今回はIn Deepさんの2025年11月11日の記事を紹介します。
「地球外生命体、月の地球への帰還、そして地球を覆い尽くす醜悪な知性による蜘蛛の網」
https://indeep.jp/aliens-and-ugly-spider-webs/#google_vignette
地球を「蜘蛛の巣」のように覆い尽くす電力網
地球に流入し続ける土星人、木星人、火星人の実相
イタリアのシュタイナー学派系のウェブサイトを久しぶりに見ていまたしら、以下のようなタイトルの記事がありました。
「地球外生命体、月の帰還、そして地球を取り囲む蜘蛛の網」
まあ、今回は、ほぼそのままタイトルに流用させていただいたわけですが、大変に長い記事で、最初は、2020年9月1日にアメリカで出願されたイスラエルの特許の話から始まります。
特許は、「病原体によって引き起こされる感染症の治療対象者を匿名で選択するためのシステムおよび方法」というもので、要するに、すべての国民を中央サーバーに接続して、国民の生物学的信号、地理位置情報、健康履歴を衛星やアンテナを介してネットワークにリンクさせる方法に関しての特許です。
これは、イスラエル国民に対してという限定されたことではなく、最終的に「地球規模の制御」を実現するためのもののようで、一種のディストピア映画の世界ですが、技術的には、特許が出されているところからもわかるように、2020年の時点で実現可能な技術でした。
今はほとんどの人がスマートフォン等を持っていますから、特別なことをする必要もないです。特許文書より
特許は 2040年11月まで有効です。
まあ、それはいいんですけれど、記事では、その後から、ルドルフ・シュタイナーが 1921年5月13日に行った講義からの抜粋と解説が続きます。
これが結構面白くてですね。
・かつて地球から分離した月は、またいつか地球と再び一つになる
とか、
・古代アトランティス時代には土星人、木星人、火星人などが地球に降り立ち…
とか、そういう文言が続くのです。
セクションごとに少し講義の内容をご紹介したいと思います。
まずは、「月の帰還」に関しての部分です。太字はこちらで施しています。
ルドルフ・シュタイナーの1921年5月13日の講義より「月の帰還」
現代人が知性だけで考える場合、その思考は現実に根ざしていません。思考は現実の見せかけの中でのみ動き、影のような状態にあります。人間の思考はこのようにしてますます動いています。
その影のような性質は 19世紀に最も顕著になりました。現代人は完全に現実感を欠いています。人は精神的な要素の中で生きていますが、物質的なのです。
しかし、影でしかない精神的な思考によって、人は物質的存在のことしか考えません。こうして、このさらなる出来事が起こりました。人は再びより精神的になりましたが、以前物質が彼に精神的な内容を与えていたものは、もはや魂には浸透していません。人はより精神的になりましたが、その精神性によって、人は物質のことしか考えなくなりました。
しかし、すでに述べたように、月の分離によって人類の知性が不明瞭になったとしても、精神科学によれば、月が再び地球に接近し、再び地球と融合する時が来るだろうとされています。
今、私たちは月がいつか地球と再び一つになることを知っています。
その日は、抽象的に生きる天文学者や地質学者によって何千年も延期されるかもしれませんが、それは例外的なことです。実際には、私たちはそこ(月が地球と再び一つになるとき)から決して遠くはないのです
今日起こっていること、すなわち知性が影のような性質を帯びていることは、地球の進化においていつか起こる決定的な出来事、すなわち月が地球物質に再統合されることと関係しているに違いありません。
私たちの知性はますます影のような存在になりつつあります。
もしこの状態が続き、人類が霊的世界から流れ込むものを自らに受け入れることを拒むならば、人間はますます知性の影の色彩に疲弊していくことでしょう。
とあり、一部わかりにくい部分はありますが、シュタイナーは、この「月が地球と再び一つになること」を「再生」と呼んでいます。
続いて、土星人、木星人、火星人などの名称が出てくる、難解ながら楽しいセクションに続きます。
ルドルフ・シュタイナーの1921年5月13日の講義より「地球外生命体の地球への帰還」
しかし、この再生は人間的な事実であるだけでなく、宇宙的な事実でもあります。
私は著書『オカルト科学』の中で、人間の魂がすでに惑星へと転生し、その後地上の存在へと降りてきた経緯を述べました。また、火星人、木星人などが次々と地球に帰還してきた経緯も述べました。
さて、1879年には、霊界によって確認されたデータに基づいてのみ報告できる重要な出来事が起こりました。
古代アトランティス時代に土星人、木星人、火星人などが地球に降り立ち、人間の魂が地上での存在を開始した頃、他の存在もまた、異界から降りてくる時代が始まったのです。
彼らは人間ではないが、自らの存在をさらに発展させるために地球に降り立ち、人間と関係を結ぶ素質を持ちます。 1879年以来、地球外生命体は地球の存在に入りたがっていました。
19世紀後半以降、私たちは宇宙からの霊的存在の流入を目の当たりにしてきました。彼らは主に月と水星の間の圏に居住する霊的存在ですが、すでに地球に降り立ち、宇宙の霊的存在の親密な思考を人間に浸透させることで、その地盤を築こうとしています。
これは、霊的科学が地球に降り立ちたがっており、歓迎されなければならないという表現に具体的に示されています。
もし人間がこれらの存在の降臨に反対するならば、激動が起こり、最終的には地球上の存在は社会的混乱に陥るでしょう。彼らは、月が地球に再び合流したときに地球上の存在に何が起こるかを予見しようとしているに過ぎません。
ここまでです。
そして、次のセクションでは「今後、地球に醜悪な種族が出現し、それは蜘蛛の網のように地球を覆うだろう」ということを述べています。
その醜悪な種族は、
> 強大で過剰な知性を備えた自動的な存在
だそうです。
何となく現在の AI 的なイメージもありますが、シュタイナーは「醜悪な種族」と表現していますので、関係ないかもしれません。
ここからです。
ルドルフ・シュタイナーの1921年5月13日の講義より「蜘蛛の網」
そして地球からは、その性質上、鉱物界と植物界の中間に位置する、強大で過剰な知性を備えた自動的な存在として、醜悪な種族が出現するでしょう。
この運動は地球を支配し、醜悪な蜘蛛の網のように地球を覆うでしょう。これらは巨大な知恵を持つ蜘蛛ですが、その体質は植物の存在の域にさえ達していません。彼らは互いに絡み合い、外的な動きにおいて、人類が知性で考案したあらゆるものを模倣するでしょう。
しかし、人類は新たな想像力、そして一般的には人智学を通してもたらされるであろうものには触れようとしません。
人間がそのような非現実的な思考の中で思い描くものはすべて現実のものとなるでしょう。今、空気の層に覆われ、時にはイナゴの大群に圧倒されている地球は、醜悪な半鉱物・半植物の蜘蛛に覆われるでしょう。彼らは非常に知的に、そして同時に悪意を持って、自らを絡め取るでしょう。
そして人間は、自らの知性主義的な概念を活性化させなかったがゆえに、19世紀後半から地球に降り立とうとしている存在ではなく、この忌まわしい蜘蛛の類と自らの存在を結びつけざるを得なくなるでしょう。そして人間は、この蜘蛛の類が遂げる進化の中に、宇宙的存在における自らの進歩を見出さざるを得なくなるでしょう
今日では、抽象的な公式を用いて精神科学的知識の必要性を指摘するだけではもはや十分ではありません。思考がどのように現実化するかを示さなければなりません。
あらゆる抽象理論の問題点は、「思考は後に現実化する」といった抽象的な概念を提示するだけでは、問題の本質を十分かつ具体的に示すことができないことです。
そして、その具体的な意義とは、今日の人々が内面に織り成す知性主義的な思考が、いつの日か蜘蛛の巣のように地球を覆うことになり、人々がこれらの抽象的な思考を乗り越えなければ、それらの思考に巻き込まれてしまうということです。
ここまでです。
そして、講義の続きでは、この「蜘蛛」が「人類破滅への16の道」というものと結びついていると述べていますが、ちょっとわかりにくいですので、割愛します。仮に地球が蜘蛛の巣で覆われたとしても、人間のそれぞれの知性が客観的な立ち位置で君臨する限りは大丈夫だというようなことを書いているように思いますが、今ひとつ不明です。
なお、シュタイナーのさまざまな著作や講義にもよく見られることですが、シュタイナーは、「いわゆるスピリチュアルとして広まっていること自体は真実の探求とは関係がない」ことをよく書きます。
そうではなく、「現実で起きている出来事の中から精神科学的な意味を探り出すことが重要だ」と。
この講義でも、以下のように書いています。
今日、いわゆるスピリチュアリティとして広まっているものの多くは、人々の目に塵を投げ込むことに過ぎません。人々の目に塵を投げ込むこと、つまり歴史的出来事をありのままに無視することの意味を理解する人々が徐々に現れ始めています。
現代において、根本的に重要な出来事が起こっていることに気づいている人はどれくらいいるでしょうか? それらの出来事を深く掘り下げたい人はどれくらいいるでしょうか?
ほとんどの人は目を閉じ、「まあ、大したことじゃない。でも手がかりはそこにある。人々はそれを理解すべきだ」と言うだけです。
まあ、こんなようなことを述べていたのですけれど、もっと簡単に書きますと、たとえば、
・戦争
・経済
・社会的規範の変化(制度や規範や性的解釈の問題など)
・テクノロジーの進化や変化
・社会的傾向の変化(少子化など)
・西洋医療の台頭
といった、他も含めて、すべての「現実で起きている」ことを掘り下げることが重要だということで、それが、天上界で悪魔と天使が対峙していた時代(いつ頃だったか忘れましたけれど)から続く「現実」だというようなことでしょうか。
難しいことはともかく、「地球外生命体が次々と地球に帰還する」という下りを読みまして、エマヌエル・スウェーデンボルグという人の『宇宙間の諸地球』という本の内容を思い出しました。
ついでというのも何ですが、そこからも少しご紹介したいと思います。
宇宙間の諸地球
これは、1758年に出された本ですので、だいたい 270年くらい前の本です。エマヌエル・スウェーデンボルグは、Wikipedia からの抜粋ですと、
> スウェーデン王国出身の科学者・神学者・思想家。生きながら霊界を見て来たと言う霊的体験に基づく大量の著述で知られ、その多くが大英博物館に保管されている。
という人で、この人は、スウェーデン語訳の聖書を最初に刊行した人物であるという人でもあります。
この『宇宙間の諸地球』というのは、20年近く前でしたでしょうか、当時、東京の西荻窪に暮らしていた私は、何しろそのころは暇で仕方なかったので、日々、古本屋を巡っていましたが(当時の西荻にはものすごく古本屋が多かったのです)偶然、この本を見つけたのです。
立ち読みしていて、「なんか狂ってる」とは思いましたが、面白そうなので購入しました。
以下はそこからの抜粋です。
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宇宙間の諸地球
イマヌエル・スエデンボルグ 1758年
序章より
多くの地球があって、その上に人間がおり、霊や天使たちはその人間から来ていることは、他生ではよく知られている。
なぜなら、他の地球の霊たちと語って、そのことにより、世界が多く在ることを確信し、また、人類は一つの地球のみでなく、無数の地球から来ていることを知り、さらに彼らの資質、生活方法、神礼拝のいかようなものであるかを知ろうと、心理から愛へ願い、ひいては、それを世への愛から願っている者にはすべて、その願いがかなえられるからである。
私は私たちの地球の霊と共に、この主題について時々語ったのであるが、理解の鋭いものはすべて、その知っている多くの事柄から、多くの地球が在って、そこには人間があると結論することができようと言われたのである。
なぜなら、その或るものは、大きさではこの地球にまさっている幾多の遊星のような、かくも大きな塊は、空ろな塊ではなく、また、単に太陽の周囲を廻転して、その乏しい光を一つ地球のためにのみ輝かせるために創造されたものでなく、そのユースはそれよりもはるかにすぐれたものであるに違いないということを、理性から結論づけられることができるからである。
神(the Divine)は、人類を存在させ、そこから天界を存在させようという、ただそれだけの目的から、宇宙を創造されたことを、人各々信じなくてはならないが、そのように信じる者はまた、地球のあるところ、そこに人間もいることを、必然的に信じざるを得ないのである。
この太陽系の領域内の、私たちの肉眼に見える遊星は地球であることは、以下のことから明らかに知ることができよう。
すなわち、その遊星は太陽の光を反射しているゆえ、地的な物質の天体であり、望遠鏡でこれを見ると、その天体自身の焔できらめいている星としては現れておらず、暗い部分から種々に変化している地球として現れているのである。このことは、さらに以下のことからも明らかになるであろう。
すなわち、それらは、我々の地球と同じように、黄道帯を通って、太陽の周囲を運行し、そこからその地球の年や、春、夏、秋、冬のような一年の季節が生まれ、また、それらは我々の地球と同じように、その地球自身の地軸の周りを廻転し、そこからその日が生まれ、また、朝、昼、夕、夜のような一日の時が生まれているのである。
さらにその中のあるものには衛星と呼ばれる月があり、その月は、それらの地球の球体の周りを、ちょうど月が我々の地球の周りを廻転するように、時を定めて廻転しているのである。
さらに、土星にはまた大きな光帯がある。なぜなら、それは太陽から非常に隔たっていて、その光帯はその地球に反射光線ではあるが、多くの光を送っているからである。
これらのものを知り、また、これらのものを理性から考える者は、これらはみな虚ろな天体であるということができようか。
さらに、私は霊たちと語ったとき、以下のように言った。人間は、宇宙には地球は一つ以上あることを次のことから信じることができよう。
すなわち、星空は無限に拡がっていて、その中の星の数も無限であり、その星の各々は、その所で、またはその世界で、一つの太陽であり、我々の太陽のように、色々な大きさを持っているのである。正しく考察する者はすべて以下のように結論する。
すなわち、このように無限の拡がりをもった全体は必ずや、創造の究極である一つの目的に到達する手段でなくてはならない。
その目的は、神が天使と人間とともに住みたもうことのできる天界である。なぜなら、目に見える宇宙は、または無数の太陽である、かくも無数の星できらめいている天は、地球の存在と、その地球上の人間の存在に対する一つの手段にすぎず、その人間から天界が形作られることができるからである。
これらの事例から、合理的な人間は必然的に以下のように考えざるをえない。
すなわち、このように偉大な目的のために用いられているところの、このように無限の拡がりをもった一つの手段は、一種族の人間のためにのみ、また、一つの地球のみから来た一種族の人間から発している天界のためにのみ構成されたものではない。
数千の、いや、数万の地球もそのすべてに人が満ちていても、これを小さな、ほとんど物の数ともされない無限にています神には、この地球は何ものでありえようか、と。
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ここまでです。
この著作の中では、それぞれの惑星(スウェーデンボルグはそのすべてを「地球」と述べています)の「人間」の様子も描かれます。物理的な実態のない人間である場合もありますが、いることにはいると。
Wikipedia には説明として、以下のように書かれています。
> 霊界では地球人の他に火星人や、金星人、土星人や月人が存在し、月人は月の大気が薄いため、胸部では無く腹腔部に溜めた空気によって言葉を発するなどと説き、いまだに未知なる部分も多い。
それがどういう形態である「人間」であるかは別として、太陽系の惑星の人々と霊的な交流を持っていたようです。
最初のほうのシュタイナーさんの話を聞いていますと、シュタイナーさんもまた、そういうタイプの人だったのかもしれないですね。
われわれ一般人が「昨日、金星人と話した」とかいうと、吉祥寺のガイの世界ですが、そういうことを言っていても、ヨーロッパ有数の学者として君臨したのが、スウェーデンボルグさんであります。
差は大きいですね。
地球外生命体関連で、少し書かせていただきました。
