2015年7月31日金曜日

468「審査」2015,7,31

 真向法体操は私の健康法の基本です。公益社団法人真向法協会の佐藤良彦会長とご縁を頂きかれこれ33年は過ぎました。協会の理事としても2001年以来お世話役をさせていただき、2007年に佐藤先生が会長に就任後も理事を継続し、佐藤先生の地元の宮城真向法体操会として陰ながらご支援させて頂いています。
 佐藤会長の故郷が宮城県大和町で高校は仙台二校を卒業されていますので、1985年に真向法体操普及会仙台支部が設立された時は、事のほかお喜びいただきました。まだまだ若輩の私に白羽の矢を立てられて、私も良く分からないままに未熟ながらも支部長として真向法の指導を始めたのでした。それからは佐藤会長には年に1度、真向法修練の指導と段級審査を1986年以来欠かさずにお願いしております。

 今年も7月26日に仙台にお出でくださいました。修練会は40名ほどの方が集まりになりました。その中に初めて真向法を体験する方が5名おられます。初参加の方に自己紹介をしていただきますが、その中に佐藤会長と同郷の大和町鶴巣の方がいて驚きです。
 全国で活躍している時は仙台に郷愁を抱き、仙台に来ると更に大和町鶴巣のそれを強く思われるようで、故郷に広がる真向法のご縁がありがたいようです。
 軽妙なお話で皆さんの笑いを誘い、和ませ、注意を向けさせながら真向法の真髄をお伝えいただける、会長ならではの指導の時間はありがたいものです。


 体操の実技指導もありがたく皆さん熱心に体操に取り組まれました。真向法体操のあとは2人でペアになって行う補導体操です。私も年に1度だけ、佐藤会長に真向法補導体操をしていただく機会を頂けます。何しろ私は、日頃は皆さんの補導体操はさせていただきますが、それをしていただけることがありません。それをご存知で、労をねぎらう意味もあってでしょうか、年1度のご褒美を今年もありがたくいただけました。





 修練会も楽しい内に終わり、次はこれまた、年に1度だけ受けられる段級審査です。段級審査は21名の方が受けられました。
 真向法体操は4つの体操ですが、審査の目的は真向法実践継続する励みに、さらに真向法の普及振興の為に設けられています。審査内容は継続年数、実技錬度、健体康心度で100点満点で審査します。そのうち実技評価は40点、継続が40点で、健体度、康心度各10点です。実技が出来ても継続が不可欠で真向法の健康の捉え方の健体康心がこれまた味噌です。
最初の審査は5級から始まり、毎年1つ上位に更新でき、10年継続で5段を取得できます。5段から6段は2年、6段から7段は更に2年の実力の継続が求められます。そして8段の資格は7段から2年の継続と満年齢70歳に達した方の条件が入ります。しかし、この年齢制限は特例があり、多くの会員を要する真向会等を運営する指導者は適用除外されます。更に8段から9段は3年の継続、そして最高位10段は9段取得後3年以上実力を継続した方に受審資格が与えられます。
 かつて私が始めたことの審査基準は少し厳しかったように思います。何しろ8段は70歳以上、9段は80歳以上、10段は90歳以上という条件が厳密にあった様で、10段位は全国に数人しかいなかったように思います。

 その中で今回は久しぶりに私も佐藤会長の許可を頂いて審査を受けました。私は現在8段ですが、2006年に特例で佐藤会長から推挙されて受審させていただきました。そらから早いもので9年がたちます。今年は大きな変化の年でもあります、数日前に思い立っての決断でした。
 審査は皆さんが見守る中で、4人一組で下の級位の方から行われます。最後の組で私の名前を呼ばれるとどよめきの声が上がりました。当日に決まったことで皆さん知りませんし、何しろ久しぶりのことですから当然かもしれません。





 今回、宮城から最高位の10段を受審される方がいました。80歳を越えて継続は力なりと30年近く励んできた方です。同行同修の仲間の善き範となることを願っていますが、修行の道は肉体を脱ぎ終わる時まで続きます。更なる健体康心に精励していただくことが必需です。
 受審した皆さんの実技錬度は果たして如何なりましたでしょうか、結果は後日下されますが大方は受審した段級位の資格を拝受頂けるのが通例です。8月には允許状が届くことでしょう。果報は寝て待ちましょう。

 審査会の後は、佐藤会長を囲んで懇親慰労会です。26名ほどの参加で楽しい中に交流を深めさせていただきました。参加者全員の自己紹介と近況報告はお互いの今を知るには良いことで興味深いお話を聞けました。会には顧問の方も数名おられ最近は修練会には足が遠のいていますが、懇親の席には駆けつけて参加くださる方々です。久しぶりにお会いして元気に楽しい日々を過ごしている姿は、将に真向法の精神の実践者として範たるものです。
 冒頭の私の挨拶では若返りについて今の私の取り組み、挑戦を披露させていただきましたが、最近は眼鏡無しで過ごすことが快適で、これからは白髪の黒髪への変身を目指している旨、お伝えしました。断食会を終えて1週間ですから、生体エネルギー効果による成長加算可逆反応が継続していたのでしょう。皆さんには若返っている印象を強く与えたようです。

 心技体は充実、熟達し、身体は若返ることは理想です。新たな未知の扉を開く試みです。今回の審査の九段から次なる十、永久なる更なる道への通過点です。九から十へ、9からムス、1へのゼロの試みです。大いなる存在からの審査は如何なるものになるのでしょうか。日日好日、ありがたきご縁の繋がりです。

 後日、佐藤会長から暑中お見舞いを頂きました。そこには 「故郷の真向法会の活況が自慢です。ありがとう存じ上げます。」とありました。
 ありがたきご縁に活かされ生きる真っ向な人生この上なきことです。



467「生態系3」2015,7,30

 水を飲み、梅湯、大根、野菜等頂きますが1番早い方が15分ほどでトイレに立ち、宿便出しが始まりました。最初の便が出た後は、オレンジジュース、くだもの、ヨーグルト、チーズ、羊羹、パンなどの嗜好品の食物をいただきますが、和気藹々、楽しい会話、雰囲気の中に次々と皆さんトイレに何度と無く足しげく向かいます。多い人で10回ほども排便があり、水様便に混じって宿便を確認できます。
 法蔵師のテキストには食事を始めて早い人で40分から、普通は1時間くらいして排便が始まるとあります。今回もすこぶる順調な出だしです。私も20数分で目出度く開けました。 
しかし一人の方が、1時間過ぎても催さず、歩行したり刺激をしたのですが難しいようです。最後は私が指圧して無事に排便が始まりました。断食前日に健康検査でバリュームを飲んでいたとか。検査のタイミングが問題ありですが、どうにか難なく完了です。

 断食会の最後のミーティングは素晴らしい時間です。満願成就して皆さん晴れ晴れして笑顔で明るく軽妙なのです。皆さんから3日間の感想等を話していただくのですが、伺っていると嬉しくなり、皆さんの未来は前向きで明るいと思います。
 
 参加者の感想を紹介します。
「大変気持ちよく過ごすことが出来ました。ありがとさんです。特に座禅が今までで一番気持ちよく出来た感じがします。」約50回体験の方

「数年ぶりの参加でした。場の感じも、参加されている皆さんもとてもレベルが上がっているようで、とても充実した断食をさせていただけました。ありがとうございました。」6回参加の方

「今回はとても時間の経つのが早く、座禅もあ~もう終わり、というみたいに充実していました。2日目のジュースで胸焼けみたいになってちょっと辛かったです。
 身体がいろいろ敏感になっているのを何回か前からとても感じています。」12回参加の方、2日目の合掌行の後にコップ1杯の野菜ジュースを皆さんに飲んでいただきます。

「今回は1日目の夜に、吐き気をもようし、2日目からは比較的調子良く過ごせました。とはいえ、胃が重かったり、軽い頭痛がしたり、何らかの反応はありました。大久保先生のお話「空間の社会もシャットアウトされた状態に身を置いてこそ、身体の反応が起こる」と聞き、なるほどと思いました。改めて断食会の意義を感じています。又一人では絶対にこのような断食はできないと思うので、このような会を設定して下さった先生方、そして皆さんに感謝申しあげます。」15回参加の方

「とても気持ち良く過ごせました。座ることや呼吸することに集中する時間を持てたことがとてもよかったです。今までの生活を見直して、今後の生活習慣を改善して生きたいと思いました。」6回参加の方

「今回は5年ぶりの仙台の断食会ということで、いつもと少しずつ違う環境で途惑いながらの3日間でしたが、時間の早く過ぎることにびっくりです。転勤で仙台を離れますがまた機会があればお世話になりたいです。
 「くきみ」も気になります。明け後の復食やその後の普段の食事で、どうしても食べすぎや、身体に悪いと分かっているのに食べてしまったり、食欲に負ける事が多いので、やりたいことを成し遂げるために強い意志力を持ちたいんですが、「くきみ」は効果あるなら・・と思いますが、悩み中です。」10回参加の方

「何のストレスもない環境で、心地よい3日間を過ごせ、断食に来たことさえ途中、忘れていました。身体の変化がほとんど無く、今でも「順調だったのか・・」と不安に思いますが、食明けは皆さんと同じく出せたのでほっと、すっきりしています。」2回目参加の方

「9回目の参加にして初めて2日目の朝に耐え切れずに吐いてしまい3日間どうなることかと思いましたが、その後はとても順調に明け食を迎えることができました。
 久しぶりんの二人部屋はとても楽しく、同じアトピーもちの方と体験を共有できたことが心強かったです。(夜遅くまでおしゃべりしてしまったのは反省点ですが・・)
 断食会という場所の存在がとても心強いです。精神の弱い私ですが「二度と元には戻りたくない」という意志を持って、又この場に来れるように精進しますので、今後ともご指導の程宜しくお願いします。」9回参加の方

「「断食でリセットする」に向けて、日頃ハードな毎日でしたので眠くなることは多かったですが、心身ともすっきりリフレッシュできて、明日からまた元気に頑張ることが出来そうです。
 今回は前日の夕食も抜いてきたので丸3日間の断食になりました。3日目の朝はだるさもまったく無く快調でした。明けの食もとても美味しくいただきました。今回もありがとうございます。」15回参加の方

「今回の座禅は20分がとても早く感じました。前回も今までになく楽に過ごせましたが、今回、多少の頭痛と気持ち悪さはあったものの、一番体調が良く過ごせました。
 座禅の数息もいつもよりきちんと100まで数えられたように思います。参加した中で1番人数が多かったのですが、それも気にならない感じの良い雰囲気でした。」7回参加の方

「今回は2日目がいつ似なく辛かったのですが、座禅の環境を整えていただいたお陰で、20分がとても早く感じられ助かりました。断食に来ると、何でも手に入る毎日から離れ、食のありがたさが実感できます。大久保先生、Tさんいつもありがとうございます。」8回参加の方

「久しぶりの参加でしたが毎回勉強になるなあと思いました。今回の環境はやはり素晴らしいものだったと思います。
 2日目の朝には、見たことのないような大量のレモン色の液体を吐き、いつもなら断食後にでる赤い湿疹が2日目に出てました。排毒のスピードがアップしているのですね。3日目もこれまでで1番楽だったように思います。
 明け食ではいつも最後までそうとう長い時間かかって便が出ていましたが、今回は1番スムーズに排便できたような気がします。ありがとうございます。」7回参加の方


 目出度くこの度も終えることが出来ました。40回以上体験している私も今回程、自分の能力が高まり、飢餓という状況でも難なく乗り切れる、そして座禅にも集中できる、新たな体験、境地を得ることが出来ました。環境、生態系が肉体の細胞の心、精神を培い、将に身口意の三位一体の能力機能を発揮させてくれたようです。
 参加してくださった皆さんも驚きの不思議体験で終わることなく、意図して作り出された物語空間で影響を受けた仕組み、理論に気づき、学びことで、その必要性、可能性を広げることが出来ます。健康と若返り、人間としての能力を高めて行く為には、生態系学問はこれからの時代に必須となることでしょう。

466「生態系2」2015,7,29

 7月18日からの座禅断食会は20名で開催しました。初体験者4名で後は複数回参加しているベテランです。回を重ねて参加してくださる方々は、継続することで自らの健康管理として生活リズムの見直しが出来る貴重な時空間と捉えている方々が多いです。
 断食会への参加の初期の目的は病の改善が多いのですが、毒出しが進み体質改善がなされ病状の回復傾向がしっかり見え始めると、次の課題は生活習慣の建て直しです。つまり問題の解消から、問題の起きない、起こさない自分の選択、決断、意志力、当たり前に継続出来る日常生活での習慣化です。
 この座禅断食会は、創始者の野口法蔵師のインドでの修行体験での断食の効用と、自ら臨済宗の修行僧としての課題である座禅を組み合わせて、諸々の内容を加味して確立されたものです。その内容は法蔵師の多くの著書に記されていますので一読していただければと思います。
 断食期間中に座禅をし、姿勢を正し、呼吸に集中し、無を目指すことで自律神経の調整がなされ、食べないことへの煩悩を消していきます。そして身体の飢餓状態のスイッチが入ることで、免疫機能、自然治癒機能、自己調整機能などの諸機能を賦活化させることが起きます。その結果、諸々の改善がなされ、明け食での強制的な宿便出しをすることでデドックスが成され、瞬時に再生、リフレッシュした爽快感とともに身体の充実感を味わい、精神的な安定と前向きな気持ちが生まれてきます。
 ベテランの方々は肉体的なデドックスから回を進むに従い、精神的なデドックスへと意識が変わってきます。己の心へと視点が変わりますのでおのずと座禅への取り組み方が深まり、より集中力を培う方向へ興味が向いてきます。

 最初に私が法蔵師の座禅断食に参加した10年前は苦痛の伴う将に苦行という印象を持ちました。でも目的の為にはこれも仕方が無い、これを越えることで得られるものがある、と自らに言い聞かせた記憶があります。
 仙台に法蔵師にお越し頂き断食会を開催しましたが参加者の多くは同様の体験をされたようです。しかし、回を重ねるに従い身体の変化、改善、断食への慣れもあり良好な状態へと変わりましたが、断食には強い決意が必要なことは変わりありませんでした。
8回目以降は法蔵師の許可を頂き私が指導を始めましたが、この37回までその断食会の内容は法蔵師の内容とまったく同じですが、会場の場作り、明け食の食材の野菜等の入手先の工夫はしてきました。
 今回も野菜の大半は自前のテンメイ農場で栽培した生態系生体システムプログラム農法のもので、梅ぼし、味噌も生体エネルギーで栽培された原材料を用いて漬け込み、仕込んだもので、その後も生体エネルギー環境下で熟成したものです。
 会場の場作りは是までも環境改善住環境プログラムのコンクリートを座禅会場の四隅に設置し、可能な限りのしらべ、しらべSで電波システムの情報を加算してきましたが、毎回合わせて10個前後を設置していました。
 今回は、参加者の方の持参いただいたしらべ、しらべSも含めて14個になりました。更に先に触れた佐藤先生より特別に貸与していただいた装置を更に加算する形で今回は実施しました。いつものコンクリートブロックは座禅会場の四隅に設置していますが、さらに特別情報コンクリートブロックは宿の建物の四隅に設置しましたので、座禅会場だけでない、宿泊する部屋もその環境下、生態系の中ですので終日その情報を受けることが出来ます。




いよいよ初日18時より全員が揃って座禅断食会が始まりました。はじめのミーティングも和らいだ雰囲気で穏やかな中に、予定のスケジュールどおりスムーズに進行していきました。
 私は今回はほとんど断食をしていることすら忘れる、気にならないで過ごすことが出来ました。ですから期間中は眠い時は横になって休み、身体の求めに従い過ごすことで難なく、あっという間に時間が過ぎた感じです。座禅にも集中できて直ぐに時間が過ぎてしまう感じです。2日目の朝に排便がありこれは驚きでした。普通は期間中には排便がほとんど起きませんし、私もほぼ初めての体験でした。
 多くのベテランの方々も共通した印象です。そして、いつもだと2日目に出る身体の反応が1日目に現れたり、吐いた事が無いのに吐いたり。しかし苦痛が伴うのでなくすっきり吐き終わる感じだったようです。
 座禅の姿勢も皆さんしっかり出来ていて、集中して座っています。2日目の合掌行も全員しっかり出来ていました。毎日の終わりと初めにする、お休み&おはよう真向法体操も皆さん熱心に全員で出来ました。座禅の合間の休憩時間はほとんどの方は座禅会場に横になってひたすら休んで過ごしています。無意識に場の良いところを身体が選択しているようです。

 皆さんは自分の身体の反応を体感し、穏やかに安らかにいのちの営み、その声に耳を澄まし、同行二人を味わっているようです。初めての方は少し苦しさや辛さがあったようですが軽くクリアーできたようです。
 2日目午後は私が健康講話を2時間ほどしますが、今回は是までよりも皆さん熱心に集中して学んでくださいました。この時間には生体エネルギーのことも深く解説し体験していただきます。生体エネルギーという視点、環境、場の重要性、さらに現代社会の抱える病根、原因に気づいていただきそれへの対処法等を説明し、体感していただきました。

 いよいよ3日目朝を迎えました。全員が朝の体操に参加して6時半のあげるお経の時間も元気に声が出ています。全てが順調のようです。いつもは3日目朝は体調不良の方がいるのですがすこぶる良好です。
 最初の座禅の後の休憩の時に、明け食にいただける我がテンメイ農場の優れもの野菜と秋田県から取り寄せたパンの販売です。皆さん元気に沢山買いこんでくださいました。
明け食のときに食べるパンも同様にそのパンを使用しますが、座禅断食会に古くから参加されるSさんの福祉施設で作っているパンで、3年ほど前活用させていただいています。Sさんは今回は残念ながら不参加でしたが7年くらい前から断食会に参加していて常連さんです。Sさんはこの座禅断食会で生体エネルギー理論技術のことを知り、ご自分で活用され、生体エネルギーの生体システム実践研究会にも入会され、その技術をパン工場等に導入、設置されたのです。今はその他の施設や農場などにも生体エネルギーを活用してきています。

 15回目の座禅も無事終えていよいよ明け食を頂くことになりました。五観の偈(ごかんのげ)のお経を唱えて食事をいただきました。

2015年7月29日水曜日

465「生態系1」2015,7,28

 孟母三遷ということわざがあります。その意味は「幼児の教育には環境が大切であるという教え。」とあります。その由来は以下です。
「孟子(もうし)が幼い頃、彼の家は墓地のすぐ近くにあった。 そのためいつも、葬式ごっこをして遊んでいた。孟子の母は、
「ここはあの子が住むにはふさわしくないところだわ」
そう考えて引っ越すことにした。移り住んだのは市場の近く。 孟子は商人のまねをして商売ごっこをして遊んだ。孟子の母は言った。
「ここもあの子が住むにはよくないわ」
再び引っ越して、今度は学校の近くに住んだ。孟子は、学生がやっている祭礼の儀式や、礼儀作法の真似事をして遊ぶようになった。
「ここならあの子にぴったりね」
孟子の母はここに腰を落着けることにした。やがて孟子は成長すると、六経を学び、後に儒家を代表する人物となった。」
 環境が成長期の子供に強く影響するという教えです。環境の影響は子供に限ったことではなく、万人がその影響下にあります。如何にその環境を選び、作るのか。分かっているようであまりその視点がないままに生きているのが現状です。

 同じことをするのに場所を変えてその立地条件を選ぶことは成されますし、住宅では転居と言うことで一般的に行われます。同じ場所、住宅でもリフォームやリノベーションでその内容を一新することも最近では良く行われます。
環境とは「まわりを取り巻く周囲の状態や世界。人間あるいは生物を取り囲み、相互に関係し合って直接・間接に影響を与える外界。」のことですが、それをより限定的に捉えて、生態系という表現があります。
「ある一定の区域に存在する生物と、それを取り巻く非生物的環境をまとめ、ある程度閉じた一つの系と見なすとき、これを生態系と呼ぶ。生態系は生態学的な単位として相互作用する動的で複雑な総体である。」
「生物群集とそれを取巻く物理的・化学的環境がつくりだす機能的なまとまりをさす。この考えはイギリスの生態学者 A.タンズリーによって提唱された (1935) 。一つの生態系内で各生物は生産者,消費者というような役割分担を有し,それらの間での物質およびエネルギーの流れの解析が,生態学の一分野として重要である。」
 現状は文明の進展により環境破壊、生態系が乱されて生命の危うさすら言われています。この生態系を如何に作るかがこれからの大きな課題と思います。

 私はかねてより生体エネルギー理論、技術を学び活用実践してきています。今回7月18日からの座禅断食会で更なる環境改善を試みました。これは生体エネルギー研究所の佐藤政二所長のご好意により、あるスペシャルな装置をお借りできたのです。これまでも電波システムと力丸スペシャルのコンクリートブロックによる生態系の設置をして場作りはしてきていました。そこに更なる加算が出来ることになりました。
 今回お借りできたものは特別情報内容のコンクリートブロック4個と電波システムのアンテナ1個です。
 個の存在、全てには物語があり、明確な目的があります。私たちが存在するこの世界も想造主、神的存在により作られたといわれ、私たちもその現れです。そのことは一般的に宇宙論的証明と言われます。
 私たち人間は万物の霊長と言われますが、私たちが作り出すものに対しては、私達は想造主的に係わります。つまり物語、目的情報を入れて作ります。存在する構造体としては属性、釐(り)正、次元があります。釐(り)正は「改め正すこと」という意味ですが詳しくは又の機会にします。

 今回お借りしたコンクリートは今年の5月の長野での勉強会で作成したもので、佐藤先生と深いご縁のある臨済宗の大学の校舎の新築工事に特別にデモ用に作られたものです。臨済宗は禅が中心の宗派です。ですからその主たる目的は、建物の作る生態系で禅の修業が進み、覚り、悟りを会得できる為の情報をプラスしたものです。そこにはその前提になる肉体的な能力、精神的向上、さらに成長加算可逆などの情報内容が入っています。建築の場合には基礎、構造体でのコンクリートにその情報が出来ますので建物の中はしっかりとした目的生態系が出来ます。更に建物の外には一定距離までの虚空界が出来ます。
 虚空界は真如が原理で動く世界で、無形無相で万物を包括して一切の妨げの無いものです。その情報が建物の外へ放射され、中には生態系ができる仕掛けです。さながら、地球の周りの大気圏が、太陽などからの宇宙線を誘導翻訳し地球に必要な情報、エネルギー内容に変換して、地球の生態系を活かしているかの如くです。
 今回のコンクリートブロックの場合では、3個以上で立体空間が成立して、その中には生態系が出来て、外にも虚空界が出来上がります。今回のブロックの情報到達範囲は100mですので、4個のブロックを建物の四隅に置くことで建物丸ごと変えることが出来ます。

 電波システムは電波を発することでその到達範囲の空間にある目的情報で満たすことが出来ます。是までも既に活用されている生体エネルギー資材としては、しらべ、しらべS,しらべESがあります。その内容の進化したしらべV、W,Xも完成していますがまだ販売はされていません。今回お借りできたのはしらべERという更に進化した最新版のものです。それらはそれぞれ個別の目的内容を機能できるように作成されていて、将に唯一無二のものです。ERは身体機能を高め、健康で新陳代謝、若返りを促進させるかなり高い準拠位置生体エネルギーを持つものです。今回はコンクリートブロックで出来た生態系内にその電波システムの情報が伝わる仕掛けです。
 是までも座禅断食会についてはこのブログでも紹介していますので、詳しくはその内容には触れませんので、興味のある方は以下をお読みください。
「座禅断食」
http://tenmei999.blogspot.jp/search/label/%E5%BA%A7%E7%A6%85%E6%96%AD%E9%A3%9F

2015年7月20日月曜日

464「津軽5」2015.7.18

 十三湖はしじみの産地として有名です。かつて安藤氏が栄華を極めた地ですがその面影はありません。安藤氏の拠点は十三湊で「とさみなと」といいますが、十三湖は「じゅうさんこ」と呼びます。最初呼び方に戸惑いましたが何か意味があるのでしょう。
安藤氏については以下です。
「安藤氏の出自については判然としません。一説では、前九年の役(1051-62年)で滅ぼされた安倍氏の一族・高星丸が祖とされ、当初は藤崎城を拠点に津軽地方を支配していましたが、13世紀初頭に十三湊に支配拠点を移しました。いずれにせよ平安末期から、その存在は史書に現れるようになり、奥州藤原氏が奥羽を支配した頃にも、津軽六郡を統治下においていたとされます。鎌倉幕府からは承久4(1222)年に「蝦夷管領」に任じられ、津軽外三郡を支配し、この頃から水軍を駆使し蝦夷・日本海交易で莫大な経済権益を得ていたとされます。正中2(1325)年には「蝦夷管領職」の争いから「蝦夷大乱」(安藤氏の内訌)が起こり、また興国元(1340)年の大津波で十三湊は壊滅的被害を受け、以降安藤氏は衰退したと考えられます。仔細は不明ですが、室町期に安藤氏は二家に分裂し、「上国家」は出羽男鹿島・出羽湊を領し湊安東氏を称しました。また「下国家」は北進を進める南部氏に圧迫され、安藤盛季は嘉吉3(1443)年に蝦夷地に追い落とされ、以降数度にわたり康季・義季・政季は津軽回復をめざし津軽に攻め入りますが、その都度南部氏に拒まれました。その後、政季は出羽檜山郡を拠点に檜山安東氏を称し津軽回復をめざしました。」

 十三湖の中島には橋で渡ることができます。そこにある歴史民俗資料館を見学しました。映画の上映を見ながら暫し睡眠学習です。

 昼食は直ぐ近くの道の駅十三湖で名物のしじみラーメンをいただきました。お腹も満たされて午後のドライブはお昼寝にちょうど良い揺れ加減です。


 つがる市の亀ヶ岡遺跡考古資料館は昨日訪れた遮光器土偶シャコちゃんの公園の近くにあります。遮光器土偶は展示されていませんがレプリカと対面です。この地で発掘された土偶、土器を見学しましたが、シャコちゃんの置物など購入される方もいて、楽しめました。
「亀ヶ岡遺跡(青森):遮光器土偶を残した津軽の縄文遺跡」
http://wunderjapan.blog.fc2.com/blog-entry-15.html
「青森亀ヶ岡遺跡」
http://inoues.net/ruins/3naikamegaoka.html


 石神遺跡の近くにある森田歴史民俗資料館は初めて見学しましたが、ほとんど見学に来る方がいないようで、係員の方が沢山で驚いていました。この石神遺跡は縄文中期のもので今から4500年前のものです。私も見学して驚きましたが、国の重要文化財の土器などが沢山、無造作に展示されています。その中でも注目は人面つき深鉢形土器です。ムンクの叫びに似た姿に驚きです。その他にも十字の土偶などかなり興味深い展示品が所狭しとあり、縄文の世界を彷彿とさせる空間にしっかりと浸りました。

「つがる市森田歴史民俗資料館1,2」
http://www.fuwaiin.com/jyoumon-iseki/aomori/morita-1/morita-entoudoki.html
http://www.fuwaiin.com/jyoumon-iseki/aomori/morita-2/morita-dougu.html


 巌鬼山神社は岩木山の北に、靄山からのレイライン上にあります。岩木山頂上の奥宮の里宮としてかつては十腰内に祀られていたようですが、現在の津軽一宮の岩木山神社に遷座したので岩木山神社元宮と言われています。
 本殿脇にあるご神木の大杉は樹齢1000年を越える凄い巨木で、境内は凛とした空気に包まれています。暫し、エネルギーに浸っていました。
「巌鬼山神社1.2」
http://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10/9360996.html
http://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10/9366717.html


 大石神社の創建については「古くは岩木山を奥社とする下居宮が十腰内に建立されていましたが、寛治5年(1091)に岩木山神社が勧請されたことで祭祀が移り、その跡地には厳鬼山御西方寺観音院が開かれ巨石大石明神の信仰が高まりました。」とあります。巌鬼山神社から遷座してからのようです。
 ここも靄山レイラインにあります。本殿裏にある巨石の大石がご神体でしょう。本殿左奥に龍神御鎮座所とありますが、かつて流れていた川が地震の影響で水路が変わり今は干上がってしましました。川音が聞こえますが林の奥で見えません。
「大石神社」
http://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10/10355054.html

鬼神社も岩木山の麓にあります。社伝では、「坂上田村麻呂が蝦夷討伐にあたり、岩木山本官の高照比売命の霊験をうけ、岩木山北麓に厳鬼山西方寺観音院を創立した際に合わせて勧請した鬼神宮が後に現在地に移転。」とあります。ここも巌鬼山神社との繋がりがあります。
 一の鳥居の額の鬼の字にノがありません。本殿は左手に見えているのですが、鳥居から下り大きく180反転する感じで参道をまわると正面に本殿があります。本殿には鎌、などの鉄製器が飾ってあります。鬼神社と鉄のつながりに以下のような記載があります。
「製鉄の古代遺跡が多数見つかっている地域であることから渡来人、修験者という説が一般的のよう。製鉄民族を鬼としたのでしょう。黄金山(▲168.3)が近くに鎮座しているのも頷けます。」
 様々な狛犬がいて楽しませてくれます。犬、馬、魚まであります。
「鬼神社」
http://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10/9325971.html

 鬼神社を参拝して次は最後の訪問先、岩木山神社です。運転手さん道を間違えていささか時間ロスですが順調な巡りです。岩木山神社は津軽一の宮だけあって沢山の参拝者です。本殿までの石畳の立派な参道を登りお参りしました。右手奥にある白雲神社で竜神様にお会いして来ましたが、池には卵が何個か投げ入れられています。
「岩木山神社」
http://www.genbu.net/data/tugaru/iwaki_title.htm


 弘前から早めにJRを利用して帰る方々が半数です。予定より少し遅れましたが17時頃に到着です。今回は木内さんの発病で木内さんのいない津軽古代王国の巡りでしたが皆さん始めての体験も多く、喜んでいただけたようです。


 靄山からのレイラインにかつて栄えていた文明は、亀ヶ岡遺跡、石神遺跡の発掘された遺跡物に対面すると豊かな営みがはっきりと知ることが出来ます。アラハバキの神は共に栄え共存を願っていたように思います。しかし結果的に西からの侵略などで変化を強いられ中世の十三湊の繁栄そして衰退と歴史は今に至っています。
 津軽の世界を引き継ぎ出雲と進みますが、木内さんの同行で開かれたかもしれない新たな視点は、次回10月の出雲の旅に楽しみとしたいと思います。