2026年9月28日月曜日

4395「生かされている命」2026.9.28

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月11日の記事を紹介します。


「生かされている命」


レインボーの子供たちは、神様に近い所から、地球に転生してきています。

現在大量に、神々の意思によって、レインボーチルドレンや、神々自身が、

地球、日本に生まれて来ているそうです。

レインボーの小学生のまりなちゃんのお話は、

2,500年前にブッダが悟った「縁起の法則」と同じことを語っています。 

今日は、胎内記憶研究の第一人者、

産婦人科医の池川明先生との対談から少しご紹介します。 

・宇宙では良いも悪いもない(ジャッジしない)

・ただそうなだけ

・地球に来た途端、良い悪いという基準が存在し始める 

・神々はそれは必要ない・・そうみんなで相談し判断して

・良い悪いの判断をしない、そういった覚醒した子供たちを大量に地球に送り出した

・好き、嫌いがあるのはもちろんOKだけれど、

・それは良い、悪いという概念ではない

・嫌いだから、相手はダメな魂と言うことはない

・ただ自分と波長が合わないだけ

・生きて学ぶことで魂に磨きがかかる

・そのために地球に生まれて来た

・また、ただ単に地球に遊びに来ている人もいる

・人を殺すこと、殺されること

・そうすることで魂が曇ることはない

・生まれる前に、その状況を経験したいために

・自分自身で選んで生まれて来たのだから 

・それは、ただの体験に過ぎない

・殺し、殺される人。二人は合意のもとに生まれて来た

・そこに良い悪いはない

・人を殺す、という体験も、魂を磨くための一つの経験に過ぎない

・それが学びだから 

つまり、この地球上での経験は、

・どんなに嬉しいこと

・どんなに悲しいこと

・どんなに辛いこと

・どんなに悲惨に見える病気、出来事、境遇

であっても、全ては、良い悪いはなく、単なる経験に過ぎない。 

全て生まれる前に、そうなることを、自分で決めて、選んできたのだから。

今、辛いこと、悩み事はありませんか?

家族や友人、会社のことで心配なこと、困っていることはありませんか? 

それらは全て、そうなること、前提で生まれてきているのだそうです。

それを経験してみたかったから、 

その経験を地球でしてみたくて、

地球に生まれる前に、当事者同士、 

その役回りをお願いして、

神さまの了解も得て生まれて来た。 

例えそれが、殺す、殺されるという、、極端な経験であっても。  

仲の悪い家族、非常に自分本位な極端な性格、 

そんな状態も同じです。単にその状況を経験したかっただけ。 

では、どれだけまりなちゃんのお話が、

ブッダの「縁起の法則」と同じであるか、ブッダのお話をします。

ブッダが初めて悟りを開いたとき、悟った宇宙の真理が縁起の法則だそうです。 

縁起の法則では、

私たちの生まれてから死ぬまでに起こってくる全ての出来事は、 

生きている私たちの意思や努力で変えられるものではなく、

既に生まれてくる前に決めたストーリーの通り、決まっている。 

そしてこの人生ストーリーは、

私たち自身と、神様で相談して決めてくるのだそうです。 

生命ある物、全ては、生きているのではなく、生かされているのだと言います。

宇宙を司る原理、(大日如来、憤怒相である不動明王)

神さまによって生かされています。 

私たち、一人一人の心の中にも、神さまはいらっしゃいます。 

語りかければ、答えてくださいます。 

自分の中に神様を認めることができた時、

初めて、周りの全ての中に存在する神様に気づきます。 

私たちは、勝手に生きているわけではないので

・生まれる時期、場所、家族も神さまが準備してくれました。

・死ぬ時もそうです。

 神さまが「そろそろ、戻っておいで」と言うまでは

 死ぬに死ねません。

・人との出会いもそうです。

 いつ、誰と、何処で出会うか?

 何時分かれるか? 

 みんな前世の因縁なども加味されて

 神さまが段取りを組んで下さいました。 

・特に「運命は人が運んでくる」

 そう言われるように、人との出会いは重要です。

 どんな人であろうと・・・ 

・病気や事故もそうです

 私たちが、ある時期、

 自分自身を見つめ直す必要があり 

 お陰さま、お互いさまの心を知るために

 神さまは頃あいを見て、病気や事故を授けてくださいます。 

・貧乏な時期、経済的に困窮する時もそうです。

 心を強くするために

 お金のより良い使い方を理解するために

 何もないところに、愛や思いやりを見つけるために

 物では無く、心に、幸せを感じられるように

 神さまは、貧乏の時期を与えてくれました。 

今まで生きて来た人生を振り返って見れば

いくつも思い当たる節が、あると思います。 

あの出会いがあって、今の私の人生の方向性が変わった 

あの時、別れがあったから、新たな出会いが訪れた 

あの病気をしたお陰で、

人の心の温かさが身に染みた

何気ない毎日の幸せが、理解できた

これらは、全部、神さまが計画した、順番通り、 

計画した時間、場所に寸分の狂いもなく、起こされたことです。 

また、この働きは、宇宙空間の中でも、

私たちの体の中でも、同じように起こっています。 

寸分の狂いもなく、体内の様々な、微生物、

細胞、血液、リンパなどが調和して働いています。 

こんな壮大で、有機的に調和された働きを、神さま以外の誰ができるでしょうか? 

生きているではなく、生かされている。 

その事実に気付いた時、私たちは、どんなに安心し、

幸せを感じることができるでしょうか? 

私たちは、神さまのOKが無ければ、 

病気にもならないし、事故にも会わないし死にもしません。 

神さまのOKが無ければ、

リストラにも会わないし、ハラスメントにも会いません。 

神さまのOKが無ければ、

あの人と出会わなかったし、あの人との別れもありませんでした。 

神さまのOKが無ければ、

今の私たち自身の、人格は形成されていませんでした。 

全てを、お陰さまと、受け入れた時・・・ 

同じく、全ての人が平等に、神さまに愛され、許されていると知った時、 

私たちも、神さまと同じように、周りの方々を受入、許し

愛することができるのかもしれませんね。 

病気も事故も、いじわるする人も、心ない言葉をかける人も、嫉妬してくる人も、 

全部が全部、神さまのOKを頂いて、そうしています。 

神さまが関知していないことは、一つもありません。 

仲の悪い親子関係も、重い病気も、貧困も、全て神様の承諾があるから起こります。 

木の葉一枚散ることさえ、神さまはご存知です。 

自分にとって都合の悪く見えること、できれば、逃げ出したいこと、 

そんなことも、神さまは、私たちが耐えられる時期を選び、

私たちの前に、表してくれました。 

その全ての目的は、たったの一つしかありません。 

その出来事が、砥石の役割をして、私たちの魂を、ますます輝かせるためです。

私たちの心が、まだそれに耐えられない時は、

神さまは、その出来事を、決して私たちに与えません。 

私たちの心の準備ができた時、機が熟した時、それが与えられます。 

大きな試練が与えられる人は、それだけ、強く、気高い魂をお持ちなのでしょう。 

ですから、どうぞ、ご自分の中の神さまを信じてみてください。 

どんどん、話しかけてみてください。 

神様なら、どんな判断をされるかな? と考えてみてください。 

もう、昔とは違います。 

今は、誰もが、ご自分の中の、神さまと、自分自身で、しっかりと繋がる時代です。 

自分の中に、神さまを見つける時代です。 

時代は変わりました。

憎しみではなく、感謝の心がある所、神さまの恩寵がふんだんに降り注ぎます。 


4394「自分のしたことが自分に帰る」2026.9.28

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月10日の記事を紹介します。


「自分のしたことが自分に帰る」


どんなに人格ができた人でも、

時々は、人の言動に我慢できなかったり、

たまたま虫の居所が悪く、イライラしたり、

他人に対して、キツイ言葉を吐くこともあるものです。

人間はどんな聖人君子でも、肉体に付随して

「感情」を持っているのですから、それは仕方ありません。

それは、自分だけでなく、他人も同じです。

自分では覚えのないことに、理不尽に怒りをぶつけられたり、

立場を利用した幼稚な

・パワハラ

・モラハラ

・セクハラ

玉石混合の、この地球を選んで生まれて来たのですから

本当は、覚悟のうえで、私たちは誕生してきました。 

ですが、

・他人から理不尽な仕打ちや、

・他人の身勝手な態度

に対して、いちいち腹を立てたり、

仕返ししようとしたり、しない方がよいようです。

仕返しではなく、人それぞれの生き方、そこから醸し出される波動・・

それらが、宇宙に広がって、必ず同じ波動が同調して

自分自身に同じ現象が返ってくるからです。

宇宙の法則です。

このことを、「復讐するは我にあり」と言います。

我とは、自分のことではなく、神様のことです。

復讐は、神さまの仕事です。

自分ではジャッジしたり、手を下すな!

と言うことです。

それでは今日は、小林正観さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元

ある女性(40歳くらいの会社員)から聞いた話です。

その人には、23~24歳の後輩のOLが3人ほどいました。

春と秋には、会社の人たちとバーベキューをしにいくのが恒例になっていました。

そんなとき、いつものその3人のOLは、焼いているときは遠くでおしゃべりをし、

食べる段になると、最前列まで来て食べる。

そして片づけのころになると「用事があるので失礼します」と言って帰っていく…。

何の手伝いもしたことがない、というのです。

その女性は、「今まで、精神的なことをいろいろ学んできた結果、

イライラしたり、腹を立てることも少なくなってきました。

でも、あの3人に対しては、どうしてもイライラと腹が立つのです。

どのように解決したらいいでしょう」

と言いました。

自分が、バーベキューを手伝いたくないのなら、やらなくていいのです。

やりたければやればいいし、やりたくなければ、やらなければいい。

その結果が自分に返ってきます。

それが「自己完結」です。

要領よく立ち回っているその3人のOLは3人とも、

それぞれの人生で「自己完結」するはず。

ですから、自分の持っている価値観と他の人

(この場合は、3人のOL)のそれが違っても、論評する必要はありません。

必ずその3人には、その生き方に見合った結果が返ってきます。

必ず自己完結するのです。 

逆に、自分が他人に対して腹を立てながらいやいややっていれば、

それも「自己完結」するし、笑顔でやっていても「自己完結」します。

「頭にくるからやらない」といいうのでもいいのです。

ただ、それに対しての「自己完結」も必ずやってくる、

ということを覚えておいてください。

この話をした結果、その40歳の女性は 

「気持ちがすっきりし、他の人のことが気にならなくなりました」と言いました。

それ以降は、その3人のOLが要領よく立ち回っていても、

笑顔で過ごせるようになったそうです。

<引用終了> 

人の悪口を言う人がいます。 

また嫉妬の心や、悔しさから人の陰口を吹聴する人もいます。

また現在のようにネットが普及してくると、

SNSで人の悪口や非難をする人も目にします。

もしかしたら、相手がいないところで、

自分の周りの人に、悪口を吹聴している人もいるかもしれません。

そして、それに対して、反応してしまい、

今度は自分が同じようにやり返す方もいます。

ですが、それらの行為は、やめた方が良いかもしれません。

今度は言った相手ではなく、仕返しをした自分自身が同じ土俵に立ち、

同じような嫌な波動をまとい、自分自身の人生に不幸を引き寄せてしまうからです。

やられたからやり返す。

そうしなければ、自分は正しく生きているのに、何だか負けた気になってくる。

やられ損にはなりたくない。

ですが、その心では、必ず相手と同じ波長をまとってしまいます。

私たちの住む世界は、自分の心の状態が現実を作りますから、

その汚れた心と同じ現実が、自分の周りに現れてくることでしょう。 

また生きている間だけでなく、死後も、その世界に住まうことになるでしょう。

ですから例え悪口やイヤミを言われたとしても、 

それを心に留めず、受け流し、受け取らなければ良いことです。

もし目の前で言われたのなら、ニッコリ笑って 

「ご忠告ありがとうございます。感謝します」と言って、

離れたら、また元のようにご自分の信念に基づき行動すれば良いだけです。

ブッダもこのような時、 

静かに反論せず、受け取らなければ良い・・ そう仰っています。

人から根拠なき悪口やイヤミ、陰口を言われることは日常茶飯事ですので、

仕返しや、反論など考えず、その後のことは神様にお任せして、

自分自身の波動を、同調させないで、いつも感謝の心でいたいものですね。 

かなり楽に、そして幸せに生きられるかもしれませんね。

分裂する地球。

私たちは、今の自分の心の波動(状態)に従った世界に移行します。


2026年9月27日日曜日

4393「本当に抜かれた「錆びた釘」」2026.9.27

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年9月16日の記事を紹介します。


「本当に抜かれた「錆びた釘」」

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


気が付けばもう9月とかマジですか...

こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。 

色々と不安ゾーンに没入しそうな構図が

連日目白押しですね。

危機感を持って過ごすようにしましょう、

と言われても、天災は私たちを忖度してくれません。

 

都大会出場経験を誇る元水泳部の澤野さんに

魚のようにスイスイ泳げる強化合宿でもしてもらおうかしら、

などと苦慮する今日この頃です。 

澤野さんはじつは体育会系なので容赦はしません。

ガチでスパルタですよ。

これもそれも、己をひとかどの人間に育ててくださるための、

愛のムチと思い、有難いことと感謝しながら励んでおります。 

さて、冗談はさておき

前回の青森講演会第40回目の弘前会場では、不思議なことがありました。

講演会終盤、会場は2階なのに、『コンコン』と窓を叩く音が聞こえたのです。 

このことを終わりの挨拶にて、お話をさせていただきました。

それは、風の音でもなく、明らかにノックするような『コンコン』

だというお話も力説いたしました。 

それで、前回、前々回と

講演内容がホログラムとして即リアルで、

眼前に現れたという概要をブログに書きましたが、

またもや、です。

またもやなんですよ。またしても今回、

第3弾ということになりますが

その『コンコン』が、

帰宅後、まるで答えを提示するかのように、思いがけず現れました。

証拠もバッチリございます。 

というわけで、コンコンは澤野さんのみならず、

ご参加のみなさまにも関連してくるお話ですので、

次回講演会で、とくと噛みしめていただけたらと思います。

涙なくしては語れません。感極まって泣くかもしれません。 

そんな中、澤野さんからメッセージが届きました。


 

表の三次元現実ホログラム世界では、

様々なことが起き、そして人々は不安に駆られたりしていますが、

それはあくまで一局面に過ぎないということに気づくことができたら、

その不安なんか半分以下にすぐになるでしょう。

人は知らないこと、見たことのないことに恐怖を感じます。

なら物事のメカニズムを基礎から理解することです。

 

私たちが生きるこの世界は、

この世界だけで成り立っているのではありません。

今、目の前に見えている現実ですら、人によって様々な解釈を生むわけですから、

まさか、この世界自体に「水面下」があるだなんて、

そんなところにまで気は回りませんよね。

誰だって自分の住む街に大きな地震が襲えば、

この世の終わりにも思えてしまうでしょう。

でもその「この世の終わり」ですら、一局面に過ぎないのです。

 

私たちは己の意識のフィルターがかかった、

しかも肉の目を信じすぎていますから、

それとはまた別の視点をもって物事を見る必要があります。 

でも、まさかもうひとつの別の視点があるということに、

気がつくということはたやすいことではありません。 

すでに確定され固定され完成された自分というものを、

いかに横に置くことができるか?

己の肉の目で見た世界は自分が見たい世界なのだということに、

気がつくことができたら次のステップに進めます。

 

つまり、私たちは目先の先取り情報、早い者勝ち競争に、

のめり込むのではなくて、

何よりもまずは、自分の見たい世界、望んでいる世界とは、

まったく違う景色を発見することが大事なんですよ。

(澤野)

 

澤野さん、ありがとうございました。

 

物事には流れというか文脈があり順序もあります。

澤野さんが最新ブログに書かれていたように、

錆びた釘が抜かれてからの前と後では、まるで世の中のあり様が、

ひっくりかえっているかのようです。

錆びた釘が抜かれた、というのは、

己の錆びた釘も抜かれたということに繋がります。

 

さあ次回はどんな展開となるのやら予想だにしませんが、

ぜひ期待値を上げずに、ご期待ください(もつれてお出掛けくだされば) 

何より、相変わらず満身創痍の澤野さんですので、

果たして無事に青森まで到達できるのやら、毎回ヒヤヒヤものです。

 

そんなこんなで、

このブログも久しぶりの更新となりました。

第41回青森講演会、みなさまのご来場を心よりお待ちしております。

どうぞお気をつけてお運びください。

会場でお会いいたしましょう。

 

※講演会詳細は、intuition公式サイトよりご確認ください。 

澤野大樹氏青森講演会主催

小野裕美子

樹齢500年以上"ネズコ" 弘前公園にて本人撮影


澤野さんが最新ブログ 2026年9月16日

ふと気がつけばもう9月で当ブログの更新も途絶えていました。

私の中ではまだ二週間くらいの感覚にしか過ぎず、

ただただ時の経つ早さに驚かされています。

さて9/6(日)は仙台講演会「第68章」でした。

当ブログの講演会日程の発表以外に

特にアナウンスもしませんでしたが、

そういう時というのはややもすると得てして

想像を超える何かと出会えたりしてきたものです。

今回も御多分に漏れずそのようなことになりました。

日本国内の、しかも私たち全員に関わる重大事。

この日の「以前」と「以後」に分かれる人生。

それは大変な衝撃を伴うことですが、

あとで振り返ってみれば、このことを知らずして

終える人生など想像したくないくらいになります。

仙台終了後は短めでしたがほのぼの懇親タイムを行いました。


そして、9/13(日)は名古屋講演会「第49回」でした。

こちらも前週の仙台を経た上でのお話しとなりました。

「最大のポジティブは最大のネガティブの上にある」

「最悪の事態を想定できて初めて最高の橋ができる」

この量子意識がないとなかなか受容できない内容。

終了後はこちらもほのぼの懇親タイムを行いました。

仙台、名古屋両会場とも、ご参加くださいました皆様、

本当にありがとうございました。

次回はまたこの続きからとなります!

さあ、仙台、名古屋と積み上げて来たあのお話しは、

ついに9/26(土)弘前と、9/27(日)八戸で

クライマックスを迎えます。

参加ご希望の方は小野さんまでお問い合わせください。

前回の青森講演会は相当な体力を消費しましたが、

階上(はしかみ)でジュノハートを食べて英気を養いました。

25番原稿はまもなく出ます。(澤野)


2026年9月26日土曜日

4392「全てに宿る魂」2026.9.26

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月09日の記事を紹介します。


「全てに宿る魂」


私達 宇宙に住む者は全て

大本の神様から魂を分けていただき

それぞれ別個の生命体として生きています。 

それぞれの宇宙、それぞれの銀河などによって

価値観は様々変わるようですが、変わらない真実もあります。 

それは、私たち生命体の目的は 

魂を磨き、霊性を開発し、もともとの神様と一体化するということです。

魂を磨くとは、 

・心を磨き洗うこと(恨みや、憎しみ、人を陥れようとする悪しき心を洗うこと)

・何か不思議な力や、力ある人に頼るのではなく、自分自身の足でしっかりと、置かれた場所に立つこと

・お互い様、おかげ様の真理(縁起の法則)に気づき、周りに優しく、感謝の気持ちで生きること

それでは、今日も真の幸せを手にしていただくために

神々により近づけるように

心(霊性)のお話をしたいと思います。 

今日は「すべての物には魂が宿っている」ということで、

小林正観さんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元 

お金にかぎらず、人間をはじめ、

動物、植物から鉱物にいたるまで、

あらゆる物に当てはまる宇宙の法則があります。

それは次のようなこと。

すべての存在は、

感謝して大切にされると、

その人を応援してくれる。

なぜなら、すべての物には魂が宿っているからです。

毎日使っているコップには、

水や飲み物を入れて飲んでもらうという機能があります。

機能とは、誰かの役に立つということ。

落としたりしてこわれないかぎり、

コップには飲み物を入れるという機能があります。

電車も自動車も、動いて人を乗せることができるかぎり、 

機能を果たしている。

生きているのです。

壊れて動かなくなったら、人の役に立たなくなったので、

死んだということになります。

そしてその魂たちはみんな、

他の人たちの役に立ちたいと願っています。

物は言葉をしゃべりませんし、手足もありませんが、

つねに誰かの役に立って、喜ばれたいと思っている。

だから、使っている人がその物に

「ありがとう」という感謝の念を送り、大切に扱うと、

その物は喜んで、その感謝を返そうとします。

大切にしてくれた人を応援するように働いてくれるのです。

毎日使うコップに「愛してる、大好き、ありがとう」と言っていると、

その人を応援したと思うようです。

アメリカのメジャーリーグで活躍するイチロー選手は、

自分が使う道具を大事にすることで知られています。

グローブやスパイクの手入れは絶対に用具係の人にまかせずに、

必ず自分の手で丁寧に手入れをするそうです。

バットも地面に寝かせずにボールが当たる面を上にしておくなど、

道具を丁寧に扱うのです。

試合中、ヒットを打って塁に出るときも、

けっしてバットを放り投げたりはしません。

ヘッドの部分を地面につけて、

やさしくバットを地面に置いて走り出すのです。

以前、このようにバットを投げなかったのは、

現役時代の王貞治選手でした。

この人もホームランを打ったときに、

バットを静かに地面に倒してから塁に出ていた。

以来、30年ぶりにバットを放り投げない選手として球界に現れたのが、

イチロー選手だったのです。それに対して、ヒットを打つと

乱暴に地面にバットをたたきつけて走り出す選手がいます。

外国人選手などで三振に打ち取られると、

はらいせにバットを折ってしまう人などもいますし、

ピッチャーでも打たれたときに

グローブを地面にたたきつける投手をしばしば見かけます。

見ていると、こうした選手で大成した人はいません。

一時期はよい成績をあげて話題になることはありますが、

長く続けることはできません。

どうやら、長く活躍しつづける選手とそうでない選手の差は、

野球の神さまに応援されるかどうからしい。

イチロー選手はおそらくそのことがよくわかっているのでしょう。

<転載終了>

人間をはじめ、動物、植物から鉱物にいたるまで、 

あらゆる物に魂が宿っている。

つまり神様が、全宇宙に浸透しているということです。

ですから、私たちが、それらの者(物)に、 

感謝の気持ちや「ありがとう」という言葉をかけると、

喜んで、その感謝を返そうとするのだそうです。

同じ神様が、その相手や、物にも宿っているのですから、

同調・共鳴するわけです。

人に対して、誠意をもって感謝の気持ちを伝えれば、

相手は喜んで、その後は大切な味方になってくれます。

たとえ相手が、悪意や憎悪、意地悪な気持ちで接してきても、

私たちが、相手と同じ波長で「不平、不満、悪口、愚痴」で返さずに、

感謝の気持ちを伝えたら、 

必ず相手の中の魂(神様)の部分が共鳴しますから、

味方に変わってしまいます。

これは、人間だけでなく、植物や動物でも同じです。

「愛してる、大好き、ありがとう」と愛の心で接すれば、

必ず、私たちの味方をしてくれます。

車やパソコンでも同じです。

車に乗る時に、「いつもありがとう、

今日も無事に目的地に届けてね」って感謝を伝えておけば、

きっと事故も起きないでしょう。

私の仕事は、ソフトウェアを作る仕事ですが、

どうしても作っていてうまく動かない時があります。

そんな時は、パソコンを通じ、プログラムにお願いします。

「いつもありがとう、うまく動いてね」って

そうすると、専門用語では「バグ」っていうのですが、

それが、いつの間にか解決してしまいます。

論理だけのプログラムの世界でさえ、こうです。

ちょっと、話が脇道に行ってしまいました。

この正観さんが教えてくれた宇宙の法則を、日常生活で生かすとしたら・・

・何時も自分のことを目の敵のようにイジワルしてくる人

・怖い上司

・いつも怒ってくる人

つまり「私が嫌いな人」や、「私のことを嫌いな人」に対して、

「ありがとうございます」や

「感謝しています」などの言葉を使っていると・・

いえ、直接言葉をかけなくともよいです。

心の中で、お顔を思い浮かべて

「ありがとう」と言霊を唱えていると

私たちの意識は、つながっていますから、

相手にその感謝の波動が伝わります。

その結果、

「不要になったエネルギーが解放(消滅)されて、

愛のエネルギーで置き換わった」状態となります。

また、病気や経済的な状態、子供や配偶者の問題なども同じです。

私たちには、不必要なことは起こりません。

神様はサイコロを振りませんから、

偶然で発生する出来事は一つもありません。

ですから、これらのことも、「問題」として捉えるのではなく、

私たちの魂を磨くために、神様が用意して下さったもの。。 

そう考え方を入れ替えるだけで、 

「ありがとうございます」や

「感謝しています」という言葉を使うことができるかもしれません。

最初は、この言葉を出すのが苦しいかもしれません。

ですが、最初の苦しさだけ、そこだけを乗り越えてみてください。

必ず、自然を含め宇宙が味方をしてくれるようになりますから。

サポートオブネーチャーを実感することができますから。


2026年9月25日金曜日

4391「ありがとうの功徳」2026.9.25

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月07日の記事を紹介します。


「ありがとうの功徳」


ブッダの教えの本質、神髄は感謝の心、 

決して、お経や呪文で、不思議な力を発動せよ・・ 

ではありません。 

それは、、

自分の心を感謝で満たすという、大変地味でシンプルな方法です。 

またイエスや空海の教えの本質も同じです。 

そして不思議なことに

地球のアセンションを手助けに来ている子供たち 

いわゆるレインボーチルドレンたちも

感謝の心を、一番重要視しています。 

レインボーチルドレンは、

地球外の文明や科学技術の非常に進んだ惑星から地球に転生してきている魂です。

科学が飛躍的に進んでいても、

やはり 神様の魂を宿す心のあり方を一番大切なこととしているのです。 

私達一般人は誤解しがちです。

悩みや苦しみは

・神社仏閣でお願いする

・医者にお願いする

・占い師にアドバイスを頂く

・霊能者にアドバイスしていただき、何か効力在るものを買う

・神さまと繋がっていると自称する者に、お金をつぎ込む 

そのようなことをすれば自分では何もせずに、

今の悩み苦しみの環境から

棚からぼた餅のように 救われると信じています。 

でも神様は、そのように安直な世界をお創りになるでしょうか? 

自分では何もしない・・そのような他人依存的なことを、良きかなとするでしょうか? 

よく考えてみればわかることです。

病気なども、もちろん生まれる前に計画してきたことですが、

それ等も、感謝の心を持つことで緩和されるケースが多いようです。 

心の中に、不平不満、愚痴など 

自分の思い通りにいかないことに対し

・イライラして

・腹をたて

・回りに当たり散らし

・憎しみを心の中に抱いていては 

病気や痛み、苦しみは治るどころか、ますます悪化し、更には別の部位にまで病状が広がることでしょう。 

心の中の怒りや憎しみは

自分自身の身体を痛めつけ、蝕みます。

人に嫌なことをされても

意地悪をされても 

・それを気にしなければ、

または、

・気づかなければ、

自分の心に相手に対する怒りや憎しみを持つことはありません。 

自分の心を清浄に保つことこそ、私たちの魂にとって一番重要なことです

自分の心の中に、たとえ 相手から嫌なことをされても、怒りや憎しみの感情、黒い心を起こさなければ 

私たちの心は清浄のままです。 

悪意ある言葉を掛けられたり、意地の悪いことをされたりした時 

・気にしない

更に一歩進んで

・気にならない

更に更に心が進化して

・気づかない 

そのような段階まで心が浄化されれば

心に怒りや、憎しみなどの毒をため込まず

神様の道を一気に進むことができるでしょう。

大愚 良寛さんは、そのような人でした。

周りの全ての人を善人と、とことん信じ、悪意に対しては、鈍感なのかもしれません。 

ですが、私たち凡人はなかなかそこまで進みませんから、

簡単な方法を一つお話したいと思います。

・今まで自分が生きてきて

・赤ん坊から今の年になるまで

・出会った人 すべての人の一人一人の顔を思い出し

・「ありがとう、ありがとう」と 深く感謝してみてください

何日間かかけて行ってみてください。

憎い相手の場合、少し難しいかもしれません

そんな時は、感謝の気持ちになれなくとも口だけでも構いません。

「ありがとう、ありがとう」と言ってみてください。 

また体のどこかが痛かったり悪い場合、

そこに意識を集中し、

「ありがとう、ありがとう」と繰り返し言ってみてください。 

きっと何日かするうちに

痛みや苦しみが和らいでいることに気づくことでしょう。

この方法こそ、ブッダや聖人たちが伝え

そして、今の時代、宇宙から来た愛溢れた子供たち

レインボーチルドレンが、言葉を変えて教えて来てくれていることです。 

驚くことにこの極意は般若心経で説いていることと全く同じです。 


2026年9月24日木曜日

4390「諦めないで、理不尽な時」2026.9.24

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月06日の記事を紹介します。


「諦めないで、理不尽な時」


私たち人間は、自分で

・悲しみ

・悔しさ

・寂しさ

・苦しみ

などの経験を味わってみないと、

人の心の痛みを本当にわかることはできないのかもしれません。 

また

・人間とは

・神様とは

・恵とは

・感謝とは

等について、深く考えてみることもないかもしれません。  

その結果、薄っぺらな人生しか歩めないかもしれません。 

魂の向上も望めないかもしれません。 

それほど、人生にとって苦しみ、悲しみは、 

出来れば避けて通りたい出来事かもしれませんが、

神さまの目、私たちの永遠の魂にとって、大切な出来事かもしれません。

さて、今日は「理不尽」のお話です。

もしかしたら、そんな時は、大きな大きなチャンスが訪れの時かもしれません。

特に、心が清められ、準備ができた人に、起こりやすいことです。

皆さんの中には、今現在、回りから、ひどい仕打ちを受けたり、

理不尽なことをされていらっしゃる方は居られませんか? 

また運命に翻弄されている方もおられるかもしれません。 

そう言う時と言うのは、

集中して、厄介なこと、嫌なことが続くものです。

もしかしたら、そういう時期は、「リセット」の時期かもしれません。 

一旦、今までの人生の方向性について、立ち止まり、 

向きを変えるための、思索の時間(考えをめぐらす時間)を持つために、 

神さまから強制的に、リセットがかかっているのかも知れません。 

そのことに気づいて欲しくて「理不尽の炎」の中に、投げ込まれているのでしょう。

自分の今まで持っていた価値観の、大転換を図るため、強制的なリセットです。

こういう時、その(理不尽に見えて)起きて来る沢山の現象は、

自分ではどうしようも無い事、つまり、人間側の問題ではなく、

「神様の領域」のことです。 

ですので、その事に対して

不平、不満、愚痴、ねたみ、そねみ、うらみ、後悔、嫉妬、

などしないことにこしたことはありません。 

ですが、生きている本人にとっては、あまりに辛く、 

神様に「どうにかして」と思うかもしれませんね。

人間ですもの・・・

そういう時は、もう、言霊で乗り切るしかありません

ただひたすら、最強の言霊、「ありがとう」を言い続ける・・ 

そうすると不思議と、朝に苦しかった理不尽なことが、夕方には解決しています。

全く気にならなくなるのです。

こういう時期は、誰にも訪れるものです。 

そして、しばらくは続くものです。

また翌日には、次の別な理不尽なことが、起きてきます。その繰り返し。

私も経験がありますので良く分かります。

そんな最中に読んだ、小林正観さんの本の一節をご紹介します。

<引用開始>

「理不尽」とは、神様から見込まれたということ。

そして「自分が成長しているという証明」。

「理不尽」とは、こちらの側に落ち度がないのに、

一方的にひどいことを言われた、されたこと。

「だんだんと理不尽度が増していき、それでも文句を言わずにいると、

神様は「合格」と判を押してくれるのだそうです。

理不尽度10で文句を言わずにいると、理不尽度20の現象が起き、

だんだんと増していって、最後は理不尽度100%の現象が起こります。」

五戒(不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句)を言っているあいだは

理不尽なことは起こりません。 

(まだ、神さまに、成長の時期ではないと思われているからです)

最後の理不尽度100%の現象の時も、五戒を言わずに受け入れていくと、

神様から合格の判をいただけて、人生がラクに楽しくなってくるのだそうです。

理不尽度の高い現象が起きたときは、

大きなステップアップが約束されているらしいのです。 

ですので、その時に

・文句や愚痴を言わないこと、

・戦わないこと、

・争わないことが 

大切らしいのです。

<引用終了> 

そう正観さんは仰っています。

正観さんの言う神さまに見込まれた人というのは、 

きっと五戒(不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句)

を思わない、言わない人という意味です。

ですので、多くの人が「神さまに見込まれた人」になります。 

私の周りにも五戒を守っている人は沢山いらっしゃいます。

そして皆さん、お幸せです。

さて理不尽なことが起きると、その人にどのような事が起きるのでしょうか?

まず、一番大きな事は、

・自分の力ではどうする事も出来ないという

「あきらめ」(諦観-あきらめ、悟って超然とすること。)

・その結果、鼻っ柱の強かった人のお鼻はポキンと折らます。

・目に見えない大いなる何かの存在を、意識するようになります。

これだけでも大きな魂の成長。

意味があることです。

時に人は、自分自身の力を過信し、

・人に迷惑をかけないように生きていきたい

・人の役に立つ人間になりたい

と思います。

ですが、病気をしたり、挫折の苦しみを味わうと、 

「助け合い」

「お互い様」 

こそが本来の人間の生きる道、ではないのかと思えてくるのです。

誰一人として、他人の世話なしに生きることはできません。

農家の方が作った野菜を、運送業者の方々が運んで下さり、

お店の人が販売してくれる。

それらを頂き、それらの生命を頂いて、私たちは生きていくことが出来ます。

他の人の世話にならずに、誰一人生きていけません。

ですので、「人に迷惑をかけないように生きていきたい。」

というのは、少し傲慢な考え方かもしれませんね。

この染みついた考え方を矯正する為に、今世では病気になったり事故に会ったりと、

色々な苦しい事象が自分のタイムラインに、埋め込まれることでしょう。

理不尽な出来事。

自分ではどうしようもない、大きな辛く悲しい出来事にも、 

きっとそんな意味があるのかもしれません。

何故なら神様は無駄なことは一切なさいませんし、

常に私達の真の幸せを考えて下さっているのですから。

外にあるもの、見えるものは、すべて自分の心の世界を映し出す鏡。

人は理不尽な体験をすると、他人を責めたり、周囲の環境に不満を抱いたりしがち。

でもそれらは皆、私達の心の反映にすぎず、

不満の矛先を、他人や環境に向けることは、見当違いかもしれません。

きっとそんな時は、自分の心を顧みる、丁度良い時が訪れたのですね。

神様に感謝する時です。

その後に、大きな大きなギフトが用意されているからです。


2026年9月23日水曜日

4389「研ぎ石」2026.9.23

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年09月05日の記事を紹介します。


「研ぎ石」


以前書いた、前世を記憶する日本の子どもたちの記事(中間世記憶を持つ子供たち)で、

私達がこの世に生まれて来た目的を、

子供たちが語っている内容をご紹介しました。 

その目的とは、

・お母さんを助けるため

・人の役に立つため

・魂を磨くため

なのだそうです。

さて、この「魂を磨くため」について、

小林正観さんが講演会でお話していましたので、ご紹介します。

今回も正観さん流の噛み砕いた、解り易い方法で説明しています。

内容の正確性ではなく、そこで何が言いたいのかという・・  

本質を見ていただくとありがたいです。

<引用開始>

人生は人間関係が基本。その学び。

釈迦に 全てはあなたに丁度いいという 

有名な 言葉があります。

そこで正観さん。

今の子どもは 今のあなたに丁度いい。

ご主人 妻が 親が 兄弟が 友人も 今のあなたに丁度いい。

さらに 上司が部下が仕事が、死ぬ日も あなたに丁度いい。

どうしようもない子どもが あなたの前に居ます。

その子どもに口うるさく文句を言っている貴方がいます。

そのお二人は 結局のところは同じレベルです。

その子どもに対して感情的になる訳でもなく、笑顔で穏やかにお話ができる。

絶対怒ったり怒鳴ったりしない人になることが、

もしできたら、

その人を人格者といいますけれども、

その人格者になったときに 

初めてその人格に対応する 子どもになる。

相手ではなくこちら側が先なんです。

離婚を考えている女性の質問がありました。

正観さん曰く。どちらでも構わないんです。 

例え話でわかりやすく説明して下さいました。

結婚とは砥石を手にしていること。

お互いが砥石。削りあう 夫婦。 

子どもが1人できたらその子ども砥石。 

2つの砥石を手に入れた妻の立場です。

子ども2人で3つの砥石を手に入れた。

砥石で 自分の我がままや自己主張を少しずつ削って削って、

折り合うという方法論を身につけたということになる。

砥石には3つのジャンルがあります。 

家庭夫婦。仕事関係。その他交友関係。

つまり人間関係全て。その3つの関係に集約されます。 

その関係の関与の割合が

10:10:80 になっているか

20:20:60 になっているか

30:30:40 になっているか 

個人ごとに違いがあるが 全部同じように砥石の役割を果たします。

結婚しない人は その砥石はないけれど、

その分 他の仕事職場で削られているし、 

そこで削られない人は 他の交友関係で砥石の関係が生じます。

ジャンルが違うだけで人間関係全部砥石です。

正観さん曰く魂の研究をして判ったことは、

結婚相手というのは価値観が一番遠い人同士が結婚します。

 :

会場騒然。

 :

具体的に判りやすくと 正観さんが説明しました。

1000ピースのジグソーパズルがあるとする。

999は出来上がっているけれど1つだけ 

人間の形をしていてそこがポコッと空いていて何処を探しても全然ない。

その時 そのジグソーパズル 

1ピースにぴったりの姿かたちをした人が通りかかります。

それで その人ぴったりジグソーパズルにはまってしまうことになるんです。

あ~この人が私が待っていた人だと思うことになります。

そのように頭の中で事前にジグソーパズルが作られている。

そうしてその人はものすごく遠い価値観の人と結婚するようになっています。

このように ひとつだけ空いているジグソーパズルの設定をしなければ

価値観の違う人と結婚しようとは思わないのです。

その意味で皆さん99%は見てくれで選んでいます。

つまり自分の条件にぴったりの姿かたちを作っていて実際その人は現れる。

正観さんの奥さんは・・・とご自分のことを教えて下さいました。

二つの条件を挙げていたらしいです。

・鉛筆のようにひょろっと細長い人。

・自分が下手だから 話の上手な人。

正観さんの奥さんは 何も知らないで見てくれと 

話し上手だけで正観さんに一目ぼれしました。

自分で生まれる前に、自分でそうなるように設定してきたのです。

見てくれ99%。1%は 声。その人が現れるとドキッとするようになっていたのです。

何故 価値観が遠い人と結婚するのかとの問いには。

魂を向上させるため結婚というものがあるからです。

結婚はゴールインではなくて砥石のスタートなんだと理解して下さい。

それが判ってくると 夫婦関係が変わってきます。 

お互いに砥石です。

実際の離婚に対して 

正観さんは離婚してもしなくても結構ですが砥石 

削りあうのは同じなんですと仰います。

30年間の 結婚生活のエネルギーを1000とすると、

3年間の離婚調停でつかうエネルギーも1000です。

ようするに砥石磨きのエネルギー総量は同じ。

時間が長いか短いかだけなんです。

疲れ果てるという点ではどちらでも同じなんです。

結局のところ磨かれる場 3つの人間関係でその度合いの総量は誰もが同じ。

それで総量が100%。何を選んでも総量は同じです。

その目的はただひとつ

自分の魂の人格を磨くためなのです。

<引用終了>

確かにそう考えると人間関係は大切なものですね。

心の通い合う心地よい役周りの人もいれば、

自分を怒らせたり、嫉妬させたりする役割の方もいらっしゃいます。

全てが、そこで発生させる感情で、私達の魂を磨くためなのです。

ですので、見た目や、一時の感情で、

人を傷つけたり、無視したりしたら申し訳ないですね。

その様なことをすれば、今度は別の人が

磨ぎ石の役割を持って現れて来るだけなのですから。