2026年6月12日金曜日

4286「真実が明かされる時」2026.6.12

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月28日の記事を紹介します。


真実が明かされる時」


もう数千年も、ある意図を持って隠されてきた真実があります。

そして同じく数千年の時を掛けて、

その秘密を明かし、人々を幸せにしよう

という勢力による 努力もなされてきました。

そして、沢山の人々の努力により、その隠された真実が

今明かされようとしています。

その隠された真実とは、私達の心の中には

神さまがいらっしゃるという事。

それは、誰一人として、例外なくです。

私達の心は、巧妙な手段によって、がんじがらめにされてきました。

キリスト教では、私たちは、

生まれながらの罪人であると教えられて来ました。

ボロボロになるまでも自分を犠牲にし、

他人に尽くしなさいとも教えられました。

自己所有の、私の・・と言う言葉が生まれました

(縄文の時代には存在しませんでした)

その結果、所有慾が生まれました。

持てる者、持たざる者の違いが生まれました。

それによって、嫉妬心が生まれました。 

嫉妬、やっかみ、ねたみ、ひがみ、焼きもち・・・ 

これらは、心を曇らせます。 

支配と、依存の心が生まれました。

自分さえ良ければの、心が生まれました。

持たざる者は、

常に将来の不安・恐怖を抱くようになりました。

自分の思い通りにならない事、思い通りに動かない人々のことを、

許せなくなりました。

ですが、

私達の心の中には、神さまがいます。

良心があります。

その結果、良心と、悪い心の狭間で、葛藤が生まれました。

人を許せないのと同じパワーで、自分自身も許せなくなりました。

私達は生まれながらの罪人と、教えられて来たからです。

でも、この数千年の間、

その呪縛を取り除く努力も綿密に計画され、実行されてきました。

私達の心の中には「神さま」がいるという事。

心に静かに問いかければ、

 誰でも内なる神さまの声を聞けること。

時代はもはや、助けてくれる神々や、

頼れる師を、外に求める時代ではなくなりつつあります。

自分が自分の心のよりどころ、となる時代に入ったからです。 

そのよりどころとは、私たちの中に、何時もいらっしゃる「神さま」です。

それは、数千年にも渡り、隠そうとしようとして来た勢力と、

それに抵抗し続けた勢力の、せめぎ合いの時代でした。

それでも今、着実に真実を明らかにし、

人々を幸せにしたいという願いが、 

実現しつつある時代になってきました。

自分の可能性を信じ、自分を受け入れ、

人のあるがままを許し、自分のあるがままを許し、 

そして自分を認めていく段階に来ました。

それが出来た時、初めて私達は、

自分自身を愛し、その内なる可能性を信じ、 

自らの足で、歩み始めることが出来ます。 

真の意味で、人に優しくすることができます。

私達の心の中には、神さまがいます。 

全ての人の中にいます。

自分自身を許し、受入れ、慈しむことが出来た時、

その「神さま」は輝きを増します。

私達が常に恐怖に苛まれ、愛の欠乏を感じ、 

苛立ち、人を、自分を、許せなくなるのは、 

その様に仕向けて来た者達がいたからです。

巧妙でシステマティックな手段でした。

ですがそれと同じく、陰があれば、陽があるように、

その隠された真実を、元のように表に出そうと、

努力してくれていた命がありました。

私たちは、自分自身を卑下する必要はありません。

イエス自身が仰ったように、

私達は一人一人、誰もが尊い存在だからです。

でも、最後の扉は自分で開かなければなりません。

その方法は、非常にシンプルです。

置かれた場所で咲きなさい。

そのように生きることです。

私達の中には、宇宙の根本法則である、神さまが居らっしゃいます、

それは本当は私達自身であり、私達の良心です。

それに気付き、知ること。

その神さまは、全ての私達の属する宇宙の運航、 

そして身近な出来事、人との出会い、別れさえも決めています。

今、自分がいる、そのままの場所・環境の中で、

全てに感謝して輝き、そして幸せになること。

それこそが、今の時代に生きる人々に求められています。

ブッダの時代から数え、2回目の1,200年ごとのサイクルの中で、 

今、その段階に入りました。

 


2026年6月11日木曜日

4285「死なないで!」2026.6.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月27日の記事を紹介します。


「死なないで!」


周りを見渡してみると、元気はつらつの人もいらっしゃいますが、 

本当に辛そうな方々も沢山いらっしゃいます。

ですが、

・同じく辛そうな環境に囲まれていても、

・同じような苦しい状況に置かれていても、

いつも前向きで明るく、感謝の日々を送っている人も存在します。

その違いは何かと言えば、 

・気持ちの持ち方、

・心の置き所の違いかもしれません。

ブッダは慈悲の人でしたから、

そんな辛そうな人たちを救おうと、般若心経を残してくださいました。

そこには、自分の周りに時々刻々と起きてくるいろんな現象には

「良い・悪い」はないんだよ(=空)

それを、

・良いことだ、

・悪いことだと

判断(色をつける)しているのは、自分の心ひとつなんだよ。

辛く見える現象でも、神様からの贈り物と、

感謝して受け取れば、それは幸せとなるし、 

不平不満で受け取れば、それは苦痛になる。。

そう教えてくださいました。  

そして人間の人生というのは、どのような時でも

感謝が大切なのだよと教えてくださいました。  

それこそが、人間を辛さから解放してくれる妙薬だと・・

さて今日は 「死なないで」ということで、斎藤一人さんの言葉をご紹介します。

<引用開始> 引用元

今から、『天使の翼』っていう話をします。

人は誰でも、一人に一人づつ、

エンジェル(エンゼル)がついてるんだよ、って話です。

日本でいうと守護霊さんっていうだけど、外国の人はエンジェルって言うんだけど、 

誰でも人は幸せになるために、一人に一人づつ、エンジェルがついているんだよ。

今、ものすごい苦労している人もいると思います。

つらい思いしている人もいると思います。

人間って自分の運命を、天国にいるときに決めてきて、 

こういう運勢で自分は生きますって神様にいうと、

神様は、それだとちょっと荷が重いんじゃないかい?って言うんだけど、

「大丈夫です、それでも私は幸せになります」って、神様に約束してきます。

それで出てくるんですけど、ほんとにつらい修行を背負ってる人もいるんです。

ところが、人間っていうのは

トータルすると、絶対に元がとれるようになってるんです。

だから苦労した人って、死にたくなっちゃうことあるかわからんないけど、

死なないでください。

あなたが苦労した分、絶対に人は幸せになれるようにできてるんです。

それで、早く幸せになれるコツってあります。

人間関係でつらいこともあります。

ほんとにそういう時は、 

・あなたに嫌なことする人、

・悪いことする人、 

もう無視してください。

それより、 

・あなたを守ってくれるお母さんとか、

・お父さんとか、

・近所の人とか。

で、もしそういう人が、私はひとりもいないんだっつったら、 

自分を守ってくれてる、自分にはエンジェルがついててくれてるんだ、って。

翼があるエンジェルがついててくれてるんだって、信じてください。

そして、今を乗り切ってください。

今苦しくて死にたいことがあるかもわかんないけど、死なないでください。

私なんて死んだって、誰も悲しまないっていうけど、神様が悲しみます。

あなたについてるエンジェルが悲しみます。

そして、今話してる私が悲しみます。

あなたは。かけがえのない人です。

そして、かけがえのない命です。

これから、あなたと出会う大勢の人がいます。

これからの出会いは、本当にすばらしい出会いです。

明日を信じてください。

そして、あなたを導いてくれる、エンジェルを信じて下さい。

あなたに羽根はないかもわからないけど、あなたに付き添ってるエンジェルには、

翼があります。

そして、あなたを必ず導いてくれます。

どうもありがとうございます。

<引用終了>

一人さんは、こうも仰っています。

神様が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない

要するに、自分の周りで起きていることは、

神様が起こしているわけですから、そこには悪いことなど一つもない。 

全部が全部、自分へのギフトであるということです。

ですから、もし死にたくなるような辛いことがあるのなら、

この言葉を思い出してみてください。

「もしこのトラブルがツイてることなら、どんな展開になるのだろう?」

「この問題は自分に、何に気付いてほしくて、起こっているのだろうか?」

そう考えていると、 

・時間が解決するか、

・ひょんな人の言葉がヒントになって解決するか、

・別の変化が起きて、その問題自体が自然消滅するか。。

様々な方法で解決していきます。

神様は、私たちを破滅するために、

その現象を起こしているわけではないのですから・・

だって、 

「神が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない」のですから。。

どうぞ、あきらめず、神様を信じてください。 

本当にホントに、神様っていらっしゃるんですよ。 

すぐそばに・・・

どうしても心が落ち着かないときには、

言霊を何百回、何千回と唱えてもよいでしょう。

不安な心が収まるまで、

ひたすら「ありがとう、ありがとう、ありがとう」・・

心の中だけでも、口に出してもどちらでも構いません。

この「ありがとう」の言霊は、宇宙最強と言われていますから、 

必ず心が落ち着き、またこの言葉を、思い出すことができるでしょう。

「神様が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない」

神さまの恩寵は、必ず「感謝の心」を媒体にして現れます。 

感謝の心を持つ人を、神様が見捨てるはずがないからです。

だから、何度でも言いますが、私たちは大丈夫なようにできていて、

そのように運命づけられて、この世に送り出されてきました。

それは、私たちだけでなく、子供たちや、ご家族たちでさえも。

私たちが心配して取り越し苦労などする必要はありません。 

彼らにも、彼らの神さまがおり、

大丈夫なように常に支えていられるのですから。。

どうか、希望とともに、「ありがとう」という、感謝の気持ちでお過ごし下さい。

私たちの周りで起きている、あらゆる問題と見える事象も、解決方法は、 

このようにブッダの教え、般若心経に書いてあったんです。

今日、その事を知ったのですから、 

今、この瞬間から幸せが、どんどん列をなして、押し寄せてくれることでしょう。 

前世に置いて、ブッダ、そして空海の弟子だった

小林正観さんが、幸せになるための「3秒」の方法を教えてくださっています。 

● 1秒目…過去のすべての出来事を受け入れること

● 2秒目…現在のすべての出来事を受け入れること

● 3秒目…未来のすべての出来事を受け入れること 

これで終わりです。 

自分に起きたことや、これから起きることは、すべて自分が成長するために、 

必要なことだったと、思うこと、感じること。 

そのように目の前の状況を受け入れれば、感謝できれば、 

悩みも苦しみもなくなって、ラクに生きることができるでしょう。

実際に、目の前の苦労、悲しみは、全て、私たちの魂を輝かせるために、

神さまが起こしてくださっていることだからです。 

不幸の後には、必ず幸運が来ることになっています。

宇宙はバランスを取ろうと、常にエネルギーが動いているからです。


2026年6月10日水曜日

4284「神さまの微笑み」2026.6.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月26日の記事を紹介します。


「神さまの微笑み」


縄文の昔から、日本人は、全ての中に神様を見出してきました。

(八百万の神) 

私も、特定の宗教には入っていませんが、神様の存在を確信しています。 

一方、神様を信じていない方は、

全ての判断を、自分一人で下さねばならず、人生が孤独な闘いですね。 

常に不安で、過去を悔やみ、未来に対しては取り越し苦労で、

心が休まる暇もないかもしれません。

私は神様を信じているので、やることやったら、後はお任せです。

その結果がどうなるかは心配しません。

なぜなら、どのような結果が出ようと、

その結果は、自分にとって、一番必要なことで、良きこと。 

そう、もうすでに決まっていることを、知っているからです。

全ての結果に感謝します。 

それだけです。

こんな、努力もしない、心配もしない、ちょっとズボラな生き方・・楽ですよ。

さて、小林正観さんのお話からご紹介します。

<転載開始> 転載元

偉い先生方は、掃除と感謝のことは 言う。

正観さんには そこに笑いが入りました。

笑いの重要性。

正観さんは、こんな説明をしてくださいました。

例えば 子どもがオール1を取ってきた通信簿。 

それを見たとき 

「なんでこんなに成績が悪いんだ。」

怒る父親 母親がいると思いますね。どこにでも。

しかしね。「きれいだなあ これ」と笑っちゃう人がいる。

「こんなにきれいに 1をそろえるなんて」と

笑った。あまりにきれいで、おもしろくてと。 

もう どうしようもないから。全部1だから。

その、オール1への親の笑い。

正観さんが その意味をこう解いてくださいました。

笑った瞬間というのは実は  

「その現象を100% 肯定した」ということなんです。 

わかりますか?

笑いとは肯定の一番上の行為なんです。 

首を縦に振るというのも 肯定の一部。

「そうだね。確かにそうだね」と言う。 

肯定の一部。

「笑う」という事は肯定の一番上。

100%受け入れたということ。

それが 笑いの重要な意味なんです。

そして、もうひとつの例を紹介してくださいました。

医者から宣告されたとします。

「あなたは がんです」

「がんなんですか~  ガーン」 

がんですと言われたとき 駄洒落一発・・・

「笑ってしまうというのは100%の肯定なんです」

今度は肯定の意味を説明してくださいました。

肯定をするというのは人生の中で、すごく重要なポイントです。

目の前の現象について 笑うということは、目の前の現象について、 

100%肯定したということです。

そして目の前の現象をつかさどっているのは、3人の方です。

このように「笑い」「肯定」から 本質の話をしてくださいました。

3人とは

・宇宙  と

・地球  と

・神さま  

なんですよ。

目の前の現象に対して、 

瞬間的に 笑った という事は、宇宙と、地球と 神さまへのメッセージです。

あなた方がやっていることは、肯定しています。 

とても 気に入って 嬉しいです。

面白いです。 

と言った瞬間が「笑った」ということなんです。

一方で、宇宙、地球、神さま へ、あなた方のやっていることが 気に入らない。

そのメッセージが、不平不満。愚痴。泣き言。悪口。文句なんです。

面白くない顔をして「否定した」瞬間なんです。

笑いと肯定が、神さまを味方にする。 

そわか(掃除、笑い、感謝)のひとつなんです。

笑った瞬間 神さまの微笑返しが きっとあります。

そして 肯定にも段階があります。 

その最上級が「笑い」、笑えるかなあ と心配する前に、何にでも肯定してみること。

正観さんは 

「そうだね 確かにそうだね」が肯定の一部と言われました。

現象に対する 肯定。

それを 目の前のすべて 人やモノ 動物 植物 鉱物にまで広げていくこと。

肯定、つまり承認をしてみること。

部屋にあるもの。パソコンに 机に、本や本棚 ペンに手帳、

かばんにプリンター、エアコン、部屋から見える 草花、野菜、石、 

空も 夕暮れも 雲も 星も

すべてに、「そうだね」「そうだね」と認めると、 

すべてが「そうだよ」「そうだよ」と肯定が帰ってくる。

自分は 結局 すべての中の ひとつ。

全てを肯定することは、

結局 自分で自らを承認して肯定することと同じこと

すべての中に 神さまがいる。

自分にも 神さまがいる。

そうすると日常生活のなかでは、笑いまでいかないまでも 微笑でもOK。

大きい神さま 小さな神さま、遠い神さま 身近な神さま。

特別なとき 思いがけないとき 、笑えることが起きてきます。

それには日常の中の ちょっとした微笑が大切。

微笑めば 微笑み返しが。

身近な神さまから必ず起こります。

そのとき気がつくかもしれません。

「あっ 自分も 小さな神さまかもしれないね」と。

正観さんの「感謝する」ことは、すべての存在を 認めて肯定することと同じこと。

感謝すると 神さまの微笑み返しが起こり、微笑まないと、微笑み返しはありません。

実践あるのみです。

<転載終了>

まじめな人ほど深刻になりがちですね。

そして、自分の思うように物事が運ばないと、 

・イライラして怒ったり、

・疑心暗鬼になったり、

・人を恨んだり・・

まるで「笑い」の反対なことをやってしまっています。

自分の思うようになんて、絶対にあり得ないのに・・

今、目の前の状況を 

「あぁ、そう来ましたか」と全て受け入れて、笑って感謝していたいものですね。

きっと神様の微笑み返しがありますよ。

もし、配偶者の方が居らっしゃるのであれば、夫婦が笑い合っていれば

どんな

・苦難も

・苦労も

・貧困も

きっと、楽しく乗り越えられますね。 

より一層、愛と信頼が醸成されて、絆が深まるかもしれません。

目の目に起こってくる、全ての困った現象は、神様が放った矢のように。。 

真っすぐに私たち自身に、向かって起ってきています。

私たちの心を変えなさい。 

今迄の 

・しがらみ、

・クセ

・慣習

・慣れ

・怠惰

・変わることへの恐れ

・プライド 

そこから自由になれるかどうかにかかっています。

そして、それができた時、私たちの心は、解放され、より一歩、神様に近づき、

幸せな人生を、再び歩み始めることでしょう。


2026年6月9日火曜日

4283「幸せの種」2026.6.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月25日の記事を紹介します。


「幸せの種」


今日は「幸せは見つけるもの」というテーマで、小林正観さんのお話をご紹介します。 

<転載開始> 転載元 

生れてからずっと目が見えいない人は、

「1秒でもいい、いや0.1秒でもいいから、親の顔を見てみたい」

「結婚した相手の顔を見てみたい」

「子どもの顔を見てみたい」

と思いながら生きているそうです。

私たちは、0.1秒どころか、生まれてこのかた、

目が見えないことなどないにもかかわらず、

目が見えるということに対して、感謝することなどまずありません。

それどころか、

・あれが欲しい

・これが欲しい

・あれをよこせ

・これをよこせ 

と現状に対して、不満ばかり口にしています。

私たちは小さい頃から、足りないものをリストアップして、

それを手にいれなければ幸せになれない、と教え込まれています。 

そのように洗脳されているのです。

それを、「夢と希望に満ちあふれた生活」といいます。

それに対して、私は「夢と希望もない生活」を送っています。

夢も希望もない代わりに、悩みも苦しみも煩悩(ぼんのう)もありません。

私は酒もタバコも麻雀も、娯楽といわれるものは何もしませんし、

休みもほとんどありません。 

「何が楽しくて生きているのですか?」 

と、ときどき尋ねられることがありますが、

「ただ幸せをかみしめて」生きている。

「自分がいかに恵まれているか」 

「自分がいかに幸せか」

「自分がいかにありがたい状況に生きているか」

ということに気づいたら、 

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の 

「五戒」など口から出てきません。

願いがかなったら、望んだものが手に入ったら感謝する、というのは、 

本当の感謝ではありません。

何も要求することなく、不平不満を言うこともなく、 

いま目の前にあるものを、ありがたく味わう。

それこそが、本当の「感謝」なのです。

人は、自分がいかに、幸せな状況のなかで生きているかに気がつきません。

海で泳いでる魚は、海を見ることができません。

それで「自分も海をみてみたい」と思い、

釣り人が垂れている釣り糸にガブリ!とかぶりつくのです。

すると海の上に引っ張り上げられる。

それで初めて、魚は海というものを見ることができるのです。

釣り上げられた魚が「私」なら、釣り上げた人とは「神さま」。

釣り上げられた状態は何かといえば、「事故、災難」。

海とは、「幸せ」そのものです。 

神さまに「幸せというものを見せてください」と言うと、 

神さまは「わかりました」と言って、災難や事故というものを起こして、

私たちを釣り上げてくれます。

かぜをひいて、丸1日何も食べられなかったら、 

かぜが治ったときに食べた1杯のおかゆが、とてつもなくおいしく感じられるでしょう。

元気いっぱいで毎日おいしいごちそうばかり食べていたら、

おかゆのおいしさは、なかなかわからないでしょう。

では、かぜで丸1日食べられなかったことは、はたして不幸なことだったのでしょうか?

そうとはいえないでしょう。

その体験があったから、おかゆのおいしさ(幸せ)を味わうことができたのです。 

私たちが「幸せ」を感じるためには、

その前には、一般的に「つらい、苦しい、大変」といわれる状況が起こるようです。

そういう構造になっている。

そのことに気づいたら、私たちは

・つらいこと、

・苦しいこと、

・大変なこと 

に遭遇したときも、一喜一憂せずに、平静な心でいられるかもしれません。

<転載終了>

私は大分、正観さんが仰るような生き方をするようになりました。

無理して頑張るとかはしません。

人から頼まれるとか、自然の流れで、する羽目になってしまったことを

するようにしています。

なぜならそれが神さまの意思であり、神さまが引いて下さった、

良きレールだと思うからです。

流れに身を任せています。

そして、ちょっとしたことに「小さな幸せ」を見つけようと思っています。

でも世の中には、ちょっと自分にイヤなことがあっただけで 

「最悪だ!」って言う生き方をする方もいらっしゃいます。

・幸せの種を見つけるのが上手で、いつも感謝の人生を送る人

・足りないもの、悪いところを見つけるのが上手で、いつも不平不満を口にする人

たったこの方向性の違いだけで、幸福度がだいぶ異なります。

天国か地獄かです。

同じような境遇、出来事に囲まれていても、感謝の人の周りは、

光が溢れ、笑顔に囲まれていることでしょう。

不平不満の人の周りは、同じように暗い顔をした人に囲まれていることでしょう。

人生が楽しくない人、うまくいってない人は、もしかしたら、幸せも成功も、 

「見つけるもの」だとは思っていなくて、 

「与えられる」か「偶然入ってくる」ものだと思っているのかもしれません。

チャンスも「来るもの」だと思っていて、

「見つけるもの」だと思っていないのかもしれません。

ですが、感謝して笑顔で生きている方には、

きっと神さまの恵みもふんだんに現われることでしょう。

今世の中は、夜明け前の暗闇の中、

どんどん、どんどん人々の心が、不安と恐怖に向けられて行っています。

また、

・病気やケガ

・貧困

・リストラ

・介護

など、非常に困難な状況に置かれている方も居るかもしれません。

ですが、どうぞ安心なさってください。

勇気を持ってください。

神々を信じ、感謝の心で生きている人を、神様は決して見捨てません。 

見ていらっしゃいます。

今は世の中の変動の時期ではありますが、それは、良き世を作るための変化です。 

今の状況も、神様が私たちに必要だからこそ、その環境の中に置いてくださいました。 

その深い理由を、生きている最中は知る故はありません。 

ですが、ご自分の内にいらっしゃる神さまを、どうぞ、信じてください。 

目には見えなくとも、本当にいらっしゃいます。

心を澄ましていれば、いつかお声を聞くこともできるでしょう。

永遠に続く私たちの魂の道筋の中で、 

私たちは、ほんの一瞬、地球に立ち寄り、経験をさせていただいています。 

それが終われば、再び自由度の低い肉体を脱ぎ、魂の世界に帰っていきます。 

私たちが、今ここ、置かれた環境の中でできることは、 

精一杯自分なりの、花を咲かせることだけです。

その花は、人によって様々です。 

道端に咲くような可憐な花も、美しい大輪の花もあるでしょう。 

ですが、どの花も、神様にとっては美しく、愛おしい花。

どのような環境であろうと、私たちの感謝の心は、

神々が恩寵を表すために大切な媒体です。


2026年6月8日月曜日

4282「青空ひろば」2026.6.8

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新記事を紹介します。


1749 2026.05.14 ~1451 2026.05.16 

Q3.「いのちの可能性」を追求する上で、心得ておくべき事がありますか。

A.

・失敗を恐れないこと。失敗を重ねなければ成長はありません。勇気を持って「マルでダメ夫」の人生(小さなマルをいっぱい稼ぐけれど、死んだ時に見返してみると、そんな小マルで大きな×を描いている)ではなく、「ダメでマル夫」(いっぱい失敗するけれど、一生を振り返ると、その×で大きなマルを描いた人生だったと分かる)を選び取ろう。

・背伸びしないこと。自分の今持っている武器で最高の勝負をすることを目指そう。

結果の成否は知ったことでない。

・人類の魂の進化の潮流を知って、それに逆らわない正しい人生目標は持とう。

「分離」の方向の目標はあなたをエゴの殻に閉じ込めてしまう(「いのちの可能性」をますます狭めてしまう)。

「融合」の方向の目標はあなたの「いのちの可能性」をますます広げてくれる(誓願を立てることの大切さ)。

・「いのちの可能性」の追求は一生で完成出来ない。「一生1ミリ前進」です。

転生があることを知り、転生の意義を知っておくこと。

飯田史彦先生やキューブラー・ロスさんの著作を読んでおこう。転生があることを知ると、ムダなあせりがなくなって、今・ココにどっしり腰を据えて課題に取り組んでゆけるようになる。


Q1.菩薩(ぼさつ)とはどんな存在ですか?

A.菩薩とは、大乗仏教が生み出した「理想的人間像」です。

地上世界に一人(一つ)でも、苦悩している存在がいる間は、私一人だけが悟りの彼岸(ひがん:安らぎの向こう岸)に渡るようなことはしない。何度でも地上世界に転生して、最後に残った苦悩する存在が無事彼岸に渡りきったのを見届けてから、私は最後に悟りの彼岸に渡ることにしようという誓願(誓い)を立てた存在のことを菩薩と呼びます。


Q2.「菩薩」がなぜそんなハードな誓願を立てる必要があったのでしょう、その理由がもう一つすっきりしません。私にはとてもそんな誓いは立てられそうもありません。

A.

イノチは一体なのですから、自分ひとりだけが他のイノチたちを押しのけて悟ってしあわせになるということは本当は不可能なのです。私の分身たちがまだ解放されていないのですから。この世に一人でも苦しんでいる人(モノ)がいる間は、私はまだ悟っていなくて、安らぎの世界に住むことは出来ないんです。

だから、私はこの地上世界(娑婆世界)に何度も転生して、救済活動に従事するし、ついに最後の一人まで救済し尽くした時に、私はついに本当の悟りを開き(仏となる)、また同時にすべての生あるものたちも悟りをひらく(仏となる)のです。(完)



1747 2026.05.12 ~1746 2026.05.10 

Q1.何のために生きているのでしょう?

A.人は自らの「いのちの可能性」を広げてゆくために生きています。

「いのちの可能性」を広げるとは、「より高くなりたい、よりいのちの領域を広げたい」という意志・本能(いのちの根源意志)に従う行為です。

なぜ、人にはそのような成長意欲があるのかというと、あなたがあなたの人生を精一杯生きて、成功したり、失敗したり、泣いたり、笑ったり、たくさんの学びをします。そうすると、あなたの学びは「人類全体の魂(神)」に送り届けられ、「人類全体の魂」を進化成長させることになるのです。

あなたのような人生を生き、あなたのような学びが出来るのは、宇宙広しといえども、あなたしかいません。だから、あなたがあなたの人生を生き切ることは、とても貴重で、尊いことなのです。


Q2.「いのちの可能性」はどのようにして開発されてゆくのですか?

A.

・若い時は、自分の「いのちの可能性」をガムシャラに追求すればいいのです。

・やがて能力の限界に気づき、人とともに協力しあって生きることの大切さに気づくようになります。

・「差し出せば、帰ってくるものなんだ」という「お風呂の原理」を悟ります(二宮尊徳翁)。

・「いのちの一体性」を悟り、自分は人で、人は自分なのだから、自分の能力でやれるだけのgive を精一杯やってゆけばいい。自分ができないことはもうひとりの自分(他者)がきっとうまくやってくれるのだからという、イノチの本能にたいする「安心感・信頼感」が自然と湧き出します。「ヒトツイノチ(イノチの一体性に気が付く)・ヒトツのイノチの原理(全体でヒトリなのだから、私は私が担当する役割を精一杯やればいいのだと気付く)」を悟るのです。


Q1.「いのちの足腰」を鍛えるとはどういうことでしょう?

A.「いのちの足腰」が弱いと、人生の坂道をたくましく登り切ってゆけません。人生のはるかに遠い目的地までたどり付けません。

Q2.では、「いのちの足腰」を鍛えるにはどうすればいいのでしょう?

A.「徳を積む」ことによって「いのちの運び」が堂々としてたくましくなります。

Q3.「徳」とは何でしょう?

A.徳(グナ)とは、「現世で使用出来る心のエネルギー」のことです。

「心」には「波羅蜜多性(ハラミッタ性:想いを自動的に現実化する性質)」があるのです。丁度、タクシーのようなもので、行き先さえ告げておけば、後は眠っていても、目的地に到達できるのです。心にはそういう目的地到達の自動性があります。

徳が高いと、心の「波羅蜜多性」が強くなり(タクシーの燃料が大量)、想いが実現しやすくなるのです。

徳エネルギーは一気に貯まりません。時間をかけてゆっくり貯めてゆかねばならなりません。


Q4.「徳」を積む(心のエネルギーを蓄える)にはどうすればいいのですか?

A.徳を積むには、他者に対する見返りを求めない善行(布施(ダーナ)行)を実践しなければなりません。


Q5.「徳」を積むには、具体的にはどんな善行をすればいいのですか?

A. <布施行(ダーナ行)の種類> は、『出雲記伝』(バンクシア・ブックス)に詳しく述べているのでお読みください。

財施(ざいせ:貧しい人や困窮している人にお金や物品を提供する行為)

法施(ほっせ:人の心の傷を癒し、安心させてあげ、元気を取り戻してもらうような真理の教えを説く。自分が真理を体得して他の人に説く。また、自分がまだ真理を説けない場合は、師の教えを人に解説する。人に師の教えを紹介する。師のお話の録音を聞いてもらう。師が書かれた本を人にプレゼントして読んでもらう。師の本を印刷出版する(印施ともいうなど)。

無畏施(むいせ:人に安心を提供する) 観音様は「施無畏者(せむいしゃ」 と呼ばれている。

身施(しんせ:カラダでやるダーナ行、ボランティアなど)

和顔施(わがんせ:笑顔で人に接する)

愛語施(あいごせ:思いやりのある言葉で人に接する)

座施(ざせ:職や結婚相手を紹介してあげる。真理が説かれる法座に連れていって座らせてあげる。人やモノを本来のあるべき位置に戻してあげるのも座施)

随喜施(ずいきせ:ともに喜んであげる)


Q6.なぜ「徳」(善行=布施行)を積めば、心のエネルギーが増加するのでしょう?

A. 人のために手を差し出し、足を運べば、「自我の狭い囲い」が破れます。「自我の囲い」が破れれば、他の人や世界と生き通しとなります。そうすると、「自我の囲い」が邪魔して流入出来なかった世界全体の徳エネルギーがあなたに流入できるようになります。また、囲いがないので、世界全体にあなたの想いがよく届くようになります。


Q7.「徳」を積む上で、さらに心得ておくべき事柄がありますか?

A.

① 一過性の徳積みだけでなく、ご縁が出来たところで、粘り強く長い時間かけて掘り下げて善行を続けてゆくことも、出来ればしていった方がいいのです。

② 徳を積むには時間がかかるから、若いときから実践しておいたほうがいいです。しかし、歳をとっていても、そこから躊躇せず、その時から徳積みをスタートするべきです。というのは、徳積みは一生ものでなく、多生の渡るものなのだからです。(完)


2026年6月7日日曜日

4281「神さまにお任せ」2026.6.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月24日の記事を紹介します。


「神さまにお任せ」


今日のテーマです。

このブログで、よく 「神さまにお任せ」すると書きますが、 

その具体的な意味を,、小林正観さんが書いていますのでご紹介します。

<転載開始> 転載元 

■ 宇宙に自分の運命を委ねる

私は 

・事故に遭うこと、

・病気になること、

・死ぬこと、

・仕事に関すること、

・財産に関すること

など全て

・宇宙任せ

・神任せ 

にしています。

「好きにしてください」という状態なのです。

あるところで、ある示唆や、暗示的偶然の重なりが必ずあります。

その示唆に対し抵抗しない。

「こうしてみたら」という宇宙的示唆を感じたらその通りにする。

生き方、仕事、全て、私はそういう「流れ」が感じられたとき、

それが宇宙からの示唆だと思い、その示唆を指針としてきました。

宇宙からの「示唆」を素直に受け、

自分の好き・嫌いなどという感情や価値基準は二の次にします。

「偶然」的なことが二つ以上重なったなら、

きっとそこには何か宇宙的意志があるに違いない、それに素直に従う。

シンクロニティ、意味のある偶然

流れに乗り、そのままイカダで下って行くのです。

「宇宙的意志」が感じられたらそう動く。

「引っ張られる」という感覚でもあります。

宇宙に自分の運命や運勢を委ねてしまう。

宇宙的流れがどちらを示唆しているかだけを考える。

そしてそれに従って動く。

私はイカダを浮かべているだけです。

■ 災難を避ける方法

良寛和尚がある人から「災難を避ける方法」を尋ねられたとき、

こう書き送ったと言われています。

 「災難に遭うときは遠慮なく災難に遭いなさい

  病気になるときは遠慮なく病気になりなさい

  死ぬときは、遠慮なく死になさい

  それが災難を避ける最良の方法」

災難も病気も死も、宇宙が色濃く関っているに違いないのです。

そういう分野のことは、

「宇宙」や「神」にお任せしてしまう。

委ねてしまおうというわけです。

生きることが間違いなく楽になります。

■ 宇宙の声を聞く

今の職場をやめたいとか、今の人との結婚をどうしようとか、 

そうした問題に苦しんでいるときは、よく耳を澄まし、よく目を見開くと、 

いくつかの現象が同じ方向を示しているものです。

その「宇宙の声」が分かり始めると楽しい。

さらに、素直に受け入れるほど、

宇宙はどんどん「示唆」をくれるようになります。

自分の運命や運勢は「宇宙」に委ねてしまう。 

・生きること、

・死ぬこと、

・老いること、

・病気すること(生老病死の「四苦」 

・愛別離苦、(愛する人と別れる苦しみ)

・怨憎会苦、(怨んだり憎んだりしている人とも会わなければならない苦しみ)

・求不得苦、(求めているものが得られないことから生じる苦しみ)

・五陰盛苦(肉体を持つが故の苦しみ) 

についての全てです。

実は、「宇宙」に委ねるとは言っても、その宇宙が示してくれる環境は全て、

自分が生まれる前に設計し、用意していたものなのです。

ですから、自分にとって悪いようにはなっていないのです。

■ 病気に感謝

ある合宿で、難病の人六人を含む、十八人が集まりました。

その合宿は、結果的にその六人を中心とした

「難病者合宿会」のようになりました。

私が感動したのは、六人が六人とも

「病気になったことに感謝している」ということでした。

「感謝」は観念論ではなく、非常に具体的なものです。

「世の中に、人のことを親身に考え、徹底的に親切で温かく、

思いやりがあり、限りなく優しい、そういう人たちがたくさん居て、

自分たちを待っている」ことに気が付かせてもらったというのです。

それらの人に会いに行き、知りあいになり、仲良く付き合い、

さらに人間を取り巻いている「精神世界」や「宇宙」の奥深さ、

面白さ、楽しさもを知ることができたのだそうです。

「もし病気にならなければ一生こういう素晴らしい世界や

人が存在することを知らなかっただろう」と口を揃えて言うのです。

挫折や困難や障害や病気を持つ人、直面する人、問題を抱えている人は、 

もしかしたらそのおかげで、

普通の人生だったら簡単には出会えないような素晴らしいものに、

たくさん接することができるのかもしれません。

死に至る病気にさえ「感謝」する心境に、人間はなれるのです。

・優しいまなざし

・思いやりある言葉

・温かい笑顔 

のお陰で。

<転載終了>

宇宙の仕組みや、

神さまの行動の原則などが分かってくると、楽しくなってきます。 

ありとあらゆるところに、神さまの働きを感じることができるからです。 

いつも傍に居てくださることが分かるからです。 

また、偶然が起きた場合も、「どうせ偶然でしょ」と冷たくあしらわず、 

「まぁ凄い、面白いね」と素直に喜んでいれば、

神さまはなおさら沢山の偶然を見せてくださいます。 

また神さまの声は、誰かの口を通してくることもあります。 

小川のせせらぎの音や、子供たちの笑い声、そよ風なども、

神さまが私たちにプレゼントしてくださっているものです。 

そのように繊細な心で、神さまの働きを感じられるようになると、

もう全てのもの、事に感謝しかありません。

神さまの働きに気付き、人が感謝すればするほど、神さまは私たちの身近で、 

良きことを起こしてくださいます。 

自分で、頑張って努力して、どうこうしようとか、人をどうにかしようとか、、 

そんなこと、もうどうでもよくなります。 

今、現在、自分の居る場所で、

全ては調和し、全ては充足し、満たされているのですから、

何かが足りないとか、これが無いからとか、 そんなことは一切ありません。 

神さまは、私たちの置かれている状況を、熟知していらっしゃいますから、 

必要なものは全て、既に、周りに用意されています。 

それに不足を感じたり、不満を感じるのは、私たちの我がままです。

今居る場所、環境、状態で満足し、

感謝していれば、全てはうまく回るようにできています。

それこそが、「置かれた場所で咲きなさい」と仰る神さまに、

感謝をこめて報いる方法です。 

私たちは、一人一人生まれて来た目的があります。

その目的は、生きているうちに明かされることはありませんが、

「神さまの流れに任せ」ていれば、自然に達成されるようになっています。

素直で、優しい気持ち、お互いさまの気持ちで、

ニコニコ生きていれば、きっと素晴らしい人生になることでしょう。 


2026年6月6日土曜日

4280「地球の住人」2026.6.6 

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月23日の記事を紹介します。


「地球の住人」


私たちはこの地球に生まれてきました。 

そして泣いたり笑ったり、苦しんだり、楽しんだり、色々な感情を心で味わいます。 

自分で味わうだけでなく、家族や友人と感情を分かち合ったりします。

また心の進化が進んだ人は

神様と感情を分かち合い、魂の交流を図ります。

神々はこの行為を深く喜んでくださいます。

それほど私たち人間を慈しみ、愛しているからです。 

私たちは、誰もが永遠の命を持っています。

なぜなら私たちの魂は、神様から頂いたものなので、

神様と同じく、私たちの命には始まりも終りもありません。

地球ができてから45億年。

私たちは、そのずっと前から存在してきました。

観測によれば、

この宇宙はおよそ138億年前にビッグバンにより誕生しました。

また、私たちの宇宙の外にも

無数の別宇宙が存在していると言われています。

そこでは、私たちとは全く異なる自然法則、

価値観の世界が展開されているのだとか。。

ですが、少なくとも私たちのこの宇宙では、 

「愛こそが全て」という共通の価値観が成立するようです。

神様は愛そのもの。

全ての現象の根底には愛が流れている。

憎しみさえも、愛の変形である・・  

と言われています。

私たち永遠のイノチある生命体は、

もちろん地球が存在する前から存在していました。

ですので、厳密な意味では、地球ネイティブな人は存在せず、

全ての人の故郷は 、別の星ぼしにあるとも言えます。

地球での学び、これは大変人気があり、

なかなか転生させて頂けないようですが、つかの間の学びが終われば、 

また故郷の星に帰って行くのでしょう。

私たちは、この永遠とも言える長い時の中で、大変な確率で出会い、 

そしてお互い感情をぶつけ合い、愛し、愛され、憎み憎まれて 

この星の生を終わりにします。

時には同じ星から来た仲間たちと、出会うこともあるでしょう。

私たちには産んでくれた両親がおり、慈しみ育ててくれた誰かがいます。

共に学びあった友がおり、憎しみ合った誰かもいるかもしれません。

ですが、私たちには確実に地球を離れ、星に帰って行く日が訪れます。

愛する人たちに、いつかは「さよなら」を言う日が訪れます。

君と僕、本当は今まで、離れたことなどなかったんだ。

全ては幻想に過ぎなかった。

魔法のメガネが、そう見せていただけだったんだ 。

僕は、小さな頃から星空を見上げるのが好きだった。

何故だかわからないんだけど。

きっと星は何でも知っている、星が教えてくれる「愛」を 、

小さな子供の僕は知っていたんだと思う。

今やっとわかったことがあるよ。

全ては今この時を迎えるための準備だったんだってこと。

今、この瞬間をともに生きる、大切な仲間たちの「愛」に囲まれて 、

僕たちはずっと一緒だったんだってこと。

離れたことなど一度だってなかったこと。

今、それがわかる

このハートがドキドキして教えているから、

今まで一人ぼっちだったことなんか、本当は一度もなかったこと。

ただ、僕の目には、何かヴェールが掛かっていたから 、

ちょっとの間、迷子になっていただけだったんだ。

何故かわからないのに溢れてくる涙 、

迷子だった僕を見つけてくれた母が、抱きしめてくれた時の「涙」に似ている。

本当はみんな何でも知っている。

ただ、思い出すキッカケを、探しているだけなんだ。

何故、ここで生きているのか、何をしにここに来たのか 、

本当はハートは何でも知っている。 

それは、何かしなくちゃいけないとか、使命とか、そんな大それたものじゃなくって 、

自分のハートを信じてあげること。

ただそれだけなんだ。

そして、今できること。

ハートが動かしてくれること。

今、目の前に居る人と、分かち合うことをすればいいだけのこと。

同じ愛からできた仲間を、愛するだけのこと。

それは、ちゃんとハートが教えてくれるから。

ドキドキしたら、それはOKのサインだから。

溢れる涙は、本当にそれでいいんだよっていう印だから。

今、僕達は全てのものと繋がろうとしている。 

今までの人生、全ての出来事 、すべての出逢いが 、

今、僕をここに連れて来てくれたこと。

今の僕を創ってくれたもの 。

何一つ、どれ一つ、誰一人 欠けてはならなかったこと。

今、僕はみんなと繋がろうとしている。

宇宙の愛と繋がろうとしている。 

やっとこの星の住人、本当の自分として、生き始めようとしているんだ。

古代ハワイ&ポリネシアに伝わっていた、「フナ(HUNA)」の叡智。

「フナ」とは、「隠された、秘密の」と言う意味を持つハワイ語で、 

古代ハワイ&ポリネシアの、

「カフナ」と呼ばれるシャーマン達が使っている秘法の総称です。

ハワイの教師サージ・キングは、カフナの歴史を次のように述べています。

「アトランティス大陸が現れる遥か昔のある時、 

現在プレアデスとして知られている星団から、 

或る人種(存在)がこの太陽系にやってきました。

殆どの聖人(存在達は)、今日ムー伝説で知られる、

太平洋にあった大陸に住み着きました。

彼等は自分たちをムー人と名乗りましたが、

他の人達は彼等を【秘密の力を持つ人】という意味の、 

マナフナ、又は、メネフネと呼びました・・・

ムー(レムリア)では

かなり高度の文明が発達していたそうですので、 

プレアデス星団からの

叡智を引き継いでいるかもしれませんね。