2023年11月30日木曜日

3261「神さまにお任せ」2023.11.30

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月21日の記事を紹介します。


「神さまにお任せ」


いま世界中で蔓延している、コロナウイルス。

また、ウクライナや、イスラエルでの悲惨な戦争。 

これによって引き起こされている現象は、たとえ不安で悲惨な物であっても、

全ては神々の手による、世の中の建て替えです。

その先の未来には、明るく美しい景色が広がっています。 

全て、神々のなさるに任せ、私たちにできることは

笑顔で感謝の心で、周りの身近な方々と、助け合って生きていく・・ それだけです。

さて、ブログでよく 「神さまにお任せ」すると書きますが、

その具体的な意味を小林正観さんが書いていますのでご紹介します。 

<転載開始> 転載元 

 

■ 宇宙に自分の運命を委ねる

私は

・事故に遭うこと、

・病気になること、

・死ぬこと、

・仕事に関すること、

・財産に関すること

など全て

・宇宙任せ

・神任せ 

にしています。

「好きにしてください」という状態なのです。

あるところで、ある示唆や、暗示的偶然の重なりが必ずあります。

その示唆に対し抵抗しない。

「こうしてみたら」という宇宙的示唆を感じたらその通りにする。

生き方、仕事、全て、私はそういう「流れ」が感じられたとき、

それが宇宙からの示唆だと思い、その示唆を指針としてきました。

宇宙からの「示唆」を素直に受け、自分の好き・嫌いなどという感情や

価値基準は二の次にします。

「偶然」的なことが二つ以上重なったなら、きっとそこには何か宇宙的意志があるに違いない、それに素直に従う。

シンクロニティ、意味のある偶然、流れに乗り、そのままイカダで下って行くのです。

「宇宙的意志」が感じられたらそう動く。

「引っ張られる」という感覚でもあります。

宇宙に自分の運命や運勢を委ねてしまう。

宇宙的流れがどちらを示唆しているかだけを考える。

そしてそれに従って動く。

私はイカダを浮かべているだけです。


■ 災難を避ける方法

良寛和尚がある人から「災難を避ける方法」を尋ねられたとき、

こう書き送ったと言われています。

・災難に遭うときは遠慮なく災難に遭いなさい

・病気になるときは遠慮なく病気になりなさい

・死ぬときは、遠慮なく死になさい 

それが災難を避ける最良の方法

災難も病気も死も、宇宙が色濃く関っているに違いないのです。

そういう分野のことは、「宇宙」や「神」にお任せしてしまう。

委ねてしまおうというわけです。

生きることが間違いなく楽になります。

 

■ 宇宙の声を聞く

今の職場をやめたいとか、今の人との結婚をどうしようとか、

そうした問題に苦しんでいるときは、よく耳を澄まし、よく目を見開くと、 

いくつかの現象が同じ方向を示しているものです。

その「宇宙の声」が分かり始めると楽しい。

さらに、素直に受け入れるほど、宇宙はどんどん「示唆」をくれるようになります。

自分の運命や運勢は「宇宙」に委ねてしまう。・生きること、

・死ぬこと、

・老いること、

・病気すること(生老病死の「四苦」

・愛別離苦、

・怨憎会苦、

・求不得苦、

・五陰盛苦(この四つを加え「八苦」) 

についての全てです。

実は、「宇宙」に委ねるとは言っても、その宇宙が示してくれる環境は

全て、自分が生まれる前に設計し、用意していたものなのです。

ですから、自分にとって悪いようにはなっていないのです。


■ 病気に感謝

ある合宿で、難病の人六人を含む十八人が集まりました。

その合宿は、結果的にその六人を中心とした「難病者合宿会」のようになりました。

私が感動したのは、六人が六人とも「病気になったことに感謝している」ということでした。

「感謝」は観念論ではなく、非常に具体的なものです。

世の中に、 

・人のことを親身に考え、

・徹底的に親切で温かく、

・思いやりがあり、

・限りなく優しい、

・そういう人たちがたくさん居て、

・自分たちを待っている 

ことに気が付かせてもらったというのです。

それらの人に会いに行き、知りあいになり、仲良く付き合い、 

さらに人間を取り巻いている「精神世界」や「宇宙」の奥深さ、

面白さ、楽しさもを知ることができたのだそうです。

「もし病気にならなければ一生こういう素晴らしい世界や人が存在することを

知らなかっただろう」と口を揃えて言うのです。

挫折や困難や障害や病気を持つ人、直面する人、問題を抱えている人は、 

もしかしたらそのおかげで普通の人生だったら簡単には出会えないような、素晴らしいものに、たくさん接することができるのかもしれません。

死に至る病気にさえ「感謝」する心境に、人間はなれるのです。

・優しいまなざし

・思いやりある言葉

・温かい笑顔 

のお陰で。

<転載終了>

 

宇宙の仕組みや、神さまの行動の原則などが分かってくると、楽しくなってきます。 

ありとあらゆるところに、神さまの働きを感じることができるからです。 

いつも傍に居ることが分かるからです。 

また、偶然が起きた場合も、「どうせ偶然でしょ」と冷たくあしらわず、 

「まぁ凄い、面白いね」と素直に喜んでいれば、

神さまはなおさら沢山の偶然を見せてくださいます。 

また神さまの声は、誰かの口を通してくることもあります。 

・小川のせせらぎの音や、

・子供たちの笑い声、

・そよ風なども、

神さまが私たちにプレゼントしてくださっているものです。 

そのように繊細な心で、神さまの働きを感じられるようになると、 

もう全てのもの、事に感謝しかありません。 

神さまの働きに気付き、人が感謝すればするほど、神さまは私たちの身近で、良きことを起こしてくださいます。 

自分で、頑張って努力して、どうこうしようとか、人をどうにかしてやろうとか、、 

そんなこと、もうどうでもよくなります。 

今、現在、自分の居る場所で、全ては調和し、全ては充足し、満たされているのですから、 

何かが足りないとか、これが無いからとか、そんなことは一切ありません。 

神さまは、私たちの置かれている状況を熟知していらっしゃいますから、 

必要なものは全て、既に周りに用意されています。 

それに不足を感じたり、不満を感じるのは、私たちの我がままです。

今居る場所、環境、状態で満足し、

感謝していれば、全てはうまく回るようにできています。 

それこそが、「置かれた場所で咲きなさい」と仰る神さまに、感謝をこめて報いる方法です。 

私たちは、一人一人生まれて来た目的があります。  

その目的は、生きているうちに明かされることはありませんが、 

「神さまの流れに任せ」ていれば自然に達成されるようになっています。

・素直で、

・優しい気持ち、

・お互いさまの気持ちで、

・ニコニコ生きていれば、 

きっと素晴らしい人生になることでしょう。


 

2023年11月29日水曜日

3260「青空ひろば」2023.11.29

今回は立花大敬さんのワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1134 2023.11.04 ~ 1147 2023.11.18


禅の会の仲間で、学校の先生をしているK君から「大敬先生の授業を参観させて下さい」と依頼され、先日授業を観てもらいました。

その参観の感想文を書いて下さり、届けてくださったので紹介します。

これまでと違った切り口の「大敬さん」の姿が描かれていて、私にも新鮮でした。

 私が若い頃そうであったように、精神世界に興味がある人は、どうしても「足元お留守」になりがちです。

そんな「足元苦手」の大敬さんが、覚悟を決めて「学校の先生」を、ヘタクソでも、人より出発が遅くても(45歳で就職しました)、くじけたり、めげたりしながらも、思い返し、やり直ししながら、黙々と歩み続けてきて、ようやくたどり着けた、私なりの「教師の姿」をご覧下さい。


大敬先生、いつも本当にありがとうございます。

先日は大敬先生の授業を観させて頂き、本当にありがとうございました。

ものすごく深い学び、経験をさせて頂きました。

大敬先生の授業を参観させて頂き、学んだこと、感じたこと、思ったことなどを書かせて頂こうと思います。

大敬先生と一緒に教室に入りました。先生はその瞬間、大きな声で「日直、黒板!」(※大きな声はこの時だけでした)と言われました。あわてて日直は黒板を消していました。

この姿を見て、『大敬先生って、学校の先生なんだ!本当に学校の先生をされているんだ!』と、不思議と驚きを感じ、とても嬉しくなりました(『大敬先生は、僕と同じ学校の先生なんだ!』)。

チャイムと同時に授業が始まりました。

リズムとテンポのよい、心地よい授業の始まりです。

休み時間後の生徒が、どんどん集中してゆきました。

その集中のさせ方も、大きな声を出したり、注意したりすることは全くありません。

ただ大敬先生の説明と、それとともに動かされるチョークで、どんどん生徒が授業に引き込まれてゆくのが分かりました。もちろん僕もどんどん引き込まれてゆきました。


禅の会の時と同様、分かりやすい絵・図をすばやく描かれ、生徒とやりとりしながら、「解」を導いてゆかれます。

生徒が「に落ちる瞬間」がハッキリ分かりました。

大敬先生が「ゼロやねん!」と言われた瞬間、教室がピ-ンとなりました。

素晴らしい神社のような、厳かで神聖な感じがしました。「ひとつ」になったと思いました。さらに教室の空気が変わったのがよく分かりました。

大敬先生はもちろん、生徒も、参観させて頂いている僕も、教室にいる全員が「今・ココ」に、ピタッと落ち着けたんだと思います。


大敬先生の授業にはムダがありません。

リズムとテンポがよく、とても心地よいです。

それで、教室が「安心」の空間になってゆきます。だから、ますます生徒たちは集中してゆけるのでしょうね。

「安心」の空間の中で腑に落ちる解説…、生徒は勉強が楽しくてしょうがないだろうなと思いました。

授業の中で「東大」、「九大医学部」の情報なども出てきました。

生徒はやる気を出すだろうなと思いました。

それと、さりげなく「勉強が出来なくても、将来それでダメなわけではないよ」と卒業生の実例をあげて言われて、生徒たちは安心感を持つだろうなあと思いました。

「下駄を履かせる(欠点になった生徒に何とか点数を足して及第させること)」のお話しも、とっても楽しかったです。生徒も楽しそうでしたし、「安心の雰囲気」がさらに広がりました。


コンデンサーに電気を溜めるために、手回し発電機を使い、生徒に実験をさせたところもとても楽しく、教室が温かくなったと感じました。

生徒にハンドルを回させて、「世の中、楽には出来ていない」とか、「努力がドンドン電気になって溜まってゆくはず」とか、コンデンサーに電球をつないで、溜まった電気で光らせて、その光がやがて消えてゆくと「彼のやった努力は、結局この程度のものだったんですね」とか、大敬先生が楽しいコメントをされて、生徒達はみんな笑顔で、笑い声もたくさんありました。さらにさらに「安心」ですね。

あっという間に授業の終わりのチャイムが鳴りました。チャイムと同時に授業が終わりました。


大敬先生の授業の始めと終わりで、生徒の顔が違いました。

禅の会の始めと終わりと同じですね。「大敬ワールド」に引き込まれ、心が解放されるのでしょうね。

「安心」の「大敬ワールド」に入り、生徒一人一人の、それぞれが授業後は「安心の太郎ワールド」、「安心の花子ワールド」を紡いでゆくのでしょうね。そんなことを思いました。

「日直、黒板!」でスイッチが入り、始まりのチャイムから終わりのチャイムまで、ずっと「今・ココ」でした。

だから、時間も空間もなく、一瞬で終わった感じがします。「ひとつ」でした。

授業を通して、勉強をしっかり教えるとともに、禅の会と同じように、生徒の心をどんどん解放し、大きくしてゆけるんだと分かりました。

それと大切なのは、大敬先生が超進学校の生徒達が納得する、引き付けられるような授業をするために、しっかりと準備をされているということです。

教師自らが疑問を持って、納得できるまで自分の頭でしっかり考えること、分かりやすいプリントを自作すること、説明の技術、板書の技術…、学校の先生という仕事にどっぷり浸かり、必要な努力をしっかりすることは当然のことながら大切だと確信しました。

地に足つけて、しっかりと仕事をすること、やるべきことはしっかりやることが大切なのですね。


「天」だけでもダメ、「地」だけでもダメ、しっかりと「天」と「地」がつながらないといけないなあと分かりました。

「地の拠点」がしっかりして、大きくないと、「安心」をまわりに与えることは出来ないだろうなあと思いました。本当に大きなことが分かった気がします。

僕自身、しっかり「地」に足をつけて努力していきます。

「教師」という仕事を選んで、本当によかったと思います。

大敬先生に出会って、心からそう思えるようになりました。

大敬先生のような教師、もちろん人間になりたいです。まわりに「安心」をたくさん与えられるような人に…。

そのためには、やはり「地」に足をつけること、大きな「地」の基地(拠点)をつくって、「天」とつながれたらと思います(しっかり坐禅もします)。

教師という仕事がますます楽しくなりそうです。

二学期が始まるのがとても楽しみです。


以上がK君のお便りです。

私(大敬)も教師として、まだまだ未熟で、日々新しい気づきがあります(70歳まで現職でしたが、現在は74歳ですでに退職しています)。

教師としての時間も残り少なくなって、まだこんな状態なのですから、もう少し早く気づいていれば、もっといい教師になれたのでしょうが残念!

後はK君たちにお任せしましょう。


2023年11月28日火曜日

3259「希望を与える人」2023.11.28

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月16日の記事を紹介します。


「希望を与える人」


光と闇の戦いの中、たとえ「これまでか?」と思うような世相であっても 

・私たちは希望を失うわけにはいきません。

・地球を諦めるわけにはいきません。 

力もなく、正しい情報を得るすべもない私達一般の人間にできることは、 自分自身の心、魂をきれいに保つこと、他人に左右されることなくしっかりとした自分の意思を持つこと。

身近な周りに優しくすること。 

 

私たちは、 

・どんな嫌なこと

・めんどくさいこと

・失敗に見えること

・人の非難を浴びること

・人から怒られること

・時間に遅れること

・病気になること

・ケガをすること

・失業すること

・貧乏のどん底に落ちること 

そのようなことが起きようと、本当は全然平気です。 

何故なら、ブッダが仰るように、全ての出来事、起こったことは

私と、その人の間の問題ではなく、、、本当は、私と神さまの間だけの出来事だからです。 

相手の人は、それを行うお役目を受けて、約束通り、私たちに 嫌なこと(に見える)をしただけなんですから。 

それは、どんな些細なことであっても、私たちが生まれる前に決めてきた「出来事」です。

なんで、そんなことを・・ と思われるかもしれませんが 、目的は一つしかありません。 

・肉体とか

・生きる死ぬとか

・生きている間とか 

そんな小さなスケールのお話ではなく、永遠と続いている私たちの 魂としての歴史、

その魂を少しでも、成長させて、神様に近づけるためです。 

そのための、全部段取り、芝居、舞台設定だからです。 

そのいろんな劇を通じ、私たちは、激しい 喜怒哀楽を感じます。 

喜び、悲しみ

笑い、泣き 

感情を揺さぶられながら、少しづつ魂は成長していきます。

周りの人の気持ちを理解することができるようになってきます。 

いろんな出来事は、相手と自分の間の出来事ではなく、私と、神様との間の出来事、魂を揺さぶり、成長させるためのものです。

  

ですから、どんな出来事も、安心していていいのです。 

ただ、その押し寄せて来る波にのり、色んな感情を味わいながら、 

恨まず憎まず、不平を言わず「今回は、そう来ましたか」とにこりと笑って、 

受け入れてしまうだけでよいのです。 

後悔することも、焦る必要もありません。

全ては、予定通りなのですから。

さて、今日は「希望を与える人」と言うことで、占い師のお話です。 

小林正観さんのお話からご紹介します。 

私たちは普段、目に入ってくる「星占い」などを見ると、

心うきうきしたり、少し落ち込んだりもします。 

ですが、実際は、自分にとって「良いこと」しか受け取らないようにすることで、

より運命を好転できるようです。

それだけで大分、明るく笑顔で生きられます。 

<転載開始> 転載元

  

ある日、小林正観さんのところに、二人の占い師にまったく正反対のことを言われ、

どちらを信じていいのか、悩んでいる女性が相談にきたそうです。

正観さんは「その答えは簡単だ」、といいました。

それは…その占い師の、まわりにいる人たちを見ればいい。

まわりにいる人たちが、笑顔で幸せそうで、楽しそうに過ごしているかどうかを、見ればいいのです。

聖なる占い師は、見た目は普通の格好をしています。

そして、まわりには、笑顔で、幸せそうな人たちがいっぱいいます。

とてもいい仲間に囲まれている。

一方で、当たらない占い師は、どういう人か。

過度に荘厳(そうごん)で、重々しく、威厳に満ちた姿、形、格好をしている人が多いのです。

そしてまわりには、笑顔で幸せそうな人はいない。

どこか不幸そうで、悲しく、まったく笑顔のない人たちに囲まれているのです。

「楽しいことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの幸せそうな人たちがいる。

なぜかというと、その聖なる占い師さんは、いつも人が「楽しくなるように、幸せになるように」という願いを投げかけているからです。

一方「悪いことを予言」する占い師さんのまわりには、たくさんの不幸そうな人たちがいます。

悪い予言をした瞬間、予言をしたその人は、

無意識に相手の身にそれが実現するように期待してしまうのです。

そうなってもらわなければ、自分の占いが当たりません。

当たるようにと願って、悪い予言を口にする。

当然、投げかけたものは返ってくるので、その占い師自身も幸せにならないし、

まわりにいる人たちも面倒な人生を歩むことになるのです。 

<転載終了>

   

確かに占い師の方も生活がかかっていますから、自分の占った結果が当たり、評判を良くして、お客様に沢山来て欲しいと願うことでしょうね。 

この占いの結果が、当事者にとって、良いこと、希望を持てることであれば、みんなが幸せな気持ちになりますから、宇宙にとって、世界にとって喜ばしいことです。 

その小さな希望さえあれば、、、かすかな希望が見えていれば、、、 

その後のどんな苦労も乗り越えられることでしょう。 

その先に、希望、良きことが待っているのを知っているのですから。 

ですが、逆に当事者にとって、不吉なこと、悪いことを仰る占い師さんも多いようです。 

それを言ったとたん、占い師さんは、相手の方の「不幸」が実現するように無意識の内に願います。 

これは宇宙にとって、世界にとって大変悲しいことです。 

何より、「人を呪えば、穴二つ」の例え話の通り、占い師の方にも不幸が訪れることでしょう。 

不吉な予言をされた方は、今まで幸せで笑顔で周りと仲良く暮らしていたのに、将来の不幸を暗示されたことにより、 

・急に不安感に襲われ、

・笑顔が消え、

・イライラして、

・不機嫌な顔となり、 

周りの人に対しても害悪となることでしょう。 

同じ苦しい現象・出来事が起こっても、気持ちが明るくはずんでいる時は、何の苦労もなく乗り越えてしまうでしょう。 

ですが、暗い気持ちの時、同じ現象・出来事が起きたら、もっともっと気持ちが沈み、

周りに当たり散らし、みんなを不幸にしてしまうかもしれません。 

  

それだけ、気持ちの持ちようと言うのは大切なことです。 

ですから、占いに限らず、普段から、自分の口から出る言葉は、良寛さんの愛語のように 

・他人に対しては、「良い言葉」「愛情の在る言葉」しか発しない。

・言葉にしない時は、黙って心中で他人へ「愛情のある言葉」を思う。

・言葉に出来ない時は、黙って「愛情のある行動」を他人に行う。

このようなことを心がけて行きたいものですね。 

言葉や考え方、心の在り方が、良いも悪いも私たちの人生の行先を決めるのですから。 

ブッダが仰ったように、苦しみ、悲しみに沈む相手に対し、希望の光を与えるための善意の嘘も同じ役割です。 

ブッダの般若心経の教えのように、

人生の幸せ、不幸せは、心の受け取り方によって決まります。

熊手で不幸をかき集めていては、何時まで経っても幸福は訪れないでしょう。 

どうせなら、どんな環境に置かれていようと、 

・嬉しい

・楽しい

・幸せ 

な気持ちでいたいものですね。 

神さまは、置かれたその場所で、花を咲かせなさいと、私たちに、わざわざ、

その環境を準備してくださったのですから。

  


2023年11月27日月曜日

3258「美しい人」2023.11.27

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月15日の記事を紹介します。


「美しい人」


大航海時代から始まった植民地主義、その後に起こった行き過ぎた資本主義、 

コロナの喧騒、東ヨーロッパでのグローバリズムと、ナショナリズムの戦争。

それらすべてが終わった後、やっと私達一人一人の心が大切にされる社会が訪れそうです。

今日はその心の美しさについてのお話です。

思いやりや、助け合いの心、相手の個性を尊重し、お互い様の心で生きていく社会、

そんな美しい社会が、この大混乱の後、出現しそうです。 

それでは、ノートルダム清心学園前理事長、渡辺和子さんの言葉を紹介します。 

心の美しさについてのお話です。

 

心の美しさとは、意識しなければ、自然と手に入るものではありません。 

ですが、心こそ、亡くなった後も、生まれてくる前に居たところに戻っても、決して変わらず、持って帰ることのできる唯一のものです。 

お金や、大きな家や、大きな車、健康や、友達の数、高い地位、周りがうらやむ名誉、そのような、目に見えるものよりも、目に見えない「心の美しさ」は、はるかに大切なものです。

私たちがこうして生きている時でさえ、心の反映が、人や物を引き寄せ、生きていく環境を形作ります。 

心が美しければ、それに呼応して、宇宙のサポートが協調して、ダイレクトに働きます。 

決して、棚からぼた餅で、何処かの偉い人や、能力者が救ってくれるわけではありません。

私たちが何度も何度も、生き死にを繰り返し、輪廻を経験し、宇宙中の様々な星々や次元に生まれ変わっているのも、目的は美しき心を思い出すためです。 

それでは、お話をご紹介します。

<引用開始>

 

お化粧に余念のない学生たちに言うことがあります。

「きれいになるのも結構。

きれいになるためには、化粧品にしてもエステに通うにしてもお金が必要。 

皆さんは、きれいさとともに、美しさを育ててゆく人であって欲しい」

美しくなるためには、お金は不要。

それは、心の輝きであり、痛みを伴う自己管理、自己抑制が必要なのです。

かくて私は、学生たちに「面倒だからしよう」と教えています。 

「しようか、どうしようか」と迷う時には、してごらんなさい。 

きっと、その積み重ねが、あたなたがたを 美しくしてくれるから と話しています。

「泥かぶら」という劇があります。

これは,真山美保さんという人が作られた,

古い時代を舞台とした「泥かぶら」というタイトルの劇用のお話です。

ある村に「泥かぶら」という顔の醜い少女がいました。

「泥かぶら」は,顔が醜いために村の人から馬鹿にされ,子どもからは石を投げられたり,唾を吐きかけられたりしました。

そして,それを悔しがって怒り狂う「泥かぶら」の心はますます荒れ,顔は醜くなる一方でした。

ところがある日,村を一人の旅の老人が通りかかりました。 

竹の棒を振り回して暴れている「泥かぶら」に話しかけました。 

次にいう「三つのこと」を守れば

「あなたは村一番の美しい人になれる」と教えて立ち去っていきました。

旅の老人が「泥かぶら」に教えた三つのこととは,

一つ・・・いつもにっこり笑うこと

二つ・・・自分の醜さを、恥ずかしいことと思わないこと

三つ・・・他人の身になって、考えること、思うこと

「泥かぶら」の心は激しく揺れ動きましたが,

美しくなりたい一心で,その日から血のにじむような努力を続けます。 

決心は何度も中断され,たびたびあきらめようとしますが,そのたびに気を取り直し、努力を続けました。

 

その甲斐あって,「泥かぶら」の顔からは,いつしか憎しみが去り,心も穏やかになっていきました。 

やがて,明るく気持ちの良い子に生まれ変わった「泥かぶら」は,村の人気者になり、子守やお使いを頼まれるようになりました。

そんなある日のことです。

自分と同じ年頃の娘が人買いに買われていくのを知った「泥かぶら」は,自分から進んでその娘の身代わりとなり,連れられていきます。 

しかし,道々楽しそうに村の様子を話し,自分がかわいがって世話した村の赤ちゃんについて語る「泥かぶら」の話は,いつしか悪い人買いの心を動かし始めます。

そして,その人買いは今まで自分がやってきた過ちを恥ずかしいことと思い,置手紙をして立ち去っていきます。 

その置手紙には,「ありがとう。仏のように美しい子よ」と書かれていました。

その手紙を読んだ「泥かぶら」は,旅の老人が話してくれた「村一番の美しい人になれる」という言葉の本当の意味を理解することができました。

心の美しさは,内面の輝きを増し、人の容貌さえも変えてしまいます。

そして周りの人も幸せにします。

美しい心を持った本当の「美しい人」になることは、 

どんなに時代が変わろうとも、大切なことかもしれません。 

<引用終了>

 

相田みつをさんの、「現代版禅問答」にこんなくだりがあります。

「ほとけさまの教えとはなんですか?」

郵便屋さんが困らないようにね、手紙の宛名を わかりやすく正確に書くことだよ

「なんだ、そんな当たり前のことですか」

そうだよ。その当たり前のことを、心を込めて実行してゆくことだよ。

「面倒だから、しよう」とは、相手の立場に立って、面倒がらずに、些細(ささい)な良きことを心を込めてやること。

当たり前のことを心を込めてするには、そこに、「ありがとう」の感謝の気持ちが必要です。

・笑顔、

・思いやり、

・そして今のままの自分を許し、認めること

私達一人一人がこの「泥かぶら」のように、このことをいつも心に留めておきたいものですね。

そして、心の美しい人になりたいものですね。

永遠の宝になるのですから。

自分だけでなく、ご家族はじめ、周りを幸せにするのですから。

神々の恩寵は、感謝の人、心美しき人に降り注ぎます。

・目に見えるものだけに、大いなる価値を置き、人と比べ、見下し、優越感に浸る者と、・・・ 

・例え貧しく、弱く、何も持たなくとも、神の前にへりくだり、

与えられた環境の中で、精一杯、人生を生きて行こうという者 

神々は、どちらに微笑むでしょうか? 


 

2023年11月26日日曜日

3257「神々が望むもの」2023.11.26

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月12日の記事を紹介します。


「神々が望むもの」


新しい希望の世界に向けて、現在戦争やパンデミック、

その他もろもろの悪しき現象が世界中で起こっています。 

まさに夜明け前の一番暗い闇の中ですが、明けない夜はありません。 

その全てが終わった後、地球の希望の灯として残されているのが、私たち日本人の大和心(やまとごころ)、古き良き日本の縄文の心です。 


・例え武力はなくとも

・経済力は弱くとも 

私達には胸に秘めた大和心が存在します。 

諦めずに、その心を呼び覚ますことこそが、美しき新たな地球の姿に繋がります。 

それでは今日も、その大和心を思い出すために、心のことを書きたいと思います。

古事記によれば、宇宙で一番はじめに現れる神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。 

ですが、すぐにお隠れになりました。

その後まもなく高御産巣日神(たかみむすひのかみ)が現れ、続けて、神産巣日神(かみむすひのかみ)が現れましたが、やはり同じようにすぐに姿を隠してしまいました。

この3柱の神を造化三神(ぞうけさんしん)と呼びます。

ちなみに斎藤一人さんについていらっしゃるのは天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)だそうです。

天照大神や月読の尊、スサノオなどは、もう少し時代を下ってから生まれます。 

これら宇宙規模の大本の神々は何を望んでいるでしょうか?

神道では、願い事は、自分の願いを言うのではなく神々を喜ばすのが先。 

喜んで頂けば、自然と願いをかなえてくださる。。 

そのような考え方をします。 

今流行りのパワースポット巡りのように 

・あれをしてくれ

・これをしてくれ

・お金を儲けさせてくれ

・病気を治してくれ 

などの自分の欲が先・・という考え方とは正反対です。

 

この喜んでいただくとは・・・ 

・神様にお酒を奉納することなのか?

・卵を奉納することなのか?

・美味しい肴を奉納することなのか? 

もちろん、そういった形あるもので表現することも大切なことでしょう。 

ですが、神々の系譜の先頭の大本の神々(宇宙神)は、

・俺は龍神だから卵を持ってこい

・お酒を持ってこい、但し辛口が良いぞ

・ビックリするような不思議な現象を見せてやるぞ

・欲まみれのどんな願いもかなえてやるぞ 

そんなことは決して言わないし、望んでもいないと思うのです。 

神さまが望むことは、私たち人間たちが

・素直な心で

・互いを思いやり、助けいあい、

・お互いさま、お陰さまの気持ちで 

仲良く笑顔で暮らしていく  そんなことではないかと思うのです。 

それこそが、神々が私たち人間に、一番望んでいらっしゃる心ではないかと思うのです。 

だからこそ、宇宙神は、私たちの心の浄化を一番の喜びとされるのではないかと思います。 

私たちの心の霧が晴れ、神々しい光が差し込んだ時、宇宙神は、小躍りして喜んでくださると思うのです。

  

そして、その私たちのま心こそが、神々のエネルギーの源泉であり、神さまと人間たちが、共に幸せになる道だと思うのです。 

・神さまから一方的に何かを頂いたり、

・不思議な現象を見せて頂き、好奇心を満たしたり、

・それを自慢し、人に羨ましがられたり、尊敬されたいと言う欲を満たしたり

・自分は神さまと繋がっている特別な人間と、周りの人を支配しようとしたり

神さまは決して、そのようなことを良しとなさる方とは思えないのです。 

神社に行くと必ず、神殿の中に鏡が置いてあります。 

鏡は、私たち自身の ありのままの姿を映し出すものです。

神道の本質は「鏡」にあるとも言われています。 

神社の社殿の鏡は、参拝する人自身の姿を映し出すとともに、

その人の自分の中にある神さま 

つまり、自分の本質、本当の姿を思い出し、自覚する場所でもあるからです。 

鏡に映るのは、自分の中に居らっしゃる神さまの姿です。 

この鏡の前に座り、敬虔な気持ちで手を合わせ、祈る時、神さまと私たちは繋がります。 

そして、神さまの前に素直になった心そのもので、自分の周りに居てくれた人たち 、家族、友人、同僚、そんな人たちに感謝と、祈りにも似た気持ちで接することができれば、神々は喜び、今度はそこで、その場において私たちと神々のエネルギー交換がなされることでしょう。 

その時、私たちはきっと気付くはずです。  

・私が好きな人も

・私が嫌いな人も

・私を好きな人も

・私を嫌いな人も

みんな、みんな大切な人だったと。 

かけがえのない人だったと。 

溢れる感謝の気持ちと共に。 

私たちは、人の 嫉妬、やっかみ、悪意には鈍感でも構いません。

ですが、人の優しさ、温かさ、思いやり、愛情には敏感でありたいものです。 

なぜなら、そこには神さまがいらっしゃるからです。

 

心の浄化が始まった時、神々の喜びとともに、大いなる幸せも続々と現れることでしょう。 

何故なら、人の心の浄化こそが、神々のなさる最大の奇跡だからです。 

私たちの運命と言うものは、どこでどう転ぶかわからないものです。

ですが、その未来の方向性を決めるものこそが、普段の私たち自身の心の状態。

そして、日々の生活の中で、

・お陰様

・お互い様

とみんなが仲良く笑やって、助けあって生きていくこと。

そういった些細ではあるけれど、心温かな交流こそが、めぐりめぐり、将来において、自分自身に帰ってきます。

そして自分自身の運命を良き方向に運んで行ってくれま。 

決してどこかの誰かが何かをしてくれたから幸せになるわけではありません。

 

2023年11月25日土曜日

3256「日本の時代の到来」2023.11.25

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月11日の記事を紹介します。


「日本の時代の到来」


大正時代に日本を訪問したアインシュタインは、日本についてこう言っています。

科学の発達によって、外国はみんな武器を争って作って、お互いに戦争をやるだろう。

そして、最後に疲れ果てるだろう。

その時に本当の人生に目覚めるときが来るだろう。

それをするのが日本人である。

日本人の生き方というのは、人間の本当の生き方である。

そして、この日本列島にこういう日本人を造ってくださった神さまに、心から感謝する。

以上 引用終わり。

自然科学の研究も、究極までいくと、全ての真理に通じるところまで到達するのかもしれません。 

アインシュタインの言う「日本人の生き方」とは、大和心(やまとごころ)を持つ日本人の生き方のことです。

残念ながら明治維新の時の世界金融資本の影響と、敗戦後の愚民化政策により、表向き、日本人の大和心は抹殺されたかに見えますが、神々が何万年もの年月をかけ、この日本列島と言う地政学的な有利な環境のもと、はぐくんできたDNAは、そう簡単に無に帰すことはないでしょう。 

ブッダの予言した 日本=ジャプトーバー、3千年王国のきっかけを作る国 

のお話と全く同じですね。 

また山幸彦の神様の意識のまま生まれて来た小学生の神様トキ君も、 

今、日本に沢山の神様が転生してきているそうです。

さて日本人の古き良き心、大和心(やまとごころ)に対する意識・心として、 

漢意(からごころ)と言うものがあります。 

西洋的な合理主義、善か悪かの完全なる二元論、

自然は人間の便利のために征服すべきもの と言う思想です。

クラリオン星人の小学生そうた君も、この単語こそ使っていませんが、

日本・世界は、今まさにこの「からごころ」に席巻(せっけん)される瀬戸際とのこと。 

私達平凡な一般人も、心のどこかで、

この2つのパワーのせめぎ合いを感じているのかもしれません。


日本人は、そのDNAに優れた特質を持っています。 

例えば、日本人が働くというと、「はた(周りの人)」を「らく(楽にする。楽しませる)」にするという意味を無意識のうちに持っています。 

日本では本来、働くというのは、労働とかお金儲けという意味ではなく、

周りの人を楽にして、幸せにするという意味を持たせています。 

決してお金の対価として、いやいやながら労働しているのではありません。

これは日本人だけが持つ心の持ちようのようです。

西洋社会では、働くとは契約を交わし、決められた範囲の中で労働力や、自分の時間を使い、その代わりにお金をもらう。。 

という契約が重要な役割を持っています。 

また労働は、天から罰を与えられているという発想です。

そこには、

・相手を楽にしてあげよう。

・楽しませてあげよう。 

などの気持ちは入りづらいようです。

 

世界的なチェーンであるマクドナルドなども

「笑顔は0円」、笑顔での応対もマニュアル化されているようです。 

こんなことがあったそうです。 

海外の飛行機で旅行中の方がいらして、CAによるコーヒーのドリンクサ-ビスがあったそうです。 

運悪く、コーヒーを注ごうとした途端、乱気流で熱いコーヒーをお客様の洋服、ズボンにこぼし、散々なことがあったそうです。 

お客様も慌てますが、その当のCAは、「これは、私の仕事ではありません」そう言うと、 

ズボンや洋服を拭くこともせず、奥に戻ってしまったのだそうです。 

確かに、乱気流によって起きたアクシデントの対処までは契約条件になかったかもしれません。

ですが、これがもし、古き良き日本の心を残しているCAであったなら、きっと、親身になり、お客様の気持ちに共感し、何らかの対処を一緒にしてくれたことでしょう。

  

また別のお話になりますが、かつて、日本国内で、共産主義を進めるために

階級闘争を行おうとした有名な工作員のアルベール・トーマはこう言っています。

「日本では家族制度が強固なため階級闘争、

つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常に困難である。 

何故ならば、労働者は失業しても労働運動などする必要はない。

家族が暖かく迎え入れてくれるからである。 

この家族制度をなんとか破壊しない限り、日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」 

まさに、つつましくとも助け合って生きていた日本の家族の良さが分かるエピソードです。

江戸時代などでは、沢山の親無し子が巷に溢れていましたが、おおらかな江戸の人々は、受け入れて、みんなで食べさせ、育てていました。 

もっとも日本人が、世界の中でも美徳にとみ、自然を敬い、家族を大事にし、みんなで仲良く共存共栄し生活していた時代。 

それが縄文の時代でした。 

以前、「ジャプトーバーの時代の始まり」の記事でも書きましたが、ブッダが生前、日本の時代の到来を予見していました。 

インドのはるか東方にジャプトーバーという国があって、その国で自分の教えや考え方が正しく理解されなおす‥‥。

世界の歴史は、800年ごとの周期で、西洋文明、東洋文明の入れ替わりを行っています。 

これは正確で、過去に一度も外れたことがないのだそうです。

  

イギリスが覇権国であった時代、東洋諸国は、西洋列強の前になすすべもなく植民地化が推し進められ非常に貧困の状態に置かれました。

その次の覇権国がアメリカ。

ドルが基軸通貨となりいくら借金をして、未来の栄華を先取りしようと、平気な状態になりました。 

西洋の栄華の時代は、ここへ来て、800年周期の変わり目の時期を迎えています。 

次は、中国と誰もが考えていましたが、今回の神々による建て替え(破壊)によって、様相が変わってきました。 

今の日本は、戦後の占領政策によって、古き良き日本の心、文化は破壊されました。 

拝金主義に陥り、自由は過度に追求され、自然を慈しみ、そして敬う畏敬の念は消えてしまいました。 

私たちの心を律していた道徳や、良心は軽視され、人々は無気力になり、美しい利他の精神や、他人を敬う義理も消えてしまいました。 

ですが今、神々の起こした、大きな建て替え(破壊)が、私たちの古き良きDNAを目覚めさせようとしています。 

今の日本は世界から見れば、経済3流、政治4流と揶揄されています。 

従って建て替えが終わり、人々の手による建て直しが始まった時、日本は、経済的に世界に覇権を誇示することはないでしょうが、眠っている縄文のDNAを思い出したとき、きっと、世界を精神的にリードする国になっていることでしょう。 

それがまさにブッダが生前予言していたジャプトーバーの近未来の姿なのかもしれません。

 

2023年11月24日金曜日

3255「青空ひろば」2023.11.24

 今回は立花大敬さんの「青空ひろば」から1106 2023.10.04から1133 2023.11.3の記事を紹介します。


1124 2023.10.22 ~ 1133 2023.11.3

中2の学年通信の巻頭言として書いた文章です。

「内側と外側」 中学教頭 立花純二


意識の上昇は意識の拡大を伴います。

故に、人は人として向上すればするほど、自分の内側の領域が広がり、自分の外側のものが少なくなるのです。

生徒指導部長が始業式で言われたように、自分の周りに50cmのサークルを描いて、その内側にしか意識が届かないという人もいます。そんな人は残念なことには、意識レベルがとても低いと言わざるを得ません。

人は人として成長すればするほど、意識が届く(思いやれる)範囲が広くなります。

半径50cm の人は、自分以外の人やモノはすべて自分の外側に在ります。外側のモノですから、その人やモノの身になって共感したり、一体感を持つことは出来ません。だから、そんな危うげな、儚い自分(半径50 cm の孤立)を守るために、攻撃的になったり、防御壁を高く築いてその中に閉じこもったりするのです。

心理学者 ケン・ウィルバーは『我々の(人生)体験における戦い-葛藤、不安、苦しみ、苦悩-は、我々が勝手にでっち上げる諸々の(自他、内外を分ける)境界によって生み出されるものである』(『無境界』-自己成長のセラピー論、平河出版より)と述べています。

道元禅師は『自己、他己』というコトバをよく使われます。『自己』とは、『自分として現われた己(おのれ)』のことであり、『他己』とは、『他の人やモノとして現われている己(おのれ)』という意味です。

意識が向上し、同時に意識が届く領域がどんどん拡がっていくと、これまで、他者であったモノや人がどんどん自分の内側に入ってきます。身内の存在となってゆくのです。

意識の中心を上下自由に移動出来るようになるに従って、同時に水平方向にも移動可能となります。自然にモノの身となり、人の立場に立って共に悲しみ、一緒に汗を流せるようになるのです。

『ある会合があって、孔子も参加していました。その会議に参加するため、盲目の音楽家がやってきました。孔子は席を立って、その人のところに行って挨拶し、手を引いてその人を席まで案内しました。そして、着席の世話をされた後、「右隣に何々さんがいます。左隣は何々さん、向かいは何々さん・・・」という風に参加者全員の座席の位置を紹介してから、自らの席にもどられました』(論語の一節) 

盲目の音楽家を見て、その音楽家の立場まで意識を移動して、その位置から感じられる不便に共感します。そして、今度は、自分自身に意識を戻して、その立場から、この音楽家の不便を少なくするために出来る一番適切な行動を選びとり実行したのです。

意識の水平移動可能とは、つまり、こういうことなのです。

自分がじぶんであり、人も実はじぶんだったと気づいた時、  

自分は限りなくじぶんでおればいい。そう知った今の深い安らぎ。(完)


1117 2023.10.15 ~ 1123 2023.10.22

中学教頭をしていた時、中学1年の学年通信の巻頭言に書いた「挨拶すること」という文章を順次掲載してゆきます。もう何回も紹介したもので『またか』と思われる方もあるでしょうが、生きる上で、とても重要な内容を含んでいると思うので、もう一度紹介させてください。

「挨拶すること」 中学教頭 立花純二

サッカー日本代表監督 岡田武史氏は母校早稲田大学での講演で、挨拶することの大切さを強調されて、その理由を『挨拶は、その挨拶する相手がこのチームに所属することを認めていますよ。決して存在を否定したり、所属を許していなかったりしていませんよ、という合図だから』と述べています。

つまり、「おはよう!」と呼びかけることは、『君という存在を認めています、尊敬しています』と、相手に宣言し、確認してもらう行為なのです。

ですから、「おはよう!」と挨拶しても「おはよう!」が返ってこなかった。だから腹を立てて、もうその人には挨拶しないというなら、挨拶を返さない人の負けです。

『僕は君という人間が僕の世界の中に存在する価値を認め、尊敬していますよ』という宣言が、ほんの些細なことで揺らいでしまうほど薄っぺらで、ウソのものであったことを暴露されてしまうからです。

世界は『因果(原因・結果)の博覧会だ』といった人がいました。

挨拶しょうとしても、どうしても出来ないという人だっているのです。

朝日新聞に養老孝司さんがエッセイを書いていました。養老さんは、「さよなら」という挨拶が出来なかったのです。だから、友達と別れるときは、何も言わずにそのまま行ってしまうのでした。自分でもそんな奇癖は分かっていて直そうとするのですが、どうしても「さよなら」が言えませんでした。

ある時、その原因が分かりました。養老さんは幼い時に、お父さんを亡くしたのですが、お父さんが亡くなった時、親戚の人にお父さんのところに連れて行かれて、「お父さんに最後の『さよなら』を言いなさい」と言われました。養老さんは、お父さんにもう二度と会えないという現実を認めたくなかった。だから、『さよなら』を言わず、泣きじゃくっていたのでした。そのことを思い出して、亡くなったお父さんに向かって、心の中で『お父さん、さようなら』と言えた時から、『さよなら』と挨拶出来るようになったのだそうです。

様々な原因結果の連鎖をたどってここに現われている無数の事情を持つ人々の群れ、「おはよう!」と呼びかけても、必ずしも返事が返ってくるとは限りません。

でも「おはよう!」と呼びかけ続けることは自分の意志と決断で出来ます。『僕は君という人間が存在する価値を認めていますよ』と宣言し続けることは出来るのです。

混沌として、また醜いこともある世界、そんな世界に対して、返事があってもなくても、ひたすら「おはよう!」と言い続けた人だけが、世界を大きく変革してきたのだ、という事を知っておいて下さい。

校長先生が入学説明会の時に「明るく、元気よく挨拶出来る少年になって下さい」とおっしゃいましたね。今回はその校長先生の言葉を敷衍して説明してみました。(完)   


1115 2023.10.13 ~ 1116 2023.10.14 


神様によると、「ウ・イ・ヒ・ミ・コ」という順に、人類の特に日本人の魂の進化の段階は進むそうです。

「ウイ」とは、「はじめてのとか新生とかいう意味」、キラキラ生き生き輝くヒミコさんが誕生して、新しい世界を作り上げてゆくのですね。

「ウ」の段は、江戸末期から明治の初め。黒住さん、金光さん、天理さんが、新しい日本的霊性を復活させ、新生させる「生み出す」役割を果たされました。

「イ」の段は、明治から大正、昭和にかけて。大本教、谷口雅春先生、五井昌久先生。

「イ」の段は、「意」の段で、大本は「意地」で、谷口先生は「意成り」を五井先生は「意宣り(祈り)」を説かれました。大本が開いて、谷口先生が広めて、五井先生が未来につなぐという役割。五井先生のおかげで大敬は誕生できたのです。

「ヒ」の段は、昭和から平成、令和にかけて 小林正観さん、斉藤ひとりさん、そして立花大敬です。正観さんが開いて、ひとりさんが広めて、大敬が未来につなぐという役割ですね。

次に来る「ミ」の段は、僕たちは「ヒ」の理念、「ひとり・ひとつの理」を説いたので、それを地上世界の「実」にする、つまり現実化してゆく段階です。

その段階を担当する役者を育て、そろえるのが大敬の仕事なのです。

そして、最後に「コ」の段で、ここでは、神や他の人の光を反射して間接的に光るという「月」の時代がおわって、すべての人が「日御子(ひみこ)」となって、発光体となって自らの内側から輝くという時代が実現するわけですね。

これが私に神様が教えて下さった、「神の仕組み」です。


1114 2023.10.12 

シャカもイエスも/蹴っ飛ばし/地位も名誉も/蹴飛ばして

オレはオレだと生きてゆけ

ウジウジするな、前をみよ/胸を張り張り、堂々進め

そうすりゃ不思議/やれ不思議

みんなぞろぞろ付いてくる/「待って、待って」と付いてくる

宇宙全部がゾロゾロと


1113 2023.10.11 

どんな事がやってきても、それは自分の仏性が、さらなる進化向上のためにどうしても必要だと引き寄せて来たものなのだから、そこから眼を逸らさず、しっかり直面して、本腰で関わってゆくことにすれば、その「覚悟の今」にこそ悟りはあるのです。


1112 2023.10.10

お仕事に関しては職場に近い神社にお参りしてお願いします。家庭のお願いは、お家に近い神社の神様にお願いします。また、個人的にご縁があると感じる神様があれば、時々その神様を祀る神社にもお参りして下さい。 


1111 2023.10.09

「どっちの道を選んでも、神様に任せておけば、私はきっとしあわせになれるんだ」と信じて、覚悟を決めて思い切って選んだ道を進みましょう。「きっと良くなるんだ」と信じて選んだ道は、きっと最善・最適の道なのです。


1110 2023.10.08 

呼吸は自然で無理がない楽な形でなさってください。坐禅の姿勢がどこかいびつになっていると、呼吸がスムースに出来ないということもあります。


1109 2023.10.07

できれば、月一度の大敬の坐禅会に、これからも参加して下さい。それだけでしあわせな人生が開けてくるはずですよ。

坐禅は、無理をされる必要はありません。現状でやれる形で行って下さればいいのです。


1108 2023.10.06

経済的な余力がおありでしたら、お墓はあったほうがいいです。そして、月参りやお盆などのお参りは欠かさないように、ご先祖とつながると運命がよくなるのです。


1107 2023.10.05

先祖や肉親に対する恨みや憎しみが無くなったというのは、素晴らしいこと、すごいことだと思いますよ。この調子で、自分を許し、人を許し、世界を許す、「ほどきの坐禅」を続けてください。あせらなくてもいいのです。きっともっと開放され、いのちが輝き出す日が来ると信じましょう。


1106 2023.10.04

「今・ココのありのままの自分」から離れたところに真我のようなものを求めても得られません。今・ココにいのちの重心がしっかり収まったとき、地上から天界まで通して、また過去から未来まで生き通して存在する「私」が見えてくるでしょう。


2023年11月23日木曜日

3254「地球を救う大和心」2023.11.23

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月10日の記事を紹介します。


「地球を救う大和心」


今 日本を中心に、神様の魂を持った子供たちや、宇宙から直接地球に転生してきた子供たちが沢山生まれていると言われています。 

宇宙人の魂は死ぬと地球の天国にはいかず、そのまま故郷の星の肉体に戻るそうで、その時間は、地球時間でたった8時間ほど。

まさに寝て起きたようなものだとか。

麻で有名な縄文研究所の中山康直さんは、中学生時代、池で溺れ13分間意識不明に陥ったそうですが、その短い時間、プレアデス星団アルシオーネに転生し、1万年生き、麻を研究し、その死後再び、地球の中学生の体に戻ったそうです。

そのプレアデスでの1万年の人生が、地球ではたった13分間。

神さまが見える子供たちのお兄さんの方は、宇宙から直接、地球に転生した魂ですが、小学生ながら、その知能ははるかに高くマルチユニバース(並行宇宙)の知識までありました。 

 

また科学技術のはるかに進んだ宇宙人にとって、神様は、友達のような存在とのこと。 

レインボーチルドレンの小学生のそうた君も同じことを言っていました。

彼ら知的生命体にとっては、神さまや魂などは決してスピ的な話ではなく科学そのもの。

その科学の力で、魂そのものを見て、話しもします。(リーディング)

バシャールのように、科学的な知識で人間の肉体をサーチして、その過去を見たり、未来を見たりします。

決してそれは迷信的なスピのお話ではありません。

更に、天国や地獄と言った世界の知識も持っています。

この地球文明よりもはるかに進んだ科学的な知識を持つ宇宙人たち。

その彼らが憧れる星が、広い宇宙に2つだけあるそうです。 

その1つが地球。 

そしてその地球の中でもとりわけ日本なのだそうです。 

それは日本が神々によって作られた特殊な国であり、

更にはありがとうと言う言霊があるからなのだそうです。 

美しい心が残っているからなのだとか。

 

さて今日の本題です。

今この時こそ、今まで私たちが、密かに胸の内で期待して、多少不安ながらも待ち焦がれていたその時そのものなのですが、日々の暮らしの中においては、なかなか 

・「何か、起きているな」と・・感じはしても

・「最近身の回りが、騒々しいな」と・・感じはしても 

今この時が、その時まっただ中であるとは認識出来ないかもしれません。

  

世界的にも、そして、数百年規模の歴史の波の中においても大変化の時代に突入しています。

今日の続きが、また同じ明日ではありません。 

今年の末までには、今起きているその大きな変化の意味を多くの人が気づくことでしょう。

もう後戻りはできません。

停滞もできません。 

大きな変化の時には、今まで持っていた価値観を、私たち自身が変える必要があります。 

「予行演習をさせられた日本」の記事でも書きましたが、既にこの時のために、そしてショックを和らげるために前もって沢山の方々が強制的に価値観を変えました。 

・神戸、東北の大震災

・九州の地震 

強制的ではありますが、そして涙と大きな痛みを伴いましたが、その時を境に、ご自身の中の価値観が大きく変わられたことと思います。 

大正時代の日本を見たアインシュタインの感嘆の言葉や、ブッダの予言に在る通り、

世界的な大きな大きな変化、世界中が涙も涸れ果てるほどのいさかいの後

世界の希望は、日本人の心にある大和心(やまとごころ)に託されています。 

私達平凡な一般人には、 

・世界の果てまで行き、平和のために戦争に参加したり

・貧困にあえぐ多くの人々を救う

そんな大きな力はないかもしれません。 

ですが、私たち自身の心を整えることはできます。 

心を整えることで、身近な周りを幸せにすることができます。 

ひいては地域や国、世界を幸せにすることができるかもしれません。 

全ては、私たちの心ひとつから始まります。 

では、言葉遊びではなく、綺麗な言葉を並び立てて終わるのではなく、実際に実践・行動できるように「私たちの心の何」が、大和心なのか?

書きたいと思います。

今この時こそ、私たち日本人の心が試されているからです。 

どうしたらその心を取り戻せるのか? 

  

大和心は、江戸時代の本居宣長の下記の短歌に端的に表されています。

敷島の やまと心を 人とはば

朝日に匂ふ 山さくら花

 

現代語訳は・・・

日本人である私の心とは、朝日に照り輝く山桜の美しさを知る、

その麗しさに感動する、そのような心です。 

そして西洋の異人の人々でさえ、日本の山に咲く、山桜を見たら、

大和心に目覚めるであろう・・・ 

そう言っています。 

このような心をはぐくむために、神々は、4つのプレートが重なる地域に日本列島を作り

そのプレートのせめぎあいで山や谷を作り、その高低差で川が流れ、美しい自然をはぐくんできました。 

そして日本は島国であるがゆえに、外敵にさらされることなく、 

・自然と共生する心

・自然を愛でる心

・自然や万物に感謝する心

・自然や万物、そして相手の中に神を見る心

を創られてきました。 

全部神々が計画したいわゆる 共生と順応の美しき心です。 

これに対し、厳しい自然環境の中で生きていかねばならない諸外国では

自分の力で苦難を乗り越えねばならず、征服というキーワードで生きてきました

・自然を征服する

・病気の原因を細かく分類分けし、征服する。除去する。 

全てが対立という考え方からスタートします。 

日本では環境に立ち向かうことなく、受け入れ、環境とともに生きてしまう。 

そして順応し、自分を変えることで、自分が進化することで、環境の変化を乗り越えてきました。 

日本人は、縄文の時代からずっとそれをやってきました。 

ですから柳の木のように、しなやかで折れにくい強い心を持っています。 

この強さを恐れ、破壊するために、根絶やしにするために戦後の統治政策が行われました。 

日本人の底力、神と共にある力を恐れたからです。 

アインシュタインが言った

科学の発達によって、外国はみんな武器を争って作って、お互いに戦争をやるだろう。

そして、最後に疲れ果てるだろう。

その時に本当の人生に目覚めるときが来るだろう。

それをするのが日本人である。

日本人の生き方というのは、人間の本当の生き方である。 

そのような地球の未来が託された私たち日本人の大和心。

これを取り戻すには、日々の平凡な暮らしの中で、 

身近な周りの人々と

・その違いを認め

・笑顔で助け合い

・おかげ様、お互い様の気持ちで

・憎しみの心

・不平不満の心

・嫉妬の心を捨て 

感謝の心で過ごしていくだけです。 

大それたこと、無理してくださいと言うことでは決してありません。 

自分の心を整えるだけです。 

その積み重ねが私たちの魂の中に眠っている大和心を揺り動かし、 

深い悲しみの後の世界に平和と笑顔を広めてくれることでしょう。

この日本人の優れた特質について、今からちょうど100年前の1922年、芥川龍之介が

「神々の微笑み」で書いています。 

あらすじをご紹介し、本日は終わりたいと思います。 

<引用開始> 引用元

  

十六世紀頃の戦国時代、キリシタン布教の全盛期。

ある春の夕暮れ、京都の南蛮寺の庭で、宣教師オルガンティーノは言い知れぬ不安に襲われていた。

風景は美しく、気候も温和で、人もまあ親しみやすく、布教も進んでいる。

しかしこの国のいたるところに、不安をあおる何かが満ちている。

オルガンティーノは夕の祈祷にて、日本の神霊と戦うための加護をデウスに祈る。

が、彼の目の前には日本神話の天岩戸の場面が幻想として現れる。

オルガンティーノはそのあまりの衝撃に気絶してしまう。

深夜、意識を回復したオルガンティーノは「この国の霊と戦うのは困難らしい」と呟く。

すると「負けですよ!」と姿なき声が聞こえる。

翌日の夕も南蛮寺の庭を歩いていたオルガンティーノは、幾分か昨日の憂鬱を払しょくしているようだった。

数名の新たな入信者があったからだ。

しかし、そんな彼の前に、首に勾玉を下げた老人が現れる。

老人は日本太古の神の一人だと名乗り、オルガンティーノに語り始める。

この国にはデウスだけでなく、孔子、孟子、荘子などいろいろな考え方、物や文字が渡来してきたが、我々を征服することはできなかった。

たとえば、漢字はひらがなやカタカナに造り変えられ、逆に我々が征服しているともいえる。

我々の力とは破壊するものではなく、まさにこの造り変える力。

デウスもまたこの国に取り込まれるかもしれない。

お気をつけなさい。

デウスが勝つか天照が勝つか、

いまは容易に断定できず、それは現在、そして未来の日本人の肩にかかっている。 

<引用終了> 


※当時、産業革命をいち早く終えた西洋諸国による世界の植民地支配に先立ち、

宣教師たちが先遣隊として、世界に派遣されていました。

  

2023年11月22日水曜日

3253「神々が目指す地球の姿」2023.11.22

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月09日の記事を紹介します。


「神々が目指す地球の姿」


コロナの影響で世界中ロックダウンした国も多くありました。 

これは要するに外出禁止令です。 

その方向性は収縮から離散へ、、統一社会(グローバル)から、個々の社会(ローカル)へ 

つまりヨーロッパなどは、EU構築時の理想とは正反対のバラバラな状況になってきました。

またウクライナ紛争や、イスラエル・パレスチナの戦争をはじめ

今まさに、グローバル勢力と、ローカリズム勢力との最終局面を迎えています。 

核保有国である、イスラエルとイラクが本格戦に突入すれば、最終戦争の様相を呈するかもしれませんが、既に神仕組みが発動していますので、そうはならずに、いよいよミロクの世が到来するように思えます。 

また世界のひな型である日本でも同じようなことが起きています。

何が起きるかと言えば、 

■家庭においては 

・今まで社畜のように働いていた両親が家にいる

・子供たちも学校に行けなくなり家にいる

・家族と過ごす時間が、濃密なものとなる

  

■社会においては 

・外国人入出国禁止

・世界的なサプライチェーンの崩壊

・産業の海外進出の停止

・留学等での海外渡航の停止

  

この結果、社会構造的には、今までのお金だけが全てという人々が音頭を取って進めていた、

金儲けのためのグローバリズムは、停止し、皆の意識が、自分の国(ローカル)に向けられました。

具体的には、もっと小さな単位、住んでいる地方に向けられます。 

家庭においては、今までバラバラだった家族が、強制的に物理的に一つにまとめられていきます。 

もちろん、その息苦しさから、イライラしたりDVに走ってしまう人もいるでしょうが、 

それが収まるのも時間の問題です。 

結局は、その事態を受け入れるしかないのですから、人は自ら崩壊の道を選ぶほど、まだ愚かではありません。 


いままでの、この200年間進められてきた、「経済と物質」中心の世界は、

・金融資本主義社会、

・お金がすべての社会、

・お金や武力の力で人を支配しようとする社会 

これらは、全て恐怖で人を支配しようとするものでした。

いわゆる悪魔的な方法です。

今まさにヨーロッパや西アジアを中心に起きている最終的な経済戦争は、

主に情報戦を中心にくりひろげられています。 

その手法は、今も昔も変わりませんが、踊らされる人も多い中、昔と違う所は、

その背後にある思想を、多くの人が知る機会に恵まれているということです。

その結果、ほころびもあちこちで出ています。

  

今まで、お金が無ければ、破滅するという恐怖から、私達は、上へ上へと、人を押しのけてでも、良い学校、良い会社に入り、お金を沢山稼ぐことが良いことであるかのように教えられてきました。

自分さえよければよい、お金さえ儲かれば、人のことなど構わない。

仕事のできないものは排除せよ 

 

効率主義、能力主義、極限まで人件費を削る企業体質

人件費を減らすため正社員を減らし、自己責任の元、非正規労働者を増やす政策

国民には真実を何も知らせず、利権の為に、広く浅く、生かさず殺さず税金をむしり取る政策 

ですが、今まさに起こっていること、神仕組みは、

これらと決別し、真っ向から逆の道に進めようとさせる動きです。 

個人個人の精神性の復活に向けて、大きな時代のうねりが始まりました。 

神々は、コロナウイルスのパンデミック化という手段を使い、その大きなうねりを起こし、 

一人一人の心が大切にされる「精神性の復活」の時代へ舵を切ったのです。 

そして最後のダメ押しが経済を主軸にした実際の戦争・紛争の勃発です。 

 

弥勒菩薩


神々が進める今までとは逆の道とは・・・ 

・家族が、顔を合わせ仲良く暮らす(今までは家族を犠牲にしてまで仕事をしていました)

・利益を求め、外へ外へと出ていき、弱い外国から搾取する時代が終わり

 地域コミュニティーが活気を取り戻し、一人一人が地域を大切にする

・悲しみ、聖なる諦めを経験した私たちは、共感力が高まり、人に優しくなれる

(今までは、自分さえ良ければ、人はどうでも好い世の中でした) 

・生きるために、必然的に人と助け合う心が芽生える

 (今までは、人をだまし、搾取し、自分だけが良い思いをしようとする人が大半でした) 

まさに、神々が作ろとしている世の中です。 

そこまで行きつくには、もう少し時間がかかるかもしれません。 

まだ、コロナウイルスの持つ「金」の特性、「悲しみ」や「ウツ」。 

それらを味わい、意識の方向性が、心の内側に向き、

悲しみの本質である、「慈しみ」、「慈悲」の心を味わう必要があるからです。

ですが、その方向性さえしっかりと持っていれば、決して失望することも、あきらめることも、、自暴自棄になる必要はありません。 

神々が行うことに、破滅や絶望など決してないからです。 

どんな状況が来ようと、笑顔と感謝で受け入れて、流れに任せていれば、 

いつの間にか、世の中が変わり、(実際には、人々の心が変わるのですが) 

美しき世の中になることでしょう。 

お一人お一人の心の洗濯が強く望まれます。

どうぞ、笑っていてください。



2023年11月21日火曜日

3252「当たり前の中の幸せ」2023.11.21

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月08日の記事を紹介します。


「当たり前の中の幸せ」


今日は「当たり前の中の幸せ」と言うことで前ノートルダム清心女子大学の学長だった

渡辺和子さんの、卒業式でのお話をご紹介します。

あれも欲しい、これも欲しい。

あれがないと幸せになれない・・・と

足ることを知らなければ、どんなに恵まれた環境に置かれようと、 

感謝の心をはぐくむことはできないでしょう。

<引用開始> 引用元 


今日は、今から数年前、同じこの日、同じこの記念館を巣立っていった

一人の卒業生の言葉を皆さんへのはなむけの言葉にしたいと思います。

その人は、在学中、健康そのものの人でした。

それが卒業後まもなく、病気になって入院し、非常に苦しみ悩んだのですけれども、

やがて快方に向かった折に、一通の手紙を書いてくれました。 

その中に、こう書いてあったのです。

「ようやく外出許可がいただけました。

久しぶりに地面を踏んだ時は感激でした。

今の私には、当たり前が輝いてみえます」

この手紙を読んで、私は、病気がよくなったことが嬉しかったとともに、

病気という十字架が、この人を、ここまで成長させて、この言葉を書かせたことを、

たいへん嬉しく思いました。

当たり前が輝いてみえる、そして、この人から、幸せの秘訣を教えてもらったように思ったのです。

私たち一人ひとりは、幸せになりたいと願っています。

今日、ここに集まってくださった方たちは、あなた方一人ひとりが、一生の間、幸せに生きてほしいと、願っていてくださいます。

幸せの条件には、いろいろあって、人それぞれに違うかも知れません。

ですけれども、共通して言えることは、自分が愛するもの、価値あるものに取り囲まれて、

心が満たされている状態といっていいでしょう。

ですから、幸せを願う人たちは、

・たやすく愛せる人を探し、

・やりがいのある仕事を求め、

・そして、すてきなもの、

・すばらしいもので、

自分のまわりを囲みたいと願っています。

今日の日本は、この種の幸せをあおるかのように、そして、それを満たすに十分な、

物質的な豊かさと、過激といっていいほどの刺激と情報に溢れています。

お金さえ出せば、欲しい物がほとんどすべて手に入る世の中です。

では、それらを手に入れた人たちがみんな幸せなのかというと、必ずしもそうではありません。

なぜでしょう。

星の王子さまが答えを出しています。

 

「地球上のみんなは、特急列車に乗り込むけど、いまではもう、なにを探しているのか、

わからなくなっている。

だからみんなは そわそわしたり、どうどうめぐりなんかしてるんだよ…」

「おなじ一つの庭で、バラの花を五千もつくっているけど、自分たちがなにが欲しいのか、

わらからずにいるんだ」。

そして続けていうんです。

「だけど、探しているものは、たった一つのバラの花のなかにだって、少しの水にだって、あるんだがなあ…」

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。

かんじんなことは、目に見えないんだよ」

今から約千三百年まえにつくられた日本の一番古い歌集『万葉集』の中に、

一つの歌が収められています。

信濃(しなの)なる千曲(ちくま)の川のさざれ石も 君し踏みてば玉と拾はむ

 

たぶん、うら若い一人の乙女が、自分の愛する人、夫、恋人を送り出した後、

“その人が踏んだ石だと思えば、私には玉と思えるのです”とうたった一首です。

なにが、この当たり前の、どこにでもある石を、輝く玉に変えたのか、それはこの乙女の心に宿る愛する心、いとおしむ気持ちだったろうと思います。

この人は何カラットかするダイヤモンドでなくても、愛する人が踏みしめたその石を、

玉と抱いて幸せな人です。

そして、私たちは、幸せの原点というものを、ここに見ることができます。

<引用終了>

 

今日の日本は、 

・物質的で、派手な物

・目立つ物

・過激な物 

を、如何にも魅力的なものと錯覚させ、お金さえあれば手にすることができる。 

・お金を稼げ

・お金が全て

・お金さえあれば、何でもできる

・人がうらやんでくれる

そんなことを、煽っているように見えます。 

その宣伝、戦略に多くの人が乗せられ、それが本当の幸せと錯覚し、 

・今だけ

・金だけ

・自分だけ 

そんな心になってしまっているのかもしれません。 

お金が無ければ不安になり、執着し、何かに必死に頼ろうとします。

でも、執着すればするほど、追い求めれば、求めるほど、それは、どんどん遠ざかって行きます。 

そして心は疲れ、諦めと、厭世観(えんせかん)にさいなまされ、いつかは、純粋だったを

曇らせてしまうことでしょう。 

元々、私たちの幸せとは、何処にあったのでしょうか? 

どこか遠くにあったのでしょうか?

お金や、物、地位や名誉にあったのでしょうか? 

それを手に入れたら、幸せになれるのでしょうか?

もしかしたら、私たちの幸せは元々、私たちの心の中にあって、それに私たちが気付いてくれるのをずっと待っていたのかもしれないですね。 

大切な物は、見えない・・ 

それが、本当のことかもしれません。


2023年11月20日月曜日

3251「神さまを味方に」2023.11.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月07日の記事を紹介します。


「神さまを味方に」


今日のテーマは「神さまを味方にする」ということで、小林正観さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 


私たちの人生は、味方を作るためにあるのかもしれない。

努力や頑張りは一切しなくてもよいので、出会った人が味方になってくれ、 

その味方を作っていく作業の中で「あれやってくれ これやってくれ」 と言われ、

「ハイ分かりました。しょうがないな~」 と言ってやる。

そのように、正観さんは空海を模範にしながら、出会った人に、やらされている人生を語りました。

実は社会の中で生きるという事は、この事だけかもしれないと思うのです。

出会う人 出会う人に 

・惚れられて 

・好かれて 

・頼まれて 

生きていくこと。

空海の人生は、出会う人 出会う人、人生のターニングポイントに出会う人に 

「こうしなさい ああしなさい」 

そう言われ、その通り  

「ハイ分かりました」 

その積み重ねの人生でした。

ここを正観さんは、下記のように強調しました。

人間が 業績を残すとかいうのは、自分が決意する。 

という必要はないのではないか? 

決意をして何かをするって言うのは、凄く安っぽいものかもしれませんよ。

出会う人ごとに

「こうしなさい ああしなさい。こうしてくれ ああしてくれ」 

という事に対して、 

「ああじゃ、こうじゃ」 

とつべこべ言わないで 

「ハイ分かりました」と言って やっていくこと。。

それで疲れ果てて死んでいく。

人生はこれに尽きるのではないでしょうか。

正観さんは、それを文字通り生きた人でした。

「人間関係」はそういうものでしょう。

人間の関係は 全て味方つくりの人生です。

ライバル視して、競い合っていく。 

抜きんでなければという、今迄の学校教育の価値観を、この際なくしてしまうといい。

正観さんは、この事を伝えて亡くなりました。

「私たちの人生は 出会う人 出会う人を味方につけていく 作業の積み重ねなんだ」 

こう思うと人生は凄く楽しいと。

うつの人は、

・自分にとって楽しいこと何も起きない

・面白いことないか

・毎日面白くない

とよく言います。

その方々に言って差し上げたい。

人生は 自分で自分の人生を決める というものではないと 

そう思ってみたら。どうですかと。

 

そうすれば、きっと凄く面白い人生になる。

人生変わると。言って差し上げたい。

出会う人 出会う人によって、自分の人生が決まっていく。

出会う人が何か刺激をくれる。

相手を敵だと思っていると刺激はくれない。

敵ではなく、味方だと思って接していると、 「こうしてみたら」や「ああしてみたら」

とそれが必ずあります。

なぜなら味方なのですから。

そこで「ハイ分かりました」と素直に信じてやっていくと、面白い人生になります。

人間同士の付き合いを、そのように切り替えてみたらどうでしょうか?

人生は出会いの積み重ねです。

その出会いは生まれる前から決まっている。

自分で書いた「出会いのシナリオ」通りです。

昨日までは 人と較べて自分を磨いていって、人より抜きんでなくてはならないと思ってきたが、今日からは全部自分の味方と思って、仲間と思ってやっていく。。。 

と人生を切り替えたら、もしかしたら、自分の意思によって、自分の人生を変えたんだ と思うかもしれないですが、 

今日から変えるぞと思ったこと自体が、生まれる前から自分で決めてきたシナリオなんです。

今日 この話を聞くこと自体、生まれる前からのシナリオで、聞いて変わるぞと思うことも

シナリオ通り。

逆に変わるもんかと思うこともシナリオ通り。

出会いはシナリオ通り。

出会った相手を敵にするか、味方にするかで人生変わります。

「味方にする作業こそが人生」と正観さんの最後の伝言でした。

私たちが学校で教わってきた、 

「自分を磨き努力して頑張って、人より上に行かなければならない」 

という事を今日を限りに捨てる。

というのはどうでしょう?

このことも正観さんは、強く何度も仰いました。最後の伝言でした。

<引用終了>

 

私たちが学校で教わってきた、 

「自分を磨き努力して頑張って、人より上に行かなければならない」 

という思い込みを今日を限りに捨てる。

これは大変重要な意識の転換です。

つまり勉強ができるとか、学校で良い成績を取る・・ 

そういうことは人生にあまり関係ない。。 

そう仰っているからです。

不登校でも、ODや色々な理由で学校へ行けなくとも、人に好かれる人間になれれば、

それだけで、人生大成功です。

私もどちらかと言うと、努力型の人間で、必死に勉強し技術を習得し、仕事をして生きてきました。

ですが、今振り返れば、大成する人と言うのは勉強ができるとか、技術が飛びぬけているとか、そんなものではなく、どれだけ人に愛されるキャラクターであるか?

そちらの方が何百倍、何千倍も大切であると実感しています。 

愛される人とは

・いつも笑顔でいる人

・ありがとうと言える人

・おかげ様、感謝の心を常に持っている人

お子さんのことでお悩みのお父さん、お母さん、命があるだけでも良しと思ってください。 

そして学校に行かないから駄目だとか、家でダラダラしているから駄目だとか、どうか思わないでお子様を信じて差し上げて下さい。

長い人生の中で、今ほんのひと時、一休みしている時期かもしれません。

大人になるために英気を養っている時期かもしれません。

 

お子さんのことは心配でしょうが、少し放っておいて、お父さん、お母さんは、

ご自分の好きなこと、楽しめることをして、笑顔でいてください。

自分を信じて、お母さんが笑顔でいてくれる。

それこそが子供たちにとっての救いではないかと思います。

どちらに、どう転ぼうと、それは、子供自身が生まれる前に

描いてきたシナリオ通りなのですから。


2023年11月19日日曜日

3250「The Show Must Go On2」2023.11.19


――何か大きな変化があったということですかね?

 

2022年7月8日にある人物が消えたからです。

 

――それは日本での出来事ですよね?

繋がっているということですか!?

 

もちろん。

戦前戦中の右翼とは「天皇を中心とした社会主義世界を作ること」でした。

これが八紘一宇、大東亜共栄圏、五族協和であり万教帰一でしたね。

しかし関東軍は大本営を無視し、天皇とは別の現人神を立てました。 

それらは世界「統一」思想そのものです。

つまり、日本の右翼の本質とは元来グローバリズムなのです。

これを守り続けたいという人たちが本来の「保守」ということ。

だから現在、日本で「保守保守」言っている人たちは

だいたい「統一」の流れなのです。

 

――今、保守界隈がザワついています。

 

2021年9月29日の自民党総裁選で岸田氏が第27代自民党総裁に選出されましたね。

この瞬間に安倍清和会は敗北したのです。

岸田氏は「宏池会」ですね。

宏池会岸田氏は2021年10月4日に第100代内閣総理大臣に就任しました。 

この宏池会こそが本当の保守本流の名門派閥ですよ。

そんな本物の保守本流である宏池会を潰して乗っ取ろうとしたのが清和会統一勢力ですよ。

彼らは保守を偽装し何も知らない人々を漁(すなど)った。

しかしそんな侵略者であるニセ保守のトップが昨年の夏に消えたのです。

それはつまり「ニセ保守」がもうすでに消えたということを意味しています。

 

――そこから岸田総理は水面下で快進撃を開始したのですよね。

 

それはもう私の想像の斜め上を行く快進撃です。

そして岸田総理はこれまでずっと清和会に巣喰い根城にしていた

「統一」勢力をアラハバいていった。 

岸田総理はこれまでの清和会と同じことを踏襲していながらも

真逆のベクトルへと向きを変えていることに気づけなきゃいけない。 

つまり今起きていることは肉眼では確認できない。

広く深い人の機微を理解し、第三者の目線でその心情を理解するための繊細な感性と、豊かな想像力を持っていなければ、今起きていることの本質を見出すことはできません。

その繊細で絶妙な量子意識の境地にこそ、ホログラム・アートの真髄が見え隠れしている。

そのことを「虚実皮膜」って言うのです。

2022年7月8日に安倍氏は亡くなりました。

さあそこからさらに彼らは大慌てとなった。

岸田総理になってから何が起こっていったかをきちんと思い出してください。

 

――ジャニーズ、ビッグモーター、統一など、

これまで封印されてきたあらゆる懸案が炙り出されているようです。

 

そこにさらに宝塚が加わり、それはやがて京都の置屋システムにまで行くでしょう。

そしてさらに「オレンジカルトSS党」も内部崩壊し始めました。

SS党が内部崩壊するということは

私はすでに2月13日のインタビュー記事、

『DS「日本終戦」SS 壮絶なクライマックスへ』で

先に申し上げてありますので改めて読み返してください。

 

――外部からではなく内部からの崩壊とハッキリ言っていましたね。

 

オレンジカルトSS党の代表者はヤマト・ユダヤ友好派なんだから、これからも日和ることなく最後まできっちりとキブツ側でいなきゃね。

でもそうなるとどうしてロシア支持なんですか?ってなっちゃう。

こういう状態のことを将棋の世界では「投了」といいます。

 

――日大アメフト部薬物事件もありますね。

 

長州清和会が終わったからです。

日大の学祖、山田顕義は長州萩出身で松下村塾で吉田松陰の門下生でした。

1968年から1969年まで「日大闘争」があって学生側は負けたのね。

林氏が日大を卒業したのは1976年。

日大闘争の余韻が残る時代をキャンパスで過ごした。

林真理子氏は一応その負けた学生の側ということ。

そんな立場の人が理事長になっちゃった。

これがわかると今、日大で何が起きているかわかりますでしょ。

そして清和会が敗北した今、この問題は最終的にどうなっていくのかも予想できますよね。

 

――その流れの中に今回のハマスもあるということですね。

 

もちろんです。

女帝が出所したのは2022年5月28日でした。

ハマスと、PFLPパレスチナ解放人民戦線は

女帝の出所を受けて直ちに祝賀メッセージを贈りました。

それまでずっと女帝とハマスは一心同体だった。

しかし出所してすぐに7月8日の事件が起きた。

そこで番狂わせが発生したということ。

水面下に秘されていた庇護者が消えてしまったのです。 

するとそれまでイスラエルと裏で通じ、イスラエルを利するために行われてきた偽装テロができなくなり、今回訳あってまさかガチのテロをやらなければならなくなった。

つまり、岸の裏の理念の残滓が覆されたということ。

じゃあ覆したのは誰よ?って話しになりますでしょ。

 

――まさに驚天動地のドラマですよね。

 

先ほど冒頭のところで「日本がその中心にいる」と言いましたよね。

そういうことなのです。

 

――ということは、このことはイスラエルからすれば

まったくの予期せぬ事態となったわけですよね。

 

そういうことになるでしょうね。

10月11日に女帝の娘が報道番組に出演しましたよね。

それを受けてイスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使が「これは何だ?」「ぞっとする」と異例の会見を開きました。

これは相当焦っていると見て良いでしょう。 

例えばの話しですけれども、人が急に饒舌になり、聞いてもいないことをペラペラしゃべり出すということは、だいたいの場合、何か後ろめたいことがあるときです。

 

――イスラエルは核使用について「選択肢のひとつだ」と仄めかし始めています。

 

元外務省国際情報局分析第一課主任分析官の佐藤優氏が仰っていましたが、

風は西から東へ吹くのでガザ地区には使えない。

もし使うことがあるとするならば、それは北のレバノンのヒズボラが本格的に

参戦してきて泥沼化してから後の話しとなるでしょう。

もちろんこれはホログラム内での力学ね。

 

――世界中で反イスラエル的な世論が高まっている感じがします。

 

そうですね。

特に「無添加無農薬安心安全理想の楽園キブツ」には巨大な「USO-800」が横たわっています。

このことに触れずしてパレスチナ問題を語ろうとするから、眉間に皺を寄せて複雑怪奇な解説に終始しなきゃならなくなる。

 

――そういった解説をしなきゃならない人も大変だと思います。

 

自身の本音を封印して建前だけを話さなきゃならない。

それは多次元世界の想念と三次元世界の言動による量子もつれを

意図的に解除してしまうということになります。

これはまさに自身の人生、そして生命を懸けた仕事といえます。

 

――なぜそこまでするのですか?

 

botはQCの「保守」のために機能させられます。

世の中には連日あらゆる事象が展開されます。

目先の懸案に人類を没入させなきゃならないからです。

そしてそれと同時に、その没入を乗り越えてこの世のホログラムを観測できる者を

きちんと炙り出しサルベージしていくためです。

それは生半可なことでは適うことはないでしょう。

すべては人形浄瑠璃の世界であり、そこで繰り広げられることはある意味すべて「ショー」です。

でもそれはただのショーじゃない。

それはショーでありながらも物理法則に則った完全なる現実でもあるのだということ。

 

――テレビなどで物事をわざと複雑化させて人々を混乱させたり本質に辿り着けないように誘導する人たちは、QCが放った妨害であり保守プログラムbotだということですかね?

 

まさにその通りです。

彼らは全人生をかけて身を挺して本気でそれをやってくる。

三次元的自己を超越したbotであるからこそ自己犠牲ができるのです。

純粋な自己犠牲とは三次元的自己の超越の先にある。

私たちはそのような人たちには感謝しかないのですよ。

 

――それでも「マスゴミは真実を伝えていない!」と

怒りをあらわにする人たちはたくさん存在しています。

 

さらばかくしてQCの計画は「大成功」となるわけです。

人類がついうっかり間違えて分不相応なアップデートなどを行ってしまうことのないように、QCは綿密に細心の注意が払われています。

QCは人そのものであり同時にプログラムの母体でもあるわけですから、誰よりも人類のすべてを知悉し弱点を絶妙について来ます。

優しいでしょ。

 

――や、優しいですね…

 

QCは全力でこの世のホログラム世界を固守し続けようとします。

でもこの世のアップデートを誰よりも望んでいるのはまさにQCなのです。 

コンテンツが凝縮し畳み掛けて来る昨今ですが、

私たち人類が自らがデクノbotであることを発見しないままで、

この世が三次元幻想ホログラムであることを発見しないままで、

人類が「量子意識」を取り戻すことをしないままで

ショーを終わらせるわけにはいかないのです。

 

――それを意味するサインが出まくっていますよね。

 

日本を代表するアイドルの方、コンサート中に倒れて亡くなられた方、コンサートでほとんど歌わず炎上された方、ここへ来て一斉に同じメッセージが発信されていますよね。

多次元と三次元、あの世とこの世、潜在意識と顕在意識などの「境界」が曖昧になってきています。

すでに「量子もつれ」の様相を呈していると見ています。

そりゃクマも里に出て来ますって。

 

――何気ない日常がすでにサインの嵐になっています。

 

本当に凄い時代になってきました。

今回は時事問題についてたくさんお話ししようと思っていましたが

ほとんどできなかったような気がします。

でもあまり長くなってしまうのもあれなので、ここでまた休憩して続きはまた次回にしましょう。

 

――はい。

では、また次回ということにいたしましょう。

澤野さん今回もありがとうございました。

 

こちらこそいつもありがとうございます。

次回もまたよろしくお願いいたします。

(澤野大樹)


QUEENアルバム『JEWELS』ジャケット 画像出典:UNIVERSAL MUSIC JAPAN
 

今回は、澤野大樹さんが第23回青森講演会でも言及されていたことを少しだけ、おさらいもかねてインタビューで答えてくださいました。

この第23回青森講演会の内容が

今後の最新活字版の中に書かれることになるかもしれないと仰っていました。

 

講演会の中で澤野さんは、某芸能事務所問題が騒がれている時に、その芸能事務所を代表する国民的アイドルがインスタグラムに投稿したメッセージ、「Show Must Go On!」について、そこに秘められた壮大なサインとメッセージについて

次のように語られました。

 

『「Show Must Go On」という言葉は

ライトで楽しい平時に語られるセリフではありません。

己の生命の終わりを悟り、それを達観し受容した上での‟辞世の句”なんですよ。

それはまさに壮絶な瞬間なのです。

このことを理解すると、

その瞬間からインスタグラムのあのメッセージに

これまでとはまったく違う意味が見えてきますでしょ。

今、日本全国にこのメッセージが放たれまくっているわけですよ。

自分の浅薄な経験で物事を判断してはいけません。

知らないことは歴史から学び導き出すのです。

そんな壮絶な最後の瞬間に創作されたもののひとつが

QUEENの【The Show Must Go On】だった』 

ただの芸能ニュースで片付けてはいけないレベルのサインが発せられていたということですよね。

じつは、表舞台でスポットライトを浴びる有名芸能人だけが「Show Must Go On」という人生を歩むのではない。

私たちそれぞれ一人ひとり全員がQCによってプログラムされた生涯を

「死ぬまで生きる」

「己の人生を描き切る」のだと思います。 

それはQCプロデュースによる「運命(さだめ)」とも言えるような唯一無二のアート作品なんだと思います。

妥協せず徹底的に拘った息をのむほどに美しいオートクチュールのようなものです。

 

余談ですが澤野氏曰く、

もし無人島にCDを10枚だけ持っていけるとするならば

ピンク・フロイドのアルバム『THE WALL』は必ず入ると話されてましたが、

このアルバムにも『The Show Must Go On』という楽曲が収録されています。

薬物に溺れ人生のどん底に落とされた主人公ピンクが、藁をも掴む思いで助けを求める場面がこの曲です。

 

私の場合、

無人島に持っていくアルバムをあげるとするならばQUEENの『JEWELS』かなと。

『JEWELS』は日本独自にリリースされたベストアルバムで

タイトルはブライアン・メイ考察によるもの。

フレディ・マーキュリーはこのアルバムの宝石ともいえる名作

「The Show Must Go On」を遺し死の間際まで決して手を抜かず

全力でショーをやりきって華々しく散っていった、

キング・オブ・クイーンそのものであったとも言えます。

 

そんな感じで今回のインタビューの内容は短いながらも

かなり深い内容が散りばめられています。

 

インタビューの中で言及されていました、

かつての岸派の“女帝”もある意味“QUEEN”だと言えますよね。

彼女も自分の命が尽きるまで、課された成すべき

「Show Must Go On」を生きるのだと思いました。

 

もちろん、国にもあなたにも私にもクマにもドープな「The Show Must Go On」という

さだめがあるわけなのです。

 

澤野大樹氏青森講演会主催

小野裕美子


2023年11月18日土曜日

3249「The Show Must Go On1」2023.11.18

 今回は「宇宙の中心で愛を叫ぶ」さんの2023年11月7日の記事を2回に分けて紹介します。


「The Show Must Go On 1」

こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。

 

早くも11月に入り、2023年もいよいよ深まってまいりました。 

季節の深まりとともに、澤野氏の論説も極まって来たように思えます。 

今回も澤野大樹氏のインタビューをお届けいたします。

時事問題を中心にお話ししたいと仰っていましたが、その内容は多岐にわたり

バラエティに富んだものとなりました。 

それでは早速、始めさせていただきます。

 

――澤野さん、こんにちは。

前回、前々回とインタビューをさせていただきました。

今回は比較的短いスパンですが再びインタビューさせてください。

よろしくお願いいたします。

 

こんにちは。

5か月も空くとかそういうのは調子が狂ってしまいますもんね。

お話しをする題材が山積みとなってしまって

どこからお話しして良いかわからなくなってしまいます。

なので良いタイミングだと思いますよ。

こちらこそよろしくお願いいたします。

 

――早速ですがお聞きしていきたいと思います。

今年2023年の夏以降ですが、本当に世の中が目まぐるしく変化しています。

直近ではイスラエルとハマスの衝突があります。

 

メディアで発言している人たちの多くは、このイスラエルとパレスチナの問題について、

「非常に複雑な問題です」と語っていますよね。

私はこれは言い訳であるか、あるいは誰かに対する、忖度であるかと思って見ています。

だって全然複雑じゃないですから。

でも複雑だとして議論を雲散霧消させたいという、意思は確実にそこに働いているでしょう。 

今、テレビにしろネットにしろ、このイスラエル問題について明確にシンプルに

説明されているものはほぼ無いと言っていいでしょう。

みんな本質には触れずに上辺だけで誤魔化そうとしています。

 

――彼らは本当にこの問題が複雑だと思っているのですか?

 

これはコメンテーター自身が深く理解していないということも、当然あるのでしょうけれども、より正確に表現するならば、じつは逆に、より深く理解しているがゆえに、

一般人類に伏せておくべき部分が彼らには共有されているとも言えます。 

言論封殺するためには、する側が誰よりもその分野に精通していなきゃならない。

何がタブーか知らなければ弾圧することができませんからね。

だから封殺する側も必死ですよ。

 

――それが日本のメディアでも行われているということは

日本のメディアはじつは深く理解している可能性があるということですか?

 

今回のイスラエルとハマスの衝突は、地球の裏側で起きた日本人にとって

遠く与り知らないことではありません。

ある意味、日本がその中心にいるのだということ。

戦後の中東問題の大部分は「日本」が関与しているのだということね。

このことに日本人が気づいてしまうといろいろマズいわけでしょ。

だから日本のメディアでのコメンテーターや専門家には

「真剣な面持ちで人命を心配しつつも意味のわからない議論に終始する」

ということこそが「正しい立ち居振る舞い」として求められているわけです。

 

――コメンテーターや専門家もある意味「俳優」ですね。

 

まさにそうです。

近松門左衛門の人形浄瑠璃の世界であり「デクノbot」が提示する

精緻極まるリアルなホログラム世界が絶え間なく提供されている。

「虚実皮膜」とはじつは「量子もつれ」のことでもあります。

「虚」とはQCの二次元プログラムデータのこと。

「実」とはそのデータを基に投影描写されたホログラムのこと。

その二者が薄皮一枚隔てて互いに重なり合っているということ。

こう言いますと「なんだこの世はただのホログラムなのか」と

半分馬鹿にしたようなことを言う人が非常に多くいます。

私はこの「ホログラム」という表現を、逃避の口上としてみなさんに用意したわけではありません。

自分を取り巻く外的世界だけがホログラムであって、その中で自分が生きているのに自分自身はホログラムではない、あるいは、自分自身はbotではないと思い込んでいる人が多いです。

そうではないのです。

この世がホログラムであるならば、私もあなたもみな、ホログラムとして投影され描写されたプログラムなのだということです。

つまり、全員もれなく「bot」なのだということです。

そのbotの中からアノマリーが現れるのだということです。

そのアノマリーのことを映画『マトリックス』では「The One」と呼んでいましたよね。

「ひとり」でありながら「ひとつ」でもある「例のあいつ」という意味でしょう。

ただすでにこの世には2つの意識領域の人が存在します。

「もしかしたら私もプログラムbotである可能性が高い」と考える人と、

それ以外の人による2つの意識領域です。 

そりゃあ突拍子もない話しですから社会的なコンセンサスなど得られるような内容ではないでしょうけれど、センシティブな感性を純粋なまま維持している人であるならば、

このことについて薄々気づき始めているのではないですか。 

あー、また観念的な話しになってきました。

今回は一応、時事問題についてお話ししたいと思っています。

 

――パレスチナ情勢を読み解くためのヒントはありますか?

 

10月7日にハマスが最初に攻撃を仕掛けたのは「キブツ」ですよ。

「ハマスはイスラエルを攻撃した」じゃ解像度が低いのよ。

ハマスはイスラエルの中の「キブツ」を攻撃したのです。

 

ハマス戦闘員を撃退、集落守ったイスラエル元特殊部隊員 「1人も侵入させなかった」 - BBCニュース 

弾痕や焼けた家電が残され……一家がハマスの人質に取られたキブツの家 | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp) 

アングル:「楽園が地獄に」、ハマスの襲撃受けた集落の惨状 | ロイター (reuters.com)

 

――キブツと言ったら「理想の楽園」と呼ばれているユダヤ人のコミュニティですよね。

 

厳密に言うとキブツのユダヤ人はユダヤ人ですらないのです。

それはまた話しが長くなりますからここでは一旦置いておきます。 

多くのメディアは「キブツ」が「理想の楽園」であるということを

前提として報道を展開しなきゃならないから「複雑」になるのです。

つまりこの部分を誤魔化せば世界中を騙すことができるわけ。

イスラエル側が国連で残酷に殺害された赤ちゃんの画像を見せたり、「子供や女性たちが被害を受けている」といわれているもののほとんどがこの「キブツ」での被害についてでしょ。

じゃあ、ハマスはどうしてそんな「無謬なる善良な楽園の住人」たちを

最初に狙いを定めて攻撃したのか?って疑問が湧いてくる。

キブツの居住者はイスラエルの人口のわずか4%に過ぎません。

じゃあキブツのその住民って一体何者よ?

ってことになりますよね。

 

――キブツについては2022年2月に開催した青森講演会で

かなり深く解説されて活字版13番「烏克蘭」になっていますね。

 

そうそう。

しかし活字版として記録に残しておいて本当によかったです。

今から1年9か月前に全部解説してありました。

でも活字版を読まなくたってWikipediaで「キブツ」を調べて、

「概説」の最初の2行を読めば2秒でだいたいわかります。

 

――そのキブツの住人はそもそもどこからやって来たのか?ですよね。

 

イスラエルの初代首相ダヴィド・ベン=グリオンはキブツ出身です。

じゃあダヴィド・ベン=グリオンはどこからやって来たのか?

そうやって遡っていくと「1881年」の「烏克蘭」にぶち当たる。

ここから始まったんですよね。

300万人の民族離散(ディアスポラ)、

シオニズム運動の勃興、ロシア革命への参加など、ここからすべてが始まっていると言って過言ではありません。

イスラエルに移動してシオニズム運動を始めたのは「烏克蘭」の人たちです。

つまり「ガリチア」です。

そしてその烏克蘭シオニストが作ったのがキブツでしょ。

そしてまさかの満州国建国もここがその動機の嚆矢ともなった。

 

――そこに岸信介が関わって来るのですね。

 

そうです。

キブツは社会主義的共同体です。

岸は満州にソ連型の統制経済を導入し、当時「赤い官僚」と呼ばれていましたね。 

後藤新平の満鉄調査部なんてやっていたことは「在満日系共産主義運動」と言われ、

構成員のほとんどが共産主義者だった。

 

――彼らはなぜ社会主義者だったり共産主義者だったりするのですか?

 

彼らはかつて自らの意志で「大いなるひとつ」であるヤハウェから分離し独立したのです。

その悔悟の念は上辺だけでも「ひとつに戻りたい」という強烈な思いを生じさせました。

だから世界の宗教、民族、家庭を「統一」したいと願う。

自分たちの力では決して「ひとつ」へと戻ることができないがゆえにホログラム内で人一倍やたらと「統一統一」って叫ぶわけ。 

自分たちを「大いなるひとつ」に戻してはくれないヤハウェを逆恨みし、

ヤハウェより魅力的な現人神スーパースターの偶像を創作までしました。

いやいやあなたたちが勝手に出て行ったのでしょう?と。

地球人類を道連れにしないでくれ、と。

その「統一」がかつて「よろずの国」、つまり「満州」としてあの時、結実していたのですよ。

 

――それが今回のハマスとイスラエルの衝突に繋がっていたのですね。

 

戦後GHQにその思想を挫かれた岸は「反共」活動をやらされた。

しかし岸は諦めることなどできなかった。

そこで岸は血盟団の井上日召の膝の上で育ったという“女帝”にその夢を託しました。

その女帝は中東に渡り、アルカイダ、イスラム国などを生み出し、パレスチナの母となった。

 

――でもその女帝は反イスラエルのパレスチナ派でしたよね?

 

表向きはそうです。

でも女帝はやはり岸の密使の如く、パレスチナ派の仮面を被りながら、イスラエルを、そして烏克蘭を正当化させるためのテロを行った。

決してイスラエルに壊滅的なダメージを与えない規模でね。

女帝がテロをやればやるほどイスラエルへの同情が集まるように。

 

――それなのに今回、ハマスは容赦ない攻撃をしましたよね。

 

そこが一番重要なところです。

これまでやんわりとやっていたテロが今回から突然、本気になってやってきた。

やってることは変わらないのだけれども強さと規模が変わった。

どうしてそんなことになったと思いますか?


2023年11月17日金曜日

3248「私は生きると決めた」2023.11.17

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月06日の記事を紹介します。


「私は生きると決めた」


・レインボーチルドレンの子供たち、

・高度に進化した星から直接転生してきた子供たち、

・中間世記憶(天国や神様の記憶)を持つ子供たち、

・そして宇宙存在、バシャールなどの言うことに、 

一つの共通点があります。 

それは、この世の中の出来事には、良いも悪いもない 

全ては、自分の計画した通りの出来事が起きてるだけ、

自分自身で、OKを出した出来事しか起こらない・・ と言うことです。

つまり、 

・重い心身の病気の運命を持って生まれてくる子供も

・陰湿な意地悪をする友人も

・極端な場合、殺されるような人生も 

全ては計画通りの出来事、全ての目的は、その経験をしてみたかったから、

その経験を通じ、魂を磨きたかったから・・ 

なのだそうです。 

返って、「悪いこと」とみなされるようなことを担ってくれる人、そのような役を引き受けてくれる人こそ、魂的には、本当は偉大で、光り輝く存在のようです。 

さて、そのような大前提のもと、今日は、シスター鈴木秀子さんの

「死にゆく者からの言葉」よりご紹介します。

この中に、障害を持ったお子さんのお話があります。

<転載開始> 転載元 


一人の女性が泣いているのが目につきました。

私はそのとき、壇上にいて、「命の大切さ」という市民大学の講演を行っていました。

その女性は、身なりも顔立ちも派手な印象でした。

しかし、だれ一人として泣いてなどいないなか、彼女はハンカチひとつ使おうとせず、

涙をあとからあとからこぼしつづけています。

そして私の顔をジーッと見つめたまま、身動きもせず、話に聞き入っています。

前から三番目に座っている彼女の姿は、否が応でも目に入ってきます。

「きっと思い当たることもあるのだろう」

私は、そう思いながらも講演をつづけました。 

 

(中略)

今日の話を聞けてほんとうによかった、と彼女はつづけました。

そして涙がこぼれたわけを、こう語りました。

「実を申しますと、私の体のなかは洞窟も同じなのです。

これまで八回、大手術をしました。

子宮ガンから始まり、胃ガン、腸ガン・・・・・、

転移して次々と大手術を繰り返したのです。

こんなカラッポの体でね、どうして生きているのか

お医者様からも不思議でたまらないと言われています。

ともかく体のなかには何もないんですから。

ではなぜ、私がこうして元気で生きていられるかと申しますと、 

実は私には精神障害の息子がいるからなんです」

彼女は、その子が生まれてまもなく夫と離婚したのです。

寝たきりのその息子は現在二十歳ですが、幼児程度の会話しかできません。

彼女を必要としている息子のため、彼女は一度目の手術以来、医師にも周囲からも見放されながらも、手術しては生き返り、また次の手術をしては生き返り、ついには働けるまでになりました。

「勤めを終えて家に帰りますとね、息子は布団のなかからじっと私を見つめ、

子供のように顔をほころばせて、それは嬉しそうに手足をバタバタさせて喜ぶんです。

私も元気とはいうものの、大手術を重ねましたから、お天気が悪かったり、重いものを持ったりすると体が動かなくなることもあります。

 

でも息子の、ほんとうに喜びを満面にした顔をみると、一日の苦労が吹っ飛ぶんです。

これまで死ぬほどの重病にとりつかれましたけど、 

『この子を残しては死ねない』この一心で生きつづけてきました。

そして、『あの子が家で待っている、私を待っている。 

私が生きていなければ、あの子は生きていかれないんだ』って、

それだけしか考えませんでした。 

病気のことを考えている暇なんかなかったんです。

そして絶対に生きる。病気がどんなであろうと、お医者様が死ぬと言おうと、 

私は『生きる』と決めたんです。

子供が生きている限り、私は生きるんだって。 

これが、病気になっても、病気とは関係なく生きつづけられる原因なんです」

いつでもニコニコと迎えてくれる子供の顔を見るたび彼女は、 

「生きていてほんとうによかった」と思うのだと言います。 

そして、「お話を聞いていて、幸・不幸というものは、

世間一般に考えられているようなことではないんじゃないかと改めて思いました。

このような息子を持つ、ボロボロの体の私でも、こうして幸せを感じることができるんですから」

私は講演のなかで、幸・不幸というものは客観的にはかり知ることはできないのだ、 

また、苦しみの極みを積極的に受けとめ、生きぬくとき、

苦しみは、生きる深いよろこびをもたらしてくれる、と話したのでした。

私の知人の家では、五人の子供に恵まれたものの、五番目の息子は身体障害者でした。

しかも、知能の遅れもともなっています。 

世間的にみればさぞかし大変であろうと思われがちなのですが、真一君というその子のおかげで、家族中が大変な仲良しでした。 

というのも彼らは、「ただいま」の次に必ず、「真ちゃんどうしてる?」と声をかけ、

そしてその部屋に入るなり、

「今日ね、こんないい話があったんだよ」と報告するのを日課としていたのでした。

ちょうど花束を持って帰るように、家族の一人ひとりが、いい話を必ず一個ずつ持ち寄ったのです。

その子は残念ながら、それらの話を十分には理解できません。

しかしわからないながらもニコニコと、

まるですべてを理解しているかのようにほほえんで聞いていました。

そのためその子の父親も母親もきょうだいたちも、今日はあの子に何を話そうかと、 

まるで花を摘むようにいい話を探さずにはいられないのです。

 

そうすると厭なことに気を取られなくなり、長年のうちにそれぞれが、日常の平凡なことのなかから、毎日毎日宝物を探すようにいい話を探す習慣を身につけていきました。

家族中がその子を喜ばすことで結束し、仲のよい暮らしの中から、いいものを見いだす目が育てられてきたのです。

「あの子はわが家の宝物。

宝の花をひきつける存在です」

それは知人の自信にあふれる声でした。

中年の女性は、自分の家もまさにそういうことであったのだと語りました。

「私の息子もほんとうに、そのお子さんのような存在です。 

そのお子さんが宝の花をひきつけるのなら、息子は命を湧きあがらせてくれる存在なのです。

ですから本来ならばとっくになくなっているはずの私の命も、

息子の喜ぶ顔を思い出すたびに、私の中で生命が湧きあがってくるのです」

息子は、生まれてすぐ、三年生きられればいいだろうと宣告されたのでした。

それがその年の一月十五日に二十歳を迎えることができました。

「その日、お赤飯を炊きましてね、ささやかでしたけど祝ってあげたんです。

そうしましたら息子が、私の顔をじっと見つめて、 

『お母さん、ありがとう』

 って言ってくれたんです。

息子はただ、祝ってくれてありがとうっていうつもりだったんでしょうけど、 

私にはまるで、自分を成人まで育ててくれて、ほんとうにありがとうって言っていたように

聞こえてなりませんでした」

彼女はしみじみつぶやきました。

「お礼を言うのは自分の方です。 

本来なら死んでいるはずの自分を、あの子は無垢な笑顔を向けてくれることによって、 

生命を湧きあがらせてくれます。

ほんとうにありがたいことです」

彼女は最後にしみじみとそう言いました。

 

その女性から便りが届いたのは、それからしばらくしてからのことでした。

あの息子さんが、亡くなったという知らせでした。

しかし、文面には、

「私は幸せなことに、こうしてまだ生かされております。

あの子の笑顔が、しあわせに生きてゆくようにと呼びかけているのです」

と書かれてありました。

私たちは、辛いこととか、いやなことが何ひとつなく、物事が自分の思い通りにいきさえすれば幸福であると考えがちです。

しかしもっと深い幸福があると思うのです。

辛いことや思い通りにいかないこと、そういった状況のなかにこそ、見る目がある人にとっては、通常ではみられない幸せというものが存在しているのではないかという気がします。

こういう話を聞く時や、医学的には考えられないのに、重い病状にもかかわらず元気で明るく生きている人達に接する時に、私は、ムスターカスの次の言葉を思い出します。

「もし悲しみがその人自身のものとして受け入れられ、その人の存在の中核で感じとられるならば、そのとき苦しみは他の人間や、すべての生きるものへの情けへと成長する。

苦しみによって心が開かれ、悲しみの中から陽気さと歓喜の新しい感情が起こってくる」

<転載終了>

 

深い深い愛ですね。

一般の人から見たら一見不幸に見える状態であっても、その環境から磨かれる魂の輝きは

計り知れないものがあります。

皆さんには、お子様はいらっしゃいますか?

いない方は、ご両親はご健在ですか?

私たち親は自分に子供が生まれた時、生まれたこの子が、幸せに生きられますように

そう願いました。

そしてきっと、自分が先に天国に帰るときも、残されたこの子が、幸せに生きられますように、そう願うのだと思います。

親と子、深い愛の絆で結ばれていますね。 

そして、そして、あなたの嫌いな誰かさんにも、このように思ってくださって親御さんが必ずいるはずです。

皆さんも、例え苦悩の中にあろうと、

その中に神さまの光を見つけることができますように。


2023年11月16日木曜日

3247「陰(黄泉)の時代の到来」2023.11.16

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年11月05日の記事を紹介します。


「陰(黄泉)の時代の到来」


言葉の世界だけでなく、この現実の世界でも、 

実際に実感できるほどに、心の時代になって来ました。 

この時代には希望があります。 

私たちの心そのものが大切にされる時代。 

物や、肩書など目に見える物ではなく、見えない物に価値が置かれる時代。 

今まで隠し通せた悪事が、白日の下にさらされる時代、そんな時代がもう始まっています。

その世界では、

・心の美しい人は、ますます幸せな環境に恵まれ

・自分さえ良ければの我欲にまみれた人は、同じような我欲の人々に囲まれ

ますます心の反映が、短時間で現実となってくることでしょう。 



今私たちが幸せの渦中にあろうと、魂を磨くために、苦難の中にあろうと、 

どのような状況であろうと、お釈迦様(神さま)の掌の上の出来事です。

どんな時も、神々は私たちの傍らに一緒に居てくださっています。 

「苦の後に楽が来る」という法則の通り、

常にどちらか一方しか起こらないということはありません。 

常に両者の間で反転を繰り返し、人生は進んでいきます。 

一時たりとも固定された現実などありません。 

どうぞ、希望をもって日々をお過ごしください。 

世の中は、既に希望の時代を迎えているのですから。 

 

安住紳一郎アナの司会で毎週土曜よるに放送されている

「新・情報7daysニュースキャスター」に、出演されていた

明治大学教授 齋藤 孝さんは、その著作の中で、こう仰っています。

今、超能力の研究では、人が念じたことは、テレパシーのように通じることが証明されつつあります。

だとすると、念じたり、思い込んだりする力が、自分を元気にしたり、反対に具合を悪くする可能性もあります。

自分に何かがとりついて、元気がなくなったと思うのなら、お祓いという行為も無意味とは言えません。(終わり)

 

今迄、うお座の時代には、見えない世界の真実は

非科学的と排除されてきましたが、みずがめ座の時代に入り 

非科学的といわれていたことが、どんどん科学でも証明され始めてきました。 

今迄の二元性の世の中では 

・善と悪

・陰と陽

・光と闇

・ポジティブとネガティブ

・生と死

など2つの相反するものに分けて物事を理解してきました。 

そして私たちは、どちらかと言えば

光とか善とか陽などの方を良しとして、他方を悪いものと考えてきましたが 

神さまの目から見たら、どちらも全く同じ価値なのだそうです。

どちらが上で、どちらが下などないのだそうです。 

どちらも大切なもの。 

たとえば、

陰の世界、つまり見えない世界、黄泉の世界は

物事の創造の根源の世界であり、意識の世界です。

陽の世界である、見える世界にあるものは、全て陰の世界で作り出されました。 

また私たちは今まで、自分の能力、力、権威を、

隠れて姿を現さない誰かに譲ってきました。

ですが、みずがめ座の時代の到来とともに、 

その時代は終わり、これからは自分自身の霊的な尊厳、

能力、力を回復して、自分自身の権威を自分のものとして回復する時です。

支配の時代と言われる魚座の時代(2160年かけて移動)

解放の時代と言われる水瓶座の時代(今始まった時代)

今迄は隠れた支配者にとって都合の良い時代でした。

・人と違うことをよしとしない文化

・非寛容な社会(すぐにキレル、正義感の押し付け)

・自分の価値観から外れる人への非難中傷

・経済的な利益を得ることを、全ての行動の動機とした世界

私たちは、このような、本来あるべき伸び伸びとした個性を認めない 

画一的な概念と価値観を外部から強要されてきました。 

そのため、本来の自由な創造性を抑圧されてきました。

不自由な生き方を強要されてきた時代を生きてきました。

日本では、令和の時代が始まり、新しい陛下が即位されました。 

天皇陛下。

その一番大切なお仕事は、ご神事を行うことです。 

陛下が日本で一番の神主と言われるゆえんです。 

一般の人はご存知ありませんが、陛下のご神事は過酷を極めます。 

そして日本の国民のために自らを犠牲にする覚悟で行われています。 

特に陛下に即位された徳仁(なるひと)天皇は、

その人間性と、ご覚悟、霊的な力が並外れているといわれています。 

令和に入り、陰と陽のうち、陰が力を増す時代になりました。 

世界中見渡しても、この陰の力と非常に縁の深い日本の時代の到来です。

陰の世界、つまり黄泉の国は、見えない世界、物事が創造され、生みだされる世界です。

そしてみずがめ座の時代は風の時代ですから、その変化のスピードは速く、 

陰の世界(黄泉の世界)で作られたものは、時を待たずして

見える世界、つまり陽の世界に現れてくることでしょう。 

  

陰の世界は決して忌み嫌う世界ではありません。 

混沌とした中に、創造が行われる世界です。 

また同時に陰が力を増す時代は、 スサノオ、大国主命、国常立尊(クニノトコタチノミコト)などの国津神が力を増す時代でもあります。 

国津神は、黄泉の世界を抱擁し包み込む神々ですから。 

私たちは、丁度時代の変わり目、2000年に一回の変わり目の時期に遭遇しています。

その大きな変化の目撃者になろうとしています。 

またその時代のうねりを、自分の意識の力で体験できる時代に遭遇しています。 

陽の世界は、陰の世界から生まれますが、 

陰の世界は、私たちの意識によって作られる世界だからです。

つまり私たちの心が、陰の世界に反映し、この見える世界に実体を伴って現れてきます。 

心の世界が見える世界、見えない世界を包括する、ゆえんでもあります。 

心の持ち方が、ますます現実世界に現れる時代となりました。 

目に見える世の中は、いまだ暗闇の中ですが、着々と変わりつつあります。 

良い時代になりましたね。 

皆様が、ご自分の内にいらっしゃる神さまに気づき、お幸せになりますように。