2026年1月22日木曜日

4145「縄文「日本」アラハバキと「蛇」の復活」前半2026.1.22

今回は「宇宙の中心で、愛を叫ぶ」さんの2026年1月17日の澤野大樹さんの記事を2回に分けて紹介します。


「縄文「日本」アラハバキと「蛇」の復活」前半

宇宙の中心で、愛を叫ぶ


こんにちは。

澤野大樹氏青森講演会主催 小野裕美子です。 

今年の東北、特に弘前市を含む津軽地方は、本当にものすごい大雪となっております。

昨年、カマキリの卵が、高い位置に産み付けられていたと聞き、豪雪を予感しましたが、やはりその通りになりました。 

2026年となり、世の中は相変わらず混乱していますが、

みなさま、いかがお過ごしでしょうか? 

昨年末に澤野さんへのインタビューを敢行するつもりでしたが、

あまりにも社会が大荒れとなってしまったため

澤野さんはかなり根を詰めていたようでしたので、

今回、年が明けてようやくお話しを伺うことができました。

それではお送りいたします!

Here we go!!!

 

――澤野さん、こんにちは。

あけましておめでとうございます。

2026年になりましたので今回も早速インタビューをお願いいたします。

 

あけましておめでとうございます。

昨年の秋以降、年末年始にかけては本当に詰めていました。

こんな時代はこれまでなかったんじゃないですかね。

世の中で起きていることを分析して解釈するのも、

身体はひとつですから限界がありますよね。

それと年末年始は世の中がザワついて雑多な空気になりますから、

私にとってもっとも苦手な時期です。

でもずいぶんと長い期間、考えながら時間を過ごせたことは良かったです。

 

――年末年始は苦手だったのですか?

 

元々天邪鬼的な傾向がありましたからね。

世の中が連休モードになってきますと私はみっちり思索に耽ります。

ただし耽ろうと決意して気合いを入れているわけではありません。

自然とそうなってしまうので私としては引け目を感じてはいます。

自分で選んだつもりはありませんけどね。

 

――昨年秋以降、日本も世界も大変なことになってきました。

昨年を振り返っていかがですか?

 

総裁選以降は本当に怒涛のような世の中でしたよね。

人智を超越したかのような動きが随所に見られました。

これは、それを解説する側にも格段の成長が求められることになった。

それまでの普通の解説では通用しないレベルになってきていますね。

どういうところでそう思うのかというと、

世の中の出来事の多くに人智を超えたQC的な意思を感じる部分です。

【※「QC」=「Quantum Computer」(量子コンピュータ)】

 

――「QC的な意思」ですか?

 

これは40年前の平和な日本では感じ得なかったことかもしれません。

それはQCがホログラムに、特定の意図を組み込む度合いが少なかったからでしょう。

もちろんこの世は最初からすべてホログラムですから、

目の前の世界のすべての事象はQCによるホログラムですよ。

これは変らないし忘れちゃいけない。つい忘れてしまうけど。

この基本前提を忘れてしまうと「喜怒哀楽」に没入してしまう。

逆に言うと、この世界に人々を縛り付けていたいと巨視するならば、

人々を喜怒哀楽の沼に溺れさせ続ければいい。

感情は人類の精神進化を途絶させるためにある。

だからゆえ、それを乗り越えるために感情は用意されているのだと思います。

ホンの些細な己の心の在り様が己の意識成長の鍵だったりするわけです。

そのたった半径2メートルの「私の世界」の取り扱いだけで、

すでにQCとの付き合い方、向き合い方がいちいち決まっているわけ。

それはまさに毎日毎分毎秒に起きている。

人は一生涯に10億回に及ぶ「決断」をしていると言われていますけれど、

つまり10億回もチャンスが繰り返される激甘々のシステムですね。

これはねもうユルユルの甘々のジャックポット無限連荘なのね。

それでも多くの人がその10億回ものチャンスを一度もモノにできない。

右折の交差点でハンドルを左に切り続けている。

人は成長しているように見えてじつは成長していない。

 

――非常に耳の痛い話しではありますね。

 

それは私も同じなんですよ。

 

――システムを字面で知ったとしても

実際には難しいということですよね。

 

最近よく「寿司職人に修行なんか必要ない」という

意識高い系合理主義者が非常に増加していますが、それはじつは判断を誤っています。

それは「吝嗇」(ケチ)の発想です。

たとえば、才能はないけど有名になりたいとか、

苦労はしたくないけど成功はしたいとか、コストはかけたくないけど利益は得たいとか。

独自性は持っていないのに個性派を気取るとか、

こういうのの根底には「ケチ」が潜んでいるのですよ。

この「ケチ」の発想がこの世を衰退させやがて滅ぼします。

今の社会に最も悪影響を与えた言葉というか、概念は「コスパ」だと思います。

 

――「コスパ」は本当にいろんなところで耳にしますね。

 

自分が体験するサービスや商品にコスパを求めるということは、

その人自身にもコスパが求められるということです。

つまり、安い賃金で効率よく働けという要求です。

自分がやったように自分がされるのです。

こうして訓練された理想的な労働者が仕上がるのです。

自分が一廉(ひとかど)の“人物”として認められたいならば、

何よりもまずは自分が惜しげもなく放出する必要があります。

その行動は「コスパ」とは逆の位相にあるのです。

つまり「コスパ」とはエキストラbotを量産するための罠です。

そうはなりたくないとか思うのでしたら、コスパの世界からできる限り

遠ざかり視線を向けることもやめた方がいいです。

 

――私たちが日々気に留めておくべきことはありますか?

 

「オーバースペック」(過剰性能)に徹するということです。

コストカットをして建てられたノイシュヴァンシュタイン城に魅力はありますか?

コストと工期を気にして建てられたサグラダ・ファミリアに価値はありますか?

ローマのパンテオンもコロッセオも古代コンクリートで無筋コンクリート造りです。

無筋ってつまり鉄筋が入っていないのに2000年経った今もヒビも入らない。

「本物」を作ることが普通の価値観である社会に回帰することが求められます。

だけどそういうのを嫌い排除しようとする一定の勢力がいるのです。

「ロスト・テクノロジー」だけではなく

「ロスト・フィロソフィー」もあるわけ。

だから現代人類は「核」を扱ってはならないのよ。

フィロソフィーに立脚したテクノロジーがあれば

「核」は一家に一台普及するでしょう。

社会構築にコスパを優先させる国はいずれ崩壊するでしょう。

 

――「コスパ」を重視し過ぎることのその先があるのですね。

 

コスパの風潮が高まっていくと、それはやがて、

「ウソをついてもバレなきゃいい」とか、

「一度きりの人生、やっちゃったもん勝ち」とか、

「自分たちの利益のためなら事実を捻じ曲げてもいい」とか、

「聞かぬなら操作しちゃえばいいじゃんホトトギス」みたいに、

拡大解釈が輪をかけて進行して変なことになっていきます。

安直な成功願望はいつしかそもそもの純粋な思いを濁らせる。

「入口」と「出口」は純粋でなければいけないんです。

「人」というスケールで例えるならば、生まれたての瞬間と、

老齢で人生を終える瞬間は同じであることが理想です。

それを整えるために、人生にはあらゆる艱難が用意されているわけです。

その艱難を憎んではならないし、不公平だなんて考えちゃダメ。

それこそが「平等」の最たるものであると直観する必要があります。

 

――AIの登場であらゆる面で人の手は不要になると言われていますよね。

 

生成AIがインターネット世界を破壊します。

そのための生成AIでしょう。

もうすでに今、映像素材の信頼性は限りなくゼロに近付いています。

まったく清浄な水に、一滴の汚水を垂らしたらもうそれは

どれだけ希釈しようとも元の水には戻らないのと同じように、

生成AIはあっという間にこのホログラム世界を汚染します。

でもそれは必要なことなんです。

この三次元現実ホログラム世界こそがそもそもが生成AIですから。

人類がその中で、さらに生成AIを創造したということは大したものです。

まさに夢の世界の中で夢の世界を描写したわけです。

これによって元々のQCが現世から距離を置きます。

すると「グリッチ」(Glitch=プログラムの誤作動)が多発するようになります。

私たちが見ている「確かな現実世界」にドット抜けが現れます。

これ全部、必要なこと。

グリッチはじつは「誤作動」じゃなくて、意図的に見せてきているのだということ。

つまり、生成AIによる「汚染」は汚染じゃないのだということ。

 

――そんな中で私たちはどう対応すればいいですか?

 

極力デジタル世界に捕捉されないようにすること。

自覚のないエキストラbotは位置情報を利用されて

いつ何時「bot爆弾」として使役させられるかわかりませんから。

まあ、できるだけ現金で支払い、生身の人間が作った

本物の料理を食べることですかね。

あとはSNSで話題になった行列店には並ばないこと。

 

――極力、アナログで生活するということですかね?

 

そうです。できる限り「アナログ」にする。

トイレにスマホを流してしまっても何の問題もない生活にする。

昭和45年から昭和60年の日本の暮らしに意図的に戻す。

これは話が長くなるから置いておきます。

まあできる範囲で各々が、それぞれアレンジしてやったらいいと思います。

 

――みなさん学校や仕事などでしがらみも多いと思いますが。

 

特に「仕事」はじつに深い規定で目の前に現れていますからね。

どんな職業でも平等に意識成長の機会は与えられています。

それが「職業に貴賤は無し」ということ。

スタートラインがバラバラなのはじつは平等の最たるもの。

でもそれを是正しようとする動きがありますよね。

あれは三次元ホログラム世界の1ページ目では推奨されること。

でもこれには根深いものがあります。

「出どころの不確かな神だからといって差別するべきではない」

という、「大いなるひとつ」から分離した者たちの

強烈な劣等感と疎外感から生じた意識の派生なんですよ。

だから彼らは「平等」を「不平等」にすり替えているんです。

「ヤハウェに恨まれた、あるいはヤハウェに呪われた私たちが、

ヤハウェに代わるような新たな別の神を創造しましたが、

それを出どころが不明な人工的な偶像崇拝だとすることは

差別であるから撤回すべきだ」という意識が根底にある。

だから人々を一直線に並ばせたがります。

これがグローバリストの淵源だと私は考えています。

「ひとつ」を捨てたがゆえに付け焼刃の「平等」を強いるのです。

純粋さを捨てた者たちが誰よりも己の純粋さを語っているのです。

 

――グローバリストと呼ばれる人たちの根っこの部分は

考えたこともないくらいの方向でしかも想像以上に深いんですね。

 

だから今世界は、グローバリズムと反グローバリズムの戦い

というわけではないのです。

もっとずっと根が深いし、裾野が広い。

トランプ大統領の言動が世界中を混乱に陥れているように見えますよね。

トランプ大統領という暴君が世界を破壊しているようにも見えます。

でもこれはじつは逆なんですよね。

 

――日本のマスメディアは総じて反トランプ的な姿勢ですよね。

 

戦後の日本のマスメディアは米国民主党傘下ですからね。

アメリカ三大ネットワークの「正規報道」をトレースするだけです。

でもそのアメリカ三大ネットワークの基盤が崩れています。

不思議なことが起きているのですよ。

アメリカは世界から撤退します。

この前、トランプ大統領はアメリカが66の国際機関から

脱退するように指示を出しましたよね。

つまり戦後、世界の秩序、枠組みを定めてきた組織から撤退するの。

ということは、

アメリカはいわゆる「ヤルタ・ポツダム体制」(YP体制)から

撤退するのね。

「ヤルタ・ポツダム体制」って安倍氏が言っていた

「戦後レジームからの脱却」のその「戦後レジーム」のことです。

戦後レジームを創設した当事者が撤退しちゃうんですよ。

 

――それだと他の国とか混乱してしまいますよね。

 

そうなんですよ。

戦後の世界秩序の構築に誰よりも率先して関わり、

どの国よりもその中心にいて君臨し続けて来たアメリカが

なんと真っ先に「お先に失礼します」って出て行っちゃうということ。

「もう他国のことなんか知らないから勝手にうまいことやって」と。

だけど今アメリカはかなり細かいところまで閉店作業をやっています。

これまで地球の裏側にまで張り巡らせた表や裏のネットワークを

ひとつずつ解いて後片付けをしているんです。

一般社会でも同じですよね。

お店を閉店する時、いきなり「閉店」ってやろうとしてもできませんよね。

会員のお客様のポイントカードの処理、取引業者への支払い、

官公庁への届け、家賃の清算、水道光熱費の清算とか

閉店するにしたって、やらなきゃいけないことが山のようにありますでしょ。

それの国バージョンですから。

もちろんアメリカという国自体が消滅するわけじゃありません。

戦後の世界秩序の「表舞台」からアメリカが消えるということです。

これは世界に対して相当に巨大なインパクトをもたらします。

だからアメリカは「今日で閉店」なんてできないですよね。

撤退閉店するためには膨大な後片付けの処理がある。

 

――今、トランプ大統領は全世界からドン引きされるようなことを

やりまくっているように見えますけれどこれはどういうことですか?

 

アメリカが世界の表舞台から撤退するにあたって、

弱く逃げ腰の姿勢を見せるわけにはいきませんよね。

最後の最後まで強いアメリカの姿を保持しながら徐々に去っていく。

トランプ大統領はその強力なメンツを保ったまま、

アメリカという国と共に世界の表舞台から消えていくと思います。

今、ウクライナはもちろん、ベネズエラや南米諸国、グリーンランドなど

「西半球の覇権」を確立しようと動いていますが、

これは冬眠前のクマが里に下りてきて荒らしているのと似ています。

体内に栄養を蓄えたらクマは静かに冬眠に入ります。

言い方はおかしいかもしれませんが、トランプ大統領によって、

世界は急速に「ホワイト化」されていますよね。

アメリカが半ば管理してきた世界秩序からアメリカが抜けた後、

世界は当然カオスとなるでしょう。

そのカオスというか混乱を最小限に抑えるための処理が

今行われているということです。

 

――そうなりますと、じつは日本はかなりマズいんじゃないですか?

 

その通りですよ。

「世界ホワイト化」を実現するための最重要国が日本ですから。

世界から撤退するための後片付け処理をするために、

最後の砦である「日本」に関与するんです。

 


――やはり「日本」が最後の最後となるのですね。

 

タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、フィリピンなどの水面下で、

巨大な粛清と大量逮捕が行われていますよね。

これらの中枢にあるのは我らが日本なのですから。

戦後もアジアの山の奥で密かにずっと80年かけて構築されてきた

国際詐欺、麻薬、人身売買ネットワークがあります。

これらがここへ来て一斉に「ホワイト化」されています。 

その結果、日本のマスメディアを背後から支配してきた存在が

ごっそりといなくなるわけですからね。

でもそうなれば日本のマスメディアは本当の、というか、

本来マスメディアのあるべき姿を手にする、かつてないチャンスでもあります。

でも日本のメディアはその状況を恐れていますよね。

だって今まで一度も経験したことのない「独り立ち」ですから。

だから日本のメディアはこれからいろいろ大変だと思います。

圧倒的なケツ持ちがいなくなってしまうのですから。


2026年1月21日水曜日

4144「憎しみからの解放」2026.1.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月09日の記事を紹介します。


「憎しみからの解放」


今日は「どうしたら憎しみを消すことができるか?」と言うお話です。

心の中から憎しみを消さないかぎり、

本当の幸せを手に入れられないからです。

よく、「不平不満・愚痴や悪口などは、

思ったり口にしたりしない方が良い」と言われますが、

それは取りも直さず、自分の中の神さまと繋がり、 

本当の幸せを掴むことが、

自分の力でできるようになるからです。 

私たち凡人は、なかなか心の内の、「憎しみ」を消せない時があります。 

そしてその結果、現実の生活では

様々な艱難苦難に遭遇していきます。

その憎しみの対象は、

家族に対してのことがダントツに多いようです。

親や配偶者など。

ですが空海の仰るように、

心というのは、

生きていても、死んでからも同じ 

憎しみや怒りに執着して凝り固まっていたら  

天からの光に気づかない。

無意識に拒否する。 

だから、死後も成仏できない。

死後も同じ状態のまま、

長い長い地獄のような生活を送らなければならない。 

すべては本人の心の問題。

が真実のようです。

肉体があろうと、亡くなって肉体が無かろうと、 

心の状態は変わらない。 

死んですぐに仏になるわけではない。。 

ですので、このことが空海が言う、 

生きているうちに「幸せ」を掴まなくてどうする? 

という「即身成仏」の教えに繋がってきます。

空海は生きているうちに仏になれるんだよ・・ 

と教えています。

ここで言う仏とは、

心の状態が穏やかで平和で幸せと言うことです。

生きているうちに憎しみ、怒り、執着から離れることで

天の光に気付き、幸せになることが出来ると言っているわけです。

もし心が、憎しみ、怒りから離れなければ

死んだ後も、同じ状態が続くと仰っています。

でも、そこには仏の慈悲があります。

生きている間には、いろんな人と接することで、 

気付きをもらうことが出来ます。

私達は、今こうして生きています。

それぞれが置かれた環境は異なります。 

楽しさや、苦労の度合いも人さまざまでしょう。

ですが、私達は色んな個性の人達に囲まれ、 

・好きな人に囲まれ、

・嫌いな人に囲まれ、

・人を好きになったり、

・嫌いになったり、

・嫌われたり、 

様々な経験を積み重ねていくことで、

沢山の気付きを頂くチャンスに恵まれています。

もし、私達が自分の置かれた環境で、 

その様々な境遇に感謝して 

明るく前向きに自分の精一杯の生きざまを示すことができたならば、

きっと私達は生きながら 仏の気持ちになれるかもしれません。

生きながら幸せになれるかもしれません。

私達、誰一人も例外なく、その様な恵まれた環境に

今置かれています。

例え、苦しく感じる環境であっても、 

それは実は私達の心にとっては、

神さまが準備してくれた素晴らしい環境であるのかもしれません。

最後に空海のお言葉を紹介します。

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。

そのことを忘れてはいけないよ。 

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

難しく考えることはない。

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

さすれば、道は開くであろう。

空海が生きていた当時の日本で、

仏教は朝廷の強力な推薦もあり民衆の間に広まっていました。 

ですが当時の(奈良)仏教は今ではなく、

死んだ後の来世の幸せを説くものでした。

ですが空海は、今、生きている今ここで幸せになれると説いたのでした。

そして、その方法こそが、

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

だったのです。

魂が喜ぶとは・・

自分の良心、自分の中の神様が喜ぶこと。

良心に従った生き方です、

皆に感謝とは・・

みんなに「ありがとう」と言う事です。

素直に生きて、皆に感謝をすることで、 

今、この生きているうちに

「本当の幸せ」を手に入れることが出来ると、空海は仰っています。

不平、不満、愚痴、悪口も良いでしょう。

・むり、

・どうせ、

・だって  

と言い訳や、後ろ向きの言葉を使うのも良いでしょう。

ですが、もしそれに疲れてしまったら、 

この空海の言葉を思い出してみて下さい。

きっと空海の仰る通り、

生きている今、幸せになることが出来るかもしれません。


2026年1月20日火曜日

4143「因果応報-悪口」2026.1.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月07日の記事を紹介します。


「因果応報-悪口」


人から悪口や、イヤミを言われた時どうすればよいか?

斎藤一人さんが、非常に簡潔に、優しい言葉で

大切なことを仰っていますのでご紹介します。

<転載開始> 転載元 

人間関係の問題は、いろいろあるんですけれど、 

「これだけ覚えておけばいいですよ」というものがあるんです。

これだけ覚えておけば、

いろいろな問題があるなかの8割は大丈夫。

解決するんです。

この世の中には“嫌なヤツ”っているでしょう?

イヤミを言ったり、いばったりする“嫌なヤツ”が

どこに行ってもいるんですけれど、 

それをやめさせようとしちゃいけないんです。

「復讐するは我にあり」じゃないけれど、

復讐は人間がすることではないのです。

悪いことをした人には必ず、神さま(自分自身の良心)によって、

同じように悪い報いがくる。

だから、ことのなりゆきは、天の神さまにお任せするんです。

そして…ここが大事なところですよ、 

いいですか。

「やられたらやり返せ!」って、

その“嫌なヤツ”の悪口を言っていると、

今度は言った人に、悪い報いがきてしまうんです。

自分の畑にピーマンをまいたからピーマンがなる。

自分の畑に、自分で麦をまけば、麦がなる。

そして、自分がまいたものを、自分が刈り取るんです。

隣の人が唐辛子をまいていても、唐辛子を収穫するのは隣の人であって、 

あなたではありません。

それと同じで、あなたがイヤミなことを言われた場合 

悪いことが起きるのは、あなたではありません。

あなたにイヤミなことを言った、その人間です。

つまり、放っておいても、

勝手に相手は痛い目をみるようになっているのです。

それを、あなたがもし「イヤミを言われて嫌な想いをさせられたんだから、

こっちも、あの人にイヤミをお返ししてやるんだ」という気持ちでいると、 

あなたから、“居心地のよくない”ムード(波動)が出てきます。

それではあなたに、人も、運も、お金も、近寄ってきてくれません。

それどころか、自分が望まない、

嫌なことを招き寄せてしまうんですよ。

だから、復讐しようとしちゃいけないのです。

復讐はあなたの仕事ではありません。神さまの仕事です。

<転載終了>

よく人の悪口を言う人がいます。

また現在のようにネットが普及してくると、

SNSで人の悪口や非難をする人も目にします。

もしかしたら、相手がいないところで、

自分の周りの人に、悪口を吹聴している人もいるかもしれません。

そして、それに対して、反応してしまい、

今度は自分が同じようにやり返す方もいます。

ですが、それらの行為は、一人さんが仰るように、

やめた方が良いかもしれません。

今度は言った相手ではなく、

仕返しをした自分自身が同じ土俵に立ち、

同じような嫌な波動をまとい、 

自分自身の人生に不幸を引き寄せてしまうからです。

やられたからやり返す。

そうしなければ、自分は正しく生きているのに、

何だか負けた気になってくる。

やられ損にはなりたくない。

それらの心では、必ず相手と同じ波長をまとってしまいます。

私たちの住む世界は、自分の心の状態が現実を作りますから、

その汚れた心と同じ現実が

自分の周りに現れてくることでしょう。

ですから例え悪口やイヤミを言われたとしても、 

それを心に留めず、

受け流し、受け取らなければ良いことです。

もし目の前で言われたのなら、

ニッコリ笑って「ご忠告ありがとうございます。

感謝します」と言って、 

離れたら、また元のように

ご自分の信念に基づき行動すれば良いだけです。

ブッダもこのような時、静かに反論せず、

受け取らなければ良い・・ そう仰っています。

人から根拠なき悪口やイヤミ、

陰口を言われることは日常茶飯事ですので、

一人さんの仰っる方法を実践するだけで、

かなり楽に生きられるかもしれませんね。


2026年1月19日月曜日

4142「何に感謝するのか」2026.1.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月05日の記事を紹介します。


「何に感謝するのか」


今日は、私たち人間の持つ全ての悩み苦しみの、共通の解決方法についてです。

神様や自然界、宇宙からのサポートを、ふんだんに得るためには、 

「感謝」が大切なことなのですが、その具体的な方法をご紹介します。

小林正観さんの著作からご紹介します。

<転載開始> 転載元

講演会が終わって、初めて二次会に来たという方が私の右隣に座りました。

そして「質問していいですか?」と私に声をかけてきました。

「実は、今日のお話のように自分はたくさんの幸せを感じ、

とても恵まれていて、悩み・苦しみがないのですが、 

一つだけどうしても超えられない悩みがあります。」ということでした。

「どんなことですか?」

「実は結婚して十年経つのですけれど、 

子供ができません。

いろいろなことをしているのですが、どうしても子供ができないのです。 

それだけが悩みで、ずーっと悩んで苦しんでいます。

というお話でした。

「そうですか。結婚して十年経って、子供がほしいを思っているということは、

ご主人がとてもいい人で、優しい人なんですよね?」

というふうに問いかけました。

「ほんとうにそうです。とても優しくて、いい夫です」と彼女は答えました。

「舅姑との関係が悪くて、頭にきて腹を立てるような日々だったら、

多分、その家の子供が欲しいとは思わないでしょうから、 

舅姑との関係は、いいのでしょうか?」と、私は問いかけました。

「ほんとうにそうなんです。

舅さんも姑さんもとてもいい人で、私は恵まれてほんとうに幸せです」と、

彼女は答えました。

「そうですよね」。親戚の人もみんな、いい人なのではありませんか?」

彼女は答えます。

「ほんとうにそうです。

私はほんとうに優しい人たちに囲まれていると思います」という答えでした。

「では、伺いますが、その方たちの一人にでも、

手を合わせて感謝をしたことがありますか?

自分がどれほど恵まれているかということに、

手を合わせて感謝をしたことがありますか?」

と聞きました。

「え?」

と小さく声を発した彼女は、そこからまた前の例と同じように、

どわーっと涙を流し、二十分ほど泣き続けました。

私は、その泣いている彼女の耳にこういう言葉を伝えました。

「もし私が神さまだったならば、あなたのその唯一のお願いごと、

頼みごとを、絶対聞かないと堅く決意したかもしれない。

そして、もし私が神さまの友人であったならば、

神さまがこの人のいうことを聞いてあげようと思ってやってきたときに、

神さまの目の前に立ちふさがって、 

この人のいうことを聞いてはいけないと邪魔をするかもしれません」

というふうに申し上げました。

なぜなら、子供ができないことばかりを挙げ連ねて、 

実はそれ以外に、自分がどれほど恵まれているかということに

感謝をしていないのではないのですか。

もし、自分がどれほど恵まれているかということに気が付いたならば、

恵まれてないその一点を悩み・苦しみだといって挙げつらうのではなくて、 

来る日も来る日も、自分が恵まれていることに

手を合わせて感謝をしているのではないでしょうか。

そういうことに全然感謝をしないで、ただひたすら、

「これが足りないから、これをよこせ」

「あれが足りないから、あれをよこせ」

と言い続けている人には、神は微笑まないような気がするのです。

自分の思い通りになったら感謝するけれど、思い通りにならない状態では、 

感謝をしない、というのは、本当の感謝ではないのかもしれません。

恵まれているもののほうに目を据えて感謝をする。 

足りないものだけを挙げつらねて

「神さま、これをください」

というのは、ほんとうは、神さまや宇宙に対する冒涜なのかもしれません。

この話にも後日談があります。

一年ぶりに彼女が私の前に現れました。

「相談したときに言われたことはショックでした。

でも、そのショックは「確かにそう・・・」と思え、体中にしみ込みました。

なんと、私は今、妊娠七か月なのです・・・」

みんなの猛烈な拍手。

受け入れて「感謝」することを始めたら、なんと授かった・・・

奇蹟はあちこちで起きるのです。

<転載終了>

ここでもやはりポイントは

「置かれた場所で咲きなさい」と同じことです。

何か足りない、何かが無いから不幸だ。

と無いもの、与えられていないものに不平不満を言うのではなく、

今与えられているものに感謝すること、自分が置かれた環境に感謝すること。

足るを知ること・・

それが大切なんだよと教えてくださっています。

今の環境に置いて下さったのは神様です。

そしてそれは、私たちが生まれる前に、神様と私たち自身が一緒に決めてきた環境です。

これを摂理と言います。 

苦しくて辛い環境も、決して私たちを苦しめるためだけに

神様が用意して下さったわけではありません。

その辛い環境、悩み多き環境を経験することで、

私たちの魂を引き上げようとしてくださっているからです。

ですので、その悩みは、決して永遠に続くものではありません。

破滅への道ではありません。

どうか安心なさってください。

そして、置かれた環境、周りに居てくださる方々に感謝してみてください。

笑顔を向けてみてください。

きっと、それが答えですから。


2026年1月18日日曜日

4141「家族になった訳」2026.1.18

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月04日の記事を紹介します。


「家族になった訳」


世界で一番大切な人なのに・・・

家族って、どうしてこんなにも、難しいものなのでしょうか? 

本当のホンネでは、愛し、愛されているのに

誰よりも家族のことを深く、愛しているのに・・

憎しみ合う人たちも多い・・・ 

今日はそんなテーマです。

結婚するまでは、他人同志だった二人。

・生活感、

・価値観、

・金銭感覚、

・物事の受け取り方も 

まるで違う者同士。

結婚し、家庭を作り、お互いに同じ方向を見つめ、協力し、助け合い、 

貧しい中でも工夫して、小さな幸せを見つけ、

笑いながら、幸せに暮らして行きたい。

子供が生まれれば、二人で協力し、慈しんで育てたい。

お互いに歳をとり、白髪になり、元居た世界に帰るまで・・

そう思っていたのに、実際は、

家族だから、苦しめ合っている、そんな現実が、なんと多いことか。

家族だから、期待や要求をぶつけ、干渉し、支配しようとする。

家族だから、罵り、傷つけ、暴力を振るう。

家族だから、残酷さや支配欲、身勝手さをさらけ出す。

ブッダは2500年前に、家族が抱える悩みの中に、 

業という大きな理由を見つけました。

ブッダが生きていた時代に、お弟子さんだった小林正観さんが

家族について次のように仰っています。

<引用開始>

みなさんは、家族は長く一緒にいて

自分の主張をし合うことが仲よしの証拠、だと思っているところがあります。

でも、私はそのように、家族をとらえていません。

家族とは、他人に対して言わなくてすむ、わがままを、 

目の前の家族という名の、特別な存在に対しても言わないという、

訓練の場、なのだと考えています。

あることを他人から言われたときに、 

その他人に対しては、

腹を立てたり、怒ったり、怒鳴ったり、いら立ったりしない。

ところが、同じ言葉を夫や妻、子どもから言われたら、 

ものすごく激昂(げきこう)して、腹を立てて、 

怒って、怒鳴りまくってしまうという人はいませんか?

実は結構いるのですが、そういいう性質を幼児性といいます。

つまり、この人には甘えていい、という特別な感情を持っているわけです。

もしここで、踏みとどまることができるなら、 

その人は忍耐力というのを持っているわけです。

自分で自分の感情が、制御できているんですね。 

それが、ある人との関係では、制御できて、コントロールできるのに、 

別の人との関係ではコントロールできないというのは、 

制御ができないのではなくて、制御をしないのです。

家族だから、妻だから、夫だから、という理由で制御しないのは、 

甘えているという意味で、それを幼児性といいます。

結婚というのは、幼児性の克服のための、訓練の場なのです。

そこのところに気がつかない限り、 

多分、穏やかな家庭生活というのを得ることはできません。

家族というのは、わがままを言い合うために、存在するのではなく、 

わがままを言えるような人間関係が目の前にあって、 

それでも、なおかつ、そのわがままを言わない、ために存在するのです。

言わないということは、大人になるということです。

この話をしたらある人がこう言いました。

「それではストレスをどこで発散するんだ」と。

もう一度いいます。

家庭というのは、ストレスを発散する場ではありません。

幼児性でわがままを、振りまきたくなる状況設定をされているのが家庭。

そこで自分がいかに、幼児性を振りまかないで、それを克服していくかということ。

これは業(ごう)というものですけれど、

その業の克服のために、 家庭というものが存在するのです。

家庭というところは、人間が成長する場所なのですね。

幼児性というものを克服するために、家庭が存在するということがわかってくると、

子どもとの関係、親と子の関係というものも見えてきます。

実は親が子どもを育てている、のではなくて、

子どもが親を育てにきている、ということに気がつきます。

結婚した時に、自分だけのわがままで生きてきた人生から、

相手が一人増えるわけです。

妻や夫という名の家族が。

そして、子どもができたときには、もう一人別な存在が、できてきます。

妻や夫や子どもが、自分の思いどおりにならなかったりすると、

感情をかき乱されます。

そのときに、どんなことがあってもいら立たない、ということの訓練の場として、

実は家庭というものが存在する。

ですから、家庭はわがままを言うところではないし、

ストレスを発散する場ではないのです。

<引用終了>

日常の生活の中で、幼児性を目にする機会は良くあります。

・上司が部下に怒鳴る

・妻に暴言を吐き、暴力を振るう

・年配者が若者に暴言を吐く

・飲食店や小売店で、「お金を払っているから私はお客だ」と威張ったり、

 怒鳴ったり、いら立ったりする

相手がいなくとも、こんな「幼児性」もあります。

・いつも自分だけが我慢している(すれば良い)と思っている、言っている

・ちょっとしたことに不平不満を感じ、ため息をつく、愚痴を言う

・いじける

そういう人には、すべて幼児性があります。

どんなに偉そうなことを言おうと、我慢ができなくて、

わがままで自分さえよければいいという、甘えが抜けない。 

それはまるで幼児と一緒です。

幼児性のある人は、わがままを振りまきたくなる状況設定をされている場、 

つまり家庭では、自己をコントロールすることが難しくなります。

幼児性があるから、ものすごく激昂(げきこう)し、

腹を立てて怒ったり、怒鳴りまくってしまいます。

でも、正観さんが仰るように、その家庭の中でこそ、その幼児性に気付き、 

そして穏やかな気持ちでいられるよう、

自分自身で、コントロールできるようになりたいものです。

家庭だからこそ、その自分の幼児性がデフォルメされて表現されています。

それに早く気付けるように・・

自分の中の、幼児性に気付けるように・・・

そして、お互いに同じ方向を見つめ、協力し助け合い、

貧しい中でも工夫して、小さな幸せを見つけ、笑いながら、 

みんな、仲良く、幸せに暮らして行きたいですね。

それが、家族と言う単位を作った

神さまの優しい、計らい、目的なのですから。


2026年1月17日土曜日

4140「2026年1月に「太陽をはさんだ5つの惑星の直列」」2026.1.17

今回はIn Deepさんの2026年1月8日の記事を紹介します。


「2026年1月に「太陽をはさんだ5つの惑星の直列」が起きており、「惑星の力が太陽活動と同調する」という科学的観点から、今後60日後くらいまでに太陽活動が再び過激化する可能性」


2026年1月に「太陽をはさんだ5つの惑星の直列」が起きており、「惑星の力が太陽活動と同調する」という科学的観点から、今後60日後くらいまでに太陽活動が再び過激化する可能性 - In Deep

2026年1月第2週の惑星配列

2026年最初の惑星配列は太陽を挟んだ5つの惑星の印象的な直列

2026年1月8日前後の太陽系の惑星配列は冒頭のようになっていまして、

「太陽を挟む形で、5つの惑星が直列している」

という形となっています。

火星 - 金星 - 水星 - 太陽 - 地球 - 木星

となります。

これについて、ドイツの国立研究センター HZDR の物理学者フランク・ステファニ氏という方が、以前から研究し続けている、

「惑星の潮汐力(惑星相互の力の作用)が太陽活動周期を同期させるメカニズム」

により、このような太陽を挟んだ形による惑星直列は、その後、太陽活動を活発化させる可能性があることに言及していたことをスペースウェザーが報じています。これは、もちろん科学的な検証がすでにあるもので、今後 1カ月から 2カ月程度の間に、太陽活動が再び活発化する可能性が出てきているようです。

太陽活動が「他の惑星に支配されている」ことについては、 In Deep の以下の記事で取りあげたことがあります。

・[衝撃] 太陽は地球を含む太陽系の惑星に支配されていた : ドイツの科学機関が、《太陽活動が金星 - 地球 - 木星の惑星直列にコントロールされている》ことを科学的に裏付ける

In Deep 2019年6月9日

今回は、ドイツの国立研究センター HZDR のこの物理学者の主張についてのスペースウェザーの記事をご紹介したいと思いますが、ただ、冒頭の側面とはまた「違う惑星直列」も、1月10日に起こります。今日から 2日後くらい後のことですね。

それは「地球が太陽と木星の間に直線で挟まれた形になる」のです。

2026年1月10日の太陽と地球と木星の配列

North Light

投稿者によると、以下のような状態になるようです。

「衝」というのは、地球から見て他の天体が太陽とちょうど正反対の位置に並ぶ瞬間のことです。

North Light氏の投稿より

2026年1月10日は、天体観測の絶好の機会です。地球が太陽と木星の間をまっすぐ通過し、「衝」と呼ばれる完璧な配置を作り出します。

これは私たちにとって何を意味するのでしょうか?

・木星は今年、地球に最も接近します。

・太陽の光に完全に照らされ、夜空で(月に次いで)最も明るい天体となります。

・日没時には東から昇り、日の出時には西に沈む様子を見ることができます。

晴天であるなら、木星の観察と写真撮影に最適な時期が今週到来し、1月10日がピークとなります。地球が最接近するため、望遠鏡で雲の帯やガリレオ衛星を最も鮮明に観察できます。

North Light

ここまでです。

ガリレオ衛星というのは、木星の4つの大きな衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)のことですが、それが地上からの望遠鏡で観測できるということですかね。

まあ、天体観測のことはともかく、このしばらくの間は、

・太陽が 5つの惑星に挟まれる形の直列となる

・地球が、太陽と木星に直線で挟まれる

ということが同時に起きるときのようです。

天体的なこの事実はともかくとして、それが、たとえば地球の社会に何か影響を及ぼすのか? 及ぼすとすれば、それはどんな影響なのか。…それはわからないですが、今現在、世界はとても不安定ですので(イランとかベネズエラとかキューバとかコロンビアもグリーンランドも含めて)、その行方は気になります。

社会的なことはともかくとして、まずは、スペースウェザーの科学記事です。

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惑星の配置と太陽活動周期

PLANETARY ALIGNMENTS AND THE SOLAR CYCLE

Spaceweather 2026/01/08

今週、木星と金星は太陽の反対側に位置している。一部の研究者たちは、この幾何学的配置は単なる天体の偶然以上のものだと考えている。小規模ながらも継続的に続けられている研究は、惑星の配置が太陽活動の調整に役立っていることを示唆している。


ドイツの国立研究センター HZDR の物理学者フランク・ステファニ氏は以下のように語る。

「 10年前、私たちは、惑星の潮汐力によって太陽活動周期を同期させる現実的なメカニズムを見つけようと試みました」

「これらの力は非常に小さなことが知られていますが、私たちは観測された太陽活動と驚くほど一致するモデルを見出しました」

これは議論を呼ぶテーマだ。

ステファニ氏のように、この研究にキャリアを捧げる研究者もいれば、 この研究結果に激しく反対する研究者たちもいる。それでも、この考えがなかなか消えないのは、主に木星、金星、地球が太陽黒点周期の平均周期とほぼ一致する約 11年という特徴的な周期で、一直線に並ぶパターンを繰り返すためだ。

これは偶然だろうか、それともそれ以上の何かだろうか?

主流の太陽物理学では、金星と木星の潮汐力は太陽活動に影響を与えるには弱すぎると考えられている。地球における木星の潮汐は月の潮汐の 100万倍弱く、金星の潮汐は木星の潮汐よりもさらに弱い。

これらの途方もなく小さな力が、どのようにして太陽に影響を与えるのだろうか? ステファニ氏が率いる 2019年の研究は、ある可能性を示唆している。

太陽内部の磁気ダイナモは、外部からの摂動に対して非常に敏感だ。惑星の潮汐による定期的な「タップ」が、ダイナモをピアノ奏者のリズムを正確に保ってくれるメトロノームのように、11年周期のパターンへと少しずつ動かす可能性がある。

 批評家たちは、太陽内部の対流ノイズ(上の図)が潮汐応力をはるかに上回っていると指摘する。しかし、この偶然の一致は無視できない。

ステファニ氏の最近の研究は、太陽ダイナモにおける磁気ロスビー波 (※ 地球の外核のような導電性流体の回転する層で発生する、磁場と流体運動が結合した波動)に焦点を当てている。

「私たちの研究による最新モデルは、これらの波の固有周期が、金星、地球、木星の 2つの惑星の春潮と驚くほどよく一致することを示しています。金星 - 木星間は 118日、地球 - 木星間は 199日、金星 - 地球間は 292日です」

ステファニ氏は、これらの春潮が太陽活動周期を引き起こすのではなく、同期させるのに役立つと明言する。

潮汐ビート周期は、太陽周期のサイクルとして知られている 11年の周期(シュワーベ周期 / ※ 一般的に知られる 11年サイクルの周期)、1.7年の周期(準二年振動 / ※ 約2年周期で交互に入れ替わるサイクル)、そして193年周期 (ズース・ド・フリース周期 / ※ 約200~230年続く長期的な太陽磁気活動周期)、さらに 90年周期と 58年周期の 2つの周期など、金星、地球、木星の 2つの惑星の春潮と太陽活動のよく知られた周期が非常に一致しているのだ。

これに対しても、批判的な人々は反論している。これほど多くの周期と高調波を扱えるなら、必ず一致する周期が見つかるはずだ、と。

確かに、それは真実かもしれない。

しかし、ステファニ氏は以下のように予測している。

「現在の配置は、準二年振動の予想されるピークのわずか 40~ 60日前に起こっています。もしこの配置が、私たちのモデルが予測するように磁気ロスビー波を励起するなら、今から 40~ 60日後に活発な太陽活動が発生する確率が高くなるかもしれません」

これは純粋な科学だ。2ヶ月後の続報を楽しみにしてほしい。

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ここまでです。

ちなみに、科学とあまり関係のない話として、惑星物理学者であり、占星術的なことにも造形が深いステファン・バーンズ氏は、以下のように投稿していました。

2026年1月8日の投稿より

Stefan Burns


2026年1月の惑星収束がここに到来した。

すでに展開された元型に完璧に適合する状況だ。

- 独立ベネズエラの米国による迅速な乗っ取り(火星-金星-太陽の合)

- 社会と現実そのものの本質についての突然の気づきと啓示(木星-太陽の衝)

- 富の急進的な再分配と金融の変動性(金星-火星-木星)

- 日本 M7.6、ユーコン M7.0、メキシコ M6.5、フィリピン M6.4 などの大地震

- より深い真実の啓示

私の友よ、すべての反対に直面して信仰を持ち続けよう。一緒に美しい世界と共有された存在を創り出せるでしょう。

科学者なんだか宗教者なんだかわからない投稿ともなっていますが、人によっては、このような側面から今回の惑星直列を見る人もいるという例でご紹介しました。

しかし、科学的な側面からでも、スペースウェザーの記事の物理学者フランク・ステファニ氏が言うように、今後、40〜 60日後に太陽活動が再び活発化するとしたなら、

「世界はさらに暴力的になる可能性が高い」

です。

太陽活動の活発化と暴力や戦争、そして革命の関係は今まで数多く書きましたが、2018年の以下の記事が比較的わかりやすく、また、科学的データも整合性があるものとなっていると思います。

・太陽活動と人類の革命と戦争の歴史

In Deep 2018年3月16日

2026年は、早い段階から、社会的にも経済的にも予期しない混乱が訪れる可能性も高そうです。

トランプ氏の外国に対してのあまりにも早急な行動や言及(エドワード・ダウド氏が懸念を表明しています)、日本に関していえば、産業のひとつの根幹であるレアアース等が中国から入らなくなる可能性の高まりによる混乱、そして、イランの抗議デモという名の(もしかすると、国内外からの扇動)混乱。そして、株価や貴金属市場も混乱しています。

1月早々から世界は荒れ始めています。


2026年1月16日金曜日

4139「最強の言葉」2026.1.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月03日の記事を紹介します。


「最強の言葉」


このブログもお蔭様で、

日々何千人と、沢山の皆さんから読んでいただいています。 

出来れば一つでも自らの意志と行動で、実践していただき、

お幸せになっていただきたいと思います。

※実際に、お幸せになった方々からも 沢山メッセージ頂いています。

また、大変申し訳なく思うのですが、いつも書いている通り、

個人的なご質問や、ご相談にはお答えしていません。 

きりがなくなってしまいますし、

私自身が相当なエネルギーを消耗するからです。 

また、それをしてしまうと、

このブログで常に強調して書いています通り、

神様の嫌がる、他人依存の心を強化してしまうからです。 

コメントに、お返事できないこともあります。

また、誹謗中傷を意図するコメントは削除することもあります。 

その分、記事を書くことに、エネルギーを集中したいと思うからです。 

私も普段は仕事をしており、

仕事の合間に、こうやってブログを書いています。

お金を頂くためではありません。

ライフワークとして、個人として書いています。 

本当に申し訳ありませんが、ご承知いただけるとありがたいです。

さて皆さん、この言葉ご存知ですか? 

「断じて行えば、鬼神も之を避く」

断固とした態度で行えば、

鬼神でさえ、その勢いに気(け)おされて避けて行く。

と言うことだそうです。 

私は、これを 

「ありがとう」の言葉を常に口にして、

感謝の心で生きている人のことだと思います。 

「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にする人に対して、 

どんな人が、 

・蔑み(さげすみ)、

・陥れ(おとしいれ)

・危害を加え

・足を引っ張る

ことができるでしょうか?

それでは、歴史研究家の 河合敦さんのエッセイをご紹介します。

<引用開始> 引用元

赴任先は知的障がいを持った生徒が通う養護学校で、

僕が初めて受け持った子供たちとの出来事です。

その日、子供たち10人、担当の先生3人で、小田原に遠足に行きました。

お昼になり、昼食を食べるお店を探したのですが、

どこも13人の団体は入れず、

ようやくあるお店お蕎麦屋さんに入ることができました。

2階の座敷に通され、女性の店員さんが注文を取りに来ました。

ところがメニューに写真がありません。

子供達は言葉が喋れなかったり、

字が読めなかったりするので、僕が一つひとつ説明していたら、

その店員さんは忙しかったんでしょうね、プイと下へ降りちゃったんです。

僕はその態度にすごく腹が立ちました。

ようやく注文が決まり、別の店員さんに頼みました。

待っている間、僕たちは畳の座敷にそのまま座らされていたので、

座布団はないかなと押し入れを開けたら、ありました。

僕はそれを出して配り始めました。

そしたら最初の店員さんが血相を変えてやってきて、「これは使わないでください!」と私からひったくり、

別の場所から持ってきた座布団を投げつけるような乱暴さで生徒たちに配り始めたのです。

さすがに僕はブチ切れて、一言、言ってやろうと口を開きかけたその時、

座布団を受け取った勇太(仮名)が「おばさん、ありがとう」と言ったんです。

そしたらほかの子供たちもみんな「ありがとう」「ありがとう」と言い始め、 

言葉が出ない子は手を合わせて頭を下げたのです。

その光景を見た時、僕はもうグッときてしまいました。 

すると、その店員さんは人が変わったように急に優しくなったんです。

それまで忙しくて心に余裕がなかったんでしょうね。

13年後、勇太が亡くなったことを知らせるお母さんからの手紙が来ました。

その中に、葬式に参列された方のコラムが同封されていました。

その方は、13年前に僕が書いたエッセーのことに触れた後、こう綴っていました。

『・・・勇太が発した「ありがとう」の一言で、食堂の店員も河合先生も、 

その場にいた皆が、とても和やかな気分になったという。感動した。

そうか、勇太はそんなこともしたのか、と。

そこに知的障がい者たちの素晴らしさを見た。

白木の棺の横に大書きしてあった「ありがとう」の意味もよくわかった。

息を引き取る直前、何か言いたそうだったので、

お母さんが「ありがとう、なの?」と聞いたら、勇太は頷いたそうだ。

勇太は心から「ありがとう」と言える若者だったのだ」

それを読んで僕は涙が止まりませんでした。

僕の書いたエッセーがずっと彼の家族の支えになっていたんです。

彼は30年という短い生涯を終えたわけですが、

「ありがとう」という言葉は、これからも彼の家族を支えていくと思います。 

<引用終了>

どんなに敵意むき出しの人であろうと、

どんなに悪意ある人であろうと、

自分に向けた「ありがとう」という言葉に

心を動かされない人はありません。 

神さまは、人間の本能の中に 

・ありがとうと言われると(感謝されると)、嬉しい 

という仕組みを入れてくださっているからです。 

感謝の心、「ありがとう」の言葉は、 

自分の心も安定させ、不安を払しょくしてくれます。

安心感をもたらしてくれます。 

何故なら、

その言霊の生み出す、波動空間に自分自身が包まれ、 

無意識の内に神さまと

・仲良くなった

・融合した(一体化した)

・神さまに愛されている

・宇宙が味方してくれている

そう気付くからです。 

皆様が、内なる神さまに気づき、お幸せになりますように。