2026年5月16日土曜日

4259「おかげさま」2026.5.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月03日の記事を紹介します。


「おかげさま」


心のお話です。

私たちの心は強力で、広大です。

見える世界、見えない世界を包み込んでいます。

例え、神様・仏様、能力のあるとされる方が、

一瞬にして私たちの境遇を引き上げたとしても、私たちの心が変わらなければ、

またすぐに同じ世界に戻ってしまうことでしょう。 

それに引き換え、心の中に感謝の気持ちを持つことができれば

私たちの境遇は一瞬にして変わってしまうことでしょう。 

空海が仰るように生きながら天国に住むものとなります。 

さて今日は、お陰様に付いてご紹介します。

謙虚で優しい気持ちです。

前ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子さんの言葉です。

<引用開始>

小さなお子さんの手を引いて、

一人のお母さまが水道工事の現場の傍(そば)を通りかかりました。

暑い夏の昼下がりのことでした。

お母さまは坊やに向かって、 

「おじさんたちが、汗を流して働いてくださるから、

坊やは、おいしいお水が飲めるのよ。

ありがとうと言いましょうね」

と話してやりました。

やがてもう一人、同じように幼い子の手を引いて、別の母親が通りかかりました。

「坊や、坊やもいまから一生懸命にお勉強しないと、

こういうお仕事をするようになりますよ」 

と言ったというのです。

同じ仕事に対して、こうも違った考えがもてるものでしょうか。

最初の母親は、この日、子どもの心に、 

労働に対しての、尊敬と感謝の気持ちを育てました。


二番目の母親は、

(手をよごす仕事、汗まみれの労働)に対しての、恐ろしいまでに誤った差別観念を、

我が子に植えつけたことになります。

私たちがいま、子どもと一緒にこの場にいたとしたら、

どんな会話を交わすことでしょうか。

会話以上に大切なのは、どんな思いを抱いて、

働いている人たちの傍を通るかということなのです。

人は、自分がもっていないものを、相手に与えることは出来ません。

感謝の気持ちを子どもたちの心の中に育てたいならば、

まず親がふだんから「ありがとう」という言葉を

生活の中で発していることが大切なのです。

近頃の学生たちで気になることの一つは、

いわゆる〈枕詞(まくらことば)〉のようなものを習ってきていないということです。

例えば、「お元気ですか」と尋ねると、

「はい、元気です」という答えは返ってきても、 

「おかげさまで元気です」という返事のできる学生が、

以前と比べて少なくなりました。

遅刻して教室に入ってきた学生が、 

授業の後で、「遅刻しました」と、名前を届けにはきても、

「すみません、遅刻しました」という枕詞がつかないのです。

「お話し中、すませんが」とか、

「夜分(やぶん)、失礼します」という挨拶のできる学生も少なくなりました。

いずれにしても、言葉が貧しくなっています。

そして、それは取りも直さず、心が貧しくなっている証拠なのです。

せめて、「おかげさまで」という言葉と心を、生活の中に復活させましょう。

理屈っぽい人は、

「何のおかげですか」と言うかも知れません。

何のおかげでも良いのです。

この表現は、私たちが実は、一人では生きられないこと、

たくさんの〈おかげ〉を受けて生きていることを忘れない心の表れなのです。

見えないものへの感謝なのです。

ところで、本当にありがたいこと、

何でもない時に「おかげさまで」と言うのは比較的に易しいのですが、 

不幸や災難に遭った時はどうしましょう。

そんな時にも、「おかげさまで」と言える自分でありたいと思っています。

ごまかすのではなく、不幸、災難、苦しみをしっかりと受け止めながら、 

「いつか、きっとこの苦しみの〈おかげさまで〉と言える自分になりたい、

ならせてください」と祈る気持ちをもっていたいのです。

<引用終了>

子どもは親や教師の「いう通り」にはならないが、

「する通り」になる。

そう渡辺さんは仰います。

このたとえ話では、

親の価値観が、子どもの価値観を作る・・ 

ということが良く描かれています。

私たちの日々の何気ない一言、

行動を子どもたちは本当によく見ています。

そして、ものすごい早さで吸収していきます。

親だからといって、

100%完璧な人間になることは不可能ですが、

「お手本」になるために、

少しだけ意識してみることはできるかもしれませんね。


2026年5月15日金曜日

4258「子供の人生は子供のもの」2026.5.15

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月02日の記事を紹介します。


「子供の人生は子供のもの」


もし自分が親であれば、子供たちは、 

・親が守ってあげるべき

・親が正しい方向に指導すべき

・何もわからない子供に代わって、将来を見据えた道を進ませるべき 

そうしなければ 

・壊れてしまうかもしれない

・悪い道に進んでしまうかもしれない

・遊んでばかりいて勉強しないかもしれない

・生涯、貧乏暮らしかもしれない

・ケガをするかもしれない 

などと思うかもしれません。 

ですが、

・障害を持って生まれるのも、

・病気になるのも、ケガをするのも、

・第一志望を落ちて、第三志望に進むのも

・勉強嫌いだけれど、人懐っこい性格も 

みんな、自分たちで、その経験がしたくて

生まれる前に、神様と相談して、そのような人生を決めてきました。

・病気になってかわいそう

・勉強ができなくてかわいそう

・早くに亡くなってかわいそう

それは、もしかしたら親の目から見た、親だけの、

独りよがりの価値観の押し付けかもしれません。 

子供たちは、その経験がしたくて生まれてきました。 

もしかしたら、たとえ体は小さくとも、

親の私たちよりも、遥かに進化した魂かもしれません。 

もし、そうであるなら、親の私たちの近視眼的な価値観の押し付けで、 

子供たちは、生まれて来た目的から、はるか遠くに離され、息苦しく、生きづらく、

魂は泣いているかもしれません。

手塚治虫さんの例をご紹介します。

小学校時代、マンガを授業中にノートに書いていた手塚さん。

母親は呼び出しを受け、先生に注意されます。

その後、母は息子のマンガを読んで、

「おもしろい第一号のファンになりました」と言って褒めてあげたそうです。

また手塚さんが医者を続けるか、漫画家になるか悩んだ時、 

母は、「あなたが選んだ方を応援します」と言って励ましてくれたそうです。

母親から、「いつも肯定されている子ども」は、自分の関心事を否定されないので、

自分の才能をスムーズに開花させることができます。

母親が「あなたは、そのままでいいのよ」と受け入れていくと、

子どもは個性的に、伸び伸びと育ちます。 

次に生まれる前の記憶(中間世記憶)を持つ りお君のお話を紹介します。 

<引用開始> 引用元 

りお君は心臓病と喘息があり、入退院を繰り返している5歳のお子さんです。

お母さんが

「どうして心臓病を持って生まれてきたの」と聞いたところ、

「そのほうが面白いと思ったから」という唖然とする返事。

「喘息になったのはどうして?」という問いかけには

「だって、治すのが面白いから」だったそうです。 

すなわち病気は自分で選んで、それを治すのが面白いから、というのです。

<引用終了>

 

りお君のお母さんは、こう仰っています。 

「先天性の病気ということで、私は辛い気持ちを引きずっていました。

けれど、りおにそう言ってもらって、気が楽になりました。

それに、喘息も治せるはずだって、明るい気持ちになりました。

りおが病気で生まれたため、本当に大変でした。

けれど家族の支えがあったから乗り越えられましたし、

沢山の経験を積ませてもらいました。

りおのおかげで出会った、病気と共に生きる子どもたちのことを、

私は決して忘れないでしょう。

りおは、生きていること自体が奇跡なのだということ、

そして家族の大切さを、気づかせてくれました。 

私たち親は、自分が苦労した道を、子供たちには歩ませたくないと

・楽な道

・人よりも優秀であること

・人よりも稼げる道

・健康であること

を良しとして、苦労させまいとします。 

ですが、何も苦労の無い人生を、親の都合で無理やり過ごさせて・・ 

果たして、天国に帰った時、子供たちは、

幸せを感じることができるでしょうか? 

一見苦労に見えること、避けて通りたい経験から逃げてばかりいて、 

魂は幸せを感じられるでしょうか? 

苦労の末に気づいた 

・何気ない日常の大切さ

・人々の優しさ、思いやり

・一緒に苦労を共に乗り越えた人々との友情

・別れの悲しさ、寂しさ

・恋した時の高揚感

・沢山の喜び悲しみを経験して培った家族の絆

・病気になったから理解できた、同じ立場の人々の心

そんなことを経験したくて、子供たちは、自分の人生のドラマの中に 

沢山の、

・一見苦労に見えること、

・回り道に見えること 

そんなことを仕込んできているかもしれません。 

可憐なタンポポであるお子さんに、 

「さぁ、バラに成りなさい」と言って、無理強いしても、 

子供の心を傷つけ、萎縮させ、枯れさせてしまうだけです。

私達親にとって出来ることは唯一、成長は本人に任せ、

笑顔で、お水をあげたり、日に当ててあげることだけかもしれません。

子供の人生は、子供のもの。 

私たち親は、子供たちを信じてあげたら、

干渉せずに、もうご自分の趣味や、楽しみに没頭し、

その楽しそうな後ろ姿を、子供に見せてあげることが大切なのかもしれません。


2026年5月14日木曜日

4257「心の方向性」2026.5.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月01日の記事を紹介します。


「心の方向性」


この宇宙は協調・共栄・調和でできています。

誰かが自分のために、自分は誰かのために

と皆助け合って、ともに永遠に変化し続けています。

進化し続けています。

私たちの身体の中で各細胞たちも

「自分が、自分が」と自分本位の自我丸出しではなく

自分自身の務めを渡し、務めを果たすことによって他の助けとなって、

調和して動いています。

振り返って、私たちが神社仏閣に行って

・神様お願いします

・これをしてください

・あれをしてください

そういった欲望丸出しのお願いをしていたら

祈られた方の神様はどんな気持ちでしょうか?

憐れんだ神様は手を差し伸べてくださるでしょうか?

その状況から一瞬で救い出してくださるでしょうか?

たとえ、神様が憐みから、救い上げてくださっても

その直後は幸せを感じるかもしれません。

ですが、本人の心は何も変わってはいないのです。

その苦しみ悲しみを引き寄せた状況

つまり自分の心の状態が何も変わってはいないのです。

そのような状況で、たとえ一瞬救い出されたとしても

時が経てばまた同じような状況、

苦しみ悲しみが訪れてしまいます。

なぜなら私たちは神様に似せて作られ、神様と同じ能力、

つまり心に思ったことを全て自分の目の前に創造・実現してしまうからです。

せっかく神様が救ってくださっても、

私たちの心が変わらなければ、

再び同じ苦しみに囚われてしまうことを、

神様はもちろんご存じです。

私たち自身の心が変わらない限り、たとえ神様といえども、

手の出しようがないということです。

これと同じことが先祖供養にも言えます。

自分が苦しいからと、

ご先祖に対し無理難題の欲望をぶつけたら、

ご先祖はどんな気持ちでしょうか?

ましては、神様の道から外れてしまい、

暗く、地獄のような世界にいらっしゃるご先祖なら、どう思うでしょうか?

自分が助けて欲しいのに、子孫が自分勝手な、

自分だけの欲望丸出しのことをお願いしてきたら、

自分の方こそ、助けてほしいと、へそを曲げるかもしれません。

私たちは神社仏閣で、

・祈るときも

・先祖を思う時も

不平、不満、愚痴をぶつけるのではなく、

感謝の気持ちをお伝えしたいものです。

神様や、先祖をを思いやること。

この姿勢は本当に何事においても大切なことです。

感謝の心を持つ時、私たちの心は神様の光で満たされます。

それによって、私たちの運命が少しずつ、少しずつ好転していきます。

不平、不満、愚痴、自分の欲望ばかりを口にしていては、

心は暗く真っ黒くなるばかりです。

決してその状況が改善することはないでしょう。

欲望をぶつけられた神様も、

ご先祖も暗い気持ちになることでしょう。

全ての運命・出来事は、この心の方向性によって変わってきます。

普段の生活の中で、この心の方向性を意識するだけで、

ずいぶんと運命が開けてくるはずです。 

それは自ら自分自身を救うように、

自分の足で立ち、自分の意志で心を決め、

そのように行動したからです。

ぜひ静かなところで、

今の自分の心の中を少しのぞいてみてください。 



2026年5月13日水曜日

4256「これからの日本での生き方を考えてみる」2026.5.13

今回はIn Deepさんの2026年5月3日の記事を紹介します。

「これからの崩壊がどんな様相を呈するのかは不明ながら、ソビエト連邦崩壊時の状況から、これからの日本での生き方を考えてみる」

 これからの崩壊がどんな様相を呈するのかは不明ながら、ソビエト連邦崩壊時の状況から、これからの日本での生き方を考えてみる - In Deep


ソ連崩壊時の体験談から考える今後

日本が今どういう方向に進んでいて、現在どういう状況にあるのかは、実際のところはわかりにくいのですが、「何らかの崩壊」という方向に進んでいることは確かなような気はします。

全面的な崩壊ではなく、「何らかの」です。

それが食糧危機的なものになるのか、それとも、プラスチック文明全体に亀裂が入るような根本的な事態となるのか、あるいは燃料・エネルギー危機がさらに大きくなるのかどうか、など、それぞれが「そうなってみないとわからない」面はあります。

私がふだん読んでいるようなウェブサイトはアメリカやヨーロッパのものが多く、そこでは、「食料危機」や「エネルギー危機」などの方についてはよく語られますが、「プラスチックの枯渇」の話題が出ることはないです。

これらの国々では、日本ほど根幹的な(ナフサも重油も足りていないというような)危機感は実感としてないようで、そのあたり、日本は特別な崩壊傾向の渦中にあるという気もしないでもないです。

化学産業

徐々にとはいえ、プリンやゼリーや豆腐の容器や、納豆や缶詰やパンの袋まで不足しつつあるというような、少なくとも私の人生では過去に例を見たことがないような状態が現実として現れています。

「こういう崩壊は…」

と考えますと、

「ソ連の崩壊と似ているのかなあ」

などと思いまして、ソ連崩壊の際に現場にいて、その時の経験を 2009年に講演で語った、ドミトリー・オルロフさんという方が述べたことを少しご紹介したいと思います。公演の内容は今も残っています。以下にあります。

社会崩壊への最善策

Social Collapse Best Practices

Dmitry Orlov 2009/02/13

ここからいくつかの概要を抜粋したいと思います。これは最初は、今から 17年前の 2009年3月17日のヤスの備忘録の記事で知ったものです。

ドミトリー・オルロフさんのこの講演の内容は、

「アメリカがソ連と同じような崩壊に至った場合」

のことを想定して述べていますが、まず、国家の機能が維持できなくなると、

「物流が消えていく」

という事態が始まります。少なくとも、ソ連ではそこから始まりました。

これは、現状の燃料の不足、燃料高騰の中でも起こり得ることですが、ソ連の場合は、その後このようになっていったようです。 

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2009年のドミトリー・オルロフ氏の講演の概要より


国家の機能が維持できなくなると、通貨の価値の大幅な低下となって現れる。つまり、ドルの紙くず化である。(ソ連の場合は、ルーブルが紙くず化した)

アメリカは原油の大半を輸入に頼っている。ドルの大幅な減価は、原油価格の極端な高騰となって現れることは間違いない。これがソビエト崩壊時のルーブル下落で起こった現象だ。

原油価格の急騰はガソリンが手に入らなくなることを意味する。これを安易に考えてはならない。

ソビエトではこのため、トラックによる国内の物流システムがほとんど停止してしまったため、モノ不足が深刻化した。

スーパーや店頭からものが消えるのである。アメリカでも同様の現象が起こることは間違いない。

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まずは、ここまでです。

> スーパーや店頭からものが消えるのである。

は、今の日本でも少しずつであるとはいえ、起きています。建築資材から食品関係、医療用品に至るまで、それは起きつつありますが、現在の日本の場合は「まず物流が崩壊して」起きたことではなく、

「特定の原材料が高騰、不足して起きた」

という部分がソ連崩壊のときとは、やや違うかもしれません。

特定の原材料とは、ナフサ、石油由来のさまざまな材料や、重油などの燃料そのものの不足、枯渇の両方を含みます。今はアルミも足りていないですね。

化学産業

しかし、何らかの理由で「スーパーや店頭からものが消えた」としても、流通環境が元に戻れば、また店頭にものは復活してくることにもなりますが、今回はどうなんだろうと。

作家であり投機家のダグ・ケーシー氏は、現在が「第三次世界大戦の渦中であるならば」と仮定して、以下のように述べています。

ダグ・ケイシー氏のインタビューより

大きな問題は、私たちが今、第三次世界大戦に突入しているかどうかだ。私は突入していると思っている。米国は軍事予算を 50%増額し、欧州諸国にも軍事費を倍増するよう圧力をかけている。ウクライナでの戦争は続いており、欧州諸国はそれをさらに拡大しようとしている。

また、現在皆の注目を集めている米国・イスラエルとイランの間の戦争も、すぐに終わるとは思えない。何ヶ月、あるいは何年も続くだろう。

そして、米国やイスラエルがイランをあまりにも追い詰めた場合(その可能性は高い)、イランは地域へのドローンやミサイル攻撃だけでなく、全面的なサイバー戦争で報復する可能性がある。世界はコンピューターで動いているため、それは核戦争と同じくらい壊滅的なものになりかねないのだ。

現時点では、この戦争は中東のエネルギー供給を破壊または阻害することに集中している。しかし、このままでは終わらないだろう。

なぜなら、世界の人口の3分の2を占めるアジアは、ペルシャ湾からの石油化学製品に完全に依存しているからだ。彼らは、戦争によって経済が破壊されるのを傍観しているわけにはいかないのだ。

私たちは深刻なエネルギー不足に備えるべきだ。

Doug Casey

ダグ・ケイシーさんは、現在のエネルギー価格の上昇やエネルギー危機は「一時的な混乱ではない」と見ていて、世界全体の混乱は長く続くだろうとしています。

そして、アメリカも当然大きな影響を受けるにしても、現在の石油危機あるいは天然ガス危機を圧倒的に受けているのはアジアであり、その中でも中東依存度の高い日本は最も影響を受ける構造になっています。

 

それにしても、これは先々週あたりのメルマガにも書いたのですが、

「なんだか日本は仕組まれたんじゃないかなあ」

みたいなことを思わなくもないのですが、これは、矢作俊彦氏原作/大友克洋氏作画の『気分はもう戦争』(1982年)という 40年以上前の漫画の内容を思い出したものでもあります。

『気分はもう戦争』では、中国とソ連の間で戦争が勃発するのですが、終戦後、最も経済的にダメージを受けたのは日本だったということになっています (1ドル 400円以上となり、GDP は世界 20位程度に)。

まあ、それはともかく、話をソ連時代に戻しましょう。


崩壊時の都市部と地方のそれぞれの弱点

経済や国家体制の崩壊時に住む場所として、一般的には「都市部は良くない」と言われることがあります。地方や田舎に住んで、できれば、自給自足を目指すべきだと。

しかし、完全な自給自足ができている場合はともかくとして、それができていない場合、地方では問題が起きる可能性もあり得ます。少なくとも、ソ連の崩壊時はそうでした。

先ほどのドミトリー・オルロフさんの講演からです。

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2009年のドミトリー・オルロフ氏の講演の概要より

第二次世界大戦中のソ連での家庭菜園運動

sciencedirect.com

…そのような状態(国家の機能が停止した状態)でも最後まで稼働しているのが都市の公共交通機関だった。

したがって、ものは不足しているものの、都市にいる限り移動の手段には困らなかった。

また、都市では電気、ガス、水道などのライフラインも最後まで供給は止まらなかった。生活の基盤となるインフラが維持されているので、生活はなんとかなった。

一方、郊外の一軒家など移動の手段が自家用車しかない地域で生活している人達はたちまち孤立することになる。(ガソリンが手に入らないため)

完全な自給自足の体制ができていない限り、郊外や田舎の生活は勧められない。こうした地域には自治体のライフラインも早いうちに供給停止になるため、生活の維持は本当に難しくなる。

危機に際しては、ソビエト国民はアメリカ国民よりもはるかに有利な立場にいたように思う。まず、狭く窮屈な環境ではあったが、全国民に団地のようなアパートが提供されていた。

そしてアパートの住民たちは、通例家庭菜園をもっており、それはアパートのすぐ近くにあった。そこから採れる野菜を食べることが日常の楽しみでもあった。

このようなライフスタイルのため、ソビエトが崩壊してもホームレスは存在せず、また餓死者もほとんど出ることはなかった。

また、アパートは自立した共同体としての特性をもっていたため、住民同士で助け合い、苦しいときをしのいだ。

しかし現在のアメリカは、かなりの数の国民が郊外の一軒家に住んでいる。こうした住宅街では、家庭菜園どころか、食料をはじめほとんどすべてのものをスーパーやファーストフードのチェーン店に依存している。

物流のシステムが停止すると、こうした地域の住民はすぐに飢えるので、都市への人口の大移動が起こるだろう。

Dmitry Orlov

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ここまでです。

少なくとも、ソ連の崩壊時には、都市部ではインフラが維持されていた一方で、地方ではライフラインが早い段階で止められたため、なかなか厳しい状況だったようです。

もちろん、これはソ連の話であり、一般に当てはめられるものではありませんし、やはり地方での自給自足は強いものだと思います。ただ、食料生産手段を持たないままで、「何となく地方に行く」のはやめたほうがいいと。

なお、ソ連の崩壊時あるいは崩壊後、

「最も役に立った人々と、最も役に立たなかった人々」

について、ドミトリー・オルロフさんは以下のように述べています。

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2009年のドミトリー・オルロフ氏の講演の概要より

theguardian.com

家庭菜園など、自給できる状態を高く維持することは当然大切だ。

また、家族や隣近所の人々とコミュニティーを作り、今から、いざというときに備えるべきだろう。

ソビエトの崩壊時でもっとも邪魔になったのは、社会的地位の高い 50代の男性たちだった。

仕事を失い、高い社会的地位を追われた彼らは、自我を傷つけられ、国家がどうの、社会がどうの、システムがどうのと悪態をついて飲んだくれ、粗大ゴミ化する。

まったく役に立たないどころか、生活をなんとか維持しようと頑張っている人々の足を引っ張る。こうした人々とは関わりにならない方が無難だ。

反対に、新しい環境にもっともよく順応し、食糧生産などに労を惜しまないのが主婦を中心とした女性たちだった。

彼女らは、かつての社会的地位が高かろうが低かろうが、作業着に着替え、労働に精を出した。

Dmitry Orlov

________________________________________

 

ここまでです。

社会の崩壊時には、もうかつての社会的地位とかは関係ないのです。淡々とサバイバルをしていくしかないのでしょう。

そのためには、無理をしない程度の準備は必要だと思われます。

日本の崩壊がソ連的なものになるかどうかはわからないですが、ソ連はソ連で、その後見事に復活、発展したわけであり、いつかはまた日本も復活していけるのだと思います。

おそらくは。


2026年5月12日火曜日

4255「神様との約束」2026.5.12

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月30日の記事を紹介します。


「神様との約束」


あなたは今、歩くことが出来ますか?

あなたは今、しゃべることが出来ますか?

「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」と

悲しい言葉を、誰かが言わなくても良い世界を作りたいものです。

これは40年前のおはなしです。

<引用開始> 

 山田康文くんとお母さん

「おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい」

ごめんなさいね おかあさん

ごめんなさいね おかあさん

ぼくが生まれて ごめんなさい

ぼくを背負う かあさんの

細いうなじに ぼくは言う

ぼくさえ 生まれてなかったら

かあさんの しらがもなかったろうね

大きくなった このぼくを

背負って歩く 悲しさも

「かたわの子だね」とふりかえる

つめたい視線に 泣くことも

ぼくさえ 生まれなかったら


この詩の作者は山田康文くん。

生まれた時から全身が不自由で書くことも話すことも出来ない。

養護学校の向野先生が、康文くんを抱きしめ投げかける言葉が、

康文くんのいいたい言葉の場合はウインクでイエス、 

ノーの時は康文くんが舌を出す。

出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで1ヶ月かかったという。

気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。

この母を思いやる切ないまでの美しい心に対して、

母親の信子さんも、彼のために詩を作りました。


わたしの息子よ ゆるしてね

わたしの息子よ ゆるしてね

このかあさんを ゆるしておくれ

お前が脳性マヒと知ったとき

ああごめんなさいと 泣きました

いっぱい いっぱい 泣きました

いつまでたっても 歩けない

お前を背負って 歩くとき

肩にくいこむ重さより

「歩きたかろうね」と 母心

"重くはない?“   と聞いている


あなたの心が せつなくて

わたしの息子よ ありがとう

ありがとう 息子よ

あなたのすがたを 見守って

お母さんは 生きていく

悲しいまでの がんばりと

人をいたわる ほほえみの

その笑顔で 生きている

脳性マヒの わが息子

そこに あなたがいるかぎり

このお母さんの心を受け止めるようにして、

康文君は、先に作った詩に続く詩をまた作りました。


ありがとう おかあさん

ありがとう おかあさん

おかあさんが いるかぎり

ぼくは 生きていくのです

脳性マヒを 生きていく

やさしさこそが、大切で

悲しさこそが 美しい

そんな 人の生き方を

教えてくれた おかあさん

おかあさん

あなたがそこに いるかぎり

康文くんは重度の脳性マヒで8歳の時、奈良の明日香養護学校に入学しました。

不自由児のための特殊学校で、康文くんも母子入学でした。

康文くんは明るい子でクラスの人気者になりました。

1975年4月には体の不自由な子供達が集う

「タンポポの会」が「わたぼうしコンサート」を開き、

康文くんの詩が披露されました。 

このコンサートはテレビ、ラジオでも取上げられ

森昌子さんが康文くんの詩を歌いました。 

このコンサートのあと、康文くんは突然天国に行ってしまいました。

窒息死でした。

横になって寝ていたとき、枕が顔を覆ってしまったのです。

15歳の誕生日を迎えた直後だったそうです。

康文くんの先生で、この本の著者の向野幾代さんは復刊にあたって

「あの子の詩は 

障害者が

『ごめんなさいね』なんて、言わなくてもすむような世の中であってほしい、というメッセージ。

今もこうして皆さんの心に、呼びかけているんですね。

いま、障害者の問題は、高齢者の方たちの問題でもあります。  

『老いる』というのは、障害が先送りされているということ。

歳をとると、足腰が不自由になって車椅子が必要になったり、

知的障害になったり・・・

健常者の方も、たいていはいつか障害者になるんですよ。

だから康文くんたちは私たちの先輩。

世の中をより良くするよう切り開いてきた、パイオニアなんです」と・・・

向野幾世著 『おかあさん、ぼくが生まれてごめんなさい』より

<引用終了>

山田康文くんは、生まれた時から、全身が不自由、口も利けない状態でした。

通称やっちゃん。そのやっちゃんを、

養護学校の先生であった向野さんが抱きしめ、彼の言葉を全身で聞く。 

向野さんが言う言葉が、やっちゃんの言いたい言葉だったら、

やっちゃんがウインクでイエスのサイン。

ノーの時は舌を出す。

気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。

そしてその二ヵ月後、彼はは亡くなりました。

自分を生み育ててくれた母親に報いたい。 

その思いがこの少年の人生のテーマだったといえるかもしれません。

短い生涯ながら少年は、見事にそのテーマを生ききり、

それを一篇の詩に結晶させて、逝きました。

生前、ひと言の言葉も発し得なかった少年が

生涯を懸けてうたいあげた命の絶唱かもしれません。

この詩が私たちに突き付けてくるものは大変に重いです。

人は皆、神様との約束を胸に宿して、この世に生まれてくるといいます。

その約束を深く掘り下げ、高め、そして仕上げていくことこそ、

私たちが果たすべき人生のテーマといえるのかもしれないですね。

あなたは、もう、神様との約束を思い出しましたか?

神様との約束って、もしかしたら、

家族や身近な周りの人と、例え苦労の中にあったとしても、

仲良く、思いやり、助け合って、生きていきます・・

 そんな約束だったかもしれませんね。


2026年5月11日月曜日

4254「人生の転機の時」2026.5.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月29日の記事を紹介します。


「人生の転機の時」


今日は、「人生の転機の時」に、

どのような兆候や、前兆があるのか書きたいと思います。

誰でも、人生において、何回かの大変革の時=大変な時が訪れます。

その理由は、

私たちが、この世に生まれてきた目的が、魂の成長のため、だからです。

どうして、魂の成長のために、

苦痛ともいえる、大きな出来事が必要なのでしょうか?

それは、当たり障りのない、幸せだけの人生では、

魂はほとんど成長することができないからです。

・苦労なんて嫌だ、

・いつも笑顔で、幸せだけの楽な人生でありたい

そう思っていても、

・苦しみや、

・悲しみ、

・自分ではどうにもならない出来事

などを通じ、魂が磨かれることを、

ほとんどの方は、もう気づいていらっしゃると思います。

その大きな目的である「魂の成長」を促すために、

一番ベストなタイミングで、

周りの役者が揃えられて、環境も整って、

「人生の転機」が起きて来ます。

そして、その前兆である現象も、実は起きています。

人生で忘れられないような大きな事件や事故が起きる時、

その出来事は、

その後の人生の大きな転機の為に「軌道修正」をするために起こされます。

・病気や事故、怪我による入院

・結婚

・離婚

・リストラ

・子供や配偶者などとの死別

・会社の倒産

などが、例としてあげられます。

転機の時には、こういったことがよく起きるようです。

いわゆるショック療法です。

では、いったい誰が、

私たちの人生に軌道修正を起こすようなカタチで、

「転機」を起こしてくれるかと言えば、

常に、私たちを見守り、一緒に居てくださっている神さまです。

目の前のことしか見えない私たちの知恵を、

はるかに超えた、英知の塊であり、

とてつもなく大きな存在が、私たちの人生を正しい方向へ向かわせるために、

私たちに転機となる事件。

出来事をもたらしてくれています。 

そして、大切なことは私たちの身に、

・何か辛いこと

・何か苦しいこと

・何か悲しいこと

が起きたとしても、

それは決して「罰、バチ」ではないということです。

昔からよく「バチが当たる」なんて言いますが、

神様は、愛する私たちに、バチなど与えません。

また、過去の私たちの犯した

・判断、決断の誤り

・誤った考え、行動

これらによって、不幸が引き寄せられることもありません。

皆さんの中で、もし物凄く辛い出来事を、

今まさに経験している方がいましたら、

まずは、その事柄を悲観せず、

「これはきっと自分の近い将来を

 より良くする為の軌道修正が行われたのだ」と

解釈して見てください。

人によっては、人生のどん底と思われるような、

辛い出来事が起きるかもしれません。

ですが、神様は、必ず、一見、悪いことに見える出来事の後に、

幸福を準備してくださっているからです。

その出来事はまさに、

神様が幸運を下さるための前準備、

人生の大きな方向転換を図るための吉兆なのですから。

・喜んで、

・笑顔で

・感謝して

受け取ってください。

すぐそこまで幸運が来ている証拠ですから。

私たちは「幸せ」になるためにこの世に生まれてきました。

周りの人々と、おかげ様、お互い様と、

助け合い、笑顔で美しい愛を紡ぐために生まれてきました。


2026年5月10日日曜日

4253「仏陀の予言-ジャプトーバー」2026.5.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月27日の記事を紹介します。


「仏陀の予言-ジャプトーバー」


さて、今日のテーマ、人間の持つ負のエネルギーを得るために

・世界中の人々を恐怖と不安に陥れる悪魔的な存在や、

・巨万の富を得て、そして維持するために 

残虐な憎悪のエネルギーで世界を動かそうとする存在たち。 

心優しき人々は虐げられ、

今日に至るまで、それら存在の計画がうまく進行しているように見えますが、 

ここ数十年の動きは、まさに神様の仕組みが動きだしているように見えます。 

しかし、ここ数日述べている通り、既に世界では、

この悪魔的なエネルギーのあぶり出し、そして立分けが終わりました。 

最終的な仕上げの段階に入っています。 

そして、沢山の異なるレインボーチルドレンからもたらされる複数の星々からの情報や、

神様の意識を持ったまま生まれた子供たちからの情報、

そして今日ご紹介するブッダの予言では、

神の世を創る原動力となって動くのは私たち日本人のようです。

※それは日本人だけが偉いのではなく、今世日本人として生まれた役割です。 

ですが、私たちがその役割を担おうにも、

・今までのように他人依存的な思考を打破しない事には

・恐怖と不安に縛られていては

・神様を心の底から信じていなくては

私たち自身も、そのような存在の操り人形のまま終わってしまいます。 

他人の思考のままに、無意識に動かされるロボットのままです。 

令和の時代が始まっています。

・霊性の時代、

・神々と直接的につながる時代

・思いと現実の時間的ギャップがなくなる時代 

様々な良きことの起こる時代になりました。

私たち人間は、変化の渦中で生活していると、

世の中の変化には、なかなか気づきにくいものです。

ですが世界は、着実に神々の計画通り動いています。 

今日は、ブッダが亡くなる直前に説いた、日本に関する予言をご紹介します。

その内容は沢山の文献に散見されるようですが、小林正観さんのお話からご紹介します。

この内容は正観さんが、2001年、つまり東北大震災発生の10年前に語った内容です。 

<転載開始> 転載元

21世紀は、どんな時代になるのでしょうか?

21世紀は架け橋ですね。

20世紀と21世紀の。 

この百年で西洋文明から東洋文明へと価値観が変わって、

それがその後3,000年続きます。 

その礎がこの百年で出来上がります。

ほう、21世紀が東洋の時代と言う人はいますが、3,000年王国ですか? 

釈迦が言ったジャプトーバーですね。

自分(釈迦)の教えが、末法の時代になってから五百年ほどたつと、

つまり、2,500年後ですね、(釈迦が生まれたのは、紀元前500年頃とすれば、 

正法が1、000年、像法が1、000年、とすると、

西暦1、500年頃から末法の時代ということになるから、

その後500年くらいということになると、西暦で言えば21世紀初頭と思われる) 

インドのはるか東方にジャプトーバーという国があって、

その国で自分の教えや考え方が正しく理解されなおす‥‥。 

末法の世に入ったら自分の教え、考え方が正しく伝わらない、と言っているわけです。 

それがジャプトーバーという所で、再度認識されなおす‥‥。 

ブッダはジャプトーバーについてこう言っています。

・都会に人があふれ

・夜でも明るい光に満ち

・道は広く平らで裸足であるいても傷つかない

・遠く離れても話ができる

ジャプトーバーとは、もちろん日本ですね?

そうです。その国の人々は、争うこと、闘うことが嫌な人たちで、 

その考えと自分(釈迦)の教えが正しく理解されることが相まって、

融合して平和な世界が始まる。

そこから3,000年間、平和が続くだろうと釈迦は言ったのです。  

その方向での動きはどうですか?

まさにその動き(傾向)がジャプトーバー(日本の事)に出ている‥‥。 

私はこの33年間の中で初めて、この数年間の手応えを、すごいと思っています。

33年間(我が国を)見つめてきたからわかるのですが、

全然違います、この2,3年は。 

日本人の心の有り様というものが、まったくそれ以前とは違う。 

お釈迦様の2,500年前の遺言は、本当なんではないでしょうか。

だから私は環境問題とも闘わないし、世の中が悪くなったなんて一言も言わないのです。

そうではなく、3,000年王国に向けての第一歩が、

(日本から)始まったと思っています。  

我が国の国民性は、疑いなく、「争うこと、闘うこと」が嫌いであり、

しかも、インドはるか東方という位置や、ジャプトーバーという国名からして、

釈迦の予言は、いかにも、我が国のことを指して言っているように思えるのです。 

<転載終了> 

皆さんは聖徳太子の17条の憲法をご存知ですか? 

第1条、和を以って貴しと爲す

の憲法です。西暦604年に作られたものです。 

その第10条には、こんなことが書かれています。

心に恨みを抱くな。 顔に憤りを表すな。

人が自分と違うからと言って、怒ってはならない。

人には皆 心があり、心にはそれぞれの想いがある。

自分は聖人ではなく、相手が愚か者でもない。

ともに凡夫なのである。

何が正しくて、何が間違っているか

いったい誰が定める事ができよう。

それゆえ相手が怒ったら、自分の過失を恐れよ。

なんと、こんなに早い時代から、私たち日本人の祖先たちは、

心をとても大切にしてきました。

ブッダの教え、空海の教えそのものです。

世界に類を見ないものです。 

だからこそ、ブッダの予言に出てきたのかもしれません。 

また私たちの住む日本は、レインボーチルドレンのそうた君が言うには、

この広い宇宙中で、数えきれないほどの星々がある中で、 

たった2つしかない、ユートピアの一つなのだそうです。 

日本が存在するから、この地球が保たれ、愛の星と言われるのだそうです。 

私たちの中に流れる縄文のDNAは人を疑うことを良しとしません。

まず最初に、相手の中の神様(良心)を信じて接します。 

相手を騙してまで、自分の利益を守ろうとはしません。

和を持って尊しとなすの精神が、誰にも根付いています。 

それに比べると日本以外の国では、「アリババと40人の盗賊」にあるように、 

人のものを奪ってでも、自らの利益を追求することは、悪いことだとは考えないようです。 

ブッダの予言には、そのような日本人の美しい気質も関係しているかもしれません。 

このような性格は、古事記や日本書紀などにもよく表れています。 

さて以前の記事では、こう書きました。 

<引用開始>

日本人のDNAに刻まれた特質は、

・どんな相手でも、拒まずに受け入れて、

・自分に取り込み、融合して進化する

・先祖や、死者。敵国の戦没者まで弔い、

 死後の幸せを願う心(神道の細男の儀式として残っています) 

意識する、しないに関わらず

このような魂の特質をDNAに刻まれた日本人に対し、 

2011年3月11日、神々は東日本大震災を起こしました。 

あの大きな犠牲のもと、日本人の心が変化しました。 

私たち日本人の集合的無意識に 

・慈悲(相手の痛みを感じる共感、助け合い)

・優しさ(思いやり) 

・聖なる諦め(自然の力の強大さの前に人間は無力である)

このような心が芽生えました。 

この大災害は、もともと私たち日本人の持つDNAの特質を、

更に、大きく神々の心に近づける働きをしました。 

<引用終わり>

過去の歴史を見てわかるとおり、変化の渦中にある時、

人は全くそれが大変化であるとは気付きません。 

その時が、変化の起点(エポック)であったとは、後の世の人が指摘することです。 

ですから、今21世紀に入ってから20数年がたち、令和の時代に入っていますが、 

もしかしたらブッダが言うように、今が後の3千年間続く仏国土、 

つまり「人間の精神性の復活」のための「建て直し」の時期なのかもしれません。 

それは、今始まったばかりであり、これから百年かけて、私たちの精神性は目覚め、

心の時代であることを確かに確信します。 

そして私たちの2代、3代後の子供たち皆が 

笑いあい、助けいあい、お陰さまの気持ちで純粋に生きる、

随神(かんながら)の生活を送っていることでしょう。

そのためには、私たち人間が、自分たちの力と知恵で、

純粋な精神性、心を取り戻さねばなりません。 

今は、建て替え、つまり破壊の最終段階を過ごしていますが、

これを耐え忍べば、いよいよ美しき世界への建て直しの時期です。

希望を持ち、周りの人々と助け合いながら、笑顔と感謝の気持ちで暮らしていれば 

その美しき世で暮らすことができるでしょう。