2026年4月4日土曜日

4217「天国からの手紙」2026.4.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月21日の記事を紹介します。


「天国からの手紙」


私たちの魂は、永遠に存在します。 

肉体を持たず、死によっても、人と人と、深い魂の交流を持った、

魂同士を引き離すことはできません。

死は時に、人々を悲しみのどん底に、引きづりこみますが、 

決して、私たちを引き裂くことはできません。 

私たちは、生きている間、悲しみや喜びを通じ、魂のダイナミズムを経験し、

そして深い魂の繋がりを結んでいきます。 

このブログの読者の中には、早くにお子さんを亡くされた方も多くいらっしゃいます。 

今日はイノチの尊さについてのお話をご紹介します。 

この中には、死産に関するお話も含まれています。 

興味のない方、気分が悪くなる方、こういうお話はタブーと思ってらっしゃる方は、 

どうぞ、スルーなさってください。

関根雅(まさし)さん、麻紀さん夫婦の子どもは、 

出産予定日に突然、お腹の中で亡くなりました。

娘に「椿」という名前をつけて見送った後は、深い悲しみの中で、 

自分たちを責め続ける日々を、過ごしていたそうです。

そんな夫婦を救ったのは、 「わたしが あなたを選びました」という本の

著者である産婦人科医、鮫島浩二さんとの出会。

自分たちを親として選んでくれたはずの子が、

なぜ、うまれてくることができなかったのか?  

その問いに対して、鮫島医師は...?

とっても素敵な女性に話を聞かせていただきました。

今年3月に産まれた「椿」ちゃん。

2660グラムで、出産予定日に産まれました。

でも、椿ちゃんは、産声をあげることはありませんでした。

待ちに待っていたこの日に、お空に帰ってしまったのです。

妊娠中は何の問題もなく、ママの麻紀さんもだんなさまも 

おなかの赤ちゃんに話しかけたり、歌を歌ってあげたり。。。

毎日、順調に大きくなっていく椿ちゃんと、

本当に、幸せな時間を過ごしていたそうです。

ところが。。。

予定日の朝、目が覚めると、胎動がなく、不安な思いで病院にいくと、 

既に心音がなく、亡くなってしまっていました。

トツキトウカの間、時にはポンッ、ポンッ、とおなかを蹴ったりしながら、

小さな体で一生懸命生きていた命。

その、もうすぐ会える!

と楽しみに思っていた命が、突然その鼓動を止めてしまったのです。。。。

原因は今でも分かっていません。

椿ちゃんの心音が止まっていることを聞いた麻紀さんは、半狂乱のようになり、

「おなかから出してしまったら、椿と一緒にいられなくなる。。

絶対おなかから出したくない」

そう、叫んでいたそうです。

しかし、だんなさまの  

「きれいなまま早く出してあげよう」という言葉で、

翌日、椿ちゃんを出産されたようです。

陣痛をおこして、助産師さんに支えられながら、だんなさまも立ち会った8時間の出産。

産声をあげることも、目をあけることもなかったけれど、

かわいいベビー服に包まれた、 2660gの椿ちゃんを抱いている麻紀さんは、

本当にきれいで、とても幸せそうでした。

しかし、その後の2ヶ月は、病院を責めたり、自分を責めたり。。。

誰かに責められるのではないかという気持ちにもなり、

 家にひきこもり、泣いてばかりの毎日だったそうです。

ところが、ある日、天国の郵便局から、こんな素敵なお手紙が届きました。

~天国郵便局より~

おとうさん、おかあさんへ

おとうさん おかあさん 

悲しい思いをさせてごめんなさい。

天国を出発する前、神様から

「お父さんたちと一緒にいる時間は短いですよ。

それでも行きますか?」

と聞かれたとき、本当にショックで、悩みました。

しかし、あなたたちの仲睦まじい姿を見て、地上に降りる決心をしました。

たとえあなたたちに悲しい思いをさせても、たとえ一緒にいる時間は短くても、 

あなたたちの子どもに数えられたかったからです。

そして私の夢はかなえられました。

おかあさん、わたしは確かにあなたの胎から生まれましたよね?

おとうさん、わたしは確かにあなたの血を受け継いでいますよね?

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。

そのことを、わたしは誇りに思います。

いまわたしは、あなたたちと共に過ごした、短いけれども楽しかった日々に思いを馴せ、

わたしに続き、あなたたちの家族になりたいという 

きょうだいたちにあなたたちのことを自慢する日々です。

わたしは親戚のみんなといっしょに、元気にしていますので、

もうこれ以上悲しまないでください。

そして心から、

「わたしの選びは、正しかった」と言わせてください。

泣きたくなったとき、空を見上げてみてください。

わたしたちの姿が見えますよね。

ゆっくり体調を整え、まだかなあ?と愚痴っている 

きょうだいたちを迎えに来てください。

わたしは永遠にあなたたちの子どもです。 

そのことを私は誇りに思っています。

つばきより

手紙は、耐えられない気持ちを訴え、

支えてくれた、さめじまボンディングクリニックの鮫島浩二先生からでした。

鮫島先生は、妊娠中にも愛読し、勇気づけられた書籍

「わたしがあなたを選びました」の著者でもあります。

そして、泣いてすごす麻紀さんに、だんなさまも、 

「椿は自分の命を一生懸命全うしたよ。

姿は見えなくなってしまったけれど、これからは3人で生きていこう。

おなかにきてくれたことに感謝しよう。

ママにさせてくれたこと、パパにさせてくれたことに、ありがとうって伝えよう」

そう言ってくれたそうです。

まだ、幸せそうな妊婦さんを見たりすると、

つらい気持ちが出てきてしまうこともあるそうです。

でも、椿ちゃんがおなかにきてくれて、教えてくれたことも、

たくさんあるとおっしゃっていました。

そして、椿ちゃんのためにも、様々なことに感謝をしながら

笑って生きていきたい、とおっしゃっていました。

今の日本の制度では、死産をしてしまった赤ちゃんは、戸籍にも残されません。 

流産も死産も、タブーに感じられることが多いのか、

あまりその存在を語られることもありません。

その数は、私たちが想像しているよりもはるかに多いのに。。

現在、流産は全体の約15%、そして、死産は約3%の確率で

起きていると言われています。

椿ちゃんのように、母体に理由があるわけでも、赤ちゃんに原因があるわけでもなく、

お空に帰ってしまう命も存在します。

でも、椿ちゃんが、麻紀さんたちご夫婦と存在しているように、 

たとえおなかの中で亡くなってしまう命も、

出生後どんなに早く亡くなってしまった命も、

その命は短かったかもしれないけれど、この世に誕生したんだ、と思います。

そして、大きなメッセージを私たちに伝えるために、来てくれたんだと、思います。

映画「うまれる」では、誕生死も「うまれる」ことの一つとして考え、扱っていきます。

以上 映画 うまれる HPより 引用させていただきました。

妊娠・出産・育児、流産・死産、不妊、障害などは、 

とっても神秘的な、生命の営みの一つです。

短い寿命や、障害を負う事を承知で生まれてくる魂には、 

そのことによって、両親や周りの人々に大きな衝撃、

直感、人生転換のきっかけを与える役割がある方が多いそうです。

生命の神秘ですね。

なんだか私達に関わる全ての人達に 

「ありがとう」って言いたくなりませんか?

笑い(笑顔)と感謝は本当に大切ですね。

神様は、きっとその笑顔と感謝の気持ちさえ、生きている間に持てれば、

天国に帰った時に「よくやったね」って褒めてくれるような気がします。


2026年4月3日金曜日

4216「青空ひろば」2026.4.3

今回は立花大敬さんの「大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」から最新の記事を紹介します。


1684 2026.02.22

自分探しの旅に出て、何万キロ歩いても、結局、自分は自分に戻る。

でも、歩き廻って、苦労して描いた、ハートの面積の広さが、

人に対するやさしさの、元手(もとで)となる。

(茶話)

大敬ぐらいフラフラ寄り道人生をたどった人はいないでしょう。

若い頃は、まっしぐらに出世街道を進んでいる学友の活躍ぶりを聞いて、うらやましくなったり、落ち込んだりしたものです。

でも、今となって振り返って見ると、そんなエリートコースを進んだ人に比べて、ウロウロ寄り道して描いた面積の広さが、人に対する思いやりの気持ちの深さやつらい立場で悩んでいる人に対する導きの智慧になっているように思うのです。

若い頃に苦労した方が奥行きと深みのある人物に育つようですね。


1683 2026.02.21

<根っこは自分を受け入れ、許すこと>

自分の弱さを知っているから、人の弱さが思いやれる。

自分の弱さを受け入れ、許せるようになったら、

人の弱さが、許せるようになる。

(茶話)

若い頃は自分が大嫌いでした。それが根っこにあるので、世間の人や世界も嫌いでした。

悪戦苦闘の末に、次第次第に自分と和解出来るようになり、そんな弱い自分を否定しないで、そのまま受け入れ、許し、抱擁出来るようになってきました。

それにつれて、人の弱さや弱さからくる強がりも見えてくるようになり、ヨシヨシとそのまま抱擁出来るようになってきました。

思いやり、許しの精神の根っこは、やはり「自己受容」、「自己肯定」なのです。その「自己受容」、「自己肯定」が「他者受容」、「他者肯定」へ、さらに「世界受容」、「世界肯定」になってゆくのです。


1682 2026.02.20 

<大木はゆっくり育つのです>

あせっていませんか?

本物はゆっくり育つのです。若い頃は日の目を見なくても、

歳をとるほど 評価され、実り豊かになってくるのが、本物である証拠です 

(茶話)

大敬は45歳で社会に復帰しました。その頃の妻は「あなたは人より最低20年は遅れているわねえ」と嘆いていました。

そして、同世代の人が第一線から引退している今、私は77歳で第一線でバリバリ活動しています。人より20年遅れたので、今が丁度57歳ぐらいの感じがします。

妥協せずに本気で道を求めて歩いていれば、初めは孤独で、浮かばれなくても、次第に道が広がり、一緒ににぎやかに同道してくださる仲間が増えてくるのです。若い頃はにぎやかに生きていたが、晩年は淋しく生きるより、若い頃は孤独でも、晩年はにぎやかな方がいいと思いませんか?


1681 2026.02.19

<出来ることを精一杯>

出来ないことを、数え上げていないで、こんな私でも出来ることがある。

そのことに感謝して、誠実に取り組んでゆく。

そんな生き方が、しあわせ招く生き方。

(茶話)

戦場で敵と戦っている時に、『この武器もない、あの武器もない』と愚痴をこぼしていてもしょうがありません。

そんなヒマがあれば、智慧を働かせて、持てる武器をフルに活用して敵と戦う工夫をするのです。そうすれば、勝機が見えてくるかも知れません。

人は、どの人も「出来ることと出来ないこと」の束です。

大敬はなぜか聖典の解釈をして皆さんにお話ししたりすることは出来ますが、人付き合いも下手だし、お金の計算などさっぱり出来ません。そのように、人によってそれぞれ「発達凸凹」なのです。

自分に欠けたところばかり見て嘆き悲しんでいるヒマがあったら、自分に出来ることで世の中に貢献すればいいのです(船井幸雄先生がおっしゃっていた「長所伸展法」ですね)。そうすれば、いつの間にか、イノチの可能性の領域が拡大して、気づいてみればこれまで出来なかったことが少しは出来るようになっていて驚くことになります。


1680 2026.02.17 

 <苦しい時は、人生の上り坂>

苦しい時、辛い時 僕の人生もようやく上り坂にさしかかったぞと喜ぼう

楽チン人生続く時 人生の下り坂にせぬよう気をつけよう

(茶話)

三十歳前後、この頃の大敬が人生で一番辛かった時期です。禅の道場を出て、職はないし、人生の先の見通しがつかないし、ツラくて、ツラくて、どうしょうもありませんでした。

その頃、角倉老師について修行していたんですが、老師に参禅した時に、「スッキリしたいい顔になってきたよ。ずいぶん進歩したねえ。よかった、よかった」とおっしゃいました。

大敬は『ウソやろう』と腹が立ちました。『老師はちっともボクの苦しみを察してくれない。結局、東大を一番で卒業して、高級官僚やってたような人に、ボクみたいな、はみ出し者、劣等生の気持ちなんか分かるはずはない』と、恨めしかったものです。

しかし、この歳になって思い返してみるに、あの頃が一番、大敬の魂の進化が捗っていた時期だったんだなあと思います。

あの頃の逆境の一時期がなければ、今の大敬はきっとなかったはずです。

その当時の老師のコトバは、ウソではなかったのです。本当だったのです。本当に有難い師でした。


1679 2026.02.16 

<釈迦もイエスもみんな私>

AさんもB君も、実は君なんだから、AさんにできることはAさんに任せ

B君にできることはB君に任せて、君は心置きなく『君』していればいいのだよ

(茶話)

昔、唐の国に薬山禅師という方がいらっしゃいました。その頃は、禅なんて流行ってなかったのです。禅専門の道場なんてどこにもなくて、他宗の寺に間借りして修行していた、そんな時代です。

薬山さんは、ある村の村長さんから牛小屋を貰って、それを道場にして弟子を指導していました。そのうち、集まった弟子の人数が二十人ほどになったそうです。

さらに、事務的な仕事が出来る有能な僧がやってきました。そこで、かれを院主(事務長)にしました。そうすると、だんだんやって来る信者や修行僧が増えだして、ついに四、五十人になりました。

道場が手狭になって、もう牛小屋の道場に、全員を収容出来ません。

そこで、山の上に小屋を建てて、薬山さんは、そこに移ってもらったのです。

新米の僧や信者も多くなったので、事務長は薬山さんにガイダンスしてくださいとお願いしました。薬山さんは面倒がって、やる気がありません。何度もお願いして漸くオーケーが得られたのです。

事務長も弟子達も大喜びで、ジャンジャン鐘を鳴らして、全員がゾロゾロ山頂の薬山さんの小屋目指して登ってきました。ところが、薬山さんは小屋の門を閉じて、誰も入らせないんです。事務長が言います。「ガイダンスしてやると許してくれたではないですか。ウソをつかれたのですか」

すると、薬山さんは言いました。「経には経の教師が居る。論には論の先生が居る。ワシはワシだ。君らはワシのどこが気にくわんのか」

頭がいい人には、頭の仕事してもらったらいい。体力ある人には体力で勝負してもらったらいい。私は私だし、君は君ではないか。みんな<ひとついのち>で、それぞれ分業です。親指は親指、中指は中指、それぞれ分担があって、全体のいのちが生きるのです。


1678 2026.02.15 

<失敗は成長の素>

失敗を恐れず踏み出してゆこう。成功することが人生の目的ではないのだから。

失敗を通してしか学べないことが沢山あるのだから

(茶話)

成功が続いたら心配です。怖いことです。

成功ばっかりしていたら、失敗することがドンドン怖くなります。

そうしたら、失敗しないように、失敗しないようにと、人生の歩幅がますます狭くなります。危険のない安全な道ばっかり選ぶようになります。

そのように、わざわざ自分で自分のいのちに枠を被せて、狭いところに閉じ込もるようになります。空気が悪いし、明かりも入らないし、ジトジト湿るし、いのちはどんより曇るし、ちっともいいことがありません。

成功したら、お金や、地位や、名声や、ドンドン貯まります。それらがドンドンお荷物になって来ます。それら担いで、一歩、一歩がしんどくなります。

それらはみんな幻想です。本当は貯まるものなんて、少しもナイのです。

世界は一瞬、一瞬途切れています。一瞬、一瞬、生まれ変わっているのです。

一瞬、一瞬ご破算で、一瞬、一瞬オギャーと新生しているのです。

そうだからこそ、人生は面白い。人生は素晴らしい。人生は楽しい。次々、新発見があります。次々新体験があります。いつも赤ちゃんのマッサラな眼と肌で世界を体験するのです。

とりあえず、失敗覚悟で思い切って一歩踏み出してみましょう。スキーの練習と一緒です。はじめに眼一杯ひっくり返っておいたら、もうひっくり返ることが怖くなくなります。そうしたら、恐れないで、思い切って滑れるようになります。そうなってはじめてワザがドンドン上達するようになるのです。成功ばっかりしているというのは、ちっともいいことではないのです。


1677 2026.02.14 

 <君は君>

七回転んでも 起きるまでもなく 君は君さ

(茶話)

人が何と言おうが、<あなた>は<あなた>です。

誰が笑おうが、世界中の人がけなそうが、<あなた>が<あなた>であることは揺るがないし、<あなた>が<あなた>であることをやめたらいけないんです。

<あなた>が<あなた>に自信なくして、別の自分になろうと悪あがきするからダメになるのです。

法眼禅師に慧超という修行僧が質問しました。「仏とはどんなもんですか」

法眼さんは答えました。「汝は是れ慧超(君は慧超ではないか)」

つまり、<あなた>が今の自分から脱走したいと悪あがきしないで、今の<あなた>にしっかり落ち着けたところが『仏』なんです。

モーゼの前に現われた神さまは「アイ アム ザット アイ アム」と言われたそうです。これは平たく言うと「私は私だ」と言われたのです。その<私>は『アム』でしょう。『ワズ』(過去形)でもないし、『ウィル ビー』(未来形)でもなく、現在形の<私>でしょう。すっ転んだら、すっ転んだ今のままの<私>だし、泣いていたら泣いている今のままの<私>でしょう。

『そうだ、<私>は<私>だったんだ』と気づいたところが、仏様なんですね。

ですから、泣いている仏さんもいらっしゃるし、怒っている仏さんもいらっしゃるのです。


1676 <一生1ミリ前進> 

一生のうちに仕上げよう、などと思ってはいけない

はるか限りないいのちの進化の道行で、一生にできるのは、ただの一歩の前進のみ。

おシャカさまでも君でも同じこと

(茶話)

まあ、そういうことですね。ちっとも焦らなくていいのです。息長い、遠い、遠いはるかな旅路なんですからね。

この一生で何も出来なくても問題ないのです。とりあえず『僕はきっと、いつに世か、ひとついのちにゴールインするのだ』と分かって死ねたらそれでオーケーなんです。

それさえ分かっていたら、いつの世からか、ゴールに向けて一歩踏み出せる日もくるでしょう。その時から歩み始めたらそれでいいのです。

ということは、別に来世を待つ必要もないんですね。八十九歳のある日に、ふとこれから学ぼうと思いついたとしても「もう遅い」なんてことはないんです。そのそこから歩み始めたらいいのです。次の日に死んだとしてもそれでいいのです。つぎの世でその次の一歩を再開したらいいのですから。


2026年4月2日木曜日

4215「悪の神様のやり方」2026.4.2

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月20日の記事を紹介します。


「悪の神様のやり方」


皆さんは、ブッダやイエス、空海などが、

心に「憎しみ」や「うらみ」を持っていたと思われますか? 

憎しみや恨みの心は、心を縛り、重くし、地獄へと誘います。

この方々は怒ることはあっても、それを引きずらず、

直ぐに切り替えて、清浄な心であったと推察されます。 

憎しみや恨みの心は、私たちの魂を、神々から引き離し、

私達を心から愛し、慈しんでくださっている神々を悲しませます。

今、世界は夜明け前の混沌とした時代を迎え

戦争や、つい最近も暗殺などが起こっています。 

それらを見て憎しみの心を持ったり、自業自得と留飲を下げたり・・ 

そのような心根を持つことは「悪の神様」の思うつぼです。 

その憎しみの心を持つ人の姿を見る周りの人たちも

自分の心までも、チクチクと痛みが伝染してしまうことでしょう。

では小林正観さんのお話をご紹介します。

悲惨な犯罪も、理不尽な仕打ちも、すべて、神さまの承諾の下で起きている。

つまり事件や戦争、理不尽な出来事などに、敵意や憎しみを抱くことは、

「さらなる犯罪を呼ぶだけ」ではないかと言う内容です。

<転載開始> 転載元

私は学生時代から「唯物論者」なので、神や仏を前提としては、ものを考えていません。

しかしこれまでの研究の成果として、神も仏も、守護霊も精霊も、存在する、

のではないかと思うようになりました。

そして、世の中に起きている、どのようなことも、すべて神の承諾のないことは起きない。という結論に、到達することになりました。

一般の人が言う、 

・悲惨な出来事や

・不幸な出来事も、

・ものすごく大きな「悲劇」というものも、 

すべて「神の承諾」の下で起きているのではないか、と思うようになったのです。

繰り返して言っておきますが、私は今も唯物論者です。 

かなりガチガチの唯物論者であり、現象がその事実を証明しないかぎり、信じません。

しかし、いろいろな現象を何千、何万と見つめてきた結果、

神というものが存在するのではないかと思うようになってきました。 

そして、世の中に起きるすべてのことは、

私たちの感覚では「良い」とか、「悪い」というとらえ方ができたとしても、

神の承諾を受けていないものはない、という結論にならざるを得ませんでした。

神が私たちに求めているのは、その現象について、 

悲惨であるとか不幸であるとか、評価・評論をすることではないように思えます。 

神が私たちに求めているもの、宇宙が私たちに求めているものは、

おそらく次のようなことなのです。

一般的に「ひどい」とか「悲惨だ」と言われる事件が起きた時、 

その報道を1億人の人がニュースで見たとします。 

そして、人々がその犯人について 

・ひどい奴だ。

・許せない。

・絶対に死刑にしろ。

・報復をしてもかまわないんだ。

・世界中を探し出して、その人間を殺すべきだ 

と言って、敵意と憎しみの塊になったとします。

そのとき、上空から見下ろしていて、喜ぶのは誰でしょうか?

それは「悪魔」という存在でしょう。 

私たちが、憎しみのエネルギー、恐怖のエネルギーで、

心を満たし、汚すことを望む存在です。

「悪魔」は、人々が仲よしで、お互いに笑顔で、となり合った人を助け、

温かい空気の中で、ともに生きていく、そういうことを大変に嫌います。 

敵意と憎しみのあるところにだけ、悪魔は住むことができるからです。

それに対して、 

「自分ができることは、まわりにしてさしあげよう」とか 

「できるかぎり人に喜ばれる存在になろう」 という心を持っている人間が増えると、 

悪魔は住むところがなくなって、とても困ります。

ですから、悪魔は、

・多くの人々の敵意や

・憎しみの感情が芽生えるように、

いつも願っています。 

1億人の人が、その事件の犯人を許せないと思い、

敵意と憎しみをかき立てられたとしたら、

上空で微笑んでいるのは、悪魔という人でしょう。

一方、神という名の存在の方は、大変悲しい思いをしていると思います。 

もし逆に、1億人の人がその事件を見聞きして、こう考えたらどうでしょう。

『私』の心の中の敵意や憎しみの延長線上に、この犯罪や出来事が存在する。 

『私』が敵意や憎しみを持っていることは、この人たちが、社会に対して、

敵意や憎しみを発散させ、事件を起こしたことと、同じ意味である。

もしこの人たちが、敵意や憎しみを実際に、世の中で発散したことについて、 

自分が否定的に思うのならば 

(こういうことがあってはならない、あってほしくないと思うのであれば)、 

まず自分の心の中から敵意や憎しみを取り去ること

1億人の人が、こういうふうに考えたとき、

その出来事が起きたことに大きな、貴重な意味があったといえます。

多くの人が自分の心の中の、敵意や憎しみを、見つめ直すことができたなら、

「私のメッセージが理解されて嬉しい」と神様はニッコリ微笑むのかもしれません。

<転載終了>

最近は本当に目を覆いたくなるような出来事が、世界中で起こっています。

・人種差別による憎しみの連鎖

・宗教紛争

・親子間の殺人

悲惨な事件や、被害者やそのご家族が、あまりにもかわいそうな内容であればあるほど、

私たちはその犯人を憎みます。

死刑を望む人もいるでしょう。

「罪を憎んで人を憎まず」という耳触りのよい言葉もありますが、

やはり「憎しみ」を肯定していますから、そこには神様の要素が全くありません。

立派な人、努力して自分を律している人、まじめな人ほど、 

人の不正や怠惰な言動が、許せないかもしれません。

憎しみを抱き続けるかもしれません。

「私はこんなに頑張っているのに、あの人は何?」

でも神様は、はたして、そのようなことを仰るでしょうか?

神様は全ての全てを、受け入れ、寛大な目で見守り、

魂が更生する機会を辛抱強く、待っていてくださるのではないでしょうか?

憎しみや、恐怖、疑心暗鬼、貪欲からは、同じものしか生まれません。

信頼からは、愛が生まれます。

どんなに過酷な状況であろうと、魂までは傷つけることはできません。

神様が悪魔の存在を許し、その悲惨に見える状況を承諾したのであれば、

大きな大きな教訓として、私たちの心を見つめなおすキッカケとして、

また大きな犠牲を覚悟で、憎しみの対象となることを承知で

生まれてきてくださった、役割を持った魂たちに対し、 

「感謝」を持って受け入れたいと思います。

それこそが、神様が、人間の、近視眼的な目から見れば、

理不尽に見えることが起こることを、許していらっしゃる理由であろうと思います。

憎しみの心がある限り幸せになることはできません。


2026年4月1日水曜日

4214「今生きているということ」2026.4.1

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月19日の記事を紹介します。


「今生きているということ」


今日は小児病棟の子供たちのお話です。 

私たちは肉体をもって生きている間は、日々起きる 

・人との出会い別れ

・辛いこと、苦しいこと

・嬉しいこと、楽しいこと 

何故、それが起きているのか分かりません。  

何故、私だけこんな苦しい運命なのか?

そのように、自分の運命を呪い、社会を憎むかもしれません。 

ですが、どんな出来事も、環境も、全ては、私たちをよくするために起こっています。 

正確には魂を輝かせるために起こっています。 

様々な出来事を経験し、私たちは少しづつ、学び、魂を覆う無明の闇を取り払い、

元々あった美しい魂の輝きを取り戻します。 

美しい心は、自分自身の心を平穏にさせ、

幸せと感謝の心を感じさせてくれることでしょう。 

心に輝きを取り戻した魂は、自分だけでなく、取り巻く人々、

更には、既に亡くなった家族や祖先の人々さえ、神さまの光で包み込むことができます。

私たちが触れ合うことのできる、生きとし生けるものの幸せは、

私たちの心の浄化から始まります。 

<引用開始> 引用元

7年前、小児科の末期がん患者の病棟に演奏をしに行った時のことです。

学校のある卒業生の方から

「病院にいる子供たちに、あなたたちの天使の歌声を聴かせてあげてもらえないか」

とお話があり、私も「ぜひ」と言って受けさせていただいたんです。

病院には全員ブレザーを着ていったのですが、黒っぽい服では威圧感があるからと、

その場で上着を脱がされて、全身に消毒液をかけられました。

寒い時期だったんですが、扉を開けると、物凄く暑くて、狭い部屋だったんです。目の前には、本当にこの子がもうがんなんだろうか、と思うような赤ちゃんから、

放射線で髪の毛がぼさぼさになってしまっている子、

頬全体が陥没して顔が半分ない子だとか、 

もうそれは、見ただけでも体に震えがくるようなひどい状態の子たちがたくさん……。

その子たちの前で、私たちは部屋の隅っこのほうにへばり付くように立ちました。

敷かれたホットカーペットの上には、お母さん方も座っていたり、

廊下にはドクターや看護師さんの姿も見えました。

私は壁の一番端に行って、指揮棒を振ったんですが、もう涙が止まらなくて、本当に……。

私の目の前で、お母さんが乳飲み子をギューッと抱えながら、

涙をポロポロ零すんですよね。

あぁ、自分の子はこんなに大きくまで育つことができないんだ、とか、

いろいろ思われたんじゃないかと思うんですが、看護師さんもドクターも皆泣いていらして、泣いていなかったのは、当のがんの子供たちだけで。

私も我慢しなくちゃ、と思うんですが、もう悲しくて悲しくて、

生徒たちも涙をポロポロ零しながら、でも必死に笑顔をつくって、一所懸命歌って。

そしたら歌が終わった後に、髪の毛のない子や顔の陥没した子たちが 

「お姉ちゃんたち、どうして泣いてるの」って言うんです。

看護師さんが 「あなたたちがあんまり一所懸命聴いてくれるから、

お姉ちゃんたち感動しちゃったのよ。楽しかった?」 と尋ねました。

するとその中の一人が

「凄く楽しかったぁ。大きくなったらお姉ちゃんと一緒に歌いたい」

って、もう私、本当に胸が張り裂けそうで…。

その時に、心から、あぁ歌は素晴らしいと思いましたし、いま生きていて、

自分のできることを一所懸命やることが、どんなに大切なことかを凄く強く感じました。

その帰りの電車の中で、ある生徒が 「先生、あんなに皆を悲しませちゃって、

私たちが合唱をしに行ったことは本当によかったんだろうか?」 と言ったんです。

何しろあの場にいた大人たちがあまりにも涙を流していましたから。 

その時に私は 「うん、よかったんだよ。 

たぶん、お母さんも、病院の先生も、看護師さんも、

皆悲しくて、もう泣きたくて、泣きたくてね。 

でも、いま一所懸命生きている子たちの前で泣けないでしょ?

それを、あなたたちの歌で感動したふりをしてね、

思いっきり泣くことができたからよかったのよ。

明日からまた笑顔で頑張っていけると思う」と言ったんです。

すると生徒が「そうか。じゃあ私たちの歌で少しは楽になったのかな?」

と言うから 「そうよ。そして歌を聴いていた子たちが『お姉ちゃんと一緒に歌いたい』と言った。 

生きよう、って。

いや、生きるということは分からないかもしれないし、

もしかしたら一か月後には命がない体かもしれないけれど、 

少しでも希望を持って生きようとしたということは、素晴らしいことだから」

と話して、お互いに感動しながら学校に戻ったことがあるんです。

私は、生きているということは、自分一人がここに存在して、

ただ呼吸をしているのではなく、いろいろな人と出会って、

怒ったり、笑ったり、悲しんだり、苦しみを分かち合ったりして、

相手の心や周りにいる人たちの心を、ちゃんと感じられることではないかと思うんです。

私が慰問演奏に行った時に、「いまを大切に生きなければ」と強く思ったのは、

幼くして亡くなってしまう子たちもいるんだから頑張って生きよう、という思いではなくて、あの時、あの部屋の中で、それぞれの人の心がうごめいていたんですね。

無邪気に喜んでいる子供や、日頃泣けない家族の人たち……、

そういう、たくさんの思いが満ち溢れている中に入ったから、

あぁ、ちゃんと生きていかなくちゃ、

神様から与えられたこの命を、大切にしなくちゃいけないと感じたのだと思うんです。

谷川俊太郎さんの詩に

「生きているということ 

 いま生きているということ 

 泣けるということ  

 笑えるということ 

 怒れるということ」

という言葉がありますが、本当にそんな思いですね。

そうやって、いろいろな人の思いを感じられることで、

人間は生きている価値が生まれてくるものだと思います。 

<引用終了> 

この子達にとって 

・病気だとか

・苦しいだとか

・もうすぐ亡くなるとか 

そういったものは一切関係ないのですね。 

どんな状況であろうと、それに拘り、執着して苦しむことなく、 

ただ、今目の前のことを、楽しみ、喜び、

精一杯生命の喜びを表現することが、彼らにとっての生きている証なのですね。 

例え肉体を持つ時間は短かろうと、神聖な生命の火を輝かせることの方が 

彼らにとって、価値のある事なのですね。 

天国から真っすぐ両親のもとにやって来て、そしてこの地球で、

生命の喜びを十分に表現し、味わって、 

また真っすぐに神様のもとに帰って行くのですね。 

そこには 

・かわいそうとか

・悲しいとか 

そういった感情は一切なさそうです。 

肉体としての命は一瞬ですが、私たちの魂は永遠です。 

この地球で色んな人に出会い、悲しみも喜びも、苦しみも楽しみも、

沢山経験し、魂を輝かせるのですね。 

目に見えるものしか信じられない私たちにはわからなくとも

永遠の魂の視点から見たら、神さまの視点から見たら、 

・良いとか悪いとか

・正しいとか間違っているとか

そんなジャッジは全く必要のないことかもしれません。

全部が大切な経験として、魂に刻み付けられるのですから。 

そしてそれを持って、元居た天の世界に戻るだけなのですから。


2026年3月31日火曜日

4213「声なき声を聞く」2026.3.31

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月18日の記事を紹介します。


「声なき声を聞く」


臨死体験をきっかけに、神さまを見て、声を聞き、正しく人生の目的を知り、

そしてその後の人生で、多くの方の精神性の向上(心の浄化)のために

働いていらっしゃる方が沢山いらっしゃいます。 

今日はその中のお一人である、

鈴木秀子さんのお話をご紹介します。 

鈴木さんは、日本近代文学を専攻する聖心女子大学の教授で、

聖心会のシスターでもあります。

「死にゆく者からの言葉」など沢山のご著書もあります。 

『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』

(致知出版社)が出版された直後のインタビューです。 

<転載開始> 転載元

インドにある「死を待つ人の家」を訪れたある神父が、

現地でマザーテレサに出会った時のお話です。

神父はボランティアとしてインドの現地に赴き、風呂に入れた病人を

バスタオルで受け止める役目を担いました。

しかし当初は、やせ細った病人の体に触れることはおろか、

怖(お)じ気づいて後ずさりしてしまったのです。

その様子を見かねたマザーは、彼の代わりに病人を受け止め、

優しくその病人に語り掛けました。

「あなたは大切な人です。

あなたは神様から許されて、愛し抜かれています」

死人同然の彼は、

うっすらと目を開いてほほ笑んだそうです。

鈴木秀子さんは、このストーリーをこう締めくくっています。

「マザーが死にゆく男性に施したのは、何も特別なことではありません。

一人の人間として敬い、神様から愛されていることを祝福した、

それだけのことです。

しかし、そのひと言は、苦しみと絶望の間をさまよっていた男性には、 

何よりの喜びであり、力となるものでした」

小さな良いことが、やがて良い人生につながるのです。

周りの人々と小さな心の交流を重ね、

人を敬って生きていくことに、大きな喜びを感じる人生こそ、

「良い人生」なのだと、マザーの行いを例に鈴木秀子さんは仰います。

また、マザー・テレサが1984年に来日し、

シスターが教鞭(きょうべん)をとっている

聖心女子大学を訪れた時のあいさつについても触れられています。

「日本では路上で生き倒れて死んでいく人、

膿(うみ)にまみれてハエにたかられている人はいません。

しかし日本を歩きながら、大変なショックを受けました。

街はとてもきれいだし、とても賑(にぎ)わっているのに、 

その街を歩く人たちの顔に笑顔がないのです。

皆さんの悲しそうな顔が、心に焼き付けられました。

寂しい思いをしている日本人たちには、

ちょっとした言葉をかけてあげてください。

温かい笑顔を見せてあげてください。

それは私がインドで、貧しい人々にしているのと同じことなのです」

こう話すマザーに、日本への思いの深さと、愛に満ちた生き方、

信仰を貫く姿勢を鈴木秀子さんは見て、改めて感動したと記しています。 

<転載終了>

日本は先進国と言われ、豊かな国であるのに、 

・人々の顔に笑顔が無い

・悲しそうな顔をしている

・寂しい思いをしている人が沢山いる

まさにそれはインドの貧しい人たちが、誰にも顧みられることもなく、

寂しさの内に、人生と神を呪い死んでいく姿と同じではないか? 

そう、仰ったのです。 

それは自分以外の者への関心の薄さ、無関心に寄るものです。

愛が欠如しているからです。 

その結果が、インドのスラムで孤独の内に、

人と神を呪い死んでいく貧しい人と、 

日本人の心を同じものにさせてしまったのです。 

皆さんはどうでしょうか? 

カルカッタのように生死に関わることは、めったにないかもしれませんが、 

こんな小さな声、叫びを聞いたことはありませんか?

「寂しい」「助けて」

これは声なき声、単なる小さな波動かもしれません。

ですが、いま確実に世の中に、この小さな叫びが増えています。

生活やお金に追われ、必死に生きている私たちにも、

最初は聞こえていたかもしれません。

でも、いつしかそれは、忙しく動き回る私たちにとって、

社会の中で、単なる生活音でしかなくなり、 

気にも留めず、気付くことすら、なくなってしまったのかもしれません。

そしてその小さな叫びを発した人達は、誰にも顧みられず、孤独の内に生き、 

エネルギーのある者は、やるせない気持ちを爆発させ、 

エネルギーの無い者は、ひっそりと命を閉じるのかもしれません。 

でも、私たちにも、耳を澄ませば、「寂しい」「助けて」と言う声が、 

家族や友人、目の前に居る人 

そんなすぐそばからも、聞こえてくるかもしれません。

その声が聞こえたら、どうしますか? 

マザーはこう仰いました。

ちょっとした言葉をかけてあげてください。

温かい笑顔を見せてあげてください。 

まずは、自分の目の前に居る人に対し、

笑顔で、優しい思いやりのある言葉を、かけて差し上げたいものです。 

その笑顔と優しさは、今度は受け取った人を介して、

またそこを拠点に広がって行きます。

どんどん笑顔と優しさの連鎖が、あなたの最初の行動を

きっかけにして始まります。 

そしてその愛のエネルギーは循環を繰り返し、 

必ず何倍にもなって自分に帰ってきます。

どうか目の前の方に、笑顔で、優しい思いやりのある言葉を、

かけて差し上げてください。


2026年3月30日月曜日

4212「死を選んだ娘」2026.3.30

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月17日の記事を紹介します。


「死を選んだ娘」


私は死んだ。

自分で死んだ。

気づいた時、目の前にかすかな光が見えてきた。

それはだんだんと大きな光となり、光の塊となった。

太陽よりも明るいけれど、全然まぶしくない。

暖かく、優しい思いが伝わってくる。

気が付けば周りには、沢山の懐かしい人々。 

笑っている。

「お帰り」、「お疲れさん」、「頑張ったね」沢山のねぎらいの言葉、そしてハグ。

そう、ここは私がもともと居た場所、

そして心の内を何でも話せる気の置けない仲間たち。

一通り、懐かしい仲間との挨拶が終わると、

だんだんとここでの暮らしの記憶が蘇ってきた。

今終えたばかりの地上での人生をスタートする前、

私はこの人たちと、ここで暮らしていた。 

そしてある日、私は生まれ変わりの順番が来たことを天使に告げられたのだ。

「次の人間としてのイノチ。神様に会う前にテーマを決めておいてくださいね」

天使は私にそう言って、遥か高次元の神様の国に戻っていった。

そして、その日が来た。

神さまとお会いし、今回のイノチのテーマを決め、生まれる環境を決める日だ。

「テーマは決まりましたか?」

根源的な光の塊、愛の塊。そうとしか表現のできない存在。

姿は認識できないけれど、圧倒的な愛と許しの存在が話しかけてくれた。

「神さま」一瞬で理解できた。 

懐かしい私の魂の故郷。

遥かなる時間のかなた、宇宙が生まれた時、

同時に私はこの神様の光の塊から生まれたのだった。

「はい、神様。私は今回の地球への転生が、肉体を持ち生まれる最後の転生です。 

ですから今回の転生の目的は、

縁ある人に悲しみの感情を味わっていただくということにしました」

地球に転生を希望する魂は多い。

何故なら、そこでは肉体を持ち、

自分の意志ではどうにもならない不自由な暮らしを強いられるけれど、

感情を持つことができるからだ。

感情とは喜怒哀楽、肉体がある時だけ味わえる感覚、経験である。

その感情とは理性的な生命体にとって、

不合理で理不尽な判断を下してしまいがちであり、幼稚な生体反応であるが、

宇宙に住む沢山の生命体があこがれる経験だ。

なぜなら、その感情こそが、それをバネにして、爆発的なジャンプ力を持って、

魂の飛躍的な進化を遂げることができるからだ。

地球より、何億年も文明の進んだ星々では、感情を捨ててしまって久しい星々もあるが、

更なる集合的な魂の進化のために、時として、地球への転生を組み込んでさえいる。

何故ならその喜怒哀楽の感情は、

昇華さえできれば、神々の愛に非常に近い高度な意識の経験をすることができるからだ。

また喜怒哀楽のうち、今回私の選んだ「悲しみ」の感情は、

それを乗り越えた時、魂の進化を促進するために、一番効果の高い感情である。

進化の進んだ魂にしか選べないテーマである。

それゆえに数えきれない魂の輪廻を経て進化の階段を上ってきた魂にとって、

この地球上で経験する「悲しみ」の感情、

そしてそれに包まれた人生は、最後の大きな試練でもある。

まだ魂のレベルが幼いうちは、

その「悲しみの人生」を選ぶことを神様は決して許してくれない。

私は、数多くの地球での転生で、沢山の喜怒哀楽を経験し学んできた。

「悲しみ」の経験も既に数多く乗り越え、最後の最後、

今度は愛する縁のある魂たちに、

その「悲しみ」を経験してもらう立場になった。

悲しみを経験してもらうことは、感情の星、地球ではとても辛いことである。

誰でも愛する人に悲しみなど与えたくないし、

誰しも泣いているよりも笑っていたいからだ。

それでも魂たちは、地球での経験の総仕上げの段階では、

みな「悲しみの人生」の関門をくぐって、魂の進化の総仕上げをする。

そして私の決意を聞いて神様は仰った。

「わかりました。それでは、そのテーマを遂行するために最適な、場所と時代、環境を準備しましょう」

「その悲しみに耐え、魂の糧にできる両親を探しましょう」

そうして神様が全ての段取りをしてくださった。

平成時代の日本。仲の良い、まだ若い両親。

この両親とは、ともに地球上で親子が逆転したり、性別が逆転したり様々であるが、

30回ほど一緒に転生を繰り返し家族として暮らしたことがあった。

彼らもまた、地球卒業の近い進化した魂たちだ。

家族となる魂たちは、神様を交え、今回の人生のテーマを話し合い、

ある時期に私自身が、自らのイノチを絶って、

家族に最大限の「悲しみ」の感情が演出されることとなった。

そういう約束をして、皆で合意し、励まし合って、

私は地上に生まれたのだった。

生まれたばかりの私のイノチ、若い両親はとても喜んでくれた。

ワクワクした気持ちが赤ん坊の私にも伝わってくる。

何気ない日々の暮らしを積み重ね、

私たちは家族としての時を刻んでいた。

でも約束の時は、刻々と近づいていた。

私が自らイノチを絶ち、天に帰る時。

そのタイムラインをコントロールする神様の御業は完璧だ。

悪役を引き受けて下さった魂の仲間たちも、

自分の役割を魂として、正しく理解している。

地球での経験では、この崇高な目的は肉体を持つ人間には全てが隠されている。

何故なら、私たちは魂の進化のために、

完璧にその役になり切り演じ切ることで、

飛躍的な魂の進化が遂げられ、

そして地球での「感情」の経験が最大限実を結ぶからだ。

崇高な目的は隠されている。

私にも、協力してくれた悪役の仲間たちにも、

そして最大限の「悲しみ」の感情にさらされる両親たちにも。

私は死んだ。

ひとりぼっちで自分で死んだ。

私は忘れていた、この人生の目的を思い出しながら天に帰って行った。

果たして両親たちは、この魂の最後の試練に耐えられるのか?

それとも、悲しみの感情に押しつぶされ、当事者を憎み、世間を憎み、心を閉ざし、

暗黒の闇の中で残りの人生を過ごすことになるのか?

私は神様と約束した。

「神様。私の今回の転生の目的は、

縁ある人に悲しみの感情を味わっていただくということにしました」

もし、愛する娘、つまり私の死を通して、一度は大きな「悲しみ」のダメージを受けても、人を許し、自分を許し、そのことで魂を深い愛で溢れさせ、 

人間としての最後の関門をくぐることができるのか?

そして、その溢れる崇高な愛を、周りの人々に注ぐことができるのか?

私は、こうして天に戻り、その人生の目的を思い出し、 

今度は、「悲しみ」を与えた愛する残された両親の、

残りの人生の生き方を見守る立場となった。

神さまの計らいで、二人の感情も自分自身の感情として体験している。

今、二人には深い悲しみが広がっているけれど、

時の経過とともに必ずそれを乗り越えて欲しいと願っている。

魂の約束を果たして欲しいと願っている。

今や、肉体を持たないけれど、両親が悲しめば、私も辛い。

喜べば、私も嬉しい。

両親が人を憎めば、私の心は、血の涙を流す。 

自らの手で、愛する両親の心を憎しみと言う深い闇で満たしてしまったからだ。 

心の地獄に追い込んでしまう結果となったからだ。

お父さん、お母さん。

どうか、この辛い時を乗り越えて、魂の糧としてください。

私は、どんな時も、あなた方のイノチが尽きるまで側で見守っています。

同じ気持ちを味わっています。

このような魂の仕組みを作ってくださった神様に感謝いたします。

ありがとうございます。


2026年3月29日日曜日

4211「マシュー君のメッセージ」2026.3.29

今回は「玄のリモ農園ダイアリー」さんの2026年3月3日の記事を紹介します。


「マシュー君のメッセージ(228)」

玄のリモ農園ダイアリー

2026年3月3日

神:波動エネルギー、マシュー:トランプ大統領/替え玉、地球史の政治/アセンション、エプスタイン文書、ニュース放送、ホワイトハット、気象操作


マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から心からのご挨拶をします。僕の母へ寄せられた数多くの“おかえりなさい”のメッセージに感謝します。ほとんどのメールには質問やコメントも入っていました。では、読者のみなさんが最も関心を示された事柄について最も明確に述べられているものから始めましょう。


「アーノルドは闇が終わりつつあると確信を持って語り、それは数年先ではなく差し迫ったことのように聞こえました。『闇の勢力がエネルギーを使い果たすから』という彼の説明は理解できません。彼らが引き起こす暴力と苦しみは増大しています。彼らが支配する経済は困難を増幅させています。彼らが扇動する戦いは今も死と悲嘆と破壊をもたらしています。核による第三次世界大戦への恐怖が広がっています。彼らはパンデミックの可能性について語りながら、今も政府を腐敗させ、真実を抑圧し、司法制度を操作し続けています。彼らが支配を維持するために行っている全ての行為が、なぜその支配力を弱めているのか、どうか説明してください。よろしくお願いします。」

神:愛する子どもたち、こんにちは。アーノルドは、私の説明の方が彼の説明よりも君たちにとって受け入れやすいかもしれないと考えている。だから、早速本題に入ろう。世界に光が多ければ多いほど、波動エネルギーは高くなる。波動エネルギーが高ければ高いほど、エネルギーが振動する速度は速くなる。そして、あなたたちの世界・・あらゆる世界・・の状況は、その世界に蔓延する振動エネルギーによって引き起こされる。

身体はエネルギーであり、あなたたちが闇の者と呼ぶ私の群れの中で迷える者たちはいま、恐怖と争いと混乱を生み出すためにあちこちで暴れ回っている。なぜならそうした状況こそが、彼らのエネルギーが形ある存在を維持するために必要とする低い波動エネルギーを生み出すからだ。しかし彼らの努力は、低い波動エネルギーよりも高い波動エネルギーをより多く生み出している。なぜなら地球上の無数の魂が、誰もが安全で健康で繁栄し、指導者は高潔で、情報は信頼でき、真の正義が存在する平和な世界での暮らしを思い描いているからだ。それらの無数の思考と感情のエネルギーが、高い波動エネルギーを放っている。

そして、これらの魂たちはそのような世界を望むだけでなく、その意図は子供たちにそれを手に入れさせることにある。意図にはそれ自体にエネルギーがある。善なる意図は高い波動エネルギーを、闇の意図は低い波動エネルギーを生み出す。善を願う思考・感情・意図の集合的エネルギーが、今まさに地球を高い波動に包み込んでいる。高いエネルギーと低いエネルギーは共存できず、高いエネルギーの勢力が強まるほど低いネルギーは押し出される・・これが物理と引き寄せの公平な宇宙法則が24時間365日絶え間なくはたらいている仕組みだ。

あなたたちはこう問うかもしれない:なぜ地球ではこれほど長くかかっているのか?闇がこの惑星に入り込み、その文明社会を抑圧した後、闇の者たちと、恐怖と絶望と悲惨の中に生きる大衆が、長い長い歳月をかけて惑星を低い波動エネルギーで満たしたのだ。その状況が変わり始めたのは100年も経たぬ前であり、今まさに起こりつつあることはこの宇宙において前例のないことなのだ。

幾多の時代を経てきた闇の支配が終焉を迎えているその深遠さと規模が、あまりにも急速に進行しているため、いわば副産物として混乱が生まれている・・あの愛する魂たちのメールに記された状況がそれだ。まだ明らかではないものの、絶えず高まる波動エネルギーが混乱の低次の波動エネルギーを、平和と調和、自然への尊重、そして光のあらゆる力強い側面の高次の波動エネルギーへと置き換えている。

アーノルドが闇の者たちのエネルギーは尽きると言ったのはもっともな理由がある。なぜなら・・あなたの言葉を借りれば・・このトンネルの終わりまでずっと光が溢れているからである。

アーノルドとマシュー、これでこの件は明確になったかな?

アーノルド:はい、神。ありがとうございます。

マシュー:はい、私も感謝します、神。

神:それでは、あと少しだけ言葉を添えて退場しよう。愛する、愛する子供たち、自らを愛し、他者を愛し助け合うことで、あなたたちこそが地球の黄金時代の輝かしい光へと続く道を切り開いているのだ。魂のレベルで、あなたたちはこれを知っている!ハートでこれを感じなさい!

マシュー:以下のメールは、読者にとって非常に関心が深い別の件に関するもので他のメールと同様の内容です。読者の多くはアメリカ以外の国に住んでいます: 

トランプ大統領について何か教えてくれるかどうか、マシューに聞いてもらえませんか?偽物のトランプがいるんですか?もしそうなら、本物のトランプはどこにいるんですか?」

僕たちの返答が政治的と解釈されないよう、まずこれまでの複数のメッセージで述べてきたことを繰り返します。

この宇宙ステーションの魂たちは政治的中立であると表明したにもかかわらず、多くの読者が僕たちに批判を寄せました。僕たちが重要な状況について言及したことが党派的な政治活動、有権者への影響工作、そして“スピリチュアルなメッセージにふさわしくない世俗的な情報”と解釈したのです。彼らはアセンションについて知りたがっていましたが、なぜそれが起きているのかについては求めていませんでした。

政治とは単に統治に過ぎず、それは時代を超えて残虐性、恐怖、貧困、無知によって文明社会を支配してきた闇の勢力の操り人形たちの手に委ねられてきました。ガイアは二度、大災害を引き起こすことで、操り人形たちの決定が生んだ負の破壊的エネルギーを惑星から一掃しました。わずか一世紀前、再び蓄積された負のエネルギーが惑星の光を枯渇させ、地球は宇宙へ放り出され完全破壊の瀬戸際まで追い詰められていました。

今回ガイアは助けを求めて声を上げました。進化した宇宙文明社会は、地球が深い第三密度から抜け出すために必要な膨大な光を送りました。何千年もの間、政治指導者たちが闇の中で行為を続けたため、地球はこの深みにはまり込んでいたのです。

それがアセンションの“理由”です。地球にとっては、ガイアとその惑星体が誕生した高次の第五密度への回帰です。魂たちにとっては、進化の段階における前進であり、スピリチュアルと意識レベルの覚醒の向上です。これは決して政治的な問題ではありません・・光と闇の勢力、神性と悪魔主義、自由と束縛の間の太古からの戦いなのです!

さて、確かに、ドナルド・トランプ大統領と“偽のトランプ”がいます。前者は、国内のほとんどの最高軍事司令官たちに支持されており、ここ数ヶ月彼は彼らの保護のもと、秘密の場所で暮らしています。彼に対する数多くの暗殺未遂のうち、公に知られているものは1、2件にすぎません。

闇のディープステートは、トランプが公の場から姿を消した隙に、すぐさまトランプの身振りや話し方を真似る偽者をホワイトハウスや別荘マーアラゴ、会議、外国要人との会談に送り込んだのです。彼は言われた通りに行動し発言します・・そのため多くの“大統領”の決定や行動が、その国や世界のために最善とは言えなくなっているのです。

そのような大規模な欺瞞がうまく行く可能性は低いと思えるかもしれませんが、それは闇の勢力の巧妙さ、決意、そして絶望的な状況を表しているのです・・彼らの“大統領”はトランプより背が低く太っており、その容貌は現大統領とやや似ている程度に過ぎません。彼がトランプではないと知りながらこの茶番を許容している者たちの理由について、二つの説が伝えられています。強制排除を支持するグループは、ディープステートによる流血事件を防ぐ確実な戦略を持たず、もう一方のグループは、トランプを演じる男を除去する唯一の安全な方法は、市民が“大統領”が以前と姿が違う理由の説明を求めるまで待つことだと考えているからです。

トランプの替え玉が追い出されるまで、彼は命令に従い続けるでしょう。トランプ大統領は引き続き、米軍と民間指導者、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、その他知識ある国家指導者らと、ディープステートを倒し、損傷し汚染された環境を回復させ、国民を支配するのではなく奉仕する統治体制の確立ついて協議を続けるでしょう。

僕たちからの回答として、この問題に関する質問の中で最も適切なものはこれです:

「なぜエプスタイン文書について沈黙しているのですか?」

僕たちはその文書の内容を知っています。したがって、沈黙は知識不足によるものではありません。僕たちは過去の幾つかメッセージで、広範な性的人身売買、小児性愛、アドレノクロム、悪魔的儀式について言及しています。これらの凶悪な活動に関する真実の出現は、地球の浄化の一部だからです。しかしながら、それらの活動の詳細や加害者の名前を明かすことは、僕たちの望むことでもなければ、僕たちの立場にもありません。

それは米国司法省の責任であり、同省が黒塗りで記録を隠蔽し、他の記録を非公開にしようとする努力にもかかわらず、議会内の個人は、エプスタイン島を訪れたすべてではないですが多くの者たちによって犯された言語道断の人道に対する罪の証拠を入手し、正義が果たされることを要求するまで粘り強く追求を続けるでしょう。

「闇の勢力の支配が崩れつつあると言われましたが、それでもニュースやインターネット動画を見ないよう勧めますか?」

それを僕たちに結びつけないでください・・僕たちは報道内容への注意を怠るよう勧めたことは一度もありません。むしろ、ニュース番組の視聴が不均衡を引き起こすかどうか尋ねられた際には、報道内容を把握すること自体は問題ないと述べてきました。ただし、あくまで観察者として留まり、いかなる情報にも感情的に巻き込まれない限りにおいてです。

とはいえ、闇の勢力は確かに転落の一途をたどっていますが、それでも報道内容や歪曲の仕方を決定し、インターネット上で見つかる真実の情報はすべて検閲しています。これまでのメッセージで、あらゆる情報源からの情報について見極める力を持ち、内なる声に問いかけることを勧めてきました。必要な答えはすべて魂のレベルで知られているのです。

「マシュー、友人があなたの深い示唆に富むニュースレターを送ってくれました。神が『塹壕で勇敢に奉仕するホワイトハット』と呼んだのは、一体誰のことでしょうか?」

ホワイトハットとは、闇を暴き打ち倒すために様々な形で活動する多くの人々を指す一般的な呼称となっています。彼らは組織化されておらず、世界中に散らばり、腐敗や欺瞞を暴き真実を公表するために、命や生計を危険に晒しながら“勇敢に奉仕”しているのです。

ホワイトハットには、調査報道記者、医療従事者および“代替”医療従事者、科学者、特殊軍事部隊・警察部門・司法制度の関係者、政府高官、諜報機関員、ジャーナリスト、技術者が含まれます。彼らのうち、嘆かわしいほど多くが殺害されています。その他には投獄された者、精神科病棟に収容された者、職業上の信用を失墜させられ、または免許を剥奪された者がおり、ごく稀に公式声明が出される場合、その人物は陰謀論者であり、その情報は非科学的あるいは違憲的、あるいは法と秩序を損なうものであると主張されるのです。

「マシュー:最近の異常波は、地球工学、気象操作、あるいはニビルの接近が原因なのでしょうか?」

異常波は地球工学の結果の一つです。第二次世界大戦中、米国軍は敵軍の攻撃を抑止する手段として気象操作技術を開発しました。これが“気象戦争”という言葉の由来です。ディープステートはこの技術を使い始め、壊滅的な洪水、干ばつ、猛烈な暴風、極端な気温変動、地震を引き起こしています。その後、いわゆるケムトレイル(飛行機による地球への毒素散布)が追加されました。人類、動物、環境に対するこれら全ての攻撃は間もなく終焉を迎えるでしょう。

巨大な小惑星ニビルは、何年も前にあなたたちの太陽系を離れ、いかなる天体にも危険を及ぼしていません。

「アーノルド、アシュター、マシューがここにいると言っていましたが、彼らはどこにいたのですか?」

僕たちは特定の場所というよりは、進化段階と物質体に適したエネルギー次元の特別な場所にいました。数多くの転生において僕たちは深い絆で結ばれており、あの時再び肉体的に共に過ごせたことは稀有な喜びでした!今生の奉仕任務がお互いに遠く離れているため、僕の母へ情報を伝達する際と同様に、しばしば霊的に僕たちは“出会う”のです。

愛する兄弟姉妹たち、この地球上にも、そしてはるか彼方にも、数えきれないほどの素晴らしい冒険があなたたちを待っています!

この宇宙のすべての光の存在たちが、無条件の愛の力で、あなたたちを常に前へと応援し、地球への奉仕を支えています。

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愛と平和を


スザンヌ・ワード著

原文:Matthew's Messages

訳文責:森田玄