2021年8月14日土曜日

2424「たった一つの宝物」2021.8.14

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月10日の記事を紹介します。


「たった一つの宝物」


今日は

・病気のお子様を持つ親御さん

・早くに子供を亡くされた親御さん

に、書きたいと思います。

以前書いた記事ですが、最近読者の皆さんの数が増え、

中には早くにお子さんを亡くされた方々も多いため、加筆して再掲いたします。


子供が、どんな状態であろうと、生きて、そこに居てくれるだけで、どんなに幸せで、有難いことか?

私たち、親の人生を、どんなに豊かにしてくれることか。 

そして、例え、親より先に逝ってしまったとしても、彼らの生きた証は、私たちの心に永遠に刻まれ、私たちの魂を、どんなに豊かに輝かせてくれることか。 

いつかは、そのことに気付く時が来るはずです。

今日は、明治安田生命「たったひとつのたからもの」で有名になった

ダウン症と合併症で夭逝した加藤秋雪くんのお話をご紹介します。 

<転載開始> 転載元

 

笑ったり、ベソかいたり、そんな姿が 私たちの元気の源でした。

秋雪が生まれたのは、1992年の10月。

生まれた季節が秋だったのと、夫が大好きな「雪」から名前をとりました。

「ダウン症の疑いがあるので、一度検査を受けたほうがいい」

そう言われたのは、生後一週間目のこと。

病院で検査した結果、ダウン症であることが判明。

さらにダウン症の合併症として重い心臓障害をかかえていることもわかりました。

医師からは 

「生後半年のあいだに絶対に風邪をひかせてはいけない、ひいたらそれで終わりです。

生きられたとしても一歳の誕生日を迎えるのは難しいでしょう」 

そう宣告されました。

頭の中が真っ白になるほどの衝撃でした。

たったの一年。まだ生まれて一カ月だというのに、なぜ、命の長さを宣告されなければならないの。なぜ、そんな運命を背負って生まれてきたの……。

あまりのショックで、何も感じることができませんでした。

秋雪を守ろう、そう決意しても、残酷な現実に、何度も心が壊れそうになりました。

そんな私を、ぎりぎりのところで支えてくれたのは、秋雪の存在そのものでした。

暖かなぬくもりのある体。笑ったり、ベソかいたり、楽しそうに手足を動かしたり。

そんな秋雪の姿が、私の元気の源になりました。 

ともに過ごす一分一秒を愛おしみつつ撮り続けた6年2ヵ月。 

死を覚悟してからは、「生きていられるだけで、ごほうび」という気持ちに。

そんなふうに切り替えてからは、秋雪といられる一日、一分、一秒を愛おしく感じつつ、

一瞬も逃さずに大切にしたいと思いました。

思い出を少しでも多く残したくて、どんな所へもカメラを持っていき、6年2カ月の間、本当にたくさんの写真を撮りました。

朝、目覚めたとき、秋雪のおだやかな寝息に、上下する胸の動きにほっとする。

今日も秋雪に会えた…… 

・ごはんを食べる、

・トイレに行く、

・おこる、

・泣く、

・笑う、

・眠る

その、砂の数、星の数ほどの幸せのかけらを、秋雪がいつも握っていました。

この写真を撮ったのは、98年の8月。秋雪にとって生涯最後の海です。

帰る間際の駐車場で、今まであまり見せたことのない、おだやかな表情を浮かべていた秋雪を、お父さんが抱きしめた瞬間でした。

秋雪を亡くして1年後、偶然知ったコンテストに応募するとき 「たったひとつのたからもの」と題名をつけました。

秋雪は私たちに、抱えきれないくらいのたくさんの幸せを残してくれました。

それは、私たちのこれからの人生を支えてくれるほどの、大きな大きな幸せでした。

「ぼくは生きているよ」と、全身で表現していた秋雪。 

いつも全力疾走していた秋雪の命が、私たちに精一杯生きることを教えてくれました。

<転載終了>

  

私たちは、命の長さよりも、生きている瞬間、触れ合っている瞬間

どんな気持ちで、その瞬間瞬間を過ごしているのか?感じているのか?

そんなことが、大切なのかもしれません。

 

ここで、一つの物語をご紹介します。

あるご家族の娘さん(7歳)が亡くなりました。子どもを亡くしてから一年経ってもこのご夫婦は「娘にもう一度会いたい」と嘆いていました。

ある日のこと、水色の天使がその夫婦の前に突然に現れて言いました。

「今、あなたの持っているすべての財産と引き換えに、亡くなったお嬢さんと 一緒に過ごせる日を一日だけプレゼントできますが、 どうしますか?」 

その夫婦は迷うことなく OKしました。 そして水色の天使が続けて言いました。 

「しかし、ルールがあります。あなた方は、プレゼントされた1日が終わるまで、今ここで約束したことや、お嬢さんと死別したことなどの記憶は消されてしまいます。

それはまるで、過去に戻った一日を自然に過ごす感覚ですよ、それでもいいですか?」 

その夫婦はお互いに顔を見合わせてゆっくりとした口調で「分かりました。」 と返事をしました。 

その瞬間パッと光が・・・  あっ!まぶしい・・・ 

次の瞬間には、いつも通りの朝になっていました。

ですが、夫婦は、天使と約束したこと、娘が死んでしまう事など、一切の記憶を無くしていました。そうです、娘が生きていた頃の何気ない一日の始まりでした。 

朝から「早く起きなさーい!!」妻の大きな声。

パジャマ姿で機嫌悪そうに起きてきた髪の毛のボサボサな娘。

眠たい目をこすりながら新聞を読む夫。

貴重な貴重な一日が始まりました。 

私たちが生きている今日は、それは、いつか未来に水色の天使に全財産と引き換えに頂いた

 「今日」なのかもしれませんね。

皆さんはご家族と一緒に暮らしていますか?

ご家族が居らっしゃらない方は、お父さん、お母さん、同僚やご友人。そんな皆さんと、仲良くされていますか?

それとも、顔を見るだけでため息の出るような、家族もいらっしゃいますか?

言うことを聞かない子供、旦那さまなど・・

その方が、明日は、いなくなってしまうかもしれません。

もし、胸がきゅんとなったのなら、何気ない日々の暮らしの中で、どうぞ笑顔で、優しく接してください。

今日のこの日は、永遠に続く日々ではありません。

家族も いつかは離ればなれになってしまいます。

手のかかる、言うことを聞かない、心配の種の子供も・・

自分勝手な夫も 嫌味ばかりを言う親も 明日は いないかもしれません。

いつか、別れの時が来ます。

ともに、この地球の同じ時代に生まれ、そして縁によって結ばれた家族たち 

それは、私たちの魂を磨き合う仲間でもあります。

外見の態度や言葉で 切り捨ててしまうのではなく、その心の奥にある、魂を見つめたいですね。

 大切に大切に したいですね。 

私たちは、生まれる前に、お互いの魂同士で約束してきたのですから。 

「家族になろうね」って


2021年8月13日金曜日

2423「お陰さま」2021.8.13

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月09日の記事を紹介します。


「お陰さま」


今日も、ご縁のある皆さんに、生きている今の物質の世界、また見えない非物質の世界(黄泉の国)を、幸せに生きる秘訣、心をテーマに書きたいと思います。


私が神社に行って、いつも唱える言葉の1つに、生きとし生けるもの、みんなが、

お陰さまの気持ちで、生きられますように・・

というのがあります。 

これには沢山の願いが込められているのですが、

生きとし生けるものが

・お陰さまの、謙虚な気持ちで生きて行けますように

・助け合って生きて行けますように

・他人の個性、尊厳を認め、尊重して行けますように

・心が尊大になりませぬように

・他人を見下すことがありませんように

・おごり高ぶることがありませんように

など様々な意味を込めて、お祈りしています。 

私たち、みんなが、この「お陰さまの気持ち」を持って謙虚に生きられたら、 

他人を思いやる優しい気持ちで生きられたら 

この世の中からギスギスした雰囲気が消え、春の日差しのように、心地よい、温かな光に包まれることでしょう。


そこに住む、みんなの顔が、笑顔で溢れ、笑い合って暮らしていけることでしょう。 

そんな、願いを込めて、お祈りしています。

さて、このお陰さまに関して、とっても良い詩があります。 

上所重助さんと言う方が書いた「おかげさま」という詩です。

以前も掲載したことがあったのですが、ご紹介します。

<引用開始> 引用元

 

夏が来ると「冬がいい」と言う 冬が来ると「夏がいい」と言う

太ると「痩せたい」と言い 痩せると「太りたい」と言う

忙しいと「暇になりたい」と言い 暇になると「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い 自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う 

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる 金を持てば 古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが 上を見て不平不満の明け暮れ 隣を見て愚痴ばかり 

どうして自分を見つめないのか 静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか

親のおかげ 先生のおかげ 世間様のおかげの固まりが自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて 得手勝手を慎んだら 世の中はきっと明るくなるだろう 

「俺が」、「俺が」を捨てて 「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい

 <引用終了>


本当にその通りですね。私たち人間は結構、我がままです。

その我がまま(我欲)が本来の魂の輝きを隠し罪、穢れとして付着してしまい。 

運命を暗く、苦しいものにしてしまいます。

人生が順調の時は、どうしても、「お陰さま」の気持ちを忘れがちで、尊大な心になることもあります。

そんな時は、もしかしたら他人に対する優しさを忘れてしまっているかもしれません。

自分の思い通りにならなければイライラしてしまうかもしれません。 

感受性が鈍り、すぐそばに居る人の、瞳の奥に隠れた 

・寂しさ

・悔しさ

・不安

・恐怖

・ひもじさ

などを見過ごしてしまうかもしれません。 

もしかしたら 病気やケガ 急なリストラ、貧困、離別などは、神さまが、私たちに大切な「お陰さま」の気持ちを思い出させるために起こしていることかもしれませんね。  

もし、私たちの心がお陰さまの感受性を持つならば、自然と感謝の気持ちに溢れ、

「ありがとう」の言葉が、口から出てくることでしょう。

そして、既に、その時は生きながら、天国を実現している状況です。 

まさに空海の仰った言葉の通りの状態です。  

空海は仰いました・・・

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。そのことを忘れてはいけないよ。

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

難しく考えることはない。素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。さすれば、道は開くであろう。

 

空海は、そう仰ったのでした。生きながら天国に住む、仏の心になる。

これが、空海の説いた即身成仏の意味です。 

皆で協力し、助け合い、お互いさま、お陰さまの 謙虚な気持ち、温かな気持ちで

仲良く暮らしていきたいものですね。

この「お蔭様」の感受性を持つことで、きっと幸せに暮らしていけると思います。




2021年8月12日木曜日

2422「厳しい環境と美しい心」2021.8.12

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月07日「厳しい環境と美しい心」

と2021年08月08日「美しい魂」の2つの記事を紹介します。


「厳しい環境と美しい心」


全ての悩み、苦しみの原因は心が作り出しています。 

幸せも、心が作り出しています。 

素直な感謝の心さえ持てれば、今すぐにでも幸せになれます。

心の中に憎しみがあっては、幸せに何時まで経っても手が届きません。

今日も、その心を清め、本来の光り輝く魂を表に出す、お話です。

このように書くと、何だかお祓いの効果に似ていますね。 

今日のお話は、耳が聞こえない聴覚障がいがあるご両親に育てられた女の子が、

心優しい娘に成長し、そしてお嫁に出て行こうとする時のお話です。

私たち人間は、裕福で、お金の心配もなく健康で、家族にも取り立てて問題もなければ 

普段は、自分の心の状態を振り返ることも、心の中にある、嫉妬やねたみ、悪魔的な要素に気づくこともないかもしれません。 

それゆえに、反省なく、心を清めようなどと自ら思うこともなく、何時までも魂の成長は望めないかもしれません。 

翻って、貧困や、事故、病気、死別、リストラなど人生の一大事な環境に置かれると、その環境から抜け出したくてあちこちに頭をぶつけたり、苦しみ、もがきます。

悔し涙を流すかもしれません。

ですが、その逆境こそが、私たちの魂にとって、研ぎ石の役割を果たし、私たちの魂をはるか高みにまで連れて行ってくれることもあります。

<引用開始> 

「NTT西日本」コミュニケーション大賞受賞作品より


加奈子ちゃんが近所に引っ越してきたのは、まだ小学校三年生のときでした。

ときどきわが家に電話を借りに来るのですが、いつも両親ではなく加奈子ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、しばらくしてその訳がわかりました。

加奈子ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、お父さんは言葉を発することが出来ません。

親御さんが書いたメモを見ながら、一生懸命に用件を伝える加奈子ちゃんの姿を見ていると、なんだか胸が熱くなる思いでした。

今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいを持つ皆さんは、さぞ大変だったろうと思います。

加奈子ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、それから間もなくのことでした。

しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、ご両親のことで、近所の子供達にいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。

そんな加奈子ちゃんも中学生になる頃、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、加奈子ちゃんが加奈子さんになり、めでたく結婚することになりました。

その加奈子さんが、「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます」

と頭を下げながら、わざわざ、招待状を届けに来てくれました。

私は覚えていなかったのですが、

「加奈子ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。だから負けずに頑張ってネ」

と、小学生の加奈子ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。

そのとき「ユビキリゲンマン」をしたのでどうしても結婚式に出て欲しいというのです。

「電話でもよかったのに」と私が言うと、「電話では迷惑ばかりかけましたから」と

加奈子さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。

新郎の父親の謝辞を、花嫁の加奈子さんが手話で通訳するという、温かな趣向が凝らされました。

その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。

「花嫁加奈子さんのご両親は耳が聞こえません。

お父さんは言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。

障がいをお持ちのご両親が、加奈子さんを産み育てられることは、並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。嫁にいただく親として深く感謝しています。

加奈子さんのご両親は

“私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません”と申されますが、私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、最高の誇りに思います」

新郎の父親の挨拶は、深く心に沁みる、感動と感激に満ちたものでした。

その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた加奈子さんの姿こそ、 

ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。

花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、大きな大きな拍手の波が、いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。

その翌日、新婚旅行先の加奈子さんから電話が入りました。

「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、我が家の約束ごとでした。

ですから、両親の涙を見たのは初めてでした」

という加奈子さんの言葉を聞いて、再び胸がキュンと熱くなりました。

<引用終了>


私も同じような経験をしたことがあります。

まだ会社を立ち上げて間もなくの頃、会社に1本の電話がかかってきました。

小さな男の子の声でした。

「家のお父さんに、何か仕事は無いでしょうか?」と言うものでした。

びっくりして、詳しく聞けば、両親とも聴覚障がいがあるそうです。

子供は、その電話の男の子と、生まれたばかりの女の子。

そして、何故電話をかけて来たかと聞けば、工場で働いていたお父さんが、耳が聞こえないために、工場の機械に指を挟まれ切断してしまったのでした。

その為、結局は働き続けることが出来ず、無職となってしまったのです。

お母さんも赤ちゃんが生まれたばかりだし、聴覚障がいをもっていますので、働きに行けません。

唯一喋れる男の子は、そんな家族の窮状を救おうと、電話帳で片っ端から会社に電話をしていたのでした。

私にできることは何もありませんでした。ですが居てもたっても居られずに、住所を聞き、余っていたパソコンを持って家をたずねました。 

パソコンがあればお母さんの内職にでも繋がるかもしれないと思ったのです)

家を訪ねると、小さな1間のアパートに家族4人が息を殺すようにいらっしゃいました。

息を殺すと言うよりも、普段は口ではなく、手話などで会話しているからなのですね。

そして、この男の子以外 皆んな横になっています。

結局私には何もできませんでした。

ですが、それからです。

この子のご家族が幸せになれますように お祈りを始めました。

ご家族が幸せになりますように・・神様の御心が為されますように・・

毎日毎日、お昼休み。2年ぐらい続けました。 

マザーテレサが仰るように祈りは必ず聞き届けられることを、その時、もう知っていたからです。

この花嫁の女の子、幸せになって欲しいです。いえ、きっと幸せになった事でしょう。 

幸せとは、自分の心が感じるものだからです。周りの状況は、関係ありません。

子供の幸せを親ならだれしも望みますが、本当の躾とは、口うるさく子供を縛ることではなく、親の生き様、生きる姿勢を見せることかもしれません。

親の一挙一動、心の動きまでも、子供たちは見ていて 真似るものですから。

 


「美しい魂」


諸行無常という言葉があります。

時は刻々と変化し、この地上にあるものは、一時も同じ状態にあるものはなく、変化を続けています。変化の力こそが、この宇宙の進化の推進力となるからです。


唯一変化しないもの。それは神様の真理だけです。

人間である私たちも、同じ場所に立ち止まってばかりいるわけにはいきません。

取り巻く環境も変化をするし、家族、友人を含め、人とのつながりも変化していきます。

出会いがあり、別れが繰り返されます。

時には死によって強制的な別れがもたらされることもあります。

数年前まであんなに仲良く一緒にいた人たちが

今ではほとんど接触がなかったり疎遠になったり。

逆に、昨年まで見ず知らずの人たちが新しい友人として、存在したり。

毎週毎週、親しくお付き合いしているかもしれません。

永遠に続くと思われた家族との幸せ。

もしかしたら、それも突然の死によって、終わりを告げるかもしれません。

私たち人間は、深い悲しみやショックを受けると時が止まり、その状態から抜け出せなくなります。ひどいときには自分の魂が分割してしまい、その一部を、その時間と空間に置いてきてしまうことさえあります。

生霊と同じ原理です。魂を分裂させた場合、本来のエネルギー100%の状態から、グンと生命エネルギーが減少します。

そのままの状態では、私たちの魂の属するグループ全体は進化の道を行くことができませんから、必ずいつかどこかでどこかの時間で私たち自身が分断された魂を集めなおし統合するしかありません。

深い悲しい出来事は、私たちの魂にショックを与え、生まれて来た目的を一旦ストップさせ、

長く続く悲しみの中で、まるで明けることのない暗闇の中に放り込まれたような感情を味わうかもしれません。

そのショックが起きた時と、空間に魂の一部を置いてきてしまうかもしれません。

 

ですが、その「深い悲しい出来事」も、本当は、私たちが生まれてくる前に計画してきたことです。

「深い悲しい出来事」を与えてくださった方々も、私たちの今世の計画に協力するために、

その計画を手伝い、「深い悲しい出来事」を起こしてくださいました。

全ては、私たちに「悲しみ」という強い感情を味合わせ、それを契機として、魂の進む方向性を変えるためです。そのために、嫌な役回りを引き受けてくださいました。

もし私たちが、その「深い悲しい出来事」のために魂の進化の停滞を起こし、何時までもいつまでも明けることのない深い暗闇の中の住人でいたとしたら、その嫌な役を敢えて引き受けてくださった方々はどう思うでしょうか?

それは、

・早くに亡くなる子供かもしれません。

・とことん意地悪をしてくる同僚かもしれません。

本当は、そのような人たちも光り輝く魂の持ち主でした。

今世に置いて、約束した役割を果たすために、その輝く魂を一旦封印しているだけです。

もし、そのお相手の方が、まだ生きていらっしゃるなら、その約束してきた役割が全うされた暁には、本来の光り輝く、美しい魂の輝きを、思う存分に、生きてるうちに現してくださることでしょう。

もし今、嫌な方が周りに居られるのなら、

感謝の気持ちで、今世の役目が早くに全うされるのを祈ることが良いかもしれません。

役割さえ果たされれば、本来の美しい魂に、そして二人の間にあった本来の美しい友情関係に戻れるからです。 




2021年8月11日水曜日

2421「生きる道」2021.8.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月06日の記事を紹介します。

 

「生きる道」


今日は「努力しない生き方」というお話です。

私たちは子供のころから「努力しなければならない」そう教わってきました。 

しかし、例えば、子供が不登校になったり、病気したりすると、途端に不安に陥り、右往左往してしまいます。

それはまるで

・競う

・争う

・比べる

の修羅の世界ですね。

それに対して、 

・競わない、

・比べない、

・争わない

生き方と言うのもあります。

今日は小林正観さんのお嬢様、慶子ちゃんのお話をご紹介します。

慶子ちゃんは知的障害で生まれてきました。

<引用開始> 引用元


ニッコリ笑っていてくれるだけで、まわりを温かくし、光を発している知的障害の長女。

ここに人間の価値がある。

結婚して三年目にやっとできた長女は知的障害児で、努力やがんばることができません。

二十七になりますが、知能でいうと七歳くらいです。

日常生活にはなんの問題もありませんが、自分の名前を漢字で書いたり、足し算、引き算をしたりなどはできません。

しかし、この子は、自分より立場の弱い人、怪我をしている人を見れば、駆け寄って『大丈夫?』と手を貸すような子どもで、教えられることがたくさんありました。

小学校四年生までは運動会の徒競走が五十メートル、五年生と六年生は百メートルでした。

長女は小学校五年生まで、徒競走はずっとビリでした。

染色体の異状により、脳細胞や体の筋肉が普通の人の三分の一くらいしか発達しないため、

ものを持ったり、走ったり、歩いたりなど、なにかをする能力は三分の一くらいしかありません。そのため、走るというより速歩きという感じです。

小学校六年生のとき、運動会に行く前、なぜか妻がとても楽しそうでした。

『今日はいつもより楽しそうだね』と言うと、妻は『初めて徒競走でビリじゃない姿が見られるかもしれない』という返事。

どういうことなのかと尋ねたところ、次のような話しでした。

同級生の女の子が、運動会の一週間前に捻挫をして、包帯ぐるぐる巻いている状態だったそうです。誰もが徒競走に出ないだろうと思っていたところ、『どうしても走りたい』と言い、

困った先生は、最終組で長女と走らせることに。

健常児六人+捻挫した子と長女の合計八人で走ることになりました。

捻挫して、包帯を巻いている子と走ることになり、

『長女が生まれて初めてビリではない姿を見られるかもしれない』と言い、

ニコニコ笑いながら朝、二人で手をつないで出かけて行きました。

夕方、ニコニコして帰ってきたので、『どうだった?』と尋ねると、

満面の笑みで、『それがまたビリだったのよね』という答え。

すいぶん楽しそうな顔だったので、経緯を教えてもらいました。


健常児六人が五十メートルくらいのところを走っているとき、長女は十五メートルくらいの場所を走っていた。捻挫をした子は十メートルくらいの地点を走っていたそうです。

長女は、後ろを振り返り、気にしながら前を走っていたところ、捻挫をした子が『キャッ』と言って転んでしまいました。

それを見た長女は『大丈夫?』と言って逆走し、その子を助け上げ、肩を支えながら、

一緒にトコトコと走ります。

ゴールする前に、捻挫をした子の肩をポンと押し、その子が先にゴールしたと、妻は言いました。九十メートルくらいのところで、係のお子さんがゴールテープを取り直して張ったそうです。

父兄が二千五百人くらい来ていたそうですが、みんな立ち上がり、九十メートルあたりからは拍手をして応援してくて、感動的な光景だったと。

長女は捻挫した子を助けながら走ったにもかかわらず最後のところで、自分は先に行かず、

彼女を先にゴールさせたということです。

妻が『それでまたビリだったのよねぇ。そういう子どもだもんねぇ』と笑顔で言うのを、 

私は苦笑いして聴いていました。

しかし、その苦笑いしていた顔が、だんだん真顔に。

私は、父親から『努力しないやつはバカだ、クズだ』と何十万回と言われ続けて育ちました。

『どうもそうじゃないみたいだ』と思いながら生きてきたものの、

長女の生き方が父親から教わったこととはまったく違い、衝撃を受けました。

私にとって人生観を根底から覆すような出来事だった。

そのため、一週間考えました。

一週間考えて出た結論は『長女の生き方が正しい』というものでした。

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ただ、私の魂がどちらの生き方を喜んでいるかと考えたときに、長女の生き方が本質だと思い、喜んでいる自分がいることに気がつきました。

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私たちは、小・中・高・大学・大学院、会社、社会、家庭というすべてのところで、 

・努力しないやつはバカだ、クズだ

・競いあい、比べあい、人より抜きん出ることが立派な人間である

・負けてはいけない

・成功しなければならない 

と教えこまれてきました。

 


しかし、 『人間の価値は、それらとは違うところにある』この新しい価値観を長女が教えてくれたのです。

長女は、いつもニコニコしていて、私が家に帰ると、眠い目をこすりながら 

『お帰り』と言って玄関先で迎えてくれます。

いつもニコニコしていて、楽しそうに、幸せそうに暮らしています。

『努力しないやつはバカだ、クズだ』という価値観とはまったく違い、

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ただそこにいるだけで、まわりの人に幸せを感じさせてくれる存在です。

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この子が笑顔でニコニコしているだけで、まわりをとても温かくし、和やかな空気にします。

小学校を卒業するとき、校長先生が次のようなコメントを書いてくれました。

『慶子さんの、笑顔とありがとうという言葉は、学校の中で最高のものでした。 

これほど笑顔とありがとうの言葉が似合う子どもはいなかった』と。

私は父親から 

・がんばらないヤツはバカだ、クズだ 

と何十万回と言われて育ってきました。

長女が生まれてこなければ、ずっとその価値観で過ごしていたでしょう。

しかし、わが家に知的障害児の子どもが生まれてくれたおかげで、人間の価値は、

努力すること、がんばることではないと教えられました。

長女は、ニッコリ笑っていてくれているだけで、まわりをとても温かくし、光を発しています。

ここに人間の価値があると教えに来てくれたのです。


<引用終了>


2つの道のお話でした。

良い悪い、正しい、間違いと言うことは無いと思うのです。

人それぞれの人生ですから、ある方は、必死に努力し勝ち抜いて、人より地位や名誉、

お金を得る道が好きかもしれません。

ですが、いつも心が追い詰められ、

・もっともっと努力しなければ

・努力をやめたらおしまいだ

・一回失敗したら「負け犬だ」

などと思ってしまったら、きっと神さまから頂いた純粋な魂が濁ってしまいますね。

人と競わずとも、いつも精神的に追い詰められて「もっと上へ」と馬車馬のごとく

精神的にゆとりのない生き方でなくとも、神さまは私たち全ての人に生きる道を準備してくださっています。

それは私たちが生まれる前に、神さまと一緒に決めてきた道です。

私たちは小鳥たちのように、運命の流れに身を任せ、全てに「ありがとう」と感謝して生きていれば、上手に生きられるようになっています。 

・お金持ちだから、

・地位や名誉があるから、

・大きな外車に乗っているから、

・広い家に住んでいるから、

・偏差値の高い学校を出たから・・

幸せなのではないと思うのです。

私たちの本当の幸せは、ブッダが説いた般若心経の教えのように全ての自分に起こってくるコト。

良いことも悪いことも、肯定して受け入れそして感謝することで、得られるのかもしれませんね。

自分に起こってくる全てのコトは、私たちが生まれる前に神さまと一緒に、私たちの魂の成長のために、一番、必要なものとして、人生の必要な時期に起こるように。

自分で人生に組み込んで、この地球に生まれてきたのですから。



2021年8月10日火曜日

2420「マシュー君のメッセージ」2021.8.10

 今回は「玄のリモ農園ダイアリー」さんの2021年8月7日の記事を紹介します。


マシュー君のメッセージ(177)

 

2021年8月2日

 

マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂たちから、こころからのご挨拶をします。まずワクチン接種についてのあなたたちのコメントと質問・・そしてもっともな混乱・・への答えから始めます。あらゆる人々にそれを促す中で、主要メディアは、まだ人口の大半がワクチン接種をしていない地域での“感染率の高いデルタ型変異ウイルス”の発生を強調しています。インターネットのビデオとインタビューで、医療専門家たちがワクチン接種をした人たちにその後に起こるであろう健康上の問題について警告する報告を発表しています。


最初に、そのような報告についてのあなたたちの不安をなくしましょう。その科学者たちが現代医学の知識に基づいて発見したことは間違っていません。ワクチン接種後に何人もの人々が死んだり、深刻な健康障害をすでに経験していることを知って、その科学者たちの予測が正しいという確証がさらに増しています。

 

 彼らが知らないことは、それがまさに大変革であることです。彼らは、地球が光の増している領域に着実にアセンションしていることを知りません。彼らは、光が病気にかかりやすい身体の炭素基盤細胞を健康上の異常に抵抗力のあるクリスタル基盤細胞に変化させることを知りません。彼らは、親切で思いやりがあり、高潔で頼りになる人々の身体は光を吸収しやすいことを知りません。ですからこの細胞レベルでの変容が大多数の人々に起きていることを知りません。彼らは、過去約30年間に生まれた人たちの多くがクリスタル基盤細胞を持って来ていること、そしてやがてはこの惑星のあらゆる人々がそうなることを知りません。  


そして、その科学者たちは地球の密度が黄金時代になることをまったく理解できないでしょう。そこでは身体の自己治療メカニズムが自然療法と変動する波動エネルギーを使ったテクノロジーによって促進されるでしょう。人類が、心身ともに極めて健康で、はるかにより長い人生を生き生きと謳歌して生きていくというガイアの自由意志に、神は何物も介入させないでしょう。


では、あなたたちの現在の世界に戻って、主要メディアのあい変わらずの嘘に目を向けてみましょう。誇張された統計数はいまだにその一つですが、今は“デルタ型変異種”と呼ばれる軽いインフルエンザもそれに加わっています。その名前は闇の人間たちが作ったもので、このウイルスは突然変異を繰り返して、すべての人々がワクチン接種をするまでつづくだろうと人々に信じこませるためのものです。これを推し進めている人間たちは実際うまく物事を進める必要があります。その一部の人間たちはコロナウイルスに対するワクチンを接種した人はこの変異種には罹らないと言い、他の人間たちは、そのワクチンは追加の接種が必要になるかもしれないと言い、他は、いやそれは絶対必要になると言い、また他は、異なるワクチン接種が必要になるだろうと言っています。 


以下の質問に答えるのにここがふさわしいところでしょう。

 

「マスクを着けない人たちはデルタ型変異種ウイルスに感染し、またそれを広げていると確認されたのでしょうか?最新のCDC(米国疾病予防センター)のガイドラインでは、ワクチン接種を受けた人たちも室内でのマスク着用を勧めています。一体どうなっているのでしょう?」

 

今起きていることは、マスクが犯人だということです。それは何の防御にもなりません・・顕微鏡でしか見えないほど微小なウイルスは最も簡単にマスクを通り抜けます・・でも、それよりはるかに大事なことは、マスクは酸素吸入と身体に不必要な毒素を吐き出すことを妨げることです。そして呼吸器系が正常に機能しないと免疫系を深刻に弱めることになります。 


闇の人間たちの“ロックフェラー・ロックステップ(組織行動)2010コロナウイルス-19計画”の中で、コミュニティから国家レベルに至る指導者たちにマスク着用義務を促しているのはそれが理由です・・彼らはインフルエンザなどの病気に極めてかかりやすい人々を創造したのです。そして恐れのファクターを忘れないでください・・彼らは自分たちの糧になり、彼らの“パンデミック”を継続させるためには、恐れのエネルギーが必要なのです。


もしインターネットでその計画を見れば、事実を伝えるグループが“陰謀論”だと主張する大幅に改ざんされた報告書を見るでしょう。それは闇の人間たちが作った用語の一つで、彼らは真実の情報が出てくるとすべて陰謀論というレッテルを貼り、陰謀論は錯乱した頭からの考えに過ぎないと思うように社会を条件づけたのです。

   

獣の刻印(新訳聖書の『ヨハネの黙示録』の言葉)、アルマゲドン、アポカリプス、終末論などについて多くの読者たちが書いて来ています。そこで言っておきますが、どうか“パンデミック”を聖書の予言と同じ文脈で関連づけないようにしてください。けれども、終末論はこの文脈で言えばふさわしい表現です・・地球の闇の時代は終わりつつあります!


さて、強い免疫系は健全な健康の基本です。ですから、医療に携わる人たちがどうしてマスク着用を促進させているのか疑問に思うのも当然です。その人たちがイルミナティやディープステートの一員でなければ、彼らは“パンデミック”に関わるすべてのものから大儲けしている企業に多大な投資をしているかもしれません・・ここでは欲が最大のファクターです。買収や強請り、脅しで協力させられているヘルスケアに携わる人たちもいますが、また別の重要なファクターもここにあります。


この地球規模のパンデミックを引き起こした同じグループが、主要メディアとインターネット検閲に加えてヘルスケアと医療産業だけでなく、医療教育も支配しています。学生たちはワクチンと処方薬が“公衆衛生”への道であると教えられています。そしてはるか昔に社会は“関係当局”を敬い従うようにプログラムされています。それには教師も含まれるので、世代を超えて学生たちは教師たちと同じ嘘の情報を教えられています。


ワクチン接種を受けた人たちのほとんどは悪影響を受けていません。ですからどうして他の人々はそれを拒否しているのでしょう?その人たちは以下のような理性的な疑問を投げ掛けて、自分の直観にしたがっているのです。

 

「コロナウイルス感染が、心臓疾患やガン、糖尿病、飢餓のように死にいたる危険性があるとどうして急になったのでしょう?他の健康上の問題が1年半にわたって毎日テレビで取り上げられるということがこれまであったでしょうか?無症状のウイルス感染があるからと言って健康な人がどうしてワクチンを接種しなければいけないのでしょう?一部の医療関係者はワクチン接種を受けなければいけないと言い、一部は選択と言い、一部はそうするなと言うのはどうしてでしょう?」

  

また、“パンデミック”を終わらせるためにライトワーカーは何ができるのですかと訊かれています。あなたたちは情報の波に呑まれているので、僕たちのメッセージをすべて覚えてはいないと思います・・ですからこれまで僕たちが勧めたことをここに繰り返しましょう。ビジュアリゼーション(視覚化)とメディテーションは強力です。それをグループでやるとその効果は級数的に増大します。僕たちが勧めているビジュアリゼーションの一つは黄金に輝く光に包まれた地球をビジョンすることです・・それは莫大な量の光を送り出すと同時にあなたたちを満たします。もう一つのビジュアリゼーションはあらゆる年齢層と人種の人々がニコニコ笑いながら一緒に踊り、動物たちと遊んでいる姿です・・それも光に満ち溢れて、効果が倍増します。


そのようなビジョンを心に描く際、一定の呼吸をすることでバランスがもたらされます・・バランスはあなたたちの心身の健康にとても重要です。愛する兄弟姉妹たち、どうか自分自身を大事にしてください。僕たちがあなたたちを愛するように、自分自身を愛してください!


僕たちはまたあらゆる考えと感情のエネルギーは、宇宙の意識エネルギーのスープに飛んで行き、一致するエネルギーとつながって、同じような状況と条件を引き寄せると言いました・・“類は友を呼ぶ”という引き寄せの法則で、昼夜を分かたずいつでも働いています。“パンデミック”についての考えと気持ちを、嬉しい、ワクワクする、楽観的な気持ちをもたらすことに置き換えて、それをもっと引き寄せるようにしてください。


そして恐れないこと!それが何であれ、恐れのエネルギーはあなたたちの光を暗くし、免疫力を弱めて、闇に根ざした活動を長続きさせることになります。


「気候変動によって今起きていることを各国政府は無視しているように見えます。この危機的状況に政府はいつ対処するのか、どうぞマシューに尋ねてください」

 

これには多くのファクターが関わっています。過去数年間で、記録的な気温、干魃、洪水がイルミナティによるテクノロジーの悪用によってもたらされています。それがドミノ効果になっています。母なる地球の自然秩序のどの部分でも乱されると、その結果は異常な混乱をもたらし、それは次々と他に影響を与えていきます。  

 

気候変動は、これが自然に起きていると主張する多国籍企業に働いている科学者たちと、起きていることは自然現象ではないと主張する環境派科学者たちとの間の政治的キャッチボールになっています。小氷河期という予測と同時に急速に溶けている氷河の証拠もあります。ビジネス界は気候変動を経済的課題とみなして、“カーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)削減”の段階的提案はコストがかかり過ぎて実践的でないと見ています。

もっとも重要なファクターはガイアの選択であり、それは彼女の惑星体があらゆる生命体が生き生きと繁栄していた本来の温暖な気候に戻ることです。気象操作と論争による不活動の影響でガイアの進行が妨げられていますが、神はこのことについてもガイアの味方です。進化した存在たちから送られた急激なエネルギーの高まりが、惑星地球を第四密度のより高い波動エネルギーの中を推し進めているために、人々の心が開いて、化石燃料はクリーンエネルギー方式に変換しなくてはならないという気づきになっています。人類に重要な変容をもたらしている動機を与えているのは、意識とスピリチュアルのより高いレベルの気づきです。


“パンデミック”についての真実が明るみになれば異常気象は止むでしょう・・同じ人間たちがその両方に責任があるからです。彼らが悪用し支配してきたテクノロジーは、フリーエネルギーの供給、地球の毒性汚染物質の排除、環境破壊からの修復といった人々に役に立つ目的に解放されるでしょう。そのようなテクノロジーが利用され、化石燃料の時代が終わると、地球がどれほど急速に力強い健康を取り戻すかに、あなたたちは驚かされるでしょう。


今進行中の小規模な取り組みの大事さも、どうぞ過小評価しないでください。海岸や河川のプラスチックゴミのクリーンアップとその再利用をしているグループもあれば、生分解性プラスチックの製造会社がしっかりと立場を得ています。他のグループは河川や海岸にある油などの汚染物質を浄化しています。水、土壌、大気中の毒性物質による汚染を訴える人々の声が一般社会に届き始めています。この救済と修復プロジェクトによる明らかな恩恵と相まって、思いやりにあふれるエネルギーがこの惑星の波動エネルギーを高めています。


「これからの時代、地球の弱い立場の人々は引き続き守られるのでしょうか?それとも、混乱の時代には“自分の身は自分で守らなければならない”のでしょうか?」

 

独りぼっちである人は誰もいません。混乱の時にあっても、平常な時にあっても、守護天使、他の天使界の存在、スピリットガイド、そして霊界にいる愛する魂たちが、どの人にもいつでも一緒についています。

 

でもこの質問は、苦境に立たされている人たちへの、助ける術を持っている人たちによる目に見える支援のことについて言っていることがわかります。困っている人々への支援は継続されるだけでなく、あなたたちの世界のすべての人々が快適な住まいと望む教育、ヘルスケア、有り余る栄養豊富な食べ物ときれいな水を与えられて生き生きと幸せに暮らせるまで、引きつづき拡大されるでしょう。 


僕たちの確証についてその背景を少し話しましょう。あらゆる存在するものはそれぞれの速さで振動しているエネルギーです。この惑星が第3密度に深くはまっていた長い時代の間、闇が波動エネルギーの振動速度を低下させていました。はるか遠くの宇宙文明社会からの莫大な量の光の注入によって、地球のタガが緩み、より高い波動エネルギーレベルに上昇し始めることができたので、人々の精神と心が開き始めました・・惑星地球と個人のアセンションです。


地球とその住人たちがより高い、そしてさらに高い波動エネルギーに移行するプロセスは、魂レベルの導きとあらゆる存在はワンネスといった知識に意識レベルでつながることです。この気づきの進化は、分離を統合に、無関心を共感に、欲を寛容さに、憎しみを愛に変容させています。この変容は一夜のうちにはできませんが、確実に前に進んでいます。    

 

愛するファミリー、混乱の世界にあっては、この宇宙で何百万年にわたってかつてなかったほどの高揚する時代に、あなたたちが生きているとはなかなか信じられないのもわかります。苦難のない人生はないのも確かです。でも望む人には誰でも再生と喜びがもたらされます。あなたたちのハートに生きてください・・愛こそがその鍵です。

 

この宇宙全体にいるすべての光の存在たちがあなたたちに変わらない声援を送って、無条件の愛の比類ないパワーであなたたちを支えています。

 




2021年8月9日月曜日

2419「心の感度」2021.8.9

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月05日「心の感度 」と2020年10月14日「一途な心」の2つの記事を紹介します。


「心の感度 」


さて、私たちは、3つの世界の中で同時に生きています。 

・見える世界(物理的な次元)

・見えない世界(黄泉の国)

・心の世界 

一番大きくて、全てを包括し、大事なのが心の世界です。 

心の世界こそが、見える世界、見えない世界を包括した世界の現実を作り出します。

ですので、ご自分の心の浄化こそが、全ての根本であり、

永遠に続く幸福を作り出すことができます。 

目に見える、物に執着したり、目に見えない霊的な物ばかりに心をフォーカスさせるよりも、

まずは、自分の心の洗濯こそが、重要だと思います。 

私たち人間は「考える葦である」などと言われます。

ただ、毎日を、食べて寝て、暮らしているわけではありません。

生活するため、生きるためだけに働いているわけではありません。

生きている間に様々な事件が起こります。様々な人との出会いと別れがあります。

誰かと友達になります。長く続く友達もいれば、あっという間に分かれる人もいます。 

愛や友情を交わし合う人もいれば、憎しみ、罵り合う人もいます。

それは全てこの世で、いろんな経験をして、いろんな感情を味わうためです。

子供たちに対する大規模なアンケート調査でも明らかなように

これらの出来事は全て生まれる前に、もう決めてから出てきます。

大規模な調査を行った、産婦人科医の池川明医師ですので、乗り越えられない試練や苦難は絶対に設定してきません。 

全ての目的が、その経験を通じ、魂の豊さを経験するためです。心の感度を上げるためです。

さて、今日は。そのような観点から「卒業式」にまつわるお話をご紹介します。

子どもたちの”いじめ”が深刻な社会問題になり、国会でも取り上げられる昨今、心温まるお話しです。

<引用開始>


小松まり子さんというお母さんがおられて、その方のお子さんの足が不自由で、小学校の六年間、車椅子で通っていたんです。

六年間・・車椅子の後押しをしたのは、近所の子どもたちでした。 

毎日当番を決めて、登下校の後押しをしたのです。  

来年から中学・・みんなと同じ中学に行けると思ったら・・

教育委員会から

「お宅のお子さんは体が不自由だから 設備の整った肢体不自由児の中学校に転校してください」って言われたのです。ご両親は納得されたのですが、友達は納得しませんでした。

六年間一緒に通ったんだから、中学も一緒でいたい・・

署名運動までして嘆願した。

「エレベーターが無くても、トイレに1人で入れなくても、僕らがいます・・  

車椅子を担いででもやります」って言うんです。 

そんな約束までして・・また三年間、一緒に中学に通ったのです。

三年生の最後の日・・卒業式の日に、一緒に卒業したかったのですが、身体不自由なうえに弱かったものですから 風邪を引いて卒業式に出られなくなったのです。

いつものように迎えに来た友達に、ベランダから「九年間ありがとう!」とお礼を言った。 

『じゃ・・お前の卒業証書貰ってきてやるよ』と、友達は登校していった。

お父さんも「今日は早く帰るから・・一緒に卒業を祝おう」と言って出かけた。

お昼にチャイムが鳴ったので、お母さんがドアを開けたら・・

お父さんではなかったんですね。

卒業式を終えられた校長先生が、卒業証書を、わざわさ息子さんのために持ってこられ・・

各学年で担任をされた先生方も・・ 

小学校からズ~と車椅子を押してくれた生徒たちも・・

一緒に来てくれたのです。

盲目の友達のために校長先生は

『お子さんのお部屋で、卒業式をやらせてください・・』 とおっしゃった。  

みんな部屋に集まった・・

お子さんを前に、校長先生が卒業証書を読んでくれた。 

先生方は「よく頑張ったね!」と握手し 友達は、周りを囲んで校歌を歌ってくれた。

お子さんは、車椅子に座って証書を握りしめ、泣いていました。  

お父さんもお母さんも、涙が溢れて止まりませんでした。 

お父さんは、部屋のみんなに、喉を詰まらせながら、お礼を言いました。

『息子は・・皆さんの心温まる援助のお蔭で、無事小学校と中学校の両方を卒業できました・・

何を学んだかは 本人に聞かないと分かりませんが・・

人から受ける優しさほど、人の心を豊かにしてくれるものはない・・ 

ということを学んでくれたら、それだけで十分です』

NHKふれあいトークより

<引用終了>


家の実家は、もう何十年も前に衰退してしまいましたが、着物の町でした。

父も小さいながらも、着物の染め物工場をやっていました。

私が中学卒業する頃、私と同級だった特別支援学級に通っていた男の子が、卒業と同時に家の染め物工場で働くことになりました。

彼の障害は身体の方ではなく、勉強が少し人より遅れると言う障害でした。

(でも、やっぱり心は凄く純粋!!)

父は、その同級生を雇って仕事を教えることになりました。

私はというと、まだ働くどころか、親の脛かじりの高校生です。

今となっては、父がどういう気持ちだったのかは解りません。そんな父を尊敬しています。


九年間、車椅子を押し続けてもらった少年。

少年のお父様が言うように、何事にも変えられないほどの素晴らしい体験を通して、

それまで以上に優しく思いやりある人生に変わられたと思います。

ですが、もしかしたら それ以上に「心の豊かさ」を手にいれたのは九年間車椅子を押し続けた同級生たちかもしれないですね。。

お互い様、お陰様。有難いことですね。

こんな仕組み、こんな経験をさせて下さる、全てをディレクションしてくださった神様に感謝です。

私たちは、こんな風に、色んな出来事、いろんな人との、出会い、別れを通じ魂を震わせ、

良いことも悪いことも様々な経験を通じ、人を思いやる心の感度を上げて、魂を輝かせているのかもしれませんね。

 


「一途な心」


私たち日本には、素晴らしい文明があります。

それは、古い古い時代。4つのプレートがぶつかり合う場所に置かれ氷河期の終了とともに、大陸から列島が分かれ、山や川など美しい自然とともにはぐくまれた日本人の心です。

 まさに、この日本の心をはぐくむために、神々が意図したことです。 私たちの日本人の心は、全ての物の中に神々を見出し、感謝と尊敬。お互い様、おかげ様の心を培い、助け合って生きてきました。まさに神々の世界の顕現です。

 ですが、時代が下るとともに西洋文明の流入、戦後の敗戦処理それらによって日本人の尊厳は粉々に打ち砕かれました。 

ですが、私たちの心の見えないところでは何千年もかけて、神々や祖先によって受け継がれてきた気質やDNAが存在しています。

今、精神性の復活の時代が幕を開けましたが、2つに分かれようとするこの地球に置いて、

この日本人の良き心を復活させることは非常に重要なことだと思います。 

それは、

・力のある誰かによってなされることではなく

・神々に頼っていれば何とかなることではなく

・素晴らしい過去世を持つ人が何かをしてくれるわけではありません。

 私たち一人一人が、日々の生活を送る中で我欲によって引き起こされる罪や穢れを祓おうという意思を持ち、感謝と、思いやりの心をもって生きることこそが大切なことです。

美しい地球、そこに住むみんなの幸せはそんな平凡な人々、つまり私たちの心の中から始まります。 

今日は雑宝蔵経という仏教経典の中のお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 


とある場所に、神様の御神体でもあります山の中腹に、大きな鎮守の森がありました。

その鎮守の森には、たくさんの動物たちが、仲よく平和に暮らしておりました。

そこに、ある日、一羽のオウムがエサを探し求め道に迷い、鎮守の森に紛れ込んでしまいました。つまり、迷子になってしまったのです。オウムはなんとか鎮守の森から外に出ようと飛び回りましたが、自分がどこにいるのかもさっぱり解りません。

 そうしている内に、とうとう日が暮れてあたりが暗くなってきてしまいました。オウムはとても心配で不安に思いながら、自分の家の方向さえも解らず途方にくれていたのです。

日がどんどん沈み、あたりも暗くなるにつれオウムの気持ちも寂しく、しょんぼりしていた時、鎮守の森のさらに奥深くから鳥や獣などの動物がさくさん出て来ました。

 すると、その動物たちは、「ねぇねぇオウム君、君は道を間違えてしまったのだよ。オウム君の家までは、ここからずっと遠いところだから今からでは帰れないよ。明日僕たちが送って行ってあげるから、今夜は僕たちの家にとまりなよ」ととても親切にしてくれました。 

オウムも優しい動物たちの言葉と不安な気持ちでいたことから、動物たちの家に泊めてもらうことにしました。

 動物たちは「きっと、オウム君は道に迷い、不安で寂しい気持ちになっているに違いない」

「だから今夜は、オウム君がちゃんと寝るまでは皆で順番にオウム君の側にいてあげよう」

と動物たち皆で話し合い決まりました。

「ここに木の実があるから、お腹いっぱい食べてね。あそこにはとても美味しい水があるよ」「何も心配いらないから安心してね」と動物たちはオウムにたくさん声を掛けあっていました。オウムもすっかり動物たちの優しさに慣れて、とうとうくたびれて寝てしまいました。

その様子を観ていた動物たちも夜中にオウムが起きて悲しまないようにと、皆でオウムの回りをぐるりと囲むように一緒に寝てくれました。

 翌朝、空は晴天です。朝日に照らされながら、オウムは鎮守の森の動物たちに賑やかに送り出され、オウムが家に帰れるところまで一緒に付き添ってくれました。そうして、無事に自分の家に着くことが出来ました。


 家に着いたオウムは、あの山にいる動物たちの優しさが嬉しくてたまりません。仲間の動物たちにも昨夜の話を自慢げにたくさんしていました。

 そんなある日、優しくしてくれた動物たちの山の方を見ると、親切に優しくしてくれた動物たちの山からたくさんの煙が立ち上っています。オウムは驚いて、急いで動物たちが暮らしている山の方へ飛んで行くと、なんと!山が大火事になっているのです。

オウムはいてもたってもいられません。そこでオウムは、すぐさま川に飛び込み、自分の全身を濡らしては飛び立ちました。しかし、川から山火事の場所に着く手前で、ほとんど体から水が落ちてしまい山の上空で体を振っても2.3滴しか水が落ちません。でも、オウムは諦めようともしません。なんども何度もオウムは川に飛び込んでは自分の身体を濡らし、燃えさかる山に飛び立ち火事の上空で体を振って2.3滴の水を落としています。

 その時、近くの木立でオウムの様子を見ていた他の鳥たちが、オウムを嘲笑います。

「オウム君、君が運んでいる水であの山火事を本当に消せると思っているのか?」

「無駄なことは止めな」

「そんなことをしたってくたびれるだけだよ」

 などと言いながらオウムを皆で笑っています。この時オウムは、自分を嘲笑う鳥たちに言い放ちます。

「確かに、僕の運んでいる水は僅かです」

「あの山の火事は消えないかもしれない」

「だけど、僕が鎮守の森で迷って、困っている時に、僕に親切にしてくれた友達が、あの山にいるんです」

「僕を助けてくれた友達が苦しんでいると思うと、僕はいてもたってもいられない」

「だから、僕は絶対に止めない。僕は水を運び続ける!」

と言って一生懸命に水を運んでいます。すると突然、さっきまで晴天だった空が曇りだし、大粒の雨が降って来ました。もの凄い大雨です。オウムもビックリして茫然としていると、その大雨のおかげで山火事はたちまち消えていました。

<引用終了>

 似たようなお話に「ハチドリのひとしずく」というお話がありますね。


大切なのは、今、自分が出来ることは何かを考え、どんなに人から馬鹿にされ、蔑まれようと、それを実行する勇気なのかもしれません。

・物語の中に登場してくる鎮守の森の動物たちの親切さ

・困っているオウムに対する優しさ

・なんら見返りを求めず、自らオウムに積極的に話し掛けてくる動物たち

私たちの日常生活の中でも同じような光景があります。

一生懸命に努力している人を、努力をしない人が

・得にもならないことをよくやるな

・そんなことしても無理だ

そう言います。

でも困っている人を見て、その心情をくみ取れる繊細な感受性を持ち、居てもたってもいられずに、「助けたい」と云うただ一心で、純粋な心で行動する人たちも確かに存在します。 

そのような心根を神々が放っておくはずがありません。どんなに困難に見えることであってもその心根が「人を助けたい」という純粋で一途な気持ちであれば、その決心をしたとたんに、一気に周りの次元が上昇し、周りの状況が協調して助けに回って動き出すことでしょう。

それをサポートオブネーチャー神仕組みの発動と言います。

全ては、私たちの心にかかっています。静かな場所で、自分の心を見つめなおし、内観してみれば自分の心は、今 どちらの方向に向かっているかすぐにわかります。



2021年8月8日日曜日

2418「運がいい人」2021.8.8

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月04日の記事を紹介します。


「運がいい人」


今日は、斎藤一人さんのお話です。 

「運がいい人になるには」というテーマです。


<引用開始> 引用元


舛岡はなえさんの「斎藤一人 人生ぜんぶハッピーラッキー」の中から、ひとつの面白いエピソードをご紹介します。

舛岡さんは、あるとき、前から疑問に思っていたことを一人さんに尋ねます。 

それは、「すごくいい人で幸せだった人が、あるときから、幸せでなくなるのはなぜですか?」ということです。

一人さんは、「理由はひとつ、

でも、この話を信じてくれる人は、10000人に1人もいればいいほうなんだよね」

などと言って教えてくれます。 

なんだと思いますか? 

「いい人で幸せだった人が、幸せでなくなるのは、自分が神様に愛されているって思っていないからなんだ。本当は、人はみな神様に愛されているのにね・・・」

 

普通の人は、何か問題があると、

・あれが悪い、これが悪い、と悲観的になりがちです。

・お前が悪い、あいつが悪い、と誰かを責めてしまいます。

・自分は不幸だなぁ、運が悪いんだと思い込みます。

でも、神様から愛されていると思っている人は、 

何か問題があっても、落ち込むほど悲観的にならないし、

誰かを責めることもまずありません。

  

もちろん、その人にも何らかの問題は必ず起こります。

ただ、それは神様からの試練だと受け止めるんですよね。 

それは、

・必ず乗り越えられるし、

・乗り越えれば必ずもっとよくなる。 

神様はそんな試練を与えてくれたんだって思うわけです。 

だって、神様から愛されているんですから・・・ 

神様が自分に嫌がらせをするわけがないんです。


神様が自分を成長させてくれるために、

試練を与えてくださったのだから、むしろ感謝します。

さて、あなたも何かいま、問題をもっていますか? 

問題を持っていない人なんて普通いないと思います。

ただ、その問題を

・悪いものだとネガティブに考えているか、

・その問題でよくなれるとポジティブに考えているか

の違いがあると思います。

繰り返しますが、「自分は神様から愛されている、

だからその与えられた問題を通して、もっとよくなれる」と考える人は、

多少辛いことがあっても、自分は不幸だとか、運が悪いとは考えないんです。 

むしろ、神様から愛されている自分は、今もこれからもずっと運がいいんだと思っています。

あなたもぜひ、自分は神様から愛されていると感じられる、

10000人に1人の人になって下さい。

次の言葉は一人さんが、舛岡はなえさんに教えた、運が良くなる言葉です。 

何か問題があったときは、この言葉を何度も唱えるといいそうです。

「これでよくなる。だからよくなる。さらによくなる。」

たったこれだけです。試してみるといいですよ。 

<引用終了>

 

斎藤一人さんは、いつもわかりやすい言葉で真理を伝えてくれています。

私たちが、今この世に生まれてきている以上、

誰一人、神様の承諾なしに、生まれませんから、

皆が一人残らず神さまに愛され、祝福されています。

「幸せになるんだよ」と送り出されました。 

天国にいる時、神様と一緒に考えた幸せとは

・大きな家に住むことでも

・大金持ちになることでも

・美しい容姿になることでも

・病気一つしない健康な身体になることでも

ありませんでした。 

かえって、その逆の環境に身を投じ

・真の心の幸せ、

・美しい心

・人々との、優しさ、思いやりの交流

を手に入れることかもしれません。   


なぜなら、艱難、苦難、孤独、逆境こそが私たちの魂を磨き、輝かせてくれるからです。 

それらを通じ、「感謝の心」を芽生えさせた時、私たちは、真の意味で、神様に喜ばれ、

天の国に迎え入れられることでしょう。  

無名戦士の詩より、ご紹介します。

 

大きな事を成し遂げるために、

力を与えてほしいと神に求めたのに

謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった


偉大なことができるように健康を求めたのに、

よりよきことをするようにと、病気をたまわった


幸せになろうと、富を求めたのに、

賢明であるようにと、貧困を授かった


世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、

得意にならないようにと、失敗を授かった


求めたものはひとつとして、与えられなかったが、

願いはすべて聞きとどけられた


神の意にそわぬものであるにもかかわらず、


心の中の言いあらわせない祈りは、

すべてかなえられた


私はもっとも豊かに祝福されたのだ