今回は「いっぷくからのありがとうさん」の2023年10月27日の記事を紹介します。
「地獄に住む人」
今日は以前に書いた記事ですが、占星術の大家マドモアゼル愛さんのお話をご紹介します。
そのお話の内容は、空海の「即身成仏」の内容を、切り口を変えて、分かりやすく説明してくださっています。
少し過激な単語を使われていらっしゃいますので、なじみのある単語に置き換えて、ご紹介します。
<引用開始> 引用元
人は死んでから地獄に行くのでしょうか?
違うと思います。
人は生きている時にすでに地獄に行くのです。
もちろん、すべての人がそうではありませんが、生きている時に、既に地獄に住んでいなければ、死んでも地獄にはいかないはずです。
天国も同じでしょう。
生きている時が天国でなければ、死んでも天国に行けるわけではありません。
これはすべてに共通した法則です。
今幸福でない人が未来に幸福になることはできません。
将来幸福になりたいと願うのは人情ですが、
法則的には今幸福でない限り未来も幸福ではないのです。
要するに今と未来の関係です。
未来を作るのは今ですから、 今が変わらなければ、物事は永遠に変わりません。
人が不幸のどん底にいたとしましょう。
不幸だ不幸だと思っている状態が長期不幸です。
普通は相当な不幸が襲っても、時には気分が変わったり、感情が変化したり、
考えが変わることがあります。
それなのに、
・変化を拒否して、かたくなに気分を変えない、、、
・かたくなに考えを変えない、、、
・かたくなに感情を変えない、、、、
これが不幸が続く原因です。
恨みや怒りを変えない、、、、
何があってもそれを維持し続ける、、、
それが地獄に住むということです。
人は生きていながら、こうして地獄の世界に、足を踏み入れていくわけです。
何でこんな話しをまだ夏でもないのに始めるかと言うと、けっこう地獄に住んでいる人が多いことに気づいたからです。
何かにこだわり、それをかたくなに変えようとしないまま生きている人は、
少なからず地獄の状態になっています。
そして生きる現場のリアリティよりも、現実と異なる幻想の思いこみのウエイトの方が重いとき、私たちは段々と地獄に住むようになります。
この世は変化こそが取りえであり、変化が大きい恵まれた世界です。
この世に理不尽なことが多すぎるのは困りものかもしれませんが、
その分、色々な変化のチャンスに恵まれた、可能性に満ちた世界なのです。
本当は悪いことも良いことも含めた変化こそが、
私たちの世界からのプレゼントであり宝物です。
・天候の変化、
・四季の変化、
・環境の変化、
・人間関係の変化、
・訪れる事柄の変化、
・肉体の変化、
・感情の変化、
・考えの変化、
・意識の変化
など、様々な変化に充ち溢れています。
そして変化を受け入れることで、過去を流し去っていきます。
変化を受け入れさえすれば、過去が人を苦しめることは基本的になくなります。
また変化があれば、必ずそこにはエネルギー現象がありますので、変化=エネルギーとなるわけです。
生きながら地獄に住む人は、エネルギーが少ないのです。
地獄に住む人は変化にエネルギーがあるなどとは認めず、
物にしか、また過去への思いにしかエネルギーがないと思っています。
地獄に住む人の考えは、凄く現実的なんです。
だから死んでもこの世に関わるのです。
現実的だからです。
物や過去が好きなんです。
私もお墓に停めておいた車が、わずか30分後に戻ったとき、
ラジオも聞こえない程バッテリーが完全に上がってしまったことがあります。
肉体を持たないお化けにやられたのでしょう。
お化けはエネルギーを欲しがるので、バッテリーはごちそうだったのかもしれません。
地獄に住む人は変化を拒否しているので、慢性的にエネルギー不足に陥っています。
ですので、外界からエネルギーを得ることを考えた結果、
電気を好んだり、人からエネルギーを奪おうとするのかもしれません。
一緒にいるとやけに疲れる、エネルギーを奪われる、、、
という経験は誰にでもあると思いますが、
それはその相手が変化を認めない人の場合に多いはずです。
相手ばかりでなく、こちらも変化を認めなければ、お互いで地獄合戦になりますので、
恨みや怒りが増幅します。
変化を認めず、双方が変化なしで物事を解決しようとする時、
私たちは地獄合戦の、恨みあいに入っていくのです。
どちらの我を通すのではなく、お互いに変化することで問題解決に導くことが
エネルギーワークとなりますので、そうすれば物事は必ず発展します。
取り決めだけの、事務的やりくりで、平成は30年やってきましたので、
エネルギーを失っているわけです。
おそらく令和の時代は、変化にとんだ時代になるでしょう。
私たちの生き方も、変化を受け入れることで、自ら変化に身を置くことで、
エネルギーを得ることを考えたいと思います。
・四季を愛でる、、、
・一日の自然現象の変化に喜びを見出す、、、
・季節の食べ物の変化を味わう、、、
地球は変化によって、エネルギー現象を起こしていますので、
それを見たり味わうことが、文化として定着してきたわけです。
生きながら地獄に住む人には、四季も、夕日の美しさも、鳥のさえずりもありません。
ただ自身の思いの世界があるだけ。
変化したら自分がいなくなることを恐れているのでしょうか。
いなくなれば大きな世界に入るわけで、
肉体が無くなる変化を最終的には人は受け入れるわけです。
(生きながら地獄に住んでいた人は、それを拒否します)
生れたら死ぬのはセットです。
死の変化を受け入れることが、永遠の世界の入り口に私たちを導いてくれるわけですが、
せめて生きている間にも、変化多き人生を歩み、地獄的な生き方から自由でいたいものです。
変化多き人生とは、何も激動の人生であるというのとは違います。
変化を受け入れる姿勢で生きることです。
変化を楽しめるということです。
変化がエネルギーであることを認めず、物にエネルギーがあるとする今の科学の限界を、
私たちの心だけでも越えて行かねばならない時代に来ている気がします。
<引用終了>
この地球は行動の星と呼ばれています。
自分自身で、一歩踏み出すことで、様々な波紋が、宇宙に解き放たれます。
そして、その波長をキャッチした、共振した人が、必ず現れ、
発信者である、私の人生に変化がもたらされます。
運命は人が運んでくるとは、その事です。
・誰かがやってくれるだろう
・誰かが助けてくれるだろう
・棚からぼた餅的なことが起きるだろう
の心では、そのような依存の心では、決して運命は変わりません。
ご自分の心を、静かに見つめてみてください。
・私は不幸だ
・私は貧困だ
・私は重い病気だ
・私に友達はいない
・周りはみんな敵だ
・みんな私の不幸を望んでいる
・私をだまそうとしている人がいる
そんな風に、かたくなに思ってはいませんか?
そのような考えを手放さない限り、何時までも「地獄に住む人」から抜け出せないことでしょう。
何時までも、頑なに、恨みを心に抱いていては、その頑なで、重い心ゆえに、
肉体を去る時には、天に上ることはできないでしょう。
そのような状態では、肉体の死後も行先は、もう決まっています。
一度、一回だけでも、一時だけでも、一切、そのような心を忘れてみませんか?
そして、私は、もともと
・心あたたかく
・みんなで助け合い
・お互い様と、人の個性も受け入れ
・おかげ様と、みんなに感謝して
そして
・人をだまさず
・疑わず
・恨まず
・さげすまさず、
・不平不満を言わず
そんな風に生まれ、そして生きてきた。
そして、それはこれからも変わらず、そんな人間だったと、、、
思い直し、生きなおしてみませんか?
嘘でもいいんです。。
そう決心した途端、人生は180度変わり、神々も、周りの人々も
あたたかな心で受け入れてくれることでしょう。
そして、生きながら天国に住む人に、生まれ変わることでしょう。