

3037「青空ひろば」2023.4.20

今回は立花大敬だんの「ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」の最新の記事を紹介します。


928 2023.03.28 ~947 2023.04.16

先日公開された音声講義で「夢のお話し」を少し入れたのですが、そうすると、仲間の皆さんから「こんな夢を見ました」という報告がゾクゾク届くようになりました。

『大学(学校)のようなところで、大敬さんと一緒に勉強したり、談笑したりしていました』というものや、『大敬先生と、どこかに向って移動(旅)していました』という内容のものが結構たくさんあって驚きました。アッチの世界の「大敬さん大活躍!」ですね。

これは、もちろん現象界(地上世界)の大敬さんではなくて、アッチの世界(地上世界から一段上の世界である「融界(ゆうかい)」)に籍がある「大敬さん」で、もう一段上の「天の世界」にも『大敬さん』がいらっしゃって、大敬さんは実は「三身(さんしん)構造」なのです。

 大敬さんだけでなく、すべての人が実は「三つの身」をお持ちです。

 そして、「天の浮橋(あめのうきはし)」という「意識のエレベーター」に乗って、自在に「三身(さんしん)」の間を昇降出来るようになった方を、古代では「三身(ミミ)」または「三身成就(ミミナリ)」と称していました。神武天皇のどの皇子のお名前にも「ミミ」という称号が含まれています。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)には、倭国(わこく、日本)には「投馬(「つま」または「とうま」)」という国(現在の宮崎県とされている)があって、その王や大臣を「ミミ」、「ミミナリ」と呼んだと記録されています。宮崎には「都萬(つま)神社」があり、「耳川」が流れているそうです。奈良には「耳成(三身成し=ミミナシ)山」がありますね。


どうやら融界に『魂の学校』と呼べばいいような『学びの場』が、ようやく形成されつつあるようなのです。

そこには教師として「大敬さん」もいるし、より高い世界から降りてきて導いてくださっている「光の存在たち(神霊や菩薩方などですね)」もたくさんいらっしゃいます。

もちろん仲間の皆さんも眠られると、その学校に登校なさって勉強されています。だからしっかり眠ることは、魂の成長のためにもとっても大切なことなのです。睡眠時間はしっかりとりましょうね。

「融界」で形成されたビジョンの写し(映し、移し、遷し)が必ず現象界に現われて来るので、やがて地上界にも『魂の学校』が創られるのでしょうね。

私の次の世代の仲間たちがその建設を担当することになるのでしょうが、とても楽しみにしています。アチラの世界から応援・協力しますね。



眠るとその『学びの場』に行って、それぞれの人が、只今の時点でかかえている課題をもとに、融界の先生方の指導のもと、集団学習したり、個別メニューでトレーニングしたりします。

あるいは、その人の身心がひずんでしまって、学びやトレーニングに入りにくくなっている場合は、イノチの状態を学びにふさわしいまで回復させることが必要ですね。そのために働いてくださる「癒しスタッフ」も、たくさんいらっしゃいます。

その人が、融界でどういう学びをしていたのかは、その人の「夢の内容」でうかがい知ることができます。

ご自分の夢を記録しておかれれば、魂の学びのための大きな助けとなります。もっとも、我が事については、なかなか冷静に、客観的にはなれないものですから、自分の夢のメッセージの解読は難しいのですが、記録して意識化しておくだけでもいいのです。『ああ、あの夢は実はこういうメッセージを伝えていたのか』と少しずつ分かるようになってきます。


「天の浮橋」を使いこなすトレーニングを融界でやっておられる仲間の皆さんが結構たくさんいらっしゃいます。

「天の浮橋」は夢の中では「エレベーター」や「梯子(はしご)」や「意識で操縦する空中浮遊」や「坂道の上り下り」などのイメージで表現されることが多いです。

仲間の皆さんの夢や体験の実例を、いくつか紹介しておきましょう。

ご自身の夢の分析の参考にしてください。

(Aさん(男性)「操縦が難しいエレベーター」の夢)

エレベーターに乗って、ある階に行こうとしている。

その階のボタンを押したのに最上階まで行ってしまう。

あわてて再びその階のボタンを押したのだが、今度は1階まで降りてしまい、操縦に苦労している。

(解説)

「意識のエレベーター」の操縦訓練を受けているのですね。

仕事や人との応対では、その時と場と人にあわせて、意識レベルを微妙に上下調節しながら柔軟に対応してゆかねば、最適、最善の行動はとれません。

この夢は「意識の上下調節」のトレーニングです。意識レベルが上昇するほど、意識領域は拡大するので、高い意識レベルの層では、意識を他の人やモノや場所に水平移動させることも出来るようになります(人やモノの気持を思いやれるようになる)。

上の意識レベルほど、自他のイノチの融合一体化が進行します。

しかし、やみくもに自他一体となるのが、一概にいいとはいえません。

なぜなら、相手の人やその場の波動が重苦しかったり、とても乱れているような場合は、上の意識レベルに留まったままだと(そこでは自他一体化が進んでいるので)、乱れた波動を我が身にどんどん吸収しまい(相手は楽になるが)、我が身心が苦しむということになってしまうからです。

ですから、そんな時は、意識レベルをいったん下げると、意識領域が狭くなって、自他を隔てる仕切りが自動的に「仮設」されるので(「仕切り」を常在化させてしまってはダメですが…)、相手や場の荒々しい波動から自身を防御することが出来ます。

また、人の意識レベルが上がるように誘導してあげる場合は、いったんその人の意識レベルまで意識を下降させなければなりません。同じレベルになって、その人のイノチの波動に寄り添うように共振してあげながら、少しずつその人の意識レベルが上がるように、忍耐強く誘導してあげねばならないのです(荒々しい波動に巻き込まれて同化してしまう恐れもあります)。


(Bさん(女性)「各階停車のエレベーター」の夢)

エレベーターに乗り込んだ。

ある階に行きたいのだが、このエレベーターは各階に停まり、人を降ろし、乗せしながら各階停車で上がってゆくようだ。

(解説)

魂の学びは、意識レベルを一気に上昇させればいいというものではありません(どの人も一気に悟らせればいいというわけではない)。

いろんな意識レベルを持った人々を「各階」で受け入れ、また今はまだある階以上に意識を上昇させると危険だ(強引に引き上げると、人格が分裂・崩壊してしまうことがある)という人は、ふさわしい階で降ろしてあげながら、時間はかかっても粘り強く、何度も何度も上下往復して(幾度も地上世界に転生してきて)、ついに一人残らず最上階まで運びあげるのです。それが、大乗(だいじょう、大きな乗物)菩薩(ぼさつ)の行願(ぎょうがん)ですね。自分だけが最上階まで昇って、早く苦しみの世界から脱出しておサラバしようというのは小乗(しょうじょう、小さな乗物)の発想なのです。

(ヤコブの「梯子(はしご)」の夢)

天に届く梯子の夢で有名なのは、旧約聖書に書かれている「ヤコブの夢」です。

ある夜、「ヤコブ」は夢を見ました。

天と地を結ぶ梯子が立っていて、その梯子を天使たちが上ったり、下りたりしていました。

この夢を見てから、ヤコブは急にカラダが強くなりました。天とパイプがつながって、天界の生命エネルギー(神道では「日(ひ)」と呼ぶ)が大量に流入する(神道では「日足し(ひたし)」と呼ぶ)ようになったからです。

 そして、神と相撲(すもう)を取って、ついに勝つことができました。 

 その神はヤコブをほめたたえて、「イスラエル」という名前を授けました。「イスラ(勝った者)+エル(神に)」つまり「神に打ち勝った勇者」という称号ですね。


この天地を結ぶ「梯子」は「天の浮橋」ですね。

ヤコブさんの夢の体験をもとにして、「魂進化の4ステップ」を説明しておきましょう。

第1ステップ:まず意識を天に届かせる「意識の上昇トレーニング」をします。

第2ステップ:次に天に届いた意識を再び大地(身体)へと戻す「意識の下降トレーニング」をします。この二段階の訓練で、「天と地を結ぶパイプ」が完成します。

第3ステップ:次に地上に天のエネルギーを受け取り、貯蔵するための「地上基地」を構築します。

第4ステップ:「地上基地」が出来上がると「天窓」が開いて、「天と地を結ぶパイプ」によって、天のエネルギーや情報が一気に地上基地に流入してきます。そのエネルギーが、天の理念を地上に実現する「元手」となります。

ヤコブの夢で、天使が梯子を昇ったり、降りたりしていたのは、この意識の上昇と下降の二つの訓練(第1ステップ、第2ステップ)が修了して、天と地を結ぶパイプが出来上がったことを示しています。


(大敬の伊勢神宮での体験)

大敬が伊勢神宮に参拝した際に、天と地を結ぶ柱が立って、大敬がその柱の中にいて、その柱の中を上昇気流と下降気流が循環していたというのは、ヤコブさんと同じ体験ですね。

ヤコブの「梯子」が大敬の「柱」にあたり、「昇降する天使たち」は「上昇・下降気流」に相当します。

第3ステップでは、地上に天のエネルギーを受け取り貯蔵するための「地上基地」を構築します。

この「地上基地」のことを神道では「天のみかげ」、「日のみかげ」と呼んでいます。

「みかげ」とは、「聖なる貯蔵庫」のことで、その貯蔵庫の中に「天のエネルギー」(天の方針、事業計画、神々の教えなどを伝える情報系のエネルギー)と「日(ひ)のエネルギー」(天が示された方針を実現するために必要なパワー系の生命エネルギー)を蓄えます。この「天」と「日」の二種のエネルギーによって、神々の理念を地上世界に移し、現実化してゆくことが出来るようになるのです。

では、どのようにすれば、その人の「地上基地」が出来上がるのでしょうか。

実はどの人が体験している「今・ココ・私」の鉛直上方にも、必ず「天」が存在するので、対象の人のイノチの重心がピタッと「今・ココ・私」におさまり、他の人や別の時や場所と自らのソレを比べて嘆いたり、憤ったりしなくなり(自分が自分に落ち着けるようになり)、淡々と、黙々と、自らの「今・ココ・私」の課題に取り組めるようになれば、実はそれが「大地の悟り」で、その「大地の悟り」が開けたら「地上基地」は完成します。

「地上基地」が出来上がると「天窓」が開いて、「天」と「日」の2種類のエネルギーが一気に地上基地(その人の身体)に流入してきます。


(Aさん(男性)の「注がれる蜂蜜」の体験)

Aさんは東京の禅の会に参加して、会が始まるのを待っていました。

『ああ、自分は自分でよかったんだ。別のものになる必要はなかったんだ』という悟りが突然開けました(これが「大地の悟り」です)。

そうすると、自分の意識がズーッと昇っていって、「天の中央の一点」に届いたと実感しました。そして同時にその「天の中央の一点」こそが「宇宙の中心」なんだということが分かりました。

この「天の中央の一点」を、神道では「天之御中主(アメのミナカヌシ)」と呼んでいます。

すると、天から「蜂蜜のようなもの」が大量に流れ落ちてきて、頭頂に注がれ、その「蜂蜜」が、皮膚表面を流れ落ち、また体内に浸透していって、その「蜂蜜」が届いたところの身心が清められ、あたためられ、ほどかれてゆくのでした。カラダの調子の悪かった箇所がすっかり癒され、歓喜と勇気と元気に満たされました。

(解説)

Aさんは「自分が自分でよかったんだ」と、自分に落ち着くことが出来るようになってついに「地上基地」が完成し、意識の上昇過程と下降過程によって「天と地を結ぶパイプ」が開通し、そのパイプを通して「天のエネルギー」、「日のエネルギー」が注ぎ込まれるようになりました。

その「天から降りてくる二種のエネルギー」が、このAさんの体験では「流れ落ちてくる蜂蜜のようなもの」として表現されています。

ヤコブの場合は、主にパワー系の「日」のエネルギーがドッと流入してきてパワーアップし、神にさえ勝つことができたのでしたね。

大敬の場合は、主に「天」のエネルギー(天の情報系のエネルギー)が流入したのです。


(大敬の「情報の小包」体験)

ある日、大敬の意識が急速に「今・ココ」の一点に集中して光を放つほどになりました。そして、一気に天を目指して上昇してゆき、天に届いたという実感があって、天から「小包」が下降してきて、大敬のイノチの奥底にスポッと収まったのです。

その体験の後、大敬は突然「文章」が書けるようになりました(「コトバの御用」の天命を授かった)。

この大敬の体験にも、上昇過程と下降過程が見られますね。そして、この「小包」は「天の情報圧縮パック」で、大敬は今もなお、その体験の際に天から頂いた情報の一部を、必要に応じて解凍しながら文章を綴っているわけです。一生では使い切ることが出来ないほどの大量の情報を、その時に頂いたのだと思います。


第1ステップの「意識上昇トレーニング」に取り組んでいらっしゃる方の夢の実例を紹介します。

(Bさん(女性)の「梯子」の夢)

天まで届いているらしい高い梯子(はしご)が真っ直ぐ立っている。

天で開かれるお茶会に招かれているので、この梯子を上って行く。

着物を着ているのだが、なぜか帽子をかぶっている。

梯子を昇ってゆくと、急に突風が吹いてきて、帽子が飛ばされそうになったので思わず手で押さえたら、地上に戻ってしまっていた(結局天のお茶会には参加出来なかったようだ)。

(解説)

Bさんは、前の「各駅停車のエレベーターの夢」でもそうですが、意識を上昇させ、天に届かせるトレーニングを融界でされているようです。

「帽子」は、「頭を覆うもの」ですね。具体的なことは分かりませんが、Bさんは今、頭を覆っている心配事、手放すことを拒否している信念、自己制約・制限を生み出している自己否定の思い…などをお持ちなのかも知れません。どんな「帽子」をかぶっていらっしゃるのかは、ゆっくり自己分析されたらいいですね。

風が吹いてきたのは『そんな「帽子」は思い切って脱ぎ捨ててしまいなさい。そうすれば、あなたは天の茶会に参加して、天界の神々や夢の中で天界を訪問している高い意識を持っておられる方々との交流、融合一体化を体験することが出来るのだよ』というメッセージだったのですね。人によって執着している「帽子」は違うのですが、何かを手放し、捨てなければ、意識は天には届きません。


(大敬(男性)の「重なった帽子」の夢)

孫たちの保育園の運動会に出かける。

帽子をいっぱい頭に重ねてかぶっている。

「それじゃ、孫達と一緒に走ったり、お遊戯できないよ」と注意される。

それで、重ねた帽子を脱いで、別の帽子をかぶって出かけようとする。

「その帽子じゃあ、走ったら風の飛ばされちゃうよ」とまた注意されて、今度は、また別の帽子をかぶって出かける。

(解説)

仕事をいっぱい抱え込んで、『アレをしなくちゃ、コレもしなくちゃ』と、パニックになりそうになっていた時の夢です。

でも、そんなことは私の事情で、孫たちには関係ないことでしょう。だから、そんな私の事情を、孫にも、運動会にも、持ち込んではいけないのです(この夢は天に向う夢ではなく、「地に向って降り、しっかり同化しなさい」という第2ステップの夢です)。

運動会の時は、そんな私の事情はきれいさっぱり忘れ去って、でも帽子をすべて脱ぎ捨てるというのではなくて、孫たちや運動会に「ふさわしい帽子」を選んで身につけて出かけねばならないのです。 

この夢では、いったん帽子を脱いで、その場、その時、その人にふさわしい「帽子」を次々、取り換え、取り換えかぶってゆくんだよ、と教えて下さっています。それが「大地の悟り」です。「天」に向う過程では、一切の「帽子」を捨て去らねばなりませんが、「地」に向う過程では、その時、その場、その人のあわせて、必要な「帽子」を選び取ってかぶり、応対しなければならないのです。(完)