2026年1月29日木曜日

4152「苦しみの終わる時」2026.1.29

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月14日の記事を紹介します。


「苦しみの終わる時」


この世の中は、幸せ、Happyな人ばかりではありません。 

・病気やケガで苦しんでいる人もいます。

・孤独に苦しんでいる人もいます。

・嫉妬や、悔しさ、恨みで苦しんでいる人もいます。

今日は、心の問題で、苦しんでいらっしゃる方に書きたいと思います。 

でも、その辛さが、何が原因かが分っており、

そして、そこから抜け出したいと、真剣に思っていらっしゃる方は幸いです。 

もうその辛く苦しい道のりの、半分以上を越えたのと同じだからです。 

あとは、ちょっとだけ、心の方向を変えるだけで、

ご自分の中に居らっしゃる神さまが、背中を押してくださることでしょう。


私たちの周りで起こる現象は、 

それを引き起こす種が、心の中に無ければ決して起こりません。 

ブッダが仰るように、この宇宙は因果律が支配しているからです。 

「因果律」は、血も涙もない、冷たい法則ではありません。 

この宇宙を作られた神々は、愛そのもの、慈悲そのものだからです。

・その現象が現れた時

 病気、ケガ、事故、出会い、別れ、いさかい 

・心に動揺が起こった時 

 嫉妬(うらやましい)、憎しみ(にくい)、殺意、悔しい、失敗しろ、悲しめ、苦しめ

そんな時は、心の中に存在していた、

その縁となった種が実を結び、現実の世界に現れた時です。 

その時に、自分の心の中に、その感情が湧き起こったことを認め、 

その感情を味わい、苦しみ、そして、その後に、 

もし、そこから抜け出したいと、そう思ったのなら、

もう、それは、その因(原因)となった種が、燃え尽き、

もう二度と悪さをしない、そのような時の到来です。 

夜明けのチャンスです。

内なる神さまは、その時が来るのを待っていたのですから・・ 

全ての出来事は、私たちの心が作り出しています。 

偶然に発生する出来事は、この世に一つとしてありません。 

神さまはサイコロを振りません。

無駄なことは、なさいません。

もし、このチャンス到来の時に、意識を変えず、心の向きを変えず 

今までのように 

・不平

・不満

・愚痴

・悪口 

を口にし、運命を呪っていたのなら、また時期をずらして、

同じ出来事が、自分の身に降りかかってくるでしょう。 

因が解消されないからです。 

その2度目の出来事は、

1度目よりも、更に大きなインパクトをもたらすと言われています。

でも、それも仕方のないことかもしれません。 

何故なら、私たちの多くは、目の前の出来事に対して、

・状況を改善したい

・願いが叶えばいいのに 

という夢や希望を持って、思いどおりにならない物事を

リストアップしがちだからです。 

それは、学校教育や、家庭環境に置いて、親や学校の先生から、

・リストアップした希望を、思いどおりにすることこそが幸せだ

・現状に甘んじることなく、夢や希望や望みや願いを語りなさい

・努力し、競争に打ち勝ち、願望を実現しなさい

そう、教わってきたからです。 

そのように国民を競争社会に置くことで、得をする邪悪な勢力があったからです。 

日本には、かつて縄文時代と言うものがありました。 

競争や、争いが一切なく、皆が助け合い

お互いさま、お陰さまで暮らしていた1万年間です。 

世界に類をみません。

ユートピアの世界でした。 

私たちは、DNAの中に、その魂を宿しています。

幸せな人生には、競争は不要です。 

人と比べることも必要ありません。

そして、夢や希望さえも不要です。 

なぜなら、私の人生で起きることは、病気であれ事故であれ、

人との出会い、別れ、軋轢(葛藤)、100%、今の自分に必要だから

起きていることだからです。

・自分が、今与えられているもの

・今持っているものに対し、 

感謝の気持ちを持つこと 

「嬉しい、楽しい」「あぁ幸せ」と言って、苦しみではなく、

今ある幸せを数え上げてみること。 

「ありがとう」と口に出して感謝してみること。

そうすればきっと、今の自分が膨大な数の、幸せに囲まれていることに気づきます。

幸せとは、求めて求めて何かを手に入れることでなく、

今、目の前に存在する出来事について、「私」が「幸せだ」と思うこと。感じること。

そうブッダは般若心経の中で教えてくださいました。

自分を、貶める誰かを好きになること、愛すること、それは、難しいかもしれません。

ですが、感謝することはできるのではありませんか?

その相手の方の態度によって 

・何か気付きはありませんでしたか? 

・何かの感情を味わうことは、ありませんでしたか?

・自分の心の中に、同じ素質が、潜んでいることに

 気付かせては、くれませんでしたか? 

何故なら、その人も、生まれる前に、神さまのみ前で、

その役割を演じることを、お互いに合意したうえで、生まれ、

そして出会い、約束通り、その役を演じてくださっているからです。 

完全なる悪意の塊の魂は、生まれる以前に 

神さまからのOKが出ませんから、この世に存在して居ません。

その人に対する憎しみ、羨み、その心から抜け出すために、今、その時が訪れました。

許すことを学ぶ時、そして感謝の心を学ぶ時が来ました。 

感謝の気持ちが、心を満たした時、心の中のあちこちに

こびりついていた 悪因の多くは、燃え尽くされることでしょう。 

そして、空いたスペースには、宇宙の法則通り、 

聖なる神々の美しいエネルギーが、流れ込んでくることでしょう。 

好きになること、愛することは、難しくとも、感謝することはできます。

もし、それさえもむずかしければ、その時は、伝家の宝刀、言霊を使ってください。 

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

気持ちがこもって無くても結構です。

心の中だけでも結構です。 

言霊が威力を発揮してくれることでしょう。 

そして、神々が微笑んでくださることでしょう。

ご自分のお顔から、笑みが、こぼれ落ちることでしょう。 

それを見た周りの方がたも、本当の幸せを手に入れることができるでしょう。 


2026年1月28日水曜日

4151 「AI生成動画が広める若者たちの「脳の腐敗」」2026.1.28

 今回はIn Deepさんの2026年1月22日の記事を紹介します。


「AI生成動画が広める若者たちの「脳の腐敗」が導くオール・イディオット社会まではわりとすぐかも」


AI生成動画が広める若者たちの「脳の腐敗」が導くオール・イディオット社会まではわりとすぐかも - In Deep

疑似と本物の見分けがどんどんつかなくなる時代に

少し前、夕食のときに、うちの子どもが、「 AI の進化もちょっと困ったもんだけどね」というようなことを言いました。

私 「なんで?」

子 「もう、動画が本物かフェイクかわからなくなり続けているんだよね。そろそろ勘弁してほしい」

私 「それはさ…」

子 「うん」

私 「この動画は本物ですか、ってリンクを貼って AI に質問するしかないんだよ」

子 「何だかなあ」

私 「画像や動画によっては、全然見破れないもの」

実際、私もブログなどの記事を投稿するときには、「確認」しないと、どうにもならなくなっています。

たとえば、自然災害や自然現象(虹やオーロラなど)に関しても、

「確かに以前からある現象だけど、どうも違和感がある」

という時には、AI に真偽を聞いてみるしかないのですが、最近では、「 AI 自身が画像の真偽に確証を持てない」例も増えています。

たとえば、以下のような虹色の雲は以前から多く観測されていたものです。過去の「地球の記録」などに数多くあります。

私自身、空の様々な、あるいは美しい現象は過去十数年、かなりそういう画像を見てきた一人だと思っていますが、しかし、以下の画像は見た途端、「違和感」がありました。

2026年1月13日のXへの投稿より

maniaUFO

AI ではなくとも、編集(特定の色を強調するなど)されたものだろうとは思うのですが、AI に質問しても「自然であるかどうかは疑わしいです」と確定回答は出ないのですね。

最近、カムチャッカ半島で歴史的な大雪が降ったのですが(記事「ロシア極東で過去130年間で最大規模の降雪…」にあります)、記録的な大雪が降ったのは事実なのですが、投稿されている写真の中には「ほんとかよ、これ」というものも多かったです。たとえば、以下のようなものです。

カムチャッカ半島の大雪の風景とされる画像

chosun.com

私は AI 生成、あるいは画像アプリによる合成だと確信したのですが、しかし、その後、いくつかのメジャーな通信社がこの画像を記事で使用していて、「これ本当なのかよ」と考えたりと、いろいろと面倒な時代です。

最近などは、以下のような AI 生成動画を見まして、少し前のロックなどが好きな人でしたら、思いはいろいろでしょうが、様々に感じる部分もあるでしょう。ニルヴァーナという米国のバンドのフロントマンだったカート・コバーンという人(故人)が、スタジオを訪れ、いろいろなミュージシャン、しかもすべて故人と会うという動画です。

ドアーズのジム・モリソンから始まって、フレディ・マーキュリーやマイケル・ジャクソンやオジー・オズボーン、ついにはエルヴィス・プレスリーさえ出てくる動画です。

それで、仕上がりとしては、「何の違和感もない映像となっている」のです。昔の合成映像とは比較にならないものがある。

私はここに出てくる人の多くを好きでしたけれど、しかし、むしろ、こういうのを見ると、「愕然」としますね。

こんなの、今後もいくらでも出ててくるし、作ることも容易です。

インターネットであれ、テレビ等であれ、私たちの多くは、「情報」を映像を含めた画像で得ます。しかし、それらの真偽がどんどんわからなくなってきている。

娯楽だけの世界であれば、それは技術の進歩であり、十分におもしろいことだとは思います。実際、私が仮に現在、映像を作るような仕事をしていれば、「必ず」 AI を使用していたと思います(でも、しません)。

そして、冒頭に載せたアメリアのように、AI 生成による「主義主張キャラクター」が次々と出る兆しを見せていて、今後も増えるでしょう。つまり、場合によっては、AI キャラが、政治的な扇動を担当する可能性さえあるのです。

「特定の民族に対して、万人に好まれる人間のルックス」を生成するのは AI の得意なジャンルでもあります。

 

脳の腐敗の拡大

というわけで、実は今回、ご紹介する記事はこういうこととは直接は関係しないのですが、

「脳の腐敗」

についての記事です。

脳の腐敗とは、つまり「脳の働きが最近のスマートフォンなどの娯楽によって衰弱している」というようなことで、脳の腐敗の概念については以下の記事で書いています。

 ・何が子どもと若者から「知能と自我」を剥奪しているのか?

In Deep 2025年12月7日

 

ご紹介するのは米エポックタイムズの記事で、これは決して AI 生成の動画がユーザーの「脳を腐敗」を加速させているということではないのですが、

「 AI 生成によるそういう動画が劇的に増えている」

というような話です。

スマートフォンなどでの動画視聴が常態化する中で、「脳の腐敗」が、どんどん進行する危険性についての話とも言えるかもしれません。

人類オール・イディオットの世界が十数年の間に出現しないとも限りません。

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AI生成の「脳の腐敗」がソーシャルメディアで静かに広がる

The Quiet Spread of AI-Generated ‘Brainrot’ Across Social Media

Jacob Burg 2026/01/19

物理法則を破りながらワニを蹴り上げるゾウ、政治家や故人のディープフェイクを当惑させる動画、グリンチと戦うイエスの一見アニメ風の子供向け動画など、生成型人工知能(AI)がオンライン動画プラットフォームを席巻しており、最近の調査によると、YouTube の短編動画フィードのかなりの部分を占めている可能性があるという。

昨年、ユーザーを精神科に入院させたり、鬱状態の十代の若者複数名の自殺を助長したとして非難された生成 AI ツールは、オンラインコンテンツの新たなジャンルも生み出している。

動画編集ソフトウェア会社カプウィング (Kapwing)が昨年11月に発表した調査によると、審査対象となった 500本の短編動画のうち 21%に AI 生成の画像や動画クリップが含まれていた。

分析対象となったチャンネルの中には、数百万人の登録者数と数十億回の視聴回数を誇るものもあった。

インドを拠点とするチャンネル「Bandar Apna Dost」など、YouTube の広告収入で年間数百万ドルを生み出すと推定されるチャンネルもある。

これらのチャンネルは世界中に存在し、調査によると、スペインと韓国を拠点とするチャンネルが「最も熱心な視聴者数」を獲得している。

学際的技術研究者のロヒニ・ラクシャネ氏はエポックタイムズ紙に以下のように語った。

「生成 AI ツールは、ビデオ制作への参入障壁を劇的に下げました」

「そのため、チャンネルは膨大な量のコンテンツを量産し、高い投稿頻度を維持することができます。こうした手法を用いるチャンネルは、コンテンツの質に関わらず、量だけでレコメンデーションフィード (※ ユーザーにとって興味関心が高いと思われるコンテンツや商品を、リアルタイムかつ自動的に選別して表示するストリーム)をあふれさせてしまう可能性があります」

この記事では、「脳の腐敗」と「AI の汚点」について私たちが知っていること、視聴者とコンテンツ作成者にとって何が危険にさらされているか、そしてソーシャルメディアを閲覧する際にもっと注意を払うべき理由について説明したいと思う。

 

「脳腐敗」と「AIスロップ」

(※) AIスロップとは、AI などで作成された文章や画像などの低品質なメディア群のことです。

カプウィング社は、YouTubeに新規アカウントを作成した後に検査した動画の 33%に「脳腐敗」コンテンツの特徴があると判断した。

オックスフォード大学が定義する「脳の腐敗」とは、「取るに足らない、あるいは挑戦的でない」ものであり、「人の精神状態や知的状態」を悪化させると考えられる。

生成型 AI の登場よりずっと前から存在する「脳の腐敗」には、ミーム、ユーモア、無意味な寸劇、子供や動物が「ばかげた」行動や行為をしている動画、およびユーザーの知的関心をほとんど惹きつけないか、ランダム性や不条理さ以外にほとんどまたはまったく意味を伝えないその他の形式のコンテンツが含まれる。

生成 AI と「脳の腐敗」特性を組み合わせると、多くの人が「AIスロップ」と呼ぶ新しいジャンルが生まれる。カプウィング社はこれを、「視聴回数や登録者数を稼いだり、政治的なコンテンツを左右したりすること」を目的とした AI ツールで生成された「不注意で低品質なコンテンツ」と定義している。

定義上、「脳の腐敗」や「低品質」とみなされるコンテンツは人によって異なる。例えば、ある人は短編の「コメディ」動画をすべて「脳の腐敗」と表現するかもしれないが、別の人はそれらを本当に面白いと感じて、別のレッテルを貼るかもしれない。

「AI スロップ」についても同じことが言えるかもしれない。モントリート大学の言語学教授 T. マイケル ハルコム氏など、一部のコンテンツ作成者は生成 AI ツールを自身の学術研究の延長として使用しているからだ。

学生主導のコメディクラブで「 AI の汚い話」や「脳の腐敗」のパロディーも手がけるハルコム氏は、ブログの記事に基づいて AI ツールを使用して短編動画を制作しており、その技術を動画クリップの作成、ナレーション用の自分の声の複製、画面上のテキスト生成に活用しているとエポックタイムズ紙に語った。

AI ツールを活用しながら人間的な要素を維持するユーザーと、単に AI を使って、視聴回数を稼ぐために他人が「雑多な」コンテンツ、つまり大量生産されたコンテンツを作成するユーザーとの間には多くの共通点があると同氏は述べた。

「人間的な要素が完全に消えたわけではないと思います。ただ、人間が物事をスピードアップさせているだけです」とハルコム氏は述べ、スペインの「 Imperio de jesus 」のような、AI が生成したイエスが悪魔やグリンチと戦うアニメーションを配信する、いわゆる「 AI ごっこ」チャンネルでさえ、「衝撃的なユーモア」や不条理さを前面に押し出し、視聴者の好奇心を刺激していると付け加えた。

これらの動画の多くには「伝承」の要素もあり、上記のチャンネルでは以前の動画を基にしたストーリーの比喩が繰り返されており、ハルコム氏はこれをコメディにおける「内輪のジョーク」に例え、1つの動画が次の動画につながるなど、その繰り返しになっているとしている。

Bandar Apna Dost チャンネルを見てみると、その制作者によれば、このチャンネルでは「リアルな猿が、面白くてドラマチックで、心温まる人間のような状況に登場」しており、動画では、映像からバックグラウンド オーディオまですべてに AI が活用されている。

技術研究者のロヒニ・ラクシャネ氏によると、これらの動画が人気なのは、インドの人気映画のワンシーンを模倣し、「違法行為や虐待行為を犯したり、超人的な偉業を成し遂げたり、時にはとんでもない社会的・政治的権力を持つ、超男性的な男性主人公という比喩」を描いているためだとして、以下のように述べる。

「このチャンネルの動画はバラバラで、ストーリーや物語性はありません。これらの短い動画を見るのに、前提となる知識や背景知識は必要ありません。例えば、インクレディブル・ハルクに似たハルクのようなキャラクターが登場し、それが動画の魅力を高め、幅広い視聴者層にリーチしています」

他のチャンネルでは、それほど明白ではない AI や、一部の視聴者にとっては検出が難しい AI が使用されている場合がある。

たとえば、エポックタイムズが発見した、ゾウがワニから他のゾウを守っている本物のサファリビデオのように見えるこのビデオなどだ。

しかし、2番目のゾウが物理法則を破る方法でワニを 30フィート以上も蹴り上げるのを見ると、動画作成者は OpenAI 製ツール Sora の透かしが 8秒間の動画の 3秒目の 1フレームにのみ表示されるように努力を払ったように見えるにもかかわらず、動画が AI で作成されたことがはるかに明らかになる。


2026年1月12日、ロンドンで Grok アプリを使って作成されたAIプロンプト作成動画の例がスクリーンに表示されている。

 

AI生成動画のリスク

上記の例のように、多くの AI ビデオは可能な限りリアルに見えるように意図的に生成されており、オンラインでの欺瞞や誤報のリスクが高まっていると一部の組織は指摘している。

50歳以上のアメリカ人のための非営利団体で擁護団体でもある AARP は先月、 「 AI による雑多な」動画のせいで、一部のユーザーが「何が本物か見分ける」ことがますます難しくなっていると警告した。

同団体は、ChatGPT の開発元である OpenAI が 2025年10月に、同社の動画作成アプリ「Sora 2」でマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の肖像を描いた「無礼な」AI 生成「ディープフェイク」動画をブロックすると決定したことを指摘した。

2024年の大統領選挙中も、急いで生成された「 AI による雑多な」ディープフェイク動画がオンラインプラットフォームに蔓延し、ブレナン司法センターは昨年 3月、AI 動画が将来の投票サイクルに深刻な影響を及ぼす可能性があると警告した。

科学研究者たちは、この現象が医療情報や教育ビデオにも浸透するのではないかと懸念している 。国立医学図書館が 2025年11月に発表した研究によると、「人間の判断を介さずに AI が作成したとされる教育ビデオから学ぶことには、特定の危険がある」という (論文)。

この調査では、「前臨床生物医学」教育分野のオンラインビデオ 1,082本を検査し、5.3%が「 AI 生成で低品質」であることが判明した。これは、この技術がオンライン医療情報コンテンツにまだゆっくりと導入されているものの、その普及は徐々に増加している可能性があることを示唆している。

たとえ誤情報がなくても、YouTube や TikTok で拡散している「 AI の戯言」動画はユーザーに心理的な影響を与えると、テック業界のベンチャーキャピタリストで『人間が書いた最後の本:AI 時代に賢くなる』の著者であるジェフ・バーニンガム氏はエポックタイムズに以下のように語った。

「なぜそれが人気になっているかは、おそらく自明だと思うし、私や我々社会全体が誇りに思うべきことではありません」

「それは私たちの最も根源的な欲求を食い物にしているようなものです。そして、それは識別力よりもドーパミン、そして洞察力よりも関与を優先している兆候だと思います」

バーニンガム氏は著書の中で、AI の本当の危険性は必ずしもテクノロジーそのものではなく、「人間の注意力と認識力の衰え」にあると述べている。

 

実験の結果

当社は、以前のブラウザのクッキーが最初に表示される動画の種類やジャンルに影響を与えないように、プライベートウェブブラウザで新しいメールアドレスを使用して新しい YouTube アカウントを作成した。

次に、YouTube アカウントに初めてログインした後に表示された最初の 300本の短編動画を分析したところ、大部分 (88%) が「脳の腐敗」の特徴を持ち、不条理、ランダム、または注目を集める以外にはほとんど意味がないことがわかった。

しかし、これらの動画の一部は、特に漠然とした「コメディ」というジャンルの中でグレーゾーンに該当するため、どれが「脳の腐敗」のカテゴリーに当てはまるかを正確に特定することは困難であり、ハルコム氏は、このカテゴリーは主観的なところが大きいと述べている。

私たちの分析では、新しい YouTube アカウントで確認された最初の 300本の動画のうち、AI によって生成されたと思われるものはわずか 8 %だった。

一部の動画では AI 画像が使用されていたが、たとえば、、象の動画や、車のハッチバックの中に隠れてオオカミの大群に襲われそうになっている女性を映した動画など)は完全に AI によって生成されたビデオ クリップであるようだ。

カプウィング社の調査で「最も登録者数の多い AI スロップ YouTube チャンネル」として挙げられているチャンネルの動画は、私たちの画面には映らなかった。これは、特に以前のブラウザ クッキーが新しいアカウントがプラットフォーム上でどの動画を見るかに影響を与える可能性がある場合、場所やその他の変数によるものかもしれない。

もうひとつの可能性は、AI による雑多な動画の人気は高まっているものの、エポックタイムズが実験で確認した、いわゆる「脳の腐敗」の他の形態、つまりミーム動画やカメラの前で寸劇を演じる人々、実際の人間が撮影・編集した奇妙なコメディなどを AI 動画は、まだそこに追い抜いていないということだ。

AI 生成コンテンツが一部の予測どおり爆発的に普及したとしても、人類がこの存在の危機を進化の機会として受け止められる限り、その増加は一部の人が恐れているほど終末的なものではないかもしれないとバーニンガム氏は述べ、AI 技術を「人類を映す宇宙の鏡」と表現し、以下のように述べる。

「内省は力強いものです。なぜなら、自分自身をより明確に見ることができ、それによってさらなる明晰さが得られるからです。方向転換したり、変化したりできるようになります。しかし…人間はそう(内省)するでしょうか? それは分かりません」

「楽観的になるのは難しいですが、これは AI が私たちに与えてくれるチャンスだと私は考えています。AI が繁栄しているのは、今、注意力が安価で、無数の方法で断片化されており、私たちが疲弊しているからです」

「しかし、私が恐れているのは、AI のずさんさの危険性は、注意力が崩壊すると、知恵も記憶も意味も失われてしまうことです。それは人類にとって恐ろしい状況です」


2026年1月27日火曜日

4150「徳を積む意味」2026.1.27

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月13日の記事を紹介します。


「徳を積む意味」


このブログでも何度も角度を変えて、

徳を積むこと、それも、陰徳を積むこと。 

そして宇宙の法則である、

与えたものが、受け取るもの

というお話をしていますが、今日は、浜松医科大学名誉教授の

高田明和(あきかず)さんのお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

何か他人に尽くし、それがその人に感謝されなくても、

私たちの業に貯金されますから、そこから褒美が返ってくるのです。 

運がよくなり、評判がよくなるのです。

これは、他人に嫌なことをした場合も同じです。

私も他人の悪口をいったことがあります。

不思議なことにそれが回り回って、自分の耳に返ってくるのです。

まるで一周回ったかのようです。

そしてその悪口が本人に聞こえたかのような結果になりました。 

その人と私の関係が悪くなったのです。

それが「悪因悪果(あくいんあっか)」です。

このように、人の行い、人の言葉というのは、 

因縁の渦の中で回り、最終的には全て自分に還ってくるのです。 

偶然助かったとか、

あれが起こったら大変なことになったのに起こらなかった、 

などと胸をなで下ろした経験はないでしょうか。 

一方、その大変なことは別の人には起きているのです。

だから、自分にそのことが起こらなかったと安堵するのです。

じつはこれは、私たちがなした徳の結果が、このように表れたのだと思っています。

何か他人に尽くした時に、すぐにお礼をいわれ感謝されるのと、

万一の偶然に、奇跡的に助かるのとどちらがよいでしょうか。 

もちろん後者でしょう。 

このように考えると、自分が他人にしたことが、

他人にはあまり理解されず、感謝もされないけれども、 

徳を積んだおかげで、自分や家族に不運が起きない方が 

はるかに恵まれていると考えないわけにはいきません。

ですから、「恩を仇で返された」などと怒ることはないのです。

恩を与えたその人などはたいしたことはないのです。 

もっと重要なことで、幸運に恵まれた方が どのくらいよいかわかりません。 

何かをする時に相手に感謝を求めるよりも、 

それが自分の幸せになると考えるべきです。

<引用終了>

宇宙の法則

投げかけたものが返ってくる

投げかけないものは返ってこない。

愛すれば 愛される。

愛さなければ 愛されない。

嫌えば 嫌われる。

嫌わなければ 嫌われない。

裁くものは裁かれる

裁かないものは 裁かれない。

意地悪をすれば、意地悪をされ

蔑(さげす)めば、蔑まされ

罵(ののし)れば、ののしられ

強い言葉を吐き出せば、強い言葉を返される 

許すものは 許される。

許さないものは 許されない。

施せば 施される

優しくすれば 優しくされる

笑顔を向ければ、笑顔が帰る

助ければ、助けられる

励ませば、励まされる

勇気を与えれば、勇気づけられる

感謝すれば、感謝される

誰かに何かして欲しいことはありますか?

・優しい言葉をかけて欲しいですか? 

それなら誰かに優しい言葉をかけてください

・笑顔を見せて欲しいですか? 

それなら誰かに笑顔を見せてください

イエスの語った言葉で一番大切な言葉。。

「イエスの黄金律」と言うものがあります。

そこにはこう書かれています。

「自分がしてもらいたいことを、 

他の人にも、同じようにして あげなさい。」

これは何も独りよがりの、善意の押しつけをしなさいと、

言っているのではありません。

自分の目の前にいる人が、今何を必要としているか、想像力を働かせて察しなさい。

そして、その通りにしてあげなさい。

そう、仰っているのです。

この中で、何か、ご自分でも、できそうなことがありましたか?

ただ、自分がして欲しいことを、

周りの人に、して差し上げるだけなんです。

自分がして差し上げる相手は、身近に居る、誰でも構いません。

巡り巡って、必ず自分に帰ってくるようになっていますから。

投げかけたものが返ってくる

投げかけないものは返ってこない。

 

2026年1月26日月曜日

4149「出会ってくれて、ありがとう」2026.1.26

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月12日の記事を紹介します。


「出会ってくれて、ありがとう」


今日のお話も地味なのですが、幸せになるための王道である心のお話です。

このブログでは、安易に人を引き付ける

神々の不思議・奇跡についてはできるだけ触れないようにしています。

何故なら、ワクワクするような

・見えない世界、

・異次元の世界

・宇宙世の世界

の不思議は、人々の興味をそそり、沢山の人を集めますが、

・それを知ったから

・または、どこかの能力者と称する誰かが何かをしてくれたから

私たちの幸せが訪れる訳ではありません。 

地球が美しい世界に変わる訳ではありません。 

全ては私たちの心ひとつにかかっています。 

逆に地球に住まう悪魔的存在の常とう手段は

霊的な誘惑で精神の進化を阻害する・・

という方法を取ります。

魂の巨人、浅川嘉富(あさかわ・よしとみ)さんなどは、

ビジネスの社会で大きな成功を納ながら、

「源流レムリアの流れ 世界に散った龍蛇族よ!」など数多くの著作を残された方ですが、

不思議系、スピ系の本でしたので、数多くのベストセラー、読者を残しながら、

神々から、本の執筆中断を指示されたそうです。

理由は、本の内容のワクワクする不思議話に引き付けられ、数多くの人が集まって来ても

神々が本来一番大切なこと、重要視している「自分自身の心」のことについて、

真剣に取り組む方がいらっしゃらず、興味本位で近づいてくる人がほとんどで、

いくら多く集まって来ても、

地球の進化や、個人の魂の向上(神々に近づく)にとって無意味だからだそうです。

本来私たちはこの地球に、自分の足で立ち、自分の意志や行動で魂を磨き、輝かせ、

神々に近づき、進化した魂を養うために来ました。

安直に人々を引き付ける見えない世界を放浪するためではありません。

人に頼り切り、何とかしてもらおうという依存の心を増長させるためではありません。

自らの意志で、自らの心を磨くためです。 

また、近年地球に起こる確率が高いと言われる大峠(災害)・・ 

これを乗り越えるのも、どこかの特別な人が、何かをすることで

止めてくれるわけではありません。(依存の心) 

私たち自身が、自らの心を清め、洗い、自らの足で進もうと決心した時こそ、

神々の目に留まり、大難を小難に、小難を無事に過ごせるのではないかと思います。

では、今日のテーマです。

私たちは、生まれ変わりの多くの倍率を潜り抜け、長い順番待ちの末、

この地球に何をしに生まれてくるのでしょうか? 

地球への転生は人気が高く、なかなかチャンスが来ないのだそうです。

何故なら地球は、制約の星と言われる通り、 

魂本来の力や能力、記憶を一時消し去り、不自由な中で暮らすことで、

逆に、魂にとって飛躍的な向上ができるからのようなのです。

地球での生活で、皆が求める

・お金を儲ける

・人から羨ましがられる、地位や名誉を得る

・大きな家に住み、大きな外車に乗って自慢する 

そういうものは、死ぬ時、元の世界に戻る時

持って行くことができないものばかりです。 

では、私たちの魂が人生を通じて「嬉しい」と感じる時、それは、どんな時でしょうか。

人と触れ合い、心の交流を通じ、優しさや、思いやりの心で触れ合うことで

喜びや、悲しみを共有できた時かもしれません。 

そんな心震わせる経験こそが、目には見えないものですが、肉体を去った後、

天国に持って帰ることのできるものです。 

心震わせる経験をするために、この地球では、様々な舞台装置が準備されています。

・病弱な身体

・貧困の生活

・出会いと別れ

・友情と裏切り 

泣いたり、笑ったり、悲しんだり、喜んだり、

地球にいる短い時間、いろんな舞台で、いろんな役割を演じ、 

様々に、心を震わせて、

美しい心を、強い心を養って、天国に帰りたいものですね。

さて今日は、以前紹介したことがあったのですが、生まれる前の記憶、

つまり中間世記憶を持つお子さんの言葉から、 

障害を持って生まれる意味について、載せたいと思います。 

「もう読んだよっ」て方は、遠慮なくスルーなさってくださいね。 

病気や(身体、知的)障害を持つ、チャレンジングパーソンの人たちと言うのは、

非常に意識の高い魂をお持ちだと言われています。

病気や障害と言う高いハードルを自ら設定して生まれてくる、

まさしく高い志を持ったチャレンジングパーソンです。

また、その子どもたちに選ばれたお母さんの人生も、平坦なものではありません。

ノルマや効率優先、お金だけが全ての基準の社会の中で、

経済的支援も十分でなく、偏見の波にもまれ、

最初はショックで、「産むんじゃなかった」と嘆く人だっていたかもしれません。

ですが、その志の高いお子さんが選んだお母さんです。

その方も忍耐強く、愛の深い人なのでしょう。

多くのお母さんが

・この子のおかげで、人間として大きく成長できた

・たくさんの仲間と出会い、人間の可能性を信じることができた

と思われるようです。

それでは、ここでそれを裏付けるために、生まれる前の記憶を持つ

「りお君」が話してくれた内容をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

 


りお君は心臓病と喘息があり、入退院を繰り返している5歳のお子さんです。

お母さんが

「どうして心臓病を持って生まれてきたの」と聞いたところ、

「そのほうが面白いと思ったから」という唖然とする返事。

「喘息になったのはどうして?」という問いかけには

「だって、治すのが面白いから」だったそうです。 

すなわち病気は自分で選んで、それを治すのが面白いから、というのです。

子どもさんの中に、生まれてくるときのことを覚えているお子さんがいて、

「病気の子がいいか、元気な子がいいか、神様に選ばされた」と語る子がいます。

そのお子さんは「元気な子」を選んだから元気で生まれたと言います。

病気を持つこと、障害を持つこと、たぶん同じ意味なのでしょう。

私たちはそれを乗り越えるために

興味を持ってチャレンジをしている、ということのようです。

それぞれの人は、それぞれのレベルで、人生に挑んでいるチャレンジャーなのです。

お母さんの言葉を引用してみましょう。

「先天性の病気ということで、私は辛い気持ちを引きずっていました。

けれど、りおにそう言ってもらって、気が楽になりました。

それに、喘息も治せるはずだって、明るい気持ちになりました。

りおが病気でうまれたため、本当に大変でした。

けれど家族の支えがあったから、乗り越えられましたし、

沢山の経験を積ませてもらいました。

りおのおかげで出会った、病気と共に生きる子どもたちのことを、

私は決して忘れないでしょう。

りおは、生きていること自体が奇跡なのだということ、

そして家族の大切さを、気づかせてくれました。

感謝の気持ちでいっぱいです」

(『子どもは親を選んで生まれてくる』日本教文社)

<引用終了>

昔の日本では、障害を持って生まれた赤ちゃんを

「観音様の生まれ変わり」として、みんなで大切にする慣習がありました。

観音様は、人々がその名を称え、救いを求める声=音を聞きつけたら、

直ぐに飛んできて諸苦難から救ってくれる方です。

救いを求める人に合わせ、臨機応変に33の姿に変化して、現れるとも言われています。

仏教の教えの中心に「利他行(りたぎょう)」と言う物があります。

自分のことは後回しにして、困っている人(他者)につくし、助けてあげることです。

その献身的な行いによって魂が磨かれ、

仏の悟りに少しずつ近くことができるとされています。

障害のある人は、周りの人の助けがなければ生きていけません。

身近に障害者(児)がいる方々は、自然と利他行に励むことになります。

このように観音様(障害を持った人)は、私たちが無理なく修行に勤しめるように、障害のあるお姿にわざわざ変化して、この世に来てくださったという意味なのだそうです。

だからお世話をする人は、功徳を積ませていただき、ありがとうございますと、

感謝しなければなりません。

まして観音様(障害を持った人)を、差別し、排除し、いじめることなど、どうしてできましょうか。

障害を持って生まれてくださった高貴な魂は、その家族や地域の中で、

人々を救うという大きな役割を持って、一緒に暮らしている方々です。

さて、せっかく「りお君」のお話が出ましたので、少し天国での様子や、

生命について語ってくれていることをご紹介します。

<引用開催> 引用元

「ぼく、夢で神さまに、みんなが死なないようにしてくださいって、お願いした。

神さまは、それは、だめだなって、いったよ。

疲れると、死ぬんだって。

でも、だいじょうぶ、また出てくるの。

いのちは、ぐるぐる回っているの。」

「人がここに来るのは、新しいことを学ぶためだ。

ここに来るのは、たましいの寄り道のようなものだ。

ここで学んだら、死んで、もとの世界に還っていく。

学ばないと、次のところに進めないんだ。」

「死ぬのは、怖いことじゃない。

病気で死んでしまう子どもたちもいる。

それは悲しいけれど、体はなくなっても、心は残る。

たましいは、必ずある。悲しみも、いつか消えていく。

それに、死んだら、また新しいことを学べる。

だから、死ぬのは、たいせつなこと。」

「人は必ず、喜びをもっている。

たとえば、生きる喜び。悲しめる喜び。

じつは、悲しめるというのは、幸せなことなんだよ。

いろいろな気持ちは、ぜんぶ幸せなんだ。

悲しめる喜びというのは、悲しんだ後、またハッピーになるでしょ。

そのハッピーは、前のハッピーより、もっと大きいハッピーになる。

だから、悲しみって、大切なんだよ。」

「人は、みんなにいいことをするために、生きている。

それを、自分の仕事、という。

みんなのために働かないと、仕事とは呼ばない。

自分の仕事がなければ、生きていけない。」

<引用終了>

障害を持ったお子様をお持ちのお母様、お父様。

またご自分自身に辛い障害のある皆さん。

どうか勇気を持ってくださいね。

私たちは苦しむために生まれて来たわけではありません。

障害を持つ子供たちもそうです。

みんな高い志を持って生まれて来たのです。

わがまま放題、何も不自由のない人生は、

魂にとっては、あまり得るものが無いようです。

人生の80年や90年の短い間、

私たちはまるでジェットコースターに乗っているかのように、

様々な物事に遭遇し、人との出会いと別れを繰り返し、

泣いたり、笑ったりしながら過ごします。

病気や障害は、そこにさらにスリリングな味付けをしてくれることでしょう。

人のできない苦労や差別も経験することでしょう。

悔し涙を幾度も流すかもしれません。

ですが、それら全ての涙が私たちの魂にとって

光り輝くための基になるものです。

どうか、くじけずに笑顔でお過ごしください。

感謝の心と笑顔は、全ての苦しみ、悲しみを取り除いてくれる特効薬です。

人と人の出会いって、本当に不可思議なものですね。

出会ってくださった、家族(子供)や友人、周りの方々みんなに感謝ですね。


2026年1月25日日曜日

4148「人の幸せ」2026.1.25

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月11日の記事を紹介します。


「人の幸せ」


今日のテーマは「人の幸せ」ということで、

日本理化学工業の会長、大山泰弘三のお話をご紹介します。 

毎回そうですが、心を純粋にして、

心の罪・穢れ(包身(つみ)、氣枯れ(ケガレ))を祓い、

私たちがもともと持っている、光り輝く神様の心を表に現して、

何者にも、何事にも頼らず依存せず、

大地にしっかりと自分の足で立ち、 

真っすぐに神様の光の方向へ進んで頂きたいからです。

<引用開始> 引用元 

二人の少女が入社した日のことは、今でもよく覚えています。

きれいに晴れた、暖かい日でした。

二人がタドタドしく挨拶するのを、

社員たちは暖かいまなざしで見守っていました。

そして、拍手で二人を迎え入れたのでした。

「私たちがめんどうをみますから」という社員の言葉に嘘はありませんでした。

みなが二人の少女をかわいがり、

本当によくめんどうをみてくれました。

彼女たちは、雨の日も風の日も、満員電車に乗って通勤してきます。

そして、単調な仕事に全身全霊で打ち込みます。

どうしても言うことを聞いてくれないときに、

困り果てて「施設に帰すよ」と言うと、泣いて嫌がります。

そんなある日のことです。

私は、とある方の法要のために禅寺を訪れました。

ご祈祷がすみ、食事の席で待っていると、

空いていた隣の座布団に、偶然にもご住職が座られました。

そして、こんな質問が思わず口をついて出ました。

「うちの工場には知的障害をもつ二人の少女が働いています。

施設にいれば楽ができるのに、なぜ工場で働こうとするのでしょうか?」

ご住職は私の目をまっすぐに見つめながら、こうおっしゃったのです。

「人間の幸せは、ものやお金ではありません。

人間の究極の幸せは次の四つです。

・人に愛されること、

・人にほめられること、

・人の役に立つこと、

・人から必要とされること。

愛されること以外の三つの幸せは、働くことによって得られます。

障害をもつ人たちが働こうとするのは、

本当の幸せを求める人間の証(あかし)なのです」

確かにそうだ…。

人は働くことによって、人にほめられ、人の役に立ち、

人から必要とされるからこそ、生きる喜びを感じることができるのだ。

家や施設で保護されているだけでは、この喜びを感じることはできない。

だからこそ、彼らはつらくても、しんどくても、必死になって働こうとするのだ。

働くことが当たり前だった私にとって、

この幸せは意識したことすらないものでした。

それがいかにかけがえのないものか、

私は、生まれて初めて考えさせられました。

二人の少女が、一心にシールを貼り続ける、その姿。

そして、「ありがとう。助かったよ」と声をかけたときの輝かんばかりの笑顔。

私は、ご住職の言葉によって、その笑顔の意味を教えられたのです。

<引用終了>

ここの会社は、『日本でいちばん大切にしたい会社』という書籍をはじめ、

さまざまなメディアやマスコミなどでも多数紹介されています。

1960年に初めて知的障がい者を雇用してから60年たっています。

今では全従業員の70%以上が知的障がい者でありながら、

ダストレスチョークで、国内シェアNo1を維持している会社だそうです。 

さて、女性ピアニストの野田あすかさんは

幼いころから、広汎性発達障害、解離性障害の障害を持っていました。

それが原因で、いじめ、転校、退学、そして自傷、

パニック、右下肢不自由、左耳感音難聴などで入退院を繰り返してきました。

ピアノを弾く手がアップされると分かりますが、

左手には沢山のリストカットの痕跡。 

彼女の今までの人生、

いったいどれだけ、辛いことがあり、いったいどれだけ努力して、

乗り越えようとして来たのでしょうか?  

そして、どれだけの涙を流したのでしょうか?

その彼女が、自分と同じ障害を持った子供たちのために作った曲

「手紙〜小さいころの私へ〜」の中の歌詞にこんなフレーズがあります。 

みんなに 喜んでもらうために

いつも がんばっているね

みんなと同じになれるよう がんばって

くやしい思いを しているけど

いくらがんばっても

同じになれないこと 感じてる

この子達も、

周りの誰かに、喜んで欲しい、笑って欲しい

そんな心でいるのです。 

手紙~小さいころの私へ~(発達障害のピアニスト野田あすか作詞・作曲・演奏・歌)

美しい心です。

・障害を持っている人たち

・個性が強い人

・自分とは違うと、違和感を覚える人

・ソリが合わないと感じる人

・自分の価値観に合わない人

そんな人たちを無視したり、

いじめたり、批判したり、のけ者にしたり、陰口をたたいたり 

私たちも、時折しがちです。

ですが、 

どんな人も、「人から喜ばれると嬉しい」のです。

人から笑顔を向けられるのが嬉しいのです。 

人の役に立ちたいと思っているのです。

少しだけでも、そんな心をくみ取り、受け取って

にっこり笑って、「ありがとう」 

そう伝えてあげたいですね。

きっと、その優しい気持ちは、二人を包み込み

美しい波動になって、宇宙中にこだますることでしょう。

神々が、ニッコリ微笑んでくださることでしょう。


2026年1月24日土曜日

4147「小さな思いやり」2026.1.24

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年01月10日の記事を紹介します


「小さな思いやり」


神様が、神さま自身を知るために、

神様に似せて作った人間の本能には

「人から喜ばれると嬉しい」

というものがあるそうです。 

この本能は、人間に与えられた本能であると同時に

神さまの性質でもあります。

ですので、ちょっとしたことに、 

笑顔で喜び、感謝する人は、相当、得な性格です。

誰からも、愛され、

みんなが味方になって、助けてあげたくなってしまいます。

きっと神様も同じ気持ちです。

宇宙の仕組みや、神さまの行動の原則などが分かってくると、

日々の何気ない生活でさえ、楽しくなってきます。 

ありとあらゆるところに、

神さまの働きを感じることができるからです。 

いつも傍に居ることが分かるからです。

また、偶然が起きた場合も、

「どうせ偶然でしょ」とすまし顔で、冷たくあしらわず、 

「まぁ凄い、面白いね」と素直に子供のように喜んでいれば、

神さまは、なおさら沢山の偶然を見せてくださいます。 

神さまの声は、

誰かの口を通してくることもよくあります。 

また外応と言って

・小川のせせらぎの音や、

・子供たちの笑い声、

・そよ風なども、 

神さまが私たちにプレゼントしてくださっているものです。  

そのように繊細な心で、神さまの働きを感じられるようになると、

もう全てのもの、事に感謝しかありません。 

神さまの働きに気付き、人が喜び、感謝すればするほど、

神さまは私たちの身近で、良きことを起こしてくださいます。 

ひすいこうたろうさんの記事 (喜び上手な人には運がやってくる)に、

こんなことが書いてありました。意訳します。

<引用開始>

もし神様がいるとしたら、 

小さな幸せや、ささいなことでも、

喜んでくれる人のために、働こうか、

もっと喜ぶことをしてやろうかと思うのではないでしょうか?

それとは逆に、全てを偶然と片付け

神様が、ちっぽけな自分(や、レベルの低いあなた)のために、

特別なことをしてくださるはずがないではないか。 

そのように、偏った自己卑下(自分を低く低く見ること)や、

他人卑下(他人を・・・)をして

神様が、小さな幸せを見せてくださっても、ブスッとしてる人。 

頑な(かたくな)に、敢えて心を動かそうとしない人

どちらに神様は微笑むでしょうか? 

<引用終了>

耳をすませて見て下さい

注意深く、周りを見渡してみてください

あちこちに、神様からの贈り物があることに気づくでしょう

また、いつもと違う 何かに気づいたなら

悪い予兆などとは考えず、 

是非それを  良き予兆と解釈して 

よろこび、神様に感謝してみてください。

きっと ますます

恩寵に気付きやすくなると同時に

幸せが、雪だるまのように、

どんどんと膨らんでくることでしょう

感謝の種が増えてくることでしょう。 

一見不幸に見える 

・死別

・病気

・事故

・貧困 

などでさえ、私たちの魂を磨き、

光り輝かせる、研ぎ石の役割として神様が与えてくださったものです。 

私たちが、その出来事を 

・どのように受け取るか?

・どのような意味を与えるか? 

その違いだけで、天と地ほどの

違いが出てきます。 

・小さな親切

・小さな思いやり

・小さな優しさ 

を感知できる感受性を持ち、

喜び、感謝できる心を持ちたいものですね。 

私たちの周りには、気づかないだけで、

それらが沢山 散らばっています。


2026年1月23日金曜日

4146「縄文「日本」アラハバキと「蛇」の復活」後半2026.1.23

「縄文「日本」アラハバキと「蛇」の復活」後半

――日本のメディアは特に右派から

「オールドメディア」と散々揶揄されていますが。

 

オールドメディアの言うことは全部偏向報道であり、ウソであるならば、

高市内閣支持率78%もウソということになりますよね。

でもそれについては言わないでしょ。

日本で行われる後片付け対象の筆頭が

バビロン系南ユダ満州関東軍統一オカルト清和会勢力ですから、

じつは「オールドメディアは偏向報道をしている」と叫んでいる勢力こそが

これから粛清されていくのだということ。

つまり、オールドメディアも、オールドメディアを批判している側も

どちらも粛清対象なのだというカラクリになっています。

「オールドメディア」と批判している本人たちこそが、

この日本に巣食って来たオールドDS総本山ですから。

 

――それはなかなか読み解くことができませんね。

 

アメリカがYP体制から撤退したとなりますと、

ここぞとばかりに彼らは勢いを増そうとしてきますよね。

それを片付けるのがカバールDS掃討作戦のクライマックスでしょう。

アメリカは世界から撤退する上で、これまでどの国よりも忠実に訓練された、

日本という国の処理をかなり慎重にうまくやる必要があります。

日本の一般国民が知らない日本があるんです。

かつて最大の敵だった日本を最大の飼い犬にしていたわけですが、

ここへ来て、飼い主がいなくなろうとしているのです。

飼い主は愛犬を放ったらかしにしたまま去りませんよ。

きちんと処理をして去るでしょう。

日本のその勢力は「YP体制の打破」を掲げてずっと活動してきましたが、

その打破するための対象が消滅してしまうのです。

そして最大の「反共の防波堤」としての役割も消滅するのです。

そうしますと、さあどうなりますでしょうか?

 

――まさにカオス!ですよね。

 

戦争中、世界で一番のグローバリストとして、

世界に君臨しようとした日本がアメリカに去勢されて麻酔を打たれました。

そして戦後、その一番ヤバい人たちをアメリカは手下として使いました。

彼らはカネと地位と名誉のために面従腹背してアメリカの犬になったのです。

アメリカは最大の敵を最大の味方にしてずっとやってきたわけです。

でもアメリカは世界から撤退する。

当然、日本からも撤退しますよね。

そうなりますと、飼い主がいなくなるとどうなりますか?ってことです。

「わーい!自由だーっ!」ってなりますでしょ。

そうなったら世界は再び「戦前」に戻ってしまうだけですよね。

だから今、高市政権によって日本国内のすべての膿を可視化させ、

すべての国民に目撃させ確認させ、納得させるという作業が行われているんです。

 

――高市首相の登場には意味があったのですね。

 

最初は衝撃を受けましたけれども、時間を経て改めて考えると、

意味があるなんてもんじゃないんだということがわかってきました。

これはまさにもうね、人智を超越しています。

二元論じゃ解釈できないです。

 

――人智を超越していると本当にそう思いますよ。

 

あれだけ全方位に対して不義理の限りを尽くしている人物が、

総理大臣にまでなるということは、これはまさに

尋常ではない何かが作用しているとしか思えませんもんね。

週刊文春が韓国の旧統一教会と日本の政治家、

そして高市総理との関連性を報じたのが1月8日ですね。

そしたら翌日9日に衆院解散検討を仄めかし始めました。

このことについて彼女は巨大なウソをついていませんか?

でもマスメディアはなぜか黙っています。

これはメディアが高市総理を擁護しているからではありませんね。

いや、擁護しつつ崩壊へ向かわせているという量子意識でしょう。

ジワジワとゆっくりと「その時」を待っているのでしょう。

 

――今、衆議院解散総選挙という話しになっています。

 

公明党が自民党との連立から離脱しましたよね。

これまで自民党は公明党、創価学会の選挙協力を得ていました。

これがすべて消えました。約500万票です。

ただ消えただけならいいですけど、その500万票は消えていない。

自民党から消えた500万票は敵対する相手に入るわけです。

だから解散総選挙があるとして、

その結果がどうなるか、めちゃくちゃ興味がありますよ。

 

――トランプ大統領の動き、アメリカの動きがやはり気になりますし、

それによって日本がどうなっていくかみなさん心配していると思います。

 

アメリカはモンロー主義に回帰し、

建国時の本来の姿である「ガズデン旗」のガラガラ蛇に戻ります。

それまでに後片付け処理を行うため世界中で大混乱に陥ります。

でもガラガラ蛇はこちらからちょっかいを出さなければ、

常に大人しく静かにしているのです。

トランプ大統領は昨年12月5日の国家安全保障戦略で、

「米国がすべての世界秩序を支える時代は終わった」と述べました。

かつてのギリシャ神話の巨人神アトラスのように、

地球という巨大な重荷を背負うことはもうやめると

トランプ大統領は言ったわけです。

 

――巨人神アトラス不在の世界になるということですか?

 

トランプ大統領はもうすでに新しい世界の胎動のために動いてる。

だから悪役の暴君となり、しかしきちんと撤退していく。

新しい世界秩序が生まれるのだということです。

新しい世界秩序の世界では世界の覇権とか枠組みとか

そういう物理的なことではなくて、

まったく新しい「価値観」が共有されることになります。

 

――新しい価値観による新しい世界秩序ですか?

 

だって「二元論」が終わる、というか超越するわけですから。

まったく新しい世界になるんですよ。

 

――それはどのような世界なのでしょうか?

 

これまで「蛇」は封印されてきました。

とぐろを巻いた2匹の蛇が絡み合う姿は、

量子意識の象徴であり生命力そのものだったからです。

蛇を封印していたのは「ピラミッド型の権力構造」でした。

王の威厳と富と権力は蛇を嫌いました。

王の威厳と富と権力は「獅子」に象徴されました。

獅子は百獣の王であり力の象徴でした。

蛇は触れてはいけない禁断の存在として貶められてきました。

そんな「封印された蛇」が解放されるんです。

そして、アメリカが本来のガラガラ蛇の姿に戻り、

そしてさらに、明治維新以降150年の幻想世界から解放され、

東北縄文スピリットを回復した「蛇体」としての、本来の日本が繋がることになります。

こうして「666」(かがみ)としての日本が浮き彫りになってきます。

でも日本のこのような姿は多くの人にとっては、

きっと受け容れ難い現実と映るはずです。

私たちがこれまで無意識にも信じ込んで来た常識や価値観とは

逆位相に存在する未知の意識領域だからです。

そのために今この「日本」がどうしても越えなければならない、

峠というか試練のようなものが来るわけです。

新しい価値観、新しい世界秩序というものは、

現在の私たちが当たり前だと思っている意識領域の、

延長線上に展開されるものではないのだということです。

 

――まったく新しい世界に入るんですね!

するといよいよ「ニセ預言者」の時代ということになりますよね。

 

バビロン系南ユダ満州関東軍統一オカルト清和会勢力が語る

「新しい世界」は本物にきわめてよく似せたニセモノです。

彼らは本物を叩き台としてそれに上書きしてニセモノを作ります。

「本物」が存在しなければ彼らは存在できないのです。

重要なことを申し上げる必要があります。

この期に及んで「新時代」の到来を告げる者たちがたくさん現れます。

そのほとんどがニセモノだろうということです。

ただし、既存の通常の意識だとニセモノを見抜くことはできません。

多くの人がニセモノを本物だと固く信じ込み弾圧し糾弾します。

多くの人が自身の知識と経験に基づいた善良なる心と正義感と

底知れぬ優しさで本物をニセモノと信じ込み、批判し罵り弾圧し糾弾します。

こういうことが方々のあらゆる分野で起きてくる。

つまり、ニセ預言者の到来ということは、本物が駆逐されるということ。

ほとんどの人にはニセ預言者は本物に映っている。

つまりほとんどの人の目にはニセ預言者は見えない。

つまりほとんどの人は本物とニセモノを見極めることはできない。

その象徴として生成AIが登場しているといえます。

生成AIも正規のコンピュータから生み出されているのですから。

 

――本物を叩き台にするそのスピードの速さに驚かされます。

そしてそれも正規なものだったのだとわかったら確かに納得します。

よく世の中は二極化しますと言われていますが、

ただ二極化するだけではなくて、両者がそれぞれ自分の立ち位置を

誤認した状態で二極化するということになりますよね。

まさにそうです。ただ二極化するだけじゃない。

二極化された両者の中身がひっくり返されている。

でもこのことに誰も気がつかない。

そしてその両者の相克の末に生じた結果は

果たして純粋なものなのか?という疑問があります。

 

――人でありbotでもあるのと同じように、

自己認識をよほど上げて行かないと、

正確な自分の立ち位置すらわからないということですかね。

自分自身を自覚するということの大切さを痛感します。

 

この期に及んで大切なこととは

「自分と向き合うこと」という、じつにシンプルなことなんだと痛感しますよね。

あまりの圧倒的な本物の到来は、その他のエキストラbotを活性化させます。

それまである程度本物たり得たのに、それに無自覚だったような人が瞬時に

エキストラbot側に変貌させられます。

そして最後の瞬間までそれらはセンティネルズとして機能します。

センティネルズはQCが描写する現行ホログラム世界の番兵です。

アノマリーの出現を消去するための正規のプログラムです。

正規だからこそその一個のセンティネルズは、本物と同等の力を与えられています。

だからアノマリーはできるだけ、人に会わないようにしなければなりません。

私が最近「公共交通機関は要注意」と繰り返し言っているのはこうした理由からです。

 

――飛行機の不具合や事故、鉄道の運休、山火事まで、

最近はほとんど毎日このようなことが連続しているように思えます。

 

私たちが次の新しい意識領域につつがなく移行するとしてもですよ、

その最後の最後のギリギリの瞬間まで

「あなたは本当にそれに相応しいのか?」という猛烈な問いの嵐に包まれます。

ついうっかりと、間違えてその場のノリで、移行してしまうようなことがないように、

細心の注意が払われます。

そういった意味において、ニセモノという存在がQCという「ひとつ」が放った、

必要不可欠なアノニマスなのだということがわかりますよね。

QCが放ったアノニマスだから「Qanon」ということですからね。

ですからQanonという存在は私は肯定的には使わないでしょ。

Qanonというのは本物の周りに魚群のように取り巻く集団botのことです。

そしてこれからやって来るのは「本物」だけじゃない。

由緒正しき正統な「本物のニセモノ」もやって来るのだということ。

あなたはきちんと見分けることができますか?

と問われることになる。

 

――それはなかなか厳しいというか難しい状況となりますよね。

現在の日本の政治の世界で繰り広げられる光景も

私たちはいちいち試されているのかもしれませんね。

 

一人ひとりのこれまでの人生で得てきた知識や経験と、

いかに謙虚に自分と向き合ってきたか、その中身が問われる。

そこにテクニックや抜け道や裏技は存在しません。

ラクダが針の穴を通るより難しいことです。

この事実についても最後まで公にされることはないでしょう。

 

――本当に大変な世の中になってきました。

目の前に広がる世の中の全体を解釈するためには

自分自身と深く謙虚に向き合う必要があるんだ

ということがわかりました。

 

現実だけ見たり追ってたらダメ。

でもこれまでは現実の世界は現実の世界の専門家が

現実の世界の知識だけで説明していましたよね。

でも今はそれだけだと通用しなくなってきています。

多次元世界と現実世界を重ね合わせて推断していく。

オシントに多次元世界を重ね合わせるということ。

精度を出すというということ。

「情報」の世界も新たな領域に突入しているんだってことです。

 

――アメリカの蛇体が浮上してくるということは、

日本の蛇体も浮上してくるのですよね。

 

ガラガラ蛇と、人とクンダリーニと、精子と、DNAと、日本列島が

同時にリンクして直結して発動しますからね。

私は非常に楽しみにしています。

 

――私も楽しみです。

そろそろ紙幅と文字数の都合でこのあたりで区切らせてください。

今回もインタビューをありがとうございました!

 

こちらこそいつもありがとうございます。

久しぶりに活字版も出しましたのでよろしくお願いいたします。

「23番原稿」ということになります。

 

――超久しぶりの活字版となりましたね。

 

過去の熟成分から出そうかと思ったのですが、

昨今の時事を見ていたら新しい方が良いと思ったので、

最新のものとなりました。

 

――タイトルはどうなりましたか?

 

「失われたひとつと見知らぬ惑星」 です。

2016年の『消されたシリウス』みたいな雰囲気ですが、

またちょっと違う方向性の内容になりました。

スピリチュアルの深い叙事詩ですよ。

 

――わかりました!これまた楽しみですね!

澤野さん、ありがとうございました!

 

1月は仙台、名古屋と続いて、2月にまた青森でお話しをします。

よろしくお願いいたします。(澤野大樹)

 

――こちらこそ、本年もよろしくお願いいたします。 

画像:Victor Grandpierre/Toile de Jouy collection(本人私物notebookより) 

 

2019年からスタートした青森講演会ですが、

お陰様で今年で7年目を迎えます。

 

第1回講演会、青森活字版原稿第一作目から

全作品までの歩みを振り返りますと、

世界を舞台に、じつに壮大なスケールで

歴史やドラマが繰り広げられていたと、

しみじみそう感じます。

涙と感動と笑いの渦に巻き込まれながら、

時には人間万事塞翁が馬システムを噛みしめながら、

椅子から三回転逆スライド方式で転げ落ちながら、と

必死に駆け抜けて参りました。

どの回を切り取っても、

フツーではあり得ないシーンを

目の当たりにして来たことは間違いありません。

一つ一つ挙げていてはキリがないくらい話が止まらなくなってしまいます。

これぞまさに手に汗握るホラー顔負け、

リアルホログラムの醍醐味だったりするわけです。

ですが、一番のクライマックスはこれからなのでしょうか。

さて、盛り上がって参りました!

 

派手な幕開けとなった2026年。

果たしてどんな風景が見えていくのでしょう。

 

ともあれ、一年といってもあっという間です。

厳しい冬を乗り越え

笑いながら旬を迎えられたら幸甚です。

みなさまにも有難いお力添えをいただき感謝いたしております。

本年も引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

澤野大樹氏青森講演会主催

小野 裕美子