2024年11月15日金曜日

3612「神様の恩寵」2024.11.15

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年11月04日の記事を紹介します。


「神様の恩寵」


よく聞く言葉があります。 

・願いが叶ったら、感謝する

・気持ちが落ち着いたら、感謝する

・生活に余裕ができたら、感謝する 

ですが、これは、宇宙の法則とは、まったく逆のことをおっしゃっています。

宇宙の法則とは、

与えたものが、受け取るもの、

まず自分から、何かを出さなければなりません。 

出したものと同質のものが、巡り巡って自分に何倍にも帰ってきますから、

幸せになりたいのであれば・・

感謝の人生を送りたいのであれば・・ 

まず自分から他人に対し、優しさや、思いやりのある言葉かけ

笑顔、感謝を、出さねばなりません。 

そうやって初めて自分に返ってきます。 

何かを得たら、とか、素晴らしい環境になったら感謝する、 

そんな気持ちを元春日大社宮司の葉室 賴昭さんは、

「それは、取引だ」と、排除なさっています。 

それでは、今日のお話です。

自分が持っていないものに、不平不満、愚痴を言うのではなく 

与えられているものに・・・

何もない平凡な日々に、感謝しよう 

そんなお話です。

あなたは他人や、モノ、動植物、自然、神様に感謝することはありますか?

一日に何回「ありがとう」と口になさいますか?

今日は何人の方に、笑顔を向けましたか?

私たちが生きていく上で遭遇する、悩みや苦しみ。

そこから解放される手段を、

ブッダは2,500年前に「般若心経」の中で教えてくださいました。

それは「感謝の心」です。

ブッダは人間として生きていく上での、全ての悩み苦しみの、共通の解決方法を、 

「般若心経」に残してくださいました。

「般若心経」はブッダの弟子の一人、

シャーリプトラ(舎利弗=10大弟子)に、観音菩薩が教えを説くという設定で

全文が構成されています。

では、小林正観さんの講演会でのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

講演会が終わったところで、本にサインをする場合があります。

その時は百二十名ぐらいの講演参加者でしたが、半分の六十名ほどの人が

本にサインが欲しいということで並びました。

三十人ほどのところに、「質問していいですか?」という女性が立っていました。

年齢は四十歳ぐらいでしょうか。

質問の内容はこういうものでした。

実は私は看護師をしています。

夫は長距離トラックの運転手で、毎晩出かけて行って、夜はいません。

そして、自分は夜勤も嫌がらず引き受けてやっているので、

週に二回、子供たち三人だけの夜があります。

最近のニュースを見ていると、子供たち三人をおいていく時に、

何か事件や事故があるのではないか、変な人間が侵入してきたらどうしようか、

火事が起きたらどうしようか・・・

そういうことばかりを考えて、夫婦二人で話し合い、

どちらかが仕事を辞めた方がいいのではないかと話しています。

けれども、住宅ローンを返さなければいけないという事情もあって、

簡単に二人とも辞めることができません。

悩んで苦しんで、いつも夫と話し合っているのですが、

どうしたらいいでしょうかという質問でした。

私はこのように聞きました。

「一年に五十三週ありますね。 

週に二日、子供たち三人だけの夜があるということは、一年を通していえば百六日になりますが、子供たち三人だけの夜は百日を超えていますか?」

と聞きました。

「超えています」と答えが返りました。

「では、二年だと二百日を超えますが、 二百日を超えていますか?」

「超えています」

「では、三年だと三百日を超えていますが、三百日を超えていますか?」と聞きました。

「三百日も超えていると思います」と答えが返ってきました。

「それでは伺いますが、 その無事に過ごせた一日だけにでも、  

安全に何事もなく過ぎてくれてありがとうと、手を合わせて、感謝したことがありますか?」

と問いかけました。

十秒ほど黙っていましたが、この方は、そこからどわーっとすごい涙を流して、泣き始めました。

二十分ほども そこで立ったまま泣いていたでしょうか。

私はその間に残り三十人ほどの本のサインを済ませ、それがちょうど終わったころに、

彼女がやっと話ができる状態になって口を開きました。

「ほんとうに一度も感謝したことがありませんでした。  

心配ばかりをして、無事に過ごしてきた日に一日たりとも、 

一度たりとも感謝したことがありませんでした。

今日、帰って宇宙に、地球に、いろいろな方に感謝をするとともに、

子供たちを思いっ切り抱きしめてあげます」

と語りました。 泣いてはいましたが、明るい笑顔でした。

この話には後日談があります。

半年ほど経ってまた同じところで講演会があったのですが、

「先日はありがとうございました」と言って、その方がお見えになりました。

その後、毎日毎日、感謝をして、何事もないことに手を合わせてお礼を言っているそうですが、何事もなくほんとうに平穏無事に毎日が過ぎていっている。

ありがたい。

何かが変わったわけではないのに、状況がなにも変わったわけではないのに、

心が平穏になり、穏やかで豊かで幸せである、ということを話にきてくれました。

<転載終了>

このことに気づいたお母さんは、もう大丈夫ですね。 

宇宙からのパワー、神様からの恩寵を手に入れる方法を知りましたから。 

何かが叶ったら、感謝する、ではなく、

本当の感謝は、何も起きないことに感謝なのかもしれません。

何も起きないで淡々と穏やかに過ぎていく日々、

実はこれが物凄いことなのだということに気がつくこと。

不安 恐れ 懸念 心配事というのは、私たちのために、常に沢山の恩寵を施し、

時間やタイミングを調整し、様々とやって下さっている神様に対して、 

それに気付くことなく、感謝することなく、

それどころか文句を言っているのと同じことです。

また、まだ起こってもいない未来に対し、心配し取り越し苦労することも、同じことかもしれません。

いま何事もなく、淡々と過ぎている時間というのは、何も起きていない、ということではなく、神様が全てを調整し、全ての出会い別れをセッティングし、そのうえでそれがうまく動いているが故の、無事なことが起きているの連続かもしれないのです。

この奇跡の連続、とめどもない神様の恩寵の連続、これこそが、感謝の源泉です。

そのことに気づき、感謝することができれば、

宇宙からのサポートの100%を享受することができます。

正観さんは、これこそが 本当の感謝の本質と仰っています。

何かを頑張って、努力して手に入れることが感謝ではなくて、

今、穏やかに穏やかに暮らしていることが、本当の感謝の源なのだそうです。

悩み、苦しみの生活の中でも、

ふと穏やかな時が流れることもあるのではないでしょうか?

そんなひと時もあるのですから、「置かれた場所で咲きなさい」と言われるように、 

その環境の中で感謝の心を身につけることは、本当に大切なことではないかと思います。

何よりもご自身の幸せのために・・

ありがとうと言う感謝の心は、幸せになるために、どうしても必要な心です。


2024年11月14日木曜日

3611「絶対、なんとかなる!」2024.11.14

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年11月03日の記事を紹介します。


「絶対、なんとかなる!」


昨日はここ長岡市にある宝徳山稲荷大社で年に1回の神幸祭でした。

やはり例年のように火の鳥は飛びました。

さて今日のお話です。 

私たちは、生きている間、 

都合よく、良いことばかりが起きて、不幸や悲しみを知らず、

喜びの中で死を迎えたいと思っています。 

ですが、それが、本当に永遠の生命「魂」にとって、幸せなことでしょうか? 

あの世と、この世の価値観は逆転しているといわれています。

・この世での苦労

・報われなかった苦労

・誰にも尊敬されない仕事 

など、私たちは目にもくれないし、時には軽蔑したりしますが、 

あの世の価値観では、それこそが宝の山なのだそうです。 

今日は斎藤一人さんの言葉をご紹介します。 

<引用開始> 引用元 

一人さんはね、昔から、こんなことをずっと考えていたんです。

天は、どういう人の味方をするんだろう?

神様は、どんな人間にチャンスをくれるんだろうか? って。

で、わかったんです。

いばっているヤツ、人のあげ足を取るヤツは、神様にも嫌われるよね。

反対に、心が豊かな人…優しい人とか、笑顔の素敵な人って、

神様にも周りの人にも好かれる。 

だから私は、このルールに従って生きてきました。

そして、ものすごい成功を手にしたんだよね。

心の豊かさって、太陽みたいなもの。

陽の当たるほうは暖かくて、キラキラまぶしいから、

そっちへ向かっていけばいいんです。

例えば、東京から大阪に向かいながら北海道に着くことはないように、

明るくて暖かいほうへ進んで不幸になることはないんだ。

人をねたむとか、あせってイライラするとか、そういうのは貧しさの表れだよ。

心が貧しくなっているの。

貧しい心は、豊かな心とは真逆だから、現実にますます貧しくなってしまいます。

それよりも、人にいいことがあったら、「おめでとう」って言ってあげたり、

どんなに小さなことでも、今ある自分の幸せに感謝したり、

できることからすればいいんです。

心が豊かになれば、現実の豊かさもついてくるの。

だから苦しみは消えていくし、お金だってたくさん入ってくるようになるよ。

大丈夫、必ずなんとかなりますからね。

また、お子さんがいるかたは、いつもこんなメッセージを伝えてあげてください。

生きているといろんなことがあるけれど、なにが起きても、絶対なんとかなるからね。

心配しなくて大丈夫だよ

テストの点数が悪くてもいいの。

悲観することはありません。

本当ですかって、じゃあお母さんが子どもの頃、

テストで100点ばっかり取っていたクラスメイトがどれだけ出世したか見てごらん(笑)。

学校の成績がいいかどうかなんて、将来の幸せにはあまり関係がないんです。

もちろん、勉強が好きな子だったら、勉強が幸せにつながる場合もあるけれど、

勉強が嫌いな子に無理やりさせたって、よけい勉強が嫌いになるだけだよね。

人生はなんとかなるから、好きなことやりな。

親御さんがそう言ってあげると、子どもはキラキラ輝き始めるんです。

なんとかなるって信じてる子は、好きなことに夢中になれる。

罪悪感なしに、好きなことに没頭できるんだよね。

そうすると、好きなことでうまく人生を切り開いていっちゃうの。

すごく幸せな人生を送れるんです。

親御さん自身も、そういう姿勢をお子さんに見せてあげてください。

親の口癖が「なんとかなる」っていう家の子は、

絶対になんとかなると思えるようになります。

<引用終了>

一人さんが仰るには、

・心が豊かな人

・優しい人

・笑顔が素敵な人

・今ある小さな小さな幸せを、見つけ感謝する人

このような人は、だんだんと心が美しく、豊かになり

現実の豊かさもついてくるのだそうです。

人は時に、生まれる前に立てた計画の通り、

人生の半ばで、挫折や、苦労、悲しみ、苦しみ、憎しみ

そんなものを感じる出来事が起こるかもしれません。

ですが、何が起ころうと、絶対に大丈夫なように、運命は定められています。

生まれる前に、神様と立てた自分の人生設計に

「破滅の道」を組み込んで、生まれてくるわけがないからです。

そうであれば、嫌いなことを、無理やり、努力し続けてやるよりも

自分の好きなこと、楽しいこと、心が喜ぶことを

ニコニコ笑顔でして行くほうが、どんなに良いことでしょう。

人生で、苦しい時期もありますが、その環境の中でも、神様を信じ、笑顔と感謝でいれば

きっと、人生の目的に合致した道が、必ず開けてくることでしょう。

その時になって、振り返ってみれば、

あの時の、あの苦しみ、悲しみの経験があったからこそ、今の場所に立つことができたと。。

本当の意味での感謝の気持ちが沸き起こり

苦労も、悲しみも、記憶のかなたに消えて行ってしまうことでしょう。

絶対、なんとかなる!

一人さんが仰ることは、きっと本当のことであり、

私たちの心に、勇気を与え、生きる希望をもたらしてくれるものだと思います。

どうか、お幸せに・・


2024年11月13日水曜日

3610「理不尽な目にあったなら」2024.11.13

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年11月01日の記事を紹介します。


「理不尽な目にあったなら」


本日、「先祖供養プレゼント」に当選された方から

近況報告を受けました。

良いことも沢山起きたのですが、

最近、理不尽なアクシデントに見舞われ、

結局、職場を去らなければならなくなったとか。。

先祖供養も一所懸命されており、

それでも、理不尽なことが起きるとは・・

でも、理不尽な出来事とは、以前ブログでも書きましたが

→諦めないで、理不尽な時

大きな大きな変化の兆しが来てくれたということです。

神様は幸福を下さる前に、まず不幸に見えることをくださいます。

・大きな理不尽なこと、

・自分ではどうしようもないこと

・感情を揺さぶられること

が起きたということは、大きな大きな変化の前兆です。

大変なことと言うのは、「大きな変化」の事ですから。 

神様は恵みを下さる時には必ず、まず

・嫌なこと

・不幸に見えること

を先にくださいます。

私たちはそれを頂いた時、もちろん自分の心は揺れるのですが、

そこで、

・不平不満

・恨み、つらみ

を言わない事、憎まない事

を実践していると、(できなくとも実践しようと思っていると)

大きな果報が次に必ずやってきます。

神様がそのような大きな変化を起こす時は、神芝居が行われます。

その芝居には色んな役者が登場します。

・理不尽な目にあった自分 →苦しい、悲しい、悔しい

・理不尽な眼に合わせた人や協力者→あまり意識がない。

ことが終われば記憶が非常に薄くなる

神様は、それらの人の、感覚や、思考をちょっとだけ誘導し

その芝居(理不尽な出来事)を起こさせ、進め、

そして終わらせます。 

その理不尽な出来事の神芝居は、

実は神様に動かされて無意識のうちに演じているのですが、

あたかも、自分が主人公になり、その時に様々な感情を味わい

その結果、今までの生活や、考え方が一変します。

後から、長い目で振り返った時

あぁ、あの出来事があったから、人生の転機が訪れて、

そして今のような幸せなところまで来れた・・

そう気づきます。 

神様は私たちにとって、良きことしか起こしません!!

理不尽な出来事の渦中にあっては、

なかなか、そのように達観はできず、

様々な感情(悲しみ、恨み、憎しみ)が沸き上がりますが、

それは、神様が下さる、大きな大きな恵みを受け取るための

第一の関門です。

ぜひ、そのような時でも

相手の方を恨まず、憎まず、

神さまの与えて下さった試練に感謝してください。

相手の方も、その大変化を起こす、きっかけの出来事を

神さまの手によって、ちょっとだけ思考・行動を操作されただけですから・・

(全く悪気はありません。 私たちに変化を起こさせる手助けをしただけです)

相手の方も、神芝居に無意識の内に参加させられて

そのような憎まれ役の行動をとったのですから、

その渦中が過ぎたなら、

この大きな神様の愛、そして、何故、

神様がそのような出来事をくださったのか?

その理不尽な出来事で、

私は何を学んだのか?

振り返ってみてください。

(そう遠くない)時がたてば、

必ず、自分自身の意識が変化し、

生き方が変わっているはずです。

どうぞ、どんな時も、神さまを信じ、

明るく感謝の心でお過ごしください。


2024年11月12日火曜日

3609「マシュー君のメッセージ」2024.11.12

 今回は玄のリモ農園ダイアリーの2024年11月1日の記事を紹介します。


「マシュー君のメッセージ(215)」

 


玄のリモ農園ダイアリー

光対闇の地球での戦いの終わり、ボランティアの役割、恐れの影響、光の勢力、記憶“喪失“、魂の特別な治療・癒し・カルマ


マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から心からのご挨拶をします。宇宙の至高の存在である創造主は、すべての魂に、その愛と光のエネルギーを使って、想像できるものなら何でも共同創造するという自由意志の贈り物を授けました。


畏敬の念を込めて神(God)などと呼ばれるこの宇宙の至高の存在は、その贈り物を自分の領域で用いて、喜びにあふれ、健康で、豊かで、スピリチュアルにも意識レベルにも目覚め、驚くべき天賦のパワーを持つ魂を顕現させました。


一部の強い魂が自由意志を行使して、弱い魂の12本のDNA鎖のうち10本を休眠状態にし、神が彼らに授けた素晴らしい資質や能力をすべて排除するマトリックスの中に、その弱った魂を閉じ込めました。こうして、光の勢力と闇の勢力との宇宙規模の戦いが始まり、以来それは激しさを増しているのです。


このマトリックスを、地球上の活動を映し出す地球の潜在的可能性のエネルギー場の中で固く巻かれた毛糸玉に例えてみましょう。太古の昔から、その糸玉は硬く固定されたままでした。それは、この場での活動が、強力で貪欲で冷酷な人間たちによって次々と文明社会が支配されたことを示しています。


約90年前、莫大な光の流入がその糸玉を緩め、糸玉が解け始めました。その後数十年間、糸玉は解け続け、今日、マトリックスは無数の糸が激しく乱れているにすぎません。その例えは、たとえわずかなものであっても、地球上での宇宙の戦いの終結を表しています。


闇の勢力は分断、欺瞞、腐敗、恐れを使って戦います。光の勢力は愛のパワーだけを使い、コンティニュウム(時空連続体)においてはすでに勝利しているのです。あなたたちが目覚めさせる手助けをした魂たちは今、このことを知っており、真実が明らかになるとき、それは彼らとあなたたちのために大いに役立つでしょう。それがいつになるのか、どのような順序で真実が明らかになるのか、僕たちは正確にはわかりませんが、やがてあなたたちが感情的な混乱の渦の中に身を置くことになるのは間違いありません・・あなたたちの地球での旅の最もダイナミックな段階が近づいているのです。


あなたたちは光のメッセンジャーたちから、地球で・・この宇宙で・・この前例のない時を経験したいと願った何十億もの魂の中で、あなたたちが最も強いから選ばれたのだと聞かされてきました。それはお世辞ではなく、事実です!だからこそ、あなたたちの多くが、ホワイトハット、レッドハット、愛国者グループ、あるいはジャーナリスト、科学者、内部告発者、潜入捜査官といった、いわば前線の塹壕の中にいるのです。そしてあなたたち全員が、すべての善なる活動や行動の根底にある光を放射し、支えているのです。愛する兄弟姉妹たち、あなたたちにはそのパワーがあるのです!


「マシューは、まるで恐れが常にネガティブなものであるかのように、よく「恐れ知らずであれ」と言います。恐れがアドレナリンを分泌させ、自分や他人の命を救うときはどうなのでしょう?」


人命を救うために危険に真っ向から飛び込む原動力となるのは、恐れではなく、恐れを抱かないことです。


恐れは心を麻痺させます。 迅速な行動が必要なときに味方となるのは、明晰な思考と常識です。でも、サバイバルテクニックを知っていることの意義を見過ごしているわけではありません。消防士が燃えているビルに駆け込み、炎に巻き込まれた人を運び出す原動力となるのは恐れではないし、沿岸警備隊員が溺れている人を救助するために極寒の海に飛び込むのも恐れからではありません・・これらの救助隊員は、勇気をもって行動するだけでなく、知識に基づいて適切に行動するのです。


例えば、事故車両に閉じ込められた見知らぬ人や、倒れて立ち上がろうともがく人を助けようとするのは、恐怖心からではありません。彼らは助けが必要であることを理解し、その反応は心(ハート)からのものなのです。


良心、本能、直感は魂の成分であり、自然な反応で す。恐れは後天的な感覚であり、子供たちに教え込まれるか、あるいは観察によって学ぶものです。保護者のみなさんは、模範と指導によって、恐れではなく、安全対策と予防策を子供たちに教えてください!


恐れは最も低い振動数帯の波動エネルギーを持つ、非常に増幅された感情であるだけでなく、伝染します。人が現在の、あるいは差し迫った状況、あるいは「もしも...」という事態を恐れるとき、その強いエネルギーが近くにいる人に流れ、その人もまた恐れの感覚を持つようになります。


そして、恐れは闇の者たちの燃料源であり、おそらく最も効果的な手段なのです。彼らの生存には、低振動数エネルギーの継続的な供給が必要なのです。だから彼らは、人々に広範な恐れを引き起こすような状況を作り出し、その人々の反応によって低振動数エネルギーが供給され、その状況を作り出す者たちを支えているのです。


その悪循環には、宇宙の引き寄せの法則が関わっています。恐れに付着したエネルギーの流れが集合意識に注ぎ込まれ、一致するエネルギーを持つ状況を探し出し、それらを地球に持ち帰ることで、恐れに満ちた状況が長く続くことになるのです。


愛する魂たち、恐れ知らずにいてください!


「アメリカ大統領選の勝者は世界にポジティブな変化をもたらしますか?」


 選挙の勝者やその他の個人が、ポジティブな変化をもたらすというのは正確ではないでしょう。あなたたちの世界をより良く変化させる道筋は、光の勢力・・ボランティア、“ハット”のような他のライトワーカー、地球外特殊部隊のメンバー、神性な生き方をしているすべての人、光を放つはるか遠くから光を送っている宇宙文明社会人・・と、善に基づくすべての活動を後押ししている上昇し続ける波動エネルギーによって切り開かれてきました。


一般大衆は光の勢力について何も知りませんし、ましてや波動エネルギーについて考えるとは思えません。しかし、これらの強力な勢力は、すべての選挙やその他の国政問題、そしてその余波において主要な役割を担っています。世界のどこかで永続性を得るものは、すべて光と調和したものであり、卑しい意図を持つものは、ほんのつかの間か、決して立ち上がることはありません。


「記憶が抜け落ちていくのは明らかで、認知症はもはや議論の余地はありません。マシューに、失われた記憶を回復させるテクノロジーはいつできるのか聞いてください」 


認知症への懸念を和らげるのは話が飛躍してしまうので、まず記憶力の低下について話しましょう。お母さん、このトピックに関する箇所を探して、ここにコピーしてください。


[サミンテンが記憶喪失について語ったのは、マシューブック『新しい時代への輝き』の中の“サミンテン”の章となった、2003年の私たちの長い対話のひとつだった。彼の高度に進化した文明社会は、統一意識が非常に満たされた魂の集合体であり、魂の精神的、感情的な個別化は存在しない。]


あなたたちは、あっという間に過ぎていくように見える時間の喪失を嘆き、もうひとつの喪失は記憶だと嘆くのです。愛する魂たち、3次元の意識のこれらの側面はどちらも失われてはいません。“時間”は、1日24時間、1年12ヶ月など、あなたたちが決めたようなものではありません。それはあなたたちによく役立ってきましたが、もはやそのようなことは起こっていません。エネルギーがより軽い密度のスピードで動いているので、あなたたちの時間構造は崩壊しつつあります。そして光と闇の時間がより速いスピードでやってきています。ですから時間が失われるどころか、むしろスピードアップしているのです。


多くの人が“なくなった”と言う記憶は、実際には消えていません。宇宙のあらゆるものが加速している今、あなたたちの身体の細胞が、より高い生存モードに引き上げられるよう反応しているのは自然なことです。何よりも、これはあなたの脳・・思考と理性のプロセスをオンにするコンピュータ・・に影響を及ぼしており、これは必要なことなのです!光があなたたちの細胞に吸収されることで、あなたたちの脳は、完全な機能を否定してきた物忘れやプログラミングの層を取り除くことができるでしょう。


もしあなたたちが記憶喪失や思考が散漫になる感覚を経験していないなら、あなたたちは地球の状態がそう長くは続かないであろう第3密度の中で身動きがとれなくなっているのです。ですから、日々の現実や環境にあまりしっかりとつながっていないと感じることが望ましいのです。


ありがとう、お母さん。記憶が定かでないことはごく当たり前のことで、サミンテンの説明は多くの人の心をホッとさせることでしょう。


「悪魔の儀式や “気象兵器戦争 ”による死にはカルマが関係しているのでしょうか?」


 最初に言っておきますが、過去数十年間、地球のカルマのメリーゴーランドは減速しており、現在はほとんど動いていません。個人的なアセンションのプロセスの現時点では、数回の生涯の間に段階的にではなく、今生ですべてのカルマの学習を完了することを選んだほとんどすべての人が、多くの場合、思いやりのある魂たちの愛情深い援助を受けながらではありますが、ゴールに近づいており、多くの人がすでに霊界に移行しています。ですから、カルマの学習として、質問された方法による死を選ぶことは、特に若者にとっては極めてまれなことでしょう。


悪魔崇拝や気象兵器戦争による災害によって、いつ、どのように死ぬかを選ばなかった大人たちは、ニルヴァーナのヒーリングセンターで、メディカルアシスタントが常に付き添いながら、その人に合った治療を受けることになります。エーテル体が丈夫になり、精神が癒されると、その人たちは進化のステータス向上を授けられ、ニルヴァーナでより高いレベルへと昇格します。そこでは、居住地、アメニティ、カプセル化された気象エリア、宇宙領域内の移動手段などの選択肢が増えます。


10代前半までの幼い子どもたちも、傷ついた身体と精神のために各々に合った治療を受けます。回復の過程では、一人ひとりが専属の世話人によって愛情深く看護され、訓練を受けたカウンセラーが、その後の転生における細胞記憶の影響を軽減するように設計された特別なエクササイズやアクティビティ、年齢に応じたクラスを行います。


闇がこの宇宙に入って間もなく始まった悪魔崇拝の儀式に使われた乳幼児の治療には、神の恩寵が入ってきます。特別な治療を受けなければ、そのような幼少時の精神的・肉体的外傷は、20回もの転生にわたって細胞の記憶に残る可能性があり、そのような恐怖に悩まされることを進んで選ぶ魂はいません。そのため、はるか昔、悪魔崇拝の最も若い犠牲者のために独自の世界が設立されました。


赤ちゃんや小さな子供たちは、専門医が細胞の記憶を優しく癒す間、人懐っこい動物仲間とともに楽しい部屋で暮らします。そのプロセスが1年であろうと100年であろうと、小さな住人たちは歳をとりません・・歳をとれば細胞は変化し、その影響は環境に 致命的な毒素を放出するようなものだからです。


精神と肉体が癒やされると、魂は感謝のお祝いをします。その後、小さな肉体を非物質化し、最小限の意識しか持たない幼児のための肉体を作ります。新しい魂が死を迎えるのは、安全で大切にされていると感じる、短くて優しい経験です。元の魂の二番目のパーソネージ(人格)は、より多くの意識を持ち、もう少し長く生きます。そして、その後につづく転生における魂は、知性、判断力、成長を経験する度合いを増していきます。徐々に “正常な ”寿命に戻ることで、細胞記憶の影響は減少し、その人の人生に与える影響は 最小限のサブリミナル的なものになります。


邪悪な行為によってそのような苦しみと死を引き起こした者は、第3密度の世界で非常に過酷な生涯を何度か送るか、密度が生涯のエネルギーと一致する極小のオーブに閉じ込められるか、すべての魂が始まりをもつ創造主の元に再吸収されるかのカルマを負うことになります。


さらに付け加えると、ニルヴァーナは地球とともに順次軽いエネルギー領域へとアセンションを続けますが、そのオーブはそうなりません。地球人類がすべて4次元の進化レベルを遂げたとき、オーブの住人は3次元文明の霊界の同じような高密度の前哨基地に移され、オーブのエネルギーは光の注入によって中和された後、宇宙のエネルギープールのひとつに戻されます。


闇の人間たちの非人道的な行為についての真実を明らかにすることは、すべての魂と地球自身が癒され前進することを可能にする、惑星浄化の一部です。愛する地球ファミリー、ただ存在することで、あなたたちは癒しをもたらす愛と光のパワーの源となるのです。


この宇宙のすべての光の存在が、あなたたちの揺るぎないミッション遂行を讃え、無条件の愛であなたたちを支えています。

_________________

愛と平和を

スザンヌ・ワード著

原文:Matthew’s Messages

訳文責:森田玄


2024年11月11日月曜日

3608「負けるが勝ち」2024.11.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年10月31日の記事を紹介します。


「負けるが勝ち」


さて今日は、萩本欽一さんのお話をご紹介します。

「負けるが勝ち」というテーマです。 

欽ちゃんは、いつも易しい言葉で、大切なことを、分かりやすく伝えてくれます。 

私たちが幸せになるための方法です。

<引用開始> 引用元

「負けるが勝ち」

よくこう言いますよね。僕もそう信じています。

でも、なんで負けるほうが勝ちなんだと思いますか?

僕なりの理由はこう。

負けたほうが運がたまるから

誰も必ず人と意見が衝突することがあるけれど、 

そういうとき「自分のほうが正しい」とか

「議論に勝ちたい」って、つい思っちゃいますよね。

でも、そう思ったら負け。

勝とうとすると自分の運が減っていくんです。

カッとなって「てめえ、ばか野郎!」なんて相手に言うと、

それだけで運が10ポイントも減点されちゃう。

「てめえ」でマイナス2ポイント、「ばか野郎」で8ポイントの減点。

売り言葉に買い言葉で1時間も相手を罵っていると、

それだけで2000~3000ポイントも運が減ります。

このマイナス分は、なかなか取り戻せないですよ。

だから言い合いになったときは、自分が正しくないかということより、

運を減らさないことを大事に考えたほうがいいの。

相手が「てめえ、ばか野郎!」と言ってきたら、 

「あ~あ、あの人、自分の運を減らしちゃったよ、

その分をこっちがもらっちゃおうかな」と心の中で考えるの。

具体的な方法はどうすればいいかというと、謝っちゃうんです。

「そうか、悪かったね」とか、

「ごめん、君の言う通りだよ」って言えばいい。

えっ、そんなの悔しい?

そう、悔しいよね。

自分が謝る場面じゃないのに

「悪かったね」なんて言うと、損したような気がする。

でも、そのときあなたには、

相手が失った10ポイントの運がたまっています。

気持ちで損をするのと、運が10ポイントたまるのと、

どっちをとるかっていったら、運がたまるほうがいいでしょ?

こうやって少しずつ運のポイントをためていれば、

宝くじだって当たるかもしれないしね。

もう一つ大事なのは、 

自分が一歩引くことによって、

相手に嫌われるのを避けられるっていうこと。

人に嫌われないっていうことは、すごく運になるの。

それでまた10ポイントついてくる。

人生って結局、

運をどれだけためられるかっていう勝負なんです。

だから、そのほかの勝負で勝とうなんて思わなくていいの。

 

だからバ~ンと言われても、ぐっとこらえて言い返さない。

負けるが勝ち

いや、我慢していい言葉を返していくとポイントが

次々に加算されるから「負けるが勝ち、勝ち、勝ち」だね。

勝ち、勝ち、勝ちって、火打石がカチッ、カチッ、カチッと鳴って

火がポッポッポッとつくようで景気もいいでしょ。

今の日本では、運をなくしている人が多いですよね。

これもみんなが怒りっぽくなってることと関係あるんじゃないかな。

これからは相手に一歩譲る人になって、小さな運を少しずつためていきましょう。 

<引用終了>

 

さすが欽ちゃん、良いお話ですね。 

・イライラしたり

・モヤモヤしたり

・怒ったり 

そうすることで確実に、自分の運気を減らしているのだそうです。 

もちろん、私たちは、人の中で暮らしていますから、 

時には、イライラしたりするかもしれません。

それは、当たり前のことです。 

ですが、そこにいつまでもしがみつかず、

直ぐに、別の楽しいことに 頭を切り替えて、

その原因となったものにエネルギーを与えない事。 

ずっと、考え続けなければ、

その出来事、人に、エネルギーを与えることはありません。 

その結果、いつの間にか、記憶のかなたに消え去っていくことでしょう。 

心を汚すことを避けることができるでしょう。 

また

・楽しいこと

・美しいこと

・優しいこと 

そんなもので心を満つことができるでしょう。 

心の状態こそが、全ての現実を作り出します。 

負けるが勝ち、、、

幸せな人生のための 王道かもしれませんね。



2024年11月10日日曜日

3607「第一志望の道」2024.11.10

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年10月29日の記事を紹介します。


「第一志望の道」


今日は「置かれた場所で咲きなさい」で有名な、渡辺和子さんのお言葉をご紹介します。

テーマは、私たちが望むものが、一番良いものではなく、

神様は私たちの「願ったもの」よりも、

私たちの幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださるというお話です。 

<引用開始> 引用元

・いつもにっこり笑うこと。

・人の身になって思うこと。

・自分の顔を恥じないこと。

この「3 つの化粧品」は、

・お金がいらない、

・使っても減らない、

・使えば使うほど質がよくなる、

・どこへでも持っていける。

・そしてアンチエイジング、

つまり、年をとらないために、とても大事な「化粧品」だと思います。

どんなに忙しくても、いや、むしろ、忙しいからこそ、

一日の中、5分でも、10分でも静かな時間、

一見「無駄な時間」をつくらなくてはいけないのです。

いつまでもおぼえていたら、とても辛いだろうと思ういろいろなことを、 

ありがたいことに私たちは忘れることができる。  

そして、時間というお薬があるんです。 

「自分と仲良く生きる」といい。

好きな自分と四六時中一緒にいる人は、自然と笑顔が多くなり、

言葉から刺がなくなり、相手の言葉をふんわりと

受け止めることができるようになるから不思議です。

今という瞬間は、

・今を先立つわたしの歴史の集大成であると同時に、

・今をどう生きるか、次の自分を決定するということです。

人生は点のつながりとして一つの線であって、遊離した今というものはなく、 

過去とつながり、そして未来とつながっているわけです。

神様は私たちの「願ったもの」よりも、

幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。

それは必ずしも、自分が欲しくないものかもしれません。

しかしすべて必要なものなのだと、感謝して謙虚に受け入れることが大切です。

人生はいつもいつも第一志望ばかりを歩けるものではありません。 

そして必ずしも、第一志望の道を歩くことだけが、 

自分にとって最良と言えないことだってあるのです。 

<引用終了> 

このブログでは、毎回、 

・不思議系のお話

・霊のお話、

・目に見えない世界のお話 

ではなく、心の浄化に重点を置いたテーマで書いています。

大変に地味です。 

月刊ムーに出てくるような不思議な話や、本当にあった怖い話のような話は、 

ワクワクして好奇心をそそるもので、楽しいものですが、

心の洗濯のお話は、地味です。

ですが、「地球の転換期」と言われる今、昔のように平時とは異なり、 

私たち自身の意識的な心の浄化が急務な課題と思われます。

次元降下と次元上昇が、

それぞれの心の状態によって同時に起こっていると言われるからです。 

岡本天明が下した神示、(国之常立神(くにのとこたちのかみ))には、

下記のようなことが書かれているそうです。

・またたきの間に天地引っ繰り返るような大騒動が出来るから、

 くどう気つけて(=警告して)おくぞ。

 さあという時になりてからでは間に合わんぞ。

 用意なされよ。(ひふみ神示・下つ巻第28条)

・大峠となりてからでは、いくら「改心します」と申しても、

 「許してくれ」と申しても、許すことはできん。(ひふみ神示・ウメの巻第6条)

私たちの日々の生活の中で、

起きてくる様々な現象は、全て神様が起こしてくださっています。 

渡辺和子さんが仰るように 

神様は私たちの「願ったもの」よりも、

幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。 

・電車に乗り遅れることも

・リストラに会うことも

・誰かとけんかすることも

・病気になることも

・事故に遭うことも

・誰かと別れることも

全部、私たちの幸せを増すのに「必要なもの」を神様が与えてくださったものです。 

長い目で見たら、後で振り返ってみたら、 

その無駄だと思った出来事、嫌なことだと思った、その出来事が、 

必ず、人生の良き方向へのターニングポイントだったと分かるはずです。

このように神様に対する絶対的な信頼感で、日々の出来事を見てみると 

全ての出来事が感謝の種になってきます。

感謝の心さえ、起こってくれば、

神々の恩寵が、光のように降り注ぐことでしょう。

何故なら、神々の恩寵は「感謝の心」を媒介して起こるからです。


2024年11月9日土曜日

3606「神々の望む生き方」2024.11.9

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年10月27日の記事を紹介します。


「神々の望む生き方」


イエスがゴルゴダで亡くなるまで、たった3年間でしたが、民衆に教えを説きました。 

その後、バチカンを中心に教会が作られ宗教が作られましたが、 イエス自身は、クリスチャンでもなかったし、宗教を起こそうとしたわけでは、ありません。 

ただ、民度の低かった人々に、自分たちの内なる神さまの存在を説き、 

どうしたら、みんなが幸せに、笑顔で暮らしていけるか? 

その方法を説いたのでした。 


イエスの最後の3年間、聖書を書いた弟子たちが

様々なエピソードを、それぞれの視点から書きました。 

ヨハネなどは、その中でも、できるだけ人々の心の中に、依存心を起こさせないよう、 

他人や、奇跡に頼らないように、極力、奇跡に関する記述を排除しました。 

またイエス自身も、下記のようなことを仰っいました。

 

イエスの語る、

全ての良きこと、そして行った奇跡は 

イエス自身の力ではなく、

全ては神さまから来ているのである

イエス、つまり自分自身は、全く無力であり、

単なる、その通り道、導管にすぎない。 

もし、誰かが、他人に頼ることなく、依存することなく、 

自分の内に居らっしゃる神さまと繋がりができたら、

イエス以上に、奇跡を起こし、良きことをするでしょう。 

そのように、自ら表に出ることなく、謙虚に仰いました。 

イエスの説いた教えの中で「黄金律」と呼ばれるものがあります。 

大変シンプルなものです。

そして、それこそが、 

・イエスが人々に教えたかったこと

・実践して欲しかったことのエッセンスです。 

日々の暮らしの中で、私たちができる最善のことは、

イエスの仰った「黄金律」の中で述べられています。 

イエスは、こう仰いました

 

人にしてもらいたいと思うことを、人にして差し上げなさい。

 

たったこれだけです。 

とてもシンプルです。 

ですが、これがイエスが、最後の3年間に説いたことのエッセンスです。 

人が、何をして欲しいと願っているのか? 

・想像力を働かせる必要があります。

・人の気持ちに寄りそう必要があります。 

もしかしたら、同じ悩み、苦しみを経験してきた人の方が,相手の方の気持ちを理解し、寄りそえるかもしれません。 

いままで成功し続け、身体が健康で、お金の不自由をしたこともない人には

相手の方に寄りそうこともできないかもしれません。 

気持ちを理解することもできないかもしれません。 

それだけでも、今私たちの置かれている 

・悲しみ、

・苦しみ

の苦難の経験は、無駄ではなく,大切な経験であると言えます。 

中間世記憶のある子どもたちが言うように

・両親

・容姿

・病気や健康、

・生きて行く境遇まで、 

生まれる前に神様とともに、自分で計画してきたのですから。。 

またブッダは、生老病死について深く思索し、人間のさまざまな悩み、苦しみの原因について、そして、その解決方法について教えてくださっています。、 

その教えの真髄を、

現在でも、様々な場所で、唱えられる般若心経で教えてくださっています。 

人間が生きて行くなかで,様々な、悲しみや、苦しみが起きる。 

でも、それには一切、色が付いていない。 

色とは、

・良い

・悪い

など、人間が判断し決めつけているものです。 

色が付いていないとは、どんな現象も、良いも、悪いも無いのだよ・・ 

そうブッダは仰いました。

その起こってきた現象に良いとか、悪いとかレッテルを貼り,一喜一憂し、 

悩んだり苦しんだりすることが、色を付け、ジャッジする人間の

悩み苦しみの原因になっているんだよと ,般若心経で教えてくださいました。 

とは言っても、私たちは生身の人間,どうしても、感情が揺さぶられます。 

でも決して、それが悪いことではないのですが、いつまでも引きづり、不平不満、

愚痴の種にしてしまうのが、いけないようです。

産婦人科医 池川明先生の大規模な調査の結果、小さな子供たちの 実に1/3に、生まれる前の記憶、つまり中間世の記憶があるそうです。(段々と薄らいでいくようですが) 

その記憶を持つ子供たちの証言に寄れば

健康な身体、病弱な身体・・ 

それらも生まれる前に神さまと相談して、自分で申告してから生まれてくるそうです。 

つまり、その経験をすることによって魂を進化させるためです。

言いかえれば、感謝の気持ちを理解できるようにするためです。 

私たち人間は健康であったり、豊かであると、どうしても、その状態が、「当たり前」であり、有難いことであるとは、全く思いません。

目の見えない友人(犬)のためにできること・・

ですが、病気になって見れば、健康だった時、どんなに幸せだったか・・ 

空腹で、飢餓状態の時に、一つの塩おにぎりが、どんなにおいしいことか?

貧乏のどん底に落ちた時、100円玉、500円玉が、どんなに有難いか、理解できます。 

今まで、「当たり前」で、「有難いこと」などと思ってもいなかった状態が、どんなに「有難く」、幸せな状態だったかが分かります。 

当たり前の状態に、感謝することができます。 

神道では、神々の恩寵は、誰にでも平等に注いでいるが、それが実際に現れる人、現われない人の差が出るのは、感謝の心が、あるかないか、そこに尽きると 言われます。 

ですから、人生で起こってくる様々な艱難苦難は、長い長いスパンで見れば、私たちに、

・本当の幸せとは何か?

・感謝の気持ちとは何か?

・お互いさまの気持ちとは何か?

・お陰さまの気持ちとは何か? 

そして、そこから湧き起こってくる、周りの人々との、協調、調和、相互理解、助け合い、思いやり、、そんな気持ちまで発展させてくれる、尊いものです。 

最後に、相田みつをさんの「仏の教え」についてご紹介して終わりにします。


「ほとけさまの教えとはなんですか?」

ゆうびん屋さんが困らないようにね 

手紙の宛名を分かりやすく 正確に書くことだよ

「なんだ、そんなあたりまえのことですか」

そうだよ そのあたりまえのことを

こころをこめて 実行してゆくことだよ

イエスの黄金律と全く同じですね。 

私たちは何か

・特別な誰かに頼らなくても

・特別なことをしなくとも、

・特別な場所へ行かなくとも

・特別な能力などなくとも

周りの方々を思いやり、助け合って感謝の心で日々暮らしていくことが 

神々の本当に望んでいる姿のようです。