2026年8月8日土曜日

4343「青空ひろば」2026.8.8

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より23 2026.07.11 ~イノチの学校より25 2026.07.13

白隠さんのお話の時に、

北方を守る、北の方角を大切にするというエピソードをお話しましたね。

それで、ここからは別のお話ですが、地球の気の流れは北から南に向けて流れているんだという説があるそうです。

だから、北向きに頭を向けて北枕で寝ると、新しい気が頭から入ってきて、そして古い気が足の方から出ていくので、自然のリズムに則して気が流れる。

とてもよいイノチの充電法になるようです。

だから北枕は良いことなんだというのですね。

それで、面白いのはね、犬。

犬ってうんちとかおしっこするときグルグルグルグル回って、ウロウロして位置を決めてね、それでうんちやおしっこをしますよね。

それを研究した人がいてね、面白いこと調べるなあと思うけど。

いっぱい調べた統計の結果、北向きに頭を向けて、南にオシリを向けてうんちやおしっこする犬が一番多かったそうです。

確率を調べたらそうなっていた。

これもなんか意味があるんじゃないかな?

気の流れに則した方角を向いて、大地に向かって出す。

風水の基本ってね入り口を綺麗にして、出口を綺麗にすること。

そしたら気の流れがよくなる。

家でいえば入り口が玄関で、出口がトイレですね。

その二つをまず大切にするのが家のね、風水の基本って言われる。

地球の気の流れで考えると、北から入ってきて、南へ出ていくという流れがある。

それを知っておくと良い気がしますね。

渡り鳥とか伝書鳩ってね、帰ってきますよね?あれはどうして帰る事が出来るかと言うと、身体の中に磁気に感応する細胞がちゃんと存在しているんです。

地磁気を感じ取って、どちらが北なのかがわかる。そして体内時計というのもあるから、太陽の位置を見てね、自分が行くべき方向と今いる場所が合っているのかズレているのか?がわかるらしいんです。

だからその、磁気に感応してそして太陽の位置を調べて、自分の巣はどっちの方向にあるかを判断して鳩は帰ってくる。

僕は鳩飼ってたからよくわかります、

伝書鳩って段々と遠くまで行って帰ってこれる様に訓練するんですけどね。

渡り鳥もそう。

鳥は磁気に反応する細胞もってるし犬も多分ね、南北方向にちゃんと向くいうのはそういう感覚器官があるはずですね。

だから人間も絶対持ってるはず。北と南がわかるはず。

だからそういう感覚を磨くといいですね、

そうすればイノチをよりよく充電できるかもしれませんね。


イノチの学校より21 2026.07.09  ~ イノチの学校より22 2026.07.10

法華経の安楽行品(あんらくぎょうほん)には、このように書かれている所があります。

・ひとついのちの真理(そして真理を説く者)は、権力者の反発を受ける場合がある。

これは何故か?

これはね、権力者というのは囲いを作って、その内側の自分の物とか。内側に入ってきてくれた人々を守ろうとする。

そういう既得権益を守ろうとする性質が権力者にはあるんです。

〈囲いを作る人〉が権力者です。

囲いを作るという発想をするのが権力者なのですね。

じゃあ、ひとついのちの真理を説く人や僕らは何を言ってるかというと、

囲いが必要ありませんよ、囲いを外してもちゃんと生きられるんですよ。

囲いがあるから入ってこないんですよ、

囲いがあるから、出さないから入ってこないんですよ。

だから囲いを作るのではなくて、囲いを外せばお互いに自由にやり取りできる様になってちゃんと生きられるんです。

世界はそういう風にちゃんと出来てるんですよ。

その自然な状態に戻りましょうねって言ってるのが僕らや、ひとついのちの真理の考え方です。法華経もそうですね。

だからそれに対して、権力者はそういう考え方は、自分の利益に反するので反発する訳です。

そういう事があるからね、と安楽行品(あんらくぎょうほん)には書いてあるのですね。


イノチの学校より15 2026.07.03 ~イノチの学校より17 2026.07.05

幼少期の白隠さんに、休心坊(きゅうしんぼう)さんという旅の念仏行者が伝えた言葉

幼い7歳の白隠さんに、休心坊さんが伝えた生き方の極意はこの様なものだといわれています。

「お前は時(じ)ぎり場(ば)ぎりの生き方をしなさい。」

時ぎりって時(とき)のぎり、それから場って場所のぎり。

どういうことかというと今ココにキチッと自分のイノチをおいて、そこに生きる。

後先の事を考えずに生きる。

その時かぎり、その場かぎり、今ココに生きなさいという事ですね。

それで、面白いですね。

時ぎり場ぎりで、今ココに腰を据えて生きる様にすると。

後先が無視されている様に見えるかもしれんけど、そこに腰を据えて座ると後先が生きてくるっていう。

それを道元さんは、

現成公案という言葉で説明されたのでしたね。

現在に成り切っていく、現成。

これが時ぎり場ぎりですね。

そうすると、そういう風に時ぎり場ぎりで生きていくとその歩みは「公」となります。

現成公案の公ですね。

公とは神のことです。囲いのない存在ってことですね。

だから、自分のイノチが神(公)に届いて、神から「案」、一番適切な生き方ができる様な、アイデアを授けられる。

時ぎり場ぎりで囲いを外して生きたら、

神さまから自然にそうして、一番適切な生き方を授けられるよ。

というのが現成公案ですね。


イノチの学校より18 2026.07.06 ~イノチの学校より20 2026.07.08 

戦後の日本人について語られた、岡潔先生晩年の言葉を紹介しますね。

『短く区切って見ると、日本民族は失敗に次ぐ失敗をもってしているように見える。しかし、長い目で見れば、少しも無駄をしていないのではないかと思う。』

そういう境地に晩年はなられたんですね。

『ところで武士道の最大の欠点は、自分(小我)の幸福を心から喜べないことである。』

岡先生が親から教えられた、我を後にし人を先にせよというのは、武士道のような道徳観から来ているのですね。しかし、それだけでは自分の幸福を心から喜べないと言っておられる訳です。

『神代調(神話のお話)にこれもまた必要であることは、先きのすさのをの尊の歌を見ればわかるだろう。

だから日本はいまそこだけを取り出して練習しているのであろう。戦後だけ見ると、ただ利己主義だけが目について、畜生道とも餓鬼道とも見えようが、ながい目で見れば、そういう意味があるのではないかと思う。

目に見える日本民族は、目に見えない日本民族の心に絶えず操られているのだから、この民族の将来は心配がいらないと思える。』

岡潔先生晩年の境地ですね。

武士道の美徳だけでは、自分の幸せを心から喜ぶ事が出来ない。そこが武士道には欠けているのではないかと仰っている訳です。

自分の幸せを心から喜べること、自分を大切にすることも必要なのだ。それは日本の神話を読めば、スサノオさんの歌を見ればわかるだろうとそう言われているのです。

だから、戦後の日本は利己主義で、餓鬼道や畜生道のように悪くなってしまった様に見えるかもしれないけれど、

長い目でみれば、日本の美徳に不足していた自分のことも大切にできるようになる練習を今はしているんですよ。

だから日本民族は大丈夫なんですよ、と話されているのですね。

目に見えるところだけを見ていたらとてもそう思えないかもしれないけれど、日本民族の心に私たちは導かれているんだと。

日本民族の心とはお日さまの心、ひとついのちの生き方ですね。

目に見えない大きな神さまの心に導かれているんだということです。

そうした大きな心の在り方とはどんなものなのか?

道元さんの布施論をお話しておきますね。

道元さんは布施というのは、

囲いを取り去って必要な時に必要なものが流れ込むことなのだと言われました。

自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と自分の所に必要なものが流れ込んでくることも布施。

与える手だけでなくて、受け取る手も布施なのですね。

受け取る手が与える手でもあるのです。

大きなイノチの在り方として、自分が高い土地にいれば自然に低い土地へ必要なものは流れていきます。

自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と必要なものが流れてきます。

自分だけ後にして、人を先にしなければならないとは言われませんでした。

そういうことは間違っているよと道元さんは言ってくれている。

そういう風にね、必要とあれば自分のためや自分の家族のためにお金やモノをもらってくるということも大切なこと。

それもOKなんだよ、というもっと大きな、

おおらかなところを布施論で示して下さっています。


2026年8月7日金曜日

4342「地上の星」2026.8.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月23日の記事を紹介します。


「地上の星」


日本中あちこちに神社があります。 

そして、その一つ一つは光を放ち、かつては、地上の星となっていました。 

小さな村々では、神聖な場所、氣の良い所に、 

神社が立てられ、 

村人たちの心のよりどころとなってきました。

何かあれば、みんなで神社に集まり、お祭りしたり、盆踊りをしたり、 

神社(産土様)を中心に、村人の心は繋がっていました。

その村のコミュニティの結束のために、神社は心のよりどころとなっていました。 

また宇宙を起源とする「神々」と称される知的生命体も、古の時代から、地球を訪れ、 

石や岩、または山全体などをヨリシロとして、その神輝を放っていたと思われます。 

つまり、地上の星となって輝いていました。

これは夢物語ではなく、かつて、アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル氏が

宇宙から地球を眺めたときに「1か所ものすごく光って見える場所があった」と言って 

その緯度・経度を計測してみたそうです。

その場所は御岩神社(茨木県日立市)だったそうです。

御岩神社

神様のパワーは、人々の敬虔な祈り、神様と関わりあおうとする人間の氣によって、 

維持され、増幅されていきます。

神様だけのパワーで、神社の光が維持されているわけではありません。

必ず人間側からの関わりが必要です。 

ですから、人間側から、神様へ 

・意識を向けること

・真心を尽くすこと

・感謝の気持ちを表すこと 

それは、とっても大切なことです。 

ですが神々も、人間に忘れ去られた時、誰も見向きもしなくなった時、

かつて光を放っていた神社であっても光を失い、

そこに居らっしゃった神様の氣も、枯れて消滅してしまいます。 

数年前、弥彦神社のご妻神、熟穂屋姫命から、そのお話を伺ったことがあります。 

弥彦神社の神さまの奥様を祀る妻戸神社

神々からのアプローチは、どなたにも等しく、平等に降り注いでいます。 

それは、ご自分で、見ようとしなければ見えないし、聞こうとしなければ聞こえません。

神さまと、触れ合おうとしなければ、決して感じることができない繊細なものです。 

神社や仏閣に行った時

・風

・水の流れ、せせらぎ

・雲

・お日様

・人々の笑い声

・虫

・動物

・花、植物、木々のざわめき

・虹 

に神経を集中させてみてください。  

神さまは、お優しい方ですから、

何らかの気付きを与えてくださると思います。

・それを無視するか、

・偶然であると片づけるか

・バカバカしいと思うのか? 

ご自分の自由です。

ですが、神さまの働きは、自分で、触れ合おう、感じようとしなければ、

決して感じることができないものです。 

妻戸神社で聞きなれない言葉を聞いたことがあります。

「人々の信仰、記憶が続く限り、神々は存在する」

※これはエネルギー的な存在の事を言っています。

人々の記憶が無くなり、信仰するものが誰もいなくなったらどうなるのか?

「その時 消滅する」

エネルギー不変の法則と言うものがあります。

それとどのように整合性が取れるのかは解りません。

ただ、最近の研究ではエネルギーは無から生じ、そして無に帰ると言われています、

その無に帰ると言う事かも知れません。

その真の意味は元々の大神様のいらっしゃる世界に戻ることかもしれません。

また、出口王仁三郎の霊界物語では、この逆パターンが描かれています。

つまり、八岐大蛇や金毛九尾の狐などと言った悪役の魂は、 

元々は、人々の、不平不満悪口、恐怖、怒り、

などその様なエネルギーが段々と凝り固まって発生し、力を得て来たと。。

その反対に、人々の熱い信仰と真心、神様に通じる思いが、

こう言った神々に大きなエネルギーを与えて行ったのかもしれません。

そして、そのエネルギーの源泉が無くなった時のことを

「消滅」と言う言葉であらわしたのかもしれません。

その時「消滅」という言葉がでたので、

ちょっとショックで、人間についてお聞きしました。

私達、人間の場合はどうなるのでしょうか?

それは消滅ではなく、集合意識、もともと私達がいくつも枝分かれしてきた魂の元に合流し、その個性を失う事のようです。

決して消滅するわけでは無いようです。

それが、良いことか、悪いことかは判断できません。

魂の大本、トータルセルフと一体になることは、そう悪いことでは無いと思います。

元々私達の魂は巨大で、幾度も、分離、そして吸収、知恵や経験の攪拌をl繰り返し、

より優れたものへと進化しているからです。 

この個性は、全てそこから派生したものだからです。。

元々の地球や、宇宙を作った大神、そして私達生命を持つもの、

そして、人々の思い(生命を持つもの)から発生、進化していった生命体、

それぞれが、この宇宙には存在しています。

私たち生きている人間は、自分の力などちっぽけな物、

そう考えて、 

・神々に頼ろうとするかもしれません。

・霊的に力があると吹聴する人に頼ろうとするかもしれません。

ですが、私たち一人一人の人間の精神の力は、

神々へもパワーを供給するほどの力があります。

私たちの純朴な

・優しさ

・思いやり

・助けい合いの心

・お互い様の心

そういう美しい真心こそが、神々のエネルギーの源泉となり、

何時までも地上の星として輝き続け、私たちの幸せに手を貸してくださることでしょう。

その思いやりの循環こそが、私たちが地上に来た目的であり、

地上の星となってくださった神々の願いでもあります。


2026年8月6日木曜日

4341「縄文スピリッツ」2026.8.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月22日の記事を紹介します。


「縄文スピリッツ」


今世界を見渡せば、最終戦争のような様相を呈しています。 

地球の進化にそぐわないものがあぶり出され、

まさに魂の振り分けが行われているような状況です。 

そのような中で、ますます希望の光となるのが、 

神々が地政学的に何万年もかけて育て

日本人のDNAの中にしっかりと根付いた「縄文スピリッツ」かもしれません。

物理的な戦力やパワーはなくとも、 

その真の日本人の精神性は、例えば羽生選手の例のように、

世界中の人々の胸を打つものがあります。 

戦後この力を恐れた占領軍の敗戦処理によって、

日本人の精神性は一見、切断されたかのように見えますが、

1万年以上の文化に培われたそのDNAは、そう簡単に破壊することはできません。 

文化は異なっても、同じ神様からの神聖火花を頂いている人類同士、

高い倫理観と、神々とともに生きてきた、その生きざまは、

世界中の魂の共鳴を起こすのでしょう。 

今日はそんな日本人の心に眠る「縄文スピリッツ」のお話です。 

日本人には、はるか縄文の時代から、

1万年以上も続く、ものの考え方の基本があります。 

自然を敬い、全ての物にスピリッツ、魂を感じ、

大切にするという、いわゆる古神道の考え方です。 

そこでは、神々はもちろん、死者でさえ敬い、

その幸せを願い、喜んでいただくことこそが、 

生きている私たちの幸せに繋がると信じられてきました。 

このような考え方、生き方こそ、私たち日本人のDNAに息づく尊いものであり、 

まさにそのことにより、日本は世界のひな型と言われるようになりました。 

2011年には、神々に近い魂として、破壊の時代の予行演習がなされました。

今の時代はまさに、

私たちのDNAの中に眠る、

縄文のスピリッツの遺伝子をONにする時代が訪れています。

私たちの祖先の縄文の時代は、

1万5千年間も日本で続いた平和な時代でした。 

その時代には、争いの形跡が一切見つかっていません。 

争い、いさかい、過度の所有意識が始まったのは弥生時代からです。 

つまり弥生族が大陸から、日本に渡って来てからのことになります。 

どうして縄文人は争いをしなかったのかというと、 

その理由は、縄文人は外に「神」を作らなかったからでした。

「神」は人それぞれの「自分の中にある」と信じて、

お互いの「神」を尊重しあったからです。

自分の中の「神」が尊重されるには、

相手の中の「神」を尊重しないといけません。

このように、すべての対象のうちにある「神」を尊重しつつ、 

自分のうちにある「神」に感謝した時代が縄文時代であり、 

古神道の基本的な考え方でした。 

これは、まさに、ブッダグループが、人類の精神性の進化のために、

時を超え、今の時代に、取っている方法論と全く同じです。 

まさに縄文回帰、「縄文の心を取り戻せ」のスピリット。 

これこそが、私たちが、私たち一人一人の心の中にこそ、

神さまを見出し、お互いを尊重し認め、 

助け合い、お互いさまの気持ちで生きて行く、 

精神的な支柱となります。

今の時代に言われている「国常立尊の復権」とは、

そう言う意味を持っています。

地上の変化は、まず目に見えない世界で起こります。

上なる如く、下もまた然り・・です。 

そして神々は、人間の精神性の復活を通じ、この地球を変えて行きますが、

その変化は、多くの人が期待するような、

・派手で、

・ドラマチックな、

・天変地異のような

やり方ではないと思われます。 

大事な物は見えない・・・

いつの世でも、やり方は同じです。 

単なる好奇心を満たすような、人目を極端に引く、

サーカスを見せるような方法は取りません。 

地味ですが、着実な方法です。 

私たちのハートの中には 

・先祖を大切に思う敬心

・死者の幸せさえも願う優しさ 

そして、生きている人々に対する、 

・お互いさま

・お陰さまの心

相手の個性、尊厳を大切に思う、温かな心、優しい心でありました。 

ただ、明治の文明開化、戦後の敗戦処理によって、

その大切な心が強制的に、忘却させられていただけです。  

その美しい神のような心を取り戻せば、

きっと、 

気付いたら、

いつの間にかミロクの世が始まっていた・・ 

そのようになっていることでしょう。 

今は、建て替え、つまり破壊の時を過ごしていますが、 

これを耐え忍べば、いよいよ美しき世界への建て直しの時期です。 

希望を持ち、周りの人々と助け合いながら、

笑顔と感謝の気持ちで暮らしていれば

きっと、その美しき世で暮らすことができるでしょう。


2026年8月5日水曜日

4340「闇の中」2026.8.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月21日の記事を紹介します。


「闇の中」


前ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さんの言葉に

「置かれた場所で咲きなさい」と言う言葉があります。

では、苦しく辛い闇の中に置かれた人はどうでしょうか?

時に神様は私達を闇の中に置き去りにしてしまわれたのか?

と思うような厳しい環境の中に置かれることもあるでしょう。

一度も闇の中に入ったことのない人、

それは幸せと言えば幸せかもしれません。

でもその幸せは、

暗闇の中から一条の光を見つけた時の喜びとは比較にならないものです。

私達の内に居らっしゃる神さまは、私達にかけがえのない大切なもの

「おかげさま」の気持ち、

それを忘れないように、思い出すように、

時に私達を闇の中に置かれます。

渡辺和子さんの言葉にこんなものがあります。

<引用開始>

闇の中に置かれたがゆえに、

それまで知らなかった様々な、

“明るさ”のありがたさがわかるのです。 

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

私は、苦しい時には、しっかり苦しんだらいいと思っています。

「この苦しみも、神様の思し召し、

愛されている証拠」などと、

一直線にありがたがってしまうと、 

せっかくの苦しみがもったいないように思うのです。

「あかりをつけたら、闇がもったいない」というのと同じです。

闇には闇の価値があるのだということ。

明るいところにしかいたことのない人に、

真の闇の暗さはわからないし、

したがって明るさのありがたさもわかりません。

闇の中に置かれたがゆえに、

それまで知らなかった様々な“明るさ”のありがたさがわかるのです。

それこそ「当たり前が輝いて」見えてくるのです。

<引用終了>

病気やケガもそうですが、

苦しみの最中は、心臓も凍結しそうなほど、

息をするのも苦しいかもしれません。

布団をかぶり、声を殺して泣く日々もあるでしょう。

周りの全てが敵に見えるかもしれません。

ですが、そういった闇の経験こそが、

・私達自身を養うための時間、

・心を練るための時間であったと

気付く日がきっと来るでしょう。

明けない夜など絶対にないからです。

闇を経験したことのない人、

孤独を味わったことのない人。

いつもケラケラとふざけて笑い、

美味しいものを好きなだけ食べ、

わがままを言い、欲しいものは何時でも手に入る豊な人生。

もしかしたら、そういう人生にあこがれるかもしれません。

ですが、果たしてそこから、

私達の一番大切な魂は、何かを得ることが出来るでしょうか?

人それぞれが選んできた人生。 

時には、何の不自由や心配のない

「休息の人生」を選択して生まれて来る人もいらっしゃるようです。

ですので、どれが良い、悪いと決めつけることはできません。

ですが もし今、闇の中に置かれた方がいらしたら、

少し考えていただきたいのです。

もしかしたら、神さまが苦しみ、悲しみの闇を、

私達の今まで知らなかった様々な“明るさ”のありがたさに気付いて欲しいと、

用意して下さったものかもしれないのです。

神様は、無駄なことは決してなさいません。

決して、私達を困らせよう、

破滅させようなどとは思っていません。

全ては私達の魂の喜びの為に用意なさって下さっているからです。

温かな、愛溢れた方だからです。

その神様がどなたの心の中にもいらっしゃいます。

勇気を思い出してください。

私たちは、生まれる前に、そうなることを神さまと選び、

そして必ず乗り越えて、 

魂の深みを手に入れてみせると約束して地球に生まれてきたのですから。

神さまは、どんな時も私たちの傍らから離れることは無いのですから。


2026年8月4日火曜日

4339「先祖供養、親孝行」2026.8.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月20日の記事を紹介します。


「先祖供養、親孝行」


先祖供養のお話です。 

来月はお盆ですね。

皆さんは、お墓参りをされますか? 

以前、宝徳様の神職の女性が「先祖供養」について話してくださったことがあります。 

それは、 

自分と、神さまの間に、ずらっとご先祖がいらっしゃる。

つまり、神さまと生きている私たちを繋いでくださっているのが、ご先祖 

先祖供養をすることで、 

私たちまで命を繋いでくださったことに対する感謝、

(どんなにか、苦労を重ね、喜び悲しみを経験し、生き抜いてくださったことでしょう)

そして、神様と私たちの、その道筋の間の、どなたも、神の光の道からそれないように、

真っすぐに神様の方向へ進めるように足元を照らすように

お祈りするのが、先祖供養です。

そう教えていただいたことがあります。 

さて、斎藤一人さんも、先祖供養について、

いろいろ教えてくださっていますのでご紹介します。 

<引用開始> 引用元

先祖供養の本当の意味は、子孫であるその人のことを、

「いてくれてよかった」って言う人が何人いるかなんだよ。

大きな仏壇を買うことが先祖供養じゃないの。

それは仏壇屋さんや宗教をやってる人が言うこと。 

さらにいえば、それって商売なの。 

仏壇に入っているのは仏様なんです。

それで30分も1時間も先祖供養のために

念仏を唱えるっていうんだけど、お経って仏様の教えなの。 

仏様が教えたことを仏様に向かって30分も1時間も話すって変だよね。 

きっと仏様も、「それ、俺が言ったんだよ。

だからわかってるから、外に行って実践しな」って言うと思うよ。

お経をあげるのがいけないって言ってるんじゃないの。

あげてるあいだは無心になれるし、

そのあいだ、人の悪口とか言わないからそういう意味ではいいの。 

でも、どうせだったら、意味も知ってたほうがいいよね。 

さらに言えば、それを実践できるようにしたほうがいいよねってことなの。 

だから先祖供養でいちばんいいのは、

「あなたがいてよかった」(あなたが生まれてきてくれて良かった)って言ってもらうことなの。

あなたが生まれてきたのは

ご両親がいて、そのまたご両親がいたからなの。 

先祖が誰一人として欠けても、

あなたはこの世に生まれてこなかったんだよね。 

子供をほめられたら親ってうれしいの。

だから、あなたがほめられることが、 

最高の先祖供養になるんだよ。 

<引用終了> 

確かにそうかもしれませんね。 

私たちも、子供たちが、世間の皆さんに喜ばれる存在であれば

自分が褒められる以上に、とっても嬉しいと思います。 

私たちが、周りの方々に示す 

・優しさ

・思いやり

・助け合い

・お互い様、おかげ様 

の心は、自分たちだけでなく、ご先祖様を含めて

幸せにしてくれるようです。 

人に依存しない、

理想的な形の先祖供養かもしれません。 

また、「親孝行」について、小林正観さんが以下のように仰っています。 

<引用開始> 引用元

親孝行とは、親が生きている間に、してあげるものではありません。

本当の親孝行とは、親が亡くなったときから始まります。

親が亡くなり、あちらの世界に行って、こちらを見ているときに、

ほら見てください。あれが私の子供です。

あんなに人に喜ばれながら、楽しそうに生きているのが、私の子供です。

と自慢できるような生き方をすることが、最大の親孝行ですよ。

親や祖父母、近親者が亡くなって

何もしてあげれなかったと思っている人も多いようですが、

本当の孝行って今これからなんですね。

・人に喜ばれていますか?

・今を楽しんでいますか?

ご先祖様が、私たち子孫の自慢話を

話題にできるような、生き方ができているか?

見つめ直してみましょう。 

<引用終了> 

ご先祖も、両親も、そして今の家族も、みんなを幸せにするのは、

みんなに幸せを感じていただくためには、 

全て、今の私たちの生き方、心ひとつにかかっているのですね。

みんなが幸せに、笑顔で生きていけるよう、

命を繋いでくださった先祖も、

神さまのもとに、真っすぐに歩みを進めて行けるように、

 

心を整えていきたいものですね。 

私たちの心は、本当は 

・見えている世界

・見えない世界 

さえも包括する、偉大で尊く、巨大なものです。 

みんな、心の鎧を脱ぎ捨ててしまえば、

純粋で、優しく、愛に溢れた光り輝く魂を持っています。

まずは、自分の半径3m

身近な人たちからスタートですね。


2026年8月3日月曜日

4338「青空ひろば」2026.8.3

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より14 2026.07.02

日本は世界の気が集まってくる龍穴というお話をしましたが、日本人のDNAを調べると出アフリカの遺伝子が三系統全てあるというんですね。

世界のほとんどの地域では出アフリカの遺伝子は2系統までしか見出せないのに、

日本人の遺伝子にはアフリカ起源の遺伝子が三系統全てあるというんです。

三系統全てが入ってるということは、これまでも世界中から様々な人種が日本にやってきていたということの証拠ですね。

人がやってきたということは神さまや言葉や文化も届いているということですね。

そこの所がおもしろいですよね、

日本に世界中の神さまがお祀りされているということにもなりますね。

だから世界は治まっているんですよ。

色んな神社に神さまがお祀りされていますけど、それは世界のそれぞれの地域の神さまが日本に流入してきてお祀りされていますね。

そうして調和することによって世界が、今のような状態でまだなんとか治まっています。

日本人はそういうことをしなければならない使命があるということですね。


イノチの学校より13 2026.07.01

日本は世界の気が集まってくる龍穴だとお話しましたが、それを金光教組はこのように言われました。

『世界の国々と日本を比べると、日本は落ちくぼんだところで、このくぼんだ所に水がたまるように、世界中の問題が日本に集まってくる。』

大本教の出口王仁三郎さんはこのように言われていますね、

『日本は世界の雛形であり、そのため両者の地形は互いに照応する。また、世界で起こることは日本でも起こり、日本で起こることが世界でも起こる』

で、王仁三郎さんのいろは神歌というのがあって、

『日出(いづ)る国の日の本は、全く世界の雛形(ひながた)ぞ。

(中略)

我九州は亜弗利加(アフリカ)に、北海道は北米に。台湾嶋は南米に、四国の島は濠州(オーストラリア)に、我本州は広くして、欧亜(おうあ)大陸(ユーラシア大陸)其儘(そのまま)の、地形を止むるも千早振、神代の古き昔より、深き神誓(ちか)いの在(いま)すなり。』

ってね、照応関係にあると歌われています。

ユーラシア大陸は本州にあたる、北海道は北アメリカにあたる、四国はオーストラリアにある、九州はアフリカにあたる。

だからこれを考えていくと、これからの時代の色んな問題やイベント事の舞台はアフリカになりますね。


イノチの学校より12 2026.06.30

日本は地球全体の気が集まるツボである。

だからそういう世界の全てが集まってくる、日本にはあらゆる国の料理が集まってきていますけど、それを日本人は上手いこと加工して、皆が日常で食べられる様に加工したりしていますね。

あれが日本人の特徴なので、そういう形で世界中のものをね、調和できる形に作り上げて、今度はそれを世界に発信していく。

そういうことが日本人は出来るような気がします。そういう時代が来ていますね。


イノチの学校より11 2026.06.29 

今の時代には海外から人々が流入してきていて、それがアチコチで問題として取り上げられたりしていますね。

でもね、日本っていうのはそういう風に全てが集まる場所。世界中のすべてのものが流れ込んでくる龍穴になっているんです。

だから民族もどんどん集まってきますね、自然なことです。それを拒絶して、今までの自分達だけの安らかさだけを保とうとしたり、鎖国の様なことをするなら、それは間違いだと思う。

「日本民族」という枠から「世界人類」という枠に発展させなければならない時代がきたんですね。

天武天皇も時代もそうでしたが、今の時代は、またもう1回そうした色んな遺伝子を持った人達が集まって、そこでもう1回ルールを作り直す。

そういうことをやっていく時なのですね。


大敬イノチの学校より9 2026.06.27

岡潔先生の晩年の境地について

岡先生は、「このままでは日本は滅びて、世界も滅びる!」という危機感を持って、色んな講演に呼ばれたり本を書いたりしていたそうです。必死で活動してたんだけど、その本を読んだ人たち、或いは講演を聴いた人たちから「心が洗われる様な気がします。先生のお話を聴いているとホッとしています。」と言われて、岡先生はガッカリしてしまった。

一生懸命警鐘を鳴らして滅亡を止めさせようとしているのに、講演を聴いて、言葉を読んでホッとしました楽になりましたという人ばっかり。こんなんでいいのだろうかと苦悩されたそうです。(続く)


大敬イノチの学校より10 2026.06.28 (前回の続き)

で、最晩年になってちょっと変わられるんですね。そういう危機感から脱却された様です。

その時の言葉を紹介します。

 『日本民族の中核の人々は、心(真我)を自分だと思っている。五尺のからだ(小我)を自分だなどと思ってやしない。

肉体は二つよせても一つにならないが、心を二つよせると合わさって一つになってしまう。だから日本民族の中核は一つの心である。これを日本民族の心と呼ぼう。

日本民族の中核の人たちは、自分は日本民族の心の中から生まれてきて、またそこに帰って行くひとひらの心だと思っている。私もそう思っている。

だから死を視ること帰するが如く、即ちふるさとへ帰るように死ぬことができるのである。』

これは人類の魂から個々のイノチが出てきてまたそこに帰っていくんだよ、ということを現しているんだけど。

岡先生の時代の限界は、それが日本民族のお話なんですね。でも僕らの時代はそれが世界人類じゃないと駄目なので、日本民族という狭い領域での話とする必要はないですね。(完)


イノチの学校より8 2026.06.26

岡潔先生晩年の不思議な体験についての話題。

岡先生は若い頃はそういう、不思議な体験を話されてなかった様ですけど、晩年の著書で自分の不思議体験も書かれるようになったんですね。

面白いですね、大敬は岡先生とは逆です。

岡先生は手に取るように正法眼蔵(難解な哲学書としても有名な、道元禅師の著書)がわかるようになったそうです。大敬は何もわからない。正法眼蔵何もわからないけど、必要な時だけ、それがどういう意味かわかって書ける。言葉にして書ける。

岡先生は言葉には言えない、言葉にはできないと書かれている。

大敬は言葉には出るけど、自分が本当にわかってるか?というと自分は知りません、

私の責任ではありません。ほっといてください!という様なのが笑

大敬の持ってる何か、悟りのようなものですね。


イノチの学校より7 2026.06.25 

心不可得(しんふかとく)についての話題

アタマでなにもかもグゥーっと握りしめようとするのではなくて、心不可得。心とは手に取れないものですよ、ということに安心できる様になる。イノチはアタマではコントロールできないということがわかるということ。


イノチの学校より6 2026.06.24

「アタマ」の働きというのは目指す方向を指示することはできるけど、働きは「カラダ」がやる。

そこのところを忘れないでね。その時々で、切り替えを上手いことしないといい行動にはならないですね。


イノチの学校より5 2026.06.23

(イノチの本能についての質問への回答)

「そうなんですよ、イノチの自然として弱いものは全体によって守られ、余力あるものは必要なものを援護することになるのです。それがイノチの理なのです。」


イノチの学校より4 2026.06.22

現成公案(げんじょうこうあん)の「現成」とは?

現成って現在に成り切ること。

現在に成り切ることって、アタマで打算して考えないでワッと、スッとやるべきことをやっていく潔さ。そしたら必ずその行動はピタッとね。その場所、場所の一番ピタッと適切な行動になっていく。


イノチの学校より3 2026.06.21 

現成公案(げんじょうこうあん)の「案」とは?

案というのはその時その時でいちばん相応しい、アタマで考えた訳ではない、計算した訳ではないんやけど、思い切って身を投げ出して行動したら、これが一番ピッタリの行動になっている。

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イノチの学校より1

2026.06.19 

これはなにか日本的霊性の特徴ですけど、

必ず火の試練水の試練、そして最後に土の成就というのがあります。

ヤマトタケルも火の試練にあって、海が荒れてという水の試練を経て、自分の使命を成就するという。日本的霊性は3つセットで出てきますね。(続く)


イノチの学校より2 2026.06.20 

(前回の続き)

それはキリスト教でもありましたね。

イエスさまもそうです、火の試練と水の試練と、地の成就という順番。

なにかそういう大きなパターンがあるのですね。


2026年8月2日日曜日

4337「八百万の神」2026.8.2

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月19日の記事を紹介します。


「八百万の神」


日本では古くから、八百万の神と言って、

全ての人、生物、植物、無機物、そして自然現象まで、

全ての中に神が宿っているとしてきました

そのような神様のことを八百万の神と言います。

もちろん、神様が宿っているとは確かなことで、

宇宙創成の神、例えば

・天之御中主神(アメノミナカヌシ)

・高皇産霊神(タカミムスビノカミ)

・神産巣日神(カミムスビノカミ)

の神々は造化三神と呼ばれ、

天地万物の生成化育を司るとされています。

そして宇宙に現れた途端、隠り身(消える)になり、

宇宙全ての領域、

時空に遍満されていると言われています。

つまりこの宇宙中に、

神々の精神(意識・心)が存在しているということです。

時に人間においては、

この神々の精神(意識)が濃厚に宿っていますから、

神々に近い存在となっています。

また動物や、植物の中にも、神々の精神が、集まって宿っています。

精霊や微精霊の場合には、

神々の氣が集まっていますが、

まだその密度は希薄で、

意識の進化は人間ほどには進んでいません。

精霊や微精霊は、

進化したり、集合(合体)をすることで、

より進化することもできます。

これが進化して行って神様になることもあります。

このような場合、「一度も人間を経験していない神様」と言うことになります。

ですから八百万の神と言っても

神様までの進化具合は様々であるため、

時に呪い神になって人間に害やいたずらを与えることもあります。

例えば自分の守っていた地域や土地が

人間の無知であったり身勝手な行動によって犯されたりすると、

その人間を呪ったり、苦しめたりすることもあるわけです。

聞いたことがありませんか?

古い土地を更地にして家を建てる時、

古い井戸だったところには、

少しだけ管を通し空気の通り道を作っておくように・・など

そうしないと、そこに居た八百万の神々のどなたかが

害を及ぼす・・など。

ですが、普通の人間である私たちには、

見えない世界だし、

そのあたりの事情を知ることもできない。

いつ何時、自分の不注意がうっかりそういったことで

そこに住むまだ進化の度合いの進んでいない神々を怒らせてしまうかもしれません。

では、そんな私たちはどうしたらよいでしょう?

それは縄文の時代の私たちの祖先のように

全てのものや 現象などに神様が宿っていると思い

丁寧に感謝を持って接すること。

縄文の人々は相手の心の中にさえ

神様が宿っていると知っていましたから

常にどんな人であろうと

相手を敬い尊敬し、

尊厳を踏みにじるようなことはありませんでした。

ですから、そこに宿る八百万の神に失礼なこともしないし、

更に相手の心の中にも、神々が居ることを知っていましたから、

争いごとが起こらなかったのです。

縄文時代は1万5千年もの間、

平和でユートピアのような時代でした。

戦争などで争った痕跡も無いそうです。

世界に類を見ないことです。

日々の暮らしを、そのように丁寧に過ごしていくことで、

私たちは、多くの神々に愛され、

どんどん幸せになっていくことでしょう。