2026年6月5日金曜日

4279「現実を変える想いの力」2026.6.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月22日の記事を紹介します。


「現実を変える想いの力」


今日は、人間の持つ「想いの力」がどれほど強いものか、書きたいと思います。 

人間の「想い」は非常に強いものです。 

・生きている間であれば、無意識のうちに「生霊(意識)」も飛ばせます。

・肉体に変化を生じさせることもできます。 

それでは、まず一例を、元春日大社の宮司

葉室 頼昭さんの、ご著書「心を癒し自然に生きる」よりご紹介します。 

葉室 頼昭さんは、日本での形成外科医の草分け的な存在でした。

<引用開始>

あるとき一人のお母さんが小学校四、五年生の男の子を連れて来た。 

見たら、男の子のおでこに、ひどい傷あとが残っている。

診察をして、「心配いりません。 きれいになりますよ」と言いました。

それなのに、そのお母さんがその傷をいちいち説明するんですね。

上から一ミリぐらいのところが膨れているとか、

そこから曲がって二、三ミリしたら赤くなっているとか、

上から下まで全部説明して、「これがきれいになりますか」と聞かれるから、

今度は「きれいになりません」と答えました。

「いま先生はきれいになると言われたではないですか」と言うのですが、

お母さんがそんなに子どもの傷に心を集中していたら、 

絶対にきれいにならない。

またお母さんの 「念」が、傷を出しますよと言いました。

なぜお母さんがそこまで固執するのかというと、

その子どもが赤ちゃんのとき、お母さんが持っていた剃刀か何かで、

誤って赤ちゃんのおでこを切ってしまったんですね。

それを思い続けていままで来たから、

その傷から目を離すということができなかったのです。

「どうしたらきれいになりますか」と言うから、 

お母さんが傷のことをいっさい考えない、

忘れると言うのなら手術をしてもいいけれども、

そうでなかったらきれいにならないから手術をしないと言いました。

そうしたら、そのお母さんが「今日からいっさい傷のことを言いません」と言うので、

手術をして、その傷はきれいに治りました。

それからも十日か半月に一回ずつ通院して、一年がたちました。

ところがなんと、前と同じ傷がおでこに現われてきたのです。

手術する前と全く同じ傷です。 

へこみから赤みかみから、まったく同じ傷ができていた。

こちらが寒気がするほどです。 

「やっぱりお母さんは、その傷が忘れられなかったのです。

手術したおかげできれいになった。そこまではいいんです。

ところが、「先生、ちょっと待ってください。

上から五ミリぐらいのちょっと赤いのは大丈夫ですか」と、

すぐにまた言い出した。

それから一年間、来るたびに言い続けていました。

そして一年たったら、まったく同じ傷が現われてきたんです。

それは確かに、自分の手で手術をして、間違いなくそのときに全部取ってきれいになっ ています。

でも、またその傷が出てきた。単に傷あとが目立ってきたということではない。 

前と同じ傷が出てきた。

いかに母親のこころが、

子どもに影響するかということを、目の当たりにさせられました。 

<引用終了>

葉室 頼昭さんの手術は、神様とともに行っていました。

土台は、あらゆるものに対する「感謝の心」です。

これにより、世界でも例をみないほど、後に残らない

みんなが幸せになる手術を行っていました。 

この例は、母の強い思いが、子供に現実の傷跡として現れたという例です。

私たち人間の想いの力は強く、それは、強い想いであればあるほど、

持続すればするほど、現実世界(3次元の世界)に現れやすくなります。 

それは、私たち人間が神さまと同じ力を与えられているからです。 

またアメリカの心理学研究チームが

「典型的な二重人格の青年を発見した」と報告したことがあります。

「二重人格」とは、一人の人間に異なる二つの人格が生まれるケースです。

この青年の場合、通常のA人格のときはオレンジにアレルギーがあり、

別のB人格になるとアレルギー症状がサッと消えるという現象がわかりました。

「病気」は「人格」と連動していて、「心が健康」であれば、

「体も健康」だということが実験で証明されました。 

私たちが、考えたこと、意識したことは、

そこにエネルギーが供給されることと同じことです。 

どんどん、エネルギーが流入し、現実化しやすくなります。 

五体不満足の著者「乙武洋匡」さんが、

「じゃがいも」のような手と足しかなく生まれた時(著作の記述通り)、

1ヶ月遅れの母子対面の時、

病院の医師や看護婦、周りの人々が手足のない息子を見て、

母が卒倒するのではないかと心配していましたが、

お母さんは、開口一番「まあかわいい」と言ったそうです。

その後もお母さんは、彼の無いもの(手、足)に意識を向けることなく、

彼の全部をひっくるめて愛してくれました。 

母が、無いもの(手足)に、何時までも執着し、悔み

意識を向け、落ち込んでいたら、きっと母子ともに暗い人生を歩んでいたかもしれません。 

子供が心配だ、心配だと、何時までも、取り越し苦労をし、心を乱していたら、 

そこにエネルギーが流入し、きっとそれが、現実化することでしょう。

このことは小学生の神様トキ君も同じことを言っています。

意識の力は強大です。  

これは私たちの意識の科学でもあるのですが、

私たちが何か意識するだけで、そこにエネルギーが流れ込みます。 

(私たちは本来、神さまと同じ力を持っていますから、神さまと同じことが起こるのです。)

例えば、人の悪いところが気になり意識していると、 

本当は小さな小さなことなのに、過大に悪しきことが評価され、 

自分にはその悪い面しか見えなくなります。

相手も、そう思われていることに、無意識に気付いていますから、 

自分のことを「悪」と観ている人の前では、

「悪」、もしくはさらにパワーをもらい、「極悪」としてふるまってしまうのです。 

その極悪人と言う役目を、私たちの無意識から、受け取ったからです。

ですから、悪しきことには、意識を向けないことが大切なのです。

これを「悪」ではなく、どこか良いところを探し、相手の「良き心」を意識すれば、 

これと逆の現象が起こり、良き部分に、エネルギーが流れ込み、 

その人は、天使のような慈悲の人となることでしょう。

ですから、私たちが、どの部分に意識を向けているか?

それはとても大切なことです。 

私たちの心を 

・いつも穏やかにしておくこと、

・感謝の気持ちで満たしておくこと。

人は、 

・自分のことを「良き人」と見てくれる人に対し、

・自分のことを信頼してくれる人に対し、

・自分に感謝してくれる人に対し、

どのような極悪人であろうと、善人にしか、なれなくなるのです。

これは、人に限ったことだけではありません。 

神様が作ってくださった被造物、全てに当てはまることです。

どのような人、物、状況に対しても、病気、ケガもですね。。

感謝し、受容(受け入れる)していれば、 

悪しきことは、忘れ、良きことに意識を置いておけば

それだけで、神様は良きように計らってくださることでしょう。


2026年6月4日木曜日

4278「心が作り出す現実」2026.6.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月21日の記事を紹介します。


「心が作り出す現実」


今日は斎藤一人さんの「上手くいかない訳」です。 

自分の人生を作っているのは、自分の心。 

決して、

・偶然に今の不幸な境遇になった

・棚からぼた餅で幸運を手に入れた

訳ではありません。

自分の心の中にあるものが現実化して、目の前に現れています。 

そのことを心から腑に落とせれば、 

どんな時でも、

幸せになる方法を手に入れたということと同じです。

<転載開始> 転載元 

不幸そうな人をよく見てみるとね、そういう人って、

愚痴や泣き言、人の悪口を言っていることが多いんです。  

例えばお茶は、水に茶葉が入っているよね。

煎(い)れる前に茶葉を抜いたら、ただの水にしかならない。 

何が言いたいんですかっていえば、

物には必ず構成要素があるということです。 

お茶には、水と茶葉という構成要素がある。 

それと同じように、あなたに今起きていることは、

そういう構成要素が心にあるからなんだよ。 

嫌なことばっかり起きるんだとしたら、

・自分の中に悪口っていう要素があるんじゃないかな、

・愚痴の要素があるんじゃないかな。

そう考えてみて。

悪口は、人のことを言うこと。 

愚痴は、自分の弱音。

うまくいかない人ってね、ほとんどは悪口とか愚痴とかの要素があるからだよ。 

愚痴とか悪口とかってね、絶対に言わないつもりになっても、つい言っちゃうんです。

でもね、言わないぞって決めたら、必ず減っていきます。 

それを繰り返してると、ちょっとずつ分が変わってくる。

自分の構成要素が変わってくるんだよね。 

で、自分が変わると、世の中って見事に変わっちゃうんですよ。 

一人さんってね、ものすごく幸せなんです。 

商売だって、バブルも何も関係ない。

バブルのときも景気はよかったけど、バブルがはじけても景気がいいんだよ。 

リーマンショックだって、私には関係ないの。 

なぜかって言うと、私は人の悪口って言わないし、国の悪口も言わない。

アメリカのせいだとも言わないんです。

そういう人には、普通とは違う現象が起きてくるんだよね。 

もし家の中で家族が愚痴や文句ばかり言っていたとしても、

自分は言わないようにすればいい。

一緒になって言っても、世の中が自分の思う通りになるわけじゃないし、

生活がよくなるわけでもないからね。 

むしろ、言えば言うほど状況は悪くなるだけです。

だったら、相手が何を言っても、

自分は言わないことに挑戦してみようって思うこ とだよ。

人生を変えたかったら、何か別のことをしなきゃ。 

今までと同じことをしながら別の人生を望んでも、それは無理だよ。

愚痴とか悪口とか泣き言を言いながら、

幸せな人生を欲しがっても絶対にできないんです。

あり得ないよ。 

だって、愚痴とか文句を言ってること自体、もう不幸なんだから。

まずは、それを やめることだよね。

そう思って、愚痴とか悪口をやめることに挑戦してごらん。 

筋肉質になりたかったら、筋トレとか体操をしなきゃいけない。

それと同じで、部屋でゴロゴロしながら筋肉質になりたいって、それは無理なんです。

会社に行ってると愚痴が出るって言うんだったら、会社を辞めたっていい。 

ご主人の悪口がやめられないんだったら、別れちゃえばいいんだよ。

ただね、人や環境のせいにして愚痴や悪口がやめられない人って、

往々にして、会社を辞めても、旦那と別れても言い続けてるもんだよ(笑)。

<転載終了>

一人さんが仰るように、

愚痴や泣き言、人の悪口を言っている人は、 

・笑顔が無いし、

・いつも不幸を背負い

・ついてない事ばかり起こる人生を歩む

人が多いようです。

それに対し、

・笑顔で

・「ありがとう」の言葉を口にし

・いつも周りに感謝している人は 

幸せで、温かで優しい人々に囲まれていることが多いようです。 

愚痴や、泣き言、悪口を言わない・・・ 

と言うことは簡単そうに見えて、癖になっていますから、

何度も、繰り返し、失敗し、

決心し尚す必要があるかもしれません。 

ですが、その努力の恩恵は、

計り知れない幸せになって自分に帰ってきます。 

自分の回りで起こって来る出来事は、

全て自分の心、発した言葉から起こって来ます。

「自分の発する言葉」とは、

普段私達が考えていること・・ということです。

つまり今、私達の置かれている環境は、 

私達の意識に丁度良いもので囲まれていると言うことです。

ですから、

・甲斐性の無い夫も、

・いつもガミガミと文句を言っている妻も、

・言うことを聞かない反抗的な子供も、

・怒鳴ってばかりいる上司も、 

全ては、今の自分に丁度良いから、存在していると言うことです。

もし、幸せな、落ち着いた、

思いやりのある環境の中で生きて行きたいなら・・・

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と

言い続けていると、 

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」

仲間が集まってきます。

このような言霊を使うことにより、自分自身がまとう波動と言うか、

オーラというか、雰囲気を変えて行くことで、

それにふさわしい(丁度良い)未来が作られていきます。

貴方は普段、どのような言葉が多いですか?

不平・不満・愚痴・悪口・陰口・恨み・ねたみ・そねみ などの言葉ですか?

それとも

嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる 

などの言葉ですか?

その貴方の発した言葉は、 

・回りを元気にしますか、

・勇気づけますか、

・笑顔にしますか?

それとも、

その言葉を聞いた、周りの人は、

・暗く、重苦しい気持ちになりますか?


2026年6月3日水曜日

4277「青空ひろば」2026.6.3

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新記事を紹介します。


1741 2026.05.04

Q.癒しの主要条件は?

A.

<『癒しのメッセージ』リチャード・カールソン他編(春秋社)より>

(1)いのちの能力に対する信頼

(2)よきヒーラーは、自分を愛し、許す

(3)判断しない(既成の範疇に患者を押し込もうとしない)

(4)子供に見習おう。オープンマインド、常に可能性に対して心を開いていること。


1740 2026.05.03

レイチェル・ナオミ・リーメン「私の患者のなかには、生死の境をさまよった人が何人かいます。そのうちの一人の女性は、生きる目的は医者や母親になることでもなければ、創造的になることでも、スマートになることでも、あるいは金持ちになることでもない。賢く成長し、他人をもっと愛せるようになることだ、という悟りを開いて死地から帰還した、と話してくれました。すべてがここに言いつくされています」

(註)「レイチェル・ナオミ・リーメン」:コモンウイール健康・疾病研究所の創立者、所長。カリフォルニア州ポリナスのコモンウイール・ガン救済プログラムの共同創設者。


1739 2026.05.02 

どの人も/精一杯の人生を/おくっています

 どの人も/その人にしか歩めぬ人生を/歩んでいます

 どの人も/宇宙でたった一人の/貴重な存在なのです

 どの人も/本当はひとつに/結ばれているのです

 どの人も/きっと「ひとついのち」に/帰り着くのです    

 AさんもB君も/実は君なんだから/Aさんにできることは

Aさんに任せ/B君にできることは/B君に任せて

 君は心置きなく/「君」していればいいんだよ


1738 2026.04.30 

スタンフォード大学病院の集中看護育児室の責任者であったマーシャル・クラウス氏が一つの実験を行いました。

乳児たちを二手に分けて、半数の乳児にはこれまで通りの看護を与え、別の半数の乳児には数時間おきに15分間、タッチングをする、というものです。

指で、小さな乳児の背骨をさするのです。その結果、タッチングを受けた乳児のほうが生存率が高いということが分かりました。

タッピング・タッチという技法があります。


1737 2026.04.29

キューブラー・ロス「私はOKじゃない、あなたもOKじゃない。でもそれでOKなの!」

カール・ロジャーズがカウンセリングを始める前に自分に言い聞かせること『私は完全じゃないが充分な存在なんだ(私が私であることで充分なのだ)』

自分がありのままの自分であることを受け入れ、そこに落ち着く→そこから「癒し」の過程がスタートするのです。これを「存在の癒し」と言います。


1736 2026.04.28

Q.坐禅にはどんな功徳(効能)があるのですか?

A.

 <身心の有り難さ>

① 坐禅すれば、無上の身心の悦楽を体験する。何かの対象があって嬉しいというのではなく、対象なしにただ嬉しい、ここに存在しているだけで嬉しいという最高レベルの悦楽が体験できる。

② 坐禅すれば、身心が柔軟になり、呼吸や動作がなめらかに、スムースにできるようになる。円相を描くような感じで行動できる。日常生活でも、このスムージング効果が持続できるようになる。

③ 坐禅すれば、身心の固まりがほどけ柔軟になり、いのちの充電ができて、健康を維持できるようになる。

④ 坐禅すれば、身心の結ぼれがほどけるので、よく眠れるようになる。

   

<処世上の有り難さ>

① 坐禅すれば、問題なんて本来なかったのだと気づく。すると、「問題なし」をゴールとするドラマが現実世界に展開して、その問題が消滅するか、解決してしまう。

② 坐禅を習慣にすると、アタマを押しのけて「本能」が表に現れてきて、自分にあると思わなかった能力が発揮できて驚くことが多くなる。自分に自信が持てるようになる。自分の能力に限界を設けなくなる。

③ 坐禅してカラッポになった心と体に「こうしたい」という希望を伝えると、直ちに現実化することが多くなる。

④ 坐禅すれば、自分が自分であることに自信が持てるようになる。そうすると、自分が最高に輝くことができる「役割」が果たせる環境に、おのずと運ばれてゆく。


1735 2026.04.27

Q.お釈迦様の坐禅はどんな坐禅だったのでしょう?

A.

お釈迦様は骨と皮になるまで苦行を積まれましたが、ついに悟りは開けませんでした。それで、自分に絶望して、修行を断念されました。それを見て、共に修行していた仲間は落伍者だと軽蔑して去っていってしまいました。自分に絶望し、また友も失って、まったくの孤独になり、過去の一切を洗い流したいと、尼連禅河(ニレンゼンガ)で沐浴されました。


沐浴したあと、体力が尽きてしまって、岸で倒れていました。そこにスジャータという少女がやってきてヨーグルトを恵んでくれました。それで、少し体力が回復して、匍うようにして菩提樹のもとにたどり着き、坐りました。

もう修行は断念していたので、悟るために坐るというような坐りではなく、ただホーッとしてなんとなく坐っただけです。すると、なぜか内側からあふれ出す生命力が自他の囲いを突き破り宇宙全体にまでいのちの奔流が届きました。ついに悟りが開けたのです。

お釈迦様の悟りはどういうものであったか、坐禅しておられるガンダーラの仏像のお姿から知ることが出来ます。静かに微笑んでおられ、なで肩で坐っておられます。それを礼拝しただけで、私は大きな「許し」を頂いた気持ちになります。

お釈迦様の坐禅は、どん底の孤独から立ち上がった「温かい許しの坐禅」なのです。


1730 2026.04.19 ~1734 2026.04.26

Q.大敬先生の坐禅にはどんな特長があるのでしょうか?

A.

・大敬の坐禅は、アタマを手放して坐ります→アタマで坐っている人は必ず眼がつり上がって、肩を怒らせて坐っています。大敬の坐禅は、なで肩で垂れ目です。 

・大敬の坐禅は、カラダで坐ります。

 (註)カラダに戻って坐れば、自然に「今・ココ」に戻れます。カラダは「今・ココ」にしか居れないからです。悩みは過去や未来にアタマがフラフラ漂い出して発生するのです。だから、アタマを手放して、カラダで坐るようにします。


 ・大敬の坐禅は、全身で組む印契(ムードラ)です。坐禅の姿そのものが、宇宙全体とピッタリひとつになるという全身印なのです。 宇宙全体を愛し、抱擁する全身印です。

・大敬の坐禅には、良し悪し、合格不合格はありません。アタマの判断はニセモノです。いい時も悪い時も「そういう時もある」と受け流してただ坐りましょう。


・大敬の坐禅は、自分をそのまま認め、受け入れ、許し、愛するように導いてくれます。

・大敬の坐禅は、他者(世界)をそのまま認め、受け入れ、許し、愛するように導いて仕向けてくれます。


・大敬の坐禅は、私たちはどこから来て、どこを目指しているか教えてくれます。私たちは「一」から来て「一」に帰るのです。その懐かしい故郷が分かります。

・大敬の坐禅は、あなたがあなたを生きていることの貴重さ、尊さを教えてくれます。あなたがあなたを精一杯生き切ることによって、全体の生命(人類の魂、神)のために最大の貢献をしたことになるのだということが分かります。


・大敬の坐禅は、あなたの身心をホドキます→「ほどけた」人が「ほとけさま」です。

・大敬の坐禅は、疲れきったあなたを温めて「いのちの充電」をしてくれます。

・大敬の坐禅は、あなたのいのちが一層輝くのにふさわしい位置にあなたを運んでくれます。


2026年6月2日火曜日

4276「神さまの教える諦めの心」2026.6.2

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月20日の記事を紹介します。


「神さまの教える諦めの心」


今日は、聖なる諦め、 諦めることがゴールであり、スタートであるというお話です。 

このテーマでは、以前から何度も何度も書いていますが、

このテーマも、日本神界 高位の魂である、

山幸彦の魂を持つ、小学生のトキ君の情報とピッタリと一致しているため、 

このことが、神様の真実であることが推認できます。 

私のブログでは、ブッダやイエス、そして日本人の心に伝わる、

古の神道を情報ソースとして書いていますが、

この小学生の子供が、いくら神様の魂を持つとは言え、

同じ内容を語っていることに驚きます。 

既に、沢山の神様の魂が、この日本に転生を始めているそうです。 

本当に「精神性復活の時代」夜明けが近づいて来た様です。

トキ君は以下のように話しています。

・諦めるは、ゴールでありスタート

・諦めると、また新たなスタートに立てる

・「諦めない」と言う言葉は、ゴールを自ら遠くへと設定してしまうこと

・諦めた瞬間に心が解放される

・本当に自分がやりたいことであれば、あきらめなくても良いけれど

少しでも嫌な気持ちがあるなら、諦めて新たなスタートに立った方が良い

・諦めると楽になって心が明るくなる

・諦めた瞬間に、どんなことでも出来るようになる

・諦めるということは「それでいいんだよ」って言うこと

・諦めないは「それじゃ、ダメ」って言うこと

・諦めるとは 認めるっていう意味

・出来ない自分を諦める

・出来ない相手を諦める

また同じようにブッダと神道のエッセンスより

「諦め」について以前書いた記事がありますので、加筆修正して載せたいと思います。

小林正観さんのお話から、

ブッダの悟りと、日本に昔からある神道が、驚いたことに全く同じ到達点にたどり着いている

について書こうと思います。

 

ブッダは2,500年前に、この世の苦しみ、悲しみの原因は、

自分の思いどおりにならないこと、

と悟りました。

自分の思いどおりにならないことに対して、それに逆らって、

なんとかしようと するからこそ、人は悩み・苦しむのです。

人の苦しみや悲しみは、外から与えられる、ものではありません。

苦しい・悲しいと思う心、つまり、人の内(心)から、

苦しみや悲しみが発生しているのです。

だから、お釈迦様は、こうおっしゃっています。

「すべて、受け入れなさい」と。

それは、頑張る生き方ではなく、楽に生きる生き方です。

・人に頼って

・人に甘えて

・あるいは人に頼られて

・時には人から甘えられて

自分の思いどおりに、世の中を変えようとしないで、

それを受け入れて、こころを楽にして生きてゆくこと。

そして、最高の形は、「ありがとう」と、感謝することだったのです。

・水を飲めることに「 ありがとう 」

・息ができることに「 ありがとう 」

・食事できることに「 ありがとう 」

・仕事があることに「 ありがとう 」

・家族がいることに「 ありがとう 」

・友達がいることに「 ありがとう 」

・話ができることに「 ありがとう 」

・歩けることに  「 ありがとう 」

・病気でないことに「 ありがとう 」

・生きていることに「 ありがとう 」 

これは、日本に古くから存在していた、古神道と同じ結論です。 

感謝の心が、神々の恩寵の表れる場となる・・

ということです。

 日本の神道には

・教義も

・教祖 

もいません。 

だから宗教とは呼ばれません。 

全てのもの、全ての自然現象に、神々の意吹きが宿るとして、尊重し、敬う心です。 

このブッダの悟りの神髄に対して、きっと反論のある方もいるかもしれません。

だって実際に

・貧困でお金がなく

・病気で、毎日が苦しい

・友人に裏切られた

・職場にいじめが存在する

・世の中には許せない犯罪者がいる

・憎い

・苦しい

・辛い 

自分が辛いのは

・あいつのせい

・世の中のせい 

でもきっと、ご本人もわかっているはずです。

自分が辛く、苦しいのは 

・憎しみの心があるから

・人のせいにしているから

ブッダは仰いました。

「すべて、受け入れなさい」(そのことを諦めなさい、許しなさい) 

自分の心の状態が、現実を作ります。 

憎しみの心を抱いていては、

次から次へと 憎しみの対象が目の前に現れてくることでしょう。 

「これがない、あれもない」と、常に足りない部分ばかりを見ていては、 

地獄の餓鬼と同じ心になってしまいます。 

そもそも神様は 

私たちが生きていくうえで、必要なものは、全部、準備してくださいました。

そのうえで、私たちを、その場所に置いてくださいました。

「置かれた場所で、咲きなさい」と。 

神さまが準備してくださったものは 

・健康や

・お金

・幸運

それだけではありません。 

・苦しみ

・悲しみ

・貧困

・病気 

も一緒に置いてくださいます。 

それは、その状況が、私たちの魂を磨いて、輝かせてくれるからです。 

本人が超えられないものは、置かれません。 

人よりもつらく、悲しく、苦しい状況は、神様に見込まれているからです。 

私たちは、足りないことばかり見つめることをやめ、 

ゆっくりと、澄んだ心で周りを見渡せば、

きっと、本当の幸せを見つけることができるでしょう。

なぜなら、誠の幸せこそ、神様が私たちに、

一番、渡したいと願っているものだからです。

幸せは、向こうから勝手にやってくる、ものではありません。

すでに自分を、山ほど取り囲んでいるものです。

神様が準備してくれていたものです。

それに、気がつけるかどうか。

ただそれだけの違いのようです。

そうブッダは、般若心経で教えてくださいました。

・憎しみの心

・人を蔑む心 

が消えて、お幸せになられますように。


2026年6月1日月曜日

4275「神様の通り道」2026.6.1

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月19日の記事を紹介します。


「神様の通り道」


神社や仏閣。

私達一般の人間は、願いを聞いて欲しくてよく参拝します。

霊験あらたか、ご利益があると聞けば、全国あちこちに出かけます。

願いが良く叶う

そういった神社・仏閣には、 もしかしたら、

力のある神さまや、仏様がいらっしゃるのかもしれません。

噂が噂を呼び、ますます人が押しかけ

・病気を治して欲しい

・お金に困らないようにして欲しい

・家内が穏やかで円満であって欲しい

・良縁に恵まれ、幸せになりたい

そのような人間の欲望が渦巻くのかもしれません。 

ですが、神様の存在とは、

私達人間の、願いや欲を叶えるためにいらっしゃるのでしょうか? 

人が集まり、人気が出れば

そこに関係する人間側の、神職や職員の意識や環境も変わり、 

それによって、本人の心にとって

非常に危うい、驕りなどの状況が起こりやすくなります。 

身近な例で例えるなら、車、 

排気量の大きな、かっこ良い高級な車に乗った途端、

車ではなく、まるで自分という人間が強くなったと勘違いし、 

尊大で傍若無人な運転を繰り返す・・ 

神社、仏閣の場合なら、そのお力は、

神様や仏様の御業であり、そこに関係する人間の力ではありません。 

また、ヒーラーや、施術師の方。

効果が高く、有名になり、人気が出てきた方は、

もしかしたら、それは、神々の力ではなく、「自分の力」である。 

そう思われるかもしれません。 

ですが、そのように自己過信が強ければ強いほど、

多くの治療をすると、自分が疲れてくるのだそうです。 

小林正観さんが言われるには、

人より抜きんでた能力を、自分の、自分だけの力と誤解していると、

エネルギーに限界があるが、その力は、自分ではなく、天の力。

自分自身は、単にそれを媒介しているに過ぎない。 

そのような謙虚な心の持ち主は、

決して疲れることがなく、ますます人々に幸福をもたらすのだそうです。 

いくら他にはない、ご利益や、治癒効果があろうと・・ 

それが、自分の力、「俺が俺が」、、の心でいては、 

何時しかその尊い神々の力も、色あせてしまうことでしょう。 

そのことを2千年前に、イエスは仰っていました。 

ご紹介します。

イエスは数多くの転生と、経験と試練を重ね、

私達の内にいらっしゃる神様と一体となりました。

イエスが生まれたその時代は、まだ人類の波動は低く、 

多くの人々は肉体だけの意識。

生殖、物欲、自己が生き残ること・・・などの、

肉体的な感覚に囚われていた(フォーカスしていた)時代でした。

ブッダが悟った時と同様に、

イエスも悟りを開くと同時に肉体を離れ

魂(霊)として人類を助け導くことも可能でしたが、 

幻想に囚われ、自分を傷つけ、敵味方でも傷つけ合う人々を、 

この物質次元の地球に於いて、助けることを選択しました。

その方法は、

愛を、愛だけが全てであることを説き、神様とは愛であることを伝え、

どんな困難な時にも、ただ ご自分の生き方を通して、

愛を示して歩きました。

イエスがこの地上で行った数々の奇跡。

その奇跡の目的とメッセージは全て・・・、

あなたが目覚めれば、私と同じこと(奇跡)ができる。

私(イエス)よりも、もっと偉大なこと(奇跡)が出来る。

ということでした。

つまりイエスだけでなく、私たちも等しく神の子、 

神そのものであると 教えてくれたのでした。

また、私自身(イエスのこと)は無力である。

全ての奇跡は、神が行うものである。

と仰ったのです。

つまり、イエス自身は無力であるが、 

・全ての良きこと、

・美しきこと、

・真理の実現、

・奇跡

・思いやり

・優しさ

・愛

・癒し

は、全て神様の力によって起こっている。 

そう謙虚に仰ったのです。

これは、今のような世の中にとっては、

強烈なアンチテーゼになるかもしれません。 

・私が、○○してあげる。

・私が、○○した。

・私が、○○しよう。 

そのように、その方々は、確かに力がある人かもしれませんが、

その力の源泉は、私、自分、個人の能力であると、過信して吹聴してしまっては、

イエスの取った謙虚な態度と正反対です。

とかく人は

・成功している時、

・人気がある時、

・お金がある時 

全部、自分の力で勝ち取ったと誤解しがちです。 

有頂天になりがちです。 

それが神々の力から来ているとは認めません。

ですが、イエスは

・自分が人に行う優しさ、親切も

・創造性あふれる仕事も

・奇跡も

全ての良きことは、神様の御技が現れたもの。 

自分自身の力ではない。 

単に自分は、神様の力の通り道になっただけ。 

そう仰ったのです。 

それが本当の真実だからです。

そのように自覚していれば、 

・天狗になって人を見下したり、

・人と比べたり、

・自分の知識をひけらかしたり

・人を支配したり

・力や能力を自慢したり 

する必要は無いかもしれませんね。

人生の晴れ(ハレ)の時も、嵐の時も、奢らず悲観せず、

全てに感謝し、笑顔で、周りの人々と仲良くして行けば、

きっとそれだけで、いいのですね。

私達人間は・・・

全て、神様が私達の魂が成長するようにと、 

細かなところまで取り計らってくれますから。

大丈夫です。

俺が俺が、私が、私が・・・

そのような高慢な心こそ、神さまの眼前においては、穢れかもしれません。

今や、嘘が付けない時代になりました。 

ミロクの世、精神性の復活の時代の始まりとともに、 

・今だけ

・金だけ

・自分だけ

の考え方で行動している人々は、どんどん、あぶりだされ、

多くの人に、その思想、行動が知れることとなりました。

たとえウソを並び立て、詭弁を弄し、責任を人に なすり付け、

逃げようとしても、力の源泉である内なる神々は見ています。

その醜い姿を

・自分の愛する子供たち、自分を信頼してくれる子供たち

・産んでくださったお母さん

・慈しみ育ててくれた家族

・故郷の友人たち

この人たちに、胸を張って見せられるでしょうか? 

・あなたたちの父である私の姿、

・生んでくださり、慈しみ育てていただいた、あなたの息子である私の姿 

を、どうぞ見てください。 

しっかりと目を見つめ、

そのように言うことはできるでしょうか?


2026年5月31日日曜日

4274「神さまと繋がること」2026.5.31

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月18日の記事を紹介します。


「神さまと繋がること」


この夜明け前の一番暗い時、ヨハネの黙示録の中で示されている

第7のラッパの音が鳴り響く世の中で生きていて 

一番心強いことは、やはり、神様とともに生きることではないでしょうか。 

神様と生きる、そうは言っても、ピンとこない方も多いかもしれません。

ですが、もともと私たちは、神さまから魂の一部を頂いて生まれてきました。 

元春日大社宮司で、高名な形成外科医であった葉室頼昭さんのご著書を基にして書きたいと思います。 

はじめのはじめ

至高の神の意志がありました。

神さまは自分のご意思を実行に移すために

150億年前、ビッグバンを起こし、全てが始まりました。 

古事記によれば宇宙で一番はじめに現れた神は、

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。 

ですが、すぐにお隠れになりました。

その後まもなく現れたのが

・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)

・神産巣日神(かみむすひのかみ) 

やはり同じようにすぐに姿を隠してしまいました。

この3柱の神を造化三神(ぞうけさんしん)と呼びます。 

むすひのかみ達は、以前記事にも書きましたが、

量子力学で言われる「弱い力」、つまり、中間子、素粒子を結びつける力です。

日本の湯川博士が発見しました。 

この力が存在したために、原始ができ、分子になり、物質が生まれました。 

つまり、この宇宙に存在する物すべてに、

原子よりももっと小さなレベルで、神々が宿っているということになります。 

もちろん私たちの中にも、至高の神さまがいらっしゃいます。

私たちの考えていること、過去、現在、未来、全て見渡して、

私たちとともにいらしてくれます。 

葉室元宮司が仰るには、

神さまの意図、つまり至高の神が宇宙を創造した目的は 

外側から、

神さま自身の 真・善・美を見て味わい、知ること。 

内側からでは、

自分自身を見ること知ること、感じることができないからです。 

そのため、宇宙神から頂いた、魂、生命を使い、

枝分かれした生命体たちは、様々なことを経験し、味わい、知ります。 

その経験、知識を集めて、再び私たちは、宇宙神の元に戻ります。 

ですから、私たちが経験すること、感じること、思うこと・・ 

それに善悪はありません。

全てが経験として蓄積されるからです。 

ですから私たちは、

人の行動、言葉の一面だけを切り取り、受け取って、 

良い、悪い のジャッジをすることはできません。 

その経験も、宇宙・創造神にとっては必要な経験だからです。

色んな宇宙、星々、そして3次元、4次元、5次元・・ いろんな次元で、

宇宙神から生み出された沢山の魂たちが経験を積んでいます。 

ですが、その中でも、地球と言う私たちの惑星、それも3次元の世界は、

生まれ変わり、つまり魂たちが経験するために、

肉体をまとい、生まれてくる場所として、大変人気が高く、倍率が高いようです。 

何故なら私たちには 肉体をまとっている間、

感情を持つことができるからです。 

この地球は、「宇宙一感情レベルが高い星」なのだそうです。

感情と言うのは、対象に対して抱く気持ちのこと。

喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖など。 

また周りの人々の心に 

・寄り添う力、

・感じ取る力

・同じ気持ちを味わう力

つまり共感力も、この感情があるからです。

人生80年、生きていると様々な出来事が起こります。

(自分で生まれる前に計画してきたことです) 

それらを経験するたびに、私たちの感情が大きく揺さぶられます。

私の人生、どちらかと言えば、辛いこと、悲しいこと、苦しいことが多かった。

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、その経験をしてきたうえでの、今現在の私たちです。 

経験値から言えば、今日の私は、過去一番最高の私です。

その経験も、生まれてこなければできませんでした。

辛く苦しみの暗闇の中で、出会った、

誰かのほんの小さな優しさ、温かさ、思いやり、心に沁みませんでしたか? 

苦しんだ経験があるから、同じ苦しみの中にいる人たちの、

心が分かるようになったのではないですか?

それって、魂にとったら、大飛躍です。 

輝きがぐんと増しました。

※その経験を求めて、宇宙中から生命体が集まります。 

本当の優しさは、その何倍もの苦しみや悲しみを乗り越えてきたからこそ、

身に付いたものではなかったでしょうか? 

それとも、今の苦しい環境を、人のせいにして、そこから逃れたいがゆえに、

憎み、ののしり、恨み続けるのでしょうか? 

私たちの内にいらっしゃり、常に一緒に歩んでくださっている神さまが望むことは、 

私たち人間たちが、いろんな経験を通じ 

・素直な心で

・互いを思いやり、助けいあい、

・お互いさま、お陰さまの気持ちで仲良く笑顔で暮らしていく   

そんな身近で平凡なことではないでしょうか。 

それこそが、神々が私たち人間に、一番望んでいらっしゃる心ではないかと思うのです。

だからこそ、宇宙神は、 私たちの心の浄化を、

一番の喜びとされるのではないかと思います。 

私たちの心の霧が晴れ、神々しい光が差し込んだ時、 

宇宙神は、小躍りして喜んでくださると思います。 

自分の周りに居てくれた人たち。家族、友人、同僚、

そんな人たちに、感謝と、祈りにも似た気持ちで接することができれば、

神々は喜び、今度はそこで、その場において

私たちと、神々の 美しいエネルギー交換がなされることでしょう。 

その時、私たちはきっと気付くはずです。  

・私が好きな人も

・私が嫌いな人も

・私を好きな人も

・私を嫌いな人も

みんな、みんな大切な人だったと。 

かけがえのない人だったと。

溢れる感謝の気持ちと共に。 

私たちは、、人の 嫉妬、やっかみ、悪意には鈍感でも構いません

ですが、人の優しさ、温かさ、思いやり、愛情には敏感でありたいものです。 

なぜなら、そこには 必ず神さまがいらっしゃるからです。 

心の浄化が始まった時、神々の喜びとともに、大いなる幸せも、

続々と現れることでしょう。 

何故なら、人の心の浄化こそが、

神々のなさる最大の奇跡だからです。


2026年5月30日土曜日

4273「感謝と自我」2026.5.30

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月17日の記事を紹介します。


「感謝と自我」


感謝の言葉、「ありがとう」 

この言葉を繰り返し使うことで、

・ご自分に沢山の幸運が訪れ

・物事がスムーズに運び

・悪意あるものから守られる 

のだそうです。

この言葉の持つ霊的な波動は、英語の「サンキュー」などと異なり、

独自の高い波動を持ち、日本特有のものです。 

では今日は、幸せになる方法を書いてみたいと思います。 

ブッダの教えの真髄は、 感謝の心 。

小林正観さんは、そう悟り、

それを講演会で語ったのだそうです。

それは、私たち日本人の心に根付いている、

日本神道でも同じです。  感謝の心です。 

ブッダの教えの根本は感謝すること。

そう、お話した正観さんは、その日 ホテルに入って夜一人の時、

何故か 止めどなく涙が溢れたのだそうです。

この涙はなんだろう?

正観さんらしく。 全ての行動を、時間を巻き戻しながら点検したのだそうです。

その結果、講演会でブッダの教えの基本は、

感謝することと、

お話したことを思い出しました。

それからです。

正観さんが、「ありがとう・感謝」の検証を始めたのは・・ 

正観さんは当時、年に数回、決まった日に宇宙から、 

人類にとって重要なメッセージを受け取っていたのですが、

この講演会での波動・意識が宇宙に届いたんでしょう。

だから宇宙から、その通りですよと涙が流れたらしいのです。 

正観さんは、学生時代、霊的な巨人、高橋信次さんから、

ブッダの弟子であった過去を教えてもらっていました。

ですので、現代において、ブッダの教えの真髄を世に広める、ご縁があったのでしょう。 

また、小林正観さんから悟りを得た人と称された、波動の法則で有名な、

足立育朗さんが講演会で、感謝することの波動的な意味を説明しておられました。


人間の自我と欲  

自分だけは・・・という思いの波動、振動波は

波が高く、大きい。つまり低い。波動が粗い。

しかし、そこで感謝の心を起こすと 

自我と欲の、山の波に対し 

感謝の波は、逆の相 

つまり、谷となって覆いかぶさるそうなのです。

つまり 山を谷で、相殺し

ゼロカウント、フラットな精妙な波に変えてしまう。 

感謝の心は。干渉波となって働く

という事ですと仰いました。

感謝の波動は、自我や欲望の、荒々しい波動に干渉して 

精妙な波動にしてしまうと言うことです。

神さまの波動は、

精妙(波の高さが小さく)で、振動数が非常に高い。

そう言われています。 

ですから、

・自分だけは、、

・俺が俺が、

・私は私は、

・どうして私だけ、、、

などの自我や欲望を持っていたとしても、例え波動の荒い心であったとしても、

そこに感謝の気持ちが起きてくると、

一瞬で神さまの波動に近づけると言うことです。

これは、画期的なことです。 

「ありがとう」 という言葉 

これは言霊として、宇宙一のパワーがあると言われています。 

その理由がここにあったのです。 

心が伴わなくとも、言葉だけでも、威力を発揮すると言われていますが、 

これに心まで伴ってくれば、どれほどのパワーを発揮するか

計り知れないものがあります。

感謝の思いが強ければ

自我だらけで、負の環境、苦しみの環境しか生み出さなかった心が、

波動の逆転現象を起こし、神々の波動に近付き、 

良きものを引き寄せ、天国のような美しい、環境を作り出すと言うことです。 

感謝の心さえ持てれば、 「ありがとう」の言葉を口にさえすれば、 

悪しき出来事に見えることさえ、一瞬で、その出来事を、

神さまからのプレゼントに変えてしまいます。  

もし 何に、どう感謝して良いのか、どうしてもわからない時は、  

ひとまず 、ありがとうの言霊を繰り返してみてください。 

口に出しても、心の中ででも構いません。 

感謝の心は、神さまの恩寵を、この世界に現実化する媒体です。  

感謝の心が、神さまの恩寵を現実化します。

また過去にご縁のあった方々の お顔を思い出し 

お一人、お一人に、心の中で、ありがとうを投げかけてみてください。 

人の思いと言うのは、時間と空間の制約を受けません。

必ず、相手に届きます。 

出会って下さった方は、 

良きも悪きも、 

全て私たちの生まれてきた目的を、遂行するのに必要な方々でした。  

生まれてくる前に、お互いに約束してきた方でした。 

その方々に、お一人お一人、感謝の言葉をかけてみてください。 

そうすることで、今までの経験が、辛かった経験さえ、

一瞬で、宝石の体験に変えてしまいます。 

過去を一瞬で、感謝の体験に変容できたのなら、

今現在の環境に対しても、同じことができるはずです。 

過去・現在に関して、受け取る体験を全て、感謝の体験、ありがとうと言えるなら、

もう未来には、幸せな出来事しか起きないことでしょう。 

例え、同じ境遇に置かれても、そこを天国だと感じ、幸せを噛みしめ、

神さまの心、感謝の心で、満たされることでしょう。

これが空海の説いた、即身成仏の、本当の意味です。 

空海は、悩み苦しむ私たちに、こう教えてくださいました。 

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。

そのことを忘れてはいけないよ。

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

難しく考えることはない。

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

さすれば、道は開くであろう。 

是非、お試しください。