2026年8月10日月曜日

4345「因果を超えて」2026.8.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月25日の記事を紹介します。


「因果を超えて」

イエスもブッダも空海も、過去の沢山の偉人達も、 

そして最近では神仕組みの元、

・宇宙から直接来た魂や

・神々の意識のまま生まれて来た子供たちも

その全ての方々が、霊的な不思議な現象のことではなく、 

地味ですが、心の持ち方について語っています。 

人々の心を整えることで、

そこから地球を良き星にしようとしています。 

全てのことが、私たち自身の心から始まります。 

決して、どこかの誰かが、

何かをしてくれることにより、

自分の運命が好転するわけではありません。 

依存する心は、返って魂の退化を招きます。 

そして最近はますます思考が現実化するのが早くなったようです。 

これは心の状態が、現実に目の前に具現化されるのが早くなったと同じ意味です。 

自分が意識するしないに関わらず、心の中の情報が、現実化します。 

ですから、テレビや本、最近ではSNSなど、

自分がどのような好みで、それらの情報に触れているかによって、

否応なく、それが現実の世界で具現化して出てきます。

ですから自分が触れる情報にも、よく注意が必要です。 

逆に言えば、 

自分の心に無いことは、

現象として発生しない・・・ と言うことになります。 

愛や、優しさや、思いやりも。 

また心の状態は、単純ではなく、

今世に置いて、自分で意識できることだけではなく、 

魂は永遠ですから、

過去の色んな人生を経てきて、染みついた魂のクセ、 

神我(しんが)を包み隠している、 

・包身(ツミ)-本来の光り輝く神様と同じ姿の自分自身を隠してしまうもの

・氣枯(ケガレ)-神様のご神気の枯渇

によって、その種子が、いつ芽を出そうかと潜んでいます。

何か自分のやったことに対して、自分の思ったことに対して、

直ぐに、しっぺ返しや、反応が現れるということは、 

それだけ、

・現在の地球自体の波動レベルが上がり

・体主霊従から霊主体従の 魂重視の時代に変わりつつあること

・自分自身の、魂の成長が進み、因果律による反応を受け止めても、

 今の自分であれば大丈夫、 それを研ぎ石として更に、魂を輝かすことができると 

 神さまが判断して、現象を起こしてくださったからです。

自分の魂の進化が進まないうちは、

その反応や現象、出来事に耐えられないし、 

耐えられたとしても、そこから、

・何故そうなったのか?

・自分の心のどの部分が、その現象を起こしたのか?

理解することもできないし、そこから教訓を得ることもできないので、 

現象や反応は、まだ先延ばしにされます。 

心の状態が現実化する。 

これはブッダの説いた因果律、

まいた種は刈り取らねばならない・・ と同じことですが、 

このことは、バチでも何でもありません。

全ては神様の私たち人間に対する深い愛から発生しています。 

現象が現れた、

例えそれが、自分にとっては、逃げ出したく、

できれば避けて通りたい出来事であったとしても 

神様が、それを起こるのを「善し」としたから起きた出来事です。 

私たちは、そこから逃げない限り、

また一つ、ツミ(包身)を一枚、心から剥がし、 

光り輝く、もともとの神様の輝きを取り戻すことができます。 

しかし、せっかく、神様が、心の状態を現象として見せてくださっても、

目をそらし、逃げたり、他人のせいにしたり、見なかったことにする、

そうなると、その現象は無駄になってしまいますから、 

再び、宇宙を巡り、さらに強力になり、 

再び、機が熟した時に、神様が私たちに運んできてくださることでしょう。

自分にとって嫌な現象が現れた時は、実は大きなチャンスの時です。 

神様が、「今こそ、それに気づいて解消しなさい」

そんな時だからです。 

逃げないで、正面から受け止め、受け入れれば、

一気に、嫌なことではなく、

魂を輝かせてくれる素敵な出来事に変わることでしょう。 

最初の一歩、 

受け止める、受け入れると決心することは、

「よし、変わろう」と決心することは、 

大きな勇気がいるかもしれません。 

今迄、魂にとって、そこが弱点だったから、現象が起きているのですから。 

ですが、その時、私たちが決断することができれば、

一気に神々の喜びとともに、問題は解決してしまうことでしょう。 

神々を含め自然界から最高のサポートを得られることでしょう。

この見える世界も、見えない世界も全て

私たちの心が作り出しています。 

その心が、本来の神様と同じ輝きを取り戻せることであるのなら、 

神々は、どんなことをしても、 

その大きな私たちの勇気ある決断を、

後押ししてくださることでしょう。

そして、その決断をした瞬間に

私たちの魂の、輝きがまた一段と増します。 


2026年8月9日日曜日

4344「新しい地球へ」2026.8.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月24日記事を紹介します。


「新しい地球へ」


今、本当に世界が混とんとしています。

正しい情報が隠され、プロパガンダが幅を利かせていますから

真実を見極めるのは困難な時代です。 

今までの古い価値観に生きてきた勢力と、 

新しい時代を担う勢力との大きな世代交代の時です。 

それは戦争のように目に見える形だけでなく、目に見えない形、神経戦でもあります。 

・正義の名のもとに他者を非難し攻撃したり

・肌触りの良いワードを使い、人心の分断を図ったり 

恐怖と怒りのエネルギーを増幅させようとします。

そして人々だけでなく、地球も・・・ 

地球が変わろう! 変わろう!

としています。 

もう少し時がたてば、

それが何であったのか、誰の目にも明らかになることでしょう。 

私たちが生きている、この地球には、隠されている、重大な事実があります。 

それは

私たちの意識が、現実を作る。 

と言うことです。 

これは、神さまが人間を作った時、

はじめから、私たちに与えてくださった能力ですが、 

その能力は、

人々を支配し、利用しようとする邪悪な意思によって、隠されて来ました。 

隠す方法は簡単です。 

・私たちに不安と恐怖を植えつけ、

・伸びやかな魂の活動を、阻害するだけです。 

ですが、神々の計画により、 

今、時の流れが変わり 

霊主体従(れいしゅ、たいじゅう)の世界

心や魂の在り方が重視され、お金や物や、肩書などは、その次に置かれる、

そんな時代になろうとしています。 

国常立尊(クニノトコタチノミコト)がけん引すると言われる霊主体従(れいしゅ、たいじゅう)の世界。

地球の創生期には龍蛇族が深く関わったとされますが国常立尊も龍神です。

日本書紀では天地開闢の際、最初に現れた神様とされています。 

そして同時に変わりたくない人々は、

新しい世界を拒否して、旧態依然(きゅうたい-いぜん)として、

昔ながらの、

・お金

・地位、名誉、権力

・資産(物、土地、車、家など)

に執着し、恐怖と不安を煽られ、

常に戦々恐々とした世界にしがみつこうとする人もいます。 

それが彼らのエネルギー源だからです。

「いやだ、いやだ」と言いながらも、

結局は、その世界が、性に合っており、心地よいからです。

魂は永遠です。

そして波長の異なる者は、同じ時間・空間を共有することができません。

ですので、それぞれの波長に合った、地球が準備されているそうです。

あの霊的な巨人、出口王仁三郎によれば、 

30年周期で行われる建て替え・立て直しで、今回、神々が目指している変化は、

人間の精神性の復活、

なのだそうです。 

恐怖や不安で、心を縛られるのではなく、 

安心して、伸び伸びと、助け合い、お互いさまで生きて行ける世界。 

全ては繋がっている、そう理解される世界。

そのような世が来れば、私たちは魂の持つ本来の創造性を発揮し、 

必要な時に、必要なものを創造し、利用できる社会になることでしょう。

それが、本来、私たちが持っている力だからです。

ただ、今はまだ隠されているだけです。 

私は知っています。 

無意識のうちに、もうその世界を、生きていらっしゃる方もいらっしゃいます。

その方々は、

・神さまの前に 真摯な態度です

・まわりの人に 優しくしています

・全ての行動の基準が、人が喜ぶことをする・・になっています 

そういった人々は、神さまを信じていますから、不安や取り越し苦労がありません。 

自分を取り巻く状況の変化も、あるがまま、来るがままに任せ、 

それに抵抗したり、悲しんだり、過去を悔んだりしません。 

その状況を呪うこともありません。 

淡々と、自分の置かれた状況を受け入れて、生きています。 

何か人より能力が飛びぬけている必要もありません。

神々の姿が見える必要もありません。 

声も聞こえる必要はありません。

神さまの前に平等である私たち人間にとって、そのような能力は、必要ないからです。 

なぜなら、霊的な現象は、一般大衆にとって驚き以外の何ものでもなく、 

人々はそれを引き起こす人を、

無条件に恐れ、崇(あが)める傾向を強く持っているからです。 

(教祖を頂く、新興宗教のパターンです)

ですが、その関係性こそが、依存と執着であり、今、地球という惑星が求めている、

伸びやかな魂、自立した魂とは正反対のものだからです。 

私たちが、神さまを感じるとは周りの、普通の人々の、行動や言葉の中に、 

見えない神さまを感じる感受性を持つことこそ、

本当に「神を見る」ということに他ならないからです。 

家族や、友人や、同僚の、言葉やしぐさ、行動の中に・・ 

優しさや、思いやり、愛情を感じられたのなら・・ 

その時こそ、そこに、神さまを見た時です。 

神さまは、どこか、遠くの空の彼方に居らっしゃるのではありません。 

何気ない日々の暮らしの中にこそ、神さまは現われ、

私たちに宇宙の奥義、調和された、世界の美しさを、示してくださっています。

神さまは、一部の選ばれた人にだけ、現われるのではありません。 

生きている私たちは全員、神さまの前に平等に愛されています。 

私たち全員の中に神さまはいらっしゃいます。

私たちが身近に接する、 

・病気の人

・年老いた人

・子供たち

・苦悩の涙にくれている人

・罪びと

・貧困の人 

全ての人の中に居らっしゃいます。

アイヌの伝承に現れる、UFOに乗った神がみ、それらの人の 口、そして行動で、

私たちに、神さまの存在を示してくださっています。

もし、周りの方々の中に、神々の姿を見つけることが難しいのなら、、 

まずは、ご自分の心の中を、「ありがとう」の感謝の心で満たしてみてください。 

類は友を呼ぶ、波長の法則の通り、同じ波長の人が周りに集まってくることでしょう。 

もし、感謝の気持ちを持つことも、難しいのでしたら、言霊を使ってみてください。 

それは、ありがとう という言葉です。 

感情を込める必要はありません。 

ただ呪文のように唱え続けてください。 

それは、いつか実を結ぶ時が来ます。 

涙ひとつ流れる時が来ます。 

その時こそ、感謝の心を持つ時が来たことを教えてくれます。 

私たちの意識が、現実を作る、この真実を、ご自分の身体を使って、

実験してみてください。 

この思い通りにならない地球で、その真実を、身を持って経験すること以上に

大切なことは無いからです。 

私たちは平等です。 

自分たちの置かれた場所で、今、身近な周りに居らっしゃる方々に、

自分のできる範囲で、優しさと、思いやり、そして笑顔を向けること、

たったこれだけですが、神々は、きっと私たちにそうして欲しい、

お互いさま、お陰さまで、助け合って、仲良く生きて欲しいと、

願っていると思うのです。 


2026年8月8日土曜日

4343「青空ひろば」2026.8.8

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より23 2026.07.11 ~イノチの学校より25 2026.07.13

白隠さんのお話の時に、

北方を守る、北の方角を大切にするというエピソードをお話しましたね。

それで、ここからは別のお話ですが、地球の気の流れは北から南に向けて流れているんだという説があるそうです。

だから、北向きに頭を向けて北枕で寝ると、新しい気が頭から入ってきて、そして古い気が足の方から出ていくので、自然のリズムに則して気が流れる。

とてもよいイノチの充電法になるようです。

だから北枕は良いことなんだというのですね。

それで、面白いのはね、犬。

犬ってうんちとかおしっこするときグルグルグルグル回って、ウロウロして位置を決めてね、それでうんちやおしっこをしますよね。

それを研究した人がいてね、面白いこと調べるなあと思うけど。

いっぱい調べた統計の結果、北向きに頭を向けて、南にオシリを向けてうんちやおしっこする犬が一番多かったそうです。

確率を調べたらそうなっていた。

これもなんか意味があるんじゃないかな?

気の流れに則した方角を向いて、大地に向かって出す。

風水の基本ってね入り口を綺麗にして、出口を綺麗にすること。

そしたら気の流れがよくなる。

家でいえば入り口が玄関で、出口がトイレですね。

その二つをまず大切にするのが家のね、風水の基本って言われる。

地球の気の流れで考えると、北から入ってきて、南へ出ていくという流れがある。

それを知っておくと良い気がしますね。

渡り鳥とか伝書鳩ってね、帰ってきますよね?あれはどうして帰る事が出来るかと言うと、身体の中に磁気に感応する細胞がちゃんと存在しているんです。

地磁気を感じ取って、どちらが北なのかがわかる。そして体内時計というのもあるから、太陽の位置を見てね、自分が行くべき方向と今いる場所が合っているのかズレているのか?がわかるらしいんです。

だからその、磁気に感応してそして太陽の位置を調べて、自分の巣はどっちの方向にあるかを判断して鳩は帰ってくる。

僕は鳩飼ってたからよくわかります、

伝書鳩って段々と遠くまで行って帰ってこれる様に訓練するんですけどね。

渡り鳥もそう。

鳥は磁気に反応する細胞もってるし犬も多分ね、南北方向にちゃんと向くいうのはそういう感覚器官があるはずですね。

だから人間も絶対持ってるはず。北と南がわかるはず。

だからそういう感覚を磨くといいですね、

そうすればイノチをよりよく充電できるかもしれませんね。


イノチの学校より21 2026.07.09  ~ イノチの学校より22 2026.07.10

法華経の安楽行品(あんらくぎょうほん)には、このように書かれている所があります。

・ひとついのちの真理(そして真理を説く者)は、権力者の反発を受ける場合がある。

これは何故か?

これはね、権力者というのは囲いを作って、その内側の自分の物とか。内側に入ってきてくれた人々を守ろうとする。

そういう既得権益を守ろうとする性質が権力者にはあるんです。

〈囲いを作る人〉が権力者です。

囲いを作るという発想をするのが権力者なのですね。

じゃあ、ひとついのちの真理を説く人や僕らは何を言ってるかというと、

囲いが必要ありませんよ、囲いを外してもちゃんと生きられるんですよ。

囲いがあるから入ってこないんですよ、

囲いがあるから、出さないから入ってこないんですよ。

だから囲いを作るのではなくて、囲いを外せばお互いに自由にやり取りできる様になってちゃんと生きられるんです。

世界はそういう風にちゃんと出来てるんですよ。

その自然な状態に戻りましょうねって言ってるのが僕らや、ひとついのちの真理の考え方です。法華経もそうですね。

だからそれに対して、権力者はそういう考え方は、自分の利益に反するので反発する訳です。

そういう事があるからね、と安楽行品(あんらくぎょうほん)には書いてあるのですね。


イノチの学校より15 2026.07.03 ~イノチの学校より17 2026.07.05

幼少期の白隠さんに、休心坊(きゅうしんぼう)さんという旅の念仏行者が伝えた言葉

幼い7歳の白隠さんに、休心坊さんが伝えた生き方の極意はこの様なものだといわれています。

「お前は時(じ)ぎり場(ば)ぎりの生き方をしなさい。」

時ぎりって時(とき)のぎり、それから場って場所のぎり。

どういうことかというと今ココにキチッと自分のイノチをおいて、そこに生きる。

後先の事を考えずに生きる。

その時かぎり、その場かぎり、今ココに生きなさいという事ですね。

それで、面白いですね。

時ぎり場ぎりで、今ココに腰を据えて生きる様にすると。

後先が無視されている様に見えるかもしれんけど、そこに腰を据えて座ると後先が生きてくるっていう。

それを道元さんは、

現成公案という言葉で説明されたのでしたね。

現在に成り切っていく、現成。

これが時ぎり場ぎりですね。

そうすると、そういう風に時ぎり場ぎりで生きていくとその歩みは「公」となります。

現成公案の公ですね。

公とは神のことです。囲いのない存在ってことですね。

だから、自分のイノチが神(公)に届いて、神から「案」、一番適切な生き方ができる様な、アイデアを授けられる。

時ぎり場ぎりで囲いを外して生きたら、

神さまから自然にそうして、一番適切な生き方を授けられるよ。

というのが現成公案ですね。


イノチの学校より18 2026.07.06 ~イノチの学校より20 2026.07.08 

戦後の日本人について語られた、岡潔先生晩年の言葉を紹介しますね。

『短く区切って見ると、日本民族は失敗に次ぐ失敗をもってしているように見える。しかし、長い目で見れば、少しも無駄をしていないのではないかと思う。』

そういう境地に晩年はなられたんですね。

『ところで武士道の最大の欠点は、自分(小我)の幸福を心から喜べないことである。』

岡先生が親から教えられた、我を後にし人を先にせよというのは、武士道のような道徳観から来ているのですね。しかし、それだけでは自分の幸福を心から喜べないと言っておられる訳です。

『神代調(神話のお話)にこれもまた必要であることは、先きのすさのをの尊の歌を見ればわかるだろう。

だから日本はいまそこだけを取り出して練習しているのであろう。戦後だけ見ると、ただ利己主義だけが目について、畜生道とも餓鬼道とも見えようが、ながい目で見れば、そういう意味があるのではないかと思う。

目に見える日本民族は、目に見えない日本民族の心に絶えず操られているのだから、この民族の将来は心配がいらないと思える。』

岡潔先生晩年の境地ですね。

武士道の美徳だけでは、自分の幸せを心から喜ぶ事が出来ない。そこが武士道には欠けているのではないかと仰っている訳です。

自分の幸せを心から喜べること、自分を大切にすることも必要なのだ。それは日本の神話を読めば、スサノオさんの歌を見ればわかるだろうとそう言われているのです。

だから、戦後の日本は利己主義で、餓鬼道や畜生道のように悪くなってしまった様に見えるかもしれないけれど、

長い目でみれば、日本の美徳に不足していた自分のことも大切にできるようになる練習を今はしているんですよ。

だから日本民族は大丈夫なんですよ、と話されているのですね。

目に見えるところだけを見ていたらとてもそう思えないかもしれないけれど、日本民族の心に私たちは導かれているんだと。

日本民族の心とはお日さまの心、ひとついのちの生き方ですね。

目に見えない大きな神さまの心に導かれているんだということです。

そうした大きな心の在り方とはどんなものなのか?

道元さんの布施論をお話しておきますね。

道元さんは布施というのは、

囲いを取り去って必要な時に必要なものが流れ込むことなのだと言われました。

自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と自分の所に必要なものが流れ込んでくることも布施。

与える手だけでなくて、受け取る手も布施なのですね。

受け取る手が与える手でもあるのです。

大きなイノチの在り方として、自分が高い土地にいれば自然に低い土地へ必要なものは流れていきます。

自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と必要なものが流れてきます。

自分だけ後にして、人を先にしなければならないとは言われませんでした。

そういうことは間違っているよと道元さんは言ってくれている。

そういう風にね、必要とあれば自分のためや自分の家族のためにお金やモノをもらってくるということも大切なこと。

それもOKなんだよ、というもっと大きな、

おおらかなところを布施論で示して下さっています。


2026年8月7日金曜日

4342「地上の星」2026.8.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月23日の記事を紹介します。


「地上の星」


日本中あちこちに神社があります。 

そして、その一つ一つは光を放ち、かつては、地上の星となっていました。 

小さな村々では、神聖な場所、氣の良い所に、 

神社が立てられ、 

村人たちの心のよりどころとなってきました。

何かあれば、みんなで神社に集まり、お祭りしたり、盆踊りをしたり、 

神社(産土様)を中心に、村人の心は繋がっていました。

その村のコミュニティの結束のために、神社は心のよりどころとなっていました。 

また宇宙を起源とする「神々」と称される知的生命体も、古の時代から、地球を訪れ、 

石や岩、または山全体などをヨリシロとして、その神輝を放っていたと思われます。 

つまり、地上の星となって輝いていました。

これは夢物語ではなく、かつて、アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル氏が

宇宙から地球を眺めたときに「1か所ものすごく光って見える場所があった」と言って 

その緯度・経度を計測してみたそうです。

その場所は御岩神社(茨木県日立市)だったそうです。

御岩神社

神様のパワーは、人々の敬虔な祈り、神様と関わりあおうとする人間の氣によって、 

維持され、増幅されていきます。

神様だけのパワーで、神社の光が維持されているわけではありません。

必ず人間側からの関わりが必要です。 

ですから、人間側から、神様へ 

・意識を向けること

・真心を尽くすこと

・感謝の気持ちを表すこと 

それは、とっても大切なことです。 

ですが神々も、人間に忘れ去られた時、誰も見向きもしなくなった時、

かつて光を放っていた神社であっても光を失い、

そこに居らっしゃった神様の氣も、枯れて消滅してしまいます。 

数年前、弥彦神社のご妻神、熟穂屋姫命から、そのお話を伺ったことがあります。 

弥彦神社の神さまの奥様を祀る妻戸神社

神々からのアプローチは、どなたにも等しく、平等に降り注いでいます。 

それは、ご自分で、見ようとしなければ見えないし、聞こうとしなければ聞こえません。

神さまと、触れ合おうとしなければ、決して感じることができない繊細なものです。 

神社や仏閣に行った時

・風

・水の流れ、せせらぎ

・雲

・お日様

・人々の笑い声

・虫

・動物

・花、植物、木々のざわめき

・虹 

に神経を集中させてみてください。  

神さまは、お優しい方ですから、

何らかの気付きを与えてくださると思います。

・それを無視するか、

・偶然であると片づけるか

・バカバカしいと思うのか? 

ご自分の自由です。

ですが、神さまの働きは、自分で、触れ合おう、感じようとしなければ、

決して感じることができないものです。 

妻戸神社で聞きなれない言葉を聞いたことがあります。

「人々の信仰、記憶が続く限り、神々は存在する」

※これはエネルギー的な存在の事を言っています。

人々の記憶が無くなり、信仰するものが誰もいなくなったらどうなるのか?

「その時 消滅する」

エネルギー不変の法則と言うものがあります。

それとどのように整合性が取れるのかは解りません。

ただ、最近の研究ではエネルギーは無から生じ、そして無に帰ると言われています、

その無に帰ると言う事かも知れません。

その真の意味は元々の大神様のいらっしゃる世界に戻ることかもしれません。

また、出口王仁三郎の霊界物語では、この逆パターンが描かれています。

つまり、八岐大蛇や金毛九尾の狐などと言った悪役の魂は、 

元々は、人々の、不平不満悪口、恐怖、怒り、

などその様なエネルギーが段々と凝り固まって発生し、力を得て来たと。。

その反対に、人々の熱い信仰と真心、神様に通じる思いが、

こう言った神々に大きなエネルギーを与えて行ったのかもしれません。

そして、そのエネルギーの源泉が無くなった時のことを

「消滅」と言う言葉であらわしたのかもしれません。

その時「消滅」という言葉がでたので、

ちょっとショックで、人間についてお聞きしました。

私達、人間の場合はどうなるのでしょうか?

それは消滅ではなく、集合意識、もともと私達がいくつも枝分かれしてきた魂の元に合流し、その個性を失う事のようです。

決して消滅するわけでは無いようです。

それが、良いことか、悪いことかは判断できません。

魂の大本、トータルセルフと一体になることは、そう悪いことでは無いと思います。

元々私達の魂は巨大で、幾度も、分離、そして吸収、知恵や経験の攪拌をl繰り返し、

より優れたものへと進化しているからです。 

この個性は、全てそこから派生したものだからです。。

元々の地球や、宇宙を作った大神、そして私達生命を持つもの、

そして、人々の思い(生命を持つもの)から発生、進化していった生命体、

それぞれが、この宇宙には存在しています。

私たち生きている人間は、自分の力などちっぽけな物、

そう考えて、 

・神々に頼ろうとするかもしれません。

・霊的に力があると吹聴する人に頼ろうとするかもしれません。

ですが、私たち一人一人の人間の精神の力は、

神々へもパワーを供給するほどの力があります。

私たちの純朴な

・優しさ

・思いやり

・助けい合いの心

・お互い様の心

そういう美しい真心こそが、神々のエネルギーの源泉となり、

何時までも地上の星として輝き続け、私たちの幸せに手を貸してくださることでしょう。

その思いやりの循環こそが、私たちが地上に来た目的であり、

地上の星となってくださった神々の願いでもあります。


2026年8月6日木曜日

4341「縄文スピリッツ」2026.8.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月22日の記事を紹介します。


「縄文スピリッツ」


今世界を見渡せば、最終戦争のような様相を呈しています。 

地球の進化にそぐわないものがあぶり出され、

まさに魂の振り分けが行われているような状況です。 

そのような中で、ますます希望の光となるのが、 

神々が地政学的に何万年もかけて育て

日本人のDNAの中にしっかりと根付いた「縄文スピリッツ」かもしれません。

物理的な戦力やパワーはなくとも、 

その真の日本人の精神性は、例えば羽生選手の例のように、

世界中の人々の胸を打つものがあります。 

戦後この力を恐れた占領軍の敗戦処理によって、

日本人の精神性は一見、切断されたかのように見えますが、

1万年以上の文化に培われたそのDNAは、そう簡単に破壊することはできません。 

文化は異なっても、同じ神様からの神聖火花を頂いている人類同士、

高い倫理観と、神々とともに生きてきた、その生きざまは、

世界中の魂の共鳴を起こすのでしょう。 

今日はそんな日本人の心に眠る「縄文スピリッツ」のお話です。 

日本人には、はるか縄文の時代から、

1万年以上も続く、ものの考え方の基本があります。 

自然を敬い、全ての物にスピリッツ、魂を感じ、

大切にするという、いわゆる古神道の考え方です。 

そこでは、神々はもちろん、死者でさえ敬い、

その幸せを願い、喜んでいただくことこそが、 

生きている私たちの幸せに繋がると信じられてきました。 

このような考え方、生き方こそ、私たち日本人のDNAに息づく尊いものであり、 

まさにそのことにより、日本は世界のひな型と言われるようになりました。 

2011年には、神々に近い魂として、破壊の時代の予行演習がなされました。

今の時代はまさに、

私たちのDNAの中に眠る、

縄文のスピリッツの遺伝子をONにする時代が訪れています。

私たちの祖先の縄文の時代は、

1万5千年間も日本で続いた平和な時代でした。 

その時代には、争いの形跡が一切見つかっていません。 

争い、いさかい、過度の所有意識が始まったのは弥生時代からです。 

つまり弥生族が大陸から、日本に渡って来てからのことになります。 

どうして縄文人は争いをしなかったのかというと、 

その理由は、縄文人は外に「神」を作らなかったからでした。

「神」は人それぞれの「自分の中にある」と信じて、

お互いの「神」を尊重しあったからです。

自分の中の「神」が尊重されるには、

相手の中の「神」を尊重しないといけません。

このように、すべての対象のうちにある「神」を尊重しつつ、 

自分のうちにある「神」に感謝した時代が縄文時代であり、 

古神道の基本的な考え方でした。 

これは、まさに、ブッダグループが、人類の精神性の進化のために、

時を超え、今の時代に、取っている方法論と全く同じです。 

まさに縄文回帰、「縄文の心を取り戻せ」のスピリット。 

これこそが、私たちが、私たち一人一人の心の中にこそ、

神さまを見出し、お互いを尊重し認め、 

助け合い、お互いさまの気持ちで生きて行く、 

精神的な支柱となります。

今の時代に言われている「国常立尊の復権」とは、

そう言う意味を持っています。

地上の変化は、まず目に見えない世界で起こります。

上なる如く、下もまた然り・・です。 

そして神々は、人間の精神性の復活を通じ、この地球を変えて行きますが、

その変化は、多くの人が期待するような、

・派手で、

・ドラマチックな、

・天変地異のような

やり方ではないと思われます。 

大事な物は見えない・・・

いつの世でも、やり方は同じです。 

単なる好奇心を満たすような、人目を極端に引く、

サーカスを見せるような方法は取りません。 

地味ですが、着実な方法です。 

私たちのハートの中には 

・先祖を大切に思う敬心

・死者の幸せさえも願う優しさ 

そして、生きている人々に対する、 

・お互いさま

・お陰さまの心

相手の個性、尊厳を大切に思う、温かな心、優しい心でありました。 

ただ、明治の文明開化、戦後の敗戦処理によって、

その大切な心が強制的に、忘却させられていただけです。  

その美しい神のような心を取り戻せば、

きっと、 

気付いたら、

いつの間にかミロクの世が始まっていた・・ 

そのようになっていることでしょう。 

今は、建て替え、つまり破壊の時を過ごしていますが、 

これを耐え忍べば、いよいよ美しき世界への建て直しの時期です。 

希望を持ち、周りの人々と助け合いながら、

笑顔と感謝の気持ちで暮らしていれば

きっと、その美しき世で暮らすことができるでしょう。


2026年8月5日水曜日

4340「闇の中」2026.8.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月21日の記事を紹介します。


「闇の中」


前ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さんの言葉に

「置かれた場所で咲きなさい」と言う言葉があります。

では、苦しく辛い闇の中に置かれた人はどうでしょうか?

時に神様は私達を闇の中に置き去りにしてしまわれたのか?

と思うような厳しい環境の中に置かれることもあるでしょう。

一度も闇の中に入ったことのない人、

それは幸せと言えば幸せかもしれません。

でもその幸せは、

暗闇の中から一条の光を見つけた時の喜びとは比較にならないものです。

私達の内に居らっしゃる神さまは、私達にかけがえのない大切なもの

「おかげさま」の気持ち、

それを忘れないように、思い出すように、

時に私達を闇の中に置かれます。

渡辺和子さんの言葉にこんなものがあります。

<引用開始>

闇の中に置かれたがゆえに、

それまで知らなかった様々な、

“明るさ”のありがたさがわかるのです。 

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

私は、苦しい時には、しっかり苦しんだらいいと思っています。

「この苦しみも、神様の思し召し、

愛されている証拠」などと、

一直線にありがたがってしまうと、 

せっかくの苦しみがもったいないように思うのです。

「あかりをつけたら、闇がもったいない」というのと同じです。

闇には闇の価値があるのだということ。

明るいところにしかいたことのない人に、

真の闇の暗さはわからないし、

したがって明るさのありがたさもわかりません。

闇の中に置かれたがゆえに、

それまで知らなかった様々な“明るさ”のありがたさがわかるのです。

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

<引用終了>

病気やケガもそうですが、

苦しみの最中は、心臓も凍結しそうなほど、

息をするのも苦しいかもしれません。

布団をかぶり、声を殺して泣く日々もあるでしょう。

周りの全てが敵に見えるかもしれません。

ですが、そういった闇の経験こそが、

・私達自身を養うための時間、

・心を練るための時間であったと

気付く日がきっと来るでしょう。

明けない夜など絶対にないからです。

闇を経験したことのない人、

孤独を味わったことのない人。

いつもケラケラとふざけて笑い、

美味しいものを好きなだけ食べ、

わがままを言い、欲しいものは何時でも手に入る豊な人生。

もしかしたら、そういう人生にあこがれるかもしれません。

ですが、果たしてそこから、

私達の一番大切な魂は、何かを得ることが出来るでしょうか?

人それぞれが選んできた人生。 

時には、何の不自由や心配のない

「休息の人生」を選択して生まれて来る人もいらっしゃるようです。

ですので、どれが良い、悪いと決めつけることはできません。

ですが もし今、闇の中に置かれた方がいらしたら、

少し考えていただきたいのです。

もしかしたら、神さまが苦しみ、悲しみの闇を、

私達の今まで知らなかった様々な“明るさ”のありがたさに気付いて欲しいと、

用意して下さったものかもしれないのです。

神様は、無駄なことは決してなさいません。

決して、私達を困らせよう、

破滅させようなどとは思っていません。

全ては私達の魂の喜びの為に用意なさって下さっているからです。

温かな、愛溢れた方だからです。

その神様がどなたの心の中にもいらっしゃいます。

勇気を思い出してください。

私たちは、生まれる前に、そうなることを神さまと選び、

そして必ず乗り越えて、 

魂の深みを手に入れてみせると約束して地球に生まれてきたのですから。

神さまは、どんな時も私たちの傍らから離れることは無いのですから。


2026年8月4日火曜日

4339「先祖供養、親孝行」2026.8.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月20日の記事を紹介します。


「先祖供養、親孝行」


先祖供養のお話です。 

来月はお盆ですね。

皆さんは、お墓参りをされますか? 

以前、宝徳様の神職の女性が「先祖供養」について話してくださったことがあります。 

それは、 

自分と、神さまの間に、ずらっとご先祖がいらっしゃる。

つまり、神さまと生きている私たちを繋いでくださっているのが、ご先祖 

先祖供養をすることで、 

私たちまで命を繋いでくださったことに対する感謝、

(どんなにか、苦労を重ね、喜び悲しみを経験し、生き抜いてくださったことでしょう)

そして、神様と私たちの、その道筋の間の、どなたも、神の光の道からそれないように、

真っすぐに神様の方向へ進めるように足元を照らすように

お祈りするのが、先祖供養です。

そう教えていただいたことがあります。 

さて、斎藤一人さんも、先祖供養について、

いろいろ教えてくださっていますのでご紹介します。 

<引用開始> 引用元

先祖供養の本当の意味は、子孫であるその人のことを、

「いてくれてよかった」って言う人が何人いるかなんだよ。

大きな仏壇を買うことが先祖供養じゃないの。

それは仏壇屋さんや宗教をやってる人が言うこと。 

さらにいえば、それって商売なの。 

仏壇に入っているのは仏様なんです。

それで30分も1時間も先祖供養のために

念仏を唱えるっていうんだけど、お経って仏様の教えなの。 

仏様が教えたことを仏様に向かって30分も1時間も話すって変だよね。 

きっと仏様も、「それ、俺が言ったんだよ。

だからわかってるから、外に行って実践しな」って言うと思うよ。

お経をあげるのがいけないって言ってるんじゃないの。

あげてるあいだは無心になれるし、

そのあいだ、人の悪口とか言わないからそういう意味ではいいの。 

でも、どうせだったら、意味も知ってたほうがいいよね。 

さらに言えば、それを実践できるようにしたほうがいいよねってことなの。 

だから先祖供養でいちばんいいのは、

「あなたがいてよかった」(あなたが生まれてきてくれて良かった)って言ってもらうことなの。

あなたが生まれてきたのは

ご両親がいて、そのまたご両親がいたからなの。 

先祖が誰一人として欠けても、

あなたはこの世に生まれてこなかったんだよね。 

子供をほめられたら親ってうれしいの。

だから、あなたがほめられることが、 

最高の先祖供養になるんだよ。 

<引用終了> 

確かにそうかもしれませんね。 

私たちも、子供たちが、世間の皆さんに喜ばれる存在であれば

自分が褒められる以上に、とっても嬉しいと思います。 

私たちが、周りの方々に示す 

・優しさ

・思いやり

・助け合い

・お互い様、おかげ様 

の心は、自分たちだけでなく、ご先祖様を含めて

幸せにしてくれるようです。 

人に依存しない、

理想的な形の先祖供養かもしれません。 

また、「親孝行」について、小林正観さんが以下のように仰っています。 

<引用開始> 引用元

親孝行とは、親が生きている間に、してあげるものではありません。

本当の親孝行とは、親が亡くなったときから始まります。

親が亡くなり、あちらの世界に行って、こちらを見ているときに、

ほら見てください。あれが私の子供です。

あんなに人に喜ばれながら、楽しそうに生きているのが、私の子供です。

と自慢できるような生き方をすることが、最大の親孝行ですよ。

親や祖父母、近親者が亡くなって

何もしてあげれなかったと思っている人も多いようですが、

本当の孝行って今これからなんですね。

・人に喜ばれていますか?

・今を楽しんでいますか?

ご先祖様が、私たち子孫の自慢話を

話題にできるような、生き方ができているか?

見つめ直してみましょう。 

<引用終了> 

ご先祖も、両親も、そして今の家族も、みんなを幸せにするのは、

みんなに幸せを感じていただくためには、 

全て、今の私たちの生き方、心ひとつにかかっているのですね。

みんなが幸せに、笑顔で生きていけるよう、

命を繋いでくださった先祖も、

神さまのもとに、真っすぐに歩みを進めて行けるように、

 

心を整えていきたいものですね。 

私たちの心は、本当は 

・見えている世界

・見えない世界 

さえも包括する、偉大で尊く、巨大なものです。 

みんな、心の鎧を脱ぎ捨ててしまえば、

純粋で、優しく、愛に溢れた光り輝く魂を持っています。

まずは、自分の半径3m

身近な人たちからスタートですね。