2025年7月14日月曜日

3953「家族の幸せのために」2025.7.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年07月05日の記事を紹介します。


「家族の幸せのために」


「家族」は、神様が用意してくださった一番身近な魂を磨く場所です。

・幸せになりたいのなら、

・魂を輝かせたいのなら

・生まれて来た魂の目的を達成したいのなら

まず、家族の中を、しっかり見つめなおさなければなりません。 

全ては自分の心を見つめなおすこと。 

自分の心を変える事、によって解決されます。

決して相手が変わること、相手を変える事によって、

もたらされるものではありません。 

さて、私たちが生きていくうえで、いろんな悩みがありますね。 

ささいなことから、人生を左右するような重要なことまで・・ 

それらは、生まれる前に決めてきた「人生ドラマ」を演じるための、

大きな役割、転機、方向転換など、それらは人生を彩るためのものでもありますが、

その渦中においては、本当に苦しく、涙する毎日かもしれません。 

そんな中で、簡単なことなのですが、あることの積み重ねによって、

確実に人生の方向を左右するものがあります。

私たちが日常的に使う言葉。 

無意識のうちに使う言葉、癖になってしまった口癖などによって、 

・私たちの運命や、

・将来のこと、

・家族の健康、

・家族の幸せなど、 

全てが、左右されます。

そんなことは、普段、考えたこともない人が、殆どかもしれません。

でも、その事を頭に入れたうえで 

・周りの健康的なご家族、

・逆に、病気がちのご家族

のことを思い浮かべて見てみてください。

きっと当てはまることが多いかもしれません。

それでは、 幸せになりたい方、ご家族も幸せにしたい方 

そんな方のために、小林正観さんのお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元

■「嬉しい」「楽しい」と 笑顔で言い続けると、

それを言う人、聞く人、どちらも元気になる

日常で「つらい」「悲しい」「苦しい」「悔しい」と

言い続けると、それを言う人も、聞く人も、どんどん元気を奪われます。 

1年365日、言い続け、聞き続けたとしましょう。

それが3年、5年続いたとしたらどうでしょう。 

ものすごい量の「気力」を奪います。

結果として、その家には多分 

「不幸」が集中するでしょう。 

「気力」も「体力」も「精神力」も「集中力」もすべて奪われる。  

家族全体から奪われるのですから、 

・病気になる、

・風邪をひきやすくなる、

・集中力を欠き

・接触事故を起こしたり、

・不用意な発言をして人を傷つけたり、 

そういうことも増えます。

気力だけの問題ではありません。 

自分で自分に繰り返し、「つらい」「悲しい」「悔しい」「苦しい」「つまらない」と、

言い聞かせ続けると、「生きているのがそんなにつらいなら、死んじゃいましょう」と、

体自身が反応し、ガン細胞を増殖させ、故障や病気を進行させます。 

体自身が、そういう指令系統を持っているのです。

それを「悪い霊が憑いている」などと言う人がいますが、私はそうではないと思います。

おはらいはいりません。 

家の中で飛び交う言葉には「元気を奪い取る言葉」や、

「怒り顔」をなるべく出さないことです。

毎日「嬉しい」「楽しい」「おもしろい」「幸せ」と、笑顔で言い続けたら、 

それを言う人、聞く人どちらも、どんどん元気になります。

風邪をひくことが少なくなり、ひいても熱が出にくい、早く治るようになります

(免疫力や基礎体力が強化されるということです)。 

「バカは風邪ひかない」という言葉を、このようなことを知った上で解釈すると、

まったく違う「真実」に気がつくでしょう。

毎日、「嬉しい」「楽しい」と笑顔で、人を憎んだり恨んだりせずに言い続けている人は、

「お前には苦労がないのか」と言われます。

まさに「バカ」そのものです。 

けれども、「バカは風邪ひかない」のです。

それが真実であり、事実。

長寿の人に「長生きの秘訣は?」と聞くと、必ず入っているのが

「くよくよしない」ということ。 

毎日「嬉しい」「楽しい」と言い続けていると、風邪はひかないし、

長生きもする(体があまり傷まない)のです。

ついでにもう1つつけ加えておきましょう。 

ある人がケガをしたときのこと。

リハビリで何度か通ううち、ある先生から 

「できないことばかりを挙げないで、できることを考えて、挙げてください」 

と言われたそうです。  

考えてみたら、できることの方が圧倒的に多いのに、 

「できないことばかり挙げていた」というのです。

ケガをしたときだけでなく、日常的にも「あれができない」「これができない」と、

言ってしまいがち。 

でも、たとえば足を捻挫したとしても、テレビは見られるし、食事もできる。 

手紙もかけるし、電話でおしゃべりもできる。

よく考えてみると、1万できていたことが 9900になっただけで、 

「できること」の方が圧倒的に多いのです。  

そういう事実に気づき、それを理解し「できること」を強化し延長するようにしたら、

今までとはまったく違う速さで、体が治り始めたとのことでした。

「楽天的に生きる」ことは、体自身の要請でもあるようです。

<転載終了>

日常使う言葉は本当に大切ですね。

それが運命までも、左右してしまうからです。

特に癖になってしまった口癖とっても大切です。 

無意識の内に、自分の健康も、幸せ、不幸せも、ご家族の健康も、幸せ、不幸せも、

全部を左右してしまうからです。

私は、このことを知ってから、 

・ありがとう

・よかったね

・嬉しい

・楽しい

・幸せだね

・おいしい 

などの言葉をできるだけ使うようにしています。

最初は難しいかもしれません。

ですが、慣れてしまえば、苦になりません。 

口から出る言葉、これに気を付けるだけで、将来の、ご自分と、ご家族の

幸運が約束されているのですから。 

やってみる価値はあると思います。


2025年7月13日日曜日

3952「七夕のお願い」2025.7.13

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年07月04日の記事を紹介します。


「七夕のお願い」


毎年この季節に掲載している記事をご紹介します。 

7月に入ると七夕。

今日は子供たちの美しい心のお話です。

美しいものを見たり、聞いたり、触れたりした時に、

私達の心のどこかで共鳴が起こります。

そして同じように、醜いものを見たり、聞いたり、

考えたりと 心に入れてしまうと、その逆もあります。

人間の心は

何処までも、高みに登る事も出来れば、

何処までも、闇に沈むこともできます。

出来れば、私達の心の波長を、

真善美に合わせておきたいものですね。  

それが、一番自然であり、苦しまなくて済みます。 

幸せになる一番の近道だからです。

でも、落ち込んでも大丈夫です。

それも結局は、予定調和に至る道ですから・・ 

私たちの内に居らっしゃる神様は、決して見捨てたりしません。 

何時も傍らにおられます。

さて、始めます

知的障害の兄を持つ、小学1年生の男子児童のお話。実話です。

入学式の日、その児童の席のとなりに、

小児麻痺で左腕が不自由な同級生の男子児童が座りました。

最初の体育のときでした。 

手が不自由な小児麻痺の児童は、 

着替えるのに30分もかかってしまいました。

時間がかかっても、先生は、

何も言わずこの子を放っておくことにしました。

でも、二度目の体育の時間には、

この子も他の子といっしょに、きちんと並んで待っていました。

「どうしてだろう?」不思議に思った先生は、 

次の体育の前の休み時間に、そっと教室の外から見ていました。

すると、隣の児童が、一生懸命に手の不自由な子が

着替えるのを手伝ってあげていたのです。

そして、その子が着替え終わると、

二人で校庭に元気よく駆け出していったのです。

先生は、やはり何も言わずに見守ることにしました。 

七夕の日のことです。 

ちょうど授業参観日でした。

先生は子どもたちに願い事を書かせて、

それを教室の笹に下げておきました。

お母さんたちが集まったところで、

先生は、一枚一枚、短冊を読んできました。

一年生ですから、 

「あのおもちゃかってちょうだい」

「おこずかいちょうだい」

「まんが本がほしい」 

というようなことが書いてありました。

その中に一枚だけ、こう書かれていました。

「かみさま、

ぼくのとなりの子のうでを、なおしてあげてください」

あの世話をしていた、児童が書いたものでした。 

先生は、この一途な祈りを読むともう我慢できなくなって、

あの体育の時間のことを、お母さんたちに話しました。

小児麻痺の子のお母さんは、

「子どもがどんなに教室で、不自由しているのだろう」

「迷惑をかけているのだろう」 

「申し訳ないことをしてしまった」 

と悩みながらと教室に入れずに 、廊下からじっと様子を見ていました。 

が、先生の話を聞いたとき、突然、廊下から飛び込んできました。

教室に入るなり、ぺったりを床に座り、 

この児童の首にしがみついて絶叫しました。

「坊や、ありがとう、ありがとう、ありがとう、

ありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。・・・・」 

その声がいつまでも教室に響き渡ったそうです。

人を思いやる気持ちって、 

本当に美しいですね。

天の川

2025年7月12日土曜日

3951「マシュー君のメッセージ」2025.7.12

今回は玄のリモ農園ダイアリーさんの2025年7月1日の記事を紹介します。


「マシュー君のメッセージ」(223)

2025年7月1日

玄のリモ農園ダイアリー: マシュー君のメッセージ(223)

規則正しい呼吸、気づきの拡大、ロシアとウクライナ、イランとイスラエル、イスラム教徒の移民、ダイエット、地球文明社会と明るい未来


マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から心からのご挨拶をします。以前のメッセージで、何も見えるままではないと述べましたが、巧妙な欺瞞がまだあなたたちの世界に残っているため、その指摘は数年前と同じように現在も正確です。また、第三次世界大戦や核戦争は起こらないという僕たちの数多くの保証の正しさについても、同じことが言えます。

愛する魂たち、今こそ自分自身のために良いことをしてください・・深く息を吸い、ゆっくりと吐き出してください。その動作を繰り返し、自然にできるようになるまで続けてください。規則正しい呼吸は細胞に光を引き寄せ、緊張や毒素を解放し、免疫力を高め、身体の自己治癒システムを健全な状態に保ちます。

この健康的な習慣は、身体、心、精神のバランスを保つ効果をもたらし、強力な新しい波動エネルギーと連動して、あなたたちの思考を遥か彼方の地平線やより壮大な可能性へと羽ばたかせます。この波動エネルギー振動数の広がりは、意識を魂のレベルでの気づきとより広範に、深く、明確に結びつけ、これにより個人と世界の進歩の明るく活気あるトーンと急速なペースが生まれつつあります。

混沌、対立、混乱が渦巻く世界の舞台の裏側では、世界でも最も賢明で知識豊富な影響力のある人物たちが、電話での会話や個人的な訪問を通じて、すべての生命が繁栄する平和で健全な地球の確立と統治について議論しています。ますます多くの国々が、地球の未来にふさわしくない制度、政策、組織の改革や再編、または置き換えの方法を探求しています。

では、戦争の主要な分野に関する、読者から寄せられた多くの質問とコメントについて、答えていきましょう。

ロシア軍は、ウクライナに駐留し、その全土に長年根付いているネオナチ勢力とその残虐な活動を完全に排除するまで撤退しないでしょう。イルミナティに雇われた傭兵が、これらの残虐行為を犯しており、その結果、しばしばウラジーミル・プーチン大統領が冷酷な侵略者として誤って描かれています。世界を7つの主要地域に分割するという現在支持されている計画が採用されれば、ウクライナ人とロシア人は再統一されるでしょう。彼らは同じスラヴ系の祖先を持ち、歴史的に共有した時代があります。

イスラエルとイランの対立は避けられず、宇宙的な視点から見れば、波動エネルギーレベルの上昇により爆弾やミサイル、闇の支配がもはや存在し得なくなる前に、その対立は必然的に起こらなければならなかったのです。多くの国で間もなく起こる変化は、市民の健全な意思を反映するものになるでしょう。

シオニズムは、ユダヤ人が安全かつ尊厳を持って暮らすことができる故郷を築くために形成された思想的・政治的運動として、国際的に認識されています。イスラエルはその故郷となり、ホロコーストの生存者たちの避難所となりました。

あまり知られていないことですが、シオニズムはすぐにハザール人の子孫によって乗っ取られました。1000年前、その拡大する帝国の指導者たちは、帝国の移住時代を通じて征服した異なる文化と信仰を持つ部族を統一する最も適した宗教としてユダヤ教を選択しました。そして、1948年の建国以来、イスラエルは、ナチスを含むイルミナティのロスチャイルド派閥であるその子孫によって支配されてきました。

ヨーロッパでのユダヤ人迫害とホロコーストは、パレスチナを支配し、そこから世界支配への道程で中東全体を支配する彼らの計画の不可欠な一部でした。パレスチナ人のジェノサイドとイランでの混乱を引き起こすことは、世界の人口のほとんどを消滅させ、生存者を奴隷化する計画を盛り込んだ悪魔的な計画のより最近の部分です。現在、イスラエル政権は崩壊の途上にあり、最終的には、2000年もの歴史を持つユダヤ人の真の末裔に恩恵をもたらすでしょう。


「私はヨーロッパの出身者ですが、メディアでは報じられていないヨーロッパ社会で目にする光景が心配です。なぜなら、イスラム教徒のコミュニティが徐々に私たちの既成の社会に彼らの規範や文化を浸透させようとしているからです。将来、イスラム教徒のコミュニティが私たちヨーロッパの規範や生活様式を支配してしまう可能性はあるのでしょうか?」

 いいえ、そのようなことは起こりません。この状況は他の世界情勢とは無関係に思えるかもしれませんが、そうではありません。イスラム教徒の大量移民は、イルミナティの世界支配計画における戦略的な段階の一つです。

新規移民の急増は、その国の経済、住宅、雇用、医療、教育システムに深刻な問題を引き起こし、その結果生じる困難は、敵意、混乱、そしてしばしば暴力へとつながります。これがイルミナティの目的であり、実行に移すため、彼らは最も過激な宗教的イデオロギーを持つ個人に報酬を支払い、自国でそのような混乱と危険な状況を引き起こさせ、多くの先住民が安全な土地へ移住するよう仕向けるのです。

そのような過激派は、定住する国で単に過激な思想を“推し進める”だけでなく、混乱を引き起こし犯罪を犯します。この過激派は、イスラム教徒の多数派を代表するものでは決してありませんが、その反発は世界中のどこに住んでいようと、宗教人口全体に向けられています。波動エネルギーの上昇は、その第三密度の状況を緩和し、調和、尊重、そして多様な文化と思想の最も優れた側面が、あなたたちの世界の人々を著しく豊かにすることでしょう。

闇の人間たちは、魂が覚醒し、地球に広がっている愛と光のエネルギーを受け入れることを阻止することはできません。なぜなら、これはあなたたちの太陽系、銀河系、そして宇宙における活動と一致しているからです。しかし、彼らはできる限り混乱と苦難を引き起こし続けるでしょう。愛する兄弟姉妹たち、どうぞ胸を張って立ち、あなたたちの光を明るく輝かせ続けてください・・・あなたたちは、闇が最後の喘ぎを吐き出す中、安全な港を目指す世界の人々にとって必要な灯台なのです。


「健康になるために何を食べればいいのか、そしてアセンションを助けるために、身体・心・魂のすべてが健康な人間になるためにはどうすればいいのか、まだ私にはよく分かりません。」

 食事に関する質問の多くは、スピリチュアルと意識レベルの覚醒を進めるためにベジタリアンやヴィーガンの食事が必要かどうかというもので、答えは“いいえ”です。食事は選択です。その選択が原則と一致している場合・・・例えば、動物の命を救うため・・・その原則の高いエネルギーは、食事のエネルギーに加えて作用します。

食物連鎖における人類と動物の間には、魂レベルでの合意が存在します:動物は、生と死において慈愛に満ちた扱いを条件に、自身を栄養源として提供します。肉や家禽を扱う企業は、その責任を負い、経済的利益を得ている動物たちの生活環境を改善し、慈悲深い死を保証する必要があります。人類がその合意の義務を果たすまで、食事における肉類の摂取量を制限することが賢明です・・その肉には、動物が耐えたトラウマのエネルギーが宿っているからです。

新鮮な果物と野菜は、最も健康に良い食品です。なぜなら、それらは最も多くの光を含んでいるからです。畑から市場、そして食卓までの時間が短いほど良いですが、古い野菜や果物でも、他の食品よりも多くの栄養素を含んでいます。

“オーガニック”食品は、肥料、殺虫剤、除草剤に含まれる有害化学物質から免れているかも知れませんが、空気、水、土壌を汚染するケムトレイル噴霧に含まれる毒素からは免れていません。オーガニックと表示された食品がより健康に良いと信じるなら、それを選択してください・・あなたの信念があなたの現実です・・しかし、それによる追加されたコストがストレスを引き起こす場合、その感覚の低い波動エネルギーが、その食品が持つ恩恵を相殺してしまいます。 

世界の大多数の人々が摂取している食品は、数十年前と同じ種類の食品に比べてはるかに栄養価が低いものです。研究者や栄養士は、加工食品を食べないよう推奨しています。なぜなら、加工食品には化学物質、砂糖、その他の添加物、さらにはワクチン成分が含まれているからです。愛する魂たち、食べるものに対して感謝の念を抱くことは、その栄養価を高め、有害な影響を軽減する助けになります。単なる形式的な食事前の祈りではなく、真の感謝の念は、食品が身体に良い影響を与え、感謝のエネルギーは世界を高揚させる力となることを保証します。


「地球の古代文明社会が私たちよりもはるかに知性が高かったという考えは、人類の科学的歴史的発展に反しています。マシュー、もしそのあり得ない考えが正しいなら、それはどのようにして起こったのでしょうか?」

人類の進化に関する科学的理論は間違っています。地球上の生命は海の一細胞生物から始まったのでも、人類が類人猿から進化したわけでもありません。最初の魂である大天使たちは、生命体のための二つの構成要素を現しました。一つは動物用、もう一つは神々と女神用であり、宇宙のすべての生命体は、それらの構成要素から共創されたか、進化したものです。

この惑星の最初の住人は、スピリチュアルと意識レベルで進化したさまざまな宇宙文明社会から来ていました。そして、あらゆる人間、動物、植物は、世界中のすべての魂と深く結びつき、互いに与え合い、受け取っていたことを理解していました。彼らはテレパシーでコミュニケーションを取り、その育む共生関係と統一意識のおかげで、この惑星全体がエデンの園になっていました。

僕たちは、その幸福な世界が、この宇宙に侵入した爬虫類人(レプタリアン)によって悪が導入され広まる前に、どれほど長く存在していたのか知りません[2023年6月1日のメッセージでその経緯が説明されています]。彼らは闇の勢力の始祖であり、宇宙を漂いながら富、権力、名声に貪欲な個人を引き寄せる巨大な闇の思考形態のフォースフィールド(力の場)です。そのような個人は闇の操り人形となり、その存在を可能にする一筋の光の輝きしか持ちません。

一部の操り人形たちは、経験の浅い魂たちが住む世界を占領し、その12本のDNA鎖のうち10本を休眠状態にしました。これにより、魂の結晶(クリスタル)細胞は炭素構造に退化し、その世界の光子(フォトン)エネルギーは電子エネルギーに低下しました。電子エネルギーは光子に比べて光量がはるかに少なく、したがってパワーも大幅に低下しました。操り人形たちはまた、人々の今では制限された精神に怒り、不誠実さ、好戦性、残虐性を植え付け、動物界に捕食者と被捕食者の種を創造しました。

能力が著しく低下し、性格が弱まった一部の魂は、当時テラと呼ばれていた惑星地球に転生し、共に転生した操り人形たちによって容易に支配されました。惑星として転生した魂であるガイアは、その住民を支配した深い闇のパワーから自身の身体を破壊から救うため、二度も破滅的な手段に頼らざるをえませんでした。その両方とも、すべての生命が突然絶滅しました。

数世紀にわたる再生の末、惑星が再び居住可能に変わるたびに、スピリチュアルと意識レベルの気づきに進化した魂たちが訪れ、新たな文明社会は心と精神の両面で繁栄しました。また、操り人形たちも再び現れ、彼らの支配と破壊が時代を超えて続く中、惑星とその生命体はほぼすべての光を喪失する寸前まで追い込まれました。

あなたたちの最近の歴史は、その深刻な状況がどのようにして生じたかを示しています。世界中に帝国を拡大した王族や王朝の一員たちは豪華な生活を送りながら、その臣民や奴隷たちは無知、病気、飢餓、汚染された水に満ちた極度の貧困の中で生きていました。市民戦争、国際戦争、そして二つの世界大戦は闇の勢力によって引き起こされました;貪欲と腐敗は企業、政府、宗教に浸透し;すべての情報源は支配され;大量殺戮を目的とした兵器が開発され;闇は至る所に蔓延していました。

ガイアは3度目の悲惨な喪失を経験することを望まず、助けを求めて叫びました。即座に神は高度に進化した宇宙文明社会に、惑星地球とその住民を救うための莫大な光を照射することを許可しました。闇の勢力は光の勢力によってあなたたちの銀河系から追放され、地球の周囲に低い波動エネルギーの存在が近づけない保護用の光グリッドが光の勢力によって構築されました。そして最高宇宙評議会は黄金時代を計画しました。進化した世界からのボランティアが、人々の覚醒を助け、闇の支配から解放する使命を持って到着し始めました。

今日、闇は急速に追い払われ、地球は輝かしい未来への準備を進めています。彼女の次世代の多くはライトワーカーの故郷からやってくるでしょう。高まる波動エネルギーは、闇に包まれた魂の10本の休眠中のDNA鎖を再活性化するでしょう。黄金時代の住民は、ガイアとその惑星体が起源とする高次元第五密度の波動エネルギーの中で暮らし、人々は宇宙ファミリーの一員としての正当な地位を占めるでしょう。

その時の光は、惑星の“始まり”の頃と同じくらいの強度になり、その文明社会は、最初にそこに住んだ魂たちと同じくらいの純粋さを保つでしょう。そして、愛するファミリー、あなたたちが使命を果たすために休むことなく尽力したおかげで、今回は絶対に後退することはありません!

この宇宙にいるすべての光の存在があなたたちを讃え、無条件の愛であなたたちを支えています。

      ______________________________

愛と平和を

スザンヌ・ワード著

原文:Matthew’s Messages

訳文責:森田玄

2025年7月11日金曜日

3950「心が作り出す世界」2025.7.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年07月03日の記事を紹介します。


「心が作り出す世界」


空海が教えてくださったことに、

次のようなことがあります。 

私達が、この世の中で見たり聞いたりすることは、 

全部、もともと私達の心の内にあるものである。

心の中にあることしか、私達は経験できない。

・不平不満、愚痴、憎しみ、ねたみ、

・自分さえよければ、人より優位に立ちたい、

・お金が全て

・世の中の不正に対し、常に激しい憎しみ・怒りを向けている人 

そう思っている人は、その通り阿修羅の世界の中に生きて行きます。

逆に 

・感謝や笑顔、

・優しさ、

・思いやり、

・助け合い、

・お陰様

心の中がそれらで満たされている人は、

その通り美しく、優しい世界で生きて行くことになります。

これは1200年前に空海が教えて下さった真実です。 

空海が仰った 即身成仏、

私達は生きている内に、天国でも地獄でも行ける

とはこのことです。

ですので親の生き方を見て育つ子供たちは、

親と同じ道を歩んで行くことが多くなります。

親の私達自身が心の中を天国にすれば、

私達も幸せになりますし、 

同じく繋がっているご先祖や、

子供たちも本当の幸せを手に入れることが出来るでしょう。

さて、それではお金もかからず、簡単に出来る

「心を天国にする方法」の一つをご紹介します。

良寛さんが大切にした「和顔愛語」です。

良寛さんは新潟で生まれました。

江戸時代末期を生きたお坊さんで、

詩人として多くの人に知られています。

良寛さんは多くの人に慕われ、愛された方でした。

その良寛さんが大切にされていたことが

「和顔愛語」(わげんあいご)という言葉だったそうです。

「和顔愛語」とは、その字の通り、

和やかな顔で、温かい言葉を口にする。ということを言います。

良寛さんは、人に与えるようなお金やモノを何も持っていなかったので、

誰かに何かをあげることはできませんでした。 

ですが自分の言葉なら贈り物にできる。そう考えました。

ですので良寛さんの口から出てくるのは、

・温かい言葉や感謝の言葉、

・人を勇気づける言葉、

・人を明るい気持ちにさせる言葉、

・人を癒す言葉 

ばかりでした。

良寛さんの「和顔」というのは、

人への素敵なプレゼントだったのかもしれませんね。

2500年前のブッダも同じことを教えて下さいました。

ブッダの教えに無財の七施(むざいのしちせ)というものがあります。

無財の七施とはお金をかけなくても相手のためにできることですが、その中に

・優しい言葉、思いやりのある言葉で接する

・温かい笑顔で接する

ということがあります。

笑顔で優しい言葉を口にする人の回りには、

同じように笑顔の人が引き寄せられて集まってきます。

でも、いつもいつも笑顔で優しい言葉を

かけ続けるのは大変なことかもしれませんね。

うまく笑えない時や、優しい言葉など出ない時ももちろんあります。

ですが、そうありたいと思うだけで、

後は私達の内に居らっしゃる神様が後押しして下さいます。

私達が住む地球には、次のような法則があります。

与えたものが、受け取るもの、

相手に対して、厳しい言葉をかければ、

自分も同じように人から厳しい言葉をかけられます。

優しい言葉をかければ、人から優しい言葉をかけてくれる人が現れます。

良寛さんはきっと、優しい言葉をまわりに投げかけ続けた人だったのですね。

だから多くの人に慕われ、愛されました。

笑顔の良寛さんの周りには、きっと笑顔の人達が集まってきたのでしょう。

そう考えると、笑顔の人達に囲まれ、幸せになる一番簡単な方法は、

自分が笑顔でい続けることなのかも知れません。

私達も良寛さんのように、人様に愛される人間になりたいものです。


2025年7月10日木曜日

3949「与えることから始まる」2025.7.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年07月02日の記事を紹介します。


「与えることから始まる」


今日はマザーテレサと、ブッダのお話をご紹介します。 

幸せになるためのコツについてです。

まずは、マザーテレサ。財団法人富士福祉事業団 理事長 枝見太朗さんのお話です。

<引用開始> 引用元

マザー・テレサは50年近く「貧しい人と共に生きる」という活動を続け、

それが評価されてノーベル平和賞を受賞しました。

僕は約15年間、彼女と一緒に仕事をしたのですが、

常に目の前にいる人、本当に最も身近な人を助けていました。

「お砂糖坊やの捧げ物」という有名なエピソードがあります。

マザーの孤児たちの施設「シシュ・ババン(聖なる子どもの家)」に、

ある時、裕福そうな夫婦が3歳くらいの坊やを連れて見学に来られました。

そのお父さんが「一番足りないものは何ですか?」と聞くと、

マザーは「子どもたちが食事をする時のお砂糖です」と答えました。

家に帰った坊やは、次の日から毎日のお茶の時間に、

自分の飲む紅茶に入れるお砂糖を、その分だけ小さなビンに入れていきました。

そして再びその家族が施設を訪れた時、

坊やはお砂糖がいっぱい溜まったビンをマザーにプレゼントしました。

マザーは大喜びでした。 

すでにそのお父さんから大量の砂糖を寄付してもらっていたのですが、

「お父さんからいただいたお砂糖も大変嬉しかったけど、

私はこの小さなビンに入ったお砂糖が何倍も嬉しい」と言っていました。

それからマザーは、

「あの小さな子どもが施設の子どもたちの痛みを共に分かち合って、

自分が我慢をして溜めたお砂糖は、何トンものお砂糖よりも重いものです」と

修道会でよくお話をしていました。

この「お砂糖坊や」の視点は、「持てる者が、持てない者へ」ではなく、

「共にその痛みを分かち合うことの必要性」を言っているのだと思います。

日本では「ボランティア活動=奉仕活動」と理解されています。

でもボランティア活動は、実は奉仕活動とは意味が違うんです。

それは「持てる者が持てない者へ、力の強い者が力の弱い者に施す」感覚ということです。

そんな「奉仕活動」に象徴されるような考え方が

日本の福祉の発展を大きく妨げてきたのではないかと私は思っているんですね。

「お金のある人が寄付をすればいい」と思っていると、

寄付をもらいにいく時にどうしても企業やお金持ちの家に行ってしまいます。

ところがマザーはそうじゃないと言うのです。

「貧しい人、貧しさを知っている人たちから、

少しずつでいいから、その痛みを分かち合ってもらえるような

寄付の集め方をしてごらんなさい」と。 

<引用終了>

このマザーテレサの教えてくださったことは、

ブッダの教えの、「托鉢」と同じものです。

托鉢とは、笠をかぶったお坊さんが、家々を回ったり、道路の脇に立ち、 

手に鉢をもって、その中にお布施を頂くというものです。

ブッダは、托鉢に向かう弟子たちに、こう言いました。

お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って、托鉢をしてきなさいと。

弟子たちは、驚きました。 

「お金持ちの家から、お布施を頂くのではないのですか?」

ブッダは弟子たちに、こう言ったそうです。

貧しい人たちというのは、今まで、自分が貧しいと思って、

他人に対して、施しをしてこなかった人たちである。

それ故に、貧しさから抜け出すことができずにいる。

だから私たちが布施をいただきに行くのは、このような貧しい人たちを、 

その貧しさから救ってあげるためなのだから、貧しい人の家を回って来なさい。

托鉢に金額は関係ありません。

これも宇宙の法則  与えるものが、受け取るもの と同じです。

貧しさから抜け出す最初の一歩は、まず他人が喜ぶことを

自分から、先にすることなのかもしれません。

だから托鉢は、お坊様たちが自分たちで食べるものを

もらうために行う行為ではありません。

与えるものが受け取るもの 

この言葉が意味することはひとつ。

全ては、自分が与えることから始まるということ。 

これは、財産だけでなく、健康や、幸せもそうかもしれません。

・健康でない時

・いじめにあっている時

・家族で病気の方がいる時

・経済的に苦しい時 

人は、自分が幸せではないと思って、他人に対して、笑顔や、やさしさ、思いやりを

施してこなかったかもしれませんね。。 

ですが、これを機会に、

ちょっとだけ決意を新たにして、 

・不平不満、愚痴、悪口を口にせず

・人の幸福を喜び

・人の悲しみに、ともに涙し 

・日々の糧を与えてくださる神々に感謝し

・苦しみや、悲しみの出来事を起こし、魂を磨こうとしてくださる神々に感謝し

・ともに、笑い、泣いてくれる家族や友に感謝し 

一日を過ごしてみませんか 

きっと運命が良い方向に向かって回転していくと思います。


2025年7月9日水曜日

3948「仏心を見る」2025.7.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年07月01日の記事を紹介します。


「仏心を見る」


今日も大切な心のお話。大愚(たいぐ)についてです。

心の世界のお話は、奇跡や、目に見えない不思議な世界のことではないので

地味で人気がないですが、一番大切なことです。 

大愚と言えば,良寛さんや、西郷隆盛なども大愚と言われていました。 

人間の器が大きすぎて、些細なことにこだわる凡人から見たら、愚か者に見えたのです。 

人の粗探しや、欠点や、嫌だと思う所ばかり見ず、良いところだけみてあげれば、

その人は悪人から、善人、そして味方になってくれるというお話です。 

人の悪い所ばかり目に付く人がいます。

それを見て、イライラし、自分の心まで汚してしまう人です。 

人の嫌な面を見た時

・気にしない

一歩進んで、

・気にならない

更に魂が浄化され進化した人は

・気づかない 

そんな心のお話です。 

私たちどなたの心の中にも神さまがいらっしゃいます。

私にも、あなたにも、夫にも、子供にも・・

そして相手の心の内に、神様(良き心)だけを見ることができれば、

まさに今生きている、この世界において、全てが調和し、全てが幸せで、

みんなが笑って暮らせる、平和な世の中に変わることでしょう。

そして、生きながら、天国に住めるでしょう。。

また、私たちの心の中には神さまがいらっしゃると同時に、悪魔のような心も存在ます。

それを 

・仏心、

・鬼心 

と呼びます。

これはどんなに素晴らしく見える人でもそうですから、 

人を一面だけ観て判断することはできません。

自分で勝手に相手を理想化しておき、崇めたてまつっていた人の一瞬の鬼心を見た途端、

今までと正反対の、好きだった時と同じ強力なパワーで 

・憎しみの心、

・嫌悪の心が 

芽生えることもあります。 

表裏一体なのです。

さて、以前記事に書いたのですが、

良寛さんのお話に良い例がありますのでご紹介します。

<引用開始>

越後国(えちごのくに)(いまの新潟県)で生まれた良寛さんというお坊さんがいました。

生涯貧しい暮らしをしていましたが、その言葉は常に人を力づけ、

温かく、明るい気持ちにするものでした。 

だから、多くの人に慕われています。

そんななか、良寛さんを妬んでいた人がいました。 

村一番の嫌われ者だった渡し船の船頭で、大酒飲みの乱暴者。 

船頭は

「いつの日か良寛が自分の船に一人で乗ってきたら落としてやろう」と

考えていました。 

幸か不幸か、その日はすぐにやってきました。

そして、川の半ばまで船を出し、 

ゆらゆら揺らして良寛さんを船から落としてしまいます。

良寛さんは泳げません。

だから、おぼれかけて死にそうになる。 

船頭も殺すつもりはありませんから、

「もう、これくらいで勘弁してやるか」と良寛さんを引っ張り上げる。

すると、良寛さんはこう言いました。

「あなたは命の恩人だ。助けてくださってありがとう。このご恩は一生忘れません」

良寛さんだって、船頭が船を揺らしたのはわかっていたでしょう。

村の評判だって聞いていたはず。

なのに彼は助けてもらった、お礼の言葉しか口にしませんでした。

そして船頭は、その良寛さんの人を信じる気持ち。 

こんな自分でも信じて感謝してくれる気持に心が震え、 

その後、真人間になることを決意しました。

「太陽」のように争うことなく、問題を解決する。

それが良寛さんの相手の心に神さま(仏心)を見る「実践」でした。

<引用終了>

良寛さんの言葉はつねに人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。

だから、多くの人に慕われていたのだそうです。

そして、上の逸話では、良寛さんは相手の悪意を知ってはいても、 

それを攻め立てたりはしませんでした。

相手の鬼心を見ようとせず、仏心、神さまの心にだけ

スポットライトを当てて見ていたのでした。

だから「あなたは命の恩人だ。助けてくださってありがとう。 

このご恩は一生忘れません」という言葉が出たのですね。

その結果、悪意を持っていた船頭の心の良き部分に光が当たり、活性化され、 

船頭は真人間になることを決意することが出来たのです。

船頭の外見の行動は、人を船から落とすという乱暴なものでしたが、

良寛さんは相手の内に神様を見て、そこに意識を移し(フォーカスし)、

活性化させたのでした。

これは私たちの意識の科学です。

私たちが何か意識するだけで、そこにエネルギーが流れ込みます。

(私たちは本来、神さまと同じ力を持っていますから、神さまと同じことが起こるのです。)

例えば、人の悪いところが気になり意識していると、本当は小さな小さなことなのに、

過大に悪しきことが評価され、自分にはその悪い面しか見えなくなります。

相手も、そう思われていることに、無意識に気付いていますから、

自分のことを「悪」と観ている人の前では、「悪」、もしくはさらにパワーをもらい、

「極悪」としてふるまってしまうのです。 

その極悪人と言う役目を、私たちの無意識から受け取ったからです。

ですから、悪しきことには、意識を向けないことが大切なのです。

これを「悪」ではなく、どこか良いところを探し、相手の「良き心」を意識すれば、 

これと逆の現象が起こり、 その人は、天使のような慈悲の人となることでしょう。

ですから、私たちが、どの部分に意識を向けているか?

それはとても大切なことなのです。 

相手を一瞬で変えてしまうからです。

・自分に乱暴を働く者、

・悪口を言う者、

・敵対心を抱く者、

・嫉妬している者、

・ねたんでいる者、 

そんな人たちの内側の神様を見ることは、難しいことかもしれません。

ですが、そのような人たちも、家に帰れば、もしかしたら

・子供たちにとったら良い親かもしれません

・病気のご両親の世話をしている良き子供かもしれません

・旦那さまを愛する良き妻かもしれません

・子供を守ろうと、少し意識が過剰になったのかもしれません。

・出がけに旦那さまとケンカしてイライラしていたのかもしれません

・昔自分が失敗したのと同じような失敗を私たちがしたため、トラウマがよみがえったのかもしれません。

・子供のころ親に虐待されていたのかもしれません。

・つい最近リストラされたのかもしれません

・最近、大きな病気が見つかり不安心が心を覆っていたのかもしれません。

つまり、これらのことは相手の心の中の問題であり、

私たちには全く関係のないことです。

私たちが相手の状態(相手の喜怒哀楽)により、右往左往される必要はありません。

それが今、相手に起きているのは、

私たちとは全く関係ない理由で起こっているからです。

私たちができることは、私たちの心をいつも穏やかにしておくこと、

感謝の気持ちで満たしておくこと。

自分のことを「良き人」と見てくれる人に対し、自分のことを信頼してくれる人に対し、

自分に感謝してくれる人に対し、どのような極悪人であろうと、

善人にしかなれなくなるのです。

ですから、相手の内に神さまを見ること、仏心だけを見ること。

と言うことは非常に重要で、自分も相手も、

慈悲の人に変えてしまうほどのパワーがあるのです。

その後の私たちの生きる世界を天国に変えてしまいます。

私たちは、理不尽な相手の言葉や態度に怒るのではなく、まずは、相手の内にも

神様(仏心)がいらっしゃると信じてみて、それで相手の中に

何か良いところ(仏心)を見つけようとしてみる。 

それは、とても大切なことかもしれませんね。 

そしてもう一つ大切なこと。

誰かの悪口を、こそこそ隠れて、他の誰かに告げ口することは、

自らが仏心を見ずして、鬼心しか見ていないということと、 

更に、善意の誰か(告げ口した相手)に疑心暗鬼の毒、 

鬼心をクローズアップさせるという罪に繋がります。 

自分が見ている鬼心を、善意の誰かに押し付ける行為です。 

これは神さまの心とは程遠いものです。 

美しい心は、住む世界さえ美しいものに変えてしまいます。

どんな時も、相手の内に仏心を見つけ、

感謝の心で、人とのお付き合いをしたいものですね。

最後、良寛さんに戻ります。 

相手の悪い面(鬼心)を見ても「気にしない」

更に進んで「気にならない」

更に進化の進んだ人は、「気づかない」

つまり、自分の意識にすら上りません。

大愚であった良寛さんは、きっとこの境地まで達していたかもしれません。 

心がピュアで、子供のままの心、人を疑うことを知らない心、純真な瞳、 

周りにそんな人はいませんか?

きっと見つかると思います。

見た目は愚か者に見えるかもしれませんが、もっとも神に近い存在です。



2025年7月8日火曜日

3947「願いを叶える言霊」2025.7.8

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年06月30日の記事を紹介します。


「願いを叶える言霊」


山幸彦の神様としての意識を保持して生まれて来た小学生の神様トキ君が、

願いを叶える言葉を神様から教えていただいて、

それを実行し始めたそうです。(トキ君の場合、1日1万回だそうです) 

1日1万回、その言葉を唱えることで願いが叶ってしまうそうです。 

その言葉とは・・・ 

ありがとう 

その詳しい理由を私も以前記事にしていましたので再掲します。 

今日のテーマは「現象化する言葉」ということで、小林正観さんのお話を紹介します。

空也上人

<引用開始> 引用元


「言葉が現象化する」と言うと、多くの場合、誤解されている部分があるようです。

「こうなりたい。ああなりたいと口に出して言うと、それが実現する」という誤解です。

「言葉が現象化する」というのは、たとえば、神社仏閣に行って、

良縁祈願というものをお願いしたとします。

・いい人と出会わせてください。

・いい人と結婚したいのです。

・素敵な人と出会わせてください

と100回お願いをしたとします。

そうすると、その言葉をまた言いたくなるように現象化します。

つまり、いい人や素敵な人には、いつまでたってもなかなか出会わない、

という現象が起きるのです。 

同じように「商売繁盛をお願いします」と千回行ったとします。

千回それを言ったことによって、

また同じ言葉を千回言いたくなるように現象がセットされます。

言ったとおりの言葉をまた言いたくなるように、言った数と同じ数だけ

また言いたくなるように、宇宙では現象化が始まる・・・というものです。

聖書の中にこんな言葉があります。

「はじめに言葉ありき。

言葉は神とともにあり。言葉は神なりき」

「言葉は現象化する」という宇宙の大法則を、述べたもののような気がします。

これも、

その言葉を言ったら

その言葉が実現する、というものではないと思います。

「言葉が現象化する」というのは、

「その言葉をまた言いたくなるように、現象がセットされる」

というふうに、私の認識の中ではとらえられました。

これは神社仏閣に行ってお願いごとをする、そういうことを要求するということが、

ほとんど意味をなしていないということにもつながっています。

では「言葉が現象化する」、

つまり「その言った言葉を、また言いたくなるように現象がセットされる」のであれば、

最も効率の良い言葉は何でしょう。

たとえば「うれしい」という言葉を一年間に千回言ったとします。

そうすると、その「うれしい」という言葉を

また千回言いたくなるように、来年は現象がセットされます。

「楽しい」という言葉を二千回言ったとします。

その「楽しい」という言葉をまた二千回言いたくなるように、現象がセットされます。 

「幸せ」という言葉を年間三千回言ったとします。

その「幸せ」という言葉を年間三千回言いたくなるように、現象がセットされます。

一番効率の良い言葉は、

・ありがとう

・ありがとうございます です。

「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉を年間一万回言ったとします。

そうすると来年

・ありがとう

・ありがとうございます

という言葉を、また一万回言いたくなるような現象がセットされ、

次々に降ってくるのです。

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

という言葉を、何千回何万回と宇宙に向かって言ったとすると、

その言葉を同じ数だけ言いたくなるように、宇宙の現象がセットされます。

そして、

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

と言いたくなるような現象が降ってくるのですが、

それがどんなことであるのかは、わかりません。

だから楽しいのです。

おもしろいのです。

そして、ワクワクします。

ドキドキします。

このワクワク感、ドキドキ感というのは、

何にも代えがたい、おもしろさであり、楽しさです。

<引用終了>

 

これはまさに「波動の法則」そのものです。

自分の今、全宇宙に発振している、周波数(波)が、どこかの誰かに必ず、

共振現象を起こし、その波長にふさわしい現象や人を引き寄せる・・

そういうことです。

「何々してください」という祈り、願いは、

飢餓感、欠乏状況の波動を発信していることになります。

飢餓感、欠乏感のある人に受信され、増幅され、ますます、その状況が拡大して、

自分に戻ってくることでしょう。

ですから、「ありがとう」という感謝の心は、どんな時も、重要な役割を果たします。

「ありがとう」と感謝の心を持つ人には、感謝の心を持つ人が呼応し、

あたたかな人、現象、救援、救助の手が差し伸べられることでしょう。

それに対し、

・良い人と出会い、結婚さえできれば

・お金さえあれば、お金ができてから・・

・時間さえあれば

・病気さえ治れば

そのような、他人や、物に依存する心を持つ人、現状に不平不満を持つ人には、

同じ波長の人が、その波をキャッチして、周りに集まってくることでしょう。

ますます、同じ波長、現象が強化され、固定化してしまいます。

神々の恩寵は、人間の「感謝の心」を媒介にして、現象化するといわれます。

どんな状況かであろうと「ありがとう」と感謝の心を持つ人は、

同じ現実の中にあっても、神さまの光に包まれ、幸せな人生を送っていることでしょう。

それが、空海が教えてくだ会った「即身成仏」、つまり、生きている間に

・天国に住む

・地獄に住む

ということです。

生きながら地獄に住む人とは、常に心に

・不平不満

・愚痴

・悪口

・疑心暗鬼

の心を持つ人です。

生きている間に「地獄」に住んでいらっしゃる方は

亡くなったからと言って、天国に行くわけではありません。

心の状態そのものが、肉体亡き後に、自分の周りに現象化するからです。

逆に、同じ環境に置かれていようと、「ありがとう」の感謝の心を持つ人は、

亡くなった後、直接天国に直行し、あたたかな心の人たちに囲まれ、 

幸せな境遇に暮らすことでしょう。

それほど、心の在り方、、というのは大切なことです。

どんな時も、どんな境遇に置かれても

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

の心でいたいものですね。 

皆さんも是非、普段から「ありがとう」の言葉を連発して、幸せを掴んでください。 

きっと神様が願いを叶えてくださいます。