2026年7月13日月曜日

4317「木の花ファミリー創立32周年を迎えて」2026.7.13

今回は木の花ファミリー「ジジのブログ」の2026年4月12日の記事を紹介します。


「木の花ファミリー創立32周年を迎えて」

木の花ファミリー創立32周年を迎えて | ジジのブログ


3月21日、木の花ファミリーは創立32周年を迎えました。以下は、その日に行われた創立記念祭にてジジが語ったお話です。

________________________________________

木の花ファミリーの暮らしが始まり、今日で32年が経ちました。

しかし、木の花ファミリーの暮らしが始まってから、この物語が始まったわけではありません。この物語は、宇宙が誕生した時から始まっています。私たちは、自分が存在するという自我に目覚めた時、その自分が解釈できる範囲を自らのエリアとします。しかし、それは自分を存在させている実際のエリアではありません。

私たちは毎日の生活を営み、時が経ち、歴史を紡いでいきます。その中の一つに、呼吸をするということがあります。呼吸は自分の意志でしているのでしょうか?

呼吸をするためにはまず、地球を包んでいる大気という空間が用意されています。それは私たちに、生きていくエリアを与えてくれています。この空間を誰かが「これは私の場所」と区切って、個人的にエリアを持つことができるでしょうか。そんなことはできるわけがありません。このように、私たちが地球に誕生し生きるということは、私たちの思い通りに何かを叶えることはできないのです。それは、いくら想像してもわからない壮大な物語の中にあります。私たちは人生において色々な出来事に出会い、変化します。生まれたての赤ちゃんが青年になってたくましくなり、年老いて死んでいく。この一人ひとりのオリジナルな物語に寄り添い、その物語と共に歩んでいるものがあります。それは「時間」です。

♪「我らはトキの旅人」♪

一体、誰が時間というスイッチをこの世界に入れて、いつまでこの時間という仕組みを提供し続けるのでしょうか。全くわかりません。しかし、明らかにこれは何ものかの意図した働きにより、宇宙の誕生から途切れることなく、私たちを世界に繋いでくれています。

そのテーマは「ひとつ」、即ちワンネスです。そして生きている限り、私たちはその中で沢山の要素を自分以外のものからいただいています。その一番の贈り物は、光です。光は誰が与えてくれていますか?そして、どこからやって来ますか? ——— そう、太陽ですね。

私たちが存在するということは、まず肉体を持っていますから、呼吸をし、食べ物を食べます。そして人生という様々な出来事の中で成長し、経験を重ね、何かをそこで学習しています。その目的は「ひとつ」ということです。私たちは宇宙に存在し、偶然にも今、幸いなことに、そして不思議なことに、人間という命として人生を刻んでいます。宇宙空間の中にある地球では、こんなにも穏やかに太陽の光が降り注ぎ、晴れて、風が吹いて、そして雨が降る中で、動物や植物が栄え、命の循環が営まれています。その美しい穏やかな世界のことを五風十雨(ごふうじゅうう)と言います。

♪「五風十雨」♪


私たち人間もまた、その循環の中の一つの役割としての営みが与えられています。こういったワンネスの世界では、自らを自分以外のものから切り離して存在することはできないのです。

何もないと思っているこの空間ですら、私たちに大気という大きな気 ——— プラーナを与えてくれています。プラーナとは生命力のことです。そして呼吸という循環作用を通し、私たちに「ひとつ」を表現することを求めています。大地は私たちに、その生命力の元である食べ物を与えてくれます。それは私たちがひとつであり、他の無限にある命と切り離すことができず、私たちはその命の循環そのものであることを教えてくれているのです。

このような壮大な物語の元となり、私たちに命の循環の中でその意思を示しているのが太陽です。この偉大な循環を与えている太陽の存在する意味を、あなたは知っていますか?

♪「太陽の導き」♪


さて、今の人間社会に目を向けてみましょう。地球の歴史からすると今からほんの少し前の約6500年前、人類の文明が発祥しました。これ以降を有史と言います。人間は道具を使い、火を用い、そして高い能力を発揮して、自然との付き合い方を工夫し、栄えてきました。なんと素晴らしい生き物が誕生したのでしょう。しかし、その人間の持つ高い能力は、もっと便利にしよう、もっと優れたものになろう、そして、もっと他のものを支配して自分が豊かになろう、ということに使われてきたのです。

その昔、人々は自然に生かされ、自然に感謝し、そして自然の成り立ちの中で動植物たちとひとつとなって、この生命生態系の大循環を表現していました。

♪「むかしむかし」♪


しかし、21世紀も4分の1を過ぎた今、人間たちは地球を自分たちだけのもののように扱っています。

現実に、人間たちはこの壮大な宇宙において、地球のような奇跡の星をみつけることはできません。これは宇宙の大いなる意思が総力を挙げ、地球という星に特別に理想の世界を築いたからです。しかし、その地球において最も高い能力を持つと言われる、優れたものであるはずの人間たちは、自然を超えた人工という世界を造っていく過程の中で、自らの優秀さに溺れ、地球が誕生した本来の目的 ——— 即ち、他とつながり「ひとつ」を表現するという宇宙の叡智を忘れてしまったのです。

「ひとつ」とは、自分と他者、自分と何か、そして自分と世界を比べた時に、区別がないということです。私たちはこの世界に生かされ、この世界の循環の一部を担っています。それはとても簡単なことです。「一人はみんなのために、みんなは一人のために。」これが宇宙の姿であり、それをモデルとして、地球にたったひとつの生命大循環の世界が創られたのです。私たち自身の体もまた、それを構成するすべての細胞がそれぞれに意思を持ち、連携して、ひとつの体をつくっています。それを小宇宙と言います。沢山の個性的な機能が連なり、私たち一人ひとりの中でもワンネス・ワンヘルスを実現しているのです。それと同じ構造が地球の生命生態系の中に表現されているのです。

ですから、私たちは人間社会のために存在するのではありません。個人のために存在するのでもありません。「ひとつ」という自らの存在する大調和のエリアを知ったなら、すべてのものがつながり(ワンネス)、ひとつの健康(ワンヘルス)を表現する大循環の中に、あなた自身も組み込まれ、維持されていることを、悟らなければなりません。

♪「ひとつ」♪


21世紀も4分の1を過ぎました。21世紀は「人類の目覚めの世紀」です。つまり、私たちは地球人である前に宇宙人であることを悟る世紀です。そして私たちが日常認識している世界よりもっと広く、人間では到底理解できないような大いなる世界(宇宙)に貢献する時代を迎えています。

しかし、宇宙的には人間が目覚める段階を迎えた今においても、まだ多くの人々は自分のことばかりを考えています。それは、この星に人間が降ろされ、地上世界をつくっていく上で求められる本来の目的からは大きく外れています。人間の存在する本当の目的は、互いに手を取り合い、ひとつにつながり、この地球生命生態系を健康にして、すべての生命と共に喜びあえる世界を表現することです。今日、この創立記念祭で共に歌った歌に、そのメッセージが表わされていました。


木の花ファミリーでは毎年、年始にその年のテーマが示されます。昨年は「兆し」でした。そして昨年の12月頃に、そのテーマの通り、兆しが観えてきたのです。

私たちは今日、3月21日の春分をもって一年の始まりとします。32年前の春分からここ富士山麓での暮らしが始まり、今、30歳を超えた木の花ファミリーの歩みの目的が、かすかに観えてきています。ではその目的の先には何があるのでしょう。

今年のテーマは「目覚め」です。自らの欲望を満たし、願いが叶うことが幸せではないのです。私たちは宇宙生命であり、大いなる奇跡の星、地球の生命生態系の大循環のもとに、本来の役割を果たすべきなのです。その目的は美しい地球の実現、つまり、ワンネス・ワンヘルスです。そのことに、最も高く優れた能力を与えられた私たち人間が貢献せず、その高い能力を全体のために生かさないとしたら、それは一体何のためにあるのでしょう。

しかし、現実はどうですか。人々のエゴはどんどん膨らみ、様々なビジネスが人間の欲を刺激することでお金を儲け、お金があれば幸せだといって際限なく欲望を膨らませてます。人々は、人間社会が提供するものによって依存症になっているのです。

私たちは、始めからすべて与えられ、この星の上に生きています。その始めから与えられていたもので、私たちは幸せでなければなりません。その最も大切なことを、現代人は忘れてしまっています。

♪「この星の上で」♪


私たちはひとつであること、そしてひとつになっていくことを、忘れてしまいました。みんなで分かち合い喜ぶ幸せを忘れてしまったのです。けれども、そのことに目覚めれば、地球はたちどころにユートピアなのです。

32年前、富士山麓で初めての朝を迎えた時、それは3月21日の春分でした。寝ていた部屋の東の窓から、素晴らしい太陽の光が部屋の中に差し込んできました。それを、かずこちゃんに頼んで写真に撮ってもらいました。それはまるで仏様の背中に現れる輝かしい光輪のようでした。

私たちは光の子です。無限なる太陽の光のエネルギーを与えられ、しかしそれを直接自らに取り入れることができない私たちは、大地、雨、動物、植物たちの営みの循環の中で、他の存在を通してその光のエネルギーを自らに取り込み、生かされています。ですから、私たちの元は光なのです。

命は光です。それはつまり、私たちは太陽のメッセージを受けとり、他に向けて発することができるものだということです。そういった私たちの本当の姿に目覚め、意識をひとつにしていきましょう。それは、目覚めの始まりです。そこに気付いた時、人々は目覚め、この世界のすべての問題は解決します。その目覚めは、すぐ隣りにあるのです。そしていつも私たちに寄り添ってくれています。少し横を見てそれに気づき、実行するだけなのです。

今、沢山の問題がこの人間社会の中にあり、闇のように地球を覆っています。しかし、それは「目覚めなさい」という大いなるものからのメッセージだとしたら、今こそ、その意味をよく理解して、大いなる世界の意思と連動し、ひとつになるという、悟りの境地が求められているのです。「サ・ト・リ」とは差を取ること、即ち、自らと全てのものは一体であり、ひとつである、ということです。そのものの精神が極限まで達し、究極の精神が花開いた状態のことを言います。それは自らを磨き、意識を高めていくということです。

言葉で語るとこのような感じになりますが、歌はいいですね。それぞれの個性がそれぞれの役割の位置に立って音を発し、全体がハーモニーとなってひとつを表現します。木の花の歌は美しいですね。歌を歌うためのテクニックだけでは、あのような響きは生まれません。みんながひとつになって、心が繋がった時、初めてそれが表現できるのです。

32年前、僕はこれから富士山麓で暮らすことをみんなに語りました。しかし、実際に何をするのかは全くわかりませんでした。ただ、そこに参加する人は一人ひとりあなた自身の意志で行ってください、と言いました。そこで僕が絶対と言えることは、これから私たちが生きる生き方は、これからの時代にとって大切な生き方であるということ。何をするかわからなくても、あなたがそのことを信じられるなら行ってください、と。

♪「信じる心」♪


あれから32年が経ち、今、この時を迎えています。この位置にいます。これまで沢山の出会いがありました。そしてやっとその目的の兆しが観え始めています。いよいよ今年、ワンネス・ワンヘルスの実現のウェーブが地球に放たれようとしています。

星に住むということはとても便利なものです。これがもし単なる平坦な場所だったら、この調和のウェーブはあちこちに向けて放たなければなりません。しかし、星は自転、公転をしています。そしてこの星のある太陽系は、銀河の中を自転、公転しています。ですからここにいるだけで、遠くに行かなくても、調和の光のウェーブをみんなでひとつという意識にのせ、天に向かって放てばよいのです。それは宇宙に向かって発信され、地球の自転公転により、地球全体どころか、太陽系全体どころか、銀河全体にまで広がっていくのです。

これが宇宙を生きることの真実です。それを信じないと、この大いなる目的は達成できません。あなたが信じ、そしてそれがみんなと繋がり、ひとつとして発せられた時、現実化するのです。

32年の時が経ち、こういった思いのもとに、そしてこのような仲間たちのもとに、これが世界中へ広がり、宇宙全体の魂たちと共鳴し、この地球に美しい世界が実現することは、なんと幸せなことでしょう。

どうか皆さん、ジジが言ったからやろうなんて考えてはいけません。そうだね、そうだね、とその精神をあなた自身が高く高く積み重ね、あなたの個性を生かしてください。それが目覚めです。そして、私たちの本来の目的である理想の世界 ——— ワンネス・ワンヘルス、美しい地球を実現しましょう!

今日の歌はとてもよかったですね。その歌に心を込めて、ウェーブにして天に解き放てば、地球を巡ります。それを地球が喜んでいる。太陽系が喜んでいる。銀河が喜んでいる。宇宙が、そして大いなる存在が喜んでいる。

私たち人間にはそれだけの高く尊い能力があり、その実現が託されているのです。あなたにも、誰にでも託されているのです。それを信じてやっていきましょう。

みんな、ありがとう。


2026年7月12日日曜日

4316「幸せになるために」2026.7.12

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月28日の記事を紹介します。


「幸せになるために」


ブッダは私たちの苦しみの原因を、

思い通りにならないことを、思い通りにしようとすること。

そうおっしゃいました。 

私たちの人生には、物事が、思い通りに運ぶ順境の時もあれば、 

何をやってもうまくいかず、周りの人も、自分の期待通りには動かず、 

悶々とした逆境の時もあります。 

ですが、そのような逆境の中でも、恨まず、憎まず、文句を言わず、

人のせいにせず、じっと耐え、魂を鍛えてくださる神々の働きに、

感謝の気持ちを持ち続け、忍耐を手に入れた人には

良き恵がもたらされることでしょう。 

どのような苦しみ、悲しみが、降りかかろうと、

それはを生まれる前に、そうなるように設定して来たのは、

誰でもなく自分自身です。

今の状況を「あの人のせいで・・」と人のせいにするわけにはいきません。

・今置かれている状況は

・困った出来事は、

・悩みの種は、 

真っ直ぐに自分に向かって、起こっています。 

誰かのとばっちりで起きた事ではありません。

自分が苦しみに感じるのと、同じだけのパワーで、

自分に対して、生き方や、考え方の見直しを求めて、

起きてくれている「出来事」です。

今、時が熟したことによって、やっと目の前に、その現象が現れてくれました。

それは、私たちの魂が、この人生の歩みで、少しずつ進歩して、

やっとその問題を感じ、そして解決する時が来たという証でもあります。

その事を斎藤一人さんがお話してくださっているのでご紹介します。

<転載開始> 転載元

生きていると、いろいろなトラブルや問題が出てきます。

そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりします。

でも、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものなんです。

人間は、自分に起きた問題を利用して、

魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。

ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。

それどころか、目の前に起きた問題が、

自分の魂を一つ上にあげる階段だということも知らない人も多いんです。

だから、苦労したり、悩んだりするのです。

でも、私はなぜか、昔から知っていました。

問題が起きたときこそ、「魂を成長させる方法」というのがあることを。

魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。

その方法はたった一つです。

たった一つの方法で、全部の問題が解決できます。

それは、感謝です。

なにか問題が起きたとき、

多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。

理詰めで考えると、いろいろな原因が思い当たるでしょう。

でも、魂的な視野からいうと、自分に起きるトラブルや問題は

「自分の感謝のなさ」を教えてくれるものとして出てきています。

だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、

いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。

感謝の反対は「当たり前」。

同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。

ということは、感謝を知らないのです。

だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。

それの「気づき」のために、どこかからだの具合が悪くなる。

それに気づき、他の具合が悪くないところ、一つひとつに感謝すればいいのです。

必要な治療を受けながら、感謝すればいい。

そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、

最後に、問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。

これはお約束ごとです。

この世は、そういう仕組みになっています。

ということは、問題が起きたとき、

「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」と思い、

最初から問題そのものに感謝するのが、一番いいんですよね。

でも、最初から問題そのものに感謝する、という流れには行かないものなのです。

だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。

周りへの感謝から始めると、やがて、その問題にも感謝できるようになります。

そして、魂が上にあがります。

<転載終了>

何か自分の意に沿わないことが起きた時、 

私たちは不平や、不満、愚痴を口にし、何とかそこから逃れようとジタバタします。

今までのぬるま湯につかったままでいたいと思います。

ですが、そのトラブルや問題と言うのは、私たちに「感謝の心」を思い出しなさい、 

と言うチャンスの時期が到来したと、伝えているのだそうです。

困ったことに対して、不平や不満、愚痴を口にせずに、 

今まで「当たり前」だと思っていた、周りの方々の優しさや思いやりに、

目を向けて、感謝すること・・

そして最後は、その問題自体にも、 

気付かせてくれたキッカケとなってくれたことに感謝すること・・

すると、一人さんの仰るように、もう問題点は消滅してしまいます。

そして同時に私たちの魂は、また一歩進歩していきます。

今感じている、 

・困ったことは何ですか? 

・不安に思うことは何ですか?

・不満に思っていることは何ですか?

以前の記事にも書きましたが、中間世記憶を持つ子供たちの、

天国での神さまとの相談の様子からすると、 

私たちは生まれる前に、両親を選んで生まれてきました。

そして健康な体になるのか、病気の子供として生まれるのか、

どんな経験をこの人生でするのかを、決めたうえで生まれてくるのだそうです。

そして容姿や性格までも、その人生の目的達成のために、

決めて生まれてくるのだそうです。

性格もです!

これが何を意味するかお分かりですか?

つまり、

・目の前のどうしようもない人、

・自分の思い通りにならない、夫や子供、

・性格の悪い上司

それらは全て、その役割を全うするために、 

今世において、その性格になることを、嫌われるのを覚悟で、

あえて選んで生まれて来たということです。

元々、その方は、陰険な意地悪な性格の魂だったわけではありません。

今世において、あなたとの関わりにおいて、 

そのような決められた役回りをする必要に駆られ、

その性格を選んで生まれてきたと言うことです。

私たちの身近にいる人と言うのは、一番ご縁が深く、

大切にしなければならない人です。

自分が嫌だと感じる一面だけを見て判断するのではなく、

感謝の気持ちで、優しさと思いやりでお付き合いしたいものですね。

その方たちは、私たちに「感謝の心」の大切さを教えるために、

あえて悪役を演じてくださっている魂たちだからです。

最後に作家の三浦綾子さんのお話をご紹介します。

三浦さんは学校の先生だったのですが、24歳の時に突然の高熱で入院。

その入院が13年にも及びます。

結核自体が、当時不治の病だったのですが、脊椎カリエスを併発。

動かせるのは首だけで、寝返りを打つことも、

排泄物を自分で処理することも出来ない毎日。

それが4年も続きました。

その後も、ご本人が「病気のデパート」と呼んでいるぐらい、

ありとあらゆる病魔が襲ってきました。

紫斑病、喉頭がん、三大痛い病といわれる帯状疱疹が顔に発症、鼻が潰れる。

「お岩さんみたい」と三浦さんが言うと、

お手伝いの女性が「そんなこと言うと、お岩さんに失礼ですよ」と言ったという話を

ご本の中で書いていらっしゃいました。

そして大腸がん、パーキンソン病と続きます。

普通の人間だったら、絶望のふちに追いやられるのに、

三浦さんはいつも明るく、ユーモアに溢(あふ)れていたそうです。

「神様が何か思(おぼ)し召しが会って、私を病気にしたんだと思います。

神様にひいきにされていると思うこともあります。

特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと・・・。

いい気なもんですねぇ(笑)」

人間の精神は、どこまでも闇に行ってしまうこともあるけれど、 

何かきっかけさえあれば、反転し、どこまでも高みに行くこともできるのですね。 

皆さんがご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。


2026年7月11日土曜日

4315「神様の働きの仕組み」2026.7.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月27日の記事を紹介します。


「神様の働きの仕組み」


神様に対する信仰心の全く無い人は、

事故や病気、その他自分ではどうしようもない苦しみ悲しみが起きない限り、

神仏など見向きもしないでしょう。

そういった状況に自分が陥って、初めて神様の方を向きます。

これが神様が私たちを救ってくださる第一歩の伏線です。 

こういった状況に陥ると、人は自分の人生について深く考え始めます。

・どうして自分にこんなことが起きたのか?

・何か悪いことでもしたのか?

・自分は今まで何のために生きてきたのか?

・今まで通りの生き方で良いのか?

苦しみ悲しみが訪れた時、

最初は、悩み苦しみ、落ち込みます。

自暴自棄になり、周りに当たり散らしたり、

人に迷惑をかける人もいるかもしれません。

ですが、しばらくすると落ち着き、人は誰でも人生について考え始めます。

そして、自分ではどうしようもない運命に神仏に縋ろうとするかもしれません。

ここに第一の分かれ道があります。

・周りに当たり散らし、全て人のせいにしようとする人

・神仏に縋ろうとする人

次に神様の方に進んだ人は、どうするかと言えば、

なんとかこの状況から救い出して欲しくて、

俺が俺がと人を押しのけ、人の迷惑など顧みず、

神様や神職の方に取りすがろうとする自己中心的な方法を取るかもしれません。 

またそれとは逆に、

神様に対する本当の信仰心に目覚め、

神々やご先祖の働きを知り、感謝の心を起こすかもしれません。

これが第二の分かれ道になります。

この二つの分かれ道を通過し、無事感謝の境地に達した人は、

最初の心の状態から比べてみれば、

天と地ほどの差があります。

神様の心に近づきました。

魂が清められたがために、

神々が働きやすくなりました。

神々の恩恵を受けやすくなりました。 

きっと、このまま行けば、真の幸せを手に入れることができるでしょう。

振り返ってみれば、最初のきっかけは、

その人にとって嫌なこと、不幸な出来事がスタートでした。

全ての出来事に偶然はありません。

神様は無駄なことはなさいません。

私たちの人生は、本来神様やご先祖の皆さんに守られていますから、

起る出来事は、全て私たちにとって良いことのはずです。

一見悪いことに見えても、そこには、神々の深い意図が隠されています。 

この最初に起こった不幸な出来事も全ては神様が、

私たちを幸せにしてくれるための最初の最初の一歩でした。

私たちは生きてる間は、

そのような見えない世界の仕組みを知ることができませんから、

泣いたり、わめたり、悲しんだり、苦しんだり、

時には人を恨んだりします。

ですが神様の仕組みはこのように、

不幸な出来事、悲しい出来事をスタートとして起こります。

人の魂が進化しようとする時、

または神様が私たちの方を振り向き魂を救ってくださり、幸せにしてあげようと思う時、

このように 最初は不幸に見える出来事から始まります。 

ですからもし私たちの身にそのようなことが起きた時、

決して人や周りを憎んだり、恨んだりせずに、

神様を信じ、その後の動きに身を任せましょう。

感謝の心を持って 神々に委ねましょう。

きっと、神仕組みが働き、

良き方向に進むことができます。


2026年7月10日金曜日

4314「祈り」2026.7.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月26日の記事を紹介します。


「祈り」


今日は、渡辺和子さんのお話を通して、

神さまは、どうやって人間の祈りに答えてくださるのか、、

考えてみたいと思います。 

<引用開始> 引用元

・もし私が祈ったことが全部叶えられたら、どうなるのだろう

・神様のお役目というものは、

 人間の願いを全部叶えることなのだろうか

・いくら祈っても、所詮(しょせん)神はご自分の好きなようになさるのだとしたら、

 祈っても、祈らなくても同じではないか

その上で渡辺さんはイエスの言葉を紹介します。

・求めなさい。そうすれば、与えられる。

・探しなさい。そうすれば、見つかる。

・門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

だれでも、 

・求める者は受けとり、

・探す者は見つけ、

・門をたたく者には開かれる

そして渡辺さんは続けます。

でも、この言葉には

・求めたもの、そのものが与えられると約束されていませんし、

・探したそのものが見つかるとも約束されていません。

むしろその後には

あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、

魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。

卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょうか。

してみると、あなたがたも悪い者ではあっても、

自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。

とすれば、なおのこと、天の父が求める人たちに、

どうして聖霊を下さらないことがありましょうか。

と続く言葉があって、求めたものの「代わりに」

何かを下さる可能性があることを示唆されています。

祈ることは大切なことです。

しかし、人々が願う前から、その必要とするものを知っておられる天の父は、

人間が願ったことをそのまま叶えることをもってして、

ご自分の、その人に対する愛の証、とはなさらないのです。

なぜならば、私たちはいつも、「欲しいもの」を願っているからであり、

それに対し、神様が私たちに叶えてくださるのは

私たちの魂にとって「必要なもの」だからです。 

<引用終了> 

神さまは、私たち自身より、私たちのそば近くにおり、 

例え口に出さずとも、

私たち以上に、私たちの望むものを知っておられます。 

そして、私たちの望み、願いを全て聞いてくださっています。 

私たちの人生が、平和で順風で

・友達や家族の笑顔に恵まれ

・健康で金銭的な憂いが全くなく

・将来の不安など、みじんもない 

そんな時にはきっと

・神さまに祈ることも、

・全てを用意してくださった神様に感謝することも

・人々の優しさに気づくことも 

あまりないかもしれません。 

神さまの恩寵は2段階で現れると言います。 

・まずは、不幸に見える出来事 

これを通じ、私たちは、悲しみ、苦しみのどん底に落とされます。 

嘆き、悲しみ、涙を流し、不平不満を口にして、

世の中、全てを呪うかもしれません。 

自分の力ではどうしようもないと諦めかけた時、神さまを思い出すかもしれません。 

人知を超えた力にすがろうとするかもしれません。 

そして「祈り」始めます。 

この時、神さまは、全ての全てを見ており、私たちの心の中まで、把握しています。 

なぜなら、「不幸に見える出来事」を持ってきてくださったのは、

神さま自身だからです。

私たちは、早く苦しい状況から抜け出したくて、具体的に神様に「祈り」ます。 

神さまは、その「祈り」をじっと聞いておられます。 

私たちは、苦しみ、悲しみの中で、神さまに祈ることを通じ、 

心、魂が、どんどん、どんどん成熟していきます。 

・周りの人々の小さな優しさに気づきだします。

・健康だったことが、どれだけ、ありがたいことだったかに気づきます。

・同じ苦しみを持つ人の、心の叫びが聞こえるようになります。 

その時です。 

私たちの心に気づきが起こります。 

どうして神様が、私たちに「悲しみ、苦しみ」を運んできてくださったのか? 

物理的な状況は、全く変わらないかもしれません。 

ですが、その時、目に見えない、私たちの魂は、美しく純粋に生まれ変わりました。

祈りを通じ、神様が私たちの魂を洗い、本当に私たちの永遠の生命にとって

大切なものを、くだされた瞬間です。 

祈りは、必ず聞き届けられます。


2026年7月9日木曜日

4313「涙、心の浄化」2026.7.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月25日の記事を紹介します。


「涙、心の浄化」


イエスもブッダも空海も、聖人と言われる人たちは、 

奇跡を起こしたかもしれませんが、その教えの最重要なことは、

私たち自身の心の浄化、でした。 

奇跡や不思議な現象に釣られて、沢山の人が近づいてきましたが、 

重要なのは心の浄化であると教えてくださいました。 

また既に始まっている火の洗礼、

これはノアの箱舟の水の洗礼に続くものですが、 

今回の洗礼は、

心の浄化がどれほど進んでいるかによって選別が行われるようです。 

・見えない世界

・不思議な世界

・霊の世界

・スピの世界 

が好きな人は、心の浄化などよりも

そこに現れる不思議な現象の方に興味があるようです。 

趣味や嗜好の範囲であればよいのですが、それが全て。心の浄化など興味が無い。 

となると、火(霊)の洗礼では、もしかしたら少し差し障りがあるかもしれません。 

では、今日も心の浄化に関するお話です。 

私たちの心が現実を創り出します。

類は友を呼ぶように、 私たちの心の状態に見合った人が

私たちの周りに集まります。 

この地球、物質世界に住む人々の営みの中に 

・優しい心

・美しい心

・思いやりの心 

を見た時、自然と涙が流れ、手を合わせてしまうことがあります。 

それは、その人々の言葉や、行為の中に、神々の姿を見たからです。 

1508年、友情と感謝の心がこもった「祈りの手」 アルブレヒト・デューラー

  

神々の起こす奇跡は、サーカスのように派手で、人目を惹くことではありません。 

一瞬のうちに、物事を変えてしまうことでもありません。 

神々のなさる奇跡は、隠れて見えません。 

かえって神仕組みは、私たちの気づかぬうちに、私達や、取り巻く人々の、

心にちょっとした変化(方向付けのきっかけ)を起こすことで、 

それがスイッチとなり起こされます。 

それはあたかも私たち自身が、自分で考え、行動したように見えて、 

実は神様の介入により、

様々な有機的つながりの出来事をドミノのように起こしていきます。 

まさに神仕組みです。 

その積み重ね、私たちがその流れに乗ることで、

いつの間にか気づかぬうちに

私たちが生まれる前に計画してきた方向へ進んでいきます。 

身近な周りの方々の心の中に 

・温かな優しさ

・思いやり 

そんな神様の心を見つけた時、自然と涙が流れた時、

私たちの心に浄化が起こります。 

今まで硬く閉ざされていた、心の扉が開かれた時です。


人々の中に神々を感じ取った自分、 

それは同時に

自分の中の神様に気づき、繋がった瞬間でもあります。 

相手の中の神々と同調、共鳴し

真の自分と繋がった時です。 

その時、

神々は、私たちの心に奇跡が起きた・・ 

そうお思いになることでしょう。

微笑んでくださることでしょう。 

人々の耳目を集める 

・どんな凄いことをしようと

・どんな技や知識を身に着けようと

・どんなに地位や名声を手に入れようと

・どんなに経済的に成功しようとも 

人々の心、そして自分の心の中に  

神々を見つける奇跡には かないません。  

神様は、私たちの魂を輝かせるために

「そこで自分なりの花を咲かせるのですよ」 

そう言って、今の状況に私たちを置いてくださいました。


どんなに辛く、苦しい状況に置かれていようとも

私たちの内なる神々は、常に私たちと一緒です。 

苦しい環境こそが、かえって私たちの魂を、削り、磨き、輝きを取り戻してくれます。 

苦しい環境であるからこそ、心を振り返るきっかけともなります。 

飢餓の中、空腹の中、

一個のおにぎりが、どんなに美味しいことか。 

渇きの中で、

コップ一杯の水が、どんなに美味しいことか。 

苦しみの中に在って、

ちょっとして 人々の笑顔、優しさ、声掛けが、 

どんなに、心を励ましてくれることか。 

身近な周りの方々の心の中に

・温かな優しさ

・思いやり 

そんな神様の心を見つけた時、 

自然と涙が流れた時、 

私たちの心に浄化が起こります。

今まで硬く閉ざされていた、心の扉が開かれた時です。 

自分の中の神々と繋がった時です。 

それは、内なる神々が、ずっと待ち望んでいた瞬間でもあります。


2026年7月8日水曜日

4312「iPhoneが出生率の低下を加速させているのか? 」2026.7.8

今回はIn Deepさんの2026年6月24日の記事を紹介します。


「iPhoneが出生率の低下を加速させているのか? 」

「iPhoneが出生率の低下を加速させているのか? 」 - In Deep


2007年頃からの世界の急激な出生率低下の背景

アメリカン・グレートネスという米国メディアに、

「 iPhone が出生率の低下を加速させているのか?」

という記事が寄稿されていました。

書かれたのは、ミシガン州選出の元米下院議員のサディアス・ジョージ・マコッター氏という方です。

ここでは、「 iPhone が」となっていますか、これは引用されている研究が、iPhone が登場した 2007年を起点として調査しているものですので、そのようになっていますが、つまり、

「スマートフォン全般」

といえます。

以前、「スマートフォンの登場が人類の出生率を下げた可能性」という記事で FT 紙に掲載されたグラフをご紹介しています。

これも、見事にスマートフォンが一般化して以来、全年齢層で出生率が減少していることが示されています。曖昧ではないほど、はっきりとした傾向です。

数字はパーセントです。

合計特殊出生率のスマートフォン普及前の傾向に対する変化率

FT, NOFIA

また、「英国の10代の妊娠率が1990年以来、80%低下した模様」という記事でもグラフを示したことがあります。

このグラフも iPhone が登場した 2007年から急激に十代の妊娠率が低下したことを示しています。

英国の15歳〜17歳の妊娠率の推移(1990-2020年)

Jikkyleaks

そして、今回もまた新しい研究をマコッター元議員の文章で知ることになりました。

 

仮想空間では現実の子どもは生まれない

なぜ、スマートフォンの使用が多くなると妊娠率や出生率が減少するかというと、単純な話として、特に若い人では、

「 SNS などスマートフォン上のコミュニケーションが増える分、実際に人と会う機会が減る」

というあたりが理由だとは思います。

マコッター元議員も、

> 昼も夜も限られた時間しかないのだから。

と書いていて、そして、非常に当たり前のことですが、「人と人が会わないと妊娠はできない」という単純な現実があります。仮想空間で物理的な妊娠は不可能です(まあ、今後の未来社会ではどうなるのかわからないですが)。

妊娠という言葉からは女性をイメージさせますけれど、女性に限定された話ではなく、男性も同じです。基本的には男女が物理的に会わないと、子どもはできません。

しかも、問題だなと思うのは、先ほどの合計特殊出生率の推移や、英国の十代の妊娠などに関して、「下がり続けている」ことです。

下げ止まるのなら、出生率は低いとはいえ、社会の未来の予測も立てられますが、「どこまで下がり続けるのか?」ということが今は明確ではなく、それは主要国全体で同じです。

もちろん、この出生率の低下の原因はスマートフォンだけではないわけですけれど、話をややこしくしたくないので、今回はふれないですが、2021年からの「一連のキャンペーン」も影響を及ぼしているとは思います。

また、深刻なのは、欧米や日本などのように、以前から出生率が低かった国はともかくとして、多産国家であるように見えたインドも「非常に速いペースで出生率が低下している」のです。以下の記事にあります。

インドも「劇的な出生率の低下」に見舞われている。首都ニューデリーの合計特殊出生率は1.2と日本並みに

地球の記録 2026年6月9日

ここから記事です。

なお、マコッター氏は、文章の最初と最後に「歌の歌詞」を掲載しています。

最初に出てくる歌詞は、1965年のザ・ビートルズ「ユー・ウォント・シー・ミー」 (YouTube)で、記事の最後を締める歌詞は、ブロンディーというアメリカのバンドの 1978年の「ハンギング・オン・ザ・テレフォン」という曲です(YouTube)。

________________________________________

iPhoneが出生率の低下を加速させているのか?

Are iPhones Dialing Up the Birth Dearth?

Thaddeus G. McCotter 2026/06/20


アメリカの出生率低下危機には多くの原因があるが、新たな研究によると、コミュニケーションの方法を変えたデバイスが、人々のつながり方をも変えた可能性があるという。

君に電話をかけても、いつも話し中

もうウンザリだ。君も大人になってくれよ

やっと見つけるのが大事な時間をぼくたちは失ってしまった。

そのうちぼくは正気を失うだろう

君はぼくに会いたくないんだ

ぼくの言うことも聞いてくれない

構わないよ

自分が何を失っているのか知っているのなら

- ザ・ビートルズ「ユー・ウォント・シー・ミー」

--

老境に差し掛かるにつれ、人生の節目となる出来事は次第に記憶から薄れていく。しかし、時折、何かがきっかけとなって記憶が蘇り、そうした節目や、時の流れの速さを改めて実感することがある。

最近、2007年の iPhone 発売以降に生まれたアメリカ人がほぼ一世代に上ることを改めて実感した。留守番電話が登場する以前に生まれたジェネレーションX世代の私としては、60歳という年齢の重みと、将来への漠然とした不安が入り混じった感情を覚えた。

もちろん、私がもう長く生きられないからではない。未熟な商業文化が助長する、どこにでもある若さ崇拝の神話とは裏腹に、老いていくにつれて増していく痛みや不調は、誰も永遠には生きられないということを痛烈に思い起こさせる。

むしろ、私が心配しているのは、私や他の高齢化社会の世代に取って代わるアメリカ人がどれだけ少ないかということだ。

ジーラ・ニュース紙のエリサ・ウィンランド記者が報じたところによると、新たな研究で、2007 年の iPhone の発売が米国の出生率低下に大きな役割を果たした可能性が示唆されている。

…彼らの調査によると、iPhone へのアクセスは、15歳から 19歳の女性の出生率を 4.5%〜 8.0%減少させ、20歳から 24歳の女性の出生率を 3.2%〜 6.6%減少させた。より高齢のグループでは、減少幅は小さいものの、統計的に有意な減少が見られた。 Zeale News

ケイトリン・K・マイヤーズ氏とエゼキエル・フーパー氏によって執筆され、全米経済研究所(NBER)から発表されたこの論文は、そのタイトルがすべてを物語っている。タイトルは以下だ。「 iPhone は避妊具なのか?AT&T の 2007年から 2011年までの通信事業者独占からの因果関係の証拠」

この研究の方法論は単純明快であり、それが我が国に及ぼす影響も同様に明確だ。

ウィンランド氏が簡潔に以下のように説明している。

この論文は、アップルと AT&T の独占契約によって生み出された自然実験に基づいている。2007年6月に iPhone が発売された際、2011年2月まで AT&T のネットワークでのみ利用可能だったため、研究者たちは iPhone の早期アクセスレベルが異なる地域を比較することができた。

この取引は研究者にとっては幸運だったが、国の出生率にとっては壊滅的な結果をもたらした。マイヤーズ氏とフーパー氏によれば、次のようになる。

iPhone の普及は、30歳未満の女性の出生率低下を加速させる一方で、高齢女性の出生率上昇を抑制した。

全体として、iPhone の普及は、15~ 44歳の女性の出生率低下の 33~ 52%を説明する。時間の使い方と性行動に関する全国調査の結果は、iPhone が対面での交流を減らし、ポルノグラフィーの利用を増やし、性行為の頻度を減少させているという見解と一致している。

重要なのは、マイヤーズ氏とフーパー氏は、iPhoneがアメリカの出生率の急激な低下の唯一の原因であると主張しているわけではないということだ。

彼らは、出生率が iPhone の発売年である 2007年以降 22%低下したと指摘している。ウィンランド氏が指摘するように、研究者たちは、15歳から 44歳の女性 1000人当たり 53.1人というアメリカの記録的な低出生率は、「大不況、避妊へのアクセス向上、住宅費や育児費の高騰、結婚の遅延といった一般的な説明だけでは十分に説明できない」と考えているのだ。

研究者たちは、「研究によると、iPhone へのアクセスによって 15~ 19歳では出生率が 4.5~ 8.0%、20~ 24歳では 3.2~ 6.6%減少したと示唆されており、より年齢の高い層では統計的に有意ではあるものの、減少幅は小さい」と主張している。(iPhoneが10代の妊娠を減らす上で健全な影響を与えたことは注目に値するが、社会的交流とその関連スキルの喪失に起因する長期的な悪影響は、今日の 10代の若者によって将来に引き継がれるだろう)

マーシャル・マクルーハン (※ メディア研究の重要な位置にあるカナダの文学者)の著作に少しでも触れたことのある人なら、彼の格言「メディアはメッセージである」がここでも当てはまることに気づくだろう。

あらゆる新しい技術は、人間がその技術とどのように関わるか、そしてその技術を使うことで他の人々とどのように関わるか(あるいは関わらないか)という両面において、人間に影響を与える。

計算、特に引き算は簡単だ。

仮想空間で過ごす時間が増えれば増えるほど、現実の人間と交流する時間は減る。したがって、出生率低下に対する iPhone の影響のうち、どれだけがテクノロジーがユーザーに無意識のうちに及ぼす影響によるものかを検討する必要がある。

実際、避妊や職業選択とは異なり、iPhone は妊娠を遅らせたり防いだりするために意図的に使われているわけではない。むしろ、iPhone ユーザーが他の人よりもデバイスとそのデバイスから得られる刺激に夢中になっているために、出生率低下が悪化しているのだ。結局のところ、昼も夜も限られた時間しかないのだから。

一方、出生率は低下の一途を辿っている。出生率は国家の健康状態を示す指標だ。楽観的で未来志向の国家は、少なくとも人口置換水準 (出生率が 2.1などを上回ること)の出生率を維持するか、あるいは増加している。そして、衰退国家は出生率が低下している。

今日のアメリカでは、アルゴリズムによってパーソナライズされた独房が一般社会から私たちを隔離し、独房監禁へと追いやることで、市民の孤立とそれに伴うアノミー (※ 社会の規範が崩壊することなどによる無規則状態を示す言葉)が急速に進行している。

こうして、衰退という魅惑的な歌の陰湿で循環的な論理がマントラ (呪文)となる。人生は不公平で、不平等で、恐ろしいものだから、この無意味な泥沼に新たな命をもたらさない方が良い、いや、むしろ美徳である、と。

その結果、米国とヨーロッパの両国で出生率が低下している。

これらの地域ではポストモダニズムの信奉者たちが勢力を振るい、近代の空虚さを、最も「寛容な」信念とは受け継いだ文明を含め、何も信じないことだとする信条で埋めている。自己嫌悪を教え込まれたポストモダン世代は、子孫を残そうとはしない。無意味な未来を拒絶する最良の方法は、それを永続させる後世が存在しないことを確認することかもしれない。

私の学士号は政治学のみだが、インターネット、ソーシャルメディア、AI、留守番電話など、私の人生で起こったあらゆる技術革新にもかかわらず、私は自信を持って「赤ちゃんは現実世界でしか作ることができない」と断言できる。

健康な国民は、仮想世界よりも現実の生活を重んじる。出生率の低下は見られない。そして、そういう国民たちでは、スマートフォンよりも留守番電話(あるいは少なくともキャッチホン)の普及率が高いと私は考えている。

--

私は会話を中断しなければならなかった

電話越しに聞こえるあなたの声は不思議な感覚

私があなたに愛情を示せる時に話したい

自分をコントロールできない

電話を切って私のところに走ってきて

お願い、電話を切って私のところに走ってきて

- ブロンディ、「ハンギング・オン・ザ・テレフォン」


2026年7月7日火曜日

4311「欲張りな人間」2026.7.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月24日の記事を紹介します。


「欲張りな人間」


人間は弱いので、何か困ったことが起きたり、苦境に立たされれば

・神様仏様に頼ったり

・高額な詐欺に付け込まれたり

・お金に糸目もつけず、「力があるぞ」と宣伝する人に頼ったり

とにかく

・自分ではなく

・自分の内にいらっしゃる神さまではなく

自分以外の外にある、他人や、物に頼り、願いや欲望を満たそうとします。

でもそれは仕方のないことです。

しかし、その欲には限りがなく、いつの間にか頼った相手に心理的に依存し、 

また頼られた相手は無意識の内に支配しようとします。 

支配-依存の 関係が生まれます。 

この両者は、全く別物に見えますが、自分の発している波長が同じであるために同調して

いつの間にか引き寄せられていきます。

両者は、波長が同じで、波長の山であるか? 谷であるかの違いだけです。 

この関係が長く続き、強化されてくると、

ますます心の中に広がる黒い闇に気づけません。 

ご利益を求め、殺到する参拝者、頼られたものに・・

集まり、うなるお金。 

何時しか、自らも神様に対する崇敬の念を忘れ、自我の心が、極端にまで拡大し、 

神の力を、己の力と誤解する人々。 

神々は、そんな人間臭いドラマを、

どのようにご覧になっていらっしゃるのでしょうか?

・願い事が叶います

・商売が繁盛します

・病気が治ります

・学校に受かります

そう喧伝されれば、藁にもすがりたい私たちは、いっぺんに飛びつくことでしょう。 

もしかしたら、見えない何者かの力によって、

一時は、願いがかなったかに思える時期もあるかもしれません。 

ですが、それも長続きはしないでしょう。

しばらくすれば、また同じ苦しみを味わうことでしょう。

他人に頼り、自分自身の心を変えようとしないからです。

ですが、私たちのそのような状況でさえ、

私たちが生まれてくる前に、自分で設定してきた状況であり、

人のせいではありません。 

何故、そのようなことをあえて人生に仕込んできたかと言えば 

・その悩み苦しむ時期と、

・外の力に頼る時期と

・結局はそれがうまくいかない 

ことを経験することで、 

・私たちの魂が学習し、磨かれ、

・より一層 輝きを増し

・神々に近づけるからです。

それなのに、その貴重な経験を、苦しいから嫌だからと、

お金をかけ、人に頼り、すっとばし、一瞬だけ状況を変えてもらっても、

私たちの心はちっとも変わらず輝きもせず、かえって依存の心が、闇のように広がり、

氣枯れたもの(神さまの純粋な気が覆われてしまったもの)に魂が覆われてしまうことでしょう。 

それは、魂の視点、神々の視点から見て、道を外れているからです。 

神様は、私たちの魂を輝かせるために

「その場所で自分なりの花を咲かせるのですよ」 

そう言って、今の状況に私たちを置いてくださいました。 

神々のなさる奇跡とは、華々しいサーカスのように、人々を驚かせ、

一瞬のうちに私たちを救い出してくれる・・・ 

そういった安直なものではないと思うのです。

奇跡とは、私たちが、例え苦しい環境に置かれていようと、 

自分の置かれた立場で、一所懸命前向きに、周りの方々や神々に感謝しながら、

笑顔で、しっかりと生きていくこと。

そして日々の平凡な生活のうちに、自分や、身近な周りの方々の心の中に、 

・温かな優しさ

・思いやり 

そんな神様の心を見つけた時、そして、それを感じ取った自分、 

自分の中の神様に気づいた時、神々は、私たちの心に奇跡が起きた・・

そうお思いお喜びになるのかもしれません。 

人々の耳目を集める 

・どんな凄いことをしようと

・どんな技や知識を身に着けようと

・どんなに地位や名声を手に入れようと

・どんなに経済的に成功しようとも

自分の心の中に 神々を見つける奇跡には敵いません。  

神様は、私たちの魂を輝かせるために 

「その場所で自分なりの花を咲かせるのですよ」 

そう言って、今の苦しく見える状況に、私たちを置いてくださいました。 

私達の魂の誕生の時に頂いた神様の心。

・その心を清らかにしておくこと

・自らの足で立とうとすること。。 

それ以上に、この人生に奇跡を起こす術はありません。