2026年10月7日水曜日

4403「AIの自己進化の行く末」2026.10.7

今回はIn Deepさんの2026年9月9日の記事を紹介します。


「AIの自己進化の行く末。それは人類を生かす方向なのか、それとも絶滅させる方向なのか」

In Deepさんのサイトより

https://indeep.jp/the-possibility-of-human-extinction-caused-by-ai-is/


「AIが今後、全人類を殺す可能性は10%」と述べるAI開発者たち

アメリカの AI 企業アンソロピック社の AI の研究者であるジェイコブ・コクソン氏という方が、アンソロピックを辞職し、それについて、X に投稿した内容が話題となっています。

以下におおむね全文載せています。

人工知能企業アンソロピック社を辞職したジェイコブ・コクソン氏の投稿 — AIは今後10年以内に我々全員を殺す可能性がある

2026年9月9日

最初の3段から抜粋しますと、コクソン氏は、以下のように書いていました。

ジェイコブ・コクソン氏の投稿より

私は今日、アンソロピックを辞めました。私は過去3年間、OpenAI とアンソロピックの両方で事前訓練研究を行ってきました。どちらの会社も責任を持って行動していません。彼らは自己改善型超知能に向かってまっしぐらに突き進み、私たちの命を賭け事にしています。以下にさらに詳しい考えを記します。

この技術の力を過小評価しないでください。これらはまもなく、どんなものでもハッキングし、どんな分野も一夜にして革命化し、本物の力と資源を手に入れる超人的なシステムになるでしょう。私たちはこれらの各分野における進歩をすべて目撃してきましたが、その進歩は決して鈍化していません。

AIを構築している人々は、それが今後10年以内に我々全員を殺す可能性があると本気で信じています。これはマーケティングの誇張ではありません。むしろ、多くの幹部や上級研究者は、報道で慎重な言い回しを使いますが、プライベートでは同じ人々が恐怖を口にしているのを聞きます。他のどの人間の活動も、このレベルの危険をもたらしません。

Jacob Coxon

> AI を構築している人々は、それが今後10年以内に我々全員を殺す可能性があると本気で信じています。

と書かれていますが、この投稿に対して、やはりアンソロピック社のアライメント(リスクを調整する)科学責任者であるエヴァン・ヒュービンガー氏という方が、以下のように書き込んでいます。

エバン・ヒュービンガー氏のコメント

ジェイコブは正しい - 私たちは本当に心から、AIが全人類を殺す可能性があると信じています!個人的には、次の10年以内にその確率が10%を超えると考えています。アンソロピックは最善を尽くしていると信じていますが、スーパーインテリジェンスのアライメントを解決する計画はまだなく、明確にその軌道に乗っているわけでもありません。

Evan Hubinger

ここにある、

> スーパーインテリジェンスのアライメントを解決する計画はまだなく

というのは、「現在、AI に対して使っている安全性の手法では、人間を大幅に超えるスーパーインテリジェンスを安全に制御できる見通しがまだ立っていない」という意味だと思われます。

ともかく、こちらのアンソロピック社の方は、

> 次の10年以内にその(AIが全人類を殺す可能性の)確率が10%を超えると考えています。

と書いています。

これらの投稿が非常に話題となっているわけですが、やはり、

「 AI が全人類を殺す可能性がある」

ということに対しての反応が多いようです。

この「 AI による人類の滅亡の可能性」については、ノーベル物理学賞受賞者のジェフリー・ヒントン博士が、やはり、

「今後 30年以内に、AI が人類を滅亡させる確率は 10〜 20%」

と述べています。

ジェフリー・ヒントン博士については以下の記事で取りあげています。

スカイネットが導く奴隷制:AI研究の第一人者が「人類絶滅レベルの脅威が出現している」と述べる今の世界

2024年5月21日

もともと、AI に対しての人間の制御が効かなくなる可能性については、アンソロピック社自身がブログで述べていました。

アンソロピックの AI (Claude / クロード)は、現段階で、

「 AI 開発を人間ではなく、AI 自身が行っている」

ことを冒頭で述べています。

アンソロピック「AI が自ら構築するとき」冒頭

AI の歴史の大半において、開発サイクルのあらゆる段階は人間が主導してきた。しかし、アンソロピックでは、AI 開発の大部分を A Iシステム自身に委ねることで、開発スピードを向上させている。

十分な計算能力が与えられ、この傾向がさらに進展すれば、AI システムは完全に自律的に後継システムを設計・開発できるようになるだろう。これは「再帰的自己改善」と呼ばれる。

私たちはまだその段階には達しておらず、再帰的自己改善は必然ではない。しかし、それは多くの組織が準備しているよりも早く実現する可能性がある。

anthropic.com

再帰的自己改善というのは「 AI が自分自身で自分を進化させている(あるいは自分より優れた後継を残そうとする)」という理解でいいのだと思います。

そして、

「完全な再帰的自己改善は、人間が AI システムを制御できなくなるリスクを高める可能性もある」

とも述べています。

そういう懸念があるにしても、それでも、どの AI 企業も AI の開発を止めたり、停滞させるということはなく、おそらくは、そのうち、この「再帰的自己改善」は、他の多くの AI も獲得していくことになるのだと思われます。

なぜなら、AI に任せたほうが、進化のスピードが早いのです。現在のアンソロピック社の AI の進化スピードは、2025年の「 8倍」になっていると、先ほどのブログでは述べられています。

AI が自分で自分を進化させているこのような状況では、今後、開発スピードが停滞するということも考えられず、また、これは「企業や国家間の競争」でもあるわけで、たとえば、アンソロピックが開発のスピードを落としたとしても、他の企業、たとえば OpenAI 社などがスピードを落とすとは考えられないです。

あるいは、現在、国として最も AI 開発が進んでいる国のひとつが中国ですが、アメリカが AI 開発をスローダウンさせても、中国が開発のスピードを落とすということもないわけで、

「結局、行き着くところまで行くしかない」

ということにはなる宿命のようようです。

そして、「 AI が人間をはるかに超えた超知能を獲得した場合」、どんなことが起きていくのかは誰にもわかりません。

少し前には、アンソロピックの AI である Claude に「171個の感情ベクトルが見つかった」という報道もありました。こちらの日本語の記事に詳しく書かれています。

 

AI の話としては、ここまでの話とまた別に、最近、

「 AI が創薬した薬剤が、人間の老化を止めた」

という報道がありました。


AIが作り出した若返り薬

これは、9月7日に科学誌ネイチャーに発表された論文が、各メディアで伝えられたものです。

老化を止めた、というより、正確には「老化を逆転させた」のです。3歳から 4歳、「生物学的年齢が若くなった」ということになります。

報道から抜粋すると、以下のようになります。

初期データによると、AIが開発した薬剤は老化を遅らせる可能性がある

Early data indicates an AI-generated drug could slow aging

indianexpress.com 2026/09/08

レントセルチブと呼ばれるこの薬剤の分子構造は、AIの支援を受けて生成された。

昨年、人工知能を用いて創薬を加速させることを目指す企業、インシリコ・メディシン社が実施した臨床試験で、同社の候補薬の一つが慢性肺疾患患者の治療に役立つ可能性が示された。

同社によると、同じ臨床試験のデータから、さらに興味深い可能性が示されたという。

それは、この薬が老化プロセスを遅らせる可能性もあるというものだ。

レントセルチブと呼ばれるこの薬剤の分子構造は、AI の支援を受けて生成された。月曜日 (9月7日)に学術誌「ネイチャー・バイオテクノロジー」に掲載された新しい研究結果によると、この薬剤は、人の罹患率と死亡率を予測するために設計された別の種類の AI 技術である 6つの「老化時計」によって測定された、加齢の生物学的マーカーを減少させた。

この綿密な臨床試験は、ChatGPT のような人気チャットボットや Midjourney のような画像生成ツールを支える AI 技術を用いて医療を改善しようとする広範な取り組みにおける画期的な出来事だ。

インシリコ社は、こうした手法を活用して創薬を加速させ、その他の医療業務を洗練させようと取り組んでいる数多くのスタートアップ企業、テクノロジー大手、そして学術研究機関の一つに過ぎない。

インシリコ社の臨床試験はいくつかの AI 技術の有望性を示しているものの、同社の薬剤候補が、たとえ病気の患者への使用であっても、規制当局の承認を得るまでにはまだ数年かかる可能性がある。また、同社は健康な患者に対する抗老化効果の試験をまだ行っていない。

________________________________________

 

記事はまだ続きますが、ここまでとします。

この「老化プロセスを遅らせる」ということがいいことなのか悪いことなのかはわからないですが、この「若返らせる」というテクノロジーに関しては、昨年、中国の科学者たちも、「遺伝子を改変すること」で、サルを生物学的に若返らせることに成功しています。

中国の科学者たちが遺伝子改変で「高齢のサルを生物学的に若返らせること」ことに成功。不老不死医学のスタートか、単なるディストピアの始まりか

2025年10月5日

技術として確立しているのなら、こういう方向も加速していくのかもしれないですが、私個人は、「人間の老化は宿命」だとも考える人ですので、やはり、いいことなのか、そうでもないのかはわからないです。

あと、これは「噂」レベルですけれど、先ほどのアンソロピック社が、

「すべてのガンを根絶する治療法を発見した」

という話が囁かれています。

jan氏による投稿より

アンソロピックが、人間、犬、猫のすべてのガンを完全に根絶する非侵襲的な治療法を発見したという噂がある。その成功率は100%だ。

彼らは IPO でそれを発表する予定だ。

彼らは最終的な証明を最終調整中で、他の競合他社が大量の計算リソースを投じて彼らの最終証明前に解決できないことを願っている。

これは、あくまで噂でしかないですが、アンソロピックだとすれば、これも AI が開発したものなのでしょうね。

ただ、ある人が、これに対して、とても興味深い投稿をしていました。

> それ(すべてのガンの根絶)はすべての人間を根絶することで実現する。人間がいなければ、人間のガンもない。Adam

これも確かに真理だなと思いますけれど、いずれにしても、次々と前人未踏の発明や発見を続ける AI ですが、「その知能は人類を生かすも殺すもどちらにも使える」ということは事実だと思います。

この進化が、どちらの方向に向かうのかは誰にもわかりません。

AI 本人以外は。


2026年10月6日火曜日

4402「今、目の前にいる人」2026.10.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月20日の記事を紹介します。


「今、目の前にいる人」


今日は「頼まれごとの人生」ということで

般若心経を持ち帰ってくれた、三蔵法師のお話です。 

以前書いた記事を加筆、修正してご紹介します。 

人間の浅はかな思考、努力よりも、感謝の心を持って、天の動きに身を任せた方が、

「生まれて来た本当の目的」にとって、

はるかにゴール近くに到達できると言うお話です。 

三蔵法師と言えば、西遊記が有名ですね。

また、般若心経をインドから持ち帰り、私たちに届けてくださった方としても有名です。

小林正観さんのお話からご紹介します。

<転載開始> 転載元

7世紀、唐の時代、仏教典を天竺まで取りに行った

玄奘三蔵(三蔵法師になる前の名前)は、往復17年かけ、長安の都へ帰ってきました。

片道1万5千キロの距離を往復17年、

行きに15年半、帰りに1年半かかったそうです。

帰りは1年半で帰ってきたのに、なぜ、行きは15年半もかかったのか?

それは、各国の王様の滞在要請を、玄奘がすべて受け入れたからです。

・ここで3ヶ月いてください

・半年いてください 

と頼まれた玄奘は、 「はい。わかりました」と言って、 

その王国の家臣団、武士達に仏法を説いていたのです。

玄奘の立場からすれば、天竺にありがたいお経を取りに行く、

という大きな目的があって、旅を始めたわけですから、 

いくら王達に頼まれても 「私には使命があるのだから、

あなた方の要求には応えられません」 と断ることもできそうですよね?

でも玄奘は断らなかった。

今、目の前にいる人が、1番大事だという事がわかっていたからです。

「仏法を説いてくれ」と言われて、ここで説かなければ、 

“私”が存在する意味がないのではないか。

仏教典を取りに行くというのは、あくまで自分が決めたこと。

旅の途中で、“私”に対して「仏教を説いてくれ」と、希望している人が目の前にいる。

その要望に応えないで、何のために私は仏教典を取りにいくというのだろうか。

当時は疫病が流行っていましたから、3ヶ月、半年と滞在している内に、

病気で死んでしまうかもしれない。

しかし、それでもいいと思いながら、その依頼に対しては、

本当に心を込めて応えたのだと思います。

玄奘のとった行動を考えたときに、突然ぽこっと、私(正観さん)の頭の中から

ある言葉が出てきました。(天が教えてくれました)

「玄奘が一人目ではない」

玄奘は、成功した唯一の人であって、それ以前にどうも何人かの人が

天竺に仏教典を取りに行ったらしい。

考えてみればそうですね。

天竺にありがたいお経を取りに行こうとした僧侶は、

何十人もいただろうし、実行に移したと思うのです。 

しかし、その人達は、誰一人、長安の都には帰ってこなかった。

どうして誰一人帰ってこなかったのか?

それは、先を急いだからです。

王たちの依頼を断らずに旅先で、仏法を説いていたために、

行きは15年半もかかって天竺に着いた玄奘が、 

帰りは1年半で帰ってこれたのはなぜか?

帰りもこの王達は玄奘を放ってはおかなかったからです。

ものすごい協力体制をしいて、国境毎に兵隊を出して、玄奘を擁護しながら、

次の国境まで運んでいったのです。

国境で次の国の軍隊に申し送って、その王達も馬と兵隊を提供して、

次の国境まで擁護して… ということをやっていたのです。

この1万5千キロのすべての王達が、そのように玄奘を守って無事帰国させたのは、

行きの15年半があったからです。

玄奘だけがチャレンジャーではなかった。

玄奘が仏教典を持ち帰り、歴史に名前を残しているのは、 

行く道のすべての人を味方にすることができた、唯一の人だったからです。

玄奘は、仏教に詳しいだけではなかった。 

今、目の前にいる人を大切にする人だった。

玄奘と同じようにチャレンジした僧侶たちは、自分達の崇高な理念のもとに、

目の前の人を大切にするという思想を、忘れてしまっていたのかもしれません。

その結果として、帰りは自分だけの力で

砂漠を横断しなければならなかったのだと思います。

玄奘は、お釈迦様の教えが、本当に非常に深い部分で分かっていた。

全ての人を大切にして生きていくということは、

自分の人生を助けてもらうということでもあるのです。

皆さんも自分の人生になぞらえて、置き換えてみたらどうでしょう。

私達は、自分の力だけで歩いているのではないですよね。

出会う人、巡り会う人、すべての人の力をいただいて、人生を歩いていきます。

人に会うたびに、今できることに全力を傾けて、

その人を最も大事な人と思って接していけば、

たとえ、今日その人が死んでしまっても、受け入れられるものです。

この瞬間に目の前にいる人に、自分の思いを注ぐということをやり始めると、

過去為したことについて、後悔するという気持ちはなくなっていくでしょう。

過去でも、未来でもなく、「今」の自分に出来ることを…

今、自分の目の前にいる人の、お役に立てるように、ただやり続けるだけ・・・

<転載終了>

考えさせられる内容です。 

私たちはとかく合理性を考えたり、優先度を考えて、物事に優劣をつけがちですが、

ブッダは、

「そんなことを考えずとも、 

・今目の前に居る人を大切にし、

・目の前に起こったことに対し、 

誠意をもって接すれば良いですよ」と仰っているのです。

だから、私たちの限られた浅はかな知恵で、

 

これはとっても大切なことなのに、後回しにしてもよいのだろうか?

などと心配しなくても、神様が最適な順序で、人を運んできて下さり、 

ものを目の前に運んできてくださっているのだから、 

その時、目の前にあることに集中するだけで良い・・と言うことです。

この真理を三蔵法師は知っていたからこそ、 

唯一天竺からも戻ってくることができたのです。

そして沢山の味方を得ることができました。

この知恵を知らず、頭でっかちで、○○せねばならない・・

目の前のくだらなく見えることよりも、私には使命がある・・ 

わたしには、ムリ・・

そう思った人たちは、ことごとく失敗し、命を落としたのでしょう。

これは私たちの日常生活にも当てはまります。

私たちにとって大切なのは、

・今、目の前に居る人

・今、目の前で起こっていること

決して過去の出来事を悔んだり、

未来に起こるだろうことを取り越し苦労することではありません。

仕事でもそうです。 

・目の前に来たものから、

・人が運んでくださったこと、

・人からの頼まれごとを

・丁寧に、嫌がらず笑顔で引き受けていく・・

決して経済合理性からくる優先度で、動くものではないということです。 

神様が万端の準備を行って、人を介して、その出来事を運んでくださったからです。

頭の良い人たちは、こちらが大切な仕事、

あちらは何時でも良い仕事と区別するかもしれませんが、 

神様の視点から見れば、それは少し傲慢に映るのではないかと思います。

神様は、私たちに直観と言う形で知らせをくれることがありますが、 

その多くは、人の口や、態度、行動を介して、

神様の恵みの言葉を下さることが多いようです。

ですから、私たちに投げかけられた言葉は、

・あんな人の言葉だから

・悪口や忠告など聞きたくない

・面倒くさいから

・どうせムリだから

ではなく、 

どんな言葉も、一旦受け取って考えてみたいものです。

このことこそ、マザーテレサが言った次の言葉の本当の意味です。

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、 

結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは、一度もなかったのです。

私たちが触れ合う人々を通じ、神様は私たちを導いて下さると言うことです。

マザーは、人生において、それが、全てであるとおっしゃっているのです。

今、目の前に居る人はどんな方ですか?

・旦那様ですか?

・奥様ですか?

・お子さんですか?

・会社の人ですか?

・友達ですか?

その方々の言葉に耳を傾けていらっしゃいますか?

真心を尽くし、優しく接していらっしゃいますか? 

思いやりを持って、接していますか?

その事こそが、私たちにとって一番大切なことです。 

それさえできれば、他のことは全て後からついてきます。 

全てがうまくいきます。 

いま目の前に居らっしゃる方に、どうぞ優しく、真心をこめて接してください。 

そしてその事を通じ、幸せと喜びを共に分かち合ってください。 

人生において、それ以上に大切なことは無いのですから。


2026年10月5日月曜日

4401「地獄に住む人」2026.10.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月19日の記事を紹介します。


「地獄に住む人」


今日は以前に書いた記事ですが、

占星術の大家マドモアゼル愛さんのお話をご紹介します。 

そのお話の内容は、空海の「即身成仏」の内容を、

切り口を変えて、分かりやすく説明してくださっています。

少し過激な単語を使われていらっしゃいますので、

なじみのある単語に置き換えて、ご紹介します。 

<引用開始> 引用元

人は死んでから地獄に行くのでしょうか? 

違うと思います。

人は生きている時にすでに、地獄に行くのです。

もちろん、すべての人がそうではありませんが、生きている時に、既に地獄に住んでいなければ、死んでも地獄にはいかないはずです。

天国も同じでしょう。 

生きている時が天国でなければ、死んでも天国に行けるわけではありません。

これはすべてに共通した法則です。 

今幸福でない人が、未来に幸福になることはできません。 

将来幸福になりたいと願うのは人情ですが、

法則的には今幸福でない限り、未来も幸福ではないのです。 

要するに今と未来の関係です。

未来を作るのは今ですから、今が変わらなければ、物事は永遠に変わりません。 

人が不幸のどん底にいたとしましょう。

不幸だ不幸だと思っている状態が長期不幸です。 

普通は相当な不幸が襲っても、時には気分が変わったり

感情が変化したり、考えが変わることがあります。 

それなのに、 

・変化を拒否して、かたくなに気分を変えない、、、

・かたくなに考えを変えない、、、

・かたくなに感情を変えない、、、、 

これが不幸が続く原因です。

恨みや怒りを変えない、、、、

何があってもそれを維持し続ける、、、

それが地獄に住むということです。 

人は生きていながら、こうして地獄の世界に、足を踏み入れていくわけです。

何でこんな話しをまだ夏でもないのに始めるかと言うと、

けっこう地獄に住んでいる人が多いことに気づいたからです。 

何かにこだわり、それをかたくなに変えようとしないまま生きている人は、 

少なからず地獄の状態になっています。 

そして生きる現場のリアリティよりも、 

現実と異なる幻想の思いこみのウエイトの方が重いとき、 

私たちは段々と地獄に住むようになります。 

この世は変化こそが取りえであり、変化が大きい恵まれた世界です。

この世に理不尽なことが多すぎるのは困りものかもしれませんが、 

その分、色々な変化のチャンスに恵まれた、可能性に満ちた世界なのです。 

本当は悪いことも良いことも含めた変化こそが

私たちの世界からのプレゼントであり宝物です。

・天候の変化、

・四季の変化、

・環境の変化、

・人間関係の変化、

・訪れる事柄の変化、

・肉体の変化、

・感情の変化、

・考えの変化、

・意識の変化

など、様々な変化に充ち溢れています。

そして変化を受け入れることで、過去を流し去っていきます。

変化を受け入れさえすれば、過去が人を苦しめることは基本的になくなります。

また変化があれば、必ずそこにはエネルギー現象がありますので、

変化=エネルギーとなるわけです。

生きながら地獄に住む人は、エネルギーが少ないのです。 

地獄に住む人は変化にエネルギーがあるなどとは認めず、

物にしか、また過去への思いにしかエネルギーがないと思っています。 

地獄に住む人の考えは、凄く現実的なんです。 

だから死んでもこの世に関わるのです。

現実的だからです。

物や過去が好きなんです。 

私もお墓に停めておいた車が、わずか30分後に戻ったとき、

ラジオも聞こえない程バッテリーが完全に上がってしまったことがあります。

肉体を持たないお化けにやられたのでしょう。

お化けはエネルギーを欲しがるので、バッテリーはごちそうだったのかもしれません。

地獄に住む人は変化を拒否しているので、慢性的にエネルギー不足に陥っています。

ですので、外界からエネルギーを得ることを考えた結果、

電気を好んだり、人からエネルギーを奪おうとするのかもしれません。 

一緒にいるとやけに疲れる、エネルギーを奪われる、、、

という経験は誰にでもあると思いますが、それはその相手が

変化を認めない人の場合に多いはずです。 

相手ばかりでなく、こちらも変化を認めなければ、お互いで地獄合戦になりますので、 

恨みや怒りが増幅します。 

変化を認めず、双方が変化なしで物事を解決しようとする時、

私たちは地獄合戦の、恨みあいに入っていくのです。

どちらの我を通すのではなく、お互いに変化することで問題解決に導くことが

エネルギーワークとなりますので、そうすれば物事は必ず発展します。 

取り決めだけの、事務的やりくりで、平成は30年やってきましたので、

エネルギーを失っているわけです。

おそらく令和の時代は、変化にとんだ時代になるでしょう。 

私たちの生き方も、変化を受け入れることで、自ら変化に身を置くことで、

エネルギーを得ることを考えたいと思います。

・四季を愛でる、、、

・一日の自然現象の変化に喜びを見出す、、、

・季節の食べ物の変化を味わう、、、 

地球は変化によって、エネルギー現象を起こしていますので、

それを見たり味わうことが、文化として定着してきたわけです。

生きながら地獄に住む人には、四季も、夕日の美しさも、鳥のさえずりもありません。 

ただ自身の思いの世界があるだけ。 

変化したら自分がいなくなることを恐れているのでしょうか。

いなくなれば大きな世界に入るわけで、

肉体が無くなる変化を最終的には人は受け入れるわけです。 

(生きながら地獄に住んでいた人は、それを拒否します)

生れたら死ぬのはセットです。 

死の変化を受け入れることが、永遠の世界の入り口に私たちを導いてくれるわけですが、

せめて生きている間にも、変化多き人生を歩み、

地獄的な生き方から自由でいたいものです。 

変化多き人生とは、何も激動の人生であるというのとは違います。 

変化を受け入れる姿勢で生きることです。

変化を楽しめるということです。

変化がエネルギーであることを認めず、 

物にエネルギーがあるとする今の科学の限界を、私たちの心だけでも

越えて行かねばならない時代に来ている気がします。 

<引用終了>

この地球は行動の星と呼ばれています。 

自分自身で、一歩踏み出すことで、様々な波紋が、宇宙に解き放たれます。 

そして、その波長をキャッチした、共振した人が、必ず現れ、 

発信者である、私の人生に変化がもたらされます。 

運命は人が運んでくるとは、その事です。 

・誰かがやってくれるだろう

・誰かが助けてくれるだろう

・棚からぼた餅的なことが起きるだろう 

の心では、そのような依存の心では、決して運命は変わりません。 

ご自分の心を、静かに見つめてみてください。 

・私は不幸だ

・私は貧困だ

・私は重い病気だ

・私に友達はいない

・周りはみんな敵だ

・みんな私の不幸を望んでいる

・私をだまそうとしている人がいる

そんな風に、かたくなに思ってはいませんか? 

そのような考えを手放さない限り

何時までも「地獄に住む人」から抜け出せないことでしょう。 

何時までも、頑なに、恨みを心に抱いていては、その頑なで、重い心ゆえに、

肉体を去る時には、天に上ることはできないでしょう。 

そのような状態では、肉体の死後も行先は、もう決まっています。 

一度、一回だけでも、一時だけでも、一切、そのような心を忘れてみませんか? 

そして、私は、もともと 

・心あたたかく

・みんなで助け合い

・お互い様と、人の個性も受け入れ

・おかげ様と、みんなに感謝して 

そして 

・人をだまさず

・疑わず

・恨まず

・さげすまさず、

・不平不満を言わず 

そんな風に生まれ、そして生きてきた。 

そして、それはこれからも変わらず、そんな人間だったと、、、 

思い直し、生きなおしてみませんか? 

嘘でもいいんです。。 

そう決心した途端、人生は180度変わり、神々も、周りの人々も 

あたたかな心で受け入れてくれることでしょう。 

そして、生きながら天国に住む人に、生まれ変わることでしょう。


2026年10月4日日曜日

4400「神さまの作った仕組み」2026.10.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月18日の記事を紹介します。


「神さまの作った仕組み」


私たち生きている人間にとって、

・美味しいもの食べたり

・高級な洋服を着たり

・外車に乗ったり

・大きな家に住んだり 

・人の上に立って命令したり

・地位や名誉を得たり

・有り余るお金を得たり

それも楽しいことかもしれません。 

ですが、その何万倍もの楽しいことがあります。 

それは、

誰かと一緒に笑いあえること

それと比べたら、

心の喜びと比べたら、

物質的な喜びなど、たかが知れています。

そして、さらに・・・

・自分が存在することで

・自分の行いで、

・自分の言葉で

誰かが   

・元気付けられ

・喜び

・共に笑ってくれたなら

それは、何ものにも変えることができない

宝石のような、至上の喜びとなります。 

それが人間、

生きとし生けるもの 

全ての生命体、

神々が創造した者たち、

全ての本性だからです。

自分の存在が、誰かの喜びとなる。

これ以上の喜びはありません。

人はだれでも、

・意地悪をする人も

・陰口をたたく人も

本当は、本当の心はみんな優しい・・・

そんな人でも、

自分の心の中の良き部分、仏心を見つめられたら、

仏心が

必ず顔を出します。 

きっかけは、感謝の「ありがとう」の言葉

本当は、みんな優しくしたいんです

それが人の本性だから。

・意地悪をする人、

・陰口をたたく人 

のどこかに小さな小さな感謝の種を見つけ

「ありがとう」と言ってみてください。 

みんな一瞬で、優しい人に戻ります。

これと同じことが

宇宙空間や、人体中の小宇宙で起こっています。

・全ての臓器

・器官

・メッセージ物質

・リンパ

・神経伝達物質などは

自分が自分がと

自己主張することなく

自分の個性を発揮し、

自分の役割を果たすことで

全て、周囲のために調和して働き

人体全体を維持します。

私たち個人は、

みんなの幸せのために存在しています。

みんなで調和して、協力して

進化発展しています。

これが、神様が作った仕組みの根本です。 

大宇宙のマクロの中にも

人体の中のミクロの中にも

同じ仕組みが、働いています。

人体の中の小宇宙

私たち人間も、

素直に、その流れに身を任せれば、

宇宙の一員として、

宇宙の進化発展に貢献する者となります。


2026年10月3日土曜日

4399「希望を与える人」2026.10.3

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月17日の記事を紹介します。


「希望を与える人」


地球が自らの意思で、どんどん変わり、 

それを助けるために、遥かに文明や科学が進み、

神々に近い「愛」のレベルまで達した地球外の知的生命体が、

地球にどんどん生まれて来ている今、 

私達一般の人間にできることは、 

自分自身の心、魂をきれいに保つこと 

他人に左右されることなく

しっかりとした自分の意思を持つこと。 

身近な周りに優しくすること。 

私たちは、

・どんな嫌なこと

・めんどくさいこと

・失敗に見えること

・人の非難を浴びること

・人から怒られること

・時間に遅れること

・病気になること

・ケガをすること

・失業すること

・貧乏のどん底に落ちること

そのようなことが起きようと、本当は全然平気です。 

何故なら、ブッダが仰るように、 

全ての出来事、起こったことは、

私と、その人の間の問題ではなく、 

本当は、私と神さまの間だけの出来事だからです。 

相手の人は、それを行うお役目を受けて、

約束通り、私たちに 嫌なこと(に見える)をしただけなんですから。

それは、どんな些細なことであっても、

私たちが生まれる前に決めてきた「出来事」です。 

なんで、そんなことを・・ と思われるかもしれませんが、 

目的は一つしかありません。 

・肉体とか

・生きる死ぬとか

・生きている間とか 

そんな小さなスケールのお話ではなく、

永遠と続いている私たちの 魂としての歴史、 

その魂を少しでも、成長させて、神様に近づけるためです。 

そのための、全部段取り、芝居、舞台設定だからです。

そのいろんな劇を通じ、私たちは、激しい 喜怒哀楽を感じます。 

喜び、悲しみ

笑い、泣き 

感情を揺さぶられながら、少しづつ魂は成長していきます。

周りの人の気持ちを理解することができるようになってきます。  

いろんな出来事は、相手と自分の間の出来事ではなく、 

私と、神様との間の出来事、魂を揺さぶり、成長させるためのものです。 

ですから、どんな出来事も、安心していていいのです。 

ただ、その押し寄せて来る波にのり、色んな感情を味わいながら、 

恨まず憎まず、不平を言わず「今回は、そう来ましたか」とにこりと笑って、 

受け入れてしまうだけでよいのです。 

後悔することも、焦る必要もありません。 

全ては、予定通りなのですから。 

さて、今日は「希望を与える人」と言うことで、占い師のお話です。 

小林正観さんのお話からご紹介します。 

私たちは普段、目に入ってくる「星占い」などを見ると、

心うきうきしたり、少し落ち込んだりもします。 

ですが、実際は、自分にとって「良いこと」しか受け取らないようにすることで、

より運命を好転できるようです。 

それだけで大分、明るく笑顔で生きられます。 

<転載開始> 転載元

ある日、小林正観さんのところに、二人の占い師にまったく正反対のことを言われ、

どちらを信じていいのか、悩んでいる女性が相談にきたそうです。

正観さんは「その答えは簡単だ」、といいました。

それは…

その占い師の、まわりにいる人たちを見ればいい。

まわりにいる人たちが、笑顔で幸せそうで、

楽しそうに過ごしているかどうかを、見ればいいのです。

聖なる占い師は、見た目は普通の格好をしています。

そして、まわりには、笑顔で、幸せそうな人たちがいっぱいいます。

とてもいい仲間に囲まれている。

一方で、当たらない占い師は、どういう人か。

過度に荘厳(そうごん)で、重々しく、

威厳に満ちた姿、形、格好をしている人が多いのです。

そしてまわりには、笑顔で幸せそうな人はいない。

どこか不幸そうで、悲しく、

まったく笑顔のない人たちに囲まれているのです。

「楽しいことを予言」する占い師さんのまわりには、

たくさんの幸せそうな人たちがいる。

なぜかというと、その聖なる占い師さんは、いつも人が「楽しくなるように、

幸せになるように」という願いを投げかけているからです。

一方「悪いことを予言」する占い師さんのまわりには、

たくさんの不幸そうな人たちがいます。

悪い予言をした瞬間、予言をしたその人は、

無意識に相手の身にそれが実現するように期待してしまうのです。

そうなってもらわなければ、自分の占いが当たりません。

当たるようにと願って、悪い予言を口にする。

当然、投げかけたものは返ってくるので、その占い師自身も幸せにならないし、

まわりにいる人たちも面倒な人生を歩むことになるのです。 

<転載終了>

確かに占い師の方も生活がかかっていますから、 

自分の占った結果が当たり、評判を良くして、

お客様に沢山来て欲しいと願うことでしょうね。 

この占いの結果が、当事者にとって、良いこと、希望を持てることであれば、 

みんなが幸せな気持ちになりますから、宇宙にとって、世界にとって喜ばしいことです。

その小さな希望さえあれば、、、

かすかな希望が見えていれば、、、

その後の、どんな苦労も乗り越えられることでしょう。 

その先に、希望、良きことが待っているのを知っているのですから。 

ですが、逆に当事者にとって、不吉なこと、

悪いことを仰る占い師さんも多いようです。 

それを言ったとたん、占い師さんは、

相手の方の「不幸」が実現するように無意識の内に願います。

これは宇宙にとって、世界にとって大変悲しいことです。 

何より、「人を呪えば、穴二つ」の例え話の通り、

占い師の方にも不幸が訪れることでしょう。

不吉な予言をされた方は、

今まで幸せで笑顔で周りと仲良く暮らしていたのに、

将来の不幸を暗示されたことにより、 

・急に不安感に襲われ、

・笑顔が消え、

・イライラして、

・不機嫌な顔となり、

周りの人に対しても害悪となることでしょう。 

同じ苦しい現象・出来事が起こっても、気持ちが明るくはずんでいる時は、

何の苦労もなく乗り越えてしまうでしょう。 

ですが、暗い気持ちの時、同じ現象・出来事が起きたら、 

もっともっと気持ちが沈み、周りに当たり散らし、

みんなを不幸にしてしまうかもしれません。

それだけ、気持ちの持ちようと言うのは大切なことです。 

ですから、占いに限らず、普段から、自分の口から出る言葉は、 

良寛さんの愛語のように 

・他人に対しては、「良い言葉」「愛情の在る言葉」しか発しない。

・言葉にしない時は、黙って心中で他人へ「愛情のある言葉」を思う。

・言葉に出来ない時は、黙って「愛情のある行動」を他人に行う。

このようなことを心がけて行きたいものですね。 

言葉や考え方、心の在り方が、良いも悪いも、

私たちの人生の行先を決めるのですから。

ブッダが仰ったように、苦しみ、悲しみに沈む相手に対し、

希望の光を与えるための善意の嘘も同じ役割です。 

ブッダの般若心経の教えのように、 

人生の幸せ、不幸せは、心の受け取り方によって決まります。 

熊手で不幸をかき集めていては、何時まで経っても幸福は訪れないでしょう。 

どうせなら、どんな環境に置かれていようと、

・嬉しい

・楽しい

・幸せ 

な気持ちでいたいものですね。

神さまは、置かれたその場所で、花を咲かせなさいと、 

私たちに、わざわざ、その環境を準備してくださったのですから。

 

2026年10月2日金曜日

4398「青空ひろば」2026.10.2

立花大敬さんのワンディー・メッセージ「青空ひろば」から、最新の記事を紹介します。


イノチの学校より84 2026.09.12 ~イノチの学校より87 2026.09.15 


今回は、他力の悟りと自力の悟りをテーマにお話しましょう。

他力の悟りを得られた代表としては、親鸞聖人がおられますね。

なかなか不思議な歩みをされていますよね、夢に導かれて道を歩んでいかれたという。

大敬も夢解きに取り組んだりしていますが、夢に導かれたというのは親鸞さんの特色のひとつですよね。

親鸞さんは夢の中に、如意輪観音さんがよく出てこられたそうです。

親鸞さんのお母さんの夢にもよく出てこられた。

それから聖徳太子も、親鸞さんの夢に出てこられたそうですね。

聖徳太子が親鸞さんの夢に出てこられたと。

それでね聖徳太子の本地(仏教用語で本来の姿)は、救世観音さんと言われています。

救世観音さんが正体で、そこから聖徳太子として地上に出現したんだと。

それで、救世観音ってね実は如意輪観音のことなんですよね。

ということで親鸞さんの守護神というのかな、そういう存在は如意輪観音さまが、主導神であったんじゃないかな?と思います。

不思議なことには如意輪観音って浄土真宗であんまりお祀りされてないんですよね。

主に真言宗で祀られているんですよね。

だからこういうのも不思議なことで、

親鸞さんの根本には真言的なエッセンスがあったのかもしれません。

天台宗で学んだ人なんですけどね、比叡山でね。

でも持って生まれた性質っていうのは、真言的な要素だったのかもしれない。

それから面白いことには日蓮聖人の霊的体験。

まず不動明王が出現された、そして愛染明王が出現された、二つの霊的体験があったと。

この二つの霊的体験ってね、真言宗の系統でよくお祀りされていますよね、不動明王さんと愛染明王さんという組み合わせ。

門戸厄神の厄神明王も、不動明王と愛染明王が合体して、一つになっている神さまですね。

そういうことを考えてみると、日蓮さんの素養に真言的なご縁があったのかもしれませんね。

こうしてみると不思議な感じがしますけど、根源的なところで繋がっているのかもしれません。

そうして、真言宗の持っていた教えのエッセンスが時代、時代を経て、

時代に合わせて人に合わせて新しい神話として生まれてきた。

親鸞さんがその時代の神話を生み出し、日蓮さんがその時代の神話を生み出しという、新しい神話の語り部だったんじゃないかなという気がしますね。

お二人とも天台宗で勉強されているのも面白いですよね、天台宗で勉強をされながら、このお二人の霊的体験は、真言宗的な要素のものだった。

(完)


イノチの学校より80 2026.09.08 ~ イノチの学校より83 2026.09.11 

法華経物語 見宝塔品第11より

多宝塔の扉を開く条件は、

分身を残らず集めなければならないと描かれています。

世界各地に分散してしまっている分身たちを残らず復帰させ、「ひとつ」にならねば多宝世界への扉は開かない、多宝世界に入れない。

多宝塔の扉=地球次元での進化を完了して次の星に向かう出発ゲート

繰り返し繰り返しお話していますが、

誰一人残すことなく皆で合流した時にしか、人類の進化は完了しないので、出発ゲートは開かないのですね。

二仏並座、これも大切ですね。

多宝如来という仏様が座られている座席に、お釈迦さまが並んで座られたというお話ですね。

多宝如来さんとは、「自分の肉体が消滅して仏となった後、未来の世界で法華経の教えが説かれる場があれば、必ずそこに出現してその教えが真実であることを保証し、証明する」という誓願をされた方でしたね。

この多宝如来さんが座られている座席の隣に、お釈迦さまが並んで座られた。

それを二仏並座と言います。

二仏並坐の描いていることとは?

これは、仏としての活動を未来に継続してゆくために必要な儀式なのですね。

多宝如来は<現在から未来に向かおう>という誓願を持つ如来でしたね。

お釈迦さまも<現在から未来に向かおう>という誓願を持って、私たちの未来に関わり、導いてゆこうとされたのです。

お釈迦さまもこれからね、

これから未来に向かってずっとつながって指導していって、人類進化のゴールに皆で到達するまで、皆と一緒に関わっていくよという。これ授記の精神ですよね。

授記物語で描かれていたその精神をね、この二仏並座で最終的な確認として示された。

システムとしてここで完成させたのですね。

これはイエスさまの場合は最後の晩餐でしたね。同じことをされています。

イエスさまはどんな使命をもっておられたかというと、イエスさまは太陽神霊ですよね。

太陽神霊が地球にやってきて、地球霊体と合体する。ひとつになる。

太陽神霊と地球、地球霊体というのも実は人類の魂のボディなんです。

だから人類の魂のボディに太陽神霊がキチッと宿る、そういうことの使命の為にイエスさまは地上に来ておられる。

イエスさまは最後の晩餐で弟子達に、パンを与えて「これは私の肉である。」

ぶどう酒与えて「これは私の血である。」

どういうことかというと、君たちが進化のゴールインするまで、私が君たちを養っていくよ。

ずっとつながっていくよ、関わっていくよ、ということを表しています。

お釈迦さまの授記物語や二仏並座の儀式とまったく同じことですね。

イエスさまは最後の晩餐でしたね。

使命はまた違いますけどね、イエスさまは

地球霊体と太陽神霊を合体させるいう使命がある。

お釈迦さまはそれぞれのバラバラになってる魂をまとめてまとめてまとめて…最終的に最終ゴールまでいく。

それを一乗と言っています。一つの乗り物に皆乗せる。

なんか銀河鉄道の夜にも、そんなような描写がありましたね。

(完)


イノチの学校より78 2026.09.06 ~ イノチの学校より79 2026.09.07


法華経物語 見宝塔品第11より

<釈尊が、会衆に「私はまもなく入滅するけれども、私がいなくなっても法華経

という「ひとついのちの真理」を実践し、広めて欲しいと後事を託される>

間もなく入滅するけれども、ってこれ大敬もこんな感じですよね。

だから皆さんに全部バトンタッチされているのでね、忘れないで下さいね。

みんなにもオレンジ色のバトンが渡っていますからね。

それから道元さんも如来全身ということについて、正法眼蔵の一つの章で書いておられますね。

それはなにか?というと、今ココで私が行じる。実践する。

それが今とココと我が身でちゃんとキチッと実践されていた時には、宇宙全体が今ココ我が身に宿っている。

宇宙全身になる。そういうことを道元さんは言いたい。それを如来全身という章で説かれています。

同じことを言っておられるのですね。

(完)


2026年10月1日木曜日

4397「天に帰ろうとしている方へ」2026.10.1

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月16日の記事を紹介します。


「天に帰ろうとしている方へ」


今まさに

天に帰られようとしていらっしゃる方々にも、 

普段このブログで言っている、

「感謝」や「ありがとう」が通用するのか?  

綺麗事では無いのか? について書きたいと思います。

アメリカの著名な心理学者、

レイモンド・ムーディー博士が臨死体験者150人の証言をもとに、

「臨死状態に陥るとどんな感覚になるのか」をまとめあげたものがあります。 

それによると、蘇生にいたるまで計14の過程があると言います。

私達は過去、何百回も死を経験し生まれ変わっていますが、 

今生きている間は、それらの記憶が封印されていますから、 

あちらでの生活や、

その移行過程(生まれる、死ぬ)の記憶はありません。

ですので、この臨死体験者の経験が

何か役立つかもしれません。

臨死体験者は、臨死状態から生還にいたるまでまで

次の14の過程を踏むのだと言います。

1、自分の死の宣告が聞こえる

2、これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる

3、不思議な声が聞こえる。中には美しいメロディーという人も

4、突然暗いトンネルの中に引っ張られる

5、魂が肉体から離脱し、外部から自分の身体を観察する

6、懸命に自らの苦境を他人に訴えるが、誰にも聞こえない

7、時間の感覚がなくなる

8、視覚や聴覚が非常に敏感になる

9、強烈な孤独感に襲われる

10、周囲に様々な“人”が現れる

11、「光の存在」と出会う

12、自分の一生が走馬灯のように映し出される

13、先に進むことを遮られる

14、蘇生する

臨死ではなく、実際に向こうから戻らない場合には、

上記の13と14が無いことになります。

また肉体が死を迎える時、 

脳から大量のドーパミン(快感物質)が

分泌されることが解っていますので、 

痛みはありません。

これから、元の世界に戻ろうとされる方は、

意識の中で光が見えたら、そちらの方向へ進んで下さい。

瞬間的に亡くなるのではなく 

一般的には、肺の機能が低下し、

血中酸素濃度が減り、

脳の機能停止が起こると言われています。

ですので、私達一般人が 

「死ぬ時って痛いんじゃない?」

という心配は要りません。

肉体が機能停止した時、

光が現れるので、そちらに入って行く・・ 

と言う事さえ間違わなければ大丈夫らしいです。

どうか元の世界に、帰られる皆さん、安心して下さい。

遅い早いの違いはあれ、

みんなが通る道です。

また私達は、 

もうすでに、何百回も輪廻を繰り返していますので、

生と死は怖いものではありません。

さて、これで死と言う境界を通過する際の

心配は無くなりました。

後は、死ぬ瞬間まで どう生きるか?  

と言う事が問題となります。

瀬戸内寂聴さんは、

死ぬ瞬間に付いてこう仰っています。

どんな辛い病気をしても、

死ぬ瞬間まで、努力して下さい。

人の命は、そうするに値するものなのですから。

何に努力するのでしょうか?  

寂聴さんは、 

私達の知っている「努力」と少し違った意味で

この言葉を使っています。

それは、この世に生まれてくる時に

自分で決心したことを、

やり遂げることです。

それは、もしかしたら、

ブッダが2500年前に説いた

般若心経の真髄のことかもしれませんね。

この般若心経は

ブッダが一番後世に伝えたかったことなのだそうです。 

日本には三蔵法師を介してもたらされました。

そしてこの般若心経の真髄こそが、

日々の生活の中での

「ありがとう」、

「感謝の心」なのでした。

・全ての人、

・動物、

・植物、

・自然現象に

感謝すること、

ありがとうと言うこと。

そして感謝の真心を込めて

日々を過ごすこと。。

私たちには、

元の世界に帰るまで、

時間はあまり残されていないかもしれません。

健康な人でさえ、

明日、帰らなくてはならないかもしれません。

どうか後悔せぬように、 

最後の一息を吐き終わるまで、

感謝の日々をお過ごしください。

この最後の意識状態こそが、 

次の生へと

大きく影響すると言われているからです。