2026年11月9日月曜日

4436「神様へのご奉仕」2026.11.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月18日の記事を紹介します。


「神様へのご奉仕」


今日は午後から天空農園に、ホーリーバジル収穫のお手伝いに行ってきました。 

秋晴れの良いお天気に恵まれ、約20名の方々が駆けつけてくださいました。 

・畑からの収穫

・根落とし

・洗浄

・陰干しまで 

神様へご奉仕をしてくださいました。 

小学生から大人まで来てくださいました。 

こういったものは単なる作業ではありません。 

作業した人が、「作業してあげる・・」ではありません。 

「奉仕(作業)させてくださって、ありがとう」と、

むしろ奉仕した方が、奉仕の機会を与えてくださって、ありがとう・・ 

ということが神様と人間の関係性において本質です。 

では、「させてくださって、ありがとう」ということで 

ブッダのお話からご紹介します。

<引用開始> 引用元

ブッダを取り巻く集団(サンガと呼びます)は、 

当時できるかぎり自分でできることは自分でやり、 

どうしても自分ではできないことを、他人にやってもらうという形をとっていました。

ブッダを取り巻く集団では、何か人に頼むとき、

こういう呼びかけをしていたらしいのです。

「誰か、私に施しをし功徳(くどく)を積んで、幸せになりたい人はいませんか」

誰かに「施し」をすることは、 

「他人のため」ではなく、「自分のため」であったというのは、驚くべきことです。

当時のブッダの集団は、小さな布切れを拾ってきてはそれを縫い合わせ、 

それぞれの人の衣にしていました。

あるとき目が見えなくなった弟子が、布切れを縫い合わせて衣を作ろうとしました。

しかし、まず最初のことである、「針に糸を通す」ことができません。

彼は、大きな声で、 

「どなたか、私に施しをし功徳を積んで、幸せになりたい方はいませんか」と

周りの人に呼びかけました。

すると目の前を通りかかったらしいある人が、「私にやらせてほしい」と言いました。

「えっ、その声はお師匠様ではありませんか」

ブッダが、ちょうどその弟子の前を通りかかったのでした。

「それはそれは、大変、失礼なことを申しました。

お師匠様にそんなお願いをするわけには参りません。 

今の言葉はお聞き流しください」と、その弟子は言ったそうです。

まさか、ちょうどブッダが通りかかるとは思っていなかったでしょう。 

慌てて驚き、恐縮した気持ちは理解できます。

弟子から「そんな大それた」と言われたブッダは、その時こう言いました。

「なぜだ、なぜ私ではいけないのか。 

私だって幸せになりたいのだ。 

私だって、もっと幸せになりたい」

ブッダは、ありとあらゆる執着を離れることができ、 

すべての苦悩・煩悩から“解脱”した方です。

何も悩みはなく、十分に幸せになっていた人でした。

その人が、「私も幸せになりたい」と言ったというのです。

なんと素敵な一言でしょう。

よく考えてみれば、ブッダは仏教徒ではなかったし、

イエスもクリスチャンではありませんでした。

仏教典はブッダの死後700年も経ってまとまったものでしたし、 

キリスト教の聖書も、イエスの死後300年も経ってから編纂されたものでした。

ブッダもキリストも「宗教者」ではありませんでした。

宗教者ではなかったけれども「実践者」でした。

2人とも、組織、教団。グループを作り、それを維持し、それで食べていくために、 

人々の精神を恐怖で縛り、依存させ、

延々と続く、依存や、執着の蜘蛛の巣をつくろうなどと、 

微塵も思っていなかったことでしょう。

自分で考え、自分の足で立ち、

自由で、自立した人間になって欲しいと願っていたのでした。

「幸せになりたい方はいませんか」という呼びかけは、 

「私」だけでなく、

周りの沢山の人を「幸せ」にしていくようです。

何かをしてもらって「ありがとう」と言うのは、 

「ありがとう」の言霊の凄さの、半分くらいしか使っていないのかもしれません。

「ありがとう」は、してもらった時だけでなく、

こちらがしてあげた時、させていただいた時にも使えるのです。

「させてくださって、ありがとう」

人のためではなく、自分からしてあげることで、 

沢山の「ありがとう」

(させてくださって、ありがとう)を言うことができるというのは、 

何とも楽しいことではありませんか。

<引用終了> 

あんなにしてやったのに「のに」がつくと、

愚痴が出る。相田みつをさんの言葉です。

「させてくださって、ありがとう」の反対は、

「(こんなに)してやったのに」という言葉。

「(こんなに)してやったのに」、「ありがとうと言われなかった」、 

「感謝されなかった」と愚痴や文句を言う。

でも「させて頂く機会をもらった」と思えるなら、 

そこに「ありがたい」という感謝の気持ちが生まれてきます。

日常生活の中の掃除や、片づけ、食事の支度など、様々な小さいけれど大切なことに、 

つい面倒だと思ってしまうこともあるかもしれません。

ですが、人の為に何かをさせて頂くことは、一つ一つが功徳を積むことです。

「させてくださって、ありがとう」と 

感謝の気持ちで言える自分でありたいものですね。

家族の中にお一人でも、このような気持ちの方がいらっしゃれば、 

きっとそのご家庭や、それから長く続く子孫・家系を含め、 

幸せの種をまくことになるでしょう。 

血のつながりの子々孫々、お幸せな家系になります。

誰かのためにした行為は、巡り巡って自分に帰ってきます。 

どなたかにした親切な行いは、巡り巡って、いつか自分が親切にされるという、

現象として帰ってきます。 

誰かを幸せな気持ちにさせてあげれば、 

いつか自分も誰かに幸せな気持ちを分けていただけます。 

この宇宙に存在するものは、全て繋がっています。人体と同じです。 

一つ一つの細胞は、一人一人の人間は、 それぞれ独自の役割、個性を持っており、 

それらが助け合い、連携することで、 

調和して維持され、進化していくことが可能になります。  

一つとして、誰一人として、無駄なものはありません。 

神さまは決して無駄なものを創造しませんから。 

みんな大切なものです。

「俺が俺が」、「私が私が」ではなく、周りの方みんなを大切に思い、

お互いの個性を否定せず認め、 

お互いさまの心、お陰さま心で歩んで行きたいものですね。

そのような心持こそが、ご自分自身が幸せにしてくれる、真の秘訣なのですから。 


2026年11月8日日曜日

4435「願い事が全部叶う神社」2026.11.8

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月17日の記事を紹介します。


「願い事が全部叶う神社」


今日は、家族についてです。 

家族は神様が作ってくださった人間の一番小さな単位です。 

まずマザーテレサの平和に関する言葉をご紹介します。世界平和のために

私たちは何をしたらいいですか?

という問いに対し、彼女はこう言ったのです。

すぐにお国にお帰りなさい。

家に帰って家族を大切にしなさい。

どういう意味かお分かりでしょうか?

正義の旗を振りかざし、世界の平和の為にと大きなことをする必要はありません。

無理をしてまで、まだ見も知らぬ人々のために尽くそう・・などと思う必要もありません。

一番身近な家族さえも大切にできなければ、他人に愛を与えることはできません。

だから、まず家族を愛しなさい

そうマザーは仰ったのでした。

そして次にご紹介するのが町田宗鳳さんの言葉です。

町田先生は東京外国語大学教授をされています。

14歳で出家した後、お寺で20年間修行。

34歳のときに寺を離れて渡米。 

そして博士号を取られて、米国の一流大学の助教授になられ、

日本に帰られて大学の教授をされているという、

とても珍しい経歴をお持ちの方です。

<転載開始> 転載元

さてここで、わざわざ本書を買って読んで下さった奇特な読者に、

お礼の意味で、秘密情報を流すことにします。 

たまたま図書館で借りて読んでいる人にも、この際、出血サービスで教えてしましょう。

それは、日本一ご利益のある神社がどこにあるかという、とっておきの情報です。 

私は一応、プロの宗教学者ですから、そういう世界の情報通なのです。

そのありがたい神社にお参りすれば、七福神の福徳がいっぺんにもらえます。 

進学であれ、縁談であれ、金もうけであれ、

願ったことが、全部叶うのです。と聞けば、ぜひ行ってみたいでしょう。

で、その神社がどこにあるかって?

じつは、あなたの家庭が、そうなんです。

お伊勢さんやお稲荷さんにお参りをするよりも、霊験あらたかです。

あなたの家族の一人ひとりに、心の中でかしわ手を打って、頭を下げれば、

福徳円満、家内安全、健康増進、五穀豊穣、子孫繁栄、まちがいなしです。

家族を大切にすることから、すべてが始まります。

あらゆる幸運を呼び寄せてくれるのは、家族なのです。

家族がバラバラなのに、

有名神社で賽銭をいくら気前よく張り込んでも、ご利益はありません。

<転載終了>

確かにその通りですね。

私たちの内には、どなたも神さまがいらっしゃいます。

本当は、わざわざ遠くの有名どころの神社やお寺まで出かけ、

お賽銭を奮発してお参りに行く必要はありません。

神さまとつながろうと意識すれば、どなたでも直ぐに繋がれます。

そして、どうして私たちは家族を作るのか?

喧嘩したり、憎しみ合ったりしながら、どうして人生の長い時間を共に過ごすのか?

家族間の殺人事件は物凄い数なのだそうです。

それだけ家族は近しい関係であるので、甘えももちろん出ますが、

感情ももつれればすさまじい憎しみにつながるのでしょう。

それなのに、どうして私たちは家族というものを作るのでしょうか?

家族。これは神さまが定めた人間の最小の構成単位ですね。

私たちは

・家族だから、期待や要求をぶつけ、干渉し、支配しようとする。

・家族だから、罵り、傷つけ、暴力を振るう。

・家族だから、残酷さや支配欲、身勝手さをさらけ出す。

ブッダは家族についてこう悟られました。

家族とは、他人に対して言わなくてすむわがままを、

目の前の家族という名の特別な存在に対しても言わないという訓練の場。

あることを他人から言われたときに、

その他人に対しては腹を立てたり、怒ったり、怒鳴ったり、いら立ったりしない。

ところが、同じ言葉を夫や妻、子どもから言われたら、

ものすごく激昂(げきこう)して、腹を立てて、怒って、怒鳴りまくってしまう。

家族だから、妻だから、夫だからという理由で制御しないのは、

甘えているという意味でそれを幼児性といいます。

結婚というのは、幼児性の克服のための訓練の場なのです。

そこのところに気がつかない限り、

多分穏やかな家庭生活というのを得ることはできません。

家族というのは、わがままを言い合うために存在するのではなく、 

わがままを言えるような人間関係が目の前にあって、 

それでなおかつそのわがままを言わないために存在するのです。

そして、その幼児性を克服したうえで、マザーや、町田先生が仰るように 

・家族に対しての感謝の心

・幸せにしてあげたいという心 

が芽生えたらどうなるでしょうか?

それこそ、私たちが今世、人間として生まれてきた目的の

全てを達成したと同じ意味かもしれません。

神さまが一番喜んでくださることかもしれません。

つまり、家族を大切にすることは、

心を清め、神さまに近付く一番身近な方法だったということです。

ですから、神さまは、私たちに家族という仲間。 

魂を磨き合う仲間を与えてくれたのかもしれませんね。

・皆さんは、ご家族を大切になさっていますか?

・笑顔を向けていますか?

・いつも勇気づける言葉をかけていますか?

・いつも肯定して差し上げていますか?


それとも 

・まだ憎しみが心の中に淀んでいますか?

・許せないでいますか?

もしかしたら許せない、そのご家族の方も、 

本当は仲好しの関係で生まれてきたかったのかもしれません。

でも、お互いの魂を磨き合うため、敢えて、悪役である

「憎まれ役」の役割を引き受けてくださったのかもしれません。

人生の長い時間を共に過ごす家族、大切にしたいものですね。 

関係性の、全ての理由

喜びも悲しみも 

全ての理由は、肉体を脱いだ後、必ずわかります。


2026年11月7日土曜日

4434「世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか」2026.11.7

今回はIn Deepさんの2026年10月26日の記事を紹介します。


「世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか、という問いに対して「そうかもしれない」と答えるしかない現在」

世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか、という問いに対して「そうかもしれない」と答えるしかない現在 - In Deep


1200年前のように、すべてが崩壊する兆候が整ってきた


最近、アメリカン・シンカーというメディアの「新たな世界規模の文明崩壊の時が来たのだろうか?」という記事を読みました。

> 歴史上、過去にも同じようなことがあった。二度と起こり得ないと考える人は正気を失っている。

という文言で始まる記事で、紀元前1200年に「既知の世界がほぼ壊滅状態となった」ことから始まる記事です。

約 1世紀かかって青銅器時代が崩壊し、その後、何世紀もの歳月を要して復興していきます。

その部分には以下のように記されています。

復興には何世紀もの歳月を要したが、今、私たちは世界的な繁栄という新たな黄金時代を享受している。

確かに、暗い側面や傷跡は残っているが、多くの人々は毎日、快適な室内環境と温度調節された快適な空間で目覚める。朝食を楽しみ、家族、仕事、そして快適な生活の中で充実した日々を送っている。

しかし、そのすべてが一生涯のうちに、あるいはそれよりも早く崩壊するかもしれない。

1980年代、文化革命家たちは「ヘイヘイホーホー、西洋文明は消え去るべきだ」と叫んでいた。当時、誰も彼らの言葉を真剣に受け止めなかったが、今では彼らの願いが叶いつつあり、私たちは彼らの言葉を真剣に受け止めている。 Robert Arvay

この、

「しかし、そのすべてが一生涯のうちに、あるいはそれよりも早く崩壊するかもしれない」

というのを今ほど実感したことはないかもしれません。

もちろん、いつでも何か大きな出来事が起こると、それに対して、そういうようには感じるものではあり、2001年のアメリカ同時多発テロのときも、2008年の国際金融危機(リーマンショック)のときも、日本でいえば、2011年の東北の大震災のときにしても、あるいは当然ながら、2020年のコロナのパンデミックのときにしても、

「この世は(あるいは日本は)終わるのではないか」

という思いは出たものです。

しかし、何だか今は違う。

何もかも複合的な感じがするのです。


AIの暴走は始まるかどうかではなく、いつ始まるかになっている

最近では、「 AI の暴走」や、金融をターゲットにしたサイバー攻撃が、現実的に懸念されるようになってきています。

金融機関への攻撃は、日本では FX の世界ですでに起こっていて、GMO インターネット社の事件はすでに公に報じられています。

ハッカーサイドは、GMOインターネット社が身代金を払わない場合(100万ドル/約1.5億円)、

「サービス利用者のパソコンを乗っ取り、個人情報を拡散すると予告」しています。

ハッカーが提示した「期限」は 10月27日の正午です。

そして、身代金が払われない場合は、おそらくやるでしょう。

この件はともかくして、「同様の事件はこれで最後か」というと、ほんの始まりにしか過ぎないとしか思えません。

技術的には AI を使えば、誰にでも(誰にでもは言い過ぎですが)できるわけです。それに相応する悪意さえあれば。

最大のターゲットはやはり「銀行」だと思われます。

アメリカでは、すでにメガバンクへの自律型 AI エ ージェントの侵入が確認されていて、大手銀行は厳戒態勢に入っています。

米国の銀行はAIが引き起こす前例のない金融カタストロフの余波に備えている

NOFIA 2026年10月25日

アメリカでそうであるなら、日本を含めて主要国の多くの国の銀行で、「すでに AI エージェントの活動が始まっている」と見るのが妥当ではないかも思われます。

先日、1960年から使われ続けている銀行のプログラム言語の COBOL (コボル)というものについてふれましたが、推定では、世界の銀行の約 40%、ATM の 95%は今もこの 60年以上前の COBOL が基本となって動いています。

この COBOL には、もはや仕様書も存在せず、何か重大な脆弱性が発見された場合にどうなるのかはよくわかりません。

しかし、そのうち AI が、その脆弱性を発見することになるのだと思われます。

「今度は、国民の預金が人質になる」

ということですね。

最初のほうに出てきた 1200年前に青銅器文化が崩壊するには 1世紀などの時間がかかりましたが、その頃と今では、崩壊のスピードがまったく違う。

1世紀どころか 1年、あるいは 1カ月ですべてが崩壊する可能性があると思われます。

というか、銀行と金融と インターネットが機能しなくなった場合、1カ月も文明が続けられるかどうか。

 戦争の状況にも終末的な様相が漂っています。


戦争

戦争も終末的な雰囲気です。ロシアとウクライナも、アメリカ・イスラエルとイランも、ダラダラと双方の被害だけが増えていっている。

米エポックタイムズ紙が、「ウクライナは第二のヴェルダンになりつつある」という記事を掲載していましたが、

このヴェルダンとは、フランスの地名で、第一次世界大戦の西部戦線においてドイツ軍とフランス軍の凄惨な戦いが行われた場所です。第一次世界大戦における主要な戦いの一つで、1916年2月に始まり、約 10カ月間続いた後、両軍合わせて 700,000人以上の死傷者を出したとされる戦場です。

以下のような記述もあります。

ヴェルダンの凄惨な詳細は、あまりにも恐ろしくて現実とは思えないほどだ。しかし、それは本当だ。300日間にわたる戦いの悪臭 --- 死体、糞尿、ネズミ、毒ガス、死体にたかるハエ、腐敗した人間や馬のもの --- はあまりにもひどく、新兵たちは 5キロ以内に近づいただけで嘔吐を始めた。sean thomas knox

エポックタイムズ紙の記事は、ロシアとウクライナの戦争をこのヴェルダンの戦いと比較しているということになります。

ロシア-ウクライナ戦争は 4.7年が経過し、南北戦争よりも太平洋戦争よりも長くなっています。

正確な死傷者数は不明ですが、現時点までに、

「ロシアとウクライナを合わせた死傷者は約 250万人」

とされています。

この「死傷者」には、死者、負傷者、行方不明者、そして捕虜が含まれていて、戦闘能力の喪失数ということになります。

戦争当初には考えられなかったような泥沼となっているのです。

イランとアメリカの 戦争も何がどう背後で進行しているのかは定かではないですが、泥沼化の兆しも見えています。アメリカの中間選挙(11月3日)が終わった後から方向がはっきりするのだと思われます。

 

北朝鮮の動き

そして、北朝鮮では、金正恩 国務委員長の死亡説が噂として流れる中、妹の金与正(キム・ヨジョン)氏の台頭ぶりが目立つようになっていて、昨日 10月25日には、

「北朝鮮軍が韓国との軍事境界線の《肉眼で確認できる場所》に砲兵隊を配置した」

ことが確認されています。

近年では、初めての事態だと思われます。

以下のような動画の投稿もありました。

韓国から肉眼で見える軍事境界線上に位置する北朝鮮軍

煽りではないですが、これだと何らかの一触即発があっても不思議ではない状況にも見えます。

何かこう…一気にいろいろと「崩壊の方向」に進んでいるように見えないでもない、この 10月です。「第四の転換」期などのことを書くこともありましたが、本当にそこに向かっているのかもしれないなと、やや感じます。

みなさんはどう思われますか?


2026年11月6日金曜日

4433「負けるが勝ち」2026.11.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月16日の記事を紹介します。


「負けるが勝ち」


今日は、萩本欽一さんのお話をご紹介します。

「負けるが勝ち」というテーマです。 

欽ちゃんは、いつも易しい言葉で、大切なことを、分かりやすく伝えてくれます。 

私たちが幸せになるための方法です。

<引用開始> 引用元

「負けるが勝ち」

よくこう言いますよね。僕もそう信じています。

でも、なんで負けるほうが勝ちなんだと思いますか?

僕なりの理由はこう。

負けたほうが運がたまるから。

誰も必ず人と意見が衝突することがあるけれど、 

そういうとき「自分のほうが正しい」とか、

「議論に勝ちたい」って、つい思っちゃいますよね。

でも、そう思ったら負け。

勝とうとすると自分の運が減っていくんです。

カッとなって「てめえ、ばか野郎!」なんて相手に言うと、

それだけで運が10ポイントも減点されちゃう。

「てめえ」でマイナス2ポイント、「ばか野郎」で8ポイントの減点。

売り言葉に買い言葉で1時間も相手を罵っていると、

それだけで2000~3000ポイントも運が減ります。

このマイナス分は、なかなか取り戻せないですよ。

だから言い合いになったときは、自分が正しくないかということより、

運を減らさないことを大事に考えたほうがいいの。

相手が「てめえ、ばか野郎!」と言ってきたら、

「あ~あ、あの人、自分の運を減らしちゃったよ、

その分をこっちがもらっちゃおうかな」と心の中で考えるの。

具体的な方法はどうすればいいかというと、謝っちゃうんです。

「そうか、悪かったね」とか、

「ごめん、君の言う通りだよ」って言えばいい。

えっ、そんなの悔しい?

そう、悔しいよね。

自分が謝る場面じゃないのに

「悪かったね」なんて言うと、損したような気がする。

でも、そのときあなたには、

相手が失った10ポイントの運がたまっています。

気持ちで損をするのと、運が10ポイントたまるのと、

どっちをとるかっていったら、運がたまるほうがいいでしょ?

こうやって少しずつ運のポイントをためていれば、

宝くじだって当たるかもしれないしね。

もう一つ大事なのは、

自分が一歩引くことによって、

相手に嫌われるのを避けられるっていうこと。

人に嫌われないっていうことは、すごく運になるの。

それでまた10ポイントついてくる。

人生って結局、運をどれだけためられるかっていう勝負なんです。

だから、そのほかの勝負で勝とうなんて思わなくていいの。

だからバ~ンと言われても、ぐっとこらえて言い返さない。

負けるが勝ち

いや、我慢していい言葉を返していくとポイントが、

次々に加算されるから「負けるが勝ち、勝ち、勝ち」だね。

勝ち、勝ち、勝ちって、火打石がカチッ、カチッ、カチッと鳴って、

火がポッポッポッとつくようで景気もいいでしょ。

今の日本では、運をなくしている人が多いですよね。

これもみんなが怒りっぽくなってることと関係あるんじゃないかな。

これからは相手に一歩譲る人になって、

小さな運を少しずつためていきましょう。 

<引用終了>

さすが欽ちゃん、良いお話ですね。 

・イライラしたり

・モヤモヤしたり

・怒ったり 

そうすることで確実に、自分の運気を減らしているのだそうです。 

もちろん、私たちは、人の中で暮らしていますから、 

時には、イライラしたりするかもしれません。

それは、当たり前のことです。 

ですが、そこにいつまでもしがみつかず、

直ぐに、別の楽しいことに 頭を切り替えて、 

その原因となったものにエネルギーを与えない事。 

ずっと、考え続けなければ、

その出来事、人に、エネルギーを与えることはありません。 

その結果、いつの間にか、記憶のかなたに消え去っていくことでしょう。

心を汚すことを避けることができるでしょう。

また

・楽しいこと

・美しいこと

・優しいこと 

そんなもので心を満つことができるでしょう。

心の状態こそが、全ての現実を作り出します。

負けるが勝ち、、、

幸せな人生のための 王道かもしれませんね。


2026年11月5日木曜日

4432「類は友を呼ぶ」2026.11.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月15日の記事を紹介します。


「類は友を呼ぶ」


今日のテーマ「類は友を呼ぶ」です。 

類は友を呼ぶ・・とはどういうことでしょうか? 

趣味や嗜好が似通った者同士は仲良くなりやすい、 

そんな意味ではないようです。 

自分が醸し出す雰囲気、オーラ、つまり心の状態、

自分が今発している振動数が、 

同じパターンの人は、遠く離れていても、引き寄せられ、集められる。 

固まる、徒党を組む。

友人関係になる、 

そんな意味です。  

それは、自分の今のレベルや程度に、ちょうど、お似合いの人が、

近寄って来るということです。 

ということは、自分の周りの人々を見渡してみれば、

今の自分の心の状態が分かります。 

要するに、今自分に近付いてきてる人は、自分の今のレベル・程度に、

ちょうどお似合いの人が近寄って来るということ。 

ここで小林正観さんのお話をご紹介します。 

<引用開始> 転載元 

すべてが、あなたにちょうどいい。

お釈迦(しゃか)さまの言葉に、次のようなものがあります。

すべてが、あなたにちょうどいい。

今のあなたに、今の夫がちょうどいい。

今のあなたに、今の妻がちょうどいい。

今のあなたに、今の親がちょうどいい。

今のあなたに、今の子どもがちょうどいい。

今のあなたに、今の兄弟がちょうどいい。

今のあなたに、今の友人がちょうどいい。

今のあなたに、今の仕事がちょうどいい。

死ぬ日も、あなたにちょうどいい。

すべてが、あなたにちょうどいい。

ビジネスマンの中には、

会社や上司、取引先の「悪口」を言う人がいます。

「上司はこうで、取引先はこうで、どうしようもない。

どうしたら、自分の思いどおりになるのか?」

このような質問を受けたとき、私は、次のような話をします。

「あなたの言っていることは、きっと間違っていないのでしょう。 

ですが、あなたはその会社からお給料をもらい、

その集団の中で生かされているわけです。 

自分の人生を成り立たせてくれる会社、上司、取引先に対して、 

平気で悪口や愚痴を言えるあなたは、 

どうしようもない会社、上司、取引先と、同じレベルの、

『どうしようもない社員』なのではないでしょうか?」

会社や、上司や、取引先が、

仮に批判されてもしかたがない状況だったとしても、 

彼らを批判している「私」も、「同じレベル」であるような気がします。

夫婦関係や親子関係でも、

・うちの夫(妻)は、こんなにつまらない人で……

・うちの親(子ども)は、本当にどうしようもなくて……

と文句や愚痴を言う人がいます。

しかし、愚痴を言うということは、

「自分の価値をさらけ出している」ことと同じです。

「どうしようもない親、子、夫、妻」を持つにふさわしい、

「ちょうどいいあなた」がいるのですから。

人の悪口を言わない人には、

「悪口を言わないあなた」にちょうどいい、

「悪口を言わない仲間」が集まってきます。

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と言い続けていると、

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」仲間が集まってきます。

人の悪口ばかり言っている人には、 

「悪口を言うあなた」にちょうどいい、「悪口を言う仲間」が集まってきます。

すべてが、あなたにちょうどいいのです。

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を言い続けると、そのとおりの人生になる。

私は講演会などで、たびたび、「五戒(ごかい)」について話をします。 

「五戒」とは……、「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の5つです。 

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」を、

口にしないように戒(いまし)めようというのが、私の唱える「五戒」です。 

何があっても、「五戒」を言わずに、口から出る言葉がすべて優しく、

周囲の人を元気づけるものであれば、神様や宇宙を味方につけることができます。

たとえば、信号を渡ろうとして横断歩道にさしかかったとき、

ちょうど信号が青に変わる。 

買い物をしてお金を支払うとき、小銭入れの1円玉の数がピッタリだった。

といったことがいつも起きる。 

言い換えれば、「ツキを味方にできる」ようになります。

一方で、いつも「五戒」を口にしていると、神様や宇宙を敵にまわしてしまいます。 

なにげなく天気の不満を口に出している間は、否定的な論評をする癖がついたままです。

どんなに一所懸命生きているつもりでも、神様や宇宙は味方になってくれません。

人間は、「自分の発した言葉」で自分の人生をつくっています。 

「私」の周囲の環境や、自分が立たされた状況は、 

すべて「自分の発した言葉」によって形成されていきます。

ですから、朝から晩まで、 

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と言い続けると、この言葉をまた言いたくなる現象や出来事に囲まれます。 

(私は、「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」の7つの言葉を、七福神ならぬ「祝福神(しゅくふくじん)」と呼んでいます)。

反対に、「五戒」を口にしていると、「ツイていない人生」を送ることになります。

以前、午前2時くらいに、私に電話をしてきた方がいます。 

この人は、次のようなことを言いました。

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句を言わないでいたのですが、

4ヵ月たっても、思いどおりの人生を送れない」

私は、電話口で、こう答えました。

「そういうのを、不平不満と言うのではありませんか?」

宇宙が自分の味方をしてくれない、自分の思いどおりの人生にならないと、

嘆く人がいます。ですが、 

よく考えてみると、「電車に乗った」「電話をかけた」「お茶を飲んだ」「食事をした」といった日常の行動は、すべて自分の意思でそうしたものです。

だとしたら、多くのことが「思いどおりになっている」ではありませんか。

また、こんな話もあります。 

東京に住む70代の女性が、

50年間、ことあるごとに同じセリフを言い続けてきたそうです。

「20歳のときに会社を興してもダメで、 

40歳のときにボランティアグループをつくろうとしたときも人が集まらなかった。 

何かイベントをしようとしても、全部ダメだった。 

私の人生は、何をするにせよ、思いどおりにならなかった」

この女性は、「私の人生は思いどおりにならなかった」と思い違いをしています。 

「全部、思いどおりになっていた。 

全部、言ったとおりになっていた」ことに気がついていません。

自分の発した言葉が、人生をつくります。 

「思いどおりにならない」と言い続けたからこそ、 

たしかに「思いどおりにならない人生」を送ることになったわけです。

<引用終了>

自分の回りで起こって来ることは、

全て自分の発した言葉から起こって来るのだそうです。

「自分の発する言葉」とは、普段私達が考えていること・・ということです。

つまり、私達の置かれた環境とは、 

私達の意識に丁度良いもので囲まれていると言うことです。

ですから、甲斐性の無い夫も、いつもガミガミと文句を言っている妻も、 

言うことを聞かない反抗的な子供も、怒鳴ってばかりいる上司も、 

全ては、今の自分に丁度良いから、存在していると言うことです。

もし、幸せな、落ち着いた、

思いやりのある環境の中で生きて行きたいなら・・・

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と

言い続けていると、 

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」

仲間が集まってきます。

正観さんは、このような言霊を使うことにより、

自分自身がまとう波動と言うか、オーラというか、雰囲気を変えて行くことで、 

それにふさわしい(丁度良い)未来が作られていくと、仰りたかったのだと思います。

貴方は普段、どのような言葉が多いですか?

不平・不満・愚痴・悪口・陰口・恨み・ねたみ・そねみ などの言葉ですか?

それとも、

嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる などの言葉ですか?

その貴方の発した言葉は、 

・回りを元気にしますか、

・勇気づけますか、

・笑顔にしますか?

それとも、その言葉を聞いた、周りの人は、 

・暗く、重苦しい気持ちになりますか?


2026年11月4日水曜日

4431「地球の旅」2026.11.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月14日の記事を紹介します。


「地球の旅」


クラリオン星から転生してきた

レインボーチルドレンの久松奏拓(ひさまつ・そうた)君。 

彼は、生まれる前の記憶や、

故郷の星クラリオン星のこと、神様のことなどを、

明確に覚えたまま、ここ地球に転生してきました。 

地球人の意識レベルを一気に上げるために、

最近はこういった星の子供たちが増えてきたようです。 

生まれる前の記憶を持つ、沢山の子供たちと同様に、

彼もこう言います。

・他の人にはできない学びが一杯ある

・障害を持って生まれてくる。将来の障害を計画して生まれてくること

・それは凄い幸運なこと、喜ばしいこと

・障害を持って生まれてくる確率の方が大分低い

・障害という大変な経験をすることで、物事をいろんな角度から見れるようになったり

・わざわざ、その苦労を分かって、それを魂的に楽しむために生まれて来た 

この今世で経験すること、会う人、別れる人、

出来事は全て神様と生まれる前に計画してきたことなのだそうです。

そしてこうも言います。

生まれる前に立ててきた計画は、

生まれた後に、変えることはできない。

これがどういうことかと言えば、

例え自分で経験がしてみたくて立てた計画 

・病気、貧困

・裏切り

・窃盗、殺人

・成功、失敗

・出会い、別れ、死別 

このような経験が、辛くて、苦しくて、

やっぱり計画を変更したい・・

そう思っても途中で変更することはできない。

投げ出すことはできない。 

そういった意味になります。 

肉体ではなく、私たちの魂は、

永遠に存在する生命体であります。 

この魂にとっては、 

・生きるも、死ぬも

・殺すも、殺されるも

人間が思うほど、大きな出来事ではないようです。 

魂にとって死はないのですから、

一つの経験にしか過ぎないということです。

そのことによって、魂が曇ることもないし、

傷つくこともない。 

だから、魂は、いろんな体験をしてみたいと思うようです。 

その行為を神様も、 

良いとか悪いとか、決してジャッジしません。 

このことは、今生まれてきている沢山の、

高い意識を持ったまま生まれて来ている子供たち共通の認識のようです。 

魂にとっては、時間と言う概念さえもありませんから、

長い期間とか、短い期間と言うことさえありません。 

源信が『往生要集』の中で紹介した地獄のありさまも、

魂にとっては、肉体があった時の延長の一つであり、 

意識がまだ肉体に縛られたまま、信念体系領域に縛られている間に

死後、経験する一時の出来事であるのでしょう。

魂が肉体を脱ぐことで、だんだんと肉体に付随していた、

感情や、信念となってしまった意識が薄れるに従って、 

徐々に魂としての本来の状態に戻り、

どんな出来事も、どんな大きな感情の波も、

魂を傷つけることはできない。

単に魂にとって、未知の領域を経験しただけ。 

そう気づいてくるのでしょう。 

私たちが、今経験している出来事は、 

色んな感情を伴い、

私たちに、まるで襲い掛かってくるかのようです。 

それは、苦しかったり、辛かったり、悲しかったりするかもしれません。 

ですが、生きている間は逃げることはできません。

自分自身の魂の計画を変更することはできません。

今感じている感情こそ、 

私たちの本来の姿、魂が、経験して見たくて、

その出来事を、自分の人生のタイムラインに埋め込んできた出来事です。 

そこには、良いこととか、悪いこととかの区別はありません。 

ただ辛く苦しい経験からは、より大きな果実が実ります。 

魂の飛躍的な向上が見込まれます。 

何も辛く苦しいことの起こらない。

単に平和で、楽しいだけの人生からは、

魂にとっては、あまり身になる経験は得ることができません。 

ある程度、進化した魂にしか、辛く苦しい経験は与えられません。 

今苦しい経験をなさっている方も、どうぞ勇気を持ってください。 

神さまに見込まれたのですから。 

そしてその辛く苦しい経験こそが、

私たちの魂を高みに連れて行ってくれるものです。

泣いたり笑ったり、苦しんだり楽しんだりしながら、 

この宇宙で、唯一感情を味わうことのできる、 

地球の旅を楽しみたいものですね。 


2026年11月3日火曜日

4430「地球を救う大和心」2026.11.3

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年10月13日の記事を紹介します。


「地球を救う大和心」


今 日本を中心に、神様の魂を持った子供たちや、

宇宙から直接地球に転生してきた子供たちが、

沢山生まれていると言われています。 

宇宙意識を持った子供たちは、

地球の、それもなぜかみんな日本を目指して生まれて来ています。 

宇宙人の魂は死ぬと地球惑星系の天国にはいかず、

そのまま故郷の星の肉体に戻るそうで、

人間の一生として生きたその長い時間も、

故郷の星に戻ってみれば、経過している時間はたった8時間ほど。 

まさに寝て起きたようなものだとか。

麻で有名な縄文研究所の中山康直さんは、

中学生時代、池で溺れ13分間意識不明に陥ったそうですが、

その短い時間、プレアデス星団アルシオーネに転生し、1万年生き

麻を研究し、その死後再び、地球の中学生の体に戻ったそうです。 

そのプレアデスでの1万年の人生が、地球ではたった13分間。 

神さまが見える子供たちのお兄さんの方は、

宇宙から直接、地球に転生した魂ですが、 

小学生ながら、その知能ははるかに高く

マルチユニバース(並行宇宙)の知識までありました。

また科学技術のはるかに進んだ宇宙人にとって、

神様は、友達のような存在とのこと。 

レインボーチルドレンの小学生のそうた君も同じことを言っていました。

彼ら知的生命体にとっては、

神さまや魂などは決してスピ的な話ではなく科学そのもの。 

その科学の力で、魂そのものを見て、話しもします。(リーディング) 

また魂に対する科学的な知見を持って、転生さえもコントロールしています。

バシャールのように、科学的な知識で

人間の肉体をサーチして、その過去を見たり、未来を見たりします。

決してそれは迷信的なスピのお話ではありません。

更に、天国や地獄と言った世界の知識も持っています。

この地球文明よりもはるかに進んだ科学的な知識を持つ宇宙人たち。

その彼らが憧れる星が、広い宇宙に2つだけあるそうです。 

その1つが地球。 

そしてその地球の中でもとりわけ日本なのだそうです。 

それは日本が神々によって作られた特殊な国であり、

更にはありがとうと言う言霊があるからなのだそうです。 

美しい心が残っているからなのだとか。 

さて今日の本題です。 

今この時こそ、今まで私たちが、密かに胸の内で期待して、

多少不安ながらも待ち焦がれていた、その時そのものなのですが、 

日々の暮らしの中においては、なかなか

・「何か、起きているな」と・・感じはしても

・「最近身の回りが、騒々しいな」と・・感じはしても

今この時が、その時まっただ中であるとは認識出来ないかもしれません。

世界的にも、そして、数百年規模の歴史の波の中においても、

大変化の時代に突入しています。 

今日の続きが、また同じ明日ではありません。 

既に3次元的な地球上でも、大きな変化が起きています。 

今まで全世界が騙され続けてきた、悪魔の支配が終わろうとしています。 

もうすぐ今起きているその大きな変化の意味を、多くの人が気づくことでしょう。 

もう後戻りはできません。

停滞もできません。

大きな変化の時には、今まで持っていた価値観を、

私たち自身が変える必要があります。  

以前、「予行演習をさせられた日本」の記事でも書きましたが、 

既にこの時のために、そしてショックを和らげるために、

前もって沢山の方々が強制的に価値観を変えました。

・神戸、東北の大震災

・九州の地震 

強制的ではありますが、そして涙と大きな痛みを伴いましたが、 

その時を境に、ご自身の中の価値観が、大きく変わられたことと思います。 

大正時代の日本を見たアインシュタインの感嘆の言葉や、ブッダの予言に在る通り、

世界的な大きな大きな変化、世界中が涙も涸れ果てるほどの諍い(いさかい)の後、

世界の希望は、日本人の心にある大和心(やまとごころ)に託されています。 

私達平凡な一般人には、

・世界の果てまで行き、平和のために戦争に参加したり

・貧困にあえぐ多くの人々を救う 

そんな大きな力はないかもしれません。 

ですが、私たち自身の心を整えることはできます。 

心を整えることで、身近な周りを幸せにすることができます。 

ひいては地域や国、世界を幸せにすることができるかもしれません。 

全ては、私たちの心ひとつから始まります。 

では、言葉遊びではなく、綺麗な言葉を並び立てて終わるのではなく、 

実際に実践・行動できるように

「私たちの心の何」が、大和心なのか?書きたいと思います。 

今この時こそ、私たち日本人の心が試されているからです。 

どうしたらその心を取り戻せるのか? 

大和心は、江戸時代の本居宣長の下記の短歌に端的に表されています。

敷島の やまと心を 人とはば

朝日に匂ふ 山さくら花 

現代語訳は・・・ 

日本人である私の心とは、朝日に照り輝く山桜の美しさを知る、

その麗しさに感動する、そのような心です。 

そして西洋の異人の人々でさえ、日本の山に咲く、山桜を見たら、

大和心に目覚めるであろう・・・ 

そう言っています。 

このような心をはぐくむために、

神々は、4つのプレートが重なる地域に日本列島を作り、 

そのプレートのせめぎあいで山や谷を作り、

その高低差で川が流れ、美しい自然をはぐくんできました。 

そして日本は島国であるがゆえに、外敵にさらされることなく、

・自然と共生する心

・自然を愛でる心

・自然や万物に感謝する心

・自然や万物、そして相手の中に神を見る心

を創られてきました。 

全部神々が計画した、いわゆる 共生と順応の美しき心です。

これに対し、厳しい自然環境の中で生きていかねばならない諸外国では、 

自分の力で苦難を乗り越えねばならず、征服というキーワードで生きてきました。 

・自然を征服する

・病気の原因を細かく分類分けし、征服する。除去する。 

全てが対立という考え方からスタートします。 

日本では環境に立ち向かうことなく、受け入れ、環境とともに生きてしまう。 

そして順応し、自分を変えることで、

自分が進化することで、環境の変化を乗り越えてきました。

日本人は、縄文の時代から、ずっとそれをやってきました。 

ですから柳の木のように、しなやかで折れにくい強い心を持っています。 

この強さを恐れ、破壊するために、根絶やしにするために、

戦後の統治政策が行われました。 

日本人の底力、神と共にある力を恐れたからです。 

アインシュタインが言った 

科学の発達によって、外国はみんな武器を争って作って、お互いに戦争をやるだろう。

そして、最後に疲れ果てるだろう。

その時に本当の人生に目覚めるときが来るだろう。

それをするのが日本人である。

日本人の生き方というのは、人間の本当の生き方である。 

そのような地球の未来が託された、私たち日本人の大和心、 

これを取り戻すには、日々の平凡な暮らしの中で、

身近な周りの人々と

・その違いを認め

・笑顔で助け合い

・おかげ様、お互い様の気持ちで 

・憎しみの心

・不平不満の心

・嫉妬の心を捨て 

感謝の心で過ごしていくだけです。 

大それたこと、無理してくださいと言うことでは決してありません。 

自分の心を整えるだけです。 

その積み重ねが、私たちの魂の中に眠っている大和心を揺り動かし、 

深い悲しみの後の世界に、平和と笑顔を広めてくれることでしょう。

この日本人の優れた特質について、

今からちょうど100年前の1922年、芥川龍之介が、

「神々の微笑み」で書いています。 

あらすじをご紹介し、本日は終わりたいと思います。 

<引用開始> 引用元

十六世紀頃の戦国時代、キリシタン布教の全盛期。

ある春の夕暮れ、京都の南蛮寺の庭で、宣教師オルガンティーノは言い知れぬ不安に襲われていた。

風景は美しく、気候も温和で、人もまあ親しみやすく、布教も進んでいる。

しかしこの国のいたるところに、不安をあおる何かが満ちている。

オルガンティーノは夕の祈祷にて、日本の神霊と戦うための加護をデウスに祈る。

が、彼の目の前には日本神話の天岩戸の場面が幻想として現れる。

オルガンティーノはそのあまりの衝撃に気絶してしまう。

深夜、意識を回復したオルガンティーノは「この国の霊と戦うのは困難らしい」と呟く。

すると「負けですよ!」と姿なき声が聞こえる。

翌日の夕も南蛮寺の庭を歩いていたオルガンティーノは、

幾分か昨日の憂鬱を払しょくしているようだった。

数名の新たな入信者があったからだ。

しかし、そんな彼の前に、首に勾玉を下げた老人が現れる。

老人は日本太古の神の一人だと名乗り、オルガンティーノに語り始める。

この国にはデウスだけでなく、

孔子、孟子、荘子などいろいろな考え方、物や文字が渡来してきたが、

我々を征服することはできなかった。

たとえば、漢字はひらがなやカタカナに造り変えられ、

逆に我々が征服しているともいえる。

我々の力とは破壊するものではなく、まさにこの造り変える力。

デウスもまたこの国に取り込まれるかもしれない。

お気をつけなさい。

デウスが勝つか天照が勝つか、

いまは容易に断定できず、それは現在、そして未来の日本人の肩にかかっている。 

<引用終了>

 

※当時、産業革命をいち早く終えた西洋諸国による世界の植民地支配に先立ち、

宣教師たちが先遣隊として、世界に派遣されていました。