2026年4月23日木曜日

4236「青空ひろば」2026.4.23

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


1718 2026.04.03 

にぎる手は 受け取る手には なれません

いいことも 悪いことも すべて許して 過去を手放すから

未来の「しあわせ」が 受け取れるのです


(大敬註)雲梯(うんてい 公園などにある水平の棒を渡ってゆく遊具)で前に進むためには、後ろで棒を握っている手を放さねばなりません。手放したから、その手はさらに前の棒を握ることが出来るのです。過去を許し、手放さねば、未来のしあわせを手に入れることは出来ません。


1717 2026.04.02 

A君もBさんも みんな君の分身なんだから

君はそのまま君していれば それでオーケーなんだよ


(大敬註)「ひとり一芸の御用」といって、自分に出来ることがあれば、それを我が配役として、世や人や神に貢献すればいいのです。全人教育などと何でも出来る人格者にならねばならないなどという教育法がはやった時代もありましたが、人類全体でひとりの人で、それが「全人」なのですから、私たちは、自分に出来ないことは他の人に任せて、自分に出来る役目を精一杯努めたら、それで神様は喜ばれるのです。


1716 2026.04.01

手を挙げようと思えば 手が挙がる 手は身の内だからだ

世界全体を 身内だと実感できる人なら

こうしたいと思えば その通り実現するだろう

世界中の人やモノが 手足となって はたらいてくれるからだ


(大敬註)人の値打ちは、どれだけ多くの人や動植物や自然環境を「我が身内」として感じられるかで決まるのです。「身内の範囲」が広いほど、<思い通り>の人生が開けてきます。ただし、その<思い通り>は、身内全体を思いやって『こうしよう』という<思い通り>なのです。自分だけがよくなればいいというような狭い心の思いは、身内が少ないので<思い通り>にはなりません。


1715 2026.03.31 

まじめで、努力家なのに もうひとつ伸びないという人は

ホッと気をぬいたり 気を別の方向にそらせたり

する時間をつくるのが 下手なのです


(大敬註)進学校に勤めて実感したのは、本当に優秀な生徒は決していつも机にへばりついて勉強ばかりしているわけではないという事です。優秀で難関大学に楽々合格してゆくような生徒は、生活にメリハリがあって、気分の切り替えがとても上手です。


1714 2026.03.30

どんなにがんばり屋さんで 頭がよくても

自分が嫌いなら しあわせにはなれません

どんなにアカンタレで 頭が悪くても

自分が大好きな人は きっとしあわせになれます 


(大敬註)大敬も若い頃は自分が嫌いで嫌いでしょうがありませんでした。そんな間は、ずっと、自分はふしあわせだと思っていました。

坐禅のおかげで、次第にそれは思い込みに過ぎない。自分もまんざら捨てたものではないと思えるようになってきてから、しあわせな人生が始まりました。やはり、しあわせ人生を生きるためには、まず自己否定するクセをなくさねばなりませんね。そのために一番有効なのが坐禅です。


1713 2026.03.29 

過去にかたむく心には 後悔やゆううつが発生する

未来にかたむく心には 不安や怖れが発生する

今とココにいのちの重心が おさまれば 人はしあわせになるようにできている


(大敬註)頭が働き過ぎると、過去に未来にと、イノチの重心がフラフラして、<今・ココ>に落ち着けないのです。頭をやめてアホになれば、しあわせを実感できます。アホになる一番副作用のない方法は「坐禅」をすることです。

 

1712 2026.03.28

人生にも四季があり もちろん、冬の時もある

冬がなければ成長はない

冬の時は、「そういう時もある」と受け入れて

できることからやってゆけばいい


(大敬註)蛇をまっすぐな管に入れると、前に進めなくなるそうです。人のイノチも本来、上下、あるいは左右に波を打ちながら、そのしなりを利用して前進出来るように出来ているのです。「冬の時」もイノチの成長のためには、どうしても必要な季節なのです。


1711 2026.03.27

人を叱責(しっせき)するとき すっかり追い詰めてはいけません

逃げ道はちゃんと残して おいてあげること

窮鼠猫を噛む(きゅうそ ねこを かむ)ということもあります


(大敬註)「許す」の語源は「ゆるくする」ことだそうです。相手を縛り付ける手を緩めたら、結局自分がホッと楽になり、運命が好転し始めるのです。


1710 2026.03.26

輪廻転生の目的は いろんな立場の人の

身になって考え 思いやれる人に 成長するため

そうなれたら今度は いろんな立場の人に 手をさし伸べるために

何度でも転生してくる それが菩薩


(大敬註)人の成長とは、思いやれる範囲が広くなること。人にあるひどい仕打ちをして、その生(しょう)の間にその「非」に気づいて懺悔できなければ、次の生で、同じ仕打ちを今度は被害者になって体験して、相手がどういう気持ちであったかを学ぶことになるのです。それが転生することの意味です。

世界全体の人や動植物や自然環境のすべてを思いやれるようになれば、もう転生の必要はなくなるのです。しかし、そのようにすべてを思いやれるようになった人は、多くの人々がツラい思いをして、歩みを止めてしまっているということも思いやれるので、彼らを救済するために自ら選択して、何度も転生を繰り返すようになるのです。それが菩薩です。


1709 2026.03.24

愛念をこめて 大切にあつかい ていねいにお世話した

モノや道具には あなたの愛念が 意霊(いのち)となって宿り

今度はあなたを護ったり 癒したりする

ラッキーアイテムと なるのです


(大敬註)モノには念が籠もります。愛念がこもったモノがラッキーアイテムとなり、悪念がこもったモノは持ち主が変わるたびにその持ち主を不幸にしてゆきます。モノを譲られるときは、そのモノの来歴に注意しましょう。