2026年3月16日月曜日

4198「トントンという音」2026.3.16

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月04日の記事を紹介します。


「トントンという音」


今日は医師である鎌田實さんのお話をご紹介します。

何気ない平凡な生活の中にある、美しい心に関するお話です。

私たちの心の世界は

・見える世界(物質的な、目の前の世界)

・見えない世界(冥界、神々の世界) 

をも包括するほど重要で、広大なものです。 

自分の心を清浄(ピュア)にすることで、私たちは真の幸せを手に入れ、 

神々と直接的に繋がることができることでしょう。 

わざわざ、パワースポットに出かけたり、

お金を払って、誰かに頼る必要が無くなります。

このブログでは、いつも「心の世界」のことを中心に書いています。

幸せになるための王道だからです。 

また今後の地球にとって、私たち人類の心の浄化こそが、大変重要だからです。 

大切なのは人を憎むことではありません。

人にお任せすること、頼ることでもありません。 

「心の世界」のお話は大変地味です。

・お互い様、おかげさまの心で生き

・他人に優しく、寛容に

・感謝の心を持って生きよう 

など、平凡なものかもしれません。

ですが、宇宙神と同じ立場に立ったブッダも、イエスも派手な奇跡ではなく、

同じことを、おっしゃっていたのではないでしょうか?

どうして、このお二人が、同じことをおっしゃったかといえば、 

心を洗うこと、整えること、そのことこそ、見える世界、見えない世界を超えて、

神々へと至る道筋だからではないでしょうか。 

自らの足で、しっかりと大地に立ち、何者にも、何事にも、依存せず、執着せず、

神々へと真っすぐに進む道だからです。

この道は、生も死も、時間も空間も超え、真の幸せを分かち合う道だからです。

では鎌田實さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

生きるって大変なこと。 

これまで、たくさんの生と死に関わって生きてきました。 

73歳のおじいちゃんの話をしましょう。 

徐々に痩せてきました。

背中が張ると言って、外来にやってきました。 

血液の検査や超音波検査、CTの検査をしました。

後腹膜に腫瘍が見つかりました。

すい臓がん。

リンパ腺にも転移がありました。

ご本人と優しい奥さんと、何度も治療法について話し合いをしました。

東京の息子さんも話し合いに参加しました。 

おじいちゃん自身は、

「もういいな。手術はしたくない。

抗がん剤が少しでも期待できるなら、苦しくない範囲で1回試してもいい」

これがおじいちゃんの自己決定でした。

自分の行く道を自分で決めたのです。

奥さんも息子さんも賛成しました。 

僕自身がこの人の立場だったら、僕もこの選択をしたかなと思いながら、

「全力で支えさせていただきます」 と何度もの話し合いをまとめました。

ご本人の希望で緩和ケア病棟に入院しました。

「やるだけのことはやった。もういいな。とにかく苦しいのは嫌だな」 

緩和ケアが始まりました。

痛みが取れると、彼は再びニコニコし始めました。

それでもご飯は食べられません。

「匂いを嗅いだだけで食べられなくなる」 

「でもね先生、もう1回ご飯が食べたいな」

横についている奥さんが黙ってうなずきました。

「先生、1回外出させてください。気分を変えてあげたい」 

根拠はないけどいいことだと思いました。

賛成、賛成と背中を押しました。

おじいちゃんもニコッと笑顔を見せました。

翌日、息子さんは東京の会社を休み、飛んできてくれました。

お昼から半日、家に帰りました。

夕方7時頃、おじいちゃんが病室に戻ってきました。

病室へ伺うと、おじいちゃんはニコニコしていました。 

「先生、トントンがよかった」 

「トントンって何ですか?」

「家に戻って、いつも自分が座るところに座って、夕陽が落ちるのを見ていました。 

先生、夕陽がきれいでね。

目を奪われていたんです。

この庭も見納めかなと思っていました。

その時です。

お勝手からトントンという音が聞こえだしたんです。

女房のまな板の音です。 

こんな音、何十年も聞き続けていたはずなのに、

一度も意識したことがありませんでした。 

女房もきっと意識していないんです」

奥さんが言葉を受け取った。

「何も意識していません。でも、この人が家に帰ってきてくれて、

私はうれしくて、無意識の中で心が躍っていたんです」

おじいちゃんが続けた。

「まな板のトントンという音を聞きながら、生きてきてよかったと思ったんです。 

シューッとご飯ができあがる音も聞こえてきました。

匂いも伝わってきたんです。

食べ物が運ばれてきても、その匂いだけで吐き気が出てたべたくなかったのに、

音も匂いも心地がいいのです。 

先生、食べれたよ。 

お茶碗に3分の1ぐらいだけど、うまかった。 

もう思い残すことはありません」 

奥さんと息子さんが下を向いて泣き出しました。 

このおじいちゃんは間違いなく生きている。

死は近づいているかもしれない。

けど、そんなことはどうでもいいんだ。 

いま生きているという実感が大事。

<引用終了>

何気ない日々の生活の中にこそ、人の優しさや、思いやりが含まれているのですね。

見える世界、見えない世界、不思議なことは、ワクワク楽しいかもしれません。 

ですが、それはまさに孫悟空が、いろんな冒険をし、宇宙の果てまで行ってきたのに、

結局は、全てはブッダの手の平の上の出来事であった。

と同じことかもしれません。 

地味かもしれませんが、

・他人に優しく、自分にも優しく

・お互い様、おかげ様と謙虚に

・相手を許し、認め、個性を尊重し

・元気の出る言葉、喜ぶ言葉を口にし

・周りの人や出来事に感謝して

日々過ごすことが、神さまに似せて作られた人間にとって、

一番大切なことなのかもしれません。


2026年3月15日日曜日

4197「神さまを認める」2026.3.15

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月03日の記事を紹介します。


「神さまを認める」


今日のお話は、ご自分だけでなく、ご家族や、親しい人たちまで幸せにする方法です。 

もし身近に、どうしても助けたい人が居るとして、

でも私たち周りの人は、その人の運命に介入することができません。 

その方の生まれる前に決めてきた目的や手段に、介入することができません。 

ですが、心配で心配で仕方ない身近な人とは、 

例えば

・病気の子供、家族

・早くに亡くなった子供

・自然死ではない亡くなり方をした身近な人

この方々との関わりに置いて、私たち自身が胸を痛めているのであれば、

私たちが、押しつぶされそうに胸を痛めること自体も、 

その方の生まれて来た目的達成の手段(必要なこと)であったはずです。 

では、その目的とは何であったのでしょうか?

・私たちが残りの人生を嘆き悲しむため?

・周りや世間、自分の運命を呪うため?

・いつまでも、めそめそ、下を向き、その場にとどまり続けるため?

そうではないはずです。

そんな目的のために、その方は、貴重な今回の人生を

使いたいと思うわけがないからです。

私たちが、いつまでも、何時までも、その状態にとどまり続ければ、 

苦しい役割を引き受けて生まれて来た、その方の貴重な人生が無駄になってしまいます。

神々からも承諾を得てきた目的や手段は、必ず、触れ合う、影響し合う周りの方々の、

感情を大きく揺さぶり、心を揺り動かし、逆境や苦難の中で、神々の光を見つけ、

前向きに方向転換して欲しいからではないでしょうか?

私たちが、その方との触れ合いを通じ、苦難の中でも、心の中に神々を見つけた時、 

その方の、生まれて来た目的は達成され、苦しい人生を選んだことも、

報われるのではないでしょうか? 

どんな時も、変われるのは、私たち自身です。

私たちが変わることで、その方を含め、関わり合う全ての人たちの、

大きな目的が達成されます。 

それでは、私たちがどのように変わったら良いのか?

お話を始めます。

今日は「神さまを認めること」というテーマで、

元春日大社の宮司であり、かつ医学博士であった葉室頼昭さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

みとめる。この言葉を漢字で書くと「認める」という字になりますが、

これでは意味がわかりません。

「みとめる」とは、本来は「目を留める」ことであって、

じっと見つめるということではないかと思います。

この頃はすべてがスピード化し、

無限の情報が瞬時に入ってくるというめまぐるしい世の中となり、 

何か一つのことをじっと見つめたり、

みとめたりということが、だんだんとできなくなってきています。

その上、すべて理屈・我欲中心の世の中になってしまったため、

世の中の本当の姿、神様のお姿というものが、みとめられなくなってしまいました。

みとめるということは、どうすればできるかと言いますと、

相手と同じものを自分が持っていないと、みとめることができません。

例えば、世界的な名画を見ても、

こちらに絵の知識や素養がなければ絵の良さが分りません。

ですから、神様をみとめるということは、

こちらに神様がなければ神様をみとめるということはできません。

そのため、昔から祖先達は常に、お祓いということを行なってきました。

神様が素晴らしい姿に人間をお創りになったのですが、

人間は知識を得たために、理屈でモノを考えるようになり、

そのため、本来の姿が見えなくなりました。

これを罪・穢といいます。

罪とは悪いことをしたという意味ではなく、本来の姿を包み隠してしまうこと。

また穢とは汚いという意味ではなく、

我々を生かしてくださる神様の気を枯らしてしまうことで、 

これらはすべて理屈・我欲であります。

ですから、この罪・穢を消してしまえば

本来の神様の姿が現れて神様をみとめることができるのです。

今の日本人は、すべて理屈でモノを考えるようになりましたので、

テレビや新聞を始め毎日毎日悪いニュースばかりを報道しています。

つまり悪いことを認めているのですから、世の中はますます悪くなるのは当たり前です。

そうではなく、たとえどんな悪い状態が現れても、

それを幸せに変えていくということが一番大切なことです。

例えば病気でも、皆悪いことと考えておりますが、

自分の考え方により、病気も幸せに変わっていくことはいくらでもあります。 

昔からよく言われている一病息災ということは、

一つの病気を持ったために、返ってそれが幸せとなり、

長生きをしていく人はいくらでもいます。

昔から言霊といって、言葉には「たましい」があると言われておりますが、

これも本当のことで、 

・良い言葉を言えば幸せが、

・悪い言葉を言えば不幸がやってきます。

ですから、いくら時代が変わり世の中が変わろうとも、

そしてどんな厳しいことが現れてこようとも、自分の身体の中に神様をみとめて、

生かされていることに感謝をするということが一番大切なのです。

■20ccのミルク

赤ちゃんの手術の翌日、赤ちゃんが20ccミルクを飲んだとする。

経験の浅い看護師は、

「20ccしかミルクを飲みません。どうしましょう」と言う。

お母さんが不安に思う。すると赤ちゃんの容体が悪くなる。

逆に、ベテランの看護師は、

「20ccも飲んでくれました。よかったですね」と言う。

それを聞いてお母さんが安心する。

すると赤ちゃんが元気になってくる。

同じ20ccでも、経験の浅い看護師は、一日に何cc飲むかというところから考える。

そうすると、「20ccしか・・」という言葉になる。

ところが、ベテランの看護師になると、

20cc飲んだということは、回復力が出てきているということで、

「20ccも・・」という言葉になる。

同じ20ccでも見方によって、まるで違ってしまうということですね。

<引用終了> 

人間は「徳」を持って、はじめて人間と言えるのかもしれません。

・神さまや祖先に感謝する。

・親を敬い大切にする。

・自分以外の人や世間の幸せを考えて行動する。

・自然の素晴らしさに感動する。

「徳」という神様に最も近い性質は、

神さまが人間にだけ与えられたものかもしれません。

私たち人間が生きている短い数十年間、その間に「徳」を積んで行くということが、

神さまと約束してきたことかもしれません。

人生のいろいろな経験でそれを磨くことによって 

私たち人間の真実の徳が現れ、本当の神さまの目的である

神さま自身に近づいていきます。

いかにして徳を磨いて、この世界に現すか?

それが、神に最も近いものとして作られた、人間の定めかもしれません。 

そして、私たちが日々積み重ねた「徳」は、自分たちだけでなく、私たちの子や孫、

さらには、遥かにさかのぼって、何代もの祖先さえも、幸せにするといわれています。 



2026年3月14日土曜日

4196「マシュー君のメッセージ(227)」2026.3.14

今回は2月2日のマシュー君のメッセージの記事を紹介します。


「2026年2月6日マシュー君のメッセージ(227)」

2026年2月2日

マシューです。この宇宙ステーションにいるすべての魂から、心からのご挨拶をします。母はパナマの家族に近い新居で幸せに暮らしており、パソコンが正常に動作するようになったため、メッセージのやり取りを再開できます。昨年10月以来となるこの最初のメッセージに、神(God)をお迎えできることは光栄です。

神:おはようございます、マシューとスージー。

私の大切な子供たち、昨年1月にあなたたちに語りかけた時、この年は地球上でかつてない年になると伝えました。そしてまさにその通りになったのです!

地球を覆った高波動エネルギーの流入は、光を吸収したあらゆる生命体に新たなDNA情報を書き込んだのです。植物界と動物界の魂は、ボランティアとあなたたちが目覚めを助けた人々と共に、意識レベルでの気づきが大きく進化しました。

私はあなたたちであり、あなたたちは私です。ですから、あなたたちが、新しい言わば“宇宙のプログラム”を体得する過程で感じた戸惑いを、私も感じ取っていました。あなたたちは私の子供たちの中でも、この重要なプロセスに真正面から立ち向かい、見事に乗り越えたのです!あなたたちの存在はより輝きを増し、より穏やかでより積極性に満ちています。魂レベルの叡智と意識レベルでつながり、宇宙的な視野で自分を見つめることが以前より容易になったのです。

その昨年1月のメッセージで、私はまた、あなたたちの光が混乱の中から今まさに必要とされている変化を導き出す助けとなると言いました。あなたたちの進化の段階を高めたその新たなDNAコードは、あなたたちが放つ光を増幅させ、その結果生じたより高い波動エネルギーが混乱をその終焉へと導いています。そうすることで、大きな変化が実現されるのです。

誰もがそれを喜んで受け入れるわけではないでしょう。変化は、親しんでいる古い慣習を好む魂や、自らの宗教的・文化的ルーツや教えられてきた科学から離れようとしない魂にとっては困難なものとなり得るでしょう。それでもなお、魂の大半は、新しく啓発された方法の大きな恩恵を認め、それに適応することを選ぶでしょう。

抵抗は、私の子供たちの中から、あなたたちの世界を支配してきた不誠実な者たちから生じるでしょう。その最も影響力のある者たちはこの惑星から排除され、他の者たちは自らの時が尽きたと悟り、自ら命を絶ちました。かなりの数がそっくりな替え玉やAIコピーに置き換えられており、前任者の悪意が継続されるようになっています。そして多くの“実際の”破壊者たちが、まだあなたたちの間に紛れ込んで生きています。

数千年にわたり、彼らの仲間は代々地球を支配してきましたが、その支配を揺るがすほどの力を持つものは他に存在せず、今後も決して現れないと彼らは信じていました。長きにわたり文明社会を支配してきた様々な手段は今なおその足場を残しているので、私利私欲の者たちが自らの正しさを信じる根拠は確かにあります。しかし間もなく、彼らは自分たちが誤っていたことを明確に悟るでしょう。そしてここに、宇宙規模で前例のない活動が始まるのです。

あなたたちの強まった光のパワーは、遠く離れた宇宙文明社会が地球に向けて放つ巨大な光と相まっています。最前線で勇敢に奉仕している“ホワイトハット”たちの努力は実を結びつつあります。闇が隠そうとした真実が明らかになりつつあります。迷っていた者たちにも目覚めが訪れています。愛と光の絶え間なく高まる波動エネルギーが世界中に浸透しています。この不屈の同盟こそが、地球における闇の支配を永遠に終わらせる止めようのない力なのです!

天を見上げてください、愛する子供たち。あなたたちが宇宙の家族の中での本来あるべき位置へと歩み出していることを、私と共に喜んでください。究極のところ、私たちは夜空に輝く無数の星々のようにきらめいている永遠の愛の祝祭なのです。

マシュー、最初の話し手として私を選んでくれてありがとうございます。スージー、私のメッセージを受け取ってくれてありがとうございます。

マシュー:神、あなたの啓発に満ちた励ましの言葉に感謝します。

他にもこのフォーラムへの参加を希望する声があります。ここにアーノルドを再び迎えることを大変嬉しく思います。

(アーノルドは地球外特殊部隊の一員で、2019年9月16日は、彼がこのメッセージに初めて寄稿した日です。2022年3月3日のメッセージには、その部隊の能力と活動内容が入っています。)

アーノルド:マシューとスージー、そして献身的な光の仕事に携わるライトワーカーの皆さんへ、こんにちは!神の後に話すのは簡単ではありませんが、私も伝えたい大切なことがあり、それは神の言葉と関連しています。

2023年7月、私はあなたたちに、私の星の人々によれば35年から40年後には地球の黄金時代が訪れると伝えました。あなたたちの反応は予想通りでした:「万歳!」「うーん…まあ」「時が答えを出すだろう…」「無理!」

「万歳!」はややその熱を失いつつあり、「無理!」が代わりに勢いづいています。これは、高まる混乱と暴力、戦争をあおる動き、そして超富裕層とホームレスの増加に人々の意識が主に向いているためです。こうした状況への不安とストレスが、それらを引き起こしている闇の勢力にエネルギーを供給しており、彼らはそのエネルギーを利用して可能な限りさらなる混乱と悲惨を生み出しているのです。

その絶え間ない破壊的エネルギーの悪循環には、もうひとつ重要な要素が加わっており、それこそが状況を大きく変える鍵となるものです。あなたたちの世界では全てが加速モードにあり、物事は急速に進行してきています。魂の新たなプログラミングから放たれる強化された光が、この速いペースにさらなる加速をもたらし、あなたたちの直線的(リニアル)時間の概念はますます速く過ぎ去っています。この組み合わせが闇の勢力たちを極めて多くの方向へ急速に動かし、彼らのエネルギーはあらゆる場所で尽きようとしています。彼らは存続可能なだけの十分なエネルギーを蓄積できなくなるため、終わりが彼らに迫っているのです。

これはコンティニュウム(時空連続体)の中で私たちが観測したものであり、したがってそれは私たちの計算における要素でした。そして、あなたたちの世界の現状・・より正確に言えば、その状況に対する認識・・を考慮しても、あなたたちは、私が2年半前に提示した時間枠に完全に沿って進んでいます。以前のメッセージで述べた言葉以外に、私たちの確信を表現するより良い方法は思いつきません。

その確信は愛の力強いエネルギーに根ざしています・・そのパワーを決して過小評価してはいけません!愛こそが、ボランティアたちが地球ファミリーを目覚めさせている方法であり、目覚めた人々が自らの態度、見方、志を高め、その行動が意味を持ち有益なものとなっている根源です。愛は、人々が自らに新たな世界・・地球の黄金時代・・を築く基盤であり、コンティニュウムの中では、人々はその時代の生命の基盤である愛の中で生き生きと輝いています。

あなたたちの世界ですから、どんな世界にするかはあなたたちの決めることです。魂の合意において、あなたたちはその時代を選び、その共同創造に重要な役割を果たすことを選んだことを覚えていないのです。神はガイアの助けを求める願いを尊重しているので、他の宇宙文明もそれに貢献しています。でも、その進路を切り開いているのは、スピリチュアルで道徳的な誠実さ、知恵、勇気、そしてビジョンを持つあなたたちの人々なのです。

コンティニュウム(時空連続体)の中では、地球の黄金時代はその輝きとともに既成事実と成っています。愛する兄弟姉妹、あなたたちは自らの人生を顕現しつつあります・・高次元の波動エネルギーを放つあなたたちの思考、感情、行動、反応こそが、それらを素晴らしいものだと保証するでしょう!

以上です、マシュー。あなたの読者の方々に話す機会をいただき感謝しています。スージー、時間と労力を割いていただきありがとうございました。

スザンヌ:アーノルド、あなたと一緒にいられるのはいつも嬉しいわ。

アーノルド:あなたとマシューと一緒にここにいられて、私もそう感じています。他の人も話したいようですから、じゃあ、私は今日はこれで。

マシュー:さようなら、アーノルド。いつでも歓迎ですよ。

アシュター、お会いできて大変嬉しく思います。ここに来た時からずいぶん経ちましたね。

アシュター:こんにちは、マシューとスージー。ええ、約10年ぶりですね。またお会いできて嬉しいです。今日突然お邪魔した理由は、お分かりでしょう。

マレーシア航空370便の海底捜索の再開は、無意味と知りつつ捜索を仕掛けたディープステート関係者以外、誰の利益にもなりません。事故から10年経った今、この活動を正当化するため、彼らはAI写真で機体の残骸を特定したと発表するかもしれません。表面化しつつある彼らの非情な活動から注意をそらし、私たちが地球ファミリーとどれほど密接に関わっているかを人々に知られないようにするためなら、彼らは手段を選ばないのです!

その故障した飛行機と乗員全員を救助した宇宙船の乗組員のうち2名が、約2か月後に数名の米国議会議員と面会しました。彼らが別の宇宙文明社会からきていることを示す証拠として、乗組員はまずあなたたちと似合った姿で現れ、その後本来の姿へ変身しました。その身長、肌の色、そしていくつかの身体的特徴は著しく異なっていました。

議員たちがより安心できるように、最初に目にした肉体に戻った後、二人の乗組員は、飛行機が地球と似た大気と環境を持つ小さな惑星へ運ばれた経緯、そしてそこの第四密度の文明社会が新たな訪問者を快く迎え入れ、快適に定住できるよう支援した様子を説明しました。そして二人は、飛行機の乗務員と全乗客がその地での自分たちの生活が充実し、幸せで、意義深いものであること、そして、常に大切に思う愛する人たち一人ひとりに、同じような人生を送って欲しいと願っていることを、家族に伝えてほしいという依頼を伝えました。

乗組員たちは、議員たちがその情報を必ず全家族に伝えると心からの誠意をもって保証したと私たちに伝えました。数日後、この会合を手配したET特殊部隊の連絡員から、議員たちはディープステートのメンバーから下された命令に従うつもりだと聞かされました。その命令とは「その会合について誰にも決して口外するな」というものでしただ。私たちは彼らの決断を諒解しました・・脅迫の内容は「喋れば家族を殺す」というものだったからです。

この救助についての私の説明に続くメッセージで、マシューと神、そして私は読者の質問に答えました。スージー、もしどなたかそのユニークなエピソードについてもっと知りたい方がいましたら、それらのメッセージの日付を追加してください。

                       [2014年3月20日;2014年4月2日]

ありがとうございます。そしてマシュー、言いたいことを言わせてくれてありがとうございます。むしろ、愚痴を言わせてくれて、と言った方がいいかもしれません。私の強い憤りをあなたが感じ取ったことは承知しています。それをあなたに押し付けてしまい、申し訳ありません。

マシュー:アシュター、あなたの気持ちはよくわかります。私たち全員が、救助の真実が世界中に知られることを望んでいます!私たちはその会合と新たな捜索の無益さについて話すつもりでしたが、あなたが私たちの知らなかった詳細を提供してくれました・・感謝すべきは私たちの方です!

アシュター:では、お互いに感謝し合うことですね。あなたが別の話をしたいのは承知しています。では、心温まる別れを告げ、あなたとスージーの話を進めてもらいます。

マシュー:どうぞ心安らかに、親愛なる友。

彗星アトラス3Iに関する公式発表は、その正体が地球外生命体である可能性を否定するために、天体物理学的に正しいように語られています。しかし、地球に危険はないと述べた点を除けば、その説明は完全に捏造です。“アトラス3I”とは、パリの面積に匹敵する直径を持つ壮麗な宇宙母船形態の人工知能(AI)であり、高度に進化した宇宙文明社会の拠点なのです。

普段は姿を隠していますが、時折宇宙船は自ら姿を現します。それは、そこに住む人たちが地球ファミリーに「私たちはここにいますよ」と知らせ、「もし侵略する目的なら、とっくに実行しているはずだ」と人々に考えてほしいからです。映画やゲームに出てくるような敵対的な異星人が実在するなら、善良な異星人も存在するはずだ・・そう考えることが自然でしょう。そのような認識が深まっていけば、小型宇宙船の乗組員が安全に着陸し、地球の人々が集まって彼らを迎える日が近づくのです。

地球を周回する数千の偵察船の常駐乗組員が、乗組員とその配偶者と子供たちに一時的な宿泊施設を提供しています。これにより休暇中の乗組員は、遠く離れた故郷へ家族や友人を訪ねたり、月や太陽系の他の惑星にある休暇施設へ赴くという選択に代わり、一部の家族とゆったりと過ごす機会を得られます。

この宇宙船は、危機に瀕した世界から救出された人々を受け入れ、安全な居住可能な惑星へ輸送するために拡張することもできます。その他の機能には、訪問者の呼吸快適性を考慮した区画ごとの気圧調節機能や、異なる言語を話す者同士が相互理解できる高度な翻訳モデムが備わっています。惑星間団体やその他の天体関連団体は会議開催に随時招待されており、観光客も歓迎されます。また、治療室ではトラウマを負った個人を現地または遠隔で治療可能です。

広範な研究施設システムの一部は、宇宙ゴミを非物質化し、居住惑星に衝突する可能性のある小天体の軌道を変更し、汚染物質を検知・除去します。ある研究施設は数百万マイル離れた物体を撮影し、その画像を該当する科学者に中継することが可能です。

平和を愛するすべての人々に対して献身的に行われたこれらの奉仕は、この比類なき宇宙船とその乗組員に、宇宙全体にわたる名誉と称賛をもたらしています。

愛する兄弟姉妹たち、無条件の愛の比類なきパワーを持って、すべての光の存在があなたたちの地球へのかけがえのない支援を支えています。

_____________________

愛と平和を

スザンヌ・ワード著

原文:Matthew's Messages 訳文責:森田玄


2026年3月13日金曜日

4195「魂を高みに上げるもの」2026.3.13

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月02日の記事を紹介します。


「魂を高みに上げるもの」


今日は、障害を持って生まれてくることの意味についてのお話です。

クラリオン星人の小学生の久松奏拓(ひさまつ・そうた)君のお話です。

以前レインボーチルドレンのまりなちゃんのお話を書きましたが、

そうたくんも、まりなちゃんと同じく、

まさにこの過渡期の地球を救うために、神様から送り込まれたような子供です。

小学生とは思えないほど、知性が高く、まりなちゃんと同じように

宇宙の真理、神々の意思を語っています。

映像も是非ご覧ください

大切な部分かいつまんでピックアップしてみます。

・障害を持って生まれてくる。将来の障害を計画して生まれてくること

・それは凄い幸運なこと、喜ばしいこと

・障害を持って生まれてくる確率の方が大分低い

・障害という大変な経験をすることで、物事をいろんな角度から見れるようになったり

・他の人にはできない学びが一杯ある

・わざわざ、その苦労を分かって、それを魂的に楽しむために生まれて来た

・いつも同じアイスだけど、今度は違う味に挑戦してみようかなど、結構軽いノリで選択してくる。

・でも、誰でもが、障害のある人生を選べるわけではない

・何度も人間を経験してきた魂だけ

・特別な契約をして、その予約が取れた時だけ、この人生を選べる

・この特別な状態を、何億人もが行列待ちをしている。

・障害を持って生まれてくること、将来の障害を計画して生まれてくることは、

 宝くじ1等に当たるくらいの確立しかなく、相当に喜ばしいこと 

・それだけレベルの高い経験である

・だから、その状態を「かわいそうだな」と思わなくともよい

・障害を経験する計画を持って生まれてくる人は、

・他の人と比べて自分の力でいろんな経験ができる人

・その経験ができる人は、神様が選んでいる

・そして自分で納得し、特別な契約を交わし、生まれてくる

・その子の親となる人も、大変な倍率の中から選ばれた人

・その親になる人も、神様に選ばれてきた人

・何も知らない親は、自分を責めている人が多いけれど、

・その自分を責めてしまう経験でさえ、魂はわかっていて、求めて親になることを承諾してきた

・お母さんも、その経験をしたくて、予約して、やっと選ばれて生まれて来た

・その経験をお互いがすることで、魂の経験値が一気に上昇する

・親も、当事者の子供も、普通の人にはできない大きな「感情」を経験できる

・生きている間は、障害を選んで生まれて来た記憶はないけれど

・それが分かっていたら、最初から正解が分かっていたら、何の経験値も得られないから。

・でも、死んだ後、肉体を去って天国に帰った時に、そのすべての崇高な計画が理解できる 

・生きている間、いろんな感情を味わいながら、

・泣いたり笑ったりしながら人生を歩んでいくことこそが、魂にとって、

・大切な経験値となる

・悩んでいること、チャレンジしていることが、魂にとっては楽しい経験となる

・魂にとって、その境遇を

・苦しむことも、楽しむことも、とっても大切な経験となる

・生きている間、私たちはこれらのことを全て忘れているため

・障害を楽しむという概念がないけれど、

・本当は、自分で望み、何億人もの行列を待って掴んだ大切な人生経験

・もう少し、その経験を楽しんでも良いのかもしれない

今度は違う味に挑戦してみようかなど、結構軽いノリ・・

私たちは、少し人生を重く考えすぎているのかもしれませんね。 

・こう、あらねばならない

・そこから外れたら、負け、破滅

・物質的に豊かでなければならない

・高級なものを沢山持ち、ぜいたくな暮らし

・人の世話には絶対なってはいけない

などなど。

ですが宇宙的な視点、神様から見ると少し違うようです。

人生で起こること、良いも悪いもない

全ては、魂の経験 

地球でしか味わえない「感情」を通して、魂の経験値を上げていく、

ワクワクするような地球での経験

そんな経験がしたくて、私たちは地球にやってきた。 

ここ地球で起こる全ての経験は、自分と神さまで相談して決めてきたこと。

神様は、私たちが生まれてくるときに 

「楽しんでくるんだよ」って送り出してくれたこと。 

私たちは、生まれてから、肉体を脱ぐときまで、ずっと、守られていること。。

地球意識がそれを許してくれていること・・ 

この地球で出会う、家族、友達

・私が好きな人

・私を好きな人

・私が嫌いな人

・私を嫌いな人

みんなに感謝ですね。


2026年3月12日木曜日

4194「人としての喜び」2026.3.12

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年03月01日の記事を紹介します。


「人としての喜び」


これから、地球がどんなに変わろうと、美しき心は、

全ての障害を超えて、私たちを幸せな世界に運んでくれることでしょう。

それは、肉体がある間だけではなく、

肉体を脱いで、魂の世界に戻った時でさえ裏切らないことでしょう。 

・知識や学歴がなくとも、

・お金や地位などなくとも

・健康でなくとも 

そのような物は、肉体がある間の短い期間の、目的を達成するための道具でしかないのですから、永遠の魂にとって、何の障害にもなりません。 

むしろ、それらに執着し、かさに着て、無意識のうちに、心を汚していくよりも、

無意識のうちに、マウンティングし、人を支配しようとするよりも、何も持たなくとも、

馬鹿だと人に蔑まされようとも、良寛さんのように大愚であって、心美しき人の方が、

どんなに光り輝く魂を持つことでしょう。 

さて今日は小林正観さんのお話を、参考にして書きたいと思います。 

それは、平凡な生き方かもしれません。 

誰にも、尊敬もされなければ、注目もされない生き方かもしれません。

ですが、もしかしたら神々に一番近い生き方かもしれません。

<転載開始> 転載元

まわりの方々に喜ばれる喜びは、自分のことで、自分が喜ぶのとは、

比べられないほどの大きさです。

人は、人の間に生きていることからこそ「人間」と呼べます。

人間として生きるということは、自分のためではなく、他に存在する者(物)のために、

生きるということ。

人間の身体の中には 37兆個もの細胞があります。

その一つ一つに、個別の意識があります。

体の中に目を向けてみても、肺や心臓、肝臓、腸など、

自分のためにだけに存在する臓器は何ひとつありません。

みな体内の、他の臓器や細胞を生かすために働いています。

まさに、ひとつの宇宙が人間の体の中に、凝縮されている、

と言っても過言ではありません。

ですので、人は、この世に生れたからには、自分が、

いかに目標に向かって歩み、目標を達成するか、ということではなく、

いかに周りに喜ばれる存在になるか、ということがとても大切です。

たとえば頼まれごとをやってあげて、相手がにっこり笑って、

「ありがとう」と言ってくれたとき、本当の「人としての喜び」が湧いてきます。

喜ばれることが、人間の最も根源的な幸せです。

人に喜ばれることをしてみましょう。

その時、いちばん楽しくて、幸せなのは、実は自分自身なのではないか、

そう思えるに違いありません。

<転載終了>

・大きな成功を成し遂げて、人々に尊敬される人

・仕事のバリバリできる人

・平凡な人間だけど、何時もにこにこ笑っていて、困っている人がいれば、

 何はさておき駆けつけて、一緒に悩み、傍に寄りそう人

・仕事は、それほどできないけれど、人の喜びを共に喜び、

 人の悲しみを共に悲しんでくれる人

皆さんは、どちらの生き方が理想ですか?

自分が、何かを人にして差し上げた時に、

誰かから、にっこり笑って「ありがとう」って言われると、

本当に幸せな気分になれますね。

もしかして、氣難しい顔をして、人を寄せ付けないような人も、

何時も、身勝手で、人の上げ足を取っているような人も、

その人の内側の良き部分、神さまの部分を見つけて差し上げて、

「ありがとう」の一言をかけた途端、魔法のように、頑なだった心が溶けだして、

良き人に変わってしまうかもしれません。

私たちは、誰でも本当は、

・人に認めてもらいたいのです。

・「ありがとう」と笑顔を、向けてもらいたいのです。

最後に、宮沢賢治の「雨にも負けず」をご紹介して終わりにします。

宮沢賢治

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き 

みんなに でくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい


2026年3月11日水曜日

4193「謙虚な心、闇の心」2026.3.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年02月27日の記事を紹介します。


「謙虚な心、闇の心」


今日は仏陀(釈尊)の弟子のなかで、一番頭が悪く、愚かだといわれていた、

周利槃特(しゅりはんどく、チューダ・パンタカ)という人のお話をします。 

私たちは、日々の生活の中で 

・何かと自慢し、マウンティングを取ろうとしたり

・陰で人の悪口を言い、相対的に自分は優れた者と認められたいと思ったり

・他人の話にすぐ口をはさみ、「自分は、自分は」と認められたがったり

・凄い人と知り合いだと自慢したり

・人の幸せを喜ばず、陰で足を引っ張ろうとしたり 

無意識のうち、強い自我に

心に闇を広げる人もいます。 

私たちだれもが、心のクセや条件反射で

同じような悪魔の意識に支配される時もあります。 

生きている間は肉体に付随する感情や生存本能があるため

どんな聖人君子であっても、それは免れないことかもしれません。 

ですが、ふと、そのことに気づいた時、

直ぐに方向転換をしないと、ビッシリと包身(つみ)穢れに覆われてしまいます。 

それでは、一番愚かな弟子だったチューダ・パンタカのお話です。

掃除で悟りを開いた仏陀の弟子 周利槃特(しゅりはんどく)

<引用開始> 引用元

仏陀(釈尊)の弟子のなかで、一番頭が悪く、愚かだといわれていたのが、

この周利槃特(しゅりはんどく、チューダ・パンタカ)という人です。

どのくらい愚かだったかというと、

ときどき自分の名前すら忘れてしまうほど、頭が悪かったそうです。

周りの弟子達からバカにされていた周利槃特は、あまりの自分の

愚かさを嘆いて、仏弟子をやめようと思って仏陀のもとを訪れます。

「仏陀よ、私はあまりに愚かなので、もうここにはいられません・・・」

その時、仏陀が彼にこう言います・・・

「自分を愚かだと知っている者は愚かではない、

自分を賢いと思い上がっている者が、本当の愚か者である」

すっかり弟子をやめようと思っていた槃特は一瞬キョトンとします。

そして、仏陀はこう続けます・・・

「おまえの一番大好きなことはなんだね?」

槃特は、「はい、私はそうじが好きです」とこたえました。

「そうか、おまえは多くのことを憶えられないようだから、

その大好きなそうじをしながら、このように唱えるがよい」

「塵を払い、垢を除かん」(ちりをはらい、あかをのぞかん)

「はい、それなら、私にもできそうです!」

「そうか、ではがんばるのだよ・・・」

仏陀にそういわれて、嬉しくなった槃特は、たまに忘れそうになりながらも、

「塵を払わん、垢を除かん」(ちりをはらわん、あかをのぞかん)

と唱えながら、箒をもってそうじをしていきます。

一年、二年、五年、十年、二十年と、ひたすらにやっていきます・・・

その姿勢に、始めはバカにしていた他の弟子達も、

次第に彼に一目を置くようになります。

やがては、仏陀からいわれたことを、ただ黙々と、直向きに、

淡々とやり続けるその姿に、槃特を心から尊敬するようになりました。

そして、ついに槃特は、

仏教でいうところの「阿羅漢(アラカン)」の境地に到達します。

「阿羅漢」とは、反省修行をおこなって、心の汚れや曇りを落とし、

第一段階の悟りを得ることです。

ある日、釈尊は、大衆を前にしてこう言いました。

「悟りを開くということは、

なにもたくさん覚えることでは決してない。

たとえわずかなことでも、徹底して行うことが大切なのだ。」

「見よ。周利槃特は箒で掃除することに徹底して、

ついに悟りを開いたではないか!・・・」 

<引用終了>

イエスもこう仰いました。 

あなたがたの中で、人よりも偉くなりたいと思う者は、

皆に仕える者になりなさい。 

あなたがたの中で、人の先に立ちたいと思う者は、

皆の僕(しもべ)になりなさい。

私が、私がと、何が何でも人に注目され、尊敬を得たいと思うよりも、 

・謙虚な人、

・進んで人々のために奉仕しようとする者

・決して目立って表に立とうとはせず、人知れず縁の下の力持ちに徹しようとする者 

神様は全部見ていらっしゃいますから、

そんな人を愛するのではないでしょうか? 

そんな人に、まず幸せになって欲しいと思うのではないでしょうか? 

もう心の時代

物ではなく、一人一人の心が大切にされる時代に入っています。 

悪しき心は誰にでもあります。 

ですが、それに気づいた時、心から反省し、改めようとするのか? 

それとも、楽な道、つまり

今まで通り見て見ぬふりをして、やり過ごすのか? 

道は分かれ、行きつく先は全く異なる場所となります。 

美しい地球


自我の限りを尽くした人々の地球はこうなるかもしれません。

私たちの心こそが、生きる世界を構築し、

その世界を天国にも、地獄にさえも変えてしまいます。


2026年3月10日火曜日

4192「他人の心配より自分の心配」2026.3.10


 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年02月26日の記事を紹介します。


「他人の心配より自分の心配」


今日は 小林正観さんのお話からです。 

正観さんは生前、ブッダの時代と、空海の時代に生まれ、

それぞれの師のそば近くで修行していたことを思い出していました。 

また、プレアデスから地球に来たことも思い出していました。 

年間300回を超える講演会を通じ、沢山の方々を悩み、苦しみの淵から、

救われてもこられました。 

身体がボロボロになるまで、講演会を続け、晩年は、もう不思議な力さえ、

使うことができたようです。 

さて今日は「他人の事はいいんです」ということで、

正観さんの少し厳しめの、講演会の内容をご紹介します。

<転載開始> 転載元

実践する人である正観さんが、自らを名乗る。「実践者」 

その実践者というのはどういうことか。

・どんなことがあっても 怒らない。

・どんなことがあっても 声を荒げない

・イライラしない 

ということを実践しようと思っている 実践者なんです

腹を立ててもよい現象(出来事)は、世の中にはありませんと。

それは戦争についてさえ、そうです。

戦争を憎んで、怒りを覚える という人に、

「正しい怒りではないのか?」と聞かれました。

その答えは「その憤りこそが戦争を起こす」というものです。 

戦争を起こす人たちは、自分は絶対間違っていないと思ってる。

・正しい怒り。

・正しい憤り。

・正義の戦い 

と皆思っているんです。 

だから戦いになる。

だからこそ、どんなことあっても腹を立てない。

何があっても、戦いを挑まないということが 重要なんです。

この条件だったら、腹を立てないけれど、この条件だったら、腹を立ててもいいと。

そういうことは ないんです。

そこのところ、すごく重要です。 

腹を立てさせる人がいるんだ。

そんな事はない。

腹を立てている私が居るだけ。

家庭の中でも 子ども 夫婦 親。

会社の中でも 上司 部下 同僚

その他社会の中での現象すべて、あてはまることかもしれません。

腹を立てることによって、問題が解決する事はあるのか?

「ない」

そんな方法論では 解決しない。

そしてもう一つの実践ポイントとしてこう仰っしゃいました。

自分がいかに幸せに生きるか・・だけを考えること、他人の事はいいんです。 

そこが重要で、私の言っている事は全部そこなんです。

他人をどうする?

というのは善いも悪いも含めて考えないこと。

正観さんは、この時、珍しく語気を強めていらっしゃいました。

自分が出来ることを、楽しく嬉々としてやる。

他の人がどうなるかは、関心を持たなくともよい。

自分でそう決めた。

その生き方を、実践することが大切。

「私はニコニコと生きていく」だけ。

自分が 楽しいこと嬉しいことだけ。

それをやっていくだけ。

他人をどうこうしようとする必要はありません。

ですから、すごく辛そうに生きてる人に向って

「こういう生き方をしなさい」と 寄って行き、話をするということは金輪際しません。

この人は 辛くてつらくてという生き方を、

すごく楽しんで 生きているかもしれない。

私にはあ~だこ~だ言う権利はないんです。

熊手で 不幸というものをたくさんかき集めて 

「こんなに不幸なんです」と、言って喜んでいる人は たくさんいます。

不幸や悲劇は存在しません。

そう思う心があるだけです。

どうせ 熊手で集めるなら、嬉しくて楽しくて仕方ないことを集めたらいいですね。

<転載終了>

正観さんにしては、かなり厳しいお話です。

もうご自分の死期が迫っていることを、知っていらっしゃるので、 

どうしても、後世に残したかったのかもしれません。 

それだけ、多くの人が陥りやすい罠であり、沢山の方が、これで不幸になっているのを

見過ごすことができなかったのでしょう。 

過去には表面だけしか理解せずに、反論される方もいらっしゃったことでしょう。

では子供のことを心配するのは良くないのか?

そう思う方もいるかもしれません。

ですが正観さんですから、ブッダや空海たちの教えの深い部分から、

このお話をしていると思うのです。

こんなお話を聞いたことがあります。

あるお母さんが、小さな子供を残して亡くなりました。

お母さんは迎えに来た神様に訴えます。

「子供のことが心配で・・」ですが、すぐさま神様は、子供の過去現在未来の

タイムラインを見せてくださいました。

そこには、この時期に母が亡くなり、そのことで

子供の人生が方向を変え進んでいくことが示されていました。 

そしてその全てが、神様の庇護のもと進んでいくことが分かりました。

そして母は安心して逝くことができました。

つまり、例え母であろうと、子供の人生に介入できないこと。

子供は子供で、すでに生まれてくる前に、自分の魂の向上のために

最善のタイミングで物事が起こるように、決めたうえで、生まれているということ、、

そして子供にも、神様がついてくださっているということ。

ですから、たとえ子供であろうと、親の思い通りにはできない。。 

などが神様から示されたのでした。

正観さんはよくおっしゃっていました。

悩みごとのほとんどが、自分自身の悩みでなく、他人が

自分の思い通りに動いてくれないが、どうしたらよいのか?

そんな類の悩みが、ほとんどなのだそうです。

ブッダはそんな悩みごとを相談されたとき、お答えにはならず、

静かに瞑想に入ってしまわれたそうです。

正観さんのおっしゃるように、私たちは、他人を思い通り動かすことはできません。

なのに、そのことで、沢山の悩みを抱えている人が多いのです。

憎しみを抱き、自分の心と体を傷つけている人が多いのです。

また、悩みの種類の数だけ、解決方法があるわけではありません。

・夫がDVで

・子供が不登校で

・子供が情緒不安定で

・会社の上司がわがままで

その数だけ、解決法があるわけではありません。

全ては私たちが、目の前の現象をどうとらえるか、私たちの心の在り方 だけなのです。

今日の正観さんの言葉は少し厳しいかもしれませんが、他人をどうする。

というのは善いも悪いも含めて考えないこと。

自分が出来ることを、楽しく嬉々としてやるだけでよい。 のかもしれません。

そうすれば、上記4つ 例を挙げましたが、

全て他人を、どうこうしたいというものですから、もう問題ではなくなります。

彼らには彼らの道があり、彼らの時があります。 

他人によって強制的に、方向転換することはできません。

また正観さんは上の講演会で、すごく辛そうに生きてる人に向って 

「こういう生き方をしなさい」と寄って行き、話をするということは、金輪際しません。

と仰っていますが、これは生前のブッダも同じような姿勢を貫かれました。

それは「縁なき衆生は度し難し」が示す通り、いくら慈悲深い仏であっても、

縁がなければ、救う時期ではない(救えない)ということです。

当時こんなエピソードがあります。

町中でみすぼらしい老婆が乞食(托鉢)をしていました。

自分が食べ、生きるためです。  

ですが、どこの家でも門前払い、見かねた、従者アーナンダが、 

ブッダに「何とか救ってあげることはできませんか」と相談しましたが、 

ブッダは首を縦に振りません。

それでもと、アーナンダはブッダを老婆の目の前まで連れてこられたのですが、 

老婆には目の前に立つブッダの姿が全く見えないのでした。

そしてブッダはアーナンダに、「縁」についてのお話を聞かせたのでした。

例え宇宙の真理を知ったブッダでさえ、縁が無ければ誰も救うことができないのでした。

子供たちの問題も、私たち、母や父が、眉間にしわを寄せ、

苦しそうな顔をしているのではなく、自分の好きなことをやり、

明るく楽しく笑っていれば、いつしか丸く収まってきます。

彼らには彼らの道、学びがあり、そのために今の道を歩んでいます。

それを見た私たちが、自分だけの価値観、正義感で、 

「こうしろ」「ああしろ」というのは 

正観さんの言うように、少し傲慢なのかもしれませんね。