2025年12月18日木曜日

4110「青空ひろば」2025.12.18

 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」の最新の記事を紹介します


1592 2025.10.28 

Q.なかなか寝付けないのですが?

A.

恐らく、体が冷えていて寝付けないという状態なのでしょう。ですから、夜食で体の内側から温めようとするのでしょうね。

少し汗をかくくらい運動して、それから温かいお風呂に入ってそのまま寝るという生活リズムにすれば眠れると思います。

私の場合は、歳をとってきて眠りが浅くなって、夜中に眼が覚めて、その後眠れなくなるということがたまにあるのですが、そんな時、坐禅を30分ほどしてから横になると、いつの間にか眠ってしまっています。本当に坐禅は、副作用のない、最良の睡眠薬だと思います。有難いことです。


1591 2025.10.27

Q.大敬先生の結婚のいきさつを教えて下さい。

A.

私の場合は、禅の師から紹介されて、はじめてその女性(現在の妻です)に会った時には、もうすでに結婚すると決めていました。私のような定職がない男と、よく思い切って結婚して、福岡から大阪まで来てくれたものだなあと、今考えてみると本当に不思議です。女性は大胆で強いですね。

結婚してから占いで調べてみたら、相性はお互いを傷つけあう関係で最悪、また私は短命の相、妻は後家の相と出ていました。それで、その運勢が示す通りよく衝突しましたが、お互い思い返し、思い返しして、気分を変え、悪いことはすぐ忘れる努力をして、ここまでたどり着けたのですから、妻も私も、よく頑張ったね合格!とほめてあげたいと思います。

それに、どんな悪い運命であっても、必ず好転出来るんだということを実証できたと思います。

あなたの場合は、結婚することにもっともっと本気になって、そのためにやれることは何でもがむしゃらに積極的に取り組もうというぐらいの姿勢が大切です。そういうひたむきな努力をやっているうちに、次第に結婚するぞ!という覚悟がしっかり定まってくるのです。

『いい結婚ができますように』と、お経を称えるのもいいですが、<足運び法>がこの場合有効だと思います。氏神様・産土様(もよりの神社)に何度もお参りして、いい人とご縁が出来て結ばれますようにと祈ります。

そうすると、足運びの回数を重ねるごとに、きっといい結婚が出来るゾ!という確信が強くなってゆきます。そして、ついにそんな「お願いの祈り」が昇華して、『神さまのみ心のままに』という、<全託の祈り>になってきます。


そんな安らかな、神さまにすべてお任せするという気持ちになれたなら、もうしめたもので、神さまも『愛(う)い子じゃ、こりゃ、頑張って相手を見つけてやらにゃ』と全力で相手をさがして出して下さいます。


1579 2025.10.11

<釈尊が歩まれた道>

○ 「四門出遊(しもん しゅつゆう)」:東門→老人に出会う 南門→病人に出会う 西門→葬列に出会う 北門→出家者に出会う 出家を決意

→求道のきっかけは「世界は苦である」ことの気づき(生老病死)

○ 「離脱の悟り」を目指す:出家して難行苦行→挫折,断念→5名の道友との別れ(絶交)

○ 絶望と孤独: 尼連禅河(にれんぜんが)で沐浴(ミソギ)→川岸で倒れていた(このまま死んでしまいたい)→少女スジャータのヨーグルト供養(なぜ私のように生きる価値のない人間を生かそうとしてくれるのか)

○ 他力の発見:「大きな大きなイノチの流れ」に逆らわず、そのまま受け入れて身を任せることが出来るようになった

○「ひとついのち(イノチの一体性)の悟り」:河畔の菩提樹のもとで坐禅して(悟るために坐ったのではなく、大きなイノチの流れのもよおしのまま、ただ坐った)開悟した

○ 「ためらい(21日間)」:地上世界を去って安楽な世界にゆこうか、それともココに留まろうか?

○ 「関わり」の悟り:地上に残って人々と誠実に関わって導いてゆこう

と覚悟を決める→5名の元道友に会うために一歩踏み出した

○ 「関わり」の悟りの深化:お亡くなりになる7年前、法華経を説き、地上に残って未来の子孫たちも引き続き導いてゆくシステム(授記,多宝仏との一体化)を構築された


1578 2025.10.10 

<魂の全体性を復活させる「鏡の鎮魂法」>

「鎮魂」とは:人が病気になったり、生命力が減退してウツ状態になったりするのは、魂本体から多くの魂の断片が遊離してしまっているから。だから、出て行ってしまっている魂の断片に帰ってきてもらって、居るべき位置におさまってもらう神事が「鎮魂法」。

<鏡の鎮魂法(自礼拝)>

(鏡に自身を映しだして、その姿に向って 二拝二拍一拝 合掌して次の宣詞を称える)

(自身の氏名)さん、(自身の氏名)さん

私はあなたを許します。私はありのままのあなたをそのまま受け入れます。

私は、これまであなたを否定して、たくさんの魂を私から切り離し、断片にして追い出し、真輝魂を魔我魂にしてしまっていました。そのことを反省し、ここで懺悔します。

どうか、遊離してしまった、尊い魂の断片のすべてが、私の身に戻ってきてくれますように。そして、私のいのちの中の、本来の居り場所に落ち着くことが出来て、私はいのちの全体性を取り戻すことができますように。

いのちの全体性を取り戻すことができれば、私は元気を回復し、私本来のいのちの輝きを発輝できるようになるのです。

私が「ありのままの我が身の今・ココ」に落ち着けますと、私は本来神であったことを、思い出すことが出来ます。

あなたは本来神そのものなのです。そのことを喜び、感謝して、最後に自身の氏名を、神号としてお称えしましょう。

(自身の氏名)さま、(自身の氏名)さま、よろしくお願いします。あなたの地上での本来の役割を、見事に果たして下さいますように。(最後に深く一礼)


2025年12月17日水曜日

4109「人の心に神様を見る」2025.12.17

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年12月08日の記事を紹介します。


「人の心に神様を見る」


私たちが相手の方の内に、神様(良いところ)を見ることができれば、

まさに自分の宇宙(自分の住む世界、周りの環境)においては、 

全てが調和し、全てが幸せで笑って暮らせる、平和な世の中になることでしょう。 

そして生きながら、天国に住めるでしょう。。

「相手の内に神様(良いところ)を見ること」って? 

以前書いたのですが、良寛さんが溺れた時のお話でご説明します。

<引用開始>

越後国(えちごのくに)(いまの新潟県)で生まれた、

良寛さんというお坊さんがいました。

生涯貧しい暮らしをしていましたが、

その言葉はつねに人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。

だから、多くの人に慕われています。

そんななか、良寛さんを妬んでいた人がいました。 

村一番の嫌われ者だった渡し船の船頭で、大酒飲みの乱暴者。 

船頭は「いつの日か良寛が自分の船に一人で乗ってきたら落としてやろう」と考えていました。

幸か不幸か、その日はすぐにやってきました。

そして、川の半ばまで船を出し、

ゆらゆら揺らして良寛さんを船から落としてしまいます。

良寛さんは泳げません。 

だから、おぼれかけて死にそうになる。 

船頭も殺すつもりはありませんから、

「もう、これくらいで勘弁してやるか」と良寛さんを引っ張り上げる。

すると、良寛さんはこう言いました。

「あなたは命の恩人だ。

助けてくださってありがとう。

このご恩は一生忘れません」

良寛さんだって、船頭が船を揺らしたのはわかっていたでしょう。

村の評判だって聞いていたはず。 

なのに彼は助けてもらったお礼の言葉しか口にしませんでした。

そして、船頭は真人間になることを決意しました。

「太陽」のように争うことなく問題を解決する。

それが良寛さんの「実践」でした。

<引用終了>

良寛さんの言葉はつねに人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。

だから、多くの人に慕われていたのだそうです。

そして、上の逸話では、 

良寛さんは相手の悪意を知ってはいても、それを攻め立てたりはしませんでした。

相手の内に居らっしゃる神様(良心)だけを見つめていました。

だから「あなたは命の恩人だ。

助けてくださってありがとう。

このご恩は一生忘れません」という言葉が出たのですね。

その結果、

悪意を持っていた船頭の心の良き部分に光が当たり、

活性化され、船頭は真人間になることを決意することが出来たのです。

船頭の外見の行動は、人を船から落とすという乱暴なものでしたが、

良寛さんは相手の内に神様を見て、そこに意識を移し、活性化させたのでした。

・自分に乱暴を働く者、

・悪口を言う者、

・敵対心を抱く者、

・嫉妬している者、

・ねたんでいる者、 

そんな人たちの内側の神様を見ることは、難しいことかもしれません。

ですが、そのような人たちも家に帰れば、もしかしたら

・子供たちにとったら、良い親かもしれません

・病気のご両親の世話をしている、良き子供かもしれません

・旦那さまを愛する、良き妻かもしれません

・子供を守ろうと、少し意識が過剰になったのかもしれません。

・出がけに旦那さまとケンカしてイライラしていたのかもしれません

・昔自分が失敗したのと同じような失敗を私たちがしたため、トラウマがよみがえったのかもしれません。

・子供のころ親に虐待されていたのかもしれません。

・つい最近リストラされたのかもしれません

・最近、大きな病気が見つかり、不安心が心を覆っていたのかもしれません。

つまり、これらのことは相手の心の中の問題であり、

本当は私たちにはあまり関係のないことです。

私たちが相手の状態により、右往左往することはありません。

私たちができることは、 

私たちの心を穏やかにしておくこと、感謝の気持ちで満たしておくこと。

人間は、この世に生まれてくる時に、神様と相談してこの世で 

・どう生きるか、

・誰といつ会うか

などを計画して生まれてくるそうです。

つまり、今、この世に生きているということは、 

全員が神様に祝福されて生まれてきたということです。

理不尽な相手に怒るのではなく、

まずは、相手の内にも神様がいらっしゃると信じてみて、 

それで相手の中に何か良いところを見つけようとしてみる、

のも一つの方法かもしれませんね。

相手の態度にも、相手の方にとっては、人には言えない、

大きな理由があったのです。

決して、あなたが憎いわけではありません。 

それは、相手の方の心の問題です。

相手の方の、表面的な態度だけを見て感情を揺さぶられ、

憎んだり、ののしったり、足を引っ張ったりと、 

自分の心を汚す必要はありません。

私たちの現実は、私たちの心が作り出すからです。


2025年12月16日火曜日

4108「味方を増やす感謝の心」2025.12.16

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年12月07日の記事を紹介します。


「味方を増やす感謝の心」


今日は、小林正観さんの不思議話を書きたいと思います。

眉に唾をつけてお読みください。 

<引用開始> 引用元

すべてに感謝。

魂のあるすべてのものに感謝。

大事な役割を果たしている水。

あって当たり前になってしまっている。

水のありがたさを力説しながら、私たちの魂の変遷の話へ。

魂が一番最初に入るのが鉱物。

演台のペットボトルを指して、この魂は 喜ばれる存在になりたいという

方向性を神さまから与えられているので、水分を貯められる容器というものに入っているわけ。

機能がある状態を 生きている状態。

無くなったら死の状態。

そんな鉱物に入る魂を10万回経験する。

次に経験するのは。植物10万回。

植物の99.9%は生涯人間の目に触れません。

原生林の中で生まれ枯れていくのがほとんど。

9万回超えてくると人間に近づきます。 

人間の目に触れること自体がものすごくラッキー。

50年盆栽をやってきたプロ。

植物について分かったこと3つ。 

・人間が近寄ってくると、どきどきするらしい。

・人間に声をかけられるとすごく嬉しいらしい。

・人間に褒められると、この人のために命投げ出してもいいと思う。

褒めてあげると味方になるらしい。

植物は大地とつながっているので、なんと天候までも味方にすることができる。

植物を味方につけておくだけでも 味方はいっぱいになる。

植物の中で一番人間の感情や心を理解できるのは サボテンです。

サボテンに 愛してる 大好き ありがとう って声をかけてあげると

半年くらいたつと とげを落としてツンツルテンになってしまうか

とげはそのままだが痛くない。とげが産毛になってしまうかのどちらか。

これは正観さんも試したそうで、

外的から身を守るためのとげは、言葉によって必要がなくなる、といいます。

10ヶ月たつと きれいな青紫の花を咲かせる。

何も声かけないと10年でも花咲かせない。

しかし、いい言葉をかけると 10ヶ月くらいで花を咲かせる。

サボテンは植物生まれかわり10万回中

9万9900回位。ほとんどは鉢植えなどで植えられ

人間の家族の一員となっています。人間に近い。

その10万回を卒業すると今度は動物に生まれる。

植物同様 99,99999%は人間の目に触れずに生きていく。

9万回を越えていくと 人間に近づいていく。

去年 小林家に捨て猫。野良猫が人間の目に触れて

家で飼われるという猫は、生まれ変わり9万9900回を超えている。

眼に触れるだけでもすごいが家族の一員になること事態すごいこと。

もう少しで動物卒業という段階にきている。

動物10万回過ぎて 今度は雲を10万回やります。

空に浮かぶ雲ひとつに魂が入っています。

動物時代の楽しいことを思い出したとき、その形になってしまうんです 曇って。

雲について大事なこと。

雲の形 悲しい雲ってひとつもありません。

悲しそうな動物の姿って見たことないでしょう。

空の雲が思い出すことは 全部楽しいことばかりなんです。 

宇宙には悲しいという現象はないんです。

楽しかったというのが宇宙的なんです。

宇宙の構造は全部プラス思考なんです。

ウサギ イヌ イノシシ などなど全部楽しんでいる姿です。

それからいよいよ人間を10万回。

10万回過ぎると人間には生まれ変わりません。

神の最下級生の守護霊となります。姿かたちを持っていない。

その守護霊さんは、自分が宇宙の中で一番好きな

魂が入っている肉体を持った人に憑きます。

誰しも一体の守護霊さんが憑いてます。

この守護霊さん。

憑いてる ついてる ありがとう

を繰り返して感謝しているとすごい味方になってくれる。 

すべての鉱物に私のために役に立ってくれて

ありがとうと感謝すると味方になってくれます。

これは神さまがつくった宇宙法則です。

植物動物は人間に対して癒しのために存在して

近づいてきてくれるので

あなたのおかげで癒されて穏やかで幸せです。

ありがとうと感謝するとすごい味方になってくれる。

植物 動物は生まれ変わって近くにいるかもしれないので

特に感謝して大事にしたほうがよい。感謝したほうがよい。

空の雲も きれいな雲ありがとうと賞賛していると

空の雲も味方になってくれる。

そして 一番機能が高い 人間に対して感謝する。

宇宙法則には、感謝された人は、感謝した人の味方になる。

という仕組みが作られているので

感謝によって味方を増やすことになる。

・鉱物の魂に感謝

・植物の魂に感謝

・動物の魂に感謝

・雲の魂に感謝 

・人間の魂に感謝

この五種類すべて感謝できる人は、おまけとおみやげがついてくる。

感謝でもれなく、神さま 仏さまがついてくる。

人間を100人200人を味方にするのもいいけれど

神さま 仏さまが味方につけるのが一番いい。

私の人生の実体験の結果です。

努力なしで すごいことが起きていきます。

すべての魂に感謝です。

<引用終了>

このお話は不思議系のお話なので、信じる信じないは、ご自由なのですが、 

ペットと暮らしている方々は、わかるかもしれませんが、 

この子達も、もう動物としての一番高いレベルまで魂が成熟し、

もしかしたら次は人間に生まれてくるかも・・って思えたら、

なおさら愛おしさも増しますね(笑) 

彼らも、肉体は亡くなっても、魂は永遠ですから、進化の階段を上っています。 

人間の愛を注げば注ぐほど、進化は早まるといわれています。

大切に愛深く、付き合っていきたいものですね。 

人間も同じ、神様も同じ、魂を持つ者は、みんな同じ作りになっています。 

ですから、感謝され、愛を注がれれば、どんな方でも、途端に味方になってくれます。 

常に感謝の心、「ありがとう」を忘れないでいたいですね。 

みんなが幸せになる、第一歩ですから。


2025年12月15日月曜日

4107「ありがとうと言うために生まれて来た」2025.12.15

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年12月04日の記事を紹介します。


「ありがとうと言うために生まれて来た」


日本語の「ありがとう」と言う言葉は、物凄い力を秘めています。 

外国語にも翻訳すれば、同じ意味の言葉がありますが、 

言霊としての「ありがとう」には遠く及ばないそうです。

この言葉があるために、日本に転生して来たいと希望する魂は

他の国を圧倒的に引き離し、行列待ちの状態だそうです。 

今日の内容は、病気で、早くに亡くなったお子さんのお話です。

その悲しい出来事によって、 

・亡くなった子供は、何を伝えに生まれてきたのか?

・親がどのように影響を受けたのか?

という実話です。

それでは、ご紹介します。

私達は、もしかしたら、この地球に、「ありがとう」 

そう言うために生まれて来たのかもしれないですね。

今日のお話は、8歳で小児がんで亡くなった、

宗一郎くんのお父さんの手記からご紹介します。実話です。

<引用開始> 引用元

息子宗一郎のお話をしますね。

彼は平成十年3月31、光の世界に帰りました。

最後の3ヵ月は実は病院ではなく自宅で過ごしました。

そのときのわたしたちは必死でした。

なんとかして病気を治して、もとの元気な宗一郎になってほしかったんです。

サイマテイックという音で病気を治す器械も購入して使いました。

その他多くのことをやりました。

でも、いまから思えば、もっともっと一緒に楽しんであげればよかったと思います。

日に日にやせ衰え、痛みに苦しむ息子を、私たち夫婦は精一杯看病しました。

自分では歩くこともできない息子を背中におんぶして、

お風呂にそのままの姿で入ったとき、

痛みが少しやわらいだ息子の顔はとても幸せそうでした。

支えているわたしも泣きながら、お風呂につかっていました。

いてくれるだけでうれしい、生きていてくれるだけでありがたい。

夜は私と妻の間になって寝るのですが、30分ごとに訪れる痛みをやわらげるために、

私たちは宗一郎の体の位置を変えてさすってやりました。

正直いってとても辛かったです・・・

でも、でも、いてくれるだけでいい。

彼がいなくなることが怖かったんでしょうね。

辛い痛みのなかでもできるだけ、私たちに笑顔をみせようとしていた子でした。

「お母さん、ごめんね」

「もっと元気だったらお母さん、お父さんも疲れないのにね」

「お母さん、ぼく、もっと生きたいよ」

痛みがでるとサイマテイックで、その痛みをやわらげてあげました。

もう、これはいけないなと思い、病院へ連れていく車中で・・・

意識があまり定かではない宗一郎がこう言うんです。

「お父さん、お母さん」

「信じあって、助けあって、分かり合って生きてゆくんだよ」

「悲しいときや苦しいときほど、笑うんだよ」

「自分を責めることが一番いけないんだよ」

と強い口調で私たちに言うのです。

病院での最後のとき・・・・

たんが気道を満たして声にならない声で・・・・

最後の一声が・・・

「ありがとう」なんです。

それまで全身の痛みで抱くことができなかったのですが、

最後は母親に抱かれながら静かに息をひきとりました。

<引用終了>

8歳の少年の遺言でした。

悲しいときや苦しいときほど、笑うこと。 

宗一郎君は、そう教えてくれました。


エピローグ

宗一郎くんが入院していたのは、小児ガン病棟。

その小児病棟は、みんなガンを患っている子ばかりで、

治る子はほんの一握りなのだそうです。

ほとんどの子は、1年~2年で光の天使になってしまいます。

でも昼間の小児病棟は、どの病棟より、とても明るくワイワイと賑やかだそうです。

どうしてだと思いますか?

残された命は短いんだから、楽しく素敵な思い出を作ろうと、

それぞれのお母さんやお父さんが、自分の深い悲しみをぐっとこらえて、

明るく楽しくお子さんたちと楽しむのだそうです。

残された人生を楽しんでいるのです!

人生を楽しんでいるのです!

人生を楽しんでいるのです!

そして子どもたちが寝静まるころ、あちらこちらの病室から押し殺したように泣き声、

慟哭が聞こえて来るのだそうです。

この病棟では、夜は涙を流し、昼は笑顔を絶やさずに毎日過ごされていたのです。

小児ガンの子どもたちは、ものすごい優しい子が多いそうです。 

そして人を思いやる気持ちも、大人以上なのだそうです。

ある日、宗一郎くんが聞かれたそうです。

「宗一郎くんの夢はなに?」

宗一郎くんの夢は・・・

宗一郎くんの答えは、「大人になること」だったんです。

この病棟ほとんどの子どもたちは、私たちが当たり前に思っている

大人になることもなく、亡くなってゆきます。

大人になることは、実は凄いことなのです。

私たちは大人です。

・もっともっと幸せに、生きていきたいですね。

・もっともっと明るく、生きていきたいですね。

・もっともっと楽しく、生きていきたいですね。

・もっともっと笑って、生きていきたいですね。

・もっともっと優しく、生きていきたいですね。

宗一郎くんは、いつも辛い痛みのなかでも、できるだけ笑顔をみせようとしていました。

そして、辛い痛みのある時はいつも、「悲しいときや苦しいときほど、笑うんだよ」

と強い口調で大人病棟の人たちに言っていたそうです。

私達は、よく不平・不満や愚痴を口にしたり、

また自分の思い通りにならないことがあれば、すぐに怒ったり、

この子供たちと比べたら、なんと自分勝手で、そして幸せなことでしょう。

彼らの夢は大人になること、たったそれだけだったのです。 

子供たちは、生まれる前に、自分の人生の設計をしてきます。

・どんな身体になるか、病気か、健康体か

・いつ、どこで、誰に会うか、別れるか

・どんな才能を身に付けるか

・そして、お母さんをだれにするか?

天国に戻る時を、何時にするか? 

それらは、全て自分の目的を達成するためです。 

そしてすべての計画は、神様に承認されて、祝福されたうえで生まれてきます。 

決して、その目的は、誰かを苦しめよう、悲しませよう、などのはずがないのです。 

肉体の生死を超え、永遠に続く生命(魂)の進化のために、

あえて過酷で、非常な運命を、選択してくる高貴な魂もいます。 

人を目覚めさせるために、生まれてくる魂もいます。 

その高貴な子供たちの心に報いるためにも、私たち、後から彼らのもとに行く者たちは、

日々の暮らしにしっかりと立ち、優しい心、助け合いの心、お互い様の心で、

生きていきたいものですね。 

そうやってこそ、高貴な子供たちの魂の働きに、報いることができます。 

彼らの早すぎる死を、無駄にすることもありません。 

どうか、皆さんが、日々の暮らしの中で、

笑顔で、助け合って、

お互い様の優しい気持ちで生きることができますように。


2025年12月14日日曜日

4106「一瞬の幻」2025.12.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年12月03日の記事を紹介します。


「一瞬の幻」


皆さんは、自分の暮らしと、他人の暮らしを比較して

うらやましく思ったりすることはありませんか?

・お金持ちの家に生まれていれば

・もう少し器量が良ければ

・才能さえあれば

・健康でさえあれば

など。 

ですが、私たちは 

生まれてくる前に、雲の上で神さまと、今世の目的や、やりたいことを相談し、 

その目的を達成するのにふさわしい、 

・身体、

・家庭環境、

・そして将来起こるであろう人との出会いと別れ、

・事件や事故、病気。

・そして死ぬ時を決めて地上に降りてきました。 

この地球で、どのような経験をしたいかによって、その経験をするにふさわしい 

・金持ちの息子として生まれてきたり、

・病弱の身として生まれてきたり、

・奴隷として生まれてきたり

しています。

全ての人生のストーリーを自分で決めてきました。

その経験がしたかったから、敢えてその環境を選んで生まれて来たのです。 

ここで例として芥川龍之介が書いた「杜子春」という物語をご紹介します。

あらすじをご覧ください。

<転載開始> 転載元 

■杜子春と仙人の出会い

唐の都である洛陽に、杜子春 (とし しゅん)という若者がいました。 

彼は金持ちの家に生まれますが、両親が残した財産で遊びながら暮らしており、

散財した今では、一文無しの生活を送っていたのでした。

ある日、そんな彼のもとに一人の老人が現れて、

夜中にこの場所を掘るようにと告げます。 

杜子春はその通りにすると、そこからは黄金が掘り出されました。

一晩にして彼は大金持ちになり、

これまでは見向きもしなかったような人たちが、屋敷に訪れるようになります。


■贅沢と貧困の繰り返しの中

大富豪となった杜子春は再び贅沢三昧の暮らしをし始めます。 

しかし、やがてはその財産をも使い果たし、

以前と同じように一文無しの生活に戻るのでした。

すると再び老人が現れて、金を掘るように告げます。

そして大金持ちになり、またしてもそれを使い果たすという繰り返しを経て、

三度目に老人に出会った時には、杜子春の心に変化が起きていました。

お金があればもてはやされるが、

一文無しになれば誰も見向きもしないということを知ります。 

そして人間というものに嫌気が差し、

お金はいらないから老人の弟子にして欲しいと頼むのでした。

杜子春は、その老人が仙人であるということに気がついたのです。

■峨眉山での修行

老人は自らを鉄冠子という仙人であると明かすと、

杜子春を自分の住んでいる峨眉山へ連れて行きます。

そこで試練として、

仙人が帰ってくるまで何があっても口をきかないと約束をします。

虎や蛇に襲われても地獄へ落とされても、

彼は約束通り何も言いませんでした。  

どうしても口を開こうとしない杜子春に怒った閻魔大王は、

既に亡くなっている彼の両親を連れて来て目の前で苦しめます。

閻魔大王に痛めつけられながらも、

自分のことを一番に思ってくれている母の心に心を打たれ、

たまらず母を呼んでしまうのでした。


■仙人が与えてくれたもの


お母さん、と一言叫んだと同時に杜子春はたちまち現実の世界へと戻りました。 

実はこれまでの出来事は全て、仙人が見せた幻だったのです。

もしあのとき杜子春が何も言わなかったならば、仙人は彼の命を奪っていたと言います。

これからはもっと人間らしい正直な暮らしをするという言葉を聞いた仙人は、

杜子春に一件の家と畑を与えて去って行きました。

<転載終了>

お金持ちになって、贅沢三昧をし、それに釣られて沢山の人が集まり 

そして、お金が底をつくと、誰も見向きもせずに離れて行き、

地獄でいじめられる両親の姿を見て、何も持たない惨めな自分であるのに、

それでも、自分を大切に思ってくれる両親の姿 、

これら壮大なドラマが、実は一瞬の幻だったのです。 

もしかしたら、私たちの人生は、

これと同じように一瞬の幻、夢物語かもしれませんね。 


農民から、一代にして太閤殿下に上り詰めた豊臣秀吉の辞世の句は・・・

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

です。

天下統一の目前まで行った織田信長の好んで使った詩は・・・

「人間50年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」

でした。

生きているうちに、あのような波瀾万丈(はらんばんじょう) を生きた人たちでさえ、

死ぬ間際に気づいたのです。

人生は、一瞬のことであり、人生は、夢、幻であった。

人生とは、単なる役割に過ぎなかった。

私たち人間は、自分の見たいものを見て、経験したいものを経験し、

みんなが、実際は同じ世界に居ながら、全く異なる経験をしてます。 

同じ世界に暮らし、同じように生きているのに、それぞれの心の状態によって

・ある人は地獄に住み

・ある人は幸せな天国に住んでいます。 

同じ世界に暮らしているのに・・・

私たちが見る世界、聞く世界、経験する世界は、私たちの心の反映です。 

私たちの心の状態を正確に映し出した世界に、今住んでいます。 

ゆがんだ世界に生きているのであれば、心のどこかに ひずみ があるからです。 

空海が仰ったように私たちは、 

生きながらに、天国にも、地獄にも住むことができるからです。

これを空海は、即身成仏という言葉で教えてくださいました。 

あなたは、今、天国に住んでいますか?

それとも地獄のような苦しみ、疑心暗鬼の渦巻く世界に住んでいますか?

全ては私たちの心ひとつが作り出した世界です。

皆様がどうか、生きながら天国に住むことができますように。 

周りの方と、お互いさまの心で助け合い、笑顔で暮らしていくことができますように。 

生きている世界は、まったく同じなのです。

ただ、様々な出来事を、どのように受け取るか だけの違いで、

まったく異なる世界に投げ出せれます。 

・良きことも、悪しきことも、感謝の心で受け取っているか

・不平不満、悪口、嫉妬、憎しみの心で受け取っているのか 

人生は、夢、幻の世界、私たちは、自分で決めた人生ストーリーの役者。

もともとは、純粋で優しい魂の持ち主です。

いつでも、役柄を変え、心根を変えることで、天国に住む準備ができています。 

自分は天国に住むと、決断するか、しないか? 

決断すれば、すぐに世界は変わってくることでしょう。


2025年12月13日土曜日

4105「何が子どもと若者から「知能と自我」を剥奪しているのか?」2025.12.13

今回はIn Deepさんお2025年12月7日の記事を紹介します。


「何が子どもと若者から「知能と自我」を剥奪しているのか?」

何が子どもと若者から「知能と自我」を剥奪しているのか? - In Deep

アメリカのアカデミズムの崩壊を見て

先週発行した In Deep メルマガで、「アメリカの有名大学の学生たちの深刻な学力の低下」について少しふれたことがありました。

カリフォルニア大学サンディエゴ校という(本来は)非常に優秀な大学の話で、世界的な評価としては日本の東京大学と同水準の大学です。

取りあげたのは、以下のような記事でした。

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役に立たないU Useless U American Greatness 2025/12/03


カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の驚くべき最新の報告書によると、新入生の授業準備がかつてないほど遅れていることが明らかになった。

特に数学において、新入生の学習準備の急激な低下が顕著だ。

UCSD の報告書によると、2020年から 2025年の間に、高校レベル以下の数学力を持つ生徒の数は 30倍近く増加している。さらに、これらの生徒の 70%は中学校レベル以下だ。

これは、COVID-19による閉鎖、標準テストの廃止、成績の水増しが原因であり、その結果、UCSDで期待される厳しさに対する準備が不十分な新入生が生まれている。

UCSD の問題は特異なものではない。過去 5年間、カリフォルニア大学バークレー校や UCLA を含むカリフォルニア大学の他のすべてのキャンパスでも、学習の準備が整っていない 1年生の数が 2倍、3倍に増加している。

…全米では多くの学生が大学を中退しており、2024年秋の大学の学部生数は 1,928万人で、ピーク時の 2010年の 2,100万人から 8.43%減少している。

エドソース誌によると、カリフォルニア州立大学は、定員不足を解消するため、来年から大学進学準備コースでCの成績を取った学生を出願なしで入学させるという。この制度は、出願を必要とせず、入学許可を得られる。

大学卒業生にとって、雇用市場は低迷している。労働統計局の最新データによると、ホワイトカラー職、特に 4年制大学卒の学生の雇用が大幅に減少している。

4年制大学卒の学生は現在、失業者全体の 25%、約 190万人と過去最高を記録しており、これは 1992年以来の最高水準だ。

大学進学にはかなりの費用がかかる可能性があることは留意しておくべきだ。アメリカの学生一人当たりの一年間の平均費用は 38,270ドル (約 600万円)で、これには書籍代、教材費、生活費が含まれる。

学生が私立の非営利大学に通う場合、キャンパスでの生活には年間平均で 58,628 ドル (約 900万円)を費やし、そのうち 38,421 ドルが授業料やその他の費用として支払われる。

学生ローンの利子と失われる潜在的収入を考慮すると、学士号取得のための投資は、学生の家族と納税者に最終的に 50万ドル (約 7700万円)以上の負担をかける可能性がある。

伝統的な大学に代わる選択肢は何だろうか?

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ここまでです。

天下の一流大学に入る学生が、

> これらの生徒の 70%は中学校レベル以下だ。

というようなことになっている。

「中学校レベル以下」という表現が、中学生レベルなのか、それより低いのかは定かではないですが、 「以下」には「below」という英語の単語が使われているので、日本語の「以下」ではなく、「中学生レベルに達していない」という解釈でいいのだと思います(小学生レベルという意味だと思われます)。

「いくら何でも…」とは思うのですが、入学時のプレースメントテストのスコアを基にした実測データで、確かにこのような結果が出ているようです。

まあ、「崩壊」ですよね。

全米トップクラスの州立大学でこれでは、アメリカ全体ではどうなっているんだ? とも思いますし、あるいは、「日本を含めた世界ではどうなっているんだ?」とも思います。

理由として、記事には、

> COVID-19による閉鎖、標準テストの廃止

などが書かれていますが、おそらく、関係ないですね。小学生ならともかく、高校生くらいにまでになって、学校の対面教育が長期間失われたとしても、こんなに激しい学力の低下は起きないです。

アメリカには伝統的に、学校に通わずホームスクーリング(家庭教育)で学習する若い人たちも多く(全体の 7%くらい)、つまり学校に行かなくとも勉強を自主的にする人であれば、ここまでの学力の崩壊はないです。

「標準テストの廃止」云々もほとんど関係ないでしょう。

じゃ、原因は何だろう? と。

これが、大学生ではなく、たとえば、現在の小学生や中学生なら、それはただちに、「原因はマスクとロックダウン」とも言えるような気がしますが、在大学生となると…。

子どもの学力の低下は、2020年からものすごい低下を見せていまして、以下は 2022年のアメリカの 9歳のデータですが、「過去最低」を記録しています。

アメリカの9歳の「数学」の平均スコアの推移 (2004-2022年)

 


americanactionforum.org

2年前に「脳の問題:日本社会全体の知力が劇的に下がる日」というタイトルの記事を書いたことがあります。

脳は身体の中で「最も酸素を欲する器官」で、特に、

「脳の細胞と細胞をつなぐシナプスが増加し続けている年齢、男の子なら 11歳、女の子なら 12歳までは特に酸素が必要」

ということを書いていますが、12歳以下などで、毎日毎日マスクをして過ごしていれば、「必ず知能は低下する」ことがはっきりしています。くどいようですが、

「必ず」

です。子どもがマスクをした場合、必然的に酸素不足が常態化し、脳の必要な成長が「必ず」阻害されます。これは年齢が低ければ低いほど当てはまり、小学生の低学年とか幼稚園児に長時間のマスクをさせるのは、「虐待と断言してもいい」と私は思っています。

子どもの(知能を意図的に下げることで)その子どもの未来を奪う行為だからです。

ですので、パンデミック当時に 12歳以下などの子どもだった場合、影響を受けていることは想像が難しくはないですが、現在大学生の人などは、パンデミックの頃はもう十代中盤などであり、脳の発達も完了していて、脳を原因とする致命的な知能への影響は起こらない世代です(ロックダウンの心理的な影響は残る人には残ったでしょうけれど)。

まあ、ワクチンというのも…(脂質ナノ粒子もスパイクタンパク質も脳に達するため)まったく影響がないわけではないでしょうが、検証しようがないので、ここではふれません。

参考までに、スパイクタンパク質が、骨髄から血管から本体まで「脳のあらゆる部位から検出された」ことを発表したドイツの論文については、2023年4月のこちらの記事にあります。

 

「では原因は何なのだろう?」

私が最近思っている最大の原因のひとつとして、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の損失」ということがあります。

デフォルト・モード・ネットワークは、「ボーッとしている時に働く脳の機能」で、創造力や思考力に大変に重要な脳の機能です。

しかし、たとえば、始終、スマホやデジタルスクリーンに向かい合っていると(それはボーッとした状態ではないので)、デフォルト・モード・ネットワークが「常にオフになっている」わけです。脳を活性化させる時間が奪われるために、それが長引くと、知能も思考力も創造力もどんどん下がる。

これについては、最近の以下の記事の後半に書いています。

・英国の研究が「コロナのロックダウンが子どもの発達障害を著しく増加させた」と結論付ける。しかし、原因は複合的であり、そして最近は「DMNの喪失による知能低下」という問題も

In Deep 2025年11月29日

 

まあ…結局、「スマホ」というものが、社会全体の知力に相当悪影響を与えていると言わざるを得ない感じで、また、「ショート動画」の視聴が「脳の腐敗を引き起こす」という論文も翻訳したことがあります。

・TikTok、Instagram、YouTubeなどソーシャルメディアのショート動画は若い人の「脳の腐敗」を引き起こすという論文

nofia.net 2025年11月26日

この「腐敗」というのは、「脳機能の腐敗」のことですが、働かなくなっていく。

最近の科学メディアの記事がこれについてふれていました。

以下です。

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研究者たちは、5歳児がすでに脳を腐敗させるコンテンツに深く夢中になっていることを発見し、懸念している

Researchers Concerned to Find That Five-Year-Olds Are Already Deeply Hooked on Brain Rot Content

futurism.com 2025/12/06

5歳未満の神経発達に異常のない子どもの脳は、急激な成長を遂げ、よだれを垂らす幼児から、トイレトレーニングを終えて学校で ABC を学ぶ準備のできた子どもへと成長する。

だからこそ、私たちが意図せずして、多くの子どもたちを膨大な量のインターネットによる脳の腐敗にさらし、その重要な時期を妨害していることが非常に憂慮される、と貧困層に焦点を当てた英国の政策グループ、社会正義センター(CSJ)の研究者による分析レポートは述べている。この状況は広範囲に及ぶ有害な結果をもたらす可能性が高い。

CSJ の研究者によると、この大規模で管理されていない実験の影響はすでに現れており、ソーシャルメディア上の低品質の動画やその他のコンテンツの氾濫により、子どもたちは「不安と睡眠障害」に苦しんでいるという。

他の研究では、ソーシャルメディアを利用する子どもは記憶力と読解力のテストの成績が低下し、スクリーンタイムの増加はあらゆる年齢層でうつ病や依存行動を引き起こすことが明らかになっている。

「この調査は非常に憂慮すべきものです」と、英国貴族院議員で元教育担当政務次官のナッシュ卿は、CSJ の報告書で引用されているように述べている。

「現在、5歳未満の何十万人もの子どもたちがこれらのプラットフォームを利用しており、まだ読み書きを習得していない子どもたちが、大人を惹きつけるように設計されたコンテンツやアルゴリズムにさらされていることは、私たち全員が懸念すべきことなのです」

CSJ の研究は、英国通信庁が 2025年5月に発表した報告書に基づいている。この報告書は、英国の親を対象に、子どものメディアに対する態度と利用について調査したものだ。

英国通信庁の調査によると、3歳から 5歳までの子どもの約 5人に1人がソーシャルメディアを独自に利用していることがわかった。

また、オンラインゲームをする 8歳から 9歳までの子どもの 4分の1が、これらのインタラクティブな環境で見知らぬ人と交流しており、児童虐待者にとって格好の場となっていることが明らかになった。

同じ英国通信庁のレポートでは、調査対象となった親の 37%が、3歳から 5歳の子どもがソーシャルメディアにアクセスできると認めていることがわかった。

これは、約 3年前の 29%というすでに高い数字から驚くべき増加だ。

CSJ はこの数字を基に人口データ計算を行い、想像し得る限り最もくだらないミームやショート動画で脳を刺激されている英国の子どもは 81万4000人いると推定した。

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ここまでです。

こんなに若い頃からスマートフォンなどでソーシャルメディアやショート動画などに親しんでいるということは、「今後もずっと」だと思いますが、その間、

「本来成長すべき脳が成長しないで腐敗していく」

わけです。

そして、この「脳の腐敗」は、小さな子どもだけではなく、青年期の若者(あるいはすべての世代)でも起きることがわかっていて、ここまで書いたことだけでも、スマートフォンやソーシャルメディア、ショート動画などへの過度の依存は、

・デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の機能が常にオフになっていて、創造力と自発的知性が失われる

・脳の腐敗につながる

ということになり、やはり良くないことなんですよ。

もちろん、ここまで肥大化したスマートフォン社会を、今さらどうこうできるものでもないですが、親御さんを含めてひとりひとりの努力なら、少しはできることもある気がします。

そして、これはそういう学術論文があるわけではないですが、

「次第に自我も消えていく」

ように思います。「自我」というのは、外的刺激のない中で、自分自身で考えることにより強化されるものです。

それがなくなっていく。

そういえば、最近、イタリアのシュタイナー系ウェブサイトで、ルドルフ・シュタイナーが以下のように述べていたことが書かれていました。

1924年9月17日のルドルフ・シュタイナーの牧師たちに対する講義より

現代には、実際には人間ではない、無数の自我のない人々が転生しています。これは恐ろしい真実です。

私たちは彼らを身近に見ますが、彼らは自我の転生ではありません。彼らは肉体的な遺伝によって受け継がれ、エーテル体とアストラル体を受け継ぎ、ある意味では内的にアーリマン的な意識を備えています。

注意深く観察しなければ、外見上は人間のように見えますが、真の意味での人間ではありません。これは恐ろしい真実ですが、確かに存在するものであり、現実なのです。

liberopensare.com

シュタイナーによれば、こういう「自我を持たない人間」は、人類の 3分の1を占めると考えられているのだそうです。

この話はともかくとしても、今のままの状態だと、こういう「自我を持たない人間」はさらに増えていくように思います。

ボーッとできる時間が少なくなりすぎて、そして、自発的に考える時間が少なくなりすぎた今の世の中が進む先は、知能も自我もない人間たちの社会となるのかもしれません。


2025年12月12日金曜日

4104「夭逝する子供たち」2025.12.12

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年12月02日の記事を紹介します。


「夭逝する子供たち」


皆さん「夭逝」(ようせい)と言う言葉聞いたことがありますか。

子供が年若くて死ぬこと  と言う意味です。

スタジオジブリの「風立ちぬ」の主題歌は

荒井由美さんの「ひこうき雲」でしたが、 

これは夭逝をうたった歌と言われます。

子供が先に亡くなることは、親にとったら、耐えがたい悲しみです。 

私のブログを見てくださっている方々の中にも、

そのような親御さんが沢山いらっしゃいます。

ですが、やはり、それにも神様の深遠な意味があるようです。

今日は小林正観さんの文章から夭逝に関するものをご紹介します。

<転載開始> 転載元

ニ、三歳で亡くなる子どもがいます。

この子は九万九千九百回ぐらい生まれ変わりを果たし、

あとの百回ぐらいは、親に悲しみを与えるだけの存在です。

あとの百回の生まれ変わりで、もうじき神になる存在です。 

人間としての肉体をもち、何かを修行する必要はありません。 

では何のために生まれてきたのかといえば、 

親に悲しみという感情を味わってもらうためです。

かわいい盛りの子どもに死なれるのは、

親にとっていちばん悲しいことです。 

その悲しみを親に味わってもらうというのが、

人間として生まれ変わりの、九万九千五百回ぐらいから始まります。

子どもに死なれた親は、そこで悲しい悲しいと嘆き、落ち込みます。 

でもそれだけではいけません。 

幼い子どもの死は、 

「お父さんお母さん、それを乗り越えて、

明るく楽しく生きられますか」と問いかけているのです。

中略

幼くして死ぬ子どもは、もうすぐ神になる存在だから、

何かを修行したり修正したりする必要がありません。 

完成度の高い状況で生まれてくるのです。

だから早死になるのですと。

このことを知ると知らないでは大きな違いです。 

嘆き悲しみ、メソメソするのをやめて、

そのすばらしい子どもが自分たちと

半年、一年、三年、五年と一緒にいてくれた。

そのことに感謝しましょう。

ほかの親を選ぶのではなく、うちを選んできてくれた。 

それは、その親が、 

それまでいかに、

いろんな艱難辛苦の生まれ変わりを乗り越えてきたか、

という証明でもあるのです。

このことで、めげてはいけません。 

残された親は、そこで悲しい悲しいと嘆き、

落ち込んでいるのではなく、 

それを乗り越えて、

明るく楽しく生きられますかと問われているのです。 

早死にする子どもの役割はそういう問いかけをすることです。

<転載終了>

親を悲しませるために早く亡くなった。

親を悲しませるために、病気になった。

人間の情の面から見たら、なんと非情なことでしょうか?

ですが、これも神様や私たちが、

生まれる前に自分で立てた人生計画です。

情ではなく、宇宙の法則が優先されるのでしょう。

私たち生きとし生けるものは、輪廻を繰り返し、

魂を成長させ、もともと一つだった神様のもとに帰らねばなりません。

子供が夭逝することや、重い病気になることで、 

どれだけ強力なインパクトを親に与えるでしょうか?

悲しみの涙にくれることでしょうか?

ですが、夭逝する魂たちは、その犠牲を払ってでも

親である私たちに、何かを伝えたかったのです。

何時までも何時までも悲嘆の涙にくれて欲しくて

そうしたのではありません。

きっと、その深遠な目的は、親である私たちの魂の向上を

飛躍的に後押ししてくれるものだからこそ、その道を選んだのでしょう。

その悲しみの涙の後に、

残された親たち家族が、どう生きていくか?

それこそが、彼らの果たしてくれた役割

「夭逝」に報いる道だと思います。

今世界は、大きな大きな変化の時に差し掛かっています。

精神性の復活の時代への、良き変化です。 

今は辛い時を過ごしていようと、もうすぐ明かりが見えます。 

どうぞ、希望を持って優しい気持ち、笑顔でお過ごしください。