2015年5月12日火曜日

430「北方来光3」2015,5,10

 4月26日も良い天気に恵まれました。宿を7時半に出発して大間から陸奥湾沿いに南下します。最初の目的地は、願掛け岩と言われる奇岩です。荒々しく突きでた男岩と穏やかな感じの女岩が海に突き出しています。その岩の間にゲージが用意されていて、そこで男女の縁の願いをすると叶うとか。そんなことで名前が、願掛け岩と成ったようです。


 その2つの織りなす入り江に下りて、海に向かってあわ歌を響かせました。かなり海風が強く寒さに震えての響きでした。その時のお言葉です。

「助くるはその身の定めたる思いなり。
 分かれて拡がり、多くを作りたこの地にあるが、これより還す、元の元。
 それぞれの身も一つとなりて、柱を打ち立て、この宇宙と共々に参られませ。」8:31


 次は下北半島で随一の名所の仏ヶ浦に向かいます。駐車場は海抜約100m程です。そこから山道、階段を下りるとそこかしこに奇岩が林立しています。パンフレットで数字で岩の名が示されています。その番号の3、5,8の三か所のところであわ歌を響かせることになりました。 

 最初は、双鶏門と言われる場所です。
「とーん、とーん、とーんと、参り行かれ、海原越え行き、遥かなる天空へ。
 再びは無き。この時なり。皆々還す、元へと還す。おー」10:11


 次は、蓬莱山です。
「わーわーわー 七柏手
 タント タンタラ トロリロラ ト ト タン トロリ ハム エオアー
 引き受けて参る。皆々共々、参られて、大きなる明日へ向かわれよ。」10:38

 最後に、香炉岩で響かせました。
「サン サン サーンテ、タンタン タラリロ、フムフムフー
 喜び溢れるこの時なり。大空に満ち満ちて参られよ。
 タンタンタンタンタンタン、タンタンタンタンター、タラリロ タラリロ タララ、トーン トーン」11:04

 帰りは100mの階段を登りますが、ゆっくりのんびりで悠々の帰り道でした。水分を補給して一路、脇野沢港のフェリー乗り場を目指します。途中、下北半島でもひと際目につく、山の形をしている縫道石山が見えました。車を止めて写真に収め、更に海峡ラインのくねくね道の南下を続けました。

 その車中で以下のお言葉がありました。
「ターターター 大きなる事ぞ。この時、この地を踏み行けて、響と共に参る事。
 是よりのこの地の大きなる力ゐ出す事と成り行く。
 踏み越えて参られて、辿り行き、和を結ぶ。スサナルなり。」12:20

 脇野沢の船乗り場にある食堂でスペシャルなランチを頂きました。アワビ丼、いくら帆立二色丼などここでしか味わえない豪華な食事に皆さんご満悦です。食後もフェリー出航の15時30分までのんびり過ごしました。




 フェリーに車を乗せて、船室に座ると同時に中山さんにお言葉がありました。
「たいじん 風穴 貼り付け受け、許されざるは 憤怒の由来ぞ。見定められよ。」15:29
  たいじんとは大きな人、偉い人の様で、風穴に貼り付けに成ったことが憤怒の原因との事です。果たしていつごろのどなたで、どういう意味でしょうか。


 引き続き次々とお言葉が下されます。

「かんたれ うんたれ ひむうつ 夢なり 果たせよ 是より新しきへと向かい行きて。」15:31

「タマランタリヤ スルラリ 絵 825年6月6日」
 825年の事績を調べますが分かりません。

「神の峰、登りて光るその時に、伝えて参る大きなる是よりの事。
 その時必ずの時ぞ。参り来きて、響きて知らせて参られませ。」15:45
 これは明日の靄山の事の様です。

「金扉、白扉、黒扉 三石集め、全てを統べる。
 写した物もの元へと還し、揺らがぬこの地を現わさん。」15:56
 金扉、白扉、黒扉 三石集め、全てを統べる、とは謎解きが始まりました。どうやら、これから向かう、三厩の厩石の様です。



 蟹田港に定時に着いて、ここで長野から参加のMさんと合流してピックアップです。そして走り出して直ぐに電話が入りました。昨日朝に参加を取りやめたTさんが、何と三厩駅に17時過ぎに着く電車で来ているとのことです。驚きの展開です。車を三厩駅に急ぎます。
 車では先ほどの船の中でのお言葉も含めて早く確認する必要があり、中山さんがあわ歌を響かせました。その時、車中で以下のお言葉がありました。
「果たし行く、生み出だす真を。全てを還して見事に定まり。
 聞き及びたるお知らせに参るその地は、遙かな天竺にありし。
 知らせは明日に受け取りて、大きなる明日を生み出だす。」16:53

 三厩駅にてTさんをピックアップして厩石に急ぎます。義経の北帰行伝説の地でもあるこの三厩には、義経寺があり、そのすぐ近く、国道に面して厩石があります。
 その巨石は穴が2つ空いていてその岩の柱の部分の色がなんと、金色、白色、黒色の岩で出来ているではありませんか。お言葉通りの内容で驚きでした。

 陽が沈みはじめ、風も強く吹く中、あわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「巻き上げよ、この地の風を。
 風と共に舞い上がり、大きく大きく成り成って、この天空一つと致して、新しきへ参られませ。」17:47
 
お言葉通りの強風が巻き上がる様に吹きすさびます。日暮が近づいてきましたので、急いで竜飛岬へ車を走らせました。竜飛岬の高台に灯台が有りますが、すさまじい強風が吹き抜けています。灯台下の駐車場から日本海側に沈む夕陽に向かってあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「新たなるへと向かわれるは、この日暮れを越え行く、大きく変わりた先にあり。
是より成るぞ。しっかり立ちて参られませ。」18:15

 寒さに震えながら、直ぐ目の前にある今日の宿、ホテル竜飛に直行です。温泉で疲れを癒し、豪華な夕食に皆さん舌鼓を打ちました。ここでは大きなあわびが1個付いていて、刺身か踊り焼きで食べたのですが、美味しいの一言です。

2015年5月9日土曜日

429「北方来光2」2015,5,8

 4月25日はとても良い天気に恵まれました。朝の突然のキャンセルが有りましたが予定通り、7時に仙台駅を出発し、2台の黒と赤の999の車で一路、青森県下北半島へ向かいます。
車中にて以下のお言葉が次々とありました。
「オント オンタラ フルリ フル ヤンサ ヤラリロ フル フンタリア アー アー ユルリロ アラ アラリ ククルリ ハル ハル ユー ユー ユル」9:40

 意味不明ですがいずれ解読されることと思います。

「七大宇宙 
集まり作るは新たな合一。開きて、発して、緩めて、揺られ、流して、外し、大きなるへと戻し行く。」9:44

「津軽の峰は大きなる繋がりあり。是より出で来る北よりの大きなる力受けて、この国の要所へと送り行く事となる。ここにて歌響かせ、ふむう ふむう ふむう」10:30

 津軽の峰がポイントです。ここから北のエネルギーが日本の各所に送られることに成るようです。その峯とはどこでしょうか。車中では靄山ではないかと。訪れる事で明らかに成る事でしょう。

「絵 丸に十北東に○ コントロラ カムイ カムラ ヒム ヒカリ アラハ ハキ」11:00

訳「安定した完成したる地、神のエネルギーが結ばれる場、ひとつの無限のひかり、気拡がり現れる場」

「絵 ウンスラ  巡りて 参りた この地を開く」

 途中、道の駅 みさわで昼食です。お腹を満たして、更に北をめざす長い道中です。


 車中のお言葉が続きます。

「原なる海へと広がりて、写りた、ふむう 讃え行く。
ドンガラ ドンガラ ドンガラリン タンツク タラタン タンタラリン」12:12

「ふ~む~う~ ふ~む~う~ ふ~む~う~ 
 ふむう ふむう ふむう ふむう ふむう ふむう
 写り来るは 生み出だす大きなる音なり。
 是より参るその地にて、三度唱えませ。」12:47

 最初の目的地は六ヶ所村泊にある諏訪神社です。ここで青森、秋田から参加の皆さんと合流です。
神社の裏には岩山があり旧社殿があったところです。そこであわ歌を皆さんと響かせました。その時のお言葉です。




「駿河の海に沈めたるを、この北の地が大きく動きてさすらう。皆々、一つと致す。その時迫りて参りたり。これよりの旅をお頼み申す。」13:16

 次は東通村白糠にある物見崎灯台です。太平洋岸で八戸以北はほとんど岩が無く砂浜などで下北半島に繋がっています。この物見崎で岩がそそり立ち、美しい海岸美を見せてくれます。灯台で響かせた時のお言葉です。
「ふむう ふむう ふむう 訪ね来たりたこの地に、大きなる響きを送りたり。」13:45





 車中で次のお言葉がありました。
「あなた様が参る是よりの場所は、光の中へと参るなり。豊かなる地なり。その多くは埋もれたる古き地なり。」

 また、恐山に着く前に地図が書かれて、歌う場所が指定されました。恐山は閑散としていました。何しろ冬期道路封鎖が解除されたのは前日24日です。 


 その絵図を参考に探すとその通りの場所が見つかりました。そこは本堂から左に折れた、みたま石です。そこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「ふむう ふむう ふむう この広ろき海に有りて、大きなるこれよりの変化が起こりくる。
 新たなるへ向かう是よりは、ここに眠るを あーあー この響きと共に参りませ。
 あー柏手7回」15:24

 恐山の入り口近くに鬼石があります。山腹に飛び出した巨岩は目を引き、直ぐに分かります。草をかき分けて岩にたどり着きそこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「正して、正して、正して参られ。
 是よりもこの地を訪ねる多きの方々、皆々、正して参られませ。
 ここより大きなる北よりの気を発して参られ。」16:02
 今日の予定は終了です。宿の大間崎へ向かいます。本州最北端の地は強風でしたが、夕日が綺麗でした。

  宿は温泉で550キロの走行距離の疲れを癒し、美味しい海の幸み皆さん大満足です。大間のまぐろ、がぜうに、は絶品です。ほろ酔い加減で安らかな眠りに就きました。

428「北方来光1」2015,5,7

 2015年8月10日の大和の白石での響きの時に向けて、北からの光、エネルギーをもたらす地と思える陸奥の山、巨石等、そのポイントを巡り、エネルギーラインを明らかにして行く事。更には日本の10大地点の選定で残された地を確定することも含めて、4月25日から28日まで、主に青森県と秋田県北への旅を行いました。その内容を簡単にお伝えします。

 旅立ちの前、4月22日に突然、中山博さんが時間が出来たという事で、仙台にお越しに成りました。私は不在でしたが、大和農場で1日に過ごされ、あわ歌の日課の10回を歌われました。
 その時のお言葉です。
 まず、大和の白石で3回歌われた後です。
「只今は、大きなる響きを受けて嬉しき。春は曙、吹く風柔らか、陽は燦々、皆々新たな芽をゐ出し、それぞれのいのち大きく開く。この地も持ちたる大きなる思い、ゐ出して明日へと拡げ行く。」11:36

 次に大和の御不動様で3回歌われた後です。
「あ~あ~ 繋がり行く行くこの地と遙かなる大きな柱と成り行きて、新たなる時へ参り行く。響き集まり一つと成りて、渦生みゐ出し、この地へ送り、生み出だす嬉しきを」12:23

 最後に大和の家の中で4回歌われた後です。
「お~ 写す大きなる柱はこの場と大きなる草原結び、北の山と繋がる定め。三人揃いて響きて繋ぎませ。」14;05

「北のはずれ大草原 (絵)立石の前で響き」
「立石―白頭山―白石 大事なり、繋がりて大きな柱」


 どうやらこの大和の白石と、中国と北朝鮮の国境にある白頭山、そしてモンゴルにあるタイハル岩は一直線に成るようです。

 4月24日はあわの里、天命舎でのあわ歌会でした。

私も久しぶりにあわ歌を歌って頂きましたが、中山さんのあわ歌の響、エネルギーはまた一段と強く大きく拡がり、その変化に驚きでした。その時の私のお言葉です。

「ずい ずい ずいとその身に参る。この響きは大きく成り成って、あなた様の真へ参る。生み出だす時迎えたり。ゆるゆる ゆうゆう 遙かな響き。
打ち果たされたその身を新たに成したるは、今その中にある大事なる御魂。
 おお~ おお~ 成し遂げるは是より200日の間。
大いなるかな、皆々の望み。共々参る、方々全てと共に。」

 これから200日というと11月10日の様です。果たして如何なる変化がもたらされるのでしょうか。

 夕方からのあわ歌唱和会でのお言葉です。
「参りたり (絵)この時を待ちたり ふむう」
「明日より始じむ。この身の光 大きく進み行く。音だけに非ず。
全ての篩いを集めて参る。共々 皆々受けられて大きく進まれませ。」

 懇親会も初参加の方がいてそれなりに面白い雰囲気で進みましたが、明日からの旅に備えて早目に解散です。

2015年5月7日木曜日

427「プラーナ4」2015,5,6

 続いてディスカッションでの秋山さんのお話も紹介します。

 何も決めないし、計画を立てません。全てはベストなタイミングで事が起きます。今のこの瞬間に心地良く、楽しくいたい。その選択が今にあります。集合意識で話が出来ていて、私が代表してスピーカーしています。腸内細菌は善玉菌20%、日和見菌、悪玉菌いますが、悪玉が少いないと困ります。善だけでも行けることは分かっていますが具体的にどうするのか。それは宇宙エネルギーをどうとるかがコツです。

 ジャスムヒーンさんは食べる、食べないはたいした問題でなく、魂の計画を立ててこの地に来ていることがあり、食べることが目的でないと言います。何をこの地球にしに来たのかが大事で、食べることでエネルギー使わずに、時間も食べると減るので、計画実行できるかもしれません。 
 リラックスすること。競争的、緊張状態は脳波はベータ波でプラーナは入りませし、共鳴しません。リラックスする感覚の時にプラーナは入ります。副交感神経優位のものです。食べている時は交感神経優位です。
 交感神経が強い時に食べ、たばこで緩める意識状態は、たばこをくわえるのはおっぱいをくわえている事を想いださせます。たばこはダメとすると追い詰める事になります。裁く事はダメで、善悪の二元性の学びは止める事です。
 食べたくない時は食べないことです。いのちのエネルギーを頂いている感謝と祈りで手を合わせることです。仕事を一休みして手を合わせ感謝する祈り。食べるのはいのちを頂くことで、食べたい時に、食べたいものを、食べたいだけ食べるのが良いです。朝食は身体に一番負担です。日本では江戸時代まで2食で元気で過ごしていました。
 私は面倒くさいので、食べない、飲まない、もっと楽しいことにフォーカスして生きています。人と会う事を通して満たされる想いでいっぱいで、神々の食べ物を選んで生きて行きます。プラーナで生きる事は、愛そのものだと自覚する生き方が深い喜びで、そのことを一度知るともう離れられないし、そこにどんどん引き込まれていってしまいます。それは神々にハグされている気持ちです。
 私達は地上に遊びに来ています。地上を整えて、この遊園地を素晴らしいものにして子供たちに引き渡したいと思っています。食べるのも楽しみ、食べ飽きたら愛のエネルギー食を共有できたら良いと思います。
 ライフスタイルとしては喜んで出来る事をすることです。食べないとお腹空かないので時間が出来ます。喜び、楽しみで自分の時間で物事に取り組んだ時の対応で、思い通りに成らないのが当たり前です。そういかないことが計画で善い事です。なんか悪いことに成ると、次に良いことであやしてくれます。その神様のプレゼントが楽しみで、慰めてくれます。何倍も楽しいことを用意してくれます。そんな時こそチャンスで次が楽しみです。全て自分の気持ちがハッピーならOK。変な顔をしているとダメです。真心が自分の中で渇望しているがあれば大丈夫で、全ては気持ちの問題です。

 壁にあたったら方向を変える事です。突き破るのはエネルギーが必要です。私が空手をやっていた時はぶつかっていましたが、今は避けます。横向きでなく、上を歩いている。そのように意識の視点を変えて、他人からどのように思われているかまったく関心がありません。気持ち良い場だな、自分の中で楽しい場だな、という想いです。
 悪口を言う人もいますが、どうしてかな、と意識を向けるとその事が分かります。そうすると腹が立ちません。理不尽だと思うと腹が立ちますが、相手の立場で見ると分かります。 
 一時、視点を写して直ぐに自分に戻すことです。無、ニュートラルにいつもいることで落ち込むことがありません。地獄は落ち込み切ったところで希望は少しも無いのですが、だんだん慣れてきます。そこに居る時間が決まっていれば対応が出来ます。開き直り、自分でここより落ちるところが無いと、安定感を持つとそれでもう大丈夫になります。ここより落ち込むことが無い安定感です。そうなるとどんなものも素晴らしいものに見えます。そう思ったらゲートが開いたのでそこから出られます。
 何事も体験です。そして全ての答えはあなたの中にあります。思い通りにいかないと思うと、その思い通りに、思い通りいかない世界になっています。全てが裏目に出るのなら、その裏を選べば良いのです。Aから見る景色、Bから見える景色、それぞれを楽しめば良いのです。正しい道を選ぼうと立ち止まると何も見えません。全てを良い加減でする事が良いです。

 期待が大きいと、不満や残念の気持ちが起きます。自分の中に期待はありません。地球を綺麗にしたいという気持ちはありますが、人の期待に応えたいというのはありません。しっくりくることが自分のやりたいことです。違和感があることは断ります。それは相手のする事と祈って断ります。
 自我意識の表面でのぶつかり合いでなく、本当の分け御魂通りのぶっちゃけのコミュニケーションで合致します。もし離れてもたいしたことではありません。共に1つに繋がった信頼した関係で祈る事です。私は助けないがサポートがあり、そう祈っていると断ります。
 我々はチャンスをもらっていますが、自分でバリアーを張っているだけです。自分流で発揮して行くと大丈夫です。あまり健康を考えずに、心にゆとりがあると人生を全うできます。

 瞑想は重要です。共通のレシピとして、瞑想、祈り、自然に触れる生活、運動、食を軽くすることがあります。人間は多層で、魂、肉体、エーテル体、アストラル体、コーザル体などで構成されています。視点の違いでそれらが現れます。肉体は良く出来ています。それが作られる歴史がありました。アメーバ―から原腸動物になり消化管が出来て、鰓で酸素を取り、鰓腸が出来、食べ物と酸素で燃焼し、更に肺と胃腸に分化して工夫されて出来て来ています。
 しかし今の科学は単細胞1つ作れません。いのちは神秘の世界です。人間は万物の霊長と言われますが、我々はスピリットに本質があります。肉体は転生し、着替えますが魂は変わりません。本質は変わらないのです。
 魂はたましいで、しいは感情を表すもので良く変わり、本質ではありません。たまが本質で光、穢れず、傷つかず、光、愛そのものの存在です。
 廻りの感情は自分が思い込めば絶望に成りますが、たまは何ら変わりません。瞑想は中へ向けるもので意識状態でしかありません。外へ向けて放射するのではなく、自分が光そのもの、愛そのものと、自分の意識で見出すことです。
 貴さ、素晴らしさを味わった後に、魂の色、音を表現すること、放射することで、宇宙への新しい感謝の最高の祭典となります。

 あっというまの講演会でした。3人のプラーナ食の先人のお話は興味深い世界でした。参加の皆さんに麻を1枚下さいました。会場から出ても暫く空腹の無い、プラーナで満たされている肉体が継続しています。食べなくても生きていける時代に人間も進化して行くような気がします。食べる為に生きる事を止めた社会はどの様に変わるでしょうか。今ある多くの問題は無くなります。食べない楽しみを少しずつ見出して準備するのも楽しいかもしれません。