2026年6月19日金曜日

4293「肉体の属性、魂の属性」2026.6.19

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月04日の記事を紹介します。


「肉体の属性、魂の属性」


例えば素晴らしい住職さんがいらっしゃって、

その方が多くの檀家の方々や、

近所の方々を助けていたとします。

その方が亡くなった後を継いだ子供たちが、

前の住職と同じようなことができるかと言ったら全くそういうことはありません。

親子と言えど魂の本質が違うからです。

たとえ姿形が似ていようと、

考え方やその人間性においては全く異なる道を歩んでいます。 

遺伝に関して言えば、才能や人間性のうち、

才能は肉体に付随する部分も少しあるので、

遺伝する部分もあるかもしれません。

ですが人間性は全く別です。

人間性は人間の肉体に付随しない性質だからです。

人間性は肉体ではなく、

その魂に付随するものだからです。

生死を超えた永遠に存在し続ける、

私たちの魂に属するものだからです。 

ですので、たとえ素晴らしい人物であっても、

果たして子供にまでその素晴らしさが伝わるかと言ったら、

そうではありません。

芸術的才能、その他の才能は少しは伝わるかもしれません。

それが肉体に付随する、条件反射、

肉体の構成から来る癖や思考方法など

肉体そのものに属するものであれば、

それは遺伝する可能性もあります。

ですが、

・人間性・・

・道徳的感

・倫理感

・人を思いやる心

・愛の深い心

それらは、遺伝で伝わるものではありません。

魂とは永遠不滅のものであり、

たとえ親子であろうと全く別物だからです。

それぞれが神さまから頂いた魂があり、

神様の許しを得て親子と関係として地上で今暮らしています。

ですが魂の属性は 一人一人の人間で全く異なります。

親子間で全く感性や意見が異なり、

相入れない時も、

夫婦がまるで敵同士のような時も

人間の魂は全く別物なので、

そんな関係性になる時もあります。

ですがそれにも意味があり、

神さまの許しがあったから家族になったわけです。

感情の星、地球では、

感情を利用して魂の進化・向上が図られます。

この方法は非常に有効に機能します。

まさに大神様が地球と言う星を作った理由です。

私達家族は、時にぶつかり、時に深くわかり合い、

様々な感情を揺さぶられながら、

お互いに魂の進化を図っています。


2026年6月18日木曜日

4292「青空ひろば」2026.6.18

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1761 2026.05.27 ~ 1762 2026.05.28

<人生を面白くする方法は?>

(ああ、アタマの暴走が始まったなあと気づいたら)

① 気分転換法 遠くをながめる 小さなものを見つめて話しかけたり、微笑んだりする。喫茶 編み物 調理 散歩 趣味。

② 息吹放ち法→モヤモヤをフッと強い息を吐いて吹き飛ばすイメージ法。

③ 身体復帰法 カラダを軽く叩く、その場でジャンプする→アタマは暴走するが、カラダは<今・ココ>にしか居れないので、カラダに意識を集めると<今・ココ>に復帰出来る。

Q3.気分を変えても、しばらくしたらまたアタマの暴走が始まるので、ムダなんではありませんか?

A.人生は、<今・ココ>、<今・ココ>・・・です。今やれることを精一杯やればいいのです。先のことに「第二人」を作ってはいけません。(完)


1758 2026.05.24  ~ 1760 2026.05.26 

<「幸せ」とは何でしょう?>

Q1.日本人はどんな時に「しあわせ」を感じてきたのでしょう?

A.

「さち(幸)」の語源:獲物をとらえる霊的威力ある道具。その収穫物→これは日本人の「しあわせ」ではない。

「しあわせ」という日本語の語源:「為・合わせ」

① 今やっている行為(仕事・対象となっているモノや人)と一体となれている時に湧いてくる感情

② 目的を共有する仲間と一体(連帯・団結)となって行動できている時に湧いてくる感情


「直下(じきげ)に第二人(だいににん)なきことを知るべし」(道元禅師の言葉「弁道話」)

「直下(じきげ)」:<今・ココ>

「第二人」:<今・ココ>に存在する本当の私(第一人)、<今・ココ>をお留守にしてアタマが暴走して作り出している二番目の私

「第二人」が出来てしまうと、「しあわせ感」は消えてしまう。


Q2:なぜ、「第二人」が出来てしまうのでしょうか?

A.アタマが、過去や未来や他の場所へと暴走するから。

(ポイント)アタマの暴走を止めれば(無心に近づくほど)、人は「しあわせ」になれる。(完)


1756 2026.05.21  ~ 1757 2026.05.23 

<なぜ「あなたはあなたであることが尊いこと」なのか?>

(ポイント)

・人類の魂の成長のためにはどうしても必要だからと、神は「あなた」という存在を生み出した→「あなた」が存在しているのは「神の要請」。

・「あなた」の位置に根付いて成長してゆけるのは「あなた」だけ→「あなた」の代わりが出来る人はいない、「存在の独尊」。

・人類の魂の進化過程ゴールインは「あなた」の成長にかかっている→「あなた」が「あなた」をそのように生きていることが人類全体に対する、大きな「貢献」なんだ。


「数歌祝詞(かずうた のりと)」を称えましょう。

一二三四(ひふみよ) 日踏み(ひふみ) 日の行進(ひのこうしん)

五六七八(いむなや) 嫌むな(いむな) 日の肥やし(ひのこやし)

九十だよ(ここのたりだよ) 個々の足り(ここのたり)

今・ココ・我を(いま・ココ・われを) 受け入れて(うけいれて)

許し(ゆるし)、愛して(あいして) 踏み出せば(ふみだせば)

百千萬(ももちよろうず) 百力結集(ひやくりき けつしゆう)

神の力が(かみのちからが) 我が身にはたらく(わがみにはたらく)

自分を超えた(じぶんをこえた) 力がみなぎる(ちからがみなぎる)

湧喜 湧喜(ゆうき ゆうき) 湧輝 湧輝(ゆうき ゆうき)

日満子の光進(ひみこの こうしん)

さあ、日出る時(ひ いずるとき) 踏み出しの今!(ふみだし の いま!)

(完)


1754 2026.05.19  ~ 1755 2026.05.20

<禅は「君はそのままの君でOKなんだよ」と教えてくれる>

趙州禅師にある僧が質問しました。「イヌにも仏性(仏となる可能性)が有りますか、無いのですか?」

趙州さんは、「無(ない)」と答えました。

どうしてイヌには「仏性」がないのでしょうか?

どうして大敬には「仏性」がないのでしょうか?


どうしてイヌや大敬に「仏性」がないのか?

答えは,ズバリ単純です。「あなたや大敬さんが<仏!>だからです」

「可能性がある、伸びしろがある」なんて言われて喜んでいちゃあダメなんです。

「このままのワンちゃんや大敬君が仏なんだ。文句あるか」と躍り出してゆかねばならないのです。

「禅」という漢字は、神事を表す「しめすへん」に「単」です。あなたがこれからどこかに向かうのではなく、あなたが「あなた」に無事に戻れたところが「禅の悟り」なのです。(完)


1752 2026.05.17 ~ 1753 2026.05.18 


<しあわせのなるための土台>

若き日の大敬は、自分が「嫌い」でしょうがなかった→自分が「嫌い」→その「嫌い」の影を人に投影して、嫌いな人・敵の人を作ってしまう。

自己否定すると→自己を罰する世界を投影して生み出してしまう(これを「自己処罰」・「自傷行為」と言う)

「自己肯定」出来るようになると→その「肯定感」を周囲に投影して、「肯定」の世界を作り、「しあわせ」な環境に囲まれて生きられるようになる

(ポイント) 自分を許し愛せるようになることが「しあわせ」になるための土台です。(完)

 

2026年6月17日水曜日

4291「神さまの贈り物「ありがとう」」2026.6.17

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月03日の記事を紹介します。


「神さまの贈り物「ありがとう」」


さて本日のテーマ「ありがとう」と言う言葉は日本語にしかない言葉ですが、

この言葉の持つ言霊は、この地球において相当大きな役割、

つまりキーワードのようです。

私のブログのタイトルも「いっぷくからのありがとう」です。 

さて小学生の神様トキ君が、最高位の造化三神の一柱

高御産巣日(タカミムスヒ)の教えとして

(ありがとうについて)伝えてくれています。

・「ありがとう」を1万回唱えることで、願いが絶対にかなう

・運気が上がる

・悪魔的な存在に対してバリヤーの役割を果たす。弾き飛ばされてしまう

その他には

・愛を沢山周りの人に与え続ける事

・そうすると、もう幸せなことしか起きなくなる

・お金がどんどん入ってくる

少し補足します。

神様が3次元地球(現世)に「お金」を作った目的は、

それを使って、みんなに幸せな気持ち、心になって欲しいから。

「愛」の心から作りました。

だから

宇宙の法則の通り、「愛」を他人に与えれば、自分に「愛」が返ってくる。

心の豊かさ、楽しさ、幸福だけでなく

物質的な「愛」の表現である「お金」もめぐり巡って、自分の所に入ってくる。

そのような理屈です。

ですから私たちがお金を使う時、

・物を手に入れる

・美味しいものを食べる

など物質的な目的ではなく

「お金」を使うことで、関係するみんなが 

・喜ぶ

・笑顔になる

・心が豊かになる

・心が綺麗になる

・勇気が出る

・安心する

などのために使うことで、

結局は「お金」を「愛」のため、

人々の心、魂のために使うことになり、

自らを意思を持つ、神さまの作った「お金」も喜んで

仲間を連れて私たちのもとに来ることになります。

また高御産巣日(タカミムスヒ)さまが、

人類に気を付けて欲しいこととして

・人を憎まない事(にくしみ)

・人を恨まない事(うらみ)

これらは神様が一番嫌がること。

・怒ること(いかり)は、一瞬の感情の動きなので、

それを引きずらなければ許される

・怒りの後、笑顔にすぐ変えること

このような直接的な神様のお話を伺うと、やはり神様が見ていらっしゃるのは、

私たちの心。

その心が

・清いか

・明るいか

・自分のやりたいことを自由にやっているか

・心がワクワクしているか

・思いやりがあるか

・愛があるか

全て心の問題だけを見ています。

とかく私たちは神様仏様に

・お金持ちになりたい

・病気を治したい

・良い配偶者に巡り合いたい

・良い学校に入りたい

・良い会社に入りたい

など物質的なことを望みがちです。

また

・霊的なこと

・不思議なこと

・ワクワクすること

・怖面白いこと

などを望みがちです。

ですが神様の視点はそこにはありません。

現実の生活の中での、私たちの心の在り方だけを見ています。

そこを間違えず、神さまの望まれる道、人生を歩けば

私たちは必死に歯を食いしばって努力せずとも

幸せな人生を全うできるようです。

きっと、この日本にかつてあったユートピア

縄文時代は、そんな神様と人間が一体となった時代だったと思います。



2026年6月16日火曜日

4290「生まれて来てくれてありがとう」2026.6.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月01日の記事を紹介します。


「生まれて来てくれてありがとう」


今日も竹之高地不動社の本を書くための取材に行ってきました。

今日取材した内容は宇宙系です。 

私たちの住む天の川銀河の外に在る、マクラガワ銀河から来ている宇宙船が、

常に上空に待機している方のお話です。

この方も、竹之高地不動社で関係する方と繋がりました。

その方を中心に、8月に「UFO」を呼ぶ会をやろうかtごいう話も出てきました。

お陰様で本の執筆も佳境に入ってきました。 

さて今日のテーマです。 

今時代は変わろうとしています。

精神性の復活の時代、「心の時代」が到来しています。

天国と同じ価値観で、優しく温かな心の持ち主が、

人々から尊敬され、重きを置かれる世の中です。

ですが、もしかしたら、その「優しく温かな心」の持ち主の皆さんは 

過去、沢山の悔し涙、悲しみの涙を流し、

それを乗り越えて来た方かもしれません。 

悲しみ、苦しみは、心を輝かせてくれる研ぎ石だからです。 

人類の歴史が始まって以来、人々の平等化や既成権力からの解放は、 

それを許さない(国常立尊はじめ)神々による

力強い衝撃の出来事で始まりました。 

要するに、神々による建て替え(破壊)です。 

今の時代では、2010年を境に始まりました。 

建て替えの方法は4つです。 

・大量動員戦争

・変革的革命

・国家の破綻

・致死的伝染病の大流行

これらは、「平等化の四騎士」と呼ばれます。 

過去のペスト、コレラ、結核なども、

大きな犠牲のもとに、人々の知恵と行動によって(立て直し) 

人類の平等化が、飛躍的に推進されました。

今は、まさに強制的な平等化が進展中です。

そして、その方向性が心の純化です。

精神の豊かさ、おかげ様、お互い様の優しい心を目指す方々にとっては、

希望の年の始まりです。 

遅すぎることはありません。

過去の遺物のように

・力の強い者

・お金のある者

・不思議な能力があると自負する者

・神々の力を利用できると豪語する者

に依存して、頼り切るのではなく、ご自身の心の洗濯を、お勧めします。 

さて今日は子供たちのお話です。 

幼少期の、親の虐待、ネグレクトは、子供の心に、様々な傷跡を残します。 

以前地元の養護施設に行って伺ったところ、施設長が仰るには、

半数以上の子供が 「発達障害」なのだそうです。 

悲しいことです。 

ですが、子供の涙と共に、虐待を行う、親御さんの心からも、声にならない声、 

助けて! 

そんな声が、聞こえてきそうです。 

今日は、以前ご紹介した記事ですが、

子供と親の、関わりについて書いた記事です。 

加筆して、ご紹介します。

また、転載する記事は、「死産」について書かれた内容ですので 

ご興味のない方、その他の方は、どうぞ、スルーなさってください。 

子供たちは、生まれる前に母親を選び、

母親を助けたいという目的を持って生まれてくるそうです。 

今日はお子さんとの間で、悩んでいらっしゃるお母さん向けの内容です。 

助産師として33年、2,600人以上の赤ちゃんの出産に立ち会ってきた

内田美智子さんのお話です。 

<転載開始> 転載元

赤ちゃんの夜泣きに感謝しないさい。 

自分の目の前に子どもがいるという状況を、

当たり前だと思わないでほしいんです。 

自分が子どもを授かったこと、

子どもが「ママ、大好き」と言って、まとわりついてくることは、 

奇跡と奇跡が重なり合って、そこに存在するのだと知ってほしいと思うんですね。

そのことを知らせるために、私は死産をした一人のお母さんの話をするんです。 

そのお母さんは、出産予定日の前日に、胎動がないというので来院されました。 

急いでエコーで調べたら、すでに赤ちゃんの心臓は止まっていました。 

胎内で亡くなった赤ちゃんは、異物に変わります。

早く出さないと、お母さんの体に異常が起こってきます。 

でも、産んでもなんの喜びもない赤ちゃんを、産むのは大変なことなんです。 

普段なら私たち助産師は、陣痛が5時間でも10時間でも、

ずっと付き合ってお母さんの腰をさすって、 

「頑張りぃ。元気な赤ちゃんに会えるから頑張りぃ」と励ましますが、 

死産をするお母さんにはかける言葉がありません。 

赤ちゃんが元気に生まれてきた時の分娩室は賑やかですが、

死産のときは本当に静かです。 

しーんとした中に、お母さんの泣く声だけが響くんですよ。 

そのお母さんは分娩室で胸に抱いた後、 

「一晩抱っこして寝ていいですか」と言いました。 

明日には、お葬式をしないといけない。 

せめて今晩一晩だけでも抱っこしていたいというのです。 

私たちは「いいですよ」と言って、

赤ちゃんにきれいな服を着せて、お母さんの部屋に連れていきました。 

その日の夜、看護師が様子を見に行くと、お母さんは月明かりに照らされて、

ベッドの上に座り、子どもを抱いていました。 

「大丈夫ですか」と声をかけると、 

「いまね、この子におっぱいあげていたんですよ」と答えました。 

よく見ると、お母さんはじわっと零れてくるお乳を指で掬って、

赤ちゃんの口元まで運んでいたのです。 

死産であっても、胎盤が外れた瞬間に、ホルモンの働きでお乳が出始めます。 

死産したお母さんの場合、お乳が張らないような薬を飲ませて止めますが、

すぐには止まりません。 

そのお母さんも、赤ちゃんを抱いていたら、じわっとお乳が滲んできたので、

それを飲ませようとしていたのです。

飲ませてあげたかったのでしょうね・・・ 

死産の子であっても、お母さんにとって子どもは宝物なんです。 

生きている子ならなおさらです。

一晩中泣きやまなかったりすると「ああ、うるさいな」と思うかもしれませんが、 

それこそ母親にとって、最高に幸せなことなんですよ。 

母親学級で、こういう話をすると、涙を流すお母さんがたくさんいます。 

でも、その涙は浄化の涙で、自分に授かった命を、慈しもうという気持ちに変わります。

「そんな辛い思いをしながら 子どもを産む人がいるのなら私も頑張ろう」 

「お乳を飲ませるのは幸せなことなんだな」と

前向きになって、母性のスイッチが入るんですね。 

<転載終了>

私は男なので、母性本能はありませんが、子供たちを慈しむ気持ちはよくわかります。 

・どれだけ大変で苦労しようと

・どれだけ心配をかけられようと

・どれだけ、心をざわつかせられようと 

やっぱり、時がたち、振り返ってみれば、

人生にとって、かけがえのない、宝石のような時間です。 

「私たちに、こんな未熟な私たちに・・親のまねごとをさせてくれて、ありがとう」 

そんな感謝の気持ちが沸き起こります。 

思い出は尽きません。

でも、私たちは子供たちが、学校に上がるようになり、大きくなれば、反抗期も始まり、

そんな慈しんで大切に育てた記憶も、忘れ去ってしまいます。 

目の前の、反抗や、問題ばかりが気になり、自分の思い通りに、子供がならないことに、

悩み苦しんだりもします。 

不登校にでもなれば、もう目の前が真っ暗になります。 

病気になってもそうですね。 

どうして うちだけ? 

ですが、子供たちが生まれて来た時のことを、少し、思い出してみてください。 

お母さんは、命がけで子供を産みます。 

初めて赤ちゃんを抱っこした時の、お気持ちを覚えていらっしゃいますか? 

赤ちゃんに、おっぱいを上げた時の、気持ちは、いかがだったでしょうか? 

本当は、今がどんな形(病気だとか 反抗的とか 不登校とか)であろうと、 

生きていてくれるだけで感謝ですね。 

私たちの生きて行く道には、沢山の出来事が用意されて、置かれています。 

その一つ一つは、決して楽しいだけのものではありません。 

ましては家族の間には、感情を伴う、様々な出来事が準備されています。 

私たちは、ひとつひとつ、笑ったり泣いたり、怒ったり、

喧嘩したりしながら乗り越えて行きます。

その経験の積み重ね、その歴史こそが、本当の家族を作ってくれます。

家族一人一人を、大切にしたいものです。 

憎たらしくなったら、生まれて来てくれた時のこと、その時の喜びと幸福感を、

思い出してみてください。 

もし、その子が亡くなってしまったら・・・、想像してみてください。

きっと「生きていてくれるだけで幸せ」って、思えるかもしれませんね。


2026年6月15日月曜日

4289「愛とは何ですか?」2026.6.15

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月30日の記事を紹介します。


「愛とは何ですか?」


今日の記事は、毎年1回は載せようと思っている記事です。

この内容は、まさに神々のなさり方を教えてくれるからです。

私たちの心を、神さまの方に向けることができるからです。 

その結果、ご自分が幸せになるだけでなく

身近な周りの方々も真の幸せ、笑顔を手にできるからです。 

もう読んだよって方は、どうぞ、遠慮せずスルーされてください。 

私たちはきっと、漠然とですが、

神々の奇跡について

以下のようなイメージを持っているかもしれません。

・目を見張るような、ビックリするようなこと

・目に見えない、魔法のような不思議な力

・一瞬で世の中が変わってしまうようなこと

・今のつまらない人生が一瞬で変わり、幸せになれるようなこと

ですが、きっと神さまは

そのような安直なことは なさらないと思うのです。

またパワースポットなどを巡り、神様に頼り切り、

高いお布施を払ってご祈祷さえしてもらえば、幸せにしてもらえる。 

そのような物ではないと思うのです。 

神さまは、主に人間の中の、心の動きとして現れます。 

そして御心のままに、人を動かし、世の中を動かしていきます。

それは、注意してみなければ気付かない、本当に些細な変化から始まります。 

ですが、その変化は、まさに神様のミワザです。 

着実に変化を起こし、長い目で後ろを振り返った時、 

その時の変化が、きっかけで、今の状況に至った・・ 

そんな変化のターニングポイントになっています。 

それほどまでに 神さまのミワザ、やり方は、計り知れない力を持っています。 

そして、人々に気付かれないように、なさります。 

まさに知らずに、人々の心に入り込み、

ご自分の仕業と、気付かせないようにヒラメキを与え、 

・心を動かし、

・言葉を発しさせ、

・身体を動かします。 

それが、必要な様々な人を介し、有機的に繋がり、変化を起こしていきます。 

それでは、神さまの流儀、やり方を書きたいと思います。

「1本のホウキが生んだ奇跡」のお話です。

<転載開始> 転載元 

何も見えず、何も聞こえず、何も話せない。完全な闇・・・

三重苦という重障害をもちながら、アニー・サリバンという最高の教師の力を得て、 

目覚め、成長し、世界中の福祉に貢献した、誰もが知る偉人。

彼女の名は ヘレンケラー

彼女の存在が、どれほど世界中の人に、愛の力をおよぼしたか、

どれほど多くの人々を救ったか、

ですが、このお話は、そのヘレンケラーのことではなく、 

ニュー・イングランドにある精神病院で働く名も知れぬ、

普通のお掃除のおばさんのお話なのです。

彼女の働く病院の地下室には、「緊張型精神分裂病」と診断された 

10歳の少女の患者がいました。

何に対しても、反応を示さず、ただ暗い地下室のベットに、うずくまっているだけ。

少女は、もう回復の見込みはないと考えられていました。

世界から見放され、一言も話すことなく、胎児のように、丸まったまま、

決して動こうとはしなかったのです。

以前はとても可愛らしい少女だったのですが、いまや、日々やせ衰えていくばかり。

彼女は、そんな少女の個室のまわりを、毎日掃除をしに、やってきました。

そして、ドアの下のすきまから、食事をホウキの柄で、中に押し込みます。

彼女にも同じくらいの歳の娘がいたせいか、少女を不憫に思いますが・・

そこはただの掃除婦、何もしてあげることはできません。

そこで彼女は、せめてそこを去る前に、うずくまる少女の肩をホウキの先で、

そっとつついてあげることにしました。

「ねえ、あなたは一人じゃないんだよ! 

少なくとも、ここにあなたを気にかけている人間がいるんだよ」 

そういう思いを、伝えたかったのです。

掃除のおばさんには、この程度のことしかできませんでした。

ほんの小さな愛の実践です。

ホウキの先ほどの・・・そんなことしかできませんでした。

でも、その程度のことしかできなくても、ただただ、伝えたかったのです。

だから、くる日もくる日も、彼女はホウキの先で、

その少女を、優しくつつき続けました。

そして、何週間か経ったある日のこと、小さな変化が起こりました。

ただ死を待つばかりだった少女が、

なんと自分の手で食事を受け取るようになったのです。

さらに時が経つにつれ、少女は座ることもできるようになり、

掃除婦のおばさんと話をすることまで、できるようになったのです!

こんなことって、ありえるのでしょうか?

偉いお医者たちでも、完全にお手上げだったのに?

こうして少女は、やがて奇蹟ともいえる回復をとげることができたのです。

それから何年か経った、あるうららかな春の日。

その精神病院の院長は、アラバマ州のひとりの紳士から、ある依頼を受けました。

その紳士のお子さんが重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。

その頃、あの奇跡的な回復をとげた少女は、20歳を過ぎていました。

院長は、自信をもって、その彼女を、紳士に紹介しました。

彼女の名は、アニー・サリバン。

そう、ヘレン・ケラーの偉業を生みだした教師です!

地下室で、ただ死を待つしかなかった、あの少女です。 

それは 小さな種だけど、小さきものが、種となりて、

多くの豊かな愛の花を咲かせている。

その有名な人の、その元の元になるお方が、名も無きお人が、きっといる。 

ヘレン・ケラーを世に出さしめたアニー・サリバン女史。

そのアニーサリバン女史を世に送ったのは、なんと一本のほうきで愛を伝えた、 

掃除のおばさんでした。 

<転載終了>

今あなたは、目の前の人に関心を持って接していますか?

「ねえ、あなたは一人じゃないんだよ! 

少なくとも、ここに、あなたを気にかけている人間がいるんだよ」

そんな思いを伝えていますか?

ほんの小さなことでも、自分の出来る愛を尽くしていらっしゃいますか?

三重苦を克服したヘレンケラーは、世界中の人に、愛の力を及ぼしました。

そして、苦しみの中に泣いている多くの人を救いました。

そして、そのヘレンケラーにつきっきりで愛を注いだ人が、サリバン先生でした。

サリバン先生の大きな愛により、ヘレンは、症状は改善することがなくとも、

人生に希望を見出し、自分の中に、神様を見つけたのでした。

そして、そのサリバン先生が、「緊張型精神分裂病」という病気で、

暗い地下室で一人隔離されていた時に、

愛を届けてくれたのが、一人の掃除のおばさんだったのです。

まさに、これが神様のやり方です。

小さな小さな身近な思いやり、愛が繋がって、大きな大きな愛に育ちました。

その結果、沢山の方が光に包まれました。

神様に触れることができました。

もちろんヘレンやサリバン先生の、強い精神の力もあったことでしょう。

ですが彼女たちは、一時は見捨てられ、絶望の淵、死の間際に居たのです。

そこに神様の息吹を吹き込んだのは、1本のホウキによる、小さな、小さな愛でした。

私たちは、自分が当事者で、苦労の渦中にあると、

どうしても自分のことしか見えません。

その苦しい現象しか見えません。

ですが「ピンチはチャンス」と言う通り、神様は、その苦労の後ろにこそ、 

大きな大きなプレゼントを用意して待っています。

それは苦しい環境に対する、不平、不満、愚痴、呪いの言葉ではありません。

そのような状況下であっても、 他人に対する、

優しさ、思いやり、感謝の気持ち、 「ありがとう」の気持ちです。

それに気付いた時、苦労が大きかった分、 

きっと大きな大きな、愛と幸せに包まれることでしょう。

それが神様のなさり方です。

<エピローグ>

サリバン先生が幼いヘレン・ケラ-をひざの上に乗せて、 

「愛とは何ですか?」 と質問しました。

三重苦の彼女にとって、抽象的な概念を理解するのは難しいことでしたが、 

その時ヘレンはこう答えたそうです。

「サリバン先生が初めて私の家に来てくださった時、

私の頭の上に何か温かいものが流れ落ちました。 

それが愛です。」

サリバン先生が、ヘレンの上に流した涙は、

石のように頑なになっていたヘレンの心を砕き、 

氷のように冷え切っていた、彼女の心をとかしたのです。

どんな力や権威でも、また、どんな知識や能力、医学や技術でも、

どうすることもできなかった、ヘレンの心の戸を開いたのは愛でした。


2026年6月14日日曜日

4288「生きる!」2026.6.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月29日の記事を紹介します。


「生きる!」


「置かれた場所で咲きなさい」で有名な、渡辺和子さんは 

その著作や、お仕事(大学の学長)、講演会を通じ、

沢山の方々に生きる勇気を与え、光の道を示してくださいました。 

ですが、彼女も働き盛りの時に、うつ病で苦しみました。 

幼子とマリア 闇を見た瞳 

数多くある、幼子とマリアの絵画の中で、私は上の絵が一番好きです。

人間の瞳の輝きは、生まれ変わりを超えて、決して変わることがないと言われます。

この絵の中のマリアの瞳は、神の子を身ごもったという感情だけでなく、 

数々の、苦しみ、悲しみ、後悔、悔しさ、理不尽を見てきた瞳をしているからです。 

その瞳の深みに、深く引き付けられます。 

ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』で有名な故渡辺和子さんは、 

36歳の若さでノートルダム清心女子大学の学長となりましたが、

若さゆえに沢山の苦労をなさいました。

<引用開始> 引用元 

思いがけず学長という立場につけていただきまして、やはり苦労がございました。

私はいわゆる「くれない族」というものになりました。

・お辞儀をしてくれない。

・あいさつをしてくれない。

・こんなに苦労しているのに労ってくれない。

そういう「くれない族」。

私は「もっと人様に仕える仕事をさせていただくために入ったのに」

と私を修道院に推薦してくださったアメリカ人の神父様のところにまいりまして、

縷々(るる)不平不満を述べました。

すると神父様は、

「あなたが変わらなければ、どこへ行っても何をしても同じだよ」

とおっしゃいました。

目からうろこが落ちました。

他人が変わることばかり求め、幸せを他人まかせにしていた

自分に気づかされました。

私が変わらなければと思い、私の方からあいさつをする人間に

変わる決心をいたしました。

そうすると、周りの方が変わってくださったんですね。

明るくなりました。

それまでは、環境さえ変われば、みんなさえ私を理解してくれれば、と思っていました。

神父様の一言で、大切なのは人に頼ることじゃないんだ、と気づきました。 

「環境が悪い」、「人が悪い」ではなくて、悪い環境ならよくしよう。

よくするためには、まず私が一番先に、変わらなければいけない。

発想の転換と申しましょうか、そういう気持ちになりました。

私は傷つきやすいところがございますけれども、

そのおかげで、人様にこういうことをしたら、この言葉を申し上げたら、

傷つくんじゃないかということが、わかる人間になったと思います。

弱さ、傷つきやすさを逆手にとって、相手の気持ちがわかる人間になる。

だから傷つくことの ありがたさを、忘れてはいけないのです。

時間の使い方は、命の使い方。

この世の中に、無駄なものは一つもございません。

嫌なことや、傷つけられたことさえも、私たちは、いいことに 変えられるのです。

<引用終了>

渡辺さんは学長として、働き盛りだった五十歳の時、

うつ病となり、死を考えた経験があるのだそうです。

そして、周りの方々、取り巻く神々に助けられ、克服しました。

渡辺さんの醸し出す、静謐(せいひつ)の中の深い優しさは、

そんなところから来ているのかもしれません。

ご自分で苦しみを味わったからこそ、同じように苦しむ人々の心の内が分かり、

そして、寄りそい、温かな言葉をかけられるのでしょう。

そう考えたら、ご本人の仰るように、病気さえも無駄ではなかったことになります。

返って神々の、大きな大きな恩寵となったのです。

神様のやり方は、何時も同じです。

神様は私たちの「願ったもの」ではなく、

幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。

それは必ずしも私たちが、欲しくないものかもしれません。

でも、全てが必要なものなのだと、感謝して謙虚に受け入れることができれば、

人の魂は、どんなに光り輝くことでしょう。周りの人たちの心を、照らし出すことができるでしょう。

お腹が空いた時のひもじさが分かるから、素朴な美味しさを感じることができます。

私たち生きている人間は、物事の表面しか見ることができません。

その、ほんの一面だけを見て

・良い、悪い

・幸、不幸

を判断することはできません。

有頂天になったり、落ち込むことには意味がありません。

どんな人も、必ず、時が経って振り返れば、

究極的には、肉体が亡くなって天に返る時、

今の状況に至るためには、その出来事が必要なことであった、

そう気付くことでしょう。

神さまは、幸運を与える前に、必ず

まず、不幸に見える出来事をくださいます。

そして、その出来事に、不平や不満、愚痴を言わず、やり過ごすことができた時、

幸運がやってきます。

それは、必ずセットになっています。

更に、神さまのなさり方が理解できたのなら、きっと前半部分の、

不幸に見える出来事がやって来た時、

感謝の気持ちで受け取ることができるでしょう。 

以前、作った詩です。

辛さとは

耐え忍ぶものではなく、楽しむもの

苦しいことを

ただ苦しんでいるだけでは、苦しみは消えない

苦しんでいる自分から一歩退いて、後ろから眺め、見て苦しみ。 

その経験を心から楽しもうとすれば、 

苦しみはおのずと消えて行く

苦も楽も

善も悪も

生も死も

一瞬も永遠も

光も闇も

ほんとは同じ一つのもの

苦しみ辛さの最中、ほんとは大切な経験をしている。

苦しいという経験

辛いという経験

助けて欲しいという経験

それは、自分だけでなく、周りを巻き込んで、

魂を揺さぶる壮大な人生ドラマの山場

次なる展開への引き金

二元性のこの地球において、二元性を超えてゆくことは

並大抵のことではないけれど、

長い長い輪廻の

時が満ち、今チャンスが訪れている。

試練とはハードルではなく

生まれた時から人生に組み込まれたオプション

だから無理に乗り越えようとせず

その試練を、

吹き抜ける風のように感じてみればいい

どんなに辛い苦難や、厳しい試練も

いつか過ぎ去っていく、

嵐のように

永遠に続くものなど、何一つないのだから

逆らわず、あるがままの自分で、じっと持ちこたえて

心が痛んでも、身体が傷つけられても

魂は、決して傷つくことはないのだから

心も、身体も、魂も

強く

ひたむきに

逞しく

前向きに

潔く

したたかに

生きる

神様は私たちの味方しかしません。

新しい環境に置かれると、不安になりがちですが、

その変化は、神様が起こしてくださった変化、私達を成長させるための変化、

神様は私達を困らせたり、泣かせたりすることをなさいません。

私たちの魂が喜ぶことをなさいます。

変化の時を迎えている方、

どうぞ安心して、明るく笑って新たな環境に踏み出して見てください。

不安の向こうには、必ず幸せが待っています。


2026年6月13日土曜日

4287「10 Days of Darkness」2026.6.13

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年5月21日の記事を紹介します。


「10 Days of  Darkness」

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。

 

みなさま、お待たせいたしました。

澤野大樹公式サイトINTUITIONがリニューアルされました。

以下に澤野さんよりメッセージをお届けいたします。

 

突如として閉鎖された公式サイトが、

ようやくリニューアルを伴って復活しました。 

サイトが閉鎖と聞けば、誰もが一大事ということになるかと思います。

ほとんどの人から見て、それは最悪の事態と映るでしょう。

ですがそこは「量子意識」。 

その事態に直面した直近数日の、最悪と思われたことの向こう側には

きっとそれとは違う別の何かがあるのだろうと、

今回はリアルタイムで考えることができました。 

このひとつの経験がすでに大きな進歩であり成長だと思いました。 

長い目で見た場合、これは私に何をもたらすのだろうか? 

公式サイトを設置しているレンタルサーバ会社に、

サイバー攻撃がなされたことから、

始まった今回の出来事。 

そこも含めて、最初からQCが動いていたのだろう。

そう思えてなりません。 

振り返って考えてみれば、たしかに私のサイトも、

些か古いままで置かれていました。 

それで何か不便だったり、機能が不足していたりだったりとかは、

なかったのですが、

そういうことではなく、己の外形を超えたところにある、

多次元的な刷新というものが、

ここへ来て必要になったのかな、と思いました。 

言っている内容や、書いている内容が、

きわめて「合っている」からこそ、起こること。 

ということは、今回の公式サイトの強制的な閉鎖という事象には、

己のまだ与り知ることのない、意味が込められているのだろうなと。

解けない謎はもたらされない。

越えられない峠もない。

だから解けるもんなら、解いてみなさいよ。

こうして私はたしかに解いた。 

青森に現れたあの「蛇の目」も完全なる必然として、

あの日、あの時、あの場所で、きちんと制御されて顕現した。

それを「奇跡だ」と距離を置いてはいけない。

それは遠巻きに展開される世界ではなくて、

今、己と共にあるのだということ。

つまり、距離はない。 

私のサイトは意図せず、強制的に、しかも突如として閉鎖された。

いきなり暗闇になった。

そしてそれは10日間続いた。 

これぞまさに「10 Days of  Darkness」であり、

それはピンポイントで私に起こった。 

旧い「この世」がいよいよ終わるのか。

じゃあそれは「最悪の事態」か?

今ならそれをもっと的確に、判断できるような気がする。

これまでの「intuition」というドメインから、新たに

「tium」へと変わった。

これはたった4文字のアナグラムだ。 

己の無知を自覚することこそが、

最大の知を生むのだということ。 

もっとも小さなものと、もっとも大きなものは、裏と表で繋がっている。

そこに距離はない。

というわけで、

サイトがリニューアルしましたので、よろしくお願いいたします。

澤野大樹

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新たな時代の始まりを示唆するべく

強制的に産み出されたプラットフォーム,

tium.jp 『知、産む(チウム)』。

サイト自体が脈打つ核を持ち

量子もつれを起こしながら伝説が紡ぎ出されていく、

そんな感覚がわきあがってきます。

澤野氏の論説は、

ジャンルという枠を超えた完全オリジナル。

新しい価値観を手にしていただけたら幸いです。

 

澤野大樹青森講演会主催

小野裕美子