2026年2月4日水曜日

4158「たった一つの宝物」2026.2.4

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月20日の記事を紹介します。


「たった一つの宝物」


今日は 

・病気のお子様を持つ親御さん

・早くに子供を亡くされた親御さん 

に、書きたいと思います。 

以前書いた記事ですが、加筆して再掲いたします。

子供が、どんな状態であろうと、生きて、そこに居てくれるだけで、

どんなに幸せで、有難いことか? 

私たち、親の人生を、どんなに豊かにしてくれることか。 

そして、例え、親より先に逝ってしまったとしても、彼らの生きた証は、

私たちの心に永遠に刻まれ、私たちの魂を、どんなに豊かに、輝かせてくれることか。 

いつかは、そのことに気付く時が来るはずです。

今日は、明治安田生命「たったひとつのたからもの」で有名になった 

ダウン症と合併症で夭逝した加藤秋雪くんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

笑ったり、ベソかいたり、 そんな姿が 私たちの元気の源でした。

秋雪が生まれたのは、1992年の10月。

生まれた季節が秋だったのと、夫が大好きな「雪」から名前をとりました。

「ダウン症の疑いがあるので、一度検査を受けたほうがいい」 

そう言われたのは、生後一週間目のこと。

病院で検査した結果、ダウン症であることが判明。 

さらにダウン症の合併症として

重い心臓障害をかかえていることもわかりました。

医師からは 

「生後半年のあいだに絶対に風邪をひかせてはいけない、ひいたらそれで終わりです。

生きられたとしても一歳の誕生日を迎えるのは難しいでしょう」

そう宣告されました。

頭の中が真っ白になるほどの衝撃でした。

たったの一年。まだ生まれて一カ月だというのに、

なぜ、命の長さを宣告されなければならないの。

なぜ、そんな運命を背負って生まれてきたの……。 

あまりのショックで、何も感じることができませんでした。

秋雪を守ろう、そう決意しても、残酷な現実に、何度も心が壊れそうになりました。

そんな私を、ぎりぎりのところで支えてくれたのは、秋雪の存在そのものでした。

暖かなぬくもりのある体。

笑ったり、ベソかいたり、楽しそうに手足を動かしたり。

そんな秋雪の姿が、私の元気の源になりました。 

ともに過ごす、一分一秒を愛おしみつつ撮り続けた6年2ヵ月。 

死を覚悟してからは、「生きていられるだけで、ごほうび」という気持ちに。

そんなふうに切り替えてからは、

秋雪といられる一日、一分、一秒を愛おしく感じつつ、

一瞬も逃さずに大切にしたいと思いました。

思い出を少しでも多く残したくて、どんな所へもカメラを持っていき、

6年2カ月の間、本当にたくさんの写真を撮りました。

朝、目覚めたとき、秋雪のおだやかな寝息に、上下する胸の動きにほっとする。

今日も秋雪に会えた……

・ごはんを食べる、

・トイレに行く、

・おこる、

・泣く、

・笑う、

・眠る

その、砂の数、星の数ほどの幸せのかけらを、秋雪がいつも握っていました。

この写真を撮ったのは、98年の8月。秋雪にとって生涯最後の海です。

帰る間際の駐車場で、今まであまり見せたことのない、

おだやかな表情を浮かべていた秋雪を、お父さんが抱きしめた瞬間でした。

秋雪を亡くして1年後、偶然知ったコンテストに応募するとき 

「たったひとつのたからもの」と題名をつけました。

秋雪は私たちに、抱えきれないくらいのたくさんの、幸せを残してくれました。

それは、私たちのこれからの人生を支えてくれるほどの、 

大きな大きな幸せでした。

「ぼくは生きているよ」と、全身で表現していた秋雪。 

いつも全力疾走していた秋雪の命が、私たちに、精一杯生きることを教えてくれました。

<転載終了>

私たちは、命の長さよりも、生きている瞬間、触れ合っている瞬間、

どんな気持ちで、その瞬間瞬間を過ごしているのか? 

感じているのか? 

そんなことが、大切なのかもしれません。 

ここで、一つの物語をご紹介します。

あるご家族の娘さん(7歳)が亡くなりました。

子どもを亡くしてから一年経ってもこのご夫婦は

「娘にもう一度会いたい」と嘆いていました。 

ある日のこと、水色の天使がその夫婦の前に突然に現れて言いました。

「今、あなたの持っているすべての財産と引き換えに、亡くなったお嬢さんと、 

一緒に過ごせる日を 一日だけプレゼントできますが、 どうしますか?」 

その夫婦は迷うことなく OKしました。 

そして水色の天使が続けて言いました。 

「しかし、ルールがあります。

あなた方は、プレゼントされた1日が終わるまで、今ここで約束したことや、 

お嬢さんと死別したことなどの記憶は消されてしまいます。それはまるで、

過去に戻った一日を、自然に過ごす感覚ですよ、それでもいいですか?」 

その夫婦はお互いに顔を見合わせて 

ゆっくりとした口調で「分かりました。」 と返事をしました。 

その瞬間パッと光が・・・  あっ!まぶしい・・・ 

次の瞬間には、いつも通りの朝になっていました。

ですが、夫婦は、天使と約束したこと、

娘が死んでしまう事など、一切の記憶を無くしていました。

そうです、娘が生きていた頃の何気ない一日の始まりでした。 

朝から「早く起きなさーい!!」妻の大きな声。

パジャマ姿で機嫌悪そうに起きてきた髪の毛のボサボサな娘。

眠たい目をこすりながら新聞を読む夫。

貴重な貴重な一日が始まりました。 

私たちが生きている今日は、それは、いつか未来に水色の天使に 

全財産と引き換えに頂いた「今日」なのかもしれませんね。

皆さんは、ご家族と一緒に暮らしていますか? 

ご家族が居らっしゃらない方は、お父さん、お母さん、同僚やご友人。

そんな皆さんと、仲良くされていますか?

それとも、顔を見るだけで、ため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

言うことを聞かない子供、旦那さまなど・・

その方が、明日は、いなくなってしまうかもしれません。

もし、胸がきゅんとなったのなら、何気ない日々の暮らしの中で、

どうぞ笑顔で、優しく接してください。

今日のこの日は、永遠に続く日々ではありません。

家族も いつかは離ればなれになってしまいます。

手のかかる、言うことを聞かない、心配の種の子供も・・

自分勝手な夫も、嫌味ばかりを言う親も、明日は いないかもしれません。

いつか、別れの時が来ます。

ともに、この地球の同じ時代に生まれ、そして縁によって結ばれた家族たち 

それは、私たちの魂を磨き合う仲間でもあります。

外見の態度や言葉で 切り捨ててしまうのではなく、

その心の奥にある、魂を見つめたいですね。 

大切に大切に したいですね。

私たちは、生まれる前に、お互いの魂同士で約束してきたのですから。

「家族になろうね」って


2026年2月3日火曜日

4157「青空ひろば」2026.2.3

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1643 2026.01.01 

<年頭挨拶>

明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。

重い病気を患って、もう神様から託された役目が果たせなくなるのかと思っていました。

しかし、新たな仲間もどんどん集まりつつあり、さらにメンバーが増える機運もひしひしと感じられるのです。

それで神様に『もしまだ地上でやるべき仕事があるのでしたら、元気にお役目を果たせるようにして下さい』と祈ったところ、いい先生に出会い、いいお薬にも出会うことが出来ました。

それにお仲間の皆さんも健康になってくださいと神仏にお参りして下さったり、お経を称えて下さったり、しっかりサポートして下さったこともあるのでしょう。お医者さんもびっくりされるほど、順調に回復にむかっています。

神様が『まだ、地上にやり残したことがあるので、その役目をしっかり果たしなさい』と後押しして下さっているように感じています。

歳が歳なので無理は出来ませんが、もうしばらくは皆さんと一緒に道を歩めそうでとても嬉しいです。

振り返れば45歳の時、伊勢の内宮さまへの参拝で天命を授かり、以来77歳の現在まで、主に<コトバの御用>を努めてきました。その御用の主要テーマは<日の理念を世に出す>ということだったんだなあということが、今にして分かります。

このお勤めは、ほぼ完成に近づいていて(未だに新しい発見が次々ありますが)、<日の理念>の基本構造はハッキリしてきました。

この後は、後継の皆さんが、その<日の理念>を「身(実)」にするという役割を引き継ぐことになります。私の役割を継ぐ仲間の皆さんは、<身の時代>を生きて、それぞれの役割を果たすことになるのです。

<日の理念>をおおざっぱにまとめておきましょう。これらの理念を皆さんは具体的な形にしてゆかねばならないのです。大変な役割ですが、身を入れ、身を尽くせば尽くすほど、実り豊かな人生が展開するということは保証します。

(A)すべての存在の平等性。

すべての存在が「ひと」なのです。

<日の理念>が降臨して個々の存在となりました。ですから、すべての存在が「日尊(ひと)」なのです。

どの人も動植物も、自然界の山や川や空気なども、すべて「日の理念」を3次元の世界に、<その存在でしか出来ない「日」の一面の輝き>を見事に表現しているので「日尊(ひと)」なのです。

「日の遺伝子」が、すべての存在に宿されていて(日入子=ひるこ)、それは「欠けら(部分)」として内蔵しているのではなく、「日の遺伝子」のそっくり全体がそのまま各存在にそれぞれ映されて(移されて)いるのです。ですから、すべての存在は平等に尊いのです。どれが上で貴い、どれが下で卑しいというようなことはありません。

(B)すべての存在の一体性。

「ひと」は、実は「ひとり」しかいません。また全体で「ひとつ」のイノチなのです。

自他の別があるかのように見えるのは、実は進化途上で必要だからと神様から与えられた錯覚なのです。

しかし、進化過程も進んできたので、そろそろそのような「錯覚メガネ」を外して、イノチの一体性を「直視」出来るようにならねばなりません。

(C)イノチの分業性。

一体のイノチですが、ごた混ぜではなくて、それぞれの全体のイノチ(日尊)のなかでの役割はハッキリ分かれています。

たとえば、人体というイノチには心臓もあり、肺臓もあり、胃や腸や頭脳や皮膚や筋肉や感覚器官などの役割もあって、その人が生きて学び、成長してゆけるように互いに協力しあって働いていますね。また、一つの臓器がダメージを受けた時は、全身の他の器官が総動員されて、その臓器を癒やそうとします。このような<分業と協調>が「一体のイノチ」の真の姿なのです。

地上世界のすべての存在が、それぞれが担当する役割を果たし、全体のイノチのために貢献しているのです。どのワンピースが欠けてもイノチは順調に育たなくなります。だから、どの存在が上で重い、どれが下で軽いなどということはないのです。

また、イノチの一体性が自覚出来るようになると、自分は自分に託された人生を精一杯生きればいいのであって、人と自分を比較する必要なんてないのだということがよく分かります。

<釈迦もイエスもみんな私>

AさんもB君も、実は君なんだから、AさんにできることはAさんに任せ、

B君にできることはB君に任せて、君は心置きなく『君』していればいいのだよ

(D)イノチの進化性。

イノチがその中心に宿しているのは、<どこまでも大きくなろう、高く伸びよう>という<成長本能>です。

この<成長本能>が発動して地球に降臨し、分離(多)の時代を経て、融合(一)の時代に進み、最後はまたもとの「一体のイノチ」に復帰するのです。スタートした時に比べればはるかに大きなイノチとなって…。

このイノチの進化の方向性を知って、その方向の流れに沿って行動すると、とても楽に、充実感をもって人生を歩んでゆくことができます(神流楽=かんながら)。

また、どんなことがあっても、最後は必ず「一体のイノチ」にゴールイン出来るのだと分かっていれば、寄り道したり、逆戻りしたように思えるときでも、あせることがなくなります。

要約すると、<日の理念>の構造は以上となります。

さて、この理念がどのような「身」に結実してゆくのか、仲間の皆さんがそれぞれどのような役割を果たしてゆくことになるのか、先がとても楽しみです。

まあ、あせらず、ぼちぼち進みましょう。かならずゴールイン出来るということは分かっているのですから。何年かかっても、何生かかっても問題はありません。<一生1ミリ前進>というぐらいでいいのです。

前を行くもの、後方(しりえ) のものも、みんなOK、みんなよし

先はながいぞ、あせるでないぞ、あせれば血が出る、迷子も出るぞ

あれもOK,これもよし、めでたい、めでたい、とうとい、とうとい

さあさ、みんなで手を取り合(お)うて連れもって行こか

ボチボチ行こか

以上は遠い未来を見据えてのお話しでしたが、今年はどんな年で、私たちがどのような点に気を付けてこの年を歩めばいいのかという近場のお話しも大切ですね。

第13話では、易の神様にお伺いを立てて2026年はどんな年で、どのような点に注意して歩んでゆけばいいのか、皆さんにお話しします。

また、第14話では、これまであまり取り上げなかった白隠禅師の生涯や『夜船閑話』という著作の解説などをお話ししておきたいと思います。


1642 2025.12.31

<法華経に説かれている未来の地球>

① 三千世界の仕切り(国境)が取り払われて一仏土(ひとついのち)になる。

② 平ら(平等の象徴)で温かい大地(すべての存在が許され、温かく抱かれる)。

③ 天界と娑婆世界は接近して(娑婆世界が進化して、天界と波動の差がほぼなくなった)、天人と人が互いに見合ったり、会話したりすることが容易になる。

④ 性別はなくなり、一切の生ある者は「化生(けきょう、突然空中に出現する)」という形で生まれる。

⑤ 体から光明を放ち、空中を飛ぶことも自在。

⑥ 他の命を断って食物とするということはなくなる。2種類の食事がある。

<法喜食(ほうきじき)>:優れた存在の教えを聞き、その繊細で、高次元な波動を食事とする。

<禅悦食(ぜんえつじき)>:禅定(坐禅)の喜びを食事とする。


1641 2025.12.29

 <坐禅会運動について>

こんにちは、大敬です。

坐禅会運動に申請して下さる方が全国的な広がりをみせ、とても嬉しく思っています。有り難うございます。

このようにして誕生した各地の坐禅会が、次の時代に平和で、平等で、豊かな創造性に満ちた日本を築く堅固な土台(地上基地)に育ってゆくと思います。

コロナや戦争など、世界規模で様々な混乱が発生していますが、それはすべて旧体制の崩壊の過程で(混乱はこれでお終いにはなりません)、それに巻き込まれて一緒に大騒ぎしていてはいけません。

私たちの使命は、旧システムの<デストロイヤー(壊し役)>ではなく(そういう役割の人も必要なのですから、彼らが順調にその役割を果たすことが出来るように祈ってあげましょう)、次の時代にふさわしいシステムを構築してゆく<カーペンターズ(日の寄進役)>なのですから、私たちの出番がやってくるまで(破壊の後に建設が始まります)、イノチの実力をしっかり養うことに専念するべきなのです。

坐禅会運動は、新しい時代建設の大工さん養成のための運動です。

この運動によって、経済や芸術や教育や身心医療や宗教など、いろいろな分野ですぐれた技量を持った大工さんがたくさん輩出して来ると、まず日本が調和と平和、創造性に満ちた、繁栄発展の国に変貌してくるでしょう。そんな日本をお手本にして、世界も一気に変貌することになるでしょう。

私には、なぜかそんな先が見えるのです。

ですから、あせらず、くさらず、成果を求めず、ただ黙々と、淡々と坐禅を続けていってください。

人知れず、黙々と坐っているうちに、一人、二人と、一緒に坐りたいという人が現れ、やがてその地にしっかり根付いた坐禅会に育ってゆくでしょう。

根本精神は、「お日さまの仲間たち」の信条の4箇条です。

(1)明るくて、温かくて、潤いがある「安心できる場」を作ろう

(2)リーダーシップより「メンバーシップ」を大切にしよう

(3)「あなたがあなたであること」以上に尊いことはない、ということを知ろう

(4)菩薩としての自覚を持って、分に応じて「ダーナ行」を粘り強く実践してゆこう。他のために生きることの喜びを体験しよう。

これらの4箇条を忘れずに坐禅会を運営していって下さい


2026年2月2日月曜日

4156「青空ひろば」2026.2.2

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1635 2025.12.22  ~ 1640 2025.12.28

<「小さなコトバ集」より>

「私たち表現者にマイナスは一つもないんだよ」(大林宣彦監督の言葉)

人や世界を変えようとするのではなく、まず、ありのままの自分(病弱であったり欠点があったりする自分)を認めてあげ、受け入れてあげ、許してあげ、抱きしめて、愛してあげることです。

それだけなのです。そのように自分と和解することができたら、まわりの人々や世界とも和解でき、しあわせな世界に住めるようになります。

大きいことは神にゆだね、自分で出来ることは自分の力で精一杯努めよう。自分にやれることに全力で取り組まねば神様は決して出動して下さらない。役割分担を間違わないように。

世の中で一番尊い、すごいことは、あなたがあなたという、誰にもマネ出来ない、独自の個性を持ったいのちとして存在しているという事実です。サイババさんもイエスさまも、おシャカさまでさえも、そのあなたがあなたであるという絶対的な尊さの前では頭を下げ、礼拝せざるを得ないのです。

あなたが自分という存在を認め、許し、とことん愛しぬいてゆくと決め、人がなんといおうが、人のものまねはしない。自分は自分を信じて、どこまでも自分の足で歩いてゆくんだと覚悟が決まった時、欠点と思い込んでいたものから、いくらでも宝物がとび出してきて、こんなはずじゃあなかったのにと驚きの声をあげられるでしょう。

イライラしている時は、「遠くのもの」を見よう。空や海や星や…。

くよくよしている時は、「小さなモノ」と対話しよう。花とか、ペットとか、蟻とか、小石とか…。


しあわせになろうと思うなら、まず「自分がいかに恵まれてしあわせであることか」ということに気づいて感謝することだ。不平不満からしあわせは決してやってこない。

歩く時は、大地と対話する気持ちで…。チャンスがあれば大地(芝生や砂浜)に横たわって、そのぬくもりに身を委ねよう。大地はお母さん、天はお父さん。

毎日10分間でも坐禅するという習慣を付けて欲しい。歳をとるほど、「ああ、坐禅を身に付けておいてよかったなあ」としみじみ有難く実感することになるから。

誇りがましいことをすると必ず運が尽きる。目立たぬように、こっそり人のために尽くしてあげよう。

行き詰まった時は、窓を開けて風を入れればいい。また、外に出て強い風に身をさらせばいい。思い込みがほどけて妙案が思い浮かぶ。

まあ、たいしたことではない。何とかなるものだ。


負けてあげなさい。最後に勝てばいいのだから。

ひたすら一道を貫くという生き方は尊いことではあるけれど、人は二つの顔を持つことによって、モノゴトを客観的にみたり、大きな、あるいは高い視点から考えたりできるゆとりを持つことが出来るということもあります。

中村雅俊さんの話。

雅俊さんがドラマでセリフをとちったとき、「おれは、ミュージシャンだからなー」と言いました。

「じゃあ、歌手として上手く歌えなかったらなんていうの?」と人が聞くと、「おれは、役者だから」と答えたそうです。そばにいるスタッフは大笑いだったそうです。

大敬も教師と道の御用の二つの顔を持って進んでこられたので、うまくいのちのバランスをとって、暴走せずに歩んでこられたと思います。

「カーン」の言霊の詩

人生なんてカーンタン/アカンもスカンもあるもんか

スッカラカーンの覚悟決め/アッケラカーンと進むだけ

人の頼らず、車を借らず/ヘタはヘタなり一歩ずつ

エッチラ オッチラ 歩むだけ

人の評価はどうであれ/自分の心に鳴り響け

キンコンカンコン 歓喜の鐘だ

キンコンカンコン 勝利の鐘だ

「すべての人や動植物や自然の一切を『あなたは仏さまです』とひたすら礼拝し続けたから、私は「仏」となれたのだよ」とお釈迦様は法華経でおっしゃっている。

本気で、大声で「お早うございます」と声かけする努力をするだけで、世界が広くなり、運命が改善する。「挨拶」が最高の呪文、真言なのだということを忘れないで。

身心がつらくなってきたら、森林浴をしよう。植物は周囲に傷ついた生物が入ってくると、本能的にその生物を癒やそうとする。

植物はまだ自他を分かつ意識が発達していないので、自分の身体を癒やすのと同様にあなたの身心も癒やしてくれるのだ。

「木々さん、癒やしてくださいね」

「木々さん、癒やしてくださって有難う」

と感謝することを忘れないで…。


「難有り、有難し」、ピンチは思いをひっくり返せばチャンスだ。

夜明け前の闇が一番深く思えるものだ。夜明けは近いぞ!

自分の力の限界を正直に認めた時、あなたを通して神力が発動する。「非力(ひりき)」は「日力(ひりき)」なのだ。

今日の呪文「日日是好日(にちにち これ こうにち)」、意味は「今日もいい日!」これは願いではなく宣言だ。僕がそう決めるのだ。どんな日も「今日もいい日だ」と生きてゆく覚悟だ。つらい時も、腹が立つ時も、「日日是好日」、「日日是好日」と称えよう。ちなみに、これは雲門禅師の言葉だ。

今日の呪文「現成公案(げんじょう こうあん)」、これは「今自分が体験している出来事は、大宇宙(神仏)にとって、また自分にとっても、こうでしかあり得ない最善・最適の出来事なのだ」という意味。イライラした時、思い通りに物事が運ばない時、「現成公案」、「現成公案」と繰り返し称えてみよう。ちなみに、これは道元禅師の言葉だ。

ヘレン・ケラーの『私の信条』

○ 私は神を信じ、人を信じる。また精神(心)の力を信じる。

○ 私は、自己および他人を鼓舞激励すること、神が創られた世界に対し、不幸という言葉を発しないことを神聖な義務であると信じている。

○ なぜならば、神が善く創り、多くの人が善くしようと望んで努力してきたこの宇宙について、いかなる人間であれ、嘆息する権利を持たないからである。

○ 私は、いかなる人間にも、他人の疾苦艱難を座視して、自分ひとりが安楽な生を貪ることのない、幸福な時代に近づけようと活動すべき責務があると信じている。

○ 私が信条とする光明主義とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる生き方なのである。

明日(あす)は今日(きょう)より美しい。

明後日(あさって)は明日よりさらに美しい。

「光明主義者」はそのように信じている。


へたくそでも自分の足で歩こうね。

これから運気が上がってゆく人は、次第に謙虚になってゆくものです。

好運に恵まれていても、傲慢な振る舞いが目につくようになってくると、

『ハハア、もうすぐ没落だなあ』と分かります。

心が陰気になれば運が開けることは難しいです。なにとぞ「春の気」になられて生活なさってください。(黒住宗忠公)

「どの人も」の詩

どの人も 精一杯の人生をおくっています

どの人も その人にしか歩めぬ人生を 歩んでいます

どの人も 宇宙でたった一人の 貴重な存在なのです

どの人も 本当はひとつに 結ばれているのです

どの人も きっと「ひとついのち」に 帰り着くのです

どっちにどう転んでも、あったかい大地の上。孫悟空でさえ、あったかいお釈迦様の手のひらから飛び出せなかった。

一生で成長できるのは、わずか1ミリほど。

それなのに、人より0.1ミリ遅い、人より0.2ミリ早い

などといって一喜一憂するなんて、つまらないこと。

今生だけですべてが決まるわけではない。今・ココで

自分にできる歩みを精一杯続けてゆけばいい。

人のことはどうであれ、自分は生まれ変わり死に変わり、

自分に与えられた道を、粘り強く歩み続けようと覚悟を

決めること。


世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。

新たな時代は、世界が「一」の意識になり、生物となる方向にある。

(宮沢賢治)

自分の顔は自分では見られない

でも、その顔を自由自在に使いこなすことはできる。

それでいいでしょう?

限りないいのちの全部を把握する

それはアタマにはできないこと

でも、そのいのちの全体を、

今・ココに盛り込んで発動させることは出来る

それでいいでしょう?

幕開けのことば

私は私を許します/私はあなたを許します/私は世界を許します

私は私を認めます/私はあなたを認めます/私は世界を認めます

私は私を愛しています/私はあなたを愛しています/私は世界を愛しています

私は私を抱擁します/私はあなたを抱擁します/私は世界を抱擁します

私は私でOKです/あなたもあなたでOKです/世界も世界でOKです

私が私であること、それは何と素晴らしいことでしょう

あなたがあなたであること、それは何と喜ばしいことでしょう

そして世界が世界であること、それは何と美しいことでしょう

私はしあわせになります/あなたもしあわせになります/そしてしあわせな世界の幕が開く(あく)のです

「ゆ」の言霊の詩

ゆっくり ゆったり 湯につかり

たゆとう お湯に 身をゆだね

心も身をも ゆるくして

じぶんをゆるし ひとゆるし

われ ひと ともに 癒ゆる道 

NHKのメーク師であった岡村宏さんの『一流の顔』(幻冬舎文庫)より

岡村さんはジャンヌ・モローに会われた時、はじめはガッカリされたそうです。スクリーン上での若い頃の彼女のイメージがくずれて、初老のシワの多い顔のジャンヌ・モローがそこにいたからです。

しかし、時間がたつにつれてその彼女がとても魅力的に見えてきました。そのシワの光った顔には相手を包み込むような温かさがあったのです。岡村さんは次のように描いています。「自分の目標を達成した人の顔にシワはよく似合う。シワはその人の生きてきた年輪だ。失われていく若さと引き換えに、シワは人を柔らかく説得する力を与える。…シワに価値をもたせられるかどうかはその人の生き方一つなのである」

ハッピーエンジェルさんたちが「さあ、これをどうぞ」と次々プレゼントを差し出して下さっているのに、「私は忙しいのよ、それどころじゃない、あんた邪魔よ!」と、ハッピーエンジェルさんが差し出して下さっている愛の手を払いのけている人が多い。(完)


2026年2月1日日曜日

4155「宇宙の共通言語は 愛」2026.2.1

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月19日の記事を紹介します。 


「宇宙の共通言語は 愛」


私たちの体の中には腸を中心に、何十兆個もの微生物が住んでいるのだそうです。

また人間の細胞の総数は約37兆個と推定されているそうです。

そして、それら一つ一つに意識があり、

目的や役割をもって、生命を謳歌しているそうです。

意識を持つということは、まさに彼らの中にも神様の意識、精神が宿っているということです。

最近では、様々な能力を持った子供たちが、

様々な星から地球の進化の手助けに生まれてきていますが、

彼らの中には、そういった、微生物や細胞と話す能力を持って生まれてくる子供もいます。

その子供たちの言うことには、微生物や細胞は、人間と違い、

・欲

・我欲

・嫉妬

・妬み

・恨み

などの意識は微塵もなく、純粋に神様の意識のまま、愛の意識のまま、

与えられた役割を喜びとともに果たし

共動、協力して、全体の調和に寄与しているのだそうです。

そのような見えない、そして気づかない働きがあるからこそ

私たち人間は生きていくことができます。

そして生命の躍動を感じながら、生まれてきた目的を果たすことができます。

それらすべては、神様の意識の根本である「愛」から流れ出し

調和、ハーモニーを奏でながら、ともに進化していきます。

また別の視点から、

今、様々な星々、それも科学や文明のはるかに高度に発展した星々から

美しい魂を持った子供たちがたくさん生まれてきていますが、

彼らの意識の根本は、やはり愛なのだそうです。

どんなに文明や科学が発展しようと、

やはり、生命の根源には、神様の第一の属性、「愛」があるのですね。

私たち人間も、本当は同じ原動力「愛」で生きています。

・何か美しいものに感動したり

・人々の優しさや思いやりに触れて感動したり

そういった時、私たちの心の中に愛が感応し、魂が震えます。

神様の「愛」に触れたからです。

自分の中の神様の意識、「愛」に共鳴したからです。

愛の共鳴は、物理的離れていても伝わります。

あえて言えば、時間の制約も受けません。

つまり、心が愛に震えたとき、

その喜びの波動は、私たちの過去・未来へも伝わり

喜びをもたらし、神々と共鳴し、良き現象を引き寄せます。

つまり過去を変えた・・ということです。

未来を変えたということです。

もし皆さんの中で、今の現状に不満だったり不安だったり 

恐れがある方々が少し立ち止まって考えてみてください。

あなたの意識の中に愛はありますか?

人間に対してだけでなく

動物 植物 いろんな 周りのものに対する優しさや思いやりはありますか?

それとも自分の目の前の苦しさに目が奪われてしまって

本当はそこにあるはずの「愛」が見えなくなっていますか?

・自分さえよければいい

・自分だけでも助かりたい

そのような意識、わがままな意識で生きていませんか?

周りに対する、愛や思いやりを忘れてはいませんか?

その意識こそが、今私たちを苦しめている本当の原因です。


2026年1月31日土曜日

4154「神仕組みに気づく」2026.1.31

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月16日の記事を紹介します。


「神仕組みに気づく」


神様はどなたの中にもいらっしゃいます。 

そして私達を護ったり導いたり、生まれる前に決めてきたシナリオ通りのことが

ジャストなタイミングで起こるように調整したり、

様々な働きをしてくださっています。 

小学生の神様トキ君が言うように

いつも、どんな時でもニコニコと、感謝の気持ちでいれば、

神様はスムーズに神仕組みをなさってくださいます。 

その時は、ヒラメキや、直感を信じ、心がワクワク、喜ぶ方向へ進んでいくだけです。 

また神様を信じてさえいれば、

今日のお話のように神仕組みの片りんに気づくこともできます。 

特に神社参拝などに行った時は、アンテナを張り巡らして、

外応をキャッチされるのをお勧めします。 

また、賛否両論ありますが、些細なこと(現象)でも、

神々に感謝し、喜ぶことをお勧めしています。

それは、そのことを、 

特別扱いとか、威張るとか、自慢するとか、有頂天になるとか、

そんな下世話な意味ではありません。

奴奈川姫(大国主命の妻)と日本一の大ウス祭り 

そのあたりのことを小林正観さんが、書いていますのでご紹介します。

<引用開始> 引用元

偶然を書きためる

神さまの存在は、誰でも感じることは出来ます。

正観さんの方法は、ノートに記すことから始まります。

・偶然のようで 偶然に起こった現象。

・偶然じゃないけれど偶然のような面白い現象。 

これら偶然を書きためます。

正観さんは、40年で1000件。

1年で25個。1ヶ月にすると平均2個ぐらいあったそうです。

・色々な偶然を面白がる。

・その際、他人の評価は気にしない。 

自分が面白いと感じたもの。

それが100件以上になったら試してみるといいですよ、と仰いました。

・例えば落ち込んだりした時

・自己嫌悪に陥ったりとか

・嫌味を言われたときなど

ノートを広げてみて、過去の全ての偶然を見てみます。

そうすると、それらは、決して偶然ではなく

全て一連の流れとして、起こされている現象であった・・ 

神々の意図を感じることができるからです。

そうすると

「自分は神様に好かれているみたいだ」

ということが分かってくるんです

多くの現象を眺めてみると、自分がどれ程神さまに好かれているか、

愛されているかということに気づきます。

講演会で、このお話の最中に不思議な現象が発生しました。

「絶対に神さまが嫌っているという結論にはならない」

このフレーズを言ったとき、正観さんの携帯電話が突然鳴ったのです。

この電話、機種変更で番号は生きているが、一年前から使っていないものでした。 

その電話が、偶然に、「偶然のお話の最中に」、

講演会の最中にけたたましくなったのです。 

不思議。不思議。神さまの承認の呼び出し音か。

このような、「偶然を見つけ、喜ぶ」という態度は、

偶然の現象の奥に「恵んでくださっている存在」を見出すこと、

感謝することになります。

この時、講演会で、事例を二つ紹介くださいました。

正観さん誕生日11月9日。野口英世も11月9日。

正観さんが新千円札を始めてみた日が11月9日。

お札の顔 野口英世博士は微笑んでいる、

かどうかは別として、面白いと楽しむ、ということ。

仙台と盛岡間 車で高速道路 送ってもらう。

走っていて偶然にある車のすぐ後についた。

その車の ナンバープレート 1259。

運転していた人が喜んで教えてくれた。

その瞬間 時計を見ると12時59分。

わ~~~おと声をあげた。

ふたつともだから何? と誰か言っても関係ありません。

自分だけで、

・随分神さまに愛されているね。

・人生は面白いね。 

と、そう感じるだけで結構です。

その結果、神様は、 

・面白がる人には どんどん面白がる現象を

・楽しがる人には、どんどん楽しがる現象を

・幸せがるひとには どんどん幸せになる現象 を下さる。 

さらに大事なことは、感謝したがる人には

次々に感謝できるような現象を降らせてくれる・・ということです。

その時、質問がありました。

「神さまに好かれていない人。そのような人はいるんですか?」

すごく重要で、いい質問ですとおっしゃって、正観さんは、こう答えました。 

「全員神さまに愛されています。全員です」と強調しました。

実は神さまからもの凄く愛されている人だけが、

肉体をもらってこの世に人間として生まれている。

肉体を持って生まれたい魂が800億。

その魂は地上80kmあたりにいるらしいです。

その7%くらいの魂が地球に生まれてる。

その魂、つまり私たちは神さまに、お願いして お願いして 頼んで 頼んで、

生まれさせてもらってきた。

神さまから特別扱いで生まれさせてもらった。 

その人間がね、愚痴や泣き言ばかり言ってると、

地上の魂に「俺に変われ」と言われてしまう。

その怨念をかぶってしまうと、どうも寿命に影響が及ぶらしい。

不機嫌でいると体が壊れやすい。

地上の魂の想念が降りかかるのかもしれません。

喜んで楽しんでいる人は、寿命も長く、健康でいやすくなります。

すべての人間は、神さまに好かれている。

しかし、このことを知ってるか、知らないでいるかで、人生変わってしまう。

「神様に好かれている」

これを耳にする人は 0. 01%と少なく、地球全体では56万人。

日本人では1万人。

死ぬまでに、神さまから好かれている。愛されている。

この情報を聞くことができる人の数は、たったのこれしかいません。

聞く聞かないで、人生観が変わります。

<引用終了>

神様は、様々なところにいらっしゃり、

様々な形で私たちにアプローチしてくださっています。 

それを感じ取り、喜び感謝して受け取るか?

それとも・・・・

偶然とかたずけて、無視するか? 

放っておけばよいものを、神様に感謝して些細な出来事を喜ぶ人を、

馬鹿にし、否定し、

せっかく、神様と絆を深めようとしている人たちの心を、

神さまから引きはがしてしまうのか?

人それぞれです。 

ですが、些細なことに神さまの息吹を感じ、感謝して喜ぶ人は、

きっと生涯、幸せに生きていくことでしょう。 

それに対して・・・ 

偶然とかたずけて、現実は厳しいもの、苦しいものと

眉間にしわを寄せている生きる人は、もしかしたら、神々の手を、

自らはねのけてしまっているかもしれません。


2026年1月30日金曜日

4153「死はすぐそこに」2026.1.30

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月15日の記事を紹介します。


「死はすぐそこに」


ここ数年、地球の波動が上がっているためか、 

・覚醒した・・という方

・地球に来た目的を思い出した方

が急激に増えているようです。 

出来れば、その思い出した英知を、自分のためだけではなく、 

人々の幸せのために使っていただけたら、

世の中は、もっと幸せになれるかもしれません。 

2,500年前のブッダが悟りを開いた時の梵天勧請(ぼんてんかんじょう)と同じです。 

2,500年前、ブッダが悟りを開いた時、

自分が覚った真理を説いても、欲望に支配された人々は理解できないだろうと、 

一人安楽な悟りの世界に安住してしまおうと、ブッダが思っていた時、 

梵天(ブラフマン)が現れて、人々の幸せのために、悟った法を説くよう要請しました。

この梵天の要請を「梵天勧請」といいます。 

さて今日は、27歳でガンで亡くなった若い女性の手紙をご紹介します。 

死が目前に迫った時、私たちは何を思うのか? 

死は、私たちに平等に必ずやってきます。

そしてそれはいつ来るのか誰にも分かりません。

健康で、朝「行ってきます」と笑顔で出かけた人が、

突然帰らぬ人となるかもしれません。

では、ご紹介します。 

<転載開始> 転載元 

26歳という若さで、死と向き合い始めるというのは、少し珍しいことかもしれません。

多くの人はこのことに目を背けて生きているからです。

毎日は、当たり前のように過ぎていきます。

まるでそれがずっと続くかのように。

私もいつか歳を重ね、シワができ、白髪になることを想像していました。

たくさんの子どもに囲まれ、愛に溢れた家庭を築くことをいつも考えていました。

でも人生は儚く、貴重で、予想できないものです。

毎日を生きることは、与えられた権利ではなく、贈り物なのです。

私は27歳です。

まだこの人生を終わらせたくない。

私は今とても幸せだからです。

でも、もう私にはコントロールすることはできません。

私はただみんなに、些細なことを、あまり心配しないで欲しいのです。

そして覚えておいて下さい。 

最後にはみんな同じ運命が待っているということを。

だからあなたの時間を、価値のある素晴らしいと感じることに使って欲しいのです。嫌だと思うことはしなくていいのです。

些細なことには寛大な心でいてください。

もちろんイライラすることはあると思いますが、ずっと引きずらないでください。

そのようなことで、周り人々の人生に、悪い影響を与えないようにしてください。

イライラしてしまう時は外に出て深呼吸をして、

新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで下さい。 

そして空の青さを、木々の緑を見てください。

それはとても美しいものです。

考えてみてください。

呼吸ができること、その素晴らしさを。 

もしかしたら今日、渋滞につかまってしまったかもしれませんね。

あなたの愛おしい赤ちゃんが泣きわめくせいで、よく眠れなかったかもしれません。

美容師があなたの髪を短く切りすぎたかもしれないし、

変えたばかりのネイルが欠けていたかもしれません。

自分の容姿が気に入らない人もいるかもしれません。

でもそれらのことは些細なことです。

あなたが人生の終わりを迎える時、そんなことは考えないでしょう。 

人生全体で見れば、それらのことは本当にどうでもいいことです。

私の身体は日を追うごとに、どんどん痩せ細っていきますが、私の願いは、

・もう一度だけ、家族と誕生日を過ごしたい

・もう一度だけ、クリスマスを迎えたい

・もう一度だけ、パートナーと過ごしたい

それだけです。

たったもう一度だけでいいから。

仕事がどれだけ大変だったかなどの不満を訴える人がいますが、

まずは身体が満足に動くことに感謝してください。

たとえ理想の体型でなかったとしても、健康でいられること、身体が機能すること、

それだけで素晴らしいことなのです。

食べ過ぎに注意して、適度に運動をし、新鮮な食事で十分な栄養を与えてください。

そして、お互いを助け合いましょう。

与えて、与えて、与えるのです。

他者に与えることで得られる幸せは、この上ないものです。

私ももっとそれをしたかった。

病気になってから、多くの人が私をサポートしてくれました。

とても返しきれるものではありません。

そのことを私は一生忘れないでしょう。

あなたが死ぬときに、お金を持っていても なんの意味もありません。

自分の服を買う代わりに、誰かのためにそのお金を使いましょう。

あなたが同じ服を着ていても、誰も気にしません。

何より大切な人を食事に連れていったり、

贈り物をすることは気持ちの良いことです。

その際に、大切に想っているという気持ちを伝えましょう。

自分のためにお金を使う際は、モノではなく経験に使いましょう。

ビーチに行って足を水につけ、つま先で砂を掘り、顔を海水につけてください。

自然を感じてください。

携帯の画面ばかり見るのではなく、ただその瞬間を楽しむようにしてください。

人生とは画面を通して生きることではないし、

完璧な写真を撮ることでもありません。 

大切な人との、血の通う時間を大切にしてください。

早起きをして、鳥のさえずりに耳をすまし、朝日の美しい色を眺めるのです。

音楽を聴いてください。音楽はセラピーです。

犬を抱きしめてください。

携帯を置いて、友達と話をしましょう。

旅をしたいならしましょう。

生きるために働いてください、 

働くために生きてはいけません。

心が幸せに感じることをしてください。

ケーキだって食べていいのです。 

何の罪悪感も要りません。

やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。

他の人が考える理想の人生に、プレッシャーを感じなくても大丈夫です。

平凡な人生を望んでも全く構いません。

愛する人に、毎日愛を込めて、愛していると伝えましょう。

そして覚えていてください。

もし何かが、あなたを不幸にさせたとしても、

あなたにはそれを愛など他のパワーに変える力を持っています。

この地球であとどれくらい生きられるか分からないのだから、

そのようなことで時間を無駄にしてはいけません。

多くの人が同じことを言っていますが、これ以上の真実はないと思います。

これは一人の若い女性からの人生のアドバイスです。 

覚えていてくれても、忘れても構いません。

それでは、また会う日まで。

<転載終了>

今 目の前に居る人、配偶者、子供、家族、友人、

彼らとも、いつか「さよなら」する時が来ます。 

この地球では、永遠に続く関係性は無いからです。 

もしかしたら、何か些細なことで、わだかまりを持っているかもしれません。

ですが、死と言う別れを前にした時、そんな些細なことが、

・心を通い合わせること

・感謝すること 

に何の支障があるでしょうか? 

出会ってくれてありがとう。

喜びも悲しみも、苦しみも、沢山の経験をありがとう。

そう伝えたくなるのではないでしょうか?

もう直接、肉体のあるその方に、伝えるチャンスは永遠にないのですから。 

この亡くなった彼女の最後の願いは 

・もう一度だけ、家族と誕生日を過ごしたい

・もう一度だけ、クリスマスを迎えたい

・もう一度だけ、パートナーと過ごしたい

でした。

これら全ての願いは、物ではありませんでした。

身を飾る、肩書、地位、名誉、プライドではありませんでした。 

全てが、大切な人との、思いやり溢れる魂の交わり、経験を望んでいたのです。 

別れは、突然にやってきます。 

私たちの目の前の人たちは、私たちにとって一番大切な人々です。 

ですから神さまの采配で、近くに置かれたのです。 

いつ死が私たちを引き裂いても悔いのないように、どうか目の前の方を愛し、

大切になさってください。 

出会ってくれたことに感謝してください。 

そのように心を合わせることのできた人とのご縁は、

きっと死を超えて、永遠の絆となるからです。


2026年1月29日木曜日

4152「苦しみの終わる時」2026.1.29

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月14日の記事を紹介します。


「苦しみの終わる時」


この世の中は、幸せ、Happyな人ばかりではありません。 

・病気やケガで苦しんでいる人もいます。

・孤独に苦しんでいる人もいます。

・嫉妬や、悔しさ、恨みで苦しんでいる人もいます。

今日は、心の問題で、苦しんでいらっしゃる方に書きたいと思います。 

でも、その辛さが、何が原因かが分っており、

そして、そこから抜け出したいと、真剣に思っていらっしゃる方は幸いです。 

もうその辛く苦しい道のりの、半分以上を越えたのと同じだからです。 

あとは、ちょっとだけ、心の方向を変えるだけで、

ご自分の中に居らっしゃる神さまが、背中を押してくださることでしょう。


私たちの周りで起こる現象は、 

それを引き起こす種が、心の中に無ければ決して起こりません。 

ブッダが仰るように、この宇宙は因果律が支配しているからです。 

「因果律」は、血も涙もない、冷たい法則ではありません。 

この宇宙を作られた神々は、愛そのもの、慈悲そのものだからです。

・その現象が現れた時

 病気、ケガ、事故、出会い、別れ、いさかい 

・心に動揺が起こった時 

 嫉妬(うらやましい)、憎しみ(にくい)、殺意、悔しい、失敗しろ、悲しめ、苦しめ

そんな時は、心の中に存在していた、

その縁となった種が実を結び、現実の世界に現れた時です。 

その時に、自分の心の中に、その感情が湧き起こったことを認め、 

その感情を味わい、苦しみ、そして、その後に、 

もし、そこから抜け出したいと、そう思ったのなら、

もう、それは、その因(原因)となった種が、燃え尽き、

もう二度と悪さをしない、そのような時の到来です。 

夜明けのチャンスです。

内なる神さまは、その時が来るのを待っていたのですから・・ 

全ての出来事は、私たちの心が作り出しています。 

偶然に発生する出来事は、この世に一つとしてありません。 

神さまはサイコロを振りません。

無駄なことは、なさいません。

もし、このチャンス到来の時に、意識を変えず、心の向きを変えず 

今までのように 

・不平

・不満

・愚痴

・悪口 

を口にし、運命を呪っていたのなら、また時期をずらして、

同じ出来事が、自分の身に降りかかってくるでしょう。 

因が解消されないからです。 

その2度目の出来事は、

1度目よりも、更に大きなインパクトをもたらすと言われています。

でも、それも仕方のないことかもしれません。 

何故なら、私たちの多くは、目の前の出来事に対して、

・状況を改善したい

・願いが叶えばいいのに 

という夢や希望を持って、思いどおりにならない物事を

リストアップしがちだからです。 

それは、学校教育や、家庭環境に置いて、親や学校の先生から、

・リストアップした希望を、思いどおりにすることこそが幸せだ

・現状に甘んじることなく、夢や希望や望みや願いを語りなさい

・努力し、競争に打ち勝ち、願望を実現しなさい

そう、教わってきたからです。 

そのように国民を競争社会に置くことで、得をする邪悪な勢力があったからです。 

日本には、かつて縄文時代と言うものがありました。 

競争や、争いが一切なく、皆が助け合い

お互いさま、お陰さまで暮らしていた1万年間です。 

世界に類をみません。

ユートピアの世界でした。 

私たちは、DNAの中に、その魂を宿しています。

幸せな人生には、競争は不要です。 

人と比べることも必要ありません。

そして、夢や希望さえも不要です。 

なぜなら、私の人生で起きることは、病気であれ事故であれ、

人との出会い、別れ、軋轢(葛藤)、100%、今の自分に必要だから

起きていることだからです。

・自分が、今与えられているもの

・今持っているものに対し、 

感謝の気持ちを持つこと 

「嬉しい、楽しい」「あぁ幸せ」と言って、苦しみではなく、

今ある幸せを数え上げてみること。 

「ありがとう」と口に出して感謝してみること。

そうすればきっと、今の自分が膨大な数の、幸せに囲まれていることに気づきます。

幸せとは、求めて求めて何かを手に入れることでなく、

今、目の前に存在する出来事について、「私」が「幸せだ」と思うこと。感じること。

そうブッダは般若心経の中で教えてくださいました。

自分を、貶める誰かを好きになること、愛すること、それは、難しいかもしれません。

ですが、感謝することはできるのではありませんか?

その相手の方の態度によって 

・何か気付きはありませんでしたか? 

・何かの感情を味わうことは、ありませんでしたか?

・自分の心の中に、同じ素質が、潜んでいることに

 気付かせては、くれませんでしたか? 

何故なら、その人も、生まれる前に、神さまのみ前で、

その役割を演じることを、お互いに合意したうえで、生まれ、

そして出会い、約束通り、その役を演じてくださっているからです。 

完全なる悪意の塊の魂は、生まれる以前に 

神さまからのOKが出ませんから、この世に存在して居ません。

その人に対する憎しみ、羨み、その心から抜け出すために、今、その時が訪れました。

許すことを学ぶ時、そして感謝の心を学ぶ時が来ました。 

感謝の気持ちが、心を満たした時、心の中のあちこちに

こびりついていた 悪因の多くは、燃え尽くされることでしょう。 

そして、空いたスペースには、宇宙の法則通り、 

聖なる神々の美しいエネルギーが、流れ込んでくることでしょう。 

好きになること、愛することは、難しくとも、感謝することはできます。

もし、それさえもむずかしければ、その時は、伝家の宝刀、言霊を使ってください。 

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

気持ちがこもって無くても結構です。

心の中だけでも結構です。 

言霊が威力を発揮してくれることでしょう。 

そして、神々が微笑んでくださることでしょう。

ご自分のお顔から、笑みが、こぼれ落ちることでしょう。 

それを見た周りの方がたも、本当の幸せを手に入れることができるでしょう。