2022年8月31日水曜日

2805「幸せになるために」2022.8.31

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月25日の記事を紹介します。


「幸せになるために」


ブッダは私たちの苦しみの原因を、思い通りにならないことを、思い通りにしようとすること、そうおっしゃいました。 

コロナが発生してからの3年間で、いろんなことが起こり、その渦中で、私たちの心は揺れ動き、様々なことに遭遇したことかもしれません。 

物事が、思い通りに運ぶ順境の時もあれば、何をやってもうまくいかず、周りの人も、自分の期待通りには動かず、悶々とした逆境の時もあったかもしれません。 

ですが、その大変化の数年もいよいよ終わりそうです。

逆境の中でも恨まず、憎まず、文句を言わず、人のせいにせず、じっと耐え、

魂を鍛えてくださる神々の働きに感謝の気持ちを持ち続け、忍耐を手に入れた人には 

良き恵がもたらされることでしょう。


どのような苦しみ、悲しみが降りかかろうと、それはを生まれる前に、そうなるように設定して来たのは、誰でもなく自分自身です。

今の状況を「あの人のせいで・・」と人のせいにするわけにはいきません。

・今置かれている状況は

・困った出来事は、

・悩みの種は、 

真っ直ぐに自分に向かって、起こっています。 

誰かのとばっちりで起きた事ではありません。

自分が苦しみに感じるのと同じだけのパワーで、 自分に対して、生き方や、考え方の見直しを求めて起きてくれている「出来事」です。

今、時が熟したことによって、やっと目の前に、その現象が現れてくれました。

それは、私たちの魂が、この人生の歩みで、少しずつ進歩して、やっとその問題を感じ、

そして解決する時が来たという証でもあります。

その事を斎藤一人さんがお話してくださっているのでご紹介します。

<転載開始> 転載元


生きていると、いろいろなトラブルや問題が出てきます。

そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりします。

でも、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものなんです。

人間は、自分に起きた問題を利用して魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。

ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。

 

それどころか、目の前に起きた問題が

自分の魂を一つ上にあげる階段だということも知らない人も多いんです。

だから、苦労したり、悩んだりするのです。

でも、私はなぜか、昔から知っていました。

問題が起きたときこそ、「魂を成長させる方法」というのがあることを。

魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。

その方法はたった一つです。

たった一つの方法で、全部の問題が解決できます。

それは、感謝です。

なにか問題が起きたとき、多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。理詰めで考えると、いろいろな原因が思い当たるでしょう。

でも、魂的な視野からいうと、自分に起きるトラブルや問題は

「自分の感謝のなさ」を教えてくれるものとして出てきています。

だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、

いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。

感謝の反対は「当たり前」。

同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。

ということは、感謝を知らないのです。

だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。

それの「気づき」のために、どこかからだの具合が悪くなる。

それに気づき、他の具合が悪くないところ一つひとつに感謝すればいいのです。

必要な治療を受けながら、感謝すればいい。

そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、最後に、問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。

これはお約束ごとです。

この世は、そういう仕組みになっています。

ということは、問題が起きたとき、「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」と思い、最初から問題そのものに感謝するのが、一番いいんですよね。

でも、最初から問題そのものに感謝するという流れには行かないものなのです。

だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。 

周りへの感謝から始めると、やがて、その問題にも感謝できるようになります。

そして、魂が上にあがります。

<転載終了>

 

何か自分の意に沿わないことが起きた時、私たちは不平や、不満、愚痴を口にし、

何とかそこから逃れようとジタバタします。

今までのぬるま湯につかったままでいたいと思います。

ですが、そのトラブルや問題と言うのは、私たちに「感謝の心」を思い出しなさい  

と言うチャンスの時期が到来したと、伝えているのだそうです。

困ったことに対して、不平や不満、愚痴を口にせずに、 

今まで「当たり前」だと思っていた周りの方々の優しさや思いやりに

目を向けて、感謝すること・・

そして最後は、その問題自体にも、

気付かせてくれたキッカケとなってくれたことに感謝すること・・

すると、一人さんの仰るように、もう問題点は消滅してしまいます。

そして同時に私たちの魂は、また一歩進歩していきます。

今感じている、 

・困ったことは何ですか? 

・不安に思うことは何ですか?

・不満に思っていることは何ですか?

以前の記事にも書きましたが、中間世記憶を持つ子供たちの天国での神さまとの相談の様子からすると、 私たちは生まれる前に、両親を選んで生まれてきました。

そして健康な体になるのか、病気の子供として生まれるのか、

どんな経験をこの人生でするのかを、決めたうえで生まれてくるのだそうです。

そして容姿や性格までも、その人生の目的達成のために決めて生まれてくるのだそうです。性格もです!

これが何を意味するかお分かりですか?

つまり、

・目の前のどうしようもない人、

・自分の思い通りにならない、夫や子供、

・性格の悪い上司

それらは全て、その役割を全うするために、今世において、その性格になることを 

嫌われるのを覚悟であえて選んで生まれて来たということです。

元々、その方は、陰険な意地悪な性格の魂だったわけではありません。

今世において、あなたとの関わりにおいて、そのような決められた役回りをする必要に駆られ、その性格を選んで生まれてきたと言うことです。

 

私たちの身近にいる人と言うのは、一番ご縁が深く、大切にしなければならない人です。

自分が嫌だと感じる一面だけを見て判断するのではなく、

感謝の気持ちで、優しさと思いやりでお付き合いしたいものですね。

その方たちは、私たちに「感謝の心」の大切さを教えるために、

あえて悪役を演じてくださっている魂たちだからです。


最後に作家の三浦綾子さんのお話をご紹介します。 

三浦さんは学校の先生だったのですが、

24歳の時に突然の高熱で入院。その入院が13年にも及びます。

結核自体が、当時不治の病だったのですが、脊椎カリエスを併発。

動かせるのは首だけで、寝返りを打つことも、排泄物を自分で処理することも出来ない毎日。それが4年も続きました。

その後も、ご本人が「病気のデパート」と呼んでいるぐらい、ありとあらゆる病魔が襲ってきました。

紫斑病、喉頭がん、三大痛い病といわれる帯状疱疹が顔に発症、鼻が潰れる。

「お岩さんみたい」と三浦さんが言うと、お手伝いの女性が「そんなこと言うと、

お岩さんに失礼ですよ」と言ったという話をご本の中で書いていらっしゃいました。

そして大腸がん、パーキンソン病と続きます。

普通の人間だったら、絶望のふちに追いやられるのに、

三浦さんはいつも明るく、ユーモアに溢(あふ)れていたそうです。

「神様が何か思(おぼ)し召しが会って、私を病気にしたんだと思います。

神様にひいきにされていると思うこともあります。

特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと・・・。

いい気なもんですねぇ(笑)」

人間の精神は、どこまでも闇に行ってしまうこともあるけれど、 

何かきっかけさえあれば、反転しどこまでも高みに行くこともできるのですね。 

皆さんがご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。




2022年8月30日火曜日

2804「素直になれたら」2022.8.30

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月24日の記事を紹介します。


「素直になれたら」


今日のお話は、元伊勢道場長、中山靖雄三のお話をご紹介します。

障害のある弟さんを持った、お兄さんのお話です。

障害を持って生まれてくることも、全て生まれる前に、

・ある目的を立て

・その目的を達成するために計画を立て

・この世に出てから関係することになる人たちの承諾を得て

・神様にその計画を承認していただき

・生まれる瞬間の星の影響などを考慮して

生まれて来るようです。 

綿密な計画です。 

特に障害を引き受けて生まれてくることは、魂の進化の進んだ魂にしかできません。 

そして本人だけでなく、周りにも大きな波紋を投げかけます。 

ですが、その波紋は、魂の輝きを増すための大きな大きな試練の波紋です。

当人たちが、天に帰った時、その大きな意味が明かされることでしょう。 

では、今日のお話を始めます。

<引用開始> 引用元 

 

修養団で三泊四日の研修を終えられた最後の日に、

「帰ったら弟にごめんなさいって、お詫びをしたいと思います」

と言ってくださった方がおられました。

「私の弟は耳が聞こえません。そしてしゃべることができません。

その弟と、おふくろと私と三人暮らしなんです。

親父が早く死んで、私が父親代わりで今まできました。

おふくろや弟を大事にしてやらなきゃいけないってことは、

いやというほどわかっていましたが、なかなかできませんでした。

今はおふくろに、

『母ちゃんは弟のことが心配なんだろう?

俺に安心して任せておきなさい』って言いたい気持ちがしています。

だけど、家に帰っておふくろの顔を見たら、

照れくさくてとうていそんなことは言えないような気がします。

ただ今日は家に帰って、弟を一回抱きしめて、言っても聞こえませんが、

今までごめんって、お詫びをしたいと思います」

そう言われたのです。

それを聞いて、 

「明日の朝、電話を入れるから話を聞かせてね。

絶対嘘つきにならんといてね」と言って別れました。

翌日、電話を入れると、私からの電話を待っていてくださったようでした。

「先生、やれました」そうおっしゃいました。

「ただいま」と帰ったら、弟が部屋にいた。

「謝ろう」と思ったのに、なんとなく体が動かない。

お兄ちゃんがいない間は、鬼のいぬ間でのびのびしていた弟も、

お兄ちゃんが帰って来たら、また「やられる」と思ったのでしょう。

気配を察して、弟が慌てて遊び道具を片付けて、

外に遊びに出かけようとしたのだそうです。

その時、弟の後ろ姿にだったから言えたのかもしれないけど、

「今までゴメンだったね」と言えたというのです。

今まで弟のせいで、自分がいじめられることもあり、心の底では悪いなと思いながらも、

やり場のない思いを幼い弟にぶつけてしまっていた。

言葉で抵抗できない、ものを言えない弟をいじめていたのだ、というのです。

それをお母さんはずっと見ていて、知ってはいても、

お母さんもお兄ちゃんのつらい気持ちを思うと叱ることもできず、

そんな兄を見守るしかなかったという家庭だったといいます。

弟に申し訳なかったと思っている今の気持ちを、なんとかわからせたいと思い、

外へ飛び出した弟を追いかけた。

すると、弟が必死に走って逃げだすのです。

「逃げんでもいいぞ」と言っても、弟には聞こえない。

いくつめかの信号でやっと襟首を捕まえたのですが、逃げようとして七転八倒します。

なんとか、今の気持ちをわからせたいと思うけど、どうにもならない。

しかたがないから、襟首をぐっと引きずり寄せて、

回れ右させてて、自分の体に押さえつけるように抱き寄せながら、

「ごめんね、ごめんね」って、体をさすってみたのだそうです。

もがいていた弟も、いつもならボカボカってやられるのに変だな、

と思ったのか、ほっと顔を上げたのだそうです。

その弟のなんとも言えない恐々とした表情を見た瞬間、

あふれる涙を止めることができなかったといいます。

 


その流れだす涙が弟の顔にもポトリポトリと当たって、弟にも何かが伝わった。

「先生、あいつが、何をやってくれたと思う?

俺の首ったまに、パッとぶら下がって、

『あ~っ』って、声にならん声を一生懸命搾(しぼ)り出そうとするんだ。

もし、ものが言えたら 

『にいちゃん、こんな嬉しいことはないよ、ありがとう』

と言いたいんだろうなって思ったら、もうたまらなくて、みんながいる往来で

『ごめんな、ごめんな』の繰り返しでした」とおっしゃいました。

それから一緒に家に帰って、お風呂に入って、

ご飯食べて、お母さんが布団を並べて敷いてくれたそうです。

いつもは必ず、布団を離して隅に持っていこうとする弟が、

その日は並んだ布団にすぽっと入って、すやすやと寝ている。

「言うても聞こえんし、寝てるし、わからんと思ったけど、

布団の上から『今までゴメンだったね、ゴメンだったね』って、

もう一度、お詫びをさせてもらいました。

こんな思いが、いつまで続くかわからんけど、精一杯大事にしてやりたいなぁ。

そんな気持ちでいっぱいなんです」とおっしゃいました。

みなさん、いろんな条件があるでしょう。

それぞれの条件の中で、今を喜びに変えながら生きていくこと。

それが、世界を清めていくのです。

 

発達障害のピアニスト 野田あすかさんがいらっしゃいます。 

22歳で発達障害とわかるまで、両親は自分たちを責め続けたそうです。

彼女が22歳の時、障害のパニックから自宅の2階から飛び降りて右足を粉砕骨折してしまいました。

その後遺症のため、現在でも杖がなければ歩くことができず、日常生活では車椅子が必要です。 

想像してみて下さい。 

その時の彼女の心、ご両親のお気持ち 

話を戻します。 

このお兄さん。さまざまな条件の中、素直になれなかったその方も、

初めてその人本来の本性(ほんせい)に立ち戻ったのですね。

そこに気づかなかったら、勝手な思いのままの性(しょう)でいってしまいます。

しかし、どんな人も、出来事を良し悪しにせず、

その条件の中で喜びに出会うご縁をいただいているのだと、気がつきさえすれば、

本性に立ちかえることができるのです。

人の本性はみな優しいのですから。

本性に立ちかえると、自分の心が安らげます。

大きな祈りの中で過ごせるものを、みんな生まれながらにして持っているのです。

<引用終了>

 

みなさん、置かれた場所は異なります。 

何の悩みも苦しみも葛藤もない環境の人も、悲しみ苦しみの中にいらっしゃる方も、 

そして、いろんな条件の中で、今あるもの、与えられているものを見い出し、

感謝して、花を咲かせようとする人もいます。

不平不満、呪いの言葉を口にする人もいます。

生きているうちに 

・地獄に住む人

・天国に住む人と

分かれてしまいます。 

ですが、きっと神さまは、私たちが生まれてくる時に、どんな環境の中でも、

喜びを見出し、みんな仲良く、感謝の心で過ごしてくるのですよ。。

そう言って、送り出してくださったのだと思います。 

もうしばらくして、私たちが、再び天に戻った時、

神さまの、悲しむお顔は、見たくないですね。 

笑顔でお会いしたいですね。



2022年8月29日月曜日

2803「日常の中の幸せ」2022.8.29

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月23日の記事を紹介します。


「日常の中の幸せ」


地球の波動がどんどん上がり、

・思ったことが実現するのにそれほど時間がかからなくなったり、

・波長が異なる者同士は、いつの間にか疎遠になったり

・神様が自然に「人払い」するようなことが起きたり、

・隠されていた闇が白日の下にさらされたり、

色んな現象が起こっているようです。 

小学校4年生のレインボー、そうた君によれば、

地球の次元が少し上がり、3.5次元に入ったのだとか。

ますます私たちの心の状態により、

引き寄せられる世界が明確に分離してくるのでしょう。 

今日のテーマは「日常の中の幸せ」ですが、それに入る前に

斎藤一人さんの、簡単な言葉を掲載します。

一人さんは、子供のころから、アメノミナカヌシ神と交流されていた方です。 

アメノミナカヌシは、150億年前の、この宇宙創生の時の最初の神様です。

その直後に高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ) 

要するに結びの力(中間子、弱い力と言われるもの)が現れ、

原子、分子など物質世界が形成されます。 

一人さんのお話です。

 

身近な人が苦しんでいても、過剰に心配する必要はないよ。 

ただ信じてあげるの。 

人って、それぞれ学ぶべきことを決めて生まれてくるんだよ。 

だから、上手くいかなくても、「うまくいかない」ってことを学んでいるだけ。

さて今日のテーマ、平凡な日々の中にある幸せについてのお話です。

鈴木秀子さんのお話です。

鈴木さんは、聖心女子大学教授で、 

「死にゆく者からの言葉」

「子どもを傷つける親癒す親」

「あなたは、あなたのままでいてください。」

「死にゆく者との対話」

「臨死体験生命の響き」 

などの多数の著作者として知られています。

クリスチャンでシスターでもあります。

そして臨死体験者であり、神様との直接的な接触、光体験をされた方です。

<引用開始>


物やお金にしがみついて、その繁栄だけを求めると、ちょうど切り花を飾ったようで、

目に見える世界はきれいになるし、いかにも幸せそうだけれども、 

そういうものだけで満たされると、心の空しさが起こってくるんですね。

あるとき、講演でこういう話をしたら、講演が終わったあと、一人の紳士が 

「コーヒーを御一緒する時間はありますか」と言うので、ご一緒したことがあるんです。

その方は精神科のお医者さんだったのですが、おっしゃっるには、 

人間のエネルギーには縦と横の線があって、 例えば

・横線を お金や物や地位のエネルギーだとすると、

・縦線は 見えない世界だというんです。

もし人が10のエネルギーを持っているとすると、 

物欲が広がれば広がるだけ、縦のエネルギーはなくなるわけです。

ところが、その人がある日、ガンの宣告を受ける。

あるいは会社が倒産したとか、社長にしようと思っていた息子が死んだりしたというような場合、突然頼りにするものがなくなるわけですから、どんでん返しがきますね。

がんといわれて入院してしまったら、どんな大きな会社を持っていようと、何の役にも立たない。 

そこで初めて、自分の頼りになるものは何だろうかと考えるんですが、そのときに、いかに縦の線を短く生きてきたことかということを、しみじみと感じるというのです。

それまでは8ぐらいあった横のエネルギーが、1か2になってしまうわけですから、

その分を2しかなかった縦の線に振り替えていかなければならない。

そういう人を何人も診てきたけれども、その振り替えがいかに大変かというお話しでした。

 

私はほとんど寿命が尽きて、いつ亡くなるかわからないような人を病院に訪ねて、 

「何かしたいことがありますか」と訊いているんですが、

だれかと諍いを起こしたような人がいれば、まず「仲直りをしたい」というんです。

やはり人間には愛が一番大切だから、それに背くような行為があったら、 

修正して愛でつながりたいという願いが一番強いんですね。

その次に言うのは、「家に帰りたい」ということ。

それから、皆チューブでつながっていますから、「自分の口で食べたい」と言う。

「自分の足で立って、歩いてお手洗いにいきたい」と言う。

ほとんどの人がこういうことをいうんです。

それを聞いて私がいつも思うことは、私がいま会っている人で、 

自分の家に帰れられないような人はいないし、食べ物も自分で自分の口で味わえる。

自分の足で歩いて家に帰るなどということは、当たり前のことで、 

死んでいく人のように、切実に思う人なんて、いないということなんです。

ところが、それがどれほどの恵みであるか、そういうことには気が付かない。

だから、私は死んでいこうとしている人たちが一様に望むことというのは、 

生きている人たちへの遺言だと思うんです。

「当たり前のことこそ恵みで、 死を間近にしてそのことに気が付くのでなく、

いま気付きなさい」

ということを伝えているんだと思うんですね。

何かをすれば幸せになるのではなくて、いまが、幸せなのだということに

気付くことだと思います。

<引用終了>


横線である、見えるもの(お金、地位、名誉、財産、学歴)だけでなく、

縦線である、見えないもの(優しさ、愛、友情、いたわり、思いやり、信じる心)も本当に大切ですね。 

そして私たちは死が近づくほど、これら見えるものを、段々とそぎ落とし、見えないものの、大切さがわかってきます。 

死に際しては、見えないものしか持っていけないのですから・・

 

・貴方には今、帰る家がありますか?

・待っててくれる人がいますか?

・話を聞いてくれる友達はいますか?

・目は見えますか?

・耳は聞こえますか?

・歩けますか?

・自分で食事はできますか?

これら、普段は当たり前だと思っていること全てが、本当は、奇跡で、有難いことなのです。

私達も死の淵まで行かなくと、病気になったり入院したりした時、

同じように思うこともあります。 

そんな時は、周りの人の何気ない優しさが、どんなに嬉しく感じることか?

逆に、周りの人のちょっとしたトゲのある言葉に、どんなに傷つくことか?

私達が亡くなる時。 

それはもしかしたら、そう遠くない日かもしれません。

本当の幸せがわかっていなかった。

命が何万年もあるみたいに思い込んでいた。

そんな後悔をしないためにもちょっと立ちどまり、家族の顔を見るとか、友達のこと、

親切にしてくれる人のことを、少しでも思ってみることができれば、 

生きているうちに幸せを噛みしめることができるかもしれませんね。 




 



2022年8月28日日曜日

2802「地球の住人」2022.8.28

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月22日の記事を紹介します。


「地球の住人」


全てのものの運命を動かす時の重力がガラガラと動き出し、縁のある人々は、集まり、 

出身星が同じであったり、同じ目的を持つ魂たちは、

肉体を持つ者、持たないで波長の高い霊体として存在する者、 

それぞれが、宇宙的な規模で協調し、動き出す人々、生命体が出てきたようです。 

それは神々が約束した時が近づいている証拠。 

私たちは、誰もが永遠の命を持っています。

なぜなら私たちの魂は神様から頂いたものなので、

神様と同じく、私たちの命には始まりも終りもありません。

地球ができてから45億年。

私たちは、そのずっと前から存在してきました。

観測によれば、この宇宙はおよそ138億年前にビッグバンにより誕生しました。

また、私たちの宇宙の外にも無数の別宇宙が存在していると言われています。

そこでは、私たちとは全く異なる自然法則、

全く異なる価値観の世界が展開されているのだとか。。

ですが、たくさん存在する宇宙の中で、少なくとも私たちのこの宇宙では、

「愛こそが全て」という共通の価値観が成立するようです。

神様は愛そのもの。全ての現象の根底には愛が流れている。

憎しみさえも、愛の変形である・・ と言われたりもします。

私たち永遠のイノチある生命体は、もちろん地球が存在する前から存在していました。

ですので、厳密な意味では、地球ネイティブな人は存在せず、

全ての人の故郷は別の星ぼしにあるとも言えます。


地球での学び、これは大変人気があり、なかなか転生させて頂けないようですが、、

数億年のつかの間の学びが終われば、また故郷の星に帰って行くのでしょう。

私たちは、この永遠とも言える長い時の中で、 

大変な確率で出会い、そしてお互い感情をぶつけ合い、

・愛し、

・愛され、

・憎み

・憎まれて

この星の生を終わりにします。

時には同じ星から来た仲間たちと出会うこともあるでしょう。

私たちには産んでくれた両親がおり、慈しみ育ててくれた誰かがいます。

共に学びあった友がおり、憎しみ合った誰かもいるかもしれません。

ですが、私たちには確実に地球を離れ、星に帰って行く日が訪れます。

愛する人たちに、いつかは「さよなら」を言う日が訪れます。

 

君と僕本当は今まで離れたことなどなかったんだ

全ては幻想に過ぎなかった

魔法のメガネが、そう見せていただけだったんだ 

僕は、小さな頃から星空を見上げるのが好きだった

何故だかわからないんだけど

きっと星は何でも知っている

星が教えてくれる「愛」を 

小さな子供の僕は知っていたんだと思う

今やっとわかったことがあるよ

全ては今この時を迎えるための準備だったんだってこと

今、この瞬間をともに生きる大切な仲間たちの「愛」に囲まれて 

僕たちはずっと一緒だったんだってこと

離れたことなど一度だってなかったこと 

今、それがわかる

このハートがドキドキして教えているから

今まで一人ぼっちだったことなんか

本当は一度もなかったこと

ただ、僕の目には何かヴェールが掛かっていたから 

ちょっとの間、迷子になっていただけだったんだ

何故かわからないのに溢れてくる涙 

迷子だった僕を見つけてくれた母が

抱きしめてくれた時の「涙」に似ている

本当はみんな何でも知っている

ただ、思い出すキッカケを探しているだけなんだ

何故、ここで生きているのか

何をしにここに来たのか 

本当はハートは何でも知っている 

それは、何かしなくちゃいけないとか 

使命とか そんな大それたものじゃなくって 

自分のハートを信じてあげること

ただそれだけなんだ

そして、今できること

ハートが動かしてくれること 

今、目の前に居る人と 

分かち合うことをすればいいだけのこと

同じ愛からできた仲間を、愛するだけのこと

それは、ちゃんとハートが教えてくれるから 

ドキドキしたら それはOKのサインだから

溢れる涙は、 

本当にそれでいいんだよっていう印だから

今、僕達は全てのものと繋がろうとしている 

 

今までの人生、全ての出来事 

すべての出逢いが 

今、僕をここに連れて来てくれたこと 

今の僕を創ってくれたもの 

何一つ、どれ一つ、誰一人 欠けてはならなかったこと

今、僕はみんなと繋がろうとしている

宇宙の愛と繋がろうとしている 

やっとこの星の住人

本当の自分として生き始めようとしているんだ


古代ハワイ&ポリネシアに伝わっていた、

「フナ(HUNA)」の叡智。

「フナ」とは、「隠された、秘密の」と言う意味を持つハワイ語で、 古代ハワイ&ポリネシアの「カフナ」と呼ばれるシャーマン達が使っている秘法の総称です。

ハワイの教師サージ・キングは、カフナの歴史を次のように述べています。


「アトランティス大陸が現れる遥か昔のある時、現在プレアデスとして知られている星団から 或る人種(存在)がこの太陽系にやってきました。

殆どの聖人(存在達)は現在ムー伝説で知られる太平洋にあった大陸に住み着きました。

 

彼等は自分たちをムー人と名乗りましたが、他の人達は彼等を【秘密の力を持つ人】という意味のマナフナ又はメネフネと呼びました・・・

ムーではかなり高度の文明が発達していたそうですので、

プレアデス星団からの叡智を引き継いでいるかもしれません。

地球での経験が一区切りつけば私たちは再び故郷の星に戻ります。 

例え家族で会っても愛し合う恋人同士で会っても、星が違えばバラバラになります。 

もしかしたら、その時は近いかもしれません。

今、この瞬間、奇跡のような確率で一緒に居る仲間たちと悔いのないように、

笑顔で、笑って、助け合って生きていきたいですね。 

・憎しみ

・悲しみ

・苦しみ 

は、宇宙生命のスケールでは、ほんの一瞬の出来事でしかありません。 

私たちの本質は「愛」からできています。



2022年8月27日土曜日

2801「青空ひろば」2022.8.27

今回は立花大敬さんのワンディー・メッセージ「青空ひろば」の最新の記事を紹介します。


748 2022.08.13 ~756 2022.08.21 

道場にいた時、Kという雲水(修行僧のこと)さんがいました。 

Kさんはカトリック信者でした。 

禅僧でカトリック信者だ、などというと不思議に思われるかもしれませんが、禅は宗教以前の真理、むしろ宗教がソコから創造されてくる根源的なイノチの有りようを追求するのですから、Kさんがカトリック信者であっても、ちっとも不思議ではないのです。 

私がいた寺にも、キリスト教関係の、特に外人さんが沢山いましたし、通いで坐禅に来ている外人さんも多かったです。ユダヤ教の人もいました。

私も、禅の真理が分かるようになって、一気に他の宗教の神話や教理の意味がハッキリ見えてきました。 

他の宗教の尊さ、有りがたさも見えてきました。 

また、そうでなくっちゃあ、禅の語録しか理解出来なくて、他宗を馬鹿にしたり、排斥するようでは、とても真に禅の悟りが得られたとは言えないのです。  

私が、聖書の一節を引用したり、念仏や法華経を説いたり、さらに黒住さんや金光さん、天理教などまでも解説したりするのは、私には当然で、自然なことなのです。 

白隠さんでも、道元さんでも、今の時代に生きておられたら、当然のこと私のように振る舞われたはずです。 


さて、Kさんのことですが、ある日、たくはつ托鉢(一軒づつまわって、お金などの施しを乞うこと)で町に出たときに、教会に出くわしたので、入っていって、僧侶に告解(カトリックで、犯した罪を司祭を通して、神に懺悔する行為)をお願いしたのです。 

雲水姿のKさんを見て、カトリックの司祭さんも、さすがに抵抗を感じたようでしたが、結局許可してくれて、無事告解できたそうです。 

このKさんは面白い人で、もとは高校の数学の先生であったそうでが、辞職して、大阪の愛隣地区に入って奉仕活動しました。 

それから、全国放浪の旅に出ました。お金をまったく持たずに出発し、お腹が空いたら、目についた家に入って、玄関で「お腹が空きました。ご飯を下さい」といったら、たいていの家で、食糧を頂けたよと、Kさんは言っていました。 

その旅の途中で京都の道場にたどり着いて、出家したわけです。 

さて、カトリックには、このように懺悔のシステムがあるわけです。そのおかげで、カトリック信者が多い地区では、心の病の率が低いのだそうです。 

罪をいつまでも自分の心に抱え込んでいる必要がない。辛くなったら、重荷を神に預けてしまえばいいからですね。 


仏教にも、懺悔(さんげ)ということはあって、初期の頃の仏教では、罪を犯したら、僧の集会で告白して、許しを乞うという儀式があったそうです。 

大乗仏教では、全員の前で告白するという必要はなくて、懺悔の際には、仏や菩薩さまの絵や像や写真の前に坐って、犯した罪を告白して許しを乞います。 

それから、立ち上がって懺悔文(さんげもん,禅の会でいつも唱えていますね)を唱え、読み終わったら五体投地(礼拝)します。これが1ラウンドです。さらに、もう一度立ち上がって、懺悔文を読み、礼拝し・・・、これを繰り返します。 

懺悔文を紹介しておきますね。五体投地の方法はYouTubeなどで調べてください。 

懺悔文(さんげもん) 

我昔所造諸悪業(がーしゃくしょーぞう しょーあくごう) 

皆由無始貪瞋痴(かいゆーむしー とんじんち) 

従身口意之所生(じゅーしんくーいー しーしょうしょう)  

一切我今皆懺悔(いっさいがーこん かいさんげー) 

<訳> 

私(人類全体を代表して)が作ったさまざまな悪業は  

すべて限りない昔から連綿と続いてきた貪りと怒りと愚かさから生じてきました。 

それらの悪業は、身や言葉や心によって生じます。 

それらの悪業の一切を、私(人類全体を代表して)は今懺悔します。 

この懺悔は何回とは決まっていなくて、自分が納得できるまで、罪が解けたと実感出来るまで、何回も、何日間でも、何年間でもやり続けるのです。


天台大師の『天台小止観』には、懺悔行のなかで、こういう心理的体験をしたら、罪が神仏から許された証拠だと、いくつかの例が紹介してあります。

(1)心や身が軽くなって、光や透明な空気にでもなったような感じがする。

(2)ぐっすり眠れるようになる。

(3)理由なしに、いのちの内奧から、フツフツ喜びがわき出してくる。

(4)人やモノや、出来事の善意に包まれている自分を感じる。

(5)自分を含めてすべてのモノが、存在を許されている、存在することが全体のい のちのために、必要なんだと分かる。

(6)自分の過去の体験も、進化のためにどうしても必要な体験であったんだと分か    る。

(7)最後に、罪は本来無いんだと分かる。

すごいですね。これはまさに悟り体験で、ここまでいかなくても、自分で納得できるまで懺悔行をすればいいのです。

 

松居桃楼(とおる)先生が面白い懺悔法を紹介しておられます(『微笑みの禅』潮文社)。 

先生は、この(1)から(7)までの、罪が許された状態の記述を読んで、これは要するに、心身の凝り、固まりが解けた状態のことなんだと捉えたのです。 

『罪』は『積み』で、『詰み』ですね。要するに、『罪』の状態とは、心と体にこだわりや許せない部分があって、それで、身体や心の特定の箇所(その場所は罪の種類によって違う)に固まり、血液や栄養分がうまく流れていかない箇所が出来る状態なわけです。 

ですから、『罪』がゆるされたとは、心身がほどけて、柔軟になり、ゆるくされた状態となった時です。つまり、(1)の状態さえ実現できれば、(2)から(7)までは、自然と体験できるものなのです。 

ですから、懺悔で大切なのは、心身をほどくことで、たとえば、先ほど紹介した大乗仏教の懺悔法でも、このような礼拝行を繰り返せば、自然と汗をかき、新陳代謝が活発となり、筋肉などの緊張部もほぐれてきます。自ずと心身柔軟となりますから、『罪』が解消するのです。 

松居先生は、銭湯にいって床に大の字に寝る。すると、心身がほぐれて、宇宙と一体である。善意につつまれて生かされている自分であると実感出来る。これが私の懺悔法だと言っておられて、面白いと思いました。

 

私の場合は、坐禅が懺悔です。 

私の坐禅は、ただ坐る坐禅です。ただ、正しい姿勢を目指して坐ります。しかし、なかなか いい坐禅になりません。どこかに、こだわりがあり、人や自分に許せないモノがあるから、それが坐禅の姿勢の歪(いびつ)さに現れるのです。 

ですから、体が微妙に、前後左右に傾きます。それに気づくたびに、もとの姿勢にもどします。 

体のある箇所が緊張していることに気づきます。そうすると、すぐその箇所の緊張をほどきます。そういう微妙なチェックを重ねながら、ただ坐っているのです。これは、努力ではありません。ムダな抵抗をやめて、一番自然で楽な体勢に復帰するだけだからです。 

そういう坐禅を何十年と重ねていくうちに、坐禅以外の場面でも、違和感が生じれば、その原因となっている、体の緊張している箇所にすぐ気づき、すぐそこをほどくことが出来るようになってきました。そうすると、『罪』を『積み』にし、『詰み』にこじらせる前に次々、ほどいてゆけるようになります。 

ですから、私の坐禅は懺悔法でもあるのです。(完) 


747 2022.08.12 

南泉禅師が、道場に帰ってくると、弟子達が猫のことで争っていました(いったい、どんなことで争っていたのか、記録には残っていないので不明)。 

南泉は、その猫を取り上げていいました。

「お前達、この場において、何か一言、言ってみよ。言うことが出来たら、この猫を救おう。言うことが出来なければ、斬り捨ててしまおう」 

弟子達は、誰一人として答えることが出来ませんでした。 

南泉はついに、その猫を斬ってしまいました。 

夜になって、南泉禅師の一番弟子であった趙州が道場に帰ってきました。 

南泉は昼間にあった猫の事件を趙州に語りました。 

趙州は、自分が履いていた靴をヒョイと頭に載せて、歩いて部屋から出て行きました。 

南泉は言いました。「お前がその時、その場にいたならば、猫を救うことが出来たろうに」(以上、碧巌録第六十三、六十四則、無門関第十四則) 


(大敬コメント)いいなあ、趙州さん。カラッとして、爽やかで、いさぎよい。 

もちろん、南泉さんのような、争いの根を根源から断ち切る、苛烈な禅も大切だと思いますが、私は好きにはなれないですね。 

趙州さんの、『ヘッ、問題を断ち切る必要なんてないんだよ。始めから問題なんて、どこにもないんだからね』、そんな趙州さんの禅がいいなあ。 

泥んこ靴をサッと脱ぎ 

ヒョイと頭に載せてゆく 

一番下が、一番上で、 

一番上が、一番下 

何が何やらさっぱり分からん 

分からんなりで、スタスタ歩く 

その先に、夏の青空 

モクモク、モリモリ、真っ白の雲 


743 2022.08.08 ~746 2022.08.11 

易経の勉強も少しずつやっておきましょう。何といっても、易経は「人生の王道」を示してくれます。

まずは、このご時世にふさわしい「水山蹇(すいさんけん)」という卦から入ります。

「蹇(けん)」とは、「行き悩む」という意味の漢字だそうです。

寒さに足が凍えて進めないという状態を表しています(「蹇」は寒+足という構成)。

前方に進もうとするのですが、深い「水(海)」があり渡れないのです。

また、高い「山」があり、その険しさが前進を阻みます。

無理に進もうとすれば、遭難の怖れが生じてくるでしょう。 

ですから、成否が五分五分だけれども、思い切って断行しようなどと蛮勇を発揮してはいけません。行くべきでない時に、行くことを断念して引き返すのも素晴らしい勇気なのです。


(水山蹇(すいさんけん)」の卦の続き) 

平坦な道、暖かい方向の安全が見込まれる道であれば前進してもいいのです。 

これは正義なのだからと我を張って行動してはいけません。 

先輩や智慧ある人の意見を、謙虚、素直に受け入れて、行動を決定することが必要です。 

そうすれば、多方面から支持者が現われ、協力、援助が届けられ、やって来るでしょう。 

前へ、前へと、外側に行くことばかりに気をはや逸らせることをやめて、一度、内側を振り返ることにしましょう。 


(水山蹇(すいさんけん)」の卦の続き) 

あなたに恵まれているものは何と多いことでしょう。そのことに気づいていますか。 

家族、仕事の同僚、禅の会(しあわせ通信)の仲間…、そのように、自分に恵まれているものの多さ、支えてくれている存在の有り難さに気づき、それらとの関わりを誠実に、これまで以上に、思いやり、心遣いを丁寧にして、お付き合いしてゆきましょう。 

世界はあなた自身の有りようを映し出す鏡のようなものです。 

あなたが関わりのある方々を大切に思い、いたわる気持ちをもてば、あなたも、たくさんの人に大切にされ、いたわりや善意のサポートを提供してくださる人も増え、次の活動期に向けて、しっかりした地盤が出来上がるでしょう。 

今は地道に徳を積んで、身内を固める時期なのです。 


(水山蹇(すいさんけん)」の卦の続き) 

今年は、一見、厳しくて、何事も思い通りにならない苦しい一年だと感じられるかも知れませんが、それは冬をむかえた落葉樹のようなものなのです。 

いのちの内側では、来る春(活動期)に向けて、しっかり内側を充実させる営みが黙々と続いているのです。 

今年と来年は、そんな、地味ですが、とても大切な一年となります。 

豊かな実りを末永くながくもたらしてくれる「基礎となる土壌」をしっかり整える一年にしましょう。(完) 


742 2022.08.05

いのちの全部を「今」に託します。神さまの風に身を任せます。

そうすれば、紙の上に美しい人生の詩がつづられると信じて。


741 2022.08.04 

僕が僕であることが世界の根っこだ。

ブッダもイエスも その根っこから生えだした 花であり 実なんだ。



2022年8月26日金曜日

2800「死を超えて」2022.8.26

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月21日の記事を紹介します。


「死を超えて」


今日のテーマは、死についてです。 

近しい方を亡くされて、喪失感の中に、居られる方もいらっしゃるかもしれません。 

もっとこうしてあげればよかった・・そう自分を責めている方も、いるかもしれません。

自分にできる精一杯やったと、

爽やかな達成感を味わって、いらっしゃる方もいるかもしれません。 

今日は、肉体の寿命は尽きて亡くなろうとも、

・魂は死なない、

・永遠である 

といことをご紹介します。

それを知っているか知らないかで、人生の価値が、まるっきり変わって来るからです。

まずは同名の著書を持つ元東京大学 医学部部長、矢作直樹さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元


死は考え過ぎるといけませんが、

時々、それを思うことで「豊かな生」を手に入れることができます。

それ以前の自分と、それ以降の自分による対話がそこにあります。

長いのか短いのかわかりませんが、いわゆる人生という旅の中において、 

自分のお役目も励みながら、あるいはお役目を探しながら、感謝しつつ日々を全うする。

そのうちにゴールがやって来るという人生で、必要なのは「幸福感」でしょう。

誰もが避けられない、死というイベントを意識することで、

限られた時間の中で、豊かな生に向かって歩こうとする、 

私たちの幸福感は、そんなところから滲(にじ)み出て来ます。

さらにそこで大切なのは、「人は死なない」という事実を知ることです。


今回の生で授かった肉体は滅びますが、私たちの魂は死ぬことがありません。

まずはそこに気づくこと。

そうでないと唯物論者のように現世利益にしがみついて、単に死を怖がることになります。

この先もまだ数えきれないほど生まれ変わるというのに、

今の生の、利益にしがみつくなんて、これほどバカバカしいことはありません。

その仕組みがわかると、滲み出た幸福感の中に

また会えるという感情が生まれ始めます。

他界した、大事な人や、愛しい人とはあちらの世界で会えるし、 

次回の転生後も(前の生のことは覚えていませんが)違う役割で会えるでしょう。

そもそも大事な人や愛しい人は、いつも私たちの、すぐそばにいます。 

私たちが死を迎える日、つまり現世を卒業するその日まで

彼らは優しい眼差しで、見守ってくれているのです。

その仕組みを踏まえると、残りの人生を、心配する必要がなくなります。

対人関係やお金の問題など、いろいろなストレスを抱えているにせよ、 

それも今回の人生において、自分の「課題」がそういう形で出ているだけの話です。

解決できないレベルの課題は絶対にやって来ません。

必ず解決のための糸口があります。

その糸口を探すことこそ、人生における最上の学びなのです。

臨死体験というテーマでも、この20年くらいの間に実にさまざまな立場の方々が、 

講演や著書でその体験談を発表しています。

 

脳神経外科の世界的権威である医師

エベン・アレグザンダー(元ハーバード大学メディカルスクール准教授)が

自らの臨死体験を著書にまとめた本もベストセラーになりました

(脳神経外科医が見た死後の世界・早川書房刊)。

向こうの世界の様子が、詳細に描かれているのが興味深い点です。

レイモンド・ムーディやエリザベス・キュープラー・ロスなど、多くの実績を持つ欧米の医師たちが死後世界の実相を克明に語る向きは、海の向こうではかなり増えています。

しかし、私たちの住む日本ではそうした情報自体をまだオカルトと

忌避する風潮が強いのも残念ながら事実です。

なぜ私がそんな突飛なことをここで言うのか?

理由は簡単です。

人間は知らないことへの対処がこの世で一番怖いからです。

・知らないこと、

・知らない人、

・知らない世界、

・知らない作法、

・知らない手続き、

・知らない知識…

私たちが常に怖がり、不信感を持つのは「未知のもの」です。

逆にそれらがわかると心の中にある恐怖心は消え去るのです。

<引用終了>


今回の生で授かった肉体は滅びますが、私たちの魂は死ぬことがありません。

と矢作さんは仰います。

また、矢作さんは、

「寿命とは、この世で魂を磨く期間」と言っています。

我々がこの世に生を受けた目的は、 

魂を磨き、少しでも多くのお役目を果たして、あの世に行くこと。

・人の役に立ち、

・人から必要とされる人となること。

・人に喜ばれる人になること。

(病気や寝たきりになって人のお世話になることも、 

相手の方に「人の世話をする」という体験の機会を与えている 立派な役割です。)

だから、

・辛いこと、

・困難なこと、

・嫌なこと、

・面倒なことは、 

この人生において、自分の魂を磨くための、大事な砥石(といし)。

多くの人は、沢山の悩みや悲しみ、苦しみの中で人生を送られていることだと思います。

でもそれは、それらの環境が私達の魂を、強くしてくれるからです。

そして、それは乗り越えられない試練は決して与えられない。   

と言うことと、肉体の死を持って、終わると言う意味でもあります。

それはどういうことかと言えば、今の苦しい環境も、せいぜい死ぬまでの事。 

そしてそれは、 自分の魂を磨くためにあると言うこと。

時に、もう投げ出したくなるような、人間関係、家族関係、経済的な貧困、人々の差別、

中傷、ねたみ にさらされるかもしれません。

ですが、それは永遠に続くものではありません。

私達は、あと何年、何十年生きているか解りませんが、それで終わりになります。

決して、その環境を投げ出さず、自分の精一杯の誠意と愛と思いやりを持って、

過ごして生きたいものです。

先に亡くなった方々は、今頃どうしているでしょうか? 

このブログでも、沢山の臨死体験例をご紹介してきましたが、 

肉体という 振動数の低い状態から、魂という、振動数の高い状態に移行すると、

そこには、時間の概念も、空間の概念も無くなるのだそうです。 

拘束の多い、物理的な地球と異なり、 

一瞬にして、意識した時代へ行け、意識した場所へ移動できるのだそうです。 

そして、その状態こそが、私たちが肉体を持ち、暮らしている時間より、 

はるかに長い時を過ごす場所であり、実在界とも呼ばれます。

また、類は友を呼ぶ。。

つまり「波長の法則」と呼ばれるものが、より鮮明に機能するため

波長の異なる者同士は、交わることができません。

亡くなった方々は、同種の波長を持つソウルメイト達に囲まれ、 

ねぎらいの言葉をかけられていることでしょう。 

また、この地球上で経験したこと、

・思ったこと、

・感じたこと、

・感情の爆発など

全ては貴重な体験とされ、ソウルグループに共有され、宝となるのだそうです。 

それは、私たちが、

・良きこと

・悪しきこと

と、常に区別しますが、一切のジャッジ抜きで、全ての経験が大切な宝になるのだそうです。 

 

だから、あちらに戻った時に、経験したこと、つまり「既知」 (いろんな未知のことを経験して知った)というお土産を持ってきたが故に、大歓迎で迎えられます。 

きっと、お父さん、お母さん、先に亡くなった子供たち

友人や、かわいがっていたペット達も笑顔で 迎えてくれることでしょう。

そして、再び霊的な生活に、フォーカスされた暮らしが始まります。

ですから、死とは決して悲しいものではなく、通過点でしかありません。

生きていた今よりも、もっと幸せになるために、帰って行きます。 

死は、この地球で経験した、豊かな宝を仲間たちの元へと持ち帰る最後の扉です。 

そして、その扉の向こうには、隠し事など一切できない、

心と心、波長の同じ、親しい仲間たちが待っています。

残された私たちは、戻られた方々が、後ろ髪引かれることの無いように 

自分たち自身の、生きる目的をにこにこ笑いながら、経験して行きたいものですね。 

そして、私たちも、向こうに戻った時、笑顔で、ご挨拶したいものですね。

地球では、お世話になりました。

泣いたり笑ったり、沢山の経験をさせていただきました。 

ありがとうございました って。

 


2022年8月25日木曜日

2799「好意は好意で返される」2022.8.25

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月20日の記事を紹介します。


「好意は好意で返される」


沢山の人々が、普段の生活の中で、

心無い、「悪口・陰口」に苦しめられているようです。

逆の言い方をすれば、もし、それを乗り越えることができれば、

相当、魂の洗濯(魂の浄化)が進むということになります。

そうなれば、ご自身だけでなく、身近な周りの方々にも

幸せや笑顔のおすそ分けができるようになります。

私も、もうずいぶん前から実践していますがよく記事でご紹介しているブッダの方法は、

凄い効き目があります。ぜひ試してみてください。

それは、悪口や陰口を聞いても

・すぐに忘れるようにすること

・根に持たない

・考えない

・良い所を見つけるようにする

とすることで、

悪しき「悪口・陰口」に、それ以上、エネルギーを与えなくなります。

・エネルギーを与えられない物、

・意識を向けられない物は 

放っておいても、消滅する運命です。

良きところに目を向け、そこに意識を移すことは、

その良きことにエネルギーを与えることになります。

エネルギーの法則から、その人は、「良き人」、「味方」にいつの間にか変わってしまいます。

そんなことも、ここ地球だからこそ、経験し、実験し、学ぶことができます。 

学びの最中は、辛く苦しいこともあるのですが、実際に渦中の入ることで、よりしっかりとした知恵となり、魂に刻み付け死を超えて持ち帰ることができます。 

魂の仲間たちとの共有の財産になります。

それでは、今日は逆のパターンについて書きたいと思います。 

テーマは「好意の返報性」です。

これは与えたものが受け取るものという宇宙の大原則を人間の「好意」についてみたものです。

これも非常に、普遍的、かつ現実的で速攻で効果が出てくるものです。

もし人間関係でお悩みの人がいらしたら、是非試してみてください。

精神科医・作家、樺沢紫苑さんのお話です。

<引用開始> 引用元

 

以前、私はある病院で認知症専門外来をやっていました。

 この外来は、通称「もの忘れ外来」と呼ばれているところで

「最近、もの忘れが進んできたのですが」という方が来られるほか、

認知症患者の介護をしている家族も相談に訪れます。

介護に抵抗したり、興奮したりする認知症の患者さんの介護は、想像を絶するほど苦しいものです。

その介護が今後何年続くかわからないという不安もあります。

認知症のお舅さんを介護しているお嫁さんから、相談を受けました。

いくら介護をしても、悪口や嫌味、悪態ばかり。

黙って介護されていればなんとか頑張れるものの、精神的にも限界だと。

そこで私は彼女に

「そんなあなたの、介護したくない という気持ちが、お舅さんに伝わっているのではないでしょうか?」

と質問しました。

彼女は無言になってしまいました。

介護でも「返報性の法則」は存在します。 

イヤイヤ介護していると、それは介護される側にすべて筒抜けになります。 

結果として、それが介護への抵抗、悪口や悪態、興奮や暴力など、

「悪意の返報性」として返ってくるのです。

介護する人が心から明るい気持ちで介護していると、

介護される側も明るい気持ちになって、気持ちよく介護を受けてくれるのです。

そこで、彼女にアドバイスしました。

1週間だけでいいので、「お舅さんと初めて会った」

と思い込んで心の中を空っぽにしてください。

そして、心を込めて、献身的に、笑顔で介護してください。

彼女は最初「そんなことはできません!」と否定的な態度を示していましたが、

「1週間で、必ず相手の態度は変わります」

と私が断言したのを聞いて、

「それなら、なんとかやってみます」と言いました。

1ヵ月後に彼女が来院しました。

 陰鬱な表情はどこにもなく、笑顔で言いました。

「おじいちゃんが変わりました!」

数年の介護の結果、悪口や悪態が日常的となり泥沼となった嫁舅関係。

それが、「好意」を持って1週間接しただけで、お舅さんの態度は柔らかになり、悪口や悪態もなくなり、最期には「ありがとう」と感謝の言葉まで口にしたのだそうです。

「好意の返報性」は、非常に普遍的な心理法則ですから、

認知症になって理解力の低下した方にも、すべての人に効果があるのです。 

重要なのは、先に「悪意」を引き下げて、「好意」を差し出すのは、

自分でなければいけないということです。

言うのは簡単ですが、これはとても難しい。

なぜならば、既に泥沼の関係になっているということは、「悪意」と「悪意」のキャッチボールをしている「悪意の返報性」にすっぽりとはまった状態です。 

その状態で、いきなり「好意」を投げるのは、相当の勇気と思い切りが必要となります。

しかし、このように「悪意」を「好意」に変えることによって、人間関係をリセットすることは可能です。 

私の経験では、このアドバイスを受けて、きちんと実行した方は、全て成功しています。

あなたも、泥沼の人間関係を「好意の返報性」によって覆すことが可能なのです。

<引用終了>

 

「悪口・陰口」の次に、その対極にある「好意」について書きました。

その方向性は真逆であり、ご本人たちの心に、どれだけの影響をもたらすことでしょう。

一方は、自分をまきこみ、「地獄」の世界を周りに作り 

もう一方は、自分を含め、周りに「天国」のような笑顔と幸せの世界を作ります。

私たちの心の中には、どなたにも神さまが居らっしゃいます。

それを良心と呼ぶ人もいます。 

そこは宇宙の神さまと繋がる場所です。 

相手の方の 一面だけ一時的な姿や態度を見て切り捨ててしまうのではなく、

この人は「ダメな人」と判断を下してしまうのではなく、 

相手の内に隠れている神さまを常に見つめていたいものですね。

良寛さんも、そのように生きた人でした。 

私たちが、相手の方に、好意や、愛情、思いやりを持って接した時

必ず、相手の方の同じ部分が反応します。 

私たちは与えたものが受け取るもの、という宇宙の大原則の通り、

与えたものと同じものを、倍受け取ることになります。

樺沢先生も仰っていますが、ここで大切なのが、 

まず自分が先に・・・と言うことです。 

人間関係に悩んでいる皆さんご興味があれば、是非試してみてください。


 


2022年8月24日水曜日

2798「死を超えて明かされる秘密」20228.24

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月19日の記事を紹介します。


「死を超えて明かされる秘密」


ブッダの前世の物語、ジャータカによれば、 

ブッダは29歳で修行に発ち、35歳で悟りを開きました。 

インドには古くから、命あるものは生まれ変わりを繰り返すという「輪廻」の思想があります。 

仏教を伝えた人々は、ブッダは無限とも言えるような過去から生まれ変わりを繰り返し、

その中で善業を積んできたから、最終的に悟りを開くことができたと考えました。 

このブッダの過去世での善業を伝える物語を集めたのが、「ジャータカ」です。 

ブッダはかつて2つの重要な法則を私たちに教えてくださいました。

・因果の法則

・縁起の法則因果の法則(カルマの法則)とは、


すべての物事には必ず原因と結果があり、

すべてはその原因と結果の連鎖で成り立っているというものです。

これは私たち人間の生活や人生の話だけではなく、

動物や植物といった生命全て、地球そのものが、

この因果の法則によって成り立っていると言われます。

縁起の法則では、私たちの生まれてから死ぬまでに起こってくる全ての出来事は、

生きている私たちの意思や努力で変えられるものではなく、 

既に生まれてくる前に決めたストーリーの通り、決まっている。

そしてこの人生ストーリーは私たち自身と、神様で相談して決めてくるのだそうです。

この因果の法則は私たちの宇宙では、ブッダの説いたとおり絶対的な法則ですから、 

私たちのこの人生ストーリーも、この法則から外れるものではありません。

神様から私たちの魂が枝分かれして宇宙空間に旅立ってから

今までに生み出した 因(カルマ・・良い意味でも悪い意味でも)によって 

私たちは結果を受け取るわけですから、人生ストーリーの中で起こる色々な出来事も、 

この因による結果の出来事が組み込まれることになります。

例えば、

・貧しい人に施しをしたことがあったので、困った時に助けが現れる・・

・困っている人を見て、見て見ぬふりをして逃げてしまったので、

 大切な時に物事の遅延が重なり、なかなかことがうまく運ばない

など・・(本当はこのように単純には起こりませんが)

 

この因果の法則は、言いかえると宇宙の法則

与えたものが、受け取るもの

と言うことです。

・温かい言葉を投げかければ、温かな言葉をかけられます。

・笑顔を向ければ笑顔が帰ってきます。

・親切にすれば、親切にされます。

・傲慢な態度を取れば、傲慢な態度で返されます。

因果の法則は決して私たちを苦しめるものではありません。

神様が私たちを苦しめる法則など作らないからです。

この人生ストーリーをベストなタイミングを図り

起こしてくださっているのが神様や仏さま。

そしてこの地球において、そのストーリーを展開するために、 

色々な役割を演じてくださっているのが、友人・知人・家族たちとなります。

  

様々な役目があります。

・親切な役

・憎まれ役

・味方、敵

・殺し役、殺され役

・運命を回転させる推進役

・親、兄弟、友人、同僚役

全部この因果の法則の「結果」部分の出来事を、

私たちの人生という大舞台で一緒に演じてくださっています。

ブッダが縁起の法則で言うように、私たちの人生ストーリーは、

寸分の狂いもなく決まっており、私たちは、その流れに身を任せるだけです。

ブッダの言うように、私たち生きている間の

・意思や努力

・必死なもがき

で変えられることは 0パーセントです。 

変えられません。

ましては他人(子供や家族を含め)の人生を、私たちの自分勝手な価値観で

変えさせようとすることなど不可能です。

因果の法則も、縁起の法則も、神様が決めた法則です。

つまり「慈悲や愛」に根ざしているということです。

神様と私たちが生まれてくる時に決めてきたシナリオは、

私たちの魂の成長を目的に書かれていますから、愛そのものと言えます。

私たち生きている人間は、起こってくる出来事を

 「あるがまま、ありのまま」 

に感謝して受取り、下手にもがいたり、変えようとは思わず、 

神様を純粋に信じて生きていればそれで良いようです。

難しいことはありません。

自然界に生きる、動物や植物たちと同じです。

 

私たち自身の決断も、行動も結論から言えば、もう決まっていることです。

私たちは神々の「愛」を信じ、「あるがまま、ありのまま」の流れに任せ、 

神々が織りなす愛と善を自分自身の役割として演じながら、味わい、理解するための経験をこの地球でさせていただいているのかもしれません。


因果の法則とは、盗んだから盗まれる。。と言うような単純な反応ではなく、

様々な因が絡まりあって、結果を生むようです。

激しい結果を受け取ることで、一気に沢山の因の解消を図ることもあるようです。

(そのためには強い魂である必要がありますが)

これも神様と相談して人生ストーリーに組み込まれます。 

そしてもう一つ大切なことがあります。

既に因果の法則の「因」を燃やしつくした方も居らっしゃるということです。

その場合、因果の法則の因に縛られることがありませんから、

行動の自由度も増しますが、多くの場合は、既に高貴な魂となっていますから、 

自己犠牲的な、人類の成長に貢献するような出来事を

人生ストーリーに組み込んで来られる方がいらっしゃると言うことです。

 

3.11の東日本大震災では多くの犠牲がありましたが、 

その方々の貴重な生命の犠牲をキッカケとして日本の集合意識は大きく目覚めました。 

神々の計画であった精神性の復活の時代が始まりました。

生きている人間からすると「死」と言うものは永遠の別れ、

悲しいもの、忌み嫌うべきものと捉えがちですが、

大きな永遠の生命の流れの視点から見れば、一つの通過点という意味になります。 

悲しいことではありません。

また逢えるのですから。

ですがその分、生きている人々に大きなインパクトを与える出来事になります。

悲しい、苦しそうな、辛そうな死を迎えた人も

そこには大きな意味があったということです。

決して偶然に、運悪く、バチが当たって死んだわけではありません。

それをきっかけに世の中の流れが変わったのかもしれません。

周りの人の心に何か変化が起こったかもしれません。

 

自然界を見れば、この自己犠牲的な死を選ぶ動物や植物は沢山います。

それは、その動物たちの集合意識が、個の生命よりも集合体としての

全体の存続を選んだ時です。

決して自分が死に役になったからと不平・不満を言う者はいません。

人間も同じです。本当はそんな純粋な心を持っています。

人間の肉体の生体反応では頻繁にこのことが行われています。 

ある細胞が犠牲になることで、他を生かすようなことが沢山あります。

たとえ私たち残された者たちの顕在意識が、疑問、不満を持ったとしても、 

本当は潜在意識、次元の上のレベルの私たちの意識では納得しています。

それが最後の別れではないと知っているからです。

その出来事を通過することで、 

全体の調和と進化が測れることが分かっているのですから。

死別は大きな出来事です。

その隠された秘められた大切な、壮大な意味は神様しか分かりません。

ですが、神様は私たちを見捨てません。 

裏切りません。愛そのものです。

残された私たちは、今 目の前の人、事を大切に、誠実に生きることで、 

亡くなった大切な人たちと、死を乗り越えてまた笑顔で会えることでしょう。

そして秘められた秘密は、死を超えて、その再会の時に 

きっと明らかにされることでしょう。



2022年8月23日火曜日

2797「天国からの手紙」2022.8.23

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月18日の記事を紹介します。


「天国からの手紙」


私たちの魂は、永遠に存在します。

肉体を持たず、死によっても、人と人と、深い魂の交流を持った、

魂同士を引き離すことはできません。

死は時に、人々を悲しみのどん底に引きづりこみますが、 

決して、私たちを引き裂くことはできません。

私たちは、生きている間悲しみや喜びを通じ、魂のダイナミズムを経験し、 

そして深い魂の繋がりを結んでいきます。


このブログの読者の中には、早くにお子さんを亡くされた方も多くいらっしゃいます。 

今日はイノチの尊さについてのお話をご紹介します。 

この中には、死産に関するお話も含まれています。 

興味のない方、気分が悪くなる方、こういうお話はタブーと思ってらっしゃる方は、 

どうぞ、スルーなさってください。

 

関根雅(まさし)さん、麻紀さん夫婦の子どもは、出産予定日に、

突然、お腹の中で亡くなりました。

娘に「椿」という名前をつけて見送った後は、深い悲しみの中で、

自分たちを責め続ける日々を過ごしていたそうです。

そんな夫婦を救ったのは、「わたしが あなたを選びました」という本の

著者である産婦人科医、鮫島浩二さんとの出会。

自分たちを親として選んでくれたはずの子が、なぜ、うまれてくることができなかったのか?その問いに対して、鮫島医師は...?

とっても素敵な女性に話を聞かせていただきました。

今年3月に産まれた「椿」ちゃん。

2660グラムで、出産予定日に産まれました。

でも、椿ちゃんは、産声をあげることはありませんでした。

待ちに待っていたこの日に、お空に帰ってしまったのです。

妊娠中は何の問題もなく、ママの麻紀さんもだんなさまも おなかの赤ちゃんに話しかけたり、歌を歌ってあげたり。。。毎日、順調に大きくなっていく椿ちゃんと、

本当に、幸せな時間を過ごしていたそうです。

ところが。。。予定日の朝、目が覚めると、胎動がなく、不安な思いで病院にいくと、

既に心音がなく、亡くなってしまっていました。

トツキトウカの間、時にはポンッ、ポンッ、とおなかを蹴ったりしながら、

小さな体で一生懸命生きていた命。

その、もうすぐ会える!

と楽しみに思っていた命が、突然その鼓動を止めてしまったのです。。。。

原因は今でも分かっていません。

椿ちゃんの心音が止まっていることを聞いた麻紀さんは、半狂乱のようになり、

「おなかから出してしまったら、椿と一緒にいられなくなる。絶対おなかから出したくない」

そう、叫んでいたそうです。

しかし、だんなさまの 

「きれいなまま早く出してあげよう」という言葉で、翌日、椿ちゃんを出産されたようです。

陣痛をおこして、助産師さんに支えられながら、だんなさまも立ち会った8時間の出産。

産声をあげることも、目をあけることもなかったけれど、かわいいベビー服に包まれた、

2660gの椿ちゃんを抱いている麻紀さんは、本当にきれいで、とても幸せそうでした。

しかし、その後の2ヶ月は、病院を責めたり、自分を責めたり。。。

誰かに責められるのではないかという気持ちにもなり、

家にひきこもり、泣いてばかりの毎日だったそうです。

ところが、ある日、天国の郵便局からこんな素敵なお手紙が届きました。


~天国郵便局より~

おとうさん、おかあさんへ

おとうさん おかあさん 悲しい思いをさせてごめんなさい。

天国を出発する前、神様から

「お父さんたちと一緒にいる時間は短いですよ。それでも行きますか?」

と聞かれたとき、本当にショックで、悩みました。

しかし、あなたたちの仲睦まじい姿を見て、地上に降りる決心をしました。

たとえあなたたちに悲しい思いをさせても、たとえ一緒にいる時間は短くても 

あなたたちの子どもに数えられたかったからです。

そして私の夢はかなえられました。

おかあさん、わたしは確かにあなたの胎から生まれましたよね?

おとうさん、わたしは確かにあなたの血を受け継いでいますよね?

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。

そのことを、わたしは誇りに思います。

いまわたしは、あなたたちと共に過ごした、短いけれども楽しかった日々に思いを馴せ、

わたしに続き、あなたたちの家族になりたいという きょうだいたちに 

あなたたちのことを自慢する日々です。

わたしは親戚のみんなといっしょに元気にしていますので、

もうこれ以上悲しまないでください。

そして心から、「わたしの選びは、正しかった」と言わせてください。

泣きたくなったとき、空を見上げてみてください。わたしたちの姿が見えますよね。

ゆっくり体調を整え、まだかなあ?と愚痴っているきょうだいたちを迎えに来てください。

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。

そのことを私は誇りに思っています。

つばきより


手紙は、耐えられない気持ちを訴え、支えてくれた、さめじまボンディングクリニックの

鮫島浩二先生からでした。

鮫島先生は、妊娠中にも愛読し、勇気づけられた書籍

「わたしがあなたを選びました」の著者でもあります。

 

そして、泣いてすごす麻紀さんに、だんなさまも、 

「椿は自分の命を一生懸命全うしたよ。姿は見えなくなってしまったけれど、 

これからは3人で生きていこう。

おなかにきてくれたことに感謝しよう。

ママにさせてくれたこと、パパにさせてくれたことに、ありがとうって伝えよう」

そう言ってくれたそうです。

まだ、幸せそうな妊婦さんを見たりすると、つらい気持ちが出てきてしまうこともあるそうです。

でも、椿ちゃんがおなかにきてくれて、教えてくれたこともたくさんあるとおっしゃっていました。

そして、椿ちゃんのためにも、様々なことに感謝をしながら笑って生きていきたい、

とおっしゃっていました。

今の日本の制度では、死産をしてしまった赤ちゃんは戸籍にも残されません。 

流産も死産も、タブーに感じられることが多いのか、

あまりその存在を語られることもありません。

その数は、私たちが想像しているよりもはるかに多いのに。。

 

現在、流産は全体の約15%、そして、死産は約3%の確率で起きていると言われています。

椿ちゃんのように、母体に理由があるわけでも、赤ちゃんに原因があるわけでもなく、 

お空に帰ってしまう命も存在します。

でも、椿ちゃんが、麻紀さんたちご夫婦と存在しているように、

たとえおなかの中で亡くなってしまう命も、出生後どんなに早く亡くなってしまった命も、その命は短かったかもしれないけれど、この世に誕生したんだ、と思います。

そして、大きなメッセージを私たちに伝えるために来てくれたんだと、思います。

映画「うまれる」では、誕生死も「うまれる」ことの一つとして考え、扱っていきます。

以上 映画 うまれる HPより 引用させていただきました。


妊娠・出産・育児、流産・死産、不妊、障害などは、とっても神秘的な、生命の営みの一つです。

短い寿命や、障害を負う事を承知で生まれてくる魂には、そのことによって、両親や周りの人々に大きな衝撃、直感、人生転換のきっかけを与える役割がある方が多いそうです。

生命の神秘ですね。

なんだか私達に関わる全ての人達に 「ありがとう」って言いたくなりませんか?

笑い(笑顔)と感謝は 本当に大切ですね。

神様は、きっとその笑顔と感謝の気持ちさえ生きている間に持てれば、天国に帰った時に

「よくやったね」って褒めてくれるような気がします。

 



 

2022年8月22日月曜日

2796「日本の若い人たちの「胸腺」は萎縮してしまったのではないか」2022.8.22

 今回はIn Deepさんの2022年7月17日 「日本の若い人たちの「胸腺」は、この二年半で回復不能なまでに萎縮してしまったのではないかと、ふと思う現在のコロナデータ」の記事を紹介します。

https://indeep.jp/thymus-completely-atrophied/


おそらく多くの若い人たちの胸腺が萎縮している

現在、日本は、コロナの新たな流行波に突入していまして、その急激な上昇ぶりはかなりものですが、全体の数はともかくとして、最近の東京都の感染状況を見ていて、「?」

と日々思っていました。

たとえば、以下は、7月17日の東京都の感染確認者の「年代別の感染状況」です。

2022年7月17日の東京都の年代別の新型コロナ感染確認数

・10代未満 1,950人

・10代 2,559人

・20代 3,456人

・30代 2,849人

・40代 2,679人

・50代 2,125人

・65歳以上 1,569人

このようになっていました。

65歳以上というのはかなり大ざっぱな区切りですが、ともかく「高齢者が最も少ない」。

これを 10代未満、10代と20代と合わせて比較しますと、以下のようになります。

・10代未満と10代と20代  7,965人

・65歳以上   1,569人 

圧倒的に「若い人たちのほうが多い」のです。

まあ、偽陽性なども多く含まれる検査ですから、数そのものの信憑性はともかくとしても、一定の方法での検査なら、比率は実際にこうなのだと思います。

明らかに「若い人たちのほうが圧倒的に感染しやすくなっている」ことがわかります。

どうして、こんなことになったのかなあと思いますが、こういう場合、「ウイルスの変異」云々が言われることがありますが、それがどんな感染症であっても、

「結局は《受け手》の問題」です。

どんなウイルスであっても、免疫が高い身体の状態の場合、すなわち免疫を司る細胞などの働きが活発であれば「かかりにくい」ですし、逆ならかかりやすい。

ほぼすべての感染症がそう言えるはずです。ウイルスの変異とかはあまり関係ない。 

そこで思い出すのは、「胸腺」という存在です。これは、私が初めて知ったのは、今から約 2年前のことで、以下の記事で取りあげた時でした。 

[記事] パニック障害の人はできるだけ「マスクを避けたほうが望ましい」医学的理由。そして私は、子どもや若者たちの胸腺が萎縮した病的な社会の出現を懸念している

 In Deep 2020年8月4日 

この後半の「子どもや若者の胸腺が萎縮した病的な社会の出現を懸念している」というほうですね。つまり、「今、これが起きているのではないか」ということです。

今、というか、この2年半の中で少しずつそうなっていったのではないかと。

この「胸腺」というのは、免疫に重要な T細胞というものを作り出す(分化する)上で非常に重要なもので、特徴としては、

「若い人で非常に活発に免疫細胞を作り出す」ものです。 

(胸腺 - Wikipedia より)

胸腺は胸腔に存在し、T細胞の分化、成熟など免疫系に関与する一次リンパ器官。……T細胞は主として感染細胞を破壊する細胞性免疫にかかわる。 

この胸腺は老化と共に萎縮して、胸腺からの免疫細胞の生産は次第におこなわれなくなります。

(胸腺 - Wikipedia より)

> 胸腺中のリンパ球が最も多いのは思春期(10代前後)でピーク時の胸腺は 30~40gに達する。その後は急速に萎縮し脂肪組織に置き換わる。この胸腺の退縮は 70歳までにほぼ完了する。 

しかし、「老化」とは別に、胸腺が萎縮する原因があるのです。

「ストレス」と「恐怖」です。

以下は、早稲田大学の論文からの抜粋です。

(早稲田大学の論文より)

胸腺は精神的、物理的化学的等のストレッサーによって急性のストレス状態が生じ萎縮が起きるが、その原因が取り除かれると自発的な回復が起こる。しかし、回復の程度は萎縮の原因の刺激の程度により、あまりに強い刺激を受けた場合は完全に元の状態に回復することは不可能であり、障害を示す。

 

十代などの若い人たちでも、「過度なストレス」を受けた場合、胸腺が、

「元の状態に回復することが不可能なダメージを受ける」のです。

若くして胸腺の機能が不全となった場合、どのようになるかというと、以下のようになります。 

(胸腺 - Wikipedia より)

胸腺不全があると細胞性免疫に欠陥が生じ、感染症にかかりやすくなる。

この2年半は、特に若い人たちに絶望的な状況が続きました。もちろん日本だけではなく、世界の多くがそうでしたが、日本では、2020年からの緊急事態宣言という名の事実上の「精神的ロックダウン」により、

・遊べない

・コンサートも映画も何もやっていない

・外を歩くにはマスクをしなければならない

・孤独の時間ばかりが増えていく

・太陽の光さえ奪われた

というような時間が長かったのですが、これでストレスを感じないわけがない。

特に若い人たちには「拘束されるストレス」というのは極めて甚大です。

若い人たちは、自分では大丈夫だと思っていても、潜在的には、人によって壊滅的な精神的ストレスの渦中に叩き込まれていたはずです。実際、主要国では、どこでも若い人たちのメンタルがボロボロになっていることが報じられていました。

2021年2月の時点での世界の若者たちのメンタルヘルスの状況についての報道

・アメリカで最も若い年齢層の4人に3人が、1つ以上のメンタルヘルスの問題に苦しんでいる (CDC)

・アメリカの大学生の5%が自殺未遂をした (Chegg.org)

・アメリカの十代の自殺傾向が56%増加 (ワシントンポスト)

・アメリカの自死者の最低年齢は9歳 (ニューヨークタイムズ)

・オーストラリアでは年間自殺者数が3000人から4500人に増加。半分が若者 (LaCorte News)

当時は以下のような記事でも取りあげました。

[記事] 「今起きていることは通常のメンタルヘルス・カタストロフではない」

 In Deep 2020年7月18日

[記事] 世界中の多くの若者たちのメンタルヘルスの状態はそろそろ限界なのでは。アメリカでは「4人に1人の若者が本気で自死を考えた」と回答

 In Deep 2020年9月28日

これは現在でもあまり変わらなく、以下は、今年 3月の米エポックタイムズの記事のタイトルです。

アメリカの十代の自殺率が上昇している:子供たちを助ける方法は

Teen Suicide Rates Are Rising: How to Help Our Kids

冒頭は、以下のような報道でした。

CDCは最近、アメリカの 10代の自殺に関する驚くべき統計を報告した。10代の少女の自殺未遂による緊急治療室への訪問が、2019年と比較して 2021年の最初の数か月で 51.6%増加しているのだ。

アメリカの自殺率はもともと上昇し続けていたのですが、2020年からの「状態」はトドメだったと思われます。

自殺を企図するまでに至るようなストレスが、「胸腺を萎縮させないわけがない」とも思います。

ちなみに、胸腺による免疫の維持は、十代が最高で、成長するにつれて少しずつ胸腺は萎縮していき、七十代くらいまでには胸腺による免疫メカニズムは「ゼロ」になります。

では、お年寄りはどのような免疫システムを持っているのかというと、これを発見したのは、日本の安保徹博士なのですが、

「老化と共に胸腺が萎縮すると共に、高齢者の身体は《胸腺以外で》免疫細胞を作るようになる」ことを発見したのでした。

以下は、安保徹さんの論文からの抜粋です。

CD3細胞というのは、T細胞のマーカーとして最も汎用されるものだそうです。

安保徹著 「膠原病、炎症性腸疾患、がんの発症メカニズムの解明」より抜粋

マウスでもヒトでも、胸腺外分化T細胞の出現は誕生時には稀であるが、加齢とともにその数が増加する。この現象は胸腺退縮に伴って出現する。

100週齢マウスでは、CD3 int 細胞が肝臓のみならず、他の臓器でも顕著になった。老齢マウスの脾臓とリンパ節でも、CD3 high 細胞に比較してCD3 int 細胞の比率が大概圧倒的に多い。

胸腺外分化T細胞の概念なしでは、加齢による免疫現象を理解できない。 

このように、高齢になると、肝臓、脾臓、あるいは他の器官でも T細胞が作られるようになる。

まあ…関係ない話ではありますが、この肝臓と脾臓は、コロナワクチンの mRNA がもっとも蓄積する部位のひとつでもあります。以下は、マサチューセッツ工科大学のセネフ博士の mRNA ワクチンについての論文からの抜粋です。

これは、インフルエンザ mRNA ワクチンですが、使用されている脂質ナノ粒子はコロナワクチンと同様ですので、同じ分布となります。

(ステファニー・セネフ博士の論文より)

臓器の中で、これまでで最も高いレベルを示したのは脾臓(86.69 ng / mL)と肝臓(47.2 ng / mL)だった。体内の他の場所では、濃度は 100〜 1,000倍低いレベルだった。 (ijvtpr.com)

これについては、以下の記事にあります。

[記事] 脾臓とワクチン : mRNAワクチンが最も攻撃する脾臓の精神科学的な意味は?

 In Deep 2021年5月17日

 

まあ、この脾臓と肝臓の話は、本題とは関係ない話でしたが、とにかく、人間は、老化と共に「免疫システムが根本的に変化する」のです。

高齢者は、「もう胸腺なんて要らない」ということになっていくのですね。 

しかし、若い人にとっては、免疫の大きな役割を果たす T細胞を作り出してくれるのは、「胸腺だけ」なんです。

その胸腺が萎縮したり、機能不全になると「免疫がとても弱くなってしまう」と。

先ほどリンクしました「…子どもや若者たちの胸腺が萎縮した病的な社会の出現を懸念している」という 2年前の記事は、

「こんなストレスの中で、若い人たちの胸腺が萎縮してしまうと、社会全体が病的になってしまう」という心配を書いたものでした。

現在、実際にそうなっているかどうかはわからないです。わからないですが、「そうなっていても不思議ではない」と思います。それほどストレスは過度でした。

しかし、高齢者は、胸腺とは関係のない免疫システムを持っていますので、影響をあまり受けない。ですので、過度なストレスの負荷がかかる社会下では、「高齢者の免疫のほうが強くなる」という逆転現象も起き得るのかもしれません。

最初に数値を載せた、 

・10代未満と10代と20代  7,965人

・65歳以上   1,569人

は、それを示しているのではないかなと思った次第です。

本当にそうなのかはわかりませんし、わかりようがないです。

若い人たちの胸腺が萎縮しているかどうかは、大規模に調査すればわかることですが、そんな調査は、なされないでしょう。 

あと、その胸腺の萎縮についての 2020年の記事の後半に「パニック障害の人は、できるだけマスクを避けたほうがいい」ということも書いていますが、このメカニズムから、

「マスクも胸腺の萎縮に関係している」と、少なくとも私は思っています。 

マスクをしていると、特に今のような湿度の高い環境では、通常より多くの二酸化炭素の「再吸入」が起きますが、「二酸化炭素は脳に恐怖を誘発する」のです。

脳の扁桃体という部分が過剰な二酸化炭素を検出した場合、「脳に恐怖反応を引き起こす」ことが研究でわかっています。

本人が気づかないうちに、日々、連続的に恐怖の感情がもたらされやすくなるのです。

これも積み重なれば深刻なストレスと結びつくはずです。 

この 2020年の頃は、「本当の感染症対策」ということをたまに書いていました。 

それはいろいろとあるとはいえ、若い人たちなら、根本的には、 

・日々楽しく過ごす

・友だちや知人などとの明るい交流を絶やさない

・若い人なら恋をする(高齢者はドンマイ)

などが「若い人たちの胸腺を萎縮させない」という観点からは、最も科学的な感染症対策だと確信していました。ところが、日本の当局も欧米に倣って、「人間を機械として扱う対策」に走り、その結果としての「今」があります。

つまり、過去最大の感染者の出現状況です。次の流行波ではさらに大きなものとなるかもしれません。あるいは、この増減の流行波の繰り返しが、2年、5年、10年と続くかもしれません。

そうなったのは何のせいなのか……と批判することは容易でしょうが、しかし、もう非難しても仕方ありません。

先ほどの早稲田大学の論文にありますように、

「あまりに強い刺激を受けた場合は、萎縮した胸腺を完全に元の状態に回復することは不可能」 だからです。

一部の若い人たちは胸腺が萎縮したまま生きていかなければならない。

あるいは、若い方で、ワクチンを接種された場合は、以下の記事でイタリアの研究をご紹介していますが、やはり免疫に極めて重要な、

・CD4細胞

・CD8細胞

・ナチュラルキラー細胞

も、ワクチン接種後に著しく減少してしまいます。

胸腺の萎縮と相まって、「ほとんど免疫がない状態になる」可能性さえあります。 

[記事] コロナの後天性免疫不全は「エイズより悪い」ことがイタリアの研究によって突きとめられる。膨大な数の人々が「強化されたスパイクタンパク質」を接種した日本の未来は  In Deep 2022年6月20日 

これはコロナの枠を超えて、インフルエンザや感染性胃腸炎など、今後のあらゆる感染症の流行に際して影響が出るものだと思われます。

少し希望のあることも書きたいですが……何があるでしょうか。

今ひとつ思い浮かびません。



 

2022年8月21日日曜日

2795「すごい父に拾われた」2022.8.21

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月13日「すごい父に拾われた」と2021年01月12日「好意の返報性」の2つの記事を紹介します。


「すごい父に拾われた」

皆さんは、鎌田實さんをご存知ですか?

東京医科歯科大学医学部卒業後、諏訪中央病院へ赴任し、

30代で院長となり、潰れかけた病院を再生させた方です。

「地域包括ケア」の先駆けを作り、長野県を長寿で医療費の安い地域へと導いた方です。

また特筆すべきことは、鎌田實さんは、主に心の在り方を中心に

書籍やメディアに出演され、多くの人々に光をもたらしました。

今日は鎌田實さん自身が語った生い立ちをご紹介します。

<引用開始> 引用元 


ぼくは拾われた子どもです。終戦5年目の1950年、生みの親が捨てた1歳のぼくを、亡き父、岩次郎がもらってくれた。 

37歳、諏訪中央病院の副院長だった時に、偶然、その事実を知りました。好きになるのに40年もかかったけれど、岩次郎という男の存在がぼくの核をなしています。 

岩次郎は青森県花巻市(現・黒岩市)で貧農の末っ子として生まれ、小学校しか出ていない。 18歳で上京し、公営バスなどの運転手で生計を立てます。

バスの車掌だった母のふみと結婚しますが、居を構えた東京都杉並区の家は6畳二間と3畳、お勝手。はじめはお風呂もなかった。

ぼくが小学校に上がる前、母が僧坊弁狭窄症(そうぼうべんきょうさくしょう)という 心臓病を患います。

入退院を繰り返した先は、日本で唯一の心臓病専門病院だった、東京女子医大付属日本心臓血圧研究所(心研)でした。

《心研は55年に開設。51年に日本初の心臓手術を行った榊原仟(しげる)教授が所長を務めた。 日本の心臓外科は黎明期だが、最先端の治療を求めて全国から患者が殺到し、榊原教授が大半を執刀した》


50年代、往診こそ頼めても、貧しい人が高度な医療を受けるのは大変でした。

国民皆保険になるのがぼくが中学生になる61年だし、もちろん高額療養制度もない。

岩次郎は、朝8時から夜まで、長い日は1日15時間も働きます。

切りつめても切りつめてもお金は母の治療費に消える。 

疲れ切って帰り、夕食をつくれない夜は、ぼくを連れて近くの定食屋へ。

ぼくはいつも、おかずに一番安い野菜炒めを選びました。

名前の通りに頑固で、無口だけど声が大きく、津軽弁で理路整然と話す人でした。

背筋が伸びて、シャンとしていた。 

上京した同郷の苦学生を狭い家に置いてあげたりもした。

でも、ぼくが運動会の徒競走や試験で一番になっても、岩次郎は決して褒めてくれない。

全力を出し切っていないって見られた。叱られて、叱られて、ぼくは育ちました。  

「ぼくのほうを見てよ。理解してよ」 と心でつぶやきながら。


だからこそ、旅券申請のために取り寄せた戸籍で、父親の欄に別の名前を見た時、衝撃だったんです。血のつながっていない岩次郎が、ぼくを育ててくれていた。 

心臓病の母を抱えた あの貧しい暮らしの中で、

「拾ってやった」 とか、恩着せがましい言葉を一度も口にせず。

泣き言も言わず、弱音も吐かず。 岩次郎は苦難から逃げなかった。 

苦しい時ほど、その苦しみを横に置いて、誰かのために生きようとした。 

がんばって、がんばって、全力投球で、

最後は個人タクシーの運転手を70歳くらいまで務めました。

すごい人に拾われたって思います。

12年前に亡くなった岩次郎は今も、ぼくの内側でどんどん大きくなっていくんです。

<引用終了>


ここにも、神様のなさり方が顕著に出ています。 

後に、多くの人の心を救うことになる鎌田實さんの人間性は、 

貧困で苦しくとも、実直で、思いやりがあり、 

何事も投げ出さず、不平不満、愚痴を言うこともなく、

まじめにコツコツと、家族のためだけに生きてきた頑固な父の姿から培われました。 

神さまは、そのすべてを見越し、父を用意し、鎌田さんを縁で結び、 

血のつながりはなくとも、貧困、病気の家族という試練を与え、 

心を強くし、弱き者の心を感じる心をはぐくみ、 鎌田さんを世に出しました。 

そして、その後、多くの人の心に明かりを灯すことをさせたのです。 

今、自分の置かれた環境それにも深い深い神様の配慮が込められています。 

置かれた場所、その場所で、その環境の中で綺麗な花を咲かせて御覧なさいと

  



「好意の返報性」


沢山の人々が、普段の生活の中で、心無い、「悪口・陰口」に苦しめられているようです。

逆の言い方をすれば、もし、それを乗り越えることができれば、相当、魂の洗濯が進むということになります。そうなれば、ご自身だけでなく、身近な周りの方々にも幸せや笑顔のおすそ分けができるようになります。

私も、もうずいぶん前から実践していますがよく記事でご紹介しているブッダの方法は、

凄い効き目があります。ぜひ試してみてください。

それは、悪口や陰口を聞いても

・すぐに忘れるようにすること

・根に持たない

・考えない

・良い所を見つけるようにする

とすることで、 悪しき「悪口・陰口」に、それ以上、エネルギーを与えなくなります。

・エネルギーを与えられない物、

・意識を向けられない物は

放っておいても、消滅する運命です。良きところに目を向け、そこに意識を移すことは、

その良きことにエネルギーを与えることになります。

エネルギーの法則から、その人は、「良き人」、「味方」にいつの間にか変わってしまいます。

そんなことも、ここ地球だからこそ、経験し、実験し、学ぶことができます。学びの最中は、辛く苦しいこともあるのですが、実際に渦中の入ることで、よりしっかりとした知恵となり、

魂に刻み付け死を超えて持ち帰ることができます。魂の仲間たちとの共有の財産になります。

それでは、今日は逆のパターンについて書きたいと思います。

テーマは「好意の返報性」です。これは与えたものが受け取るものという宇宙の大原則を

人間の「好意」についてみたものです。これも非常に、普遍的、かつ現実的で速攻で効果が出てくるものです。もし人間関係でお悩みの人がいらしたら、是非試してみてください。

精神科医・作家、樺沢紫苑さんのお話です。

<引用開始> 引用元


以前、私はある病院で認知症専門外来をやっていました。この外来は、通称「もの忘れ外来」と呼ばれているところで「最近、もの忘れが進んできたのですが」という方が来られるほか、

認知症患者の介護をしている家族も相談に訪れます。

介護に抵抗したり、興奮したりする認知症の患者さんの介護は、想像を絶するほど苦しいものです。その介護が今後何年続くかわからないという不安もあります。

認知症のお舅さんを介護しているお嫁さんから、相談を受けました。

いくら介護をしても、悪口や嫌味、悪態ばかり。黙って介護されていればなんとか頑張れるものの、精神的にも限界だと。そこで私は彼女に

「そんなあなたの、介護したくない という気持ちが、お舅さんに伝わっているのではないでしょうか?」と質問しました。彼女は無言になってしまいました。

介護でも「返報性の法則」は存在します。

 イヤイヤ介護していると、それは介護される側にすべて筒抜けになります。

結果として、それが介護への抵抗、悪口や悪態、興奮や暴力など、「悪意の返報性」として返ってくるのです。介護する人が心から明るい気持ちで介護していると、介護される側も

明るい気持ちになって、気持ちよく介護を受けてくれるのです。

そこで、彼女にアドバイスしました。1週間だけでいいので、「お舅さんと初めて会った」

と思い込んで心の中を空っぽにしてください。そして、心を込めて、献身的に、笑顔で介護してください。

彼女は最初「そんなことはできません!」と否定的な態度を示していましたが、「1週間で、必ず相手の態度は変わります」と私が断言したのを聞いて、「それなら、なんとかやってみます」と言いました。

1ヵ月後に彼女が来院しました。陰鬱な表情はどこにもなく、笑顔で言いました。「おじいちゃんが変わりました!」数年の介護の結果、悪口や悪態が日常的となり泥沼となった嫁舅関係。それが、「好意」を持って1週間接しただけで、お舅さんの態度は柔らかになり、悪口や悪態もなくなり、最期には「ありがとう」と感謝の言葉まで口にしたのだそうです。

「好意の返報性」は、非常に普遍的な心理法則ですから、認知症になって理解力の低下した方にも、すべての人に効果があるのです。重要なのは、最初に「悪意」を引き下げて、「好意」を差し出すのは、自分でなければいけないということです。

言うのは簡単ですが、これはとても難しい。なぜならば、既に泥沼の関係になっているということは、「悪意」と「悪意」のキャッチボールをしている「悪意の返報性」にすっぽりとはまった状態です。

その状態で、いきなり「好意」を投げるのは、相当の勇気と思い切りが必要となります。

 しかし、このように「悪意」を「好意」に変えることによって、人間関係をリセットすることは可能です。

私の経験では、このアドバイスを受けて、きちんと実行した方は、全て成功しています。

あなたも、泥沼の人間関係を「好意の返報性」によって覆すことが可能なのです。

<引用終了>


「悪口・陰口」の次に、その対極にある「好意」について書きました。その方向性は真逆であり、ご本人たちの心に、どれだけの影響をもたらすことでしょう。

一方は、自分をまきこみ、「地獄」の世界を周りに作り、もう一方は、自分を含め、周りに「天国」のような笑顔と幸せの世界を作ります。

私たちの心の中にはどなたにも神さまが居らっしゃいます。それを良心と呼ぶ人もいます。

そこは宇宙の神さまと繋がる場所です。相手の方の 一面だけ一時的な姿や態度を見て切り捨ててしまうのではなく、この人は「ダメな人」と判断を下してしまうのではなく、

相手の内に隠れている神さまを常に見つめていたいものですね。

良寛さんも、そのように生きた人でした。

私たちが、相手の方に好意や、愛情、思いやりを持って接した時必ず、相手の方の同じ部分が反応します。私たちは与えたものが受け取るものという宇宙の大原則の通り、与えたものと同じものを、倍受け取ることになります。

樺沢先生も仰っていますが、ここで大切なのが、まず自分が先に・・・と言うことです。

人間関係に悩んでいる皆さんご興味があれば、是非試してみてください。

 




 

2022年8月20日土曜日

2794「優しい人」2022.8.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月17日の記事を紹介します。


「優しい人」

私たちは肉体を脱いで、元居た世界に戻る時、この一生の間に起きた出来事を、 

その時の感情まで交えながら、

いえ自分だけでなく、交わった周りの人々の感情まで含めて

走馬灯のように再体験するそうです。

その時、私たちは、自分の一生をどう総括するのでしょうか?

・自分のことばかり考えて、人を思いやる気持ちが皆無だった

・苦しみ、悲しみを、社会や周りの人のせいばかりにして、憎しみの心に満ちていた

・大きなことはできなかったけれど、周りの人と笑顔で仲良くやって来た 

死の床についた時、どう思えるのが幸せでしょうか?

それは、日々の平凡な暮らしの中で、私たちが、どう生きているかにかかってきます。

今の私たちの心が、どのような状態であるかにかかってきます。

さて、今日は欽ちゃんこと、萩本欽一さんのお話をご紹介します。

華やかなTVの世界と異なり、欽ちゃんは子供のころより貧困に苦しんできました。

だからこそ、人の痛み、気持ちがわかる人になったのかもしれませんね。

<引用開始> 引用元


東北の被災地へは、何度か行きました。

何人かの人に直接話も聞いたんだけど、僕がいちばん感動したのは

津波で流されてきた女性を助けた父ちゃんの話。

この父ちゃんの家はたまたま高台で、二階にいたら津波が玄関先まで押し寄せてきたんだって。

その流れを見ていたら、女の人がぷかぷか流されてきたので「こりゃ大変だ!」っていうんで、あわててホースを持ってきて投げた。

投げるほうもつかむほうもうまかったんだろうな、

女の人はそのホースにつかまって、父ちゃんに救助された。

父ちゃんは津波の水が引くまで女の人を家で休ませて、それから家に帰したって言うの。

すごいドラマなのに、お父ちゃん、さらっと言うんだよね。

だから僕、聞いてみたの。

「お父ちゃんに命を助けられた女の人は、どういうお礼を言って帰ったの?」

そしたらお父ちゃんの答えがまたすごかった。

「な~んも言わんよ。ただ黙ってぎゅっと俺に抱きついた」

へぇ~っ、と思ったね。

女の人って、本当に「幸せ!」って思ったときは、抱きつくんだね。

「ありがとう」の上は、「ぎゅっと抱きつく」ってことを、

僕は東北のお父さんから学びました。

また、別の学校を卒業したばかりの青年。

この家にも「こんにちは!」っていきなり訪ねたら、お母さんが出てきたので、

息子さんがファンレターをくれたことを話して、 

「これ、お見舞金です」って、渡そうとしたの。

そうしたらこのお母さんはこう言いました。

「こんなことを言っては被害にあわれたほかの方に失礼だし、

大きな声では言えないんですけど、 うちは震災のおかげで幸せになっちゃったんです」

えっ?どういう意味なんだろうと思って聞くと、

「地震があったとき、息子は会社の寮に住んでいて、私は家で一人暮らしをしていたんです。

幸い無事でしたが、家は壊れてしまってね。

そうしたら会社の方が、

『こういうときはお母さんも一人では心細いでしょうから、息子さんと一緒に住みなさい』って、 私も寮に住めるよう、特別な計らいをしてくれました。

だから欽ちゃん、私たち幸せなんです。

このお見舞金は受け取れません」

そう言われて、僕は考えた。

「わかった、じゃあ見舞金じゃなくてパーティ代ということにします。

だから、息子さんと一緒に食事にでも行ってください」

「そうですか。じゃあ久しぶりに息子と食事に行きます」

お母さん、今度は受け取ってくれました。

家がなくなった悲しさより、

息子と一緒に住むこの幸せをかみしめていたお母さん、素敵だったな。

会社も粋なことをするよね。

つらいときって、みんな優しいことを考えるね。


僕が訪ねた中で、唯一元の家に住んでいるご夫婦から聞いた話も素敵でした。

20坪ぐらいのこぢんまりした家で、旦那がこう言うんです。

「つぶれなかったんです、うちだけ。

ご近所の家は大変な被害にあったのに、このうちはひびが入っただけで、あとはなんともない。小さな家だったからよかったんです。

家が小さくてよかったねって、家内とも話してます」

私たちは被害に遭ってないし、今でも幸せなのでお見舞金は受け取れない。

このご主人はきっぱりこう言って、とうとうお金を受け取ってくれませんでした。

こういう人のとこには、僕が行ったあとで運の神様が訪ねているんじゃないかな。

みんなつらい思いをしているかと思ったら、みんなそれぞれの幸せをつかんでました。

すごいなぁ。

僕のほうがみんなから勇気をもらってきたんです。

<引用終了>


欽ちゃんのおっしゃる通り、私たちは、自分自身が

苦しく、辛い経験をすることで、同じような人の痛みや苦しみを、

・感じる心

・おもんばかる心

・優しい思いやりの心

が沸き上がります。

人生において、一度も挫折を味わったこともなく

全てが順調で、健康にも、お金にも、友人にも、才能にも恵まれてきた人は

きっと、人の心の痛みを感じ取る力が鈍いかもしれません。

ですが、私たちが生まれてきた、第一の目的は、 

心を磨くためです。

心をきれいにするためです。 

・お金を儲けるためでも

・大きな仕事を成し遂げるためでも

・おいしいものをたくさん食べるためでも

・友達と享楽にふけるためでもありません。

ですから 恵まれた環境に生まれ、そのまま、何の苦労もなく、楽に生きた人生で

魂を磨くことができなければ、何のために生まれてきたのかわかりません。

 

逆に

・辛い経験

・苦しい経験

を経たことで

・優しい気持ち

・お互い様の気持ち

・おかげ様の気持ち

・感謝の気持ち

が芽生えたのならば、神々の計画が、大成功したということです。

 

この美しい心こそ、この感謝の心こそ、

私たちが、地球転生を待ち望み、手に入れたかった、最高のものだからです。

どうぞ、今苦境に置かれている皆さん、勇気を出してください。

・苦労の後、

・苦しみの後

・悲しみの後

そこには、神様が大きな大きな恩寵を用意して待ってくださっていますから。

苦しいときも、悲しいときも一人ではありません。

傍らで、私たちを見守り、励まし、ともに歩もうとしてくださっている

私たちの神様がついてくださっているのですから




2022年8月19日金曜日

2793「神さまのお仕事」2022.8.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月16日の記事を紹介します。


「神さまのお仕事」

産婦人科医、医学博士の 池川明医師の子供達への大規模な調査により

子供達の実に 1/3 に生まれる前の天国(あちらの世界、元の世界)での記憶があり、 

その中で、生まれる準備をしている沢山の子供たちと共に

神さまと一緒にいた、という証言が沢山出てきます。 

神さまの姿は、色々報告されていますが 、明確に〇〇神と分かっていることもあれば、

大仏の姿と認識されることもあるようです。 

またこれとは別系統として、別の星団から今回、直接地球に転生してきている場合には、

天界の神々の記憶よりも、出身星の記憶を強く保持している場合もあるようです。 

彼らの証言によれば、

生まれる前に、自分の今までの膨大な過去の人生の課題を吟味して、

・起こる出来事

・人との出会い、別れ

・その際の役割

・容姿

・性格

・身体の作り(健康体、病弱、障害)

・亡くなる時期

・取り巻く環境(経済的環境、家庭環境、友人環境、職場環境)

などを、神さまと一緒に決め、承諾を得てから、生まれてくるそうです。

たかゆきくん(6歳) は、こんな証言をしています。 

<引用開始>


「子どもたちは雲の上で、ずっと列みたいに並んでいる。

遊んではいないけれど、普通に歩いていたりする。

・病気の子で生まれるか、

・元気な子で生まれるかを、 

絶対に決めなくちゃ、生まれられないから。

元気で生まれるか、病気で生まれるかを決めるのは、自分。

自分でお母さんを決めて、元気な子で生まれるって決めたら、元気な子に生まれるし、

病気の子に生まれるってなったら、病気で生まれる。

神さまは、雲の上の、また上の教会にいて、元気に生まれるか生まれないかを子どもたちに聞いたり、生まれた後の人(=死んで雲の上に戻ってきた人)には、良いことをしたか、悪いことをしたか聞いたりする。

悪いことをしたら、そこでまた生まれて、良いことをしなくちゃいけないけれど、

良いことをした人は褒めてもらって、ちょっとの間、行きたい所に行かせてもらえる。」 

<引用終了>

 

そうしますと、こういうことになります。 

約束してきた人とは、必ず一番良いタイミングで出会う。 

決められた出来事が、決められた時期に起こるように 

・必要な登場人物

・必要な、物、お金が

・必要な時期に、 

引き寄せられて、自然と集まってくる。 

それらのコーディネイトは、一体だれが行っているのでしょうか? 

偶然に、たまたま、そのような現象が起こっているのでしょうか? 

私たちは、生きていると、いろんな楽しいこと、嬉しいこともありますが、 

沢山の、出口の全く見えない苦労や、悲しみ、苦しみもあります。

ですが、その嵐の時が過ぎ、時が経って、振り返って見た時、

あの出来事が、私をここまで連れて来てくれた、そう感じることは無いでしょうか? 

その悲しみ、苦しみが私たちの魂を強くしてくれたのでは、なかったでしょうか?

そして、それを行ってくれたのは、誰でしょうか? 

それは、もしかしたら生まれる前に、一緒に相談して、人生の段取りを決めてくれた

神さまかもしれません。 

神さまの計らいは、本当に凄いですね 

寸分の間違いもなく、一瞬の時間の狂いもなく、予定された事項を起こします。 

そして、一人の人生だけでなく、登場人物全ての状況が把握され、調和されて動きます。

まるで人体の中の細胞同士、60兆個にも及ぶ細胞同士の通信・会話、調和のようです。 

宇宙空間の無限に存在する銀河や星ぼしの、調和された運航のようです。 

全てが有機的に連携しています。 

そして、もし神さまの計らいを妨害するものがあるとしたら、それは何でしょうか? 

もちろん、それらも含め、生まれる前に決定しているわけですが、

その計画さえも遅延させるものは何でしょうか。

この世界は、心の現れですから、心の問題です。 

きっとそれは、 

・感謝を忘れた心

・不平不満を持つ心

・身勝手な心

・傲慢な心

・自分さえ良ければという心

・無意識のうちに人を陥れようという心 

かもしれません。 

愛を忘れた心かもしれないですね。 

ですが、私たち全てのものは繋がっています。 

全ては繋がり、あの人も、この人も、この犬も、猫も、花も木も、お日様も雲も、風も雨も・・ 

全ては、私たちと同じ意識を共有している。

私たちは切り離せない、一つのもの。

目の前に現れた人に対して私たちは、他人事ではなく、分け隔てなく、

愛と思いやりの心を注ぎたいものです。 

愛の欠如こそ、この殺伐とした世界を作り、神々の計画を遅らせるものだからです。 

私たちの心は、見える世界、見えない世界、全てを変容させる力があるからです。

  

今、地球が大きく変わろうとしている時期に差し掛かっていますが、 

・宇宙時代の記憶や

・天界での記憶

・神様と約束してきたこと

・一緒に生まれようと約束してきたこと 

など、全ての記憶を消去して地球に生きている平凡な一般の私たちにできることは、

そのような力、能力、知識へのあこがれや、不思議な特殊能力を持つ人々への依存心、 

そんなものではなく、神様が私たちに望んでいらっしゃるのは、平凡な日々の暮らしの中で、身近な家族や周りの人々と、今与えられているもので、満足し、感謝し、笑顔で、思いやり、助けい合い、お互い様の気持ちで暮らしていくことではないでしょうか? 

神様が「今、自分に無い物を望め」と仰るでしょうか?

自分に無いもの、力、知識への依存の心のままでは

せっかく地球が変わろうとしている今、

地球の振動数との乖離が起こってくるのではないかと思います。

 



 

2022年8月18日木曜日

2792「打出の小槌」2022.8.18

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月14日の記事を紹介します。


「打出の小槌」


私たちみんな、願い事をかなえてくれる「打出の小槌」を持っています。 

望む物の名を唱えながら打つと、それが出てくるという、小さい槌(つち)のことです。

これを読んでらっしゃるあなたは、言葉をしゃべれますか?

もし、しゃべることができるのなら既に「打出の小槌」を持っています。

どういうことか、小林正観さんのお話をご紹介します。

簡単なことなのですが、本当のことです。幸せに直結します。

是非、素直な心でお読みください。

<転載開始> 転載元


相談に来られた方がいます。

それは二人の女性で、奥さんとそのお母様ということでした。

お母様は70歳を過ぎてもしっかりしている。

目が見える、自分の足で歩ける、という健康体です。

しかも、奥さんの二人の子供は、それぞれ元気で大学へ通っていて、

優秀で奨学金をもらっている特待生とのこと。

というふうに、一つひとつ挙げていったら、実はものすごく恵まれていました。

そして、夫は植物状態になった時、

死んではいないのに、保険金が満額おりた、というお話でした。

だからそれによって2年間、奥さんはどこにも勤めることなく、

生活費も医療費もすべてまかなえている、とのことでした。

ただ未来が見えてこないので、「つらくてしょうがない」と言っているのです。

でも、今のような見方をしたら、ものすごく恵まれていように見えませんか?

その恵まれていることに目を向けないで、つらい、悲しい方へばかり目がいって、

それについて「つらい、悲しい」と言いつづけた結果、

楽しいことがひとつもなかったのです。

さらに、私はもうひとつこんな話を聞きました。


このご主人に、毎日のようにお見舞いに行っているそうですが、

早く目覚めて。早く私たちのこのひどい状態をなんとかして。

あなたが私たちのために働いてくれないと、私たちはどうにもならない」

と2年間ずっと言いつづけてきたそうです。

私がもし寝たきりの夫であったならば、

仮に意識が戻っていたとしても、目を覚まさないと思います。

だってそうやって愚痴や泣き言、

早く私たちを楽にしてよ、困ったことがたくさんあって…

ということばばかり聞かされていたら、

楽しいわけはないし、体じゅうの細胞や脳神経だって、活性化しません。

そうではなく、たとえば

 

「3月になって、梅がすごくきれいに咲いてますよ。4月になったら、

桜が咲きましたよ。今年は特にきれいですよ。

5月はツツジ、6月は花菖蒲、7月はユリ…。

そしてだんだんと木々の葉っぱが色づく季節になりました。

こんな楽しいことがあって、きれいな景色があって…」

ということを、話して聞かせてあげたらどうですか。

私がもし植物状態になっている人を目覚めさせたかったら、

食べ物の話をするかもしれません。

「7月はモモがおいしい、8月はスイカ、9月は梨、10月は柿、11月はリンゴ、12月はミカン…」

人間の意識というものは、細胞の中に包まれています。

ですから、細胞(容れ物)がちゃんとしてくると、

魂もちゃんとしてピュアになってくる可能性がある。

愚痴や泣き言を2年間も浴びせ続けてるのと、 

「すごく楽しくて幸せ。こんなおいしいものがあったよ。

こんな美しい景色があったよ」と聞かせつづけるのとでは、

体と魂に与える影響は雲泥の差があります。


相談に来られた二人は、

「この2年間、どこかへ出かけようとか、

何かおもしろいものを見に行こうかという気になったことはありませんでした。

でも、正観さんの話を聞いて、

帰りがけに博物館があったので、1時間ほど見学してきました」

そして、手にはお土産を持っていて、

「今日はとても楽しくて、よかったです」と言っていたということでした。

「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり。

言葉は神なりき」という聖書の一説は、

発した言葉によって、またそれを言いたくなるような現象が降ってくる 

という宇宙の法則だったということが、このレポートによって実証されました。

実は私たちの発する言葉は

「打出(うちで)の小槌(こづち)」だったのです。

おとぎ話の中にでてくる打出の小槌は、

ほとんどの人は「そんなものあるわけない」と言うと思います。

私もずっとそう思っていました。

しかし、本当にあるということが、わかってしまいました。

「こうすると、こうなる」という宇宙方程式であり、

自分の発する言葉によって、自分に降ってくる現象を作っていることがわかったら、

打出の小槌を持っているようなものではないでしょうか。

私たちは宇宙の「打出の小槌」を使いこなせるのです。

<転載終了>


「発した言葉によって、

またそれを言いたくなるような現象が降ってくる」のだそうです。

私もこれは本当のことだと思います。

自分の口から出した言葉が、自分を取り巻く現実を作るのなら、

「不平不満・愚痴・悪口・文句・泣き言」の五戒や、

「つらい」「悲しい」「悔しい」「苦しい」「つまらない」の言葉ではなく、

・嬉しい、

・楽しい、

・幸せ、

・愛している、

・大好き、

・ありがとう、

・ツイてる

と言う言葉を使いたいものですね。

この言葉を使い続けることで、この言葉をまた言いたくなる現象や出来事に囲まれ、

また、周りの人の心も温かくすることができます。

優しい人々の囲まれて生きることができるでしょう。

 

以前、良寛さんが20年間も住んでいた五合案に行ってきました。相当な山奥でした。

 

小さなおうち(庵)でした。

良寛さんは子供と遊ぶのが好きで、世の中の俗事にはこだわらず、

財産や名声や地位に対する欲望がなく、お坊さんでありながらお寺に住まず、

毎日托鉢して、村の子供たちと遊び、詩や和歌や俳句を作ったり、書をかいたり、

その日その日を悠々と過ごしていました。

良寛さんは、まじめに愚直に愛語の精神で生きることを生涯守り、実行されました。

愛語とは、ブッダの教えの一つで、自分の生活の中で、

・他人に対しては、「良い言葉」「愛情の在る言葉」しか発しないことを、自分の修行の柱とする。

・言葉にしない時は、黙って心中で他人へ「愛情のある言葉」を思う。

・言葉に出来ない時は、黙って「愛情のある行動」を他人に行う。

私たちも、こうありたいものです。

 


口から出る言葉が、良いも悪いも私たちの住む世界、現実を作り出すのですから。

同じ世界に生きながら、私たち一人一人は、例え家族、友人であろうと、

全く別の、自分の現実の世界で生きています。



2022年8月17日水曜日

2791「幸せの種」2022.8.17

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年08月12日の記事を紹介します。


「幸せの種」


今日は「幸せは見つけるもの」というテーマで

小林正観さんのお話をご紹介します。 

<転載開始> 転載元 


生れてからずっと目が見えいない人は、 

「1秒でもいい、いや0.1秒でもいいから、親の顔を見てみたい」

「結婚した相手の顔を見てみたい」

「子どもの顔を見てみたい」 

と思いながら生きているそうです。

私たちは、0.1秒どころか、生まれてこのかた、 

目が見えないことなどないにもかかわらず、 

目が見えるということに対して、 感謝することなどまずありません。


それどころか、

・あれが欲しい

・これが欲しい

・あれをよこせ

・これをよこせ

と現状に対して不満ばかり口にしています。

私たちは小さい頃から、 足りないものをリストアップして、 

それを手にいれなければ幸せになれないと教え込まれています。 

そのように洗脳されているのです。

それを、「夢と希望に満ちあふれた生活」といいます。

それに対して、私は「夢と希望もない生活」を送っています。

夢も希望もない代わりに、悩みも苦しみも煩悩(ぼんのう)もありません。

私は酒もタバコも麻雀も、娯楽といわれるものは何もしませんし、 

休みもほとんどありません。

「何が楽しくて生きているのですか?」

と、ときどき尋ねられることがありますが、 

「ただ幸せをかみしめて」生きている。

「自分がいかに恵まれているか」 

「自分がいかに幸せか」

「自分がいかにありがたい状況に生きているか」 

ということに気づいたら、 

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の 

「五戒」など口から出てきません。

願いがかなったら、望んだものが手に入ったら 

感謝する、というのは、本当の感謝ではありません。

何も要求することなく、不平不満を言うこともなく、 

いま目の前にあるものを、ありがたく味わう。

それこそが、本当の「感謝」なのです。

人は、自分がいかに幸せな状況のなかで生きているかに気がつきません。

海で泳いでる魚は、海を見ることができません。

それで「自分も海をみてみたい」と思い、

釣り人が垂れている釣り糸にガブリ!とかぶりつくのです。

すると海の上に引っ張り上げられる。

それで初めて、魚は海というものを見ることができるのです。

 

釣り上げられた魚が「私」なら、釣り上げた人とは「神さま」。

釣り上げられた状態は何かといえば、「事故、災難」。

海とは、「幸せ」そのものです。 

神さまに「幸せというものを見せてください」と言うと、 

神さまは「わかりました」と言って、

災難や事故というものを起こして、私たちを釣り上げてくれます。

かぜをひいて、丸1日何も食べられなかったら、

かぜが治ったときに食べた1杯のおかゆが、とてつもなくおいしく感じられるでしょう。

元気いっぱいで毎日おいしいごちそうばかり食べていたら、 

おかゆのおいしさは、なかなかわからないでしょう。

では、かぜで丸1日食べられなかったことは、はたして不幸なことだったのでしょうか?

そうとはいえないでしょう。

その体験があったから、おかゆのおいしさ(幸せ)を味わうことができたのです。 

私たちが「幸せ」を感じるためには、

その前には一般的に「つらい、苦しい、大変」といわれる状況が起こるようです。

そういう構造になっている。

そのことに気づいたら、私たちは

・つらいこと、

・苦しいこと、

・大変なこと 

に遭遇したときも、一喜一憂せずに、平静な心でいられるかもしれません。

<転載終了>

 


私は大分、正観さんが仰るような生き方をするようになりました。

無理して頑張るとかはしません。

人から頼まれるとか、自然の流れで、する羽目になってしまったことを

するようにしています。

なぜならそれが神さまの意思であり、神さまが引いて下さった

良きレールだと思うからです。

流れに身を任せています。

そして、ちょっとしたことに「小さな幸せ」を見つけようと思っています。

でも世の中には、ちょっと自分にイヤなことがあっただけで 

「最悪だ!」って言う生き方をする方もいらっしゃいます。

・幸せの種を見つけるのが上手で、いつも感謝の人生を送る人

・足りないもの、悪いところを見つけるのが上手で、いつも不平不満を口にする人

たったこの方向性の違いだけで、 

幸福度がだいぶ異なります。

天国か地獄かです。

同じような境遇、出来事に囲まれていても

感謝の人の周りは、光が溢れ笑顔に囲まれていることでしょう。

不平不満の人の周りは、同じように暗い顔をした人に囲まれていることでしょう。

人生が楽しくない人、うまくいってない人は、もしかしたら、幸せも成功も、

「見つけるもの」だとは思っていなくて、「与えられる」か

「偶然入ってくる」ものだと思っているのかもしれません。

チャンスも「来るもの」だと思っていて、 

「見つけるもの」だと思っていないのかもしれません。

ですが、感謝して笑顔で生きている方には、きっと神さまの恵みも

ふんだんに現われることでしょう。

 

今世の中は、「コロナウイルス」などの過剰な報道で、

どんどん、どんどん人々の心が、不安と恐怖に向けられて行っています。

また、

・病気やケガ

・貧困

・リストラ

・介護

など、非常に困難な状況に置かれている方も居るかもしれません。 

ですが、どうぞ安心なさってください。

勇気を持ってください。

神々を信じ、感謝の心で生きている人を神様は決して見捨てません。 

見ていらっしゃいます。 

今は世の中の変動の時期ではありますが、それは、良き世を作るための変化です。 

今の状況も、神様が私たちに必要だからこそ、その環境の中に置いてくださいました。 

その深い理由を、生きている最中は知る故はありません。 

ですが、ご自分の内にいらっしゃる神さまをどうぞ、信じてください。

目には見えなくとも、本当にいらっしゃいます。

心を澄ましていれば、いつかお声を聞くこともできるでしょう。

永遠に続く私たちの魂の道筋の中で、 

私たちは、ほんの一瞬、地球に立ち寄り、経験をさせていただいています。 

それが終われば、再び自由度の低い肉体を脱ぎ魂の世界に帰っていきます。 

私たちが、今ここ、置かれた環境の中でできることは、 

精一杯自分なりの、花を咲かせることだけです。 

その花は、人によって様々です。 

道端に咲くような可憐な花も、美しい大輪の花もあるでしょう。 

ですが、どの花も、神様にとっては美しく、愛おしい花 

どのような環境であろうと

私たちの感謝の心は、神々が恩寵を表すために大切な媒体です。

  



2022年8月16日火曜日

2790「ガンの有害事象報告が10,000%増加した」という現実」2022.8.16

 今回はIn Deepさんの2022年8月11日の記事を紹介します。

https://indeep.jp/vx-cancer-world/


「米国CDCのデータが示す「ガンの有害事象報告が10,000%増加した」という現実」

2021年から急増

前回の記事「ワクチン後治療プロトコルのこと。そして「有志医師の会」が日本全国に…」の中で、東北有志医師の会のページにあるコラムをリンクさせていただきました。以下のページです。 

コロナワクチン接種後に世界では何が起きているのか (東北有志医師の会 2022/05/18)

このコラムに、アメリカ CDC のワクチン有害事象報告(VAERS)のデータをグラフ化したものがありますが、2021年から唐突に、真菌感染症、脳症、敗血症、心筋炎・心膜炎の有害事象報告が増加していると共に、

「ガンの報告が急激に増加した」

ことが示されています。黄色 (■)がすべてのワクチン後の有害事象報告で、赤 (■)がコロナワクチン後の有害事象の報告です。


CDCに報告された「ワクチン後有害事象としてのガン」の報告数の推移

 


tohokuishi.localinfo.jp

この赤(コロナワクチン)と黄色(すべてのワクチン)の意味は、2020年以前でも、すべての種類のワクチンの副作用としてのガンが、わずかに報告されていたことがわかりますが、しかし 2021年と 2022年は報告された「ガン」のほとんどがコロナワクチンの有害事情として占められているということになります。

2022年に関しては、前年より減ったのではなく、これはコラム記事そのものが 5月のものですので、おそらく今年 4月までの CDC データだと思われます。

ともあれ、2021年を境にして、非常にガンの報告が増えているということになりますが、気をつけたいのは、

「これは、あくまで、ワクチン有害事象(副作用)として報告されたもの」

だということです。

この有害事象の報告は「任意」であり、また、医師や本人などが「それをワクチン有害事象として考えられなければ報告されない」ものです。

何らかのワクチンを接種してから、たとえば「数ヶ月後などにガンになった」としても、「このガンはワクチン接種の影響だ」と考える人はおそらくあまりいないと思われます。

ワクチンの副作用としてのガンというのは、一般的にはとても考えにくいことですが、現実として、先ほどのグラフが示しますように、2021年の時点で、つまり、コロナワクチン接種開始以来、「副作用あるいは後遺症としてのガン」の現象や報告は著しく増えています。

昨年は、ワクチン、そしてスパインタンパク質の影響によるとガン化について、かなり記事を書かせていただきました。

 

[記事] 米アイダホ州の病院の「子宮内膜ガンが年平均の20倍」という報告から、もはやワクチンによる免疫抑制でのHHV-6の再活性化によるガン多発の可能性を排除できず

 In Deep 2021年9月15日

[記事] ワクチンとガン発生について改めて考える

 投稿日:2021年10月11日

[記事] ガン化していく世界 : ふたつの免疫抑制/免疫不全が発生するメカニズムを論文から知る

 In Deep 2021年10月26日

 

基本的には、ワクチンにより「免疫抑制が起きる」ことが、ガン発生、あるいは悪化の主な原因だと思われますが (論文)、エプスタイン・バー・ウイルスなどのヒトヘルペスウイルスの再活性化も一部のガンの発生あるいは悪化と強く関係しているかもしれません(論文)。

先ほどの東北有志医師の会のコラム記事には、以下のように書かれてあります。

 

(「コロナワクチン接種後に世界では何が起きているのか」より)

> これらのデータから、米国人ではあらゆる事象に関して、ワクチン接種開始後の2020年末を境に、大きく変化している事がおわかりでしょうか。

> そして少し遅れて接種が開始されている日本でも、同様の有害事象は起きてくることが予想されます。

> それどころか、2回目の接種率が66%のアメリカよりも、はるかに高い80%の接種率の日本では、さらに深刻な事態をむかえるかもしれません。 (tohokuishi.localinfo.jp)

 

これはすでに起きていると思っていますが、ただ、やはり3回目、4回目、そして秋に予定されているという 5回目などの接種以降に加速しそうな気はします。

先ほどのアメリカのグラフにあるように、たとえば「数倍」というようなことになったとした場合……まあ……さすがに全体のガン患者数が数倍になるという極端なことはなくとも、もともとが多いガン患者数が、ここからほんの少し増えただけでも何だか大変なことにはなりそうです。

日本の新たな 1年のガン患者数は、100万人程度ですが(国立がん研究センターの 2022年の予測による)、日本の総接種数は、ブースター接種を含めれば 3億回などに達していますので(首相官邸より)、そのほんの数パーセント、あるいは  1パーセントなどにガンの影響が出たとしても、かなりの増加となる可能性はあります ( 1%で 300万、0.5%でも 150万)。

懸念…というより、もう起きること自体は仕方のないことかもしれません。

アメリカのデータや、あるいは多くの論文はそれを物語っています。

今回は、アメリカのカトリック系サイトの記事で「コロナワクチン後の有害事象としてのガンの劇的な増加」について述べられているものをご紹介したいと思います。

記事では、「 10,000パーセントの増加」とタイトルにありますが、これは、ガン全体の比較ではなく、「ワクチン後の有害事象としてのガン」の比較です。先ほどのグラフの「赤と黄色」のことです。

ここからです。


米国政府のデータベースは、COVID ワクチンが原因で、ガンの報告が 10,000% 増加したことを明らかにしている

Gov’t database reveals 10,000% increase in cancer reports due to COVID vaccines

lifesitenews.com 2022/08/05

研究者は、過去 20か月間の COVID ワクチン接種後の CDCワクチン有害事象報告のガン報告と、過去 30年間のすべての FDA 承認ワクチンとを比較した。

アメリカ疾病予防管理センター (CDC)のワクチン有害事象報告システム (VAERS)に問い合わせた研究者は、COVID-19 ワクチンの結果として、FDA が過去 30 年間に承認したすべてのワクチンと比較して、ガンの報告が 10,661% 増加したことを発見した。

ヘルスインパクト・ニュースの編集者であるブライアン・トラヴィ(Brian Shilhavy)氏は、さまざまな調査結果の文書へのリンクを提供し、検索の手順をたどった。

最初に「 COVID-19 ワクチン接種後に報告された最も一般的なガン」の症例を調べたところ、「 88人の死亡、66人の永久障害、104人の生命を脅かす事象を含む 837例のガン」が見つかった。(CDCデータリンク)

FDA が過去 30年間に承認したワクチンとのコロナワクチンとの、データベースからの同じ検索クエリで比較してみたところ、「 10,661.4% の増加を示していたのです」と彼は述べた。

なお、FDA が過去 30年間に承認したワクチンの検索期間は、360ヵ月であり、それに対して、 COVID-19 ワクチンは使用されてからまだ 20ヵ月だ。

テキサスを拠点としているシラヴィ氏は、12歳から 20代までの多くの若い成人に至るまで、かなりの数のガン症例がデータベースにあることに注目した。

昨年 10月、スウェーデンでの研究で、COVID-19疾患に関連するスパイクタンパク質とそのワクチンが細胞の核に入り込み、DNA 損傷修復機能を大幅に妨害し、人の適応免疫を弱め、おそらくガン細胞の形成を促進することがわかった (論文)。

(※) このスウェーデンの研究は、以下の記事で取りあげています。スパイクタンパク質が「獲得免疫」を剥奪することがわかったのでした。

[記事] 免疫を失うメカニズムがまたひとつ : スウェーデンの研究が、スパイクタンパク質は V(D)J組換えと呼ばれる「獲得免疫の根本システムを阻害」することを示す…

In Deep 2021年11月1日

 

2021年3月、理事会認定の病理学者であるライアン・コール博士(Dr. Ryan Cole) は、COVID ワクチンを接種した患者たちにさまざまな自己免疫疾患やガンが大幅に増加していると報告した。

(※)このことは以下の記事で取りあげています。

「記事」米アイダホ州の病院の「子宮内膜ガンが年平均の20倍」という報告から、もはやワクチンによる免疫抑制でのHHV-6の再活性化によるガン多発の可能性を排除できず

投稿日:2021年9月15日 


コール博士は、「 2021年1月1日以来、検査で見つかる子宮内膜ガンが年間ベースで 20倍に増加しています」と述べていた。

全体的な適応免疫に関して、コール博士は、米軍での COVIDワクチンの接種に続いて、数十の病気の急増を示したことを以下のように説明した。

・流産 : 279% 増加

・女性の不妊 : 471% 増加

・男性不妊 : 344% 増加

・先天性欠損症 : 156% 増加

・高血圧 : 2,281%増加

・神経系の疾患 : 1,048%増加

・ベル麻痺 : 291% 増加

・肺塞栓症 : 467% 増加

・ガン : 296%増加

 

CDC から 7月 29日に リリースされ たワクチン有害事象データ は、2020年12月14日から 2022年7月22日までの間に 29,790人の死亡と 247,686人の重傷を含む合計 1,357,937件の有害事象を報告した (CDCデータ)。

これらには、55,719 件の永久的な障害、50,739 件の心筋炎、14,374 件の帯状疱疹も含まれる。

しかし、これらの数値は任意での報告に基づいているため、この数値は「氷山の一角」である可能性が非常に高いことに注意することが重要だ。