2026年9月11日金曜日

4377「洗心」2026.9.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月25日の記事を紹介します。


「洗心」


誰も一朝一夕に心を浄化したり、

清廉潔白な人格に変われるわけではありません。

毎日毎日、3歩進んでは2歩下がるのような、

遅々として進みの遅いのがあたりまでです。 

昨日はうまくいったけど、今日は全くダメだった。

人を恨んだり、イライラしてひどいこと言ってしまった。

そんな日が毎日続くかもしれませんが、

心を洗濯しよう、浄化しようという試みは、

やらないよりはやった方がずっとマシです。

日月神示や、霊界物語。その他の神様の教えを書いた本にはことごとく全て

・心を洗いなさい 

・改心しなさい 

と書いてあります。

そしてそれが一番重要視されています 

どうしてかといえば、私たち人間は肉体を持っている間にしか、

魂の飛躍的な成長ができないからです。

亡くなって霊界に戻り魂だけの存在になった時には、

なかなか魂を成長させることができないからです。

ブッダやイエス、空海など、

そして現代では、日月神示や、霊界物語などを通じ、

一番大切なこととされるのが、心の洗濯に関してです。

そのことこそ、私たち人間の魂を救うことだからです。

本当の幸せをもたらすことだからです。

逆にそんなことには無頓着で

日々の生活をダラダラと惰性のままに、自分の欲望のまま、

感情のままに、怒りやイライラを人にぶつけ、

周りにぶつけ生きていては、

魂も成長どころか逆に堕落の道を進んで行きます。

その堕落が進んでしまえば、人に迷惑をかけても何とも思わなくなり、

自分さえ良ければの心になってしまいます。

そういった人間が最終的にどうなるかといえば、

ノアの箱舟のように神々が起こした大災害(火の洗礼)に続く、

水の洗礼によって魂が選別されていくことになります。

またもっともっと悪に染まってしまった魂は、

レインボーチルドレンが言うところでは、

全く別の次元の宇宙に魂が隔離されてしまうそうです。 

心のお話や魂を洗うなど、

そういう話は地味であまり人が興味を示しません。

あの東大名誉教授の矢作先生も、たくさんのご本を出されていますが、

心に関する心をテーマにした本はあまり売れないそうです。

やはり皆さん好奇心の赴くままに、

自分の好きな霊的なことや不思議な話、

心がワクワクするような、そういったものに惹かれてしまうのかもしれません。

もちろんそのこと自体は悪いことではありませんが、

それはあくまで趣味・嗜好の範囲。

魂の大問題、人生の目的、

生まれて来た意味などの大きな重要なテーマからしたら、

些細なことです。

私たちの魂の目的、生まれてきた目的のことを考えれば、

長い長い永遠の命を持つ魂からしたら、

この生きている段階、肉体を持っている段階で、 

魂を洗うことがどれほど大切なことか分かります。

とにかくまずは自分の心で「心を清めようと」決心すること、

心を清め、たとえ歩みが遅くとも、

神様の道を真っすぐに進んでいこうと決心すること。

そして日々の暮らしの中でそれを実践すること。

一朝一夕には行きませんから、

自分の欲望で、他人を見下したり、他人に迷惑をかけたり、

いろいろなどが出てくるかもしれませんが、

それに気づいた時すぐに方向修正すれば、

それこそ3歩進んで2歩下がるではないですが、

あゆみは遅くとも一歩ずつ確実に神様の道を進んでいくことになります。

そしてそれが日々積もり積もって、

いつの間にか後退することが少なくなってきて、

どんどん前進できるようになってきます。

そうなってくると魂が磨かれ光り輝いてきますから、 

自然の中どこへ行っても自然霊や、微精霊、精霊、妖精たちなど、

八百万の神々の協力を得られるようにになってきます。

それを別の言葉で言えば 、サポートオブネーチャーと言います。

自然界からの助けという意味です。 

そうなってくると、

人生はどんどんどんどんいい方向にしかいかなくなります。

以前と同じ艱難苦難が訪れても、

全く気にならないか、気づきもしなくなります。

気づかなければ、そのような障害などないものと同じですから、

日々明るく過ごすことができます。

するとますます 、心の輝きが増してきますから、 

雪だるま式に良いことが起きてきます。 

そして永遠の魂にとって、

肉体が亡くなってから後の世界に移ったとしても、

素晴らしい世界に移行することができるでしょう。

何故なら心の状態が全てを決めているからです。

実際は生きてる間も、 

心の状態が全ての環境・取り巻く環境を決めていますが、

亡くなった後ではもう瞬時に心の状態が周りに起きてきます。

もし心が穢ければ、周りにも汚い状況が現れ、

もし自分のことしか考えず、

他人のことなどどうでもいいというような心の状態であれば、

そのような自分勝手な人々ばかりの世界に移行するでしょう。

肉体を持ってる間も実際は同じなのですが、

物質の世界では、少し時間差があり、

どちらかといえばオブラートに包まれたような形なので、

浄化するのには適してるかもしれません。

そのように神様がこの物質次元を魂の成長しやすい環境に作ってくださいました。

・心の浄化

・心をきれいにする

・汚い部分い気づいたらすぐに方向転換する

・心を汚す情報からは離れる(テレビ、ネット雑誌)

そのような日々の積み重ねが、私たちの心を地獄から救い上げ、

ひいては、死後の行先を決めてしまいます。


2026年9月10日木曜日

4376「今あるものに感謝」2027.9.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月24日の記事を紹介します。


「今あるものに感謝」


元春日大社の宮司、葉室頼昭さん、

神道の最高位、「浄階」まで行かれた方です。 

葉室さんが仰るには、神々の恩寵は、

私たちの感謝の心を媒体として現れるそうです。

従って、どんなに霊験あらたかな神社や仏閣にお参りに行こうと、

私たちの心に感謝の気持ちが現れなければ、

神々も助けたくとも助けられません。 

自分の運命を呪い、より楽な境遇になりたくて、 

現世利益を求め、他人によりすがり、依存の心むき出しでは、

神々と相いれない波動をまとうことになり、

繋がる先は、低き世界となることでしょう。 

今日も、心を覆う罪、穢れを祓い、

本来私たちが持つ、美しき心を表すために、 

「今あるものに感謝を」というテーマのお話です。

このことは本当に大切で、地球のルールでもあります。

このことを知り、実践するかしないかで、運命が天と地ほども変わります。

感謝の気持ちで生活して行けば、どんどん、本当にどんどん、

これでもかと言うほどの、幸せなことが起こってきます。

この世に感謝の気持ちに、敵対できるものなど、存在しないからです。

どんな小さな事にも、そこに感謝の種を見つけ、 

「ありがとう」と言える人って、

とっても素敵な人だと思いませんか?

一見 

・嫌なこと

・面倒なこと

・悪い予感のすること 

そんなものでも、神様が与えてくださった、

幸せのための、最初のステップだと思えば、

信じて安心し、喜んで受け入れることができます。

なぜなら、その出来事は、幸せが訪れる 先ぶれだからです。 

現象化することで、心の中にあった不浄が一つ、

クリア(消滅)した時だからです。 

では、小林正観さんのお話より、ご紹介します。

<引用開始>

目の前の現象は「幸」にも「不幸」にもなる。

九州でのある講演会で、定刻になっても半分しか人が集まらず、 

主催者の方が、

「どうして九州の人間はこんなに時間にルーズなんでしょうね」と

嘆いたことがありました  

それを聞いた私は、笑ってこのように話しました。

「定刻なのに半分も来ない、のではなくて、

定刻にもかかわらず半分も来てくださっている。

ありがたいですよね」 

つまり、来てくれたほうに目を向けたら、「ありがとう」です。

来ていないほうの半分に、

「まだ来ないじゃないか」と不平不満を言うよりも、

来ている人に感謝するほうがいいということです。

同じ現象でも、感謝ができる人とできない人がいます。  

私の話を聞いて、その主催者の方は、

「自分は正観さんのお話を何十回も聞いているのに、

まだイライラしてしまう人間でした」とおっしゃいました。

それから、その人はまったくイライラしなくなったということです。

面白いことに、定刻に集まらなくてもイライラしなくなったら、

その次の会からは、定刻に三分の二の人が集まるようになりました。

イライラしているときにはなかなか集まらなかったのに、

イライラしなくなったら、集まりもよくなり、人数も増えているそうです。

地球と宇宙を味方につけるためには、 

「自分の思いどおりの現象が

100点満点になっていないじゃないか」と文句を言うのではなく、  

80点の現象があるのなら、

その80点に、手を合わせて感謝をすること。

ある歌手が、コンサートの直前に客席を見て、

空席があることに腹を立てて帰ったことがあったそうです。

当然、コンサートは中止、 

3000人ほどの規模の会場で2500人ほど入っていたそうですから、

充分にお客さんは集まっていたと思います。

ただ、空席があったからそれが気に入らないというので、

来てくれた人に対して自分の腹立たしさをぶつけるのは、

実は本人が考えている以上に損です。

そういうことをしていると、

そのうち誰からも信用されなくなります。 

興行主から見ると、もうそんな危険のある人に、

次からは頼まないようにしようと思うに違いありません。

目の前に起きている現象に対して感謝ができ、

喜びを見出すことができ、 

そこに幸せを感じられるようになると、

自分自身がラクで楽しい、ということです。

なおかつ、地球と宇宙が味方になってくれます。

<引用終了>

イライラしているときには、なかなか集まらなかったのに、

イライラしなくなったら、集まりもよくなり、人数も増えた。

これは神様が良くなさる方法です。

私達が気付けるように、気付くまで、色々手を変え品を変え。

そして一旦気付いてしまえば、もうそういった現象は無くなります。

今、何か問題を抱えている方がいらっしゃったら、

(その問題を解決したいと思ったら)少し考えて見てください。

自分は、その問題に対して不平不満に思っていないか?

イライラしていないか?

人のせいにしていないか?

そして、上記の正観さんのお話のように、発想を変えて、見方を変えて、

今自分の目の前にある「もの」、そして「こと」に、

感謝してみてはいかがでしょうか?

感謝することが出来さえすれば、もうそれは、問題では無くなります。

その問題が気付かせようとしてくれていた課題がクリアされたので、

もうその問題は、目の前から無くなります。

問題が問題では無くなったからです。

それは、ブッダが2500年前に教えて下さった、

「般若心経」に書かれている、

私たち人間が幸せになる方法の真髄です。

目の前にある問題は、私達に何か気付いて欲しいから、

神様が起こして下さっています。

どんなことも、自分の周りに起こって来ることに、

不要なものはありません。

全て、必要であり、必然的に起こってきます。 

それも私達の魂の学びにとって、

ベストなタイミングで起こって来るようになっています。

ですから、全てのもの、人に感謝なのですね。

「ありがとう」なのですね。

ありがとうの言霊は宇宙で一番、

力のある言霊と言われています。


2026年9月9日水曜日

4375「与える喜び」2026.9.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月23日の記事を紹介します。


「与える喜び」


春日大社の元宮司、そして医師であった葉室頼昭さんによれば、

神さまは願いごとなどしなくても、ちゃんと叶えてくださる。

他の国で見られるように、必死になって自分の願いごとを祈っている姿とは異なり、

神道では、神さまを喜ばせる、感謝する、

ということが祈りとなります。

こちらから頼まなければ、

神様はやってくれない・・・というのは、神さまを冒涜すること。

神さまというのは全部知っておられるんです。

だから、神さまを認め、喜んでいただいたら充分なんです。

そうしたら、神さまはこちらに出てきて、お恵みをくださる。

そう仰っています。 

あちこちの有名どころの神社や仏閣に出向き、 

・あれをしてください

・これをしてください

・あれもくれ

・これもくれ

とお願いするだけでは、

神様も辟易(へきえき--閉口すること。嫌になること。)とすることでしょう。

そのような人間の欲望渦巻くところでは、せっかく力のある神さまの光も、 

その闇にさえぎられてしまうことでしょう。

色んな神様がいらっしゃいますが、

この宇宙を創造し、維持し、破壊する創造の神様は、 

大本の神様であり、創造の源です。 

レインボーチルドレンのそうた君の言葉で表せば、

12次元にいらっしゃるそうです。 

私たちの宇宙に住む、生命体が3次元存在、

日本の有名な神々が8次元とのことで、 

遥かに高い次元です。 

創造の源の神様が喜ばれるのは、 

・特殊な能力を持つことや

・優れた霊能を持つこと

・優れた過去世を持つこと 

などではなく、やはり王道である、 

・私たちの心を清く保つこと

・身近な周りの方々と、仲良く助け合って暮らすこと 

そんな一見、平凡に見えることのようです。 

それでは今日も、王道である。

私たちの心を浄化し、神々へ近づくためのお話をご紹介します。

注意深く、周りを観察してみれば、 

どんな人にも、自然や人を通じ、 

神さまはいたるところで、その存在を教えてくださっています。 

今日のテーマは「与える喜び」です。 

私たちは、物でも、お金でも、優しさや、真心でも、 

まず、自分から出すこと(与えること)が先です。 

与えた時の心の状態が、宇宙の果てまで、見える世界、見えない世界を飛び回って、 

同じ波長のものを、仲間を連れて帰ってきます。 

時々、

「優しさや親切を人に与えると、損した気分になる」

そうおっしゃる方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。 

神々のエネルギーは無尽蔵です。

与えることで、その何倍もの恩恵を私たちは受け取ります。  

それでは、渡辺和子さんの言葉よりご紹介します。 

<引用開始> 引用元

近頃、もらう喜びは知っていても、

その他の喜びをあまり味わっていない子どもが、増えているように思えてなりません。

その他の喜びとは、

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜びです。 

マザー・テレサがこんな話をなさいました。

カルカッタの街に、八人の子を抱えてお腹を空かしている家族がいたので、

お弁当を作ってもって行ったところ、

その母親は押し戴いて喜んだ後、すぐどこかへ出て行きました。

やがて戻ってきた母親は、

「実は隣の家族も、このところ食うや食わずの毎日だったので、

半分あげてきました」と言ったそうです。

マザーは、この話をしてから、

「貧しい人は偉大です。

飢えを経験した人には、他人の苦しみもわかるのです」と言われました。

本当の豊かさとは、このように、

他人に与えるものをもっている心を指すのですね。

最近、自分でやり遂げる喜びを、

子どもから奪っている過保護の親も増えているようです。

それは、子どもたちを愛しているように見えて、

実は彼らから、その成長に必要な自信と、自立の喜びを奪っているのです。

もらう喜びしか知らない子どもは、自分中心の世界で生きています。

どれほど多くのものを持っていても、その子の心は貧しいのです。

与える喜び、分ちあう喜び、

自分で何かをやり遂げた時の喜びをも味わわせることによって、 

子どもの生活を本当に豊かなものにしてやりましょう。 

<引用終了>

確かに、何か物や、お金をもらう喜びよりも

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜び

の方が、私たちの心を喜ばせてくれますね。

与えたほうも、頂いたほうも、笑顔、幸せになれます。 

そこには、調和が生まれ、平和が訪れます。 

どうせ与えるならモノではなく、 

・感謝

・喜び

・笑顔

・いたわり

・優しさ

・思いやり 

など、美しい心を与えて差し上げたいですね。 

その心は、巡り巡って、必ず自分に帰ってきますから。 

与えるものは、物質的なモノである必要はありません。 

貧しかった良寛さんは、 

「自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。 

だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。 

それならいくらでもあげることができるから」 

良寛さんは、自分の口から出てくる言葉を 

・あたたかい言葉

・やさしい言葉

・思いやりに満ちた言葉 

にしたいと思って行動していたそうです。


2026年9月8日火曜日

4374「厳しい環境と美しい心」2026.9.8

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月21日の記事を紹介します。


「厳しい環境と美しい心」


一つ質問です。

あなたの人生振り返ってみてください

・最も成長した時期は楽な時ですか?

・それとも困難な時ですか?

きっと多くの人は困難な時と答えるでしょう。

さて今日のお話です。 

全ての悩み、苦しみの原因は心が作り出しています。 

幸せも、心が作り出しています。 

素直な感謝の心さえ持てれば、今すぐにでも幸せになれます。 

心の中に憎しみがあっては、幸せに何時まで経っても手が届きません。 

今日も、その心を清め、本来の光り輝く魂を表に出す、お話です。 

このように書くと、何だかお祓いの効果に似ていますね。 

今日のお話は、耳が聞こえない聴覚障がいがあるご両親に育てられた女の子が、

心優しい娘に成長し、そしてお嫁に出て行こうとする時のお話です。

私たち人間は、裕福で、お金の心配もなく、

健康で、家族にも取り立てて問題もなければ、 

普段は、自分の心の状態を振り返ることも、 

心の中にある、嫉妬やねたみ、悪魔的な要素に気づくこともないかもしれません。 

それゆえに、反省なく、心を清めようなどと自ら思うこともなく、 

何時までも魂の成長は望めないかもしれません。 

翻って、貧困や、事故、病気、死別、リストラなど、 

人生の一大事な環境に置かれると、

その環境から抜け出したくて、

あちこちに頭をぶつけたり、苦しみ、もがきます。 

悔し涙を流すかもしれません。

ですが、その逆境こそが、

私たちの魂にとって、研ぎ石の役割を果たし、 

私たちの魂をはるか高みにまで連れて行ってくれることもあります。

<引用開始> 「NTT西日本」コミュニケーション大賞受賞作品より


加奈子ちゃんが近所に引っ越してきたのは、

まだ小学校三年生のときでした。

ときどきわが家に電話を借りに来るのですが、

いつも両親ではなく加奈子ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、 

しばらくしてその訳がわかりました。

加奈子ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、

お父さんは言葉を発することが出来ません。

親御さんが書いたメモを見ながら、

一生懸命に用件を伝える加奈子ちゃんの姿を見ていると、 

なんだか胸が熱くなる思いでした。

今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいを持つ皆さんは、

さぞ大変だったろうと思います。

加奈子ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、

それから間もなくのことでした。

しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、 

ご両親のことで、近所の子供達にいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。

そんな加奈子ちゃんも中学生になる頃、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、加奈子ちゃんが加奈子さんになり、

めでたく結婚することになりました。

その加奈子さんが、

「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます」

と頭を下げながら、

わざわざ、招待状を届けに来てくれました。

私は覚えていなかったのですが、

「加奈子ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。

だから負けずに頑張ってネ」

と、小学生の加奈子ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。

そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので

どうしても結婚式に出て欲しいというのです。

「電話でもよかったのに」と私が言うと、

「電話では迷惑ばかりかけましたから」と加奈子さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。

新郎の父親の謝辞を、花嫁の加奈子さんが手話で通訳するという、

温かな趣向が凝らされました。

その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、

お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。

「花嫁加奈子さんのご両親は耳が聞こえません。

お父さんは言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。

障がいをお持ちのご両親が、加奈子さんを産み育てられることは、

並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。

嫁にいただく親として深く感謝しています。

加奈子さんのご両親は、

“私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません”と申されますが、

私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、

最高の誇りに思います」

新郎の父親の挨拶は、深く心に沁みる、

感動と感激に満ちたものでした。

その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた加奈子さんの姿こそ、 

ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。

花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、

大きな大きな拍手の波が、

いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。

その翌日、新婚旅行先の加奈子さんから電話が入りました。

「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、

我が家の約束ごとでした。 

ですから、両親の涙を見たのは初めてでした」

という加奈子さんの言葉を聞いて、

再び胸がキュンと熱くなりました。

<引用終了>

この花嫁の女の子、幸せになって欲しいです。 

いえ、きっと幸せになった事でしょう。 

幸せとは、自分の心が感じるものだからです。

周りの状況は、関係ありません。

子供の幸せを親ならだれしも望みますが、 

本当の躾とは、うるさく子供を縛ることではなく、 

親の生き様、生きる姿勢を見せることかもしれません。

親の一挙一動、心の動きまでも、 

子供たちは見ていて真似るものですから。 

心の中に憎しみの種はないか? 

心の中に常に感謝の意識が宿っているか?

ご自分の未来の幸せのために、

どうぞ、もう一度点検してみてください。


2026年9月7日月曜日

4373「青空ひろば」2026.9.7

今回は大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より60 2026.08.17 ~ イノチの学校より61 2026.08.18

チャーリー・ジョーンズさんの著作

「Life is tremendous」の中に、3つの決断というのが出てきます。

〈決断1〉なんのために人生を送るか

『向上するため。人として成長するため。学ぶためにこの地上で生きてゆくんだ』

と決断する。それが生きていく第一歩になるんだと書いておられます。

これだけしっかり持ってたらもう大丈夫やと思いますね、人生。どれだけ苦しいことが出てきても、ここの所で自分は成長できる、成長するんだというのを持っていたら、それで大丈夫です。

〈決断2〉誰と共に人生を送るか

誰と共に生きるかの決断として、典型となるのは夫婦関係ですね。

本の中でも例として夫婦関係について書いておられます。

これは一例ですよね。

これからね、仲間同士でコミュニティが出来ていくと思いますが、そういうコミュニティの中で皆と関わっていく。

そういう生き方も良いですよね。

〈決断3〉何をして人生を送るのか

これは仕事に対する覚悟のお話でもあります。

まずそれぞれの仕事ですよね。

大敬の場合は学校の先生という仕事を果たしていく、そこで成長していけた。

それと同時に道の歩みを果たしていく。

これはね、こうでないといけないというものはなくてそれぞれの人のイノチのバランスがあります。

ある人は学校の仕事を全うする、道の仕事を全うする、学校の仕事と道の仕事両方を全うする。

それぞれの人が誠実に自分の役割を果たしたら良いですね。

ジョーンズさんの仕事に対する言葉を紹介しておきますね。

『それではこっそりお教えしよう。なんであれ「仕事」というものは一種類しかない。

すなわち、細々として、単調で、手間がかかり、厄介で、退屈なもの。これこそが、どんな職業についていようとも、誰もが克服しなければならない課題なのだ』


ジョーンズ氏のもとで働いている社員が彼に言いました。

「辞めるしかないみたいです」。

ジョーンズ氏は理由を尋ねました。

「とても天職とは思えません。何をやってもだめなんですから・・・」。

ジョーンズ氏は言いました。

「何をやってもだめ?まさしく、君のやるべき職についている証拠だな。将来有望じゃないか」自分が今、やっているつまらない、つらい仕事の外に、どこかで天職が待っていると思う人には、いつまでたっても天職はやって来ないものなのですね。

今、ココの、この下らない仕事を天職に出来ないような人に、天職を引き寄せることは出来ないからです。天職は、自分の外にあるものではなく、それにふさわしい人間に成長した時に、その人が生み出すものなのですね。

最後にもう一つだけ、ジョーンズ氏の言葉

『うまくいかないからこそ、うまくやれるようになる。このことが分かれば成長している証拠だろう。神が人の気持をくじくのは、その人に力を付けさせたい時だけだ』

なかなか強い教えなのでね、真面目に考えて、これで挫けてしまわなくて良いですからね。

大敬の話はもう少し柔らかで包容力があって、みなを許していけるようなものですから、

逃げて逃げて逃げまくってもいいですからね。

そういう人は、大敬のお話を聞きにきてみてくださいね。


イノチの学校より59 2026.08.16 

チャーリー・ジョーンズさんの著作

「Life is tremendous」より、7つのルールの4つ目を紹介します。

〈第4のルール〉

『よりよい人生は与える能力から生まれる。

見返りを期待せずに与えようと努めれば、ほんとうに与えることになる。見返りを期待せずに与えれば、与える能力がかならず伸びる。与える能力が伸びていくにつれて、出荷可能な蓄えができ、いつでも与えることができるようになる。

(註)ギブ&テイクではなく、ギブ&ギブしていれば、ギブする能力が増えてくる。つまり、求めたのではないけれど、どんどん入ってくるようになる(ギブン)。』

だから与えることだけ考えとったらいい。

そしたら、その与えるのに必要なモノとか、人材とか、能力とかが自然に入ってくる。

そういう発想ですね。

だからギブ・アンド・テイクで終わったらそこで終わりやけど、ギブ・アンド・ギブにしといたらさらに大きな自分にね、

成長した器の自分になれる。

なので、何を与えられるのか?をいつも考えておいたら間違いないよという事ですね。


イノチの学校より58 2026.08.15 

チャーリー・ジョーンズさんの著作

「Life is tremendous」より、7つのルールの2つ目を紹介します。

〈第2のルール〉

『(能力は)使わなければ失い、使えば増える。

神はあらゆる人間に特質と才能を与え、「汝の持てるものを使うのなら、増やしてやろう。だが、もし使わないときは、失うことになる」とおっしゃる(現状満足は下り坂のはじまり)。』

筋肉とか身体と同じですね、使ってなかったら衰えていきます。

日々使っていくことが大切ですね。

身体もね、毎日動かしたりしてると、鍛えられていきますよね、同じです。


イノチの学校より56 2026.08.13  ~イノチの学校より57 2026.08.14 

チャーリー・ジョーンズさんの著作

「Life is tremendous」より、7つのルール,3つの決断を紹介します。

タイトルは、直訳すると人生はとてつもないものだ、素晴らしいんだ、というような意味ですね。

どちらかというと成功者の人ですから、

わりと表現には、強い感じがあるかもしれませんね。

僕なんかは教育者やから、もう少し優しい表現をしたいなと思ったりするところもありますけどね。

基本的な所がね、勉強になるので紹介しておきますね。

<第1のルール>

『(今携わっている)仕事にふるいたて(本気になれ)。

ほかでもない自分の仕事に、気持ちをふるい立たせるようにすることだ。

いつかやろうと思っている仕事に対して、ではない。たった今やっている「つまらない」仕事にふるいたて(本気になれ)、と言っているのだ。

つまらない仕事に気持ちをふるい立たせ、喜びを見いだせば、その仕事はすばらしいものになる。』

こんな風に、今やってるつまらない仕事に喜びを見出だせる様になったら、その過程は終了します。

神さまはね、じゃあもうちょっと面白いことやらせてみようかな?と移して下さるから。

そこで奮い立たないと、今やってることで奮い立たないと、次の段階へは行けない、というのがありますね。

谷口雅春先生だったかな?どなたかが紹介されてたエピソードですが、

とある女性が結婚した。旦那さんが、「お前そんなにメシを食うな」とか言ってね、

それに腹立てて離婚した。

でまた時間が立って次の人と結婚した。

そしたら新しい旦那も、ご飯の時に「そんなにいっぱいご飯を食べなくていいよ」と言ってきた。

これで女性は、

あ、これが私の課題なんだ。ここのところを乗り越えないと次の所にはいけないんだ。

と気づいてから、今の家庭で頑張っていくことが出来たそうだと書いてありました。

人生ってそういうものでね、今やってることなんてホントにつまらんかもしれん。

正直ね。ボクも教師なんかやってましたけど、こんなもん!と思うことばっかりでしたよ。

いつもそうですよ?でもそこで逃げ出さないでそこで頑張ったから、またこうして皆さんに話せていますね。

これはとても喜びいっぱいですよね。先生って定年退職したらそれでおわりでしょ?

ボクは終わってからが本番で、楽しみがいっぱいですね。

だからやっぱり、今やってることをしっかりやらないと、次にはいけないよ。ということですね。(完)


2026年9月6日日曜日

4372「自らの足で立つ」2026.9.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月20日の記事を紹介します。


「自らの足で立つ」


私たちの魂は大本の神様の分け御霊を頂いて、

個別の魂となった後、ある目的を持って進化し続けています。

それは、地球での一生と言った短いスパンではなく、

永遠に続く魂の旅でもあります。

肉体を得ては死に。

また新たな肉体を得ては死に。

その繰り返しをしているのも、

その「ある目的」を達成するため。

その目的とは・・・

魂の進化。

進化して、再び元の神様に近づくため。

そのために、いろいろな惑星間転生をするようですが、

今は、地球での転生で、学びの途中。 

私たち自身の魂を進化させるには、

・心を純化すること

・包身(ツミ)

・氣枯れ(ケガレ)

を払い、本来の神様の輝きに戻すこと。

このために、物質界の地球では様々な出来事に遭遇して行きます。

喜び、悲しみ

愛、憎しみ

おもいやり、ねたみ

それらの体験には 良い、悪いはありません。

その体験を通じ、魂は学びを深め、進化していきます。

このような感情を揺さぶる深い経験は、

肉体を持つ時にしかできません。

ましては、他人が自分に代わって経験してくれるものでもありません。

何処かの誰かが、

・何かをしてくれたから、

・何かをしたから

魂が進化するわけではありません。 

そのような他人依存では、

魂の進化どころか、退化になってしまいます。

悪魔の喜ぶ状況です。

目を覆うような残酷なことや、

戦争を引き起こすのだけが悪魔の仕業ではありません。

巧妙に私たちの魂を堕落させ、

神様から離してしまうのも悪魔の常とう手段です。

私たちの生きる目的

長い長い魂の旅の目的

魂の進化は

自らの意思と行動によってなされていくものです。 

安直にどこかの誰かにお金を出してお願いしたり、

どこかの神社仏閣にお参りに行ったからといって、

自分の魂が進化するわけではありません。

そのことの大切さを、

いにしえの聖者たちは教えてくださっていました。

ブッダもイエスも空海も、

どこかの誰かに頼りなさいなどとは一言も言ってはいませんでした。

目に見えない不思議な力に頼りなさいなどと、言ってはいませんでした。

神様は、私たちに決して命令などしません。

「何々せよ」などとは仰いません。

辛抱強く、私達自らの意思で、

魂を浄化し、洗心することを望んでいらっしゃいます。

長い長い時間のスパンの中で、私たちを見守ってくださっています。

自らの意思で

・魂を浄化しよう

・心をきれいにしよう

・より神様に近づこう

と決めること・決心することは、なかなかできないこともかもしれません。

めんどくさいですし、どこかの誰かに頼っていた方が楽ちんだからです。

ましてや それを日々の生活の中で、

行動に移し込むことなどめんどくさいですし、

できればやりたくないことかもしれません。

今まで通り 惰性の中で生きていく方が楽です。

誰かに頼ってきていた方が楽です。

ですがこの地球ではそのような態度のままでいたら、

決して物事は進展しませんしよくなりません。

それが神様が作ってくださった 地球の仕組み だからです。 

そのことに気づき、 

面倒でも腰を上げて、

行動に移して行った方がどんどんと 、

本当の幸せを手に入れています。

このブログでもその神様の仕組みの本質を、

色々な角度から、そして噛み砕いて書いています。

時々行うツアーやプレゼント企画、その他のイベントにおいては、 

より深く皆さんと接触しますのでそのことを詳しくお伝えしています。

それをちゃんと信じて実行してくださった方々からは、

いまだにその後もたくさんのお礼のメッセージ、コメントを頂いています

・今までと生き方が変わった

・より神様と近しい関係になれた

・神様やご先祖様からのご加護や 援助を感じられるようになった

・自分だけでなく 家族も明るく過ごせるようになった

など、本当にこの地球上で生活していく上で、

大切な幸せを掴むことができた方が増えて来ました。 

是非皆さんも、一度心を見直して

・他人に頼り、依存していないか?

・自らの意思で変わろうとしているか?

振り返ってみてください。

その心の方向性こそが、

この地球上で、今、一番大切なことだからです。


2026年9月5日土曜日

4371「病気を手放さない人」2026.9.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月19日の記事を紹介します。


「病気を手放さない人」


今日は「病気を手放さない人」ということで、

元春日大社宮司で、形成外科医だった葉室頼昭さんのお話をご紹介します。 

全ての病気がそうだとは申しません。 

敢えて病気を選んで生まれ、

魂の目的を達成しようとする方もいらっしゃるからです。

ですが、お医者様である、葉室さんの仰ることに、

当てはまる方も多いのではないかと思い、ご紹介します。 

<引用開始> 引用元

私はいつも、患者さんの気持ちを神様に対する感謝に向けるようにしています。

それによって、自分の病気のことから、神さまの方に心を向けられ、 

やがては、病気が良くなっていることに気付くようになるからです。

神社では、神様に「健康にしてください」とご祈祷においでになる方が多いようですが、

しかしこんな方は、なかなか神さまのお恵みを受けることができません。

なぜなら、「健康にしてください」ということは、

自分が病気だと思っている現れだからです。

 <中略>

「神さま、健康にして頂いたありがとうございます」と 

感謝をするのが、本当のことなのです。

心を放てば神さまのお恵みがいただけます。

いつも心に病気をつかんでいる人は、病気になりやすく、 

逆に

すべてを良い方向に考え、感謝をしている人は病気になりにくいのです。

<引用終了> 


また、病気と感謝の心について、こうも仰っています。 

<引用開始> 引用元

人間がいちばん嬉しいのは、人に認めてもらうことです。

反対に、一生懸命やっても誰にも認められないというのは悲しいものです。

これはなぜでしょうか?

科学で証明されないものや、目で見えないものは信じないなどと言う人がよくいますが、

この宇宙には、絶対に、永久に見ることができないものがひとつあります。

それは何かというと、自分自身です。

自分という人間は永久に見ることができません。

鏡や写真などに映して見てはいますが、あれはあくまでも影を見ているわけです。

自分はどんな顔をしているのかも分かりません。

自分自身を知ろうと思えば、他人から見てもらうしかないのです。

もしあなたが女性であれば、

「きれいですね」「若いですね」と言われれば嬉しいでしょう。

それは、自分では自分のことが分からないからです。

男性は、「素晴らしい」「立派だ」といわれると、

ああそうなのかという気がして嬉しくなるでしょう。

生き生きした気持ちになると思います。

これと同じで、人間の身体の細胞一つ一つもみんな生きています。

ですから、認めてあげることで、やはり非常に生き生きとしてくるのです。

この体は、生まれてからずっとこの何十年一秒の休みもなく働いてくれています。

この体に生かされているのに、

ご主人さまが一向に褒(ほ)めてくれないとなると、細胞も怒ります。

もう力が出なくなってしまうのです。 

ですから、一つ一つの細胞を、

「素晴らしいね」と認めてあげて、感謝してあげる。

これが健康の本当の基本です。

私は、健康のために、感謝の心を込めて毎日、頭から足の先までをなでています。

私は医者で体全体の構造を知っていますから、頭をなでながら、

毛髪、皮膚、頭蓋骨、脳と次々に「ありがとう」と感謝していきます。

五十肩という病気があります。

なかなかなおらないので不平をこぼす人がいますが、

そんな人に「あなた、肩に感謝したことがありますか」と尋ねると、びっくりするのです。

長い間、ものを持ったり、支えてくれたり、いろいろと働いていてくれているのに、

ご主人さまがちっとも感謝してくれないので、肩の細胞が怒っているのです。

それが五十肩です。 

それで、「まず肩に感謝しましょう」といっているのです。

感謝するとなおってきます。

これは本当の話です。 

<引用終了> 

これと同じことを、斎藤一人さんや、

昭和の魂の巨人、中村天風さんも仰っています。

要するに「病気という意識を手放す」ということなのですが、 

でも、「言うは易く行うは難し」かもしれませんね。

簡単に言うと

・病気であることを忘れてしまう

・好きなことに没頭する

などで、病気にフォ-カスしないこと、意識を向けないことです。 

意識を向けないことで、病気にエネルギーを与えないようにします。

エネルギーが与えられないもの、つまり誰からも意識されないものは、 

病気に限らず、存在することができなくなるからです。 

マザーの言葉を思い出します。

「愛の反対は、無関心」

人も、神様も同じ。 

皆様が内なる神さまに気づき、お幸せになられますように。