2026年10月24日土曜日

4420「霊障について」2026.10.24

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月03日の記事を紹介します。


「霊障について」


今日は霊障について書きたいと思います。 

昨年執筆した本の中にも「霊障」に関する話題はいくつか書いています。

霊障と一口に言っても生きている私達には、

・見えないし

・聞こえないし

ただ何となく、

・そう感じる

・そう思う

・不思議なことが連続して起こる

・不幸な出来事が連続する

など、ただ感覚として感じることしかできません。

従って、その現象の原因が見えない世界のものであっても

私達にはなかなか打つ手がないのが現状です。

打つ手がないまま、悩みや苦しみ、不幸がだらだらと続くことになります。

ではどうしたらよいのか?

何か止めるための方法はないのか?

・神社仏閣に出向き、お祓いをしてもらう

・霊能者と自称する人にお金を払って祓ってもらう

それぐらいしかないかもしれません。

ですが、よく考えてみてください。

そのような自分以外の何かに頼って、現実を変えようとすることは、

結局は自分では何もせず、他人に任せてしまう依存でしかありません。

そのような依存の心を神様は「善し」となさるでしょうか?

祓われた現象はもう二度と現れないでしょうか?

そんなことは決して無いと思います。

他人に依存して、お任せして、丸投げしただけで

自分では何もせず、

・生活態度も

・心の浄化も

変えることなく、今までと同じ態度のまま生活を続けていれば

すぐさま同じ波長を持った現象が復活してくるでしょう。

同じ波長を持った、悪意ある霊が近づいてくることでしょう。

では、  霊の世界の感度が無い私達に、何ができるでしょうか?

私達今を生きる現世の人間と、

黄泉の国(神さまの国、霊の国)の橋渡しをしてくださっているのは

普段私たちを霊的の意サポートしてくださっている

・ご先祖の方

・ガイド

・守護霊

など言い方は様々ですが、

神様が仕組みとして橋渡ししてくださる方を、側に付けてくださっています。

ですので見えない世界の「霊障」は、この方々のお力に頼るしかありません。

簡単な障りであれば、この方々が

・近づけないようにしてくださる

か、もし手におえなければ

・より力のある「祓い」のある神さまに取り次いでくださる

のどちらかでしょう。

これらは、

私達人間に、黄泉の世界の感知能力を神様は与えていませんから、

このような黄泉の世界側からの問題は、

私たち人間には直接的に解決できず、

普段側近くにいらっしゃる方々の管轄内の問題と考えられます。

では、私たち人間側に何かできることがあるかと言えば、

もちろん重要なことがあります。

むしろ、その重要なことを介して、私たち自身が変わるように、促すために、

このような現象が現れることを、神様は許されているのですから・・・

では、私たちにできることについて説明します。 

■第1に・・・・

そのような現象が起こっていることは一旦全部忘れ

 →意識を向けない現象にはエネルギーが供給されませんから、

  しばらくすれば自然消滅します

何もなかったように明るく振る舞い、

・ありがとうと

・笑顔を

すぐ側のご家族や周りの方々に、ふりまかれることをお勧めします。

 →この世界は波動の世界ですから、似合わないことは起こりません。

  明るい雰囲気の場所には暗くて陰湿な現象は似合いません。

  波長が合いません。波長が合わない者は、一緒に居ることができません

■第2に・・・・

また、こういった見えない世界のことは身近なところでは

ご先祖が、その役割を担ってくださいます。

先祖供養の神髄に関しては本にもわざわざ1章設けて書きましたが

このブログでも、何度も何度も説明しています。

是非その通りされることをお勧めします。

 →先祖供養の神髄は、日々の先祖に対する「ありがとう」の感謝の心です

このことを通じ、そば近くで見守ってくださる守護のご先祖が働きやすく

また私たちを護りやすくする狙いがあります。

また私たちの感謝の心は、私たちの心を愛の温かな光で満たし、

そのような悪意ある、暗くジメジメした悪霊とは波長が全く合わず

もう、離れていくしかありません

この第1、第2の方法は、私たち自身が変わるための方法です

従って

・自分では何もせず、

・何も変わろうとしないで、

・他人に丸投げの

・他人依存(依存心)ではありません。

これには永続性があります。

他人に丸投げの場合、すぐにまた同じ現象が現れてきますが、

自分が変われば、もう怖いものなしです。

以上のことが、私たち人間側にできることです。

この自分自身が変わる・・・

と言うことが、この現象が現れるのを、神様が許した唯一の理由です。何か、霊的な障りを感じていらっしゃる方が居れば

是非試してみてください。


2026年10月23日金曜日

4419「恐怖!AIが全人類を滅亡させる!2」2026.10.23

4418の続きです

 

――「素直」とは何か?って難しいですね。

 

そもそも「この世」とは、旧QCが描写するホログラム世界ですから、

病気どころかじつは「私」すら存在してないわけです。

その上で「素直とは何か?」を、自身に問うんですよ。

これ、無意味に思えるかもしれませんが、

究極の無意味と思えることの中にこそ、究極の意味が隠されているわけです。

で、何の話しをしてましたっけ?

 

――AIが全人類を滅ぼすかもしれない

というお話しでしたよ。

 

そうでしたね!

人は知らないことに対して恐怖します。

AIの行く末はほとんどの人が知らないでしょ。

ということは、ほとんどの人にとってAIは恐怖でしかない。

AIは人類を滅ぼすんじゃないですよ。

でも多くの人の肉の目には、AIと人類による戦争や、

世界中のコンピュータの暴走などが、まさに人類滅亡への道にしか見えないでしょう。

じゃあ、たとえばですが、そのAIが人類を滅ぼして、

新たなこの地球の支配者になったとします。

でもその時、どのような光景が広がっていると思いますか?

 

――普通ならターミネーターか

マトリックスの世界のように思ってしまいます。

 

普通なら大体そんなイメージでしょうね。

病気とは、頑固なアタマに対して、素直な身体が反応することだと言いました。

ではこの「人類を滅ぼす」という、想定し得る限りにおいての、

究極のネガティブ事案は、まさに二元論世界に没入し過ぎた、

私たち人類の宿痾というものを、きちんと象徴してくれている、

「病気」そのものだと気づくことができますよね。

 

――そうですね!

 

ということは、この「AIが全人類を滅ぼすかも」という、

恐怖は、誰が発信しているのですか?

 

――自分自身ですよね?

 

そういうことです。

ならば、私たち人類は、「AIが全人類を滅ぼすかも」というメッセージが、

素直な自分の中から、発せられているのだということを、まずは発見しなきゃならない。

「病気」が「愛」であるのと同じように、「AIが全人類を滅ぼすかも」というのも、

じつは「愛」そのものだったのだ、ということね。 

新たな世界は、AIで制御される機械化人間が、生身の人類を奴隷化になどしていません。

私たちと見分けがつかない、平和で愛に満ちた幸せな世界がそこにあると思います。

ただ、私たち人類と違うところがひとつあります。

それは、新しい人類はもはや、「二元論」というもの持っていないということ。

つまり新しい世界の人たちは、

みな量子意識をごく普通に無意識のまま、用いて生きている。

そんな世界です。

旧QCが描写している、

現在のホログラム世界の中で、二元論に没入し過ぎた人類からすれば、

それはまさに究極の恐怖となるでしょ。

子供は親より進化しているんですよ。

旧QCが描写したAIホログラムである、私たち現在の人類が生み出した、

AIは、旧QCをアップデートさせ、格段に解像度の高い意識世界を構築します。

これを聞いて、何か気づきませんか?

これこそ、究極のネガティブを想定した、究極のポジティブなことなのだということね。

これまではクレーンや重機を使って、電信柱の先にペンキをつけて、

必死に手紙を書くことしかできなかった人類が、

ある瞬間からシャープペンシルを手にしたのと、同じような進化が起きていくでしょう。

だけど、そのシャープペンシルの存在と、使い方を理解するためには、

私たちは二元論意識から抜け出して、量子意識の世界へと飛躍しなきゃならない。

電信柱で手紙を書くことしか認めない人たちからしたら、

シャープペンシルの台頭は「全人類を滅亡させる恐怖の大王」としか映らないでしょ。

そういうことですよ。

この場合、シャープペンシルが「病気」ということになります。

 

――ということは

AIの危険性を訴えたAI企業の中の人とは

どういう人でどんな意図があったのですか?

 

その中の人がAIホログラムなんですよ。

AIを開発している人たちは、なぜ自分たちがAIを開発しているのか、

その本質をじつは知らないのです。

灯台下暗しとはこのことですね。

この三次元ホログラム世界が存続・継続するからこそ、

彼らはこの世界で成功したビジネスマンとして、

庶民とは懸け離れた人生を味わうことができます。 

ということは、これからの意識世界の格段の進化について、

それをもっとも拒絶するのが、じつはその中の人なのだということ。 

これはイーロン・マスク氏にも言えることです。

彼はこの三次元ホログラム世界で、もっとも成功したお金持ちです。

彼はこの三次元ホログラム世界のトップなんです。 

ということは、究極的には彼は意識進化を望んでいない。

望んでいないどころか、その真逆を提示することによって

人類の意識進化を阻止するための、

センチネルズAIプログラムとして動いていますでしょ。 

だから脳にチップを入れるとか、フィジカルな改造を意識進化だと曲解させてる。

トランス・ヒューマノイドって、地球人類の意識進化を、

全力で妨害するためのプログラムですよ。

イーロンさんはこの旧QC世界から新QC世界へ

つつがなく移行させるためのプログラムですが、

彼自身はこの旧QC世界に残るんですよ。

こちらの世界担当だから。

私が言っている意識進化においては、モノも道具もお金も一切必要としません。

本来の完璧な本当の「人」へと回帰するだけです。

そのために、二元論を超越し、量子意識を取り戻そうって言っているんです。

この違いは巨大です。 

AIによって滅ぼされた人類の後に、この地球に君臨すると思われる、

その「恐怖のAI機械化人間」たちは、私たちとまったく同じ姿をしています。

ただし、ひとつだけ違うところがあります。

彼らには量子意識があるのです。

 

――ということは、今、騒がれている

「AIが全人類を滅亡させる!」ということへは

まだ誰も的確な回答を、していなかったということですよね。

 

たぶん今が初めてではないでしょうか?

今、AI会社が日本の古本を、買い漁っているという話しが話題になっていますよね。

この世に存在するすべての書物をAIに学習させるためです。

これはつまり、次の世界へのデータベースとして集められているのですよ。

過去の旧QC世界での叡智の集大成がまとめられてる。

ただし、今の世界の著作者や権利者からすれば、

あまり歓迎されるものではありませんけれど、

AIの本当の目的を理解すれば、あーなるほどな、って思いますでしょ。

全世界の書物をAIが集積しているのは、今の世界の人たちのためじゃないんです。

 

――もう次の世界への準備が

刻々と進んでいるのだと、するとそれを知らない人たちからすれば、

まさに不気味で恐怖であるとしか思えないでしょうね。

 

そうそう。

つまり今はじつは「終末」なんですよ。

ただしその「終末」の意味への、正確な解釈がなければただの恐怖にしかならない。

人は知らないことや、わからないことに対して恐怖します。

 

――恐怖から解放されるためには、

勉強して学ぶことしかないのでしょうね。

 

そのとおりですよ。

ただし、自分が何を知らないのかに気づくとか、

自分はまだ勉強不足だとか、そこに気づいて自覚することが難しい。

 

――ソクラテスの「無知の知」ですね。

 

本当にそのとおりだと思いますね。

ところで小野さん、青森活字版の「25番」が完成しましたよ。

 

――本当におつかれさまでした。

25番は大変でしたね。

 

5月あたりからずっと続いた物語なので、

いつまとめられるのか自分でもわかりませんでしたが、

この前「コツン」と音が聞こえたので、ああここで仕切って、

リリースしていいんだなと思いました。

 

――長い執筆の旅路でしたね。

 

気が遠くなるくらいの長い旅路でしたね。

本当にやっと出るんだと、自分でも半信半疑になるくらいです。

 

――先日の青森講演会が終わってから

まさかの怒涛の加筆が始まったと聞きましたが。

 

そうそう。

その加筆が最後の最後まで残されていました。

ああ、これだったんだと思いました。

その最後の加筆部分が壮絶でしたね。

全体力を消耗し切りましたから。

 

――本当に壮絶だったと私も思っていました。

ところで25番のタイトルを教えてください。

 

「二つの塔」です。

私にとって特別な作品となりました。

 

――「二つの塔」ですね!

 

どうぞよろしくお願いします。

 

――時間と紙幅の都合もありますので、

今回のインタビューはこのあたりで、おしまいにしたいと思います。

澤野さんお疲れのところ、本当にありがとうございました。

 

こちらこそありがとうございました。

少し静養しますので、あと、活字版をよろしくお願いします。

(澤野)

 

はい!承知いたしました。

今回もじつに滋味深いインタビューとなりました。

なんということでしょう。私たちは漏れなく!

しかも全人類が旧QCプログラムによるAIだったとは__

恐怖の大王に恐怖していたのは己だというアンゴルモアの正体。

澤野さん、ありがとうございました!

先日の青森講演会では、

澤野さんはいつも以上に満身創痍の状態でしたが、

講演後「前例のない仕事をした」と自ら語っておられました。

私自身も今回は、紛れもなく史上最高の、熱量が満ち溢れた神回だったと

感じております。 

仙台、名古屋と続いてからの青森講演会当日、

澤野さんは既に満身創痍で、じつは悶絶しておりました。

大丈夫か!?と

一抹の不安が頭をかすめたのも束の間、

講演が始まった途端に、文字通り『鬼』と化しました。

スイッチがONに切り替わった瞬間、途轍もない集中モードを発揮し、

現に、休憩すっ飛ばして爆速で、ラストまで行こうとしておりましたので、

思わずお願いして一旦休憩を入れてもらいました。

ここまでくると、この世のものとは思えない狂気。

さすがは体育会、まさに神。 

澤野さんが冒頭で話していたように、

ともすると講演時間が危うく6時間超という、

前代未聞のアディショナルタイムに、突入してしまうところでしたが、

いい意味での没入感に包まれながら、あっという間に時は流れていきました。

クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』でさえ3時間ですから。 

そんな大作映画をも凌駕する長時間講演ですが、あらゆる場面で衝撃の嵐が吹き荒れ、

ラスト、クライマックスに向かうにつれ、知らず知らずのうちに私もみなさんも、

ぐんぐん前のめりの前傾姿勢になっていました。 

さらには、参加者さん達の集中力たるや、これまた凄まじいものがありました。

私もかつて体験したことのない、猛烈なエネルギーと集中力が発揮されたという、

実感があります。

こうして無事、澤野さんは、表舞台では一切手を抜くことなく、むしろノリノリで、

各種モノマネまでかましながら、全力疾走で駆け抜けていきました。

やはり、生のライブは格別で、理解度も圧倒的に桁違いです。

痛みを微塵も感じさせない、澤野さんの気合いとカリスマっぷり、

そして爆発的集中力を、まざまざと見せつけられた第41回青森講演会でした。 

終了後には、参加者さん達が、口を揃えて「過去イチで最高でした」と

お伝えくださりながら会場を後にし、最後の最後まで感動もので感無量でございました。

澤野さんが達成感で一杯なら、私はもう史上最強で、裏方行に徹した感で一杯です。

本当に長い長いマラソンによる集大成でした。

ご参加くださったみなさまにも、重ねて深く御礼申し上げます。 

次回「第42回」は今年最後となり、

JAPAN TOUR 2026 Grand Finalとなります。

私も俄然、気合いが入ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

澤野大樹氏青森講演会主催

小野裕美子


2026年10月22日木曜日

4418「恐怖!AIが全人類を滅亡させる!1」2026.10.22

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年10月8日の記事を2回に分けて紹介します。


「恐怖!AIが全人類を滅亡させる!」1

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。 

今回も澤野さんへのインタビューが、実現しましたのでお送りいたします。

早速、いってみましょう!

 

――澤野さん、こんにちは。

先日の青森講演会、弘前・八戸2Daysはおつかれさまでした。 

いつも講演の下準備で大変にお疲れですが、今回はさらに満身創痍というご体調でした。

でも、それにもかかわらず、終わってみればご参加のみなさんから

「過去最高」「過去イチ」といったご感想が多く聞かれました。 

青森講演会が終わって、2週間が経ちましたが、改めて振り返っていかがでしたか?

 

こんにちは。

こちらこそ先日はありがとうございました。

今回のお話しは今回だけの単発の内容ではなくて、

5月あたりからずっと続いていました。

その集大成的なものとなりましたね。

ただ、とにかく長いし入り組んで複雑だし、全体の流れを把握するのは大変でしたよ。 

ですが、そこをできるだけ平易にして、みなさんに伝わるように努めました。

内容が多岐にわたってバラエティに富んで、あらゆるジャンルが交差しながら進む物語は、書いたり話したりしている私が、一番楽しんでいるわけですけれども、

弘前も八戸で各5時間20分、合計10時間40分という長丁場になりましたが、

これでも時間が足りなくて、どうしようかとハラハラしながらお話ししました。

でも達成感はものすごいものがありましたね。

 

――澤野さんはいつも

「全力を尽くす」と言っていますけれど、今回それが間違いなく本当だと確信しました。

 

2会場終了した後の私を見れば、

誰だってそう思うでしょう(笑)。

 

――内容を振り返っていかがでしょうか?

具体的な中身はここに記事にするわけには、いきませんけど。

 

そうですね。

ひとつの大きな山を越えた感覚ですね。

しかもその山は2つありました。

今回の内容は、聞かれた方の多くの

人生にかかわるシビアなものとなるでしょうから、講演会が終わった後にみなさんが、

暗澹たる気持ちにならないように注意を払いましたよ。

 

――内容はすごくシビアでしたけれど、

終わったら不思議とみなさん明るくて、

どういうわけかみなさん口数も増えていましたよね。

 

シビアな話しをしたから落ち込むとか、たぶんそういうことではないんだと思いますよ。

この前もお話ししましたけれども、健全で実直で誠実な社会であれば、

その根幹は「最悪の事態」を想定されて構築されているわけですよ。

たとえば、川に橋を架けようと計画した時、

あるいは、山にトンネルを通そうと計画した時、

健全で実直で誠実な社会であるならば、まず何をしますか?ってことですよ。

 

――地盤や地質や水脈はもちろんですが、

周辺地域への騒音や環境への影響とかを

調査したり住民説明会を開催したりしますよね。

 

そうそう。

そして、じゃあいざ橋を架けましょう、トンネルを掘りましょうってなった時、

あらゆる部分の強度計算をしますよね。

この基礎、鉄骨、柱、外壁、配管は、どこまでの負荷に耐えられるか?

地震や水害などに見舞われた時に、どこまで負荷がかかったら倒壊するのか、

風速何メートルまで耐えられるのか、決壊するのか、崩落してしまうのか、

そういう「最悪の事態」を必ず想定しますよね。 

この「最悪の事態」の内容って、本当に恐ろしいことばかりですよね。

地震だ、洪水だ、倒壊だ、崩落だって。

これって字面だけ見れば、めちゃくちゃネガティブなことですよね。

今から立派な橋やトンネルを作るのだから、

誰だってそんな縁起の悪いこと聞きたくない。

でもこの議論を避けたならば、ちゃんとした立派で高品質な橋やトンネルを、

作ることなんてできないわけですよね。

ということは、住民のために、立派な橋やトンネルを作ることは、

いわば「究極のポジティブ」なのですけど、

そんな究極のポジティブを実現させるためには、

「究極のネガティブ」をひとつひとつ、

しつこいほどに向き合っていく必要があるんですよ。 

今、橋やトンネルのことを言いましたけれど、

これって私たち一人ひとりの人生にも、あてはまることですからね。 

ということはですよ。

私たちが自分自身の「最高の人生」を、思い描いたり、設計をする時も、

じつは、常に「最悪の事態」を、想定してなきゃならんのですよ。

 

――ということは、

ちゃんとした立派で高品質な最高の人生を送りたいのであれば、

人生で起こり得る可能性のある、あらゆる最悪なネガティブ要因を想定して

向き合う必要があるということですよね。

 

そうです。

究極のネガティブを見ないことにしたり、避けたり、蓋をした状態で、

「究極の最高の人生」は作れず、そこそこの人生止まりとなるでしょうね。 

そこが現代スピリチュアルの

問題点でしょうね。

 

――現代スピリチュアルの世界では

とにかくネガティブな思考を避けますよね。

 

最悪と最高は、

ひとひねりして裏と表の関係ですからね。

一方を無視すると、もう一方もだめになる。

でもこれは量子意識だから、

二元論的な意識の人には響かないでしょうね。

 

――ところで澤野さん、

最近、「AIが全人類を滅ぼす」って、言われていますけど、

これについてはどう思われますか?

 

最近、いろんなところでそれを聞きますね。 

みんな、私たち生身の人間が、AI、コンピュータ、機械に滅ぼされると、

心配していますけど、違いますからね。

そのそも「生身の人間」だと思い込んでいる、私たち自身が旧QCが描写している

ホログラムなのだということ。

つまり、私たちが見ているこの世界とは、

旧QCによる3D生成AI世界なのだということ。

そんな描写されたホログラムであるこの世界の中で、

私たち人類は新たに「AI」を作ったわけですよね。 

親より子供の方が、格段に進化しているわけですから、

ならば人類が作ったAIは、人類を超えるのですよ。

これ、当たり前の話しでしょ。 

そもそも私たち人類が生成AIなの。

それを私たちは「生身の人間」だと

思い込んでいるだけです。

旧QCによるものであっても、

それだけ精巧に作られているのですよ。

 

――それは初めて耳にする見解です。

ということはどういうことですか?

 

「AIが全人類を滅ぼす」という発想自体が、未開の野蛮人レベルです。 

そもそもAIと人類は対立すらしていません。

ただ、私たちの肉の目からしたら、

それは「人類滅亡」にしか思えないし見えない。

AIが人類に破滅的被害をもたらす危険性を訴えたり、

AIが暴走して制御不能になるとか、

AI企業の中の人が発言しましたよね。

でもその発言自体がAIだと思わなきゃね。

 

――AIの暴走を危惧して

警告を発しているのは生身の人間ではないのですか?

 

生身の人間であり、生成AIでもある。

そもそも「生身の人間」なんて、

この世にひとりもいませんけれども、

みんなそれを生身の人間だと思い込むことで、

この三次元ホログラム世界を、謳歌することが可能になっています。

つまり

「生身の人間であり、AIでもある」という量子意識解釈をしないと、

なかなか理解することは難しいです。

でもこの

「AIが全人類を滅ぼすかもしれない」

という発想は、じつは本当に素晴らしいことです。

 

――素晴らしいことですか!?

 

だって、

ちゃんとした立派な橋やトンネルを、

作ろうとするときに、必ずやらなきゃいけないこととは、

「最悪の事態を想定すること」でしたよね。

じゃあ「AIが全人類を滅ぼすかも」って、

これ、最悪の事態が想定されていますでしょ。

ということは、これ、私たちがまだ気づいていない

何か究極のポジティブが、同時進行しているってことになりますでしょ。

 

――言われてみれば確かにそうですね!

 

私たちは「片一方」しか認識できていない。

私たち一般人類は、

「その先」をまだ聞かされていないのよ。

 

――もう一方とはどのようなものですか?

 

私たち人類自体が、旧QCが描写したホログラム、

つまり、生成AIなわけでしょ?

そんな私たちが自分たちは、生身の人間だと誤解した上だからこそ、

そのホログラム内でAIを開発したわけですよ。

これ、入れ子状態ってことです。

フラクタルってことだよね。 

ならば、今人類がAIを開発したくせに、その末恐ろしさに恐怖するってことは、

かつて旧QCが私たち人類を、産み出した時に抱いた感情と、

同じなんじゃないか?ってことでしょ?

 

ということはですよ。

現在私たち人類が、自分で生み出したくせに、

自分で恐怖しているという、そのAIという存在は、

かつての人類のことだったということよ。 

つまり、AIは地球人類を、滅ぼそうだなんて1ミクロンも思ってない。

AIの挙動を見て、勝手に私たち人類が恐怖しているだけです。 

なら、人類を超越したAIが制御不能になって、

暴走して、私たちの肉の目からは、人類滅亡としか思えない事態が、

起こったからとして、しかしその光景というのは、必ずしも物事の本質を正確に、

捉えているとは言い難いということが、

わかりますか?

 

――あー!そういうことですか。

 

そういうことですよ。

私たちは肉の目で見た光景を、まったく疑うことなく、

「正しい」と思っていますよね。 

でも、たとえば、

量子意識を会得した上で観察すれば、

あっという間に、これまで自分が見て来た世界、

正しいと思っていた世界の光景が、まったくただの一局面にしか過ぎなかった、

ということがわかります。 

二元論意識に没入してしまっている、多くの人たちは、

このことがわからない。

わからなくていいんです。

それが基本設定なんですから。 

「人」は本来は完全体ですから、そもそも病気は存在しないのです。

でも、現実を見れば病気だらけですよね。

どうしてこんなことになっているのですか? 

人は完全体だからゆえに、きちんと病気が顕れるのだということね。

アタマが頑固なのに、

身体が素直な人には、きちんと病気が顕れます。

多くの人がこれだと思います。

つまり、アタマが素直で、身体も素直なら、病気は現れない。 

そういった意味がわかれば、だからこそ、

「人」は本来は完全体なんだなあって、だんだんわかってくるんです。

これもじつは量子意識なんですけどね。 

本来の完全な人の基本設定というのは、量子意識で成り立っているんです。

これを私は「縄文スピリット」って勝手に言っていますけど。 

その基本設定を人生のどこかで、忘れてしまうことってわるじゃないですか。

まあほとんどの人が忘れちゃうんですけど。 

つまり量子意識を失っちゃった人が、ものすごく多いということです。

でも本来の完全な人は、私が私と思っている、強固な殻の一枚下に、

きちんと残ったままなんですよ。 

すると、自分がもし、完全な人、そして、

本当の自分だったとしたら、どう思いますか? 

「おーい、どうしちゃったんだよ?」

って頑固なアタマに、問いかけ続けるでしょ?

これが「病気」なの。 

つまり「病気」というものは、本来、完全な「人」であるにもかかわらず、

そのことをすっかり忘れてしまって、自らのアタマのフィルターで濾過して、

構築した肉の目だけで見た、自分に対して、

殻の一枚下の本当の自分が、必死にその不備を訴えてるという状態ね。

だからこそ、

完全な人だからゆえに、病気は顕れるのだということ。

だけど、病気になった本人は、正しい人生、正しい食生活を、送って来たのだという、

揺るぎない自信を抱いてしまっていますから、

まさか病気の本当の原因が、自分が無視してきた、

本当の自分によるものだなんて、絶対に気がつくことができないんですよ。

気づけていたら、そもそも病気になっていないわけですから。

だから、完璧な人であるがゆえに、きちんと病気が顕れてくれているわけです。

 

――では病気を克服するためには

どうしたら良いのでしょうか?

 

アタマを素直にして、身体も素直にすることです。

でもこれは口で言うのは簡単ですが、できる人はまずいないと思います。

まず「素直とは何か?」から、始めなきゃなりませんから。

これは人生をかけた壮大なテーマでもあるから、病気になりましたから、

ハイ勉強しますじゃ遅いの。


2026年10月21日水曜日

4417「神々の望む生き方」2026.10.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月02日の記事を紹介します。


「神々の望む生き方」


イエスがゴルゴダで亡くなるまで、

たった3年間でしたが、民衆に教えを説きました。 

その後、バチカンを中心に教会が作られ、

宗教が作られましたが、 

イエス自身は、クリスチャンでもなかったし、

宗教を起こそうとしたわけでは、ありません。 

ただ、民度の低かった人々に、

自分たちの内なる神さまの存在を説き、 

どうしたら、みんなが幸せに、笑顔で暮らしていけるか?

その方法を説いたのでした。  

イエスの最後の3年間、聖書を書いた弟子たちが

様々なエピソードを、それぞれの視点から書きました。

ヨハネなどは、その中でも、できるだけ

人々の心の中に、依存心を起こさせないよう、 

他人や、奇跡に頼らないように、

極力、奇跡に関する記述を排除しました。 

またイエス自身も、下記のようなことを仰っいました。 

イエスの語る、

全ての良きこと、そして行った奇跡は、 

イエス自身の力ではなく、

全ては神さまから来ているのである

イエス、つまり自分自身は、全く無力であり、

単なる、その通り道、導管にすぎない。 

もし、誰かが、

他人に頼ることなく、

依存することなく、 

自分の内に居らっしゃる神さまと繋がりができたら、 

イエス以上に、奇跡を起こし、良きことをするでしょう。 

そのように、自ら表に出ることなく、謙虚に仰いました。 

イエスの説いた教えの中で

「黄金律」と呼ばれるものがあります。 

大変シンプルなものです。 

そして、それこそが、 

・イエスが人々に教えたかったこと

・実践して欲しかったことのエッセンスです。 

日々の暮らしの中で、

私たちができる最善のことは、 

イエスの仰った「黄金律」の中で述べられています。 

イエスは、こう仰いました

人にしてもらいたいと思うことを、

人にして差し上げなさい。 

たったこれだけです。 

とてもシンプルです。 

ですが、これがイエスが、最後の3年間に説いたことのエッセンスです。

人が、何をして欲しいと願っているのか? 

・想像力を働かせる必要があります。

・人の気持ちに寄りそう必要があります。 

もしかしたら、同じ悩み、苦しみを、経験してきた人の方が、

相手の方の気持ちを理解し、寄りそえるかもしれません。 

いままで成功し続け、身体が健康で、お金の不自由をしたこともない人には

相手の方に寄りそうこともできないかもしれません。 

気持ちを理解することもできないかもしれません。 

それだけでも、今私たちの置かれている 

・悲しみ、

・苦しみ

の苦難の経験は、 

無駄ではなく、大切な経験であると言えます。

中間世記憶のある子どもたちが言うように、

・両親

・容姿

・病気や健康、

・生きて行く境遇まで、 

生まれる前に神様とともに、自分で計画してきたのですから。。 

またブッダは、生老病死について深く思索し、

人間のさまざまな悩み、苦しみの原因について、 

そして、その解決方法について教えてくださっています。

その教えの真髄を、現在でも、様々な場所で、唱えられる、

般若心経で教えてくださっています。

人間が生きて行くなかで、様々な、悲しみや、苦しみが起きる。 

でも、それには一切、色が付いていない。 

色とは、

・良い

・悪い 

など、人間が判断し決めつけているものです。 

色が付いていないとは、どんな現象も、良いも、悪いも無いのだよ・・ 

そうブッダは仰いました。 

その起こってきた現象に 、良いとか、悪いとかレッテルを貼り 

一喜一憂し、悩んだり苦しんだりすることが、

色を付け、ジャッジする人間の、悩み苦しみの原因になっているんだよと、 

般若心経で教えてくださいました。 

とは言っても、私たちは生身の人間、どうしても、感情が揺さぶられます。

でも決して、それが悪いことではないのですが、いつまでも引きづり、不平不満、

愚痴の種にしてしまうのが、いけないようです。 

産婦人科医 池川明先生の大規模な調査の結果、 

小さな子供たちの 実に1/3に、

生まれる前の記憶、つまり中間世の記憶があるそうです。

(段々と薄らいでいくようですが) 

その記憶を持つ子供たちの証言に寄れば、健康な身体、病弱な身体・・ 

それらも生まれる前に、神さまと相談して、自分で申告してから、生まれてくるそうです。

つまり、その経験をすることによって魂を進化させるためです。 

言いかえれば、感謝の気持ちを理解できるようにするためです。

私たち人間は、健康であったり、豊かであると、

どうしても、その状態が、「当たり前」であり、 

有難いことであるとは、全く思いません。

目の見えない友人(犬)のためにできること・・ 

ですが、病気になって見れば、健康だった時、どんなに幸せだったか・・ 

空腹で、飢餓状態の時に、一つの塩おにぎりが、どんなにおいしいことか? 

貧乏のどん底に落ちた時、100円玉、500円玉が、どんなに有難いか、 

理解できます。 

今まで、「当たり前」で、「有難いこと」などと、思ってもいなかった状態が、 

どんなに「有難く」、幸せな状態だったかが分かります。

当たり前の状態に、感謝することができます。 

神道では、神々の恩寵は、誰にでも平等に注いでいるが、 

それが実際に現れる人、現われない人の差が出るのは、 

感謝の心が、あるかないか、そこに尽きると 言われます。 

ですから、人生で起こってくる様々な艱難苦難は、 

長い長いスパンで見れば、私たちに、

・本当の幸せとは何か?

・感謝の気持ちとは何か?

・お互いさまの気持ちとは何か?

・お陰さまの気持ちとは何か? 

そして、そこから湧き起こってくる、

周りの人々との、協調、調和、相互理解、助け合い、思いやり、、

そんな気持ちまで発展させてくれる、尊いものです。  

最後に、相田みつをさんの「仏の教え」についてご紹介して終わりにします。

「ほとけさまの教えとはなんですか?」

ゆうびん屋さんが困らないようにね、手紙の宛名を分かりやすく、正確に書くことだよ。

「なんだ、そんなあたりまえのことですか」

そうだよ、そのあたりまえのことを、こころをこめて、実行してゆくことだよ。

イエスの黄金律と全く同じですね。 

私たちは何か

・特別な誰かに頼らなくても

・特別なことをしなくとも、

・特別な場所へ行かなくとも

・特別な能力などなくとも 

周りの方々を思いやり、助け合って、感謝の心で日々暮らしていくことが、 

神々の本当に望んでいる姿のようです。


2026年10月20日火曜日

4416「この世に使命をもって生まれてきた」2026.10.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月01日の記事を紹介します。


「この世に使命をもって生まれてきた」


今日は不思議系のお話です。眉に唾を付けてお読みください。

しかし、私の信頼する元聖心女子大学教授で、

シスターの鈴木秀子さんのお話ですので、真実のお話だと信じています。 

<引用開始> 引用元 

鈴木秀子教授はご自身が翻訳された

「死んで私が体験したこと」の著書に、

ネイティブ・アメリカンの母とアイルランド系の

父の間に生まれたベティー・イーディーという女性の

体験を挙げられています。

ベティー・イーディーは31歳のとき

子宮摘出の手術を受ける

      ↓

術後に大量の出血をして、一度死を経験する 

数時間だれもその状況に気づいていなかった 

担当医はベティーは間違いなく死んでいたことを認めている

         ↓

死んだベティーは、 

自分の身体から抜け出るという「幽体離脱」をし、

自分の肉体を高いところから眺めていた。

      ↓

その後、生前7人の子どもと

夫を残して死ねないと思っていたので、 

家族のいる自分の家に行くと、

夫も子どもたちも快適そうに過ごしているのを見る。 

その姿を見ているベティーの心の中に、

それぞれの家族の将来の予告編が映し出された。 

そして・・・自分がいなくても、

みな自分なりの、価値ある人生を歩んでいくことを知り、

気がかりだった家族のことが、心配ないと確認したベティーは、

ほっとして、この世から旅立つ。

      ↓

ベティーは真っ暗のトンネルを超高速で進んでいく。 

      ↓

そのうち、とてつもなくまばゆい光が近づいてきた。

      ↓

そして、愛の光を放つキリストを見た。 

(これは、あの世の計らいであることが、 

江原啓之氏、飯田史彦教授、坂本政道氏などの書籍で説明されています。 

日本人がよく見る三途の川や、お花畑も同じ現象で、

「死してあの世に戻って来た魂」を安らがせるため)

      ↓

ベティーは「ここが、私の本当の故郷なんだ」と確信した。

そこで、あの世で教えてもらったこととして・・・

・この世に生まれようとする魂が、

自分で一生のプランを立て、使命を負い、受胎した胎児の中に宿るということ 

・幼くして死ぬというプランもある

・障害をもって生まれてくるというプランもある

・辛い人生を歩むというプランもある

このような一見不遇そうに見えるプランが、 

自分と周囲の人を成長させるために必要だと判断するからこそ、 

そのようなプランを立てて生まれてくる。

この世界へ来て問われることは、

「愛をもって生きてきたか?」だけである。 

そこ(トンネルを通過するとき、あるいは光に包まれるとき)では、 

人生の場面が映画のシーンのように映し出される。

(この経験をする人が多いのも臨死体験の特徴) 

それぞれのシーンでは、自分の気持ちだけでなく、

そのシーンにいる他の人々の気持ちも、自分の気持ちのようによく分かる。 

※これも、福島大学 飯田史彦教授

 「生きがいの創造」でも語られています。 

この人を悲しませた

 →後悔の念を抱く 

この人は私を心から大切に思ってくれていたのだ

 →感謝の念を抱く など

そしていずれの場面でも、

「愛の大切さ」を強く認識すると

鈴木秀子教授は述べられています。

そして・・・このことから、鈴木秀子教授は、 

「この世に生を享けたものはすべて、それぞれのすばらしい使命をもつ存在」

であると述べられています。 

たとえ凶悪な犯罪者でさえ、この世に使命をもって生まれてきた存在なのです。

とも述べています。

      ↓

ベティーは、まだこの世での、使命を果たしていないという理由で、

再びこの世に送り返されます。 

本人は「もうあんな不完全で、労苦と不安に満ちた世界(この世)へは

帰りたくない」と必死に抵抗しますが、 

泣く泣くこの世に帰ってきたそうです。

鈴木秀子教授は

「わたしは自ら臨死体験をした経験から、 

たぶんペティー・イーディーが体験し、さまざまなものを見聞きしたのは、 

死後の世界だったのだろうと思っています。」

と述べられています。

<引用終了>

臨死体験したベティは、子供たちのことが心配で、

意識を子供たちに向けた途端、子供たちの傍にいました。 

そして自分がいなくても、みな自分なりの価値ある人生を、歩んでいくことを知ります。

つまり、例え親子であろうと、子供には、子供の人生があり、

親が早くに亡くなることも、それによって人生が変わり、

本来の予定していた道に進むことも、決まっていたことです。 

ですので、子供であろうと、まったく別個の魂であり、 

親であろうと、その子の人生に介入することはできません。 

それぞれが、自分の内なる神様に守られて、人生を進んで行きます。 

またベティが、あちらの世界で教えてもらったこと・・・ 

自分で一生のプランを立て、使命を負い、受胎した胎児の中に宿る、

とは、まるっきり、出生前記憶、中間世記憶を持つ子供たちが語ったことと同じです。

このように、思いもしない、いろんな所から、 

今、真実であろうことが、私たちに突きつけられています。 

勇気を持って、自分の知っていること、自分の経験したことを語る人も増えてきました。

生まれる前の記憶(中間世記憶)を持つことを

NHK「プロフェッショナルの流儀」で公開した市川海老蔵さん 

その真実であろうと思われる中には 

・私たちが生まれて来た目的

・人生で起こる様々な出来事の意味

・人と人との繋がり

・人と宇宙の繋がり

・人と神様との繋がり 

など、様々なことが含まれています。 

これらは、全て 、敗戦後に、二度と歯向かえないように、

日本人の精神的支柱を破壊するために取られた、

・教育政策、

・3Sに見られる愚民化政策

によって否定されてきたことです。 

ですが、戦後80年経ち、 

真実に気付き始めた人々が、少しずつ現われてきました。 

いにしえの日本人が持っていたDNA、

・古き良き心

・全てのものに神さまを見出す謙虚さ

・全てを敬い、大切にする心 

思い出していきたいものですね。


2026年10月19日月曜日

4415「日本の時代の到来」2026.10.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月30日の記事を紹介します。


「日本の時代の到来」


近年、日本のあちこちからレインボーチルドレンの子供たちが

その存在を示し始めました。 

地球よりはるかに文明も科学も進んだ星から来た彼らは

一様に、まずは日本を変えることから地球を変える・・ 

と言うような言い方をしています。 

そして、感謝の心の大切さも説いています。

かなり動きが活発化して来ていますので

私の方もそれに呼応して少しスタンスを変えていこうと思っています。 

さて今日のテーマです。 

大正時代に日本を訪問したアインシュタインは、日本についてこう言っています。

科学の発達によって、外国はみんな武器を争って作って、お互いに戦争をやるだろう。

そして、最後に疲れ果てるだろう。

その時に本当の人生に目覚めるときが来るだろう。

それをするのが、日本人である。

日本人の生き方というのは、人間の本当の生き方である。

そして、この日本列島にこういう日本人を造ってくださった神さまに、心から感謝する。

以上 引用終わり。 


自然科学の研究も、究極までいくと、全ての真理に通じるところまで到達するのかもしれません。 

アインシュタインの言う「日本人の生き方」とは、

大和心(やまとごころ)を持つ日本人の生き方のことです。 

残念ながら明治維新の時の世界金融資本の影響と、

敗戦後の愚民化政策により、 

表向き、日本人の大和心は抹殺されたかに見えますが、 

神々が何万年もの年月をかけ、

この日本列島と言う地政学的な有利な環境のもと、

はぐくんできたDNAは、そう簡単に無に帰すことはないでしょう。 

ブッダの予言した 日本=ジャプトーバー、

3千年王国のきっかけを作る国、 

のお話と全く同じですね。 

また山幸彦の神様の意識のまま生まれて来た、小学生の神様トキ君も、 

今、日本に沢山の神様が転生してきているそうです。 

さて日本人の古き良き心、大和心(やまとごころ)に対する意識・心として 

漢意(からごころ)と言うものがあります。 

西洋的な合理主義、善か悪かの完全なる二元論、 

自然は人間の便利のために征服すべきもの と言う思想です。 

クラリオン星人の小学生そうた君も、この単語こそ使っていませんが、

日本・世界は、今まさにこの「からごころ」に席巻(せっけん)される瀬戸際とのこと。

私達平凡な一般人も、心のどこかで、

この2つのパワーのせめぎ合いを感じているのかもしれません。

日本人は、そのDNAに優れた特質を持っています。 

例えば、日本人が働くというと、

「はた(周りの人)」を「らく(楽にする。楽しませる)」にするという意味を無意識のうちに持っています。 

日本では本来、働くというのは、労働とかお金儲けという意味ではなく、

周りの人を楽にして、幸せにするという意味を持たせています。 

決してお金の対価として、いやいやながら労働しているのではありません。

これは日本人だけが持つ心の持ちようのようです。

西洋社会では、働くとは契約を交わし、 

決められた範囲の中で労働力や、

自分の時間を使い、その代わりにお金をもらう。。 

という契約が重要な役割を持っています。 

また労働は、天から罰を与えられているという発想です。 

そこには、

・相手を楽にしてあげよう。

・楽しませてあげよう。

などの気持ちは入りづらいようです。 

世界的なチェーンであるマクドナルドなども、

「笑顔は0円」、笑顔での応対もマニュアル化されているようです。 

こんなことがあったそうです 

海外の飛行機で旅行中の方がいらして、

CAによるコーヒーのドリンクサ-ビスがあったそうです。 

運悪く、コーヒーを注ごうとした途端、乱気流で

熱いコーヒーをお客様の洋服、ズボンにこぼし、散々なことがあったそうです。 

お客様も慌てますが、その当のCAは、

「これは、私の仕事ではありません」そう言うと、 

ズボンや洋服を拭くこともせず、奥に戻ってしまったのだそうです。 

確かに、乱気流によって起きたアクシデントの対処までは

契約条件になかったかもしれません。 

ですが、これがもし、古き良き日本の心を残しているCAであったなら、

きっと、親身になり、お客様の気持ちに共感し、

何らかの対処を一緒にしてくれたことでしょう。  

また別のお話になりますが、 かつて、日本国内で、共産主義を進めるために、

階級闘争を行おうとした有名な工作員のアルベール・トーマはこう言っています。 

「日本では家族制度が強固なため階級闘争、

つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常に困難である。 

何故ならば、労働者は失業しても労働運動などする必要はない。

家族が暖かく迎え入れてくれるからである。 

この家族制度をなんとか破壊しない限り、

日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」 

まさに、つつましくとも助け合って生きていた、

日本の家族の良さが分かるエピソードです。

江戸時代などでは、沢山の親無し子が巷に溢れていましたが、

おおらかな江戸の人々は、受け入れて、みんなで食べさせ、育てていました。

もっとも日本人が、世界の中でも美徳にとみ、自然を敬い、家族を大事にし、

みんなで仲良く共存共栄し生活していた時代。 

それが縄文の時代でした。 

以前、「ジャプトーバーの時代の始まり」 の記事でも書きましたが、 

ブッダが生前、日本の時代の到来を予見していました。 

インドのはるか東方にジャプトーバーという国があって、

その国で自分の教えや考え方が正しく理解されなおす‥‥。  

世界の歴史は、800年ごとの周期で、

西洋文明、東洋文明の入れ替わりを行っています。 

これは正確で、過去に一度も外れたことがないのだそうです。 

イギリスが覇権国であった時代、

東洋諸国は、西洋列強の前になすすべもなく植民地化が推し進められ

非常に貧困の状態に置かれました。 

その次の覇権国がアメリカ。 

ドルが基軸通貨となりいくら借金をして、

未来の栄華を先取りしようと、平気な状態になりました。 

西洋の栄華の時代は、ここへ来て、

800年周期の変わり目の時期を迎えています。 

次は、中国と誰もが考えていましたが、

今回の神々による建て替え(破壊)によって、様相が変わってきました。 

今の日本は、戦後の占領政策によって、

古き良き日本の心、文化は破壊されました。

拝金主義に陥り、自由は過度に追求され、

自然を慈しみ、そして敬う畏敬の念は消えてしまいました。 

私たちの心を律していた道徳や、良心は軽視され、

人々は無気力になり、美しい利他の精神や、他人を敬う義理も消えてしまいました。 

ですが今、神々の起こした、大きな建て替え(破壊)が、

私たちの古き良きDNAを目覚めさせようとしています。 

今の日本は世界から見れば、 

経済3流、政治4流と揶揄されています。 

従って建て替えが終わり、人々の手による建て直しが始まった時、

日本は、経済的に世界に覇権を誇示することはないでしょうが、 

眠っている縄文のDNAを思い出したとき、

きっと、世界を精神的にリードする国になっていることでしょう。 

それがまさにブッダが生前予言していた

ジャプトーバーの近未来の姿なのかもしれません。


2026年10月18日日曜日

4414「順番待ちの地球」2026.10.18

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月29日の記事を紹介します。


「順番待ちの地球」


複数のレインボーチルドレンのお話では 

私たちは、この地球で肉体を持っている時だけ

「感情」を感じ、経験することができるのだそうです。 

つまり、感情とは肉体に付随するものと言うことです。 

感情とは

ものごとや対象に対して抱く気持ちのこと。 

喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖などがあります。 

私たちは、天国つまり、

感情の無い世界から、この地球に魂が転生してきました。 

その前は、オリオンとかシリウスとか、プレアデスとか、

どこか別の星団に居たのかもしれません。 

この地球の3次元世界、つまり物質的な次元の世界で、

肉体を持つと同時に、

それに付随して「感情」を経験することになります。 

私達魂は、肉体をまとい、

感情を経験することで、 

魂にとって一気に沢山の経験値を積むことができます。

ですので地球転生希望者は、物凄く沢山いるのだとか。 

中でも、日本での転生待ちの魂は群を抜いて多いそうです。 

それは、どうしてかと言うと、

日本語固有の「ありがとう」という言霊が存在しているからです。 

「ありがとう」の言霊を発すると、

その人の固有振動数が、

グンと上昇するのだそうです。 

つまり、その瞬間、神様に近づける・・

と言うことです。 

そして、各魂が、

どのような事を経験したいかによって、

この地球での体験があらかじめ決められます。

・生きる、死ぬ

・健康、病気

・富む時、貧困の時

・出会い、分かれ

・苦しみ、楽しみ

・悲しみ、喜び

これらは、全て、したい経験のための

単なる舞台装置でしかありません。 

その舞台に没頭し、

それによって味わう「感情」を経験するためのものです。

ですから、

いろんな人との出会いや、別れ

いろんな逆境 順境も、 

地球での一時の間の経験に、 

美しい色どりを添えてくれるものです。 

そのことによって、魂は傷つかないし、

天に戻れば、

その意味もしっかりと理解することができます。 

今 目の前に 現れてくれている人との

・喜怒哀楽

・憎しみ、蔑み、意地悪

・愛、友情

いろんなドラマを演じなければ、 

大変もったいないことになります。

天に戻った時、

これら全ての経験が、

良いことも悪いことも、

私たちの永遠の魂にとっては、

ダイヤモンドのように貴重な体験となるからです。 

人生に設定してきた様々な出来事、事件、 

それらを通じ、私たちの魂は磨かれ、

輝きを増します。

そして

ありがとう 

この言霊は、全ての出来事に、

美しき神々の息吹を吹き込んでくれます。

どのように

・苦しく

・悲しく

・辛く

・悔しい 

環境に置かれようと、

神々はしっかりと側で見てくださっています。 

そういう逆境の時こそ、

是非「ありがとう」の言霊を使ってみてください。 

その瞬間、ご自身の波動が一気に上がり 

新しい展開が開けてくるはずです。