2026年5月10日日曜日

4253「仏陀の予言-ジャプトーバー」2026.5.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月27日の記事を紹介します。


「仏陀の予言-ジャプトーバー」


さて、今日のテーマ、人間の持つ負のエネルギーを得るために

・世界中の人々を恐怖と不安に陥れる悪魔的な存在や、

・巨万の富を得て、そして維持するために 

残虐な憎悪のエネルギーで世界を動かそうとする存在たち。 

心優しき人々は虐げられ、

今日に至るまで、それら存在の計画がうまく進行しているように見えますが、 

ここ数十年の動きは、まさに神様の仕組みが動きだしているように見えます。 

しかし、ここ数日述べている通り、既に世界では、

この悪魔的なエネルギーのあぶり出し、そして立分けが終わりました。 

最終的な仕上げの段階に入っています。 

そして、沢山の異なるレインボーチルドレンからもたらされる複数の星々からの情報や、

神様の意識を持ったまま生まれた子供たちからの情報、

そして今日ご紹介するブッダの予言では、

神の世を創る原動力となって動くのは私たち日本人のようです。

※それは日本人だけが偉いのではなく、今世日本人として生まれた役割です。 

ですが、私たちがその役割を担おうにも、

・今までのように他人依存的な思考を打破しない事には

・恐怖と不安に縛られていては

・神様を心の底から信じていなくては

私たち自身も、そのような存在の操り人形のまま終わってしまいます。 

他人の思考のままに、無意識に動かされるロボットのままです。 

令和の時代が始まっています。

・霊性の時代、

・神々と直接的につながる時代

・思いと現実の時間的ギャップがなくなる時代 

様々な良きことの起こる時代になりました。

私たち人間は、変化の渦中で生活していると、

世の中の変化には、なかなか気づきにくいものです。

ですが世界は、着実に神々の計画通り動いています。 

今日は、ブッダが亡くなる直前に説いた、日本に関する予言をご紹介します。

その内容は沢山の文献に散見されるようですが、小林正観さんのお話からご紹介します。

この内容は正観さんが、2001年、つまり東北大震災発生の10年前に語った内容です。 

<転載開始> 転載元

21世紀は、どんな時代になるのでしょうか?

21世紀は架け橋ですね。

20世紀と21世紀の。 

この百年で西洋文明から東洋文明へと価値観が変わって、

それがその後3,000年続きます。 

その礎がこの百年で出来上がります。

ほう、21世紀が東洋の時代と言う人はいますが、3,000年王国ですか? 

釈迦が言ったジャプトーバーですね。

自分(釈迦)の教えが、末法の時代になってから五百年ほどたつと、

つまり、2,500年後ですね、(釈迦が生まれたのは、紀元前500年頃とすれば、 

正法が1、000年、像法が1、000年、とすると、

西暦1、500年頃から末法の時代ということになるから、

その後500年くらいということになると、西暦で言えば21世紀初頭と思われる) 

インドのはるか東方にジャプトーバーという国があって、

その国で自分の教えや考え方が正しく理解されなおす‥‥。 

末法の世に入ったら自分の教え、考え方が正しく伝わらない、と言っているわけです。 

それがジャプトーバーという所で、再度認識されなおす‥‥。 

ブッダはジャプトーバーについてこう言っています。

・都会に人があふれ

・夜でも明るい光に満ち

・道は広く平らで裸足であるいても傷つかない

・遠く離れても話ができる

ジャプトーバーとは、もちろん日本ですね?

そうです。その国の人々は、争うこと、闘うことが嫌な人たちで、 

その考えと自分(釈迦)の教えが正しく理解されることが相まって、

融合して平和な世界が始まる。

そこから3,000年間、平和が続くだろうと釈迦は言ったのです。  

その方向での動きはどうですか?

まさにその動き(傾向)がジャプトーバー(日本の事)に出ている‥‥。 

私はこの33年間の中で初めて、この数年間の手応えを、すごいと思っています。

33年間(我が国を)見つめてきたからわかるのですが、

全然違います、この2,3年は。 

日本人の心の有り様というものが、まったくそれ以前とは違う。 

お釈迦様の2,500年前の遺言は、本当なんではないでしょうか。

だから私は環境問題とも闘わないし、世の中が悪くなったなんて一言も言わないのです。

そうではなく、3,000年王国に向けての第一歩が、

(日本から)始まったと思っています。  

我が国の国民性は、疑いなく、「争うこと、闘うこと」が嫌いであり、

しかも、インドはるか東方という位置や、ジャプトーバーという国名からして、

釈迦の予言は、いかにも、我が国のことを指して言っているように思えるのです。 

<転載終了> 

皆さんは聖徳太子の17条の憲法をご存知ですか? 

第1条、和を以って貴しと爲す

の憲法です。西暦604年に作られたものです。 

その第10条には、こんなことが書かれています。

心に恨みを抱くな。 顔に憤りを表すな。

人が自分と違うからと言って、怒ってはならない。

人には皆 心があり、心にはそれぞれの想いがある。

自分は聖人ではなく、相手が愚か者でもない。

ともに凡夫なのである。

何が正しくて、何が間違っているか

いったい誰が定める事ができよう。

それゆえ相手が怒ったら、自分の過失を恐れよ。

なんと、こんなに早い時代から、私たち日本人の祖先たちは、

心をとても大切にしてきました。

ブッダの教え、空海の教えそのものです。

世界に類を見ないものです。 

だからこそ、ブッダの予言に出てきたのかもしれません。 

また私たちの住む日本は、レインボーチルドレンのそうた君が言うには、

この広い宇宙中で、数えきれないほどの星々がある中で、 

たった2つしかない、ユートピアの一つなのだそうです。 

日本が存在するから、この地球が保たれ、愛の星と言われるのだそうです。 

私たちの中に流れる縄文のDNAは人を疑うことを良しとしません。

まず最初に、相手の中の神様(良心)を信じて接します。 

相手を騙してまで、自分の利益を守ろうとはしません。

和を持って尊しとなすの精神が、誰にも根付いています。 

それに比べると日本以外の国では、「アリババと40人の盗賊」にあるように、 

人のものを奪ってでも、自らの利益を追求することは、悪いことだとは考えないようです。 

ブッダの予言には、そのような日本人の美しい気質も関係しているかもしれません。 

このような性格は、古事記や日本書紀などにもよく表れています。 

さて以前の記事では、こう書きました。 

<引用開始>

日本人のDNAに刻まれた特質は、

・どんな相手でも、拒まずに受け入れて、

・自分に取り込み、融合して進化する

・先祖や、死者。敵国の戦没者まで弔い、

 死後の幸せを願う心(神道の細男の儀式として残っています) 

意識する、しないに関わらず

このような魂の特質をDNAに刻まれた日本人に対し、 

2011年3月11日、神々は東日本大震災を起こしました。 

あの大きな犠牲のもと、日本人の心が変化しました。 

私たち日本人の集合的無意識に 

・慈悲(相手の痛みを感じる共感、助け合い)

・優しさ(思いやり) 

・聖なる諦め(自然の力の強大さの前に人間は無力である)

このような心が芽生えました。 

この大災害は、もともと私たち日本人の持つDNAの特質を、

更に、大きく神々の心に近づける働きをしました。 

<引用終わり>

過去の歴史を見てわかるとおり、変化の渦中にある時、

人は全くそれが大変化であるとは気付きません。 

その時が、変化の起点(エポック)であったとは、後の世の人が指摘することです。 

ですから、今21世紀に入ってから20数年がたち、令和の時代に入っていますが、 

もしかしたらブッダが言うように、今が後の3千年間続く仏国土、 

つまり「人間の精神性の復活」のための「建て直し」の時期なのかもしれません。 

それは、今始まったばかりであり、これから百年かけて、私たちの精神性は目覚め、

心の時代であることを確かに確信します。 

そして私たちの2代、3代後の子供たち皆が 

笑いあい、助けいあい、お陰さまの気持ちで純粋に生きる、

随神(かんながら)の生活を送っていることでしょう。

そのためには、私たち人間が、自分たちの力と知恵で、

純粋な精神性、心を取り戻さねばなりません。 

今は、建て替え、つまり破壊の最終段階を過ごしていますが、

これを耐え忍べば、いよいよ美しき世界への建て直しの時期です。

希望を持ち、周りの人々と助け合いながら、笑顔と感謝の気持ちで暮らしていれば 

その美しき世で暮らすことができるでしょう。


2026年5月9日土曜日

4252「大祓祝詞の神髄」2026.5.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月26日の記事を紹介します。


「大祓祝詞の神髄」


宇宙の創造様が、ノアの箱舟の「水の洗礼」の後に作ったシステムに

祓いのシステム があります。 

これは悪の妖気が凝り固まって悪霊化、悪魔化する前に、 

そのエネルギーを善の神のエネルギーに変換してしまう仕組みです。

この仕組みができたがゆえに、地球に、極端な悪が再びはびこることが無くなりました。

では、その仕組みについてお話します。 

地球を作った国常立尊(くにのとこたちのみこと)、あまりにも厳格な善政を敷いたため、

多くの神々から疎んじられ、大神に直訴され

やむなく艮(うしとら)の方角(=東北)の地に隠遁させられました。 

大神がなぜ、多くの悪神たちの願いを聞き入れたかと言えば、

地球を発展(進化)させるためには、善と、そして悪も両方必要だったからです。

(→二元論) 

そして、根の国、底の国に隠棲された後

大洪水が起こったそうです。(出口王仁三郎 談)

その後に大神が地球に作ったのが、大変重要な浄化のシステム、つまり祓いです。 

これは決して悪を消滅させる・・ 

という仕組みではなく、悪を根の国、底の国で浄化し、

その浄化されたエネルギーを再び地や天界に戻す、大循環の仕組みです。 

その仕組みを教えてくれるのが、日本最古の祝詞と言われる大祓祝詞です。 

その祝詞の中には

天照大神(あまてらすおおみかみ = アマテル 男性神)の妻である、瀬織津姫も

大神の一人として登場します。 

今、まさに国常立尊の復権がなされようとする時、 

私たち人間にとっても「祓い」は大変重要です。 

では、今日は大祓祝詞のお話です。 

日本神道の 最高の階位 浄階まで進まれた方ですが、

春日大社の元宮司で、医学博士 葉室頼昭さん。

葉室さんが仰るには・・・

日本の神道は宗教ではありません。 

教祖もいませんし、経典もなく、よって一般的な宗教のようではなく

何者にも依存の心を抱かせないからです。 

今日は、葉室さんの言葉による大祓祝詞の解釈をご紹介します。 

何故なら、神道(日本の縄文時代からの心)では、

神々からの恩寵を得るために、神々に喜んで頂くために、

祭りをしたり、神楽を舞ったりしますが、 

同じように 神の言葉(音魂)で書かれた、大祓祝詞を奏上することも、

神々に喜んで頂くための、非常に有効なこととされているからです。

神道の中で、もう千年以上も受け継がれてきた祝詞があります。 

それは、神々から伝えられ、大和言葉で表現された大祓祝詞です。 

皆さんはこの大祓祝詞をご存知ですか?

大本は藤原氏の祖先である中臣氏のどなたかに神々から降ろされた言霊です。

この祝詞は春日大社が創建された当たり(西暦768年)に

降ろされたものではないかと言われており、

神さまの言葉を甘受した方が、大和言葉で受け取りました。

ずっと活字としては伝承されていませんでした。

大和言葉とは、母音をはっきりと発音する言語です。

1文字1文字に神々の息吹が込められた、私たち日本人の宝です。

中臣氏と言えば、小学生ぐらいに日本の歴史で習ったかもしれませんが、中臣鎌足、

中大兄皇子(天智天皇)とともに乙巳の変から大化の改新に至る諸改革に携わった。 

その後功績を称えられ、死の直前に天智天皇から藤原朝臣姓を与えられたとされる。 

他方、この時に与えられた藤原の姓は鎌足一代のものであり、

後に改めて鎌足の遺族に藤原朝臣の姓が与えられた。

この方の祖先は、ニニギノミコトが天孫降臨した際に、

重臣として付き添って天上界から降臨した3名のうちの1人です。

重臣の名前は、天之児屋櫛眞智の命・・・・・アメノコヤネクシマチノミコト

八咫鏡を守って政策立案を担当した方です。後の中臣氏 ⇒ 藤原氏の祖先となります。

この大祓祝詞は、この言葉さえ唱えていれば、

全ての罪、穢れが祓われると言われているもので、

神々から降ろされてから千年以上たった現在でも、

毎日全国の神社で唱えられている祝詞です。

これだけ長く続くということは、本物である証でもあります。 

この祝詞の中に四柱の祓戸大神(はらえどのおおかみ)が現れます。

①瀬織津比咩(せおりつひめ)  → 禍事・罪・穢れを川から海へ流す

②速開都比咩(はやあきつひめ) → 海に流した禍事・罪・穢れを飲み込む

③氣吹戸主(いぶきどぬし)   → 速開津比咩が飲み込んだ禍事・罪・穢れを根の国底の国に吹放つ

④速佐須良比咩(はやさすらひめ)→ 根の国・底の国の禍事・罪・穢れを神々の清らかなエネルギーに変換して地上へ戻す

です。

つまり宇宙の循環構造を神々の働きとして表しています。 

循環の思想は世界中見渡しても、日本にしかありません。

日本は島国であり、古来から自然とともに生きる、

和をもって尊しとする国だったからです。

他方、外国は大陸にあり、常に四方から敵が攻めてくる恐れがありました。

この結果、

・善か悪か?

・正しいか、誤りか?

・敵か味方か?

この2元論の考え方が思想の根本にあります。

そのため、地球に転生する魂たちの中でも、日本は群を抜いて人気があるそうです。

ですが、私たちが日本人だから偉いというわけではなく、

誰しも数多くの転生を繰り返しますから、日本で生まれたり外国で生まれたり色々です。

上下の区別はありません。

また大祓祝詞は、本来、大和言葉で口伝されてきたものであり、

漢字の当て字がされたのは、今から880年ほど前にしかすぎません。

漢字で意味を掴もうとすると、大きな誤解を生みます。

(春日大社、元宮司で、藤原氏の子孫 葉室頼昭さん談)

この四柱の祓戸大神の名前も当て字にすぎません。

宇宙を支配している循環構造に対し、

それぞれの役割ごとに神々の名前を当てたに過ぎません。

この循環の構造は、同じく大祓祝詞の以下の部分で、詳しく示されています。

■原文

あめのますひとらが あやまちおかしけん くさぐさの つみごとは あまつつみ くにつつみ ここだくのつみいでん 

かくいでば あまつみやごともちて あまつかなぎを もとうちきり すえうちたちて 

ちくらのおきくらに おきたらわして あまつすがそを もとかりたち すえかりきりて 

やはりにとりさきて あまつのりとの ふとのりとごとを のれ

かくのらば あまつかみは あめのいわとを おしひらきて 

あめのやえぐもを いづのちわきにちわきて きこしめさん 

くにつかみは たかやまのすえ ひきやまのすえに のぼりまして 

たかやまのいぼり ひきやまのいぼりを かきわけて きこしめさん 

かくきこしめしてば つみというつみはあらじと しなどのかぜの あめのやえぐもを 

ふきはなつことのごとく あしたのみぎり ゆうべのみぎりを あさかぜ ゆうかぜの 

ふきはらうことのごとく おおつべにおる おおふねを へときはなち ともときはなちて 

おおうなばらに おしはなつことのごとく おちかたのしげきがもとを やきがまのとがまもちて 

うちはらうことのごとく のこるつみはあらじと はらえたまい きよめたもう

■意訳

人間は、生きていくうちに、いろいろな罪を作ってしまうものです。

しかし、いろいろなことで罪を作ってしまったら、

それを充分に反省して、そしてそれが二度と行われないようにしなさい。

そして全て神さまの導きにしたがって、今を全力で生きなさい。

たとえどんな厳しいことが現れても、

また自分にどんな被害を与える人が現れても、

それを恨んだり憎んだり、また仕返しをしてやろうなどと考えてはいけない。

また苦しみを悩んだり、逃げようと考えてもいけない。

そのようなことは粉々に砕いて、ただ無我になってこの大祓詞を唱えなさい。

そうすれば神さまはちゃんと見てくださっています。

神さまが私たちの心を聞いてくださったら、 

その時は全ての罪というものが祓われ、霧のように消えていきます。

<終了> 

私たちは神社でよく「お祓い」をしていただきます。 

このお祓いとは、罪や穢れを除去するという意味ではありません。 

そのような2元論の思想は、この美しい国、日本には無いからです。

この世に存在するものは、決して消し去ることはできません。 

消えたかに見えて、実際は、姿かたちを変えて存在しています。

紙を燃やせば、紙は無くなりますが、

実際は姿を変えて、煙の分子と、灰の分子になっただけです。 

私たちの神さまの「祓い」とは、大和言葉で言うと 

・は--生まれるという意味 例 母、葉(人間の出す二酸化炭素を命の源、酸素に生まれ変わらせる)

・ら--君ら、僕らのらの意味。沢山と言う意味

・い--いのち、生命の意味 

この結果、祓いとは、命が沢山生まれる。。という意味になります。

お祓いは、ツミ、ケガレを水に流し、黄泉の国に送り

再び純粋な神々のエネルギーに変換してくれるものです。 

決して除去することではありません。 

人間は、どんな聖人君子であっても、生きている限り、罪、穢れが生じます。 

ですが、この罪、穢れの本当の意味は 

・罪--包身(ツミ)。神様が下さった本来純粋な人間の魂を、我欲が現れて、包み隠してしまうこと

・穢れ--氣枯れ(ケガレ)。日々我々を活かしてくださっている神様の純粋な氣を、我欲で枯らしてしまうこと 

です。 

これをお祓いによって、神様の氣で充実させ、

本来神様からいただいたまんまの美しい心の輝きを取り戻します。 

お祓いには、このような意味があります。 

そして大祓祝詞は、千年以上も伝承されてきた、日本最古の祝詞でもあります。 

真実のものであるから、千年もの間、滅びることはありませんでした。

大祓祝詞で言われているように 

・どんなに辛いことも

・どんなに悲しいことも

・人からどんな仕打ちを受けても

人や環境を、恨んだり憎んだり、また仕返しをしてやろうなどと考えず、 

感謝の心でいさえすれば、 

四柱の祓戸大神としてシンボライズされた神々の仕組みが動き出し 

真の幸せが訪れることでしょう。


2026年5月8日金曜日

4251「青空ひろば」2026.5,8

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1727 2026.04.14 

<金光教祖に学ぶ、神様との付き合い方1>

○「氏子が神と仲善うする信心ぞ。神を怖れるようにすると信心にならぬ。神に近寄るようにせよ」

○ 農業をしておられる信者さんに「この作をと思いついたら、それを3月に蒔く時、籾(もみ)を供えて立派にできるように願い、5月に植える時には、よく生い立ちますようにといって願って植え、秋、穂が出たら、立派に実るように願えば、作徳(豊かな収穫)がいただけるからなあ」

(註)つまり、何かにつけて、しっかり目標を意識化し、言語化して神様にお願いし、頼ってゆけばいいのです。


1728 2026.04.16 

<金光教祖に学ぶ、神様との付き合い方2>

○ ある人が「信心はどうしたらできましょうか」と質問した。 

「信心といっても別に難しいことはない。親にものを言うように、朝、起きたらお礼を申し、その日のことが都合よくいくように願い、よそへ行く時には、行って参りますと言ってお届け申し上げよ。そして、帰って来れば、無事で帰りましたとお礼を言い、夜、寝る時はまた、その日のお礼を申して寝るようにすれば、それで信心となる」と説かれた。


1729 2026.04.18 

<金光教祖に学ぶ、神様との付き合い方3>

ある人が「神様の拝み方が分かりません」と質問しました。

「神様を拝むのに、この道では別に決まりはない。形より心だ。実意丁寧正直、真一心(まこと いっしん)がかなめだ。

日々この天地に生かしてもらっているお礼を申して、その次に、お互いは凡夫の身であるから、知らず知らずのうちに、この天地にご無礼をしているのが道理だから、それをお断りし、おわび申して、それがすんだら、身の上のことを何かと実意をもってお願いさせてもらうがいい」と教えて下さった。


1726 2026.04.13

Q.私は敏感で、周囲のマイナスの波動の影響を受けてつらくなる場合が多いのですが、どのようにして我が身を護ればいいのでしょう。

A.

(1)心にはびこっている雑音を出来るだけ減らして、「空」の状態に近づけること。

(2)自分も人も世界も、共に魂の進化過程にあって、これからますます成長し、いい未来が必ず開けてくるんだと、明るい未来を信じること。

(3)自分より、まず人や世界のしあわせを祈ること。


1725 2026.04.12

人が神の性質を変えたり、人が神を生んだりする話をしてきましたが、今日は、弟子によって師が変化するという話です。

私の修行時代、多くの師に出会って教えを受けましたが、いずれの師も最高の方で、信じられないくらい素晴らしい教えをたくさん授けて下さいました。

ところが、修行仲間のうちには、その同じ師の悪いところをさんざんこき下ろして止まない仲間もいました。いったいどっちが本当の師なのか不思議に思いましたが、結局、私はその師の最高の神性を引き出すことが出来たのですが、その仲間は、師の最低の部分だけしか観ることしか出来なかったんだということが分かりました。<弟子が師の最高の神性を引き出す>ということもあるのです。


1724 2026.04.11 

Q.「トイレの神様」などと言いますが、本当にトイレに神様がいらっしゃるのですか。

A.

前日の話は人が神の性格を変えるという話でしたね。今日の場合は、人が神を生むという場合です。

人が誠意をこめてトイレなどをきれいに浄めると、その清めの意念がトイレに宿って、やがて、そのトイレに神が宿るようになるのです。それが「トイレの神様」です。そうなると、そのトイレで用を足すだけで、その人は清まり、健康になるというような現象も起こります。逆に、いつもイライラしながらトイレ掃除をしていると、そのイライラの意念がトイレにこびりついて、そこに入るだけで、人はイライラしたり、健康を害するようになります。


1723 2026.04.09 

Q.神様も成長進化するということですか。

A.

そうです、人が時代と共に成長してゆくと、神さまも成長進化してゆかれます。人が神さまの性格を決定するということもあるのです。

そのいい例が、金光教祖である川手文治郎さんの場合です。

文治郎さんは、祟り神であった金神さまを信仰して、理不尽に見えることを何度もされても、ひたすら信じ抜いて、ついに金神さまを「思いやりのある、頼りがいのある神様」に変えてゆかれたのです。このように、人が神を変えてゆくということがあるのです。


1722 2026.04.08 

Q,神様はなぜ人を援助してくださるのでしょうか。

A.

本当はイノチはひとつしかありません。その「ひとつイノチ」の中に、あなたも神様もいらっしゃいます。

その「ひとつイノチ」の当面の目標は、地球次元における進化過程を修了することです。

あなたがまだ未完成だとすると、イノチはひとつしかないので、実は神様も未完成だということになります。ゆえに、神様自らが成長進化するためには、あなたが成長進化しなければならないのです。ですから、神様はあなたの成長のために手を差し伸べざるを得ないのです。そうしないと、自身が成長したことにならないからです。


1721 2026.04.06

Q.神様との付き合い方を教えてください。 

A.

① 何事も、箸が転んだことでも、遠慮せずに相談すること。

② 願いが叶ったら、感謝のお礼を忘れないようにしましょう。

→「酸いも甘いも噛み分けた頼りになる目上の先輩」とのお付き合いという心構えで交際すること。


1720 2026.04.05 

Q.神様を信じるとはどういうことですか。

A.

どんな結果が現れても、そのまま『ありがとうございます』と、感謝してお受けするという覚悟を決めること。「一切を神様にお任せする」という覚悟を決めること。


1719 2026.04.04 

Q.「しあわせ山」の頂上にいつも坐っているコツを教えて下さい。

A.

(1)自分の力が足りないことを自覚する「謙虚さ」を持つこと→自分が「ビクビク弱虫」であることを認める勇気を持とう。

(2)自分には力が足りないからこそ、自分に代わって神様がやって下さるんだと信じよう→自分がダメであるということを認め、懺悔するほど、『よっしゃ、任せとけ!』と神さまが出動してくださるのです。


2026年5月7日木曜日

4250「光の連鎖」2026.5.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月25日の記事を紹介します。


「光の連鎖」


現在、神仕組みの元、世界は確実に神々の導く方向に変わりつつあります。

希望の灯も、あちこちにともり始めました。 

神々の起こした「建て替え」(創造のための破壊)も、

その後に続く「精神性復活の時代」という希望に繋がると思えば、 

この困難な世の中においても、心に希望の灯をともし続けることができます。

神々のなさる奇跡は、依存的な方々が安易に期待されているような 

・目に見える形でも

・目を見張る派手な物でも

・一瞬に救い上げることも 

しません。 

目に見えない形で、人々の心を少しづつ良き方向に変えながら徐々に進められます。 

一見して分かるものでもありませんし、ましてはその変化の渦中にあっては、

気づく人もほとんどいません。 

ですが、根本の神々(宇宙神)の計画に狂いはありません。 

ベストなタイミングで、必要な人の心の中に小さな変化が起こり、

それが同時並行的に沢山の人々の心の中で発生し、その変化が有機的に繋がることで、

偶然が重なりながらも、あたかも私たち自身が事をなしているような錯覚の中で、

人々の手による「立て直し」が進行します。 

全ては神々の掌の上での出来事です。 

日本人の古来から持っている縄文の心は、世界にとって希望の良心なのだそうです。

この世界の良心の日本人の心が徐々に変わり、

世界に浸透し、ひいては地球規模にまで伝播します。 

何も いますぐに

・世界を救うために活動してください 

と現実の生活からかけ離れたことを神々は望んではいらっしゃいません。

ですが私達平凡な人間でも、できることがあります。

今日はそんなお話です。

人々の心の変化から始まる、精神性復活の大きな神々の計画に・・・

地球が変わろうとしている歴史的な瞬間を、

手助けするように、沢山の高貴な魂たちも生まれています。 

レインボーチルドレンたちの情報では

・宇宙神

・惑星意識(地球の意識)

・地球の神々

・地域の神々 

というヒエラルキーがあるようですから、

この大切な計画も、そのうちの惑星意識に呼応しているのかもしれません。 

では、身近な私たちの心の変化が、どのように、

世界の平和、地球の平和に繋がっていくのか、 

「恩送り」のお話をご紹介します。 

・宇宙のお話

・神々のお話、

・次元のお話

色々ありますが、 

肉体をまとい3次元の地球を経験している私たちにとって一番大切なのは、

そう言った他人による不思議現象に頼ることではなく、 

やはり自らの心を磨くことが、第一に必要なことだからです。 

光の連鎖、すべてはその一言から始まりました。

ある日、小さな女の子がおつかいに行き、そこで野菜を買いました。

女の子は、レジのおばさんに笑顔で「ありがとう」と言いました。

おばさんは、何だかちょっと嬉しくなりました。

そして、次の男のお客さんに思わず、 

「そのネクタイ似合っていますね」と声をかけました。

男性は少し恥ずかしそうに「ありがとう」と言いました。

ネクタイを褒めてもらった男性は何だか嬉しくなって、

そのネクタイをくれた奥さんにお花を買って帰ることにしました。

男性は家へ帰ると「いつもありがとう」と言って、

奥さんにお花をプレゼントしました。

「わぁ、どうもありがとう」そう言って奥さんは、とっても喜んでくれました。

嬉しくなった奥さんは、子供におこづかいをあげることにしました。

「わぁい、お母さんありがとう」そう言って、子供は大喜びしました。

おこづかいをもらった子供は、嬉しくなって、飼っている犬に、

おいしいエサを買ってあげることにしました。

「わん、わん」そう言って犬は、大喜びでしっぽを振りました。

そのしっぽの揺れで、飛んできたたんぽぽの種が大空高く舞い上がりました。

そしてそのたんぽぽは、遠く離れたある画家の家の庭に落ちました。

春が来て、たんぽぽはきれいに咲きました。

「わあ、きれいだなあ、そうだこのたんぽぽの絵を描こう」

そう言って、画家はたんぽぽの絵を描きました。

すると、何とその絵が大きなコンクールで優勝したのです。 

画家は沢山の賞金を手にしました。

そして、その賞金を全て寄付しました。

その寄付されたお金は、貧しい国に学校を建設する費用に使われました。

その学校をある貧しい少年が卒業しました。

少年は、とても勉強ができたので、そのまま進学してお医者様になりました。

お医者さんになったかつての少年は、ある日、難病の老人に出会います。

その病気はまだ原因がわからず、沢山の人が死んでいました。

「何としてでも、このおじいさんを助けたい!」 

そう思ったお医者さんは、特効薬の研究をはじめました。

そして、とうとうその薬が完成したのです。

おじいさんは、その薬のおかげで無事助かりました。

「ありがとう、本当にありがとう」そう言っておじいさんは、

涙を流しながらお医者さんにお礼を言いました。

すべてはあの日、少女が「ありがとう」と言ったことからはじまりました。

ほんの些細な一言が、後々に、多くの人々に、喜びを与えることがあります。

どうか目の前の人に、小さな喜びを伝えてください。

それはいつか、誰かの命を救うことになるかもしれないのですから。

※この文章はぐるぐるさんの元ネタを若干修正して掲載しています 

以上です。

ここに神さまのやり方が顕著に示されています。 

神さまの、私たち人間に対するアプローチ方法です。 

神さまは、誰もが驚くサーカスのように、びっくりする奇跡的な、大きな出来事で、

人間を幸せに導くのではありません。 

神さまは、誰の心の中にもいらっしゃいます。

神さまは、人間の心の中で、 

・活性化され

・光を放ち、

人と人との絆、思いやりの連鎖を通じ、私たちに幸せをもたらします。 

神さま自身は、決して表に出ようとしません。

あくまで、誰にも気づかれないように、

人々の心をちょっとだけ変化させていくことで、 

その連鎖、有機的な繋がりによって、世の中に変化をもたらします。 

誰にも気づかれず、自然な形で、私たちの心の中で変化を起こします。

・お互いさま

・お陰さま 

その優しさと、思いやりの中で、相手の立場、個性、やり方を受容し、認め、

それが、私たちの行動として現れ、愛の連鎖を起こすのです。 

それは、あたかも、その本人達の自発的な行動と、思われがちですが、 

全ては、私たちの内に居らっしゃる神さまの働きです。 

このような、美しい人と人との営みを目にした時、常に神さまを意識し、

神さまの気持ちに寄り添って生きようとしている人は 

必ず、必ず氣づくことでしょう。

「あっ、神さまを見た」と、、

私たち、普通の人、心弱き人は、神社仏閣に、お願い事をしに行きます。

優しい神様は、それらの事情を全てわかった上で、

そして個人的な願い事など、清濁併せ飲んだ上で・・・叶えて良い願い事 

それは、私たちの因果律を乱さず、

私たちの魂の進化に対して、悪影響を及ぼさない場合のみ、

そして、更に、それを叶えることによって

神さまの意図した、良き心の変化が見込める場合のみ、願いを聞いてくださり、

それをきっかけとして、神様の方を向いていただく

そして、その後に、神々に対する信仰心を養い、謙虚な心、お陰さまの心を 養い、

同胞である、同じ人間同士で、お互いさまの気持ちを起こし、 

結果として、私たちの心を、清浄にして神様と繋がりやすくする。

そして、その先では、 

・どこかの外に存在する神さま、

・願い事を叶えてくださる神さまではなく、 

私たち自身の心の内に、いつも居らっしゃり、私たちを見守り、

共に歩んでくださっている、内なる神さま(良心)と繋がって欲しい・・

内なる神さまと、繋がり、日々、神さまを意識して生きて行くことで、 

本当の、本当の、幸せを掴んでほしい

・誰かに与えられる幸せではなく、

・誰かに頼って生きるのではなく、 

自分の足でしっかりと大地に立ち、内なる神さまと繋がり、幸せになって欲しい。。 

それが、神々のなさり方ではないかと思います。 

今、時代が変わろうとしています。

もう、その大きなエネルギーの回転は、誰にも止められません。 

全ては、神々の計画通り、人間の精神性の復活の方向に向かっています。

心の時代です。 

何かを見たり、聞いたりすることで、 

・悪しきもの

・醜い心

・嫉妬

・揚げ足取り

・誤ったプライド、優越感

・疑心暗鬼

・マウンティングしようとする心 

などを、心に取り込まず、心を 

・美しいもの

・優しいもの

・思いやりのあるもの

・愛のあるもの

に集中したいものですね。 

心にあるものは、必ず、何時か現象として現実化しますから。 

目の前に現れてきます。


2026年5月6日水曜日

4249「惜しみなく与える」2026.5.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月24日の記事を紹介します。


「惜しみなく与える」


さて今日は南蔵院住職の林覚乗さんの言葉をご紹介します。 

世の中にひとりしかいない自分、かけがえのない自分が、 

他人の目や、他人にどう思われるのか?

ではなく、

・どのような生き方をしているか、

・どのような思いの持ち方をしているか、 

それさえしっかりと、自分でわかっていれば、それでいいのだというお話です。

<引用開始> 引用元 

ある本にこんな話が載っていました。

中年の奥さんが街を歩いていると、若い男がパンクの修理をしていたそうです。

「パンクですか」と奥さんは声をかけました。

すると、返ってきた言葉は、

「見りゃわかるだろ、お前、あほか」

「パンクですか」という言葉に、

「大変でしょうね、お困りでしょうね」という思いを込めたつもりが、

相手には一切通じなかったのです。

「残念でたまりません」と奥さんは述懐していました。

私は、交通安全協会にときどき講師として呼ばれるのですが、

そのときに、いつもこの話を取りあげます。

そしてその後で、ちょっとしたシミュレーションを行うのです。

車に乗って大きな道路を走っている場面をまず想像します。

あっ、脇道から車が出てきました。

こちらの流れの中に入ってこようとしています。

譲って、前に入れてあげることにしました。

その際、相手がクラクションを鳴らしてくれたり、

手を振ってくれたり、にっこり笑ってくれたりすると、

「ああ、止まってあげてよかったな。いいことをしたな」と思います。

ところが、相手が素知らぬ顔でそのまま行ってしまったとしたら、

何か損をしたような、無駄なことをしたような気になって、

腹立たしくさえ思ってしまいませんか?

でも、大事なことは、譲ってあげることのできた自分の心なのです。

そんな優しさを持っていた自分をほめることができればいいのです。

それが、ほとんどのひとは、止まってあげたのだらから、

・あなたは手を振るべきだ、

・クラクションを鳴らすべきだ、

・にっこり笑うべきだ 

というような思いを、先に持ってしまうのです。

求めるのではない、自分自身が相手にいい出会いを与えたかどうかということ、

それだけあればいいのだと思いたいものです。

ノートルダム大学の渡辺和子さんは、著書の中でこうおっしゃっています。

「あなたがほほえみをあげるときに、

ほほえみを返してくれなかったひとは、ほほえみを持っていないのだ。

あなたは持っているのだから与えてあげなさい。

優しい言葉をかけたときに返してくれなかったひとは、

優しい言葉を持っていないのだ。

あなたは持っているのでしょう。

惜しみなく与えてあげなさい。

それがあなたの素晴らしさでしょう」

世の中にひとりしかいない自分、かけがえのない自分、

そんな自分がどのような生き方をしているか、思いの持ち方をしているか、

その自己確認をすればいいのではないでしょうか。

<引用終了>

自分がかけた

・優しい言葉

・思いやり 

それらに対して、感謝の反応がないと

私たちは、途端に、「仏」が「鬼」の心に変わってしまいます。

ですが、渡辺さんが仰るように大切なことは、 

相手の反応ではなく、そのような行動をすることのできた、自分の心かもしれません。 

最後にマザーテレサの言葉をご紹介します。

人は不合理、非論理、利己的です

気にすることなく、人を愛しなさい


あなたが善を行うと

利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう

気にすることなく、善を行いなさい


目的を達しようとするとき

邪魔立てする人に出会うでしょう

気にすることなく、やり遂げなさい


善い行いをしても

おそらく次の日には忘れられるでしょう

気にすることなく、し続けなさい


あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう

気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい


あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう

気にすることなく、作り続けなさい


助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう

気にすることなく、助け続けなさい


あなたの中の最良のものを、世に与え続けなさい

けり返されるかもしれません

でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい


気にすることなく、最良のものを与え続けなさい


『最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、

結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。』


2026年5月5日火曜日

4248「火(霊)の洗礼まっ最中」2026.5.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月23日の記事を紹介します。


「火(霊)の洗礼まっ最中」


さて今日の記事です。

皆さんはノアの箱舟をご存知ですか? 

神から離れ、堕落してしまった人間を神様が見て

大洪水を起こし、地球上のすべてを流し去ってしまった・・ 

という水の洗礼の物語です。 

世界中に同じような伝承が残されています。

科学的にも大洪水の痕跡が発見されています。 

この時、唯一、心正しかった、ノアが神さまの助けの元、大きな船を作り

助かったというお話です。 

神様はこの時もノアと家族を通して人々に警告し、

罪を悔い改めるように訴え続けました。

しかし誰も神を信じ、改心しようとはしなかったのです。 

今日のお話は、結構重要です。 

源の大神様が、人類に対し行う行動について

出口なおの表した大本神論、及び、富士古文献(宮下文書)を中心に

著名な経済アナリストの藤原直哉さんが解説しています。

その内容を補足する形で書きたいと思います。 

内容に関しては、証明のしようがありませんので、眉に唾を付けてお読みください。 

また神様に対する信仰のお心がある方だけお読みください。  

このブログでは、

・目に見えない不思議

・派手な奇跡

・他人に頼り依存させるような事がら 

などを強調するものとは一線を置き 、地味ですが

・心の浄化

・改心

・神々への純粋な信仰

・身近な周りへの思いやりの心

などを中心に書いています。 

その目的は、今日の記事にあるように 火(霊=ヒと読みます)の洗礼の際に、 

できるだけ多くの方に、神さまの国に住んでいただけたら・・と思うからです。

神の国とは黙示録の言うところの

天から降りてきた新しい地上天国(エルサレム)のことです。 

入れる方は、心を洗い改心し、神さまの御心に近い方だけです。 

始めます。 

宇宙創生の時、この大宇宙は霊的な世界だけでした。

物質はありません。 

ですが、神様が思ったほど、なかなか進化のスピードは上がらりませんでした。

そこで神様は、物質世界を作ることにしました。 

その結果、物質世界ができたことにより進化のスピードは上がりました。

ですが、物質ができた結果、

その宿命として 二元論の世界観が広がってしまいました。

・善か悪か

・寒いか 暖いか

・大きいか 小さいか

・重いか軽いか

などなど。

損得の概念も、この二元論から発生しました。

その結果、物質が増えれば増えるほど、妖気に満ちた気が地球上に蔓延してきました。

つまり悪霊化する素の気のことです。 

この状態を見た神様は、

全世界に似たような伝承のあるノアの箱舟伝説の大洪水を起こし、

地球上の物質を全て洗い流してしまいました。

これが水の洗礼と言われるものです。 

ですが、神様は知っていました。

いくら物質を洗い流してしまおうと

人間の心が変わらなければ、再び同じ過ちを繰り返してしまう。 

そうして、第2の洗礼の予告がなされました。

それは火の洗礼と言われるものです。 

この火は、実は霊と言う字を書きます。

霊はヒと読みます。 

霊の洗礼です。 

つまり物質的なことで建て分けを行うのではなく、

霊つまり、人間の心の状態による建て分けを、第2の洗礼として予告しました。 

これは第1回目の水の洗礼のように、物質的な選別ではありませんから、 

亡くなったりするわけではありませんが、神の国に入れるかどうかの建て分けです。 

つまり明確な住み分けが行われるということです。 

聖書の黙示録の記載では

天から降りてきた新しい地上天国(エルサレム)と書かれています。 

門がありますが、この門を通過できるのは

・心の浄化、改心がなされたもの 

しか入ることができないと書かれています。 

心が浄化され 神に近づいているかどうかで 選別されるとされています。

そして助け出される人は、たとえ 物質、お金や地位や名誉などなくとも、

必ず救い出される。

これが1回目と2回目の浄化の違いとされています。 

黙示録は比ゆ的な表現が多く、なかなか簡単に理解しがたい所もありますが、 

紐といてみれば、現代社会の状況と非常に一致している点が多いことが分かります。

大本神諭によれば、

霊の洗礼の際、神々の意に沿う人々は2,3%であろうと書かれています。 

そして重要なことも書かれています。 

第2の洗礼(霊の洗礼)の際、先に足きりが行われる・・ 

あまりにも物質の罠にはまり

・今だけ金だけ自分だけ 

に陥り、悪魔的な心にまで落ちた人類は、足きりされると言うことです。 

最終的には、その魂自体も消滅の運命です。 

今まさに世界で起こっていることは、この足きりの戦いです。 

神が表に現れて、善と悪と立て分ける、と言われていますが、この真っ最中です。 

神々は見えないところで働きます。 

私たちの心を上手く操り、登場人物を、有機的につなげ、

あたかも自分の意志でことをなしているかの如く、神仕組みを実行なさっています。

極端な自分さえ良ければの悪魔的な思想を持ち、力と権力を持っていた邪悪な勢力は、

その悪行が白日もとにさらされて、急速に力を失っています。

既に勝負は明確に付いています。 

そして神様は第一の洗礼の時に予告しました。 

今回の霊の洗礼の後、もう二度と洗礼は起こさない。足きりで魂を消滅などさせない。 

そのため、今回は徹底して行われるということです。 

そうして足切りされた後の世に残った人々はどうなるのか。

私たちの住む世界の波動は、足切りの結果、軽くなります。

より一層、自由で軽やかな思考ができるようになります。 

神々の意をくむ、2,3%の人々とともに、

改心(洗心)するチャンスが飛躍的に増えます。 

物質的な洗礼ではありませんから、魂を無くすことも、命を無くすこともありません。 

安心して、心を清め、改心し

真摯な信仰心(神々を信じる心)を養うことができます。

私たちは、もう目の前に来ている

新たな神の国に、ほとんどの方が入ることができます。 

平凡な私たちが、平凡な日常の中でできることは、

今目の前にいる人に、丁寧に付き合うこと、思い合うこと・・

そのことを日々こつこつと行っていれば、 

神々は私たちを天の国に招いてくださることでしょう。

 


2026年5月4日月曜日

4247「光を発する人」2026.5.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月20日の記事を紹介します。


「光を発する人」


ここ数年、神々の働きが活発化しており、

いろいろな場所で、いろいろな変化が起こっています。

それを感じ取ってらっしゃる方も多いようです。

神々には明確な計画があり、その先には美しき未来が見えているはずです。 

ですが私たち一般人は、あせらなくとも、王道はやはり

・自分の心を清らかにすること

・身近な周りの方々と仲良く暮らすこと

・すべての出来事を感謝の気持ちで受け取ること

に尽きるようです。 

さて、今日のテーマは、「光を発する人」ということで

小林正観さんの記事をご紹介します。

<引用開始> 引用元

「私は、以前は『努力』してきた人間だったのですが、

正観さんのお話を聞いて、

がんばらない、緩んだ系統の人間になってきました。 

こういうタイプの人間が大勢を占めるようになったら、

どんな社会になると思いますか?」

と言われたことがあります。

私の答えは、そのように、社会全体を評価、評論する癖をやめること。

面白いことに、人に対して 

「変われ、変われ」と言う人ほど、笑わない、暗い人が多いように思えます。

この質問をなさった方は、コンサルティングをしており、

たくさんの企業とかかわるという立場からの、質問ということでした。

「世の中のここが悪いじゃないか、ここが暗いじゃないか、

ここが理不尽じゃないか」と、言っている人ほど、 

暗くなってきて、笑わない。

「暗い社会じゃないか」と問題点を指摘している人ほど、

暗くなっているように私には見えるのです。

…世の中を暗い暗いと嘆くより、自ら光って その闇照らせ…

 というのが私自身に言い聞かせている言葉です。

その人が光だったら、その人の周りには闇はないでしょう。

評論する暇があったら、自分が光になること。

自分がどう光るかを考えるといい。

世の中の暗さを指摘して、糾弾している人ほど、

笑顔がなく、暗さを投げかけているのかもしれません。

早くそれに気づくこと。

「闇」と「光」は、多くの人は50対50の力関係だと思っているかもしれませんが、

実はそうではなくて、0対100です。

 「光」が「闇」の中に入っていったら、常に「光」です。

逆に、「光」が撤退したとき、初めて「闇」の世界になります。

50対50の力ではなくて、「光」のほうが常に100の力を持っているのです。

ですから、「暗い、暗い」と言っている暇があったら、

自分自身が光を放ってその闇の中に入っていけばよい。

光が入っていった闇は、どんな闇でも、光るしかありません。

肯定的な言葉をいつも発している人のそばにいると、

いつも温かくなる、ということが体験的にわかっています。 

「オーラ」という言い方をしてもいいのですが、

明るい方向性を持っている人は、

物理的にも光っているということです。

「光」という文字は、「人」の頭の上から5方向に

光線が発しているという様子がもとになっている象形文字です。

「光」の文字のもとになっているものが

「人」というのはすごいことです。

そして、光を発している人のことを、「明るい」と呼んだ。

古代の人は、光を発している人と、

光を吸収する暗い人とを、見分けることができたらしい。

「陰気な」という表現があるのに

わざわざ「あの人は暗い」という表現があるのは、

実際にその人が「光」を発していなかったということでしょう。

「うれしい、楽しい、幸せ、大好き、ありがとう、愛してる、ツイてる」

という肯定的な言葉を口にしている人は、

その人がそこにいるだけで光を発する。

そしてその光は、暗い人を照らす。

「私の人生はつらくて、悲しくて、嫌いなことばかりで…」

ということばかり言っている人は、「暗い」。

この人は、周りの光をどんどん吸着してしまい、

はたから見ていると、黒いもやの塊が来たように見えるのです。

これが、人間が「光」という文字の語源となったいきさつです。

「光」とは、「人」が光ることによって周りの人を照らし、

歩いている道を明るく照らしてあげること。

光を発していない人の周りには、暗い人が集まり、闇に包まれる。

光を発している人の周りには、明るい人が集まり、明るさを宇宙に投げかけるのです。

<引用終了>

目の前にいる人に 

たとえ、その人のことを嫌いでも

たとえ、その人から嫌われていようとも

・愛のある言葉

・優しい言葉

・希望や勇気が出る言葉 

そのような言葉を笑顔とともにかけていらっしゃる方は、光の人ですね。 

光の人になれば、いえ、なろうと決心さえすれば、 

きっと幸せな人生が待ち受けていることでしょう。 

そしてご家族も、みんな笑顔で、お幸せになることでしょう。