2019年6月26日水曜日

1716「健康2」2019.6.26

 片山恒夫先生の医療哲学を少し紹介します。私が片山セミナーに通っていたころ同席した小西先生のHPから引用させて頂きました。
https://konishi-dental.tokyo.jp/basic-theory/katayama-dentistry.html

 片山先生の基本は人間がもつ自然治癒力を発揮させる事です。片山先生は重度の歯周病を改善することでは驚異の実績を残し、長期にわたる良好な予後経過の患者さんの記録を沢山お持ちでした。口腔の局所と全身丸ごとへの対応策です。
「片山式歯周病治療法は別名“自然良能賦活療法(しぜんりょうのうぶかつりょうほう)”ともいいます.
 片山式ブラッシングと一口50回噛みにはじまる食生活改善が片山式歯周病治療法の2つの大きな柱です.
 この2つの柱のほかに呼吸法、体操、ストレス解消なども片山式歯周病治療の重要事項です.」

 食生活については以下です。
「当時歯槽膿漏と呼ばれていた進行した歯周病の治療において、プラークコントロールや歯石除去など細菌に対するアプローチだけでは、十分な成果があがらないことに片山先生が気づいたのは1960年代でした.
 欧米の歯周病学者が歯周炎の発症因子として宿主因子に注目し始めるのが1990年代ですから、そのはるか以前ということになります.
 片山先生が歯周病に関連する要因として注目していたのが現代人の食生活です.
片山先生は、歯周病の発症進行には、よく噛んで食べないことに一因があると考え、歯周病の治療として“一口50回噛み”を推奨していました.
 食品の形態あるいは調理法を変え、その歯の実力に合った食品を文字通り一口50回良く噛むことにより、唾液を十分に分泌させ、組織の抵抗力を増強させることで歯周病の改善を図ろうとしました.
 軟らかいもの、口当たりのよいものを好んで食べる近代文明食では歯周組織に対する刺激が足らず、それによって組織が脆弱化して歯周病の発症、進行を招いている可能性があることを、片山先生はプライス先生の「食生活と身体の退化」から読み取りました.
 また砂糖の過剰摂取、加工食品、インスタント食品、高カロリー、添加物まみれの食事など、現代の食生活の乱れが全身の健康状態に影響を与え、それが歯周病の発症進行と関係しているとも指摘しています.
 そのような食生活の乱れによる生体の脆弱化を打破するために“1口50回噛み”で歯周組織を賦活して、全身の抵抗力を増強することで進行した歯周病に打ち勝とうと考えたのでした.」

「歯周病の病因がはっきりせず、全身病因説、局所病因説などが入り乱れていた時代には、「歯周疾患と栄養」というテーマは興味深い研究対象の1つとして注目されていました.
 片山先生も当時、保健所における栄養指導などからこの問題の重要性を感じ、WA.Price(プライス)の著書「Nutrition and physical degeneration」(食生活と身体の退化)と出会い大きな影響を受けました.
 プライスは食生活の変化による齲蝕の多発と顎の変形、歯列不正の増加が顕著であることを3000枚にもおよぶ写真と綿密な調査記録により明らかにしました.その変化は口腔だけにとどまらず、障害児、死産の増加など身体の変化や精神病や少年非行、殺人犯など人間の精神や行動にまで影響を与えていることを指摘しました.
 このフィールドワークから引き出された「食習慣、食餌内容が歯と歯列をはじめとした口腔諸組織を病気に陥れる主因である」という結論が、片山先生が考えていた「食をはじめとした生活習慣が組織抵抗力を減弱させる」という考えと同様であったので、「食生活改善」が「ブラッシング」のほかに自然良能賦活療法のもう1本の柱として新たに付け加えられるようになりました.」

2019年6月25日火曜日

1715「健康1」2019.6.25

 私は1977年に東北大学を卒業しましたので、歯科医療に携わり42年になります。それ以来、研鑽を重ね、如何にして病を癒し、健康を獲得し、継続して行けるのか学び、実践をしてきています。
 歯科の領域は身体の1つの臓器で全身と密接不可分な関係の中にあります。しかし私が大学で歯科医学を学んだ当時は歯痛、歯科修復、補綴が中心で、痛みへの対応、外科処置、欠損を補い咀嚼機能の回復をゴールにしていたと思います。医療とラブルで歯科110番と騒がれていましたが、新たな修復技術としてセラミック材、歯周病、小児・歯科矯正が充実して来たころです。

 私の大学歯学部は1965年に新制されていた、私が6回生で入学しました。ですから学部は創世期で先生方、先輩たちも新しい歯科医学、医療を実現しようと理想に燃えていました。その理念の1つが「1口腔単位」という視点です。それまで多くの歯学教育ではケース制と言われて、大学6年の卒業前の1年間の臨床実習は、ある治療ケースを何件かの実践体験をすることが課せられていました。例えば抜歯を何本、カリエス充填処置を何本、歯冠修復を何本と言う感じです。
 しかし私の大学は全国に先駆けて1口腔単位の導入がなされていました。それは患者さん1人の口腔内全体の治療を担当するというもので、今にすれば当たり前の事ですが、7,8人の患者さんを担当し指導教官と診断し治療方針を立てて治療をして行くものです。実習期間で終了出来る患者さんもいれば、終われずに次年度の学生にお願いする事もありました。
 結果的に卒業時に全く治療経験が出来ないケース、内容も出て来ます。しかし、患者さんの口腔をしっかり担当して行く経験は貴重な物でしたが、不足の部分を如何に補い、実習、経験していくのかが課題としてあります。そこで「未完成教育」、「考える歯科医」という考え、理念が言われ、如何に自分で研鑽を積んでいくかが課題として与えられる歯学教育でした。

 卒業後、大学医局に残り、3年間研究や治療に携わっていました。しかし尊敬していた教室の教授が入局して直ぐに他大学に移動し、暫く教授不在の中、この先生に臨床を学びたいと師事していた私の指導教官の助教授の退任などがありました。
 血気盛んな頃で、急速に大学への魅力が失せ、辞める事を決意しました。大学で研究職でと思っていたのでこの先どうしようか、行き場がない中、開業していた先輩の医院に転がり込むことになりました。
 半年ほどお世話になり、自分で開業してやった方が良いと思い立ち、1981年に開業してしまいました。若いが故に出来た行動ですが、今思えば必然、必要な事だったようです。

 開業医になり臨床、経営等分からない中で大学での理念「1口腔単位」「未完成教育」「考える歯科医」の実践が始まりました。病気の原因、要因、背景を考えて行くと、1人の患者丸ごとの視点が必要になりますが、開業して1年後にお逢いした開業歯科医片山恒夫先生には多大な教えを頂ける幸運に恵まれました。

 片山先生は1910年生まれ、大阪府豊中市で開業されていました。私は友人の紹介で1982年に片山セミナーに参加してお逢いしましたが、当時既に72歳です。片山セミナーで先生から学ぶ事は、大学教育に欠けている大きな視点を頂き、衝撃の連続でした。私の眠って居たやる気に火がついて以来10年ほど年数回は片山セミナーに通い、やがて豊中の先生の医院に伺いご指導をけることになりました。
 開業医としての基本はその時に会得させていただきましたが、先生の医療哲学、姿勢、技術には足元にも及ばないものですが、自分なりに多くを学ばせて頂き、実践する中に未知が開けてきました。
 仙台で共に片山理念を実践研究するスタディーグループ「恒歯会」を作り、皆さんと切磋琢磨、研鑽を10数年続けました。しかし私が歯科医師会の役員などをする様になってからは恒歯会と縁が薄れて来ていました。
 片山先生は2006年に96歳でお亡くなりになりましたが先生は自ら多くの健康法を実践されていましたが、その故に健康長寿で天寿を全うされたのではないかと思います。これまでの数々の御教授に感謝申し上げます。

2019年6月24日月曜日

1714「田植え」2019.6.24

 2019年6月2日は仙台テンメイの恒例の田植えでした。仲間の石巻市の「田伝むし」の木村農園さんの田んぼで今年も行いました。良い天気に恵まれて清々しい青空の中に出来ました。
 今回は総勢16名の参加です。仲間のSさんが小学生のお孫さん3人に是非とも田植えを体験させたいとお連れ下さいました。また入会ほやほやのTさんは20代前半の息子さんを同行下さり、やはり田植え体験を希望して参加下さいました。
 当日は木村農園のKさんのお子さんたちの石巻ジュニアオーケストラの演奏会が午後からあり、奥さんたちもそちらに出かけるのであらかじめ段取りをして早めに終われる様に大方は田植え機で植えていて下さっていて、残りを私達が手植えで出来る様にしてくださっていました。





 10時から皆さん田植え開始です。でも私はお昼のお弁当を受け取り持参するので何時も到着が遅れますが、11時半前に着いたら何と皆さん田植えを終えて、もう上がる所でした。驚きの早じまいです。ベテランには物足りなかったようですが、子供たち、初めての方は素足で田んぼに入って色々な生き物を見つけ、楽しい初体験だったようです。




 今年はKさんがしっかりと生体エネルギー資材、底力5袋、真和X5袋、AEC5袋を投入して生体エネルギーチャージをしっかりしていますので田んぼが違います。隣の他の方の田んぼとは明らかにその差が確認できます。

 名取農場で採れたて野菜、自家製味噌を使って味噌汁を手際よく作り、皆さんで円を成してお昼のお弁当を頂きました。今日は石巻で自然農法を実践していて、現在は和歌山県に拠点を移したSさんが久しぶりにこちらに帰ってきていて再会できました。お元気そうです。最近、インドの聖地のアシュラムで1か月程菜食で生活していたとのことで少しやせていますが、相変わらず話題が豊富で話が盛り上がります。暫し面白いお話を伺い、皆さんとの交流を楽しみました。


 食後はKさんが今取り組んでいる事業拡張の拠点になるお米の倉庫の建築現場を皆さんで見学しました。今の倉庫、自宅などの北側隣地で1反歩の広さの敷地に生体エネルギーの建築理論、技術を活用したものです。丁度捨てコンをして基礎の途中でした。力丸コンクリートが打たれていますので明らかに生体エネルギーが高く、オーリングテストで確認できました。
 9月末には完成予定で、中には特別仕様の生体エネルギー活用商品の「蘇鮮蔵」という冷凍庫を設置します。寿司米としてササニシキの評価が高く、自社栽培の13丁歩だけでは足りなく、他の生産者のものも買い付けてこの工場で栽培し直しをする予定です。この栽培し直しが生体エネルギー技術の優れた所です。環境でそのお米の能力を変える事が出来るのです。
 仲間が飛躍していくお手伝いが出来ることは嬉しい事です。食の安全、安心は当たり前です、その上にその食べ物がどの様な能力を発揮できるのかが大きな目的です。いのちを育み、健康に豊かに出来る食がこれからはますます必要です。Kさんも10数年にわたり生体エネルギーの勉強を続けて来ていた集大成が今回の倉庫建設です。これからは農業の担い手を増やし人材育成もやっていくとのことで地域のリーダーとして活躍が期待されます。

 今度の秋の稲刈りに皆さんで訪れた時には倉庫は完成している事でしょう。電気も特別な生体エネルギーの電気誘導翻訳装置「さとり」にIH分電盤も加算しての電気プログラムが起動していますので楽しみです。是非皆さんも秋の稲刈り参加下さい。詳細は確定していませんが10月20日日曜日を予定しています。

 15時半には解散となりました。私達は近くの道の駅上品の郷に寄り温泉でリラックスして帰路に付きました。

2019年6月23日日曜日

1713「運命法則5」2019.6.23

 このUFOの方向転換の方法は、私が前の文章(「運命の三つの法則」)で説明した「運命の転換法」と同じですね。
 まず、坐禅したり、お経を称えたりして、波動レベルを上げて、「慣性」を小さくしておいてから『こうありたい』と意志するのです。そうして地上の波動レベルに戻って来ると、もうすでに「いのちの運び」の軌道は変更されています。

 この「アップ&ダウン法」という運命転換の方法は、使いこなせるようになるまで、坐禅や読経をしっかり自分のものにする必要があります。
 すっかりマスターできると、UFOの場合と同様、瞬時に「アップ&ダウン」して、一気に運命の軌道を修正できるようになります。

 お名前は忘れましたが、ある高徳な禅僧(A老師としておきます)がいらっしゃいました。A老師の檀家の人があわててやって来ました。
「老師大変です。私の隣の家から出火して、私の家にも今にも火が移ろうとしていると電話がありました。何とかなりませんか」
 A老師は弟子に命じました。「コップに水を入れて持ってきなさい」弟子が持って来ると、A老師は、檀家の人の家の方を向いて、コップの水に指をつけて、家に向ってパッパと水をふりかけるジェスチャーをして「これでよし」とおっしゃったそうです。
 すると、その瞬間からなぜか火は一気に下火になって、檀家の人の家は類焼せずにすんだということです。

 檀家の人の家と老師がいらっしゃる処は遠く離れています。また指で散布した水なんてほんのわずかなもので、とても消火できるような分量ではありませんね。それでも火が消えてしまったのはなぜなんでしょう。
 それは、A老師が瞬時に無心になられて(つまり慣性がない世界に入られて)、その世界で消火の動作をされたからです。その世界には質量がないので、したがって距離も時間も大小の分量もありません。
 そういう慣性が生み出すものたちをまったく念頭に置かないで無心に消火の動作をされて、「火が消える」という向きに運命のハンドルを切っておいてから、再び地上世界に戻ってこられたので、その「消火」という意志が瞬時に実現したのです。

 禅に「十里向こうのロウソクの火を消してみよ」という公案があります。
 十里向こうと言われると、距離が意識に上りますね。それが「慣性」になるのです。ですから火が消せません。そんな時は、先ほどのA老師と同じで、距離がない世界に上昇して、その世界で、フッと火を消すという動作をすればいいのです。
 それがこの公案の正解なのです。この「アップ&ダウン法」が使えるようになると、人生での「炎上」も上手に消火できるようになります。

・マンスリー・メッセージ
 自分や人をジャッジしないこと
 いのちの能力への信頼をしっかり保持すること
 ヒーラーは3年たつとヒーリング能力が消えてしまうことがある
 なぜなら経験をつむと病気や患者をジャッジするようになるから

2019年6月22日土曜日

1712「運命法則4」2019.6.22

「UFO飛行術」
 飛行機がとんでいます。その進路を90度変えようとハンドルを切ります。そうすると、この飛行機はしばらく円弧状の曲線軌道を描いてとび、やがて90度角度が違う向きになったところで直進を始める、そういう運動軌道となります。
 進路を変えようと試みても、直ちにその方向に進めるわけではなく、どうしてもしばらく時間がかかってしまいます。これは、飛行機には「質量」つまり「慣性」があり、その分方向転換が難しくなるからでしたね。

 さて、ではUFOの場合はどうでしょうか。 記録映像などで見ると、UFOは瞬時に90度方向転換出来るようです。なぜそんなことが出来るのでしょうか。
 「ニュートンの運動方程式」は、(力)=(質量)×(加速度)でした。急激に方向転換する、つまり(加速度)をはなはだ大きくするためには、(質量)がはなはだ小さくなければなりませんね。90度一気に方向転換するのなら、(質量)はほぼゼロでなければならないはずです。

 しかし、UFOが私たちに観察されているのですから、その機体の波動は、やはり私たちと同じ振動数レベルになっているはずです。ですから、観察できるUFOにも質量(慣性)が発生しているはずで、そうなるとUFOもやはり飛行機と同じように円弧を描いて方向転換するはずなのです。しかし、そうならないで、鋭く直角に一気に方向転換出来るのはいったいなぜなんでしょうか。

 私たちが住む世界では到底不可能なこのような運動軌道を、UFOは次に説明するような方法で実現させているのです。
 まず、方向を90度変えようと「意志」します。この「意志」が実は(力)なのでしたね。
 私たちが住む世界で、この(意志の力)を加えただけだったら、やはりUFOは円弧状に運動してしまいます。
 そこで、こんな風にするのです。
(1)まず、90度進路を曲げようと「意志」します。
(2)次に、UFOが存在する世界の次元を上昇させます。つまり、坐禅すれば体験できるような、波動が高レベルな世界にUFOを上昇移動させるのです(同じ位置のまま波動レベルだけを変えます)。

 その世界はUFOを操縦している宇宙人たちが本来住んでいる世界です。宇宙人たちは本来生活している世界から地球次元の世界を観察するために波動のレベルをわざと下げてやってきているわけです。

 この高次元の世界では質量はゼロに近くなっていて、「慣性」もほぼ存在しません。ですからこの世界ではUFOの進路を直ちに90度変えることができます。
 このようにUFOの進路をまず変更しておいてから、再び地球次元の世界に下降し出現しますと、そのUFOはすでに90度進路を変更した軌道に乗って飛んでいます。
 この二つの世界間の「上昇→下降」が瞬時に行われるものですから、私たちには一気に方向転換したかのように見えるわけです。


2019年6月21日金曜日

1711「運命法則3」2019.6.21

「でも、いつまでも坐禅しておられるわけではなく、また地上世界に戻ってきてしまうのだから、そうなると心の重荷も再び積み戻されて「いのちの車」が進む向きも、坐禅前と同じに引きもどされてしまうんじゃないですか」と質問する人がいるかも知れませんね。

 ご心配なく、もとに戻ってしまわないのです。坐禅の世界で、ハンドルを回すことが出来、「いのちの車」の進む向きを変更出来ました。「いのちの車」が地上世界に舞い降りてきて、回転している車輪が地面に着くと、この「いのちの車」は、坐禅の世界でハンドルを切った向きに走り始めます。離陸前に地上世界で進んでいた向きに再び引き戻されるということはありません。着地した瞬間に車が向いていた方向にそのまま真っ直ぐ進んでゆきます。地上世界では「慣性」が復活するので、進路をもとの方向に引き戻そうとしても、「慣性」がその邪魔をするのです。

 この場合は、地上世界での大きな「慣性」が、逆にあなたが新しい運命の方向に真っ直ぐ進み続けるための味方になってくれます。
 このように、坐禅したり、お経を称えたりして、少しの時間でもいいから、地上世界から離陸して慣性が小さな世界を体験して、その世界で新しい運命の方向にハンドルを切るという訓練をしておくと、地上世界だけにへばりついて生活している場合よりも運命の改善がはるかに容易になるのです。

 では、坐禅の世界の中でどのように運命のハンドルを切り替えればいいのでしょう。どういう意念のパワーで運命のハンドルを回せばいいのでしょうか。
 ニュートンさんの「物体の運動の物理法則」には三つの法則がありましたね。そのうち「慣性の法則」、「運動の法則」は、「いのちの運びの法則」としても応用できるということが分かりました。まだ取り上げていなかった「作用・反作用の法則」も同様に「いのちの運びの法則」として応用できるのです。
 「作用・反作用の法則」とは、物体Aが物体Bに力を加えると、それと同じ大きさで逆向きの力を物体Aも受けることになるという法則です。
 AさんがB君を10の力でパンチすると、Aさんの手にもやはり10の力の衝撃が与えた力とは逆向きにはたらくということです。「いのちの運びの法則」では、(力)は(意念)でしたから、AさんがB君に対して憎しみの意念を放つと、その憎しみの強さと同じ大きさ の憎しみの念を必ず受けとることになるのです。つまり、「差し出す手が、受け取る手」となるのです。

 この法則から、坐禅の世界で私たちが持つべき「意念」が分かります ね。あなたに何か目指す目標があれば、その目標をしっかり祈り(意宣 いのり)、それを心の中に定着させて、それを波源とする波を世界に発信します。そうすると、あなたの周りにその目標が叶った世界が、Uターンして 帰ってくるのです。 
 あるいは、「しあわせで生きがいのある人生」をおくりたいなら、私が坐禅中に祈っているように、『私にご縁のある皆さんが全員しあわせで生きがいのある人生をおくることが出来ますように』などと祈るといいと思います。

 「作用・反作用の法則」がはたらくので、人のしあわせを祈れば自分にしあわせが帰ってきますし、人が元気で生きがいのある人生が送れるようにと祈ると、自分にも元気と生きがい、やりがいがある人生が頂けるのです。 

2019年6月20日木曜日

1710「運命法則2」2019.6.20

 坐禅は本当に不思議で有難いものだと思います。イヤイヤ始めた坐禅でも、坐禅という形(印)を体で組み上げさえしたら、ちゃんと「坐禅の世界」が開けます。『ああ有難いなあ。安楽だなあ。これが本来の自分で、世界の本当の姿なんだなあ』としみじみ実感出来ます。
 「坐禅して開ける世界」はそういう安らぎと自己受容の世界です。軽やかで、温かくて、心と体が微妙に細やかに振動していて、その波動の振動数がとても高いのです。

 坐禅の心境のレベルが一段と高くなった際の振動レベルはついに「光」の周波数帯域にまで突入して、自身の身心から四方八方に光を放っているのが分かるようになることさえあります。いつもそうだというのではなく、坐禅はそんな状態を目指して坐るのでもありませんが…。
 坐禅で開けてくる世界に比べると、地上世界での心の波動は荒っぽくて重く、振動数が低いのです。なぜ地上世界での心の振動数が低いのかというと、心が重いからです。
 物理学の方から説明してみましょう。質量が大きな物体と質量が小さな物体があるとします。この二つの物体を叩くと、質量が小さな物体の方が振動数が大きい、つまり高い音が響きますね。それに反して質量が大きな物体を打った際に出る音は振動数が小さな、鈍い、低い音となります。

 実は心は絶えず振動していて、自らが波源となって世界に波を送り出しています。その心が放つ波動が結晶化して次の世界を形成するのです。
 このような「想い→心の振動→世界形成」のメカニズムを研究し、解明したのが、弥勒菩薩(マイトレーヤ)を始祖とする仏教の唯識学派です。
 坐禅中に心が放つ波の振動数が高いというのは、坐禅中は心の重荷がいったん心の荷台から降ろされて、心の質量が小さく、軽くなっているからです。心の質量が小さくなっているので、坐禅中に心が放つ波は高い振動数となっているのです。つまり、坐禅中は、日常の地上世界と比べて「心の質量」が小さくなっているのです。

 実は、ニュートンさんは、物体の運動の物理法則を三つにまとめました。それは、先ほど検討した「慣性の法則」、それから「運動の法則」、「作用・反作用の法則」です。
 「運動の法則」は、「ニュートンの運動方程式」とも呼ばれ、式で書くと、
(力)=(質量)×(加速度)となります。
 (加速度)とは、物体の運動の速さの変化の度合い、あるいは方向転換の度合いの大小を表わします。「いのちの運び(運命)の法則」としては、運命の方向転換が出来る度合いを表わしていますね。
  この運動方程式によると、同じ(力)を加えても、物体の(質量)が 大きいと、(加速度)は小さくなってしまいます。「いのちの運び(運命)の法則」としては、「心の積荷=質量」が大きいほど、運命転換が難しい(加速度が小さくなる)という事を示しています。逆に、「心の積荷」が降ろされて、心が軽やかになると、運命の方向転換が容易になるということも分かりますね。

 「いのちの運び(運命)の法則」における(力)に相当するのは、「意念」です。こうしたいという意志が強いほど、その想いが繰り返されるほど、運命の方向転換に必要な(力)は強くなります。
  坐禅すれば、取りあえずその間だけは、過去から積み重ねてきた心の重荷が荷台から降ろされて、心がサッパリ軽くなるのです。この状態を「無心」といいましたね。
 そうすると、地上世界では(慣性=心の重さ)が(力=運命を変えようとする意志)より大きくて、必死で力を加えても「いのちの車」のハンドルをちっとも回すことが出来ず、運命の方向を変えることが出来なくても、坐禅中は(慣性)が小さくなっているので、同じ(力)でも、軽々とハンドルを切ることができ、「いのちの車」が進む向きを変えることが出来るのです。