2026年5月2日土曜日

4245「弥彦の神様の奇跡」2026.5.2

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年04月19日の記事を紹介します。


「弥彦の神様の奇跡」


今日の新潟は良いお天気でした。

22度、汗ばむ暑さの中、新潟県の一之宮弥彦神社に行ってきました。 

弥彦神社といえば、昨年出版した本 

神様の村の奇跡 竹之高地物語の中にもいくつか、神々の奇跡について書きました。 

今日もお弥彦様から、うれしい徴がありました。

まず行ったところは

お弥彦様の妻神、熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)の神社、妻戸神社。

ここでは以前ブログにも書きましたが、熟穂屋姫命から直接、人間の意識と神々の存在について、教えていただいたことがあります。  

次が弥彦山頂上の彌彦神社御神廟。

標高634mの頂上に位置し、ロープウェイや徒歩で参拝可能です。

ここから越後平野全体が見渡せます。

ここまでロープウェイで上りました。 

ところが帰りの下りのロープウェイに乗り込んだとたん 

どこからともなく、下の音楽が流れ始めました。

なんだろうと思ったら、

私のポケットにあるスマホから突然なり始めたのでした。 

急いで音を消したのですが、同乗者の注目の的 

どうしていきなり鳴りだしたのか? 

確かに音楽データとしてスマホには入っているのですが、

スマホは電源切ってあったのです。 

不思議なこともあるものです。

普通なら絶対にありえないこと。 

また、絶好のタイミングで起きた奇跡(偶然)です。

神々の御業以外に考えられません。 

昨年は、弥彦神社の神様の不思議な導きで、神様の村の奇跡 竹之高地物語の本の中に、

天津祝詞を急遽掲載することになったのです。 

神々は、時々このように、不思議な偶然を起こして、

その存在や働きを示してくださることがあります。

偶然が起きた場合、

「どうせ偶然でしょ」とすまし顔で、冷たくあしらわず、 

「まぁ凄い、面白いね」と素直に子供のように喜んでいれば、

神さまは、なおさら沢山の偶然を見せてくださいます。 

神さまの声は、誰かの口を通してくることもよくあります。

また外応と言って

・小川のせせらぎの音や、

・子供たちの笑い声、

・そよ風なども、 

神さまが私たちにプレゼントしてくださっているものです。  

そのように繊細な心で、神さまの働きを感じられるようになると、

もう全てのもの、事に感謝しかありません。

神さまの働きに気付き、人が喜び、感謝すればするほど、

神さまは私たちの身近で、良きことを起こしてくださいます。 

ひすいこうたろうさんの記事 (喜び上手な人には運がやってくる)に、

こんなことが書いてありました。意訳します。 

<引用開始>

もし神様がいるとしたら、

小さな幸せや、ささいなことでも、喜んでくれる人のために、働こうか、

もっと喜ぶことをしてやろうかと思うのではないでしょうか?

それとは逆に、全てを偶然と片付け、

神様が、ちっぽけな自分(や、レベルの低いあなた)のために、

特別なことをしてくださるはずがないではないか。 

そのように、偏った自己卑下(自分を低く低く見ること)や、

他人卑下(他人を・・・)をして

神様が、小さな幸せを見せてくださっても、ブスッとしてる人。 

頑な(かたくな)に、敢えて心を動かそうとしない人 

どちらに神様は微笑むでしょうか?

<引用終了> 

耳をすませて見て下さい、注意深く、周りを見渡してみてください。

あちこちに、神様からの贈り物があることに気づくでしょう。

また、いつもと違う 何かに気づいたなら、悪い予兆などとは考えず、 

是非それを  良き予兆と解釈して、よろこび、神様に感謝してみてください。

きっと ますます、恩寵に気付きやすくなると同時に、

幸せが、雪だるまのように、どんどんと膨らんでくることでしょう。

感謝の種が増えてくることでしょう。 

一見不幸に見える 

・死別

・病気

・事故

・貧困 

などでさえ、私たちの魂を磨き、

光り輝かせる、研ぎ石の役割として神様が与えてくださったものです。 

私たちが、その出来事を

・どのように受け取るか?

・どのような意味を与えるか?

その違いだけで、天と地ほどの、違いが出てきます。 

・小さな親切

・小さな思いやり

・小さな優しさ

を感知できる感受性を持ち、喜び、感謝できる心を持ちたいものですね。

私たちの周りには、気づかないだけで、

それらが沢山 散らばっています。