今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。
イノチの学校より23 2026.07.11 ~イノチの学校より25 2026.07.13
白隠さんのお話の時に、
北方を守る、北の方角を大切にするというエピソードをお話しましたね。
それで、ここからは別のお話ですが、地球の気の流れは北から南に向けて流れているんだという説があるそうです。
だから、北向きに頭を向けて北枕で寝ると、新しい気が頭から入ってきて、そして古い気が足の方から出ていくので、自然のリズムに則して気が流れる。
とてもよいイノチの充電法になるようです。
だから北枕は良いことなんだというのですね。
それで、面白いのはね、犬。
犬ってうんちとかおしっこするときグルグルグルグル回って、ウロウロして位置を決めてね、それでうんちやおしっこをしますよね。
それを研究した人がいてね、面白いこと調べるなあと思うけど。
いっぱい調べた統計の結果、北向きに頭を向けて、南にオシリを向けてうんちやおしっこする犬が一番多かったそうです。
確率を調べたらそうなっていた。
これもなんか意味があるんじゃないかな?
気の流れに則した方角を向いて、大地に向かって出す。
風水の基本ってね入り口を綺麗にして、出口を綺麗にすること。
そしたら気の流れがよくなる。
家でいえば入り口が玄関で、出口がトイレですね。
その二つをまず大切にするのが家のね、風水の基本って言われる。
地球の気の流れで考えると、北から入ってきて、南へ出ていくという流れがある。
それを知っておくと良い気がしますね。
渡り鳥とか伝書鳩ってね、帰ってきますよね?あれはどうして帰る事が出来るかと言うと、身体の中に磁気に感応する細胞がちゃんと存在しているんです。
地磁気を感じ取って、どちらが北なのかがわかる。そして体内時計というのもあるから、太陽の位置を見てね、自分が行くべき方向と今いる場所が合っているのかズレているのか?がわかるらしいんです。
だからその、磁気に感応してそして太陽の位置を調べて、自分の巣はどっちの方向にあるかを判断して鳩は帰ってくる。
僕は鳩飼ってたからよくわかります、
伝書鳩って段々と遠くまで行って帰ってこれる様に訓練するんですけどね。
渡り鳥もそう。
鳥は磁気に反応する細胞もってるし犬も多分ね、南北方向にちゃんと向くいうのはそういう感覚器官があるはずですね。
だから人間も絶対持ってるはず。北と南がわかるはず。
だからそういう感覚を磨くといいですね、
そうすればイノチをよりよく充電できるかもしれませんね。
イノチの学校より21 2026.07.09 ~ イノチの学校より22 2026.07.10
法華経の安楽行品(あんらくぎょうほん)には、このように書かれている所があります。
・ひとついのちの真理(そして真理を説く者)は、権力者の反発を受ける場合がある。
これは何故か?
これはね、権力者というのは囲いを作って、その内側の自分の物とか。内側に入ってきてくれた人々を守ろうとする。
そういう既得権益を守ろうとする性質が権力者にはあるんです。
〈囲いを作る人〉が権力者です。
囲いを作るという発想をするのが権力者なのですね。
じゃあ、ひとついのちの真理を説く人や僕らは何を言ってるかというと、
囲いが必要ありませんよ、囲いを外してもちゃんと生きられるんですよ。
囲いがあるから入ってこないんですよ、
囲いがあるから、出さないから入ってこないんですよ。
だから囲いを作るのではなくて、囲いを外せばお互いに自由にやり取りできる様になってちゃんと生きられるんです。
世界はそういう風にちゃんと出来てるんですよ。
その自然な状態に戻りましょうねって言ってるのが僕らや、ひとついのちの真理の考え方です。法華経もそうですね。
だからそれに対して、権力者はそういう考え方は、自分の利益に反するので反発する訳です。
そういう事があるからね、と安楽行品(あんらくぎょうほん)には書いてあるのですね。
イノチの学校より15 2026.07.03 ~イノチの学校より17 2026.07.05
幼少期の白隠さんに、休心坊(きゅうしんぼう)さんという旅の念仏行者が伝えた言葉
幼い7歳の白隠さんに、休心坊さんが伝えた生き方の極意はこの様なものだといわれています。
「お前は時(じ)ぎり場(ば)ぎりの生き方をしなさい。」
時ぎりって時(とき)のぎり、それから場って場所のぎり。
どういうことかというと今ココにキチッと自分のイノチをおいて、そこに生きる。
後先の事を考えずに生きる。
その時かぎり、その場かぎり、今ココに生きなさいという事ですね。
それで、面白いですね。
時ぎり場ぎりで、今ココに腰を据えて生きる様にすると。
後先が無視されている様に見えるかもしれんけど、そこに腰を据えて座ると後先が生きてくるっていう。
それを道元さんは、
現成公案という言葉で説明されたのでしたね。
現在に成り切っていく、現成。
これが時ぎり場ぎりですね。
そうすると、そういう風に時ぎり場ぎりで生きていくとその歩みは「公」となります。
現成公案の公ですね。
公とは神のことです。囲いのない存在ってことですね。
だから、自分のイノチが神(公)に届いて、神から「案」、一番適切な生き方ができる様な、アイデアを授けられる。
時ぎり場ぎりで囲いを外して生きたら、
神さまから自然にそうして、一番適切な生き方を授けられるよ。
というのが現成公案ですね。
イノチの学校より18 2026.07.06 ~イノチの学校より20 2026.07.08
戦後の日本人について語られた、岡潔先生晩年の言葉を紹介しますね。
『短く区切って見ると、日本民族は失敗に次ぐ失敗をもってしているように見える。しかし、長い目で見れば、少しも無駄をしていないのではないかと思う。』
そういう境地に晩年はなられたんですね。
『ところで武士道の最大の欠点は、自分(小我)の幸福を心から喜べないことである。』
岡先生が親から教えられた、我を後にし人を先にせよというのは、武士道のような道徳観から来ているのですね。しかし、それだけでは自分の幸福を心から喜べないと言っておられる訳です。
『神代調(神話のお話)にこれもまた必要であることは、先きのすさのをの尊の歌を見ればわかるだろう。
だから日本はいまそこだけを取り出して練習しているのであろう。戦後だけ見ると、ただ利己主義だけが目について、畜生道とも餓鬼道とも見えようが、ながい目で見れば、そういう意味があるのではないかと思う。
目に見える日本民族は、目に見えない日本民族の心に絶えず操られているのだから、この民族の将来は心配がいらないと思える。』
岡潔先生晩年の境地ですね。
武士道の美徳だけでは、自分の幸せを心から喜ぶ事が出来ない。そこが武士道には欠けているのではないかと仰っている訳です。
自分の幸せを心から喜べること、自分を大切にすることも必要なのだ。それは日本の神話を読めば、スサノオさんの歌を見ればわかるだろうとそう言われているのです。
だから、戦後の日本は利己主義で、餓鬼道や畜生道のように悪くなってしまった様に見えるかもしれないけれど、
長い目でみれば、日本の美徳に不足していた自分のことも大切にできるようになる練習を今はしているんですよ。
だから日本民族は大丈夫なんですよ、と話されているのですね。
目に見えるところだけを見ていたらとてもそう思えないかもしれないけれど、日本民族の心に私たちは導かれているんだと。
日本民族の心とはお日さまの心、ひとついのちの生き方ですね。
目に見えない大きな神さまの心に導かれているんだということです。
そうした大きな心の在り方とはどんなものなのか?
道元さんの布施論をお話しておきますね。
道元さんは布施というのは、
囲いを取り去って必要な時に必要なものが流れ込むことなのだと言われました。
自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と自分の所に必要なものが流れ込んでくることも布施。
与える手だけでなくて、受け取る手も布施なのですね。
受け取る手が与える手でもあるのです。
大きなイノチの在り方として、自分が高い土地にいれば自然に低い土地へ必要なものは流れていきます。
自分が低い土地にいれば、高い土地から自然と必要なものが流れてきます。
自分だけ後にして、人を先にしなければならないとは言われませんでした。
そういうことは間違っているよと道元さんは言ってくれている。
そういう風にね、必要とあれば自分のためや自分の家族のためにお金やモノをもらってくるということも大切なこと。
それもOKなんだよ、というもっと大きな、
おおらかなところを布施論で示して下さっています。