2016年5月17日火曜日

606「戸開き3」2016,5,16

 水乞山は雨で見えませんでしたがその麓の道を花巻市大迫に向かいました。
 次の目的地は早池峰神社です。早池峰山は陸奥の霊峰で、4つの登山口には早池峰神社里宮が鎮座しています。山頂に奥宮があり、ご神体は瀬織津姫、早池峰大神です。瀬織津姫は古事記、日本書紀に登場しない神で、表に登場させたくないという大和朝廷の記紀の編集方針により隠され消された、まつろわぬ神の代表です。しかし早池峰郷では守護神として深く崇敬されています。
 岩手県では最高峰の岩手山と姫神山は早池峰山と合わせて3霊峰として崇められています。民話にも登場し、男神の岩手山がお父さん、奥様が姫神山で御妾さんが早池峰山という大和三山風の恋愛譚があります。今日はこの3霊峰に鎮座する社を巡ります。
車は雨模様の中、早池峰湖を過ぎて岳の集落に入り、右手に早池峰神社があります。この神社は盛岡南部藩の崇敬あつく、良く整備もされたようです。遠野の早池峰神社の創建が少し早いのですが、何かと両者で諍いがあったようです。杉の巨木の参道を進むと本殿です。
http://blog.goo.ne.jp/jengo2/e/e2c63633c99b4dbfa062d26e60583a45


 本殿脇下の巨木のところで、六芒星を成して周りを皆さんで円で囲む配置であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「星見ることを、大きなる宇宙との繋がりにせず、ご自分の欲と成し行きて進みて参る事と成りたり。
 大いなる欲は闇へと繋がり、多くの争い引き起こし、いのちをあまりに粗末に致し、この地の全てを変え行きたり。
 遥かなる大きな思いとひとつと成り行くこの旅にて、全てを申して、しっかり定めて頂きます。」10:27
 星を見ることを悪用したようです。北斗妙見でしょうか。この旅は「遥かなる大きな思いとひとつと成り行く」ことと「しっかり定めること」が目的のようです。
          
 次の目的地は滝沢市にある岩手山神社です。今日は生憎、雨で高速道路から南部富士岩手山は隠れて見えません。神社は岩手山への登山の表玄関の柳沢口に鎮座しています。
 御祭神は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)、倭建命、大国主命です。以下の紹介があります。
「宮沢賢治が岩手山へ登山するときは、ここの社務所で休憩をとってから登ったと言われています。この神社は延暦20年(801)、坂上田村麻呂が蝦夷討伐のおり、国土鎮護を祈願して建てたと言われています。康平5年(1062)には源頼義が安倍貞任、宗任を討つために、この神社に祈願してようやく勝つことができたと伝えられています」
http://www.i-rashinban.com/modules/pico/index.php?content_id=221



 雨が強く降る中小さな社殿の前であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「大いなるこの地球は、光と水とこの空気にて、生き生き、楽しき、嬉しきなるを、その全てを変え行かんとするは何事なるや。
 よくよくそれぞれの成し行く事、しっかり見つめて違いを知りて、その振る舞いを変え行かれませ。
 この宇宙は多くの事々知りてあり、定めたる時は行いは瞬時なり。
ご用意為さるは、古い知識を捨てられませ。全てを預け成され。」12:07
 ここでも厳しき諌めの言葉です。そしてこれから起こりくることへの心構えを強く申し伝えられました。「ご用意為さるは、古い知識を捨てられませ。全てを預け成され。」です。
          
 姫神岳神社は盛岡市玉山区にあります。小さな集落の入り組んだ交差点を進むのですが、不覚にも道を間違えて少し時間ロスをしてしまいました。しかし神社に到着したときには太陽が輝き、先ほどまでの天気が嘘の様です。

 神社の御祭神は姫大明神(瀬織津姫神のこと),須勢理姫命で本地は十一面観音です。縁起について以下のようにあります。
「近世に記された神社の縁起では、延暦年間(782-806)坂上田村麻呂が岩手山に籠る夷賊討伐の折、清水観音の権現、立烏帽子神女を東方の姫神岳山頂に祀って守護所として固め、岩手山の西口から攻めのぼって夷賊を滅ぼし、これよりのち立烏帽子神女を祀った霊山を姫ヶ岳とよび、岩手山・早池峰山とともに北奥の三霊山として山岳宗教の中心をなしたと伝えられる。[中略]
 さらに、媛神山麓には十一面観音を祀る祀堂の多い事が指摘されている。この地方の観音信仰がいつから始まったのかも不明で、寺堂の多くは近世の造建であるが、その沿源は開拓期以来、夷地の文化政策や教化と関連し、中世にも無名の優婆塞たちや遊行僧によって勧請され、観音霊地としての信仰が広められたのであろう。 当社のもととなる玉東山筑波寺が新山寺として姫神山麓のぶどうばた(のちに古神山に移すという)に設けられたのは、中世末頃と考えられる。 姫神岳山頂に奥宮を設け、姫大明神を祭祀し、十一面観音を本地仏とする神仏混淆は、田村麻呂の開山由緒に由縁した山岳信仰で、天台宗本山派修験の西福院が代々別当として祭祀を行ってきた。」
 
駐車場が無い小さな神社で向いの方の敷地に駐車させて頂き、坂道を上ると御神木の杉の巨木が存在を引き立てます。その近くであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「大、大、大の宇宙と繋がり、開きたるこの山は大きなる北の地を開く一歩なりしが、大いなるこの地、大いに荒らされて参り来た。
 始めましょうぞ、新しき地へ。
 岩より発するこの水が、まったき新しきを生み出だす知らせと成りましょう。」13:25

 この姫神山は「大、大、大の宇宙と繋がり」の地だったようです。改めて「北の地を開く」、「岩より発するこの水が、まったき新しきを生み出だす知らせ」に成るようです。
 姫神山山頂奥宮には巨大なメンヒルがあります。キーポイントは岩から発する水の情報です。
 生体エネルギー研究所所長の佐藤正二先生の教えの「10教」想造量子宇宙論実践徳目の中に「地球人としての実践は水を克服した後に始まる」とあります。水を克服するとは、水の持つ情報を読み解き使いこなすことにあります。
 大分時間が過ぎています。急ぎ昼食会場に超高速で向かいました。

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