2026年8月25日火曜日

4360「苦しい時こそ予祝」2026.8.25

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月07日の記事を紹介します。


「苦しい時こそ予祝」


私たち一人一人が、現在置かれている状況は、

全ての全て、過去の私たちの心の状態が生み出したものです。 

全ての現象・出来事や、物質的な環境も、

全て、私たちの心の中にその種があったから 

目に見える形で、今目の前で展開されています。 

それほど、私たちの心は大きな力を持っているのですが、 

それを使わせない、知らせないようにして、

私たちが自分で考えることをやめ、「流される人間」を創り出すために、 

様々な悪魔的な勢力も動いてきました。 

約100年ほど前、アメリカのヒル博士が対話した悪魔的な存在は、

当時として「流される人間」は98%に達したと断言しています。 

ヒル博士は、1920年代の大恐慌時代に、 

荒廃した人々に、この私たちが持つ「心の力」を公開し、

何千万人もの人の心に灯をともし、勇気を与えました。 

令和の時代の現代はどうかと言えば、レインボーチルドレンのそうた君が言うように、 

もう愛の星、地球としての復活は難しい・・

という所まで来ているそうです。 

ですが、私たちは縁あって、この地球に、この時代をあえて選んで生まれてきました。 

この地球、愛の星の未来を諦めるわけにはいきません。 

この「流される人間」から脱却するには・・ 

自分の心を見つめ、自ら考え、

自らの足でしっかりと大地に立つにはどうしたら良いのでしょうか?

自分の心を

・愛

・おもいやり

・助けい合い

・おかげ様、お互い様

・夢

・希望

・感謝 

の心で満たしていくしかありません。 

イエスの教えてくれた黄金律、そしてブッダの教えてくれた感謝の心の重要性は、

今の時代でさえ、決して変わることがありません。 

自分の心を整えていく作業は、誰も助けてくれません。

自らの足で一歩を進めなければなりません。 

そのために、今日のお話を始めます。 

私たちの心の状態が、全てを決めます。 

ですので普段から、まわりやTVなどから接する情報も、できるだけ

・清らかなもの

・優しく温かなもの

・思いやりのあるもの

・人に勇気を出させるもの 

などにして、 

好奇心をくすぐる目的の、下品な物や面白おかしくデフォルメされた・・・

・ゴシップ

・人をだましたり

・嫉妬したり

・恨んだり

・貶めたり

・陰口を言ったり聞いたり

そのような物を見たり聞いたりして、心に入れないようにしたいものです。

何故なら、心に在るものが、何時か現実化されるからです。 

無意識に心に入れたものが、現実化してしまう可能性が高いからです。 

もし今の現実を変えたいならば、幸せになりたいのなら、

心癒される環境に身を置きたいのなら、人や周りを変えようとするのではなく、 

自分の心をきれいに洗濯をしてみることをお勧めします。 

そのためには、感謝の気持ちが大切です。 

思ったこと、心の中のことが現実化するとは、

私たちが神さまと同じように作られたからです。 

神々と同じ、創造する力を私たちは与えられているからです。 

さて、ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』で有名な故渡辺和子さんは、 

36歳の若さでノートルダム清心女子大学の学長となりましたが、

若さゆえに沢山の苦労をなさいました。

<引用開始> 引用元 

思いがけず学長という立場につけていただきまして、やはり苦労がございました。

私はいわゆる

「くれない族」

というものになりました。

・お辞儀をしてくれない。

・あいさつをしてくれない。

・こんなに苦労しているのに労ってくれない。

そういう「くれない族」。

私は「もっと人様に仕える仕事をさせていただくために入ったのに」

と私を修道院に推薦してくださったアメリカ人の神父様のところにまいりまして、

縷々(るる)不平不満を述べました。

すると神父様は、

「あなたが変わらなければ、どこへ行っても何をしても同じだよ」

とおっしゃいました。

目からうろこが落ちました。

他人が変わることばかり求め、幸せを他人まかせにしていた、

自分に気づかされました。

私が変わらなければと思い、私の方からあいさつをする人間に、

変わる決心をいたしました。

そうすると、周りの方が変わってくださったんですね。

明るくなりました。

それまでは、環境さえ変われば、みんなさえ私を理解してくれれば、

と思っていました。

神父様の一言で、大切なのは、人に頼ることじゃないんだ、と気づきました。

「環境が悪い」

「人が悪い」ではなくて、

悪い環境ならよくしよう。

よくするためには、まず私が一番先に変わらなければいけない。

発想の転換と申しましょうか、そういう気持ちになりました。

私は傷つきやすいところがございますけれども、そのおかげで、

人様にこういうことをしたら、この言葉を申し上げたら

傷つくんじゃないかということが、わかる人間になったと思います。

弱さ、傷つきやすさを逆手にとって、相手の気持ちがわかる人間になる。

だから傷つくことのありがたさを、忘れてはいけないのです。

時間の使い方は、命の使い方。

この世の中に、無駄なものは一つもございません。

嫌なことや傷つけられたことさえも、私たちは、いいことに変えられるのです。

<引用終了>

渡辺さんは学長として、働き盛りだった五十歳の時、

うつ病となり、死を考えた経験があるのだそうです。

そして、周りの方々、取り巻く神々に助けられ、克服しました。

渡辺さんの醸し出す、静謐の中の深い優しさは、

そんなところから来ているのかもしれません。

ご自分で苦しみを味わったからこそ、同じように苦しむ人々の心の内が分かり、

そして、寄りそい、温かな言葉をかけられるのでしょう。

そう考えたら、ご本人の仰るように、病気さえも無駄ではなかったことになります。

返って神々の恩寵となったのです。

神様のやり方は、何時も同じです。

神様は私たちの「願ったもの」ではなく、

幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。

それは必ずしも私たちが欲しくないものかもしれません。

でも、全てが肉体ではなく、魂の成長にとって必要なものなのだと、

感謝して謙虚に受け入れることができれば、人の魂は、どんなに光り輝くことでしょう。

周りの人たちの心を照らし出すことができるでしょう。

お腹が空いた時のひもじさが分かるから、素朴な美味しさを感じることができます。

私たち生きている人間は、物事の表面しか見ることができません。

その、ほんの一面だけを見て

・良い、悪い

・幸、不幸。

を判断することはできません。

有頂天になったり、落ち込むことには意味がありません。

どんな人も、必ず、時が経って振り返れば、究極的には、肉体が亡くなって

天に返る時には、今の状況に至るためには、その出来事が必要なことであった。

そう気付くことでしょう。

神さまは、幸運を与える前に、必ず、まず、不幸に見える出来事をくださいます。

そして、その出来事に、不平や不満、愚痴を言わず、やり過ごすことができた時、

幸運がやってきます。

それは、必ずセットになっています。

更に、神さまのなさり方が理解できたのなら、きっと前半部分の、

不幸に見える出来事がやって来た時、感謝の気持ちで受け取ることができるでしょう。

また、もっと確実にする方法があります。

それは日本人が古来からやってきた方法、予祝(よしゅく)です。

祝福をあらかじめ予定するのです。

いわば前祝い。

たとえ、どんなに今が苦しく、辛くとも、先に喜び、先に祝うことで、

(※ふりでも構いません。神様を信じ切る事で) 

次に来るであろう、喜びの現実を引き寄せる。

これは、日本人が古来からやっていた夢の叶え方だそうです。

お酒を飲みながら、お米がたわわに実ることを想像し、

仲間とワイワイ先に喜んでしまう、前祝い。

それが夢の引き寄せであり、お花見の由来だったのだそうです。 

何故なら心がワクワク楽しいことで満たされていたら、例え今は不幸でも、 

必ずそれと同じ波長のことが現実化されるからです。

どのような現実が、起ころうと、私たちの運命は、

全て結果オーライになるように組まれています。

そうであれば、常に感謝の気持ち、笑顔で生きて行きたいものですね。 


2026年8月24日月曜日

4359「うつと霊」2026.8.24

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月06日の記事を紹介します。「


「うつと霊」


今日はうつ病や、その他の病気について書きたいと思います。

記事の中に霊体のお話も出てきますので

ご興味のない方は遠慮なくスルーされてくださいませ。

小林正観さんの うつからの脱出の方法についてご紹介します。

<引用開始> 


『それはうつ病の特徴でもありますが、

私自身も若い頃に二度、そういう経験があったのでよくわかりますし、

ひとごとではありません。』

小林正観さん自身のウツ症状について書いてある一文です。

ウツ病というのは、それを持ち込んでくる霊体があり、

それが憑くと発病、離れれば治る。

笑顔や明るい言葉が、ウツの霊体は嫌い。

楽しくなくても【祝福神】(以下の7つの言葉を正観さんはそう名付けた)

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を言う。笑顔を作る。

一週間に3000回以上も言い続け、ウツ病が治ったという報告があった。

『宇宙を解説百言葉』より

<引用終了>


この病気には、ずいぶん多くの方が悩まされています。

それだけ世の中がすさんできている証拠だと思います。

ご本人はもちろん、ご家族の方も、本当にお辛いですね・・

小林正観さんは、人生好転の方法として、

よく言霊を教えていらっしゃいます。 斎藤ひとりさんもそうですね。

それはきっと、「南無阿弥陀仏」 のように 

一般の私達にとって、簡単でとっつきやすく、そして継続がしやすいからだと思います。

そしてそれらの言葉の秘められた力ももちろんあります。

幸せになる方法を理屈でどうこう説明されても、

なかなかそれを正しく理解して実践する事は難しいですので、 

この言霊の方法は、本当に素晴らしいと思います。

正観さんも若い頃、うつ病だったのだそうです。

「置かれた場所で咲きなさい」の

渡辺和子さんも、50代でうつ病を発症しました。

ですから、今、この病気にかかって苦しんでいる沢山の皆さん。

決してあきらめる必要はありません。

勇気を持って下さい。 絶対に治りますから。大丈夫です。

正観さんの教えてくれた方法は単純です。

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を何度も何度も、繰り返し言うことだけです。

(声に出さなくても結構です。気持ちがこもっていなくても結構です)

宇宙の法則に、似合わないことは起こらないと言うものがあります。

似合わないことは起きない!

だから「うつ」や「パニック障害」が似合わない人になることが、

この病気から脱出する近道なのです。

斎藤ひとりさんはこんなことを言っています。(姿かたちから入るやり方です)

要するに、不幸や苦労が似合わない格好すると、

そういうこと(不幸や苦労)は起こらない。

「もっと、しあわせ」になれるよ、ということです。

不幸や苦労が似合わない格好とは何かというと、

まず明るい色の洋服を着ること。

キラキラ光るアクセサリーを身につけること。

髪にもつやを出し、靴はきちんと磨いたピカピカのものを履くこと。

こういうふうに明るくて華やかで輝きのある恰好をして、

顔がつやつやの人は、どう見ても「しあわせそうだなぁ」としか思えません。

苦労や不幸はまったく似合わないのです。

似合わないことは起きないのですから、幸せな人に変わってきます。

また失恋して落ち込み、死にたいと相談に来た人がいるとします。

そう言う時は、まずは「腹ごしらえをしよう」と餃子の王将に連れて行きます。

そこで、どんどん餃子を頼み、食べさせます。

すると、死にそうな人が、油ギトギトな餃子をほおばる姿は似合いませんから、

その人から「死にたい」という意識は消えていきます。

正観さんの教えてくれた方法

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を最初言うのは辛いかもしれません。

ですが、頑張って続けていけばクセになります。 

そうするといつの間にか病気から脱出している。。 ということです。

苦しんでいる皆さんが、どうか、お幸せになりますように・・・


2026年8月23日日曜日

4358「青空ひろば」2026.8.23

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より40 2026.07.28 

気を逸らせること、手放すこと

禅の方でも気を逸らせた時、手放した時に心が解放された例は沢山あります。

例えば霊雲禅師という人は、

30年も激しい修行、命がけの修行をしてもなかなか悟ることがなかったそうです。

そしてある時、山すそで休息している時に、フッと満開の桃の花が咲き誇っているのを見上げた。

その瞬間に忽然と悟った。

それから香厳禅師という人は、庭掃除の最中に跳ねた小石が、竹にカーンと当たった音で悟ったそうです。

気がフッと逸れたんやね。

無門慧開禅師は、太鼓がドーン!と鳴る音を聞いて悟った。

そして阿南尊者は、悟ろう悟ろうと必死に坐禅したりね、修行したけど悟れなかった。

そうして、ボクは悟れないんだなと諦めて、横になって寝そべった瞬間に悟った。

手放したんですね。

悟ろう悟ろうとしてた、それを手放した瞬間ですね。


イノチの学校より38 2026.07.26 ~ イノチの学校より39 2026.07.27

放行(手放すこと)について

放行っていうのは手放すことですね。

まずその前に

疑問とかね、コレというもの(目標や課題や問題や…)を、

心の中で握りしめて握りしめてあるところまで握りしめていくと、心の中央に、イノチを持った疑問ができるんです。

疑問にイノチが宿るんですね。

そうなると、寝ていても何していてもずっと疑問が持続されるようになる。

そこまでいったらもう、握ったらアカンのです。今度は。

イノチを持ったんですから、後は手放してあげたら疑問は、勝手に答えの方に飛んでいきます。

それが放行の過程ですね。まず握りしめて、手放す。

握りしめる過程を把住(はじゅう)、手放す過程を放行。

把住については別の機会に詳しく話したので、今回は割愛しておきますね。

把住して放行、把住して放行。

握りしめて手放す、これを活用するのに

大敬の場合は、始めはこれ、3年かかりましたね。

禅の公案(禅の修行者が取り組む、師匠から与えられる問題)というのに取り組んでいた時、

最初は3年間問題について握りしめて、そうして放行してハッと答えが出てきました。

でも段々とね、面白いもので把住のコツが掴めたら、把住そのものが段々と要らんようになってくる。

スッと握ってパッと放す、スッと握ってパッと放す。

握ってからフッと放してあげる、それで終わる。

だから師匠に問題を貰ったら、それを受け取ってね、貰った時には把住が終わっている。

あとはその瞬間にフッと手放したら答えが出るようになっている。

ここまで行ったらね、優劣とか上下とか、師匠とか弟子とかそういうのを越えたなと思いましたね。

アタマを通さない心の働きですからね。

でも先輩とかは認めてくれなかったりしますね、「そんな事で答えはでないよ」と思い込んでるから。

把住して放行するには、しっかり何年も握りしめてね、そうして手放さないと駄目なんだって思い込んでるから。

そんなことはないんですよと言いたいですね、初めから放行してあげたら答えが出るように、イノチは出来ているんですからね。


イノチの学校より37 2026.07.25 

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった

「私は十五歳で学びをスタートし、三十歳で志を立て、四十歳で迷いがなくなり、五十歳で天命を知ることが出来た。

そして、六十歳で人の意見や自然界や神の無言の言葉が、そのまま素直に耳に入り、順えるようになった。そして、七十歳で、おのが心が欲するままに行動して、それがそのまま神が望んでおられるご意志に沿ったふるまいになるということになったのである」

70歳で…って72歳で亡くなっているからやっぱり時間がかかるんですね。

最後に本当の意味で、自分の思ってる事が神の思ってる事になったというのが。

70歳になってからなんですね。

で、その前に、六十にして耳順う(ろくじゅうにしてみみしたがう)  

で自然界とか、植物が言ってることや、天から届く言葉とか人の意見とかが素直に耳に入る様になったと。

そういう境地があったという事ですね。

なかなかやっぱり時間がかかるということですね。

論語は我々の日常と関わるような事をしっかり仰って下さっていますね、

杓子定規な規則や戒律じゃなくてね。

だから孔子さんの人格というか人物像を学んでいくと参考になりますね。

学びの人、仲間を大切にする人、人に評価されなくても黙々と自分の信じる事をやれる人。


イノチの学校より36 2026.07.24 

論語より

大敬意訳

 師(孔子さん)がおっしゃった

「政治を行うのに<徳>をもって行えば、たとえば、北極星がじっと不動で、衆星が北極星をめぐってまわるように、徳ある人が、言葉に出さなくても、周囲の人たちが徳ある人の意を汲み取って率先して行動してくれ、すべてがうまく整ってゆくものである」

だから徳さえあれば、周りの人は言わなくても自然に、意向を察知して協力してくれたりする。

だからそこは大切なんだよ、徳を持つことの大切さですね。


イノチの学校より35 2026.07.23

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった。

「父が存命中なら、なさっている事の意味をよく観察して学ぶ。

父が亡くなられたなら、なさった行動の正否をよく顧みる。

そして、亡くなられてから三年経ってはじめて父が定められた方式の内に、今の時代と場所と人にふさわしくないものがあれば、改善に着手するのである」

この言葉に従って行動した訳ではないですが、大敬も突然仕事で、管理職の役職を与えられた時にそうしました。

前任の方に一つ一つお伺いを立てて、これで良いでしょうか?と聞いて、

ここはこうした方がいいよと助言を頂いたらそのようにしました。

三年はそうしました。

なんかおかしいな?と思うこともいっぱいありますね、あるけど言われたままに行動する。

三年経った時に前任の方が退職されたので、自分でおかしいなと思っていた所は部分的に改良して、部署の皆さんに改良することを説明して、それを実行していきました。

だから三年目くらいで初めて自分の意見をカタチにしました。

こんな風にね、これぐらいでいいんですね。若い時は革新的なことをしたいし、

悪いとこが沢山目につくと思うけど、わかっていても最初は周りの言う通りにやっていく。

謙虚にそうしてやっていくと、みんなから信頼されてきますね。

そうして信頼されてくると、自分の意見を言ってみたら受け入れて貰えるようになっていますね。

いきなり無理をせずに、始めはちゃんと従っていくことも大切ですね。


イノチの学校より34 2026.07.22 

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった。

「帝王の心得に<虚心でなければ忠言を入れることは出来ない>というものがある。

その意味は、我見に固執しないで、忠臣の言葉を謙虚に聞き取って、ソレが正しいと判断出来れば、直ちに方針を変えて、その忠臣の意見に従って為政してゆけというのである。

私たちの学道のあり方もそのようでなければならない。

若し自分の意見にいつまでも固執していたら、師の教えが耳に入らない。

師の言葉が心に届かなければ、いつまでも師の法を得ることが出来ないのである。これが学ぶ者の第一の用心である」

謙虚さについて、孔子さんはこのように語られました。


2026年8月22日土曜日

4357「優しい世界」2026.8.22

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月05日の記事を紹介します。


「優しい世界」


今日は荒木忠夫さんの「こころの風景」より、

ご紹介します。

<引用終了> 引用元

家族にはいろんな風景がある。

そして、それぞれの風景は、

家族ひとりひとりの、心の風景でもある。

会社勤めの18年間、私はずっと人事部に所属していた。

人事部は一見、華やかそうに見えるが、

実は最もつらい職場なのである。 

社員のサラリーマンとしての悲しさを見るのが、

人事部の仕事みたいなものである。

会社勤務の頃、5年に1回行われる会社の大運動会の会場で、

私はある社員の家族の風景を見て、とても感動した。

その大運動会は、会社が大きな遊園地を一日貸切って、

家族ぐるみで行われる大規模なものであった。

その遊園地の大観覧車の下で、

ある社員の家族が楽しそうに弁当を広げていたのである。

両親と小学生の女の子と、幼稚園の女の子の一家四人が、

楽しそうに話しながら弁当を食べていた。

実は、この父親は会社では、能力的にあまり評価されていない人だったのである。

毎年、配置転換の対象となり、

人事部の私は、職場の上司に頼まれて、

その人の受け入れ先を探し回ったが、 

なかなか受け入れてくれる職場が見つからないのであった。

とても真面目な人なのだが、

仕事のスピートが遅いのであった。

その父親を囲んで、

一家四人が楽しそうに弁当を食べていた。

父親はそんな子供達を見ながら、

満足そうにうなずいていた。

父親が会社でどんな評価を受けていようと、

そんなことは、この女の子達にとっては全く関係ないのである。

そして、この子供達にとってはかけがえのない父親なのである。

私は思わす目頭が熱くなった。

その時、小学生の女の子が言った。

「お父さん、今日は楽しいね。いい会社に入ってよかったね」

すると母親が言ったのである。 

「そうよ、お父さんのおかげよ」

私はまた、目頭を押さえていた。

そして、その場をそっと離れたのであった。

<引用終了>

皆さんの周りには、こんな方は、いらっしゃいませんか? 

もしかしたら、馬鹿にしたり、低く見たり

マウンティングしたりしていませんか? 

ですが、どんな人にも家族があります。

奥様や、お子様 

そして大切に大切に、生み、育ててくれた

ご両親がいらっしゃいます。 

私たちは、人の表面にあらわれた

ほんの一面しか見ることができません。 

会社組織は、

エリートだけのできる集団になると

何時しか自壊してしまうそうです。 

どんな時も、愛すべき

潤滑油のような人が必要なのだそうです。

色んな人の、いろんな個性を認め

みんなで助け合い、励まし合い 

優しい社会を作っていきたいですね。 

もう、そこには、孤独で

一人涙を流す人はいなくなることでしょう。


2026年8月21日金曜日

4356「神さまからのメッセージ」2026.8.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月04日の記事を紹介します。


「神さまからのメッセージ」


国津神と言えば、出雲、大国主命、スサノオノミコト・・ 

以前ご紹介しました、2,160年ごとの周期で時代が変わるお話。 

2,160年前に丑寅の方角にお隠れになった、この地球をお創りになった、

国常立尊(クニトコタチノミコト)が復権されるのではないか? 

そのために様々な動きが天界と、この地上に急激な速度で起きているのではないか? 

悪魔的な動きも加速するとともに、沢山の神々も活動を活発化されている。 

天と地の役割が入れ替わろうとしており、ますます、国津神系の力が目立ってきている。

そんな時代に大切なことは

・私たちの魂は肉体が滅びようと死なないこと

・神さまが確かに存在していることを信じること 

ではないかと確信しています。

さて今日は、どんな方にも神様は、

ちゃんとメッセージを下さっているんだよと言うことで、

ひとつの例をご紹介します。

どんな方にも、心の内に神様がいらっしゃいます。

そして常に神様は、私たちとともに歩み、喜び悲しみを、共に分かち合ってくださっています。 

<転載開始> 転載元

作家の佳川奈未さんは作家デビューする前、離婚して3人の子供を育てていくために、 

雑誌ライターのほか、3つの仕事を掛け持ちしながら、朝から晩まで働いていた。

そんなハードな生活が数ヶ月過ぎたある日、 

身体と心のバランスを保っていたネジが、ポンと音を立ててはじけ飛び、 

生きることをどうしても続けられなくなってしまい、死を選ぶことを決心する。

ひとり死ぬために、まだ日の昇る前の早朝の海へと向かう。

ところが死ぬことができない。

怖いわけではなく、誰よりも早くいったつもりが、

自分よりも早く来ている人が、その日に限っていて邪魔をするからだ。

「神様はこんなに生きづらくしておきながら、

成功するチャンスどころか、死ぬチャンスも与えてくれないのか」と

佳川さんは悲観にくれる。

海では死ねないので、佳川さんは電車に飛び込んで死ぬことにして、

海辺から駅へと歩いて向かう。

駅にたどり着くと、駅前には大きな本屋があった。

「自分はとうとう作家になる夢も叶わないまま、

死んでいくんだなぁ」と,心でつぶやきながら、

なぜか、死ぬ前にもう一度、自分の一番好きな場所だった、

本屋に立ち寄りたいと思い、中に入っていく。   

ぼーっとしながら、一番近くの棚のそばに立ち、

そこに並ぶ本になにげなく目を向けると、一冊の本から

『ぜったい守ってあげるから!』

というタイトルの文字が、バーンと佳川さんの目に飛び込んできた。

その文字を見て、佳川さんは呆然とする。

なぜなら、自分が守ってあげたいと思うものを守れず、

そして自分自身も誰にも、守ってもらえずひとりもがき苦しんでいた。

そして死を覚悟した。  

『ぜったい守ってあげるから!』なんて、

優しく温かなこんな言葉を、誰からも言われたことなどなかったからだ。

なのに、その本がそうやって訴えかけている。 

そのことが衝撃だった。

佳川さんは、すぐにその本を手に取り、

開き、読んで、その中にあるメッセージに、

涙がボロボロ流れてきて、止まらなかったそうだ。

そして、 

“私もこんなふうに誰かを救えるものを書きたい!

やっぱり書きたい!”と 

死のうとして冷え切った佳川さんの心に、熱い思いが込み上げてきた。

結局、それがきっかけとなり、死ぬことを踏みとどまった佳川さんは、

出版社に書いたものを持ち込み、デビュー作が生まれる。

佳川さん自身、もう一度生まれ変わったのである。

死を覚悟してなにげなく書店に立ち寄った時、 

目の前にあった本のタイトルという形に姿を変えた、

「天からのメッセージ」を佳川さんは受け取ることができた。

メッセージはそれ以前にもたえず投げかけられていたのだと思う。

でも、佳川さんにとってはその日、

その時が受け取る“時”だったのかもしれない。

佳川さんは「いま思えば、

その言葉は、その本からのメッセージでもあるのですが、 

まぎれもなく、天が私を守ってくれているという

尊いメッセージでもあったのです」と述べている。

<転載終了>

神様からのメッセージは、実はいたるところにあります。

それに気付くかどうか。

偶然として片づけてしまうかどうか。

特に今回ご紹介した佳川さんのように、

生死にかかわる時には、強いメッセージがもたらされます。

神様からのメッセージというと、とかく頭の中に厳粛な声で響いてくるもの。

と思っている人が多いかもしれませんが、

神様はあまり、あからさまな方法を、取らないことが多いようです。

人を通して語られる言葉とか、偶然目にした本のページとか。

心の内なる神様を信じ、心を研ぎ澄ませていれば、必ず気付くと思います。

佳川奈未さんは「感性」とは、ある印象を受け入れる力だといいます。

感じたものを育む能力が、実は良いものを引き寄せるためには必要なのです。

感性が鈍いと、今自分に必要なものを見つけられないのです。

と仰っています。

皆さんにも、同じように、

神様は、何時もメッセージを下さっています。

例外はありません。 

ですが、普段から不平、不満、愚痴が多く、

人や、世の中に文句ばかり言っている方は、

受け取りにくいかもしれません。 

ご自分の心が、そのような黒いもので一杯で、

神様の恩寵が入ってくる隙間がないからです。 

素直に吸収する余地がないからです。 

私たちは、亡くなるときの心の状態が、死後の行先を決めてしまいます。 

厳然とした波長の法則、

つまり、類は友を呼ぶ の法則が働くからです。 

不平不満、悪口で人生を閉じる人は、

眉間にしわを寄せ、鬼のような顔をしているかもしれません。 

死後は、同じような人が、待ち受けるところに行くことでしょう。

人々に感謝し、笑顔でありがとうと言っていた人のお顔は、

きっと仏様のようなお顔で、行くことになるでしょう。 

その先には、同じような、優しく、心暖かな人が、

待っていてくださることでしょう。

奈良で生まれ、比叡山で修行した源信が、

「往生要集」で、その様子を描いています。 

神様の声、恩寵は、差別なく、万人に届いています。 

皆さんもぜひ、内なる神様の声に

耳を澄まして聴いてみてくださいね。


2026年8月20日木曜日

4355「強大な意識の力」2026.8.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月02日の記事を紹介します。


「強大な意識の力」


私たちの意識・心(肉体の方ではありません)は、

肉体が機能しなくなっても、ずっと生き続けます。 

生き続けるというか、本当の実態は、

元々が神さまから分け頂いた意識そのものであった私たちが、

神さまから肉体をお借りして、高次の地球意識の庇護のもと、

今一時だけ、3次元地球の上で、色々な経験をさせていただいています。 

肉体が動かなくなるとそこから抜け出して、

またもとの意識・心(神々の国、黄泉の国へ移行)に戻るだけです。

苦痛はありません。 

元々の心だけの状態であった時は、

意識・心が自分の周り全てを創り出しますから、 

心の状態が、即、自分を取り巻く環境になります。 

また自分の心の波長に同調する、共鳴した魂が、類は友を呼ぶの法則の通り集まります。

この3次元の地球上では少し分かりずらいのですが、 

意識・心が

・周りに起こる現象や環境を創り出す。

・自分の周りに来る人、いる人を決める 

この事は、肉体を持たない生まれる前と全く変わることがありません。 

心がすべてを決めています。

そのためは、最初にやるべきこととして、まずこの心の状態を整備するために、 

「ありがとう」の強力な働きについて理解する必要があります。 

その内容は人類の精神性のレベルが上がってきた近年において、

沢山の偉人たちが教えてくださっていましたが、 

地球が大きく変わろうとしている今、

神々から依頼されて生まれてきた沢山の子供たちの魂によっても、 

色々な角度から指摘されています。 

それほど「ありがとう」の威力は強力です。

今日は、その私たちが神さまの御霊の一部として頂いた、

意識・心の強力な力について書きたいと思います。

何か問題が起こった時、悩み、苦しみがある時に使う方法です。 

・意識の持ち方を変えるだけで、

・「問題点」に関して、考えないようにすることで、

・エネルギーを供給しないことになり 

いつの間にか、その問題点そのものがなくなっている、

ことに気づくことがよくあります。 

私も、これをいろんな分野で応用しています。 

宇宙意識バシャールは、 

私たち人間は、時間が連続しているかに見えるのは錯覚で、

意識の変化で一瞬一瞬、パラレルワールド間をジャンプしている。 といいます。

またブッダは、

『人間の一生の長さとは、刹那、刹那、この1刹那である』 

と言いました、ちなみに拍手を一回打つと 65刹那です。

ですからブッダは、

人間は瞬間瞬間 生まれ変わっていると教えてくれました。

私たちは、自分の周りで起こっている出来事が、 

あたかも連続した時間軸の上で、連続した出来事のように錯覚していますが、

それは連続した出来事ではなく、単なる記憶を引きづっているだけです。 

宇宙神から頂いた心にとって、本来、時間・空間は意味を持ちません。 

肉体を持っていても同じことです。 

・病気であるという記憶

・悲しい出来事が起きたという記憶

・いじわるされたという記憶

・ケンカしたという記憶

・人に嫌われているという記憶

・自分は孤独であるという記憶 

その記憶があるために、私たちは自らの精神と身体を、 

その記憶につじつまを合わせようと、無理やりしているだけです。

それが単なる錯覚だと分かると、自分の意識が変わりますから、 

バシャール的に言うと、

今までの過去とは異なるパラレルワールドへ、移行してしまいます。 

ブッダの言い方では

朝目覚めたら、同じ人間でありながら、別の人格の人生が始まります。 

それは、 

・自分の性格は、明るく、周りの人に親切で

・いつも笑顔で、皆を勇気づける言葉を口にし

・ないものを恨まず、今あるものに感謝し

・昨日ケンカした人など存在せず

・いじわるをしてた人は、実は家庭で嫌なことがあっただけで、本当は心根の素敵な人で

・自分を嫌っていると思ってた人も、

 単なるボタンの掛け違いだっただけで、実はとっても優しい心の持ち主で、、

実は自分は、そんな人間であった、

周りの人は愛にあふれた素晴らしい人だったと、 

過ぎ去っていった記憶を書き換えてしまえば、 

過去は、過ぎ去り、ただ記憶として残っているだけです。 

そして、人間の意識とは、一瞬で変えられるものだからです。 

そんな人生に、一瞬で変えられます。

意識の上で、変えてしまうのです。 

人がどう思うか?

は全く関係がありません。 

自分が思うほど、人は私のことを考えていません。 

それどころか、私たちの心、意識が周りの人の意識まで変えてしまいますから、

私たちがなすべきことは、一心に、自分の心をどこに持っていくかだけです。 

まったく新しい人生を、自分の意識を転換することで、生きるだけです。 

私たちの意識・心は、こんな小さなところに縛り付けられている、

小さな存在ではありません。 

神様と同じく宇宙的な存在です。 

・否定的なもの、

・心を委縮させるもの、暗くさせるもの

・表面的な、一時的な 相手の嫌な面 

そんなものは、意識せず、考えず、つまり、そこにエネルギーを与えなければ、、

それは、もともと存在すらしなかったものになり、 

私たちは、一瞬にして、天国に住む、幸せな人に変貌してしまうでしょう。 

小林正観さんは、このことを

「悟りには3秒あれば良い」という言い方で教えてくださっています。 

・過去のすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、

・現在起きているすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、

・将来起こるすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、 

これを各1秒ずつ行うことで、悟りに達するといっています。 

つまり、今までの

・苦しかった経験

・失敗してしまったという経験

・恥ずかしかったという経験 

全てが、今の(神さまを意識しだした)自分の意識状態にたどり着くために

必要で不可欠な尊い出来事だったということです。 

何も悔む必要はありません。

・悩んでいたのは、

・ケンカしていたのは、

・苦しかったのは

・辛かったのは

・悩んでいたのは 

過去の自分であって、今の自分とは別人格です。

今の私は、生まれ変わった新生であり、その人格は、 

・優しく穏やかで

・常に感謝の心を持ち

・笑顔で周りの人々と、お互い様、おかげさまで生きている 

神々に愛される人格に生まれ変わりました。

(それによって 時間軸をさかのぼり過去も書き換えられました)

多重人格の人は、人格が変わるたび、 

その人格が持っていた ケガや病気の兆候が身体に現れたり消えたり、

身体と精神の一切合切が、切り替わってしまうそうです。

また先日、女優の大竹しのぶさんがTVで言っていました。

彼女は、良い意味で「憑依型の女優」と言われていますが、 

少年の役をやった直後、行きつけの整骨院(女性の施術者)に行ったところ

施術中、言われたそうです。「股間に異物がある」 

つまり、少年の おち〇ち〇が身体に発生したのだそうです。  

それほどに意識の力には強い力があります。 

体の構造までも変えてしまったのです。 

ですから、もし辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、がある方は、試してみませんか? 

私たちの心は、いつでも変えることができます。 

そして意識、つまり心が変われば、生きている現実も、それに追随して変わってきます。

過去さえも変わります。 

このことがわかってきて、

そして実際に使っていくと、もう不幸なことなど、おきなくなります。 

いつまでも暗く、悲しい記憶に縛り付けられるのは、もうやめにしましょう。 


2026年8月19日水曜日

4354「宇宙の真実」2026.8.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月01日の記事を紹介します。


「宇宙の真実」


宇宙の真理は感謝の心。 

ブッダは宇宙の真理として、

感謝の心の大切さを教えてくださいました 。

ブッダの教えの真髄は全てここに集約されます。

感謝の心こそ宇宙の法則であり、

私たちにとって一番大切なことです。

具体的には、

お経などでブッダの教えが後世に残されていますが、 

そこに感謝の心という 一文は出てこないようですが、

その真髄は感謝の心です。

このブログでもよくご紹介する小林正観さん、 

正観さんはそのことに気づき、

ブッダの教えの本質は感謝の心であると、

講演会などでいつも言ってらっしゃいました。

講演会などで全国各地でそのことをお話されていたようです。 

その結果インドの聖者サイババが、

晩年にインドのサイババ財団を通じ、

正観さんに感謝状を贈ったのだそうです。 

何故か?

そこにはブッダの教えの本質を説いてくださってありがとうございます。

という感謝だったのだそうです 。

正観さんが講演会の途中、

意識せずにその言葉が口から出てしまったのだそうです。 

その日ホテルに帰るとなぜか涙が止まらなかったそうです。

そしてそれが真実だと気づかされたのだそうです。 

遠く離れたインドの聖者は、それを感じ取っていたようです。 

皆さんは今 、

感謝の心を持っていらっしゃいますか。 

・ご飯がいただけること

・住む家があること

・家族がいてくれること

・働く場所があること 

など様々ありますそれらは、 平凡で日常的で、当たり前のことかもしれませんが、 

神様が私たちのために用意してくださったものです。 

神様が、私たちの 魂を、

この地球上で進化させるために、与えてくださった環境です。  

良いことも悪いことも、

全て は、魂の向上と言う目的のために用意されています。 

ですから本当は、その神さまの働きに 感謝が大切だと思います。

そういったこと全てに感謝の心が湧いてきたら、

本当に雪崩のように神様の恩寵が降り注いでいることに気づかされます 。

悪いことは起きようがありません。

全ての出来事が、神様の準備してくださった出来事だからです。 

私たちの住んでいる宇宙では、

感謝の心こそ、全てを突破することのできる真理です。 

生きていても、

新で黄泉の国に帰っても、 

もしくは地獄に行ってしまっても、

この感謝の心さえ思い出せば、

私たちは、神様から離れることは決してありません。 

神様の光の道を歩んでいくことができます。