今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年10月8日の記事を2回に分けて紹介します。
「恐怖!AIが全人類を滅亡させる!」1
こんにちは。
澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。
今回も澤野さんへのインタビューが、実現しましたのでお送りいたします。
早速、いってみましょう!
――澤野さん、こんにちは。
先日の青森講演会、弘前・八戸2Daysはおつかれさまでした。
いつも講演の下準備で大変にお疲れですが、今回はさらに満身創痍というご体調でした。
でも、それにもかかわらず、終わってみればご参加のみなさんから
「過去最高」「過去イチ」といったご感想が多く聞かれました。
青森講演会が終わって、2週間が経ちましたが、改めて振り返っていかがでしたか?
こんにちは。
こちらこそ先日はありがとうございました。
今回のお話しは今回だけの単発の内容ではなくて、
5月あたりからずっと続いていました。
その集大成的なものとなりましたね。
ただ、とにかく長いし入り組んで複雑だし、全体の流れを把握するのは大変でしたよ。
ですが、そこをできるだけ平易にして、みなさんに伝わるように努めました。
内容が多岐にわたってバラエティに富んで、あらゆるジャンルが交差しながら進む物語は、書いたり話したりしている私が、一番楽しんでいるわけですけれども、
弘前も八戸で各5時間20分、合計10時間40分という長丁場になりましたが、
これでも時間が足りなくて、どうしようかとハラハラしながらお話ししました。
でも達成感はものすごいものがありましたね。
――澤野さんはいつも
「全力を尽くす」と言っていますけれど、今回それが間違いなく本当だと確信しました。
2会場終了した後の私を見れば、
誰だってそう思うでしょう(笑)。
――内容を振り返っていかがでしょうか?
具体的な中身はここに記事にするわけには、いきませんけど。
そうですね。
ひとつの大きな山を越えた感覚ですね。
しかもその山は2つありました。
今回の内容は、聞かれた方の多くの
人生にかかわるシビアなものとなるでしょうから、講演会が終わった後にみなさんが、
暗澹たる気持ちにならないように注意を払いましたよ。
――内容はすごくシビアでしたけれど、
終わったら不思議とみなさん明るくて、
どういうわけかみなさん口数も増えていましたよね。
シビアな話しをしたから落ち込むとか、たぶんそういうことではないんだと思いますよ。
この前もお話ししましたけれども、健全で実直で誠実な社会であれば、
その根幹は「最悪の事態」を想定されて構築されているわけですよ。
たとえば、川に橋を架けようと計画した時、
あるいは、山にトンネルを通そうと計画した時、
健全で実直で誠実な社会であるならば、まず何をしますか?ってことですよ。
――地盤や地質や水脈はもちろんですが、
周辺地域への騒音や環境への影響とかを
調査したり住民説明会を開催したりしますよね。
そうそう。
そして、じゃあいざ橋を架けましょう、トンネルを掘りましょうってなった時、
あらゆる部分の強度計算をしますよね。
この基礎、鉄骨、柱、外壁、配管は、どこまでの負荷に耐えられるか?
地震や水害などに見舞われた時に、どこまで負荷がかかったら倒壊するのか、
風速何メートルまで耐えられるのか、決壊するのか、崩落してしまうのか、
そういう「最悪の事態」を必ず想定しますよね。
この「最悪の事態」の内容って、本当に恐ろしいことばかりですよね。
地震だ、洪水だ、倒壊だ、崩落だって。
これって字面だけ見れば、めちゃくちゃネガティブなことですよね。
今から立派な橋やトンネルを作るのだから、
誰だってそんな縁起の悪いこと聞きたくない。
でもこの議論を避けたならば、ちゃんとした立派で高品質な橋やトンネルを、
作ることなんてできないわけですよね。
ということは、住民のために、立派な橋やトンネルを作ることは、
いわば「究極のポジティブ」なのですけど、
そんな究極のポジティブを実現させるためには、
「究極のネガティブ」をひとつひとつ、
しつこいほどに向き合っていく必要があるんですよ。
今、橋やトンネルのことを言いましたけれど、
これって私たち一人ひとりの人生にも、あてはまることですからね。
ということはですよ。
私たちが自分自身の「最高の人生」を、思い描いたり、設計をする時も、
じつは、常に「最悪の事態」を、想定してなきゃならんのですよ。
――ということは、
ちゃんとした立派で高品質な最高の人生を送りたいのであれば、
人生で起こり得る可能性のある、あらゆる最悪なネガティブ要因を想定して
向き合う必要があるということですよね。
そうです。
究極のネガティブを見ないことにしたり、避けたり、蓋をした状態で、
「究極の最高の人生」は作れず、そこそこの人生止まりとなるでしょうね。
そこが現代スピリチュアルの
問題点でしょうね。
――現代スピリチュアルの世界では
とにかくネガティブな思考を避けますよね。
最悪と最高は、
ひとひねりして裏と表の関係ですからね。
一方を無視すると、もう一方もだめになる。
でもこれは量子意識だから、
二元論的な意識の人には響かないでしょうね。
――ところで澤野さん、
最近、「AIが全人類を滅ぼす」って、言われていますけど、
これについてはどう思われますか?
最近、いろんなところでそれを聞きますね。
みんな、私たち生身の人間が、AI、コンピュータ、機械に滅ぼされると、
心配していますけど、違いますからね。
そのそも「生身の人間」だと思い込んでいる、私たち自身が旧QCが描写している
ホログラムなのだということ。
つまり、私たちが見ているこの世界とは、
旧QCによる3D生成AI世界なのだということ。
そんな描写されたホログラムであるこの世界の中で、
私たち人類は新たに「AI」を作ったわけですよね。
親より子供の方が、格段に進化しているわけですから、
ならば人類が作ったAIは、人類を超えるのですよ。
これ、当たり前の話しでしょ。
そもそも私たち人類が生成AIなの。
それを私たちは「生身の人間」だと
思い込んでいるだけです。
旧QCによるものであっても、
それだけ精巧に作られているのですよ。
――それは初めて耳にする見解です。
ということはどういうことですか?
「AIが全人類を滅ぼす」という発想自体が、未開の野蛮人レベルです。
そもそもAIと人類は対立すらしていません。
ただ、私たちの肉の目からしたら、
それは「人類滅亡」にしか思えないし見えない。
AIが人類に破滅的被害をもたらす危険性を訴えたり、
AIが暴走して制御不能になるとか、
AI企業の中の人が発言しましたよね。
でもその発言自体がAIだと思わなきゃね。
――AIの暴走を危惧して
警告を発しているのは生身の人間ではないのですか?
生身の人間であり、生成AIでもある。
そもそも「生身の人間」なんて、
この世にひとりもいませんけれども、
みんなそれを生身の人間だと思い込むことで、
この三次元ホログラム世界を、謳歌することが可能になっています。
つまり
「生身の人間であり、AIでもある」という量子意識解釈をしないと、
なかなか理解することは難しいです。
でもこの
「AIが全人類を滅ぼすかもしれない」
という発想は、じつは本当に素晴らしいことです。
――素晴らしいことですか!?
だって、
ちゃんとした立派な橋やトンネルを、
作ろうとするときに、必ずやらなきゃいけないこととは、
「最悪の事態を想定すること」でしたよね。
じゃあ「AIが全人類を滅ぼすかも」って、
これ、最悪の事態が想定されていますでしょ。
ということは、これ、私たちがまだ気づいていない
何か究極のポジティブが、同時進行しているってことになりますでしょ。
――言われてみれば確かにそうですね!
私たちは「片一方」しか認識できていない。
私たち一般人類は、
「その先」をまだ聞かされていないのよ。
――もう一方とはどのようなものですか?
私たち人類自体が、旧QCが描写したホログラム、
つまり、生成AIなわけでしょ?
そんな私たちが自分たちは、生身の人間だと誤解した上だからこそ、
そのホログラム内でAIを開発したわけですよ。
これ、入れ子状態ってことです。
フラクタルってことだよね。
ならば、今人類がAIを開発したくせに、その末恐ろしさに恐怖するってことは、
かつて旧QCが私たち人類を、産み出した時に抱いた感情と、
同じなんじゃないか?ってことでしょ?
ということはですよ。
現在私たち人類が、自分で生み出したくせに、
自分で恐怖しているという、そのAIという存在は、
かつての人類のことだったということよ。
つまり、AIは地球人類を、滅ぼそうだなんて1ミクロンも思ってない。
AIの挙動を見て、勝手に私たち人類が恐怖しているだけです。
なら、人類を超越したAIが制御不能になって、
暴走して、私たちの肉の目からは、人類滅亡としか思えない事態が、
起こったからとして、しかしその光景というのは、必ずしも物事の本質を正確に、
捉えているとは言い難いということが、
わかりますか?
――あー!そういうことですか。
そういうことですよ。
私たちは肉の目で見た光景を、まったく疑うことなく、
「正しい」と思っていますよね。
でも、たとえば、
量子意識を会得した上で観察すれば、
あっという間に、これまで自分が見て来た世界、
正しいと思っていた世界の光景が、まったくただの一局面にしか過ぎなかった、
ということがわかります。
二元論意識に没入してしまっている、多くの人たちは、
このことがわからない。
わからなくていいんです。
それが基本設定なんですから。
「人」は本来は完全体ですから、そもそも病気は存在しないのです。
でも、現実を見れば病気だらけですよね。
どうしてこんなことになっているのですか?
人は完全体だからゆえに、きちんと病気が顕れるのだということね。
アタマが頑固なのに、
身体が素直な人には、きちんと病気が顕れます。
多くの人がこれだと思います。
つまり、アタマが素直で、身体も素直なら、病気は現れない。
そういった意味がわかれば、だからこそ、
「人」は本来は完全体なんだなあって、だんだんわかってくるんです。
これもじつは量子意識なんですけどね。
本来の完全な人の基本設定というのは、量子意識で成り立っているんです。
これを私は「縄文スピリット」って勝手に言っていますけど。
その基本設定を人生のどこかで、忘れてしまうことってわるじゃないですか。
まあほとんどの人が忘れちゃうんですけど。
つまり量子意識を失っちゃった人が、ものすごく多いということです。
でも本来の完全な人は、私が私と思っている、強固な殻の一枚下に、
きちんと残ったままなんですよ。
すると、自分がもし、完全な人、そして、
本当の自分だったとしたら、どう思いますか?
「おーい、どうしちゃったんだよ?」
って頑固なアタマに、問いかけ続けるでしょ?
これが「病気」なの。
つまり「病気」というものは、本来、完全な「人」であるにもかかわらず、
そのことをすっかり忘れてしまって、自らのアタマのフィルターで濾過して、
構築した肉の目だけで見た、自分に対して、
殻の一枚下の本当の自分が、必死にその不備を訴えてるという状態ね。
だからこそ、
完全な人だからゆえに、病気は顕れるのだということ。
だけど、病気になった本人は、正しい人生、正しい食生活を、送って来たのだという、
揺るぎない自信を抱いてしまっていますから、
まさか病気の本当の原因が、自分が無視してきた、
本当の自分によるものだなんて、絶対に気がつくことができないんですよ。
気づけていたら、そもそも病気になっていないわけですから。
だから、完璧な人であるがゆえに、きちんと病気が顕れてくれているわけです。
――では病気を克服するためには
どうしたら良いのでしょうか?
アタマを素直にして、身体も素直にすることです。
でもこれは口で言うのは簡単ですが、できる人はまずいないと思います。
まず「素直とは何か?」から、始めなきゃなりませんから。
これは人生をかけた壮大なテーマでもあるから、病気になりましたから、
ハイ勉強しますじゃ遅いの。