2026年6月17日水曜日

4291「神さまの贈り物「ありがとう」」2026.6.17

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月03日の記事を紹介します。


「神さまの贈り物「ありがとう」」


さて本日のテーマ「ありがとう」と言う言葉は日本語にしかない言葉ですが、

この言葉の持つ言霊は、この地球において相当大きな役割、

つまりキーワードのようです。

私のブログのタイトルも「いっぷくからのありがとう」です。 

さて小学生の神様トキ君が、最高位の造化三神の一柱

高御産巣日(タカミムスヒ)の教えとして

(ありがとうについて)伝えてくれています。

・「ありがとう」を1万回唱えることで、願いが絶対にかなう

・運気が上がる

・悪魔的な存在に対してバリヤーの役割を果たす。弾き飛ばされてしまう

その他には

・愛を沢山周りの人に与え続ける事

・そうすると、もう幸せなことしか起きなくなる

・お金がどんどん入ってくる

少し補足します。

神様が3次元地球(現世)に「お金」を作った目的は、

それを使って、みんなに幸せな気持ち、心になって欲しいから。

「愛」の心から作りました。

だから

宇宙の法則の通り、「愛」を他人に与えれば、自分に「愛」が返ってくる。

心の豊かさ、楽しさ、幸福だけでなく

物質的な「愛」の表現である「お金」もめぐり巡って、自分の所に入ってくる。

そのような理屈です。

ですから私たちがお金を使う時、

・物を手に入れる

・美味しいものを食べる

など物質的な目的ではなく

「お金」を使うことで、関係するみんなが 

・喜ぶ

・笑顔になる

・心が豊かになる

・心が綺麗になる

・勇気が出る

・安心する

などのために使うことで、

結局は「お金」を「愛」のため、

人々の心、魂のために使うことになり、

自らを意思を持つ、神さまの作った「お金」も喜んで

仲間を連れて私たちのもとに来ることになります。

また高御産巣日(タカミムスヒ)さまが、

人類に気を付けて欲しいこととして

・人を憎まない事(にくしみ)

・人を恨まない事(うらみ)

これらは神様が一番嫌がること。

・怒ること(いかり)は、一瞬の感情の動きなので、

それを引きずらなければ許される

・怒りの後、笑顔にすぐ変えること

このような直接的な神様のお話を伺うと、やはり神様が見ていらっしゃるのは、

私たちの心。

その心が

・清いか

・明るいか

・自分のやりたいことを自由にやっているか

・心がワクワクしているか

・思いやりがあるか

・愛があるか

全て心の問題だけを見ています。

とかく私たちは神様仏様に

・お金持ちになりたい

・病気を治したい

・良い配偶者に巡り合いたい

・良い学校に入りたい

・良い会社に入りたい

など物質的なことを望みがちです。

また

・霊的なこと

・不思議なこと

・ワクワクすること

・怖面白いこと

などを望みがちです。

ですが神様の視点はそこにはありません。

現実の生活の中での、私たちの心の在り方だけを見ています。

そこを間違えず、神さまの望まれる道、人生を歩けば

私たちは必死に歯を食いしばって努力せずとも

幸せな人生を全うできるようです。

きっと、この日本にかつてあったユートピア

縄文時代は、そんな神様と人間が一体となった時代だったと思います。



2026年6月16日火曜日

4290「生まれて来てくれてありがとう」2026.6.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年06月01日の記事を紹介します。


「生まれて来てくれてありがとう」


今日も竹之高地不動社の本を書くための取材に行ってきました。

今日取材した内容は宇宙系です。 

私たちの住む天の川銀河の外に在る、マクラガワ銀河から来ている宇宙船が、

常に上空に待機している方のお話です。

この方も、竹之高地不動社で関係する方と繋がりました。

その方を中心に、8月に「UFO」を呼ぶ会をやろうかtごいう話も出てきました。

お陰様で本の執筆も佳境に入ってきました。 

さて今日のテーマです。 

今時代は変わろうとしています。

精神性の復活の時代、「心の時代」が到来しています。

天国と同じ価値観で、優しく温かな心の持ち主が、

人々から尊敬され、重きを置かれる世の中です。

ですが、もしかしたら、その「優しく温かな心」の持ち主の皆さんは 

過去、沢山の悔し涙、悲しみの涙を流し、

それを乗り越えて来た方かもしれません。 

悲しみ、苦しみは、心を輝かせてくれる研ぎ石だからです。 

人類の歴史が始まって以来、人々の平等化や既成権力からの解放は、 

それを許さない(国常立尊はじめ)神々による

力強い衝撃の出来事で始まりました。 

要するに、神々による建て替え(破壊)です。 

今の時代では、2010年を境に始まりました。 

建て替えの方法は4つです。 

・大量動員戦争

・変革的革命

・国家の破綻

・致死的伝染病の大流行

これらは、「平等化の四騎士」と呼ばれます。 

過去のペスト、コレラ、結核なども、

大きな犠牲のもとに、人々の知恵と行動によって(立て直し) 

人類の平等化が、飛躍的に推進されました。

今は、まさに強制的な平等化が進展中です。

そして、その方向性が心の純化です。

精神の豊かさ、おかげ様、お互い様の優しい心を目指す方々にとっては、

希望の年の始まりです。 

遅すぎることはありません。

過去の遺物のように

・力の強い者

・お金のある者

・不思議な能力があると自負する者

・神々の力を利用できると豪語する者

に依存して、頼り切るのではなく、ご自身の心の洗濯を、お勧めします。 

さて今日は子供たちのお話です。 

幼少期の、親の虐待、ネグレクトは、子供の心に、様々な傷跡を残します。 

以前地元の養護施設に行って伺ったところ、施設長が仰るには、

半数以上の子供が 「発達障害」なのだそうです。 

悲しいことです。 

ですが、子供の涙と共に、虐待を行う、親御さんの心からも、声にならない声、 

助けて! 

そんな声が、聞こえてきそうです。 

今日は、以前ご紹介した記事ですが、

子供と親の、関わりについて書いた記事です。 

加筆して、ご紹介します。

また、転載する記事は、「死産」について書かれた内容ですので 

ご興味のない方、その他の方は、どうぞ、スルーなさってください。 

子供たちは、生まれる前に母親を選び、

母親を助けたいという目的を持って生まれてくるそうです。 

今日はお子さんとの間で、悩んでいらっしゃるお母さん向けの内容です。 

助産師として33年、2,600人以上の赤ちゃんの出産に立ち会ってきた

内田美智子さんのお話です。 

<転載開始> 転載元

赤ちゃんの夜泣きに感謝しないさい。 

自分の目の前に子どもがいるという状況を、

当たり前だと思わないでほしいんです。 

自分が子どもを授かったこと、

子どもが「ママ、大好き」と言って、まとわりついてくることは、 

奇跡と奇跡が重なり合って、そこに存在するのだと知ってほしいと思うんですね。

そのことを知らせるために、私は死産をした一人のお母さんの話をするんです。 

そのお母さんは、出産予定日の前日に、胎動がないというので来院されました。 

急いでエコーで調べたら、すでに赤ちゃんの心臓は止まっていました。 

胎内で亡くなった赤ちゃんは、異物に変わります。

早く出さないと、お母さんの体に異常が起こってきます。 

でも、産んでもなんの喜びもない赤ちゃんを、産むのは大変なことなんです。 

普段なら私たち助産師は、陣痛が5時間でも10時間でも、

ずっと付き合ってお母さんの腰をさすって、 

「頑張りぃ。元気な赤ちゃんに会えるから頑張りぃ」と励ましますが、 

死産をするお母さんにはかける言葉がありません。 

赤ちゃんが元気に生まれてきた時の分娩室は賑やかですが、

死産のときは本当に静かです。 

しーんとした中に、お母さんの泣く声だけが響くんですよ。 

そのお母さんは分娩室で胸に抱いた後、 

「一晩抱っこして寝ていいですか」と言いました。 

明日には、お葬式をしないといけない。 

せめて今晩一晩だけでも抱っこしていたいというのです。 

私たちは「いいですよ」と言って、

赤ちゃんにきれいな服を着せて、お母さんの部屋に連れていきました。 

その日の夜、看護師が様子を見に行くと、お母さんは月明かりに照らされて、

ベッドの上に座り、子どもを抱いていました。 

「大丈夫ですか」と声をかけると、 

「いまね、この子におっぱいあげていたんですよ」と答えました。 

よく見ると、お母さんはじわっと零れてくるお乳を指で掬って、

赤ちゃんの口元まで運んでいたのです。 

死産であっても、胎盤が外れた瞬間に、ホルモンの働きでお乳が出始めます。 

死産したお母さんの場合、お乳が張らないような薬を飲ませて止めますが、

すぐには止まりません。 

そのお母さんも、赤ちゃんを抱いていたら、じわっとお乳が滲んできたので、

それを飲ませようとしていたのです。

飲ませてあげたかったのでしょうね・・・ 

死産の子であっても、お母さんにとって子どもは宝物なんです。 

生きている子ならなおさらです。

一晩中泣きやまなかったりすると「ああ、うるさいな」と思うかもしれませんが、 

それこそ母親にとって、最高に幸せなことなんですよ。 

母親学級で、こういう話をすると、涙を流すお母さんがたくさんいます。 

でも、その涙は浄化の涙で、自分に授かった命を、慈しもうという気持ちに変わります。

「そんな辛い思いをしながら 子どもを産む人がいるのなら私も頑張ろう」 

「お乳を飲ませるのは幸せなことなんだな」と

前向きになって、母性のスイッチが入るんですね。 

<転載終了>

私は男なので、母性本能はありませんが、子供たちを慈しむ気持ちはよくわかります。 

・どれだけ大変で苦労しようと

・どれだけ心配をかけられようと

・どれだけ、心をざわつかせられようと 

やっぱり、時がたち、振り返ってみれば、

人生にとって、かけがえのない、宝石のような時間です。 

「私たちに、こんな未熟な私たちに・・親のまねごとをさせてくれて、ありがとう」 

そんな感謝の気持ちが沸き起こります。 

思い出は尽きません。

でも、私たちは子供たちが、学校に上がるようになり、大きくなれば、反抗期も始まり、

そんな慈しんで大切に育てた記憶も、忘れ去ってしまいます。 

目の前の、反抗や、問題ばかりが気になり、自分の思い通りに、子供がならないことに、

悩み苦しんだりもします。 

不登校にでもなれば、もう目の前が真っ暗になります。 

病気になってもそうですね。 

どうして うちだけ? 

ですが、子供たちが生まれて来た時のことを、少し、思い出してみてください。 

お母さんは、命がけで子供を産みます。 

初めて赤ちゃんを抱っこした時の、お気持ちを覚えていらっしゃいますか? 

赤ちゃんに、おっぱいを上げた時の、気持ちは、いかがだったでしょうか? 

本当は、今がどんな形(病気だとか 反抗的とか 不登校とか)であろうと、 

生きていてくれるだけで感謝ですね。 

私たちの生きて行く道には、沢山の出来事が用意されて、置かれています。 

その一つ一つは、決して楽しいだけのものではありません。 

ましては家族の間には、感情を伴う、様々な出来事が準備されています。 

私たちは、ひとつひとつ、笑ったり泣いたり、怒ったり、

喧嘩したりしながら乗り越えて行きます。

その経験の積み重ね、その歴史こそが、本当の家族を作ってくれます。

家族一人一人を、大切にしたいものです。 

憎たらしくなったら、生まれて来てくれた時のこと、その時の喜びと幸福感を、

思い出してみてください。 

もし、その子が亡くなってしまったら・・・、想像してみてください。

きっと「生きていてくれるだけで幸せ」って、思えるかもしれませんね。


2026年6月15日月曜日

4289「愛とは何ですか?」2026.6.15

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月30日の記事を紹介します。


「愛とは何ですか?」


今日の記事は、毎年1回は載せようと思っている記事です。

この内容は、まさに神々のなさり方を教えてくれるからです。

私たちの心を、神さまの方に向けることができるからです。 

その結果、ご自分が幸せになるだけでなく

身近な周りの方々も真の幸せ、笑顔を手にできるからです。 

もう読んだよって方は、どうぞ、遠慮せずスルーされてください。 

私たちはきっと、漠然とですが、

神々の奇跡について

以下のようなイメージを持っているかもしれません。

・目を見張るような、ビックリするようなこと

・目に見えない、魔法のような不思議な力

・一瞬で世の中が変わってしまうようなこと

・今のつまらない人生が一瞬で変わり、幸せになれるようなこと

ですが、きっと神さまは

そのような安直なことは なさらないと思うのです。

またパワースポットなどを巡り、神様に頼り切り、

高いお布施を払ってご祈祷さえしてもらえば、幸せにしてもらえる。 

そのような物ではないと思うのです。 

神さまは、主に人間の中の、心の動きとして現れます。 

そして御心のままに、人を動かし、世の中を動かしていきます。

それは、注意してみなければ気付かない、本当に些細な変化から始まります。 

ですが、その変化は、まさに神様のミワザです。 

着実に変化を起こし、長い目で後ろを振り返った時、 

その時の変化が、きっかけで、今の状況に至った・・ 

そんな変化のターニングポイントになっています。 

それほどまでに 神さまのミワザ、やり方は、計り知れない力を持っています。 

そして、人々に気付かれないように、なさります。 

まさに知らずに、人々の心に入り込み、

ご自分の仕業と、気付かせないようにヒラメキを与え、 

・心を動かし、

・言葉を発しさせ、

・身体を動かします。 

それが、必要な様々な人を介し、有機的に繋がり、変化を起こしていきます。 

それでは、神さまの流儀、やり方を書きたいと思います。

「1本のホウキが生んだ奇跡」のお話です。

<転載開始> 転載元 

何も見えず、何も聞こえず、何も話せない。完全な闇・・・

三重苦という重障害をもちながら、アニー・サリバンという最高の教師の力を得て、 

目覚め、成長し、世界中の福祉に貢献した、誰もが知る偉人。

彼女の名は ヘレンケラー

彼女の存在が、どれほど世界中の人に、愛の力をおよぼしたか、

どれほど多くの人々を救ったか、

ですが、このお話は、そのヘレンケラーのことではなく、 

ニュー・イングランドにある精神病院で働く名も知れぬ、

普通のお掃除のおばさんのお話なのです。

彼女の働く病院の地下室には、「緊張型精神分裂病」と診断された 

10歳の少女の患者がいました。

何に対しても、反応を示さず、ただ暗い地下室のベットに、うずくまっているだけ。

少女は、もう回復の見込みはないと考えられていました。

世界から見放され、一言も話すことなく、胎児のように、丸まったまま、

決して動こうとはしなかったのです。

以前はとても可愛らしい少女だったのですが、いまや、日々やせ衰えていくばかり。

彼女は、そんな少女の個室のまわりを、毎日掃除をしに、やってきました。

そして、ドアの下のすきまから、食事をホウキの柄で、中に押し込みます。

彼女にも同じくらいの歳の娘がいたせいか、少女を不憫に思いますが・・

そこはただの掃除婦、何もしてあげることはできません。

そこで彼女は、せめてそこを去る前に、うずくまる少女の肩をホウキの先で、

そっとつついてあげることにしました。

「ねえ、あなたは一人じゃないんだよ! 

少なくとも、ここにあなたを気にかけている人間がいるんだよ」 

そういう思いを、伝えたかったのです。

掃除のおばさんには、この程度のことしかできませんでした。

ほんの小さな愛の実践です。

ホウキの先ほどの・・・そんなことしかできませんでした。

でも、その程度のことしかできなくても、ただただ、伝えたかったのです。

だから、くる日もくる日も、彼女はホウキの先で、

その少女を、優しくつつき続けました。

そして、何週間か経ったある日のこと、小さな変化が起こりました。

ただ死を待つばかりだった少女が、

なんと自分の手で食事を受け取るようになったのです。

さらに時が経つにつれ、少女は座ることもできるようになり、

掃除婦のおばさんと話をすることまで、できるようになったのです!

こんなことって、ありえるのでしょうか?

偉いお医者たちでも、完全にお手上げだったのに?

こうして少女は、やがて奇蹟ともいえる回復をとげることができたのです。

それから何年か経った、あるうららかな春の日。

その精神病院の院長は、アラバマ州のひとりの紳士から、ある依頼を受けました。

その紳士のお子さんが重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。

その頃、あの奇跡的な回復をとげた少女は、20歳を過ぎていました。

院長は、自信をもって、その彼女を、紳士に紹介しました。

彼女の名は、アニー・サリバン。

そう、ヘレン・ケラーの偉業を生みだした教師です!

地下室で、ただ死を待つしかなかった、あの少女です。 

それは 小さな種だけど、小さきものが、種となりて、

多くの豊かな愛の花を咲かせている。

その有名な人の、その元の元になるお方が、名も無きお人が、きっといる。 

ヘレン・ケラーを世に出さしめたアニー・サリバン女史。

そのアニーサリバン女史を世に送ったのは、なんと一本のほうきで愛を伝えた、 

掃除のおばさんでした。 

<転載終了>

今あなたは、目の前の人に関心を持って接していますか?

「ねえ、あなたは一人じゃないんだよ! 

少なくとも、ここに、あなたを気にかけている人間がいるんだよ」

そんな思いを伝えていますか?

ほんの小さなことでも、自分の出来る愛を尽くしていらっしゃいますか?

三重苦を克服したヘレンケラーは、世界中の人に、愛の力を及ぼしました。

そして、苦しみの中に泣いている多くの人を救いました。

そして、そのヘレンケラーにつきっきりで愛を注いだ人が、サリバン先生でした。

サリバン先生の大きな愛により、ヘレンは、症状は改善することがなくとも、

人生に希望を見出し、自分の中に、神様を見つけたのでした。

そして、そのサリバン先生が、「緊張型精神分裂病」という病気で、

暗い地下室で一人隔離されていた時に、

愛を届けてくれたのが、一人の掃除のおばさんだったのです。

まさに、これが神様のやり方です。

小さな小さな身近な思いやり、愛が繋がって、大きな大きな愛に育ちました。

その結果、沢山の方が光に包まれました。

神様に触れることができました。

もちろんヘレンやサリバン先生の、強い精神の力もあったことでしょう。

ですが彼女たちは、一時は見捨てられ、絶望の淵、死の間際に居たのです。

そこに神様の息吹を吹き込んだのは、1本のホウキによる、小さな、小さな愛でした。

私たちは、自分が当事者で、苦労の渦中にあると、

どうしても自分のことしか見えません。

その苦しい現象しか見えません。

ですが「ピンチはチャンス」と言う通り、神様は、その苦労の後ろにこそ、 

大きな大きなプレゼントを用意して待っています。

それは苦しい環境に対する、不平、不満、愚痴、呪いの言葉ではありません。

そのような状況下であっても、 他人に対する、

優しさ、思いやり、感謝の気持ち、 「ありがとう」の気持ちです。

それに気付いた時、苦労が大きかった分、 

きっと大きな大きな、愛と幸せに包まれることでしょう。

それが神様のなさり方です。

<エピローグ>

サリバン先生が幼いヘレン・ケラ-をひざの上に乗せて、 

「愛とは何ですか?」 と質問しました。

三重苦の彼女にとって、抽象的な概念を理解するのは難しいことでしたが、 

その時ヘレンはこう答えたそうです。

「サリバン先生が初めて私の家に来てくださった時、

私の頭の上に何か温かいものが流れ落ちました。 

それが愛です。」

サリバン先生が、ヘレンの上に流した涙は、

石のように頑なになっていたヘレンの心を砕き、 

氷のように冷え切っていた、彼女の心をとかしたのです。

どんな力や権威でも、また、どんな知識や能力、医学や技術でも、

どうすることもできなかった、ヘレンの心の戸を開いたのは愛でした。


2026年6月14日日曜日

4288「生きる!」2026.6.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月29日の記事を紹介します。


「生きる!」


「置かれた場所で咲きなさい」で有名な、渡辺和子さんは 

その著作や、お仕事(大学の学長)、講演会を通じ、

沢山の方々に生きる勇気を与え、光の道を示してくださいました。 

ですが、彼女も働き盛りの時に、うつ病で苦しみました。 

幼子とマリア 闇を見た瞳 

数多くある、幼子とマリアの絵画の中で、私は上の絵が一番好きです。

人間の瞳の輝きは、生まれ変わりを超えて、決して変わることがないと言われます。

この絵の中のマリアの瞳は、神の子を身ごもったという感情だけでなく、 

数々の、苦しみ、悲しみ、後悔、悔しさ、理不尽を見てきた瞳をしているからです。 

その瞳の深みに、深く引き付けられます。 

ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』で有名な故渡辺和子さんは、 

36歳の若さでノートルダム清心女子大学の学長となりましたが、

若さゆえに沢山の苦労をなさいました。

<引用開始> 引用元 

思いがけず学長という立場につけていただきまして、やはり苦労がございました。

私はいわゆる「くれない族」というものになりました。

・お辞儀をしてくれない。

・あいさつをしてくれない。

・こんなに苦労しているのに労ってくれない。

そういう「くれない族」。

私は「もっと人様に仕える仕事をさせていただくために入ったのに」

と私を修道院に推薦してくださったアメリカ人の神父様のところにまいりまして、

縷々(るる)不平不満を述べました。

すると神父様は、

「あなたが変わらなければ、どこへ行っても何をしても同じだよ」

とおっしゃいました。

目からうろこが落ちました。

他人が変わることばかり求め、幸せを他人まかせにしていた

自分に気づかされました。

私が変わらなければと思い、私の方からあいさつをする人間に

変わる決心をいたしました。

そうすると、周りの方が変わってくださったんですね。

明るくなりました。

それまでは、環境さえ変われば、みんなさえ私を理解してくれれば、と思っていました。

神父様の一言で、大切なのは人に頼ることじゃないんだ、と気づきました。 

「環境が悪い」、「人が悪い」ではなくて、悪い環境ならよくしよう。

よくするためには、まず私が一番先に、変わらなければいけない。

発想の転換と申しましょうか、そういう気持ちになりました。

私は傷つきやすいところがございますけれども、

そのおかげで、人様にこういうことをしたら、この言葉を申し上げたら、

傷つくんじゃないかということが、わかる人間になったと思います。

弱さ、傷つきやすさを逆手にとって、相手の気持ちがわかる人間になる。

だから傷つくことの ありがたさを、忘れてはいけないのです。

時間の使い方は、命の使い方。

この世の中に、無駄なものは一つもございません。

嫌なことや、傷つけられたことさえも、私たちは、いいことに 変えられるのです。

<引用終了>

渡辺さんは学長として、働き盛りだった五十歳の時、

うつ病となり、死を考えた経験があるのだそうです。

そして、周りの方々、取り巻く神々に助けられ、克服しました。

渡辺さんの醸し出す、静謐(せいひつ)の中の深い優しさは、

そんなところから来ているのかもしれません。

ご自分で苦しみを味わったからこそ、同じように苦しむ人々の心の内が分かり、

そして、寄りそい、温かな言葉をかけられるのでしょう。

そう考えたら、ご本人の仰るように、病気さえも無駄ではなかったことになります。

返って神々の、大きな大きな恩寵となったのです。

神様のやり方は、何時も同じです。

神様は私たちの「願ったもの」ではなく、

幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。

それは必ずしも私たちが、欲しくないものかもしれません。

でも、全てが必要なものなのだと、感謝して謙虚に受け入れることができれば、

人の魂は、どんなに光り輝くことでしょう。周りの人たちの心を、照らし出すことができるでしょう。

お腹が空いた時のひもじさが分かるから、素朴な美味しさを感じることができます。

私たち生きている人間は、物事の表面しか見ることができません。

その、ほんの一面だけを見て

・良い、悪い

・幸、不幸

を判断することはできません。

有頂天になったり、落ち込むことには意味がありません。

どんな人も、必ず、時が経って振り返れば、

究極的には、肉体が亡くなって天に返る時、

今の状況に至るためには、その出来事が必要なことであった、

そう気付くことでしょう。

神さまは、幸運を与える前に、必ず

まず、不幸に見える出来事をくださいます。

そして、その出来事に、不平や不満、愚痴を言わず、やり過ごすことができた時、

幸運がやってきます。

それは、必ずセットになっています。

更に、神さまのなさり方が理解できたのなら、きっと前半部分の、

不幸に見える出来事がやって来た時、

感謝の気持ちで受け取ることができるでしょう。 

以前、作った詩です。

辛さとは

耐え忍ぶものではなく、楽しむもの

苦しいことを

ただ苦しんでいるだけでは、苦しみは消えない

苦しんでいる自分から一歩退いて、後ろから眺め、見て苦しみ。 

その経験を心から楽しもうとすれば、 

苦しみはおのずと消えて行く

苦も楽も

善も悪も

生も死も

一瞬も永遠も

光も闇も

ほんとは同じ一つのもの

苦しみ辛さの最中、ほんとは大切な経験をしている。

苦しいという経験

辛いという経験

助けて欲しいという経験

それは、自分だけでなく、周りを巻き込んで、

魂を揺さぶる壮大な人生ドラマの山場

次なる展開への引き金

二元性のこの地球において、二元性を超えてゆくことは

並大抵のことではないけれど、

長い長い輪廻の

時が満ち、今チャンスが訪れている。

試練とはハードルではなく

生まれた時から人生に組み込まれたオプション

だから無理に乗り越えようとせず

その試練を、

吹き抜ける風のように感じてみればいい

どんなに辛い苦難や、厳しい試練も

いつか過ぎ去っていく、

嵐のように

永遠に続くものなど、何一つないのだから

逆らわず、あるがままの自分で、じっと持ちこたえて

心が痛んでも、身体が傷つけられても

魂は、決して傷つくことはないのだから

心も、身体も、魂も

強く

ひたむきに

逞しく

前向きに

潔く

したたかに

生きる

神様は私たちの味方しかしません。

新しい環境に置かれると、不安になりがちですが、

その変化は、神様が起こしてくださった変化、私達を成長させるための変化、

神様は私達を困らせたり、泣かせたりすることをなさいません。

私たちの魂が喜ぶことをなさいます。

変化の時を迎えている方、

どうぞ安心して、明るく笑って新たな環境に踏み出して見てください。

不安の向こうには、必ず幸せが待っています。


2026年6月13日土曜日

4287「10 Days of Darkness」2026.6.13

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年5月21日の記事を紹介します。


「10 Days of  Darkness」

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。

 

みなさま、お待たせいたしました。

澤野大樹公式サイトINTUITIONがリニューアルされました。

以下に澤野さんよりメッセージをお届けいたします。

 

突如として閉鎖された公式サイトが、

ようやくリニューアルを伴って復活しました。 

サイトが閉鎖と聞けば、誰もが一大事ということになるかと思います。

ほとんどの人から見て、それは最悪の事態と映るでしょう。

ですがそこは「量子意識」。 

その事態に直面した直近数日の、最悪と思われたことの向こう側には

きっとそれとは違う別の何かがあるのだろうと、

今回はリアルタイムで考えることができました。 

このひとつの経験がすでに大きな進歩であり成長だと思いました。 

長い目で見た場合、これは私に何をもたらすのだろうか? 

公式サイトを設置しているレンタルサーバ会社に、

サイバー攻撃がなされたことから、

始まった今回の出来事。 

そこも含めて、最初からQCが動いていたのだろう。

そう思えてなりません。 

振り返って考えてみれば、たしかに私のサイトも、

些か古いままで置かれていました。 

それで何か不便だったり、機能が不足していたりだったりとかは、

なかったのですが、

そういうことではなく、己の外形を超えたところにある、

多次元的な刷新というものが、

ここへ来て必要になったのかな、と思いました。 

言っている内容や、書いている内容が、

きわめて「合っている」からこそ、起こること。 

ということは、今回の公式サイトの強制的な閉鎖という事象には、

己のまだ与り知ることのない、意味が込められているのだろうなと。

解けない謎はもたらされない。

越えられない峠もない。

だから解けるもんなら、解いてみなさいよ。

こうして私はたしかに解いた。 

青森に現れたあの「蛇の目」も完全なる必然として、

あの日、あの時、あの場所で、きちんと制御されて顕現した。

それを「奇跡だ」と距離を置いてはいけない。

それは遠巻きに展開される世界ではなくて、

今、己と共にあるのだということ。

つまり、距離はない。 

私のサイトは意図せず、強制的に、しかも突如として閉鎖された。

いきなり暗闇になった。

そしてそれは10日間続いた。 

これぞまさに「10 Days of  Darkness」であり、

それはピンポイントで私に起こった。 

旧い「この世」がいよいよ終わるのか。

じゃあそれは「最悪の事態」か?

今ならそれをもっと的確に、判断できるような気がする。

これまでの「intuition」というドメインから、新たに

「tium」へと変わった。

これはたった4文字のアナグラムだ。 

己の無知を自覚することこそが、

最大の知を生むのだということ。 

もっとも小さなものと、もっとも大きなものは、裏と表で繋がっている。

そこに距離はない。

というわけで、

サイトがリニューアルしましたので、よろしくお願いいたします。

澤野大樹

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新たな時代の始まりを示唆するべく

強制的に産み出されたプラットフォーム,

tium.jp 『知、産む(チウム)』。

サイト自体が脈打つ核を持ち

量子もつれを起こしながら伝説が紡ぎ出されていく、

そんな感覚がわきあがってきます。

澤野氏の論説は、

ジャンルという枠を超えた完全オリジナル。

新しい価値観を手にしていただけたら幸いです。

 

澤野大樹青森講演会主催

小野裕美子


2026年6月12日金曜日

4286「真実が明かされる時」2026.6.12

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月28日の記事を紹介します。


真実が明かされる時」


もう数千年も、ある意図を持って隠されてきた真実があります。

そして同じく数千年の時を掛けて、

その秘密を明かし、人々を幸せにしよう

という勢力による 努力もなされてきました。

そして、沢山の人々の努力により、その隠された真実が

今明かされようとしています。

その隠された真実とは、私達の心の中には

神さまがいらっしゃるという事。

それは、誰一人として、例外なくです。

私達の心は、巧妙な手段によって、がんじがらめにされてきました。

キリスト教では、私たちは、

生まれながらの罪人であると教えられて来ました。

ボロボロになるまでも自分を犠牲にし、

他人に尽くしなさいとも教えられました。

自己所有の、私の・・と言う言葉が生まれました

(縄文の時代には存在しませんでした)

その結果、所有慾が生まれました。

持てる者、持たざる者の違いが生まれました。

それによって、嫉妬心が生まれました。 

嫉妬、やっかみ、ねたみ、ひがみ、焼きもち・・・ 

これらは、心を曇らせます。 

支配と、依存の心が生まれました。

自分さえ良ければの、心が生まれました。

持たざる者は、

常に将来の不安・恐怖を抱くようになりました。

自分の思い通りにならない事、思い通りに動かない人々のことを、

許せなくなりました。

ですが、

私達の心の中には、神さまがいます。

良心があります。

その結果、良心と、悪い心の狭間で、葛藤が生まれました。

人を許せないのと同じパワーで、自分自身も許せなくなりました。

私達は生まれながらの罪人と、教えられて来たからです。

でも、この数千年の間、

その呪縛を取り除く努力も綿密に計画され、実行されてきました。

私達の心の中には「神さま」がいるという事。

心に静かに問いかければ、

 誰でも内なる神さまの声を聞けること。

時代はもはや、助けてくれる神々や、

頼れる師を、外に求める時代ではなくなりつつあります。

自分が自分の心のよりどころ、となる時代に入ったからです。 

そのよりどころとは、私たちの中に、何時もいらっしゃる「神さま」です。

それは、数千年にも渡り、隠そうとしようとして来た勢力と、

それに抵抗し続けた勢力の、せめぎ合いの時代でした。

それでも今、着実に真実を明らかにし、

人々を幸せにしたいという願いが、 

実現しつつある時代になってきました。

自分の可能性を信じ、自分を受け入れ、

人のあるがままを許し、自分のあるがままを許し、 

そして自分を認めていく段階に来ました。

それが出来た時、初めて私達は、

自分自身を愛し、その内なる可能性を信じ、 

自らの足で、歩み始めることが出来ます。 

真の意味で、人に優しくすることができます。

私達の心の中には、神さまがいます。 

全ての人の中にいます。

自分自身を許し、受入れ、慈しむことが出来た時、

その「神さま」は輝きを増します。

私達が常に恐怖に苛まれ、愛の欠乏を感じ、 

苛立ち、人を、自分を、許せなくなるのは、 

その様に仕向けて来た者達がいたからです。

巧妙でシステマティックな手段でした。

ですがそれと同じく、陰があれば、陽があるように、

その隠された真実を、元のように表に出そうと、

努力してくれていた命がありました。

私たちは、自分自身を卑下する必要はありません。

イエス自身が仰ったように、

私達は一人一人、誰もが尊い存在だからです。

でも、最後の扉は自分で開かなければなりません。

その方法は、非常にシンプルです。

置かれた場所で咲きなさい。

そのように生きることです。

私達の中には、宇宙の根本法則である、神さまが居らっしゃいます、

それは本当は私達自身であり、私達の良心です。

それに気付き、知ること。

その神さまは、全ての私達の属する宇宙の運航、 

そして身近な出来事、人との出会い、別れさえも決めています。

今、自分がいる、そのままの場所・環境の中で、

全てに感謝して輝き、そして幸せになること。

それこそが、今の時代に生きる人々に求められています。

ブッダの時代から数え、2回目の1,200年ごとのサイクルの中で、 

今、その段階に入りました。

 


2026年6月11日木曜日

4285「死なないで!」2026.6.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月27日の記事を紹介します。


「死なないで!」


周りを見渡してみると、元気はつらつの人もいらっしゃいますが、 

本当に辛そうな方々も沢山いらっしゃいます。

ですが、

・同じく辛そうな環境に囲まれていても、

・同じような苦しい状況に置かれていても、

いつも前向きで明るく、感謝の日々を送っている人も存在します。

その違いは何かと言えば、 

・気持ちの持ち方、

・心の置き所の違いかもしれません。

ブッダは慈悲の人でしたから、

そんな辛そうな人たちを救おうと、般若心経を残してくださいました。

そこには、自分の周りに時々刻々と起きてくるいろんな現象には

「良い・悪い」はないんだよ(=空)

それを、

・良いことだ、

・悪いことだと

判断(色をつける)しているのは、自分の心ひとつなんだよ。

辛く見える現象でも、神様からの贈り物と、

感謝して受け取れば、それは幸せとなるし、 

不平不満で受け取れば、それは苦痛になる。。

そう教えてくださいました。  

そして人間の人生というのは、どのような時でも

感謝が大切なのだよと教えてくださいました。  

それこそが、人間を辛さから解放してくれる妙薬だと・・

さて今日は 「死なないで」ということで、斎藤一人さんの言葉をご紹介します。

<引用開始> 引用元

今から、『天使の翼』っていう話をします。

人は誰でも、一人に一人づつ、

エンジェル(エンゼル)がついてるんだよ、って話です。

日本でいうと守護霊さんっていうだけど、外国の人はエンジェルって言うんだけど、 

誰でも人は幸せになるために、一人に一人づつ、エンジェルがついているんだよ。

今、ものすごい苦労している人もいると思います。

つらい思いしている人もいると思います。

人間って自分の運命を、天国にいるときに決めてきて、 

こういう運勢で自分は生きますって神様にいうと、

神様は、それだとちょっと荷が重いんじゃないかい?って言うんだけど、

「大丈夫です、それでも私は幸せになります」って、神様に約束してきます。

それで出てくるんですけど、ほんとにつらい修行を背負ってる人もいるんです。

ところが、人間っていうのは

トータルすると、絶対に元がとれるようになってるんです。

だから苦労した人って、死にたくなっちゃうことあるかわからんないけど、

死なないでください。

あなたが苦労した分、絶対に人は幸せになれるようにできてるんです。

それで、早く幸せになれるコツってあります。

人間関係でつらいこともあります。

ほんとにそういう時は、 

・あなたに嫌なことする人、

・悪いことする人、 

もう無視してください。

それより、 

・あなたを守ってくれるお母さんとか、

・お父さんとか、

・近所の人とか。

で、もしそういう人が、私はひとりもいないんだっつったら、 

自分を守ってくれてる、自分にはエンジェルがついててくれてるんだ、って。

翼があるエンジェルがついててくれてるんだって、信じてください。

そして、今を乗り切ってください。

今苦しくて死にたいことがあるかもわかんないけど、死なないでください。

私なんて死んだって、誰も悲しまないっていうけど、神様が悲しみます。

あなたについてるエンジェルが悲しみます。

そして、今話してる私が悲しみます。

あなたは。かけがえのない人です。

そして、かけがえのない命です。

これから、あなたと出会う大勢の人がいます。

これからの出会いは、本当にすばらしい出会いです。

明日を信じてください。

そして、あなたを導いてくれる、エンジェルを信じて下さい。

あなたに羽根はないかもわからないけど、あなたに付き添ってるエンジェルには、

翼があります。

そして、あなたを必ず導いてくれます。

どうもありがとうございます。

<引用終了>

一人さんは、こうも仰っています。

神様が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない

要するに、自分の周りで起きていることは、

神様が起こしているわけですから、そこには悪いことなど一つもない。 

全部が全部、自分へのギフトであるということです。

ですから、もし死にたくなるような辛いことがあるのなら、

この言葉を思い出してみてください。

「もしこのトラブルがツイてることなら、どんな展開になるのだろう?」

「この問題は自分に、何に気付いてほしくて、起こっているのだろうか?」

そう考えていると、 

・時間が解決するか、

・ひょんな人の言葉がヒントになって解決するか、

・別の変化が起きて、その問題自体が自然消滅するか。。

様々な方法で解決していきます。

神様は、私たちを破滅するために、

その現象を起こしているわけではないのですから・・

だって、 

「神が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない」のですから。。

どうぞ、あきらめず、神様を信じてください。 

本当にホントに、神様っていらっしゃるんですよ。 

すぐそばに・・・

どうしても心が落ち着かないときには、

言霊を何百回、何千回と唱えてもよいでしょう。

不安な心が収まるまで、

ひたすら「ありがとう、ありがとう、ありがとう」・・

心の中だけでも、口に出してもどちらでも構いません。

この「ありがとう」の言霊は、宇宙最強と言われていますから、 

必ず心が落ち着き、またこの言葉を、思い出すことができるでしょう。

「神様が与えること(出来事)で、ツイてないことはひとつもない」

神さまの恩寵は、必ず「感謝の心」を媒体にして現れます。 

感謝の心を持つ人を、神様が見捨てるはずがないからです。

だから、何度でも言いますが、私たちは大丈夫なようにできていて、

そのように運命づけられて、この世に送り出されてきました。

それは、私たちだけでなく、子供たちや、ご家族たちでさえも。

私たちが心配して取り越し苦労などする必要はありません。 

彼らにも、彼らの神さまがおり、

大丈夫なように常に支えていられるのですから。。

どうか、希望とともに、「ありがとう」という、感謝の気持ちでお過ごし下さい。

私たちの周りで起きている、あらゆる問題と見える事象も、解決方法は、 

このようにブッダの教え、般若心経に書いてあったんです。

今日、その事を知ったのですから、 

今、この瞬間から幸せが、どんどん列をなして、押し寄せてくれることでしょう。 

前世に置いて、ブッダ、そして空海の弟子だった

小林正観さんが、幸せになるための「3秒」の方法を教えてくださっています。 

● 1秒目…過去のすべての出来事を受け入れること

● 2秒目…現在のすべての出来事を受け入れること

● 3秒目…未来のすべての出来事を受け入れること 

これで終わりです。 

自分に起きたことや、これから起きることは、すべて自分が成長するために、 

必要なことだったと、思うこと、感じること。 

そのように目の前の状況を受け入れれば、感謝できれば、 

悩みも苦しみもなくなって、ラクに生きることができるでしょう。

実際に、目の前の苦労、悲しみは、全て、私たちの魂を輝かせるために、

神さまが起こしてくださっていることだからです。 

不幸の後には、必ず幸運が来ることになっています。

宇宙はバランスを取ろうと、常にエネルギーが動いているからです。


2026年6月10日水曜日

4284「神さまの微笑み」2026.6.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月26日の記事を紹介します。


「神さまの微笑み」


縄文の昔から、日本人は、全ての中に神様を見出してきました。

(八百万の神) 

私も、特定の宗教には入っていませんが、神様の存在を確信しています。 

一方、神様を信じていない方は、

全ての判断を、自分一人で下さねばならず、人生が孤独な闘いですね。 

常に不安で、過去を悔やみ、未来に対しては取り越し苦労で、

心が休まる暇もないかもしれません。

私は神様を信じているので、やることやったら、後はお任せです。

その結果がどうなるかは心配しません。

なぜなら、どのような結果が出ようと、

その結果は、自分にとって、一番必要なことで、良きこと。 

そう、もうすでに決まっていることを、知っているからです。

全ての結果に感謝します。 

それだけです。

こんな、努力もしない、心配もしない、ちょっとズボラな生き方・・楽ですよ。

さて、小林正観さんのお話からご紹介します。

<転載開始> 転載元

偉い先生方は、掃除と感謝のことは 言う。

正観さんには そこに笑いが入りました。

笑いの重要性。

正観さんは、こんな説明をしてくださいました。

例えば 子どもがオール1を取ってきた通信簿。 

それを見たとき 

「なんでこんなに成績が悪いんだ。」

怒る父親 母親がいると思いますね。どこにでも。

しかしね。「きれいだなあ これ」と笑っちゃう人がいる。

「こんなにきれいに 1をそろえるなんて」と

笑った。あまりにきれいで、おもしろくてと。 

もう どうしようもないから。全部1だから。

その、オール1への親の笑い。

正観さんが その意味をこう解いてくださいました。

笑った瞬間というのは実は  

「その現象を100% 肯定した」ということなんです。 

わかりますか?

笑いとは肯定の一番上の行為なんです。 

首を縦に振るというのも 肯定の一部。

「そうだね。確かにそうだね」と言う。 

肯定の一部。

「笑う」という事は肯定の一番上。

100%受け入れたということ。

それが 笑いの重要な意味なんです。

そして、もうひとつの例を紹介してくださいました。

医者から宣告されたとします。

「あなたは がんです」

「がんなんですか~  ガーン」 

がんですと言われたとき 駄洒落一発・・・

「笑ってしまうというのは100%の肯定なんです」

今度は肯定の意味を説明してくださいました。

肯定をするというのは人生の中で、すごく重要なポイントです。

目の前の現象について 笑うということは、目の前の現象について、 

100%肯定したということです。

そして目の前の現象をつかさどっているのは、3人の方です。

このように「笑い」「肯定」から 本質の話をしてくださいました。

3人とは

・宇宙  と

・地球  と

・神さま  

なんですよ。

目の前の現象に対して、 

瞬間的に 笑った という事は、宇宙と、地球と 神さまへのメッセージです。

あなた方がやっていることは、肯定しています。 

とても 気に入って 嬉しいです。

面白いです。 

と言った瞬間が「笑った」ということなんです。

一方で、宇宙、地球、神さま へ、あなた方のやっていることが 気に入らない。

そのメッセージが、不平不満。愚痴。泣き言。悪口。文句なんです。

面白くない顔をして「否定した」瞬間なんです。

笑いと肯定が、神さまを味方にする。 

そわか(掃除、笑い、感謝)のひとつなんです。

笑った瞬間 神さまの微笑返しが きっとあります。

そして 肯定にも段階があります。 

その最上級が「笑い」、笑えるかなあ と心配する前に、何にでも肯定してみること。

正観さんは 

「そうだね 確かにそうだね」が肯定の一部と言われました。

現象に対する 肯定。

それを 目の前のすべて 人やモノ 動物 植物 鉱物にまで広げていくこと。

肯定、つまり承認をしてみること。

部屋にあるもの。パソコンに 机に、本や本棚 ペンに手帳、

かばんにプリンター、エアコン、部屋から見える 草花、野菜、石、 

空も 夕暮れも 雲も 星も

すべてに、「そうだね」「そうだね」と認めると、 

すべてが「そうだよ」「そうだよ」と肯定が帰ってくる。

自分は 結局 すべての中の ひとつ。

全てを肯定することは、

結局 自分で自らを承認して肯定することと同じこと

すべての中に 神さまがいる。

自分にも 神さまがいる。

そうすると日常生活のなかでは、笑いまでいかないまでも 微笑でもOK。

大きい神さま 小さな神さま、遠い神さま 身近な神さま。

特別なとき 思いがけないとき 、笑えることが起きてきます。

それには日常の中の ちょっとした微笑が大切。

微笑めば 微笑み返しが。

身近な神さまから必ず起こります。

そのとき気がつくかもしれません。

「あっ 自分も 小さな神さまかもしれないね」と。

正観さんの「感謝する」ことは、すべての存在を 認めて肯定することと同じこと。

感謝すると 神さまの微笑み返しが起こり、微笑まないと、微笑み返しはありません。

実践あるのみです。

<転載終了>

まじめな人ほど深刻になりがちですね。

そして、自分の思うように物事が運ばないと、 

・イライラして怒ったり、

・疑心暗鬼になったり、

・人を恨んだり・・

まるで「笑い」の反対なことをやってしまっています。

自分の思うようになんて、絶対にあり得ないのに・・

今、目の前の状況を 

「あぁ、そう来ましたか」と全て受け入れて、笑って感謝していたいものですね。

きっと神様の微笑み返しがありますよ。

もし、配偶者の方が居らっしゃるのであれば、夫婦が笑い合っていれば

どんな

・苦難も

・苦労も

・貧困も

きっと、楽しく乗り越えられますね。 

より一層、愛と信頼が醸成されて、絆が深まるかもしれません。

目の目に起こってくる、全ての困った現象は、神様が放った矢のように。。 

真っすぐに私たち自身に、向かって起ってきています。

私たちの心を変えなさい。 

今迄の 

・しがらみ、

・クセ

・慣習

・慣れ

・怠惰

・変わることへの恐れ

・プライド 

そこから自由になれるかどうかにかかっています。

そして、それができた時、私たちの心は、解放され、より一歩、神様に近づき、

幸せな人生を、再び歩み始めることでしょう。


2026年6月9日火曜日

4283「幸せの種」2026.6.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月25日の記事を紹介します。


「幸せの種」


今日は「幸せは見つけるもの」というテーマで、小林正観さんのお話をご紹介します。 

<転載開始> 転載元 

生れてからずっと目が見えいない人は、

「1秒でもいい、いや0.1秒でもいいから、親の顔を見てみたい」

「結婚した相手の顔を見てみたい」

「子どもの顔を見てみたい」

と思いながら生きているそうです。

私たちは、0.1秒どころか、生まれてこのかた、

目が見えないことなどないにもかかわらず、

目が見えるということに対して、感謝することなどまずありません。

それどころか、

・あれが欲しい

・これが欲しい

・あれをよこせ

・これをよこせ 

と現状に対して、不満ばかり口にしています。

私たちは小さい頃から、足りないものをリストアップして、

それを手にいれなければ幸せになれない、と教え込まれています。 

そのように洗脳されているのです。

それを、「夢と希望に満ちあふれた生活」といいます。

それに対して、私は「夢と希望もない生活」を送っています。

夢も希望もない代わりに、悩みも苦しみも煩悩(ぼんのう)もありません。

私は酒もタバコも麻雀も、娯楽といわれるものは何もしませんし、

休みもほとんどありません。 

「何が楽しくて生きているのですか?」 

と、ときどき尋ねられることがありますが、

「ただ幸せをかみしめて」生きている。

「自分がいかに恵まれているか」 

「自分がいかに幸せか」

「自分がいかにありがたい状況に生きているか」

ということに気づいたら、 

「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の 

「五戒」など口から出てきません。

願いがかなったら、望んだものが手に入ったら感謝する、というのは、 

本当の感謝ではありません。

何も要求することなく、不平不満を言うこともなく、 

いま目の前にあるものを、ありがたく味わう。

それこそが、本当の「感謝」なのです。

人は、自分がいかに、幸せな状況のなかで生きているかに気がつきません。

海で泳いでる魚は、海を見ることができません。

それで「自分も海をみてみたい」と思い、

釣り人が垂れている釣り糸にガブリ!とかぶりつくのです。

すると海の上に引っ張り上げられる。

それで初めて、魚は海というものを見ることができるのです。

釣り上げられた魚が「私」なら、釣り上げた人とは「神さま」。

釣り上げられた状態は何かといえば、「事故、災難」。

海とは、「幸せ」そのものです。 

神さまに「幸せというものを見せてください」と言うと、 

神さまは「わかりました」と言って、災難や事故というものを起こして、

私たちを釣り上げてくれます。

かぜをひいて、丸1日何も食べられなかったら、 

かぜが治ったときに食べた1杯のおかゆが、とてつもなくおいしく感じられるでしょう。

元気いっぱいで毎日おいしいごちそうばかり食べていたら、

おかゆのおいしさは、なかなかわからないでしょう。

では、かぜで丸1日食べられなかったことは、はたして不幸なことだったのでしょうか?

そうとはいえないでしょう。

その体験があったから、おかゆのおいしさ(幸せ)を味わうことができたのです。 

私たちが「幸せ」を感じるためには、

その前には、一般的に「つらい、苦しい、大変」といわれる状況が起こるようです。

そういう構造になっている。

そのことに気づいたら、私たちは

・つらいこと、

・苦しいこと、

・大変なこと 

に遭遇したときも、一喜一憂せずに、平静な心でいられるかもしれません。

<転載終了>

私は大分、正観さんが仰るような生き方をするようになりました。

無理して頑張るとかはしません。

人から頼まれるとか、自然の流れで、する羽目になってしまったことを

するようにしています。

なぜならそれが神さまの意思であり、神さまが引いて下さった、

良きレールだと思うからです。

流れに身を任せています。

そして、ちょっとしたことに「小さな幸せ」を見つけようと思っています。

でも世の中には、ちょっと自分にイヤなことがあっただけで 

「最悪だ!」って言う生き方をする方もいらっしゃいます。

・幸せの種を見つけるのが上手で、いつも感謝の人生を送る人

・足りないもの、悪いところを見つけるのが上手で、いつも不平不満を口にする人

たったこの方向性の違いだけで、幸福度がだいぶ異なります。

天国か地獄かです。

同じような境遇、出来事に囲まれていても、感謝の人の周りは、

光が溢れ、笑顔に囲まれていることでしょう。

不平不満の人の周りは、同じように暗い顔をした人に囲まれていることでしょう。

人生が楽しくない人、うまくいってない人は、もしかしたら、幸せも成功も、 

「見つけるもの」だとは思っていなくて、 

「与えられる」か「偶然入ってくる」ものだと思っているのかもしれません。

チャンスも「来るもの」だと思っていて、

「見つけるもの」だと思っていないのかもしれません。

ですが、感謝して笑顔で生きている方には、

きっと神さまの恵みもふんだんに現われることでしょう。

今世の中は、夜明け前の暗闇の中、

どんどん、どんどん人々の心が、不安と恐怖に向けられて行っています。

また、

・病気やケガ

・貧困

・リストラ

・介護

など、非常に困難な状況に置かれている方も居るかもしれません。

ですが、どうぞ安心なさってください。

勇気を持ってください。

神々を信じ、感謝の心で生きている人を、神様は決して見捨てません。 

見ていらっしゃいます。

今は世の中の変動の時期ではありますが、それは、良き世を作るための変化です。 

今の状況も、神様が私たちに必要だからこそ、その環境の中に置いてくださいました。 

その深い理由を、生きている最中は知る故はありません。 

ですが、ご自分の内にいらっしゃる神さまを、どうぞ、信じてください。 

目には見えなくとも、本当にいらっしゃいます。

心を澄ましていれば、いつかお声を聞くこともできるでしょう。

永遠に続く私たちの魂の道筋の中で、 

私たちは、ほんの一瞬、地球に立ち寄り、経験をさせていただいています。 

それが終われば、再び自由度の低い肉体を脱ぎ、魂の世界に帰っていきます。 

私たちが、今ここ、置かれた環境の中でできることは、 

精一杯自分なりの、花を咲かせることだけです。

その花は、人によって様々です。 

道端に咲くような可憐な花も、美しい大輪の花もあるでしょう。 

ですが、どの花も、神様にとっては美しく、愛おしい花。

どのような環境であろうと、私たちの感謝の心は、

神々が恩寵を表すために大切な媒体です。


2026年6月8日月曜日

4282「青空ひろば」2026.6.8

今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新記事を紹介します。


1749 2026.05.14 ~1451 2026.05.16 

Q3.「いのちの可能性」を追求する上で、心得ておくべき事がありますか。

A.

・失敗を恐れないこと。失敗を重ねなければ成長はありません。勇気を持って「マルでダメ夫」の人生(小さなマルをいっぱい稼ぐけれど、死んだ時に見返してみると、そんな小マルで大きな×を描いている)ではなく、「ダメでマル夫」(いっぱい失敗するけれど、一生を振り返ると、その×で大きなマルを描いた人生だったと分かる)を選び取ろう。

・背伸びしないこと。自分の今持っている武器で最高の勝負をすることを目指そう。

結果の成否は知ったことでない。

・人類の魂の進化の潮流を知って、それに逆らわない正しい人生目標は持とう。

「分離」の方向の目標はあなたをエゴの殻に閉じ込めてしまう(「いのちの可能性」をますます狭めてしまう)。

「融合」の方向の目標はあなたの「いのちの可能性」をますます広げてくれる(誓願を立てることの大切さ)。

・「いのちの可能性」の追求は一生で完成出来ない。「一生1ミリ前進」です。

転生があることを知り、転生の意義を知っておくこと。

飯田史彦先生やキューブラー・ロスさんの著作を読んでおこう。転生があることを知ると、ムダなあせりがなくなって、今・ココにどっしり腰を据えて課題に取り組んでゆけるようになる。


Q1.菩薩(ぼさつ)とはどんな存在ですか?

A.菩薩とは、大乗仏教が生み出した「理想的人間像」です。

地上世界に一人(一つ)でも、苦悩している存在がいる間は、私一人だけが悟りの彼岸(ひがん:安らぎの向こう岸)に渡るようなことはしない。何度でも地上世界に転生して、最後に残った苦悩する存在が無事彼岸に渡りきったのを見届けてから、私は最後に悟りの彼岸に渡ることにしようという誓願(誓い)を立てた存在のことを菩薩と呼びます。


Q2.「菩薩」がなぜそんなハードな誓願を立てる必要があったのでしょう、その理由がもう一つすっきりしません。私にはとてもそんな誓いは立てられそうもありません。

A.

イノチは一体なのですから、自分ひとりだけが他のイノチたちを押しのけて悟ってしあわせになるということは本当は不可能なのです。私の分身たちがまだ解放されていないのですから。この世に一人でも苦しんでいる人(モノ)がいる間は、私はまだ悟っていなくて、安らぎの世界に住むことは出来ないんです。

だから、私はこの地上世界(娑婆世界)に何度も転生して、救済活動に従事するし、ついに最後の一人まで救済し尽くした時に、私はついに本当の悟りを開き(仏となる)、また同時にすべての生あるものたちも悟りをひらく(仏となる)のです。(完)



1747 2026.05.12 ~1746 2026.05.10 

Q1.何のために生きているのでしょう?

A.人は自らの「いのちの可能性」を広げてゆくために生きています。

「いのちの可能性」を広げるとは、「より高くなりたい、よりいのちの領域を広げたい」という意志・本能(いのちの根源意志)に従う行為です。

なぜ、人にはそのような成長意欲があるのかというと、あなたがあなたの人生を精一杯生きて、成功したり、失敗したり、泣いたり、笑ったり、たくさんの学びをします。そうすると、あなたの学びは「人類全体の魂(神)」に送り届けられ、「人類全体の魂」を進化成長させることになるのです。

あなたのような人生を生き、あなたのような学びが出来るのは、宇宙広しといえども、あなたしかいません。だから、あなたがあなたの人生を生き切ることは、とても貴重で、尊いことなのです。


Q2.「いのちの可能性」はどのようにして開発されてゆくのですか?

A.

・若い時は、自分の「いのちの可能性」をガムシャラに追求すればいいのです。

・やがて能力の限界に気づき、人とともに協力しあって生きることの大切さに気づくようになります。

・「差し出せば、帰ってくるものなんだ」という「お風呂の原理」を悟ります(二宮尊徳翁)。

・「いのちの一体性」を悟り、自分は人で、人は自分なのだから、自分の能力でやれるだけのgive を精一杯やってゆけばいい。自分ができないことはもうひとりの自分(他者)がきっとうまくやってくれるのだからという、イノチの本能にたいする「安心感・信頼感」が自然と湧き出します。「ヒトツイノチ(イノチの一体性に気が付く)・ヒトツのイノチの原理(全体でヒトリなのだから、私は私が担当する役割を精一杯やればいいのだと気付く)」を悟るのです。


Q1.「いのちの足腰」を鍛えるとはどういうことでしょう?

A.「いのちの足腰」が弱いと、人生の坂道をたくましく登り切ってゆけません。人生のはるかに遠い目的地までたどり付けません。

Q2.では、「いのちの足腰」を鍛えるにはどうすればいいのでしょう?

A.「徳を積む」ことによって「いのちの運び」が堂々としてたくましくなります。

Q3.「徳」とは何でしょう?

A.徳(グナ)とは、「現世で使用出来る心のエネルギー」のことです。

「心」には「波羅蜜多性(ハラミッタ性:想いを自動的に現実化する性質)」があるのです。丁度、タクシーのようなもので、行き先さえ告げておけば、後は眠っていても、目的地に到達できるのです。心にはそういう目的地到達の自動性があります。

徳が高いと、心の「波羅蜜多性」が強くなり(タクシーの燃料が大量)、想いが実現しやすくなるのです。

徳エネルギーは一気に貯まりません。時間をかけてゆっくり貯めてゆかねばならなりません。


Q4.「徳」を積む(心のエネルギーを蓄える)にはどうすればいいのですか?

A.徳を積むには、他者に対する見返りを求めない善行(布施(ダーナ)行)を実践しなければなりません。


Q5.「徳」を積むには、具体的にはどんな善行をすればいいのですか?

A. <布施行(ダーナ行)の種類> は、『出雲記伝』(バンクシア・ブックス)に詳しく述べているのでお読みください。

財施(ざいせ:貧しい人や困窮している人にお金や物品を提供する行為)

法施(ほっせ:人の心の傷を癒し、安心させてあげ、元気を取り戻してもらうような真理の教えを説く。自分が真理を体得して他の人に説く。また、自分がまだ真理を説けない場合は、師の教えを人に解説する。人に師の教えを紹介する。師のお話の録音を聞いてもらう。師が書かれた本を人にプレゼントして読んでもらう。師の本を印刷出版する(印施ともいうなど)。

無畏施(むいせ:人に安心を提供する) 観音様は「施無畏者(せむいしゃ」 と呼ばれている。

身施(しんせ:カラダでやるダーナ行、ボランティアなど)

和顔施(わがんせ:笑顔で人に接する)

愛語施(あいごせ:思いやりのある言葉で人に接する)

座施(ざせ:職や結婚相手を紹介してあげる。真理が説かれる法座に連れていって座らせてあげる。人やモノを本来のあるべき位置に戻してあげるのも座施)

随喜施(ずいきせ:ともに喜んであげる)


Q6.なぜ「徳」(善行=布施行)を積めば、心のエネルギーが増加するのでしょう?

A. 人のために手を差し出し、足を運べば、「自我の狭い囲い」が破れます。「自我の囲い」が破れれば、他の人や世界と生き通しとなります。そうすると、「自我の囲い」が邪魔して流入出来なかった世界全体の徳エネルギーがあなたに流入できるようになります。また、囲いがないので、世界全体にあなたの想いがよく届くようになります。


Q7.「徳」を積む上で、さらに心得ておくべき事柄がありますか?

A.

① 一過性の徳積みだけでなく、ご縁が出来たところで、粘り強く長い時間かけて掘り下げて善行を続けてゆくことも、出来ればしていった方がいいのです。

② 徳を積むには時間がかかるから、若いときから実践しておいたほうがいいです。しかし、歳をとっていても、そこから躊躇せず、その時から徳積みをスタートするべきです。というのは、徳積みは一生ものでなく、多生の渡るものなのだからです。(完)


2026年6月7日日曜日

4281「神さまにお任せ」2026.6.7

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月24日の記事を紹介します。


「神さまにお任せ」


今日のテーマです。

このブログで、よく 「神さまにお任せ」すると書きますが、 

その具体的な意味を,、小林正観さんが書いていますのでご紹介します。

<転載開始> 転載元 

■ 宇宙に自分の運命を委ねる

私は 

・事故に遭うこと、

・病気になること、

・死ぬこと、

・仕事に関すること、

・財産に関すること

など全て

・宇宙任せ

・神任せ 

にしています。

「好きにしてください」という状態なのです。

あるところで、ある示唆や、暗示的偶然の重なりが必ずあります。

その示唆に対し抵抗しない。

「こうしてみたら」という宇宙的示唆を感じたらその通りにする。

生き方、仕事、全て、私はそういう「流れ」が感じられたとき、

それが宇宙からの示唆だと思い、その示唆を指針としてきました。

宇宙からの「示唆」を素直に受け、

自分の好き・嫌いなどという感情や価値基準は二の次にします。

「偶然」的なことが二つ以上重なったなら、

きっとそこには何か宇宙的意志があるに違いない、それに素直に従う。

シンクロニティ、意味のある偶然

流れに乗り、そのままイカダで下って行くのです。

「宇宙的意志」が感じられたらそう動く。

「引っ張られる」という感覚でもあります。

宇宙に自分の運命や運勢を委ねてしまう。

宇宙的流れがどちらを示唆しているかだけを考える。

そしてそれに従って動く。

私はイカダを浮かべているだけです。

■ 災難を避ける方法

良寛和尚がある人から「災難を避ける方法」を尋ねられたとき、

こう書き送ったと言われています。

 「災難に遭うときは遠慮なく災難に遭いなさい

  病気になるときは遠慮なく病気になりなさい

  死ぬときは、遠慮なく死になさい

  それが災難を避ける最良の方法」

災難も病気も死も、宇宙が色濃く関っているに違いないのです。

そういう分野のことは、

「宇宙」や「神」にお任せしてしまう。

委ねてしまおうというわけです。

生きることが間違いなく楽になります。

■ 宇宙の声を聞く

今の職場をやめたいとか、今の人との結婚をどうしようとか、 

そうした問題に苦しんでいるときは、よく耳を澄まし、よく目を見開くと、 

いくつかの現象が同じ方向を示しているものです。

その「宇宙の声」が分かり始めると楽しい。

さらに、素直に受け入れるほど、

宇宙はどんどん「示唆」をくれるようになります。

自分の運命や運勢は「宇宙」に委ねてしまう。 

・生きること、

・死ぬこと、

・老いること、

・病気すること(生老病死の「四苦」 

・愛別離苦、(愛する人と別れる苦しみ)

・怨憎会苦、(怨んだり憎んだりしている人とも会わなければならない苦しみ)

・求不得苦、(求めているものが得られないことから生じる苦しみ)

・五陰盛苦(肉体を持つが故の苦しみ) 

についての全てです。

実は、「宇宙」に委ねるとは言っても、その宇宙が示してくれる環境は全て、

自分が生まれる前に設計し、用意していたものなのです。

ですから、自分にとって悪いようにはなっていないのです。

■ 病気に感謝

ある合宿で、難病の人六人を含む、十八人が集まりました。

その合宿は、結果的にその六人を中心とした

「難病者合宿会」のようになりました。

私が感動したのは、六人が六人とも

「病気になったことに感謝している」ということでした。

「感謝」は観念論ではなく、非常に具体的なものです。

「世の中に、人のことを親身に考え、徹底的に親切で温かく、

思いやりがあり、限りなく優しい、そういう人たちがたくさん居て、

自分たちを待っている」ことに気が付かせてもらったというのです。

それらの人に会いに行き、知りあいになり、仲良く付き合い、

さらに人間を取り巻いている「精神世界」や「宇宙」の奥深さ、

面白さ、楽しさもを知ることができたのだそうです。

「もし病気にならなければ一生こういう素晴らしい世界や

人が存在することを知らなかっただろう」と口を揃えて言うのです。

挫折や困難や障害や病気を持つ人、直面する人、問題を抱えている人は、 

もしかしたらそのおかげで、

普通の人生だったら簡単には出会えないような素晴らしいものに、

たくさん接することができるのかもしれません。

死に至る病気にさえ「感謝」する心境に、人間はなれるのです。

・優しいまなざし

・思いやりある言葉

・温かい笑顔 

のお陰で。

<転載終了>

宇宙の仕組みや、

神さまの行動の原則などが分かってくると、楽しくなってきます。 

ありとあらゆるところに、神さまの働きを感じることができるからです。 

いつも傍に居てくださることが分かるからです。 

また、偶然が起きた場合も、「どうせ偶然でしょ」と冷たくあしらわず、 

「まぁ凄い、面白いね」と素直に喜んでいれば、

神さまはなおさら沢山の偶然を見せてくださいます。 

また神さまの声は、誰かの口を通してくることもあります。 

小川のせせらぎの音や、子供たちの笑い声、そよ風なども、

神さまが私たちにプレゼントしてくださっているものです。 

そのように繊細な心で、神さまの働きを感じられるようになると、

もう全てのもの、事に感謝しかありません。

神さまの働きに気付き、人が感謝すればするほど、神さまは私たちの身近で、 

良きことを起こしてくださいます。 

自分で、頑張って努力して、どうこうしようとか、人をどうにかしようとか、、 

そんなこと、もうどうでもよくなります。 

今、現在、自分の居る場所で、

全ては調和し、全ては充足し、満たされているのですから、

何かが足りないとか、これが無いからとか、 そんなことは一切ありません。 

神さまは、私たちの置かれている状況を、熟知していらっしゃいますから、 

必要なものは全て、既に、周りに用意されています。 

それに不足を感じたり、不満を感じるのは、私たちの我がままです。

今居る場所、環境、状態で満足し、

感謝していれば、全てはうまく回るようにできています。

それこそが、「置かれた場所で咲きなさい」と仰る神さまに、

感謝をこめて報いる方法です。 

私たちは、一人一人生まれて来た目的があります。

その目的は、生きているうちに明かされることはありませんが、

「神さまの流れに任せ」ていれば、自然に達成されるようになっています。

素直で、優しい気持ち、お互いさまの気持ちで、

ニコニコ生きていれば、きっと素晴らしい人生になることでしょう。 


2026年6月6日土曜日

4280「地球の住人」2026.6.6 

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年05月23日の記事を紹介します。


「地球の住人」


私たちはこの地球に生まれてきました。 

そして泣いたり笑ったり、苦しんだり、楽しんだり、色々な感情を心で味わいます。 

自分で味わうだけでなく、家族や友人と感情を分かち合ったりします。

また心の進化が進んだ人は

神様と感情を分かち合い、魂の交流を図ります。

神々はこの行為を深く喜んでくださいます。

それほど私たち人間を慈しみ、愛しているからです。 

私たちは、誰もが永遠の命を持っています。

なぜなら私たちの魂は、神様から頂いたものなので、

神様と同じく、私たちの命には始まりも終りもありません。

地球ができてから45億年。

私たちは、そのずっと前から存在してきました。

観測によれば、

この宇宙はおよそ138億年前にビッグバンにより誕生しました。

また、私たちの宇宙の外にも

無数の別宇宙が存在していると言われています。

そこでは、私たちとは全く異なる自然法則、

価値観の世界が展開されているのだとか。。

ですが、少なくとも私たちのこの宇宙では、 

「愛こそが全て」という共通の価値観が成立するようです。

神様は愛そのもの。

全ての現象の根底には愛が流れている。

憎しみさえも、愛の変形である・・  

と言われています。

私たち永遠のイノチある生命体は、

もちろん地球が存在する前から存在していました。

ですので、厳密な意味では、地球ネイティブな人は存在せず、

全ての人の故郷は 、別の星ぼしにあるとも言えます。

地球での学び、これは大変人気があり、

なかなか転生させて頂けないようですが、つかの間の学びが終われば、 

また故郷の星に帰って行くのでしょう。

私たちは、この永遠とも言える長い時の中で、大変な確率で出会い、 

そしてお互い感情をぶつけ合い、愛し、愛され、憎み憎まれて 

この星の生を終わりにします。

時には同じ星から来た仲間たちと、出会うこともあるでしょう。

私たちには産んでくれた両親がおり、慈しみ育ててくれた誰かがいます。

共に学びあった友がおり、憎しみ合った誰かもいるかもしれません。

ですが、私たちには確実に地球を離れ、星に帰って行く日が訪れます。

愛する人たちに、いつかは「さよなら」を言う日が訪れます。

君と僕、本当は今まで、離れたことなどなかったんだ。

全ては幻想に過ぎなかった。

魔法のメガネが、そう見せていただけだったんだ 。

僕は、小さな頃から星空を見上げるのが好きだった。

何故だかわからないんだけど。

きっと星は何でも知っている、星が教えてくれる「愛」を 、

小さな子供の僕は知っていたんだと思う。

今やっとわかったことがあるよ。

全ては今この時を迎えるための準備だったんだってこと。

今、この瞬間をともに生きる、大切な仲間たちの「愛」に囲まれて 、

僕たちはずっと一緒だったんだってこと。

離れたことなど一度だってなかったこと。

今、それがわかる

このハートがドキドキして教えているから、

今まで一人ぼっちだったことなんか、本当は一度もなかったこと。

ただ、僕の目には、何かヴェールが掛かっていたから 、

ちょっとの間、迷子になっていただけだったんだ。

何故かわからないのに溢れてくる涙 、

迷子だった僕を見つけてくれた母が、抱きしめてくれた時の「涙」に似ている。

本当はみんな何でも知っている。

ただ、思い出すキッカケを、探しているだけなんだ。

何故、ここで生きているのか、何をしにここに来たのか 、

本当はハートは何でも知っている。 

それは、何かしなくちゃいけないとか、使命とか、そんな大それたものじゃなくって 、

自分のハートを信じてあげること。

ただそれだけなんだ。

そして、今できること。

ハートが動かしてくれること。

今、目の前に居る人と、分かち合うことをすればいいだけのこと。

同じ愛からできた仲間を、愛するだけのこと。

それは、ちゃんとハートが教えてくれるから。

ドキドキしたら、それはOKのサインだから。

溢れる涙は、本当にそれでいいんだよっていう印だから。

今、僕達は全てのものと繋がろうとしている。 

今までの人生、全ての出来事 、すべての出逢いが 、

今、僕をここに連れて来てくれたこと。

今の僕を創ってくれたもの 。

何一つ、どれ一つ、誰一人 欠けてはならなかったこと。

今、僕はみんなと繋がろうとしている。

宇宙の愛と繋がろうとしている。 

やっとこの星の住人、本当の自分として、生き始めようとしているんだ。

古代ハワイ&ポリネシアに伝わっていた、「フナ(HUNA)」の叡智。

「フナ」とは、「隠された、秘密の」と言う意味を持つハワイ語で、 

古代ハワイ&ポリネシアの、

「カフナ」と呼ばれるシャーマン達が使っている秘法の総称です。

ハワイの教師サージ・キングは、カフナの歴史を次のように述べています。

「アトランティス大陸が現れる遥か昔のある時、 

現在プレアデスとして知られている星団から、 

或る人種(存在)がこの太陽系にやってきました。

殆どの聖人(存在達は)、今日ムー伝説で知られる、

太平洋にあった大陸に住み着きました。

彼等は自分たちをムー人と名乗りましたが、

他の人達は彼等を【秘密の力を持つ人】という意味の、 

マナフナ、又は、メネフネと呼びました・・・

ムー(レムリア)では

かなり高度の文明が発達していたそうですので、 

プレアデス星団からの

叡智を引き継いでいるかもしれませんね。