2026年7月20日月曜日

4324「七夕のお願い」2026.7.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月06日の記事を紹介します。


「七夕のお願い」


毎年この季節に掲載している記事をご紹介します。 

7月に入ると七夕。

今日は子供たちの美しい心のお話です。

美しいものを見たり、聞いたり、触れたりした時に、

私達の心のどこかで共鳴が起こります。

そして同じように、醜いものを見たり、聞いたり、

考えたりと 心に入れてしまうと、その逆もあります。

人間の心は、

何処までも、高みに登る事も出来れば、

何処までも、闇に沈むこともできます。

出来れば、私達の心の波長を 

真善美に合わせておきたいものですね。 

それが、一番自然であり、苦しまなくて済みます。 

幸せになる一番の近道だからです。

でも、落ち込んでも大丈夫です。 

それも結局は、予定調和に至る道ですから・・ 

私たちの内に居らっしゃる神様は、決して見捨てたりしません。 

何時も傍らにおられます。

さて、始めます

知的障害の兄を持つ

小学1年生の男子児童のお話。実話です。

入学式の日、その児童の席のとなりに、 

小児麻痺で左腕が不自由な同級生の男子児童が座りました。

最初の体育のときでした。 

手が不自由な小児麻痺の児童は、着替えるのに

30分もかかってしまいました。

時間がかかっても、先生は、何も言わずこの子を放っておくことにしました。

でも、二度目の体育の時間には、

この子も他の子といっしょに、きちんと並んで待っていました。 

「どうしてだろう?」不思議に思った先生は、 

次の体育の前の休み時間に、そっと教室の外から見ていました。

すると、隣の児童が、一生懸命に手の不自由な子が、

着替えるのを手伝ってあげていたのです。

そして、その子が着替え終わると、

二人で校庭に元気よく駆け出していったのです。

先生は、やはり何も言わずに見守ることにしました。 

七夕の日のことです。 

ちょうど授業参観日でした。

先生は子どもたちに願い事を書かせて、それを教室の笹に下げておきました。

お母さんたちが集まったところで、先生は、一枚一枚、短冊を読んできました。

一年生ですから、

「あのおもちゃかってちょうだい」 

「おこずかいちょうだい」 

「まんが本がほしい」

というようなことが書いてありました。 

その中に一枚だけ、こう書かれていました。

「かみさま、

ぼくのとなりの子のうでを、なおしてあげてください」

あの世話をしていた、児童が書いたものでした。 

先生は、この一途な祈りを読むともう我慢できなくなって、 

あの体育の時間のことを、お母さんたちに話しました。

小児麻痺の子のお母さんは、

「子どもがどんなに教室で、不自由しているのだろう」

「迷惑をかけているのだろう」 

「申し訳ないことをしてしまった」

と悩みながらと教室に入れずに 

廊下からじっと様子を見ていました。 

が、先生の話を聞いたとき、突然、廊下から飛び込んできました。

教室に入るなり、ぺったりを床に座り、 

この児童の首にしがみついて絶叫しました。

「坊や、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。・・・・」 

その声がいつまでも教室に響き渡ったそうです。

天の川

人を思いやる気持ちって、

本当に美しいですね。


2026年7月19日日曜日

4323「大淫婦バビロンと錆びた釘の封印2」2026.7.19

 前回4322の続きです。


――彼女は何を考えているのでしょうか?

 

安倍氏の正当な後継者は自分であると、

わざわざ強調してアピールしなければならない、

なんか事情でもあるのでしょうか?

じゃなきゃ、今年1月5日に伊勢神宮を参拝していましたけれども、

他人の夫の遺影を持ってアピールしないでしょう普通。

 

――嫌われて縁を切られた人が、

そうではないと必死にアピールしているように見えましたね。

 

それを見た妻さんはどう思うでしょうか?

 

――そうですよね

 

だって妻さんはすべての経緯を、知っているわけでしょ。

 

――そうですよね

 

じゃあ、大淫婦バビロンにとって、邪魔な人物は「もうひとり」存在するということ。

だけどそれを口に出すわけにはいかない。

 

――まさに大淫婦バビロンなのですね

 

これは気分で適当に言っているのではありません。

紫色や緋色の服に続いて、

今回、明確に存在誇示がなされたのに、お気づきでしたか?

 

――もしかして、ジュエリーベストドレッサー賞ですか?

 

そうです。

今回、彼女が授賞式で身にまとった宝石は何でしたか?

それは総額約2600万円と言われる輝く宝石でした。

約6カラットのダイヤモンド、

白蝶真珠をあしらった800万円相当のネックレス、

1カラットのダイヤモンドと白蝶真珠を装飾した

180万円相当のイヤリングを身につけましたね。 

「ゴールドカラーのハートシェイプのパール」を、

身にまとって彼女はステージで笑顔を見せたのです。

ここで重要なのは真珠なのにゴールドカラーだったということ。

 

――あ、わかりましたよ!

 

お、さすがですね!

私は当然、ここでその価格についてや、これが政治利用だとか国会軽視だとかを、

言うはずがありませんよね。

 

――それは多くの方が言っていることですもんね

 

ヨハネの黙示録第17章には大淫婦バビロンは――、 


女は紫と赤の衣を着て、金と宝石と真珠で身を飾り 


と書いてあります。

つまり、すべての条件が出揃った形になります。

間違いないですよね。

 

――間違いありませんね

 

この「大淫婦バビロン」の登場について、

アメリカの聖書根本主義派の人たちの目には

どう映ったか?

これを想像してみてください。

 

――興奮しながらも静観しているのでしょうね

 

本当に本物かどうか確認するまで、興奮する心をどうにか抑えながら、

大淫婦バビロンの「活躍」を見届けようとするはずです。

途中で止めちゃいけない。

きちんと暴走させてきちんと正体を確認したい。

本物だったら彼らは大歓喜となるでしょう。

だって聖書根本主義派なのですから。

 

――夢にまで見た光景ですもんね。

大淫婦バビロンをどうするかによって、人類の運命が左右されるということですね

 

だから私は彼女には、この美しい国ニッポンにおいて、

すこぶる本領を発揮され、

徒花として大輪の花を咲かせてほしい。

狂おしいまでに咲き誇っていただきたいのです。

これが「ジャパン・ラスト」の根幹ということになるでしょう。

 

――2026年も下半期に入りましたが、どうなっていくでしょうか?

 

ナフサが不足しているとか、

中国からはレアアースの輸出規制がかけられているとか、

ロシアからは入国禁止制裁がかけられているとか、

米中首脳会談でトランプ大統領は台湾問題に触れなかったため、

結果的に統一清和会の最後の砦は、捨てられた形となりました。

さらに6月23日、旧統一教会の解散命令が最高裁判所で確定しました。

 

――本当にかつてのABCD包囲網のような状況ですね

 

たったひとりでここまでできるのだと、私は感心すらしているのですよ。 

大淫婦バビロンは期待通りに動いています。

ならば早晩、大きな打ち上げ花火となると思いますよ。 

2026年の春節(旧正月)は2月17日でしたね。

その翌日18日に彼女の第二次政権が発足しました。

まさに「丙午」(ひのえうま)と共に始まったわけです。

「ひのえ」とは「火」を意味しますよね。

「火」とは色でいえばまさに「真っ赤」です。

彼女は赤い馬(獣)に乗ってやって来たのです。

 

――とんでもないことになってきましたね

 

これはもう三次元では解決できないでしょう。

多次元的水面下で壮絶な処理がなされるはずです。

 

――平穏無事に解決されるのでしょうか?

 

これまでずっと釘を打ち付けられ磔にされてきた、名も無き存在、

封印されてきた存在たちがたくさんいますが、

今回、その磔にしてきた釘が抜かれたので、

あらゆる面において天地開闢的な場面に、後戻りすると思います。

それは正当なる身震いであるので、目先、目の前の身震いを恐れる必要はありません。

なぜならば、その身震いは自分自身の身震いでもあるのですから。

 

――2026年後半は私たちの想像を超えた

とんでもない世界になっていくということなのでしょうか?

心して見届けて行きたいと思います。

澤野さん今回もありがとうございました。

 

こちらこそありがとうございました。

また何でも聞いてください。澤野大樹

 

__まさかのこの時代に、ヨハネの黙示録に刻まれていた言葉が、

講演会で学んだ直後に澤野さんの論説どおりに、

しかもまったく意図すらせずこのように、

巨大なインシデントとして提示されるとは,

ヨハネさんも椅子から転げ落ちているに違いありません。 

巨大なインシデントといえば、

前回の第39回青森講演会2Days終了後の翌日もまた、

蛇の目の太陽(環水平アーク)が各地で観測されたようです。 

さらには、じつは、青森講演会が終了し、その翌日に、

ゆるりと帰宅の途につきながら

緊張の糸が緩んでいたその時!

またしても意図せず、衝撃的な展開が待ち受けておりました。

あと5分で自宅へ到着という、まさにその時!

車の窓からふと岩木山を眺めましたら、

なんと!!!前回同様、

またも講演会内容とリンクするかのように

可視化されたホログラムがズバーンと現れました。 

岩木山ど真ん中頂上に、蛇の目の太陽と十字の光、

そして左側には十字架のようなものが映っており、

撮影せずにはいられなくなりました。

 

前回のリアル蛇の目太陽出現に次ぎ、

今回も、リアル錆びた釘抜かれましたシステム生中継という、

驚異的なホログラム体験で、これはもはや澤野さん論説が、

オールパーフェクトで的を射ている、というレスポンスなのでしょう。

「エグすぎる...」この一言に尽きます。

 

澤野さんは講演終了後、「時代が変わる音が聞こえた」とボソッと呟いておりましたが、

一体どんな音だったのでしょうね。

7つのラッパなのか、それは錆びた釘が抜かれた音なんでしょうか。

 

さて、第40回青森講演会2Days、目前に迫って参りました。

私もアクセル全開、トップギアで2日間突っ走ります!

今回もよろしくお願いいたします。

 

澤野大樹氏青森講演会主催 小野裕美子


2026年7月18日土曜日

4322「大淫婦バビロンと錆びた釘の封印1」2026.7.18

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年7月11日の記事を2回に分けて紹介します。


「大淫婦バビロンと錆びた釘の封印1」

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。 

いやあ、しかし熱かったですね。

FIFAワールドカップ2026。

イケイケどんどんで絶賛躍動中だったサムライJapanでしたが、

全国民が固唾を飲んで見守る中、ラウンド32でブラジル代表と対戦。

惜しくも敗退してしまいました。 

そんなワールドカップと並行してここ日本では、国会が空転しております。

また、世間の耳目を集める例の問題、事件や事故、災害がこれまで以上に目白押しです。

40年ぶりの円安水準となり、株価は連日乱高下し、緊迫状態が続いています。

澤野さんのお話しを聞いている身としては、この雰囲気、そして空気感は、

まさにあの、かつてのABCD包囲網の中にいるのではないかと、思えてなりません。

ですが、未知なる新時代の到来を想起させるような、

まるで「逆革命」ともいえる事象とも重なっていて、

何ともエキセントリックで楽しみに思う自分もいます。 

さてそんな中、先日5月末に開催した、澤野さんの青森講演会では、

刺激と安心が重なり合うという、量子もつれ状態となり、

とても意義深い時間になりました。

参加されたみなさんも含めて、全力で椅子から転げ落ちたのは、いうまでもありません。

講演会終了後には、前回の「蛇の目の太陽」に続いて、

再び不思議なことが起きました。

それは後半に紹介するとして、

久しぶりに澤野さんにインタビューをすることができました。 

前回5月末の青森講演会を振り返りつつ、昨今の世の中について、

お話しいただきました。

その中でも特に今、重要だと思われる部分をまとめてみました。 

それではどうぞ!

 

――さて、澤野さん、お久しぶりですこんにちは。

改めまして青森講演会、弘前・八戸2days、本当にお疲れさまで御座いました。

全身全霊で駆け抜けたマラソンのようでしたね。

公式サイトリニューアル直後の講演会ということもあって、

内容もアップグレードされたんじゃないでしょうか?

 

どうもこんにちは。

久しぶりのインタビューですね。

この前の青森講演会からだいぶ時間がたちましたが、

今思い出してもあの時の、凄まじさというか興奮がよみがえりますよ。 

5時間を超える講演を、2日連続でやるということは、

みなさんが想像する以上に体力を消耗します。

これはフィジカルな消耗でもあり、同時に見えない精神領域の消耗も伴いますから、

その後しばらく回復期が必要になります。

 

――毎回全力を尽くすと仰っていますよね

 

いつの間にか「デカ盛りサービス」のお店みたいになってしまいましたね(笑)。 

あと私のサイトが消えたこともあり、強制的「10 Days of Darkness」を、

経たことも大きな変化だったと思います。

アップグレードと言って良いかどうかは、わかりませんけれども。

 

――前回のインタビューは5月21日でしたが、

それ以降も様々な出来事が、連日起きていますが、いかがでしょうか?

 

個々の出来事について細かくここで、語るということはいたしませんが、

ひとつ言えることがあるとするならば、

やはり「大淫婦バビロン」が確かに登場していて、

彼女がきちんと暴れてきちんとすべてを、白日の下に曝け出すということを、

つつがなく発揮させてやる必要があるのだということね。

 

――「大淫婦バビロン」はやはり、本当に現れているのですね?

 

現れていますよね。

しかも本人がその状況証拠をきちんと、ひとつずつみんなにわかるように、

誇示していますでしょ。

これはある意味良心的であると言えます。 

彼女は時に紫色の服を身に纏い、ある時は緋色の服を身に纏って、

自らの存在の霊的で神話的な意味を示しました。

 

――先日のフランスでのG7の時、奇妙な動きがありましたよね?

 

そうそう。

フランスG7サミットの日程は、6月15日から17日の3日間でしたね。

そして、この日程となぜか重なったのが、

天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギー訪問でした。

こちらの日程は6月13日から26日の2週間でした。

ここで重要なのは、「政府専用機」をどちらが使用したかです。

 

――天皇皇后両陛下でしたよね

 

そのとおりです。

この場合、そしてこの文脈においては、

政府専用機が「錦の御旗」の役割を果たしていました。

G7という晴れの舞台なのにチャーターした民間機に、乗るしかなかったあの人たちは、

このことに大層ご立腹の様子でした。

 

――政府専用機の使用については、

総理大臣よりも皇族の方が優先順位は高いのですよね

 

今回はそういった建前を超越した部分に、大きな遺恨を発生させたわけですよ。

だから、内閣広報官はSNSに

「#今回は政府専用機ではなく民間航空機を利用」と、

わざわざ天皇への当てつけとも思われる、

ハッシュタグを付けて不満を露わにしましたよね。

ということはつまり、総理はG7に政府専用機を使いたかった。

それが天皇に代わる新たな王としてあるべき形であるし、

当然そうなるべきであると彼女らは考えた。

しかし、今回は「錦の御旗」を使うことができなかった。

政府専用機を偽造するわけにもいかないわけですし。

 

――表向きにはわからない、大きな意味があったのですね

 

今、皇室典範改正案が俎上に載せられ、

何か妙に急いでいるように思えますよね。

 

――維新の議員定数削減法案の審議を、見送ってまで皇室典範改正を急いでいます

 

水面下で猛烈な権力闘争が起きていますよね。

今、今上陛下に弓を引いている逆賊がいます。

天皇に逆らう者は「朝敵」であり「逆賊」となります。

今、彼女はまさに「朝敵」「逆賊」となるか、

あるいは、錦の御旗を偽造して、

自らが玉座につき君臨することとなるかの瀬戸際でしょう。

 

――天皇皇后両陛下の欧州訪問には、どのような意味があったのでしょうか?

 

世界の王族たちと緊密に心を通わせ、

「男系男子」ではなく「直系長子」という、

世界の趨勢を確認し合ったのかもしれません。

観光で訪問したわけではないのですから。

 

――ということは、彼女としては、

今回はどうしても政府専用機を使いたかったでしょうね。

 

そりゃそうよ。

だからわざわざ内閣広報官にハッシュタグまで付けさせて、

犬笛を吹いてまでして、自分寄りの世論を惹起させようとした。

彼らは催眠術が得意だから。

 

――G7の日程と天皇皇后両陛下の、欧州訪問の日程が不思議と重なりましたよね。

これは本当に天の計らいとしか思えません。

 

どちらが先か、どちらが優先か、という表向き世界でのいろいろもあるでしょうけど、

本当は、すべてはそうなるようになっている。

しかし彼女は日程をバッティングさせるのが得意ですよね。 

アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領の国賓来日の予定日に、

衆院選挙の投開票日をぶつけて来たり。

 

――他にもあるのですか?

 

7月4日に「第37回日本ジュエリーベストドレッサー賞」の表彰式がありましたよね。

ここで彼女は「特別賞」を受賞しましたよね。

授賞式の後、記者会見があり受賞者の、写真撮影がされたのが15時10分でした。

 

――時刻が関係あるのですか?

 

ありますよ。

ほぼ同じ時刻に別の会場で、大きなイベントがあったことが報道されましたよね。

 

――何かありましたっけ?

 

7月4日から東京ビッグサイトで『安倍晋三回顧展』が開催されています。

 

――あー、そうでしたね!

 

その初日、7月4日の15時30分から16時15分まで、

特設ステージで昭恵夫人が登壇されました。

つまりですよ、ジュエリーベストドレッサー賞の授賞式と、

安倍晋三回顧展の昭恵夫人の講演の時間は、単純計算で20分しか違わなかったのです。

これはほぼ同時に重なったと言っていいでしょ。

 

――だとして何のためにバッティングしたのですか?

 

安倍晋三回顧展には、総理からのメッセージも寄せられていましたから、

表向きには協調関係だと思われているでしょう。

でも、かつての清和会でのいろいろな経緯や、

2021年後半から2022年前半にかけての、

安倍氏の態度の豹変を鑑みるならば、

これはね、回顧展の日程と時刻にわざと総理が、

ぶっ込んで来たとしか私には思えません。


2026年7月17日金曜日

4321「心が作り出す世界」2026.7.17

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月03日の記事を紹介します。


「心が作り出す世界」


空海が教えてくださったことに、次のようなことがあります。 

私達が、この世の中で見たり聞いたりすることは、 

全部、もともと私達の心の内にあるものである。 

心の中にあることしか、私達は経験できない。 

・不平不満、愚痴、憎しみ、ねたみ、

・自分さえよければ、人より優位に立ちたい、

・お金が全て

・世の中の不正に対し、常に激しい憎しみ、怒りを向けている人

そう思っている人は、その通り阿修羅の世界の中に生きて行きます。

逆に

・感謝や笑顔、

・優しさ、

・思いやり、

・助け合い、

・お陰様 

心の中がそれらで満たされている人は、

その通り美しく、優しい世界で生きて行くことになります。

これは1200年前に空海が教えて下さった真実です。 

空海が仰った 即身成仏、

私達は生きている内に、天国でも地獄でも行ける。

とはこのことです。

ですので親の生き方を見て育つ子供たちは、

親と同じ道を歩んで行くことが多くなります。

親の私達自身が心の中を天国にすれば、私達も幸せになりますし、

同じく繋がっているご先祖や、

子供たちも本当の幸せを手に入れることが出来るでしょう。

さて、それではお金もかからず、簡単に出来る

「心を天国にする方法」の一つをご紹介します。

良寛さんが大切にした「和顔愛語」です。

良寛さんは新潟で生まれました。

江戸時代末期を生きたお坊さんで、

詩人として多くの人に知られています。

良寛さんは多くの人に慕われ、愛された方でした。

その良寛さんが大切にされていたことが

「和顔愛語」(わげんあいご)という言葉だったそうです。

「和顔愛語」とは、その字の通り、

和やかな顔で、温かい言葉を口にする。ということを言います。

良寛さんは、人に与えるようなお金やモノを何も持っていなかったので、

誰かに何かをあげることはできませんでした。 

ですが自分の言葉なら贈り物にできる。

そう考えました。

ですので良寛さんの口から出てくるのは、

・温かい言葉や感謝の言葉、

・人を勇気づける言葉、

・人を明るい気持ちにさせる言葉、

・人を癒す言葉 

ばかりでした。

良寛さんの「和顔」というのは、

人への素敵なプレゼントだったのかもしれませんね。

2500年前のブッダも同じことを教えて下さいました。

ブッダの教えに無財の七施(むざいのしちせ)というものがあります。

無財の七施とはお金をかけなくても相手のためにできることですが、

その中に

・優しい言葉、思いやりのある言葉で接する

・温かい笑顔で接する

ということがあります。

笑顔で優しい言葉を口にする人の回りには、

同じように笑顔の人が引き寄せられて集まってきます。

でも、いつもいつも笑顔で優しい言葉を

かけ続けるのは大変なことかもしれませんね。

うまく笑えない時や、優しい言葉など出ない時ももちろんあります。

ですが、そうありたいと思うだけで、

後は私達の内に居らっしゃる神様が後押しして下さいます。

私達が住む地球には、次のような法則があります。

与えたものが、受け取るもの、相手に対して、厳しい言葉をかければ、

自分も同じように人から厳しい言葉をかけられます。

優しい言葉をかければ、人から優しい言葉をかけてくれる人が現れます。

良寛さんはきっと、優しい言葉をまわりに投げかけ続けた人だったのですね。

だから多くの人に慕われ、愛されました。

笑顔の良寛さんの周りには、きっと笑顔の人達が集まってきたのでしょう。

そう考えると、笑顔の人達に囲まれ、幸せになる一番簡単な方法は、

自分が笑顔でい続けることなのかも知れません。

私達も良寛さんのように、人様に愛される人間になりたいものです。


2026年7月16日木曜日

4320「与えることから始まる」2026.7.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月02日の記事を紹介します。


「与えることから始まる」


今日はマザーテレサと、ブッダのお話をご紹介します。 

幸せになるためのコツについてです。 

まずは、マザーテレサ。

財団法人富士福祉事業団 理事長 枝見太朗さんのお話です。 

<引用開始> 引用元

マザー・テレサは50年近く「貧しい人と共に生きる」という活動を続け、

それが評価されてノーベル平和賞を受賞しました。

僕は約15年間、彼女と一緒に仕事をしたのですが、

常に目の前にいる人、本当に最も身近な人を助けていました。

「お砂糖坊やの捧げ物」という有名なエピソードがあります。

マザーの孤児たちの施設「シシュ・ババン(聖なる子どもの家)」に、

ある時、裕福そうな夫婦が3歳くらいの坊やを連れて見学に来られました。

そのお父さんが「一番足りないものは何ですか?」と聞くと、

マザーは「子どもたちが食事をする時のお砂糖です」と答えました。

家に帰った坊やは、次の日から毎日のお茶の時間に、

自分の飲む紅茶に入れるお砂糖を、その分だけ小さなビンに入れていきました。

そして再びその家族が施設を訪れた時、

坊やはお砂糖がいっぱい溜まったビンをマザーにプレゼントしました。

マザーは大喜びでした。 

すでにそのお父さんから大量の砂糖を寄付してもらっていたのですが、

「お父さんからいただいたお砂糖も大変嬉しかったけど、

私はこの小さなビンに入ったお砂糖が何倍も嬉しい」と言っていました。

それからマザーは、

「あの小さな子どもが施設の子どもたちの痛みを共に分かち合って、

自分が我慢をして溜めたお砂糖は、何トンものお砂糖よりも重いものです」と

修道会でよくお話をしていました。

この「お砂糖坊や」の視点は、「持てる者が、持てない者へ」ではなく、

「共にその痛みを分かち合うことの必要性」を言っているのだと思います。

日本では「ボランティア活動=奉仕活動」と理解されています。

でもボランティア活動は、実は奉仕活動とは意味が違うんです。

それは「持てる者が持てない者へ、力の強い者が力の弱い者に施す」感覚ということです。

そんな「奉仕活動」に象徴されるような考え方が

日本の福祉の発展を大きく妨げてきたのではないかと私は思っているんですね。

「お金のある人が寄付をすればいい」と思っていると、

寄付をもらいにいく時にどうしても企業やお金持ちの家に行ってしまいます。

ところがマザーはそうじゃないと言うのです。

「貧しい人、貧しさを知っている人たちから、

少しずつでいいから、その痛みを分かち合ってもらえるような

寄付の集め方をしてごらんなさい」と。 

<引用終了>

このマザーテレサの教えてくださったことは、

ブッダの教えの、「托鉢」と同じものです。

托鉢とは、笠をかぶったお坊さんが、家々を回ったり、道路の脇に立ち、 

手に鉢をもって、その中にお布施を頂くというものです。

ブッダは、托鉢に向かう弟子たちに、こう言いました。

お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って、托鉢をしてきなさいと。

弟子たちは、驚きました。 

「お金持ちの家から、お布施を頂くのではないのですか?」

ブッダは弟子たちに、こう言ったそうです。

貧しい人たちというのは、今まで、自分が貧しいと思って、

他人に対して、施しをしてこなかった人たちである。

それ故に、貧しさから抜け出すことができずにいる。

だから私たちが布施をいただきに行くのは、このような貧しい人たちを、 

その貧しさから救ってあげるためなのだから、貧しい人の家を回って来なさい。

托鉢に金額は関係ありません。

これも宇宙の法則 、与えるものが、受け取るもの。

と同じです。

貧しさから抜け出す最初の一歩は、まず他人が喜ぶことを、

自分から、先にすることなのかもしれません。

だから托鉢は、お坊様たちが自分たちで食べるものを

もらうために行う行為ではありません

与えるものが受け取るもの、 

この言葉が意味することはひとつ。

全ては、

自分が与えることから始まるということ。 

これは、財産だけでなく、健康や、幸せもそうかもしれません。 

・健康でない時

・いじめにあっている時

・家族で病気の方がいる時

・経済的に苦しい時

人は、自分が幸せではないと思って、 

他人に対して、笑顔や、やさしさ、思いやりを、

施してこなかったかもしれませんね。。 

ですが、これを機会に、ちょっとだけ決意を新たにして、

・不平不満、愚痴、悪口を口にせず

・人の幸福を喜び

・人の悲しみに、ともに涙し 

・日々の糧を与えてくださる神々に感謝し

・苦しみや、悲しみの出来事を起こし、

魂を磨こうとしてくださる神々に感謝し

・ともに、笑い、泣いてくれる家族や友に感謝し 

一日を過ごしてみませんか

きっと運命が良い方向に向かって回転していくと思います。


2026年7月15日水曜日

4319「仏心を見る」2026.7.15

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年07月01日の記事を紹介します。


「仏心を見る」


今日も大切な心のお話。大愚(たいぐ)についてです。 

心の世界のお話は、奇跡や、目に見えない不思議な世界のことではないので、

地味で人気がないですが、一番大切なことです。

大愚と言えば、良寛さんや、西郷隆盛なども大愚と言われていました。 

人間の器が大きすぎて、些細なことにこだわる凡人から見たら、愚か者に見えたのです。

人の粗探しや、欠点や、嫌だと思う所ばかり見ず、良いところだけみてあげれば、

その人は悪人から、善人、そして味方になってくれるというお話です。 

人の悪い所ばかり目に付く人がいます。

それを見て、イライラし、自分の心まで汚してしまう人です。 

人の嫌な面を見た時

・気にしない

一歩進んで、

・気にならない

更に魂が浄化され進化した人は

・気づかない 

そんな心のお話です。 

私たちどなたの心の中にも神さまがいらっしゃいます。

私にも、あなたにも、夫にも、子供にも・・ 

そして相手の心の内に、神様(良き心)だけを見ることができれば、

まさに今生きている、この世界において、全てが調和し、全てが幸せで、

みんなが笑って暮らせる、平和な世の中に変わることでしょう。

そして、生きながら、天国に住めるでしょう。。

また、私たちの心の中には、

神さまがいらっしゃると同時に、悪魔のような心も存在ます。

それを

・仏心、

・鬼心

と呼びます。

これはどんなに素晴らしく見える人でもそうですから、

人を一面だけ観て判断することはできません。

自分で勝手に相手を理想化しておき 

崇めたてまつっていた人の一瞬の鬼心を見た途端、 

今までと正反対の、好きだった時と同じ強力なパワーで

・憎しみの心、

・嫌悪の心が

芽生えることもあります。 

表裏一体なのです。

さて、以前記事に書いたのですが、

良寛さんのお話に良い例がありますのでご紹介します。

<引用開始>

越後国(えちごのくに)(いまの新潟県)で生まれた、

良寛さんというお坊さんがいました。

生涯貧しい暮らしをしていましたが、

その言葉は常に人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。

だから、多くの人に慕われています。

そんななか、良寛さんを妬んでいた人がいました。 

村一番の嫌われ者だった渡し船の船頭で、大酒飲みの乱暴者。 

船頭は

「いつの日か良寛が自分の船に、一人で乗ってきたら落としてやろう」と 

考えていました。 

幸か不幸か、その日はすぐにやってきました。

そして、川の半ばまで船を出し、

ゆらゆら揺らして良寛さんを船から落としてしまいます。

良寛さんは泳げません。 

だから、おぼれかけて死にそうになる。 

船頭も殺すつもりはありませんから、「もう、これくらいで勘弁してやるか」と、

良寛さんを引っ張り上げる。

すると、良寛さんはこう言いました。

「あなたは命の恩人だ。

助けてくださってありがとう。 

このご恩は一生忘れません」

良寛さんだって、船頭が船を揺らしたのはわかっていたでしょう。 

村の評判だって聞いていたはず。 

なのに彼は助けてもらった、お礼の言葉しか口にしませんでした。

そして船頭は、その良寛さんの人を信じる気持ち。 

こんな自分でも信じて感謝してくれる気持に心が震え、

その後、真人間になることを決意しました。

「太陽」のように争うことなく問題を解決する。 

それが良寛さんの相手の心に神さま(仏心)を見る 

「実践」でした。

<引用終了>

良寛さんの言葉はつねに人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。

だから、多くの人に慕われていたのだそうです。

そして、上の逸話では、良寛さんは相手の悪意を知ってはいても、

それを攻め立てたりはしませんでした。

相手の鬼心を見ようとせず、仏心、神さまの心にだけ

スポットライトを当てて見ていたのでした。

だから「あなたは命の恩人だ。助けてくださってありがとう。

このご恩は一生忘れません」という言葉が出たのですね。

その結果、悪意を持っていた船頭の、心の良き部分に光が当たり、活性化され、

船頭は真人間になることを決意することが出来たのです。

船頭の外見の行動は、人を船から落とすという乱暴なものでしたが、 

良寛さんは相手の内に神様を見て、そこに意識を移し(フォーカスし)、

活性化させたのでした。

これは私たちの意識の科学です。

私たちが何か意識するだけで、そこにエネルギーが流れ込みます。

(私たちは本来、神さまと同じ力を持っていますから、神さまと同じことが起こるのです。)

例えば、人の悪いところが気になり意識していると、本当は小さな小さなことなのに、

過大に悪しきことが評価され、自分にはその悪い面しか見えなくなります。

相手も、そう思われていることに、無意識に気付いていますから、

自分のことを「悪」と観ている人の前では、 

「悪」、もしくはさらにパワーをもらい、「極悪」としてふるまってしまうのです。 

その極悪人と言う役目を、私たちの無意識から、受け取ったからです。

ですから、悪しきことには、意識を向けないことが大切なのです。

これを「悪」ではなく、どこか良いところを探し、相手の「良き心」を意識すれば、 

これと逆の現象が起こり、その人は、天使のような慈悲の人となることでしょう。

ですから、私たちが、どの部分に意識を向けているか?

それはとても大切なことなのです。 

相手を一瞬で変えてしまうからです。

・自分に乱暴を働く者、

・悪口を言う者、

・敵対心を抱く者、

・嫉妬している者、

・ねたんでいる者、 

そんな人たちの内側の神様を見ることは、難しいことかもしれません。

ですが、そのような人たちも、家に帰れば、もしかしたら

・子供たちにとったら良い親かもしれません

・病気のご両親の世話をしている良き子供かもしれません

・旦那さまを愛する良き妻かもしれません

・子供を守ろうと、少し意識が過剰になったのかもしれません。

・出がけに旦那さまとケンカしてイライラしていたのかもしれません

・昔自分が失敗したのと同じような失敗を私たちがしたため、トラウマがよみがえったのかもしれません。

・子供のころ親に虐待されていたのかもしれません。

・つい最近リストラされたのかもしれません

・最近、大きな病気が見つかり不安心が心を覆っていたのかもしれません。

つまり、これらのことは相手の心の中の問題であり、

私たちには全く関係のないことです。

私たちが相手の状態(相手の喜怒哀楽)により、右往左往される必要はありません。

それが今、相手に起きているのは、

私たちとは全く関係ない理由で起こっているからです。

私たちができることは、私たちの心をいつも穏やかにしておくこと、

感謝の気持ちで満たしておくこと。

自分のことを「良き人」と見てくれる人に対し、自分のことを信頼してくれる人に対し、自分に感謝してくれる人に対し、どのような極悪人であろうと、

善人にしかなれなくなるのです。

ですから、相手の内に神さまを見ること、仏心だけを見ること、と言うことは、

非常に重要で、自分も相手も、慈悲の人に変えてしまうほどのパワーがあるのです。

その後の私たちの生きる世界を天国に変えてしまいます。

私たちは、理不尽な相手の言葉や態度に怒るのではなく、

まずは、相手の内にも、神様(仏心)がいらっしゃると信じてみて、 

それで相手の中に、何か良いところ(仏心)を見つけようとしてみる。 

それは、とても大切なことかもしれませんね。

そしてもう一つ大切なこと。 

誰かの悪口を、こそこそ隠れて、他の誰かに告げ口することは、

自らが仏心を見ずして、鬼心しか見ていないということと、 

更に、善意の誰か(告げ口した相手)に疑心暗鬼の毒、 

鬼心をクローズアップさせるという罪に繋がります。 

自分が見ている鬼心を、善意の誰かに押し付ける行為です。 

これは神さまの心とは程遠いものです。 

美しい心は、住む世界さえ美しいものに変えてしまいます。 

どんな時も、相手の内に仏心を見つけ、

感謝の心で、人とのお付き合いをしたいものですね。 

最後、良寛さんに戻ります。 

相手の悪い面(鬼心)を見ても 「気にしない」。 

更に進んで「気にならない」。

更に進化の進んだ人は、「気づかない」。

つまり、自分の意識にすら上りません。 

大愚であった良寛さんは、きっとこの境地まで達していたかもしれません。 

心がピュアで、子供のままの心、人を疑うことを知らない心、純真な瞳、 

周りにそんな人はいませんか? 

きっと見つかると思います。 

見た目は愚か者に見えるかもしれませんが、もっとも神に近い存在です。


2026年7月14日火曜日

4318「願いを叶える言霊」2026.7.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月29日の記事を紹介します。


「願いを叶える言霊」


山幸彦の神様としての意識を保持して生まれて来た小学生の神様トキ君が、

願いを叶える言葉を神様から教えていただいて、 それを実行し始めたそうです。

(トキ君の場合、1日1万回だそうです) 

1日1万回、その言葉を唱えることで願いが叶ってしまうそうです。 

その言葉とは・・・ 

ありがとう 

その詳しい理由を、私も以前記事にしていましたので再掲します。 

今日のテーマは「現象化する言葉」ということで、小林正観さんのお話を紹介します。

<引用開始> 引用元

空也上人

「言葉が現象化する」と言うと、多くの場合、誤解されている部分があるようです。

「こうなりたい。ああなりたいと口に出して言うと、それが実現する」という誤解です。

「言葉が現象化する」というのは、

たとえば、神社仏閣に行って、良縁祈願というものをお願いしたとします。

・いい人と出会わせてください。

・いい人と結婚したいのです。

・素敵な人と出会わせてください

と100回お願いをしたとします。

そうすると、その言葉をまた言いたくなるように現象化します。

つまり、いい人や素敵な人には、いつまでたってもなかなか出会わない、

という現象が起きるのです。 

同じように「商売繁盛をお願いします」と千回行ったとします。

千回それを言ったことによって、

また同じ言葉を千回言いたくなるように現象がセットされます。

言ったとおりの言葉をまた言いたくなるように、

言った数と同じ数だけ、また言いたくなるように、

宇宙では現象化が始まる・・・というものです。

聖書の中にこんな言葉があります。

「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき」

「言葉は現象化する」という宇宙の大法則を述べたもののような気がします。

これも、

その言葉を言ったらその言葉が実現する、というものではないと思います。

「言葉が現象化する」というのは、

「その言葉をまた言いたくなるように、現象がセットされる」

というふうに、私の認識の中ではとらえられました。

これは神社仏閣に行ってお願いごとをする、そういうことを要求するということが、

ほとんど意味をなしていないということにもつながっています。

では「言葉が現象化する」、

つまり「その言った言葉をまた言いたくなるように現象がセットされる」のであれば、 

最も効率の良い言葉は何でしょう。

たとえば「うれしい」という言葉を一年間に千回言ったとします。

そうすると、その「うれしい」という言葉をまた千回言いたくなるように、

来年は現象がセットされます。

「楽しい」という言葉を、二千回言ったとします。

その「楽しい」という言葉を、また二千回言いたくなるように、現象がセットされます。

「幸せ」という言葉を、年間三千回言ったとします。

その「幸せ」という言葉を、年間三千回言いたくなるように、現象がセットされます。

一番効率の良い言葉は、

・ありがとう

・ありがとうございますです。

「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉を、年間一万回言ったとします。

そうすると来年

・ありがとう

・ありがとうございます

という言葉を、また一万回言いたくなるような現象がセットされ、

次々に降ってくるのです。

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

という言葉を、何千回何万回と宇宙に向かって言ったとすると、

その言葉を同じ数だけ言いたくなるように、宇宙の現象がセットされます。

そして、

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

と言いたくなるような現象が降ってくるのですが、

それがどんなことであるのかは、わかりません。

だから楽しいのです。

おもしろいのです。

そして、ワクワクします。

ドキドキします。

このワクワク感、ドキドキ感というのは、

何にも代えがたい、おもしろさであり、楽しさです。

<引用終了>

これはまさに「波動の法則」そのものです。

自分の今、全宇宙に発振している、周波数(波)が、どこかの誰かに必ず、

共振現象を起こし、その波長にふさわしい現象や人を引き寄せる・・

そういうことです。

「何々してください」という祈り、願いは、

飢餓感、欠乏状況の波動を発信していることになります。

飢餓感、欠乏感のある人に受信され、増幅され、ますます、その状況が拡大して、

自分に戻ってくることでしょう。

ですから、「ありがとう」という感謝の心は、どんな時も、重要な役割を果たします。

「ありがとう」と感謝の心を持つ人には、感謝の心を持つ人が呼応し、

あたたかな人、現象、救援、救助の手が差し伸べられることでしょう。

それに対し、

・良い人と出会い、結婚さえできれば

・お金さえあれば、お金ができてから・・

・時間さえあれば

・病気さえ治れば

そのような、他人や、物に依存する心を持つ人、現状に不平不満を持つ人には、

同じ波長の人が、その波をキャッチして、周りに集まってくることでしょう。

ますます、同じ波長、現象が強化され、固定化してしまいます。

神々の恩寵は、人間の「感謝の心」を媒介にして、現象化するといわれます。

どんな状況かであろうと、「ありがとう」と感謝の心を持つ人は

同じ現実の中にあっても、

神さまの光に包まれ、幸せな人生を送っていることでしょう。

それが、空海が教えてくだ会った

「即身成仏」

つまり、生きている間に

・天国に住む

・地獄に住む

ということです。

生きながら地獄に住む人とは、常に心に、

・不平不満

・愚痴

・悪口

・疑心暗鬼

の心を持つ人です。

生きている間に「地獄」に住んでいらっしゃる方は、

亡くなったからと言って、天国に行くわけではありません。

心の状態そのものが、肉体亡き後に、自分の周りに現象化するからです。

逆に、同じ環境に置かれていようと、「ありがとう」の感謝の心を持つ人は、

亡くなった後、直接天国に直行し、あたたかな心の人たちに囲まれ、 

幸せな境遇に暮らすことでしょう。

それほど、心の在り方、、というのは大切なことです。

どんな時も、どんな境遇に置かれても

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

の心でいたいものですね。

皆さんも是非、普段から「ありがとう」の言葉を連発して、幸せを掴んでください。 

きっと神様が願いを叶えてくださいます。