2021年3月6日土曜日

2262「食糧危機」2021.3.6

 今回は「In Deep」さんの2021年3月4日の記事を紹介します。


気象と災害と国家対策と「中国」により消えていく世界の食糧。そしてアメリカでは慈善家ビル・ゲイツ氏が最大の農地所有者に

 

下町の鄧小平さんが消えた日に

前回の以下の記事の最初に、周辺の飲食店が次々と自主閉店や「無限の休業」状態となっていることに少しふれました。

崩壊する文明の中で考える「ワクチンはそれにとどめを刺すかもしれない」こと

投稿日:2021年3月2日

これらの閉店ラッシュの中で、最も「ああこれは残念な…」と思ったのは、近所で古くからやっている小さなパン屋さんが消えたことでした。店主は、八十代後半くらいだと思いますので、コロナというより他の理由もあるのでしょうけれど、唐突に店内が取り壊されている光景を見て、少なからずショックを受けました。

私は今はずっとグルテンをとらない生活をしているため、パンは数年食べていないのですけれど、以前は、飲んで終電で帰ってきた時などに、よく立ち寄って買っていました。今時の格の高いパン屋さんではなく、コンビーフサンドやジャムサンドなんかも並んでいる昔ながらのパン屋さんです。「終電で帰ってきた時など」と書きましたけれど、このパン屋さんは夜中の 1時くらいでもまだやっているのですね。「全品 50円」などの紙を貼り、毎日売り尽くしをしていました。


以前酔っ払っていた時に、この店主のオジサンと話したことがあります。

「ここは毎日 1時とか過ぎてもやってるじゃないですか。そして、朝も 7時くらいからやってますよね。パンは仕込みもあるだろうし大変なんじゃないですか?」

とききましたら、このようにおっしゃっておられました。

店主「朝は毎日 3時に起きて仕込みしてるよ」

私 「 1時以降に店を閉めて、朝 3時に起きるんですか?」

店主「そうだよ。もう 40年くらいは 2時間以上寝たことないね」

私 「すげー。今おいくつなんですか」

店主「 85」

私 「ひゃあ…」

この話を聞いて、「睡眠に関する健康神話も何とも言えないな」と思いました。

このお店は、お正月やお盆以外は定休日もないですので、40年間ずっと、お店に奥さんと立ち続けて、睡眠は 40年間 2時間。それでとても元気だし、顔色もいいし(中国第二代最高指導者の鄧小平さんと似ています)。

普通の人がこんな生活をすれば、健康的に破綻してしまうでしょうけれど、大丈夫な人は大丈夫。仕事と、店に来るお客さんと話すことが本当に生きがいみたいでした。それと比べれば睡眠なんてこの店主にはどうでもいい。

仮に今から大きな病気になっても、「それは睡眠が足りないからですね」と 90歳間近の人に言うお医者さんもいないでしょうし(今はいそうでコワイですが)。それでも、今回の緊急事態宣言後しばらくしてお店が休業となり、そのまま閉店となってしまいました。シャッターには「四十四年間のご愛顧感謝いたします」と書かれた紙が貼られていました。


このように、高齢者が店主の店は、ものすごいペースで消えていますね。ほとんどが倒産ではなく自主廃業です。こんなことが続けば、そのうち、チェーン店以外で飲食することはできなくなるのではないかという雰囲気さえ漂い始めています。

そんなわけで、個人的な話から始まってしまいましたが、まあしかし、この飲食というジャンルはとにかく今は大変なんですけれど、昨年のパンデミック以来(ややプレッパー気味の私は)食糧の国際価格などをずっと見ているのですが、「いよいよなのかなあ」という感じも出てきています。

今すぐに何がどうということではないですが、新型コロナによる社会情勢も今後どうなるのか不透明ですし(ワクチン後の数カ月で ADE などでさらに混乱する可能性も)、気象も自然災害も激しくこそなれ、作物に理想的な状況はなかなか訪れない感じの年が続いていますし、それは世界中同じです。

私は地元で無農薬栽培をしている農家の方から野菜を定期購入させていただいているのですが、今回そこに入っていたプリントには「天候の影響で、今年は土の状況が良くないです」と書かれてありました。天候と土の状況というのは関係するのですね。

というわけで、最近の世界の食糧価格などを少し見てみます。これらを見ていますと、ほんの少しでも準備というのか、してもいい段階に少しずつ近くなっているかもしれません。

 

中国がもたらすかもしれない食糧危機

食糧の基本的な部分である穀物の世界価格の指標のひとつに「先物相場」というものがあります。主に、小麦、トウモロコシ、大豆などが主流の取り引き商品となっているのですが、2021年になってから、なかなかすごいのです。

小麦やトウモロコシの価格も 2020年以来上昇していますけれど、特に大豆がすごい。以下はシカゴ商品取引所の大豆の先物価格の推移です。

具体的な数字はともかく、なんかすごいことになってきている。

それより以前のリーマンショック前後の 2008年頃とか、2012年頃だとかはもっと高い時期もあったのですけれど、少なくとも過去 8年では最高値となっていることをフィナンシャルタイムズなどは伝えています。

シカゴ商品取引所・大豆先物相場の推移 (2017年8月-2021年3月1日)

 


トウモロコシの国際価格も急激に上昇し続けていて、この最大の理由は、最近の報道によれば「中国が記録的な量の大豆やトウモロコシを海外から買い占めている」ことにより、価格が下がることがなくなっているようです。

以下は、フィナンシャルタイムズの記事からです。

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中国の記録的なトウモロコシ購入の継続により価格の異常な上昇が続くと専門家たちは見ている

中国による記録的な購入により、昨年(2020年)末以来、トウモロコシの価格が高騰しており、農家やアナリストは急騰がどれだけ続くかを考えている。

世界第2位の経済大国である中国からの旺盛な需要が、ここ数カ月の穀物価格の激しい上昇を後押ししている。

中国のトウモロコシ需要が劇的な急増

 


中国は、大豆に関しては、もともと畜産動物の飼料のために常に海外市場に依存してきたが、しかし、中国はこれまでトウモロコシは自給自足できていた。その中での、トウモロコシの輸入の増加は、アナリストやトレーダーたちを驚かせている。

中国が、今年、世界最大のトウモロコシ購入国となり、そして大豆に関しても最大の輸入国になる予定であるため、このセクターの大きな問題は、日本や韓国などの他の主要なトウモロコシ購入者よりも先を行くかどうかだ。

数年前にアフリカ豚熱(アフリカ豚コレラ)の壊滅的な感染流行が、中国の豚の個体数に打撃を与えた後、中国が養豚産業を再建するにつれて、中国のトウモロコシの大量購入が起きている。

それに加えて、環境の問題も重なっている。2020年の中国のトウモロコシの収穫量は、台風と干ばつが、作物の主要な栽培地域である中国北東部の広い範囲を襲ったため、中国政府の公式数値目標の 2億6100万トンよりも 4分の1も少なくなる可能性があると農家やアナリストは考えている。

黒竜江省のトウモロコシ農場の所有者のひとりは、昨年の農場のトウモロコシ生産量は 2019年から 5分の1に減少したと述べた。 (FT 2021/02/21)

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ここまでです。

この大豆やトウモロコシというのは、もちろん人間の重要な食糧ではありますけれど、

「畜産動物の飼料として最重要なもの」でもあるのです。つまり、容易に手に入らなくなってしまうと、畜産動物の飼育が難しくなる。

今年 1月には、日本農業新聞に、「配合飼料高騰 長期化に農家恐々」という記事が掲載されており、動物たちに食べさせる飼料に使われるこれらの穀物価格の急激な上昇が、畜産業には非常に重い問題となっているようです。

それでなくとも、豚熱(かつての豚コレラ)や鳥インフルエンザなどの問題も今では毎年発生しており、さらに、パンデミックの下で、さまざまな飲食店の疲弊による流通の問題も起きていたりと、生産者には大変な状況の方々も多く、今は「農業の根幹の危機」が見えなくもないという感じもしないでもないです。

おそらく、食べることに関しては、今後の私たちは状況に応じてライフスタイルを変えていくしかなくなるのかもしれないですけれど、食糧に関して状況が改善する兆しが見えない上に、これは他の記事で具体的に書かせていただこうと思いますが、気象もさらに荒くなりそうなのです。


以前以下の記事で書かせていただいたことがあります「大きな海流(AMOC と呼ばれる大西洋の海流)の崩壊」が、いよいよ顕著になっていることをドイツ政府の研究機関であるポツダム気候影響研究所が報じていました。

かつて地球に「250年間の寒冷化」をもたらした原因となった「大西洋の海流の崩壊」が正式に確認され、少なくとも欧州と北米は、いつミニ氷河期に突入しても不思議ではない状態に 投稿日:2018年12月1日

上の記事のタイトルには「寒冷化」とありますけれど、この海流が本格的に崩壊、減衰した場合は、そういう単純な話ではなくなりそうで、極端な暖かさと極端な寒さが繰り返されたり、その影響で気象も大変に激しいものとなり続ける可能性が高そうです。

なお、ポツダム気候影響研究所や他によれば、このような海流の状態が確認されたのは、「少なくとも 1600年ぶり」だそうです。

そういうスパンでしか起き得ないような海流の状態による異常気象、あるいはそれと類するものがこれから繰り返される可能性が高くなっています。

今までこのブログで述べることもあった「地球は寒冷化となっていく」というだけのような単純なものでは済まなそうで、死ぬほど暑い夏と、生きられないほど寒くて雪が多い冬をどちらも経験して生きていかなければならないような環境になっていく可能性もあります。


日本に関してはコメあまりの状態も続いていますし、すぐに危機的になることはないでしょうが、今のような状態が今後も続いていくと、先になればなるほど、厳しい状態が出現するかもしれません。

日月神示にありますような「日本の国に食物なくなってしまふぞ。世界中に食べ物なくなってしまふぞ。」というのはまだ先の話でしょうけれど、わりと近いうちに、これまでのように「何でも食べられる」という生活は少しずつ変化していくことは避けられないとは思います。存在しないものはどれだけお金を積んでも手に入らないですからね。

これも今度書かせていただこうと思っていますが、「人為的な食糧供給の変化」も進行しているようです。たとえば、慈善家のビル・ゲイツさんは「食糧の独占」を狙っている可能性があります。

1月に米フォーブスが「アメリカ最大の農地所有者がビル・ゲイツ氏になった」と報じていました。

それと共に、慈善家ゲイツ氏は、遺伝子組み換え作物企業、種子特許、合成食品企業、化学農薬企業、石油化学肥料企業などへの莫大な投資を進めていることも報じられていて、食糧の慈善事業に対してもやる気満々のようです。

これらの人工食糧的な資産が有効に活用されるためには、「自然から生まれる作物や食糧はできるだけ消えたほうがいい」でしょうし。

アメリカの元国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏の以下の言葉が今でも伝えられています。

「食糧供給をコントロールできる者が人類をコントロールする」

気象や自然の状況と共に、人為的なさまざまな行動によっても今後の世界の食糧危機は迅速に進行していくと思われます。



2021年3月5日金曜日

2261「発光人」2021.3.5

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月01日の記事を紹介します。


光を発する人

ますます、神々の働きが活発で、いろいろな場所で、いろいろな変化が起こっています。

それを感じ取ってらっしゃる方も多いようです。

ですが、あせらなくとも、私たち一般人にとっての王道は、やはり

・心を清らかにすること

・身近な周りの方々と仲良く暮らすこと

・すべての出来事を感謝の気持ちで受け取ること

に尽きるようです。 

さて、今日のテーマは、「光を発する人」ということで小林正観さんの記事をご紹介します。

<引用開始> 引用元

 

「私は、以前は『努力』してきた人間だったのですが、正観さんのお話を聞いて、がんばらない、緩んだ系統の人間になってきました。

こういうタイプの人間が大勢を占めるようになったら、どんな社会になると思いますか」

と言われたことがあります。

 私の答えは、そのように社会全体を評価、評論する癖をやめること。面白いことに、人に対して 「変われ、変われ」と言う人ほど、笑わない、暗い人が多いように思えます。

この質問をなさった方は、コンサルティングをしており、たくさんの企業とかかわるという立場からの、質問ということでした。

「世の中のここが悪いじゃないか、ここが暗いじゃないか、ここが理不尽じゃないか」と、言っている人ほど、暗くなってきて、笑わない。

「暗い社会じゃないか」と問題点を指摘している人ほど、暗くなっているように私には見えるのです。

…世の中を暗い暗いと嘆くより、自ら光って その闇照らせ…

 というのが私自身に言い聞かせている言葉です。

 その人が光だったら、その人の周りには闇はないでしょう。評論する暇があったら、自分が光になること。自分がどう光るかを考えるといい。

 世の中の暗さを指摘して、糾弾している人ほど、笑顔がなく、暗さを投げかけているのかもしれません。早くそれに気づくこと。

「闇」と「光」は、多くの人は50対50の力関係だと思っているかもしれませんが、実はそうではなくて、0対100です。

 「光」が「闇」の中に入っていったら、常に「光」です。逆に、「光」が撤退したとき、

初めて「闇」の世界になります。


50対50の力ではなくて、「光」のほうが常に100の力を持っているのです。ですから、「暗い、暗い」と言っている暇があったら、自分自身が光を放ってその闇の中に入っていけばよい。光が入っていった闇は、どんな闇でも、光るしかありません。


肯定的な言葉をいつも発している人のそばにいると、いつも温かくなる、ということが体験的にわかっています。

「オーラ」という言い方をしてもいいのですが、明るい方向性を持っている人は、物理的にも光っているということです。

「光」という文字は、「人」の頭の上から5方向に光線が発しているという様子がもとになっている象形文字です。「光」の文字のもとになっているものが「人」というのはすごいことです。そして、光を発している人のことを、「明るい」と呼んだ。

 古代の人は、光を発している人と、光を吸収する暗い人とを、見分けることができたらしい。「陰気な」という表現があるのにわざわざ「あの人は暗い」という表現があるのは、実際にその人が「光」を発していなかったということでしょう。

「うれしい、楽しい、幸せ、大好き、ありがとう、愛してる、ツイてる」という肯定的な言葉を口にしている人は、その人がそこにいるだけで光を発する。そしてその光は、暗い人を照らす。 


「私の人生はつらくて、悲しくて、嫌いなことばかりで…」ということばかり言っている人は、「暗い」。

 この人は、周りの光をどんどん吸着してしまい、はたから見ていると、黒いもやの塊が来たように見えるのです。これが、人間が「光」という文字の語源となったいきさつです。

「光」とは、「人」が光ることによって周りの人を照らし、歩いている道を明るく照らしてあげること。

光を発していない人の周りには暗い人が集まり、闇に包まれる。光を発している人の周りには明るい人が集まり、明るさを宇宙に投げかけるのです。

<引用終了>


目の前にいる人にたとえ、その人のことを嫌いでもたとえ、その人から嫌われていようとも

・愛のある言葉

・優しい言葉

・希望や勇気が出る言葉

そのような言葉を笑顔とともにかけていらっしゃる方は、光の人ですね。

光の人になれば、いえ、なろうと決心さえすれば、きっと幸せな人生が待ち受けていることでしょう。

そしてご家族も、みんな笑顔で、お幸せになることでしょう。



2021年3月4日木曜日

2260「泥の花」2021.3.4

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月02日の記事を紹介します。


泥を肥やしに咲く花

今日は西尾市にある浄名寺の副住職 松原紗蓮さんのお話をご紹介します。

親と子は時に離れ離れに暮らさなければならないことがあります。まして自分が捨てられたと感じた時に、子供はどんな気持ちになることでしょうか?

<引用開始> 引用元


 私が愛知県西尾市にある浄名寺に預けられたのは、2歳7か月の時です。

幼い頃に両親は亡くなったと聞かされ、親代わりの庵主様や、世間様の「お寺の子はいい子だ」という期待の中で育ちました。

 同級生からはその逆に、お寺の子であることや、実の親のないことをからかわれ、酷い苛めを受けてきましたが「どんな時も前向きでいよ」という庵主様の教えを守り、泣き出したくなる気持ちを必死に堪えながら幼少期を過ごしました。

 張り詰めていた神経の糸が切れたのは、中学2年の時です。役所に、ある書類を提出する際、庵主様から「実はねぇ」と言って、出生の秘密を打ち明けられたのでした。聞けば、両親は私が幼い頃に離婚し、母親が再婚する際、娘の私をお寺へ預けたというのです。

自分は生まれてきてはいけない存在だったんだ。一体何を信じて生きてきたのだろう?

事実を知った私は、頑張るということに疲れてしまいました。

 そして3か月間泣き通した後、私が選んだ道は、髪の毛を金色に染めて、耳にピアスの穴を開け、あらゆるものに歯向かい、強がって見せることでした。

 暴走族の仲間たちと一晩中走り回り、家出を繰り返す毎日。14歳で手を出した薬物はその後7年間、1日としてやむことがなく、私など消えてしまえ、という思いから、幾度となく自傷行為を繰り返しました。

心配をした庵主様は、私が20歳になった時に「最後の賭け」に出たといいます。私を京都の知恩院へ21日間の修行に行かせ、そこで尼僧になる決意をさせようとしたのです。金髪のまま無理やり寺へ押し込められた私は訳が分からず、初めのうちは反発ばかりして叱られてばかりでした。


 ところが10日目を過ぎた頃、教科書に書かれてある仏様の教えが、読めば読むほど、庵主様の生き様そのものと重なることに気づいたのです。

 例えば「忍辱(にんにく)」という禅語があります。

私がグレていた7年間、普通の親であれば間違いなく音(ね)を上げてしまうような状況で、庵主様はただひたすら耐え忍んでくれたのだ。それは親心を越えた、仏様の心というものでした。

また道場長から「少欲知足」という言葉を教わり、「髪の毛や耳のピアスなど、自分を着飾る物すべてを取り払っても、内から輝けるようになりなさい」と言われました。

 人間は無駄な物の一切を削ぎ落とした時に、初めて自分にとっての大事なものが見え、本当の生き方ができるようになるのだというのです。


  私はふと、庵主様の生活を思い浮かべました。庵主様はお洒落もしなければ、食べる物にお金を掛けたりもしない簡素な暮らしで、他の楽しみに時間を使うこともなかった。

 ではその分、一体何に時間を使っていたか。そう考えた時に、庵主様はすべての時間を

「私を育てる」という一事に使ったのだと知ったのです。

 

私の思いの至らなかった陰の部分では、どれだけ多くの人が自分を支え続けてくれたことか、御仏の光に照らされ、初めて親のお陰、世間様のお陰に手を合わせずにはいられなくなりました。そして教科書を読み進めれば進めるほど、止めどもなく涙が溢れてきました。

 修行の後、お寺に戻った私が庵主様に、なぜ私を叱ったり、本当の気持ちを聞かせてくれなかったのかと尋ねたところ、庵主様は

「人間は、時が熟さなければ分からないことがある。

ひと月前のおまえに私がどれだけよい言葉を聞かせても、かえって反発を生むだけだった。

いまおまえが分かるということは、おまえに分かる時がきたということだ。仏道は待ちて熟さん」

とお話しになりました。

 庵主様には1つの願心があり、私がグレ始めた14歳の時に、10年間は黙ってこの子を見守ろうと決めたのだといいます。

 そして自らには、何があっても「平素のように生きよ」と誓いを立てたということでした。

 私はいわば、お釈迦様の手の平の上で暴れていた孫悟空のようなもので、自ら命を絶とうと人生に背を向けていましたが、どこまでいっても結局は庵主様の手の平の上にいた。

 庵主様が私を慈しんでくださる心は無限に広大で、私はその大きな大きな慈悲の中に生かされていたのだと知ったのです。

 

23歳で剃髪出家をした時、私は庵主様に「紗蓮」という法名をいただきました。

後にある方から

「美しい蓮(はす)の花は、泥まみれの池の中にしか咲かないのだよ。

 人生にも、悩みや苦しみはあって当たり前で、

その泥を肥やしにしてこそ大輪の花が咲くのだ」

と教わりました。

 振り返れば、14歳から20歳までのどん底の時代が、私にとってはまたとない、よい肥やしになったと感じています。

 今年31歳になった私ですが、現在はお寺でのお勤めの他、市の教育委員会からの要請で、悩みを抱える子供たちの自立支援相談や講演活動を行ったりしています。

非行に走る子供たちはそれぞれに、人に言われぬ苦悩を抱えています。けれども、だからこそ大きな可能性を秘めている。人一倍光るようになるよ、この子たちは――。

私はいつもそんな気持ちで子供たちのことを見守っています。 

<引用終了>


 紗蓮さんを変えたきっかけの言葉は、「少欲知足」だったそうです。少欲にして足るを知る。なかなか実践することは難しいことですね。私たちは、この物質文明、お金至上主義の真っ只中に生きており、お金が全て、そして便利さの恩恵にあずかっています。

お金や、その便利さ・快適さを得ることが人生の目的になり、それが本来の人間らしい生き方を見失わせる原因になっているのかもしれません。

 紗蓮さんは、育ての親の無償の愛に気付いた時、立ち直れました。振り返って私達はどうでしょうか?

 自分の都合のよい時だけ、子供に愛情を与え、子供が自分の意に添わなければ、「フン」と言って子供をないがしろにしてはいないでしょうか?

この庵主様のように何があっても「平素のように生きよ」と、他人(や子供)の態度に一喜一憂せずに、平素のように「慈悲」の愛を注ぎ続けたいものですね。

 そうすれば、この庵主様と紗蓮さんの関係のように、周りに愛の灯を広げて行くことが出来るかもしれません。


2021年3月3日水曜日

2259「因果を超えて優しさと強さ」2021.3.3


 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年02月27日の記事「因果を超えて 」と2021年02月28日の記事「優しさと強さ」を紹介します。


因果を超えて

最近は、思考が現実化するのが早くなったといわれます。これは心の状態が、現実に目の前に具現化されるのが早くなったと同じ意味です。

心の状態は、単純ではなく、今世に置いて、自分で意識できることだけではなく、魂は永遠ですから、過去の色んな人生を経てきて、染みついた魂のクセ神我(しんが)を包み隠している、

・包身(ツミ)-本来の光り輝く神様と同じ姿の自分自身を隠してしまうもの

・氣枯(ケガレ)-神様のご神気の枯渇

によって、その種子が、いつ芽を出そうかと潜んでいます。 

何か自分のやったことに対して、自分の思ったことに対して、直ぐに、しっぺ返しや、反応が現れるということは、それだけ、

・現在の地球自体の波動レベルが上がり

・体主霊従から霊主体従の 魂重視の時代に変わりつつあること

・自分自身の、魂の成長が進み、因果律による反応を受け止めても、

今の自分であれば大丈夫、 それを研ぎ石として更に、魂を輝かすことができると神さまが判断して、現象を起こしてくださったからです。

 

自分の魂の進化が進まないうちは、その反応や現象、出来事に耐えられないし、耐えられたとしても、そこから

・何故そうなったのか?

・自分の心のどの部分が、その現象を起こしたのか?

理解することもできないし、そこから教訓を得ることもできないので、現象や反応は、まだ先延ばしにされます。


心の状態が現実化する。これはブッダの説いた因果律、まいた種は刈り取らねばならない・・ と同じことですが、このことは、バチでも何でもありません。

全ては神様の私たち人間に対する深い愛から発生しています。 

現象が現れた、例えそれが、自分にとっては、逃げ出したく、できれば避けて通りたい出来事であったとしても、神様が、それを起こるのを「善し」としたから起きた出来事です。

私たちは、そこから逃げない限り、また一つ、ツミ(包身)を一枚、心から剥がし、光り輝く、もともとの神様の輝きを取り戻すことができます。

しかし、せっかく、神様が、心の状態を現象として見せてくださっても目をそらし、逃げたり、他人のせいにしたり、見なかったことにする、、そうなると、その現象は無駄になってしまいますから、再び、宇宙を巡り、さらに強力になり、再び、機が熟した時に、神様が私たちに運んできてくださることでしょう。

自分にとって嫌な現象が現れた時は、実は大きなチャンスの時です。 

神様が、「今こそ、それに気づいて解消しなさい」そんな時だからです。 

逃げないで、正面から受け止め、受け入れれば、一気に、嫌なことではなく、魂を輝かせてくれる素敵な出来事に変わることでしょう。

 

最初の一歩、受け止める、受け入れると決心することは、「よし、変わろう」と決心することは、大きな勇気がいるかもしれません。

今迄、魂にとって、そこが弱点だったから、現象が起きているのですから。ですが、その時、私たちが決断することができれば、一気に神々の喜びとともに、問題は解決してしまうことでしょう。神々を含め自然界から最高のサポートを得られることでしょう。

この見える世界も、見えない世界も全て私たちの心が作り出しています。その心が、本来の神様と同じ輝きを取り戻せることであるのなら、神々は、どんなことをしても、その大きな私たちの勇気ある決断を後押ししてくださることでしょう。

そして、その決断をした瞬間に私たちの魂の、輝きがまた一段と増します。



優しさと強さ

三浦綾子さんという作家がいました。

 


三浦さんと言えば、人はどのように生きたらいいのか。生涯をかけて問い続けた作家です。

旦那様も、もう亡くなりましたが作家の三浦光世さん。優しい方でした。重病で何年も寝たきりだった三浦綾子さんと結婚されました。

 三浦さんは北海道に生まれ育ち、平成11年、77歳で亡くなりました。デビュー作は『氷点(ひょうてん)』。TV化もされました。

さて、彼女の回想録で、お父さまとの間で、こんなエピソードを語っています。

病床にあった若い三浦さんが、誰かの不正に、大変怒っていました。三浦さんにとってみたら正義の怒りです。自分は正しいのです。

「自分が正しく、相手が間違っている。怒るのはもっともなこと・・」という義憤の念に駆られてのことでしょう。

ですが、それを見たお父様が、「綾子や、そんなに怒るものじゃないよ。誰にも間違えることはあるし、たまたまそうなってしまっただけかもしれないのだから」・・

そう仰ったのです。

要するにお父様は、正義を振りかざした怒りは、たとえ自分が正しかろうと、相手も そして自分も傷つけてしまうから、そう、怒りなさんな・・と言ったのでした。


さて、ブッダが生前こんなことを言いました。嘘をつけないような人になっては いけない優しさは真実に勝るつまり、ブッダの仰りたかったことは相手を思いやる優しさや、調和の為の嘘は、真実よりも尊い・・ と言う事を仰ったのでした。

 同じく、こうも仰りました。

捨戒の法 

ブッダは言った。

戒律を破るとき、仏教を辞めたと言って、戒律に違反した行いをなし、その後もう一度仏門に入ると言って戻って来て良い。

 

この意味は、ブッダが仰るには、仏教徒が戒律を破るとき、いま仏教を捨てます、と天に向かって言います。そして、酒を飲んだり、戒律を破る。その後、また仏門に帰依します、と言って戻れば、それで良いのだよ。

ブッダは人間の弱さを知っていました。そして温かい目で人間を見ていました。決して過ちを見て、人を切り捨てるようなことはなさいませんでした。人を追い詰めることはなさいませんでした。

 ブッダは戒律重視ではなく、優しさ(慈悲)を教えていたからです。

 そして人間の弱さも、ちゃんと理解していました。その弱い人間にこそ、寄り添っていました。人間の過ちを裁くのではなく、慈悲の心で許し、辛抱強く見守っていました。

いくら自分が正しいと思っても、相手が間違っていると解っていても、そのことで相手をやりこめ、追い詰めることは、調和という意味では良くないのかも知れません。

 相手をやり込めた!! そう思っても、必ずそこにひずみが発生します。一見、やり込めて、勝った・・ と思われるような状況になっても、必ず反転します。

自分基準の「正義」は、人にとっても同じ「正義」では決してないからです。


「無名戦士の祈り」にもありました。。

 大きな事を成しとげるために強さを与えて欲しいと神に求めたのに

謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった


強い、弱い、正義、非正義、豊かさと貧困、健康と病弱は一瞬にして反転します。それらを全てひっくるめ、清濁併せ飲み人間としての大きな優しさを、身に着けたいものですね。

 優しさと、強さと同じ意味です。

人に優しくなるためには 自分が、強くならなければならないのかもしれないですね。 




2021年3月2日火曜日

2258「青空ひろば」2021.3.2

 仙台天命塾の名づけ親は立花大敬さんです。私は大敬さんの文章が好きで、毎日のようにその言葉に触れています。

最近のお言葉をワンディーメッセージのブログから幾つか選んで紹介します。

http://aosorahiroba.jugem.jp/


「私は、世間の人のようには、すっきりした人生を歩んで行けませんでした。ウロウロ、オロオロ、右へ行ったり、左に行ったり、あるいは前進、また後退と、よく分からない、道なき道を歩んで来たように思います。時には心を傷つけ、心のびっこをひきながらも、何とか歩いてきました。

でも、ふりかえってみると、一度も生活に困ったことがないのです。三度の御飯が付いてまわってきました。イノチは、そうできているんだ。生きている以上、生かされるんだと、しみじみそう思います。」


「一生のうちに百メートル進めるだけかも知れない。あるいは、千メートル進むかも知れない。それは気にしなくてもいいのです。無限の広がりの中で、百メートルも千メートルも、大した違いはありませんから。

心の傷をいやしてから出発しようなどと思わなくてもいいのです。びっこをひきながらでも、人がなんといっても歩いてゆけばいいのです。それを喜びとすることです。」


「「自分のことで精一杯で、人のことなんか…」という方がいます。それは逆なんですね。

人のために、環境のために、心くばりしてあげる、無理なことはしなくてもいいのですが(『これ以上は今の私には出来ません、ゴメンナサイ』と心の中でおわびしておけばそれでいいのです。過度の義務感、自責の念は禁物です)、出来るだけのことはしてあげる。

そうしてゆくと、自分と他人、自分と世界の間の仕切りが次第にとれてゆくのです。

そうすれば、「こうしたいという思い」が、他の人や世界によく届くようになって、願いが叶うようになるのです。

自分がしあわせになりたければ、まず少しでも人のしあわせのために心くばりしてあげる、人のしあわせを祈ってあげることが大切です。」


「「あなたがあなたに落ち着くことが出来る」ようになると、あなたの周囲の人も、自分が自分に落ち着いて安心できるようになります。

モノもモノ本来の位置(安全で機能を存分に発揮できる位置)に自然に配置されるようになり、人もそれぞれの人にふさわしい役職につくようになり、タイムスケジュールも無理や無駄のない形に落ち着けるようになります。

つまり、「あなたがあなたに落ち着くことが出来る」と、「世界が世界に落ち着くことが出来る」ようになるのです。」


「私たちは、あちらの世界にいましたら、イノチをさえぎる制約がほとんどありません。そこではチャレンジの喜びは薄いのです。ですから、あえてとても制約の多い、三次元の地上グランドに降りてきました。そこでゲームを楽しんでいるのです。

魂が進化している人、チャレンジ精神の旺盛な人ほど、普通の人よりわざと制約を多くして地上にやって来ます。そして、ゲームを面白くしようとするのです」


「人類は「分離の時代」から「融合の時代」に向かおうとしています。

その過程で様々な「仕切り」がほどけてゆきます。

自然界と人間界の「仕切り」、持てる者と持たざる者の「仕切り」、国と国の「仕切り」、意識と潜在意識の「仕切り」など…。

その際に「仕切り」によって押し込められ,虐げられていた方の負のエネルギーが表面に現れて現象化してきます。それが争いや混乱になります。

それを悲観して昔の「分離の状態」に戻ろうなどとしてはなりません。

負のエネルギーは、現象化することによって解消してゆくのですから、その解消が爆発的、破壊的なものとならないように、うまく徐々にほどいてゆかねばなりません。

そうして、負のエネルギーが上手に解消され尽くすと、最後に自と他の間の「仕切り」が取り去られて、「ひとついのち」の「融合の世界」が地上に実現するのです。」


「「業(ごう)」というものがあります。様々な因果関係が絡まり合って、今・ココの私たちのイノチの表れ方に制限や制約が生じてきます。この「イノチの制限・制約」のことを「業」といいます。

鈴木大拙先生は<ヒジは外側には曲がらない>という、人類が持つ「イノチの制限・制約」、つまり人類が持つ「業」に気がついて悟られました。

ヒジが360度、どの角度にも自由に動けるようになるというのが悟りではなくて、ヒジは内側にしか曲がらないという、人類が持つ制限・制約をそのまま受け入れて、そのソコで精一杯生きてゆけるようになったところが「悟り」なのです。

ヒジは外側には曲がりませんが、内側になら曲がります。人間のイノチは、ヒジを曲がる方に曲げつつ、つまり、業のまま、それに逆らわずに働き出しつつ、我が想いを実に巧みに三次元空間に表現してゆきます。制約を制約とせず、むしろ表現のためのテコとして、うまく使いこなしてゆくのです。

このように、業という制約のもとで、それに逆らわず、しかも自由に、豊かにイノチの表現をしてゆく。そのことを学ぶために、私たちはこの地上世界に来ているのです。

スポーツをやって面白いのは、いろんな制約(ルール)があるからです。そんな窮屈な制約の中で許される無数の技を生み出してゆくのです。そして、その技をたくみに組み合わせてゴールという想いの実現を体験してゆくのです。それがスポーツの面白さでしょう。


「孔子さんは弟子たちに、まず『詩経』を学べと指導されました。これは万葉集のように、人の世の喜び、悲しみ、怒りなどを素朴に表現した中国古代の歌集(民謡などを集めたもの)です。

うれしい時はうれしいし、悲しい時はやっぱり悲しい。これが心の豊かさなのです。宇宙いっぱいに広がったと思えば、ポツンと石ころ一つになって、道ばたに転がっています。これがイノチの豊かさなのです。

よく、禅とは喜怒哀楽の感情をなくして悟り澄ますことだと勘違いの方向に修行する人がいますが、それは間違いです。

人や自分の喜びを、悲しみを、怒りを…、すべてそのまま受け入れて、許して、ほどいてゆけるようになるのが、本当の悟りです。

孔子さんは、『詩経三百篇、一言でいえば、思無邪(しむじゃ、無邪気)だね』といっておられます。複雑な、曲がりくねった思いばかりしていれば、イノチの本質からどんどん離れるばかりです。悲しい時は悲しい、嬉しい時は嬉しい、それでいいのです。

この「思無邪」という言葉は『詩経』に出ていて、それは『思無邪、もって馬を行かしめん』という句なんだそうです。馬は乗り手の「心」に敏感に反応しますから、二心(ふたごころ)になっていたり、心が曲がりくねっていたら、あなたの人生軌道もフラフラしたり、逆戻りしたり、あなたの目指す方向になかなかストレートに進んでくれません。心が素直であれば、馬さんはあなたの行きたい処にサッサと運んでくれます。」


「すべての人が、それぞれの人生の一コマである<今・ココ>を生きています。

その<今・ココ>がどんなにつらくても、そこから逃げだそうとせず、真剣に関わってゆく、取り組んでゆくのです。

その人生の一コマを、我が道場とし、修行としてゆくのです。道場は特殊な人の、特殊な場にあるんじゃなく、このように、すべての人の、泣いたり、笑ったり、怒ったり、失望したり…、そんな、各人の<今・ココ>の場こそ道場だったんだと道元さんは気づかれたのです。」

 

2021年3月1日月曜日

2257「陰徳と悪徳」2021.3.1

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2020年11月21日の記事を紹介します。


陰徳と悪徳

先日行われた「妙龍神社の遷宮のご神事」にわざわざ神奈川から参加してくれたレインボーチルドレンのお母様「のの」さんは、こちらに来る途中、シリウスの大きな宇宙母船を目撃したのだそうです。

わたしは以前から自分の出身星が、シリウスだと知っていましたが今回、明確にレインボーちゃんに「シリウス」と言われました。 やはり(笑)シリウスは、地球との距離、約8.6光年。地球に近い恒星です。エジプト文明に深く関わったとされています。

余談ですが、このスフィンクスの見つめる方向それが日本の方向なのだそうです。今はまだ書けない情報も多いのですが、機会が来たら公開したいと思います。

 

さて、今日は、春日大社宮司であった葉室頼昭さんの「神道 いきいきと生きる」より

「陰徳を積む」というお話をご紹介します。

 <引用開始> 引用元


 生物のいのちが続くというのは、

・伝え、

・順応し、

・待つ。

この三つで生物は進化を続け、いのちを伝えています。この伝統を伝えるということ、そしていろいろな厳しい環境に順応し、去っていくのを耐えて待つことが必要なのです。

しかし人間はそれだけではありません。

人間が何のためにこの地球上に生まれたのかということが重要なのです。人間は他の生物とはまったく違った目的で誕生したのだと思います。つまりそれは神の世界を見て、こんなに素晴らしい美の世界だということを表現するために、神様は人間というものを産み出されたのだと私は考えています。

それは人間だけが優れ、他の動物が下等というのではありません。

ただ人間は、この目的のために進化を続けているということです。

そして人間の場合、ただ進化しただけでは、いのちは伝わっていかないのです。

そこに「徳」というものが必要だと私は思っています。とくに日本人はこの徳を積まないと、いのちが子孫に伝わっていかない民族だと思うのです。

しかも陰徳という徳です。この陰徳を積んできた家が今続いているのであって、陰徳を積んでいない家は、いのちというものが続いていないように見受けられるのです。


私は小さい頃よりおふくろから、「陰徳、陰徳」と耳にたこが出来るくらい聞かされて育ちました。

 友だちのために一生懸命にやって、友だちが何も感謝してくれないこともありました。

 その話をすると、「それでいい。それが陰徳です。それが子供に伝わっていくから、それはそれでいい。むしろ感謝されないほうがいい」と言われ、わけもわからず、そんなものなのかなと聞いてきました。

その意味がいまこの年になってようやく分かってきたのです。 

普通、人はこれだけ尽くし世話をしたのだから、感謝してほしいと思うことがよくあります。しかしそうすると、もうそれは陰徳ではなくなってしまうのです。

 感謝や見返りをいっさい求めない。人の喜ぶことをしていれば、それが一番いいのです。

そういうことの積み重ねが陰徳になり、やがて子々孫々にまでその余徳が及んでいくのです。この陰徳と関連して、大きな努力と小さな結果ということも大切なことです。

大きな努力をして小さな結果を望みなさい。この逆をやって小さな努力で大きな結果ばかりをもらっていると、いずれ滅びてしまいます。

例えば、百万円を儲けるために、Aという努力をして百万円儲かるんだったら、その何十倍も大きなBという努力をして、そして百万円を得るようにしなさい。

 そうしたら陰徳で栄える。こういうことなんですね。

 それは努力のわりに儲けが少ない。しかし、そうしたらその分、徳を積んで、続いていくのです。

 この世の中というのは、栄えるというのではなく、続くということが一番大切なことなのです。会社がどんなに儲かっていても、潰れてしまっては元も子もありません。

何ごとも、いかにしたら続くか、ということを第一に考えるべきなのです。

<引用終了>


自分で積んだ徳は、何倍にもなって自分だけではなく、子供や、孫などの子孫、そして時間をさかのぼって、先祖までにも良い影響を及ぼすといわれています。 

人の心は、 

・時間

・空間(距離)

・次元

を全て包括するだけでなく

・見えている世界

・見えない世界

までをも内包する偉大な世界だからです。 


これとは逆の悪徳 これは自分さえよければ、他人はどうなろうと構わないそういった

・今だけ

・金だけ

・自分だけ

の心であり、 俺が俺が・・・私が私が・・・

と感謝や見返りを求め、自分だけが特別扱いされたい意識です。 

これは陰徳とは全く逆の方向性を持っていますから、 自分や子供、孫、子孫、先祖に跳ね返ってくるものも、逆の効果を生み出します。

明治までの日本人は自然体として、この陰徳の心が根付いていたそうです。ですが、文明開化と称し西洋の物質文明、白か黒か?大きいことは良いことだ自然を征服して幸せを手に入れる・・このような思想が入ってきました。 

この時代、江戸末期から明治にかけて古くからの日本の神々は、日本人の精神に危機感を抱きました。ですので、この時期に沢山の神々の動きがありました。

天理教、金光教、黒住教、大本教、生長の家など、明治になって150年日本は令和の時代を迎えました。

陰徳の心を自然の心として持っていた日本人の精神はもしかしたら、時代の潮流を変えられるかもしれません。今は隠れていても私たちの身体には祖先のDNAが、しっかり組み込まれています。 

心を祓い清め神々に連なる精神を復興していきたいものですね。

そして生きとし生けるもの皆が笑顔で幸せになりたいものですね


2021年2月28日日曜日

2256「天使たち」2021.2.28

 今回は「いっぷくからありがとう」の2021年02月24日の記事を紹介します。


地上に降りた天使たち

今日は病気で生まれた子供たちのお話です。以前書いたこともありましたが、加筆して掲載します。「もう読んだよ」って方は、遠慮なくスルーされてくださいませ。

 

早くに亡くなる子供たちは、とても大切な事を、両親や周りの人々に伝えるという役目を担って生まれてくることが多いようです。

その生きざまは、まるで「地上に降りた天使」のようです。

「おかあさん、もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。明るく元気に生きなきゃダメだよ。わかった?」

そんな言葉を残し、9歳でガンで亡くなった山崎直也くんのお話です。

<転載開始> 転載元 


 1992年3月18日、神奈川県に生まれた山崎直也君。お父さんっ子で元気でわんぱく。

どこにでもいるようなごく普通の男の子でした。あの病魔に襲われるまでは…

5歳の直也君を襲った病魔、それはユーイング肉腫と呼ばれる悪性のがんでした。手術で腫瘍は切除されましたが、抗がん剤の副作用に苦しむ日々が続きました。

ユーイング肉腫は10万人に1人と呼ばれる難病。骨のがんのため転移しやすく、再発を防ぐために強い放射線と抗がん剤での治療が必要だったのです。一時は学校に通えるまでに回復しました。しかし、その後も直也君は再発と手術を繰り返します。

 そんな彼をそばでいつも支えていたのは、母親の敏子さんでした。

痛みに耐えながらも一生懸命病と戦う我が子を見て、「代われるなら変わってあげたい」と言っていた敏子さん。

しかし…でも直也はそのたびに力を込めて、『ダメだよ』とかぶりをふり、『ナオでいいんだよ。ナオじゃなきゃ耐えられない。お母さんじゃ無理だよ』きっぱりとそういうのです。

自分が一番苦しいはずの直也君は弱音を吐くどころか、必死でお母さんを気遣って励まそうとしていたのです。

しかし、そんな直也君の頑張りとは裏腹に、病状はさらに悪化。そして2001年6月、がんはついに骨髄に転移してしまいます。それは全身にがんが転移したこと、そしてもうなす術が無いことを意味していました。

 痛みは日を追うごとに激しくなり、それでも生きることを信じて、直也くんは手術を求めます。しかし、もはや医師達にできることはモルヒネを投与して痛みを和らげることだけでした。やがて器官が炎症を起こし気道を圧迫、呼吸困難の発作が直也くんを襲います。

全身を震わせ、身をよじらせて苦しむ息子の姿。母の敏子さんはパニックに陥り、泣きながら主治医を探しました。もうダメかもしれない…

 幸い直也君は持ち直すことができましたが、発作が少し収まった時、医師からの宣告が、

「もってあと半日…」病室に戻って気丈に振る舞おうとする母。

その時、直也君は9歳の少年とは思えない力強い言葉を発したのです。あの日、息苦しさが少し収まってから、直也はこうもいいました。


『おかあさん、さっきナオがあのまま苦しんで死んだら、おかしくなっていたでしょ。

だからナオ、がんばったんだよ。それでも苦しかったけど。

おかあさんがナオのためにしてくれたこと、ナオはちゃんとわかっていたよ。

「先生早く!」って叫んでいたよね。でも安心して。ナオはああいう死に方はしないから。

ナオはおじいさんになるまで生きたいんだ。おじいさんになるまで生きるんだ。

頑張れば、最後は必ず幸せになれるんだ。

苦しいことがあったけど、最後は必ず大丈夫』

命の瀬戸際で、痛みに耐えながらも、直也くんはお母さんを安心させようとしていたのです。

 2001年7月2日、直也君は静かに息を引き取りました。医師の「あと半日」という宣告から、2週間が経っていました。


直也くんが入院中、看護士に言った言葉があります。

「あのね ナオは今死ねないんだよ。お母さんの心の準備が出来ていないから、今はまだ死ねないんだよ」

旅立つには、家族にもう少し時間が必要だということを悟っていたのでしょうか。


 5歳で発病し、その後5度の再発、4度の手術を経て、9歳という短い生涯を閉じた直也君。亡くなった直後は涙を流さなかったという敏子さん。

それは、死の直前に直也くんがこんな言葉を残していたから。

「もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。明るく元気に生きなきゃダメだよ。」

「身は滅びても命は永遠だよ」


そして2007年、ある一冊の本が出版されました。

『がんばれば、幸せになれるよ』と題されたこの本は、小児がんと闘った少年が遺した言葉の数々を、母である敏子さんが綴ったもの。

 病床にあっても家族への思いやりを忘れず、辛い治療に耐えながらも生きることを決して諦めなかった9歳の少年。子どもとは思えないほど優しく力強い言葉に、多くの人が心を打たれました。

 母敏子さんの手記は新聞やテレビでも話題になり、全国の人々が直也くんの言葉に勇気と励ましをもらい、「生きるということの大切さ」を教わりました。

 生きることに対する執念、家族への愛情にあふれる直也くんの言葉の数々は、どれも深く心に響きます。

<転載終了>


 本当に、天使のような子供ですね。でも見た目は子供でも、その心は神さまに近い、気高く高貴な魂なのでしょう。

 私たち人間は生まれる前に、人生の全てのストーリーを決めて生まれてくるわけですから、この山崎直也くんも、肉体の状態は辛く苦しいものであっても、それに耐え、生まれて来た目的を達成して光の国に帰ったのだと思います。

 それでは、私たちが生まれる前に、全ての人生に起こる出来事を神さまと共に決めてから生まれて来たということを知って頂くために、中間世記憶(生まれる前の天国での記憶)を持つもう一人の子供のお話をご紹介します。

 理生くんは、2001年8月18日東京生まれ。不整脈のため、34週で緊急帝王切開により誕生。3歳でペースメーカー埋めこみ、10歳でカテーテルアブレーション術をおこなう。

慢性肺疾患、喘息により、9歳まで在宅酸素療法。

<転載開始> 転載元 


「おなかの中にいるとき、心臓がドキドキしちゃったのは、そのほうがおもしろいと思ったから。おなかから出るときは、神さまが『早く出ないと、大きくなれないよ』っていった。

引っ張り出されるだけだから、怖くなかった。痛くなかった。でも、息が苦しくなるのは、決めていなかった。喘息になるのは、決めてきた。だって、治すのが、おもしろいからね。

ママ、ごめんね。」


「赤ちゃんが病気のときは、『苦もあれば、後から楽もある』ということを、神さまが、伝えてくれている。だから、心配しなくていい。大丈夫。赤ちゃんが生まれたおうちには、必ず、楽がある。というか、生きているものには、必ず、楽がある。」


「赤ちゃんは、どのお母さんにするか、どんな体にするか、どんな性格になるか、自分で決めて、生まれてくるのが、ふつうだよ。

ぼくが病気で生まれたのは、病気で生まれる子や、お母さんたちを、励ますため。だから、ママは、ぼくの言葉を、みんなに教えていい。」


「ぼくは、病気だったから、幸せなんだ。ぼくは、病気だったから、心の言葉が話せるんだ。

だから、いつか、心の幸せを配るサンタさんになるんだ。」


「ぼくは、自分が大好きだ。自分の体が、大好きだ。自分の体、ありがとう。」


「生まれる前ね、神さまと約束した。ママといっぱい話すって。」

<転載終了>

 


 私たちは、目的を明確に持ってこの世に生まれてきました。その目的を達成するために、時には重い病気や障害を持って生まれてくることもあります。

早くに亡くなることもあります。

また、時限スイッチのように、ある時期になるとカチっとスイッチが入り、病気などが発症することがあるようです。

それらは辛く厳しい道ですが、全ては自分の魂の成長のため、人の役に立とうと言う崇高な目的のためです。

 そのためには痛いとか、苦しいとか、みじめだとか、哀しいとか、およそ私たち生きている人間が持つ感情は、二の次に置かれるようです。

ですが、そうまでしても、私たち人間の人生には、生き抜いていくに値する、大きな価値があるのかもしれません。

 それが私たちが生まれる前に神さまと交わした、「神様との約束」かもしれませんね。