2024年5月25日土曜日

3438「心が作り出す現実」2024.05.25

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月14日の記事を紹介します。


「心が作り出す現実」


今日は斎藤一人さんの「上手くいかないわけ」です。 

自分の人生を作っているのは、自分の心 

決して、 

・偶然に今の不幸な境遇になった

・棚からぼた餅で幸運を手に入れた 

訳ではありません。

自分の心の中にあるものが現実化して、目の前に現れています。 

そのことを心から腑に落とせれば、どんな時でも、幸せになる方法を手に入れたということと同じです。

<転載開始> 転載元 

 

不幸そうな人をよく見てみるとね、そういう人って、

愚痴や泣き言、人の悪口を言っていることが多いんです。 

例えばお茶は、水に茶葉が入っているよね。

煎(い)れる前に茶葉を抜いたら、ただの水にしかならない。 

何が言いたいんですかっていえば、物には必ず構成要素があるということです。 

お茶には、水と茶葉という構成要素がある。 

それと同じように、あなたに今起きていることは、そういう構成要素が心にあるからなんだよ。 

嫌なことばっかり起きるんだとしたら、

・自分の中に悪口っていう要素があるんじゃないかな、

・愚痴の要素があるんじゃないかな。

そう考えてみて。

悪口は、人のことを言うこと。 

愚痴は、自分の弱音。

うまくいかない人ってね、ほとんどは悪口とか愚痴とかの要素があるからだよ。 

愚痴とか悪口とかってね、絶対に言わないつもりになっても、つい言っちゃうんです。

でもね、言わないぞって決めたら、必ず減っていきます。 

それを繰り返してると、ちょっとずつ分が変わってくる。

自分の構成要素が変わってくるんだよね。 

で、自分が変わると、世の中って見事に変わっちゃうんですよ。 

一人さんってね、ものすごく幸せなんです。 

商売だって、バブルも何も関係ない。

バブルのときも景気はよかったけど、バブルがはじけても景気がいいんだよ。 

リーマンショックだって、私には関係ないの。 

なぜかって言うと、私は人の悪口って言わないし、国の悪口も言わない。

アメリカのせいだとも言わないんです。

そういう人には、普通とは違う現象が起きてくるんだよね。 

もし家の中で家族が愚痴や文句ばかり言っていたとしても、自分は言わないようにすればいい。

一緒になって言っても、世の中が自分の思う通りになるわけじゃないし、生活がよくなるわけでもないからね。 

むしろ、言えば言うほど状況は悪くなるだけです。

だったら、相手が何を言っても、自分は言わないことに挑戦してみようって思うことだよ。

人生を変えたかったら、何か別のことをしなきゃ。 

今までと同じことをしながら別の人生を望んでも、それは無理だよ。

愚痴とか悪口とか泣き言を言いながら、幸せな人生を欲しがっても絶対にできないんです。

あり得ないよ。 

だって、愚痴とか文句を言ってること自体、もう不幸なんだから。

まずは、それを やめることだよね。

そう思って、愚痴とか悪口をやめることに挑戦してごらん。 

筋肉質になりたかったら、筋トレとか体操をしなきゃいけない。

それと同じで、部屋でゴロゴロしながら筋肉質になりたいって、それは無理なんです。

会社に行ってると愚痴が出るって言うんだったら、会社を辞めたっていい。 

ご主人の悪口がやめられないんだったら、別れちゃえばいいんだよ。

ただね、人や環境のせいにして愚痴や悪口がやめられない人って、

往々にして、会社を辞めても、旦那と別れても言い続けてるもんだよ(笑)。

<転載終了>

 

一人さんが仰るように愚痴や泣き言、人の悪口を言っている人は 

・笑顔が無いし、

・いつも不幸を背負い

・ついてない事ばかり起こる人生を歩む 

人が多いようです。 

それに対し、 

・笑顔で

・「ありがとう」の言葉を口にし

・いつも周りに感謝している人は 

幸せで、温かで優しい人々に囲まれていることが多いようです。 

愚痴や、泣き言、悪口を言わない・・・と言うことは簡単そうに見えて、癖になっていますから、何度も、繰り返し、失敗し、決心し尚す必要があるかもしれません。 

ですが、その努力の恩恵は、計り知れない幸せになって自分に帰ってきます。 

自分の回りで起こって来る出来事は、全て自分の心、発した言葉から起こって来ます。

「自分の発する言葉」とは、普段私達が考えていること・・ということです。

つまり今、私達の置かれている環境は、私達の意識に丁度良いもので囲まれていると言うことです。

ですから、

・甲斐性の無い夫も、

・いつもガミガミと文句を言っている妻も、

・言うことを聞かない反抗的な子供も、

・怒鳴ってばかりいる上司も、  

全ては、今の自分に丁度良いから、存在していると言うことです。

もし、幸せな、落ち着いた、思いやりのある環境の中で生きて行きたいなら・・・

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」と

言い続けていると、 

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる」

仲間が集まってきます。

このような言霊を使うことにより、自分自身がまとう波動と言うか、オーラというか、雰囲気を変えて行くことで、それにふさわしい(丁度良い)未来が作られていきます。

貴方は普段、どのような言葉が多いですか?

不平・不満・愚痴・悪口・陰口・恨み・ねたみ・そねみ などの言葉ですか?

それとも

嬉しい、楽しい、幸せ、愛している、大好き、ありがとう、ツイてる などの言葉ですか?

その貴方の発した言葉は、

・回りを元気にしますか、

・勇気づけますか、

・笑顔にしますか?

それとも、その言葉を聞いた、周りの人は、 

・暗く、重苦しい気持ちになりますか?




2024年5月24日金曜日

3437「不登校の子供たち」2024.5.24

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月13日の記事を紹介します。


「不登校の子供たち」


今、大きな時代の変わり目であるため 

・高貴な意識を持った魂の生まれ変わりの子供たち、

・高度な知性を有する地球外から来た子供たち

が増えたせいで、今までの、良い学校、良い会社・・・などの概念に縛られず、 

逆にそれらの価値観に疑問を持ち、無言の抵抗を行う子供たちが増え、 

不登校の子供たちが爆発的に増えているようです。 

そして、その「不登校」について悩んでいる親御さんも増えているようです。 

特に不登校の子供たちは、外的要因ではなくお母さんとお関わりに置いて、そうしている場合が多いようです。 

これは、母が「子供たちに変わって欲しい」と思う気持ちと裏腹に、実際は「母親こそ心の方向転換をして欲しい」と、願って生まれてくる子供が多いことに起因しています。

何故なら、地球の急激な変化の時に、それほど多く時間が残されていないからです。  

今日は、その不登校についてです。

斎藤一人さんが下記のように仰っていました。ご覧ください。

<引用開始>

 

高校1年生の頃に、母校の小学校にお呼ばれしてステージに立ったことがある。

卒業生代表という肩書きで、教育についてとかをディスカッション形式でみんな(保護者、先生)で話し合う。

そこでまぁ、「やっぱりなー」と思いました(笑)

だって余りにもほとんどの親御さんが、「ウチの子本当勉強しなくて」とか「勉強してほしいときは怒るべき?」とか悩むのは確かにわかります。

そして心配だっていうのもわかります。

でも、そーんなに眉間にシワ寄せるほどそれって大事ですかって(笑)

そりゃ普通に考えたら勉強してくれる子供の方が安心かもしれない。

してくれるっていう言い方がもう違うんだけど(笑)

多くの親が今、「お勉強をすること」ばかりに、目も心も寄せすぎだと思うんだよね。

こういう親の子って、 

・ママが悲しい顔するから嫌でも勉強しなきゃ

・ママが怒るから勉強する  

って、目的が「ママ」なんですよね。

自分の為じゃない。 

楽しいから勉強するんじゃない。

だからテストで低い点数を取ったら、必至でバレないように隠したりする。

だって、ママに 愛されたいから。

親はどうかっていうと、

・勉強するのが当たり前

・あなたのためなのよ

よく使われるのは「心配してるのよ」ってやつ。

でもそれって本当に、子供を愛してますか?って。

本当の愛って「そのままでいいんだよ」ってもんなんだよね。

でも多くの親ができていない。

そんな家庭の子は、本当はやりたくもない勉強を涙流して勉強する。

真面目な子ほど必至に勉強する。

でもある日パンクして、不登校なんかになっちゃう。

体が悪いサインを出してくれてるってことは、何か間違ってますよってことなんだよね。 

それでも「学校に行きなさい」と強制的に行かせようとする。

それまでエライねエライねって可愛がってた我が子を、学校に行けなくなった途端に可愛がれなくなる。

それ、おかしいよって(笑)

一見愛しているように見えても、「勉強ができる子」が好きなだけなんだよね。

「学校に毎日行ける子」が好きなだけ。

本当に愛している子だったら、勉強しなくなっても、学校に行かなくなっても、 

極端な話だれかを殺してしまっても、親は愛せると思うんです。

だって生きてくれてる。

それだけで最高に幸せなんだから。

思えば自分も、すごくよく愛されていたけど、前までは少し「条件付きの愛」だったような気がする。

不登校になったからこそ、親としっかり向き合えて、本音で語れるイイ親子関係になったと思う。

不登校とか自律神経失調症とか、普通なら人が「ダメなこと」と思うことを自分は糧にしています。

「不登校だったから~できた」「自律神経失調症になったから~できた」

と思うようにしたら、人生がすごく明るくなりますよ!

<引用終了>

 

胸に響くものがありますね。

以前、前世を記憶する日本の子どもたちの記事を書きました。

そこでは、中間世記憶を持つ子供たちから、生まれて来た目的を聞いていました。

ほとんどのお子さんが、こう答えたそうです。

・お母さんを助けるため

・人の役に立つため

・魂を磨くため

そんな優しい心を持って生まれて来てくれた子供たち

彼らに、

・詰め込みの教育

・本人の希望や適性を無視した親の引いたレール

・人をけ落としてでも、競争に勝ち抜いて生きろ

は必要でしょうか? 

そんなことを言えるでしょうか?

・勉強が出来ない子供は不幸でしょうか?

・学校はそれほど大切な所でしょうか?

・人と同じでいる必要はあるのでしょうか?

子供たちには一人一人個性があります。

得意分野も異なるでしょう。

興味や志向も異なることでしょう。

・親の一方的な思い。

・教師たちの一律的な対応

そんなものは、もしかしたらこの優しい子供たちには、何の価値もないことかもしれないですね。

彼らは、

・お母さんを助けるため

・人の役に立つため

・魂を磨くため

この世に生まれてきました。 

姿かたちが子供だからと言って、魂までも子供ではありません。 

私達大人たちよりもはるかに愛に溢れた存在かもしれません。

彼らは、お母さんを助けるために生まれてきました。

決して、お母さんの思い通りに生きるために、生まれて来たわけではありません。

それでも、子供を自分の思い通りにしたいと思う親御さん。

お子様の心や体がボロボロになって、自分の元に戻って来た時、きっと気付きます。

生きていてくれてるだけで良かった。 

そのままで愛しているよ。

私の元に生まれて来てくれてありがとうって・・・

美しい魂を持つ子供たちが、

自分だけの素敵な「スミレの花」を咲かせようと、この世に生まれて来たのに、 

華やかな「バラの花」になれと、無理強いはしていませんか? 

子供、そして私たち親には生まれる前に、神さまと一緒に決めてきた道があります。

私たちは小鳥たちのように、運命の流れに身を任せ、全てに「ありがとう」と感謝して生きていれば、上手に生きられるようになっています。 

私たちは生まれる前に神さまと一緒に、私たちの魂の成長のために、様々な出来事が、

人生の必要な時期に起こるように。 

自分で人生に組み込んで、この地球に生まれてきたのですから、子供たちの人生も、親の人生も絶対 大丈夫なようにできています。

お子さんを信じ、心配することをやめ、笑ってご自分の人生を楽しんで生きてください。

その姿を子供たちに示すことこそ、子供たちが、幸せな道、生まれてくる前に決めてきた道に進むための一番正しく、そして近い道なのですから。


2024年5月23日木曜日

3436「記録上最大の1859年の太陽嵐を引き起こした「キャリントン事象」を超えるサイズに黒点が成長中」2024.5.23

  今回はIn Deepさんさんの2024年5月9日の記事を紹介します。

https://indeep.jp/carrington-sunspot-2024/


「記録上最大の1859年の太陽嵐を引き起こした「キャリントン事象」を超えるサイズに黒点が成長中。…暴力? 戦争? そして地震? あるいは?」


2024年5月9日の太陽の表面。白く囲んだのが問題の黒点群。幅は地球の約15倍。

 


歴史的な大きさの太陽黒点が

現在(2024年5月9日)、太陽で結構な事象が進行しています。

太陽表面にある黒点群のひとつが、グングンと成長を続けていたのですが、ついに、「キャリントン事象の時の黒点と同サイズになった」ことをスペースウェザーが伝えています。

日本時間5月9日の太陽黒点群 AR3664

 

この「1859年の太陽嵐」とか「キャリントン事象」というのは何かというと、

「観測史上最大のスーパー太陽フレアが 1859年に起きた」

際のことをいいます。

このことをはじめて知ったのは、もう 15年くらい前で、当時の「1859年の規模の「超」太陽嵐がもし現代の世の中に発生したら」という記事に書いてから、たまに取り上げることかあるものでした。

Wikipedia から取り上げますと、おおむね以下のようなものでした。キャリントンというのは、当時この太陽黒点を観測して記録した人の名前です。

1859年の太陽嵐 - Wikipedia より

1859年の太陽嵐は、第10太陽活動周期の期間中の1859年に起こった強力な太陽嵐である。キャリントン・イベントとも表記される。

…1859年9月1日から2日にかけて記録上最大の磁気嵐が発生した。ハワイやカリブ海沿岸等、世界中でオーロラが観測され、ロッキー山脈では明るさのために鉱山夫が朝と勘違いして起きて朝食の支度を始めてしまうほどであった。

ヨーロッパおよび北アメリカ全土の電報システムは停止した。電信用の鉄塔は火花を発し、電報用紙は自然発火した。

wikipedia.org

しかし、この 155年前の世界では、それほど大きな問題は起きなかったのです。

理由は「世界の多くが、基本的に電気文明ではなかったから」です。

ヨーロッパと米国には送電網はありましたが、それでも、電気を使った通信インフラは電報くらいで、しかも当時、電報を使う人など、まだ一部だったのではないでしょうか。そのため、ほとんど影響はありませんでした。

ところが、今は「全部」電気です。

1859年クラスの太陽フレアが発生した場合、

「その電気システムがすべてクラッシュする可能性がある」

のです。

2010年に、アメリカ国立科学財団が、スーパーフレアによる壊滅的な影響について、警告を発したことがありましたが、そこには以下のようにありました。

変圧器を含む相互接続された送電網の機能を破壊し、停電が(米国内で)最大 1億3000万人に影響し、それらによってサポートされている下水システム、電子運輸機構を破壊し、また、システムの崩壊は、飲料水、食物、薬、および燃料の配信を止めてしまう。

1859年の太陽フレア規模の太陽嵐が地球を直撃した場合、想定される出来事(の一部)は以下のようになります。

1859年規模の太陽嵐が地球を直撃した場合に想定されること

・電力送電網のクラッシュによる完全な停電

・携帯通信を含む、すべての通信システムの崩壊

・インターネットシステムのシャットダウン

・放送網(テレビ、ラジオ)の崩壊

・飛行機の墜落

・ほぼすべての移動手段(車、電車、船舶等)の停止

・それによる食糧、エネルギー輸送の停止

・それに伴うあらゆる物流の停止

・コンピュータシステムの停止

・コンピュータに依存する軍事システムの停止

・コンピュータに依存する政治システムの停止

・コンピュータに依存する医療システムの停止

・銀行、証券システム等の完全なシャットダウン

・デジタルに依存するあらたゆるデータの破壊

などですが、もっと簡単に書きますと、

「電気で動いているすべてが止まる」

ということです。

たとえば、銀行などは、そういう対応はしているとは思うのですが、あまり対応をしていなかった場合、太陽フレアによるシステムの破壊は「根本的」となりますので、完ぺきなバックアップシステムを持たない銀行や証券会社のデータは永久に失われる可能性があります。

あるいは、現在は、マイナンバーカードなどのデジタル国民管理が進められていますが、仮に政府が、それらに対しての「完ぺきなバックアップシステム」を構築していない場合、

「国民のデータそのものがすべて失われる」

可能性があります。

アメリカ政府などは、一応とはいえ、オバマ政権に際に、巨大な太陽フレアの発生に向けての「国家宇宙天気行動計画」という行動計画を立てていますが、日本はどうなのか。

米国大統領行政府が作成した「国家宇宙天気行動計画」の表紙 

この書類の内容を取り上げた記事は以下で翻訳しています。

・米国ホワイトハウスが巨大なフレアやCMEでの太陽嵐の「地球への直撃」に備えての行動計画を全省庁と国家機関と協調して開始 In Deep 2015年11月11日

1859年級のスーパーフレアによる停電が、通常のいわゆる停電とはまったく異なるものであるということに留意されてほしいと思います。

スーパーフレアによる停電は、

「復旧できない停電」

なのです。

自然災害用にモバイルバッテリーや小型発電機などをお持ちの方も今は多いでしょうが、「それらも全部壊れ」ます。電子回路からの根本的な機器の破壊となるので、まったく使えなくなりますし、修理もできません。

先ほどの書類、2015年10月のホワイトハウスの国家科学技術委員会の中には以下のように「被害額」を試算しています。

米国国家科学技術委員会の試算

現代社会では、そのような終末的な事象は起きてはいないが、専門家たちは、そのような「怪物レベルの太陽放射」が起きた場合のアメリカの被害額は、2兆ドル(約310兆円)を超えると想定した。

これは、歴史の中で実際に起きた最も大きな単一の自然災害の 10倍以上の被害額だ。

そして、 NASA は、次の 10年以内にそのような打撃を地球が受ける可能性が 12%あると試算している。

indeep.jp

まあ…そんな太陽フレアや太陽嵐の発生など予測はできないのですが、仮に起きると、そのようになると算定されていました。

このような太陽フレアが発生する確率としては、現在までの科学では、以下のようになっています。

グリーンランドの氷床コアのデータが集められ、この規模の太陽嵐は、ほぼ 500年ごとに起こっており、少なくともこの 5分の1の規模の太陽嵐は 1世紀に何度かずつ起きているという証拠が得られた。

wikipedia.org

いつかは起きるというものではありそうです。

現在の文明に「電気」が根付いたのは、わりと歴史的にも長くなっているかもしれないですが、「今のように何もかも電気とデジタルの時代は、人類史ではじめて」ではあるわけです。

そして、今は多くの人々が携帯通信網に過度に依存しています。

いろいろな意味で(精神的なダメージを含めて)その被害は想定できないものではありそうです。

場合によっては、それらが「全部永久に消える」わけですから。

そういうことを想定しますと、記録やデータをすべてデジタルで管理する社会というのは、ある意味狂気であると共に、終末化を促進しているとさえ言えなくもないかもしれません。

紙と鉛筆(ボールペンとかでもいいですが)で記録を残しておくのが、実は一番健全な「文明」だといつも思います。

 

もちろん、今回の太陽黒点群が、そのような太陽フレアを発生させるということではなく、「いつかは必ずある」という話です。

そのような時の「ささやかな対処」に関しては、2年ほど前の「太陽、食糧、そして準備」という記事の後半に記しています。

今回のタイトルに「…暴力? 戦争? そして地震? あるいは?」というような文言を入れましたが、それぞれが強い太陽フレアと関係しているものです。関係する記事をリンクしておきます。

・暴力、革命、戦争、病気、そして大量死…。太陽活動と共に過激化する世界で生きる

 In Deep 2023年3月25日

・太陽フレアは大地震を誘発する : 太陽と地震の関係を過去20年のデータ分析から「確定させた」2020年のネイチャーの論文を、黒点活動が過激化している今再び読み返してみる

 In Deep 2022年3月29日

最新のスペースウェザーの記事をご紹介して締めさせていただきます。

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キャリントンクラスの黒点

spaceweather.com 2024/05/09

黒点群 AR3664 は非常に大きくなり、1859年の壮大なキャリントン黒点に匹敵する大きさになった。それらの類似性を説明するために、 NASA の今日の太陽の写真にキャリントンの有名なスケッチを以下に追加した。

AR3664 は端から端まで約 20万km にわたって広がり、その幅は地球の 15倍だ。通常の日食メガネを使用すると、倍率をまったく上げることなく見ることができる。

キャリントンの黒点は、1859年 8月と 9月に一連の激しい太陽フレアと CME (コロナ質量放出)を噴出したことで有名だ。結果として生じた磁気嵐は電信局に火を放ち、キューバからハワイまでオーロラを引き起こした。

それ以来、 「キャリントン事象」は、宇宙天気の試金石となり、最近の見出しでは、同じことが繰り返されれば「インターネット黙示録」が起きるのではないかとの懸念が煽られることもある。

確かに、(いつかは)キャリントン事象が繰り返される可能性はある。

研究によると、キャリントン級の嵐は 40年から 60年に 1回発生する。しかし、現在地球へ向かている CME (※ 今現在、太陽フレアにより地球に向かっている磁気嵐で、5月11日頃にやって来るもの)は、新たなキャリントン現象を引き起こすことはない。

今向かっているものは 1859年の CME に比べれば微々たるものだ。それでも、地球がこの黒点群 AR3664 の直撃ゾーンにある間は、この成長する黒点の活動領域に注目しておくことが賢明だろう。



2024年5月22日水曜日

3435「生きる!」2024.5.22

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月11日の記事を紹介します。


「生きる!」


今日は「先祖供養ツアー」でした。

今帰ってきたばかりなので、報告はまた明日します。

※ご寄付くださった皆様、感謝申し上げます。

総勢13名、全員女性の皆さんでした。

物凄く充実した良いツアーでした。 

これを機会に参加された皆様が、ご家族、そしてご先祖とともに、永続する真の幸せになりますように・・ 

きっとそうなります。 

さて今日のテーマです。

「置かれた場所で咲きなさい」で有名な、渡辺和子さんは 

その著作や、お仕事(大学の学長)、講演会を通じ、沢山の方々に生きる勇気を与え、光の道を示してくださいました。 

ですが、彼女も働き盛りの時に、うつ病で苦しみました。

数多くある、幼子とマリアの絵画の中で、私は上の絵が一番好きです。

人間の瞳の輝きは、生まれ変わりを超えて、決して変わることがないと言われます。 

この絵の中のマリアの瞳は、神の子を身ごもったという感情だけでなく、数々の、苦しみ、悲しみ、後悔、悔しさ、理不尽を見てきた瞳をしているからです。 

その瞳の深みに、深く引き付けられます。 

ベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』で有名な故渡辺和子さんは、36歳の若さで

ノートルダム清心女子大学の学長となりましたが、若さゆえに沢山の苦労をなさいました。

<引用開始> 引用元 


思いがけず学長という立場につけていただきまして、やはり苦労がございました。

私はいわゆる「くれない族」というものになりました。

・お辞儀をしてくれない。

・あいさつをしてくれない。

・こんなに苦労しているのに労ってくれない。

そういう「くれない族」。

私は「もっと人様に仕える仕事をさせていただくために入ったのに」

と私を修道院に推薦してくださったアメリカ人の神父様のところにまいりまして、

縷々(るる)不平不満を述べました。

すると神父様は、「あなたが変わらなければ、どこへ行っても何をしても同じだよ」

とおっしゃいました。

目からうろこが落ちました。

他人が変わることばかり求め、幸せを他人まかせにしていた自分に気づかされました。

私が変わらなければと思い、私の方からあいさつをする人間に変わる決心をいたしました。

そうすると、

周りの方が変わってくださったんですね。

明るくなりました。

それまでは、環境さえ変われば、みんなさえ私を理解してくれれば、と思っていました。

神父様の一言で、大切なのは人に頼ることじゃないんだ、と気づきました。

「環境が悪い」「人が悪い」ではなくて、悪い環境ならよくしよう。

よくするためにはまず私が一番先に、変わらなければいけない。

発想の転換と申しましょうか、そういう気持ちになりました。

私は傷つきやすいところがございますけれども、そのおかげで、人様にこういうことをしたら、この言葉を申し上げたら傷つくんじゃないかということがわかる人間になったと思います。

弱さ、傷つきやすさを逆手にとって、相手の気持ちがわかる人間になる。

だから傷つくことの ありがたさを忘れてはいけないのです。

時間の使い方は命の使い方。

この世の中に無駄なものは一つもございません。

嫌なことや、傷つけられたことさえも私たちは、いいことに 変えられるのです。

<引用終了>

 

渡辺さんは学長として、働き盛りだった五十歳の時、うつ病となり、死を考えた経験があるのだそうです。

そして、周りの方々、取り巻く神々に助けられ、克服しました。

渡辺さんの醸し出す、静謐(せいひつ)の中の深い優しさは、そんなところから来ているのかもしれません。

ご自分で苦しみを味わったからこそ、同じように苦しむ人々の心の内が分かり、そして、寄りそい、温かな言葉をかけられるのでしょう。

そう考えたら、ご本人の仰るように病気さえも無駄ではなかったことになります。

返って神々の、大きな大きな恩寵となったのです。

神様のやり方は、何時も同じです。

神様は私たちの「願ったもの」ではなく、幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。

それは必ずしも私たちが、欲しくないものかもしれません。

でも、全てが必要なものなのだと、感謝して謙虚に受け入れることができれば、人の魂は、どんなに光り輝くことでしょう。

周りの人たちの心を、照らし出すことができるでしょう。

お腹が空いた時のひもじさが分かるから、素朴な美味しさを感じることができます。

私たち生きている人間は物事の表面しか見ることができません

その、ほんの一面だけを見て

・良い、悪い

・幸、不幸

を判断することはできません。

有頂天になったり、落ち込むことには意味がありません。

どんな人も、必ず、時が経って振り返れば、究極的には、肉体が亡くなって天に返る時、

今の状況に至るためにはその出来事が必要なことであった、そう気付くことでしょう。

神さまは、幸運を与える前に、必ずまず、不幸に見える出来事をくださいます。

そして、その出来事に不平や不満、愚痴を言わず、やり過ごすことができた時、

幸運がやってきます。

それは、必ずセットになっています。

更に、神さまのなさり方が理解できたのなら、きっと前半部分の、不幸に見える出来事がやって来た時、感謝の気持ちで受け取ることができるでしょう。

以前、作った詩です。

 

辛さとは、耐え忍ぶものではなく、楽しむもの

苦しいことを、ただ苦しんでいるだけでは、苦しみは消えない

苦しんでいる自分から一歩退いて、後ろから眺め、見て苦しみ。

その経験を心から楽しもうとすれば、苦しみはおのずと消えて行く

苦も楽も

善も悪も

生も死も

一瞬も永遠も

光も闇も

ほんとは同じ一つのもの

苦しみ辛さの最中、ほんとは大切な経験をしている。

苦しいという経験

辛いという経験

助けて欲しいという経験

それは、自分だけでなく、周りを巻き込んで、

魂を揺さぶる壮大な人生ドラマの山場

次なる展開への引き金

 

二元性のこの地球において、二元性を超えてゆくことは、並大抵のことではないけれど、

長い長い輪廻の時が満ち、今チャンスが訪れている。

試練とはハードルではなく、生まれた時から人生に組み込まれたオプション。

だから無理に乗り越えようとせず、その試練を、吹き抜ける風のように感じてみればいい。

どんなに辛い苦難や、厳しい試練も、いつか過ぎ去っていく、嵐のように。

永遠に続くものなど、何一つないのだから、逆らわず、あるがままの自分で、じっと持ちこたえて、心が痛んでも、身体が傷つけられても、魂は、決して傷つくことはないのだから。

心も、身体も、魂も強く、ひたむきに、逞しく、前向きに、潔く、したたかに生きる。 

神様は私たちの味方しかしません。 

新しい環境に置かれると不安になりがちですが、

その変化は、神様が起こしてくださった変化、私達を成長させるための変化

神様は私達を困らせたり、泣かせたりすることをなさいません。

私たちの魂が喜ぶことをなさいます。

変化の時を迎えている方、どうぞ安心して

明るく笑って新たな環境に踏み出して見てください。

不安の向こうには、必ず幸せが待っています。 


2024年5月21日火曜日

3434「大きな愛」2024.5.21

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月08日の記事を紹介します。


「大きな愛」


今日は病気で苦しい、何故病気になったの?について書きたいと思います。

苦しんでいらっしゃる方の、少しでもお役にたてれば幸いです。 

山元加津子さんという元養護学校の先生と、今はもう亡くなられてしまった、

雪絵ちゃんという生徒さんのお話をご紹介します。

雪絵ちゃんは、天使のような女の子でした。

<転載開始> 山元加津子(かっこちゃん)さんHP

  

今日は私の大切な友達でもある

雪絵ちゃんという女の子のお話をします。

雪絵ちゃんとは、重い病気を抱え、地域の学校に通うのが困難な子どもたちが学ぶ

病弱養護学校で出会いました。 

彼女が抱える病気はMS(多発性硬化症)というもので、脳の障害により、発熱すると目が見えにくくなったり、手足が動きにくくなります。 

発熱が治まれば病状は緩和されるのですが、私はまたいつ再発するかと、いつも不安でした。

しかし雪絵ちゃんはどんなにつらい時でも、自分の力で立ち直ることのできる強いお子さんでした。

そして「MSになって良かった」というのが口癖で 

「車椅子の生活をしているからこそ気付けたことや、多くの人々との出会いがあった」と 

前向きに生きていました。 

私はそんな風に思えるなんて素敵だなと思っていました。

そんな雪絵ちゃんとの日々が続いていたある年末の日、悲しい知らせが届きました。

雪絵ちゃんが、亡くなったということでした。 

私は、雪絵ちゃんの容態がどんなに悪化しても、まさか亡くなることは無いだろうと、

思い込んでいたのでしばらくつらい思いでいっぱいでした。

数日後、私のもとに彼女からの一通の手紙が届きました。 

その一部を紹介します。

「誕生日」

私、今日生まれたの。

一分一秒のくるいもなく、今日、誕生しました。

少しでもずれていたら、今頃 健康だったかもしれない。

今の人生をおくるには、一分一秒のくるいもなく生まれてこなければいけなかったの。

けっこう、これってむずかしいんだよ。

12月の28日、私の大好きで大切で幸せな日、今日生まれてきて大成功。 

Snow(※雪絵ちゃんのペンネーム)に生まれてきて、これまた大成功。


「ありがとう」  雪絵ちゃんの作った詩

ありがとう、私、決めていることがあるの。

この目が物をうつさなくなったら、目に

そしてこの足が動かなくなったら、足に

「ありがとう」って言おうって決めているの。

今まで見えにくい目が、一生懸命見よう、見ようとしてくれて、

私を喜ばせてくれたんだもん。

いっぱいいろんな物、素敵な物見せてくれた。

夜の道も暗いのに、がんばってくれた。

足もそう。

私のために、信じられないほど歩いてくれた。

一緒にいっぱい、いろんなところへ行った。

私を一日でも長く、喜ばせようとして、目も足もがんばってくれた。

なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき

「なんでよー」なんて言っては、あんまりだと思う。

今まで弱い弱い目、足が、どれだけ私を強く強くしてくれたか。

だからちゃんと「ありがとう」って言うの。

大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから、

「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。

たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うから。

<転載終了>

   

雪絵ちゃんの詩から分るように 、彼女は、敢えて MSという難病に生まれてくるために、

生まれる日、時刻を自分自身で正確に設定して来ました。(星の配置の影響があるからです)

そして、それは成功し、彼女は、生まれる前の決意の通り難病で生まれ、難病で生き、そして、難病のために帰って行きました。  

雪絵ちゃん 、重い病気だったのに 

「私は私に生まれて大正解」 

そう言った、少女  

・辛くは、なかったの?

・苦しくは、なかったの?

・悔しくは、なかったの?

きっと雪絵ちゃんの答えは全部 「いいえ」でしょう。 

彼女は、難病で生まれてくることを決心して来たことで体は不自由で、身体的には きつかったことでしょう。 

寿命も、人よりは短かったことでしょう。 

親御さんに、沢山の心配もかけたことでしょう。

ですが、それでも彼女が病気の身体を選んだのには訳があります。 

人間として生まれるにあたって、意味もなく、目的もなく生まれることなど、神さまが許して下さらないからです。 

きっと、彼女は病気を通じ、沢山の人と出会い、人々の温かさ、思いやり、優しさ、愛、

また逆に偏見、冷たさにも出会ったことでしょう。 

そして彼女は、病気の内にあってさえ、持っていないもの・・・

健康ではないこと、身体が不自由であることに、不平不満を言うのではなく、

わずかでも、自分の持っているもの 

・見える目

・動く足 

に感謝する心が芽生えました。 

普通に生まれ、普通に生きている人なら、もしかしたら、芽生えなかったかもしれない 

「感謝の心」です。

  

私たちは、当たり前に普通に生きていると、「感謝の心」に一度も出会わずに、亡くなってしまう人生を過ごしてしまうかもしれません。 

感謝の心とは、神々と近づく、触れ合う、大切な大切な心です。

私たちは、この心を感謝の心を味わうために、生まれて来た・・

そう言っても過言ではありません。 

そのためであれば、 

例え、

・寿命が短くとも

・身体が弱くとも

・貧困であっても

・偏見にさらされようと

それで、生き、そして元居た光の世界に帰って行くことも、本望なのかもしれませんね。  

最後に、美しい詩を一編、ご紹介します。 

<引用開始>

  


大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神に求めたのに、 

謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった

偉大なことができるように健康を求めたのに、 

より良きことをするようにと、病気をたまわった 

幸せになろうと、富を求めたのに、 

賢明であるようにと、貧困を授かった 

世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、 

得意にならないようにと、失敗を授かった 

人生を享受しようとしてあらゆるものを求めたのに、 

あらゆることを喜べるようにと、命を授かった 

求めたものはひとつとして、与えられなかったが、 

願いはすべて聞きとどけられた 

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、

心の中の言い表せない祈りは、すべて叶えられた 

私はもっとも 豊かに祝福されたのだ 

<引用終了> 

病気で、苦しんでいらっしゃる皆さんも、どうか、希望を失わないでください。 

もしかしたら、その御病気も人間として一番大切な、感謝の心を手に入れるために、

御自分自身で選んで生まれて来た道かもしれません。

 


2024年5月20日月曜日

3433「人生の転機の時」2024.5.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月09日「神さまの贈り物「ありがとう」」と2024年05月10日「人生の転機の時」の2つの記事を紹介します。


「神さまの贈り物「ありがとう」」


「ありがとう」と言う言葉は日本語にしかない言葉ですが、

この言葉の持つ言霊は、この地球において相当大きな役割、つまりキーワードのようです。

私のブログのタイトルも「いっぷくからのありがとう」です。

さて小学生の神様トキ君が、最高位の造化三神の一柱

高御産巣日(タカミムスヒ)の教えとして(ありがとうについて)伝えてくれています。 

・「ありがとう」を1万回唱えることで、願いが絶対にかなう

・運気が上がる

・悪魔的な存在に対してバリヤーの役割を果たす。弾き飛ばされてしまう

その他には

・愛を沢山周りの人に与え続ける事

・そうすると、もう幸せなことしか起きなくなる

・お金がどんどん入ってくる

 

少し補足します。

神様が3次元地球(現世)に「お金」を作った目的は、

それを使って、みんなに幸せな気持ち、心になって欲しいから。

「愛」の心から作りました。

だから、宇宙の法則の通り、「愛」を他人に与えれば、自分に「愛」が返ってくる。

心の豊かさ、楽しさ、幸福だけでなく

物質的な「愛」の表現である「お金」もめぐり巡って、自分の所に入ってくる。

そのような理屈です。

ですから私たちがお金を使う時、

・物を手に入れる

・美味しいものを食べる

など物質的な目的ではなく、「お金」を使うことで、関係するみんなが 

・喜ぶ

・笑顔になる

・心が豊かになる

・心が綺麗になる

・勇気が出る

・安心する

などのために使うことで、結局は「お金」を「愛」のため、人々の心、魂のために使うことになり、自らを意思を持つ、神さまの作った「お金」も喜んで、仲間を連れて私たちのもとに来ることになります。

また高御産巣日(タカミムスヒ)さまが、

人類に気を付けて欲しいこととして

・人を憎まない事(にくしみ)

・人を恨まない事(うらみ)

これらは神様が一番嫌がること。

・怒ること(いかり)は、一瞬の感情の動きなので、それを引きずらなければ許される

・怒りの後、笑顔にすぐ変えること

このような直接的な神様のお話を伺うと、やはり神様が見ていらっしゃるのは、

私たちの心。

その心が 

・清いか

・明るいか

・自分のやりたいことを自由にやっているか

・心がワクワクしているか

・思いやりがあるか

・愛があるか

全て心の問題だけを見ています。

とかく私たちは神様仏様に

・お金持ちになりたい

・病気を治したい

・良い配偶者に巡り合いたい

・良い学校に入りたい

・良い会社に入りたい

など物質的なことを望みがちです。

また

・霊的なこと

・不思議なこと

・ワクワクすること

・怖面白いこと

などを望みがちです。

ですが神様の視点はそこにはありません。

現実の生活の中での私たちの心の在り方だけを見ています。

そこを間違えず、神さまの望まれる道、人生を歩けば、私たちは必死に歯を食いしばって努力せずとも、幸せな人生を全うできるようです。

きっと、この日本にかつてあったユートピア

縄文時代は、そんな神様と人間が一体となった時代だったと思います。

 



「人生の転機の時」


明日はいよいよ、「先祖供養ツアー」です。

きっと人生の大転換のきっかけとなると思います。

宝徳山稲荷大社の祖霊殿での瞑想と、竹之高地不動社での護摩焚きによる先祖供養で 

神さまと、そしてご先祖に相対することになると思います。

明日の長岡は、27度、晴れの予想です。

いらっしゃる皆さん、お気をつけて来てください。 

またツアー開催に当たり、ご寄付の一部を使わせていただいています。

ご寄付くださった皆様に感謝申し上げます。

   

今さて日は、「人生の転機の時」に、どのような兆候や、前兆があるのか書きたいと思います。

誰でも、人生において、何回かの大変革の時=大変な時が訪れます。

その理由は、私たちが、この世に生まれてきた目的が魂の成長のため、だからです。

どうして、魂の成長のために、苦痛ともいえる、大きな出来事が必要なのでしょうか?

それは、当たり障りのない、幸せだけの人生では、魂はほとんど成長することができないからです。

・苦労なんて嫌だ、

・いつも笑顔で、幸せだけの楽な人生でありたい

そう思っていても、

・苦しみや、

・悲しみ、

・自分ではどうにもならない出来事

などを通じ、魂が磨かれることを、ほとんどの方は、もう気づいていらっしゃると思います。

その大きな目的である「魂の成長」を促すために、一番ベストなタイミングで、

周りの役者が揃えられて、環境も整って「人生の転機」が起きて来ます。

そして、その前兆である現象も、実は起きています。

人生で忘れられないような大きな事件や事故が起きる時、

その出来事は、その後の人生の大きな転機の為に「軌道修正」をするために起こされます。

・病気や事故、怪我による入院

・結婚

・離婚

・リストラ

・子供や配偶者などとの死別

・会社の倒産

などが、例としてあげられます。

転機の時には、こういったことがよく起きるようです。

いわゆるショック療法です。

では、いったい誰が、

私たちの人生に軌道修正を起こすようなカタチで「転機」を起こしてくれるかと言えば

常に、私たちを見守り、一緒に居てくださっている神さまです。

目の前のことしか見えない私たちの知恵をはるかに超えた、英知の塊であり、 

とてつもなく大きな存在が、私たちの人生を正しい方向へ向かわせるために、

私たちに転機となる事件。出来事をもたらしてくれています。 

 

そして、大切なことは私たちの身に、

・何か辛いこと

・何か苦しいこと

・何か悲しいこと

が起きたとしても、それは決して「罰、バチ」ではないということです。

昔からよく「バチが当たる」なんて言いますが、神様は、愛する私たちに、バチなど与えません。

また、過去の私たちの犯した

・判断、決断の誤り

・誤った考え、行動

これらによって、不幸が引き寄せられることもありません。

皆さんの中で、もし物凄く辛い出来事を今まさに経験している方がいましたら、

まずは、その事柄を悲観せず、

「これはきっと自分の近い将来を、より良くする為の軌道修正が行われたのだ」と

解釈して見てください。

人によっては、人生のどん底と思われるような、辛い出来事が起きるかもしれません。

ですが、神様は、必ず、一見、悪いことに見える出来事の後に、幸福を準備してくださっているからです。

その出来事はまさに、神様が幸運を下さるための前準備、

人生の大きな方向転換を図るための吉兆なのですから。

・喜んで、

・笑顔で

・感謝して

受け取ってください。

すぐそこまで幸運が来ている証拠ですから。

私たちは「幸せ」になるためにこの世に生まれてきました。

周りの人々と、おかげ様、お互い様と、助け合い

笑顔で美しい愛を紡ぐために生まれてきました。



2024年5月19日日曜日

3432「愛・感謝が足りない」2024.5.19

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月06日の記事を紹介します。


「愛・感謝が足りない」


今日は神様の意識を持ったまま生まれて来た小学生の男の子、トキ君(山幸彦の魂)のお話をご紹介します。 

この内容も、以前このブログで書いた内容と全く同じなので比較のために一緒に掲載したいと思います。 

トキ君はまだ生まれてから、まだ10年も経っていません。 

そして肉体は子供ですから語彙は少ないのですが、その話す内容は本質的です。 


この中でトキ君は下記のように話しています。(一部補足あり)

・何か問題が降ってきた時、周りのせいにするのではなく、

 自分に何か気づかなければならないことがあったのかな?

 自分の中に方向転換しなければならないことがあったのかな?

 と考えられるとすごく楽になる

・何か問題が起きるのは、自分の中に愛(感謝)が足りないから

 その問題に対して、自分が愛(感謝)の気持ちを持っていないから

・その問題に対し、感謝して愛を注げれば解決する

・問題の原因が自分の中にあったことが分かれば、

 人や周りを憎むこともなく、心を汚すこともなく、一番楽に生きられる

・生きていくうえでの問題発生は、自分に愛(感謝)が足りない時に起こる

・自分自身に対する愛(感謝)が足りないと、病気になる

・愛(感謝)を知るために、地球に生まれて来た

・愛とは心をいたわり、癒すこと、休ませてあげること

・言葉も、そのために使う

・そのために行動もする

・自分に対しても、心休まる言葉をかけてあげること

・愛と言う漢字は

 あなた(キミ) 大好きだよ、大丈夫だよ、

 ちゃんと魂も肉体も守ってあげる、だから安心して生命を謳歌してください。

 と言う神さまの愛の手話

・私たちも神様と同じように、この愛の言葉を自分にも、

 そして相手にもかけてあげること  

では、以前書いた記事です。

この中で「感謝」=「愛」と読み替えてください。同じ意味です。 

神々の恩寵を欲しくて

・人は、パワースポットを巡ったり

・力ある異能の人の所に通ったり 

様々、自分以外の外の世界に頼ろうとします。 

ですが、この世、そして黄泉の国でさえ、私達の生きる世界を決めるのは、私たち自身の心の在り方です。 

私たちが、遭遇する、あらゆる問題と思われること・・・

それは、もしかしたら「感謝が足りていないよ」と教えてくれているのかもしれません。 

小林正観さんは、全ての問題の根本原因は、「感謝が足りない事」そうおっしゃっています。 

では正観さんのお話をご紹介します。 

<引用開始> 引用元

  

物事がうまくいかないのは、「感謝」の気持ちが足りないから。

私たちは未熟なので、

・あれが足りない

・これが足りない

と言い続けていますが、

 「本当に必要なものは、既に神さまから与えられている」と考えることができます。

私たちは

・週に1日は休みたい

・月の休みがほしい

・年の休みがほしい

と言います。

でも、人間の臓器は、お休みをしていません。

もちろん、夜も寝ていません。

365日、働き続け、それでも臓器は「月に1回や2回休ませて」とは言いません。

今、こうして生きていられるのは、休まないで動き続けている細胞や臓器のおかげなのに、

そのことに「感謝」をせず、「足りないものばかり」に目を向けています。

私たちは、心臓や、肝臓や、すい臓といった臓器から、沢山のことをしてもらっています。

それなのに、感謝を言ったことはありません。

右手で心に手を当てて、「ありがとう」と思ってみてください。

それだけで、心は元気に、やる気になることでしょう。

ご家族でパン屋さんを営む女性から、相談を受けたことがあります。

「10年間、小さなパン屋をやってきました。今までそれなりに順調だったと思います。 

ただひとつだけ問題があるとすれば、売上が横ばいのままで、なかなか伸びていかないんです。 売り上げを右肩上がりにするには、どうしたらいいのでしょうか?」 

私は、その女性に尋ねました。

「パン屋さんは、朝が早いですよね。

午前4時ころには起きて、パンを焼きはじめるのではないですか?」

「そうです」

「妻を手伝って、夫はそれを10年間、一緒に続けてきてくれたわけですね」

「そうです」

「子どもはいますか?」

「2人います」

「子どもは、お店を手伝ったりしませんか?」

「小学校から帰ってくると、袋詰めなどを手伝ってくれます」

「10年間もやってこられたということは、お客さんにも恵まれているのですよね」

「そうかもしれません」

「では聞きますね。10年間、朝早く起きてパンを焼いてきた夫に、

手を合わせて「ありがとう」と感謝したことはありますか?

仕事を手伝ってくれる子どもたちに、手を合わせて『ありがとう」と

感謝をしたことはありますか?

ずっとパンを買いにきてくださってい るお客様一人ひとりに、

『ありがとう」と感謝をしたことはありますか?」

その女性は「えっ!」と言ったきり、しばらく黙ってしまいました。

・仕事熱心な夫がいる。

・仕事を手伝ってくれる優しい子どもたちがいる。

・いつもパンを買いにきてくれるお客様がいる。

感謝すべきことは山ほどあるのに、そのことに気がつかない。

「売上が上がらない」という一点だけに気持ちを奪われ、

「神様なんとかしてください」 とお願いする。

それは、「神様に宣戦布告している」のと同じことです。

私が神様なら、「感謝をしない人」の味方につくことはないでしょう。

「たくさんの恵みを与えているのに、どうして気がつかないのか。

どうして不足している と思うのか」と、疑問に思ってしまうでしょう。

「物事が思うようにいかない」と感じるとしたら、

それはあなたの「感謝が足りないから」かもしれません。 

<引用終了> 

  

感謝の言葉、「ありがとう」には、本当に凄い力があります。

・ありがとう

・ごちそうさま 

など、相手に感謝の言葉を伝えた途端、相手の方を心から認めたことになり

その言葉を受けた人は 心が満たされて暖かくなり、 

そのまた周りの人に その感謝の光の連鎖を広めることでしょう。  

そしてそれは 宇宙を共鳴しながら巡り巡り、何倍にもなって私たち自身に帰ってきます。 

与えたものが受け取るもの、まさにこの法則の一番理想的な形です。 

ありとあらゆるものに、感謝してみてください。

嬉しいとき、楽しいとき だけでなく

・苦しいとき

・悲しいとき

・悔しいとき 

全ての時に感謝してみてください。

なぜなら、神様は、私たちの今の状況に一ミリも意地悪な状況を埋め込んでいないからです。

小さな小さな出来事、 嫌な出来事さえ、私たちの魂の向上にとって、

繊細で、とても大切な出来事だからこそ、経験させてくれているからです。