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2020年9月14日月曜日

2137「冥府」2020.9.14

 9月13日は澤野大樹さんの講演会でした。「ヤハウェ666降臨後の世界」と題して4時間の濃厚な未知との遭遇の時間を楽しみました。お話の内容は予想だにしない展開でしたが、これから究極のクライマックスがスタートする事を予感させるものでした。
 講演会後の懇親会も大いに盛り上がり和気藹々楽しい語らいを満喫出来ました。その会も終わりの21時頃にメール着信に気づきました。あわ歌の中山博さんのサポートをされている岡田さんからのものでした。

「あわうたさんは、
9月11日 23時53分
ご自宅で、ご家族に看取られ、旅立たれました。
食事を取らなくなって約一ヵ月、
その後水分を取らなくなって一週。
余分を無しとしたお身体でした。
「この世は、嬉しく、楽しく、皆様が送らねばなりません   」
       8月23日
終始変わらぬお伝えでした。
    (岡田)」

 中山さんは、全国88ヶ所巡りを終えられた今年5月中旬から、闘病生活をされていました。そしてついに旅立ちの時を迎えられました。この11日に旅立たれる前の10日か9日だったと思いますが、珍しく中山さんと巡りをしてお話しをしている夢を私が見たのでした。翌朝にTさんにその夢の事を伝え、そろそろ冥府に行かれるのかもしれない、と話していたのでした。
 この度の訃報に接し、ご冥福をお祈りいたします。そして、これまでの数々の教え、諭し、導きに感謝申し上げます。

 中山さんとのご縁は2008年6月25日でした。最初に頂いたお言葉は以下です。
「大事な事をお伝えいたす。
 この地にありしは古き霊なり。
 篩いて篩いて多くが新しきと成りたり。
 これより起こるこの地の変化に古くは多くの芥を受ける。
 新しきと成ること早きに分かりて頂きたし。
 この事を告げる御役をお願い申す。」

 そして最後にお会いしたのは2019年11月9日です。その時は80日間の全国行脚の始まりを仙台からスタートされる時で、大いなる新生の響きを拝受しました。その時の中山さんの姿です。


 お言葉として是まで記録を見るとなんと238回頂いていました。最後は2019年5月30日のあわ歌会(中山さん病気回復後最初の歌会)の時です。そのお言葉です。

「立ちてのぼ(上)りて、大きなる広き身を、遥かなると繋ぎて、
 これよりの新しき生みいだされませ。全き新たの時なり。」

 最後は死を覚悟しての断食をされたとの事。並々ならぬ覚悟の上、使命を全うすべく最後まであわ歌中山博のカツマを全うされた事は新生世界の誕生に繋がる様に思います。これまで共に活動させていただいた数々の事が浮かびます。中山さんご苦労様でした。ありがとうございました。ゆっくりされて下さい。

 以前にも紹介しましたが皆さんへの2020年8月23日の最後のメッセージを付記します。
『皆様に 伝えてください
申し上げます
このメッセージは ここにいる中山さんを通して 世界中に お伝え願いたい
一字一句 間違えることのないように 字は関係ない

このことは この人が長年に渡って 一生懸命つながりをつけて来て 皆様に伝える用意をしたものです
分かりやすく 言ってます
これは これまで伝えて来たものと 変わりはないです
この中山を変えつつ あたらしくする為のものです

この地球上においては 明日より 一切変わります
変わって行かないと この地球上は進んで行きません
進んで行くということは 皆さんの生活にとって 重要な事です
生死をかけた事なのです
ですから 伝えてください
皆様は そう思ってませんが 必ず変動して行きます

この世は うれしく 楽しく 皆様が送らねばなりません
このままでは いけません
この諸々の文化的と 言われている生活は 変動します
変わります 劇的に変わります

仕方ありません
いち早く やるべきだったが 遅きにしたことが 多々あります
それは 今までに ここで生きて来た 我々の責任です
なんとか 変えて行きたいものです

さあさあ 皆さん
このメッセージを聞いて ご自分の身の上を考えてください
充分に注意して 行動してください
  (2020・8.23・21:15)」

2020年8月24日月曜日

2129「地蔵盆」2020.8.24

 8月24日は何の日かな?と調べると地蔵盆とあります。
「地蔵盆とは、8月23日、24日に行われる、子供の無病息災を願った地蔵菩薩のお祭りのことです。主に関西地方で盛んで、関東では見られることが少ない風習の一つです。お寺や神社のお祭りと異なり、街角のお地蔵様のお祭りです。お盆の時期に行われることから、その名前がついたといわれています。
 お祭り前日には大きな縁日が立ちます。町のお地蔵様をきれいに洗って、前垂れをつけたりとおめかしして、灯籠や供物をあげたり、付近の家なども提灯で灯りをともします。子供のためのお祭りで、このお祭りを最期に、夏休みも終わりに近づき、新学期へ向けて準備を始めるという関西の家族も多いといいます。
地蔵盆の実際
 地蔵菩薩は、賽の河原で石を積む子供たちを守り、得を与えて成仏させる神様として大切にされてきました。お祭りの当日にはきれいに飾られた地蔵の前にたくさんのお菓子やおもちゃなどをお供えし、集まってくる子供たちにふるまわれます。数珠回しと呼ばれる、直径2メートルほどもある大きな数珠を子供たちが囲んで、順番に回すなどの独特な風習もあります。現在では、過疎化、少子化などに伴い、地蔵盆に集まる子供が減少したり、大人の仕事の都合などから、土日にイベントとして行われる地域も増えています。」

 東北では馴染みの無い行事です。そんな中、Oさんからメールがありました。それはあわ歌の中山博さまからの緊急メッセージです。以下、紹介します。

「ご無沙汰しています。
 これは昨夜、病床のあわうたさんから、多くの皆様に伝えてほしい、と託された
メッセージです。お読みくださいませ。

「皆様に伝えてください。
申し上げます
このメッセージは
ここにいる中山さんを通して世界中にお伝え願いたい
一字一句間違えることのないように、字は関係ない。

この事はこの人が長年に渡って一生懸命繋がりをつけてきて、皆様に伝える用意をしたものです。わかりやすく言ってます。
これはこれまで伝えてきたものと変わりはないです。
この中山を変えつつ新しくするためのものです。

この地球上においては明日より一切変わります。変わって行かないとこの地球上は進んでいきません。進んで行くということは、皆さんの生活にとって重要な事です。生死をかけたことなのです。
ですから伝えてください。
皆様はそう思ってませんが必ず変動していきます。

この世は嬉しく  楽しく
皆様がおくらねばなりません。
このままではいけません。
諸々の文化的と言われている生活は変動します。
変わります。劇的に変わります。仕方ありません。

いち早くやるべきだったが
遅きにしたことが多々あります。それは今までに
ここで生きてきた我々の責任です。
なんとか変えていきたいです。
このメッセージをきいて、ご自分の身の上を考えてください。
充分に注意して行動してください。  
2020・8.23.21:15」

あわうたさんはほとんど歩けず、20日間ほど食事が取れない日がつづいていました。
それでも「断食開けの大根汁から始めたらいいかな?」と。

O.T」

2019年12月22日日曜日

1893「あうわ5」2019.12.22

 11月9日に中山さんからこの間の経緯を示す大事なお言葉をコピーして頂けました。そ
れは、先に紹介した10月15日のものに続く、それ以降のものです。

・2019年10月18日 0:49
「沢山お話ししたきことがあります。
 本日のこの時にお聞きください。
 この身に入りて、これよりなし行く事々、実に不可思議なる事です。
 このうたかたの世、そのものがなんとも不可思議なるものでございます。
 多種多用なるものが生きておりて、それぞれただ生まれて、死にゆくこと、何のためかも知らず、この地球とは何かも知ることなく、ただただなり。
 しかも一心にはあらず。己の欲のみなり。
 その為、苦しみのみありて、己がその中にて迷い、解決せんとなして、なお苦しみ行く。
 自力を頼りて他力を知る事なし。
 宇宙の深遠なる力をもちて、生き行く楽しみを知る事なし。
 これより、この身が発し行くは宇宙の深遠なる力を伝え行くものなり。
 不変なり。この音、この響き、この光は全てを統べるものと伝えてあるなり。
 分からぬは、このうたかたの人として、この身を見る故なり。
 神にあらず。人にあらず。宇宙の不変、深遠の力を伝えゆくものなり。
 よくよく、それぞれの身心で捉えて下されよ。」

・2019年10月22日
「この日を迎えたるこの身は大きなる喜びなり。
 これより発す「あうわ」を全てとなして、遥かへと参り行く。
 皆々様方、これまでのご支援、感謝。
 さらなるは強く、太く、大きく、広きなり。
 この身は果て無きとなりて、このうたかたの基準と合わず。
 大きく外れ、すさまじき。ただ一人進む。」

・2019年10月23日 9:00
「宣告
 皆々様方へ告げる。
 この身はこれよりその大宇宙へと召され、多くの宇宙と全くひとつとなる。
 如何なるかと申すと、響きが千変万化、あらゆるへと伝われゆく。
 その響きは如何なるものか計り知れず、大きく、強きとなり、広きなり。
 はるけきへと響き行くこと、ご承知願う。
 この響きにて宇宙の全て鎮めんといたすなり。
 共々なり。荒むも荒きも、古きも皆々、ひとつの響きの中へと参る。
 新たなる日は近きなり。参られませ、参ろうぞ。」9:10

 あわ歌の中山博さんと私が縁したのは、2008年6月25日でした。その時、初めてあわ歌を仙台の中山歯科で拝受しました。それ以来11年半が過ぎましたが、その間、中山さんの歌の変化、変遷は多々あり、自分でも歌う様になり、その都度、体験させて頂きました。
 そして今回はあわ歌も無しとなり、究極の響き「あうわ」となりました。変わる事を恐れることなく、その時の己の役割を淡々と果たして行く姿は大いなるものです。
 私が最初に頂いたお言葉は以下でした。
「大事な事をお伝えいたす。
 この地にありしは古き霊なり。
 篩いて篩いて多くが新しきと成りたり。
 これより起こるこの地の変化に、古くは多くの芥を受ける。
 新しきと成ること早きに分かりて頂きたし。
 この事を告げる御役をお願い申す。」

 今もこの言葉がそのままの様に感じます。引き続き、縁する皆様方に新しくなる事をお伝えしていきたいと思います。

2019年12月21日土曜日

1892「あうわ4」2019.12.21

 中山さんはまだ無理ができるお身体ではありませんが、とても意欲的で、深き、熱き思いでいらっしゃいます。
 15日に伝えられたメッセージについてのお話や、皆様からの質問に答え、皆様のお力とひとつになれたら、嬉しきパワーが増して、より、光輝いていけるかと思います。
 皆々様是非ご参加くださいますようお願いいたします。
 なお、参加申し込みは各地の主催者にお願いいたします。
 他に不明な点は岡田にご連絡くださいませ。
 また、バタバタと歌会を取り決めさせていただきましたが、皆様の前向きな行動力のお陰で実施することができます事、ご協力いただいた皆々様に、この場を借りて、心から感謝を申し上げます。
 ありがとうございました。岡田 090 8862 9506  」

 以上の経緯を踏まえて11月9日に中山博さまを仙台にお迎えしました。
 私は遅れて参加しましたが、会場の外には驚くべき響きが聞こえていました。中山さんは見るからに元気ではつらつとしています。5月末に仙台でお会いしたころと比べると少しふとまり活力が漲っています。嬉しい再会です。
 参加された皆さんが次々と「あうわ」の響きを拝受しています。もうすでにこれまでのあわ歌とは明らかに違います。次元が変わったという感じです。この響きは理屈ではなく、心身丸ごと体感して、新たな能力を起動させる、開花のエネルギーの様です。



 何人かの「あうわ」の響きを感じましたが皆さん違います。私の拝受の番が来ました。
正面で中山さんと対面して拝受です。「あうわ」が9回響きます、そして3回共に響かせます。外から、内から響き合い共鳴して、細胞の隅々まで振動が伝わっている感じです。中山さんの「あうわ」は信じられない音量、音響で凄い!の一言です。

 実は、会場に生体エネルギーの仕掛けをしています。90センチ四方の石膏ボードに生体エネルギー建築資材トワXを添加した漆喰を塗ったボードを立てかけています。ようやく中山さんがそのボードに気づいて何かと尋ねられました。
 石膏ボードは産業廃棄物で作られていて健康に良いものではありません。しかし現在の建築には欠かせない、多用途に使用されるものです。そのマイナスをカバーしより能力のある放射エネルギーを発する機能を担うのがトワXです。これは7年前位まえに発売されたものです。
 最近、石膏ボードの2次加工した「リラックスウォール」が大阪の生体仲間の石見太田工業が製品化したものが発売されました。それを使用して漆喰にトワXを塗布し固めたものが4枚あります。
 それをのボードで囲んで響かせてみようという事になりました。八枚で囲われた中に中山さんと拝受の方が座り同様に「あうわ」を響かせて頂きました。これまた驚きの響き、反響です。中山さんも驚嘆していました。ボードの中は特別な空間エネルギーが充満しています。心身の能力、機能を飛躍的に高めているのです。
 中で拝受した方もびっくりです。心身が蘇生して活性化したようで身体が熱く、元気充実しています。中山さんの機能が高まり、発する音にも力量位の加算がされた様に思いました。



 予定した14人の皆さんが終わりました。歓談をして久しぶりの再会を楽しみました。


最後は皆さんと恒例のお蕎麦屋さんで夕食会です。中山さんは牡蠣なんばん蕎麦がお気に入りです。食欲も旺盛でぺろりと召し上がりました。元気そのものです。
 伺うと80日の全国行脚が実質的にここ仙台から始まりとのことです。明日は山形での歌会で、2019年12月末までの長丁場です。病体を押してお役目を果たされる覚悟は感嘆です。果たして満願成就が出来た暁には、次なる展開が起きるのか楽しみに見守りたいものです。

2019年12月20日金曜日

1891「あうわ3」2019.12.20

 2008年8月に、那須茶臼岳で、あわ歌の儀式をされてる時のあわうたさん。両手を上げて唱えてます。


 その言霊を唱える時に、「ト」の形に近い動きをしてるのが、次の動画です。
"光たる山〜 清き川〜"のところでは、胸の前で合掌しています。そして、"すべてを受ける海に〜"のところでは、両手を水平に広げます。
 そして、"いつくしみ〜"と唱えながら両手をYの形にして行き、"気をあつめ〜"で、頭上で両手を合わせます。
 そして、気が集まったと思ったら、"うれしきと なす〜"と唱えながら、一気に両手をお腹の前まで下ろして、手のひらを下にして大地に感謝するように手を広げます。
 この動画は、道路上で撮影したものですから、一回しかしていませんが…. 出来ましたら、柏手を打ってから、三回繰り返して言霊を唱えるようにお願いいたします。
 山川海…自然が喜ぶますよ〜


那須連山

2019-10-19 20:09:13「八十日 伝えて回る」
あわうたさんは、病気療養中の身でありながらも
すこぶるお元気で、お声も響きも絶好調そのものです。ご自身も、"どうなってるのかなぁ?"と、不思議そうです。
 そして、10月15日です。その日は"終日しずまりて行うことなり"と伝えられ、那須の地で迎えました。
 その場には、岡田さんと一緒に僕も立ち会わさせて頂きましたが、記録を取られた岡田さんから、下記の内容のご連絡がありましたので、そのまま掲示させて頂きます。
「中山さんは療養を続けながら、多くのメッセージを受け取ってまいりました。
 この度は中山さんの誕生日であった、「10月15日には、全てを伝える」との事でしたので、構えて準備し、多くのメッセージを受け取りました。

皆様に主に三つの事をお伝えいたします。
1. 新たな水の道
2. ひびきで髄液を変える
3. 地球を取り巻くさまざまな人の思い
です。要約し過ぎですが、とてつもなく大変な事です。それぞれあわうたさんが各地をまわり、大きく働きゆく事になります。

また、10月8日には「八十日伝えてまわり」のメッセージ受け取っており、15日には再び、脊髄にひびきを届ける重要性を伝えられました。
 前記をうけて、11月・12月で全国で歌会を行う事にいたしました。
 現在決定している歌会会場をお伝えしますので、ご縁のあります方々、是非響きを受け取ってくださいませ。今回は一日20名までとさせていただきます。

11月3日:東京神田
11月9日:宮城県仙台
10日:山形
11日:栃木県那須
18日:大阪市住吉武道館
19日:滋賀県米原
20日:大阪府天王寺
21日:広島県三次(みよし)
24日:福岡県北九州市
25・26日福岡県博多
12月2・3・4日長崎県
8日:東京
10・11・12日熊本県
以上です。

2019年12月19日木曜日

1890「あうわ2」2019.12.19

 あわうたさんと、今回のメッセージについて打ち合わせをさせて頂きました。
そして、那須のあわ歌会(9/9〜10)で、その響きも頂戴しました。僕の時には大音響の響きでした!


 あわうたさんと打ち合わせをする
「あうわ」は、天の恵みを人体が受けて地に戻すという「気」の流れを意味してる!と云われ、その形が両手を広げてる「ト」の文字です。
 今までは、このブログを訪れて下さってる皆さんも、あわの歌をいろんな場所でうたい、響かせてらっしゃる事と思います。
 今回のこのメッセージでは、「あうわ」の大切さを教えていて、あわの歌とともに、「あうわ」も唱えて下さい!という教えです。
 あわの歌に続いて、あうわを唱える流れです。
 もし、時間的な余裕が無い場合には、「あうわ」だけでも唱えられる事をお勧めします。
そして、その時に「ト」の形で!
 つまり、両手を広げて「Y」の形で、「あうわ」を唱えて欲しいのですが、「あうわ」の音の長さや高さは、ご自由にされて下さい。
 「あうわ」を、一息で響かせてもいいですし、一音ずつを一息でも、二息にまたがっても構いません。
 そして、その回数も、その時その時で、自由で良いのです。そして、出来ましたら、より大きな音で「あうわ」を響かせて頂きたいのです。
 この「あうわ」を響かせることにより、宇宙が地球が喜ぶと云われます。
つまり、我々の「あうわ」の響きがオーバーに言えば、地球を救う事にも繋がるのです。
 是非、皆さんも気持ちいいですから、発してみて下さいね。

2019-09-11 20:48:26
両手を上げて唱える「ト」の形は…
 皆さん、メールやお電話でもコメントをありがとうございました!  岡田さんにもたくさんのメールが届いてる!と、ご連絡を受けました。
「あうわ」を唱える事の素晴らしさに共感して頂き、とても嬉しく思います。
両手を上げて、言霊を唱える方法は、実は今から11年前の2008年3月に、スタートしました。
 それは、次のメッセージが降ろされたからです。


山川海に感謝を捧げる「言霊」

 この言霊は、2008年3月9日に降ろされたものです。
 東京に住む高木さんは、当時、上野駅近くに貸しビルを有し、屋上の看板は首都高速道路から目立つ貸し看板として、年間100万円を超える収入があり、かつては"英会話のノバ"に貸していたのですが、そのノバが倒産した時に、他社からの看板希望があったのを断り、「光たる山…」の言霊を看板に書いて、ずーっと掲示されてました!
 "あの看板は何だぁ!"と、ずいぶんと反響があったと、高木さんは大いに満足されていたのを、思い出しますが、期間はどのくらいだったのか?
 二年間くらい掲示されてたのかも知れません。

2019年12月18日水曜日

1889「あうわ1」2019.12.18

 2019年10月15日の夜にあわ歌の中山博さまから電話を頂きました。久しぶりにお聞きする声はすこぶる張りがあり響く元気な声です。前回、お会いしたのは今年の5月30日ですから5か月ぶりです。
 中山さんは1941年10月15日生まれで78歳の誕生日の日です。あわ歌の活動拠点としてかつて居を構え、3年間過ごした那須は支援者の相馬様が住んでいて何にかとサポートしてくださっています。この誕生日も那須で中山さんと秘書的に支援して下さっている岡田さんと相馬さんとで迎えられたようです。

 電話では中山さんから色々お話しして頂きましたが要点は以下の様でした。
「全てを伝えるという事で今日、那須に皆さんと集った。そこで言われた事は、色々今起きている事は、来年はもっと凄い事になる。大きく纏めると次の3点になる。
① 水を大事にし、それぞれの水脈を認識して良い水を使う様に。皆がその意識でする事。
② 響きは新しくしているので、その響きで髄液を振動して変えている。その振動をしっかり伝える事。
③ 地球を取り巻く怨念を早く払いたい。その為に色んな場所で響きをする事。今年中に何とかしなさい。

 以上を受けて10月15日から80日間、12月28日まで全国、北海道から沖縄まで巡る。身体が癌だとか言っている場合でない。身体を忘れて出来る事はする。
 ついては仙台で11月9日に響きの会を開催してほしい。」

 私は丁度、その日はうまい具合に予定が無く空いています。是非とも仙台にお越し頂きたくお願いいたしました。
 この間の中山さんの活動の経緯については相馬さんの「光と響きとあい」に記されています。そちらを引用してお伝えします。

「2019年9月8日 中山博さんあわ歌メッセージ
皆々に伝える 「ト」の教えと「あうわ」
9月8日、あわうたさんが降ろさせれたメッセージです。

「さあ  まいるぞ  まいろうぞ 皆々様方  この身  正午を期して
全き  あらたと  成り行きて この地のものに  知らせ す
あーーー あーーー
これぞ  「ト」の教えに  申す力なり 
見事に  たどり着いたるは 前代未聞  空前絶後の  快挙なり めでたきなり
あうわ          xxx xxx xxxx
あうわーー  あうわーー  あうわーー
すなわち  この身は  宇宙の  ひとつぞ 最高なる  ひびきを  発しゆく 身ぞ
あうわ  とともに  送るなり 
全てを  粉砕  流して  消してまいる 大きなるなり
人には  その一部にて  なおしゆく 日に  何百人でも  いたすぞ 
これより  勇躍  大活躍 あうわ まことに  うれしやなぁー
大三元なり  整いたり
みなみな  うつろいて  これよりは   この身の  あうわ の呼び声に 合わせませ 」

「ト」
人が両手を上げてる形 古代文献「ホツマツタエ」の中に、「ト」の教えがあります。

フトマニ図
中心に描かれてる3つの文字が、「あうわ」であり、玉座に当たります。そしてその上の位置に、「ト」が描かれています。

2019年12月15日日曜日

1886「真向法全国大会8」2019.12.15

「琵琶湖と淡路島の謎2013年04月15日(月)
 13日の朝の淡路地震で、淡路島が国生みの初めの島ということで何か意味がありそうと気になり 調べてみたところ、その夜滋賀県大津で山王祭があったようです。
 先日の地震の後で私は淡路島の「おのころ神社」が震源に近いので気になったのですが
淡路島には伊弉諾(イザナギ)神宮があるのですね。そしてこの伊弉諾神宮、18年前の阪神淡路大震災の震源地と 今回の淡路地震震源地との間にあります。

<情報元>
 今日は4月13日で’13年の103日目。103は27番目の素数で、27は3の3乗という美しい数。整ってますね~
 今朝、5:33に淡路島で震度6強の地震がありました。5:33ということは、今日の「333」分です。あの’95年の阪神淡路大震災の震源と4・13の震源は31.4km離れています。5:46のあの地震と、今朝の5:33とでは13分の差があります。18年と81日目の大地震。2つの震源の間にある伊弉諾(イザナギ)神宮が気になりました。被害がなければイイのですが・・・
 洲本市の賀茂神社で鳥居が割れたというニュースが。欽明天皇の時代に日本全国が大暴風雨に襲われ田畑が壊滅に瀕したことがある。そのとき賀茂の神を奉斉せよとの神託が下り、日本六〇余州に一ヶ所づつ祀ることとなった。
 ご祭神の賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)は、「雷を別けるほどの力を持つ神」という意味で、気象災害を治める力があるとされているようです。その加茂神社の鳥居が損なわれたということが何を意味するのか、気になります。

赤線が中央構造線
 日本列島は中央構造線で2つの大地がつなぎ合わされている格好になっています。その中央構造線のほぼ中心が淡路島近辺です。実際は熊野本宮大社辺りなのかもしれません
淡路の「アワ」は、阿波(あわ)国(徳島県)への路に発するという意味だそうです。
そして「アワ」という言霊は「天地」という意味です。五十音の始めと終わり、「あわ歌」四十八音の最初と最後の音。「あわ歌」を唱えることがとても大事なことだと気づかされます <引用ここまで>
-------------------------------------------------------
「あわのうた」は古代日本の祈りの言霊であり、昔は神様に祈る時この歌を歌っていたそうです。
「あわのうた」
 あかはなま    いきひにみうく ふぬむえけ    へねめおこほの
 もとろそよ     をてれせゑつる  すゆんちり     しゐたらさやわ
「あわのうた」の発祥地が淡路島、アワ=淡であり、阿波踊りの”あわ”でもあります。
世界の雛型が日本なら、日本の雛形といわれているのが淡路島。
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上の地図の右上にある琵琶湖と、左下にある淡路島。
 淡路島と琵琶湖を中心地点で逆反転させると、 大きさも形も一対となります。琵琶湖の近江地方も昔は淡海(アワ)と呼ばれており、つまりこの地もまた”アワ”なわけです。
淡路島の伊弉諾神宮の地名は多賀で、琵琶湖付近の多賀大社の祭神はイザナギ。
 アワ→淡路の多賀=アワ→オウミの多賀ということで、淡路島と琵琶湖は陰陽の現れかもしれません。
 お伊勢参らば お多賀へ参れ お伊勢お多賀の 子でござる」という歌があったようです。
伊勢神宮(祭神天照大御神)へお参りするならば、その親御であるイザナミイザナギの宮へ参られよ、という内容のものだと思われます。さてこの国生みですが、とても不思議な記事がありました。


2019年6月9日日曜日

1695「新生3」2019.6.9


 雑用で買い物に出かけて、私がしっかりあわ歌の響きを受けさせていただいたのは3人目以降です。1人に約30分、2人を行い30分の休憩という時程で進みます。休憩の時の中山さんとの雑談が良い感じです。懐かしく穏やかなエネルギーが心地良いです。

 今回の拝受では以前の様に各自へのお言葉はありません。しかし、臨機応変に必要な方にお言葉、絵を書いて下さります。
 直接拝受されるあわ歌を脇で聞かせて頂きました。中山さんのあわ歌の声量は以前の様な力強さは無いのですが、響きはしっかり芯に届き、中心軸を振動させるものでした。素のエネルギーが拡がりますが、対面している方に必要な情報は発せられている様で、その方の今の状態に感応したあわ歌の響きです。何人か同席していると皆それぞれの響きが違う事が分かります。







 初めて中山さんにお逢いし、あわ歌を拝受した方も感動していました。想像以上の感応があった様で、頭でなく身体が魂が揺り動かされ、身体全体の共鳴共振があったようです。
 わざわざ東京からお越し頂き初めて中山さんのあわ歌を頂いたSさんから以下の様なメールを後日頂きました。Fさんは同行してSさんの脇で拝受いただいた方です。
「私もFさんも「圧倒的なエネルギー波動体験は今までになく感動しました」。
 予想以上の波動でパワーと質は、あわの歌の見えない存在様と中山博様のアンテナとして、人としての大きさも大いに関係していると思いました。
 あわの歌聞きに仙台までお伺いしたかいがありました。
 歌って頂いた中山様とセッティングして頂きました大久保様感謝申しあげます。」

 あわ歌の振動で身体の調整がなされ軽やかな身心になってきます。休憩中に中山さんと皆さんと話していると、「大久保先生のオーラが凄いのが見えます。」と中山さんが言います。えっ、と言う感じですが。あわ歌の響きに私はかなり活性化されていたのでしょう。「大久保先生の傍で触ってもらったらよいですよ。」とも言います。
 中山さんにこちらに来てみてくださいと呼ばれました。「あわ歌は歌わないですが前に座って下さい」と言われ音霊を発して下さいました。その時に以下のお言葉を書いて下さいました。
「立ちてのぼ(上)りて、大きなる広き身を、遥かなると繋ぎて、
 これよりの新しき生みいだされませ。全き新たの時なり。」2019.5.30


 予期しないお言葉でした。ありがとうございました。その後、歌会も順調に進みましたが、途中、Tさんはあわ歌の振動に身体が反応して暫し中座して横になりお休みしていました。かつて中山さんに初めてお逢いした頃の様な身体のバイブレーションがあったようです。全てが新たに成られた中山さんの新生の響きです。最後は皆さんと集合写真を撮りました。

 今回は今まで中山さんと縁して、その響きを受けた御霊に新生あわ歌の響きを送る事で、各自が持つ役割を稼働させ、各地で如何な働きを成すか、その様な自覚を促す意図があったのかとも思いました。用意が出来た所が令和の時に呼応していくスタートなのでしょうか。
 今回の5月12日の儀式の内容は分かりませんが、78日ご縁の全国各地で皆様に「白き」をお伝えに成ったあと如何なのか、お役目ご苦労様です。
 いずれにしても平成から令和への変化の時に、強制的にリセットされ、諸々の想い依存を放ち、リニューアルされたのかと思いました。これから中山さん身体の回復によって果たして如何なるお役目を果たされるのでしょうか。全てはお任せ、任天の様です。

 皆さんとお蕎麦屋さんで談笑しながら楽しい夕食を美味しく頂きました。
 中山さん、「これからも皆さんと共に参ります。」との事です。益々の健康、本願成就を念願いたしております。

2019年6月8日土曜日

1694「新生2」2019.6.8

 その後、私は中山さんにお会いする事は無く、Oさんから以下の中山さんのお言葉をお知らせ頂きました。

2018年8月8日
「いいんだ いいんだ それでよい 
 本当のその身となりて 次へまいる 
 全ては出した よくやった
 ひとつとなって あたらしきへ 
 ただただの まこと 一心にまいろう」

8月30日
「さあ さあ さあ いざ いざ いざや まいりましょう  
 この時なり これよりぞ皆々様
 それぞれ立ちて ただ ただ 立ちて うたいて 響く 
 ただ ただ をこの時に それぞれの身のものとなし 
 一心に 進めてまいりて 新しきを 皆ともども ひとつに」

9月6日
「みなさま じっと じっと しずまりましょう 
 ただ ただ あなた様の 思いの中で 一心に」

9月7日
「何ごとも なしの 一晩ですか 
 ただ ただの すっかり なし 
 朝の目覚め 嬉しきなり」

 電話で何度かお話し出来ましたが、なんとも言い難い状況で呻吟、忸怩たる想いを感じられ、早い回復をお祈りするしかありませんでした。このお言葉の後に手術等をされた様です。しかし、令和の新しき御代を迎え、この様に回復され、新たな生命の力、息吹を頂ける機会を与えて下さった事は驚きです。

 5月30日のあわ歌会が決まったのは5月19日でした。ご縁の皆さんの周知したところ
長年あわ歌を続けて来た方々、昨年以降に天命塾とご縁を頂き中山さんのあわ歌に興味を持っておられた方々で直ぐに直接拝受の方は定員に達しました。その中でどうしても拝受を希望される方もいて急遽中山さんにお願いして8名での開催になりました。
 私と同様に、同時期に中山さんと縁して、諸々の世話をしてくれているTさんも直接拝受は無く他の方にお譲りしての同行拝受となりました。

 30日当日、13時開始でその時間に間に合うつもりでいたのですが、仕事が終わらずかれこれ30分遅れてしまいました。最初の1人が終わった所で会場に入りましたが、中山さんは思いのほか元気そうに見えました。昨年6月3日以来ですから1年振りの再会です。嬉しさがこみあげてきます。
 Tさんが言うには会場に来たときは真っ白い顔だったと言います。あわ歌を響かせている内にどんどん顔色が赤みを帯びてきて活性して元気になって来た様です。正直な所、もう中山さんが仙台にお越しになる事は無いのではないかとも思っていましたので、殊の外元気で驚きでした。すこし痩せていますが体力は順調に回復してきている様です。

2019年6月7日金曜日

1693「新生1」2019.6.7

 2019年5月30日に中山博さんのあわ歌会が仙台でありました。
昨年7月に病に伏されて、入院加療をされていましたが退院後リハビリに務められて復活をされたのです。素晴らしいことです。
 原因不明の痛みで腰の炎症があり精密検査をしても病因を突き止められず、炎症が進み骨の化膿した個所の切除、骨移植をされた様で大がかりな手術を2度行われました。
 未だに原因不明の様ですが症状は緩解して先ずは体力の回復に務められてきていました。声も発することも出来ない中からあわ歌を歌える様に訓練され新生されたのです。

 私の所に5月17日に中山さんの歌会のお世話をしてくださっているOさんから以下のメールがありました。
「全国の皆様へお知らせいたします。
 皆さま大変ご無沙汰いたしております。あわうたさんは少し遠出ができるくらいにお元気になられています。
 様々なメッセージがある中で、5月12日に大切な儀式を終えました。
 その時のメッセージ 「~~~めぐりて みなされ これより七十八日 皆々に白きを伝えませ~~~」
 をもとに、七十八日の間に巡りを計画いたしましたので、現在の予定をお知らせいたします。(以下途中略)
 歌会の方法は、以前のようにお一人づつ対面で(できれば横になっていただいて)響きをいただきます。
 メッセージはありませんが、 5月12日に新たな音の伝えもあり、お一人様へのお歌の時間は以前より長くなりました。
 また、1日の歌会で、対面で響かせる人数は7名までとさせていただきます。人数に制限がありますので、その他の皆様は周りで響きを感じてくださいませ。
 参加できる歌会がありましたら、Oまで連絡いただければご案内させていただきます。
 七十八日が過ぎてからのあわうた会については未定ですので、是非この機会にあらたなあわうたの響きをご体感くださいませ。」

 早速、Oさんに連絡して今回の仙台での開催の運びになりました。
 最後に中山さんに仙台にお越し頂いたのは2018年6月1日の第56回あわ歌会で、翌日6月2、3日の毘沙門・妙見の巡り3で、秋田県から岩手県中央部の東西の横のラインを旅しました。そして次会、8月3日のあわ歌会を予定していたのですが中止に成ったのでした。その時の経緯は以下のOさんからの連絡にあります。

「全国の皆様       2018年7月6日
既にご存知の方が多いと思いますが、改めましてお知らせいたします。
7月6日 札幌の歌会で 新しい歌い方のあわ歌を録音した時に以下のお伝えがありました。
「お伝え申す 
このあわ歌のひびきは これよりも一層強きとなりて このうたう者にふりきたる
大きなるを受けとる身は ただただなるが 
この地にありて そのままにすごすは大きなる困難なり
故に かく申すこの身 かわりてうけて伝えゆくが
これよりはこの身のままにて受けられず 従ってこの身をはずしてまいる
あわ歌のひびきはみなみな様へと いづこにありても それぞれにとどけゆく
これより まことなれば 皆々に伝えて うれしきへ」
あわうたさんは その直後からガタガタと激しい震えがおき、なかなかおさまらず、その後高熱が出ました。また、以前から浮腫んでいた左足の痛みも伴って「初めて歌会を休もうと思った」と話され、9日までの札幌の歌会を休ませていただきました。
そして、相談の結果、ロシアのウラルの旅に備えさせていただきたく、8月5日までの歌会とツアーを お休みさせていただこうと思います。
突然ですが、どうかご理解くださいますよう お願いいたします。
その後の予定につきましては、ウラルの旅の後にご連絡させていただきます。
皆様にご心配と、お手数をおかけいたします事お許しくださいませ。」

 残念ながらこれ以降の中山さんの活動は全て中止になったのでした。

2018年7月1日日曜日

1352「十字20」2018,7,1

 6月22日に中山さんに同行して活動しているOさんからメール連絡がありました。先の中山さんのお話にあった8月8日に付いてのものです。是までご縁のあった皆様にもお伝えした方が良い様ですのでここで、Oさんからの届いた内容をそのまま紹介します。


「2018年8月8日のお知らせ」は、全国の歌会の折にお話ししたものです。伝わっていない方は申し訳ありませんが、添付させていただきましたので、あらためてご確認くださいませ。
あわ歌さんは「とても大事な節目」とおっしゃっていますので、今までにあわ歌にご縁を頂いた多くの方々にも、広くお伝えしたいと思っています。
「ひとりびとりが、それぞれが、天地繋ぐ響きを発する事が大事」
皆々様のご協力をお願い申し上げます。

2018年6月21日のお伝えです
「伝えてくだされ これよりのこの身を
 これよりの響きますます強く激しきなれば
 この身は大きく変わりゆき この地にある姿変え行くなり
 まことの響きゐだし行く身とあいなりて 更なる世界をあらわしゆく」

どうぞよろしくお願いいたします。

「全国の皆様に2018年8月8日のお知らせです」
2014年11月29日に降ろされた伝え
「たづねてみてください ウラル アルタイ ソンダロイ タルタン を
あることは大仏信 まことをうみゐだすは このおおきなるみ」

 この伝えがきっかけとなり始まったあわうた巡りの旅。モンゴル、天山天池からヒマラヤへ繋ぎ、ウラルアルタイと天山天池と長崎の鷹島・佐賀の大和を結び、ペルー・ボリビアを旅し、ただただひたすら巡りては繋ぎ、結んで来ました。そして、ウラルアルタイ民族が原日本人であると思われる事を知りました。
 今年2018年8月ようやくもとなる教えの地、ロシアのウラル山脈に行くこととなりました。

「おおいなる古き時 赤き5番目にあらわれたる山あり そこよりゐでくる
大きなる 気を受けて この大きなる大陸は働き始めたり その時の
ただただなる一心を あまねく広げ行きたるは もとなるなり
 ウラル アルタイの ソンダロイ ぞ 覚えて訪ねて 響きなされ」
 2015年4月28日
 
「そもそも ウラル アルタイ大きなる地なり この地球の陸地のもと 
陸の生物、動物、人々みなみなそだてゆきたり その中にて 人は、
天地とつながり、大きなるもとよりの教えうけて ひとつとなりてありたり もとの光をあびて皆と ひとつのうれしき地 アリタリ まいろう うれしきへ」2015年8月22日
 
「来る8月8日には ふりくるあめが それぞれにまいりて 
ひとつと成し行くなり ひとりびとりが ご自分の立ち場所を踏まえて 
天地繋ぎて くだされませ」2018年4月8日

 8月8日とても大切な節目の日、あわうたさんはウラル山脈の巨石の上で1日中響かせます。皆様も、8月8日午後からの、ご都合の良い時に響かせませんか?きっと、あわうたさんと響きあっているはずです。それぞれの地で、ひとりびとりが天地繋ぐ響きを発してください。時差の関係で、日本の皆様は午後以降に響かせてくださいませ。

2018年6月30日土曜日

1351「十字19」2018,6,30

 続いて6月1日、2日、3日の「実際にこうやってね。そうしないと新しく成らないよ。」の内容のお言葉です。

尽きせぬ思いとなりて、この地にあるなり。響きを伝え、宇宙と一つにならんと致す。
是より大きく進む事となり、この響きも併せて進む。
皆々様方、多くの事を見る時と成りた。揺らがず、進み行かれませ。

定めたるはこの身なれば、新たなる響きを発せば、ひ、うる、うる、うる。
明日の光は新しきぞよ。揺らぎて参るぞ。
この地は全てが揺らぐ。その時、この身が発する音はあ~。揺らぎは赤き山にあり。

あめ降り注ぐこの地にありて、この謂われ、大きを鎮め来たりて、ありがたきなり。
新たへ参る是よりは、出でまして、ここ開き、皆々を導き、行かれませ。

助くるなり。今より開くはるかなるへの道、響きて伝える。
この光、この時にしっかり受け取りてくだされ。大いなるものなり。
千載一遇、今日の日、この時ぞ。両手を 差し出し、共々ひとつとなられませ。
光の子、大いに喜び、ここへと参り来た。嬉しきなり。

大事になさりて、この光を。皆々様のその身に入れて、大いなるその身の全てに伝えませ。
新たなるなり。この光は響きと共に是よりを現す。うたかたは流し行く。

北より参るを受け止めて、多くへ 配るこの地なり。
響きも光も、皆々ひとつ。生まれ出で来る新たなるを送りませ。

更なる進みへ、皆々共に参り行くは嬉しき事なり。
緩やかなる、たおやかに、悠々と進みて参りませ。
揺らがぬそれぞれ、ただただひとつなり。

大いなる身にお尋ね申す。是よりのこの地を如何に為さるや。
歌響き、大きなる嬉しきなり。元なるこの地は岩にあり。
岩響かせて、元なる地へ発して、受け取られませ。全てはひとつの大いなる身へ変え行く。
ありがたき。踏み行く道と心得たり。

思いておる事。この地は是より大きな地よりの力を、元なる響きにて発し行く。
そのすさまじきはこの地の元なり。大きく動きて、全ては変わる。
皆々様方、はるけきへの旅なり。
包まず申す。その事納めて、ただただの道貫くは如何に。
許されしは遥かなると、この地を自在に使う。その事を為し行かれませ。
あい分かりました。

降り来る響きにその身を合わせ、ひとつとなりて参り行けば、この地の振動より離れ行き、硬きを脱し、柔らかきと成り成って、自在に空間動き行く。
この歌、響かせ、大いなる身へと参りませ。

只今より、この北への道へ結び行きて、大いなる道繋ぐを始め行く。
光と陰、ひとつと成して道開けば、大いな新たと成すなり。
生まれ来るは、ささら、さらりろ、さんさらり。響き、中ぞ。

皆々様方、お分かりなされましたか。
大いなる響き、皆様へ降り来て、ひとつと成られ、生み出だす 新たなるを。
是までのこの地を変え行き、新しきとなります。
この思いをしっかり持ち行き、その身の新しき現してくだされ。是までは無しと致す。

あ~あ~あ~ 許されし事なり。
是よりの事ごと、見事に大いなる階段登る。
この身にありて、この身に無し。行きて、帰りて、広きへ羽ばたく。

2018年6月29日金曜日

1350「十字18」2018,6,29

 今年の3回にわたる妙見と毘沙門天に関わる巡りを終えて、6月3日のミーテイングでの中山さんからの以下のお言葉がありました。

「今回(6月1,2,3日)は、響き、光を具体的にこんなふうに進めて行くというメッセージだった。「実際に自分でどうするか」、を他で言った事が無いことをかなり本気に伝えられた。(途中省略)
 今年になってから急激にきつく言った。前回(4月6、7、8日)の巡りでは「大変な事を伝え」、今回は「こうやってね」、と伝え、「そうしないと新しく成らないよ。」と言う事。今回もメッセージの言葉を続けて読んでみて、「それでどうやるの」、となると思う。

 この言葉を受けて、前回4月、今回6月のお言葉を纏めてみました。お読みに成ってみてください。先ず4月6日、7日、8日の「大変な事をお伝え」のものです。

これより2日の間に、大きなる響き参り来る。
皆々様方、しっかり受けて、その身で天地結び行かれ、新しきへの扉開かれ。

第三次無限世界の始まりを告げる。
うたかた終了。捉われの民、多数は別次元。うたかた全ては無し。新たなるは無限。
さすらうでないぞ。捉われたるはそのままそこに居れ。

さすらい行くなよ。真っ直ぐ参られよ。多くの脇道必ず誘うぞ。
しっかり定めて付いて参れよ。益々激しく、厳しきと成るぞ。覚悟は良いか。
これからなり。今までの全て役に立たぬ。真の思いあるのみぞ。
この2日は皆の一大事。

来る日へ向かう皆々様には、その身の一切無しと成り、如何なる事にもただただ貫き、
揺るがぬ事なり。長きにわたりて申したり。心得たれば定めて進まれませ。
移り来るこの振動、生み出だす。

さらに申す。この地の動きは早きと成り行き、大いに動く。皆々様が変わり行きて、
この地の関わり変わり行き、大いなる安心の世界へ参ることとなる。急ぎて旅立つ時至る。

お~お~ たちどころに晴らすぞよ。この地に巣くう多くの諸々、ささ参れよ。

さて、これまで大いなる星と居たる。この地は変わり行き、この宇宙と2つの宇宙、
しっかり繋がり、互いを守り行く。ここ大きく変わりて参るはこの事なる。
皆々持ちておらるるこの振動の大いなる元へと帰り、一つと成すなり。
北の星には大いなる讃え送るなり。

お届け致したり。紅の遥かなる光、許されたるは真新しきなり。踏み行きて進まれませ。

自らのその身にある、尽きせぬ大いなるを是より間断なく伝え来る。
響き受けて、大いなる元へと繋ぎ、新しき身へと進まれませ。
ご用意、整いたれば、それぞれのその身の中より発し行きて、繋ぎて結ぶ、嬉しきなり。

来る8月8日には、振り来るあめ(天芽?)がそれぞれに参りて、一つと成し行くなり。
一人びとりが、ご自分の立ちたる場所を踏まえて、天地繋ぎて下されませ。

宮はそれぞれの内に構えられませ。元なる元の大いなるを現します。
その宮開きて、大いに発し行き、是よりの新しきを共に打ち立てましょうぞ。
大いなる嬉しきの宮なり。

届けたる元のイキなり。それこの地のものと為さりて、光りて、讃えて、
大きなる地へ参り、共に進み行かれませ。尽きせぬ大きなるこの事は嬉しき。

大いなる日暮れに向かうこの世にありて、ひたすら響き持ちて、
この北の地に十字を結びて、遥かへと発するは大いなる力なり。
皆々様、その身の中心しっかり据えて、是よりの時を進み、乗り越え、新しき嬉しきへ。

2018年6月28日木曜日

1349「十字17」2018,6,28

 仙台の天命舎に18時過ぎに到着しました。皆さんとこの2日を振り返りミーテイング、皆さんの感想と中山さんからのコメントを紹介します。
・I、Tさん
「新しい響きのあわ歌を何回も歌えて良かったです。最後の藤里毘沙門堂で、中山さんの前に並んで、響きを受けられて、歌っている途中でこのまま行っても良い感じになりました。」

中山さん
「私もそんな感じになったが、歌っている途中、自分が無くなり、何処を歌っているかが分からなくなる感じになる。」

・G,Mさん
「前回の巡りでは、中山さんのお言葉は直接的なメッセージでしたが、今回は祝福されているようで気持が良かったです。車中にSさんとIさんに課題を頂きましたが「日々淡々になる」をやってみたいと思います。」

・S、Hさん
「今回巡った所は自然が豊かで、気持が良かったです。初めてのところが沢山で楽しみでした。中山さんのあわ歌の響きが新しくなったことで、少しボ~とした感じです。」

・O、Tさん
「今回は眠くて車中でほとんど眠っていました。降って来る光に自分も合わせる様に、自分が出来る様にと思いました。瞬間的に出来てもそれが継続できたらと思います。8月8日に向けてやっていきたい。」

・O、Yさん
「あわ歌の響きが胸で響いていた感じで、今回は頭の方に上がらない感じがしました。自然の中で歌えて気持が良かったです。」

・K、Hさん
「中山さんと一緒の車に乗れて、その都度の事が聞けて良かったです。光や響きが分かったかと言うと、良く分からないです。しかし清清しい感じでした。あわ歌会で頂いたお言葉が気に成っていて、11月初旬のことどうしたら良いのかと思っています。それと8月8日に響かせる事を、自分の中でどうするかが課題だと思いました。」

・S、Uさん
「今回、中山さん、Oさん、大久保先生の行程企画のお陰で、多くの出合いを頂けたことに感謝です。自然の中で響きが凄かった。特に昨日の響き凄かったですが、今朝の早池峰神社の響きはとても嬉しかった。山神神社も含めてほぐれていく感じで豊かさが拡がりました。亀の子岩では統合出来た感じがして、今回も参加出来てありがたかったです。」

・中山博
「今回は、響き、光を具体的にこんなふうに進めて行くというメッセージだった。「実際に自分でどうするか」、を他で言った事が無いことをかなり本気に伝えられた。
 是までは「ただあわ歌を歌えば良い」だった。そのただただの意味を伝えていず、軽く捉えられていて、突っ込んでこれていない。
ただただで疑問が生まれ、無しの世界が目標に成って動いて行く段取りだったが、日本中歩いて伝えたがそうならなかった。無しに食いついて来ない。
 今年になってから急激にきつく言った。前回の巡りでは「大変な事を伝え」、今回は「こうやってね」、と伝え、「そうしないと新しく成らないよ。」と言う事。今回もメッセージの言葉を続けて読んでみて、「それでどうやるの」、となると思う。
 私の真似をしでないので良い。しかし伝える。私はうつけ、腑抜けの先に無しになる。お前が無しになる。でないとあわ歌の最後を歌えない。誰かを前にしている限り、理屈を言っても本物が出ない。
 宇宙、地球の進行と本物のあわ歌が出る時を合わせていて、全てを統べていると言うが、本当だとすると、そうならない。降りて来るものは私の近くの円筒形の範囲で、私に身体をくっつけていると感じるが、私と同じ事が出来る人が何人もいないと、皆にということは不可能だ。だから私が発してその中で、全体がその響きに成れる様に、と言う事のようだ。
 自分の身体も生命も預けることだが、誰もやらないでしょう。あわ歌を始めた事は、生命がけと言われていた。だから一緒に始めた人たちが皆離れて行った。今は地球上が酷い状態で、生贄ででも良くなれば良いという状況だ。
 ただただ歌える人になって欲しい。次回8月には自然の中で一体となると少し感じられる。私は元なる地へ言って8月8日、1日歌ってみるが、皆もその日にどうなるか検証して次へ進んで欲しい。
 納得出来なれれば止めたら良い。私も納得出来ないとそれ以上出来ない。皆さんも準備して心に留めてやって欲しい。」

 ストレートな結論です。各自に委ねられ、覚悟と行動を問われているようです。そのタイミング、変化は8月8日に全てはかかっているようです。その直前に仙台であわ歌会と巡りが行われます。ご縁の方は参加下さい。

第 57 回 あわの歌会 & あわ歌唱和の集いhttp://genkiup.net/awa/awa57.pdf
中山博氏と巡る 陸奥・自然謳歌の旅http://genkiup.net/awa/30.08.04.pdf


2018年6月27日水曜日

1348「十字16」2018,6,27

 巡りも最後になりました。目指すは奥州市江刺区藤里智福にある「藤里毘沙門堂」です。
 以下が藤里毘沙門堂の紹介ですが、抜粋して紹介します。

「江刺市東部の丘陵地帯にある。地図上では智福神社とも書かれていて、神仏混淆の寺と考えて良いだろう。本堂は方3間の寄棟造。
本尊の兜跋毘沙門天。鉈彫物で10~11世紀のものという。国重文。
 毘沙門天の見分け方だが、四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天=毘沙門天)のなかでは一番見分けやすく、手に宝塔と戟(げき:槍みたいな武器)を持っているので他の四天王とはすぐに区別できる。そのうち、兜跋であれば地天の手のひらの上に立っているから両足は平行に開かれている。普通の毘沙門天ならば邪鬼を踏んでいるか、岩の上に立っている。また兜(といっても中国の西域の兜で、普通の帽子のようにみえる)をかぶっているのも兜跋の特徴とされ、普通の毘沙門天は何もかぶらずてっぺんで髪を結っているか冠を着けているだけだという。
 全身には鉈のあとが残っているのがよくわかる。これが鉈彫(なたぼり)という手法で、関東以北でしか見ることのできないものだ。いかにも東北の仏像という趣のある像だ。」

 宝物館にはもうひとつ普通の毘沙門天像もある。こちらは鉈彫ではない。
 兜跋との違いを見比べるのにもちょうどいい。(戟と宝塔は失われているが。)邪鬼を踏んでいるので片足をあげるようにして立っている。
 この像は県文だが、平安時代の像で兜跋像よりずっと優雅で洗練されている。これが藤原文化というやつか。手が欠けてなければ国重文になっていたかも。
 もっとも鉈彫の兜跋と並べるとインパクトは弱くなってしまう。


「東北には有名な毘沙門堂が三カ所ある。都の「はるか北方の守護」なる意味を込めている。南から江刺の藤里、北上立花、そして花巻成島。そして何れもが堂々たる毘沙門天の彫像を現在に至るまで残している。これらを南から順番に訪れてみたいと思う。
 藤里毘沙門堂の位置はわかりにくい。カーナビの指示通り目的地周辺に到着してもあたりにお堂らしきものは何も見えない。道路際にあ建てられた説明板にしたがって、草が生い茂った坂を登ると、収蔵庫ら式建物が見えてくる。あらかじめ、予約はしておいたが、再度電話して管理人の方に収蔵庫を開けていただいた。たったひとりの旅人に対してありがたいことである。
 まだ新しい建物の中には、数多くの仏像が並んでいる。その中にひときわ目立つ仏像が毘沙門天立像だ。2体ある。静かにすくっと立っている兜跋毘沙門天立像、もう一つ、躍動的な通常の毘沙門天像。なぜ2体あるのだろうか間近かで見る二つの毘沙門天像は、温かみを感じる。鉈彫りではあるが荒々しくはない。特に兜跋毘沙門天を支える地天女の御顔はすべての苦しみ、悩みを受け止めてくれるかのように温和である。もう一方の邪鬼を踏みつける毘沙門天は、端正でやさしい。人里離れたの腹の真ん中に、こんな立派な仏像が1000年という月日を超えて今に伝わる力の源をしみじみと思う。そしてしれを一人でこころゆくまで拝むことのありがたさが身にしみる。」
http://mori500.blog50.fc2.com/blog-entry-225.html






 お堂は林の中にありますが、立派な駐車場、トイレが整備されています。愛宕神社も祀られていますが鳥居の脇に、樹齢1200年の杉の巨木と同じく樹齢1100年のカヤの木の巨木が聳え立っています。お堂の左手奥にも杉の巨木が鎮座しています。丁度、太陽が西に傾きその光が木々の間を差し込んで来ています。その光に1列に並んであわ歌を響かせました。

 その時のお言葉です。
「あ~あ~あ~
 許されし事なり。
 是よりの事ごと、見事に大いなる階段登る。
 この身にありて、この身に無し。
 行きて、帰りて、広きへ羽ばたく。」16;31

 終わって中山さんは膝を押さえてしゃがむ感じです。強烈なエネルギーが注がれたようです。お陰様で目出度く全てを巡り終えて新たな響きを頂きました。安心して一路仙台へ向かいます。

2018年6月26日火曜日

1347「十字15」2018,6,26

 音石神社、音石山青石寺は奥州市江刺区広瀬字平にあります。
 その紹介です。
「正観音を安置し、通称青谷観音と称すが、明治の神仏分離に際し、少彦名命を祭神として音石神社と称す。江刺三十三観音巡礼、五番札所。
 安永風土記には、寛文12年(1672)暮打場屋敷・後藤市衛門開基、祭日9月18日、脇仏不動毘沙門・弘仁2年(811)共に慈覚大師の作、不作十三体ありて元来別の御堂にありしが廃壌し此処に安置、享保年中、獅山公御菩提普間品読経仰付けられ、お伺いの上、竹に雀の御紋幕張執行せし由、今尚堂内に古損納置く、奥羽両国三十三所中二十番目の札とある。
 北方約1粁に鳴石権現社があり、奥宮ともいわれる。この社地に、
 男石(長さ9尺5寸・横4尺6寸、平石で延文2年10月2日の切付け有り)
 女石(長さ6尺7寸・横4尺8寸、ひつみ有り)
 枕石(長さ7尺余り・横1尺5寸、男石女石の間に有り)
 この3つの石を小石を持って打つに、高く金鳴りの音するを以てこの地を音石鳴石という。
 藤原秀衡が詣で、園の石になさんと男石を引かせたが、1丁程して後は更に動かし得ず、頻りに女石枕石を慕う音して鳴る事止まず、不思議に思い捨て置きし処、何くより貞春という座頭来たりてこの石を軽々と元の地に引き戻したといい、故にこの村を軽石村と名付けたと伝わる。他に座頭石、獅子石の5つの名石あり。」
http://www.jinjacho.jp/ganshinsei/ousyuushi/456a.html

 駐車場がありません。県道の橋の手前に音石神社の鳥居があり路上駐車です。鳥居から右側の小川に沿う狭い参道を進みます。左手には岩壁が迫り出していて1人が通るのがやっとと言う箇所もあります。直ぐに社殿が正面にありますが境内は狭いです。私の足元を動くものがいます。蛇が小川の方に逃げるではありませんか。驚きですが誰も気づきません。




 中山さんが音石を探しますが見つかりません。それもそのはずです。紹介文にある様に「北方約1粁に鳴石権現社があり、奥宮ともいわれる。この社地にある。」のです。後で私もその事に気付いたのですが遅きに失しました。
 社殿前で輪になってあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「あ~あ~ (拍手)
 皆々様方、お分かりなされましたか。
 大いなる響き、皆様へ降り来て、
 ひとつと成られ、生み出だす 新たなるを。
 是までのこの地を変え行き、新しきとなります。
 この思いをしっかり持ち行き、その身の新しき現してくだされ。
 是までは無しと致す。」15:41

 鳴石権現ですが音石権現社と言われているようで、以下の様に記されています。
「音石権現社は字七日市にあり、本地は阿弥陀如来で嘉祥年中(848~50)開基といわれる。境内に七ツの石あり、打つと金属音がでるので音石神社の称あり。
 男石を佐藤秀衡が館の庭石にしようと一丁ほど引き出し、その後どうしても動かなかった。しきりに女石、枕石を慕って鳴り止まず捨て置いた所、その後貞春という座頭が来て男石を軽々と元のところに引き戻したので、この地を軽石村と名付けた。男石は延文六年(1361)の銘あり。」
 何時か音石権現社を訪れて石の響きを聞いて見たいものです。

2018年6月25日月曜日

1346「十字14」2018,6,25

 次の目的地は亀の子岩です。先ほどの立花毘沙門堂から国道に出て南側に道を進むと右手に展勝地、そして川向こうに昼食を頂いたホテルが見えます。そこから直ぐに「北上市憩いの森」があります。
 そこは立花毘沙門堂の紹介文にあった国見山の麓から拡がる40ヘクタールの遊びのワンダーランドです。その山の中に巨石の亀の子岩があります。
 ここは今回の巡りの南北と東西のラインのクロスするポイントと定めた所です。その亀の子岩は展望台になっていて、そこから西に奥羽山脈の山並みを見て、眼下に南北に北上川、そこに西から90度に和賀川が合流するポイントを一望に見れるのです。

 亀の子岩の紹介です。
「北上市にある北上展勝地、その近くにいこいの森があります。 そこから10分~15分登ると、溶岩岩でできた展望台、亀の子岩展望台があります。
 西側に視野180度のスケールで一望できます。真ん中に和賀川、南西に大堤・相去地区、北西に北上市の中心を眺めることができます。 県道14号から入りすぐに左へ車を奥まで走らせます(途中からでこぼこの砂利道になります)。10台ほど停められる駐車場に着きます、街灯もあります。 そこから登ると芝生広場に着き、そこからも景色を眺めることができます。 亀の子岩展望台はトイレわきの道をさらに登っていきます。」

 奥の駐車場に車を停めて山登りです。途中、先導の私が道を間違えてしまい、引き返して少し時間を要しましたが無事に到着です。かなり気温も高く、皆さん汗だくで少し息切れ状態です。暫く景色を眺め、汗の引くのをまって休息です。







 展望台は亀の子岩の巨石の亀の甲羅部分にあり、そこから亀の頭と両手が突き出た感じになっています。
 亀の子岩の上で9人が四方十字に立ち配置に付きました。北の先頭に中山さん、中心に私が立ち、各方に2名づつで四方二重丸です。そこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「うえう いよ お~ ひ~ (拍手)
 只今より、この北への道へ結び行きて、
 大いなる道繋ぐを始め行く。
 光と陰、ひとつと成して道開けば、
 大いな新たと成すなり。
 生まれ来るは、ささら、さらりろ、さんさらり
 響きの中ぞ。」14:36

 素晴らしいお言葉です。中山さんは汗だくです。今回の巡りの大きな成果、頂きのように思います。北南、東西をひとつにし、光と陰をひとつにして道開けば新たとなす。生まれ来るのは響きの中。です。


 下りは心地良く、軽快に足を運び、あっと言う間に駐車場に到着です。巡りも残すところ2箇所です。次なる目的地、音石神社に向かいます。音石とは意味深な名前です。