今回は大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。
イノチの学校より76 2026.09.03 ~ イノチの学校より77 2026.09.05
ボクもね、池部素子先生の所へ通っていた時にこのように言われました。
「少病少悩ですよ」って。
これ法華経の中にも出てくる言葉ですけどね。
『お釈迦様は少病少悩にして、お元気でいらっしゃいますか…』というご挨拶が、物語の中に出てきます。
この少病少悩って大切ですよ、って池部先生に言われましたね。
なにがって、悟ったら病気が無くなるんじゃないんです。
悟りを開いたら病気がなくなるんだって言う人おりますよね?そんな事ないんです地上におる限りは病気もしますよ。
お釈迦さまでも最後はキノコ食べて、或いは肉を食べたってお話もあるけど、
それでお腹壊して亡くなったと。
そういう風に必ず、現象世界におる以上は、そういうことは必ず起こるんです。
だから「少病」ですね。
坐禅なんかしてたら、少病になりますね。
大敬もね、本当やったら凄いダメージのあることで、ふつうに生活なんかとても出来ないらしいんですが、あんまり実感ないですね。
不便を感じるようなことはあるけど、全然元気ですね。心も元気。
これなんでって、病気とか、或いは悩みとかね。
それでイノチのバランスを崩したとして、
坐禅してきたことで崩れたなりに、イノチのバランスを自然に取るんですね。
歩くことも良いですよね、右と左を順番に出して歩く、これもイノチのバランスを取ることですね。
少病少悩が大切、というお話ですね。
少悩ですからいっぱい悩みも出てきますよ。
僕なんか47歳からこんなこと、お話したり文章書いたりしてね、もう30年やってるのかな。
いっぱい色んなことありますよね、何回も寝られなかったことありますよ。
それでも、なんとか続けて来られたんですよね。坐禅したりしてね。
まあ、もうこの歳になったら大丈夫じゃないかな?という感じはしますね。
あとは野となれ山となれ。
ということは、大敬が死んだら野となり山となり花となり空気となり風となってね、みんなを助けるよということですからね。
覚えておいてくださいね。(完)
イノチの学校より73 2026.08.30 ~ イノチの学校より75 2026.09.01
法華経物語の中に、多宝如来という方が出てきます。
この方は菩薩として肉体を持っていた時に、誓いを立てられました。
「法華経という教えは素晴らしい真理の教えである。
もし将来、自分が死んで仏になった後、未来の世界で法華経の教えが説かれている場所があったとしたら、私は必ず多宝塔という塔に乗って、その教えの場に出現しよう。
そして、この法華経という教えは素晴らしい真実の教えなのだと証明し、保証しよう。」
そういう誓いを菩薩として肉体を持っていた時に立てられて、入滅されたと言われています。
それで、お釈迦さまが法華経を説いている時にも、
お釈迦さまや弟子、聴衆の前に多宝塔が湧き出てきたと書かれています。
ところが、この多宝塔には扉があって、多宝如来はその扉の中に座っている。
扉が閉まったままで姿が見えない。
お釈迦さまの弟子の一人が、弟子の代表として質問します。
「お釈迦さま、この扉を開けて頂いて、多宝如来にご挨拶して、礼拝させて頂きたいです。どうかよろしくお願いします。」
お釈迦さまは答えます。
「実は多宝如来には2つ目の誓いがあるのだ。その誓いというのはこのようなものである。
法華経の教えを説いている仏(今回はお釈迦さま)の分身は、
世界にいっぱい散らばっている。
その分身を全てこの場に集めること。
集めて一つに合体した時に、多宝塔の扉は開くのだ。」
法華経物語に何度も出てきますね、イノチを一体化していくという進化過程ですね。
これは大敬たちの神話でいうと、
全ての、世界中の人やものや動物や草木… 全部自分の分身なんだ。
その分身を全部集めて一つになったところで、地球での進化は完成して、次の星への出発ゲート(扉)は開く。
そのゲートに入って次の段階の星へ行くことができる。
そういう魂の進化過程を、多宝如来のお話として描いているんですね。
だから、お釈迦さまごとにしたら駄目なんです。
お釈迦さまは素晴らしいからいっぱい分身がいて、あらゆる世界で人々に教えを説いておられるから、それを全部集めるんだ、というお話ではないんですよ。
これは僕たちのお話。
日蓮さんが繰り返し仰っているのは、法華経を他人事にしたらアカン、自分事なんだよと。
多宝如来のお話はそういう事を描いています。
法華経物語にはこうしたイノチの一体性を獲得していくお話が、様々な表現で描かれていますね。
では、どうやってお釈迦さまの分身を集めるのか?
弟子の代表がお釈迦さまへ、
また質問したんですね、
「多宝如来に礼拝するために、必要な作業をして頂けますか(お釈迦さまの分身を集めてください)。」
するとお釈迦さまは、よしわかったと答えられて
まず、今お釈迦さまや弟子たちや聴衆がいる道場を中心に、
その周りの広い地域を清めます。
そして、世界中のお釈迦さまの分身が座れるように座席を用意しました。
そして座席が用意出来た所で、次から次へと宇宙中のお釈迦さまの分身が集ってきて、座席に座ります。
でもまだ足りないので、
今度は道場の周りだけでなくてもっと広い地域を清めて、座席を用意して、そこに宇宙中から分身が集まってきて座ります。
でも、まだ足りない。
そしたらもう一度、もっと広い地域を清めて…と作業をすると、宇宙中から分身が集まってきて、三度目でようやくお釈迦さまの分身がすべて集まりました。
これは段階的に心を広げていく、許しの精神による心の拡大を描いています。
法華経とは聖なるお経ではなくて、
一切を許し、受け入れて「イノチの全体性」を目指すお経なのですね。
この心の拡大(イノチの領域の拡大)について、様々なストーリーで描かれています。
(完)
イノチの学校より70 2026.08.27 ~ イノチの学校より72 2026.08.29
法華経物語の中で、
多宝如来という存在が法華経を
「平等大慧 教菩薩法 仏所護念」と讃えます。
これは法華経の別名なのだとも言われています。
「 平等大慧(びょうどうだいえ)」
↓
万物が平等である。全てのイノチは平等なのである。これを悟ることを平等性智(びょうどうしょうち)と言います。
その悟りを土台にしてね、ただその土台でね、皆平等なんだと一律に、皆を同じにすることは本来の平等ではないんです。
というのは、平等でありながら、
万物いうのはそれぞれ、千差万別な個性(クセ)がありますから、それをしっかり観察して見抜く大慧(だいえ)を妙観察智(みょうかんさつち)といいます。
その2つのことを得させて下さる教えが法華経なのだと説かれています。
次は教菩薩法(きょうぼさつほう)。
この法華経という教えは、自分のエゴを満足させるような、地位とか名誉とかお金とかを得るとか、そんな教えではなくて、菩薩として全ての人に手を差し伸べて足を運んでいくような、そういう人間に成長する教え。
そういう成長をする過程で、やっぱり心が広くなれば人生は自然と豊かになっていく。
精神的にも、物質的にも豊かになるだろうけど、それは目的ではない。
菩薩になることが目的だよ、ということを説いています。
狭苦しい自我の囲いを打ち破って、広い大地に菩薩として堂々と湧喜をもって、生きることを促して下さる教えである。
3つめに仏所護念(ぶっしょごねん)。
→歴代の仏さまが代々引き継いで、最も大切に護ってこられた教えである、それが法華経ですよと説いています。
ここまでの3つの特徴を持つのが、
法華経という教えですよと如来さんは讃えておられます。
そういうことで、
「平等大慧 教菩薩法 仏所護念」
この3つで法華経の別名だと言われています。
(完)