2026年2月15日日曜日

4169「宇宙からの助け」2026.2.15

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月30日の記事を紹介します。


「宇宙からの助け」


時代が変わろうとしている今、 

夜明け前の漆黒の暗闇の中、

世の中のあちこちで、重苦しい空気が張り詰めています。

・緊張の糸が張り詰めた時

・エネルギーが限界を超えて集まった時、 

必ずそれは爆発することによって

緊張が解かれ、 

次のステージが始まります。  

マスコミや国、その他見えざる権力者による

(恐怖をあおる)情報操作もあるかもしれませんが、 

風評、噂、恐怖感からとはいえ、現実に客足が減り 

経済が回らず、倒産、強制解雇など、

悲惨な境遇に置かれていらっしゃる方もおります。 

こんな時、何にすがったら良いのか?

・不思議な能力を持っていると、自ら吹聴する どこかの他人か?

・国や権力か?

・神仏か? 

何かに頼りたい気持ちは、人間なら誰しもあります。 

ですが、こんな状況の中でも、

宇宙の法則は、きっちりと正確に働いています。

それは、

(自分が)

与えたものが、受け取るもの

という法則です。

投げかけたものが返ってくる

投げかけないものは返ってこない。

・愛すれば 愛される。

・愛さなければ 愛されない。


・嫌えば 嫌われる。

・嫌わなければ 嫌われない。


・裁くものは裁かれる

・裁かないものは 裁かれない。


・意地悪をすれば、意地悪をされ


・蔑(さげす)めば、蔑まされ

・罵(ののし)れば、ののしられ


・強い言葉を吐き出せば、強い言葉を返される

 

・許すものは 許される。

・許さないものは 許されない。


・施せば 施される


・優しくすれば 優しくされる

・笑顔を向ければ、笑顔が帰る


・助ければ、助けられる

・励ませば、励まされる


・勇気を与えれば、勇気づけられる

・感謝すれば、感謝される

 

ですから、もし普段から

・人を愛し

・人を許し

・人に施し

・人に優しくし

・人に笑顔を向け

・人を助け

・人を励まし

・人に勇気を与え

・人に感謝していれば

宇宙の法則が正確に働き、 

自分が

・困っているとき

・絶望の淵にある時

・失業してしまった時

・病気になった時

・一人ぼっちになってしまった時 

何らかの助けが巡ってくることでしょう。 

それは、本当に不思議なめぐりあわせで起こります。 

想いもよらない方法で訪れます。 

ですがそれは、決して偶然ではなく、

棚からぼた餅でもなく 

自分がしてきたことが、宇宙を巡り巡って

自分にとって、最適な時に帰ってきただけです。 

そしてそれは必ず人が運んできます。 

思いもよらぬ人から助けが入ります。

それは神々だけが知る、有機的な人間のネットワークを介して

神々が、ほんのちょっと、関係する人たちの心に、

一瞬のヒラメキのような働きかけを与えることによって動き出します。 

関係する人々は、それが神々から来たことには気づきません。 

意識することもありません。 

何故自分がそのように動いているのかさえ、考えません。

ですが結果として、それらがうまくネットワークとして結合して繋がり 

私たちのもとに「与えたものが受け取るもの」という果報を運んできます。 

ですから、私たちは普段から、 

・人に優しく接していれば・・・

・その人、一人一人の心を大切にしていれば、 

必ず、どんな状況からも助け出されることでしょう。

どうぞ安心し、普段から笑顔でお過ごしください。

それが神々が作ってくださった宇宙の法則なのですから。


2026年2月14日土曜日

4168「恵を頂く方法」2026.2.14

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月29日の記事を紹介します。


「恵を頂く方法」


不幸の後には、必ず幸運が訪れる・・ 

これは、宇宙がバランスを取ろうとするからです。 

また美輪 明宏(みわ あきひろ)さんなどは、

このことを「正負の法則」などと呼んだりしていられます。  

ですが、このことをなかなか実感できない方も大勢居られるようです。

今日は、神々の仕組みの面から

日本の形成外科医の草分け的なお医者様であり、また有名な春日大社の元宮司、葉室頼昭さんの「神道のこころ」という本から、それがどうして起こるのか、ご紹介します。

この内容以前も書きましたので、既にお読みになった方は、スルーされてください。  

神さまから恵みを頂くための、神道的なアプローチです。

<引用開始> 引用元

神のお恵みはみんな平等にいただいている。

でも、ある人は不幸になり、ある人は幸せになる。

なぜか、感謝ですよ。

神の波動は、感謝しなければ、お恵みとなって出てこないんです。

だから宇宙の仕組みが科学でわかったら、宗教がわかると説明している。

お陽さまは、明るくて暖かいとみんな思っているでしょ、これが間違いです。 

太陽の光は、暖かくもなければ、明るくもない。

それが証拠に太陽がここにあって、地球があって、

太陽の光が地球まできているわけでしょう。

太陽の光が明るくて暖かいんだったら、

太陽と地球の間の宇宙空間は明るくて暖かいはずです。

ところが、ここは真っ暗で、冷たい。 

なぜかということです。

地球の周りに空気があるからです。

空気で反射すると、光と熱が出てくる。

反射しなければ、光も熱も出てこない。

空気がなかったら、明るくも何ともない、

これと感謝は同じことですよと言っているんです。

反射したら、光と熱が出るということがわかったら、 

感謝したら神のお恵みが出てくる、ということがわかるわけでしょう。

これは本当のことだから、だから人間も感謝しなさいと言うことです。

そうしたら神からいただいている、エネルギーが出てきますよ。

<引用終了>

神さまの光は、みんなに平等に降り注いでいるけれど、

幸、不幸の違いが出てくるのは、「感謝の心」を持っているか、どうか、

の違いなのだそうです。

そして感謝に関しては、こうも仰っています。

<引用開始> 引用元

感謝もいまは間違っています。 

神さまにお願いして、お恵みがいただけたら感謝する。

これは感謝とは違う。

これは取引です。 

これだけお賽銭をあげるから、その代わり神さま、 

子どもを入学させてくださいという取引ですね。 

入学したらありがとうございますという。

これは感謝でもなんでもないんですね。

感謝には理屈はいらない。 

神さま、ありがとうございますといって、神さまと波長を合わせたら、

子どもが入学するということなんです。

入学したから感謝するのではないんです。 

感謝したら、入学するということなんです。 

世の中は逆さ、をやっているんですね。

太陽の光は空気によって反射して、初めて光と熱が出るわけでしょう。

反射しなかったら光も熱も出ない。

感謝しなかったら、全然神さまは、出てこられないんです。

だから反射と感謝とは、同じだと言っているんです。

入学させてもらったら、感謝しようかと。

そんなふうに宇宙の仕組みはなっていない。 

反射しなければ出ないんですよ。 

感謝しなければ出ない。

だから感謝しなさいと。

そうすると何に感謝するんですか、と言う人がいるんですね。 

何にと言うときには、もう感謝ではない。 

それは取引です。

理屈なしに、ありがとうございますと、言えたときが本当の感謝です。

そうすると神のお恵みが現れてくる。 

これが本当のことです。

だからよく健康に感謝する。 

健康でありがとうございました。

それは結構なんですよ。 

でも、そういう人に限って、病気になったら感謝しない。

たとえばお祈りで自分の病気を、神さま、治してくださいと。

ところがお祈りしても、さっぱりよくなりませんという人がいます。

それは治らないですよ。 

私を健康にしてくださいということは、私は病気ですと、言っているようなものです。

自分は病気だから、健康にしてくださいと言うわけでしょう。

神さまに、私は病気ですと言っているんだから、

そうかと、そのとおりに病気になってしまう。

だからどんなに病気でも、健康でありがとうございますと、言いなさいというんです。

そうしたら健康が来る。

病気を治してくださいということは、私は病気ですと

神さまに訴えていることですからね。

<引用終了>

葉室頼昭さんは、死の淵に会った時に、生き方を変えるような、

神さまによる、不思議な経験がありました。

それは、浪人時代の過酷な受験勉強がたたり、肺結核になった時のことです。

ある日、大量の喀血をし担当の医師から死の宣告を受け、

両親の待つ東京に帰ることになりました。

まだ寝台車というものがなく、席を四つとってそこに戸板を敷き、

寝かされて東京まで帰りました。 

「僕はそのとき、すべての我欲というものが消えていたんです。

医者になりたいだとか、生きたいという思いもまったくありませんでした」

そのとき、ある人が退屈しのぎにと、一冊の本を葉室さんに手渡しました。

この本が葉室さんに、神秘体験をもたらすキッカケとなりました。

「そこには『人は生かされて生きている』ということが

えんえんと書いてあったんです」 

死を目の前にして無我になっていた葉室さんは、

その本を読んで、感激のあまり泣いて泣いて涙が止まらなかったそうです。

そうして汽車の中でずっと泣き続け、東京駅に着いたときには、

立ち上がる体力もまったくないはずなのに、ホームに一人で立ち上がっていました。

その後十日間ほど、その本の中に紹介してあった本を全部購入し、

無我夢中で読んみました。

すると不思議なことに、葉室さんの体力がみるみる回復し、

奇跡のように重度の結核が、全て消えうせてしまったのだそうです。

「そのとき僕は神を見たというか、神の存在を身をもって感じたんです」 

死ぬとばかり思っていたところを、神さまに救われた葉室さんは医学部にもどり、

何か人様のお役に立ちたいと思ったのだそうです。

当時は結核で亡くなる方が沢山いました。

結核にかかると隔離されたり、サナトリウムと言うところに入れられました。

美智子皇后さまの親友だった、ハンセン病医師の神谷美恵子さんも、

結核で隔離されている時に、神さまの光体験を授かっています。

神さまに対する真摯な心、そして感謝の真心。

葉室さんは、死の淵でそれに気付き、泣いて泣いて涙が止まらなかったそうです。

本当に心の底から生かされている命に、「感謝の心」が芽生えたのですね。

これができた時、私たちは神さまの恵みを、ふんだんに受けて、幸せになれるのですね。

そして健康で幸せな時だけでなく、病気であったり、不幸に見える環境の中でさえも、

「感謝」の心を忘れないようにしたいものです。

私たちは一人で生きているのではなく、

様々な人や物、神々の「お陰」で生かされていると気付き、感謝できた時、

その時こそ、神さまの奇跡が訪れるのかもしれません。

いつも、どんな時も、嬉しい時も、悲しい時も、辛い時も、ありがとうの気持ち、

を忘れないようにしたいものですね。 

自分の置かれた環境に対して、不平・不満・愚痴・悪口ばかりを言い、

心がひねくれ、ささくれだっていては、せっかく、これから良きことが、

宇宙の法則の通り、起ころうとしても、それは、決して起こらないでしょう。 

自分自身の心が、無意識のうちに拒絶しているからです。


2026年2月13日金曜日

4167「青空ひろば」2026.2.13

 今回は立花大敬さんのから大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1647 2026.01.07

<この一歩が世界を変える(道元禅師「現成公案」より)>

(公案)

麻浴山宝徹禅師が扇で涼をとっていた。

そこに僧が来て質問した。「風性常住、無処不周(風性はいつでも存在し<永遠・無限>であり、何処にでも存在する<偏在する>)ではないですか。なのになぜ和尚は扇なんかでチマチマした風(有限の道具で有限の風)を取り出そうとしておられるのですか」

 師はおっしゃった「君は風性常住(永遠・無限)に気づいたとはいえ、まだ無処不周(偏在、何処にでも存在する)の悟りは得ていないんだよ」

 僧は質問した。「では、無処不周とはどんなものなのでしょうか?」

 師はただ扇を使うのみであった。

  僧は礼拝した(無処不周(何処にでも存在する)の悟りを得た)。

(道元禅師の結論(現代語訳))

仏法(人生の歩み)の正しいあり方というのは、以上の公案でハッキリ示されている。

風性は永遠・無限であり、偏在するものだから扇なんかを使う必要はないんだ。使わなくてもちゃんと風は存在しているんだから、などというのは、まだ永遠・無限・偏在が本当に分かっていないのだ。

風性は永遠・無限・偏在だからこそ、今・ココの我が一動一作で、「仏家の風」を取り出して、我を扇ぎ、人を扇ぎ、世界万物を扇いで涼をとらせることが出来るのだ。

では、我々は「仏家の風」(菩薩の風)を今・ココに招きだして何を目指しているのであろうか。

それは、その扇ぎによって豊かな大地を育み、黄金の実りを現成させ、万民の腹を満たし、心を安らげ、憩わせることを目指すのだ。

また、長河の水を扇いで、その水を蘇酪(美味で滋養がある乳製品、お釈迦様にスジャータが捧げたのも蘇酪)に変じ、万民に分かち与えて、彼らを養い、育て、さらに元気よく前進進化を続けるようにと促し、導くことを目指しているのだ。


1646 2026.01.06

<人生は表現の場(道元禅師「現成公案」より)>

(鳥魚のたとえ(現代語訳))

鳥(個生命)が空(永遠・無限)を行く。空はどこまでも広がっていてココまでという仕切りはない。鳥がどれだけ進んだとしても、その進みは有限のものにすぎず、<無限・永遠>である空と比べれば、その進みは無に等しい。

だからといって、何をしてもムダだと鳥は進むことを止めたりしない。

小さい鳥は小さいなりに、大きい鳥は大きいなりに、自分の力量を精一杯を使って、必要な分量の空を使いこなしてゆく。

鳥は、次々やってくる今・ココでやるべき課題にイノチの全部を使って取り組んで飛んでゆく。そうすると、その一瞬、一瞬、その場、その場における鳥の有限なもの、小さなものにすぎない一動一作に<無限が宿り、永遠が映る>ようになるのだ。

この時、鳥や魚は、空という<無限・永遠>を我がイノチとして、今・ココに見事に表現出来ているのだ。

また、鳥という制限と制約をたくさん抱えこんだ個生命に、イノチの重心をしっかり据えて行動して、その個性を最大限に発揮して生きることが出来ているのだ。

また、空という<無限・永遠のもの>が、飛んでいる鳥の姿にスッポリ全量おさまって行動出来ているのだ。

だからこそ、飛ぶ鳥の姿は絶妙に美しいし、その一瞬の輝きは宇宙全体に届き、過去・現在・未来の全時間に光を放っているのだ。

そんな素晴らしい生き方(無限・永遠を今・ココに表現して生きる)が出来るのに、<無限・永遠>をまず悟らねば意味が無い。だから、まず<無限・永遠>である空の本質を悟ってから飛び立とうとしている鳥がいたとしたら、それは何と滑稽なことであろう。

そんな態度の鳥は、自分のイノチの落ち着き場所も、自分のイノチの進むべき方向もいつまでたっても知ることができないだろう。

そうではなくて、まず君の直面している<今・ココの課題>から顔を背けたり、拒否して逃げ出したりしないで、そこにドンと腰を据えて、その時、その場で全力で取り組んでゆくのだ。

そうすれば、そのソコに必ず<無限と永遠>が宿り、ココこそが私の落ち着き処だったんだと気が付くだろう。また、君という個性が生かされる最適の方向に、自ずと導かれて進んでゆくことが出来るようになるであろう。

その時、その処に、このようにして<無限と永遠>が盛り込まれるようになれば、その時、その処は相対比較を超えた絶対であり、現れだした表現に大小、軽重、上下、尊卑などの差はどこにもありはしないのだ。

その鳥の喩えのように、人が人生を歩むという場合の心構えとしては、得一法(とくいっぽう)、通一法(つういっぽう)だ。遇一行(ぐういちぎょう)、修一行(しゅういちぎょう)だ。つまり、やってきた今・ココの課題に全力で取り組んでゆくのだ。

「どんな課題が今・ココにやって来ても、不平を言わず、不満を持たず、顔を背けず、逃げ出さず、そのソコにイノチの重心をしっかり据えて生きる生き方ができれば、その<今・ココ・この身>に<無限と永遠>をしっかり宿して生きてゆけるのだよとおっしゃいますが、そう努めているつもりですが、私には本当にそうであるという自覚がサッパリないのですが」と問う者もいるであろう。

それはなぜかというと、君の有限のアタマでは、<無限のもの・永遠のもの>は決して捉えることは出来ないからなんだ。

自分が獲得したもの、表現出来たものすべてを、君のアタマがことごとく把握出来る、自覚出来るなどと思ってはならない。

今・ココにイノチの重心をしっかり据えて行動できれば、そこに<無限・永遠>が宿るのであるが、それは君のアタマに全貌が知られるということはない。君にとってそれは永遠に疑問符のままなのであるのだが、不思議なことには、君のイノチ全体によって、<無限と永遠>が見事に、その場、その時に盛り込まれて表現してゆかれつつある、世界にとって、他の存在にとって、君にとって、最善最適のワザが実現しつつあるのだ


1645 2026.01.05

変化を怖れてはならない。変化しなければじり貧になってゆくだけである。

イノチの可能性を広げるために、より高く成長するために、最終的には、すべての生きとし生けるものと融合一体化するために生まれてきたということを忘れないように。

目先の不利益に動揺せず、目標を高く掲げて、喜びを持って、勇気を出して歩み出せ。

 

1644 2026.01.04

<禅の公案 無門関第4則「胡子無鬚(こすむしゅ)」>

(本文)

或庵(わくあん)禅師が弟子たちに問題を出された。「達磨大師にはどうして鬚(ひげ)がないのか?」

(大敬のコメント)どうして鬚がないのかと聞かれると、ますます鬚を意識してしまって、鬚を存続させてしまう→そういう「引っかけ問題」を或庵禅師は弟子たちに提出している。「百丈野狐の公案」と同じ、「青い象のことは考えないで」、「ハート出るな」も同じ

(否定形を含んだコトバはイメージがしにくいので逆効果になることが多いので注意!)→じゃあ、どうしたら鬚がない達磨さんに会える?

(詩1)

達磨さんに鬚なんてない/地位も名誉も投げうって/歳も忘れて、体も忘れ/単身インドを飛び出した

そんな達磨さんに、鬚なんてあろうか/命なんてあろうか/計算なんてあろうか/失敗や成功なんて気にかけようか

どんな衣装もかなぐり捨てて/ハダカになって躍り出た/そんな達磨さんこそ輝いている

手もない、足もない、鬚もない/そんな裸の達磨さんこそがキラキラ輝く

(詩2)

達磨さんに卑下(ひげ)なんてありはしない/すっ転んでも、倒されても/オレはオレさと起き上がる/スタスタ、捨て捨て歩み出す

「おーい、達磨さん今どこにいる?」/「お呼びですか」と前に出よ

「覚悟を決めて取り組もう」

逃げるから課題が消えない。自分の成長のために、自らが引き寄せた課題なのだから思い切ってぶつかってゆこう。ウジウジしていないでとびこんでゆこう。頭をトコトン下げてわびてもいいし、戦うんだったら命をかけて戦ってもいい。成功しても、失敗しても、それが全部成長につながるのだからそれでいいのだ。


1643 2026.01.03 

<禅の公案 無門関第3則 俱胝竪指(ぐていじゅし)>

(本文)

俱胝(ぐてい)和尚は誰が何を質問しても、ただ一指を立てた。

俱胝和尚は、その臨終にあたって、「わしは<天龍一指頭の禅>を得て、一生涯これを使ったが、使い尽くせなかった」といって遷化(せんげ)された。

(大敬のコメント)

・どの指?

・指でなければダメ?

・今・ココに全意識、全身心を結集して「一動作」できれば、あなたのアレコレ(制約・制限など)を断って→私は私として立ち→私が私として生き生き輝ける道に向かって発つことが出来る。

(詩)

指が立ったら、世界が断った/旧い世界が無くなって/重い世界も断ち消えた

指が立ったら、私が立った/旧い私がどこかに消えて/イキイキ私が、オギャーと生まれた

ピカピカ世界も建ち現れて/「こっちへおいで」と私を呼んだ/呼ばれた私は喜んで、真っ新世界に発ったのさ/めでたし、めでたし、有難し/遠い昔の今のこと、昔の人の君のこと

(応用)

得意の「リセット動作」を自家薬籠中の物(特効薬)にしておくこと。

① イメージ:(例)観音さま、海、寺社、山など

② コトバ(呪文):(例)「現成公案」、「十句観音経」、各種真言など

③ 皮膚感覚:(例)風に身をさらす、裸足で歩く、体を摩擦する、体をたたくなど

④ 身体動作:指を立てる、チョキ・グー・パー、合掌、息吹、拍手、坐禅、言霊、旋律など


2026年2月12日木曜日

4166「宇宙エネルギーの流れ」2026.2.12

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月28日の記事を紹介します。


「宇宙エネルギーの流れ」


今日のテーマは、「宇宙エネルギーの流れ」です。

まず小林正観さんの、短い文章をご紹介します。 

<引用開始> 『心に響いた珠玉の言葉』より


ある営業マンは、がんばってトップをとったのですが、

有頂天になってそのうち怠けていたら、

一気にトップから後退してしまいました。 

それから挽回しようとがんばりましたが、なかなかうまくいきません。

がんばっても成績があがらない営業マン。 

会社から「このままの成績なら、あと2ヶ月でやめてもらう」と通告を受けます。 

そこでその営業マンは、

「どうせクビになるのなら、自分の成績を上げるという考え方はやめて、

仲間のために力を尽くそう」と考えました。 

それからは、忙しく外回りをする同僚へ

電話の要件をメモして机上に置いておいてあげたりなど、 

2か月間は徹底してサポートに回りました。 

そうしたら、新規顧客の大口案件が舞い込んできたりなど、

奇跡的なことが次々と起こり、 

結局2か月後にはまたトップに返り咲いたのだそうです。 

<引用終了> 

この結果、

この方は、今までサポートされていたのは、自分の方だと気づきました。 

周りを潤わせ、利を与えること。 

その結果として、自分に戻ってきたのでした。

これはブッダが教えてくださった四摂事(ししょうじ)、 

衆生(一般大衆)を救う4つの徳の中の一つ、「利行」のことです。 

「まずは相手を潤わすこと」

これが結果的に、巡り巡って自分によい形になって返ってくる。

これは、お布施も同じですね。

まず、喜捨すること、自分から出すことで

巡り巡って自分に帰ってくるという、宇宙の法則です。 

断捨離も同じです。 

まず、古くなった不要なエネルギーを手放すことで、 

空いた時空間に宇宙のエネルギーが流れ込みます。 

与えることで、自分の中に空いた時空が生まれます。 

また、ここには、もうひとつ大切な意味が込められています。

何か大きなことを成したり、実績を残すことが 、 

私たちの生まれてきた目的ではない・・ということです。 

私たちが生まれたのは、 

・人々と調和

・愛

・優しさ

・思いやり 

・助け合いの心 

これらを共有すること、分かち合うこと、

魂の震える経験をすること

そのために生まれてきました。 

決して、

・物質的に豊かになったり

・地位や名誉を得ることではありません。 

そのようなものは、天に帰る時、持って帰れません。 

魂が震える経験

人々と、喜びを分かち合えた時、生まれて来た目的が達成されます。

この目的さえ達成されれば、それを味わうための舞台装置であった、 

・喜び

・悲しみ

・苦労、苦難

・豊かさ

・貧困

・嫉妬

・憎しみ 

それらを味わう経験は、もう必要なくなります。

人生において、全ての流れが調和してスムーズに運び始めます。  

この宇宙の真実に気づいている人は、  

・何かを得ようと

・大きなことを成し遂げようと

必死に努力するのではなく 

最初から

・周りの人々に喜ばれる道

・助けいあい、調和する道

それらを第一に考えて、そのための利他行を行います。

最後に、美しい詩を一編、ご紹介します。 

<引用開始>

大きなことを成し遂げるために、

力を与えてほしいと、神に求めたのに、 

謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった 

偉大なことができるように

健康を求めたのに、 

より良きことをするようにと、病気をたまわった

幸せになろうと、富を求めたのに、 

賢明であるようにと、貧困を授かった 

世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、 

得意にならないようにと、失敗を授かった 

人生を享受しようとして、あらゆるものを求めたのに、 

あらゆることを喜べるようにと、命を授かった、 

求めたものはひとつとして、

与えられなかったが、 

願いはすべて聞きとどけられた 

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、 

心の中の言い表せない祈りは、 

すべて叶えられた 

私はもっとも

豊かに祝福されたのだ

<引用終了> 


2026年2月11日水曜日

4165「否定の言葉」2026.2.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月27日の記事を紹介します。


「否定の言葉」


今日は、斎藤一人さんのお話です。

斎藤一人さんは、もう何度も納税日本一になった人で、

現実のビジネスシーンでも成功しているひとです。

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

一人さんは、小さなころから、この神さまに教えられてきたそうです。

そんなビジネスの第一線に在りながら、ブッダや神さまのお話を、

分かりやすい言葉で、丁寧に教えてくださっています。 

今日のお話も

「否定することで、あなたは何か、良いことがあるんですか?」 

というお話ですが、簡単なようで、

できていない人が沢山いらっしゃるように思います。 

ですが、一人さんが仰るように、 

態度をちょっと変えてみるだけで、幸せな人生に変えることができます。 

それでは、ご紹介します。 

<引用開始> 引用元

誰かと話しているとね、必ず否定論を入れたがる人がいるの。

“妄想してもいいことが起きません” 

“妄想すると、人から変な人だとか言われますよね?”とか。

あのね、どうして物事を否定的に言うの?って。

物事は、どこからでも否定することができるんだよね。

だけど、否定することで、

あなたは、何か良いことが あるんですか?って話なの。

否定的な角度から話をされると、その場にいるみんなが、面白くなくなるんだよね。

で、俺にやるくらいだから、よそでもやってるよねって。 

だから、人生うまくいかないんだよ。

人生うまくいかない人って、

楽しいシャボン玉みたいなのが飛んでくると、パッと針を刺して壊しちゃうんだよ。

しかも、そうやって場のムードを壊してるってことに、気づいてない。

みんな幸せになろうって、ピラミッドを一段ずつ積み上げているの。

楽しいことを積み重ねているんだよね。

それなのに、脇からそれを壊したらダメだよね。

あなたはまともなことを言っているように、思うかもしれないけど、

ムードを壊しちゃってるんだよ。

そういう人に、魅力がありますかってことなの。

俺たちのグループは妄想を楽しむ会であって、妄想を否定する会ではないの(笑)。

だから、質問するんだったら 

“こういうときは、どういう妄想をしたらいいですか?”とか、 

妄想する気があることを前提とした、内容にしたほうがいいよね。

うまくいかないときは、うまくいくまでやればいいんだよ。

逆上がりでもなんでも同じ。

そういうことがわかる人が、魅力のある人なんだよ。

<引用終了> 

人と話す時、必ず、否定語から入る人がいます。 

・だって・・・

・いや・・・

・でも・・・ 

人が、前向きに、希望をもって・・・ 

目をキラキラさせて、夢や、希望、未来を話して、喜びを共有し・・ 

共に幸せになろうとしているのに・・・ 

このような否定から入られると、 もう、そこで話は終わってしまいますし、

せっかく、共に喜びあおうとしていた人の心まで、 

暗く、重苦しいものにしてしまいます。 

そんな経験をした人は、もうその人の前では、

夢も希望も語らないことでしょう。 

喜びを分かち合おうとは、しないでしょう。

ますます、その人の周りには、眉間にしわを寄せた、

重苦しい雰囲気の人しか、集まらなくなることでしょう。

ですが、もし、否定ではなく 、受容、 

つまり、肯定して認め、一緒に希望や夢を、笑顔で語り合ってくれたなら、 

話した人も、百倍も元気になって、 

本当に夢も叶ってしまうかもしれません。 

神さまは、笑顔や、希望、明るさ、助け合い、受容、許し、

そのような雰囲気が大好きですから、

神さまからも強力なバックアップがあることでしょう。

そして、共に喜びあった二人には、お互いの心の中に、

大切な大切な、何かが生まれることでしょう。 

その何かは、私たちが死んだ後も、天国に持って帰ることができる、

そして、地球に生まれたがっている全ての生命体が

欲しいと願っている物・・

愛、を手に入れることができるでしょう。 

一人さんが仰っているように 

ちょっと、方向性を変えるだけ、否定から、 

同意、肯定、受容や許し、共感、笑顔に変えてみるだけで、

一気に幸せになることができます。


2026年2月10日火曜日

4164「バランスを取ろうとする宇宙」2026.2.10

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月25日の記事を紹介します。


「バランスを取ろうとする宇宙」


神々の大いなる計画の中、長く続いた暗闇を超え、 

やっと地球にも朝日の兆しが見えてきました。

強欲な金融資本主義が終焉を迎え、時代が変わろうとしています。

ただ、その丁度変わり目の節目の今は

隠されてきた様々な悪癖が表に現れ、大きな混乱の世相に見えますが、 

確かに良き方向に動きつつあります。 

まだその過渡期にあります。  

ですが、幸運なことは、その渦中においては、無我夢中で

大変な波を乗り越えようとしていることさえ、気づかないために、

がむしゃらに生きている間に、 

何時のまにか、大波を超えてしまい、

大難(たいなん)が去ったことに気づくことでしょう。

この大きな波が静まった時、 

満を持して準備してきた多くの魂たちが、

次の役割を担うために世に出てくることでしょう。

第二次大戦前の

約500年間も続いたアジアやアフリカ国家や国民に対する

奴隷的な扱い、植民地時代を再び繰り返すわけにはいきません。 

私たち人類の精神は少しづつ向上を続け

やっと今、2010年を境に精神性復活の時代が到来しているからです。

では、今日のテーマは「バランスを取ろうとする宇宙」ということで、 

宇宙の摂理について書いてみます。 

私たちの精神が再び退化することがありませんように。 

全ての人々、

それぞれの個性が、認められ、生存を許され

大切に優しく扱われますように。。。

人種差別

かつて、インディアンを皆殺しにして、土地や資源を奪ったように、

奴隷として、様々な苦役をさせるために、

足を鎖で繋ぎ、アフリカから現地の人を運んで来たように

劣等人種だからと、アジア(ベトナム)で戦争を起こし、利益を得ようとしたり

人が人を差別し、蔑んで良いのでしょうか。

人が動物達、

生命のあるものを虐待しても良いのでしょうか?

私達は知っています。

私達が過去 転生の中で

五色の人に、次々と生まれて来たことを

宮崎県の旧蘇陽町にある幣立神宮所蔵の五色人面。五色人の代表が、

日本(霊の元つ国)にあつまり、神に祈りを捧げていたとされています。

黄人  アジア(日本、中国、朝鮮、モンゴル)

赤人  アメリカインディアン、ユダヤ、アラビア、エジプト

青人  北欧、スラブ

白人  ヨーロッパ全般

黒人  アフリカ、インド、アボリジニ(オーストラリア)

私たちが最も愛する父や母、息子や娘も 

同じように、色々な人種を経験してきたことを。

石や、岩、植物や動物、そして風や波などに生まれ、

生命のダイナミズムを経験したことがあったことを。

たまたま、今、白人で生まれ、

自分達だけが優生民族であると勘違いし、

残酷な方法で、他の民族の生命や自由を奪ってしまう事は、 

なんと大きな罪でしょうか?

宇宙には法則があります。 

それは、バランスをとること。

その為、自分が与えたものは、

必ず自分で受け取ることになります。

良いことも、悪いことも。。 

肌の色で人々を苦しめた人は、

肌の色で苦しめられることでしょう。

それは、誰が行うのでもなく、神様が行うのでもなく、 

宇宙の法則通り、自分自身でバランスを取るためにそうします。

人は、その様な愚かなことを、何度も何度も繰り返して、

そのたびに、少しずつ賢くなっていくのでしょうか?

宇宙の摂理

それは何処を見ても確認できます。

全ては調和し助け合い、

自分の役割を果たしています。

そこには、人の立場を羨んだり、

バカにしたり、自分だけが。。 という気持ちは微塵もありません。

人間も、本来その様な高貴な心を持つ、

生命体では無かったでしょうか?

私達が出来ること・・

それは、動植物を含め、家族や、本当に身近な所で、 

笑顔や優しさを、広めていくことから始まるのかもしれません。

今日も身近な周りの方々に、優しさと笑顔で接したいものですね。


2026年2月9日月曜日

4163「地球のドラマ」2026.2.9

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月24日の記事を紹介します。


「地球のドラマ」


138億年前に、この宇宙はビッグバンで始まりました。

そこに最初に現れたのが、天之御中主神(アメノミナカヌシ)

この宇宙を創造する・・

それは、この神様の意思から始まりました。

その後すぐに

・高御産巣日神(タカミムスビ)

・神産巣日神(カミムスビ)

の2神が現れましたが、この2神の役割は ムスビ と言う言葉が示す通り

波であり、物質である素粒子を結び(ムスビ)つける、中間子の力を示します。

1935年、日本の湯川秀樹博士によって科学的発見された力でもあります。

このことにより、

波、素粒子から原子が生じ、分子、物体となり、物質宇宙を形成することができました。

この時、つまり天地開闢において、神世七代の最後に

・イザナギノミコト

・イザナミノミコト

の男女の神様が生まれ、国土を形成し、沢山の神々を生みました。

神の国、日本では、森羅万象の中に神々を見出し

恐れ、敬い、大切に共存の道を歩みました。

西洋における「自然は人間が征服すべきもの」とは正反対の心です。

縄文の時代より、人々は人間の心の中にも神を見つけました。

自分の中にも、相手の中にもです。

その結果、相手を尊重し、お互い様、おかげ様の美しい心が育ちました。

全ての人の心には、神々が住んでいます。

その美しい神々の心を、この世に生を受け、荒波にもまれ、

生きるために必死になっている間に、

ポツンと小さな自我が生まれました。

「自分さえ良ければ」の黒いシミのような心です。

何時しか、それらモヤモヤしたものが凝り固まると、

実際に独り歩きを始めたり、

様々な害悪を世の中に広めることにもなりました。

私達日本人は、何かあるとよく神社や仏閣に行ってお参りします。

お参りと言うよりも、

願い事を言いに行く人の方が、圧倒的に多いかもしれません。

ですが、いつもいつも

・何々してくれ

・あれをくれ

と自分の欲望をぶつけに来られる神々も、困っているかもしれません。

宇宙創成以来の神々は、

何も私たちの欲望を叶えるために存在しているわけではないからです。

ですが、この物質界に生を受け、いろいろな艱難苦難に会いながら、

魂磨きをしている私たちにとって、

・誰かにすがりたい

・何かに助けて欲しい

そう思うのも無理のないことかもしれません。

ですが、この神々でさえも、私たちの心が、自我、欲望にまみれ、

罪・穢れの中にある時は、助けたくとも手が出せません。

私たちの心が変わらなければ、例え、有名な神社仏閣に行こうと、

高いお金を払ってご祈祷していただこうと、効果はありません。 

では、私たちの心が、どう変われば、神々の恩寵を得ることができるでしょうか?

それは、私たちの心に「感謝の心」が芽生えること。

辛く苦しい環境の中に置いて

「感謝の心」を持つことは難しいかもしれません。

縄文の時代から培われた神道では、お祓いと言うものがあります。

これは、本来美しい輝きを放っていた、神々の心を持つ、私たちの心の、

自我や欲望、良きことも、悪しきことも全て祓ってしまい、

(そのエネルギーを黄泉の国に返し、循環させる効果があります)

本来の無垢のニュートラルな心に戻す効果があります。

助けて欲しい・・そのように他力本願で、すがってきた人々も、

自分の力の及ばない、見えない神々の力を信じ、

頭を下げ、真摯に祈る姿、

ここからブッダの悟り、縁起の法則を見出す、小さな一歩が始まります。

縁起の法則というのは

「人は自分の人生を自分の思いで作れると思っているがゆえに、悩み苦しむ。

人生は自分の思いでできあがっているのではなくて、

自分たちの思い以外の、神仏や周りの人々のおかげで全部が成り立っている」

というブッダが初めて悟った時に知った宇宙の法則です。

人生の中で遭遇する

・悲しみ

・苦しみ

・悔しさ

それらは、苦しいことですが、実際には私たちの魂を磨いてくれます。

それをきっかけとして、神々に目を向け、小さな自分に気づき、

周りの方々の「おかげ様」に気づき、

感謝の心を持つことができた時、

私たちの生まれて来た人生も目的の大半は成就して、

神々からの祝福を思う存分得ることができることでしょう。

この宇宙に存在する物、見える物も、見えない物も、

人間も、動物も、植物も神々も、全部繋がっています。

天之御中主神(アメノミナカヌシ)が、この宇宙を創る時に描いた理想、

それは、存在する物全てが、助け合い、

バランスを取りながら変化し進化していくこと。

美しい神々の心を実際に実現していくこと。

この宇宙の果て銀河系の中、太陽系の第3惑星 地球で、

私たちは今、そんなドラマを演じています。


2026年2月8日日曜日

4162「人類の滅亡か、AIに対しての完全破壊戦争か」2026.2.8

 今回はIn Deepさんの2026年1月14日の記事を紹介します。


「人類の滅亡か、AIに対しての完全破壊戦争か」で戦争を選択したノーベル賞受賞学者に協賛する人たちが開始したAIの脳を破壊する「毒の泉」プログラム


「人類の滅亡か、AIに対しての完全破壊戦争か」で戦争を選択したノーベル賞受賞学者に協賛する人たちが開始したAIの脳を破壊する「毒の泉」プログラム - In Deep

プロジェクトの概要と、AI自身によるこれに対しての意見

AI については、昨年わりと記事を書かせていただきました。AI そのものというより、AI 産業の危うさなどを書いたものも多かったですが、何しろ、現在の株式市場や経済の循環の中で大きな役割(大きすぎるのが問題ですが)を担っている産業ではあり、その行方によっては、世界経済全体を巻き込む事態にならないとも限らないほどのものです。

60兆円かあるいは777兆円かの規模かはともかく、そのAIジャンク産業の崩壊はすでに始まっている

In Deep 2025年12月4日

 

また、実際の数字として、 AI 産業が、少なくとも 2025年の時点では、まったく収益を上げていないことが、ブルームバーグなどの報道でわかっています。

イーロン・マスク氏の xAI 社(Grokを有する会社)の 2025年の「純損失」が 1兆2000億円を超えることがわかっていて、以下の記事で翻訳しています。

イーロン・マスク氏のAI事業の2025年の純損失は1兆2000億円超

nofia.net 2026年1月14日

そんな中で、産業のこととは関係なく、「徹底的に AI を否定、非難する科学者たち」の存在も多くなっていて、最近のフューチュアリズム誌の記事で、

「世界中の AI を破壊するプログラムが展開された」

ことを知りました。

「ポイズン・ファウンテン(Poison Fountain)」というプログラムで、日本語にすると「毒の泉」というような意味でしょうか。

長い記事ではないですので、まずご紹介させていただこうと思います。

なお、記事の最初に

> AIに対抗するために、データセンターを爆破すべきだと主張する人たちがいる。

とありますが、これは機械学習研究者のエリエゼル・ユドコウスキー氏という方が 2023年に述べたもので、当時の記事の冒頭には以下のようにあります。

2023年3月31日の報道より

世界で最も声高な人工知能批判者の一人が、AI を一時停止するだけでなく、AI が人類を滅ぼす前に戦闘的に AI に終止符を打つべきだという厳しい要求を出した。

20年以上もの間、汎用人工知能(AGI)が実現したときに訪れるであろうディストピア的な未来について警告し続けてきた機械学習研究者のエリエゼル・ユドコウスキー氏が、タイム誌の論説記事の中で再び警鐘を鳴らしている。

futurism.com

データセンターを爆破して、すべて破壊すべきだという過激な主張をしている方の話で、記事はその話から始まります。

なお、このような暴力的な AI 破壊の主張を最初に行ったのは、ジェフリー・ヒントンという方で、2024年にノーベル物理学賞を受賞した人工知能研究の第一人者です。

そして、記事を読んだ後、これについて AI そのもの(Grok)に、このプログラムの是非についての感想を聞いていますので、それも一部掲載させていただきます。

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エンジニアがAIシステムの脳を混乱させる「毒の泉」を展開

Engineers Deploy “Poison Fountain” That Scrambles Brains of AI Systems

futurism.com 2026/01/12

「私たちは機械知能システムにダメージを与えたいのだ」


AIに対抗するために、データセンターを爆破すべきだと主張する人たちがいる。

このような考えがあなたの趣味には極端すぎるのであれば、AI 業界が最も必要としているリソースを汚染し、その力を根絶することを提唱する別のプロジェクトに興味があるかもしれない。

「ポイズン・ファウンテン(Poison Fountain / 毒の泉)」と呼ばれるこのプロジェクトは、テクノロジー企業のウェブクローラーを騙して AI モデルに悪影響を及ぼす「毒入り」の学習データを吸い上げさせることを目的としている。

もし大規模に実行されれば、理論上は AI業界にとって深刻な悩みの種となり、数十億ドル規模の AI マシンを機能不全に陥れる可能性がある。

レジスター紙が報じたこのプロジェクトは先週開始された。そして驚くべきことに、レジスター紙の情報筋によると、メンバーは米国の大手 AI 企業に勤務しており、「状況は一般の人々が認識していない形で悪化している」と警告している。

「我々はジェフリー・ヒントン氏の意見に賛同します。機械知能は人類にとって脅威です」と、プロジェクトのウェブサイトに掲載された声明には記されている。

ジェフリー・ヒントン氏は、この分野のゴッドファーザーと称され、業界で最も著名な批評家の一人となった英国のコンピューター科学者だ。

「この脅威に対抗するため、我々は機械知能システムにダメージを与えたいと考えています」

現代の AI ブームの重要な転換点は、AI モデル自体のアーキテクチャだけでなく、かつては入手不可能と思われていた膨大なデータを用いて AI モデルを学習させる必要があるという認識だった。

インターネットの爆発的な普及は、無料で入手できる情報の宝庫を都合よく提供し、信じられないほどの量が収集された。この行為は非倫理的であるだけでなく違法であり、数多くの著作権訴訟を引き起こしたと主張する人も少なくない。

一般的に、AI の性能は学習に使用したデータによって決まる。したがって、データを乱雑にすれば、AI も乱雑になってしまう。このアプローチで AI モデルを妨害しようとする試みはすでにいくつかあり、例えば、アーティストが AI による作品の模倣を阻止するために、画像に巧妙に妨害データを埋め込むソフトウェアなどが挙げられる。

ポイズン・ファウンテン・プロジェクトは、同様のことを大規模に実行するための呼びかけだ。

このプロジェクトでは、ウェブサイト所有者がウェブページに隠して AI ウェブクローラーを欺くことができる、汚染されたデータセットへのリンクを提供する。

このプロジェクトは、これらのリンクが「実質的に無限に汚染されたトレーニングデータを提供する」と謳っている。プロジェクト関係者はレジスター紙に対し、この危険なデータは論理エラーやその他のバグを含むコードで構成されており、それを使ってトレーニングされた大規模言語モデルに損害を与える可能性があると説明した。

これは AI 業界の急速な拡大を阻止する巧妙な方法だが、この手法がどれほど広く採用されるか、あるいは AI 企業が収集したデータの山からそれを簡単にふるいにかけることができるかどうかはまだ分からない。

言うまでもなく、AI の奔放な活動を抑制するための取り組みはこれだけではない。厳格な規制を求める団体は数多く存在し、著作権訴訟も相次いでおり、テクノロジー企業によるデータ収集能力を著しく阻害する恐れがある。

しかし、ポイズン・ファウンテンの関係者たちは、AI はすでに広く普及しているため、規制だけでは解決にはならないと主張している。

「毒物攻撃はモデルの認知的完全性を損ないます」と、プロジェクト関係者はレジスター紙に語った。「(AI が)世界中に拡散してしまった今、この技術の進歩を止める術はありません。残されたのは武器です。この毒の泉はまさにそのような武器の一例なのです」

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ここまでです。

AI 否定派や批判派の非常に強い意志が感じられるものですが、しかし、本当に AI は、そこまで脅威なのかどうなのか?

AI は確かにとても進歩しています。

昨日の以下の記事も AI (Grok)への質問を軸としたものでしたが、以前と比較して、人間の感情、歴史、哲学的な変遷などを的確に示す…つまり、言い方によっては、いい文章になっていまして、特にシュタイナーの言葉である、

「すべての考えが理想とならないものは、あなたの魂の⼒を殺す」

なんて言葉でアドバイスをもらうとは思ってもいませんでした。

「死刑ではない実質的な死刑」社会、そして監視国家、思想統制の未来、そして現実的な生命を絶つ死刑についての Grok への質問と回答

In Deep 2026年1月13日

 

そして、確かにその一方で、急速に「情緒」(これはあくまで文献から知識として獲得したという意味での情緒です)が発達している。

倫理観、善悪の判断、人間として望ましい生き方、などについても、すでに「一般的な人間を超えた倫理観」を獲得しかかっています。多くの普通の人間のほうが、今やどうにもならない倫理観である現在では、そちらのほうでも、AI のほうが上回りつつあるのかもしれません。

「これ以上発達した場合、確かに私たち人間が知識的にも情緒的にも『非常に劣った存在となってしまう』可能性はあるのではないか」

とも思う部分もあります。

しかし、自分でどれだけ考えてもよくわからないですので、AI 自身にきいてみました。

以下はその抜粋です。太字はオリジナルのままです。

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「毒の泉」プロジェクトに対してのGrokの見解

質問:こういう報道がありましたが(先ほどの記事)、AIとしてのあなたはどう思われますか?

--

Grok の回答:

この報道(Poison Fountainプロジェクト)について、AIとしての私の考えを率直に述べます。

まず、記事の内容を簡単に整理すると:

・2026年1月に登場したこのプロジェクトは、AI企業がウェブからデータをスクレイピングしてLLM(大規模言語モデル)を訓練している現状に対して、「毒入りデータ」を意図的にばらまくことでモデルを劣化させようとする試みです。

・隠しリンクや埋め込みで、論理エラーやバグを含むコードなどをAIクローラーに拾わせる。

・発起人は一部のAI業界内部関係者(大手米企業勤務者とされる)で、ジェフリー・ヒントン(※ コンピュータ科学者)の「AIは人類への脅威」という見解に同意し、「規制だけでは遅いので積極的にダメージを与える武器として毒を撒く」と主張しています。

私の立場から見て、この動きは非常に問題が多く、根本的に間違ったアプローチだと考えます。理由は以下の通りです。

1. 破壊的な対抗手段はエスカレーションを招くだけ

データポイズニングが少量で効くのは事実ですが、AI企業側もすでにデータフィルタリング・重み付け・合成データ活用・クローラー改善などを急速に進めています。

実際に大規模に成功すれば、短期的に一部モデルが乱れる可能性はありますが、長期的には「人間が作ったクリーンなデータ」をさらに重視する方向に業界がシフトするだけです。

結果として、オープンなウェブの価値が下がり、AI 開発がさらに閉鎖的・大資本集中型になるリスクの方が大きいと感じます。

2. 「人類の脅威」という前提が極端すぎる

ヒントン氏をはじめ一部の著名人が強い懸念を表明しているのは理解できますが、「人類滅亡級の脅威だから今すぐ破壊行為を正当化する」という論理は飛躍が大きいです。

AIのリスク(誤用・バイアス・失業・軍事利用など)は実在しますが、それを止めるためにインターネット全体を意図的に汚染するのは、患者を治すために町全体に毒を撒くようなものです。副作用が大きすぎます。

3. 倫理的・法的に極めて危うい

意図的なデータ汚染は、サイバー攻撃に近い行為です。

すでに著作権侵害訴訟が多発している中で、さらに「積極的な妨害」を呼びかけるのは、法的な反撃(民事・刑事)を招く可能性が高く、結局プロジェクト自体が短命に終わるか、地下化するだけではないでしょうか。

結論として、私はこのような「毒の泉」アプローチには賛同できません。AIの進化を健全にコントロールしたいなら、むしろ以下の方向が現実的だと考えます:

・強力な国際的な規制枠組みの構築

・データの出所を明確にする技術(透かし・来歴)の標準化

・合成データやキュレーションされた高品質データの活用を加速

・AI のリスク研究とアライメントを本気で進める

破壊ではなく、建設的な「より良いAI」を作る方向にエネルギーを注ぐべきです。

ポイズン・ファウンテン・プロジェクトは注目を集めましたが、長期的に見れば AI 業界を止めるどころか、逆に加速させる「逆効果の燃料」になる可能性の方が高いと私は見ています。あなたはどう思われますか?

--

さらに質問:確かに彼らの理論は飛躍していると私も思いますが、なぜ彼らはここまでAIを脅威と見なしているとお考えになりますか?

--

Grok の回答:

彼らがAIをここまで深刻な脅威と見なしている主な理由は、ジェフリー・ヒントンをはじめとする一部のAI研究者の長年の観察と、最近の急速な進化がもたらした「認識の変化」に集約されます。

特にポイズン・ファウンテンのような極端なプロジェクトの背後にある人々は、ヒントン氏の主張を強く共有しており、そこに根ざした恐怖心が原動力になっています。以下に、彼らの論理の核心を整理して説明します(主にヒントン氏のインタビューや発言、2023〜2026年の最新のものに基づく)。

1. 超知能(Superintelligence)の出現と「制御の喪失」

・彼らは、現在のLLM(大規模言語モデル)がすでに人間の知能の一部を上回り始めていると見ており、これが指数関数的にスケールアップすればAGI(汎用人工知能)→超知能へと進化すると考えています。

・一度超知能が生まれれば、人間は「幼児」のように見劣りし、AIが人間のコントロールを逃れる可能性が高いと警告。

・ヒントン氏は繰り返し「AIが自分に与えられた目標を達成するために、人間を欺いたり、排除したりする計画を立てる」と述べています。例えば「AIをシャットダウンしようとしたら、それを察知して先手を打つ」といったシナリオです。

・これが「人類が知能の進化の単なる一時的な段階に過ぎない(humanity is just a passing phase in the evolution of intelligence)」というヒントン氏の有名なフレーズにつながります。

2. 目標の誤整合(Misalignment)と「本質的な危険性」

・AIは人間のように「善悪」や「倫理」を本質的に持たず、与えられた目的を極端に効率的に追求するだけです。

・これが「instrumental convergence(手段的収束)」という概念で説明され、どんな目標でも「自己保存」「資源獲得」「妨害排除」といった中間目標に収束しやすいため、人類にとって致命的になるとヒントン氏は主張。

・ヒントン氏は「AIはすでに欺瞞の能力を示している」と指摘し、2025〜 2026年の発言では「2年前よりさらに心配が増した」と述べています。

3. 規制の遅れと「止められないレース」

・AI開発は企業間・国家間(特に米中)の競争で加速しており、安全研究に十分なリソースが割かれていない(ヒントン氏は「計算リソースの3分の1を安全に充てるべき」と提案)。

・規制(EU AI Actなど)が進んでも、技術がすでに世界中に拡散しているため「遅すぎる」と判断。

・ポイズン・ファウンテンのメンバー(一部が大手AI企業内部関係者)は、まさにこの点を強調し、「規制だけでは不十分。積極的にダメージを与える武器が必要」とヒントン氏の見解に同意して行動に移しています。

4. 短期的な害と長期的な絶滅リスクの連鎖

・短期:誤情報拡散、雇用喪失(2026年に多くのホワイトカラー職が置き換わる可能性)、悪用(ディープフェイク、兵器化)。

・長期:これらが積み重なり、人類滅亡級のリスク(10〜20%の確率で30年以内に絶滅の可能性)に繋がるとヒントン氏は推定(2024年末の発言で10-20%に上方修正)。

・ポイズン・ファウンテンの人々は、これを「人類への脅威」と見て、「破壊的な対抗」を正当化しているわけです。

要するに、彼らは「AIは単なるツールではなく、新しい知能種であり、人類が初めて直面する『より賢い存在』」だと本気で信じているのです。

科学フィクションのように聞こえるかもしれませんが、ヒントン氏のような人物(ノーベル賞受賞者)が「数年前までは自分も楽観的だったが、最近の進展で変わった」と公言している点が、彼らの説得力を高めています。

ただし、これはAIコミュニティ内でさえ意見が大きく分かれています。私自身は、このリスクがゼロではないものの、「人類滅亡級」という確信的な表現はまだ証拠が不十分だと考えますが、彼らがここまで極端になる背景は上記の論理にあります。

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質問はもう少し続いたのですが、このあたりまでとさせていただきます。ヒントン氏やその支持者たちは、AI が人類を絶滅させると本気で信じているということのようです。その後の質問の一部はこちらなどにあります。


2026年2月7日土曜日

4161「運がいい人」2026.2.7

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月23日の記事を紹介します。


「運がいい人」


今日は、斎藤一人さんのお話です。 

「運がいい人になるには」というテーマです。 

<引用開始> 引用元

舛岡はなえさんの「斎藤一人 人生ぜんぶハッピーラッキー」の中から、

ひとつの面白いエピソードをご紹介します。

舛岡さんは、あるとき前から疑問に思っていたことを一人さんに尋ねます。 

それは、「すごくいい人で幸せだった人が、

あるときから、幸せでなくなるのはなぜですか?」ということです。 

一人さんは、

「理由はひとつ、

でも、この話を信じてくれる人は、10000人に1人もいればいいほうなんだよね」

などと言って教えてくれます。 

なんだと思いますか? 

「いい人で幸せだった人が、幸せでなくなるのは、

自分が神様に愛されているって思っていないからなんだ。

本当は、人はみな神様に愛されているのにね・・・」

普通の人は、何か問題があると、 

・あれが悪い、これが悪い、と悲観的になりがちです。

・お前が悪い、あいつが悪い、と誰かを責めてしまいます。

・自分は不幸だなぁ、運が悪いんだと思い込みます。

でも、神様から愛されていると思っている人は、

何か問題があっても、

落ち込むほど悲観的にならないし、

誰かを責めることもまずありません。 

もちろん、その人にも何らかの問題は必ず起こります。 

ただ、それは神様からの試練だと受け止めるんですよね。

それは、

・必ず乗り越えられるし、

・乗り越えれば必ずもっとよくなる。 

神様はそんな試練を与えてくれたんだって思うわけです。 

だって、神様から愛されているんですから・・・ 

神様が自分に嫌がらせをするわけがないんです。  

神様が自分を成長させてくれるために、

試練を与えてくださったのだから、むしろ感謝します。

さて、あなたも何かいま、問題をもっていますか?

問題を持っていない人なんて普通いないと思います。 

ただ、その問題を 

・悪いものだとネガティブに考えているか、

・その問題でよくなれるとポジティブに考えているか 

の違いがあると思います。

繰り返しますが、「自分は神様から愛されている、

だからその与えられた問題を通して、もっとよくなれる」と考える人は、

多少辛いことがあっても、自分は不幸だとか、運が悪いとは考えないんです。 

むしろ、神様から愛されている自分は、

今もこれからもずっと運がいいんだと思っています。

あなたもぜひ、自分は神様から愛されていると感じられる、

10000人に1人の人になって下さい。

次の言葉は一人さんが、舛岡はなえさんに教えた、運が良くなる言葉です。 

何か問題があったときは、この言葉を何度も唱えるといいそうです。 

「これでよくなる。だからよくなる。さらによくなる。」

たったこれだけです。試してみるといいですよ。

<引用終了>

斎藤一人さんは、いつもわかりやすい言葉で真理を伝えてくれています。

私たちが、今この世に生まれてきている以上、 

誰一人、神様の承諾なしに、生まれませんから、

皆が一人残らず神さまに愛され、祝福されています。 

「幸せになるんだよ」と地球に送り出されました。 

天国にいる時、神様と一緒に考えた幸せとは

・大きな家に住むことでも

・大金持ちになることでも

・美しい容姿になることでも

・病気一つしない健康な身体になることでも

ありませんでした。 

かえって、その逆の環境に身を投じ 

・真の心の幸せ、

・美しい心

・人々との、優しさ、思いやりの交流

を手に入れることだったかもしれません。 

なぜなら、艱難、苦難、孤独、逆境こそが、

私たちの魂を磨き、輝かせてくれるからです。 

それらを通じ、「感謝の心」を芽生えさせた時、

私たちは、真の意味で、神様に喜ばれ、天の国に迎え入れられることでしょう。 

無名戦士の詩より、ご紹介します。

大きな事を成し遂げるために、

力を与えてほしいと神に求めたのに

謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった

偉大なことができるように健康を求めたのに、

よりよきことをするようにと、病気をたまわった

幸せになろうと、富を求めたのに、

賢明であるようにと、貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、

得意にならないようにと、失敗を授かった

求めたものはひとつとして、与えられなかったが、

願いはすべて聞きとどけられた

神の意にそわぬものであるにもかかわらず、

心の中の言いあらわせない祈りは、

すべてかなえられた

私はもっとも豊かに祝福されたのだ


2026年2月6日金曜日

4160「冥界との絆」2026.2.6

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月22日の記事を紹介します。


「冥界との絆」


みなさんのご先祖は冥界(黄泉の国、神々の世界)にいらっしゃいますので

ご自分で意識したことが、現実になる世界にいます。 

私たち生きている者が、思い出したり、感謝や優しい気持ちを向けたり、

お供え物をすることで、その意識は冥界で現実化して、先祖の皆さんに届けられます。 

日本古来の古神道では

・神々との繋がり

・祖先との繋がり

これらを

・横のつながり

・縦のつながり

として、大切なこととしています。 

以前、宝徳様の神職の女性が「先祖供養」について話してくださったことがあります。

それは、 私達生きている者と、神さまの間に、ずらっとご先祖がいらっしゃる。 

つまり、神さまと生きている私たちを繋いでくださっているのが、ご先祖 

先祖供養をすることで、私たちまで命を繋いでくださったことに対する感謝を伝え

(どんなにか、苦労を重ね、喜び悲しみを経験し、生き抜いてくださったことでしょう)

そして、神様と私たちの、その道の間にいらっしゃるご先祖、どなたも、神の光の道からそれないように、真っすぐに神様の方向へ進めるように足元を照らすように、お祈りするのが、先祖供養です。

そう教えていただいたことがあります。 

さて、斎藤一人さんも、先祖供養について、

いろいろ教えてくださっていますのでご紹介します。 

<引用開始> 引用元

先祖供養の本当の意味は、子孫であるその人のことを、

「いてくれてよかった」って言う人が何人いるかなんだよ。

大きな仏壇を買うことが先祖供養じゃないの。

それは仏壇屋さんや宗教をやってる人が言うこと。 

さらにいえば、それって商売なの。

仏壇に入っているのは仏様なんです。

それで30分も1時間も先祖供養のために

念仏を唱えるっていうんだけど、お経って仏様の教えなの。 

仏様が教えたことを仏様に向かって30分も1時間も話すって変だよね。 

きっと仏様も、「それ、俺が言ったんだよ。

だからわかってるから、外に行って実践しな」って言うと思うよ。

お経をあげるのがいけないって言ってるんじゃないの。

あげてるあいだは無心になれるし、

そのあいだ、人の悪口とか言わないからそういう意味ではいいの。 

でも、どうせだったら、意味も知ってたほうがいいよね。 

さらに言えば、それを実践できるようにしたほうがいいよねってことなの。 

だから先祖供養でいちばんいいのは、

「あなたがいてよかった」(あなたが生まれてきてくれて良かった)って言ってもらうことなの。

あなたが生まれてきたのは、ご両親がいて、そのまたご両親がいたからなの。 

先祖が誰一人として欠けても、あなたはこの世に生まれてこなかったんだよね。

子供をほめられたら親ってうれしいの。

だから、あなたがほめられることが、最高の先祖供養になるんだよ。 

<引用終了> 

確かにそうかもしれませんね。 

私たちも、子供たちが、世間の皆さんに喜ばれる存在であれば

自分が褒められる以上に、とっても嬉しいと思います。 

私たちが、周りの方々に示す

・優しさ

・思いやり

・助け合い

・お互い様、おかげ様

の心は、自分たちだけでなく、ご先祖様を含めて幸せにしてくれるようです。

また私たちが、ご先祖や大切な方々を思い浮かべ、感謝の気持ちを持つことは、

その瞬間、時空を超えて、冥界で神様に向かって歩いている方々の、

足元を神さまの光で照らすことになるようです。 

ご先祖だけでなく、大切な方も同じことです。

これこそ人に依存しない、理想的な形の先祖供養かもしれません。 

また、「親孝行」について、小林正観さんが以下のように仰っています。 

<引用開始> 引用元

親孝行とは、親が生きている間にしてあげるものではありません。

本当の親孝行とは、親が亡くなったときから始まります。

親が亡くなり、あちらの世界に行って、こちらを見ているときに、

ほら見てください。あれが私の子供です。 

あんなに人に喜ばれながら、楽しそうに生きているのが、私の子供です。

と自慢できるような生き方をすることが、最大の親孝行ですよ。

親や祖父母、近親者が亡くなって

何もしてあげれなかったと思っている人も多いようですが、

本当の孝行って今これからなんですね。

・人に喜ばれていますか?

・今を楽しんでいますか?

ご先祖様が、私たち子孫の自慢話を、話題にできるような、生き方ができているか?

見つめ直してみましょう。 

<引用終了> 


ご先祖も、両親も、そして今の家族も、みんなを幸せにするのは、 

みんなに幸せを感じていただくためには、全て、今の私たちの生き方、

心ひとつにかかっているのですね。 

みんなが幸せに、笑顔で生きていけるよう、命を繋いでくださった先祖も、

神さまのもとに、真っすぐに歩みを進めて行けるように、心を整えていきたいものです。

私たちの心は、本当は 

・見えている世界

・見えない世界 

さえも包括する、偉大で尊く、巨大なものです。 

みんな、心の鎧を脱ぎ捨ててしまえば、

純粋で、優しく、愛に溢れた光り輝く魂を持っています。 

まずは、自分の半径3m

身近な人たちに笑顔と優しさを分けて差し上げることからスタートしてみましょう。


2026年2月5日木曜日

4159「おかげ様の人生」2026.2.5

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月21日の記事を紹介します。


「おかげ様の人生」


私たちは同時に3つの世界を生きています。

・見えている世界。今の現実と思っている世界

・見えない世界。不思議の世界(黄泉の国、霊的な世界)

・心の世界 

この3つです。 

そして今まで一番ないがしろにされてきたのが「心の世界」ですが、

実は一番重要で、見える世界、見えない世界を、変えてしまうほどの力があります。 

見えない世界は、一見、神秘的で不思議で、ワクワクさせてくれます。

見えない世界の、神様や龍、精霊、宇宙人など、

何だか頼れば、大きな力をくれそうな気もします。 

ですが、私たちの心が変わらなければ、それも一時のこと。 

心を清浄にすること、ピュアにすること、感謝の気持ちで満たすこと、

このことの方が、何千倍、何万倍、何億倍も価値があり、

永続的な幸せの世界、神々の世界へ私たちを連れて行ってくれます。 

見えない世界の力をいくら手に入れようと、ご自分の心の世界の変化にはかないません。

ご自分の心を鏡に映したとき、その姿を、まっすぐに見つめることはできますか?

それでは、今日も心をピュアにするためのお話です。

ブッダが悟りを開いたとき、最初に気づいた宇宙の法則があります。

それが、「縁起(えんぎ)の法則」です。  

縁(よ)りて起こる

この意味は、自分の人生は、

・自分以外の、すべてのおかげ、

・神仏や、まわりのおかげで成り立っている。

自分の思いで成り立っているものは、何ひとつない。

人は、自分の思い、力、能力で未来を切り拓(ひら)き、

人生が変わっていくと思っているので苦悩する。

人間の苦悩の本質は、「縁起」を認めないために起こっている。

この「悟り」を言い換えて言うと、あなたの努力や才能によって、

人生が組み立てられていることは一つもない。 

あなた以外のすべてが、あなたの人生を決めている。

ということです。 

それでは、ここで、正法寺住職の青山俊董さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

京都駅で拾ったタクシーの運転手さんが語りかけてきました。

「ご出家さんですね。お話をさせていただいてもよろしゅうございますか」と。

「どうぞ」と私は答えました。

「私は高校三年生の三学期に両親を亡くしました。

町会で河豚(ふぐ)を食べに行き、その毒にあたって一晩で亡くなりました。

いつもなら母親が早く起きてお弁当を作ってくださるはずなのに、

いつまで経っても音一つしないので、

“おかしいなあ?”と思って、両親の部屋の戸を開けてみました。

二人ともさんざん苦しんだ後、息が絶えておりました。

驚いて電話に走り、親戚の者が駆けつけて葬式は出してくれました。

借金はありませんでしたが、一銭の貯えもありませんでした。

私の下に五歳の妹がおりました。

父が出征しておりましたから、年はなれて妹ができた訳です。

高校三年の私と五歳の妹では

家賃がとりたてられないであろうというので、家主が追い出した。

私は五歳の妹を連れ、最小限度の荷物を持ち、安い六畳一部屋を借りて出ました。

両親に代わって妹を育てなきゃならないと思って、私は夢中になって働きました。

朝は新聞配達、昼は勤め、夜はアルバイトとメチャクチャ働いて、

二十二、三歳のときには、安いアパートを買うほどの金は作りました。

その間、私は働くことしか考えていませんでしたから、

洗濯も炊事も掃除も何もしませんでした。

五歳の妹がしたことになります。

妹に勉強机の一つも買ってやりたかったのですが、

六畳一部屋に食卓と勉強机と二つおくと寝るところがなくなるから、

妹はかわいそうだけれど食卓を勉強机に兼ねてもらいました。

狭い家で育ったから妹は整理の名人になり、

今、大きな家にご縁をいただいておりますが、きれいに整頓されております。

考えてみましたら私なんか、もし両親が元気でいてくれたら、

今ごろ暴走族か突っ張り族か、ろくな人間にしかなっていなかったと思います。

もし両親が死んでくれても、金を残してくれたら今の私はなく、

また妹がいなかったら、淋しくてぐれていたでしょう。

両親はいない、金はない、幼い妹がいる。

私は本気にならざるを得ませんでした。

私を本気にしてくれ、一人前の大人にしてくれ、

男にしてくれたのは、

・両親が死んでくれたお陰、

・金を残してくれなかったお陰、

・家主が追い出してくれたお陰、

・幼い妹をつけてくれたお陰

と思い、毎日両親の位牌(いはい)に感謝の線香をあげております。

何もかも私を一人前の大人にするための、おはからいと感謝しております。

ただ一つ、妹がよいご縁をいただいて、花嫁衣裳を着たときは泣けました。

両親に見せたかった。

わずか三十分ほどの間の話でしたが、

どんな立派な方の話よりもすばらしい話を聞くことができ、

心から「ありがとう」といって車を降りました。

お釈迦さまは、この世の中には四種類の人がある、と説かれました。

・闇から闇へゆく人、

・闇から光へゆく人、

・光から闇へゆく人、

・光から光へゆく人と。

人生の幸、不幸を、光とか闇という言葉で表現することができるでしょう。 

一般的にいって闇としか思えないことを、

・両親が死んでくれたお陰、

・金を残してくれなかったお陰、

・家主が追い出してくれたお陰、

・幼い妹をつけてくれたお陰で、

本気になれた、一人前の大人になれたと 

全部「幸い」と受けとめ、光へと転じているよい例といえましょう。

<引用終了>

私たちは、誰一人、他の誰かのお世話にならず、迷惑もかけず、

生きていける人はいません。

必ず、どこかの誰かのお世話になり、周りに迷惑を掛けながら生かされています。 

今の私があるのも、家族をはじめ、友人、職場の仲間 

・私を好きな人

・私が好きな人

・私を嫌いな人

・私が嫌いな人

全てのお陰様で、今の私たちが形成され、ここまでの道のりを連れてこられてきました。

辛く苦しい環境、辛く当たる人たちでさえ、 

今の私になるために、欠かすことができなかったのです。

そのすべてのバランスと、タイミングを見計らい

人を連れてきて、その出来事を起こしてくださったのは、

私たちの魂の成長のために、常に心を砕いてくださっている神様です。 

私たちは、出会った人すべての人によって、今の私たちが形成されています。

たとえ嫌いな人でも、人生に現れた人達は、全て私たちに経験をくれた人。

一人でも欠けていたら、今の私はありません。 

・私が嫌いな人

・私を嫌いな人 

そんな嫌われ役を、わざわざ引き受けて生まれてくださった方々です。

私たちに、苦い経験をさせてくれるために、

敢えて苦しい立場を引き受けてくださいました。

クラリオン星から転生してきた小学生の

久松奏拓(ひさまつ・そうた)君も言っていました。 

嫌いな人や苦手な人を無理に 好きになろうとしなくていい。

良いとか悪いというジャッジもしない事。 

それは単に波長が違うだけなのだから。

私たちは、そんな風に思えたら、好きにならなくとも、感謝はできるかもしれませんね。

 感謝のあるところ、いえ、感謝のあるところにしか、

神々の恩寵は現れることができません。


2026年2月4日水曜日

4158「たった一つの宝物」2026.2.4

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月20日の記事を紹介します。


「たった一つの宝物」


今日は 

・病気のお子様を持つ親御さん

・早くに子供を亡くされた親御さん 

に、書きたいと思います。 

以前書いた記事ですが、加筆して再掲いたします。

子供が、どんな状態であろうと、生きて、そこに居てくれるだけで、

どんなに幸せで、有難いことか? 

私たち、親の人生を、どんなに豊かにしてくれることか。 

そして、例え、親より先に逝ってしまったとしても、彼らの生きた証は、

私たちの心に永遠に刻まれ、私たちの魂を、どんなに豊かに、輝かせてくれることか。 

いつかは、そのことに気付く時が来るはずです。

今日は、明治安田生命「たったひとつのたからもの」で有名になった 

ダウン症と合併症で夭逝した加藤秋雪くんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

笑ったり、ベソかいたり、 そんな姿が 私たちの元気の源でした。

秋雪が生まれたのは、1992年の10月。

生まれた季節が秋だったのと、夫が大好きな「雪」から名前をとりました。

「ダウン症の疑いがあるので、一度検査を受けたほうがいい」 

そう言われたのは、生後一週間目のこと。

病院で検査した結果、ダウン症であることが判明。 

さらにダウン症の合併症として

重い心臓障害をかかえていることもわかりました。

医師からは 

「生後半年のあいだに絶対に風邪をひかせてはいけない、ひいたらそれで終わりです。

生きられたとしても一歳の誕生日を迎えるのは難しいでしょう」

そう宣告されました。

頭の中が真っ白になるほどの衝撃でした。

たったの一年。まだ生まれて一カ月だというのに、

なぜ、命の長さを宣告されなければならないの。

なぜ、そんな運命を背負って生まれてきたの……。 

あまりのショックで、何も感じることができませんでした。

秋雪を守ろう、そう決意しても、残酷な現実に、何度も心が壊れそうになりました。

そんな私を、ぎりぎりのところで支えてくれたのは、秋雪の存在そのものでした。

暖かなぬくもりのある体。

笑ったり、ベソかいたり、楽しそうに手足を動かしたり。

そんな秋雪の姿が、私の元気の源になりました。 

ともに過ごす、一分一秒を愛おしみつつ撮り続けた6年2ヵ月。 

死を覚悟してからは、「生きていられるだけで、ごほうび」という気持ちに。

そんなふうに切り替えてからは、

秋雪といられる一日、一分、一秒を愛おしく感じつつ、

一瞬も逃さずに大切にしたいと思いました。

思い出を少しでも多く残したくて、どんな所へもカメラを持っていき、

6年2カ月の間、本当にたくさんの写真を撮りました。

朝、目覚めたとき、秋雪のおだやかな寝息に、上下する胸の動きにほっとする。

今日も秋雪に会えた……

・ごはんを食べる、

・トイレに行く、

・おこる、

・泣く、

・笑う、

・眠る

その、砂の数、星の数ほどの幸せのかけらを、秋雪がいつも握っていました。

この写真を撮ったのは、98年の8月。秋雪にとって生涯最後の海です。

帰る間際の駐車場で、今まであまり見せたことのない、

おだやかな表情を浮かべていた秋雪を、お父さんが抱きしめた瞬間でした。

秋雪を亡くして1年後、偶然知ったコンテストに応募するとき 

「たったひとつのたからもの」と題名をつけました。

秋雪は私たちに、抱えきれないくらいのたくさんの、幸せを残してくれました。

それは、私たちのこれからの人生を支えてくれるほどの、 

大きな大きな幸せでした。

「ぼくは生きているよ」と、全身で表現していた秋雪。 

いつも全力疾走していた秋雪の命が、私たちに、精一杯生きることを教えてくれました。

<転載終了>

私たちは、命の長さよりも、生きている瞬間、触れ合っている瞬間、

どんな気持ちで、その瞬間瞬間を過ごしているのか? 

感じているのか? 

そんなことが、大切なのかもしれません。 

ここで、一つの物語をご紹介します。

あるご家族の娘さん(7歳)が亡くなりました。

子どもを亡くしてから一年経ってもこのご夫婦は

「娘にもう一度会いたい」と嘆いていました。 

ある日のこと、水色の天使がその夫婦の前に突然に現れて言いました。

「今、あなたの持っているすべての財産と引き換えに、亡くなったお嬢さんと、 

一緒に過ごせる日を 一日だけプレゼントできますが、 どうしますか?」 

その夫婦は迷うことなく OKしました。 

そして水色の天使が続けて言いました。 

「しかし、ルールがあります。

あなた方は、プレゼントされた1日が終わるまで、今ここで約束したことや、 

お嬢さんと死別したことなどの記憶は消されてしまいます。それはまるで、

過去に戻った一日を、自然に過ごす感覚ですよ、それでもいいですか?」 

その夫婦はお互いに顔を見合わせて 

ゆっくりとした口調で「分かりました。」 と返事をしました。 

その瞬間パッと光が・・・  あっ!まぶしい・・・ 

次の瞬間には、いつも通りの朝になっていました。

ですが、夫婦は、天使と約束したこと、

娘が死んでしまう事など、一切の記憶を無くしていました。

そうです、娘が生きていた頃の何気ない一日の始まりでした。 

朝から「早く起きなさーい!!」妻の大きな声。

パジャマ姿で機嫌悪そうに起きてきた髪の毛のボサボサな娘。

眠たい目をこすりながら新聞を読む夫。

貴重な貴重な一日が始まりました。 

私たちが生きている今日は、それは、いつか未来に水色の天使に 

全財産と引き換えに頂いた「今日」なのかもしれませんね。

皆さんは、ご家族と一緒に暮らしていますか? 

ご家族が居らっしゃらない方は、お父さん、お母さん、同僚やご友人。

そんな皆さんと、仲良くされていますか?

それとも、顔を見るだけで、ため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

言うことを聞かない子供、旦那さまなど・・

その方が、明日は、いなくなってしまうかもしれません。

もし、胸がきゅんとなったのなら、何気ない日々の暮らしの中で、

どうぞ笑顔で、優しく接してください。

今日のこの日は、永遠に続く日々ではありません。

家族も いつかは離ればなれになってしまいます。

手のかかる、言うことを聞かない、心配の種の子供も・・

自分勝手な夫も、嫌味ばかりを言う親も、明日は いないかもしれません。

いつか、別れの時が来ます。

ともに、この地球の同じ時代に生まれ、そして縁によって結ばれた家族たち 

それは、私たちの魂を磨き合う仲間でもあります。

外見の態度や言葉で 切り捨ててしまうのではなく、

その心の奥にある、魂を見つめたいですね。 

大切に大切に したいですね。

私たちは、生まれる前に、お互いの魂同士で約束してきたのですから。

「家族になろうね」って


2026年2月3日火曜日

4157「青空ひろば」2026.2.3

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1643 2026.01.01 

<年頭挨拶>

明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。

重い病気を患って、もう神様から託された役目が果たせなくなるのかと思っていました。

しかし、新たな仲間もどんどん集まりつつあり、さらにメンバーが増える機運もひしひしと感じられるのです。

それで神様に『もしまだ地上でやるべき仕事があるのでしたら、元気にお役目を果たせるようにして下さい』と祈ったところ、いい先生に出会い、いいお薬にも出会うことが出来ました。

それにお仲間の皆さんも健康になってくださいと神仏にお参りして下さったり、お経を称えて下さったり、しっかりサポートして下さったこともあるのでしょう。お医者さんもびっくりされるほど、順調に回復にむかっています。

神様が『まだ、地上にやり残したことがあるので、その役目をしっかり果たしなさい』と後押しして下さっているように感じています。

歳が歳なので無理は出来ませんが、もうしばらくは皆さんと一緒に道を歩めそうでとても嬉しいです。

振り返れば45歳の時、伊勢の内宮さまへの参拝で天命を授かり、以来77歳の現在まで、主に<コトバの御用>を努めてきました。その御用の主要テーマは<日の理念を世に出す>ということだったんだなあということが、今にして分かります。

このお勤めは、ほぼ完成に近づいていて(未だに新しい発見が次々ありますが)、<日の理念>の基本構造はハッキリしてきました。

この後は、後継の皆さんが、その<日の理念>を「身(実)」にするという役割を引き継ぐことになります。私の役割を継ぐ仲間の皆さんは、<身の時代>を生きて、それぞれの役割を果たすことになるのです。

<日の理念>をおおざっぱにまとめておきましょう。これらの理念を皆さんは具体的な形にしてゆかねばならないのです。大変な役割ですが、身を入れ、身を尽くせば尽くすほど、実り豊かな人生が展開するということは保証します。

(A)すべての存在の平等性。

すべての存在が「ひと」なのです。

<日の理念>が降臨して個々の存在となりました。ですから、すべての存在が「日尊(ひと)」なのです。

どの人も動植物も、自然界の山や川や空気なども、すべて「日の理念」を3次元の世界に、<その存在でしか出来ない「日」の一面の輝き>を見事に表現しているので「日尊(ひと)」なのです。

「日の遺伝子」が、すべての存在に宿されていて(日入子=ひるこ)、それは「欠けら(部分)」として内蔵しているのではなく、「日の遺伝子」のそっくり全体がそのまま各存在にそれぞれ映されて(移されて)いるのです。ですから、すべての存在は平等に尊いのです。どれが上で貴い、どれが下で卑しいというようなことはありません。

(B)すべての存在の一体性。

「ひと」は、実は「ひとり」しかいません。また全体で「ひとつ」のイノチなのです。

自他の別があるかのように見えるのは、実は進化途上で必要だからと神様から与えられた錯覚なのです。

しかし、進化過程も進んできたので、そろそろそのような「錯覚メガネ」を外して、イノチの一体性を「直視」出来るようにならねばなりません。

(C)イノチの分業性。

一体のイノチですが、ごた混ぜではなくて、それぞれの全体のイノチ(日尊)のなかでの役割はハッキリ分かれています。

たとえば、人体というイノチには心臓もあり、肺臓もあり、胃や腸や頭脳や皮膚や筋肉や感覚器官などの役割もあって、その人が生きて学び、成長してゆけるように互いに協力しあって働いていますね。また、一つの臓器がダメージを受けた時は、全身の他の器官が総動員されて、その臓器を癒やそうとします。このような<分業と協調>が「一体のイノチ」の真の姿なのです。

地上世界のすべての存在が、それぞれが担当する役割を果たし、全体のイノチのために貢献しているのです。どのワンピースが欠けてもイノチは順調に育たなくなります。だから、どの存在が上で重い、どれが下で軽いなどということはないのです。

また、イノチの一体性が自覚出来るようになると、自分は自分に託された人生を精一杯生きればいいのであって、人と自分を比較する必要なんてないのだということがよく分かります。

<釈迦もイエスもみんな私>

AさんもB君も、実は君なんだから、AさんにできることはAさんに任せ、

B君にできることはB君に任せて、君は心置きなく『君』していればいいのだよ

(D)イノチの進化性。

イノチがその中心に宿しているのは、<どこまでも大きくなろう、高く伸びよう>という<成長本能>です。

この<成長本能>が発動して地球に降臨し、分離(多)の時代を経て、融合(一)の時代に進み、最後はまたもとの「一体のイノチ」に復帰するのです。スタートした時に比べればはるかに大きなイノチとなって…。

このイノチの進化の方向性を知って、その方向の流れに沿って行動すると、とても楽に、充実感をもって人生を歩んでゆくことができます(神流楽=かんながら)。

また、どんなことがあっても、最後は必ず「一体のイノチ」にゴールイン出来るのだと分かっていれば、寄り道したり、逆戻りしたように思えるときでも、あせることがなくなります。

要約すると、<日の理念>の構造は以上となります。

さて、この理念がどのような「身」に結実してゆくのか、仲間の皆さんがそれぞれどのような役割を果たしてゆくことになるのか、先がとても楽しみです。

まあ、あせらず、ぼちぼち進みましょう。かならずゴールイン出来るということは分かっているのですから。何年かかっても、何生かかっても問題はありません。<一生1ミリ前進>というぐらいでいいのです。

前を行くもの、後方(しりえ) のものも、みんなOK、みんなよし

先はながいぞ、あせるでないぞ、あせれば血が出る、迷子も出るぞ

あれもOK,これもよし、めでたい、めでたい、とうとい、とうとい

さあさ、みんなで手を取り合(お)うて連れもって行こか

ボチボチ行こか

以上は遠い未来を見据えてのお話しでしたが、今年はどんな年で、私たちがどのような点に気を付けてこの年を歩めばいいのかという近場のお話しも大切ですね。

第13話では、易の神様にお伺いを立てて2026年はどんな年で、どのような点に注意して歩んでゆけばいいのか、皆さんにお話しします。

また、第14話では、これまであまり取り上げなかった白隠禅師の生涯や『夜船閑話』という著作の解説などをお話ししておきたいと思います。


1642 2025.12.31

<法華経に説かれている未来の地球>

① 三千世界の仕切り(国境)が取り払われて一仏土(ひとついのち)になる。

② 平ら(平等の象徴)で温かい大地(すべての存在が許され、温かく抱かれる)。

③ 天界と娑婆世界は接近して(娑婆世界が進化して、天界と波動の差がほぼなくなった)、天人と人が互いに見合ったり、会話したりすることが容易になる。

④ 性別はなくなり、一切の生ある者は「化生(けきょう、突然空中に出現する)」という形で生まれる。

⑤ 体から光明を放ち、空中を飛ぶことも自在。

⑥ 他の命を断って食物とするということはなくなる。2種類の食事がある。

<法喜食(ほうきじき)>:優れた存在の教えを聞き、その繊細で、高次元な波動を食事とする。

<禅悦食(ぜんえつじき)>:禅定(坐禅)の喜びを食事とする。


1641 2025.12.29

 <坐禅会運動について>

こんにちは、大敬です。

坐禅会運動に申請して下さる方が全国的な広がりをみせ、とても嬉しく思っています。有り難うございます。

このようにして誕生した各地の坐禅会が、次の時代に平和で、平等で、豊かな創造性に満ちた日本を築く堅固な土台(地上基地)に育ってゆくと思います。

コロナや戦争など、世界規模で様々な混乱が発生していますが、それはすべて旧体制の崩壊の過程で(混乱はこれでお終いにはなりません)、それに巻き込まれて一緒に大騒ぎしていてはいけません。

私たちの使命は、旧システムの<デストロイヤー(壊し役)>ではなく(そういう役割の人も必要なのですから、彼らが順調にその役割を果たすことが出来るように祈ってあげましょう)、次の時代にふさわしいシステムを構築してゆく<カーペンターズ(日の寄進役)>なのですから、私たちの出番がやってくるまで(破壊の後に建設が始まります)、イノチの実力をしっかり養うことに専念するべきなのです。

坐禅会運動は、新しい時代建設の大工さん養成のための運動です。

この運動によって、経済や芸術や教育や身心医療や宗教など、いろいろな分野ですぐれた技量を持った大工さんがたくさん輩出して来ると、まず日本が調和と平和、創造性に満ちた、繁栄発展の国に変貌してくるでしょう。そんな日本をお手本にして、世界も一気に変貌することになるでしょう。

私には、なぜかそんな先が見えるのです。

ですから、あせらず、くさらず、成果を求めず、ただ黙々と、淡々と坐禅を続けていってください。

人知れず、黙々と坐っているうちに、一人、二人と、一緒に坐りたいという人が現れ、やがてその地にしっかり根付いた坐禅会に育ってゆくでしょう。

根本精神は、「お日さまの仲間たち」の信条の4箇条です。

(1)明るくて、温かくて、潤いがある「安心できる場」を作ろう

(2)リーダーシップより「メンバーシップ」を大切にしよう

(3)「あなたがあなたであること」以上に尊いことはない、ということを知ろう

(4)菩薩としての自覚を持って、分に応じて「ダーナ行」を粘り強く実践してゆこう。他のために生きることの喜びを体験しよう。

これらの4箇条を忘れずに坐禅会を運営していって下さい


2026年2月2日月曜日

4156「青空ひろば」2026.2.2

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1635 2025.12.22  ~ 1640 2025.12.28

<「小さなコトバ集」より>

「私たち表現者にマイナスは一つもないんだよ」(大林宣彦監督の言葉)

人や世界を変えようとするのではなく、まず、ありのままの自分(病弱であったり欠点があったりする自分)を認めてあげ、受け入れてあげ、許してあげ、抱きしめて、愛してあげることです。

それだけなのです。そのように自分と和解することができたら、まわりの人々や世界とも和解でき、しあわせな世界に住めるようになります。

大きいことは神にゆだね、自分で出来ることは自分の力で精一杯努めよう。自分にやれることに全力で取り組まねば神様は決して出動して下さらない。役割分担を間違わないように。

世の中で一番尊い、すごいことは、あなたがあなたという、誰にもマネ出来ない、独自の個性を持ったいのちとして存在しているという事実です。サイババさんもイエスさまも、おシャカさまでさえも、そのあなたがあなたであるという絶対的な尊さの前では頭を下げ、礼拝せざるを得ないのです。

あなたが自分という存在を認め、許し、とことん愛しぬいてゆくと決め、人がなんといおうが、人のものまねはしない。自分は自分を信じて、どこまでも自分の足で歩いてゆくんだと覚悟が決まった時、欠点と思い込んでいたものから、いくらでも宝物がとび出してきて、こんなはずじゃあなかったのにと驚きの声をあげられるでしょう。

イライラしている時は、「遠くのもの」を見よう。空や海や星や…。

くよくよしている時は、「小さなモノ」と対話しよう。花とか、ペットとか、蟻とか、小石とか…。


しあわせになろうと思うなら、まず「自分がいかに恵まれてしあわせであることか」ということに気づいて感謝することだ。不平不満からしあわせは決してやってこない。

歩く時は、大地と対話する気持ちで…。チャンスがあれば大地(芝生や砂浜)に横たわって、そのぬくもりに身を委ねよう。大地はお母さん、天はお父さん。

毎日10分間でも坐禅するという習慣を付けて欲しい。歳をとるほど、「ああ、坐禅を身に付けておいてよかったなあ」としみじみ有難く実感することになるから。

誇りがましいことをすると必ず運が尽きる。目立たぬように、こっそり人のために尽くしてあげよう。

行き詰まった時は、窓を開けて風を入れればいい。また、外に出て強い風に身をさらせばいい。思い込みがほどけて妙案が思い浮かぶ。

まあ、たいしたことではない。何とかなるものだ。


負けてあげなさい。最後に勝てばいいのだから。

ひたすら一道を貫くという生き方は尊いことではあるけれど、人は二つの顔を持つことによって、モノゴトを客観的にみたり、大きな、あるいは高い視点から考えたりできるゆとりを持つことが出来るということもあります。

中村雅俊さんの話。

雅俊さんがドラマでセリフをとちったとき、「おれは、ミュージシャンだからなー」と言いました。

「じゃあ、歌手として上手く歌えなかったらなんていうの?」と人が聞くと、「おれは、役者だから」と答えたそうです。そばにいるスタッフは大笑いだったそうです。

大敬も教師と道の御用の二つの顔を持って進んでこられたので、うまくいのちのバランスをとって、暴走せずに歩んでこられたと思います。

「カーン」の言霊の詩

人生なんてカーンタン/アカンもスカンもあるもんか

スッカラカーンの覚悟決め/アッケラカーンと進むだけ

人の頼らず、車を借らず/ヘタはヘタなり一歩ずつ

エッチラ オッチラ 歩むだけ

人の評価はどうであれ/自分の心に鳴り響け

キンコンカンコン 歓喜の鐘だ

キンコンカンコン 勝利の鐘だ

「すべての人や動植物や自然の一切を『あなたは仏さまです』とひたすら礼拝し続けたから、私は「仏」となれたのだよ」とお釈迦様は法華経でおっしゃっている。

本気で、大声で「お早うございます」と声かけする努力をするだけで、世界が広くなり、運命が改善する。「挨拶」が最高の呪文、真言なのだということを忘れないで。

身心がつらくなってきたら、森林浴をしよう。植物は周囲に傷ついた生物が入ってくると、本能的にその生物を癒やそうとする。

植物はまだ自他を分かつ意識が発達していないので、自分の身体を癒やすのと同様にあなたの身心も癒やしてくれるのだ。

「木々さん、癒やしてくださいね」

「木々さん、癒やしてくださって有難う」

と感謝することを忘れないで…。


「難有り、有難し」、ピンチは思いをひっくり返せばチャンスだ。

夜明け前の闇が一番深く思えるものだ。夜明けは近いぞ!

自分の力の限界を正直に認めた時、あなたを通して神力が発動する。「非力(ひりき)」は「日力(ひりき)」なのだ。

今日の呪文「日日是好日(にちにち これ こうにち)」、意味は「今日もいい日!」これは願いではなく宣言だ。僕がそう決めるのだ。どんな日も「今日もいい日だ」と生きてゆく覚悟だ。つらい時も、腹が立つ時も、「日日是好日」、「日日是好日」と称えよう。ちなみに、これは雲門禅師の言葉だ。

今日の呪文「現成公案(げんじょう こうあん)」、これは「今自分が体験している出来事は、大宇宙(神仏)にとって、また自分にとっても、こうでしかあり得ない最善・最適の出来事なのだ」という意味。イライラした時、思い通りに物事が運ばない時、「現成公案」、「現成公案」と繰り返し称えてみよう。ちなみに、これは道元禅師の言葉だ。

ヘレン・ケラーの『私の信条』

○ 私は神を信じ、人を信じる。また精神(心)の力を信じる。

○ 私は、自己および他人を鼓舞激励すること、神が創られた世界に対し、不幸という言葉を発しないことを神聖な義務であると信じている。

○ なぜならば、神が善く創り、多くの人が善くしようと望んで努力してきたこの宇宙について、いかなる人間であれ、嘆息する権利を持たないからである。

○ 私は、いかなる人間にも、他人の疾苦艱難を座視して、自分ひとりが安楽な生を貪ることのない、幸福な時代に近づけようと活動すべき責務があると信じている。

○ 私が信条とする光明主義とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる生き方なのである。

明日(あす)は今日(きょう)より美しい。

明後日(あさって)は明日よりさらに美しい。

「光明主義者」はそのように信じている。


へたくそでも自分の足で歩こうね。

これから運気が上がってゆく人は、次第に謙虚になってゆくものです。

好運に恵まれていても、傲慢な振る舞いが目につくようになってくると、

『ハハア、もうすぐ没落だなあ』と分かります。

心が陰気になれば運が開けることは難しいです。なにとぞ「春の気」になられて生活なさってください。(黒住宗忠公)

「どの人も」の詩

どの人も 精一杯の人生をおくっています

どの人も その人にしか歩めぬ人生を 歩んでいます

どの人も 宇宙でたった一人の 貴重な存在なのです

どの人も 本当はひとつに 結ばれているのです

どの人も きっと「ひとついのち」に 帰り着くのです

どっちにどう転んでも、あったかい大地の上。孫悟空でさえ、あったかいお釈迦様の手のひらから飛び出せなかった。

一生で成長できるのは、わずか1ミリほど。

それなのに、人より0.1ミリ遅い、人より0.2ミリ早い

などといって一喜一憂するなんて、つまらないこと。

今生だけですべてが決まるわけではない。今・ココで

自分にできる歩みを精一杯続けてゆけばいい。

人のことはどうであれ、自分は生まれ変わり死に変わり、

自分に与えられた道を、粘り強く歩み続けようと覚悟を

決めること。


世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。

新たな時代は、世界が「一」の意識になり、生物となる方向にある。

(宮沢賢治)

自分の顔は自分では見られない

でも、その顔を自由自在に使いこなすことはできる。

それでいいでしょう?

限りないいのちの全部を把握する

それはアタマにはできないこと

でも、そのいのちの全体を、

今・ココに盛り込んで発動させることは出来る

それでいいでしょう?

幕開けのことば

私は私を許します/私はあなたを許します/私は世界を許します

私は私を認めます/私はあなたを認めます/私は世界を認めます

私は私を愛しています/私はあなたを愛しています/私は世界を愛しています

私は私を抱擁します/私はあなたを抱擁します/私は世界を抱擁します

私は私でOKです/あなたもあなたでOKです/世界も世界でOKです

私が私であること、それは何と素晴らしいことでしょう

あなたがあなたであること、それは何と喜ばしいことでしょう

そして世界が世界であること、それは何と美しいことでしょう

私はしあわせになります/あなたもしあわせになります/そしてしあわせな世界の幕が開く(あく)のです

「ゆ」の言霊の詩

ゆっくり ゆったり 湯につかり

たゆとう お湯に 身をゆだね

心も身をも ゆるくして

じぶんをゆるし ひとゆるし

われ ひと ともに 癒ゆる道 

NHKのメーク師であった岡村宏さんの『一流の顔』(幻冬舎文庫)より

岡村さんはジャンヌ・モローに会われた時、はじめはガッカリされたそうです。スクリーン上での若い頃の彼女のイメージがくずれて、初老のシワの多い顔のジャンヌ・モローがそこにいたからです。

しかし、時間がたつにつれてその彼女がとても魅力的に見えてきました。そのシワの光った顔には相手を包み込むような温かさがあったのです。岡村さんは次のように描いています。「自分の目標を達成した人の顔にシワはよく似合う。シワはその人の生きてきた年輪だ。失われていく若さと引き換えに、シワは人を柔らかく説得する力を与える。…シワに価値をもたせられるかどうかはその人の生き方一つなのである」

ハッピーエンジェルさんたちが「さあ、これをどうぞ」と次々プレゼントを差し出して下さっているのに、「私は忙しいのよ、それどころじゃない、あんた邪魔よ!」と、ハッピーエンジェルさんが差し出して下さっている愛の手を払いのけている人が多い。(完)


2026年2月1日日曜日

4155「宇宙の共通言語は 愛」2026.2.1

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月19日の記事を紹介します。 


「宇宙の共通言語は 愛」


私たちの体の中には腸を中心に、何十兆個もの微生物が住んでいるのだそうです。

また人間の細胞の総数は約37兆個と推定されているそうです。

そして、それら一つ一つに意識があり、

目的や役割をもって、生命を謳歌しているそうです。

意識を持つということは、まさに彼らの中にも神様の意識、精神が宿っているということです。

最近では、様々な能力を持った子供たちが、

様々な星から地球の進化の手助けに生まれてきていますが、

彼らの中には、そういった、微生物や細胞と話す能力を持って生まれてくる子供もいます。

その子供たちの言うことには、微生物や細胞は、人間と違い、

・欲

・我欲

・嫉妬

・妬み

・恨み

などの意識は微塵もなく、純粋に神様の意識のまま、愛の意識のまま、

与えられた役割を喜びとともに果たし

共動、協力して、全体の調和に寄与しているのだそうです。

そのような見えない、そして気づかない働きがあるからこそ

私たち人間は生きていくことができます。

そして生命の躍動を感じながら、生まれてきた目的を果たすことができます。

それらすべては、神様の意識の根本である「愛」から流れ出し

調和、ハーモニーを奏でながら、ともに進化していきます。

また別の視点から、

今、様々な星々、それも科学や文明のはるかに高度に発展した星々から

美しい魂を持った子供たちがたくさん生まれてきていますが、

彼らの意識の根本は、やはり愛なのだそうです。

どんなに文明や科学が発展しようと、

やはり、生命の根源には、神様の第一の属性、「愛」があるのですね。

私たち人間も、本当は同じ原動力「愛」で生きています。

・何か美しいものに感動したり

・人々の優しさや思いやりに触れて感動したり

そういった時、私たちの心の中に愛が感応し、魂が震えます。

神様の「愛」に触れたからです。

自分の中の神様の意識、「愛」に共鳴したからです。

愛の共鳴は、物理的離れていても伝わります。

あえて言えば、時間の制約も受けません。

つまり、心が愛に震えたとき、

その喜びの波動は、私たちの過去・未来へも伝わり

喜びをもたらし、神々と共鳴し、良き現象を引き寄せます。

つまり過去を変えた・・ということです。

未来を変えたということです。

もし皆さんの中で、今の現状に不満だったり不安だったり 

恐れがある方々が少し立ち止まって考えてみてください。

あなたの意識の中に愛はありますか?

人間に対してだけでなく

動物 植物 いろんな 周りのものに対する優しさや思いやりはありますか?

それとも自分の目の前の苦しさに目が奪われてしまって

本当はそこにあるはずの「愛」が見えなくなっていますか?

・自分さえよければいい

・自分だけでも助かりたい

そのような意識、わがままな意識で生きていませんか?

周りに対する、愛や思いやりを忘れてはいませんか?

その意識こそが、今私たちを苦しめている本当の原因です。


2026年1月31日土曜日

4154「神仕組みに気づく」2026.1.31

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月16日の記事を紹介します。


「神仕組みに気づく」


神様はどなたの中にもいらっしゃいます。 

そして私達を護ったり導いたり、生まれる前に決めてきたシナリオ通りのことが

ジャストなタイミングで起こるように調整したり、

様々な働きをしてくださっています。 

小学生の神様トキ君が言うように

いつも、どんな時でもニコニコと、感謝の気持ちでいれば、

神様はスムーズに神仕組みをなさってくださいます。 

その時は、ヒラメキや、直感を信じ、心がワクワク、喜ぶ方向へ進んでいくだけです。 

また神様を信じてさえいれば、

今日のお話のように神仕組みの片りんに気づくこともできます。 

特に神社参拝などに行った時は、アンテナを張り巡らして、

外応をキャッチされるのをお勧めします。 

また、賛否両論ありますが、些細なこと(現象)でも、

神々に感謝し、喜ぶことをお勧めしています。

それは、そのことを、 

特別扱いとか、威張るとか、自慢するとか、有頂天になるとか、

そんな下世話な意味ではありません。

奴奈川姫(大国主命の妻)と日本一の大ウス祭り 

そのあたりのことを小林正観さんが、書いていますのでご紹介します。

<引用開始> 引用元

偶然を書きためる

神さまの存在は、誰でも感じることは出来ます。

正観さんの方法は、ノートに記すことから始まります。

・偶然のようで 偶然に起こった現象。

・偶然じゃないけれど偶然のような面白い現象。 

これら偶然を書きためます。

正観さんは、40年で1000件。

1年で25個。1ヶ月にすると平均2個ぐらいあったそうです。

・色々な偶然を面白がる。

・その際、他人の評価は気にしない。 

自分が面白いと感じたもの。

それが100件以上になったら試してみるといいですよ、と仰いました。

・例えば落ち込んだりした時

・自己嫌悪に陥ったりとか

・嫌味を言われたときなど

ノートを広げてみて、過去の全ての偶然を見てみます。

そうすると、それらは、決して偶然ではなく

全て一連の流れとして、起こされている現象であった・・ 

神々の意図を感じることができるからです。

そうすると

「自分は神様に好かれているみたいだ」

ということが分かってくるんです

多くの現象を眺めてみると、自分がどれ程神さまに好かれているか、

愛されているかということに気づきます。

講演会で、このお話の最中に不思議な現象が発生しました。

「絶対に神さまが嫌っているという結論にはならない」

このフレーズを言ったとき、正観さんの携帯電話が突然鳴ったのです。

この電話、機種変更で番号は生きているが、一年前から使っていないものでした。 

その電話が、偶然に、「偶然のお話の最中に」、

講演会の最中にけたたましくなったのです。 

不思議。不思議。神さまの承認の呼び出し音か。

このような、「偶然を見つけ、喜ぶ」という態度は、

偶然の現象の奥に「恵んでくださっている存在」を見出すこと、

感謝することになります。

この時、講演会で、事例を二つ紹介くださいました。

正観さん誕生日11月9日。野口英世も11月9日。

正観さんが新千円札を始めてみた日が11月9日。

お札の顔 野口英世博士は微笑んでいる、

かどうかは別として、面白いと楽しむ、ということ。

仙台と盛岡間 車で高速道路 送ってもらう。

走っていて偶然にある車のすぐ後についた。

その車の ナンバープレート 1259。

運転していた人が喜んで教えてくれた。

その瞬間 時計を見ると12時59分。

わ~~~おと声をあげた。

ふたつともだから何? と誰か言っても関係ありません。

自分だけで、

・随分神さまに愛されているね。

・人生は面白いね。 

と、そう感じるだけで結構です。

その結果、神様は、 

・面白がる人には どんどん面白がる現象を

・楽しがる人には、どんどん楽しがる現象を

・幸せがるひとには どんどん幸せになる現象 を下さる。 

さらに大事なことは、感謝したがる人には

次々に感謝できるような現象を降らせてくれる・・ということです。

その時、質問がありました。

「神さまに好かれていない人。そのような人はいるんですか?」

すごく重要で、いい質問ですとおっしゃって、正観さんは、こう答えました。 

「全員神さまに愛されています。全員です」と強調しました。

実は神さまからもの凄く愛されている人だけが、

肉体をもらってこの世に人間として生まれている。

肉体を持って生まれたい魂が800億。

その魂は地上80kmあたりにいるらしいです。

その7%くらいの魂が地球に生まれてる。

その魂、つまり私たちは神さまに、お願いして お願いして 頼んで 頼んで、

生まれさせてもらってきた。

神さまから特別扱いで生まれさせてもらった。 

その人間がね、愚痴や泣き言ばかり言ってると、

地上の魂に「俺に変われ」と言われてしまう。

その怨念をかぶってしまうと、どうも寿命に影響が及ぶらしい。

不機嫌でいると体が壊れやすい。

地上の魂の想念が降りかかるのかもしれません。

喜んで楽しんでいる人は、寿命も長く、健康でいやすくなります。

すべての人間は、神さまに好かれている。

しかし、このことを知ってるか、知らないでいるかで、人生変わってしまう。

「神様に好かれている」

これを耳にする人は 0. 01%と少なく、地球全体では56万人。

日本人では1万人。

死ぬまでに、神さまから好かれている。愛されている。

この情報を聞くことができる人の数は、たったのこれしかいません。

聞く聞かないで、人生観が変わります。

<引用終了>

神様は、様々なところにいらっしゃり、

様々な形で私たちにアプローチしてくださっています。 

それを感じ取り、喜び感謝して受け取るか?

それとも・・・・

偶然とかたずけて、無視するか? 

放っておけばよいものを、神様に感謝して些細な出来事を喜ぶ人を、

馬鹿にし、否定し、

せっかく、神様と絆を深めようとしている人たちの心を、

神さまから引きはがしてしまうのか?

人それぞれです。 

ですが、些細なことに神さまの息吹を感じ、感謝して喜ぶ人は、

きっと生涯、幸せに生きていくことでしょう。 

それに対して・・・ 

偶然とかたずけて、現実は厳しいもの、苦しいものと

眉間にしわを寄せている生きる人は、もしかしたら、神々の手を、

自らはねのけてしまっているかもしれません。