2025年10月10日金曜日

4041「陰(黄泉)の時代の到来」2025.10.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月24日の記事を紹介します。


「陰(黄泉)の時代の到来」


言葉の世界だけでなく、この現実の世界でも、

実際に実感できるほどに、心の時代になって来ました。 

この時代には希望があります。

私たちの心そのものが大切にされる時代。 

物や、肩書など目に見える物ではなく、見えない物に価値が置かれる時代。 

今まで隠し通せた悪事が、白日の下にさらされる時代。

そんな時代がもう始まっています。 

ここ数年、沢山の宇宙から直接転生してきた、

高貴な魂の子供たちが、あちこちで声を上げるようになって来ました。 

彼らが伝えるのは、愛と感謝です。

高度に科学の発達した星々でも

・神々のこと

・魂のこと

・愛のこと

は、私達地球人と同じようです。 

更には驚くことに

科学的な知見を基に、神様や魂のことを語っています。 

また魂の仕組みを利用して時間・空間を超越して地球に転生して来ています。 

心の時代、その世界では、 

・心の美しい人は、ますます幸せな環境に恵まれ

・自分さえ良ければの我欲にまみれた人は、同じような我欲の人々に囲まれ

ますます心の反映が、短時間で現実となってくることでしょう。 

今私たちが、 

幸せの渦中にあろうと、

魂を磨くために、苦難の中にあろうと、

どのような状況であろうと、お釈迦様(神さま)の掌の上の出来事です。 

どんな時も、神々は私たちの傍らに一緒に居てくださっています。 

「苦の後に楽が来る」という法則の通り、

常にどちらか一方しか起こらないということはありません。 

常に両者の間で反転を繰り返し、人生は進んでいきます。

一時たりとも固定された現実などありません。 

どうぞ、希望をもって日々をお過ごしください。 

世の中は、既に希望の時代を迎えているのですから。 

今迄、うお座の時代には、見えない世界の真実は

非科学的と排除されてきましたが、みずがめ座の時代に入り 

非科学的といわれていたことが、どんどん科学でも証明され始めてきました。 

今迄の二元性の世の中では 

・善と悪

・陰と陽

・光と闇

・ポジティブとネガティブ

・生と死 

など2つの相反するものに分けて物事を理解してきました。 

そして私たちは、どちらかと言えば 

光とか善とか陽などの方を良しとして、

他方を悪いものと考えてきましたが 

神さまの目から見たら、どちらも全く同じ価値なのだそうです。

どちらが上で、どちらが下などないのだそうです。

どちらも大切なもの。 

たとえば、

陰の世界、つまり見えない世界、黄泉の世界は、

物事の創造の根源の世界であり、意識の世界です。

陽の世界である、見える世界にあるものは

全て陰の世界で作り出されました。 

また私たちは今まで、自分の能力、力、権威を、

隠れて姿を現さない誰かに譲ってきました。

ですが、みずがめ座の時代の到来とともに、

その時代は終わり、これからは自分自身の霊的な尊厳、

能力、力を回復して、自分自身の権威を自分のものとして回復する時です。

支配の時代と言われる魚座の時代(2160年かけて移動)

解放の時代と言われる水瓶座の時代(今始まった時代)

今迄は隠れた支配者にとって都合の良い時代でした。

・人と違うことをよしとしない文化

・非寛容な社会(すぐにキレル、正義感の押し付け)

・自分の価値観から外れる人への非難中傷

・経済的な利益を得ることを、全ての行動の動機とした世界

私たちは、このような、本来あるべき伸び伸びとした個性を認めない。 

画一的な概念と価値観を外部から強要されてきました。 

そのため、本来の自由な創造性を抑圧されてきました。 

不自由な生き方を強要されてきた時代を生きてきました。 

日本では、令和の時代が始まり、新しい陛下が即位されました。

天皇陛下。

その一番大切なお仕事は、ご神事を行うことです。

陛下が日本で一番の神主と言われるゆえんです。 

一般の人はご存知ありませんが、陛下のご神事は過酷を極めます。

そして日本の国民のために自らを犠牲にする覚悟で行われています。 

特に陛下に即位された徳仁(なるひと)天皇は、

その人間性と、ご覚悟、霊的な力が並外れているといわれています。 

令和に入り、陰と陽のうち、陰が力を増す時代になりました。 

世界中見渡しても、この陰の力と非常に縁の深い日本の時代の到来です。

陰の世界、つまり黄泉の国は、見えない世界、

物事が創造され、生みだされる世界です。 

そしてみずがめ座の時代は風の時代ですから、その変化のスピードは速く、 

陰の世界(黄泉の世界)で作られたものは、時を待たずして、

見える世界、つまり陽の世界に現れてくることでしょう。

陰の世界は決して忌み嫌う世界ではありません。 

混沌とした中に、創造が行われる世界です。 

また同時に陰が力を増す時代は、 

スサノオ、大国主命、国常立尊(クニノトコタチノミコト)などの

国津神が力を増す時代でもあります。 

国津神は、黄泉の世界を抱擁し包み込む神々ですから。 

私たちは、丁度時代の変わり目、

2000年に一回の変わり目の時期に遭遇しています。

その大きな変化の目撃者になろうとしています。 

またその時代のうねりを、

自分の意識の力で体験できる時代に遭遇しています。 

陽の世界は、陰の世界から生まれますが、 

陰の世界は、私たちの意識によって作られる世界だからです。

つまり私たちの心が、陰の世界に反映し、この見える世界に実体を伴って現れてきます。

心の世界が、見える世界、見えない世界を包括する、ゆえんでもあります。 

心の持ち方が、ますます現実世界に現れる時代となりました。 

目に見える世の中は、いまだ暗闇の中ですが、 着々と変わりつつあります。 

良い時代になりましたね。 

皆様が、ご自分の内にいらっしゃる神さまに気づき、

お幸せになりますように。


2025年10月9日木曜日

4040「今、目の前にいる人」2025.10.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月23日の記事を紹介します。


「今、目の前にいる人」


今日は「頼まれごとの人生」ということで、

般若心経を持ち帰ってくれた、三蔵法師のお話です。

以前書いた記事を加筆、修正してご紹介します。 

人間の浅はかな思考、努力よりも、感謝の心を持って、天の動きに身を任せた方が 

「生まれて来た本当の目的」にとって、 

はるかにゴール近くに到達できると言うお話です。 

三蔵法師と言えば、西遊記が有名ですね。

また、般若心経をインドから持ち帰り、私たちに届けてくださった方としても有名です。

小林正観さんのお話からご紹介します。

<転載開始> 転載元

7世紀、唐の時代、仏教典を天竺まで取りに行った

玄奘三蔵(三蔵法師になる前の名前)は、往復17年かけ、長安の都へ帰ってきました。

片道1万5千キロの距離を往復17年、

行きに15年半、帰りに1年半かかったそうです。

帰りは1年半で帰ってきたのに、なぜ、行きは15年半もかかったのか?

それは、各国の王様の滞在要請を、玄奘がすべて受け入れたからです。

・ここで3ヶ月いてください

・半年いてください 

と頼まれた玄奘は、 「はい。わかりました」と言って、 

その王国の家臣団、武士達に仏法を説いていたのです。

玄奘の立場からすれば、天竺にありがたいお経を取りに行く、

という大きな目的があって、旅を始めたわけですから、 

いくら王達に頼まれても 「私には使命があるのだから、

あなた方の要求には応えられません」 と断ることもできそうですよね?

でも玄奘は断らなかった。

今、目の前にいる人が、1番大事だという事がわかっていたからです。

「仏法を説いてくれ」と言われて、ここで説かなければ、 

“私”が存在する意味がないのではないか。

仏教典を取りに行くというのは、あくまで自分が決めたこと。

旅の途中で、“私”に対して「仏教を説いてくれ」と希望している人が目の前にいる。

その要望に応えないで、何のために私は仏教典を取りにいくというのだろうか。

当時は疫病が流行っていましたから、3ヶ月、半年と滞在している内に、

病気で死んでしまうかもしれない。

しかし、それでもいいと思いながら、

その依頼に対しては、本当に心を込めて応えたのだと思います。

玄奘のとった行動を考えたときに、 突然ぽこっと、

私(正観さん)の頭の中からある言葉が出てきました。(天が教えてくれました)

「玄奘が一人目ではない」

玄奘は、成功した唯一の人であって、それ以前にどうも何人かの人が

天竺に仏教典を取りに行ったらしい。

考えてみればそうですね。

天竺にありがたいお経を取りに行こうとした僧侶は、何十人もいただろうし、

実行に移したと思うのです。 

しかし、その人達は、誰一人、長安の都には帰ってこなかった。

どうして誰一人帰ってこなかったのか?

それは、先を急いだからです。

王たちの依頼を断らずに旅先で、仏法を説いていたために、行きは15年半もかかって天竺に着いた玄奘が、帰りは1年半で帰ってこれたのはなぜか?

帰りもこの王達は、玄奘を放ってはおかなかったからです。

ものすごい協力体制をしいて、

国境毎に兵隊を出して、玄奘を擁護しながら、次の国境まで運んでいったのです。

国境で次の国の軍隊に申し送って、その王達も馬と兵隊を提供して、

次の国境まで擁護して… ということをやっていたのです。

この1万5千キロのすべての王達が、そのように玄奘を守って無事帰国させたのは、

行きの15年半があったからです。

玄奘だけがチャレンジャーではなかった。

玄奘が仏教典を持ち帰り、歴史に名前を残しているのは、

行く道のすべての人を味方にすることができた、唯一の人だったからです。

玄奘は、仏教に詳しいだけではなかった。 

今、目の前にいる人を大切にする人だった。

玄奘と同じようにチャレンジした僧侶たちは、自分達の崇高な理念のもとに、

目の前の人を大切にするという思想を、忘れてしまっていたのかもしれません。

その結果として、帰りは自分だけの力で、

砂漠を横断しなければならなかったのだと思います。

玄奘は、お釈迦様の教えが、本当に非常に深い部分で分かっていた。

全ての人を大切にして生きていくということは、

自分の人生を助けてもらうということでもあるのです。

皆さんも自分の人生になぞらえて、置き換えてみたらどうでしょう。

私達は、自分の力だけで歩いているのではないですよね。

出会う人、巡り会う人、すべての人の力をいただいて、人生を歩いていきます。

人に会うたびに、今できることに全力を傾けて、

その人を最も大事な人と思って接していけば、たとえ、今日その人が死んでしまっても

受け入れられるものです。

この瞬間に目の前にいる人に、自分の思いを注ぐということをやり始めると、

過去為したことについて、後悔するという気持ちはなくなっていくでしょう。

過去でも、未来でもなく、「今」の自分に出来ることを…

今、自分の目の前にいる人のお役に立てるように、ただやり続けるだけ・・・

<転載終了>

考えさせられる内容です。 

私たちはとかく合理性を考えたり、優先度を考えて、物事に優劣をつけがちですが、 

ブッダは、

「そんなことを考えずとも、

・今目の前に居る人を大切にし、

・目の前に起こったことに対し、 

誠意をもって接すれば良いですよ」と仰っているのです。

だから、私たちの限られた浅はかな知恵で、これはとっても大切なことなのに、

後回しにしてもよいのだろうか?

などと心配しなくても、神様が最適な順序で、人を運んできて下さり、 

ものを目の前に運んできてくださっているのだから、 

その時、目の前にあることに集中するだけで良い・・と言うことです。

この真理を三蔵法師は知っていたからこそ、

唯一天竺からも戻ってくることができたのです。

そして沢山の味方を得ることができました。

この知恵を知らず、頭でっかちで、○○せねばならない・・

目の前のくだらなく見えることよりも、私には使命がある・・ 

わたしには、ムリ・・

そう思った人たちは、ことごとく失敗し、命を落としたのでしょう。

これは私たちの日常生活にも当てはまります。

私たちにとって大切なのは、

・今、目の前に居る人

・今、目の前で起こっていること

決して過去の出来事を悔んだり、

未来に起こるだろうことを取り越し苦労することではありません。

仕事でもそうです。 

・目の前に来たものから、

・人が運んでくださったこと、

・人からの頼まれごとを

・丁寧に、嫌がらず笑顔で引き受けていく・・

決して経済合理性からくる優先度で、動くものではないということです。 

神様が万端の準備を行って

人を介して、その出来事を運んでくださったからです。 

頭の良い人たちは、こちらが大切な仕事、

あちらは何時でも良い仕事と区別するかもしれませんが、 

神様の視点から見れば、それは少し傲慢に映るのではないかと思います。

神様は、私たちに直観と言う形で知らせをくれることがありますが、

その多くは、人の口や、態度、行動を介して、

神様の恵みの言葉を下さることが多いようです。

ですから、私たちに投げかけられた言葉は、

・あんな人の言葉だから

・悪口や忠告など聞きたくない

・面倒くさいから

・どうせムリだから

ではなく、どんな言葉も、一旦受け取って考えてみたいものです。

このことこそ、マザーテレサが言った次の言葉の本当の意味です。


最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、 

結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは、一度もなかったのです。

私たちが触れ合う人々を通じ、、神様は私たちを導いて下さると言うことです。

マザーは、人生において、それが、全てであるとおっしゃっているのです。

今、目の前に居る人はどんな方ですか?

・旦那様ですか?

・奥様ですか?

・お子さんですか?

・会社の人ですか?

・友達ですか?

その方々の言葉に耳を傾けていらっしゃいますか?

真心を尽くし、優しく接していらっしゃいますか? 

思いやりを持って、接していますか?

その事こそが、私たちにとって一番大切なことです。 

それさえできれば、他のことは全て後からついてきます。 

全てがうまくいきます。

いま目の前に居らっしゃる方に、どうぞ優しく、真心をこめて接してください。

そしてその事を通じ、幸せと喜びを共に分かち合ってください。

人生において、それ以上に大切なことは無いのですから。


2025年10月8日水曜日

4039「地獄に住む人」2025.10.8

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月22日の記事を紹介します。


「地獄に住む人」


今日は以前に書いた記事ですが、

占星術の大家マドモアゼル愛さんのお話をご紹介します。

そのお話の内容は、空海の「即身成仏」の内容を、 

切り口を変えて、分かりやすく説明してくださっています。 

少し過激な単語を使われていらっしゃいますので、

なじみのある単語に置き換えて、ご紹介します。 

<引用開始> 引用元

人は死んでから地獄に行くのでしょうか? 

違うと思います。 

人は生きている時にすでに、地獄に行くのです。 

もちろん、すべての人がそうではありませんが、

生きている時に、既に地獄に住んでいなければ、死んでも地獄にはいかないはずです。

天国も同じでしょう。 

生きている時が天国でなければ、死んでも天国に行けるわけではありません。

これはすべてに共通した法則です。 

今幸福でない人が、未来に幸福になることはできません。

将来幸福になりたいと願うのは人情ですが、法則的には今幸福でない限り

未来も幸福ではないのです。 

要するに今と未来の関係です。

未来を作るのは今ですから、今が変わらなければ、物事は永遠に変わりません。

人が不幸のどん底にいたとしましょう。

不幸だ不幸だと思っている状態が、長期不幸です。 

普通は相当な不幸が襲っても、時には気分が変わったり

感情が変化したり、考えが変わることがあります。 

それなのに、 

・変化を拒否して、かたくなに気分を変えない、、、

・かたくなに考えを変えない、、、

・かたくなに感情を変えない、、、、 

これが不幸が続く原因です。

恨みや怒りを変えない、、、、

何があってもそれを維持し続ける、、、 

それが地獄に住むということです。 

人は生きていながら、こうして地獄の世界に、足を踏み入れていくわけです。

何でこんな話しをまだ夏でもないのに始めるかと言うと、 

けっこう地獄に住んでいる人が多いことに、気づいたからです。 

何かにこだわり、それをかたくなに変えようとしないまま生きている人は、 

少なからず地獄の状態になっています。 

そして生きる現場のリアリティよりも、

現実と異なる幻想の思いこみのウエイトの方が重いとき、 

私たちは段々と地獄に住むようになります。 

この世は変化こそが取りえであり、変化が大きい恵まれた世界です。

この世に理不尽なことが多すぎるのは困りものかもしれませんが、 

その分、色々な変化のチャンスに恵まれた、可能性に満ちた世界なのです。 

本当は悪いことも良いことも含めた変化こそが

私たちの世界からのプレゼントであり宝物です。

・天候の変化、

・四季の変化、

・環境の変化、

・人間関係の変化、

・訪れる事柄の変化、

・肉体の変化、

・感情の変化、

・考えの変化、

・意識の変化 

など、様々な変化に充ち溢れています。

そして変化を受け入れることで、過去を流し去っていきます。 

変化を受け入れさえすれば、過去が人を苦しめることは、基本的になくなります。

また変化があれば、必ずそこにはエネルギー現象がありますので、

変化=エネルギーとなるわけです。

生きながら地獄に住む人は、エネルギーが少ないのです。 

地獄に住む人は変化にエネルギーがあるなどとは認めず、

物にしか、また過去への思いにしかエネルギーがないと思っています。

地獄に住む人の考えは、凄く現実的なんです。 

だから死んでもこの世に関わるのです。

現実的だからです。

物や過去が好きなんです。 

私もお墓に停めておいた車が、わずか30分後に戻ったとき、

ラジオも聞こえない程バッテリーが完全に上がってしまったことがあります。

肉体を持たないお化けにやられたのでしょう。

お化けはエネルギーを欲しがるので、バッテリーはごちそうだったのかもしれません。

地獄に住む人は変化を拒否しているので、慢性的にエネルギー不足に陥っています。 

ですので、外界からエネルギーを得ることを考えた結果、

電気を好んだり、人からエネルギーを奪おうとするのかもしれません。 

一緒にいるとやけに疲れる、エネルギーを奪われる、、、

という経験は誰にでもあると思いますが、

それはその相手が、変化を認めない人の場合に多いはずです。 

相手ばかりでなく、こちらも変化を認めなければ、

お互いで地獄合戦になりますので、恨みや怒りが増幅します。 

変化を認めず、双方が変化なしで物事を解決しようとする時、

私たちは地獄合戦の、恨みあいに入っていくのです。

どちらの我を通すのではなく、お互いに変化することで問題解決に導くことが、

エネルギーワークとなりますので、そうすれば物事は必ず発展します。

取り決めだけの、事務的やりくりで、平成は30年やってきましたので、

エネルギーを失っているわけです。

おそらく令和の時代は、変化にとんだ時代になるでしょう。

私たちの生き方も、変化を受け入れることで、自ら変化に身を置くことで、 

エネルギーを得ることを考えたいと思います。

・四季を愛でる、、、

・一日の自然現象の変化に喜びを見出す、、、

・季節の食べ物の変化を味わう、、、 

地球は変化によって、エネルギー現象を起こしていますので、

それを見たり味わうことが、文化として定着してきたわけです。

生きながら地獄に住む人には、四季も、夕日の美しさも、鳥のさえずりもありません。 

ただ自身の思いの世界があるだけ。 

変化したら自分がいなくなることを恐れているのでしょうか。 

いなくなれば大きな世界に入るわけで、

肉体が無くなる変化を最終的には人は受け入れるわけです。

(生きながら地獄に住んでいた人は、それを拒否します)

生れたら死ぬのはセットです。 

死の変化を受け入れることが、永遠の世界の入り口に私たちを導いてくれるわけですが、

せめて生きている間にも、変化多き人生を歩み、

地獄的な生き方から自由でいたいものです。

変化多き人生とは、何も激動の人生であるというのとは違います。 

変化を受け入れる姿勢で生きることです。

変化を楽しめるということです。

変化がエネルギーであることを認めず、物にエネルギーがあるとする今の科学の限界を、

私たちの心だけでも、越えて行かねばならない時代に来ている気がします。 

<引用終了>

この地球は行動の星と呼ばれています。 

自分自身で、一歩踏み出すことで、様々な波紋が、宇宙に解き放たれます。 

そして、その波長をキャッチした、共振した人が、必ず現れ、 

発信者である、私の人生に変化がもたらされます。 

運命は人が運んでくるとは、その事です。 

・誰かがやってくれるだろう

・誰かが助けてくれるだろう

・棚からぼた餅的なことが起きるだろう 

の心では、そのような依存の心では、決して運命は変わりません。 

ご自分の心を、静かに見つめてみてください。

・私は不幸だ

・私は貧困だ

・私は重い病気だ

・私に友達はいない

・周りはみんな敵だ

・みんな私の不幸を望んでいる

・私をだまそうとしている人がいる 

そんな風に、かたくなに思ってはいませんか? 

そのような考えを手放さない限り

何時までも「地獄に住む人」から抜け出せないことでしょう。

何時までも、頑なに、恨みを心に抱いていては、その頑なで、重い心ゆえに、

肉体を去る時には、天に上ることはできないでしょう。 

そのような状態では、肉体の死後も行先は、もう決まっています。 

一度、一回だけでも、一時だけでも、一切、そのような心を忘れてみませんか? 

そして、私は、もともと

・心あたたかく

・みんなで助け合い

・お互い様と、人の個性も受け入れ

・おかげ様と、みんなに感謝して 

そして 

・人をだまさず

・疑わず

・恨まず

・さげすまさず、

・不平不満を言わず 

そんな風に生まれ、そして生きてきた。 

そして、それはこれからも変わらず、そんな人間だったと、、、 

思い直し、生きなおしてみませんか? 

嘘でもいいんです。。 

そう決心した途端、人生は180度変わり、神々も、周りの人々も

あたたかな心で受け入れてくれることでしょう。  

そして、生きながら天国に住む人に、生まれ変わることでしょう。


2025年10月7日火曜日

4038「マシュー君のメッセージ」2025.10.7

 今回は「玄のリモ農園ダイアリー」のサイトから最新の「マシュー君のメッセージ(226)」を紹介します。


「マシュー君のメッセージ(226)」2025年10月1日

玄のリモ農園ダイアリー: マシュー君のメッセージ(226)


 

地球のアセンションスピード、チャーリー・カーク、宇宙法則と自由意志の点をつなぐ、5次元へ向かう地球と個人のタイムライン、メッセージ


マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から、心からのご挨拶をします。上昇する波動エネルギーが変革の風を呼び込んで、ますます多くの魂が目覚め始め、ライトワーカーたちの数は増え続け、世界の変容は着実に前進しています。

高度に進化した文明社会からの光の大規模な流入と最初の志願者たちの第一波によって約80年前に始まったこの壮大な事業は、当時はそれほど目立つことはありませんでした。今や世界中でダイナミックな変化が起きていることは否定できません。DNAコードをダウンロードする高周波エネルギーの恩恵を受けているのは人間だけではありません・・これは動物界、植物界、鉱物界全体で起こっているのです。

そして、地球が高い第五密度の目的地へ向かう速度は、この宇宙においても前例のない速さです。ガイアが求めた支援を拒んだ第三密度文明社会が達成するのに数千年を要したことを、地球文明社会はわずか1世紀と四半世紀で成し遂げようとしているのです。愛する兄弟姉妹たち、この比類なき偉業へのあなたたちの貢献は計り知れません!

あなたたちの世界ではあらゆるものが加速したスピードで動いており、この加速したスピードが人間の最良と最悪の特性を増幅させています・・後者が、分極化、過激なイデオロギー、暴力的な動乱、無差別殺人が依然として社会を悩ませている理由です。ボランティアたちの内なる強さと確信は、遠くまで光を放ち、そのような出来事を減らし、地球の黄金時代の夜明けが地平線に近づくのを助けています。

チャーリー・カークについて質問が来ています・・彼は政治活動家としてよく知られる、非常に人気のあるアメリカの若者です・・僕たちは、彼をむしろスピリチュアルな思想的活動家と見なしています・・彼は自らの世代の保守的価値観、そしてそれを共有する人々の価値観を代表していました。彼があのような形で去ることを選んだわけではありませんが、殉教者として記憶され、彼が築いた運動は自国のみならず国境を越えて何百万もの人々の人生を変えることになるでしょう。

チャーリーはニルヴァーナの最高位の領域で愛情深く迎え入れられ、彼の遺産は地球の歴史における輝かしい一章として永く残るでしょう。真実が明らかになるとき、この状況について他のすべてが見かけ通りではなかった、ということも含まれるのかもしれません。


「“類は友を呼ぶ”ということについて考えていました。マシューはそれについてコメントできますか? そして“内なるものが外なるものに(as within so without)”とは、私たちの内なる闇が外の闇を作り出しているという意味なのでしょうか? 私たちのトラウマがそうしているのですか?」

この読者に、人生をどのように形作り、それが世界で起こっていることにどう関わっているかを結びつける機会を与えてくれたことに感謝します。

“類は友を呼ぶ”とは、宇宙の引き寄せの法則の一般的な表現であり、それによって自分の人生における状況や条件を共同創造していくプロセスです。エネルギー自体は中立であり、分別能力はありません。しかし、そのストリーマー(エネルギーの流れ)には、あなたたちの思考や感情によって与えられた方向性をもつアタッチメント(付加)があります。その性質がポジティブであれば高い波動エネルギーを生み、ネガティブであれば低い波動エネルギーを生みます。あなたたちが放つすべての波動エネルギーは、いわば“宇宙のスープ”に放たれ、あなたたちの方向性に最も近いものを探し出し、ブーメランのようにあなたたちのもとへ一致したものを引き寄せます。だからこそ、僕たちは“望まないもの”ではなく“望むもの”に意識を向けるよう、繰り返し促してきたのです。

個人的なレベルにおいても、“類は友を呼ぶ”という法則は、出会った人々の中で、ある人には惹かれ、別の人には惹かれないという理由を説明してくれます。態度、会話の話題、外見といったものは第一印象の表面的なことにすぎませんが、実際にその人との関係をさらに深めたいかどうかを左右する本当の理由は、その人の放つ波動エネルギーなのです。同じ原理は、店、教室、娯楽施設、オフィスなどに入ったときの反応にも当てはまります・・あらゆる物や場所、人は波動エネルギーを発しており、誰もが自分自身の波動エネルギーレベルに応じて反応しているのです。

地球レベルでは、人類全体の思考と感情のエネルギーが集合意識を形成し、それが今の世界のすべてを生み出しています。集合意識のパートナーである地球の“可能性のエネルギー場”は、惑星上のすべてのエネルギー活動の総体を映し出し、それが“下なる如く、上なるが如し(as below, so above)”を示しているのです。

あなたたちの“外なる(without)”行動や振る舞いが、この肉体転生における人間関係や経験を形作っていますが、それらは“内なる(within)”思考、感情、志向、そして良心から生じています。そして、この宇宙に存在するすべてのものが、エネルギーのストリーマーに与えられた方向によって生み出されているのですから、“内なるものが外なるものに”は、“類は友を呼ぶ”と深く結びついています。

あなたたちが人生の多次元的な側面を顕現するにつれて、その放ったエネルギーは“同類”と結びつき、すべての魂のエネルギーの総和があなたたちの世界となります。やがて集合的なエネルギーは高い波動数で安定的かつ調和的に流れるようになり、地球の黄金時代の暮らしが実現するでしょう・・しかし今この瞬間、僕たちのいるところから見える光景は、まるで世界中の陸と海から絶え間なく天へと打ち上げられる花火のようです。

人は誰もが自動的に心の中に闇を抱えているわけではなく、トラウマが必然的にそのような存在状態を生み出すわけでもありません。すべての魂の本質は、創造主の愛と光のエネルギーの純粋さそのものです・・闇を招き入れるのは個々の自由意志による選択です。ここで鍵となるのは“意図”です。人の意図は、行為が付加したストリーマー(エネルギーの流れ)と並行して流れるエネルギーのストリーマーに付加しており、この二つは魂のアカシックレコードにそれぞれ別々に記録されます。

行為が意図せずに害をもたらした場合、その人に闇が刻まれることはありません。一方で、意図的に害を及ぼす人は、内にある闇によって動機づけられ、それを外の行動として表します。そうした人々は、自ら故意に与えたのと同じ種類の害を後の肉体転生で体験することによって、バランスを取らなければならないカルマの学びを負います。

カルマはしばしば善行への報酬や悪行への罰として理解されがちですが、それは正しくありません。カルマはまた引き寄せの法則とも関連しており・・放った種類のエネルギーがそのまま返ってきます・・魂がスピリチュアルと意識レベルでの気づきの進化のために必要なバランスを達成できるようにする“神性なる恩寵”の一形態なのです。

この健やかな在り方は神から始まります。神はこの宇宙を“膨張と収縮”というモードで設計され、それによってすべての天体がバランスを保てるようになっています。太陽(ソル)はあなたたちの太陽系における主要なバランスの担い手であり、ガイアもまた独自のバランス作用をもち、すべての住人の安定を維持しています。そして地球の小宇宙(ミクロコスモス)であるすべての魂は、肉体的な体験を通してバランスを得て、維持し、取り戻すために努力しているのです。この宇宙において、魂の進化も天体の運行も、いずれもバランスを必要とします。

要するに、創造主が与えた自由意志という贈り物があなたたちに何をするかを選ばせ、その後は宇宙法則が働くのです。


「私たちはまだ、アーノルドの人々が考えているように、あと35年から40年ほどで第五密度に到達するという目標に向かっているのでしょうか? 暴力や欺き、残虐さが続いて蔓延していることが、そのタイムラインを延ばすことになるのでしょうか?」

地球はその期間内に第五密度に到達する予定であり、いわばそれは“確定している”ことです。しかし、個々の存在が5次元にアセンションすることについては、そのタイムラインにしっかりと当てはめることはできません。なぜなら、それは自由意志の選択に立ち戻ることになるからです。

地球の人々は直観的に、自分が魂の合意で選んだ学びを習得しつつあるのか、それともつまづいているのかを知っています・・つまり、自分が目的としたことを達成しているのか、あるいは挫折しているのかをわかっており、もし後者であれば、その理由が、興味を失った、忍耐力が足りない、あるいは、その課題が選んだときに想定していた以上に困難だった、というのも知っているのです。

原因が何であれ、祈りを通して、あるいは単に“助けが必要”、“失敗したくない”という思いを通して求めれば、守護霊、天使界、そして同じ集合魂に属する存在たちは、いつでも支援する用意があります。魂の合意の条項は、自由意志の選択を除くあらゆるものに優先します。そして、魂がバランスを得て進化するために必要な体験をまだ受ける準備ができていないと決めた場合、“神性なる恩寵”によって必要なだけ何度でも機会が与えられるのです。


「マシュー、あなたのお母さんがもうチャネリングできなくなったとき、誰か他の人にメッセージを送ってくれますか?そうであってほしいです!」

ここからは僕自身として話します。このメールや同様の多くのメールは、僕の母が2年前に心臓発作から回復していた時期に書かれたものでした。その出来事や彼女の年齢・・当時90歳でした・・を考えれば、それは自然な質問でしょう。

他にも、僕が新しいチャネラーを選んでいるのかとか、僕の兄弟や姉妹が引き継ぐのかと尋ねる読者もいました。「メッセージが途切れないように、今のうちに誰かを訓練してください」と書かれたものもありましたし、何人かを訓練して交代でやらせてはどうですかという提案や、3人のテレパシー能力者からの申し出もありました。

そうした思いやりのある読者の関心に感謝しつつ、母は以前から私と話し合っていたことを伝えました。

それは、母がもう受信できなくなった時点で、メッセージは終了するということです。その理由をあなたたちに知っていただきたいと思います。

この宇宙において大天使ミカエルの最初のパーソネージ(人間)として、僕は天の川銀河の果てにある美しい水の世界に住んでいました。その最初の肉体体験の中で、今生で僕の母となっている魂を共同創造しました・・二人は永遠に、無限の音域帯における調和音として、並んで存在しているのです。

どれほど長くその魔法のような世界に住んでいたのかはわかりません・・そこにはリニアル(線形)の時間も病も死もなかったからです・・僕たちは、他にどんなものが存在するのか見てみたくなり、フリースピリットとして探求を重ね、やがて高度に進化したヒューマノイドの文明社会に出会い、そこに迎え入れられました。僕たちは彼らのような肉体を形づくりましたが、その後、数千にも及ぶ他の共有された転生において、宿敵という役割だけは除いて・・僕たちの愛の絆は、そのような経験が顕現するにはあまりに強いのです・・この宇宙のあらゆる文明社会で、あなたたちが肉体と認識しないような形態で生きてきました。

僕たちは何度か、今回神から託されたのと同じ種類の情報を伝える使命に従事してきました。コンティニュウム(時空連続体)においては過去・現在・未来はすべて“今”ですから、常にどちらかが情報を送信し、もう一方が受信して、今の地球のように3次元世界で進化しつつある人々を啓発し、励まし、導きを提供している、と言えるでしょう。二人は地理的にどれほど離れていても、水晶のように澄み切った明晰さで交信しています。

これらの理由、そして母の現在の生涯の中で起きた幾つかの出来事を踏まえ、母がもう僕の送信を受け取れなくなったときには、僕の姉が僕たちのメッセージの配信者に通知を送ることになっています。親しい友人がブックショップを引き継ぎ、紙版の注文を引き続き処理し、Amazon は電子書籍の注文を引き続き扱い、2003年から最後のメッセージまでのすべてが、www.matthewbooks.com の「All messages」セクションにそのまま残ります。

では、愛するファミリーのみなさん、この場にいるすべての魂を代表してお伝えします。あなたたちは、この宇宙のすべての光の存在たちから、無条件に愛され、敬われ、支えられています。そしてしばらくのあいだ、あなたたちにお別れを告げます。

            ______________________________

愛と平和を

スザンヌ・ワード著

原文:Matthew’s Messages

訳文責: 森田玄

(転載自由:原典を明記ください)

【スージーからのお知らせ】

私はパナマに引っ越します。家族のほとんどがそこに住んでいるからです。

(娘の)ベッツィが、残りの片付けを手伝うために来てくれていて、数日後には、彼女と、ルビーという名の愛しい小さな盲目のチワワ、そして私の3人(+1匹)で熱帯へ飛び立ちます。

私のコンピューターは船便で運ぶので、次のメッセージは1月か2月になるでしょう。

それまではメールを送らないでください——受け取れません。

私のコンピューターが大海原を無事に渡りきれたとしても、Outlook Expressは依然としてスパムの大惨事でしょうし、技術者が一気にすべて削除することになるでしょう。

ええ、ノートパソコンを買って、このコンピューターのすべてをダウンロード(アップロード?)して持っていけばいいというのはわかっています。でも、つい最近その「ノートパソコン」というものに出会いまして……お互いに憎しみ合う仲になってしまいました。

愛と、平和で喜びに満ちたホリデーシーズンを心からお祈りしています。


[訳者から]

先日(9月30日)、久しぶりに「マシュー君の仲間たち、お話会」を、スージーさんをオンラインでお招きして開催しました。92歳になられても、参加者の質問に澱みなくマシューのメッセージをその場で快活に伝えている姿に、正直、驚きと同時に安心もしました。パナマに移られても、相変わらずのパワフルなスージーさんだと確信しています。


POSTED BY 森田 玄 AT 10/03/2025 04:56:00 午後 0 COMMENTS   

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LABELS: マシュー

2025年10月6日月曜日

4037「神さまの作った仕組み」2025.10.6

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月21日の記事を紹介します。


「神さまの作った仕組み」


私たち生きている人間にとって、

・美味しいもの食べたり

・高級な洋服を着たり

・外車に乗ったり

・大きな家に住んだり 

・人の上に立って命令したり

・地位や名誉を得たり

・有り余るお金を得たり

それも楽しいことかもしれません。

ですが、その何万倍もの楽しいことがあります。 

それは、誰かと一緒に笑いあえること。

それと比べたら、心の喜びと比べたら、

物質的な喜びなど、たかが知れています。

そして、さらに・・・

・自分が存在することで

・自分の行いで、

・自分の言葉で

誰かが  

・元気付けられ

・喜び

・共に笑ってくれたなら

それは、何ものにも変えることができない

宝石のような、至上の喜びとなります。 

それが人間、 生きとし生けるもの、全ての生命体、

神々が創造した者たち、全ての本性だからです。

自分の存在が、誰かの喜びとなる。

これ以上の喜びはありません。

人はだれでも、

・意地悪をする人も

・陰口をたたく人も

本当は、本当の心はみんな優しい・・・

そんな人でも、

自分の心の中の良き部分、仏心を見つめられたら、

仏心が必ず顔を出します。 

きっかけは、感謝の「ありがとう」の言葉、

本当は、みんな優しくしたいんです。

それが人の本性だから。

・意地悪をする人、

・陰口をたたく人 

のどこかに小さな小さな感謝の種を見つけ、 

「ありがとう」と言ってみてください。

みんな一瞬で、優しい人に戻ります。

これと同じことが、宇宙空間や、人体中の小宇宙で起こっています。

・全ての臓器

・器官

・メッセージ物質

・リンパ

・神経伝達物質などは

自分が自分がと、自己主張することなく、

自分の個性を発揮し、自分の役割を果たすことで、

全て、周囲のために調和して働き、人体全体を維持します。

私たち個人は、

みんなの幸せのために存在しています。

みんなで調和して、協力して

進化発展しています。

これが、神様が作った仕組みの根本です。 

大宇宙のマクロの中にも

人体の中のミクロの中にも

同じ仕組みが、働いています。

 

人体の中の小宇宙

私たち人間も、

素直に、その流れに身を任せれば、

宇宙の一員として、

宇宙の進化発展に貢献する者となります。


2025年10月5日日曜日

4036「希望を与える人」2025.10.5

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月20日の記事を紹介します。


「希望を与える人」


地球が自らの意思で、どんどん変わり、

それを助けるために、遥かに文明や科学が進み、 

神々に近い「愛」のレベルまで達した地球外の知的生命体が

地球にどんどん生まれて来ている今、 

私達一般の人間にできることは、 

自分自身の心、魂をきれいに保つこと。 

他人に左右されることなく、しっかりとした自分の意思を持つこと。 

身近な周りに優しくすること。 

私たちは、 

・どんな嫌なこと

・めんどくさいこと

・失敗に見えること

・人の非難を浴びること

・人から怒られること

・時間に遅れること

・病気になること

・ケガをすること

・失業すること

・貧乏のどん底に落ちること 

そのようなことが起きようと、本当は全然平気です。 

何故なら、ブッダが仰るように

全ての出来事、起こったことは、私と、その人の間の問題ではなく、、、

本当は、私と神さまの間だけの出来事だからです。 

相手の人は、それを行うお役目を受けて、 

約束通り、私たちに 嫌なこと(に見える)をしただけなんですから。 

それは、どんな些細なことであっても

私たちが生まれる前に決めてきた「出来事」です。 

なんで、そんなことを・・ と思われるかもしれませんが

目的は一つしかありません。 

・肉体とか

・生きる死ぬとか

・生きている間とか

そんな小さなスケールのお話ではなく、永遠と続いている私たちの 魂としての歴史、 

その魂を少しでも、成長させて、神様に近づけるためです。 

そのための、全部段取り、芝居、舞台設定だからです。

そのいろんな劇を通じ、私たちは激しい 喜怒哀楽を感じます。 

喜び、悲しみ、笑い、泣き 

感情を揺さぶられながら、少しづつ魂は成長していきます。

周りの人の気持ちを理解することができるようになってきます。 

いろんな出来事は、相手と自分の間の出来事ではなく、私と、神様との間の出来事。

魂を揺さぶり、成長させるためのものです。 

ですから、どんな出来事も、安心していていいのです。

ただ、その押し寄せて来る波にのり、色んな感情を味わいながら、

恨まず憎まず、不平を言わず、

「今回は、そう来ましたか」とにこりと笑って 、受け入れてしまうだけでよいのです。

後悔することも、焦る必要もありません。 

全ては、予定通りなのですから。 

さて、今日は「希望を与える人」と言うことで、占い師のお話です。

小林正観さんのお話からご紹介します。 

私たちは普段、目に入ってくる「星占い」などを見ると、

心うきうきしたり、少し落ち込んだりもします。 

ですが、実際は、自分にとって「良いこと」しか受け取らないようにすることで、

より運命を好転できるようです。

それだけで大分、明るく笑顔で生きられます。 

<転載開始> 転載元

ある日、小林正観さんのところに、二人の占い師にまったく正反対のことを言われ、

どちらを信じていいのか、悩んでいる女性が相談にきたそうです。

正観さんは「その答えは簡単だ」、といいました。

それは…その占い師の、まわりにいる人たちを見ればいい。

まわりにいる人たちが、笑顔で幸せそうで、

楽しそうに過ごしているかどうかを、見ればいいのです。

聖なる占い師は、見た目は普通の格好をしています。

そして、まわりには、笑顔で、幸せそうな人たちがいっぱいいます。

とてもいい仲間に囲まれている。

一方で、当たらない占い師は、どういう人か。

過度に荘厳(そうごん)で、重々しく、

威厳に満ちた姿、形、格好をしている人が多いのです。

そしてまわりには、笑顔で幸せそうな人はいない。

どこか不幸そうで、悲しく、まったく笑顔のない人たちに囲まれているのです。

「楽しいことを予言」する占い師さんのまわりには、

たくさんの幸せそうな人たちがいる。

なぜかというと、その聖なる占い師さんは、いつも人が「楽しくなるように、

幸せになるように」という願いを投げかけているからです。

一方「悪いことを予言」する占い師さんのまわりには、

たくさんの不幸そうな人たちがいます。

悪い予言をした瞬間、予言をしたその人は、

無意識に相手の身にそれが実現するように期待してしまうのです。

そうなってもらわなければ、自分の占いが当たりません。

当たるようにと願って、悪い予言を口にする。

当然、投げかけたものは返ってくるので、その占い師自身も幸せにならないし、

まわりにいる人たちも面倒な人生を歩むことになるのです。 

<転載終了>

確かに占い師の方も生活がかかっていますから、

自分の占った結果が当たり、評判を良くして、

お客様に沢山来て欲しいと願うことでしょうね。 

この占いの結果が、当事者にとって、良いこと、希望を持てることであれば、 

みんなが幸せな気持ちになりますから、宇宙にとって、世界にとって喜ばしいことです。

その小さな希望さえあれば、、、

かすかな希望が見えていれば、、、 

その後の、どんな苦労も乗り越えられることでしょう。 

その先に、希望、良きことが待っているのを知っているのですから。 

ですが、逆に当事者にとって、不吉なこと、悪いことを仰る占い師さんも多いようです。

それを言ったとたん、占い師さんは、

相手の方の「不幸」が実現するように無意識の内に願います。 

これは宇宙にとって、世界にとって大変悲しいことです。 

何より、「人を呪えば、穴二つ」の例え話の通り、

占い師の方にも不幸が訪れることでしょう。 

不吉な予言をされた方は、今まで幸せで笑顔で周りと仲良く暮らしていたのに、

将来の不幸を暗示されたことにより、 

・急に不安感に襲われ、

・笑顔が消え、

・イライラして、

・不機嫌な顔となり、 

周りの人に対しても害悪となることでしょう。 

同じ苦しい現象・出来事が起こっても、気持ちが明るくはずんでいる時は、

何の苦労もなく乗り越えてしまうでしょう。

ですが、暗い気持ちの時、同じ現象・出来事が起きたら、 

もっともっと気持ちが沈み、周りに当たり散らし、

みんなを不幸にしてしまうかもしれません。 

それだけ、気持ちの持ちようと言うのは大切なことです。

ですから、占いに限らず、普段から、自分の口から出る言葉は、良寛さんの愛語のように

・他人に対しては、「良い言葉」「愛情の在る言葉」しか発しない。

・言葉にしない時は、黙って心中で他人へ「愛情のある言葉」を思う。

・言葉に出来ない時は、黙って「愛情のある行動」を他人に行う。

このようなことを心がけて行きたいものですね。 

言葉や考え方、心の在り方が、 

良いも悪いも、私たちの人生の行先を決めるのですから。 

ブッダが仰ったように、 

苦しみ、悲しみに沈む相手に対し、希望の光を与えるための善意の嘘も同じ役割です。 

ブッダの般若心経の教えのように、

人生の幸せ、不幸せは、心の受け取り方によって決まります。 

熊手で不幸をかき集めていては、何時まで経っても幸福は訪れないでしょう。  

どうせなら、どんな環境に置かれていようと、

・嬉しい

・楽しい

・幸せ 

な気持ちでいたいものですね。 

神さまは、置かれたその場所で、花を咲かせなさいと、 

私たちに、わざわざ、その環境を準備してくださったのですから。


2025年10月4日土曜日

4035「天に帰ろうとしている方へ」2025.10.4

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月19日の記事を紹介します。


「天に帰ろうとしている方へ」


今まさに、天に帰られようとしていらっしゃる方々にも、 

普段このブログで言っている、

「感謝」や「ありがとう」が通用するのか?  

綺麗事では無いのか? について書きたいと思います。

アメリカの著名な心理学者、

レイモンド・ムーディー博士が臨死体験者150人の証言をもとに、 

「臨死状態に陥るとどんな感覚になるのか」をまとめあげたものがあります。 

それによると、蘇生にいたるまで計14の過程があると言います。

私達は過去、何百回も死を経験し生まれ変わっていますが、 

今生きている間は、それらの記憶が封印されていますから、 

あちらでの生活や、その移行過程(生まれる、死ぬ)の記憶はありません。

ですので、この臨死体験者の経験が、何か役立つかもしれません。

臨死体験者は、臨死状態から生還にいたるまでまで

次の14の過程を踏むのだと言います。

1、自分の死の宣告が聞こえる

2、これまで経験したことがないような穏やかで愉快な感覚に包まれる

3、不思議な声が聞こえる。中には美しいメロディーという人も

4、突然暗いトンネルの中に引っ張られる

5、魂が肉体から離脱し、外部から自分の身体を観察する

6、懸命に自らの苦境を他人に訴えるが、誰にも聞こえない

7、時間の感覚がなくなる

8、視覚や聴覚が非常に敏感になる

9、強烈な孤独感に襲われる

10、周囲に様々な“人”が現れる

11、「光の存在」と出会う

12、自分の一生が走馬灯のように映し出される

13、先に進むことを遮られる

14、蘇生する

臨死ではなく、実際に向こうから戻らない場合には、

上記の13と14が無いことになります。

また肉体が死を迎える時、 

脳から大量のドーパミン(快感物質)が分泌されることが解っていますので、 

痛みはありません。

これから、元の世界に戻ろうとされる方は、

意識の中で光が見えたら、そちらの方向へ進んで下さい。

瞬間的に亡くなるのではなく、

一般的には、肺の機能が低下し、

血中酸素濃度が減り、

脳の機能停止が起こると言われています。

ですので、私達一般人が 

「死ぬ時って痛いんじゃない?」

という心配は要りません。

肉体が機能停止した時、 

光が現れるので、そちらに入って行く・・ 

と言う事さえ間違わなければ大丈夫らしいです。

どうか元の世界に、帰られる皆さん、安心して下さい。

遅い早いの違いはあれ、みんなが通る道です。

また私達は、もうすでに、何百回も輪廻を繰り返していますので、

生と死は怖いものではありません。

さて、これで死と言う境界を通過する際の

心配は無くなりました。

後は、死ぬ瞬間まで どう生きるか?  

と言う事が問題となります。

瀬戸内寂聴さんは、死ぬ瞬間に付いてこう仰っています。

どんな辛い病気をしても、死ぬ瞬間まで、努力して下さい。

人の命は、そうするに値するものなのですから。

何に努力するのでしょうか?  

寂聴さんは、私達の知っている「努力」と少し違った意味で、この言葉を使っています。

それは、この世に生まれてくる時に、自分で決心したことを、やり遂げることです。

それは、もしかしたら、ブッダが2500年前に説いた、

般若心経の真髄のことかもしれませんね。

この般若心経は、ブッダが一番後世に伝えたかったことなのだそうです。 

日本には三蔵法師を介してもたらされました。

そしてこの般若心経の真髄こそが、日々の生活の中での

「ありがとう」、

「感謝の心」なのでした。

・全ての人、

・動物、

・植物、

・自然現象に

感謝すること、ありがとうと言うこと。

そして感謝の真心を込めて、日々を過ごすこと。。

私たちには、元の世界に帰るまで、

時間はあまり残されていないかもしれません。

健康な人でさえ、

明日、帰らなくてはならないかもしれません。

どうか後悔せぬように、最後の一息を吐き終わるまで、感謝の日々をお過ごしください。

この最後の意識状態こそが、

次の生へと、大きく影響すると言われているからです。