今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月07日の記事を紹介します。
「究極の選択」
今日は神様から示された究極の選択についてです。
ブッダによれば、私たちの悩み事、苦難の多くの原因は自分に起こってきた出来事を
・受け入れたくない
・認めたくない
という気持ちから、抵抗し、逃げ出し、そしてそれができない、無駄だとわかると
・不平不満、愚痴、文句
を言い、ますます人生を暗くしてしまうことに起因しているようです。
ですが、本当の真実は
・その出来事は神様が起こしてくださったことであり
・その目的は、その出来事を通じ、私たちの魂を磨くため
・そしてますます幸せな段階へと、私たちを進ませるためのもの
そういうものだということです。
すべては、その出来事を、
・認め
・受け入れ
・その新たな環境の中(おかれた場所)で、
小さな幸せを見つけ、
・笑顔で感謝の気持ちをもつこと
そうした途端周りの環境は、一切変化がないのに、一瞬にして、神々に祝福され
天国に住む者に変化します。
小林正観さんのお子様、慶子ちゃん。
生まれながらに心臓に穴があき、脳にも障害を持って生まれたお子様のお話をお読みください。
<引用開始>
正観さんは、変わった紹介方法すると、
・ブッダの弟子
・そして空海の弟子
・プレアデス星団から地球に来ました
そのような人です。
ですが、もう亡くなってしまいました。
その正観さんは、30歳で結婚し、3年目にして、やっと待ち望んだお子さんが生まれたそうです。
待ち望んだ子ということで、お名前は「慶子」と付けました。
ですが、知的障害と、染色体異常であったため筋力が、人の半分しかありませんでした。
その娘さんについて、正観さんが次のように書いています。
彼女は、普通の子供よりも筋力が足りないため、早く走ることができません。
運動会の徒競争に出ると,1位はおろか、2位になることも、3位になることもありません。
いつも「ビリ」でした。
忘れもしません。彼女が小学校6年のときです。
運動会の前に、足を捻挫してしまった友だちがいました。
長女は、その友だちと一緒に走ることになっていたため、友だちには悪いのですが・・・・
「はじめてビリじゃないかも知れない」と、妻は期待していたようです。
運動会を終え、妻はいつも以上にニコニコしながら帰ってきました。
長女がビリから抜け出したのかと思いきや、「今回も、やはりビリだった」というのです。
ところが妻は、今回もビリだったことを嘆くどころか、ニコニコと嬉しそうにしていました。
徒競争が始まると、長女は、足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、気にかけながら走っていたそうです。
自分がゴールすることよりも、自分がビリから抜け出すことよりも,ケガをした友だちのことが心配だったのでしょう。
友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。
すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、手を引き、起き上がらせ、2人で一緒に走り出したそうです。
2人の姿を見て、生徒も,父兄も立ち上がり、2人に大きな声援を送りました。
そして、いよいよゴールのとき、長女は、友だちの肩をポンと押して、自分より先に友だちをゴールさせたというのです。
この話を聞いたとき、私は気がつきました。
人生の目的は競い合ったり、比べたり、争ったりするものでも、努力したり、頑張ったりして「1位になる」ためにあるのではない。
人生の目的は、「喜ばれる存在になることである」私はこのことを、長女に教わりました。
そして娘は、そのことを教えてくれるために、私たち夫婦の子供になったのだと、妻の話を聞き終え、私は そう気がついたのです。
<引用終了>
さて究極の選択はここからです。
正観さんご夫婦が50歳の頃、この慶子ちゃんが生まれて 15年位した頃、
お二人でこんな会話があったそうです。
ひとつは、もし神さまが、白い粒でお薬のようなものを差し出して夫婦二人で決めなさいと 言われたとします。
この粒を飲めば、この障害のある子が治り、普通の子のように、健康で元気になることが出来る。
そう言われたら、そのお薬を飲みますか?どうしますか?
と話したそうです。
すると奥さまは はっきりと「今のままがいい」と答えられたそうです。
もうひとつは、
3人目の子どもができたとして、事前に知恵遅れであることが分かったとします。
「それでも産みますか?」
という質問、選択です。
奥さまは即答した と言います。
「そのまま 喜んで産む」と
そしてお二人して、この慶子ちゃんが、15年経って 本当に可愛いと思っていることが
心の底から分かったそうです。
生まれた直後は大変 悲しい思いなど、さまざまあったけれど、結局全ては、15年経って見れば「ニュートラル」であったと。
良いも悪いもなかったのだと。
障害を持って生まれたのが悪いわけでもなく、それを受け入れて、不平不満、愚痴を言わず、
一緒に暮らし、時を経て見れば、決してそれは悪いことではなく、むしろ素晴らしい体験をさせてくれた、と言うことが解ったのだそうです。
「人生の読み替え 遅くない」全ての現象はニュートラルだから、必ず、そしていつでも、
不平不満、愚痴を言うことを止め、静かにそのことに感謝する「読み替え」は必ず出来る。
正観さん そして奥さま。
慶子ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないと、仰います。
幸福も不幸も 自分が決めること。
そのことを、この慶子ちゃんが教えてくれたのだそうです。
もし、貴方が同じ立場だったら、どちらを選択しますか?
今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?
私たちは、生まれる前に、今世で、
・いつ何が起きるか、
・いつ誰と出会い、いつ分かれるか
・健康な身体か、病弱な身体かを選び
神さまと相談し、承諾を得て、生まれてきました。
天国で神さまと 設定した、人生で起こる全ての出来事は、私たちの魂を、より進化させ、
神さまに近付くため という目的を持っています。
ですので、全ての出来事に意味があります。
全ての出来事が、寸分の狂いもなく、起きるように、神さまがはからってくれています。
ですので、私たちは、その流れに乗ってさえいれば、
・ああ、しなければならない
・もっと努力しなければならない
そんなことを全く考えずとも、ただ目の前に起きて来たことに、感謝し、愛を込めて、行うだけで流れに乗ることができます。
なぜなら、神さまのみわざは、どの人にも平等に降り注いでいるのですが、そのみわざ、神さまの祝福が現れるには、人間側の「感謝の心」がどうしても必要だからです。
ですので、人生に現れてくる、様々な出来事に「感謝の心」で、接している限り、私たちは、揉まれ揉まれながらも、魂の輝きが増し、結局は幸せな岸辺に、たどり着くようになっています。
でも、それでも、あなたは今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?