2026年8月23日日曜日

4358「青空ひろば」2026.8.23

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より40 2026.07.28 

気を逸らせること、手放すこと

禅の方でも気を逸らせた時、手放した時に心が解放された例は沢山あります。

例えば霊雲禅師という人は、

30年も激しい修行、命がけの修行をしてもなかなか悟ることがなかったそうです。

そしてある時、山すそで休息している時に、フッと満開の桃の花が咲き誇っているのを見上げた。

その瞬間に忽然と悟った。

それから香厳禅師という人は、庭掃除の最中に跳ねた小石が、竹にカーンと当たった音で悟ったそうです。

気がフッと逸れたんやね。

無門慧開禅師は、太鼓がドーン!と鳴る音を聞いて悟った。

そして阿南尊者は、悟ろう悟ろうと必死に坐禅したりね、修行したけど悟れなかった。

そうして、ボクは悟れないんだなと諦めて、横になって寝そべった瞬間に悟った。

手放したんですね。

悟ろう悟ろうとしてた、それを手放した瞬間ですね。


イノチの学校より38 2026.07.26 ~ イノチの学校より39 2026.07.27

放行(手放すこと)について

放行っていうのは手放すことですね。

まずその前に

疑問とかね、コレというもの(目標や課題や問題や…)を、

心の中で握りしめて握りしめてあるところまで握りしめていくと、心の中央に、イノチを持った疑問ができるんです。

疑問にイノチが宿るんですね。

そうなると、寝ていても何していてもずっと疑問が持続されるようになる。

そこまでいったらもう、握ったらアカンのです。今度は。

イノチを持ったんですから、後は手放してあげたら疑問は、勝手に答えの方に飛んでいきます。

それが放行の過程ですね。まず握りしめて、手放す。

握りしめる過程を把住(はじゅう)、手放す過程を放行。

把住については別の機会に詳しく話したので、今回は割愛しておきますね。

把住して放行、把住して放行。

握りしめて手放す、これを活用するのに

大敬の場合は、始めはこれ、3年かかりましたね。

禅の公案(禅の修行者が取り組む、師匠から与えられる問題)というのに取り組んでいた時、

最初は3年間問題について握りしめて、そうして放行してハッと答えが出てきました。

でも段々とね、面白いもので把住のコツが掴めたら、把住そのものが段々と要らんようになってくる。

スッと握ってパッと放す、スッと握ってパッと放す。

握ってからフッと放してあげる、それで終わる。

だから師匠に問題を貰ったら、それを受け取ってね、貰った時には把住が終わっている。

あとはその瞬間にフッと手放したら答えが出るようになっている。

ここまで行ったらね、優劣とか上下とか、師匠とか弟子とかそういうのを越えたなと思いましたね。

アタマを通さない心の働きですからね。

でも先輩とかは認めてくれなかったりしますね、「そんな事で答えはでないよ」と思い込んでるから。

把住して放行するには、しっかり何年も握りしめてね、そうして手放さないと駄目なんだって思い込んでるから。

そんなことはないんですよと言いたいですね、初めから放行してあげたら答えが出るように、イノチは出来ているんですからね。


イノチの学校より37 2026.07.25 

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった

「私は十五歳で学びをスタートし、三十歳で志を立て、四十歳で迷いがなくなり、五十歳で天命を知ることが出来た。

そして、六十歳で人の意見や自然界や神の無言の言葉が、そのまま素直に耳に入り、順えるようになった。そして、七十歳で、おのが心が欲するままに行動して、それがそのまま神が望んでおられるご意志に沿ったふるまいになるということになったのである」

70歳で…って72歳で亡くなっているからやっぱり時間がかかるんですね。

最後に本当の意味で、自分の思ってる事が神の思ってる事になったというのが。

70歳になってからなんですね。

で、その前に、六十にして耳順う(ろくじゅうにしてみみしたがう)  

で自然界とか、植物が言ってることや、天から届く言葉とか人の意見とかが素直に耳に入る様になったと。

そういう境地があったという事ですね。

なかなかやっぱり時間がかかるということですね。

論語は我々の日常と関わるような事をしっかり仰って下さっていますね、

杓子定規な規則や戒律じゃなくてね。

だから孔子さんの人格というか人物像を学んでいくと参考になりますね。

学びの人、仲間を大切にする人、人に評価されなくても黙々と自分の信じる事をやれる人。


イノチの学校より36 2026.07.24 

論語より

大敬意訳

 師(孔子さん)がおっしゃった

「政治を行うのに<徳>をもって行えば、たとえば、北極星がじっと不動で、衆星が北極星をめぐってまわるように、徳ある人が、言葉に出さなくても、周囲の人たちが徳ある人の意を汲み取って率先して行動してくれ、すべてがうまく整ってゆくものである」

だから徳さえあれば、周りの人は言わなくても自然に、意向を察知して協力してくれたりする。

だからそこは大切なんだよ、徳を持つことの大切さですね。


イノチの学校より35 2026.07.23

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった。

「父が存命中なら、なさっている事の意味をよく観察して学ぶ。

父が亡くなられたなら、なさった行動の正否をよく顧みる。

そして、亡くなられてから三年経ってはじめて父が定められた方式の内に、今の時代と場所と人にふさわしくないものがあれば、改善に着手するのである」

この言葉に従って行動した訳ではないですが、大敬も突然仕事で、管理職の役職を与えられた時にそうしました。

前任の方に一つ一つお伺いを立てて、これで良いでしょうか?と聞いて、

ここはこうした方がいいよと助言を頂いたらそのようにしました。

三年はそうしました。

なんかおかしいな?と思うこともいっぱいありますね、あるけど言われたままに行動する。

三年経った時に前任の方が退職されたので、自分でおかしいなと思っていた所は部分的に改良して、部署の皆さんに改良することを説明して、それを実行していきました。

だから三年目くらいで初めて自分の意見をカタチにしました。

こんな風にね、これぐらいでいいんですね。若い時は革新的なことをしたいし、

悪いとこが沢山目につくと思うけど、わかっていても最初は周りの言う通りにやっていく。

謙虚にそうしてやっていくと、みんなから信頼されてきますね。

そうして信頼されてくると、自分の意見を言ってみたら受け入れて貰えるようになっていますね。

いきなり無理をせずに、始めはちゃんと従っていくことも大切ですね。


イノチの学校より34 2026.07.22 

論語より

大敬意訳

師(孔子さん)がおっしゃった。

「帝王の心得に<虚心でなければ忠言を入れることは出来ない>というものがある。

その意味は、我見に固執しないで、忠臣の言葉を謙虚に聞き取って、ソレが正しいと判断出来れば、直ちに方針を変えて、その忠臣の意見に従って為政してゆけというのである。

私たちの学道のあり方もそのようでなければならない。

若し自分の意見にいつまでも固執していたら、師の教えが耳に入らない。

師の言葉が心に届かなければ、いつまでも師の法を得ることが出来ないのである。これが学ぶ者の第一の用心である」

謙虚さについて、孔子さんはこのように語られました。


2026年8月22日土曜日

4357「優しい世界」2026.8.22

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月05日の記事を紹介します。


「優しい世界」


今日は荒木忠夫さんの「こころの風景」より、

ご紹介します。

<引用終了> 引用元

家族にはいろんな風景がある。

そして、それぞれの風景は、

家族ひとりひとりの、心の風景でもある。

会社勤めの18年間、私はずっと人事部に所属していた。

人事部は一見、華やかそうに見えるが、

実は最もつらい職場なのである。 

社員のサラリーマンとしての悲しさを見るのが、

人事部の仕事みたいなものである。

会社勤務の頃、5年に1回行われる会社の大運動会の会場で、

私はある社員の家族の風景を見て、とても感動した。

その大運動会は、会社が大きな遊園地を一日貸切って、

家族ぐるみで行われる大規模なものであった。

その遊園地の大観覧車の下で、

ある社員の家族が楽しそうに弁当を広げていたのである。

両親と小学生の女の子と、幼稚園の女の子の一家四人が、

楽しそうに話しながら弁当を食べていた。

実は、この父親は会社では、能力的にあまり評価されていない人だったのである。

毎年、配置転換の対象となり、

人事部の私は、職場の上司に頼まれて、

その人の受け入れ先を探し回ったが、 

なかなか受け入れてくれる職場が見つからないのであった。

とても真面目な人なのだが、

仕事のスピートが遅いのであった。

その父親を囲んで、

一家四人が楽しそうに弁当を食べていた。

父親はそんな子供達を見ながら、

満足そうにうなずいていた。

父親が会社でどんな評価を受けていようと、

そんなことは、この女の子達にとっては全く関係ないのである。

そして、この子供達にとってはかけがえのない父親なのである。

私は思わす目頭が熱くなった。

その時、小学生の女の子が言った。

「お父さん、今日は楽しいね。いい会社に入ってよかったね」

すると母親が言ったのである。 

「そうよ、お父さんのおかげよ」

私はまた、目頭を押さえていた。

そして、その場をそっと離れたのであった。

<引用終了>

皆さんの周りには、こんな方は、いらっしゃいませんか? 

もしかしたら、馬鹿にしたり、低く見たり

マウンティングしたりしていませんか? 

ですが、どんな人にも家族があります。

奥様や、お子様 

そして大切に大切に、生み、育ててくれた

ご両親がいらっしゃいます。 

私たちは、人の表面にあらわれた

ほんの一面しか見ることができません。 

会社組織は、

エリートだけのできる集団になると

何時しか自壊してしまうそうです。 

どんな時も、愛すべき

潤滑油のような人が必要なのだそうです。

色んな人の、いろんな個性を認め

みんなで助け合い、励まし合い 

優しい社会を作っていきたいですね。 

もう、そこには、孤独で

一人涙を流す人はいなくなることでしょう。


2026年8月21日金曜日

4356「神さまからのメッセージ」2026.8.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月04日の記事を紹介します。


「神さまからのメッセージ」


国津神と言えば、出雲、大国主命、スサノオノミコト・・ 

以前ご紹介しました、2,160年ごとの周期で時代が変わるお話。 

2,160年前に丑寅の方角にお隠れになった、この地球をお創りになった、

国常立尊(クニトコタチノミコト)が復権されるのではないか? 

そのために様々な動きが天界と、この地上に急激な速度で起きているのではないか? 

悪魔的な動きも加速するとともに、沢山の神々も活動を活発化されている。 

天と地の役割が入れ替わろうとしており、ますます、国津神系の力が目立ってきている。

そんな時代に大切なことは

・私たちの魂は肉体が滅びようと死なないこと

・神さまが確かに存在していることを信じること 

ではないかと確信しています。

さて今日は、どんな方にも神様は、

ちゃんとメッセージを下さっているんだよと言うことで、

ひとつの例をご紹介します。

どんな方にも、心の内に神様がいらっしゃいます。

そして常に神様は、私たちとともに歩み、喜び悲しみを、共に分かち合ってくださっています。 

<転載開始> 転載元

作家の佳川奈未さんは作家デビューする前、離婚して3人の子供を育てていくために、 

雑誌ライターのほか、3つの仕事を掛け持ちしながら、朝から晩まで働いていた。

そんなハードな生活が数ヶ月過ぎたある日、 

身体と心のバランスを保っていたネジが、ポンと音を立ててはじけ飛び、 

生きることをどうしても続けられなくなってしまい、死を選ぶことを決心する。

ひとり死ぬために、まだ日の昇る前の早朝の海へと向かう。

ところが死ぬことができない。

怖いわけではなく、誰よりも早くいったつもりが、

自分よりも早く来ている人が、その日に限っていて邪魔をするからだ。

「神様はこんなに生きづらくしておきながら、

成功するチャンスどころか、死ぬチャンスも与えてくれないのか」と

佳川さんは悲観にくれる。

海では死ねないので、佳川さんは電車に飛び込んで死ぬことにして、

海辺から駅へと歩いて向かう。

駅にたどり着くと、駅前には大きな本屋があった。

「自分はとうとう作家になる夢も叶わないまま、

死んでいくんだなぁ」と,心でつぶやきながら、

なぜか、死ぬ前にもう一度、自分の一番好きな場所だった、

本屋に立ち寄りたいと思い、中に入っていく。   

ぼーっとしながら、一番近くの棚のそばに立ち、

そこに並ぶ本になにげなく目を向けると、一冊の本から

『ぜったい守ってあげるから!』

というタイトルの文字が、バーンと佳川さんの目に飛び込んできた。

その文字を見て、佳川さんは呆然とする。

なぜなら、自分が守ってあげたいと思うものを守れず、

そして自分自身も誰にも、守ってもらえずひとりもがき苦しんでいた。

そして死を覚悟した。  

『ぜったい守ってあげるから!』なんて、

優しく温かなこんな言葉を、誰からも言われたことなどなかったからだ。

なのに、その本がそうやって訴えかけている。 

そのことが衝撃だった。

佳川さんは、すぐにその本を手に取り、

開き、読んで、その中にあるメッセージに、

涙がボロボロ流れてきて、止まらなかったそうだ。

そして、 

“私もこんなふうに誰かを救えるものを書きたい!

やっぱり書きたい!”と 

死のうとして冷え切った佳川さんの心に、熱い思いが込み上げてきた。

結局、それがきっかけとなり、死ぬことを踏みとどまった佳川さんは、

出版社に書いたものを持ち込み、デビュー作が生まれる。

佳川さん自身、もう一度生まれ変わったのである。

死を覚悟してなにげなく書店に立ち寄った時、 

目の前にあった本のタイトルという形に姿を変えた、

「天からのメッセージ」を佳川さんは受け取ることができた。

メッセージはそれ以前にもたえず投げかけられていたのだと思う。

でも、佳川さんにとってはその日、

その時が受け取る“時”だったのかもしれない。

佳川さんは「いま思えば、

その言葉は、その本からのメッセージでもあるのですが、 

まぎれもなく、天が私を守ってくれているという

尊いメッセージでもあったのです」と述べている。

<転載終了>

神様からのメッセージは、実はいたるところにあります。

それに気付くかどうか。

偶然として片づけてしまうかどうか。

特に今回ご紹介した佳川さんのように、

生死にかかわる時には、強いメッセージがもたらされます。

神様からのメッセージというと、とかく頭の中に厳粛な声で響いてくるもの。

と思っている人が多いかもしれませんが、

神様はあまり、あからさまな方法を、取らないことが多いようです。

人を通して語られる言葉とか、偶然目にした本のページとか。

心の内なる神様を信じ、心を研ぎ澄ませていれば、必ず気付くと思います。

佳川奈未さんは「感性」とは、ある印象を受け入れる力だといいます。

感じたものを育む能力が、実は良いものを引き寄せるためには必要なのです。

感性が鈍いと、今自分に必要なものを見つけられないのです。

と仰っています。

皆さんにも、同じように、

神様は、何時もメッセージを下さっています。

例外はありません。 

ですが、普段から不平、不満、愚痴が多く、

人や、世の中に文句ばかり言っている方は、

受け取りにくいかもしれません。 

ご自分の心が、そのような黒いもので一杯で、

神様の恩寵が入ってくる隙間がないからです。 

素直に吸収する余地がないからです。 

私たちは、亡くなるときの心の状態が、死後の行先を決めてしまいます。 

厳然とした波長の法則、

つまり、類は友を呼ぶ の法則が働くからです。 

不平不満、悪口で人生を閉じる人は、

眉間にしわを寄せ、鬼のような顔をしているかもしれません。 

死後は、同じような人が、待ち受けるところに行くことでしょう。

人々に感謝し、笑顔でありがとうと言っていた人のお顔は、

きっと仏様のようなお顔で、行くことになるでしょう。 

その先には、同じような、優しく、心暖かな人が、

待っていてくださることでしょう。

奈良で生まれ、比叡山で修行した源信が、

「往生要集」で、その様子を描いています。 

神様の声、恩寵は、差別なく、万人に届いています。 

皆さんもぜひ、内なる神様の声に

耳を澄まして聴いてみてくださいね。


2026年8月20日木曜日

4355「強大な意識の力」2026.8.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月02日の記事を紹介します。


「強大な意識の力」


私たちの意識・心(肉体の方ではありません)は、

肉体が機能しなくなっても、ずっと生き続けます。 

生き続けるというか、本当の実態は、

元々が神さまから分け頂いた意識そのものであった私たちが、

神さまから肉体をお借りして、高次の地球意識の庇護のもと、

今一時だけ、3次元地球の上で、色々な経験をさせていただいています。 

肉体が動かなくなるとそこから抜け出して、

またもとの意識・心(神々の国、黄泉の国へ移行)に戻るだけです。

苦痛はありません。 

元々の心だけの状態であった時は、

意識・心が自分の周り全てを創り出しますから、 

心の状態が、即、自分を取り巻く環境になります。 

また自分の心の波長に同調する、共鳴した魂が、類は友を呼ぶの法則の通り集まります。

この3次元の地球上では少し分かりずらいのですが、 

意識・心が

・周りに起こる現象や環境を創り出す。

・自分の周りに来る人、いる人を決める 

この事は、肉体を持たない生まれる前と全く変わることがありません。 

心がすべてを決めています。

そのためは、最初にやるべきこととして、まずこの心の状態を整備するために、 

「ありがとう」の強力な働きについて理解する必要があります。 

その内容は人類の精神性のレベルが上がってきた近年において、

沢山の偉人たちが教えてくださっていましたが、 

地球が大きく変わろうとしている今、

神々から依頼されて生まれてきた沢山の子供たちの魂によっても、 

色々な角度から指摘されています。 

それほど「ありがとう」の威力は強力です。

今日は、その私たちが神さまの御霊の一部として頂いた、

意識・心の強力な力について書きたいと思います。

何か問題が起こった時、悩み、苦しみがある時に使う方法です。 

・意識の持ち方を変えるだけで、

・「問題点」に関して、考えないようにすることで、

・エネルギーを供給しないことになり 

いつの間にか、その問題点そのものがなくなっている、

ことに気づくことがよくあります。 

私も、これをいろんな分野で応用しています。 

宇宙意識バシャールは、 

私たち人間は、時間が連続しているかに見えるのは錯覚で、

意識の変化で一瞬一瞬、パラレルワールド間をジャンプしている。 といいます。

またブッダは、

『人間の一生の長さとは、刹那、刹那、この1刹那である』 

と言いました、ちなみに拍手を一回打つと 65刹那です。

ですからブッダは、

人間は瞬間瞬間 生まれ変わっていると教えてくれました。

私たちは、自分の周りで起こっている出来事が、 

あたかも連続した時間軸の上で、連続した出来事のように錯覚していますが、

それは連続した出来事ではなく、単なる記憶を引きづっているだけです。 

宇宙神から頂いた心にとって、本来、時間・空間は意味を持ちません。 

肉体を持っていても同じことです。 

・病気であるという記憶

・悲しい出来事が起きたという記憶

・いじわるされたという記憶

・ケンカしたという記憶

・人に嫌われているという記憶

・自分は孤独であるという記憶 

その記憶があるために、私たちは自らの精神と身体を、 

その記憶につじつまを合わせようと、無理やりしているだけです。

それが単なる錯覚だと分かると、自分の意識が変わりますから、 

バシャール的に言うと、

今までの過去とは異なるパラレルワールドへ、移行してしまいます。 

ブッダの言い方では

朝目覚めたら、同じ人間でありながら、別の人格の人生が始まります。 

それは、 

・自分の性格は、明るく、周りの人に親切で

・いつも笑顔で、皆を勇気づける言葉を口にし

・ないものを恨まず、今あるものに感謝し

・昨日ケンカした人など存在せず

・いじわるをしてた人は、実は家庭で嫌なことがあっただけで、本当は心根の素敵な人で

・自分を嫌っていると思ってた人も、

 単なるボタンの掛け違いだっただけで、実はとっても優しい心の持ち主で、、

実は自分は、そんな人間であった、

周りの人は愛にあふれた素晴らしい人だったと、 

過ぎ去っていった記憶を書き換えてしまえば、 

過去は、過ぎ去り、ただ記憶として残っているだけです。 

そして、人間の意識とは、一瞬で変えられるものだからです。 

そんな人生に、一瞬で変えられます。

意識の上で、変えてしまうのです。 

人がどう思うか?

は全く関係がありません。 

自分が思うほど、人は私のことを考えていません。 

それどころか、私たちの心、意識が周りの人の意識まで変えてしまいますから、

私たちがなすべきことは、一心に、自分の心をどこに持っていくかだけです。 

まったく新しい人生を、自分の意識を転換することで、生きるだけです。 

私たちの意識・心は、こんな小さなところに縛り付けられている、

小さな存在ではありません。 

神様と同じく宇宙的な存在です。 

・否定的なもの、

・心を委縮させるもの、暗くさせるもの

・表面的な、一時的な 相手の嫌な面 

そんなものは、意識せず、考えず、つまり、そこにエネルギーを与えなければ、、

それは、もともと存在すらしなかったものになり、 

私たちは、一瞬にして、天国に住む、幸せな人に変貌してしまうでしょう。 

小林正観さんは、このことを

「悟りには3秒あれば良い」という言い方で教えてくださっています。 

・過去のすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、

・現在起きているすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、

・将来起こるすべての出来事を、そのまま善悪という区別をせずに受け入れ、 

これを各1秒ずつ行うことで、悟りに達するといっています。 

つまり、今までの

・苦しかった経験

・失敗してしまったという経験

・恥ずかしかったという経験 

全てが、今の(神さまを意識しだした)自分の意識状態にたどり着くために

必要で不可欠な尊い出来事だったということです。 

何も悔む必要はありません。

・悩んでいたのは、

・ケンカしていたのは、

・苦しかったのは

・辛かったのは

・悩んでいたのは 

過去の自分であって、今の自分とは別人格です。

今の私は、生まれ変わった新生であり、その人格は、 

・優しく穏やかで

・常に感謝の心を持ち

・笑顔で周りの人々と、お互い様、おかげさまで生きている 

神々に愛される人格に生まれ変わりました。

(それによって 時間軸をさかのぼり過去も書き換えられました)

多重人格の人は、人格が変わるたび、 

その人格が持っていた ケガや病気の兆候が身体に現れたり消えたり、

身体と精神の一切合切が、切り替わってしまうそうです。

また先日、女優の大竹しのぶさんがTVで言っていました。

彼女は、良い意味で「憑依型の女優」と言われていますが、 

少年の役をやった直後、行きつけの整骨院(女性の施術者)に行ったところ

施術中、言われたそうです。「股間に異物がある」 

つまり、少年の おち〇ち〇が身体に発生したのだそうです。  

それほどに意識の力には強い力があります。 

体の構造までも変えてしまったのです。 

ですから、もし辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、がある方は、試してみませんか? 

私たちの心は、いつでも変えることができます。 

そして意識、つまり心が変われば、生きている現実も、それに追随して変わってきます。

過去さえも変わります。 

このことがわかってきて、

そして実際に使っていくと、もう不幸なことなど、おきなくなります。 

いつまでも暗く、悲しい記憶に縛り付けられるのは、もうやめにしましょう。 


2026年8月19日水曜日

4354「宇宙の真実」2026.8.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月01日の記事を紹介します。


「宇宙の真実」


宇宙の真理は感謝の心。 

ブッダは宇宙の真理として、

感謝の心の大切さを教えてくださいました 。

ブッダの教えの真髄は全てここに集約されます。

感謝の心こそ宇宙の法則であり、

私たちにとって一番大切なことです。

具体的には、

お経などでブッダの教えが後世に残されていますが、 

そこに感謝の心という 一文は出てこないようですが、

その真髄は感謝の心です。

このブログでもよくご紹介する小林正観さん、 

正観さんはそのことに気づき、

ブッダの教えの本質は感謝の心であると、

講演会などでいつも言ってらっしゃいました。

講演会などで全国各地でそのことをお話されていたようです。 

その結果インドの聖者サイババが、

晩年にインドのサイババ財団を通じ、

正観さんに感謝状を贈ったのだそうです。 

何故か?

そこにはブッダの教えの本質を説いてくださってありがとうございます。

という感謝だったのだそうです 。

正観さんが講演会の途中、

意識せずにその言葉が口から出てしまったのだそうです。 

その日ホテルに帰るとなぜか涙が止まらなかったそうです。

そしてそれが真実だと気づかされたのだそうです。 

遠く離れたインドの聖者は、それを感じ取っていたようです。 

皆さんは今 、

感謝の心を持っていらっしゃいますか。 

・ご飯がいただけること

・住む家があること

・家族がいてくれること

・働く場所があること 

など様々ありますそれらは、 平凡で日常的で、当たり前のことかもしれませんが、 

神様が私たちのために用意してくださったものです。 

神様が、私たちの 魂を、

この地球上で進化させるために、与えてくださった環境です。  

良いことも悪いことも、

全て は、魂の向上と言う目的のために用意されています。 

ですから本当は、その神さまの働きに 感謝が大切だと思います。

そういったこと全てに感謝の心が湧いてきたら、

本当に雪崩のように神様の恩寵が降り注いでいることに気づかされます 。

悪いことは起きようがありません。

全ての出来事が、神様の準備してくださった出来事だからです。 

私たちの住んでいる宇宙では、

感謝の心こそ、全てを突破することのできる真理です。 

生きていても、

新で黄泉の国に帰っても、 

もしくは地獄に行ってしまっても、

この感謝の心さえ思い出せば、

私たちは、神様から離れることは決してありません。 

神様の光の道を歩んでいくことができます。


2026年8月18日火曜日

4353「マシュー君のメッセージ」2026.8.18

今回は玄のリモ農園ダイアリーさんの2026年8月4日の記事を紹介します。


「マシュー君のメッセージ」(232)

 2026年8月4日

玄のリモ農園ダイアリー

第五密度への順調な進展、イエスの再臨/1000年の平和、山火事、聖書の記述、魂の移行、RFKジュニア、スマートシティ/AI施設、闇の“糧”、この宇宙の生命、パーソネージ/魂


マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から、心からのご挨拶をします。地球における闇の長い支配に終止符を打つプロセスは、「もどかしいほど遅い」、「停滞している」、あるいは「前進するどころか同じ場所をぐるぐる回っている」といった状況に見えます。そうした表現は現時点では当てはまるかもしれませんが、この惑星の永遠の大きな歴史織物において、光の勢力と闇の勢力との戦いのこの最終段階は、全体的な流れの中でごくわずかな部分ですが、極めて重要な意味を持っています。

もし闇が特定の地域に限定されていれば、それを解き明かし、排除することもできたでしょう。しかし、闇の存在は限定されていません。それは何百万年もの間、地球全体を蝕んできた疫病のようなものであり、今まさに、いわば織り上げられている織物のその一端は、世界中で根絶されつつある闇の操り人形たちによる執拗かつ激しい抵抗なのです。

愛する魂、あなたたちの世界が深い第三密度から高い第五密度へと変容するスピードは、宇宙史上類を見ない記録を打ち立てました。そして、あなたたちの光はこの比類なき偉業に多大に貢献しました。ガイアが受けたものと同じ愛に溢れた支援の申し出を拒んだ他の宇宙文明社会は、アセンションの旅の達成に5万年もの長い年月をかけていますが、ガイアの惑星体とその住民は、わずか150年ほどで完了させようとしているのです。

あなたたちは、リニアル(直線的)な時間で約35年後に地球の黄金時代を迎えるという目標を、まさに見事に達成しつつあります。コンティニュウム(時空連続体)において、黄金時代の 人々は健康、喜び、そして繁栄に満ち溢れています。


「イエスが再臨した後、世界に1000年の平和が訪れるという話がもし本当なら、それはガイアにとってひどく不公平なことだと思います。ガイアは悠久の闇に耐えてきたのですから、たった1000年の平和などよりも、もっとふさわしい報いを受けるべきだと思います。」

その聖書の記述を文字通りに解釈すると誤った印象を与えてしまいますが、象徴的に解釈すれば現実が浮かび上がってきます。

2000年前に生きたイエスという人物は再び戻ってくることはありませんし、彼自身も、そしてあなたたちの世界も、それを必要としていません。イエスとしての彼の生涯は、創造主の源である純粋な光と愛のエネルギーとしてのキリストの領域において誕生した、彼の集合魂、あるいはオーバーソウルが作り出した数え切れないほど多くのパーソネージ(人格)のうちの一つです。

 “はじまり”の時点から、そのエネルギーはこの宇宙全体に絶えず存在してきただけでなく、すべての魂の中にも宿っています。闇の操り人形たちでさえ、そのエネルギーの閃きを宿しています・・それは、あらゆる形態を持つすべての生き物の生命力なのです。

長い闇の時代の間、宇宙で最も強力な力である無条件の愛をその生涯で体現したイエスや他の神のメッセンジャーたちを除き、人々の内にあるキリストのエネルギーは薄れていました。今、光の勢力が闇を打ち負かしつつある中、創造主の愛と光のエネルギーが、まさに津波のようにこの世界全体に流れ込み始めています。

イエスの再臨が、至る所に遍在するキリストの満ち溢れるエネルギーが再び戻ってくることを象徴しているのと同様に、1000年という期間は、ガイアが選んだ永遠の平和を象徴しています。ガイアと共に彼女の惑星体を顕現させた共同創造者である神とソルは、闇が二度とこの惑星に足場を築くことを決して許さないという彼女の意志を支えていくでしょう。


「聖書はどのくらい正確なのでしょうか?神がアブラハムを試すために息子を犠牲にするよう求めた部分ですが、それは神がするようなことなのでしょうか?あるいは、どちらかの勢力のために人を殺すことについてはどうでしょうか?情報がごちゃごちゃしすぎています。こうした話をすべて受け止める上で、何かアドバイスはありますか?」

聖書のそれらの記述は、初期の教会や国家の指導者たちによって書かれたものであり、この宇宙の支配者を、その掟への服従を要求する恐るべき神として描くことを目的としていました。その掟とは、彼らが大衆を支配するために考案したものです。

神が自身の子供たちに動物を殺すよう命じることは決してありませんし、ましてや子供を殺すよう命じることはなおさらありません。また、あるグループの神の子供たちに、別のグループの神の子供たちを殺すよう命じることも決してありません。考えてみてください。聖書が正しく描いているように、愛に満ちた神が、そのような命令を下すでしょうか?

魂が宿る場所である“ハートの奥底”に響かない情報については、一切気にしないことを勧めます。


「あちこちで山火事がたくさん起きていますね!マシューによると、気象操作技術は稼働停止しているそうですが、では、これらの火災はすべて自然現象によるものなのでしょうか?」 

そうではありません。火災を拡大させている高温や突風も、自然現象によるものではありません。確かに、気象操作技術は最近撤去されましたが、それによって以前に引き起こされた事象は、長いドミノの列の最初のドミノのようなものです。

あらゆるものにはエネルギー的なつながりがあり、ある場所で何かが動き出せば、それは他のあらゆる場所のあらゆるものに影響を及ぼします。そうした先行する出来事の余波がそのエネルギーを使い果たすと、破壊的な気象現象は収まります。ただし、放火犯による火災や、キャンプファイヤーでの不注意による火災の場合は例外です。


「この世を去る前、あるいはその最中に、闇の勢力に操られたり騙されたりして、自らの自由意志を放棄してしまうことを心配すべきでしょうか?」

そして、これに関連する質問として、

「特定の条件下では、闇の存在たちが、肉体的な人生から霊界へと移行しようとしている魂に干渉できると聞いたことがあります。それはどのような条件なのでしょうか?」

闇の者たちが移行中の魂に干渉できるような状況は一切存在せず、そのような事態が起こることを心配する理由は何一つありません。

物質世界から霊界への電光石火の移行の旅は、強烈な光の束の中で行われます。その高い波動エネルギーは、低い波動エネルギーを生存の条件とする闇の者たちにとって脅威です。親愛なる魂たちが尋ねたような情報は、闇の者たちによって、恐怖を煽るために意図的に広められています。なぜなら、その情報からは、闇の者たちが生き残るために必要とする低い波動エネルギーが発せられるからです。

闇の者たちが個人に影響を与えることができるのは、肉体的な生涯の間だけです。


「ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が保健福祉長官として、医療制度に潜む悪を根絶してくれると大いに期待していました。しかし、その点に関して彼が成し遂げたことはほとんどなく、彼が“ディープステート”のスパイではないかと疑う声さえ上がっています。マシュー、彼は本当にそうなのでしょうか?」

いいえ、そうではありません。法案を可決あるいは阻止する投票権を持つ連邦議会議員や司法省の特定の役人たちは、製薬会社や民間病院、一部の医療従事者に多大な利益をもたらす制度の変更を阻止するよう、賄賂を受け取ったり、恐喝されたり、脅迫されたりしています。ケネディ長官がようやく成し遂げることができたわずかな成果でさえ、彼が望まなかった妥協を余儀なくされたものでした。医療改革に対するこの手ごわい障壁は、徐々に取り除かれていくでしょう。


「私の友人の何人かが、マシューに『米国や他の国々がエリート層に乗っ取られることになるのか』と尋ねてほしいと言っています。いわゆるスマートシティと呼ばれるコミュニティが至る所で建設されているようです。そして、その乗っ取りのために、大規模なAI施設がすでに建設されつつあります。恐れるべきではないことは分かっていますが、どうやらすべてがその方向に向かって進んでいるように思えるのです。」

闇に根ざした取り組みは、どれも実を結ぶことはなく、すでに確立されたものは再構築されることになるでしょう。悪意を持って企てられたものであっても、すべて善意ある用途へと転用することができます・・“剣を鋤に変える”ように。


「闇の者たちが、どうやって低い波動エネルギーを“糧”にするのか、まったく理解できません。彼らはそれをどうやって吸収しているのでしょうか? マシュー、この点について、わかりやすく説明していただけませんか?」

この宇宙に存在するすべてのものは、無限の周波数帯域で振動するエネルギーであり、肉体は個々の思考、感情、行動に対応する周波数の中で生きています。さまざまな周波数のエネルギーは“糧”であり、肉体が存在し続けるための源です。闇の者たちの思考、感情、行動は低周波数帯域にあるため、彼らはそのエネルギーを“糧”として、肉体を生き延びさせているのです。


「ある親愛なる霊的存在が、他の銀河や次元に存在し、私たちが地球という次元で学んでいるのと同様の教訓を学んでいる、私たちの魂の他の6つの分身について語ってくれました。創造主から生まれた私たちの魂の分身は、全部で7つあるのです。あなたや他のスピリチュアルなアドバイザーたちは、このことをご存知ですか?」

通常であれば、その情報の出所が何を意味しているのかを理解できない限り、その情報について僕たちが言及することはありませんが、今回のケースでは、その意味が把握できていません。しかし、これを一つの機会として、僕たちが把握していることについて話したいと思います。

宇宙には、私たちの宇宙を含めて7つの宇宙が存在します。すべての魂の起源は、全知・全能・遍在する“すべての存在”である、創造主/創造/源(ソース)の純粋な愛と光のエネルギーです。

その創造物こそが最初の魂たちであり、僕たちはそれらを大天使と呼んでいます。創造主は彼らに、自らのアイデアを形や行動に移すために、そのエネルギーを用いる能力と権利を与えました。彼らの顕現・・すなわち共同創造・・は光の中にあり、それゆえに純粋で、力強く、美しいものでした。創造主はそれ以降、すべての魂に同じ能力と権利を与え、七つの宇宙の統治者たちはその賜物を尊重する義務を負っています。

この宇宙において、魂とは、植物から人間、惑星に至るまで、ここに存在するあらゆるものを共同創造するために創造主が選んだ神の一分身です。あらゆる生き物は魂であり、存在するすべてのもの、無生物でさえも、ある程度の意識を持っています。

肉体の命が尽きると、魂は霊界へと入り、その亡くなった姿のエネルギーは、新たな命がいつでも利用できる中立的なプールへ流れ込みます。地球上では、魂が人間の肉体を選んだか、あるいはヘラジカや松の木、あるいは昆虫の肉体を選んだかに関わらず、その過程は同じです。

霊界では、理性を持つ魂は、自らの過去の転生について知っています。魂たちは、次の転生で何を学びたいかを決め、望む体験ができるような肉体、遺伝的構成、居住地、その他の詳細を選択します。

エネルギーは、ある波動レベルから別の波動レベルへと導かれたり、移動させられたり、変換されたり、再形成されたりすることはあっても、決して破壊されることはありません。したがって、魂は不滅です。魂は限りなく何度でも肉体を持つことができ、意識的な選択に従って進化したり退化したりし、自らの進化段階にふさわしい、あらゆる銀河のあらゆる場所で、あらゆる形態で生きることができます。

結局のところ、あらゆる魂の旅路は、源(創造主)にあるその“はじまり“へと戻っていくのです。


「“パーソネージ”は魂の別名ですか?」

いいえ、ですが、それは人を指す一般的で普遍的な用語です。

さて、パーソネージ(人格)とは魂であり、神の小宇宙であり、独立した、侵すことのできない永遠の存在であると同時に、神や創造主と切り離すことのできないものであり、存在するあらゆるものとエネルギー的に結びついています。すべてのパーソネージ(人格)には、完全な健康、愛に満ちた人間関係、実りある取り組み、高潔な目的、繁栄、そして目標の達成を顕現する能力があります。しかし、第3密度の世界にいる魂たちは、まだそのことを意識的に認識していません。

また、各パーソネージは、その集合魂、すなわちオーバーソウルの一部でもあり、それはすべてのパーソネージと、それらの集合的な知識や経験が組み合わさったものです。

愛する魂、あなたたちは、知性や性格、人柄、実績、挫折、感情、感覚、インスピレーション、アイデア、忍耐力、そして粘り強さといったものだけではありません。確かに、あなたたちはそれらすべてを兼ね備えていますが、それはあなたたちが自分自身をどう捉えているか、そして家族や友人、同僚、その他の人々があなたたちをどう見ているかということに他なりません。

僕たちもそう思っていますが、同時に、宇宙の知識と古代の叡智の宝庫であり、共同創造したいと願うあらゆるものを具現化する存在としての魂として、あなたたちを知っています。

愛するファミリー、この宇宙のすべての光の存在が、あなたたちの大事な使命への揺るぎない姿勢を讃え、無条件の愛であなたたちを支えています。


愛と平和を

スザンヌ・ワード著

原文:Matthew's Messages 訳文責:森田玄


2026年8月17日月曜日

4352「神さまの氣」2026.8.17

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月31日の記事を紹介します。


「神さまの氣」


このブログもお蔭様で、日々沢山の皆さんから読んでいただいています。 

出来れば一つでも実践していただき、お幸せになっていただきたいと思います。 

※実際に、お幸せになった方々からも沢山メッセージ頂いています。 

さて今日は、神様の氣についてです。 

大抵の神社では、お守りやお札に

そこの神社の神様の氣を入れてお配りしていると思います。 

そして年月が経ち、ご自分で氣が抜けてきたと感じたら、 

お札やお守りを神社の古札入れなどに納めに行くと思います。 

神社では、それをお焚き上げなどして、 

神様に元の神の世界にお戻りいただきます。 

そうすると、お守りや、お札は、単なる物質になりますから

焼却したりします。  

ですから、例えば霊峰八海山の山開きのご神事などでは、終わった後、

「神さまにお戻りいただきました」と宣言がなされます。 

また、誤解されやすいこととして、 

御守りやお札に神様ご自身が籠っており、

普段は沈黙し、いざという時に目を覚まして活動をする・・ 

というイメージではなく、

神さまの氣に入っていただいた、お札やお守りは、

その神さまの依り代、直通電話のような働きをしており、 

神々は、もちろん、普段から人々のために、

あらゆる場所、次元で自由闊達に働いているのですが、 

いざという時、必要に応じに、その電話を通じ、

その場所、その人の所へいらっしゃるというイメージの方が、 

的を得ているように思います。※個人的な意見です。

もちろん高位の神様は、どの場所、どの次元にも存在できますので、 

意識を向けるだけで、そこに移動できるようですが、

氣を宿した依り代があると、

より感度が上がり、通じやすくなるのではないかと思います。 

次元が上がるにつれ、一時に同時に意識をフォーカスできる数が増え、 

たとえば、一説では、イエスの場合、

同時に1万か所、意識を分散できるとのこと。 

要するに、同時に自分の分身が、1万か所で行動できるということです。 

神様に降りていただくということは、春日大社 元宮司の葉室頼昭さんによれば、

古式にのっとって、

祝詞を上げたりご神事を行うことで、本当に神様がご降臨されるとのこと。 

要するにテクニカルと言うことです。 

その方法(技術)さえ正しければ、神職の方の人間性に、あまり左右されません。 

本来は、清く正しい心の持ち主の神職の方が、ご神事を行ってくださればよいのですが、

同じ人間ですから、神職の方と言えど様々いらっしゃいます。

時には私たち一般人のように、

欲望から様々な事件を起こし、新聞沙汰になる方もいらっしゃいます。

生きている間は分け隔てなく、

どなたも心を清らかに保つために精進が必要ですね。

・心を振り返ること

・感謝の心を持つこと

・おかげ様、お互い様で、許しあうこと

大切なことです。 

どうやって、見えない心を見分けるのか? 

それは、小林正観さんが仰っていたのですが、 

その方の、まわりにいる人たちを見ればいい。

まわりにいる人たちが、笑顔で幸せそうで、楽しそうに過ごしているか? 

良き人は、見た目は普通の格好をしています。

そして、まわりには、笑顔で、幸せそうな人たちがいっぱいいます。

とてもいい仲間に囲まれている。

一方で、悪しき心の残る人は、

過度に荘厳(そうごん)で、重々しく、威厳に満ちた姿、形、格好をしている人が多い。

そしてまわりには、笑顔で幸せそうな人はいない。

どこか不幸そうで、悲しく、まったく笑顔のない人たちに囲まれている。 

とのこと。 

確かにそうかもしれません。 

このお話は、占い師の方について仰っていたのですが、神職の方も同じだと思います。

さて神様の氣、私たちの意識も同じ働きができます。 

意識を物や人に宿すこと、飛ばしたりも同じことです。 

生霊とか、誰かに見られている気配がする・・振り返ったら誰かがこちらを見ていた。 

これらは、意識のエネルギーが飛んだと言ことです。 

また意識は、時間、空間の制約を受けませんから、 

自分自身の過去や未来に飛ばすこともできます。

子供のころ、車に轢かれそうになった。

どこからか「あぶない」という大きな声が聞こえ、助かった。 

何十年かして大人になった時、夢を見た。

子供が車に轢かれそうになっているのを見て思わず声をかけてしまった。 

よく考えたら、その姿は、子供のころの自分だった・・など 

基本的には善意の神々は、この意識の力を、人々をお救いくださるために使っています。

有難いですね。 

・私達も感謝の心

・人を思いやる気持ち 

などで、周りにいらっしゃる方を、幸せなエネルギーで包み込むことも可能です。 

また、その逆もしかり。 

ですが、波長の法則、類は友を呼ぶの通り、 

自分の出すエネルギーと同質のものを、自分に引き寄せますから、 

良き方向に、その意識(心)の力を使いたいものですね。