2023年12月29日金曜日

3290「カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う」2023.12.29

 今回はIn Deepさんの2023年10月5日の記事を紹介します。


「ノーベル賞を受賞したワイスマン博士の論文に散見される「悪の種」から、カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う」

ノーベル賞を受賞したワイスマン博士の論文に散見される「悪の種」から、カリ・ユガの時代が完結するときの日本の終末を思う - In Deep


ワイスマン博士の論文より

先日のノーベル生理学・医学賞を、女性の科学者と共に授賞したドリュー・ワイスマン博士が、2018年にネイチャーに発表した論文を知りました。


mRNA ワクチン - ワクチン学の新時代 mRNA vaccines - a new era in vaccinology

非常に長い論文ですが、適度にツラツラ読んでいましたら、「ああ、この部分の安全性について重要な《行程》が、過失か故意かはともかく、省かれてしまっていたのだなあ」と知ります。

ワイスマン博士の2018年の論文より

…mRNA が合成されると、いくつかの精製ステップを経て、酵素、遊離ヌクレオチド、残留 DNA、切断された RNA の断片などの反応成分が除去される。

nature.com

ここにある、「いくつかの精製ステップ」が「経られなかった」ことにより、

・遊離ヌクレオチド

・残留 DNA

・切断された RNA の断片

が、「除去されていなかった」と推測されます。

切断された RNA や、残留 DNA に関しての記事は以下にあります。

(記事)ワクチン後の損傷、巨大な血栓、未知のタンパク質、そして逆転写と「切断されたmRNA」との関連 In Deep 2023年2月23日

(記事)[重大局面]ファイザー社ワクチンが、DNAで汚染されていたことが見出される……。これにより「永遠のスパイクタンパク質生産」という厳しい概念が浮上。確率は推定3分の1 In Deep 2023年3月15日

 

どちらの記事も半年以上前のものですが、その後、これらの切断された mRNA や、残留 DNA などに対しての懸念が非常に高まり続ける中で、mRNA ワクチン(の mod RNA 化)に対してノーベル賞が授与されたわけです。

ワイスマン博士の書かれている「いくつかの精製ステップ」を普通に経ていれば、

「切断された RNA や、残留 DNA は残らなかった」はずです。

しかし、現実には、複数の医学者、科学者たちが DNA を検出している。

以下には、DNA を検出した複数の科学者の発言等を記しています。

(記事)DNA散弾によるミュータント・ベイビーズの出現が予見される中で、さて人類社会の寿命はあと… In Deep 2023年9月23日

全部のロットやバイアルかどうかはわからないにしても、「それらが入っているものがあった」という事実があります。

これらは、「いくつかの精製ステップ」を正式に行っていれば、混入しなかったものです。

ワクチンからの DNA の除去の具体的な方法については、東京理科大学の村上康文名誉教授が以下のように述べています。

村上名誉教授の言葉

「本来、DNase1 (※ DNAを分解する酵素)というものを利用して、出発材料で利用した二重鎖の DNAは、破壊してなくしているはずなんですよ。それが破壊されずに残ってしまっていると」

「 DNAを除く反応というのは、やれば効率よく進むはずなので、普通は DNAを除く反応というのは絶対にやるはずですし、それが完了したかどうか調べる方法も、容易なんですよ。だから、DNAが残っているというふうなことは普通あり得ないことじゃないかと私は思ったんですが…」indeep.jp

 

[追記 10/05] 読者様から、今年 5月の荒川央さんの note 記事「なぜmRNAワクチンにDNAが混入するのか」の中にある以下の文章をご紹介していただきました。太字はこちらでしています。

荒川央「なぜmRNAワクチンにDNAが混入するのか」より

そもそもなぜmRNAワクチンにDNAが混入してしまうのか?これは「mRNAワクチンのコンセプトそのもの」に関わってきます。判明したのは、シュードウリジン化されたコロナワクチンRNA自体がDNAの分解を妨げているという事です。

…融解温度が高いという事は、シュードウリジン化RNAがDNAに対して非常に「粘着性」があるという事を意味します

…しかし、化学的にはRNAもDNAと会合でき、しかもRNAとDNAの組み合わせは、DNAとDNAの組み合わせよりも安定です。

…シュードウリジン化RNAは、その粘着性の高さのためにDNAと強固に会合します。混入したDNAは部分的にシュードウリジン化RNAとハイブリダイズ(ハイブリッド化) している可能性が高く、これがDNAが分解されにくい原因と考えられます。

大前提として、DNAの混入を防ぐためにRNAを分解しないといけないならば、そもそも論として「mRNAワクチンの製造行程には致命的な欠陥がある」事になります。つまり、「mRNAワクチンへのDNAの混入はどうあっても避けられない」のです。

note

どうも、「どうあっても避けられない問題」のようですけれど、ともかく、切断された mRNA も残留 DNA も「正規の」手順で行えば、どちらも入る「可能性が少なかったかもしれない」ものだったのかもしれないし、あるいは、荒川央さんが書かれているように、「避けられない問題」なのかもしれないですが、ともかく現実として入っていた。

これらが、

・意図的なのか

・過失なのか

は、現状で判断できるわけはないのですが、過失であるなら、あまりにも巨大なミスであり、「意図的」なら、あまりにも「巨大に悪意」です。悪意というか「悪」といっていいかと(防ぐことのできない問題だとした場合、あまりにも根本的な問題ですが)。

とはいえ、この「悪の責任」は、ノーベル賞を受賞したドリュー・ワイスマン博士自身にあるわけではないでしょうけれど。

なお、この論文には以下のような記述もあり「 mRNA ワクチンには多くの懸念がある」ことを自ら示されています。太字はこちららでしています。


ワイスマン博士の2018年の論文より

現在、いくつかの異なる mRNA ワクチンが第 I 相から第 IIb 相までの臨床研究で試験されており、安全で忍容性が十分に高いことが示されている。

しかし、最近の人体試験では、さまざまな mRNA プラットフォームに対して中等度、まれに重篤な注射部位または全身反応が示されている。

将来の前臨床および臨床研究で評価される可能性が高い潜在的な安全性の懸念には、局所および全身の炎症、発現した免疫原の生体内分布と持続性、自己反応性抗体の刺激、および非天然ヌクレオチドおよび送達システム構成要素の潜在的な毒性効果が含まれる。

考えられる懸念は、一部の mRNA ベースのワクチンプラットフォームは強力な I型インターフェロン応答を誘導するが、これは炎症だけでなく、潜在的に自己免疫にも関連している。

したがって、mRNAワクチン接種前に自己免疫反応のリスクが高い個人を特定することで、合理的な予防策を講じることが可能になる可能性がある。

もう 1 つの潜在的な安全性の問題は、mRNA ワクチン接種中の細胞外 RNA の存在に起因する可能性がある。細胞外の裸の RNA は、密集した内皮細胞の透過性を高めることが示されており、したがって浮腫の一因となる可能性がある。

別の研究では、細胞外 RNA が血液凝固と病的血栓形成を促進することが示された。

したがって、さまざまな mRNA モダリティと送達システムがヒトで初めて利用され、より多くの患者集団でテストされるため、安全性を継続的に評価する必要がある。

nature.com

この中の、

> 細胞外 RNA が血液凝固と病的血栓形成を促進することが示された。

というのは、初めて知りました。細胞外の RNA って、血栓の原因になるのですね。

 

ともかく、このように、

・全身の炎症

・発現した免疫原の生体内分布と「持続性」

・自己反応性抗体の刺激

などを含む「毒性」が博士自身の懸念としてあったようです。

では、その後、それらの問題がすべてクリアされて、新型コロナワクチンとして登場したのかというと、「そうではない」です。

 

…なんとなく、ワイスマン博士のこの部分を呼んでいますと、「これらの懸念をすべて回避することは、何をどうやっても不可能」のように読めなくもないですが、世界展開にあたってこれを黙認したワイスマン博士にも、やや罪はあるのかもしれません。

 

まあ、経緯はともかく、「 2020年に悪は解き放たれた」と。

この「悪」の作用としては、以下の記事にありますように、今のところは、まだ 17,000,000人(1700万人)の推定犠牲者なっていますが、ここで止まるとも思えない。

(参考記事)コロナワクチンによる死亡リスクは、現在まで報告されている数値より「1,000倍高い」とした、全死因死亡率を調査した論文が物議  In Deep 2023年10月3日

 

「カリ・ユガだなあ」と、しみじみと思います。

悪が「悪じゃないもの」とされる時代。

なんだか前半と後半の内容がバラバラになりそうですが、そのことに少しふれます。

 

カリ・ユガ

この「カリ・ユガ」というのは、辞書的には以下のようなものです。

カリ・ユガ

インド哲学において循環すると考えられている4つのユガのうち、最後の段階である。

ヒンドゥー教徒は、カリ・ユガの時代は人間の文明によって人々が神から遠ざけられ、霊的な堕落を引き起こしていると信じている。このため暗黒時代と呼ばれる。

この時代にあっては人心は荒廃し、貧困・憎悪・狂気・悪疫等あらゆる害悪が蔓延する。


このカリ・ユガの期間や時代の長さについては、いろいろと諸説あるようですが、カリ・ユガの時代に起きるとされている以下のようなものを読みますと、「今でしょ」と言わざるを得ない面もあります。

カリ・ユガの時代の人間の特徴(一部)

・七つの大罪や復讐が普通に行われる。人々はお互いに強い憎しみを、あからさまに示すようになる。

・法は忘れ去られていく。

・人々は正当化できない殺人について考え始め、そしてそれが悪いことだと考えなくなる。

・善意が衰えていき、犯罪が飛躍的に増加する。

・人々は直後に破るためだけに誓いを立てる。

・人々は酒と薬物に溺れる。

etc...

今はすでにこんな時代ですが、しかしそれでも、「一応、今は平時」だということから、

「今後、社会が混乱に陥ったらどうなる?」

という部分はあります。

混乱というのは、最も考え得るのは「経済の崩壊」でしょうが、それと共に戦争や自然災害などということもあるのかもしれないですが、さまざまな専門家たちの話にふれていますと、少なくとも経済に関しては、混乱はそんなに遠くはないようです。

そういう混乱の中では、多少なりとも「善意」というものが機能しないと、社会はムチャクチャなことになりやすいのですが、

 

「今後、社会が混乱した時に人々(ここでは日本人)の善意は機能するのだろうか」

というような話でもあります。

そういう時でも善意が機能せずに、「人々が常に敵対している」、あるいは「犯罪を犯罪と思わない」というだけの状態が続けば、単にサバイバルや個人的戦争の世界になってしまいます。

でも、今の時代を見ていますと、そうならざるを得ないのかもと思わないでもないです。

 

先日、アメリカの弁護士で、経済学者であるジェームス・リッカーズさんという方が、「何か「大きくて愚かな」ものがやってくる…」というタイトルの記事を書いていました。

リッカーズさんは、投資銀行家としてウォール街で 40年以上の経験がある方ですが、この記事は、つまり、

「主要国のデフォルト」のことについて書いています。

米国、英国、日本、フランス、イタリア、ドイツ、中国等は、「すべてデフォルトに向かっている」ということを数字を並べて解説しているのですが、特にアメリカのことを詳しく述べていますけれど、最後のセクションは「日本」のことでした。

以下です。


日本は米国の拡大版

世界全体を見てみると、日本は米国の拡大版にすぎないことを理解することが重要だ。日本には財政規律がなく、自分たちの命を救うためにインフレを起こすことができない。

日本にとって唯一の出口はハイパーインフレだが、それは来るには来るにしても、まだ日本に来てはいない。

おそらく日本は、まだしばらく債務ゲームを続けることができるだろうが、通貨が崩壊すると暴落が起こる。私が銀行員になり始めたとき、米ドル/円は 400ドルだった。そんな時代だった。

債務危機が近づいている。この問題に対処するために…優秀なアナリストであるステファニー・ポンボイ氏の言葉を借りれば、「何か大きくて愚かなこと」が政策立案者たちから出てきている。しかし、解決策は政策でも計画でもない。

危機はほぼ一夜にして起こり、それはどこからともなくやってくるように思える。

しかし、それは確実に来るだろう。

dailyreckoning.com


ここに「唯一の出口はハイパーインフレ」というような表現もありますが、いつかはわかりませんけれど、仮にいつかこういうようなことになった時には、そりゃあ混乱するでしょう。

現在程度のインフレでも大きな影響を受けているのですから、規模の異なるハイパーなインフレがやってくれば、日常生活のさまざまなことが影響を受ける、あるいは人によっては生活の崩壊に直面する人たちも出てくるかもしれません。

そういう社会の中で、病気の人たちは増える、死者は増えるというようなことも伴うことは確実であるわけで、医療システムそのものが機能しなくなるような状況もないとも言えないかもしれません。その中での「善意」の行方の話です。

 

このようなことから、 2020年に解き放たれた「巨大な悪」が、場合によっては「ひとつの国を滅ぼす」ところまで突き進む様相が想像できなくもないわけです。

 

2023年という今年は、その「巨大な悪」の父母に「名誉と報奨金が与えられた」というカリ・ユガの代名詞的な年だと思います。

日本が特別なターゲットになってしまったことはやはり残念ですが、しかし、これに関しては「国民そのものの問題」が強くあります。

フランスのエリートであるジャック・アタリ氏の 1981年の著作『未来の人生』にあるとされている(真偽不明)インタビューにある、以下の言葉そのものの光景が今も展開されています。

アタリ氏の言葉と言われているものより

…彼らはその治療法を求めるだろう。

それに対して私たちは適切な治療法を彼らに提供する。それによりその治療法が解決策となる。愚者たちは自身に対しての治療法の選択をするだろう。つまり、自ら屠殺場にやってくるのだ。


こちらの記事にあります。

そこに並ぶ人があんなにいなければ、そんな終末を迎えることもなかったのでしょうけれど、もう遅いということだけがひとつの現実です。