2026年8月3日月曜日

4338「青空ひろば」2026.8.3

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より14 2026.07.02

日本は世界の気が集まってくる龍穴というお話をしましたが、日本人のDNAを調べると出アフリカの遺伝子が三系統全てあるというんですね。

世界のほとんどの地域では出アフリカの遺伝子は2系統までしか見出せないのに、

日本人の遺伝子にはアフリカ起源の遺伝子が三系統全てあるというんです。

三系統全てが入ってるということは、これまでも世界中から様々な人種が日本にやってきていたということの証拠ですね。

人がやってきたということは神さまや言葉や文化も届いているということですね。

そこの所がおもしろいですよね、

日本に世界中の神さまがお祀りされているということにもなりますね。

だから世界は治まっているんですよ。

色んな神社に神さまがお祀りされていますけど、それは世界のそれぞれの地域の神さまが日本に流入してきてお祀りされていますね。

そうして調和することによって世界が、今のような状態でまだなんとか治まっています。

日本人はそういうことをしなければならない使命があるということですね。


イノチの学校より13 2026.07.01

日本は世界の気が集まってくる龍穴だとお話しましたが、それを金光教組はこのように言われました。

『世界の国々と日本を比べると、日本は落ちくぼんだところで、このくぼんだ所に水がたまるように、世界中の問題が日本に集まってくる。』

大本教の出口王仁三郎さんはこのように言われていますね、

『日本は世界の雛形であり、そのため両者の地形は互いに照応する。また、世界で起こることは日本でも起こり、日本で起こることが世界でも起こる』

で、王仁三郎さんのいろは神歌というのがあって、

『日出(いづ)る国の日の本は、全く世界の雛形(ひながた)ぞ。

(中略)

我九州は亜弗利加(アフリカ)に、北海道は北米に。台湾嶋は南米に、四国の島は濠州(オーストラリア)に、我本州は広くして、欧亜(おうあ)大陸(ユーラシア大陸)其儘(そのまま)の、地形を止むるも千早振、神代の古き昔より、深き神誓(ちか)いの在(いま)すなり。』

ってね、照応関係にあると歌われています。

ユーラシア大陸は本州にあたる、北海道は北アメリカにあたる、四国はオーストラリアにある、九州はアフリカにあたる。

だからこれを考えていくと、これからの時代の色んな問題やイベント事の舞台はアフリカになりますね。


イノチの学校より12 2026.06.30

日本は地球全体の気が集まるツボである。

だからそういう世界の全てが集まってくる、日本にはあらゆる国の料理が集まってきていますけど、それを日本人は上手いこと加工して、皆が日常で食べられる様に加工したりしていますね。

あれが日本人の特徴なので、そういう形で世界中のものをね、調和できる形に作り上げて、今度はそれを世界に発信していく。

そういうことが日本人は出来るような気がします。そういう時代が来ていますね。


イノチの学校より11 2026.06.29 

今の時代には海外から人々が流入してきていて、それがアチコチで問題として取り上げられたりしていますね。

でもね、日本っていうのはそういう風に全てが集まる場所。世界中のすべてのものが流れ込んでくる龍穴になっているんです。

だから民族もどんどん集まってきますね、自然なことです。それを拒絶して、今までの自分達だけの安らかさだけを保とうとしたり、鎖国の様なことをするなら、それは間違いだと思う。

「日本民族」という枠から「世界人類」という枠に発展させなければならない時代がきたんですね。

天武天皇も時代もそうでしたが、今の時代は、またもう1回そうした色んな遺伝子を持った人達が集まって、そこでもう1回ルールを作り直す。

そういうことをやっていく時なのですね。


大敬イノチの学校より9 2026.06.27

岡潔先生の晩年の境地について

岡先生は、「このままでは日本は滅びて、世界も滅びる!」という危機感を持って、色んな講演に呼ばれたり本を書いたりしていたそうです。必死で活動してたんだけど、その本を読んだ人たち、或いは講演を聴いた人たちから「心が洗われる様な気がします。先生のお話を聴いているとホッとしています。」と言われて、岡先生はガッカリしてしまった。

一生懸命警鐘を鳴らして滅亡を止めさせようとしているのに、講演を聴いて、言葉を読んでホッとしました楽になりましたという人ばっかり。こんなんでいいのだろうかと苦悩されたそうです。(続く)


大敬イノチの学校より10 2026.06.28 (前回の続き)

で、最晩年になってちょっと変わられるんですね。そういう危機感から脱却された様です。

その時の言葉を紹介します。

 『日本民族の中核の人々は、心(真我)を自分だと思っている。五尺のからだ(小我)を自分だなどと思ってやしない。

肉体は二つよせても一つにならないが、心を二つよせると合わさって一つになってしまう。だから日本民族の中核は一つの心である。これを日本民族の心と呼ぼう。

日本民族の中核の人たちは、自分は日本民族の心の中から生まれてきて、またそこに帰って行くひとひらの心だと思っている。私もそう思っている。

だから死を視ること帰するが如く、即ちふるさとへ帰るように死ぬことができるのである。』

これは人類の魂から個々のイノチが出てきてまたそこに帰っていくんだよ、ということを現しているんだけど。

岡先生の時代の限界は、それが日本民族のお話なんですね。でも僕らの時代はそれが世界人類じゃないと駄目なので、日本民族という狭い領域での話とする必要はないですね。(完)


イノチの学校より8 2026.06.26

岡潔先生晩年の不思議な体験についての話題。

岡先生は若い頃はそういう、不思議な体験を話されてなかった様ですけど、晩年の著書で自分の不思議体験も書かれるようになったんですね。

面白いですね、大敬は岡先生とは逆です。

岡先生は手に取るように正法眼蔵(難解な哲学書としても有名な、道元禅師の著書)がわかるようになったそうです。大敬は何もわからない。正法眼蔵何もわからないけど、必要な時だけ、それがどういう意味かわかって書ける。言葉にして書ける。

岡先生は言葉には言えない、言葉にはできないと書かれている。

大敬は言葉には出るけど、自分が本当にわかってるか?というと自分は知りません、

私の責任ではありません。ほっといてください!という様なのが笑

大敬の持ってる何か、悟りのようなものですね。


イノチの学校より7 2026.06.25 

心不可得(しんふかとく)についての話題

アタマでなにもかもグゥーっと握りしめようとするのではなくて、心不可得。心とは手に取れないものですよ、ということに安心できる様になる。イノチはアタマではコントロールできないということがわかるということ。


イノチの学校より6 2026.06.24

「アタマ」の働きというのは目指す方向を指示することはできるけど、働きは「カラダ」がやる。

そこのところを忘れないでね。その時々で、切り替えを上手いことしないといい行動にはならないですね。


イノチの学校より5 2026.06.23

(イノチの本能についての質問への回答)

「そうなんですよ、イノチの自然として弱いものは全体によって守られ、余力あるものは必要なものを援護することになるのです。それがイノチの理なのです。」


イノチの学校より4 2026.06.22

現成公案(げんじょうこうあん)の「現成」とは?

現成って現在に成り切ること。

現在に成り切ることって、アタマで打算して考えないでワッと、スッとやるべきことをやっていく潔さ。そしたら必ずその行動はピタッとね。その場所、場所の一番ピタッと適切な行動になっていく。


イノチの学校より3 2026.06.21 

現成公案(げんじょうこうあん)の「案」とは?

案というのはその時その時でいちばん相応しい、アタマで考えた訳ではない、計算した訳ではないんやけど、思い切って身を投げ出して行動したら、これが一番ピッタリの行動になっている。

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イノチの学校より1

2026.06.19 

これはなにか日本的霊性の特徴ですけど、

必ず火の試練水の試練、そして最後に土の成就というのがあります。

ヤマトタケルも火の試練にあって、海が荒れてという水の試練を経て、自分の使命を成就するという。日本的霊性は3つセットで出てきますね。(続く)


イノチの学校より2 2026.06.20 

(前回の続き)

それはキリスト教でもありましたね。

イエスさまもそうです、火の試練と水の試練と、地の成就という順番。

なにかそういう大きなパターンがあるのですね。


2026年8月2日日曜日

4337「八百万の神」2026.8.2

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月19日の記事を紹介します。


「八百万の神」


日本では古くから、八百万の神と言って、

全ての人、生物、植物、無機物、そして自然現象まで、

全ての中に神が宿っているとしてきました

そのような神様のことを八百万の神と言います。

もちろん、神様が宿っているとは確かなことで、

宇宙創成の神、例えば

・天之御中主神(アメノミナカヌシ)

・高皇産霊神(タカミムスビノカミ)

・神産巣日神(カミムスビノカミ)

の神々は造化三神と呼ばれ、

天地万物の生成化育を司るとされています。

そして宇宙に現れた途端、隠り身(消える)になり、

宇宙全ての領域、

時空に遍満されていると言われています。

つまりこの宇宙中に、

神々の精神(意識・心)が存在しているということです。

時に人間においては、

この神々の精神(意識)が濃厚に宿っていますから、

神々に近い存在となっています。

また動物や、植物の中にも、神々の精神が、集まって宿っています。

精霊や微精霊の場合には、

神々の氣が集まっていますが、

まだその密度は希薄で、

意識の進化は人間ほどには進んでいません。

精霊や微精霊は、

進化したり、集合(合体)をすることで、

より進化することもできます。

これが進化して行って神様になることもあります。

このような場合、「一度も人間を経験していない神様」と言うことになります。

ですから八百万の神と言っても

神様までの進化具合は様々であるため、

時に呪い神になって人間に害やいたずらを与えることもあります。

例えば自分の守っていた地域や土地が

人間の無知であったり身勝手な行動によって犯されたりすると、

その人間を呪ったり、苦しめたりすることもあるわけです。

聞いたことがありませんか?

古い土地を更地にして家を建てる時、

古い井戸だったところには、

少しだけ管を通し空気の通り道を作っておくように・・など

そうしないと、そこに居た八百万の神々のどなたかが

害を及ぼす・・など。

ですが、普通の人間である私たちには、

見えない世界だし、

そのあたりの事情を知ることもできない。

いつ何時、自分の不注意がうっかりそういったことで

そこに住むまだ進化の度合いの進んでいない神々を怒らせてしまうかもしれません。

では、そんな私たちはどうしたらよいでしょう?

それは縄文の時代の私たちの祖先のように

全てのものや 現象などに神様が宿っていると思い

丁寧に感謝を持って接すること。

縄文の人々は相手の心の中にさえ

神様が宿っていると知っていましたから

常にどんな人であろうと

相手を敬い尊敬し、

尊厳を踏みにじるようなことはありませんでした。

ですから、そこに宿る八百万の神に失礼なこともしないし、

更に相手の心の中にも、神々が居ることを知っていましたから、

争いごとが起こらなかったのです。

縄文時代は1万5千年もの間、

平和でユートピアのような時代でした。

戦争などで争った痕跡も無いそうです。

世界に類を見ないことです。

日々の暮らしを、そのように丁寧に過ごしていくことで、

私たちは、多くの神々に愛され、

どんどん幸せになっていくことでしょう。


2026年8月1日土曜日

4336「今日という日」2026.8.1

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月17日の記事を紹介します。


「今日という日」


皆さんは今 

・ご家族と一緒に暮らしていますか?

・仲良くされていますか?

それとも、

・顔を見るだけで、ため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

・言うことを聞かない子供、

・自分勝手な旦那さまなど・・

今日は、その方のお顔を思い出して、読んでみてください。

あるご家族の娘さん(7歳)が亡くなりました。

子どもを亡くしてから一年経ってもこのご夫婦は 

「娘にもう一度会いたい」と嘆いていました。 

ある日のこと、

水色の天使がその夫婦の前に突然に現れて言いました。

「今、あなたの持っているすべての財産と引き換えに、 

亡くなったお嬢さんと一緒に過ごせる日を、 

一日だけプレゼントできますが、 どうしますか?」 

その夫婦は迷うことなくOKしました。 

そして水色の天使が続けて言いました。 

「しかし、ルールがあります。

あなた方は、プレゼントされた1日が終わるまで、 

今ここで約束したことや、 

お嬢さんと死別したことなどの記憶は消されてしまいます。

それはまるで、過去に戻った一日を自然に過ごす感覚ですよ、

それでもいいですか?」 

その夫婦はお互いに顔を見合わせて、ゆっくりとした口調で、 

「分かりました。」 と返事をしました。 

その瞬間パッと光が・・・  あっ!まぶしい・・・ 

次の瞬間には、いつも通りの朝になっていました。

ですが、夫婦は、天使と約束したこと、娘が死んでしまう事など、

一切の記憶を無くしていました。

そうです、娘が生きていた頃の、何気ない一日の始まりでした。 

朝から「早く起きなさーい!!」妻の大きな声。

パジャマ姿で機嫌悪そうに起きてきた髪の毛のボサボサな娘。

眠たい目をこすりながら新聞を読む夫。

貴重な貴重な一日が始まりました。 

私たちが生きている今日は、それは、いつか未来に水色の天使に 

全財産と引き換えに頂いた「今日」なのかもしれませんね。

もう一度、最初の質問をしたいと思います。 

皆さんは今 

・ご家族と一緒に暮らしていますか?

・仲良くされていますか?

それとも、 

・顔を見るだけで、ため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

・言うことを聞かない子供、

・自分勝手な旦那さまなど・・ 

その方が、明日は、いなくなってしまうかもしれません。

もし、胸がきゅんとなったのなら、今の何気ない日々の暮らしの中で、

周りの身近な方々に、どうぞ笑顔で、優しく接してください。

今日のこの日は、永遠に続く日々ではありません。

家族もいつかは、離ればなれになってしまいます。

・手のかかる、言うことを聞かない、心配の種の子供も・・

・自分勝手な夫も

・嫌味ばかりを言う親も

明日はいないかもしれません。

いつか、別れの時が来ます。

ともに、この地球の同じ時代に生まれ、そして縁によって結ばれた家族たち、

それは、私たちの魂を、磨き合う仲間でもあります。

外見の態度や言葉で切り捨ててしまうのではなく、

その心の奥にある、魂を見つめたいものです。

私たちは、生まれる前に、その魂同士で約束してきたのですから。 

それから、今日は、もう一つテーマがあります。 

皆さんの中には、お子さんを早くに無くしてしまった方も居るかと思います。 

病気や事故、もしかしたら自死もあったかもしれません。

医療ミス、過剰な薬物投与。 

自分より先に、かわいいわが子を無くすことほど、

苦しく、辛く、悲しいことはありません。

世の中全部が敵に見えるかもしれません。 

幸福な家庭が憎くなるかもしれません。 

心の中は、切なさ、後悔、やりきれなさ、憎しみ、

で一杯になってしまうかもしれません。 

ですが、ここで、少し考えていただきたいのは、先に逝ったわが子、愛しいわが子は、

愛する父と母の心が、自分の死によって、そのような黒い心になってしまうことを、

望んでいるのか? 

ということです。

肉体を去っても、存在が消えたわけではありません。

より自由度を増した、魂の存在として、元の世界に戻っているだけです。

私たちも肉体を去れば、必ず会えます。

心が通じているのですから。

その愛しい子供たちが自分の死によって、父や母の心が黒く変わってしまったら、 

悲しむに違いないのです。 

憎しみのあるところ、幸福も、健康もありません。 

愛と許し、感謝のあるところ、神さまの光が照らします。

幸福があります。 

どうか、たとえ、愛しい子供たちが夭逝(ようせい)したとしても、

心を黒く汚すことなく、悲しみは悲しみとして、しっかり受け止めて、 

そして次には、前を向いて欲しいのです。

笑顔を、周りの方々に向けて欲しいのです。 

きっと、天国の子供たちも、愛する、父や母に、 

そのような神様の道を歩んで欲しいと、願っていると思うのです。


2026年7月31日金曜日

4335「冥界からの電話」2026.7.31

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月16日の記事を紹介します。


「冥界からの電話」


今日は生と死、肉体と魂に関して

以前載せた記事ですが、加筆して掲載したいと思います。

最近は、本当に、さっと生まれて来た目的を果たし、 

子供の内に天に戻っていく魂が多いように感じます。 

レインボーの子供たちが増えてきたのも、同じような目的があるのかもしれません。 

佐藤愛子さんの著作「冥界からの電話」に故人 中川昌蔵さんの言葉が載っています。

中川さんは、菩薩界から生まれて来た方です。

中川さんはどんな人にもわかり易く説明されます。 

波動を高めるにはどうすればいいかって? 

ちっとも難かしいことじゃありませんよ。

学問とか知識は必要ありません。

ただね、人は一人では生きられない、生かされているということをよく認識してね、

そのことに対してありがとうという感謝の気持を表せばいいんです。 

感謝することで魂の波動は上ります。

実に簡単なんですよ。

死後の 世界は波動の世界ですからね。

波動の上下によって、地獄界、幽界、霊界、神界と厳格に分けられています。

死ぬとその者の魂は、自分の波動と同じ波動の場所へ自動的に移動します。

やはり、ここでもありがとうという感謝の言葉が出てきます。

上記を踏まえたうえで、重い障害を持って生まれ、

早くに亡くなった娘さんのお話をご覧ください。 

「もう読んだよ」という方は、スルーしてくださいね。 

夭逝した、娘さんご本人の口から、重い障害を持って生まれたわけ、

を語ってくれています。 

景山民夫さんが書いた

「さよならブラックバード」と言う本からのご紹介ですが、

これから述べることは事実であるそうです。 

このお話は、お子さんが、お父さんの魂の向上のため、

敢えて不自由な身体を選び生まれ、そして早すぎる死を通じ、

愛する父の魂を向上させるめに協力したお話です。

景山民夫さんが書いた「さよならブラックバード」という本

その後書きに、こんなお話が載っています。

<転載開始> 転載元

僕はいまから八年程前に、長女を亡くしました。

彼女は生まれたときから重い障害をもった子供で、

18年間の人生の中で

一度も自分の力でベッドから起き上がることが出来ない生活を送り、

そして死にました。

急な死だったために、僕があわてて病院に駆けつけたのは、

死後一時間ほどしてからでした。

娘は既に冷たくなっていて、

18歳にしてはずいぶん小さな体を、

ベッドに横たえていました。

その夜、通夜が営まれ、お棺に入れられて、

祭壇に安置されている娘の遺体を目にしたとき、 

僕はなぜか 

「あ、もう肉体から魂が抜け出してしまっている」 

と感じたのです。

ふと祭壇の上の方を見ると、そこに娘がポコンと浮かんでいました。

それは、生前の肉体の姿ではなく、

白く光る玉のように僕の目には見えました。

無事にお通夜を終え、僕は翌日の葬儀に備える為に、

教会の駐車場にあった車に戻りました。 

車のエンジンをかけたときに、

僕は助手席に死んだ娘がいる事に気がつきました。

さっきと同じ光る球体のようでした。  

「一緒にお家に帰るか」と、僕は娘に声をかけました。

彼女は、「うん、一緒に帰る」と答えました。

不思議なことです。

生きているときは、言葉が喋れないために、一度も会話をしたことがない彼女と、 

死んだ後ではまるで普通の人と同様に、会話ができるのです。

といっても、それは鼓膜を通して伝わってくるものではなく、

直接僕の心に語りかけてくる、テレパシーのような通信手段でしたが、

それでも意思は完全に通じあっていました。

いろいろなことを語り合いながら、車を運転していくと、

途中で雨が降り始めました。 

家に着いたときもまだ雨は降り続いており、 

彼女は「そうかぁ、雨ってこういうものなんだ」と感激していました。 

ずっと室内で暮らしていた彼女は、 

雨というものを実体験したことがなかったのです。

その後、娘は(ヘンな話ですが)自分の葬儀にも出席し、

しばらく我が家に滞在していました。

その間に

「お前は、なんであんな不自由な身体を、選んで生まれてきたの?」 

と尋ねたことがあります。 

娘の答えはこうでした。

「他の理由もあるけど、私が生まれる前のパパの心の状態のままだと、 

パパは弱者に対しての優しさが持てない人になっていたかもしれないの。

それで私は重い障害を持ってパパの娘に生まれたの」

この言葉は僕にとって、目からウロコが落ちるようなものでした。

たしかに、思い返してみれば、

当時の僕にはそういった傾向があったのかもしれません。 

やがて娘は「もう天に帰るから」と言って去っていきました。

痛く、辛く、悲しい人生ではあったと思いますが、 

彼女の一生は無駄でも敗北でもありませんでした。

敢えて、障害を持つ子として生まれて、 

僕に思いやりの大切さを気づかせてくれたのですから。

これはすべて本当の話です。

もう一度言います。 

どんな人生でも、

無駄や敗北はないのです。 

大切なのは、無駄や敗北と見えたことから、何を学び取るか、なのです。

<転載終了>

私も、人の親ですから、子供を早くに亡くす、悲しみ、苦しみ、後悔、

張り裂けそうな胸の内。想像に難くありません。

ですが、もし親が、子供の早すぎる死を

悔み、何時までも、世を憎み、人を憎み、

何時までも、いつまでも運命を呪っていたなら、

この子供たちが、敢えて勇気をもって、

早くに亡くなることを選んで生まれて来た人生の目的は、どうなってしまうか?  

そう考えてしまいます。 

子供たちが、親のその姿を天国から見てどう思うのか? 

何時までも、私のことを忘れずに、大切に思い、

それゆえに憎み苦しんでくれてありがとう。

そう思うのでしょうか? 

中川さんの仰るように、心の波動の上下によって、

地獄界、幽界、霊界、神界と厳格に分けられてしまい、

その悲しみ、苦しみ、後悔、運命を呪う波長のゆえに、

親が自動的に、その世界に引き込まれていくことを、 

この高貴な魂の子供たちは、喜ぶでしょうか?

中川さんは仰いました。

死ぬとその者の魂は、自分の波動と同じ波動の場所へ自動的に移動します。

この子供達の魂は、中川さんの仰る魂の法則、類は友を呼ぶを十分知った上で、

生きている私たち お父さん、お母さんを見ています。

大切な大切な子供たち、その子供たちの喜ぶ笑顔が見たいですね。 

子供たちは何のために、生まれて早くに亡くなったのか? 

一番影響を受ける親に何を伝えたかったのか? 

親にどう変化して欲しかったのか?

それに気づき、お子さんたちが望んだ変化を

私達親が、人を社会を恨むことなく成し遂げることができたら、 

子供たちは天国で本当に幸せを感じることでしょう。


2026年7月30日木曜日

4334「苦しみの原因」2026.7.30

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月15日の記事を紹介します。


「苦しみの原因」


今日は今現在、悩みや苦しみの渦中にある方向けに書きます。


私たちは魂を純粋にし、神様により近づくために

この地球に様々な体験をしにやってきました。

ですから生きていると様々な喜び、悲しみ苦しみに出会い、

不安や恐怖、心配をはじめとした

様々な感情を味わうことになります。 

ですがその感情が、もし喜びだけであったら

私たちの魂は決して成長することなどできないでしょう。

何故なら喜びしかなかったら、

私たちは決して自分の心を見つめ直したり

神様のことを考えたり、

そういうことをすることがないからです。 

私たちが遭遇している

喜び苦しみ悲しみやは、

必ずそれを通じて魂を成長するために

神様と私たちが生まれる前に設定してきたことです。

ですので今現在、そのような状況に置かれていたとしても

決して 悲観することも悲しむこともありません。

計画通りなのですから・・

そういったときは

心を見つめ直し、その原因を自分の心の中に探し求めることです。

何故なら自分の心の中にしか、

その現象の種はないからです。

決して現象の原因が、

他人や家族の誰かにあるわけではありません。

必ず原因は自分の心の中にあります。

・不平不満、愚痴ばかり口にしていないか

・いつも眉毛にしわを寄せてばかりしていないか

・家族を含め自分以外の他人に優しく接しているか、思いやりを持っているか

・周りに感謝しているか、ありがとうという言葉をちゃんと使っているか

このようなことを自分で振り返ったり考えたりすることなく

人やもの、神様にすぐ頼ってしまったりしていないか?

つまり 他人依存になっていたりしないか

・先祖の皆さんに感謝の心を持っているか

・日々の暮らしを丁寧に生きているか

このようなことを、自分の心を顧みて考えてみてください。 

私達の身に起こってくる様々な現象は

原因が必ず、私たちの心のどこかにあります。

それに気づき

少しづつ修正していくことで、

現象の種が心から消えて、

その現象に存在する理由がなくなった時

現象は消え、記憶のかなたに行ってしまいます。

もしくは、魂のレベルが上がるために

今まで困ったことだと思っていたことが全く気にならず

本来そうであったように、喜びの中で

生活していくことができるようになります。

感謝の心とは何かいいことが起きた時にだけするものではありません。

先に神様やご先祖様に感謝すること

感謝する心があるところに神様やご先祖からの奇跡や助けがあります。


2026年7月29日水曜日

4333「青空ひろば」2026.7.29

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」の最新の記事を紹介します。


1783 2026.06.18 

私は、現在の高度資本主義体制は、社会主義体制が信じられないくらいあっけなく崩壊したように、早晩崩れ去ると思っています。なぜなら、このシステムが存続すれば、人を害し、自然を害し、動植物を害し続けることになってしまうからです。

コロナ騒動が、新しい時代を切り開く突破口となるのかも知れません。

日本は世界の「気」がすべて集まっては出てゆくという特別な場で、「世界のひな型」なのですから、お互いに人や政治を非難しあってばかりいないで、みんなで智慧や労力や協力の手を出し合い、痛みも分かち合って「ひとつ」になり、無事にこの困難を収めることが出来れば、それが「世界のひな型」となり、その「日本モデル」が元になって、新しい時代の「人にやさしい、自然にやさしい、動植物にやさしいシステム」が誕生するのではないでしょうか。 

こんな時だからこそ、次のステップのために、しっかり学び、坐禅しましょう。「自分が自分に落ち着くことが出来れば、世界が世界に落ち着ける」のですからね。


1782 2026.06.17 

コロナウイルスで大変なことになりましたね(2021年の原稿です)。

長らく皆さんにお会いできないのがとてもつらいです。私のような高齢になると、1年というものがとても貴重なのです。志を継いでくれる弟子を何とか仕上げて地上を去りたいとあせる気持が出てくるのですね。

神様が『弟子をはやく悟らせよ、育てよ』と、せっつかれるようになったのが不思議だったのですが、こういう事態になって指導のブランクが生じることをあらかじめ見越しておられたのですね。

しかし、私の修行時代を思い返してみると、師は東京にお住まいで、月に一度だけ大阪においで頂いて指導を受けていたのですが、師が色んな事情で何ヶ月も大阪においで頂けなかった時期こそが、私が最も進歩出来た期間でした。

私の場合がそうであったように、皆さんにお会いできなくなってから、「心境が進みました、こういう悟りを得ました」という報告が多くの弟子から届き始めました。驚くとともに、『なんだ、みんな結構やるじゃないか』と喜んでいます。もう大丈夫なんですね。もう自立して自分の足で歩んでゆけるまで育ってきていたのですね。それが一気に見える形で現われ始めたようです。

悟りとは、「自分がありのままの自分に落ち着けるようになる」ことなのですから、師に頼る気持が少しでもある間は本当の悟りにはならないのかも知れません。だから、アナンのように、師の釈迦がお亡くなりになってから悟りを開いたという方が多いのでしょうね。

ですから、こんな時こそ、自己のイノチを充実させ、高める貴重な期間としてください。

1781 2026.06.16 

21世紀は『融合の世紀』です。人と人をつなぐ方向の仕事は上手くいきますが、人と人を離反させるような仕事は、いったんは上手くいくように見えても、きっと行き詰まることになるでしょう。


1780 2026.06.15

『もうだめだ。絶望だ!』と、自暴自棄になるのはあなたの思いこみ、間違いです。

あなただけの力で仕事をしているのではなく、「オーナー神さま」の従業員として、あなたは働いているのだから、困ったときは「神(オーナー)頼み」でいいのです。困った事態の報告を済ませたあとは、神様の責任で、事態を収拾して下さるでしょう。それを信じて、目の前の仕事を精一杯しながら、静かに待っていればいいのです。


1779 2026.06.15

仕事が忙しくて、家族が顔を合わせたり、話しあったり、遊んだりする時間がなく、家庭が冷え切っているなどというのは本末転倒ですね。

父親鳥が一生懸命えさを運ぶ(仕事に精出す)のは、家族を養うため、えさを運び、家族を養うのが喜びなんです。それが、仕事の本来の意義ですね。

それなのに、仕事が大変で夫婦別れをするなんていうのは、いのちの本能に違反する行為です。

そんなお父さんは思いきって仕事をカットして、家族と一緒の時間を増やしてみて下さい。

そうすると、グンといのちの重心がしっかり取れるようになって、そうすると、短時間で効率的な仕事が出来るようになるのです。家族とのいのちの一体感が仕事を後押ししてくれるようになるのです。


1778 2026.06.14 

たっぷり時間をかけたから、沢山仕事をしたということにはなりません。成果は仕事をした時間に比例しないのです。

一生懸命努力しているつもりでも、心が燃え尽きてしまっていては、ちっとも効率があがりません。

私の場合は、『ああ、燃え尽きてきたなあ』と気がついたら、仕事を中断して(こういう時ほど仕事をストップすることが難しいものなんですよね。惰性でズルズル仕事を続けてしまうものです)思い切って坐禅します。

坐禅といっても、力んでするものでなく、坐禅という姿勢(の有効性)を信じてただ坐る『養いの坐禅』です。

そうすると、自然といのちが充電されてきます。たっぷり充電して、『さあ、これでよし!』となったら、再び、戦場(仕事場)へと跳び出してゆくのです。このように、充電しては戦い、イノチを養っては働くという循環サイクルが確立していれば、もう大丈夫です。


1777 2026.06.13 

<sport>という単語は、<dis>+<port>だそうで、<dis>は『離れて』という意味、<port>は『運ばれて』という意味です。

つまり、スポーツとは、日常、現実から離れること、別の世界に運ばれることなのです。坐禅だって、結局『現実世界を離れて、別の次元に運ばれる体験』、そうしてイノチをレフレッシュし、再充電するものなのですから、スポーツの一種といえそうですね。


1776 2026.06.12

『大力量の人、風が吹けばコテンと倒れる(原文:大力量底の人、風吹けば倒る)』という禅語がありますが、風に逆らって踏ん張り続けるのがいいのではなくて、風が吹いてきたら、素直にすっ転んで、風が止むまで、あったかい大地に身を委ねましょうという勇気も必要ですね。何年も吹き続ける風なんてありませんからね。


1775 2026.06.11 

(中学教頭であった時、1年の学年通信に書いた文章です。タイトルは『儚(はかな)さと懐かしさ』です)

冬休みには夏休みや秋休みと違った、独特の雰囲気があります。

年末の大掃除、お正月準備の買い出し、鏡餅やしめ縄を飾り、そして大晦日の紅白歌合戦、年越しそば・・・、年が明けると、初日の出を拝みに出かけ、神社やお寺に初詣、楽しいお年玉など、民族の伝統行事の目白押しです。

私は中学生の頃には、そんな伝統行事を毎年繰り返すことの意味がよく分かりませんでした。おそらくみなさんもそうなのではないでしょうか。

しかし、結婚して子供も生まれると、自分がはるかに遠い過去の祖先から始まって、先輩たちが必死の思いでバトンタッチして繋げてきた、いのちのチェーンの一つの環として、自分も加わったんだなあとハッキリ実感出来るようになりました。

そして、そのいのちのチェーンの最先端の位置にいる者として、先祖の方々や、民族の先輩たちが苦闘努力の末に、それでもやり残してしまったさまざまな課題を、その一部でもいいからなんとか解決して、次の世代にいのちのバトンタッチをしていかなければならない。そのためにこそ私たちはこの現代に生きているんだと理解できるようになりました。

年末、年始の伝統行事に参加することによって、民族の一員であることを再確認し、祖(おや)たちが果たせなかった悲願の達成を誓うのです。 

お正月というと、家族全員が集まって、こたつのなかで、トランプで遊んだり、百人一首に興じたりした、そんな懐かしくも暖かい思い出がすぐ浮かんできます。

しかし私の場合、今や父母も地上を去り、兄弟姉妹も各地に散らばって、もう二度とこういう光景は帰ってきません。

あれはフラッシュライトに一瞬照らし出された、奇跡のような、貴重な体験だったんだなあと、今にしてしみじみ思うのです。

ですから、皆さんにも、二度とない人生のこの時(「一期一会」:いちごいちえ)の家族全員と過ごす貴重な一時を大切にして欲しいと思います。

お父さん、お母さんの手伝いをしたり、思いっきり甘えてみたり、兄弟姉妹たちと仲良く遊んだり、暖かい思い出をいっぱい作りましょう。


1773 2026.06.09

<性能がよい心>

心さんは、あなたの人生の夢と現実を結んでくれる存在です。

その中間者(媒介者)としての性質を、私は「ゴムひも」や「乗り物」やスクリーンに映像を映し出す、夢の原画が描かれた「フィルム」などでよく喩えて説明します。

ところが、夢を描いても、なかなか実現しない人もいれば、どんなデッカイ夢でもスイスイ現実化してゆく人もいます。これは、努力の多い、少ないによるのでなく、心さんの性能の良し悪しによるのです。

では、性能の良い心さんとは、どんな心さんなのでしょうか。

ここでは、二つだけポイントをあげておきましょう。

ひとつ目は、「サバサバ心さん」が、性能の良い心さんです。

心さんをタクシーで喩えてみましょう。

運転手さんに行き先を告げます。

その時、ズバリと、何のためらいもなく行き先を告げられますか。行き先を再三再四変更するようなことはしていませんか。これでは、運転手さんは、あなたが本当はどこに行きたいのは分からず、困ってしまいます。せっかくの高性能マシーンが、宝の持ち腐れです。

それから、いったん行き先を心さんに告げたら、あとはお任せです。居眠りしていてもいいのです。「果報は寝て待て」と言うではありませんか。

心さんは全知全能です。宇宙中の町並みや道路を、心さんはことごとく知り尽くしています。だから、あなたが夢のゴールを告げたら、心さんはあなたにとって最適の道筋を選んで、必ずあなたをゴールへと運んでくれます。

ですから、途中の道筋についてあなたが心配したり、注文をつけたりしてはいけません。いったん行き先を告げたら、あとはいっさい口出ししない、そんな男らしい「サバサバ心さん」が性能の良い心さんなのです。明日は二つ目のポイントを説明します。(続く)


1774 2026.06.10(前日の続き)

ふたつ目は、「ヒロビロ心さん」が、性能の良い心です。

心の広さは、ガソリンタンクの容量です。広い心さんは、いっぱいガソリンが入ります。狭い心さんには、ちょっとしか燃料が入りません。

いっぱいガソリンの入った心さんは、どんなに遠い夢のゴールにでも、楽々あなたを運んでくれます。しかし、心が狭いと現実を脱出して夢を実現するには、エネルギーが不足です。

このように、夢を次々実現して、楽しくて、達成感、充実感のある人生を送るために、サバサバ心、ヒロビロ心を保つトレーニングが必要です。 

般若心経は、サバサバ心さん養成のマニュアルで、法華経は、ヒロビロ心さん養成のマニュアルです。

般若心経については、『劇的に運が良くなるお経』(カドカワ)をお読みください。おかげさまで何度も重版するベストセラーになっています。

法華経については、しあわせ通信第八集『法華経講義-湧喜をもって踏み出すために-』(本心庵)や『くじけない力』(カドカワ)をお読みください。(完)


2026年7月28日火曜日

4332「母の涙」2026.7.28

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月14日の記事を紹介します。


「母の涙」


今日は、お子さんを持つお母さんに書きたいと思います。

心のお話です。 

・能力ある人に頼って、助けていただくよりも

・お金をかけて沢山のセミナーに参加するよりも

・あちこちの沢山の神社仏閣を回るよりも、 

まずは、ご自分の心を祓い清め、

本来の魂の輝きを取り戻すことの方が、 

何万倍も大切なことだと思うからです。 

本当に素朴で純真な詩をご紹介します。

サトウハチローさんの、「お母さんの詩」です。

おかあさんはわたしを生んだの 

それから

わたしをそだてたの 

それから

わたしをたのしみにしてたの 

それから

わたしのために泣いたの 

それから

それからあとはいえないの


サトウハチローさんは、佐藤愛子さんのお兄さんです。

ハチローさんについて、愛子さんはこう書いています。


兄は「とんでもない不良で、本当にどうしようもない男です」、と。

なんとなく納得がゆく。

「有名な『おかあさんのうた』で

善良な人たちを騙しましてね」とまで言い切る。

「けれども、彼が作った詩の中で一つだけ、

ああ、この詩はいいなあと私が思った詩があるんです。 

不良少年で父や母を苦しめた男の、こういう短い詩です」。

それが、この「おかあさんはわたしを生んだの」という一編です。

サトウハチローのお母さん、ハルは、

彼がまだ子供の頃に、父・紅緑に離縁されました。

そして若くして世を去ったのでした。

酒好き、女好きで、放蕩の青春を送った中で 

「母よゆるしたまへ/ゆるしたまへ」と・・・。 

「おかあさん」の詩を最も多く書いたと言われる詩人サトウハチロー。

彼の素朴でやさしい詩には、ファンが多いそうです。

一見堕落したような生活を送った人ですが、 

その心の中では、 

早くに亡くなった母の後姿を 

いつまでもいつまでも

追いかけていたのかもしれません。 

今日は、もうひとつ、お母さんのお話をご紹介して終わります。 

同居生活の疲れからか、

いつも、ご主人やお姑さん、そして子供、 更にはママ友など、  

他人の悪口ばかり口にしていたご婦人がいました。

いつものように台所に立っていると、

三歳になる娘さんが寄ってきて、

「ねえねえ、おかあさん」 と、

エプロンにしがみついてきました。

まあ、いつものことですので、台所仕事を続けたまま 

「何よ」と聞くと、 

「あたしねえ、いま、あること思ったの。」と言います。

またか、と思い、 

「セーラームーンのおもちゃは、

この間買ってあげたでしょ。もうだめよ。」とか 

「おやつの時間はまだでしょう?」とか、

適当に答えていました。 

すると娘は「そんなんじゃないのよ。

あたし、あることを思ったの。

当ててよ。」と、  

得意そうに言います。 

「当ててよ」は、最近娘の十八番なので、少々うんざりして

適当にあしらおうとしたんですけど、あんまりしつこいので、

とうとう根負けして、腰を屈めて娘の目の高さになって、聞いてあげました。

「なに思ったのよ。」 

「あること、思ったの。」

「何思ったの?おかあさん、降参。」

「じゃあ、教えてあげる。あたしね、こう思った。」

「何?」

「おかあさんのこと好き、って思ったの。」

「へー・・・」

「何回、思ったかわかる?」

「え?一回じゃないの?」

「ううん、もっと。」

「じゃあ、三回。」

「ううん、もっと。」

「じゃあ、五回。」

「ううん、十回。

あたし、お母さんのこと好きって、十回、思ったの。」

その日、その娘の上の5歳になる娘のあとでお風呂に入ったら、

湯気で湿った鏡に、ハートが書いてあって、 

その中に、「おかあさん、だいすき」と書かれていました。

その後、そのお母さんが、どうなったか解りますか?

彼女の心を覆っていた硬い鎧に、ヒビが入りました。 

この幼い子供の愛によって。

「愛」って偉大ですね。