2026年7月25日土曜日

4329「心を受け取る」2026.7.25

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月11日の記事を紹介します。


「心を受け取る」


見えない世界に精通し、不思議な力を持っている。 

そのように吹聴するどこかの誰かの力に頼ることよりも

自分自身の心の浄化、純化が、どれほど大切なことか。

そちらの方が、遥かに永続的で、真の力を発揮することか。  

自らの心を清める事、感謝の心で過ごすことが、

どれだけ宇宙神を喜ばせ、大きな助けを引き出すことができるのか。 

様々な情報を、どのような角度から見ても、結論はそうなります。 

力あると吹聴する他人に依存するのではなく、自らの心を洗うこと・・・

では、今日も王道であり、その最強の方法である、心の浄化についてのお話です。 

 

神々による建て替え、人々による建て直し、

今行われている進化の方向性は、

一人一人の精神性が大切にされる世界への移行。 

それは、

・誰か悟った人によって起こされるのではなく

・霊的な力がある人によって起こされるのではなく

・有名な前世を持つ人によって起こされるのではなく 

私達一人一人の心の変化によってなされます。 

私達の心が、今までまとっていた

・罪(包身)

・穢れ(氣枯れ)

を祓い落し、 

本来の輝きを取り戻し、他人や物に依存することなく

自分の力で、しっかりと大地に根を張り、身近な周りの人たちと、 

認め合い、笑い合い、助けい合い、生きていくことで、実現される社会です。 

大本の神様からいただいた心・魂にはその力が宿っています。 

今日のお話は「心を受け取る」ということで、 ある方の思い出話をご紹介します。 

貧乏で田舎者の父と、息子の大学卒業にあたってのお話です。 

お父様は田舎者で、また裕福ではありませんでしたが、

まじめで、実直で、子供を心から愛しておられた方でした。

<引用開始> 引用元

三月は卒業式のシーズンである。

卒業式といえば、私には忘れられない父との思い出がある。

私の大学の卒業式に出席するため、

それまで天草をほとんど離なれたことのなかった田舎者の父が、

一人で博多までやってきたのである。

私は驚いた。 

父は下宿の私の部屋に泊まった。

卒業式の朝、父は大学の門の前で立ち止まり、

じっと門を見つめたまま、しばらく動こうとはしなかった。

学部ごとの謝恩会の席で、父と私は一箱の折り詰め弁当を分け合って食べた。

そして、一合ビンの日本酒を、交互につぎ合って飲んだ。 

父は実に嬉しそうであった。

私はその時の父の嬉しそうな顔を、今でも忘れることができない。

卒業式のあとで、私達は親友二人と共に、大濠公園に行った。

親友達とも、その日でお別れであった。

私は公園のベンチに座って、その親友達との別れを惜しんだのであった。

父は少し離れてなぜか寂しそうに、私達を眺めていた。

翌日、父は黙って天草に帰って行った。

しかし、その時の父のなぜか寂しそうな姿が、

長い間ずっと、私の心の中から離れなかった。

その父が四年前に亡くなった。

亡くなる一年ほど前に、入院して寝たきりになった父が、

ベッドの中で、私の手をしっかりと握って言ったのである。

「お前の卒業式の日あの公園での悔しさは、今でも忘れん。

金がなくて皆にジュースを買って、飲ませることもできんかった。

本当にすまんかったな。

おれは悔しくて、帰りの汽車の中で、涙が止まらんかった」

父は三十数年もの間、その時のことを、悔やみ続けていたのである。

私はその時、八十八歳の父の心の風景をはっきりと見た。

そして、卒業式の日の大濠公園での、あの父の寂しそうな姿を、

三十六年たって、初めて理解できたのであった。

私は仏壇にかざった父の写真を、しみじみと見ながら

「気にするなよ、おやじ」とあらためて呼びかけている。

<引用終了>

お父さんは、息子さんが大学に入学し、とても嬉しかったのでしょうね。 

自慢の息子さんですね。 

そして「卒業式」 

お父さんは、どんなに晴れやかな気持ち、誇らしい気持ちで

上京なさったことでしょう。 

貧しい農村の暮らしでは、大学に行かせるのに

どれだけ苦労したことか、想像に難くありません。 

そのお父様が、36年間、ずっと引きづっていた気持ち、晴れやかな門出の日に、

息子が友人たちと別れを惜しんでいるとき、 

親として1本のジュースも買ってあげられなかった。。 

・その悔しい気持ち、

・情けない気持ち

・息子や、友人たちに、すまない気持ち 

胸が締め付けられます。

ですが、ここで、もし状況が異なり、

家庭が裕福で、何の苦労も無く、息子さんを大学に通わせることができ、 

友人たちの別れの際には、惜しげもなく、

高価な飲み物を渡したとしたらどうでしょうか? 

きっと、このような、胸を打つ経験はできなかったことでしょう。 

このように強い愛情を感じることもなかったでしょう。 

息子さんは、深い深い父の愛に、気づくことも

感謝する気持ちも起きなかったことでしょう。 

魂に刻み付けられる心と心の交流、地上でしか味わえない、

魂の震えを感じることもできなかったことでしょう。 

このように、私たち人間は、周りの方々と、日々織りなす経験を通じ、

時には喜び、時には涙を流しながら、深い深い経験を積んでいます。 

もし、何の苦しみも、悲しみも無ければ、

地上を離れる時に、薄っぺらな、心の片隅にも残らない、

つまらない人生でしかなくなることでしょう。 

きっと、楽な人生ではあったけれど、深く後悔することでしょう。 

私たちは、神様に似せて創られました。 

この地上で、 

・物ではなく、

・幸福だけを選り好みするのではなく、 

相手を思いやる美しい温かな心を、受け取るために、 

その温かなものを、周りの人々と、循環させるために、

ここ地球に生まれてきました。 


2026年7月24日金曜日

4328「地球と太陽 46億年の物語」2026.7.24

 今回は木の花ファミリー「ジジのブログ」の2026年5月24日の記事を紹介します。


「地球と太陽 46億年の物語 〜 眠れぬ艮の刻のメッセージ」

地球と太陽 46億年の物語 〜 眠れぬ艮の刻のメッセージ | ジジのブログ


ある日の深夜、ジジに以下のことが湧き出してきました。

________________________________________

太陽の年齢は約46億年だという。それに対して、地球の年齢も約46億年だという。ということは、太陽ができた目的と地球ができた目的は一緒なのではないか、と思った。

太陽圏という太陽の影響範囲において、太陽から地球に光が届くには、およそ8分20秒かかると言われる。ところが、太陽の影響範囲は直径およそ2光年だという。太陽から地球までの距離と、太陽の影響範囲を比較し、同じ秒単位で表すと、太陽の光が地球に届くまでの時間が500秒(8分20秒)であるのに対し、太陽圏の半径は1光年なので365日×24時間×60分×60秒=31,536,000秒となる。つまり、太陽から地球までの距離に対し、太陽圏の半径はその63,072倍となる。それほどスケールが違うということであり、その視点から見れば、太陽と地球は一体であると言える。


もっとも、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、そして冥王星までを含めた9つの星は、太陽と一体とみてもいい。太陽圏の中にあるものは、太陽の家族のようなものだ。その中でも、直径2光年という太陽圏の中で、光が届くまでに8分20秒という距離にいる地球は、太陽そのもののような存在だ。そこで考えたのだが、太陽ができた時に、太陽のできる目的と、そこに合わせて地球ができる目的は、同じだったのではないか。

人間は宇宙の中に存在するが、宇宙の中では本当に小さな天の川銀河(直径約10万光年)どころか、その銀河よりもさらに小さな太陽圏の範囲ですら、物理的に確認することができない。地球から光速で500秒の位置にある太陽の真実すら、理解できていないのである。

そのような広大な世界の中に、この太陽圏を創造する目的とそれを成し遂げる意味、あるいはそれを成し遂げる存在の意思は、何だったのだろうか。


人間は、この広大な宇宙にある微細な存在である。地球において、人間の誕生からこれまで(猿人から現在まで約400万年)、人間は常に、自らを存在させる最も重要なものとして太陽を信仰してきた。そこで、ふと思う。太陽系が創造される段階において、太陽をベースとして地球に生命が発生することを実現するために、この太陽系を46億年前に誕生させたのではないか。

地球の歴史の初期の6億年を、冥王代と言うそうだ。地球46億年の歴史の中で、それは初期の段階の地球と太陽の物語である。その冥王代の頃に地球に何があったかというと、地球は初期の段階では、ドロドロの灼熱の星だったという。そして宇宙空間には、星になる材料(小惑星)が無数に存在していた。それが地球の重力によって吸い寄せられ、隕石となり、次々と衝突することでこの星を形成していった。その衝突があまりにも激しく連続的であったため、さらなる熱を生み出し、地球は高温・高圧の二酸化炭素の星となった。やがて周囲の小惑星が片付いて衝突が止むと、地球は徐々に冷えて固まっていったという。

この地球の誕生から40億年前まで(冥王代)は、地球の土台をつくる段階であった。そしてそこに、生命が発生していったことを考える。現代は、地球の起源に関する観測が進み、今現在宇宙空間に存在する小惑星を観測し、そのサンプルを採取すると、そこに水があった痕跡があるという。さらにそこには、微量要素である鉄や、アミノ酸などの有機物、糖質などもあるそうだ。それらの小惑星が地球の重力に引き寄せられて隕石となり、惑星の原料として次々と降ってきた。そこに含まれる水やアミノ酸やブドウ糖のような糖質など、様々なものが大量に供給され、激しい衝突による灼熱の海の中で、化学反応が起きた。地球は、高温、高圧の中で、物質形成の実験場となり、地球初期の冥王代の頃に生命のもとが形成されたことが、近年立証されるようになった。そしてその後の40億年において地球に生命が繫栄し、その進化の歩みが、現在の我々人類に繋がっているのである。そういった太陽系の歴史を紐解いてみると、その始まりから今現在に至るまでが、ひとつの物語として繋がっていることが観えてくる。


人間は、物理的には太陽系の実態を観測することはできず、ましてや宇宙全体を観測することは不可能であるにもかかわらず、宇宙が始まった目的や、その宇宙の意思を知る能力を持つものである。そのような特殊な存在を物理的な生命として創るために、宇宙の138億年の成り立ちがあったことを、その歴史が示している。その中で46億年の太陽と地球の成り立ちがあり、今に至っていると考えられる。

その過程において、人間が今現在このような世界を地球上に創り、それを語っているということは、いったい何を意味するのか。これも、人間というものを創造する目的でもあったのだろう。今、人間は地球上において人工の世界を広げ、人間の側の価値観から捉えれば、ある意味進化していると言える。しかし、この進化をさらに大きな視点から捉えてみる。つまり、銀河が太陽系を創り、太陽系が自らの中に地球を創り、そこに生命を発生させ、その延長に人間という種を降ろした目的は何であったのか。そして、その物語の先に人間に何を求めているのか。そう考えた時、人間が地球上で表現してきた進化の過程もまた、この世界を創造する大いなる意思のもとに物語を紡いでここまで来たことが観えてくるのである。


その宇宙の意思と、それによって創造された人間の中に生まれる意志が共通することが、これから人類が地球上で繁栄していくことの目的であり、宇宙時代を迎えることに繋がるのではないか。いよいよ、人間が宇宙的になぜこのような状態で発生したのかを悟る時代が来ようとしているのだろう。

人間は今、なぜこのように愚かで幼稚な生き物になってしまっているのか。地上を我が物顔で生き、すべてを自らの所有物のように考えている。しかし実際に、地球上でも宇宙でも、人間が自らの力でつくったものは何ひとつなく、すべて与えられているのである。そうでありながら、なぜこのような大きな間違いに至っているのか。

そういった現実の延長に、我々はこの大いなる投げかけを人間の主観ではなく客観視点から捉え、さらに、その客観をも包含する宇宙の叡智である「客観背後」について理解する時を迎えている。この愚かさを乗り越え、そういった宇宙の叡智を理解する立場に立った時、宇宙の奇跡である地球に誕生した人類が、その生命大循環の中で最も尊く優れた存在として進化発展することで、次なる宇宙のサイクルに貢献する時代が観えてくるのではないか。


地球誕生から46億年、生命誕生から40億年、ホモサピエンスとしての歴史20万年を通して、この壮大な、そして多種多様な命あふれる生命生態系が、ひとつの生命輪廻として表現されている。これほど緻密に出来事を積み重ねながら地球に求められてきた物語は、今、地球に眠る隕石や、宇宙に漂う小惑星などの中に、その物語が綴られてきた痕跡を見ることができる。それも、愚かだが高度な能力を人間が持っているからこそ、そういった宇宙物語のメッセージが観えてきたのである。

これまでの人類の愚かさも含め、これから到達すべき人類の尊き役割に繋げるため、太陽系の誕生と共に生命の星、地球を創った大いなる物語の目的が、この段階に来て、人類の叡智として突然湧き出した。そのことを考えると、46億年の太陽の物語は今、我々人類に、その物語の結末をこれから綴っていくことを求めていることがわかる。

宇宙倫理から捉えれば、乱れに乱れた現代の人間社会がもたらした人工の世界は、宇宙倫理のもとにある自然の生命世界からかけ離れたものになってしまった。しかし、文明の発祥以来6500年の間に人間が築き上げたものは、地球の歴史46億年の長きにわたり綴られてきた叡智の物語からすると、極めて瞬間の出来事であり、人類に目覚めをもたらすための刺激のようなものである。もう一度人類は、文明発症前の地球生命生態系の一員としての立ち位置に戻り、46億年の物語に込められている、尊き人類の役割に目覚めることが求められている。その目覚めがもたらされた時、人工と言われる6500年の文明の叡智も、これから始まる宇宙時代にその価値を発揮することとなるだろう。そのような時が今、来ているのである。


故に現代人は、古き幻想を捨て、新たな時代を迎えるためのリセットをする必要がある。リセットというと、大混乱のようなことを想うかもしれないが、これは人間が意識を高め、内に眠る90%の脳を働かせれば、何ら混乱もなく、ソフトランディングして新たな宇宙時代に向けた悟りを開くことができるのである。

太陽46億年、地球46億年の宇宙物語の中にある我々生命は、太陽の光の産物であり、その大いなる意思のもとに一体であることがわかる。なんと尊いことか。今、我々は21世紀という時に立ち、現実社会の中にみえる幼稚さ、愚かしさ、そして地球上に広がる大混乱を振り返り、これを改め、生命であるヒトとしての立ち位置に立ち、それを悟りとして獲得する前夜に来ている。

その夜明けの光が優しい風のように差してきていることを感じながら、今、魂は喜びと共にワクワクして、眠れぬ夜明け前(艮の刻)を過ごしている。

 


2026年7月23日木曜日

4327「隠れた幸せを見つけるために」2026.7.23

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月10日の記事を紹介します。


「隠れた幸せを見つけるために」


生きていると、どうしても沢山の悩みを抱えます。

そのような時、自分ではどうしたらよいか分からない時、

下記のようになさったら如何でしょうか? 

決して難しくありません。

理屈でもありません。 

単純な言霊をクセにしてしまうだけです。 

誰にでもできます。 

幸せになりたいという強い意志さえあれば・・・

この方法は、以前書いた記事ですが、

既に沢山の方から、奇跡的な幸運が巡ってきたというお話を伺っています。 

私自身も多くの結果を得ています。

また沢山のレインボーチルドレンも同じことを言っています。 

あまりに沢山の悩みを抱えていると、どこから手を付けて良いかわからず。

また神様にすがり、一気にこれらすべての悩み事を消して欲しいと願うかもしれませんが、神様は決してそのような安直なことをなさらないと思うのです。 

そもそも、その悩み事が起きていること自体、

我々は覚えていませんが、生まれる前に自分で計画してきたことであり、

それは、その経験が魂にとって必要なことだからです。  

その経験から魂は何かを学ぼうとしているからです。 

斎藤一人さんが仰るには、それは「感謝の心」を学ぶことであることが多いそうです。

ですから、例え神社仏閣で神様にお願いしようと

一気にすべての悩みを取り去ってくださることはないと思います。 

まずは、私たちの心が変わる必要があります。 

それでは、以前書いた記事をご紹介します。

今日は難しいお話ではなく、誰でもが、簡単にできることで、

癖にしてしまうことで、着実に心の罪(包身)、穢れ(氣枯れ)を祓い、

何者にも動じない真の幸せを手に入れる方法を書きたいと思います。

私もスタートはここからでした。

簡単すぎて、単純すぎて、あほらしいと思われる方は、

遠慮なくスルーされてください。

この方法は、科学では証明できませんし、バカみたいな方法なのですが、

本当に今の生活に疲れ、苦しみ、

泣いていらっしゃる方にとっては、きっと救いの方法になると思います。

信じてくださる方は是非、諦めず、ずっと実践を続けてみてください。

最初は、1週間。そして1ケ月。

そうこうするうちに、不思議なことが起こり始めます。

そして3ケ月、1年もすれば

はっきりと、自分の心がすっかりと変わったことに気づくことでしょう。

そしていつの間にか自分の周りには、

・良いことしか起きなく

・良い人しかいない

ことに気づくことでしょう。

そして不安は無くなり

決して依存的な心からではなく、神様を信じることが出来

感謝と希望に満ちた日々を送ることができることでしょう。

では、その方法を書きたいと思います。

小林正観さんと言う、かつてブッダや空海の弟子だった過去を持つ方です。

プレアデスから来られた方が教えてくださいました。  

また最近では小学生の神様トキ君(山幸彦の魂)も同じことを言っています。

<引用開始> 引用元 

【「ありがとう」を言うと、奇跡が起こるらしい】

「ありがとう」を言った数がある一定数を超えたとき、

奇跡としか言いようのない現象となって、その人に降り注ぐことがあります。

しかも「ありがとう」を言うときに、

「心は込めなくてもいい」というのが私の考えです。

心を込めなくても大きな効果が得られるのが、

「ありがとう」の凄いところだと思います。

「ありがとう」を、ただひたすら3日間「心を込めない」で言い続けた人から、このような話を聞きました。

1日目と2日目は何事もなかったそうです。

ところが、3日目の朝、夫を送り出したあとに「ありがとう」を1000回ほど言っていたら、突然、お腹の底から熱いものが込みあげてきたそうです。

熱いものはそのまま口を通り過ぎて上に上がり、

やがて、目から「滝のような涙」が流れ始めたといいます。

そして、涙が出てからは、心の底から「ありがとう」と思えるようになって、

それどころか、コーヒーカップやお皿など、

身の回りにあるものが「ありがとう」と自分に話しかけてくるような気がしたそうです。

彼女は「お礼を言うのは自分のほうだ。こちらこそ、感謝だ」という気持ちになりました。

身の回りにある、一つひとつのものに「こちらこそ、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」と感謝を伝えました。

なぜ、身の回りのものが「ありがとう」を言い返しているような気がしたのでしょうか?

彼女が「ありがとう」を言い続けていたことで、

「モノ」の中に入っていた魂が目を覚ましたのかもしれません。

この女性から「ありがとう」を言われ続けた結果、

椅子、机、時計、黒板、サインペン、シャツ、ベルト、コーヒーカップ、

お皿といった「モノ」の中に「ありがとう」のエネルギーが溜まっていって、

「ありがとう」のエネルギーがある時点で臨界点に達してあふれ出し、

「ありがとう」と言われていると感じたのかもしれません。

「モノ」たちはニュートラルな状態で存在していたのに、

女性が口にした「ありがとう」のエネルギーを溜め込み、

やがてエネルギーが臨界点を超えて、あふれ出したように感じたと考えるでしょう。 

では、「モノ」に言っている「ありがとう」を人間に言ったらどうなるでしょう。

「モノ」ですら言い出すとしたら、人間の魂なら、なおさら「ありがとう」を言い出すことでしょう。

すごく不機嫌な人、投げやりな人、非常に否定的な人、攻撃的な人がいたら、

その人に向かって「ありがとう」を言ってみる。

すると、この人たちの不機嫌さが治ってしまうことがあるようです。

スーパーマーケットでお金を払い終わったときに「ありがとう」と言って帰る。

喫茶店でお金を払ったときに、「ありがとう」と言って帰る。

片っ端から「ありがとう、ありがとう」と言っていったら、世の中はものすごく変わると思います。

もし、世の中のすべての会話が「ありがとう」で成り立ったら、

戦争、争い、憎しみはすべてなくなるかもしれません。

何かをしてもらったときに「ありがとう」を言うのではなくて、

してあげたときにも「自分にさせていただいて、ありがとう」と言うようにすると、

世の中は、よい方向に変わっていくのではないでしょうか。

最後に、こう言わせてください。

「こういう話をさせていただいて、ありがとうございます」

<引用終了>

如何でしょうか? 

あまりに簡単すぎてバカバカしいでしょうか?

今回書いた方法は単純です。

難しいことは一つもありません。

ですが、神様に近づくための第一歩にきっとなる方法です。 

・暇な時も

・寝ている時も 

口癖のように「ありがとう」と言い続けてみてください。 

きっと何かが変わります。 

そして、その結果を教えてください。 

私の予想では、途中で投げ出さず、続けられた方は、

同じ空間に居ても、きっと別次元を生きていらっしゃると思います。 

但し、この期間に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言うと 

せっかくの「ありがとう」の蓄積が

リセットされて0になってしまうので注意が必要です。 

ですが、もし、不平不満・愚痴・悪口・泣き言・文句を言ってしまっても 

言って10秒以内に「今のはナシ」と言ってしまえば大丈夫だそうです。

安心してください。 

もしご興味があれば、是非今からでも試してみてください。 

私たちには、悩み苦しみの元だけでなく、

そんな生活の中でも、目を向けていなかっただけで、

沢山の幸せの種が隠れているはずです。 

必ず神様がそうしてくださっているはずです。 

不平不満、愚痴ではなく、それは、本当に小さなことかもしれませんが、

そういった隠れた幸せに目を向け、感謝の気持ちを持ってみてください。 

悩みが多岐にわたっていても、きっと薄皮を一枚一枚剥がすように、 

だんだんと魂にかかっている霧が晴れて、

神さまの光が差し込んでくることでしょう。

 

2026年7月22日水曜日

4326「心に巣食う八岐大蛇」2026.7.22

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月09日の記事を紹介します。


「心に巣食う八岐大蛇」


今日は世界的に有名な霊的な巨人

出口王仁三郎のお話です。

それも単なる黄泉の国や神々のお話ではなく、

如何に私たちが悪魔に心を侵されるか?

そしてどうしたらそこから脱却できるか?

というお話です。

以前書きました、出口王仁三郎の

・水の洗礼(ノアの箱舟)

・火(霊=ヒ)の洗礼(魂の純粋さによる選別)

の火の洗礼は、まさに今行われていますが、

私たちが神さまの世界に住むには、

どうしても心の中の悪魔を洗い流さなければなりません。

それは、

・人に頼んでもできません

・神仏に祈ってもできません

自らの意思で、自らの行動でしか、魂を浄化することはできません。

どうか他人依存、神様依存の態度をやめ、しっかりと自らの足で地に立ち、

自らの意思で、魂を浄化することをお勧めします。

では、始めます。

出口王仁三郎が霊界物語の中で記載している

地球を陥れる強大な悪の魂(悪魔)に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)があります。

それは人の心に住み着く邪神です。

八つの頭を持つ恐ろしい存在。

「八つの頭」とは、「八つの罪」

一つ目は、強欲。お金や物に執着する心

二つ目は、怒り。他人を恨み、憎む感情

三つ目は、愚痴。不平不満を言い続ける心

四つ目は、嫉妬。他人の幸せを嫉妬する気持ち

五つ目は、傲慢。自分を過大に評価する心

六つ目は、無知。真理を知ろうとしない態度

七つ目は、疑心。全てを疑い信じない心

八つ目は、執着。古い考えに固執する姿勢

この八つの頭(罪)が人々を苦しめ

人の心を蝕んでいく。世界を混乱に陥れていく。

自分の心の中に、この恐ろしい邪神が潜んでいないか?

自分の行動を振り返ってみてください。

・欲望に流されていないか?

・怒りに身を任せていないか?

・不平不満ばかり言っていないか?

・他人の成功を嫉妬していないか?

・自分を過信していないか?

・学びを怠っていないか?

・人を疑ってばかりいないか?

・古い考えに固執していないか?

この八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治するにはどうしたらよいか?

それは霊主体従(れいしゅ たいじゅう)の精神です。

つまり魂を磨き、肉体を律すること。

今世界は、物質的な豊かさに溺れ、精神的な貧しさに気づいていません。

本当の豊かさとは、それは心の平和のこと。

物が無くとも、心が満たされれば、人は幸せになれます。

逆に物があっても、心が乱れれば幸せを感じることはできません。

八岐大蛇は物質的な欲望を掻き立てます。

もっともっと欲しいと思わせます。

しかしそれは幻想です。

本当に必要なのは、心の平和。精神の安定です。

八岐大蛇を退治するにはどうしたらよいか?

朝起きたら感謝の祈りを。

「今日も生かしてくださって、ありがとうございます」

食事の前には「いただきます」

いただきますとは、命を頂くという意味

・命を捧げた食べ物に対する感謝

・それを育てて下さった人に対する感謝

・自然の恵みへの感謝

これらを込めて「いただきます」

日々の生活の中で感謝の心を忘れないでください。

感謝の心があれば、八岐大蛇は力を失います。

そして心は光に向かうことができます。

何故なら感謝は欲望と相反するものだから。

感謝する人は満たされ

・欲しがることが少なくなります。

・怒ることも少なくなります。

・愚痴を言うことも少なくなります

・嫉妬することも少なくなります

・傲慢になることも少なくなります

・学ぶ姿勢が生まれます

・人を信じる心が育ちます

・新しい考えを受け入れられます

感謝の心が悪魔・八岐大蛇を弱らせます。

スサノオが八岐大蛇を剣で退治したように

私たちも感謝の真心で退治することができます。

どうかこの感謝の心、ありがとうの言葉を使って、

火(霊=ヒ)の洗礼(魂の純粋さによる選別)の今

神様への道を真っすぐに進まれることをお勧めします。


2026年7月21日火曜日

4325「家族の幸せのために」2026.7.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月08日の記事を紹介します。


「家族の幸せのために」


「家族」は、神様が用意してくださった一番身近な魂を磨く場所です。 

・幸せになりたいのなら、

・魂を輝かせたいのなら

・生まれて来た魂の目的を達成したいのなら 

まず、家族の中を、しっかり見つめなおさなければなりません。 

全ては自分の心を見つめなおすこと。

自分の心を変える事、によって解決されます。 

決して相手が変わること、

相手を変える事によって、

もたらされるものではありません。 

さて、私たちが生きていくうえで、いろんな悩みがありますね。 

ささいなことから、人生を左右するような重要なことまで・・ 

それらは、生まれる前に決めてきた「人生ドラマ」を演じるための、

大きな役割、転機、方向転換など、、

それらは人生を彩るためのものでもありますが、 

その渦中においては、本当に苦しく、涙する毎日かもしれません。

そんな中で、簡単なことなのですが、

あることの積み重ねによって、確実に人生の方向を左右するものがあります。 

私たちが日常的に使う言葉。 

無意識のうちに使う言葉、癖になってしまった口癖などによって、 

・私たちの運命や、

・将来のこと、

・家族の健康、

・家族の幸せなど、

全てが、左右されます。

そんなことは、普段、考えたこともない人が、殆どかもしれません。

でも、その事を頭に入れたうえで 

・周りの健康的なご家族、

・逆に、病気がちのご家族 

のことを思い浮かべて見てみてください。

きっと当てはまることが多いかもしれません。

それでは、幸せになりたい方、ご家族も幸せにしたい方 

そんな方のために、小林正観さんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

■「嬉しい」「楽しい」と 笑顔で言い続けると、 

 それを言う人、 聞く人、どちらも元気になる

日常で

「つらい」「悲しい」「苦しい」「悔しい」と

言い続けると、 

それを言う人も、聞く人も、どんどん元気を奪われます。 

1年365日、言い続け、聞き続けたとしましょう。 

それが3年、5年続いたとしたらどうでしょう。 

ものすごい量の「気力」を奪います。

結果として、その家には多分「不幸」が集中するでしょう。 

「気力」も「体力」も「精神力」も「集中力」もすべて奪われる。 

家族全体から奪われるのですから、 

・病気になる、

・風邪をひきやすくなる、

・集中力を欠き

・接触事故を起こしたり、

・不用意な発言をして人を傷つけたり、 

そういうことも増えます。

気力だけの問題ではありません。 

自分で自分に繰り返し 

「つらい」「悲しい」「悔しい」「苦しい」「つまらない」と 

言い聞かせ続けると、 

「生きているのがそんなにつらいなら、死んじゃいましょう」と、

体自身が反応し、ガン細胞を増殖させ、故障や病気を進行させます。 

体自身が、そういう指令系統を持っているのです。

それを「悪い霊が憑いている」などと言う人がいますが、

私はそうではないと思います。

おはらいはいりません。 

家の中で飛び交う言葉には 「元気を奪い取る言葉」や、

「怒り顔」をなるべく出さないことです。

毎日「嬉しい」「楽しい」「おもしろい」「幸せ」と笑顔で言い続けたら、 

それを言う人、聞く人どちらも、どんどん元気になります。

風邪をひくことが少なくなり、ひいても熱が出にくい、早く治るようになります

(免疫力や基礎体力が強化されるということです)。 

「バカは風邪ひかない」という言葉を、このようなことを知った上で解釈すると、 

まったく違う「真実」に気がつくでしょう。

毎日、「嬉しい」「楽しい」と笑顔で、

人を憎んだり恨んだりせずに言い続けている人は、 

「お前には苦労がないのか」と言われます。 

まさに「バカ」そのものです。 

けれども、「バカは風邪ひかない」のです。 

それが真実であり、事実。

長寿の人に「長生きの秘訣は?」と聞くと、

必ず入っているのが「くよくよしない」ということ。 

毎日「嬉しい」「楽しい」と言い続けていると、風邪はひかないし、

長生きもする(体があまり傷まない)のです。

ついでにもう1つつけ加えておきましょう。 

ある人がケガをしたときのこと。

リハビリで何度か通ううち、ある先生から 

「できないことばかりを挙げないで、

できることを考えて、挙げてください」 

と言われたそうです。 

考えてみたら、できることの方が圧倒的に多いのに、 

「できないことばかり挙げていた」というのです。

ケガをしたときだけでなく、 

日常的にも「あれができない」「これができない」と言ってしまいがち。 

でも、たとえば足を捻挫したとしても、テレビは見られるし、食事もできる。 

手紙もかけるし、電話でおしゃべりもできる。

よく考えてみると、 

1万できていたことが 9900になっただけで 

「できること」の方が圧倒的に多いのです。 

そういう事実に気づき、 

それを理解し「できること」を強化し延長するようにしたら、 

今までとはまったく違う速さで、体が治り始めたとのことでした。

「楽天的に生きる」ことは、体自身の要請でもあるようです。

<転載終了>

日常使う言葉は本当に大切ですね。

それが運命までも、左右してしまうからです。 

特に癖になってしまった口癖、とっても大切です。 

無意識の内に、

自分の健康も、幸せ、不幸せも、ご家族の健康も、幸せ、不幸せも、

全部を左右してしまうからです。 

私は、このことを知ってから、 

・ありがとう

・よかったね

・嬉しい

・楽しい

・幸せだね

・おいしい 

などの言葉をできるだけ使うようにしています。 

最初は難しいかもしれません。 

ですが、慣れてしまえば、苦になりません。 

口から出る言葉、これに気を付けるだけで、将来の、ご自分と、ご家族の、

幸運が約束されているのですから。 


2026年7月20日月曜日

4324「七夕のお願い」2026.7.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月06日の記事を紹介します。


「七夕のお願い」


毎年この季節に掲載している記事をご紹介します。 

7月に入ると七夕。

今日は子供たちの美しい心のお話です。

美しいものを見たり、聞いたり、触れたりした時に、

私達の心のどこかで共鳴が起こります。

そして同じように、醜いものを見たり、聞いたり、

考えたりと 心に入れてしまうと、その逆もあります。

人間の心は、

何処までも、高みに登る事も出来れば、

何処までも、闇に沈むこともできます。

出来れば、私達の心の波長を 

真善美に合わせておきたいものですね。 

それが、一番自然であり、苦しまなくて済みます。 

幸せになる一番の近道だからです。

でも、落ち込んでも大丈夫です。 

それも結局は、予定調和に至る道ですから・・ 

私たちの内に居らっしゃる神様は、決して見捨てたりしません。 

何時も傍らにおられます。

さて、始めます

知的障害の兄を持つ

小学1年生の男子児童のお話。実話です。

入学式の日、その児童の席のとなりに、 

小児麻痺で左腕が不自由な同級生の男子児童が座りました。

最初の体育のときでした。 

手が不自由な小児麻痺の児童は、着替えるのに

30分もかかってしまいました。

時間がかかっても、先生は、何も言わずこの子を放っておくことにしました。

でも、二度目の体育の時間には、

この子も他の子といっしょに、きちんと並んで待っていました。 

「どうしてだろう?」不思議に思った先生は、 

次の体育の前の休み時間に、そっと教室の外から見ていました。

すると、隣の児童が、一生懸命に手の不自由な子が、

着替えるのを手伝ってあげていたのです。

そして、その子が着替え終わると、

二人で校庭に元気よく駆け出していったのです。

先生は、やはり何も言わずに見守ることにしました。 

七夕の日のことです。 

ちょうど授業参観日でした。

先生は子どもたちに願い事を書かせて、それを教室の笹に下げておきました。

お母さんたちが集まったところで、先生は、一枚一枚、短冊を読んできました。

一年生ですから、

「あのおもちゃかってちょうだい」 

「おこずかいちょうだい」 

「まんが本がほしい」

というようなことが書いてありました。 

その中に一枚だけ、こう書かれていました。

「かみさま、

ぼくのとなりの子のうでを、なおしてあげてください」

あの世話をしていた、児童が書いたものでした。 

先生は、この一途な祈りを読むともう我慢できなくなって、 

あの体育の時間のことを、お母さんたちに話しました。

小児麻痺の子のお母さんは、

「子どもがどんなに教室で、不自由しているのだろう」

「迷惑をかけているのだろう」 

「申し訳ないことをしてしまった」

と悩みながらと教室に入れずに 

廊下からじっと様子を見ていました。 

が、先生の話を聞いたとき、突然、廊下から飛び込んできました。

教室に入るなり、ぺったりを床に座り、 

この児童の首にしがみついて絶叫しました。

「坊や、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。・・・・」 

その声がいつまでも教室に響き渡ったそうです。

天の川

人を思いやる気持ちって、

本当に美しいですね。


2026年7月19日日曜日

4323「大淫婦バビロンと錆びた釘の封印2」2026.7.19

 前回4322の続きです。


――彼女は何を考えているのでしょうか?

 

安倍氏の正当な後継者は自分であると、

わざわざ強調してアピールしなければならない、

なんか事情でもあるのでしょうか?

じゃなきゃ、今年1月5日に伊勢神宮を参拝していましたけれども、

他人の夫の遺影を持ってアピールしないでしょう普通。

 

――嫌われて縁を切られた人が、

そうではないと必死にアピールしているように見えましたね。

 

それを見た妻さんはどう思うでしょうか?

 

――そうですよね

 

だって妻さんはすべての経緯を、知っているわけでしょ。

 

――そうですよね

 

じゃあ、大淫婦バビロンにとって、邪魔な人物は「もうひとり」存在するということ。

だけどそれを口に出すわけにはいかない。

 

――まさに大淫婦バビロンなのですね

 

これは気分で適当に言っているのではありません。

紫色や緋色の服に続いて、

今回、明確に存在誇示がなされたのに、お気づきでしたか?

 

――もしかして、ジュエリーベストドレッサー賞ですか?

 

そうです。

今回、彼女が授賞式で身にまとった宝石は何でしたか?

それは総額約2600万円と言われる輝く宝石でした。

約6カラットのダイヤモンド、

白蝶真珠をあしらった800万円相当のネックレス、

1カラットのダイヤモンドと白蝶真珠を装飾した

180万円相当のイヤリングを身につけましたね。 

「ゴールドカラーのハートシェイプのパール」を、

身にまとって彼女はステージで笑顔を見せたのです。

ここで重要なのは真珠なのにゴールドカラーだったということ。

 

――あ、わかりましたよ!

 

お、さすがですね!

私は当然、ここでその価格についてや、これが政治利用だとか国会軽視だとかを、

言うはずがありませんよね。

 

――それは多くの方が言っていることですもんね

 

ヨハネの黙示録第17章には大淫婦バビロンは――、 


女は紫と赤の衣を着て、金と宝石と真珠で身を飾り 


と書いてあります。

つまり、すべての条件が出揃った形になります。

間違いないですよね。

 

――間違いありませんね

 

この「大淫婦バビロン」の登場について、

アメリカの聖書根本主義派の人たちの目には

どう映ったか?

これを想像してみてください。

 

――興奮しながらも静観しているのでしょうね

 

本当に本物かどうか確認するまで、興奮する心をどうにか抑えながら、

大淫婦バビロンの「活躍」を見届けようとするはずです。

途中で止めちゃいけない。

きちんと暴走させてきちんと正体を確認したい。

本物だったら彼らは大歓喜となるでしょう。

だって聖書根本主義派なのですから。

 

――夢にまで見た光景ですもんね。

大淫婦バビロンをどうするかによって、人類の運命が左右されるということですね

 

だから私は彼女には、この美しい国ニッポンにおいて、

すこぶる本領を発揮され、

徒花として大輪の花を咲かせてほしい。

狂おしいまでに咲き誇っていただきたいのです。

これが「ジャパン・ラスト」の根幹ということになるでしょう。

 

――2026年も下半期に入りましたが、どうなっていくでしょうか?

 

ナフサが不足しているとか、

中国からはレアアースの輸出規制がかけられているとか、

ロシアからは入国禁止制裁がかけられているとか、

米中首脳会談でトランプ大統領は台湾問題に触れなかったため、

結果的に統一清和会の最後の砦は、捨てられた形となりました。

さらに6月23日、旧統一教会の解散命令が最高裁判所で確定しました。

 

――本当にかつてのABCD包囲網のような状況ですね

 

たったひとりでここまでできるのだと、私は感心すらしているのですよ。 

大淫婦バビロンは期待通りに動いています。

ならば早晩、大きな打ち上げ花火となると思いますよ。 

2026年の春節(旧正月)は2月17日でしたね。

その翌日18日に彼女の第二次政権が発足しました。

まさに「丙午」(ひのえうま)と共に始まったわけです。

「ひのえ」とは「火」を意味しますよね。

「火」とは色でいえばまさに「真っ赤」です。

彼女は赤い馬(獣)に乗ってやって来たのです。

 

――とんでもないことになってきましたね

 

これはもう三次元では解決できないでしょう。

多次元的水面下で壮絶な処理がなされるはずです。

 

――平穏無事に解決されるのでしょうか?

 

これまでずっと釘を打ち付けられ磔にされてきた、名も無き存在、

封印されてきた存在たちがたくさんいますが、

今回、その磔にしてきた釘が抜かれたので、

あらゆる面において天地開闢的な場面に、後戻りすると思います。

それは正当なる身震いであるので、目先、目の前の身震いを恐れる必要はありません。

なぜならば、その身震いは自分自身の身震いでもあるのですから。

 

――2026年後半は私たちの想像を超えた

とんでもない世界になっていくということなのでしょうか?

心して見届けて行きたいと思います。

澤野さん今回もありがとうございました。

 

こちらこそありがとうございました。

また何でも聞いてください。澤野大樹

 

__まさかのこの時代に、ヨハネの黙示録に刻まれていた言葉が、

講演会で学んだ直後に澤野さんの論説どおりに、

しかもまったく意図すらせずこのように、

巨大なインシデントとして提示されるとは,

ヨハネさんも椅子から転げ落ちているに違いありません。 

巨大なインシデントといえば、

前回の第39回青森講演会2Days終了後の翌日もまた、

蛇の目の太陽(環水平アーク)が各地で観測されたようです。 

さらには、じつは、青森講演会が終了し、その翌日に、

ゆるりと帰宅の途につきながら

緊張の糸が緩んでいたその時!

またしても意図せず、衝撃的な展開が待ち受けておりました。

あと5分で自宅へ到着という、まさにその時!

車の窓からふと岩木山を眺めましたら、

なんと!!!前回同様、

またも講演会内容とリンクするかのように

可視化されたホログラムがズバーンと現れました。 

岩木山ど真ん中頂上に、蛇の目の太陽と十字の光、

そして左側には十字架のようなものが映っており、

撮影せずにはいられなくなりました。

 

前回のリアル蛇の目太陽出現に次ぎ、

今回も、リアル錆びた釘抜かれましたシステム生中継という、

驚異的なホログラム体験で、これはもはや澤野さん論説が、

オールパーフェクトで的を射ている、というレスポンスなのでしょう。

「エグすぎる...」この一言に尽きます。

 

澤野さんは講演終了後、「時代が変わる音が聞こえた」とボソッと呟いておりましたが、

一体どんな音だったのでしょうね。

7つのラッパなのか、それは錆びた釘が抜かれた音なんでしょうか。

 

さて、第40回青森講演会2Days、目前に迫って参りました。

私もアクセル全開、トップギアで2日間突っ走ります!

今回もよろしくお願いいたします。

 

澤野大樹氏青森講演会主催 小野裕美子