2023年10月9日月曜日

3209「神様の通り道」2023.10.9

 今回はいっぷくからのありがとうさんの2023年09月27日の記事を紹介します。


「神様の通り道」


神社や仏閣。

私達一般の人間は、願いを聞いて欲しくてよく参拝します。 


霊験あらたか、ご利益があると聞けば、全国あちこちに出かけます。 

願いが良く叶う、そういった神社・仏閣には、もしかしたら

力のある神さまや、仏様がいらっしゃるのかもしれません。 

噂が噂を呼び、ますます人が押しかけ

・病気を治して欲しい

・お金に困らないようにして欲しい

・家内が穏やかで円満であって欲しい

・良縁に恵まれ、幸せになりたい 

そのような人間の欲望が渦巻くのかもしれません。 

ですが、神様の存在とは、私達人間の、願いや欲を叶えるためにいらっしゃるのでしょうか? 

人が集まり、人気が出れば、そこに関係する人間側の神職や職員の意識や環境も変わり、 

それによって、本人の心にとって、非常に危うい、驕りなどの状況が起こりやすくなります。

身近な例で例えるなら、車、排気量の大きな、かっこ良い高級な車に乗った途端 、車ではなく、まるで自分という人間が強くなったと勘違いし、尊大で傍若無人な運転を繰り返す・・

神社、仏閣の場合なら、そのお力は

神様や仏様の御業であり、そこに関係する人間の力ではありません。

また、ヒーラーや、施術師の方。

効果が高く、有名になり、人気が出てきた方は、もしかしたら、それは、神々の力ではなく、 

「自分の力」である。

そう思われるかもしれません。 

ですが、そのように自己過信が強ければ強いほど、多くの治療をすると、自分が疲れてくるのだそうです。

小林正観さんが言われるには、人より抜きんでた能力を、自分の、自分だけの力と誤解しているとエネルギーに限界があるが、その力は、自分ではなく、天の力。

自分自身は、単にそれを媒介しているに過ぎない。。 

そのような謙虚な心の持ち主は、決して疲れることがなく、ますます人々に幸福をもたらすのだそうです。 

いくら他にはない、ご利益や、治癒効果があろうと・・

それが、自分の力「俺が俺が」、、の心でいては、

何時しかその尊い神々の力も、色あせてしまうことでしょう。 

そのことを2千年前に、イエスは仰っていました。 

ご紹介します。

 

イエスは数多くの転生と、経験と試練を重ね、私達の内にいらっしゃる神様と一体となりました。

イエスが生まれたその時代は、まだ人類の波動は低く、多くの人々は肉体だけの意識。

生殖、物欲、自己が生き残ること・・・などの肉体的な感覚に囚われていた(フォーカスしていた)時代でした。

ブッダが悟った時と同様に、イエスも悟りを開くと同時に肉体を離れ、魂(霊)として人類を助け導くことも可能でしたが、幻想に囚われ、自分を傷つけ、敵味方でも傷つけ合う人々を、この物質次元の地球に於いて助けることを選択しました。

その方法は、愛を、愛だけが全てであることを説き、神様とは愛であることを伝え、

どんな困難な時にも、ただ ご自分の生き方を通して、愛を示して歩きました。

イエスがこの地上で行った数々の奇跡。

その奇跡の目的とメッセージは全て・・・、

あなたが目覚めれば私と同じこと(奇跡)ができる 

私(イエス)よりも、もっと偉大なこと(奇跡)が出来る

ということでした。

つまりイエスだけでなく、私たちも等しく神の子、

神そのものであると 教えてくれたのでした。

また、私自身(イエスのこと)は無力である。

全ての奇跡は、神が行うものであると仰ったのです。

つまり、イエス自身は無力であるが、 

・全ての良きこと、

・美しきこと、

・真理の実現、

・奇跡

・思いやり

・優しさ

・愛

・癒し 

は、全て神様の力によって起こっている。 

そう謙虚に仰ったのです。

 

これは、今のような世の中にとっては、強烈なアンチテーゼになるかもしれません。 

・私が、○○してあげる。

・私が、○○した。

・私が、○○しよう。 

そのように、その方々は確かに力がある人かもしれませんが、その力の源泉は、私、自分、個人の能力であると、過信して吹聴してしまっては、イエスの取った謙虚な態度と正反対です。

とかく人は

・成功している時、

・人気がある時、

・お金がある時 

全部、自分の力で勝ち取ったと誤解しがちです。 

有頂天になりがちです。 

それが神々の力から来ているとは認めません。

ですが、イエスは

・自分が人に行う優しさ、親切も

・創造性あふれる仕事も

・奇跡も

全ての良きことは、神様の御技が現れたもの。

自分自身の力ではない。 

単に自分は、神様の力の通り道になっただけ。 

そう仰ったのです。 

それが本当の真実だからです。

そのように自覚していれば、 

・天狗になって人を見下したり、

・人と比べたり、

・自分の知識をひけらかしたり

・人を支配したり

・力や能力を自慢したり

する必要は無いかもしれませんね。

人生の晴れ(ハレ)の時も、嵐の時も、奢らず悲観せず、全てに感謝し、笑顔で、周りの人々と仲良くして行けば、きっとそれだけで、いいのですね。 

私達人間は・・・

全て、神様が私達の魂が成長するようにと、細かなところまで取り計らってくれますから。

大丈夫です。

俺が俺が、私が、私が・・・ 

そのような高慢な心こそ、神さまの眼前においては、穢れかもしれません。

今や、嘘が付けない時代になりました。

ミロクの世、精神性の復活の時代の始まりとともに、

・今だけ

・金だけ

・自分だけ

の考え方で行動している人々は、どんどん、あぶりだされ、

多くの人に、その思想、行動が知れることとなりました。

たとえウソを並び立て、詭弁を弄し、責任を人に なすり付け

逃げようとしても、力の源泉である内なる神々は見ています。

その醜い姿を

・自分の愛する子供たち、自分を信頼してくれる子供たち

・産んでくださったお母さん

・慈しみ育ててくれた家族

・故郷の友人たち

この人たちに、胸を張って見せられるでしょうか? 

・あなたたちの父である私の姿、

・生んでくださり、慈しみ育てていただいた、あなたの息子である私の姿

を、どうぞ見てください。

しっかりと目を見つめ、そのように言うことはできるでしょうか?