2023年12月31日日曜日

3292「何時までも一緒にいたい」2023.12.31

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月22日の記事を紹介します。


「何時までも一緒にいたい」


今日は「腹六分」についてです。

みなさん、過ぎたるは及ばざるが如しって言葉、聞いたことありますか?

何事も、ほどほどが肝心で、やり過ぎることは、やり足りないことと同じように、良いこととは言えない。 

良いと言われることでも、やり過ぎは害になるということ。

だそうです。

特に人とのお付き合いにおいては、大切なことです。

人との付き合い方に対して、美輪明宏さんは、こんなことを仰っています。

<引用開始>

 

朝日新聞朝刊「悩みのるつぼ」、悩み相談に対する美輪明宏の回答より。

人間の付き合いというのは、「腹六分」がちょうどいい。 

いつまでも付き合える人は一生に何人も出てこない。

親友なんて1人できればいい方で、助けが必要な時にはいつでも助けてあげて、

普段は当たり障りのない距離で見守っている人のことでしょう。

「水臭いじゃないの」と何から何まで悩みも聞き、金も貸してくれる、そんな便利な人はいるはずがない。

離れていく人は、ニセ者だから惜しむ必要はありません。 

本物は離れません。

昔、三島由紀夫さんが切腹事件を起こす直前のことです。

私の楽屋を訪ねてきました。 

はっきりは言いませんでしたが、「最後のあいさつ」に来たことがそれとなくわかりましたから、「何で私たちは、18年も付き合えたんでしょうね」と聞いたのです。

すると三島さんは、「ひざの上に乗るからなでてやったら、図に乗って、肩まで上ってくるやつがいる。

しまいには頭に上って、顔までなめるやつがいる。 

キミにはそういうところが一切なかったからな」と言ったのです。

暮れと年始のあいさつに、彼の家に行ったことがありましたが、彼が私の家に来たのは18年で2回だけ。

横尾忠則さんや瀬戸内寂聴さんなど、今も親しくさせて頂いている方たちもみんなそうです。 

仲良しだけれども、つかず離れず、それが大人の関係というものでしょう。 

<引用終了>

 

さて、エネルギーは常に流動しています。

ですので時に、あるグループにエネルギーが集中し、皆が急激に親しくなり強烈な仲間意識が芽生えることがあります。

何をやるにも一緒、そしてその時は、全員が同じ方向を向いています。 

気持ちが良いのです。 

大好きなので、意識が高揚します。

でも見えない所では、エネルギーの集中が刻々と極限にまで達しようとしています。

(本人達は全くエネルギーの流れについては、意識していません。ただ心許せる親しい友が出来て 嬉しいだけなのです)

ですが、この状態はブッダの言う中庸の状態ではありません。

ですので、いつしかムりが来ます。

そしてエネルギーのひずみが発生します。

物理的な宇宙の法則の一つですが、宇宙は、ひずみが発生すると、それを是正しようという

逆のチカラを発揮してきます。

要するにバランスを取ろうとするのです。(これがフリーエネルギーの基本理論になります)

その結果、ムリが来ていた部分(エネルギーが集中していた所)のエネルギーは離散していくことになります。 

それはまるで風船がはじけるように、一瞬で破裂・爆発してしまう事になります。

そして、その爆発によってエネルギーの過度な集中は終わりを告げます。

人と人とに発生していたエネルギーであれば、それをきっかけに、集まっていた人達は

バラバラに離れて行きます。

そして、その離れた理由は、エネルギーの観点からみれば、どうでもよい事。

つまり後付けで理由付けされます。

人それぞれの理由が作られます。

ですが、それも大きな意味はありません。 

しばらくすれば、また別のエネルギーの流れが、発生しますから、その様なことがあった事は意識から段々と薄れて行きます。

何故なら、大切なのは、そこで味わう様々な感情だからです。

このようなことが、私達の生活の中で、日々刻々と行われています。

(3年前にはあんなに親しく、いつも一緒だったのに、今はどうしているのかしら?・・ 

なんてことありませんか?)

 

そういうエネルギーの流れによって、集中の時は、嬉しい・楽しい。

離散・爆発の時は、

その逆の感情を味わうことになります。

もし今、急激に親しくなりつつある人達がいるのであれば、それはそれで、良いこと、素晴らしいことです。 

楽しいし、日々の笑顔や活力が生まれますから。

でも、もし、それを長続きさせたいのであれば、急激な形ではなく、 美輪さんの仰るように人間の付き合いというのは、「腹六分」がちょうどいい。

が理想ではないかと思います。

長続きする一生涯の良き関係を築くことが出来るからです。

エネルギーの集中と離散、これは自然なことです。 

何も、誰も悪くありません。

世の中は 諸行無常 ですから。 

常に変化しています。

人それぞれ、学ぶべきことも、学ぶ順序も、スピードも異なります。

  

神様が、そこにエネルギーの集中を、どうして起こしたかと言うと、その時に、そのグループでの、学びの体験が必要だからです。

それが終われば、神様は エネルギーの離散(破壊)を起こし、それぞれを別の道に誘います。

もしここで悪いことと言えば、唯一 

・そこに執着し、

・しがみ付き、 

・昔は良かった。。

・どうしてあの人は?

となるのが悪いくらいです。

それが神様のやり方ですから。

 






2023年12月30日土曜日

3291「試練の時」2023.12.30

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月21日の記事を紹介します。


「試練の時」


世の中が大きく変わり、一人一人の心が大切にされる

美しい星に生まれ変わろうとしている今、 

ご自身も試練の時を迎えている方も多くいらっしゃいます。



そして、そこから抜け出すのが、なかなか大変な方もいらっしゃいます。

でもその解決法も

心の在り方を説いたブッダの般若心経の中に答えがあります。

同じ現象でも、捉え方次第・・・  

悪くとるのか、良くとるのか、、

はたまた感謝を持って受け取るのか。。

自分のこの人生のシナリオは、

全部、自分自身で決めて生まれて来た。

従って、私を悩ませる人、悪く言う人、騙す人・・・

全部自分が、その役をその方にお願いしてきました。

さて、身近な例を一つ・・・

「人生はシナリオ(映画)」という考え方で人生の難局を乗り切った方がいます。

ロック歌手の矢沢永吉さんです。

 

20数年前、矢沢さんは身内の詐欺に遭って30億円以上の借金を背負わされました。

矢沢永吉「信じろよ、自分を」 https://www.youtube.com/watch?v=JLMcsgppCg8

しばらく酒を飲んで落ち込んでいたそうですが、ある日ふと気付かれたそうです。

「これは映画だと思えばいいやって」

「生活保護受けて苦労して広島から夜汽車に乗って上京し、

やがて世紀のロックンローラーになる役さ」ってね。 悪くないよね。

 

「途中詐欺に遭ったりいろいろあるけどまあ楽しんでこいと生まれてきた」

そう考えることにしたそうです。

その後ライブをやりまくって本当に30億円を完済します。凄いですね。

矢沢さんの

「リストラされたって、借金を背負ったって

それは役だと思え」という言葉は迫力を感じます。

人生には大なり小なり「まさか」ってことが必ずあります。 

失敗や事故、病気、またはだまされたり裏切られたり。

そして生きている限りいろいろな問題を抱えます。 

そんなとき「これは俺の役だ」「人生はシナリオ(映画)だ」と思うと気持ちが楽になり、

いろいろな知恵や行動力が生まれてくるのかもしれません。

あとは目の前の与えられた役を一生懸命こなすだけです。

 

生きている最中(役をこなしている時)は、解らないかもしれません。

ですが、肉体を去って故郷に帰る時、

私たちはきっと思うはずです。

あの時、あんな大変なことがあったから、

私の人生はパンチの効いた素晴らしい体験になった。

そして思います。

あぁ、あれは、あの方に頼んでやってもらったことだった。

私の人生劇場を素晴らしいものにするために、 

汚れ役を引き受けて下さってありがとう。。。

ありがとう、、 

私の人生劇場に登場して下さった、 

沢山の人達、ありがとう って

 

2023年12月29日金曜日

3290「カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う」2023.12.29

 今回はIn Deepさんの2023年10月5日の記事を紹介します。


「ノーベル賞を受賞したワイスマン博士の論文に散見される「悪の種」から、カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う」

ノーベル賞を受賞したワイスマン博士の論文に散見される「悪の種」から、カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う - In Deep


ワイスマン博士の論文より

先日のノーベル生理学・医学賞を、女性の科学者と共に授賞したドリュー・ワイスマン博士が、2018年にネイチャーに発表した論文を知りました。


mRNA ワクチン - ワクチン学の新時代 mRNA vaccines - a new era in vaccinology

非常に長い論文ですが、適度にツラツラ読んでいましたら、「ああ、この部分の安全性について重要な《行程》が、過失か故意かはともかく、省かれてしまっていたのだなあ」と知ります。

ワイスマン博士の2018年の論文より

…mRNA が合成されると、いくつかの精製ステップを経て、酵素、遊離ヌクレオチド、残留 DNA、切断された RNA の断片などの反応成分が除去される。

nature.com

ここにある、「いくつかの精製ステップ」が「経られなかった」ことにより、

・遊離ヌクレオチド

・残留 DNA

・切断された RNA の断片

が、「除去されていなかった」と推測されます。

切断された RNA や、残留 DNA に関しての記事は以下にあります。

(記事)ワクチン後の損傷、巨大な血栓、未知のタンパク質、そして逆転写と「切断されたmRNA」との関連 In Deep 2023年2月23日

(記事)[重大局面]ファイザー社ワクチンが、DNAで汚染されていたことが見出される……。これにより「永遠のスパイクタンパク質生産」という厳しい概念が浮上。確率は推定3分の1 In Deep 2023年3月15日

 

どちらの記事も半年以上前のものですが、その後、これらの切断された mRNA や、残留 DNA などに対しての懸念が非常に高まり続ける中で、mRNA ワクチン(の mod RNA 化)に対してノーベル賞が授与されたわけです。

ワイスマン博士の書かれている「いくつかの精製ステップ」を普通に経ていれば、

「切断された RNA や、残留 DNA は残らなかった」はずです。

しかし、現実には、複数の医学者、科学者たちが DNA を検出している。

以下には、DNA を検出した複数の科学者の発言等を記しています。

(記事)DNA散弾によるミュータント・ベイビーズの出現が予見される中で、さて人類社会の寿命はあと… In Deep 2023年9月23日

全部のロットやバイアルかどうかはわからないにしても、「それらが入っているものがあった」という事実があります。

これらは、「いくつかの精製ステップ」を正式に行っていれば、混入しなかったものです。

ワクチンからの DNA の除去の具体的な方法については、東京理科大学の村上康文名誉教授が以下のように述べています。

村上名誉教授の言葉

「本来、DNase1 (※ DNAを分解する酵素)というものを利用して、出発材料で利用した二重鎖の DNAは、破壊してなくしているはずなんですよ。それが破壊されずに残ってしまっていると」

「 DNAを除く反応というのは、やれば効率よく進むはずなので、普通は DNAを除く反応というのは絶対にやるはずですし、それが完了したかどうか調べる方法も、容易なんですよ。だから、DNAが残っているというふうなことは普通あり得ないことじゃないかと私は思ったんですが…」indeep.jp

 

[追記 10/05] 読者様から、今年 5月の荒川央さんの note 記事「なぜmRNAワクチンにDNAが混入するのか」の中にある以下の文章をご紹介していただきました。太字はこちらでしています。

荒川央「なぜmRNAワクチンにDNAが混入するのか」より

そもそもなぜmRNAワクチンにDNAが混入してしまうのか?これは「mRNAワクチンのコンセプトそのもの」に関わってきます。判明したのは、シュードウリジン化されたコロナワクチンRNA自体がDNAの分解を妨げているという事です。

…融解温度が高いという事は、シュードウリジン化RNAがDNAに対して非常に「粘着性」があるという事を意味します

…しかし、化学的にはRNAもDNAと会合でき、しかもRNAとDNAの組み合わせは、DNAとDNAの組み合わせよりも安定です。

…シュードウリジン化RNAは、その粘着性の高さのためにDNAと強固に会合します。混入したDNAは部分的にシュードウリジン化RNAとハイブリダイズ(ハイブリッド化) している可能性が高く、これがDNAが分解されにくい原因と考えられます。

大前提として、DNAの混入を防ぐためにRNAを分解しないといけないならば、そもそも論として「mRNAワクチンの製造行程には致命的な欠陥がある」事になります。つまり、「mRNAワクチンへのDNAの混入はどうあっても避けられない」のです。

note

どうも、「どうあっても避けられない問題」のようですけれど、ともかく、切断された mRNA も残留 DNA も「正規の」手順で行えば、どちらも入る「可能性が少なかったかもしれない」ものだったのかもしれないし、あるいは、荒川央さんが書かれているように、「避けられない問題」なのかもしれないですが、ともかく現実として入っていた。

これらが、

・意図的なのか

・過失なのか

は、現状で判断できるわけはないのですが、過失であるなら、あまりにも巨大なミスであり、「意図的」なら、あまりにも「巨大に悪意」です。悪意というか「悪」といっていいかと(防ぐことのできない問題だとした場合、あまりにも根本的な問題ですが)。

とはいえ、この「悪の責任」は、ノーベル賞を受賞したドリュー・ワイスマン博士自身にあるわけではないでしょうけれど。

なお、この論文には以下のような記述もあり「 mRNA ワクチンには多くの懸念がある」ことを自ら示されています。太字はこちららでしています。


ワイスマン博士の2018年の論文より

現在、いくつかの異なる mRNA ワクチンが第 I 相から第 IIb 相までの臨床研究で試験されており、安全で忍容性が十分に高いことが示されている。

しかし、最近の人体試験では、さまざまな mRNA プラットフォームに対して中等度、まれに重篤な注射部位または全身反応が示されている。

将来の前臨床および臨床研究で評価される可能性が高い潜在的な安全性の懸念には、局所および全身の炎症、発現した免疫原の生体内分布と持続性、自己反応性抗体の刺激、および非天然ヌクレオチドおよび送達システム構成要素の潜在的な毒性効果が含まれる。

考えられる懸念は、一部の mRNA ベースのワクチンプラットフォームは強力な I型インターフェロン応答を誘導するが、これは炎症だけでなく、潜在的に自己免疫にも関連している。

したがって、mRNAワクチン接種前に自己免疫反応のリスクが高い個人を特定することで、合理的な予防策を講じることが可能になる可能性がある。

もう 1 つの潜在的な安全性の問題は、mRNA ワクチン接種中の細胞外 RNA の存在に起因する可能性がある。細胞外の裸の RNA は、密集した内皮細胞の透過性を高めることが示されており、したがって浮腫の一因となる可能性がある。

別の研究では、細胞外 RNA が血液凝固と病的血栓形成を促進することが示された。

したがって、さまざまな mRNA モダリティと送達システムがヒトで初めて利用され、より多くの患者集団でテストされるため、安全性を継続的に評価する必要がある。

nature.com

この中の、

> 細胞外 RNA が血液凝固と病的血栓形成を促進することが示された。

というのは、初めて知りました。細胞外の RNA って、血栓の原因になるのですね。

 

ともかく、このように、

・全身の炎症

・発現した免疫原の生体内分布と「持続性」

・自己反応性抗体の刺激

などを含む「毒性」が博士自身の懸念としてあったようです。

では、その後、それらの問題がすべてクリアされて、新型コロナワクチンとして登場したのかというと、「そうではない」です。

 

…なんとなく、ワイスマン博士のこの部分を呼んでいますと、「これらの懸念をすべて回避することは、何をどうやっても不可能」のように読めなくもないですが、世界展開にあたってこれを黙認したワイスマン博士にも、やや罪はあるのかもしれません。

 

まあ、経緯はともかく、「 2020年に悪は解き放たれた」と。

この「悪」の作用としては、以下の記事にありますように、今のところは、まだ 17,000,000人(1700万人)の推定犠牲者なっていますが、ここで止まるとも思えない。

(参考記事)コロナワクチンによる死亡リスクは、現在まで報告されている数値より「1,000倍高い」とした、全死因死亡率を調査した論文が物議  In Deep 2023年10月3日

 

「カリ・ユガだなあ」と、しみじみと思います。

悪が「悪じゃないもの」とされる時代。

なんだか前半と後半の内容がバラバラになりそうですが、そのことに少しふれます。

 

カリ・ユガ

この「カリ・ユガ」というのは、辞書的には以下のようなものです。

カリ・ユガ

インド哲学において循環すると考えられている4つのユガのうち、最後の段階である。

ヒンドゥー教徒は、カリ・ユガの時代は人間の文明によって人々が神から遠ざけられ、霊的な堕落を引き起こしていると信じている。このため暗黒時代と呼ばれる。

この時代にあっては人心は荒廃し、貧困・憎悪・狂気・悪疫等あらゆる害悪が蔓延する。


このカリ・ユガの期間や時代の長さについては、いろいろと諸説あるようですが、カリ・ユガの時代に起きるとされている以下のようなものを読みますと、「今でしょ」と言わざるを得ない面もあります。

カリ・ユガの時代の人間の特徴(一部)

・七つの大罪や復讐が普通に行われる。人々はお互いに強い憎しみを、あからさまに示すようになる。

・法は忘れ去られていく。

・人々は正当化できない殺人について考え始め、そしてそれが悪いことだと考えなくなる。

・善意が衰えていき、犯罪が飛躍的に増加する。

・人々は直後に破るためだけに誓いを立てる。

・人々は酒と薬物に溺れる。

etc...

今はすでにこんな時代ですが、しかしそれでも、「一応、今は平時」だということから、

「今後、社会が混乱に陥ったらどうなる?」

という部分はあります。

混乱というのは、最も考え得るのは「経済の崩壊」でしょうが、それと共に戦争や自然災害などということもあるのかもしれないですが、さまざまな専門家たちの話にふれていますと、少なくとも経済に関しては、混乱はそんなに遠くはないようです。

そういう混乱の中では、多少なりとも「善意」というものが機能しないと、社会はムチャクチャなことになりやすいのですが、

 

「今後、社会が混乱した時に人々(ここでは日本人)の善意は機能するのだろうか」

というような話でもあります。

そういう時でも善意が機能せずに、「人々が常に敵対している」、あるいは「犯罪を犯罪と思わない」というだけの状態が続けば、単にサバイバルや個人的戦争の世界になってしまいます。

でも、今の時代を見ていますと、そうならざるを得ないのかもと思わないでもないです。

 

先日、アメリカの弁護士で、経済学者であるジェームス・リッカーズさんという方が、「何か「大きくて愚かな」ものがやってくる…」というタイトルの記事を書いていました。

リッカーズさんは、投資銀行家としてウォール街で 40年以上の経験がある方ですが、この記事は、つまり、

「主要国のデフォルト」のことについて書いています。

米国、英国、日本、フランス、イタリア、ドイツ、中国等は、「すべてデフォルトに向かっている」ということを数字を並べて解説しているのですが、特にアメリカのことを詳しく述べていますけれど、最後のセクションは「日本」のことでした。

以下です。


日本は米国の拡大版

世界全体を見てみると、日本は米国の拡大版にすぎないことを理解することが重要だ。日本には財政規律がなく、自分たちの命を救うためにインフレを起こすことができない。

日本にとって唯一の出口はハイパーインフレだが、それは来るには来るにしても、まだ日本に来てはいない。

おそらく日本は、まだしばらく債務ゲームを続けることができるだろうが、通貨が崩壊すると暴落が起こる。私が銀行員になり始めたとき、米ドル/円は 400ドルだった。そんな時代だった。

債務危機が近づいている。この問題に対処するために…優秀なアナリストであるステファニー・ポンボイ氏の言葉を借りれば、「何か大きくて愚かなこと」が政策立案者たちから出てきている。しかし、解決策は政策でも計画でもない。

危機はほぼ一夜にして起こり、それはどこからともなくやってくるように思える。

しかし、それは確実に来るだろう。

dailyreckoning.com


ここに「唯一の出口はハイパーインフレ」というような表現もありますが、いつかはわかりませんけれど、仮にいつかこういうようなことになった時には、そりゃあ混乱するでしょう。

現在程度のインフレでも大きな影響を受けているのですから、規模の異なるハイパーなインフレがやってくれば、日常生活のさまざまなことが影響を受ける、あるいは人によっては生活の崩壊に直面する人たちも出てくるかもしれません。

そういう社会の中で、病気の人たちは増える、死者は増えるというようなことも伴うことは確実であるわけで、医療システムそのものが機能しなくなるような状況もないとも言えないかもしれません。その中での「善意」の行方の話です。

 

このようなことから、 2020年に解き放たれた「巨大な悪」が、場合によっては「ひとつの国を滅ぼす」ところまで突き進む様相が想像できなくもないわけです。

 

2023年という今年は、その「巨大な悪」の父母に「名誉と報奨金が与えられた」というカリ・ユガの代名詞的な年だと思います。

日本が特別なターゲットになってしまったことはやはり残念ですが、しかし、これに関しては「国民そのものの問題」が強くあります。

フランスのエリートであるジャック・アタリ氏の 1981年の著作『未来の人生』にあるとされている(真偽不明)インタビューにある、以下の言葉そのものの光景が今も展開されています。

アタリ氏の言葉と言われているものより

…彼らはその治療法を求めるだろう。

それに対して私たちは適切な治療法を彼らに提供する。それによりその治療法が解決策となる。愚者たちは自身に対しての治療法の選択をするだろう。つまり、自ら屠殺場にやってくるのだ。


こちらの記事にあります。

そこに並ぶ人があんなにいなければ、そんな終末を迎えることもなかったのでしょうけれど、もう遅いということだけがひとつの現実です。


2023年12月28日木曜日

3289「魂の進化」2023.12.28

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月20日の記事を紹介します。


「魂の進化」


日々の生活の中で、どんな方にも神さまの仕組み(奇跡)が、起きています。 

それは、サーカスのように派手な出来事ではありません。  

かえって神仕組みは、私たちの気づかぬうちに私達や、取り巻く人々の、

心にちょっとした変化(方向付けのきっかけ)を起こすことで、 

それがスイッチとなり起こされます。 

それはあたかも私たち自身が、自分で考え、行動したように見えて 

実は神様の介入により

様々な有機的つながりの出来事をドミノのように起こしていきます。

まさに神仕組みです。 

  

その積み重ねが、、、

私たちがその流れに乗っていることで、いつの間にか気づかぬうちに

私たちが生まれる前に計画してきた方向へ進んでいきます。 

ですから、敢えて派手な奇跡を吹聴したり、神々の功徳を宣伝する必要はありません。

それらは既に、どなたにも起きている神仕組みだからです。 

逆に、そのようなニンジン(派手な奇跡や、凄いご利益)に魅かれ,集まり集う人の心は、

依存心を生み、自分さえ良ければの、醜く狭い心を創り出す可能性を秘めています。

パワーのあると言われる場所に、ご利益があると聞きつければ、われ先に駆け付け・・ 

決して自らの心(包身、氣枯れ つみ けがれ)を顧みることが無ければ、 

同じ心、波長を持つ、悪の神様に取り込まれてしまうことでしょう。 

憎しみや嫉妬の心、行き過ぎた正義感も同じことです。 

せっかく今、ミロクの世、精神性復活の時代が来ているのに 

どっぷりと

・依存の心、

・嫉妬の心

・自分さえ良ければの心

につかっている限り、その新しき世界を見ることもなく、自分の心の状態に合った世界、

地獄のような世界に自ら入っていくことでしょう。 

心とは、それほど大切なものであり、その心を通じ、神様を認識することも

人々の心の中の神様を認識することも可能になります。 

そして何よりそのことを神々は望んでいらっしゃいます。 

さあ自分の所にお参りに来なさい。お布施やお酒を持ってきなさい。 

そうすれば願いを叶えてやろう・・

神様は、そのようなお方ではありません。

さて今日は、この地球に置いて、人間を経験することで 

人々との間に愛の循環を起こす・・というテーマのお話です。 

美しき心を思い出すための記事です。

  

受けた恩を、受けた方ではなく、別の方へ、お返しし、

愛の循環を永遠に起こす、ペイフォワードもそうですが、 

・愛や思いやりを表現すること、

・それを喜びとともに受け取ること、

・それを別の人へ循環させること 

この宇宙全体も、その仕組みのもとに動いています。 

私たち人間も本来そうでした。 

愛の循環がよどみなく起これば、この地球は幸せの星へと進化していくことでしょう。 

何処かが詰まったりすると、せっかくの循環が、そこでストップしてしまいます。 

「心を受け取る」と言うこと。

私たちが、この地球に生まれたのは

・働きづくめになるためでも

・沢山のお金を得るためでも

・高い地位に着いて、人の尊敬を集めるためでも

・大きなこと、沢山のことを成し遂げるためでも

・美味しい物を沢山食べるためでも

・高価なアクセサリーを身につけるためでも

・大きな家に住むためでも

・人に自慢できる高価な車に乗るためでもありません 

私たちが、わざわざ何も不自由のない、天の世界から

・思うようにならない、不自由だらけの世界

・憎しみと悲しみが蔓延する世界

・今だけ、金だけ、自分だけの人が多く存在する世界

このような地球に来たのは、人間同士の心の交流(愛の流れ)を通じ、

魂のダイナミズムを経験し、 

・お互いさまの心

・お陰さまの心 

を養い育て、自分だけでなく、お互いが 

・魂を輝かせるためです。

・神さまを知るためです。

  

肉体を持つことで、様々な不自由や艱難苦難、喜び・悲しみを、敢えて、経験することで 

肉体を持たない時に比べ、比較にならない程、魂の進化が進むのだそうです。

魂が進化するとは、よりピュアになり、神さまに近付くと言うことです。

今の時代は「心の時代」とも言われますが、素直な心、ピュアな心になればなるほど、 

悩みや苦しみが無くなって行きます。心が軽くなります。 

その心に同調した、美しい心の持ち主が集まってきます。

思うことが、直ぐに現実化しやすくなります。 

ですが、全く、同じ環境、状況に置かれていても、その人の心の状況によって、 

受け取り方が、全く正反対の人もいます。

・不平不満、愚痴の心で受け取るか?

・感謝の心で受け取るか?

その違いだけで、空海が仰っていたように、

・地獄に住むのか?

・天国に住むのか?

それほどの違いが出てきます。

私たちの住む、この世界は、私たちの心が作り出しています。 

心こそ、全ての全てです。

周りの方がたと、心を交わらせ、通わせ、お互いの違いを知り、受け入れ、

魂のぶつかり合い、交流を通じ、お互いの魂を煌めかせることができます。 

今、生きているのは効率よく、何かを成し遂げるためではありません。

大きなことをするためではありません。 

人に頼らず、自分の力だけで物事を成し遂げる、強い人間になるためでもありません。

相手の方の心を信じその奥底に在る、神さまを信じることができれば 

全ての方が、自分にとって良き人になるでしょう。

味方になるでしょう。 

相手の方の真心を感じ取ることができるでしょう。

   

常に、心こそ全て、相手の方の心を感じ取ろうと生活していれば、 

相手の方の態度、行動の裏に隠された寂しさ、切なさ、不安、恐怖を感じ取り、 

包み込んで差し上げることもできるでしょう。

喜びを感じ、ともに喜んで差し上げることもできるでしょう。 

生きている間に、何事も、成すことができなくとも、

名もなき一人の凡人で終わったとしても、

互いを信じ、尊重し、魂を触れ合わせること、

お互いの思いやり、優しさ、愛を感じ合うこと、 

そのことに勝る人間としての経験はありません。

心を知る、感じ取ると言うことは 

人の称賛を得るよりも、お金をたくさん稼ぐよりも、目に見えるものを沢山手に入れるより、

はるかに、はるかに大切なことです。 

20世紀までは、効率優先、合理性優先、心は置き去りでも、仕方なかった時代でした。 

ですが、今私たちの住む21世紀は本来の、私たち人間の精神を復活させようと、 

見える者、そして見えない方々が大きく動いています。働いています。 

自分の心を開き、相手の心も受とり、お互いを信じ助け合い、

喜びも、悲しみも一緒に味わい、時にはぶつかり合いながら、 

魂の輝きを増していく時代です。

今、自分の周りにいる人は、共に、その事を地球で、生きている、短い期間に

一緒にやっていくためのパートナーです。 

この人と人人と、動植物たちとの美しい心の交流こそ、唯一、

私たちが亡くなった時に、持って帰ることができるものです。 

お金や物は持って帰れません。 

そして、これこそが、私たちの魂を飛躍的に進歩させてくれる宝物です。

家族になったり、友達になったり、縁あって、集う仲間には、そんな、深い深い意味があります。 

人の心の小さな優しさ、小さな思いやりに気付いて、大切にしていれば 

私たちの心も大切にされます。



2023年12月27日水曜日

3288「二極化する地球」2023.12.27

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月19日の記事を紹介します。


「二極化する地球」


今、日本を含め世界では、急速な勢いで、「建て替え」(立て直しのための破壊)が進んでいます。

最後の戦いのごとく

・自分たちの信じる絶対神しか認めず、他への排撃を許される文化(からごころ)と

・全てのものの中に、神を見出し、尊重し、調和融合して共存・和を図る文化(大和心) 

このような急激な変化の中

・見える世界

・見えない世界

の両方でも大きな動きがあるわけですが、 結局は神様から分け御霊を頂いた生命体には、自由意志が認められていますから、どちらが正しいとか、良いか悪いかなどありません。

全ては自分の好きな道を自らが選び進んでいくだけです。 

他人に対し、良い悪いの評価をしたり、自分の価値観を無理やり押し付けるわけにはいきません。 

例え血を分けた家族であっても・・・

創造、維持、破壊の宇宙神 ブラフマー、ビシュヌ、シヴァ

今まさに、ブラフマーが活躍するために、シヴァの破壊が行われています。

でもそれは、夜明けが近い証拠。 

今日は以前書いた記事ですが、

今の時代をまさに言い当てていますので、加筆修正して掲載します。 

但し、不思議系のお話です。

眉唾ものですので、興味のない方はスルーなさってください。


 

霊的な巨人であった出口王仁三郎は、

数々の予言を残しましたが、それらがことごとく的中しています。 

私たち人間は、変化の渦中で生活していると、

世の中の変化には、少しは気付くかもしれませんが、

その裏にある、地球や神々の意図まで考えをめぐらすことはできないものです。

ですが世の中は、着実に神々の計画通り動いています。 

神々の方法は、下記の2つで成り立っています。 

・立替え そして 

・立直し です。

立替えは、神々による破壊

立直しは、破壊しつくされた世界を人間の力で作り直していく作業です。

 

そして神々の計画は、概ね30年を区切りとして行われています。

王仁三郎が予言を残してから、神々の区切りである30年刻みで、

様々に世界・日本は変化してきましたが、

2010年からの30年は、 

人間の精神性に関する立替え・立直しと言われています。

2011年の東北大震災。それがスタートでした。

神々による「人間の精神性の復活」のための破壊(建て替え)が始まりました。 

精神性の復活とは

心の美しさ、愛や思いやり、やさしさを大切にする社会のことです。 

嫉妬や妬みなど、憎しみとは、真逆の世界です。

ここで、以前発表された一つの論文の一部をご紹介します。 

船瀬図書館の記事に載った池田整治さんの記事です。 

かなり飛んでいるお話です。

私は真偽のほどはわかりません。

ですが池田さんは、尊敬しています。 

詳しくは、元記事にあたってください。

<引用開始> 引用元

  

伝説によれば、宇宙文明の仲間入りをする「弥勒の世」は3段階で達成されます。

まず123(ひふみ)の段階で、中心に最高霊の「スメラミコト」が降臨。

具体的には1945年8月15日、敗戦で天皇陛下が軍服を脱いだ時。

次に345(みよいず)の段階で、国造り。

今は、まさにミロクの世に相応しい社会、組織作りの時なのです。

にもかかわらず、植民地体制で日本人の覚醒が封印されています。

そして、最期の567(みろく)=コロナ の10年間でいっきにミロクの世が完成する。

その始まりが実は、2020年。

だから、新たな天皇陛下の御代となるとも言えます。

問題は、2020年からのミロクの時代には、

それに相応しい霊格を持った人でないと住めないという現実です。

具体的には、愛の度数が800以上のひと(霊人)。

ちなみに、キリストや仏陀で1000ぐらいと言われています。

では、それ以下の人はどうなるのか?

ズバリ、大峠で淘汰されます。

要は、地球自体が5次元の星になるので、もう地球に転生して生まれ変わりはできない、とのことです。

これから始まる地震、噴火、あるいはポールシフト等は、

800以下の人々を淘汰するための、ガイア自身の最期の「決断」とも言えます。

つまり、このままエゴの増大する世界金融支配体制などに任せていたら、

ガイアのシステム自身が終焉を迎えてしまうから…。

状況によれば、全人類が一度「泥」に覆われるかも知れない。

その時に、高次元の宇宙の仲間が、使える魂を拾い上げる「宇宙艦隊」も

既に地球の周りで待機している… 

逆に、皆が高いレベルなら、自然現象の天変地異も最小限の被害で終わる、

ということも言えます。 

<引用終了>

   

ここに書かれている

>全人類が一度「泥」に覆われるかも知れない。 

とは、今まさに起こっている、コロナウイルスのパンデミックかもしれませんね。 

あまり不思議系の派手なものは、私のブログでは、載せないようにしているのですが、

今日は、愛する母のために、地獄の様子を細かく描写した

「往生要集」 おうじょうようしゅう をまとめあげた

平安中期の天台宗の僧、源信(げんしん)の願いと同じ気持ちで載せました。 

綺麗ごとばかりでなく、清濁併せ飲んだうえで、

泥にまみれても、それでも本当の幸せを得るため、実利の道を進むためです。 

池田さんは「淘汰」という厳しい言葉を使っていらっしゃいますが、 

要するに、各自の魂の嗜好性によって、類は友を呼ぶの法則通り

地球の波動が上がれば、波動の合わなくなった人は、

別の星に移動して行く、生まれ変わっていく 

自分の好み、波長に合った世界(星)に移動して行く。 

そういう意味だと思います。 

神様の目から見れば、上も下も良いも悪いもないからです。 

皆さん、心の準備はできていますか?

優しさや、愛は与えれば与えるほど、自分の中に溢れてくるものです。 

決して与えることで枯渇してしまい、自分が損をすることではありません。

その行為は、美しいエネルギーの循環を起こし、人々を幸せにしながら、 

再び自分に、何倍にもなって戻ってきます。 

また美しい心の逆の、黒い心も人間は持つことができます。 

小林正観さんの「自己顕示と嫉妬」というお話によれば・・・ 

<抜粋開始>

  

人間は、そもそも「たいしたものでない」のに、

成長していくにつれて、心の中に次の「3つの感情」が芽生えてきます。

・自己顕示欲

・復讐心

・嫉妬

これらはすべて「マイナスのエネルギー」であり、神様から嫌われる性質です。

自分のことを「たいしたものだ」と認識したいと思うから、

「自己顕示欲」が湧いてきます。

みんなが自分のことを「たいした人だと認めるべきだ」と思っているから、

そうならないときに、「嫉妬」が芽生えます。

他の人がちやほやされているのを見て、

「どうして自分にはそうしないのか」という思いが、「嫉妬」です。

また、人から何か気に入らないことをされたとき、

それを「5倍、6倍にして徹底的に嫌がらせをしてやるぞ」と思う気持ちが、「復讐心」です。

 <抜粋終わり>

   

私たちの未来の現実は、今の私たちの心の状態が作り出します。 

高次元と繋がっていると自称する何処かの誰かが、

私たちのために幸せを運んで来てくれるのではありません。 

私たちの今の心の状態は、未来の現実と、肉体を脱いだ死後の世界までも決めてしまいます。

心とは、それほど大切なもlのです。 

どうか今目の前に居らっしゃる方に、笑顔と優しさと、愛を向けてみて下さい。

きっとブッダの言った、3千年王国の到来に私たちも貢献できるはずですから。


2023年12月26日火曜日

3287「死者と生者の仲良し時間」2023.12.26

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月18日の記事を紹介します。


「死者と生者の仲良し時間」


日本の国ほど、昔から黄泉の国、つまり、死者(肉体を持たない者)、そして神々の国を意識し、交流し、敬い恐れ、日々の生活を送ってきた民族はありません。 

見えない世界と、私たち肉体が持つ者が生きる見える世界が

表裏一体であり、互いに影響を及ぼしていることを知っていたからです。 

まさに神々が意図して作った、地球の希望の国でもあります。 

さて、ここのブログを読んでくださっている皆さんの中にも、

お子様を早くに亡くされた親御さんが沢山いらっしゃいます。 

今日は「死者と生者の仲良し時間」ということで、

以前掲載した記事に加筆・修正してご紹介します。 

病気で早くに天国に帰った、お子さんのお話です。 

「仲良し時間」とは、聖心女子大学教授でシスターでもある鈴木秀子さんの著書

「死にゆく者からの言葉」に出てくる言葉です。

彼女の「死者と生者の仲良し時間」の本の中に

「けんちゃんからの贈り物」という文章が書かれていますのでご紹介します。

<転載開始> 転載元 


けんちゃんは6歳で白血病でした。

ある日、お母さんの友人がお見舞にきて

『死にゆく者からの言葉』 (鈴木秀子さんの著作) という本を渡してくれました。

お母さんは

「読んでいるうちに涙が止まらなくなり徹夜して読み上げた時、 

不思議な力で他人への不信感が払われ、人への信頼感が深まり、自分が変わったと強く感じ、

心の底から温かさがあふれてきたそうです。

人との繋がりというものを確信をもって感じ初めました。

そこでけんちゃんの担当の3人のお医者さんに、

この本を読んでもらいたいとの強い希望を持ちました。

こういう題名の本が医師たちに、どう受け取られるかという懸念もありましたが、 

それでも先生方にこの本を読んで下さいと手渡すことができました。

しかしどの先生も、その本については言及することはなく、やっぱり読んでくださらなかったのかとちょっとがっかりした気持ちでいました。

そして、けんちゃんが亡くなり、遺体は夜の八時ごろ家に帰っていました。

誰も訪問する人はなかったのですが、夜10時すぎに

その3人のお医者さんがお悔やみに訪れてくださいました。

眠っているように横たわるけんちゃんの傍に、

3人の先生たちは黙って座ったまま、けんちゃんを見つめていました。

お母さんが、もう終電車の時間じゃないかしらと思った時、

一番若い先生が口を開いて話し始めたのです。

「僕とけんちゃんは仲良し時間を持ったんですよ」

 

「仲良し時間」とは、鈴木秀子著の「死にゆく者からの言葉」に出てくる言葉です。 

死期の近づいた病人が、その死の直前、急に元気を取り戻して、

あたかも回復したように思われることがあります。

その間、病人はさりげないかたちで、言い残したり、したいと思ったことを

成し遂げたりするのです。 

世を去るにあたっての準備の時間、和解し、愛を分かち合う時間、そうした死の前のひとときは、一部の医療関係者の間で、「仲良し時間」と呼ばれています。

亡くなる2週間前の出来事でしたが、

けんちゃんは、苦い薬を水で流し込んでいたところでした。 

どうしたわけか 

「けんちゃん、先生のど渇いているんだ」 

という言葉が、何気なくふと口をついて出ました。

けんちゃんは、水のまだいっぱい入ったコップを差し出し、無邪気そのものの顔で、 

「先生、これ飲めば」といったんです。 

その時、けんちゃんに必要なのは、そのコップの水でした。 

でもけんちゃんは、それを僕にくれようとしたんです」

午前1時をまわっても、先生たちは帰りませんでした。 

そこは死者の家というより、まるで心と心が交わる、温かい場所に変わっていました。

そして二人目の先生も仲良し時間を持ったと話し始めました。

「けんちゃんが亡くなる1週間前のことでしたが、お尻に太い注射をして、「痛いよ、痛いよ」とけんちゃんが訴えるので僕は思わず「ごめん、ごめん」といったんですね」

けんちゃんは笑顔を僕の方に向けて、無邪気で素直な声でこういったんです。

「いいよ、先生、許してあげるよ」

「それを聞いた瞬間、僕は全世界から許されたような気がしました、

 僕のいままでの人生の中で

 おかした過ちや愚かさや悲惨な罪でさえ、すべて許されたおもいでした。」

 

「そうだ。僕はこの世に生きていることを許されているんだ。 

自分の存在が許されるということが、どんなに大きな価値をもつことか、 

まざまざとわかったのです」

お母さんは「この先生も、けんちゃんが言ったことを文字通りに受けとめてくれたんだ。 

そして、けんちゃんを一人の病人としてではなく、一人の人間として

最後まで付き合ってくれたんだ」と感謝しました。

明け方近くになり、一番年輩の先生がふっと口を開きました。

亡くなる前日の午後でした。

けんちゃんに慰めや励ましの言葉は出ず、自分でも予期しないのに、 

「けんちゃん、先生疲れているんだ」と言ってしまったんです。

けんちゃんは大きな目を見開きましたが、両目に光が差し込むのがありありと感じられました。

息がもう尽きそうなけんちゃんが、必死で体をずらして、長い時間をかけ、 

ついにベッドの上端にたどりついて、両足と両腕を曲げ、小さく丸まっていました。

けんちゃんのあえいでいた息が静まると、にっこり笑って、大きな目で広く空いたベッドを指し示して、「先生、ここに寝れば」とけんちゃんは声をかけてくれました。

 

息子を失った悲しみは深いものでしたが、その夫婦は3人の先生に見守られながら、

この世での使命を果たし終えた息子が天に帰ったという、不思議な慰めも感じていたのでした。

そうした慰めに気づくと、子供を失った寂しさよりも、自分たちにけんちゃんという子供が、

6年間も預けられたことへの有り難さが、両親の心にわき起こったのでした。

「一人息子をなくして悲しいし寂しいけど、もっと深いところで感謝と喜びを感じています。人生は長さだけでは計れないものですね。

けんちゃんは、親である私たちに、人間として一番素晴らしい贈り物をしてくれたと思うのです。最高の親孝行息子でした」

<転載終了>

 

私も若いころ母を亡くしました。がんでした。

病状が悪化し、私たち家族の住む中核都市の大きな病院に転院してきていましたので、

毎日顔を出すことができました。

そして亡くなる3日くらい前に行った時、不思議な光景を目にしたのです。

部屋全体が神々しい光に満たされているのです。

ベッドに座った母は微笑んでいました。

それはまるで仏さまのよう。

きっとこれが、死を目前に控えた人の、あの世とこの世の繋がった瞬間かもしれません。

まさに、仲良し時間そのものでした。

きっと人間にはそんな瞬間が誰にでもあるのですね。

もうこの状態の時は、無意識の内に死の覚悟はできているのかもしれません。

残された家族は、どんな形でも良いので、何とか死から引き離そうと、沢山のチューブに繋がれるようなこともある延命措置を望むようですが、もう向こうの世界と繋がっている本人はもしかしたらそれを望んでいない人も、多いかもしれません。

例え肉体は死しても、その精神や意識は永遠です。

また逢える日もあることでしょう。

私たち残されたものの願いではなく、これから死に向かおうとしている方々の

意思を尊重して差し上げたいものです。

 

数え切れないほどの死にゆく方々の臨終に立ち会った鈴木秀子さんが仰るには、

この状態の時には、既に死を受容したうえで、残された人々に感謝の気持ちを伝えたい

と願う方々が多いそうです。

そして静かに向こうの世界に帰りたいと思う方が多いそうなのです。

私たちは、死を意識して生きて行くことで、日々の暮らしの中で、身近な人々を、

大切にできるのかもしれませんね。


 

2023年12月25日月曜日

3286「神様の恩寵」2023.12.25

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月17日の記事を紹介します。


「神様の恩寵」


よく聞く言葉があります。

・願いが叶ったら、感謝する

・気持ちが落ち着いたら、感謝する

・生活に余裕ができたら、感謝する

ですが、これは、宇宙の法則とはまったく逆のことをおっしゃっています。 

宇宙の法則とは

与えたものが、受け取るもの 

まず自分から、何かを出さなければなりません。

  

出したものと同質のものが、

巡り巡って自分に何倍にも帰ってきますから

幸せになりたいのであれば・・

感謝の人生を送りたいのであれば・・ 

まず自分から他人に対し 優しさや、思いやりのある言葉かけ

笑顔、感謝を、出さねばなりません。 

そうやって初めて自分に返ってきます。

何かを得たら、とか、素晴らしい環境になったら感謝する 

そんな気持ちを元春日大社宮司の葉室 賴昭さんは、

「それは、取引だ」と、排除なさっています。 

それでは、今日のお話です。 

自分が持っていないものに、不平不満、愚痴を言うのではなく 

与えられているものに・・・何もない平凡な日々に、感謝しよう

そんなお話です。 

あなたは他人や、モノ、動植物、自然、神様に感謝することはありますか?

一日に何回「ありがとう」と口になさいますか?

今日は何人の方に、笑顔を向けましたか?

私たちが生きていく上で遭遇する、悩みや苦しみ。

そこから解放される手段を、

ブッダは2,500年前に「般若心経」の中で教えてくださいました。

それは「感謝の心」です。

ブッダは人間として生きていく上での 全ての悩み苦しみの、共通の解決方法を、 

「般若心経」に残してくださいました。

「般若心経」はブッダの弟子の一人、

シャーリプトラ(舎利弗=10大弟子)に、観音菩薩が教えを説くという設定で

全文が構成されています。

では、小林正観さんの講演会でのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元


講演会が終わったところで、本にサインをする場合があります。

その時は百二十名ぐらいの講演参加者でしたが、半分の六十名ほどの人が

本にサインが欲しいということで並びました。

三十人ほどのところに、「質問していいですか?」という女性が立っていました。

年齢は四十歳ぐらいでしょうか。

質問の内容はこういうものでした。

実は私は看護師をしています。

夫は長距離トラックの運転手で、毎晩出かけて行って、夜はいません。

そして、自分は夜勤も嫌がらず引き受けてやっているので、

週に二回、子供たち三人だけの夜があります。

最近のニュースを見ていると、子供たち三人をおいていく時に、

何か事件や事故があるのではないか、

変な人間が侵入してきたらどうしようか、

火事が起きたらどうしようか・・・

そういうことばかりを考えて、夫婦二人で話し合い、

どちらかが仕事を辞めた方がいいのではないかと話しています。

けれども、住宅ローンを返さなければいけないという事情もあって、

簡単に二人とも辞めることができません。

悩んで苦しんで、いつも夫と話し合っているのですが、

どうしたらいいでしょうかという質問でした。

私はこのように聞きました。

「一年に五十三週ありますね。 

週に二日、子供たち三人だけの夜があるということは、一年を通していえば百六日になりますが、子供たち三人だけの夜は百日を超えていますか?」

と聞きました。

「超えています」と答えが返りました。

「では、二年だと二百日を超えますが、 二百日を超えていますか?」

「超えています」

「では、三年だと三百日を超えていますが三百日を超えていますか?」と聞きました。

「三百日も超えていると思います」と答えが返ってきました。

「それでは伺いますが、その無事に過ごせた一日だけにでも、  

安全に何事もなく過ぎてくれてありがとうと、手を合わせて、感謝したことがありますか?」

と問いかけました。

 

十秒ほど黙っていましたが、この方は、

そこからどわーっとすごい涙を流して、泣き始めました。

二十分ほども そこで立ったまま泣いていたでしょうか。

私はその間に残り三十人ほどの本のサインを済ませ、それがちょうど終わったころに、

彼女がやっと話ができる状態になって口を開きました。

「ほんとうに一度も感謝したことがありませんでした。 

心配ばかりをして、無事に過ごしてきた日に一日たりとも、 

一度たりとも感謝したことがありませんでした。

今日、帰って宇宙に、地球に、いろいろな方に感謝をするとともに、

子供たちを思いっ切り抱きしめてあげます」

と語りました。 

泣いてはいましたが、明るい笑顔でした。

この話には後日談があります。

半年ほど経ってまた同じところで講演会があったのですが、

 

「先日はありがとうございました」と言って、その方がお見えになりました。

その後、毎日毎日、感謝をして、 

何事もないことに手を合わせてお礼を言っているそうですが、

何事もなくほんとうに平穏無事に毎日が過ぎていっている。

ありがたい。

何かが変わったわけではないのに、状況がなにも変わったわけではないのに、

心が平穏になり、穏やかで豊かで幸せである、ということを話にきてくれました。

<転載終了>


このことに気づいたお母さんは、もう大丈夫ですね。 

宇宙からのパワー、神様からの恩寵を手に入れる方法を知りましたから。 

何かが叶ったら、感謝する

ではなく、 

本当の感謝は、何も起きないことに感謝なのかもしれません。

何も起きないで淡々と穏やかに過ぎていく日々、 

実はこれが物凄いことなのだということに気がつくこと。

不安 恐れ 懸念 心配事というのは、私たちのために、常に沢山の恩寵を施し、

時間やタイミングを調整し、様々とやって下さっている神様に対して、それに気付くことなく、感謝することなく、それどころか文句を言っているのと同じことです。

また、まだ起こってもいない未来に対し、心配し取り越し苦労することも、同じことかもしれません。

いま何事もなく 淡々と過ぎている時間というのは、何も起きていない ということではなく、神様が全てを調整し、全ての出会い別れをセッティングし、そのうえでそれがうまく動いているが故の無事なことが起きているの連続、かもしれないのです。

この奇跡の連続、とめどもない神様の恩寵の連続、これこそが、感謝の源泉です。

そのことに気づき、感謝することができれば、

宇宙からのサポートの100%を享受することができます。

正観さんは、これこそが本当の感謝の本質と仰っています。

何かを頑張って、努力して手に入れることが感謝ではなくて、

今、穏やかに穏やかに暮らしていることが、本当の感謝の源なのだそうです。

悩み、苦しみの生活の中でも、

ふと穏やかな時が流れることもあるのではないでしょうか?

そんなひと時もあるのですから、「置かれた場所で咲きなさい」と言われるように、 

その環境の中で感謝の心を身につけることは、本当に大切なことではないかと思います。

何よりもご自身の幸せのために・・

ありがとうと言う感謝の心は、幸せになるために、どうしても必要な心です。 



2023年12月24日日曜日

3285「「不和と争いの女神」エリス」2023.12.24

今回はIn Deepさんの2023年12月5日の記事を紹介します。


「殺戮の中で地球に笑顔と自由が定着する日までの道程を、秩序と無秩序の同居を主張する「不和と争いの女神」エリスの言葉から知る」


殺戮の中で地球に笑顔と自由が定着する日までの道程を、秩序と無秩序の同居を主張する「不和と争いの女神」エリスの言葉から知る - In Deep


女神エリス主義者の教典『プリンキピア・ディスコルディア』よりエリスの言葉

「私は混沌(カオス)です。 私は、芸術家や科学者たちがリズムを構築するための物質です。 私はあなたの子どもたちや道化師たちが幸せな無秩序の中で笑う精神です。 私はカオスです。私は生きています。そして私は、あなたがたはみな自由だとあなたがたに宣言します」

 

2020年3月にパンデミックが始まったときの天体座位

最近、天体の位置についてたいへんお詳しい方から、「2020年3月」の頃の天体座位の位置が「数百年規模で見ても特異なものとなっていた」ことをお知らせいただいたことがあります。

2020年3月は、パンデミックが宣言されたときでした。

社会が徹底的に抑圧される状態が始まった時期です。

先週のメルマガでは、それについて書かせていただいたのですが、ごく簡単に書けば、

「火星、木星、土星、冥王星がずらりと大集合した、非常に珍しい座位」

が、2020年3月の春分前後に起こり、そして、それだけではなく、

「その対極の位置に準惑星エリスが占星術上でいうアスペクト(約90度の位置)の位置をとっていた」のでした。

準惑星エリスとは、以下のようなものです。

エリス(136199 Eris)は、太陽系外縁天体のサブグループである冥王星型天体の1つに属する準惑星である。準惑星に分類されている太陽系内の天体の中では最も質量が大きく、冥王星に次いで2番目に半径が大きい。Wikipedia


このエリスというのは、公転周期(太陽のまわりを一周する時間)が、何と「 557年」なんです。地球の公転周期が 365日だと考えますと、どれだけ太陽系の遠いところを回っているかがわかります。

準惑星エリスの軌道


国立科学博物館

このような非常に長い公転周期から、エリスが、他の複数の惑星と何らかの相を作り出すのは、少なくとも数百年に一度などの事象であり、さらに、その 2020年3月の際には、エリスの対極に、

「火星、木星、土星、冥王星がすべて合(コンジャンクション)を形成していた座位があった」

ということになります。

こういうことは、何百年に一度あることなのか、あるいは何千年に一度あることなのかはわからないですが、極めて珍しい状態が天体にあらわれていたようです。

2020年3月20日(春分)に地上から観測できた位置

 whenthecurveslineup.com

ここには、「いて座パイ星」という、初めて知った、いて座の恒星系も書かれていますが、Wikipedia によれば、この星の固有名は「アルバルダ」というらしく、名称の意味は、

> 一般にメッカのことを指すとされる。

というものなのだそうです。

 

ともかく、ここに地上からは見えない冥王星も合を起こしていたというのが、パンデミック宣言の出た頃の天体の様相だったようです。

天体の様相は、事前にわかるものですので、当時、占星術師たちなどは「 2020年3月にいったい何が起きるのか?」を議論していたといいます。

第三次世界大戦や、考えられない規模の巨大な自然災害などということを考えた人たちもいたようですが、その時起きたのは、

「人類統制の扉を開けたパンデミック」でした。

大きな戦争も巨大な自然災害も過去にいくらでもありましたでしょうが、

「地球の数十億の人間が、ひとつの機関から出された命令で統制されたことは、人類史上初めて」だったと思います。

ひとつの機関とは WHO ですが、そこに各国政府やさらにその下部のさまざまな組織、団体、地方自治体が、それぞれの市民たちを統制していった図式が、あっという間に繰り広げられたのが、この 2020年3月でした。

そして、これは「事実上の医療戒厳令」に発展していき、それがマスクやワクチン接種への道筋となりました。

(記事)「健康という宗教」が世界中に拡大する中で強行された医療戒厳令。今や、医療と健康概念は神であり宗教となっているという現実 In Deep 2020年10月5日

 

最初の頃は、マスクや過剰な消毒、あるいはどうしたって意味がない、飲食店のテーブルにおかれたパーティションや、体温チェックの徹底などに対して、ややプンプンしていた時期もあったのですが、人々の動態を見ていますと、特に、日本人の場合、

「強制されてイヤイヤしているのではなく、自ら行っている」

ということに気づき始め、その頃から怒りを感じることもなくなり、諦観の中で日々過ごしました。

ワクチンもそうです。

もちろん、イヤイヤ接種した人たちもいるでしょうけれど、おおむね「自ら接種に向かって」いました。フランスのエリートであるジャック・アタリ氏が 1981年に述べたところの以下の状態でした。

> 私たちは適切な治療法を彼らに提供する。それによりその治療法が解決策となる。愚者たちは自身に対しての治療法の選択をするだろう。つまり、自ら屠殺場にやってくるのだ。 (In Deep)

 

それらの光景を呆然と見ていたのが、この 3年ほどでした。

そして、日本だけではないですが、限りなく繰り返されるワクチン接種により、現在、日本人を含む一部の民族が「滅亡」の危機にさえ瀕する状況に立たされています(もちろん、それまでの時間はかかるでしょうけれど)。

(記事)世界保健協議会の公式発表から思う、日本人「絶滅」の時期

In Deep 2023年10月17日

 

「なぜ、こんなことになってしまったのかな」

と考えることも多かったですが、不和と戦争の女神である「エリス」のことを調べているうちに、「何となくわかってきた」のです。

この原因は、現在の世が(あるいはこの数千年の世が)、

「秩序オンリーの世界であるためだ」と。

わかりにくいと思いますが、少し書かせていただきます。

 

カオスの中での微笑み

私は、もともと、制御と秩序の反対の概念、つまり、

「カオスと無秩序」に惹かれる人でした。

おそらく子どもの頃から。

以下は、東北の震災の数日後に書いた記事ですので、もう 12年以上前のものですが、そこからの抜粋です。

2011年03月19日の In Deep 「人類の大きな希望 : 女性「性」の文明」より

…この「カオス」と「無制御」は非常に近い場所にあると個人的には感じていますが、一見荒く見えるこの「カオス」と「無制御」という2つの概念は、実は「女性性」です。

その反対の男性性は、「制御」と「秩序」が大好きで、たとえば、「階級」というのも秩序から生まれており、金銭的なものを含む区別と差別というのも、秩序から生まれています。

そういう意味ではこの 2000年くらいの地球は「秩序」から作られていたことがわかります。

なんとなくいい響きのある「秩序で構成された世界」ですが、しかし、実際は今の世の中はどうだろうかという話ではあるのです。

「カオス」と「無制御」というのは、それらをすべて取り去る概念です。

階級、差別、無意味な価値観、法律、組織といったようなものはすべて「男性性」である秩序や制御から生まれていて、反対の「カオス」と「無制御」からこそ、その反対のものが生まれるものだと私は思っています。

「法律などなくても平安に過ごせる」というのが本来の人類の姿のはずですが、それがどうしてできていないのか。あるいは、いつかはそうなれるのか。

 

そして、今回冒頭に挙げました女神エリスの言葉です。

「私は混沌(カオス)です。 私は、芸術家や科学者たちがリズムを構築するための物質です。 私はあなたの子どもたちや道化師たちが幸せな無秩序の中で笑う精神です。 私はカオスです。私は生きています。そして私は、あなたがたはみな自由だとあなたがたに宣言します」

 

これを読んだときに、「これだ」と思いましたね。

注目すべきは、エリスは自分を「物質です」と述べており、「私は生きています」と述べています。

このエリスの概念をある程度理論的に記しているものは、以下のようになります。エリス主義者の宗教というものはなく、エリスが好きな人たちによって、1960年代に書かれた教典『プリンキピア・ディスコルディア』(教典なのにギャグが多い)からです。

『プリンキピア・ディスコルディア』より

無秩序よりも秩序、あるいは秩序よりも無秩序を選択することは、創造的なものと破壊的なものの両方からなるトリップを受け入れることを意味する。

しかし、破壊的なものではなく創造的なものを選択することは、秩序と無秩序の両方から構成されるすべてが創造的なトリップだ。

これを達成するには、創造的秩序とともに創造的秩序と同等の創造的秩序を受け入れ、また破壊的秩序を破壊的秩序と同等の望ましくないものとして積極的に拒否する必要があるだけだ。

「グレイフェイスの呪い(Curse of Greyface)」には、創造的/破壊的を本質的な正/負としてゲームの基盤を構築するのではなく、人生を本質的な正/負の極性として秩序/無秩序に分けることが含まれていた。

それによって神は人間に秩序の破壊的な側面を耐えさせ、人間が無秩序の創造的な利用に効果的に参加することを妨げた。文明はこの不幸な分裂を反映している。

The Principia Discordia

 

難しいですが、「秩序と無秩序が分裂してしまったために、地球の文明は不幸に陥ってしまった」というような意味でしょうか。

まあ、この時点で、自分でも何を書きたいのだかわからなくなってきていますが、今後、数年、十数年、数十年、ワクチン後の問題が拡大する中で(主には、免役不全の拡大による制御不能な疾患拡大の繰り返し)、

「秩序と無秩序が交錯するとき」を私たちは見ていくかもしれません。

あるいは、

「制御とカオスが同居するとき」も見るかもしれません。

パンデミックが始まった年に、以下のような記事でも書いていますが、本来「対極である」とされる概念が混濁する状況を見ていく時代になっていくと思います。

(記事)みずがめ座の時代と悪魔的時代の同居のときに

In Deep 2020年10月31日

 

そして、その状態は、これまでの人類の歴史では考えられないような大量死の時代の中で進行していくわけで、その中で、それを見たり経験していくのだと思いますが、しかし、これらの非常に悪いと思われる現実にしても、

「過去数千年なかった、人々の極端な価値観の変化のきっかけ」

になるのかもしれないとさえ思います。

天体座位に異常ともいえる珍しい様相が現れた 2020年3月からのパンデミックは、そういうような、未来に対しての価値観の変転についてのキッカケだった可能性だってあるのかもしれないです。

 

女神エリスが人間に求めているものは、

「笑い」

「自由」

です。

そのために、地球全体で人々に不和と争いと苦痛をばらまく。

この「笑いや自由」と「不和や戦争」というのは完全に相反した概念にも聞こえるかもしれないですが、イエス・キリストの言っていた以下の言葉とさほど変わりません。マタイによる福音書 10章 34節です。

 

「我が持ち来たれるは平和にあらずして刃なり」 

これは古い聖書にある文語調で、今では以下のようになります。

マタイによる福音書/ 10章 34-39節

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。

わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。

こうして、自分の家族の者が敵となる。

わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。

また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。

自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」

このことについては、2015年の記事「神々への宣戦布告」というもので少しふれています。

しかし、エリスのほうがよりエライのは、

 

「私はあなたの子どもたちや道化師たちが幸せな無秩序の中で笑う精神です」

「私は、あなたがたはみな自由だとあなたがたに宣言します」 

と述べているところですね。

私たち人間は「自由」であるとエリスは述べている。そして、エリス自身は「自分は笑う精神そのもの」だと述べている。カオスの中で笑ってほしいと。

秩序と無秩序、そして、制御とカオス、これらをすべて同一の状態(あるいは、秩序の良い部分と、無秩序の良い部分を選択できる状態)の社会が「次の社会」だと思います。

そこに「恒常的な笑い」と「常に私たちは自由である」という概念がやっと生まれる。

長かった「秩序と制御だけの時代」が終わる。

それが何百年後、何千年後にやってくるのかはわかりようがないですが……私たちの世代ではまあ無理で、カオスだけの経験で終わっていくのかもしれないですが、神話的な時間軸で考えれば、将来的にあり得ないことではなさそうです。

何だかよくわからない記事になってしまいましたが、どこかに未来の地球への希望を見出したいのでしょうね。それを少し見出したと。


2023年12月23日土曜日

3284「つかの間の地球」2023.12.23

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月16日の記事を紹介します。


「つかの間の地球」


今日はレインボ-チルドレンのまりなちゃんのお話を書きたいと思います。 

まだ子供なので、難しい言葉遣いもせず、さらっと話すのですが、

その内容は、まさにブッダやイエスが仰っていたこと、そのままです。 

ですので尚更、ブッダ達の意識が宇宙神に根差していたことが分かります。 


では、まず感情について 

感情とは、肉体に伴うもの・・ 

6種類の代表的な感情・・・

・喜

・怒

・哀

・楽

・愛 (いとしみ)

・憎 (にくしみ) 

肉体をまとって、初めて味わうことのできるもの。 

宇宙(天)での生活では感情はない。 

ただ生命の躍動感を感じ、イキイキと命を輝かせていただけ・・ 

・心地良いか

・心地が悪いか 

があるだけ。。 

  

つまり、

憎しみの心も、肉体を脱げば(天に帰れば)消えてなくなる

と言うことです。

生まれた時には、どの赤ちゃんも、憎しみや恨みの心を持ってきていません。 

成長するにつれ、環境から、その心が芽生えてきます。

誰一人生まれながらに悪人はいません。 

ただ生まれてくるときに、そのようなシナリオ(脚本)を書いてくるだけです。 

その感情を味わってみたいから。。 

あまりにもシリアスな人生の脚本を書いてくるとき 

例えば 

・重い心や身体の病気

・夭逝(ようせい--子供の内に早くに亡くなる)

・親に深い悲しみを与える

・社会的に悪とされる行為を行う 

などでしょうか。。 そのような時 

このような厳しいシナリオを受け入れてくれる両親は、

一体どんな人たちなのだろう・・ 

と想像するのだそうです。 

まさにこれらの出来事は、本人にとっても、

受け入れる家族にとっても、難易度の高い課題です。 

神々に近い高貴な魂たちなのでしょう。

それゆえに、天に戻った時、

どんなに深い喜び、魂の共感、神々からの祝福に包まれることでしょう。 

 

成熟度がまだ低い場合には、

このような試練(厳しい環境を選んできた子供たち)は与えられないでしょう。 

ですから、もし皆さんの目の前に、

何か問題が立ちはだかったり、悩みや苦しいことがある場合には、 

こう考えて欲しいのです。

この、つかの間の地球で、魂を揺さぶるような 

・悩み

・苦しみ

・悲しみ

・悔しさ

・後悔 

の機会を与えてくれて「ありがとう」

そのような憎まれ役を、あえて引き受けてくださって「ありがとう」

 

私は、泣いたり笑ったりするけれど、

ここでしか味わえない、その感情をしっかりと味わって 

それでも、そのことを 

・心の糧として、

・心を磨く研ぎ石として、 

感謝の息吹に変えて見せましょう。 

  

つかの間の地球 

そこで出会ってくれてありがとう! 

私たちを、この地球に送り出してくださった方々も

きっと、そう望んでいらっしゃることでしょう。


2023年12月22日金曜日

3283「夭逝する子供たち」2023.12.22

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月15日の記事を紹介します。


「夭逝する子供たち」


皆さん「夭逝」(ようせい)と言う言葉聞いたことがありますか。

子供が年若くて死ぬこと と言う意味です。

スタジオジブリの「風立ちぬ」の主題歌は

荒井由美さんの「ひこうき雲」でしたが、 

これは夭逝をうたった歌と言われます。

 

子供が先に亡くなることは、親にとったら、耐えがたい悲しみです。 

私のブログを見てくださっている方々の中にも、そのような親御さんが沢山いらっしゃいます。

ですが、やはり、それにも神様の深遠な意味があるようです。

今日は小林正観さんの文章から夭逝に関するものをご紹介します。

<転載開始> 転載元


ニ、三歳で亡くなる子どもがいます。

この子は九万九千九百回ぐらい生まれ変わりを果たし、

あとの百回ぐらいは、親に悲しみを与えるだけの存在です。

 

あとの百回の生まれ変わりで、もうじき神になる存在です。 

人間としての肉体をもち、何かを修行する必要はありません。 

では何のために生まれてきたのかといえば、

親に悲しみという感情を味わってもらうためです。

かわいい盛りの子どもに死なれるのは、親にとっていちばん悲しいことです。 

その悲しみを親に味わってもらうというのが、

人間として生まれ変わりの九万九千五百回ぐらいから始まります。

子どもに死なれた親は、そこで悲しい悲しいと嘆き、落ち込みます。 

でもそれだけではいけません。 

幼い子どもの死は、

「お父さんお母さん、それを乗り越えて、明るく楽しく生きられますか」

と問いかけているのです。

中略

 

幼くして死ぬ子どもは、もうすぐ神になる存在だから、

何かを修行したり修正したりする必要がありません。 

完成度の高い状況で生まれてくるのです。

だから早死になるのですと。

このことを知ると知らないでは大きな違いです。 

嘆き悲しみ、メソメソするのをやめて、そのすばらしい子どもが自分たちと

半年、一年、三年、五年と一緒にいてくれた。

そのことに感謝しましょう。

ほかの親を選ぶのではなく、うちを選んできてくれた。 

それは、その親がそれまでいかに

いろんな艱難辛苦の生まれ変わりを乗り越えてきたか

という証明でもあるのです。

このことで、めげてはいけません。 

残された親は、そこで悲しい悲しいと嘆き、落ち込んでいるのではなく、 

それを乗り越えて、明るく楽しく生きられますかと問われているのです。 

早死にする子どもの役割はそういう問いかけをすることです。

<転載終了>

 

親を悲しませるために早く亡くなった。

親を悲しませるために、病気になった。

人間の情の面から見たら、なんと非情なことでしょうか?

ですが、これも神様や私たちが、生まれる前に自分で立てた人生計画です。

情ではなく、宇宙の法則が優先されるのでしょう。

私たち生きとし生けるものは、輪廻を繰り返し、

魂を成長させ、もともと一つだった神様のもとに帰らねばなりません。

 

子供が夭逝することや、重い病気になることで、 

どれだけ強力なインパクトを親に与えるでしょうか?

悲しみの涙にくれることでしょうか?

ですが、夭逝する魂たちは、その犠牲を払ってでも

親である私たちに、何かを伝えたかったのです。

何時までも何時までも悲嘆の涙にくれて欲しくてそうしたのではありません。

きっと、その深遠な目的は、親である私たちの魂の向上を

飛躍的に後押ししてくれるものだからこそ、その道を選んだのでしょう。

その悲しみの涙の後に、残された親たち家族が、どう生きていくか?

それこそが、彼らの果たしてくれた役割「夭逝」に報いる道だと思います。  

今世界は、大きな大きな変化の時に差し掛かっています。

精神性の復活の時代への、良き変化です。 

今は辛い時を過ごしていようと、もうすぐ明かりが見えます。 

どうぞ、希望を持って優しい気持ち、笑顔でお過ごしください。


 

2023年12月21日木曜日

3282「あぶりだされる灰汁(あく)」2023.12.21 

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月14日の記事を紹介します。


「あぶりだされる灰汁(あく)」


今日の記事は3年前に書いた記事ですが、 

ますます、この記事に書いた通りの状況が起こっています。 

今まで隠されていた悪事が白日の下にさらされ、誰の目にも明らかとなり、

陰で利権をむさぼっていた者

欲望のままに弱い者を虐げていた者 

が誰だったのか? 

もう、今までのように隠れて、これを続けていくことができない世の中になってきました。 

それでは、始めます。


 

 

5年目に入ろうとしているコロナウイルス、

そして「行き過ぎた資本主義」と、「次の時代の社会」との対立 

それらが激しい勢いで起こり、まさに情報戦争の様相です。 

デマや憶測が飛び交い、何が真実で、何が悪意に満ちたニセ物か? 

一般の私たちには、判断するのも難しい状況です。 

 

人々を疑心暗鬼にさせ、恐怖心を煽ることは

そのマイナスのエネルギーを欲し、コントロールする者にとっては好都合です。

丁度100年前に起きた大災害、関東大震災の時もひどい事件が起こりました。 

大正12年(1923年)の関東大地震によって生じた関東大震災の混乱の中、

「混乱に乗じた朝鮮の人たちが凶悪犯罪、暴動などを画策している」のではないかという疑心暗鬼の中、 

官憲や民間の自警団などにより、

多数の朝鮮系日本人や朝鮮人と誤認された人々が殺害された事件です。

 

こういう時代、人々の心が極限状態に置かれてくると、

心弱い私たちは、そのはけ口を、立場の弱い人に向けがちです。 

それも「正義感」という誤った、虎の威を借りているため、タチが悪いものです。

いじめの集団心理状態に近いものがあります。 

 

黙示録のラッパ吹き

  

このいじめの集団心理状態の中では、

自分以外の他人の言葉や、行動に寛容さが足りず、 

すぐに歪んだ正義感を振りかざし

その雰囲気に付和雷同した人々とともに

相手をとことんまで、貶めて、再起不能にさせます。

自分さえ良ければ・・の心

弱いものをいじめることで、うっぷん晴らし 

いじめられた人々が悲しみの涙にくれるのを見て

歪んだ優越感、薄笑いさえ浮かべます。 

ですが、その姿を、私たちの内にいらっしゃる神さまは見ています。 

私たちの心の内にある良心は、果たしてそのうすら笑う姿を見て、喜ぶでしょうか?

また、このような状況をあえて作り出し、

人々が苦しみ、悲しむ中、陰で大小さまざまな利権に群がり

・今だけ  

・金だけ  

・自分だけ

そのような人々も存在します。

ですが私たちの本当の心(純粋な神様の意識)は、きっと、いじめられた人以上の

苦しみ、悲しみの涙にむせんでいるのではないでしょうか?

 

このような心は、これから始まろうとする

「皆の心が大切にされる世の中」とは、全く正反対です。

まさに、大きな時代の変化の中で 

今、不必要となった感情、心が、あぶりだされています。 

地球は、それを「早く捨てなさい」と言ってあぶりだして、見せてくれているのですが、 

今までの思考パターンや、時代の変化に乗れない人々は、その精神性の低い状態から、

なかなか離れることができないようです。 

これから間近に来ようとする世界は、

・優しさ、

・真心、

・愛情、

・笑顔、

・お互いさま、

・お陰さま

そのような心が大切にされる世の中です。 

変わることのできない魂は地球の変化に付いていけず、

自分の波長に合う場所へと移動せざる得なくなることでしょう。 

それは、パラレルであったり、次元が異なる世界であったり

他の惑星であったりすることでしょう。 

宇宙には波長の法則がありますから、同種の波長の中でしか生きていけないからです。 

 

パラレルワールド 

2023年12月20日水曜日

3281「幸せになりたいのに」2023.12.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2023年12月13日の記事を紹介します。


「幸せになりたいのに」


今日は、幸せになりたいと願っていても

「いつまでも幸せになれない人」の心の持ち方を書きたいと思います。

  

なかなか自分の心を、自分で見つめてみる作業を、普段は行わないものなので

自分で心のクセを見つけるのは難しいのですが、

例えば

・大きな障害(離婚、失業など)にぶつかった時

・大きな病気、事故に遭った時 

このような困難に会うと

私たちは

・まずは社会や会社などの周りを呪い、人のせいにして

・何とかそこから抜け出そうと、人や物に頼り

・神仏にすがり

・それでもだめなら、諦め無気力となります  

ですが、そのような時こそ、本当は自分の心と素直に向き合う絶好のチャンスです。 

神々が与えてくださったラッキーなチャンスです。

なぜなら、自分の心と向き合い、「感謝の心」の足りなさに気づけたら、

そしてそれを反省し、改善しようと決心したら、 

その途端に運命は大きく開けるからです。 

行動にまで移すまでもなく、決心しただけで変わります。 

では、そんな心のクセの一つを

小林正観さんが分かりやすい例で教えてくださっていますのでご紹介します。 

正観さんは前世では、ブッダや空海の弟子であったことや

出身星がプレアデスであったことなどを思い出していました。

<引用開始> 引用元

 

・交通事故で追突された。どういう意味があるのでしょう? 

・病気で一週間仕事を休んだ。どういう意味があるのでしょう?

・友人にお金を貸したけれど返ってこない。どういう意味があるのでしょう? 

ありとあらゆることに

・どういう意味があるのでしょう?

・何か私に教えようとしているのでしょうか?

とつねにそうやって問いかけてくる人がいます。 

それは質問というかたちをとって、

自分が気に入らないことを言っているだけに過ぎません。

・これが気に入らない

・あれが気に入らない

・これが思うようになっていない

と愚痴や泣き言を言っているだけ。

本人は質問のかたちをとっているのですが、

「どういう意味があるのか」と問うこと自体が現象を否定している。 

 

だから、そんなことにいちいち関心を持たなくてもいい。

ただ淡々とやっていけばいい、とずっと言い続けています。 

その人たちは、質問というかたちをとって問いかけてくるのですが、

要するに、 

「私が気に入るように、正観さん話してください」と言っているのです。

「そこから先は神の領域」という思想があると、

いつも心穏やかに生きていくことができます。

私はつねにそういう概念があるので、すごくラク。

ストレスの少ない生活をしています。 

 

夢や希望に満ちあふれているというのは、

・あれが足りない

・これが足りない

・あれ欲しい

・これ欲しい

と言っていること。

結局ストレスになって思いどおりにならない。

思いどおりにならないのは、「思い」があるからです。 

「思い」をなくして、自分が頼まれてやるはめになったことについては、

何も考えないで、「はい、わかりました」と言いながらやっていけばいい。 

そう思っている人は、ストレスがたまらない。

ストレスがたまらない状態だと、自分が一番ラクに生きることができます。

<引用終了>

  

自分の周りで起きる出来事が 

・気に入らない

・自分の思い通りに運ばない 

そのように口に出さなくとも、不平、不満、愚痴を心に抱けば

それはいつしか心に巣食う憎しみに変わり、 

一番大切な「感謝の心」とは正反対の状態になってしまいます。 

感謝の心が無ければ、神々の恩寵は届きません。 

神々の光が届かなければ、幸せにはなれません。 

斎藤一人さんは 

色々な問題や障害が起こってくるのは、自分の心に「感謝の心」が足りないよって・・ 

知らせるために起こっているんだよ。 

そう教えてくださいました。 

私たちの心とはそのように、その状態を全て周りにと投影して見せてくれます。 

それほどに神様から頂いた、この心とは大切なものです。