2026年4月10日金曜日

4223「苦の後に楽が来る」2026.4.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月26日の記事を紹介します。


「苦の後に楽が来る」


人は誰でも 

・不幸や苦労

・貧困や病気 

を厭います。 

毎日毎日が幸せで、

嬉しいこと、楽しいことしか起きないことを望みます。 

ですが、私たちの永遠に続く魂は、 

本当にこの短い人生 

やっと手に入れた人間としての人生を

そのように送ることとを望んでいるのでしょうか?

今日は美輪明宏さんのお話です。

尚、文章の中で「修業」など、美輪さん一流の言葉使いをされています。

ですが、それは文章中でも述べられていますが、人間はその美しい姿、完全なる人格、

つまり神と同じ純粋エネルギーに近づくために

生まれてきている・・ という意味で使われています。

ですので言葉尻だけを捉え、

艱難苦難の修業と、誤解なされないようにお願いいたします。

文章表現の細かいところではなく、

美輪さんが仰りたい大意・真意をご理解下されば幸いです。

<引用開始> 引用元 

美しい生き方というのは、たとえば死後にも、

ものすごく影響することだと思うのです。

楽あれば苦あり。

すごく悪いことがあった後に、ものすごくいいことが起きるようになっている。 

この地球という星はそういう場所なのです。

そして私たちの開発途中の魂は、 

・あらゆる人種、職業、容姿、性格と、

・あらゆるパターンの人間の人生を、

心を、体験し、修業しなければならないのです。

あるときは

・黒人になったり、

・白人になったり、あるいは

・黄色人種になったり。

・男になったり、

・女になったり、

私のように真ん中になってみたり(笑)。

いろいろなタイプの人生を何千何万回と生まれ変わり、死に変わり、

輪廻転生を繰り返して体験して生きていかなくちゃいけないのです。

そしてそこで苦労して勉強していく。 

「私はどうしてこんなに孤独で、ひどい人生を歩まなくてはいけないのかしら」と思っても、実は、生まれる前に、あの世で自分でプログラミングして

それを選んで生まれてきたのだから、 

その人はその人生を体験しなきゃいけない義務を持っている。

この地球に修業しにきているのだから。

だから文句はいえないわけ。

よく人生に疲れたからといって自殺する人がいるけれども、

これは言ってみれば、人生の職場放棄で人生の中途退学なのです。

ですから次に生まれ変わっても、また一からやりなおさなければいけない。

辛い思いをして死んだとしても、

結局、また同じコースを生まれかわってきて同じことを繰り返さないといけない。

だから自殺で死ぬのは痛いし苦しい目にあっただけ骨折り損のくたびれ儲け。

だからどんなに苦しくても辛くても、人生は自然死までがんばった方がいいということです。

反対に苦労が多い人生でも、前向きにすべてクリアして経験していくと、

優しくて厳しくて温かい思いやりある、自信にあふれた人格へ成長していく。

人間はその美しい姿、完全なる人格、

つまり神と同じ、純粋エネルギーに近づくために生まれてきているのです。

あの世ではこの世の権力や地位、肩書なんて何の役にも立ちません。

本当に平等なのです。

魂が純粋で、美しければ美しいほど、それに準じ比例した高いところにいける。

真っ黒で汚くて、恨みつらみ憎しみで想念が固まり、

ストップしたまま、あの世で暮らすなんて嫌でしょう。

だからこそ、私は現世で、ウォーミングアップとして

まず心の優しさ温かさ美しさを、といつも呼びかけているのです。

そう、未来永劫(みらいえいごう)、

この世でも、あの世でも平和で安らかで、美しく生きていくために…。

<引用終了>

・輪廻転生(生まれ変わり)がある。

・自分の人生は、生まれる前にあの世で、自分自身で設計して生まれてきた。

・人間はその美しい姿、完全なる人格、つまり神と同じ純粋エネルギーに近づくために生まれてきている

・自分の生前の考え方、癖(不平不満、愚痴)が死後の行き先さえ変えてしまう。

これらは全て、中間世記憶を持つ子供たちが、思い出した天の記憶と同じです。

また、ここで頻繁に紹介している小林正観さんの考えと同じです。

私も、それが真実であろうと思います。

そしてそれが真実であるならば、

・今、例え不幸のどん底でも、それは自分で計画してきたこと

・従って、自分を破滅に追いやるためでなく、自分の魂を輝かせるための苦労である。

ということですね。

そして何倍もの高い倍率をかいくぐり、地球に生まれてきた幸運な魂たちは、 

皆それぞれの、魂磨きの環境を選んで生まれて来ているわけですから、 

見た目で人を判断したり、バカにしたりしてはいけないと言うことになります。

生きている私たちには、その見えない深い理由など分からないのですから。

縁があって、

・同じ時代、

・同じ地域 

に生まれてきているのですから、 

お互いの長所も短所もひっくるめて「個性」を尊重し、 

相手の尊厳を尊び、助け合って生きていきたいものですね。

それがひいては自分の生きている宇宙全体を、幸せにしてくれますから。


2026年4月9日木曜日

4222「地球にさよならする時まで」2026.4.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月25日の記事を紹介します。


「地球にさよならする時まで」


私たち、地球に住んでいる人間で、ネイティブな地球人は、誰もいません。

起源をたどれば、その魂は全員、他の星や宇宙から地球にやってきました。 

そして必要な経験が終われば、みんな、故郷の星に帰ります。 

家族といえど、親友といえど、出身星が違えば、皆バラバラになります。 

悲しいことに聞こえますが、仕方のないことです。 

だからこそ、今、目の前にいる人を、慈しみ、大切にしたいものです。

もしかしたら、 

もう、永遠に会えないかもしれないからです。 

そう、愛する家族でさえも・・・ 

楽しい日々、悲しい日々、何もない穏やかな午後

出会い、そして別れ、

争い、病気、老い、愛する人との死別、

笑顔、感動、涙、怒り、

様々な感情の波と、

沢山の経験

どうして生まれてきたのか?

そして生きることの意味を、問いかけるたび、

胸をよぎるのは、愛しい人々の笑顔と温かさ。 

この星、地球の片隅で巡り合えたことの、

奇跡

それは、どんな宝石よりも大切な宝物

悩み、苦しんで泣きたい日もあった

絶望に打ちのめされた日もあった 

でも、そんな時、

傍らに寄り添ってくれた家族、仲間たち

故郷の夕焼けの優しいぬくもり

本当に大切なものは   隠れて見えないのかもしれない

ささやかに過ぎていく日々の中にこそ、

本当に大切な、かけがえない喜びがある。

いつかは誰でも 、この星にさよならをする時が来る。 

けれど、この命はずっとずっと、この地球で誰かに受け継がれてゆく

・生まれてきたこと 

・育ててもらえたこと 

・出会ったこと 

・笑ったこと 

そのすべてが大切な思い出、経験。

ありがとう 

この命にありがとう   参考元

これは、「いのちの歌」、竹内まりやさんが作詞した詩を元に脚色したものです。

竹内まりやさんは、私たち人間が宇宙のどこかの星から、 

一時の間「地球という星」を訪れて、沢山の経験をして、

そしてまた元の星に帰って行くことを、知っていたのですね。

いのちの詩 Wikiより引用


三倉茉奈、三倉佳奈らによる連続テレビ小説『だんだん』劇中の音楽ユニット「シジミジル」が作った唯一のオリジナルソングという設定で、2009年1月24日に放送された第96回で初めて登場した曲。

作詞はドラマの主題歌「縁の糸」及び劇中のナレーションを担当した竹内まりや。

「シジミジル」が作った唯一のオリジナルソングという設定のため、竹内による作詞である事実は伏せられ、Miyabiのペンネームにより詞を提供した。


以前書いた記事ですが、

女優の加賀まりこさんも同じことを仰っていました。 


あなたは

・どこの星から地球に来ましたか?

・そして誰と出会い、何を経験しましたか?

・それは嬉しいことでしたか? 辛く、悲しいことでしたか?

永遠に地球に居ることはできません。

いつか大切な人と離れ、

故郷の星に帰る時がやってきます。

今経験していることは、

喜びも悲しみも、とっても貴重な体験です。

全ての経験を故郷の星に持って帰ります。

本当に大切なものは、隠れて見えない。

ささやかに過ぎていく日々の中に、かけがえない喜びがある。

どうぞ、些細なことにとらわれず、

身近な周りの方々に、笑顔と優しさを届けてください。

今日という日は、もう二度と来ないかもしれないのですから。 

故郷の星に戻る時。

それは自然な形で、訪れます。 

周りの関係する方々全てにとって、まさにベストなタイミングで訪れます。 

ですから、その最後の瞬間まで、泣いたり、笑ったりしながら、

この地球を楽しんでください。

この地球で受けたイノチは、

それに値する、大きな大きな価値のあるものだからです。


2026年4月8日水曜日

4221「青空ひろば」2026.4.8

今回は立花大敬さんの「大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」から最新の記事を紹介します。


1694 2026.03.06

<あの時へ>

みんな<ひとつ>だった すべて<ひとり>だった

<ひとつ>の魂であり <ひとり>の人であったのに

その<ひとつ>がちりぢりになり その<ひとり>がばらばらになってしまった

個(こ)となり 孤(こ)となり 粉(こ)となって

気ままに吹く世間の風に 右に左に翻弄され 散らされてゆく

みんな孤独で淋しい道を歩いている

そんな<ひとり>、<ひとり>が みんな私と霊(ち)を分けた兄弟 みんな分身

そうと分かった今 もう道ははっきりしている

みんなで手を取りあって あの時にもどる ひとり、ひとつだったあの時

融けあって、あったかい光に満ちていた なつかしいあの時へ

(大敬註)人は「ひとり」しかいないし、モノは「ひとつ」しかないのです。今は進化の過程でバラバラに分かれて、それぞれの学びをしていますが、これからは、再び「ひとり」、「ひとつ」に戻るための段階がスタートします。私たちはその「ひとり・ひとつ」に戻るステージで役割を果たすグループの一員なのです。


1693 2026.03.05 

一生のうちに 何かを完成せねば というのはウソ

一生を何とか 生き切ったと いうだけで 尊い値打ちがある

(大敬註)成功とか、失敗とかは人が勝手に言っているだけで、神様はあなただけにしか歩めない、あなただけが歩める道を精一杯歩み切って欲しいと望んでおられるだけなのです。何の日の目も見ない、華々しいところなんて少しもなかったというような人生であっても、最後の日までがんばって生き切ったら、神様が「よく歩み切ってくれた。有難う」と心からほめて下さり、光の天使たちに導かれて明るい光の王国に入ることになるのです。そんな人生もあるし、逆に地上世界では成功者として賞賛され、聖者として崇められたような人生をたどった人であっても、神様がプイッと顔を背けられて、たちまち暗闇の世界に落ちてゆかねばならないという人もいます。


1692 2026.03.03

敲(たた)かれて 打たれて

メッキがはがれたら 本物のあなたが 輝き出すのです

(大敬註)

『断碑(だんぴ)、古路(ころ)に横(よこ)たう』という禅語があります。

古びた、苔むした石碑の断片が路傍に横たわっているのです。

すっかり破壊されて破片化してしまっているし、苔むしてもいるので、もう文字は読めないんですね。だから、まったく値打ちがないようにみえます。

しかし、そのように見るのは、それは表面的な『アタマの見方』なんですね。

永遠無限からの見方、奥ゆかしい『いのちの見方』はまた別なのです。

苔むして、文字が読めなくなればなるほど、侘び寂びてしみじみと美しいということがありますね。

なぜそんなものが美しいのかというと、断片となり、摩滅すればするほど、作品の全体像が判然せず、刻まれた文章も読めないので、そうであればこそ、『石』という本体だけが、現象のあれこれの姿、文字に誤魔化されることなく、はっきりと見えてくるということがあるからです。


1691 2026.03.02

毎朝、鏡に向って 笑顔で笑う練習をしましょう

そして、笑顔の自分を しっかり心に刻印しましょう

そうすれば必ず その笑顔イメージが 現実化して

笑顔が絶えない人生が 始まります  

(大敬註)

ガンダーラ美術の仏像の「ほほえみ」を理想としましょう。それから私はゼノさん(カトリックの神父さん)の笑顔が大好きで、部屋に写真を飾っています。インターネットで検索してみてください。


1690 2026.03.01 

よくなるように できているのだから 大丈夫!

あせらず あわてず あなたはあなたに おちついて いなさい

(大敬註)あなたが焦って<あなた>から離れようとするほど、ツラいことに遭遇するようになります。あなたが<あなた>に落ち着けたら、あなたの前に進むべき道が自然に開かれてゆきます。その道をゆけば大丈夫なのです。あせるな、あせるな。時は味方です。


1689 2026.02.28 

あなたの「身」は輝身(かみ、神) 

危険な方向や 成功のチャンスを 察知する本能が 自然に「身」に付いている

あなたの「思い」が「重い」ので 身軽に働けないだけ

「思い」を切ったら 輝身(かみ)発動!

(大敬註)あなたの「身」は「かみむすび」という神様です。時々、「身」をなでさすって、『働いて下さってありがとうございます』と感謝してください。

そうすれば、吉凶を「身の知らせ」で教えてくださるようになります。


1688 2026.02.27 

ドアが開(ひら)けば 入ればいいけれど 

無理矢理こじ開(あ)けて 入ってはいけない

空席があれば 座ればいいけれど 人を押しのけて 座ってはいけない

心静かに 時を待つこと 時は味方です

(大敬註)次の詩もあわせて味わってください。私の教え子は以下の詩を読んで心がスッキリし、とてもダメだと先生に言われていた難関大学に無事合格出来ましたと嬉しい報告をしてくれました。

行きたければ行けばいい ドアが開けば入ればいい

席が空いたら座ればいい 仕事がくれば受ければいい

思い立つのはやれるから ドアが開くのは入れということ

席が空くのは座れということ 仕事が来るのはやれるから

何と簡単、単純なこと イノチの智慧は頭を超える イノチの力は個人を超える


1687 2026.02.26 

ちょっとヌケているから 人がホッと楽になるのです

ちょっとカケてるから 人が手伝ってあげようと 思うのです

(大敬註)大敬はいっぱい、失敗をして、出来ないことがたくさんあるので、見ていられないと手を差し伸べてくださり、足を運んで下さる方が次々現れて、何とかここまで生きて、道の学びを仲間と一緒に深めてゆくことができました。出来ない自分を隠そうとしないで、堂々とさらけ出して楽に生きましょう。


1686 2026.02.25

山から 空から 樹木から 透明な 光の風がふいて

あなたに聖なる力が やどりますように

(大敬註)風に身を任せる、肌でしっかり風を受け止め、感じるというトレーニングをしましょう。そうすれば、「光の風」があなたの頭や胸や身体全体を吹き抜けて、あなたを浄めて下さっているということに気づかれるでしょう。


1685 2026.02.24 

どっちへ どう転んでも 下は あったかい 大地

(大敬註)道元禅師はお悟りになった時の心境を「身心脱落(しんしん だつらく)」と表現されました。これはどういう意味かというと、「身も心も落ちてしまった」という意味です。そこで、カラッポになった、つまり空の境地になられたのだと考える人がほとんどです。

しかしこれは、そういう意味ではなくて、「地球の引力の方向に素直に従えるようになった」という意味なのです。身や心の筋肉が重力の方向に逆らって、無駄な緊張をしなくなったという意味です。

一気に一切の筋肉に無駄な緊張がなくなって、顔なんか顔中の筋肉がすべてダラッと下に引っ張られるような感じになります。日頃ずいぶん緊張してつり上げていたんだなあと、あらためて感じ驚きます。大地が私を支え、温め、養って、育てて下さっていたのだなあとシミジミ実感します。

そして、そうなったらこの「楽さ加減」をみんなに伝えて体験してもらいたくなります。そうすると、身体が勝手に立ち上がり、足が勝手に一歩踏み出します。緊張をほどいたまま、重力に素直に従ったまま、世界に向けて動き始めるのです。これが「脱落身心(だつらく しんしん)」です。何でこの向きに進んでいるのか、何のためにこれをやっているのか、人間の頭にはサッパリ分かりませんが、重力に従って、無理な緊張がない方向に動いているという実感で、その道が、神の思し召しに従った正しい道があるということが実感できるのです。


2026年4月7日火曜日

4220「神さまのお仕事」2026.4.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月24日の記事を紹介します。


「神さまのお仕事」


今日は「神さまのお仕事」と言うお話です。 

産婦人科医、医学博士の 池川明医師の子供達への大規模な調査により 

子供達の実に、1/3 に生まれる前の天国(あちらの世界、元の世界)での記憶があり

その中で、生まれる準備をしている沢山の子供たちと共に

神さまと一緒にいた、という証言が沢山出てきます。  

神さまの姿は、色々報告されていますが、 

明確に 〇〇神と分かっていることもあれば、

大仏の姿と認識されることもあるようです。 

またこれとは別系統として、

プレアデスやシリウスなど、別の星団から

今回、直接地球に転生してきている場合には 

天界の神々の記憶よりも、

出身星の記憶を強く保持している場合もあるようです。  

彼らの証言によれば、

生まれる前に、自分の今までの、膨大な過去の人生の課題を吟味して 

・起こる出来事

・人との出会い、別れ

・その際の役割

・容姿

・性格

・身体の作り(健康体、病弱、障害)

・亡くなる時期

・取り巻く環境(経済的環境、家庭環境、友人環境、職場環境) 

などを、神さまと一緒に決め、承諾を得てから、生まれてくるそうです。 

たかゆきくん(6歳) は、こんな証言をしています。 

<引用開始>

「子どもたちは雲の上で、ずっと列みたいに並んでいる。

遊んではいないけれど、普通に歩いていたりする。

・病気の子で生まれるか、

・元気な子で生まれるかを、 

絶対に決めなくちゃ、生まれられないから。

元気で生まれるか、病気で生まれるかを決めるのは、自分。

自分でお母さんを決めて、 

元気な子で生まれるって決めたら、元気な子に生まれるし、

病気の子に生まれるってなったら、病気で生まれる。

神さまは、雲の上の、また上の教会にいて、

元気に生まれるか生まれないかを子どもたちに聞いたり、

生まれた後の人(=死んで雲の上に戻ってきた人)には、

良いことをしたか、悪いことをしたか聞いたりする。

悪いことをしたら、

そこでまた生まれて、良いことをしなくちゃいけないけれど、

良いことをした人は褒めてもらって、

ちょっとの間、行きたい所に行かせてもらえる。」

<引用終了>

そうしますと、こういうことになります。

約束してきた人とは、必ず一番良いタイミングで出会う。

決められた出来事が、決められた時期に起こるように

・必要な登場人物

・必要な、物、お金が

・必要な時期に、

引き寄せられて、自然と集まってくる。 

それらのコーディネイトは、一体だれが行っているのでしょうか? 

偶然に、

たまたま、そのような現象が起こっているのでしょうか? 

私たちは、生きていると、いろんな楽しいこと、嬉しいこともありますが、 

沢山の、出口の全く見えない、苦労や、悲しみ、苦しみもあります。 

ですが、その嵐の時が過ぎ、時が経って、振り返って見た時、

あの出来事が、私をここまで連れて来てくれた 

そう感じることは無いでしょうか?

その悲しみ、苦しみが、私たちの魂を、

強くしてくれたのでは、なかったでしょうか? 

そして、それを行ってくれたのは、誰でしょうか? 

それは、もしかしたら生まれる前に 

一緒に相談して、人生の段取りを決めてくれた、神さまかもしれません。

日々の暮らし、人生が、自分にとって嬉しいことや、楽しいこと、

思った通りのことしか起きなければ、

きっと生きているうちに、自分の人生や、神様について考えることもなく、

私たちの本体である魂にとっては、つまらない平凡な日々が過ぎていくのみ。

それに対し、深い悲しみや苦しみの人生の中で

泣き、わめき、呪い、すがり、

そして最後に行きついた先、神さまと対話する中で、

自然と身に付いた深い洞察力で、

神様の道を歩むこともないのかもしれません。 

神さまの計らいは、本当に凄いですね。 

寸分の間違いもなく、一瞬の時間の狂いもなく、予定された事項を起こします。 

そして、一人の人生だけでなく、 

登場人物 全ての状況が把握され、調和されて動きます。 

まるで人体の中の細胞同士、60兆個にも及ぶ細胞同士の、通信・会話、調和のようです。

宇宙空間の無限に存在する、銀河や星ぼしの、調和された運航のようです。

全てが有機的に連携しています。 

そして、もし神さまの計らいを、

妨害するものがあるとしたら、それは何でしょうか? 

もちろん、それらも含め、生まれる前に決定しているわけですが、 

その計画さえも遅延させるものは何でしょうか。 

この世界は、心の現れですから、心の問題です。 

きっとそれは、 

・感謝を忘れた心

・不平不満を持つ心

・身勝手な心

・傲慢な心

・自分さえ良ければという心

・無意識のうちに人を陥れようという心 

かもしれません。

愛を忘れた心かもしれないですね。 

ですが、私たち全てのものは繋がっています。 

全ては繋がり、あの人も、この人も、この犬も、猫も、花も木も

お日様も雲も、風も雨も・・ 

全ては、私たちと同じ意識を共有している、私たちは切り離せない、一つのもの。

目の前に現れた人に対して、私たちは、他人事ではなく、

分け隔てなく、愛と思いやりの心を注ぎたいものです。 

愛の欠如こそ、この殺伐とした世界を作り、神々の計画を遅らせるものだからです。 

私たちの心は、見える世界、見えない世界、全てを変容させる力があるからです。 

今、地球が大きく変わろうとしている時期に差し掛かっていますが、

・宇宙時代の記憶や

・天界での記憶

・神様と約束してきたこと

・一緒に生まれようと約束してきたこと 

など、全ての記憶を消去して地球に生きている、 

平凡な一般の私たちにできることは、

そのような力、能力、知識へのあこがれや、

不思議な特殊能力や、優れた前世を持つと自慢する人々への依存心。 

そんなものではなく、神様が私たちに望んでいらっしゃるのは、

平凡な日々の暮らしの中で、身近な家族や周りの人々と、

今与えられているもので、満足し、感謝し、笑顔で、思いやり、助けい合い、

お互い様の気持ちで暮らしていくことではないでしょうか? 

神様が「今、自分に無い物を望め」と仰るでしょうか?  

自分に無いもの、力、他人、知識への依存の心のままでは 

せっかく地球が変わろうとしている今、

素晴らしき世界へ移行しつつある地球の振動数と

大きな乖離が起こってくるのではないかと思います。


2026年4月6日月曜日

4219「一番大切な人」2026.4.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月23日の記事を紹介します。


「一番大切な人」


今日は「今、目の前にいる人、目の前にあることが一番重要」

ということで、小林正観さんのお話をご紹介します。

私たちはこの世界に降りてくる時に

・魂の永遠の記憶も

・神様との交わりも

・人生の目的も

・自分で計画してきた人生のシナリオも

全て一旦リセットして、忘れてこの地球に来ました。 

それはまるでシナリオの見えない劇の主人公を演じているかのようです。

ですが、その進行役を神様がやってくださり

必要なタイミングで人との出会いや別れ、事件を起こしてくださいます。 

全てを見通す力を、一時的に失っている私たちにできることは、 

ただ、今目の前にいる家族や人々、動物や植物たちに、丁寧に誠意を持って、

愛を込めてお付き合いしていくだけです。

<転載開始> 転載元

私たちの周りで起きているすべての現象、人生のあらゆる出来事に、

・重要なこと、重要でないこと

・大きいこと、小さなこと

の区別は、実はありません。

というのは「小さいこと」の定義を言ってくださいと言われても、

誰も答えられないからです。

何らかの現象について、そのときは、小さいこと、些細なことと思っていても、 

それがなければ、今の自分はなかった、

ということを考えたら、(大きいこと・小さいこと)の区別は、つきません。

このことを、実際にあった状況を取り上げて説明しましょう。

私が出た高校の同級生の一人が、大学にも行かず、就職もしないで、 

とりあえずアルバイ トとして、晴海のイベント会場でコーラの販売をしていました。

そのとき、コーラ売り場の前を、アメリカ人の夫婦が通りかかり、 

70歳ぐらいの歳のご主人が足を滑らせて倒れてしまいました。

彼は自分の売り場の前ですから、走り寄って助け起こし、

ケガの手当てをしたりとか、いろいろ世話してあげたそうです。

そしたら、「あなたのような親切な人に、初めて会った」と、その夫婦は大変感激し、 

「実は、私たちは結婚して40年も経ちますが、子どもがいないのです。あなたさえよければ、 私たちの養子になりませんか」と言われました。

彼としては、別にほかにすることもなかったから、「わかりました。いいですよ」ということで、アメリカに渡り、その夫婦の養子になりました。

彼はそこで英語を覚え、大学にも行かせてもらい、

卒業してからは企業買収の専門家になりました。

今は日本に戻り、その分野で大手の外資系企業の社長をやっています。

コーラの販売をしていた、その前で人が滑った、その人を助けてあげた、 

これらはすべて小さいことのように見えますが、

結果としては小さいことではありません。

因果関係がわかったときには、一つひとつがものすごく重要で、

大変な出来事だったと、気 がつくでしょう。

優先順位とか、出来事の大きい小さい、

とかの区別がないことを、さらにわかりやすく説明します。

人生はドミノ倒しだと思ってください。

ドミノ倒しの如く、人は連続した瞬間を生き、

最後の一個がパタッと倒れて、人生を終えます。

これらのドミノは、すべて同じ材質で、同じ厚さで、同じ形状です。

大きい小さいは ありません。

重さも全部一緒。

それが一個ずつ、ただ淡々と倒れていくだけです。

自分の目の前に現れる人が、小学生であろうが、中学生であろうが、

大人であろうが、大会社の社長であろうが、出会う人は全部一緒です。

それを一緒だと思えるかどうかに、その人の人間性が表れます。

社会的な地位や権力といったものを、背負ってるかいないかで人を見るのは、

まだ自分の中で本質的なものが形成されていないからです。

出会うすべての人、どんなに些細に見える行為も、

人生を成り立たせるうえでは、どれも必要不可欠なことであり、 

ドミノの一個一個が同じ価値だということに気がつくと、何も怖くなくなります。

人生で最も大事なのは、今、目の前にいる人だけです。

一人ひとりをきちんと受けとめていくことで、 

その後の人生を組み立てていける、ということです。

この一個一個のドミノ、それ自体が結果であり、次のドミノを倒す原因になっています。

倒れた「私」が、また次のドミノを倒していく。

今、目の前にいる人を大事にすることが、私の未来をつくっていくのです。

人生は、その繰り返しのように思えます。

<転載終了>

仕事などだと、よく優先順位を付けて、仕事をテキパキこなすのが優秀なビジネスマン

などと言われ、もてはやされたりします。

ビジネス書なども飛ぶように売れているようです。 

また、私たちはよく人を 

・身なり

・地位、肩書

・所有している資産(お金、家、車)

・健康か病弱か

・頭の回転が速いか遅いか

・器量が良いか悪いか 

など、見た目だけで判断して、態度を変えがちです。 

ですが正観さんが仰るには、どんなに些細に見えることであっても、

自分の身に起こってきたことは、大きい,、小さいの区別は存在せず、 

必ず次のステップへの、礎(いしずえ)となってくれるもの だと言うことです。 

優先順位が無いのですから、来た順番に対処していくことになります。 

また今、目の前の人が一番大事なのですから、誰彼と区別せず、例え子供であっても、

丁寧に誠意を持って、愛を込めてお付き合いしたいものです。 

結局、その時の私たちの取った態度が、次の人生の大きな波(ステップ)が来る時に、

それが

・良きものか、悪しきものか

・楽しいものか、苦しいものか

・心を明るくするものか、暗くするものか 

を決めるからです。 

ですから私たちは、将来のことを心配したりせず、

過去をクヨクヨと、いつまでも悩んでいず、何か判断を間違えて、

不幸な人生を選んでしまうのではないかと取り越し苦労などせずに。 

今、目の間に居る人や、コトだけに集中し、

良心に恥ずかしくない行動さえしているだけで、ずいぶんと楽に、 

そして楽しい人生を送れるようです。 

後は、神さまが良きにはからって下さいます。


2026年4月5日日曜日

4218「優しい人」2026.4.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月22日の記事を紹介します。


「優しい人」


私たちは肉体を脱いで、元居た世界(黄泉の国)に戻る時、 

この一生の間に起きた出来事を、その時の感情まで交えながら、 

いえ自分だけでなく、交わった周りの人々の感情まで含めて、

走馬灯のように再体験するそうです。

その時、私たちは、自分の一生をどう総括するのでしょうか? 

・自分のことばかり考えて、人を思いやる気持ちが皆無だった

・苦しみ、悲しみを、社会や周りの人のせいばかりにして、憎しみの心に満ちていた

・大きなことはできなかったけれど、周りの人と笑顔で仲良くやって来た 

死の床についた時、どう思えるのが幸せでしょうか?

それは、日々の平凡な暮らしの中で、私たちが、どう生きているかにかかってきます。 

今の私たちの心が、どのような状態であるかにかかってきます。 

さて、今日は欽ちゃんこと、萩本欽一さんのお話をご紹介します。

華やかなTVの世界と異なり、欽ちゃんは子供のころより貧困に苦しんできました。

だからこそ、人の痛み、気持ちがわかる人になったのかもしれませんね。

<引用開始> 引用元

東北の被災地へは、何度か行きました。

何人かの人に直接話も聞いたんだけど、僕がいちばん感動したのは、

津波で流されてきた女性を助けた父ちゃんの話。

この父ちゃんの家はたまたま高台で、

二階にいたら津波が玄関先まで押し寄せてきたんだって。

その流れを見ていたら、

女の人がぷかぷか流されてきたので「こりゃ大変だ!」っていうんで、

あわててホースを持ってきて投げた。

投げるほうもつかむほうもうまかったんだろうな、

女の人はそのホースにつかまって、父ちゃんに救助された。

父ちゃんは津波の水が引くまで女の人を家で休ませて、それから家に帰したって言うの。

すごいドラマなのに、お父ちゃん、さらっと言うんだよね。

だから僕、聞いてみたの。

「お父ちゃんに命を助けられた女の人は、どういうお礼を言って帰ったの?」

そしたらお父ちゃんの答えがまたすごかった。

「な~んも言わんよ。ただ黙ってぎゅっと俺に抱きついた」

へぇ~っ、と思ったね。

女の人って、本当に「幸せ!」って思ったときは、抱きつくんだね。

「ありがとう」の上は、「ぎゅっと抱きつく」ってことを、

僕は東北のお父さんから学びました。

また、別の学校を卒業したばかりの青年。

この家にも「こんにちは!」っていきなり訪ねたら、お母さんが出てきたので、

息子さんがファンレターをくれたことを話して、 

「これ、お見舞金です」って、渡そうとしたの。

そうしたらこのお母さんはこう言いました。

「こんなことを言っては被害にあわれたほかの方に失礼だし、

大きな声では言えないんですけど、 

うちは震災のおかげで幸せになっちゃったんです」

えっ?どういう意味なんだろうと思って聞くと、

「地震があったとき、息子は会社の寮に住んでいて、

私は家で一人暮らしをしていたんです。

幸い無事でしたが、家は壊れてしまってね。

そうしたら会社の方が、

『こういうときはお母さんも一人では心細いでしょうから、

息子さんと一緒に住みなさい』って、 

私も寮に住めるよう、特別な計らいをしてくれました。

だから欽ちゃん、私たち幸せなんです。

このお見舞金は受け取れません」

そう言われて、僕は考えた。

「わかった、じゃあ見舞金じゃなくてパーティ代ということにします。

だから、息子さんと一緒に食事にでも行ってください」

「そうですか。じゃあ久しぶりに息子と食事に行きます」

お母さん、今度は受け取ってくれました。

家がなくなった悲しさより、

息子と一緒に住むこの幸せをかみしめていたお母さん、素敵だったな。

会社も粋なことをするよね。

つらいときって、みんな優しいことを考えるね。

僕が訪ねた中で、唯一元の家に住んでいる

ご夫婦から聞いた話も素敵でした。

20坪ぐらいのこぢんまりした家で、旦那がこう言うんです。

「つぶれなかったんです、うちだけ。

ご近所の家は大変な被害にあったのに、

このうちはひびが入っただけで、あとはなんともない。

小さな家だったからよかったんです。

家が小さくてよかったねって、家内とも話してます」

私たちは被害に遭ってないし、今でも幸せなのでお見舞金は受け取れない。

このご主人はきっぱりこう言って、とうとうお金を受け取ってくれませんでした。

こういう人のとこには、僕が行ったあとで運の神様が訪ねているんじゃないかな。

みんなつらい思いをしているかと思ったら、

みんなそれぞれの幸せをつかんでました。

すごいなぁ。

僕のほうがみんなから勇気をもらってきたんです。

<引用終了>

欽ちゃんのおっしゃる通り、私たちは、自分自身が、

苦しく、辛い経験をすることで、同じような人の痛みや苦しみを、

・感じる心

・おもんばかる心

・優しい思いやりの心

が沸き上がります。

人生において、一度も挫折を味わったこともなく、全てが順調で、

健康にも、お金にも、友人にも、才能にも恵まれてきた人は、

きっと、人の心の痛みを、感じ取る力が鈍いかもしれません。

ですが、私たちが生まれてきた、第一の目的は、心を磨くためです。

心をきれいにするためです。 

・お金を儲けるためでも

・大きな仕事を成し遂げるためでも

・おいしいものをたくさん食べるためでも

・友達と享楽にふけるためでもありません。

美しい心、ですから 恵まれた環境に生まれ、

そのまま、何の苦労もなく、楽に生きた人生で、

魂を磨くことができなければ、何のために生まれてきたのかわかりません。

凛とした美しさ、逆に

・辛い経験

・苦しい経験

を経たことで

・優しい気持ち

・お互い様の気持ち

・おかげ様の気持ち

・感謝の気持ち

が芽生えたのならば、神々の計画が、大成功したということです。

この美しい心こそ、この感謝の心こそ、私たちが、地球転生を待ち望み、

手に入れたかった、最高のものだからです。

どうぞ、今苦境に置かれている皆さん、勇気を出してください。

・苦労の後、

・苦しみの後

・悲しみの後

そこには、神様が大きな大きな恩寵を用意して、待ってくださっていますから。


苦しいときも、悲しいときも一人ではありません。

傍らで、私たちを見守り、励まし、ともに歩もうとしてくださっている

私たちの神様がついてくださっているのですから



2026年4月4日土曜日

4217「天国からの手紙」2026.4.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月21日の記事を紹介します。


「天国からの手紙」


私たちの魂は、永遠に存在します。 

肉体を持たず、死によっても、人と人と、深い魂の交流を持った、

魂同士を引き離すことはできません。

死は時に、人々を悲しみのどん底に、引きづりこみますが、 

決して、私たちを引き裂くことはできません。 

私たちは、生きている間、悲しみや喜びを通じ、魂のダイナミズムを経験し、

そして深い魂の繋がりを結んでいきます。 

このブログの読者の中には、早くにお子さんを亡くされた方も多くいらっしゃいます。 

今日はイノチの尊さについてのお話をご紹介します。 

この中には、死産に関するお話も含まれています。 

興味のない方、気分が悪くなる方、こういうお話はタブーと思ってらっしゃる方は、 

どうぞ、スルーなさってください。

関根雅(まさし)さん、麻紀さん夫婦の子どもは、 

出産予定日に突然、お腹の中で亡くなりました。

娘に「椿」という名前をつけて見送った後は、深い悲しみの中で、 

自分たちを責め続ける日々を、過ごしていたそうです。

そんな夫婦を救ったのは、 「わたしが あなたを選びました」という本の

著者である産婦人科医、鮫島浩二さんとの出会。

自分たちを親として選んでくれたはずの子が、

なぜ、うまれてくることができなかったのか?  

その問いに対して、鮫島医師は...?

とっても素敵な女性に話を聞かせていただきました。

今年3月に産まれた「椿」ちゃん。

2660グラムで、出産予定日に産まれました。

でも、椿ちゃんは、産声をあげることはありませんでした。

待ちに待っていたこの日に、お空に帰ってしまったのです。

妊娠中は何の問題もなく、ママの麻紀さんもだんなさまも 

おなかの赤ちゃんに話しかけたり、歌を歌ってあげたり。。。

毎日、順調に大きくなっていく椿ちゃんと、

本当に、幸せな時間を過ごしていたそうです。

ところが。。。

予定日の朝、目が覚めると、胎動がなく、不安な思いで病院にいくと、 

既に心音がなく、亡くなってしまっていました。

トツキトウカの間、時にはポンッ、ポンッ、とおなかを蹴ったりしながら、

小さな体で一生懸命生きていた命。

その、もうすぐ会える!

と楽しみに思っていた命が、突然その鼓動を止めてしまったのです。。。。

原因は今でも分かっていません。

椿ちゃんの心音が止まっていることを聞いた麻紀さんは、半狂乱のようになり、

「おなかから出してしまったら、椿と一緒にいられなくなる。。

絶対おなかから出したくない」

そう、叫んでいたそうです。

しかし、だんなさまの  

「きれいなまま早く出してあげよう」という言葉で、

翌日、椿ちゃんを出産されたようです。

陣痛をおこして、助産師さんに支えられながら、だんなさまも立ち会った8時間の出産。

産声をあげることも、目をあけることもなかったけれど、

かわいいベビー服に包まれた、 2660gの椿ちゃんを抱いている麻紀さんは、

本当にきれいで、とても幸せそうでした。

しかし、その後の2ヶ月は、病院を責めたり、自分を責めたり。。。

誰かに責められるのではないかという気持ちにもなり、

 家にひきこもり、泣いてばかりの毎日だったそうです。

ところが、ある日、天国の郵便局から、こんな素敵なお手紙が届きました。

~天国郵便局より~

おとうさん、おかあさんへ

おとうさん おかあさん 

悲しい思いをさせてごめんなさい。

天国を出発する前、神様から

「お父さんたちと一緒にいる時間は短いですよ。

それでも行きますか?」

と聞かれたとき、本当にショックで、悩みました。

しかし、あなたたちの仲睦まじい姿を見て、地上に降りる決心をしました。

たとえあなたたちに悲しい思いをさせても、たとえ一緒にいる時間は短くても、 

あなたたちの子どもに数えられたかったからです。

そして私の夢はかなえられました。

おかあさん、わたしは確かにあなたの胎から生まれましたよね?

おとうさん、わたしは確かにあなたの血を受け継いでいますよね?

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。

そのことを、わたしは誇りに思います。

いまわたしは、あなたたちと共に過ごした、短いけれども楽しかった日々に思いを馴せ、

わたしに続き、あなたたちの家族になりたいという 

きょうだいたちにあなたたちのことを自慢する日々です。

わたしは親戚のみんなといっしょに、元気にしていますので、

もうこれ以上悲しまないでください。

そして心から、

「わたしの選びは、正しかった」と言わせてください。

泣きたくなったとき、空を見上げてみてください。

わたしたちの姿が見えますよね。

ゆっくり体調を整え、まだかなあ?と愚痴っている 

きょうだいたちを迎えに来てください。

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。 

そのことを私は誇りに思っています。

つばきより

手紙は、耐えられない気持ちを訴え、

支えてくれた、さめじまボンディングクリニックの鮫島浩二先生からでした。

鮫島先生は、妊娠中にも愛読し、勇気づけられた書籍

「わたしがあなたを選びました」の著者でもあります。

そして、泣いてすごす麻紀さんに、だんなさまも、 

「椿は自分の命を一生懸命全うしたよ。

姿は見えなくなってしまったけれど、これからは3人で生きていこう。

おなかにきてくれたことに感謝しよう。

ママにさせてくれたこと、パパにさせてくれたことに、ありがとうって伝えよう」

そう言ってくれたそうです。

まだ、幸せそうな妊婦さんを見たりすると、

つらい気持ちが出てきてしまうこともあるそうです。

でも、椿ちゃんがおなかにきてくれて、教えてくれたことも、

たくさんあるとおっしゃっていました。

そして、椿ちゃんのためにも、様々なことに感謝をしながら

笑って生きていきたい、とおっしゃっていました。

今の日本の制度では、死産をしてしまった赤ちゃんは、戸籍にも残されません。 

流産も死産も、タブーに感じられることが多いのか、

あまりその存在を語られることもありません。

その数は、私たちが想像しているよりもはるかに多いのに。。

現在、流産は全体の約15%、そして、死産は約3%の確率で

起きていると言われています。

椿ちゃんのように、母体に理由があるわけでも、赤ちゃんに原因があるわけでもなく、

お空に帰ってしまう命も存在します。

でも、椿ちゃんが、麻紀さんたちご夫婦と存在しているように、 

たとえおなかの中で亡くなってしまう命も、

出生後どんなに早く亡くなってしまった命も、

その命は短かったかもしれないけれど、この世に誕生したんだ、と思います。

そして、大きなメッセージを私たちに伝えるために、来てくれたんだと、思います。

映画「うまれる」では、誕生死も「うまれる」ことの一つとして考え、扱っていきます。

以上 映画 うまれる HPより 引用させていただきました。

妊娠・出産・育児、流産・死産、不妊、障害などは、 

とっても神秘的な、生命の営みの一つです。

短い寿命や、障害を負う事を承知で生まれてくる魂には、 

そのことによって、両親や周りの人々に大きな衝撃、

直感、人生転換のきっかけを与える役割がある方が多いそうです。

生命の神秘ですね。

なんだか私達に関わる全ての人達に 

「ありがとう」って言いたくなりませんか?

笑い(笑顔)と感謝は本当に大切ですね。

神様は、きっとその笑顔と感謝の気持ちさえ、生きている間に持てれば、

天国に帰った時に「よくやったね」って褒めてくれるような気がします。