2025年10月24日金曜日

4055「霊障について」2025.10.24

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年10月05日の記事を紹介します。


「霊障について」


今日は霊障について書きたいと思います。

今回執筆した本の中にも「霊障」に関する話題はいくつか書いています。

霊障と一口に言っても生きている私達には、

・見えないし

・聞こえないし

ただ何となく、

・そう感じる

・そう思う

・不思議なことが連続して起こる

・不幸な出来事が連続する

など、ただ感覚として感じることしかできません。

従って、その現象の原因が見えない世界のものであっても

私達にはなかなか打つ手がないのが現状です。

打つ手がないまま、悩みや苦しみ、不幸がだらだらと続くことになります。

ではどうしたらよいのか?

何か止めるための方法はないのか?

・神社仏閣に出向き、お祓いをしてもらう

・霊能者と自称する人にお金を払って祓ってもらう

それぐらいしかないかもしれません。

ですが、よく考えてみてください。

そのような自分以外の何かに頼って、現実を変えようとすることは、

結局は自分では何もせず、他人に任せてしまう依存でしかありません。

そのような依存の心を神様は「善し」となさるでしょうか?

祓われた現象はもう二度と現れないでしょうか?

そんなことは決して無いと思います。

他人に依存して、お任せして、丸投げしただけで

自分では何もせず、

・生活態度も

・心の浄化も

変えることなく、今までと同じ態度のまま生活を続けていれば

すぐさま同じ波長を持った現象が復活してくるでしょう。

同じ波長を持った、悪意ある霊が近づいてくることでしょう。

では、  霊の世界の感度が無い私達に、何ができるでしょうか?

私達今を生きる現世の人間と、

黄泉の国(神さまの国、霊の国)の橋渡しをしてくださっているのは

普段私たちを霊的の意サポートしてくださっている

・ご先祖の方

・ガイド

・守護霊

など言い方は様々ですが、神様が仕組みとして橋渡ししてくださる方を、

側に付けてくださっています。

ですので見えない世界の「霊障」は、この方々のお力に頼るしかありません。

簡単な障りであれば、この方々が

・近づけないようにしてくださる

か、もし手におえなければ

・より力のある「祓い」のある神さまに取り次いでくださる

のどちらかでしょう。

これらは、

私達人間に、黄泉の世界の感知能力を神様は与えていませんから

このような黄泉の世界側からの問題は、

私たち人間には直接的に解決できず、

普段側近くにいらっしゃる方々の管轄内の問題と考えられます。

では、私たち人間側に何かできることがあるかと言えば、

もちろん重要なことがあります。

むしろ、その重要なことを介して、私たち自身が変わるように、促すために、

このような現象が現れることを、神様は許されているのですから・・・

では、私たちにできることについて説明します。

■第1に・・・・

そのような現象が起こっていることは一旦全部忘れ

 →意識を向けない現象にはエネルギーが供給されませんから、

  しばらくすれば自然消滅します

何もなかったように明るく振る舞い、

・ありがとうと

・笑顔を

すぐ側のご家族や周りの方々に、ふりまかれることをお勧めします。

 →この世界は波動の世界ですから、似合わないことは起こりません。

  明るい雰囲気の場所には暗くて陰湿な現象は似合いません。

  波長が合いません。波長が合わない者は、一緒に居ることができません

■第2に・・・・

また、こういった見えない世界のことは身近なところでは

ご先祖が、その役割を担ってくださいます。

先祖供養の神髄に関しては本にもわざわざ1章設けて書きましたが

このブログでも、何度も何度も説明しています。

是非その通りされることをお勧めします。

 →先祖供養の神髄は、日々の先祖に対する「ありがとう」の感謝の心です

このことを通じ、そば近くで見守ってくださる守護のご先祖が働きやすく

また私たちを護りやすくする狙いがあります。

また私たちの感謝の心は、私たちの心を愛の温かな光で満たし、

そのような悪意ある、暗くジメジメした悪霊とは波長が全く合わず

もう、離れていくしかありません

この第1、第2の方法は、私たち自身が変わるための方法です

従って

・自分では何もせず、

・何も変わろうとしないで、

・他人に丸投げの

・他人依存(依存心)ではありません。

これには永続性があります。

他人に丸投げの場合、すぐにまた同じ現象が現れてきますが、

自分が変われば、もう怖いものなしです。

以上のことが、私たち人間側にできることです。

この自分自身が変わる・・・

と言うことが、

この現象が現れるのを神様が許した唯一の理由です。

何か、霊的な障りを感じていらっしゃる方が居れば是非試してみてください。


2025年10月23日木曜日

4054「神々の望む生き方」2025.10.23

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年10月04日の記事を紹介します。


「神々の望む生き方」


イエスがゴルゴダで亡くなるまで、たった3年間でしたが、民衆に教えを説きました。 

その後、バチカンを中心に教会が作られ、宗教が作られましたが、 

イエス自身は、クリスチャンでもなかったし、宗教を起こそうとしたわけでは、ありません。

ただ、民度の低かった人々に、自分たちの内なる神さまの存在を説き、どうしたら、みんなが幸せに、笑顔で暮らしていけるか?

その方法を説いたのでした。 

イエスの最後の3年間、聖書を書いた弟子たちが、

様々なエピソードを、それぞれの視点から書きました。 

ヨハネなどは、その中でも、できるだけ、人々の心の中に、依存心を起こさせないよう、

他人や、奇跡に頼らないように、極力、奇跡に関する記述を排除しました。 

またイエス自身も、下記のようなことを仰いました。 

イエスの語る、全ての良きこと、そして行った奇跡は

イエス自身の力ではなく、全ては神さまから来ているのである

イエス、つまり自分自身は、全く無力であり、

単なる、その通り道、導管にすぎない。  

もし、誰かが、他人に頼ることなく、依存することなく、 

自分の内に居らっしゃる神さまと繋がりができたら、 

イエス以上に、奇跡を起こし、良きことをするでしょう。 

そのように、自ら表に出ることなく、謙虚に仰いました。 

イエスの説いた教えの中で「黄金律」と呼ばれるものがあります。 

大変シンプルなものです。 

そして、それこそが、 

・イエスが人々に教えたかったこと

・実践して欲しかったことのエッセンスです。

日々の暮らしの中で、私たちができる最善のことは、 

イエスの仰った「黄金律」の中で述べられています。 

イエスは、こう仰いました

 

人にしてもらいたいと思うことを、人にして差し上げなさい。

 

たったこれだけです。

とてもシンプルです。 

ですが、これがイエスが、最後の3年間に説いたことのエッセンスです。 

人が、何をして欲しいと願っているのか? 

・想像力を働かせる必要があります。

・人の気持ちに寄りそう必要があります。

もしかしたら、同じ悩み、苦しみを経験してきた人の方が、

相手の方の気持ちを理解し、寄りそえるかもしれません。

いままで成功し続け、身体が健康で、お金の不自由をしたこともない人には

相手の方に寄りそうこともできないかもしれません。  

気持ちを理解することもできないかもしれません。 

それだけでも、今私たちの置かれている 

・悲しみ、

・苦しみ 

の苦難の経験は、無駄ではなく、大切な経験であると言えます。 

中間世記憶のある子どもたちが言うように 

・両親

・容姿

・病気や健康、

・生きて行く境遇まで、 

生まれる前に神様とともに、自分で計画してきたのですから。。 

またブッダは、生老病死について深く思索し、

人間のさまざまな悩み、苦しみの原因について、 

そして、その解決方法について教えてくださっています。、 

その教えの真髄を、

現在でも、様々な場所で、唱えられる般若心経で教えてくださっています。 

人間が生きて行くなかで、様々な、悲しみや、苦しみが起きる。 

でも、それには一切、色が付いていない。 

色とは、

・良い

・悪い 

など、人間が判断し決めつけているものです。 

色が付いていないとは、、 

どんな現象も、良いも、悪いも無いのだよ・・ 

そうブッダは仰いました。

その起こってきた現象に、良いとか、悪いとかレッテルを貼り、

一喜一憂し、悩んだり苦しんだりすることが、

色を付け、ジャッジする人間の、悩み苦しみの原因になっているんだよと、 

般若心経で教えてくださいました。 

とは言っても、私たちは生身の人間、どうしても、感情が揺さぶられます。 

でも決して、それが悪いことではないのですが、 

いつまでも引きづり、不平不満、愚痴の種にしてしまうのが、いけないようです。 

産婦人科医 池川明先生の大規模な調査の結果、

小さな子供たちの 実に1/3に、

生まれる前の記憶、つまり中間世の記憶があるそうです。

(段々と薄らいでいくようですが) 

その記憶を持つ子供たちの証言に寄れば、健康な身体、病弱な身体・・ 

それらも生まれる前に、神さまと相談して、自分で申告してから、

生まれてくるそうです。 

つまり、その経験をすることによって、魂を進化させるためです。 

言いかえれば、感謝の気持ちを理解できるようにするためです。 

私たち人間は、健康であったり、豊かであると、

どうしても、その状態が、「当たり前」であり、

有難いことであるとは、全く思いません。

目の見えない友人(犬)のためにできること・・ 

ですが、病気になって見れば、健康だった時、どんなに幸せだったか・・

空腹で、飢餓状態の時に、一つの塩おにぎりが、どんなにおいしいことか? 

貧乏のどん底に落ちた時、100円玉、500円玉が、どんなに有難いか 

理解できます。 

今まで、「当たり前」で、「有難いこと」などと、思ってもいなかった状態が、

どんなに「有難く」、幸せな状態だったかが分かります。 

当たり前の状態に、感謝することができます。 

神道では、神々の恩寵は、誰にでも平等に注いでいるが、

それが実際に現れる人、現われない人の差が出るのは、

感謝の心が、あるかないか、そこに尽きると 言われます。 

ですから、人生で起こってくる様々な艱難苦難は、長い長いスパンで見れば、私たちに、

・本当の幸せとは何か?

・感謝の気持ちとは何か?

・お互いさまの気持ちとは何か?

・お陰さまの気持ちとは何か?

そして、そこから湧き起こってくる

周りの人々との、協調、調和、相互理解、助け合い、思いやり、 

そんな気持ちまで発展させてくれる、尊いものです。 

最後に、相田みつをさんの「仏の教え」についてご紹介して終わりにします。


「ほとけさまの教えとは

なんですか?」

ゆうびん屋さんが

困らないようにね 

手紙の宛名を分かりやすく

正確に書くことだよ

「なんだ、そんなあたりまえの

ことですか」

そうだよ

そのあたりまえのことを

こころをこめて

実行してゆくことだよ

イエスの黄金律と全く同じですね。

私たちは何か 

・特別な誰かに頼らなくても

・特別なことをしなくとも、

・特別な場所へ行かなくとも

・特別な能力などなくとも 

周りの方々を思いやり、助け合って、感謝の心で日々暮らしていくことが 

神々の本当に望んでいる姿のようです。


2025年10月22日水曜日

4053「青空ひろば」2025.10.22

今回は立花大敬さんの「大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」から最新の記事を紹介します。


1570 2025.09.28 ~ 1577 2025.10.08

<ロバート・モンローさんの用語集>

モンローさんはキリスト教的な、使い古されて、既成概念がこびりついた用語を嫌って、自ら新しい用語を創って、多次元の世界の実相を説明しておられます。その用語が独特で、なるほどと感心するものが多いので紹介してゆきます。

(参考文献)『究極の旅』(日本教文社)の巻末付録に「用語集」

◇『インターステート(Interstate)』

原義:州(ステート)と州を結ぶハイウェイ(高速道路)のこと。

モンローさんの用語では、ステート(state)=「意識状態」,インター(inter)=「相互に結ぶもの(ルート)」

<ある意識状態(state)から別の意識状態(state)に移行するための通路のこと>

横に結ぶインターステート(意識の水平移動→思いやり、他心通),縦に結ぶインターステート(意識の上下移動→天の浮き橋)がある。


◇『IT(I-Thereの略語)』

「there」は、「話し手の縄張りの外に」というのが、もともとの意味。

モンローさんの用語では、「私(自我)の縄張り(囲い、殻)の外の『私』」→道元さんの「他己(他と現れている私)」

<地上次元のI(自我の私)の外側に存在するI(私)→縦には多層次元のI(「ヒトの逆円錐多層モデル」)、横には「過去世の私」や「現世の私の分身たち(類魂)」も含む。世界中のすべての存在も実は「私」。


◇『INSPEC(インスペック)(Intelligent Species(知的な種族)の略語)』

モンローさんの用語:<人類以外の、人種とは別の生命体で、人種以上に知的能力が優れた生命体>、しかし、後年、このインスペックは、実はI-There であった。つまり、「高次元の私」であったということが判明する→外側のものとしか見えなかったものが、実は内側のものであった→魂の進化は必ず、このように、「<私>の領域の拡大」という方向に進む→最終的には、ヒトも生類も自然環境も、すべて「私」であったんだと悟ることになる(その時が地球次元における魂の進化のゴール)


◇『IT-cluster(IT集合体)』

「IT」=「私(自我)の外側に存在する『私』」、「cluster(クラスター)」=「果実(ぶどう)などの房、かたまり、群れ」

モンローさんの用語:<「自我の私」の外側にも「I(私)」は多数存在している。現世の「私」の分身(類魂)、過去世の「私」、多層世界の「私」、それらをひとかたまり(ブドウの房のイメージ)にして「IT-cluster」と呼ぶ>(


◇『EXCOM(エクスコム)→Executive Committee(執行委員会)」の略語)』

モンローさんの用語では、<ブドウの一粒、一粒にあたるのが、それぞれの「私」。それら多数の実は蔓(つる)によってひとまとまりになって養われ、生み出されている。その「蔓」にあたるのが、「エクスコム」である>

<「エクスコム」の役割:すべての「私」を養い、生み育てている。すべての「私」を統括管理している。各「私」の行動や思いが刻々「エクスコム」に届けられ、「エクスコム」が、「私」を進化のゴール(分離→融合一体化)へと導く> 「高天原に 神留ります…八百萬の神等を 神集へに集へ賜ひ 神議りに議り賜ひて」(大祓詞)


◇『アップリンク(Uplink)』

 アップリンクはネットワーク用語。地上局から通信衛星へと上に向かう(up)回線(link)のことを言う。

モンローさんの用語:<すべてのI(私)から、上に向かって最終的には「エクスコム」に集約される回線。すべてのI(私)のカラダと意識状態の情報が刻々伝送されてゆきつつある。それらの情報をもとにして、「エクスコム」によって、次の政策が決定され、今度は「ダウンリンク」を通って、すべてのI(私)にどう振る舞うべきかが伝えられている>


◇『クイック・スイッチ(Quick-switch)』

「switch」は、「変更、転換」,「Quick」は、「速やかな」

モンローさんの用語:<意識をある状態から別の状態へと速やかに移動させる方法>

<人間の意識を、時空の制約を超えて、ある場所から別の場所へすばやく移動させる手法。自分の意識をとらえて、ゴムひものように、目的地に向かって伸ばす。そこで放してやれば、一瞬で新しい場所に到着している。これは、肉体からフォーカスが外れた意識状態で始める必要があり、練習を要する」>


◇『孔(Aperture)』    

<地球次元の世界を創り、私たちを生み出した「全体(ひとついのち)」の「出口」。また、私たちが進化を完成して、地球次元から旅立つ際の「出発ゲート(入り口)」でもある>。「全体」から地球次元の世界に降りて散らばり、さまざまな体験を積んで、大きくなって「全体」に復帰する。その時のゲート。(完)


1567 2025.09.24  ~ 1569 2025.09.27

<お経称えの質問>

次のような質問が届きました。

お仲間の皆さんの「お経称え」の実践の参考になると思うので、質問と大敬の回答を紹介しておきます。

以下が質問です。

立花太敬様の「延命十句観音経」をお祈りして、友人のガンがほぼ完治しました。

うれしい限りです。ありがとうございました。

立花様に2,3,お伺いしたく一筆差し上げました。

(質問1)一つの願いが結びを迎えた時の何か作法はありますか?

(大敬の回答)

お願いが成就した時は、感謝の気持ちを神社やお寺に参拝して届けます。

出来れば、正式参拝して、僧侶や神官の方にお願いして、感謝の気持ちを神仏に伝えて頂いた方がいいです。

延命十句観音経で成就した場合は、最寄りの観音さまのお寺、天神様の神社にお参りします。白隠禅師ゆかりの禅寺(臨済宗)が近辺にあれば、そこにもお参りしてください。

正式参拝出来ない寺社であれば、お賽銭をはずんでください。


(質問2)また新たに願いことを始めるときの作法もありますか?

(大敬の回答)

大敬は、新しい願いのお経の称えはじめには、「これから、〇〇さんのために、これこれの願いで、延命十句観音経を三千回称えます。よろしくお願いします」と挨拶します。

しかし、成就が困難そうな願いであれば、やはり正式参拝して、神仏に願いを届けてもらった方がいいです。

寺社に足を運ぶ事が、願いの成就に向かって進んでいることに繋がりますし、お金を「払う」ことが、「祓い」に繋がります。


(質問3)さらに切羽詰まった人を救うのに一度に複数の願い事をお願いするのはできませんよね。あまりにも切羽詰まった人が多く悩みます。

(大敬の回答)

自分の力で救うというのであれば、一度に1つの願いを叶えるのが精一杯でしょうが、自分の力で叶うのではなく、神仏が救って下さるのだ。自分は苦しんでいる人と神仏をつなぐ役割を果たしているにすぎないのだ、ということが分かってきて、「力み」が抜けてくれば、願いをいくら神仏に届けても大丈夫です。大敬はお仲間が増えてきたので、皆さんのしあわせのために、いつも5つほどの願いを神仏の届けて、お経を称えています。

以上です。お経称えで願いが叶うようになると、自信がついて、ますます「お経力」が発揮されるようになります。

苦しんでいる人のためにお経を称えてあげることは、とても大きな「徳」を積むことになります。ぜひ、これからも神仏が地上世界で働かれる地上拠点としての役割を、誠実に、謙虚に、努めてください。


1566 2025.09.23 

<心のゴムひも法がうまく使えないのはナゼ?>

① 目標がグラグラしている

② 心の性能(弾力)が弱い

(弾力がなくなるのは?)・冷たい心 ・暗い心 ・グズグズ心、クヨクヨ心 ・狭い心 ・徳がない心(「徳」とは心が持つ、想いを実現するためのエネルギー量のこと)

③ ブロックの思い→出来ない理由を数え上げるようなことはしない。「心の能力」を信頼する。

④ 重い心→心の中に抱え込んでいるモノが多い。

⑤ 「心のゴール→形のゴール」という心の自動性を信じられない→「願うこと、すでに得たりと信ぜよ」。完了形で念じるのが難しければ、進行形で。運ばれてゆきつつあるというイメージ(感謝)

⑥ 「今・ココ」にイノチの重心が座っていない(引き摺り女、腰掛男)⑦ 神仏の心のゴムひもが働いている方向と違う方向の願いは叶いにくい。→「神流ら」


1565 2025.09.22

<神武天皇の「ウツシ(移し)・イワイ(結い)」の神事>

香具山の土を部下に持ち帰らせ、土器を作って供物を入れて、タカミムスビ(高次元の身のムスビ力を持つ神様)をお祀りして、大和の国魂の心のゴムひもと神武天皇の心のゴムひもを結う(ゆわう)→心のゴムひもの弾性力で大和の国に入ることが出来た→高校球児が「甲子園の土」を持ち帰るのは、本能的に「ウツシ・イワイの神事」を行っている。


2025年10月21日火曜日

4052「この世に使命をもって生まれてきた」2025.10.21

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年10月03日の記事を紹介します。


「この世に使命をもって生まれてきた」


今日は不思議系のお話です。眉に唾を付けてお読みください。

しかし、私の信頼する元聖心女子大学教授で、

シスターの鈴木秀子さんのお話ですので、真実のお話だと信じています。 

<引用開始> 引用元 

 

鈴木秀子教授はご自身が翻訳された「死んで私が体験したこと」の著書に、

ネイティブ・アメリカンの母とアイルランド系の父の間に生まれたベティー・イーディーという女性の体験を挙げられています。

ベティー・イーディーは31歳のとき子宮摘出の手術を受ける

      ↓

術後に大量の出血をして、一度死を経験する 

数時間だれもその状況に気づいていなかった 

担当医はベティーは間違いなく死んでいたことを認めている 

        ↓

死んだベティーは、自分の身体から抜け出るという「幽体離脱」をし、

自分の肉体を高いところから眺めていた。

      ↓

その後、生前7人の子どもと夫を残して死ねないと思っていたので、 

家族のいる自分の家に行くと、夫も子どもたちも快適そうに過ごしているのを見る。 

その姿を見ているベティーの心の中に、

それぞれの家族の将来の予告編が映し出された。 

そして・・・自分がいなくても、

みな自分なりの、価値ある人生を歩んでいくことを知り、 

気がかりだった家族のことが心配ないと確認したベティーは、

ほっとして、この世から旅立つ。

      ↓

ベティーは真っ暗のトンネルを超高速で進んでいく。

 

      ↓

そのうち、とてつもなくまばゆい光が近づいてきた。

      ↓

そして、愛の光を放つキリストを見た。 

(これは、あの世の計らいであることが、江原啓之氏、飯田史彦教授、坂本政道氏などの書籍で説明されています。日本人がよく見る三途の川やお花畑も同じ現象で、「死してあの世に戻って来た魂」を安らがせるため)

      ↓

ベティーは「ここが、私の本当の故郷なんだ」と確信した。 

そこで、あの世で教えてもらったこととして・・・

・この世に生まれようとする魂が、自分で一生のプランを立て、使命を負い、

受胎した胎児の中に宿るということ 

・幼くして死ぬというプランもある

・障害をもって生まれてくるというプランもある

・辛い人生を歩むというプランもある

このような一見不遇そうに見えるプランが、自分と周囲の人を成長させるために必要だと判断するからこそ、そのようなプランを立てて生まれてくる。

この世界へ来て問われることは「愛をもって生きてきたか?」だけである。 

そこ(トンネルを通過するとき、あるいは光に包まれるとき)では、人生の場面が映画のシーンのように映し出される。

(この経験をする人が多いのも臨死体験の特徴) 

それぞれのシーンでは、自分の気持ちだけでなく、そのシーンにいる他の人々の気持ちも、自分の気持ちのようによく分かる。 

※これも、福島大学 飯田史彦教授「生きがいの創造」でも語られています。 

この人を悲しませた →後悔の念を抱く

この人は私を心から大切に思ってくれていたのだ →感謝の念を抱く など

そしていずれの場面でも、「愛の大切さ」を強く認識すると、

鈴木秀子教授は述べられています。

そして・・・このことから、鈴木秀子教授は、

「この世に生を享けたものはすべて、それぞれのすばらしい使命をもつ存在」

であると述べられています。 

たとえ凶悪な犯罪者でさえ、この世に使命をもって生まれてきた存在なのです

とも述べています。

      ↓

ベティーは、まだこの世での使命を果たしていないという理由で、再びこの世に送り返されます。 

本人は「もうあんな不完全で、労苦と不安に満ちた世界(この世)へは帰りたくない」と必死に抵抗しますが、泣く泣くこの世に帰ってきたそうです。

鈴木秀子教授は

「わたしは自ら臨死体験をした経験から、たぶんペティー・イーディーが体験し、

さまざまなものを見聞きしたのは、死後の世界だったのだろうと思っています。」

と述べられています。

<引用終了>

臨死体験したベティは、子供たちのことが心配で、意識を子供たちに向けた途端、

子供たちの傍にいました。 

そして自分がいなくても、みな自分なりの価値ある人生を歩んでいくことを知ります。 

つまり、例え親子であろうと、子供には子供の人生があり、親が早くに亡くなることも、

それによって人生が変わり、本来の予定していた道に進むことも決まっていたことです。

ですので、子供であろうと、まったく別個の魂であり、

親であろうと、その子の人生に介入することはできません。 

それぞれが、自分の内なる神様に守られて人生を進んで行きます。 

またベティが、あちらの世界で教えてもらったこと・・・

自分で一生のプランを立て、使命を負い、受胎した胎児の中に宿る、とは、まるっきり、

出生前記憶、中間世記憶を持つ子供たちが語ったことと同じです。 

このように、思いもしない、いろんな所から、今、真実であろうことが私たちに突きつけられています。

勇気を持って、自分の知っていること、自分の経験したことを語る人も増えてきました。

その真実であろうと思われる中には

・私たちが生まれて来た目的

・人生で起こる様々な出来事の意味

・人と人との繋がり

・人と宇宙の繋がり

・人と神様との繋がり 

など、様々なことが含まれています。 

これらは、全て、敗戦後に、二度と歯向かえないように、日本人の精神的支柱を破壊するために取られた

・教育政策、

・3Sに見られる愚民化政策 

によって否定されてきたことです。 

ですが、戦後80年経ち、真実に気付き始めた人々が、少しずつ現われてきました。 

いにしえの日本人が持っていたDNA

・古き良き心

・全てのものに神さまを見出す謙虚さ

・全てを敬い、大切にする心 

思い出していきたいものですね。


2025年10月20日月曜日

4051「日本の時代の到来」2025.10.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年10月02日の記事を紹介します。


「日本の時代の到来」


今年度に入り、日本のあちこちからレインボーチルドレンの子供たちが

その存在を示し始めました。

地球よりはるかに文明も科学も進んだ星から来た彼らは、

一様に、まずは日本を変えることから地球を変える・・ 

と言うような言い方をしています。 そして、感謝の心の大切さも説いています。 

かなり動きが活発化して来ていますので

私の方もそれに呼応して少しスタンスを変えていこうと思っています。

さて今日のテーマです。 

大正時代に日本を訪問したアインシュタインは、日本についてこう言っています。

科学の発達によって、外国はみんな武器を争って作って、お互いに戦争をやるだろう。

そして、最後に疲れ果てるだろう。

その時に本当の人生に目覚めるときが来るだろう。

それをするのが日本人である。

日本人の生き方というのは、人間の本当の生き方である。

そして、この日本列島にこういう日本人を造ってくださった神さまに、心から感謝する。

以上 引用終わり。

自然科学の研究も、究極までいくと、全ての真理に通じるところまで到達するのかもしれません。

アインシュタインの言う「日本人の生き方」とは、

大和心(やまとごころ)を持つ日本人の生き方のことです。 

残念ながら明治維新の時の世界金融資本の影響と、敗戦後の愚民化政策により、

表向き、日本人の大和心は抹殺されたかに見えますが、神々が何万年もの年月をかけ、

この日本列島と言う地政学的な有利な環境のもと、
 
はぐくんできたDNAは、そう簡単に無に帰すことはないでしょう。 
 

ブッダの予言した 日本=ジャプトーバー、3千年王国のきっかけを作る国のお話と全く同じですね。

また山幸彦の神様の意識のまま生まれて来た、小学生の神様トキ君も、 

今、日本に沢山の神様が転生してきているそうです。 

さて日本人の古き良き心、大和心(やまとごころ)に対する意識・心として、 

漢意(からごころ)と言うものがあります。 

西洋的な合理主義、善か悪かの完全なる二元論、

自然は人間の便利のために征服すべきもの と言う思想です。

クラリオン星人の小学生そうた君も、この単語こそ使っていませんが

日本・世界は、今まさにこの「からごころ」に席巻(せっけん)される瀬戸際とのこと。

私達平凡な一般人も、心のどこかで、

この2つのパワーのせめぎ合いを感じているのかもしれません。

日本人は、そのDNAに優れた特質を持っています。 

例えば、日本人が働くというと、

「はた(周りの人)」を「らく(楽にする。楽しませる)」にするという意味を無意識のうちに持っています。 

日本では本来、働くというのは、労働とかお金儲けという意味ではなく、

周りの人を楽にして、幸せにするという意味を持たせています。
 
決してお金の対価として、いやいやながら労働しているのではありません。

これは日本人だけが持つ心の持ちようのようです。

西洋社会では、働くとは契約を交わし、 

決められた範囲の中で労働力や、自分の時間を使い、その代わりにお金をもらう。。 

という契約が重要な役割を持っています。 

また労働は、天から罰を与えられているという発想です。 
 
旧約聖書 契約の箱(失われたアーク)

そこには、

・相手を楽にしてあげよう。

・楽しませてあげよう。 

などの気持ちは入りづらいようです。 

世界的なチェーンであるマクドナルドなども

「笑顔は0円」、笑顔での応対もマニュアル化されているようです。 

こんなことがあったそうです。 

海外の飛行機で旅行中の方がいらして、

CAによるコーヒーのドリンクサ-ビスがあったそうです。
 
運悪く、コーヒーを注ごうとした途端、乱気流で

熱いコーヒーをお客様の洋服、ズボンにこぼし、散々なことがあったそうです。

お客様も慌てますが、その当のCAは、

「これは、私の仕事ではありません」そう言うと、 

ズボンや洋服を拭くこともせず、奥に戻ってしまったのだそうです。 

確かに、乱気流によって起きたアクシデントの対処までは

契約条件になかったかもしれません。 

ですが、これがもし、古き良き日本の心を残しているCAであったなら、

きっと、親身になり、お客様の気持ちに共感し、

何らかの対処を一緒にしてくれたことでしょう。 

また別のお話になりますが、 かつて、日本国内で、共産主義を進めるために

階級闘争を行おうとした有名な工作員のアルベール・トーマはこう言っています。 

「日本では家族制度が強固なため階級闘争、

つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常に困難である。
 
何故ならば、労働者は失業しても労働運動などする必要はない。

家族が暖かく迎え入れてくれるからである。 

この家族制度をなんとか破壊しない限り、

日本へ階級闘争を持ち込むことは難しい」 
  

まさに、つつましくとも助け合って生きていた、

日本の家族の良さが分かるエピソードです。 

江戸時代などでは、沢山の親無し子が巷に溢れていましたが、

おおらかな江戸の人々は、受け入れて、みんなで食べさせ、育てていました。 

もっとも日本人が、世界の中でも美徳にとみ、自然を敬い、家族を大事にし、

みんなで仲良く共存共栄し生活していた時代。

それが縄文の時代でした。
 
以前、「ジャプトーバーの時代の始まり」 の記事でも書きましたが、

ブッダが生前、日本の時代の到来を予見していました。 

インドのはるか東方にジャプトーバーという国があって、

その国で自分の教えや考え方が正しく理解されなおす‥‥。  

世界の歴史は、800年ごとの周期で、西洋文明、東洋文明の入れ替わりを行っています。 

これは正確で、過去に一度も外れたことがないのだそうです。

イギリスが覇権国であった時代、

東洋諸国は、西洋列強の前になすすべもなく植民地化が推し進められ

非常に貧困の状態に置かれました。 
  

その次の覇権国がアメリカ。 

ドルが基軸通貨となりいくら借金をして、

未来の栄華を先取りしようと、平気な状態になりました。

西洋の栄華の時代は、ここへ来て、

800年周期の変わり目の時期を迎えています。 

次は、中国と誰もが考えていましたが、

今回の神々による建て替え(破壊)によって、様相が変わってきました。 

今の日本は、戦後の占領政策によって、古き良き日本の心、文化は破壊されました。 

拝金主義に陥り、自由は過度に追求され、

自然を慈しみ、そして敬う畏敬の念は消えてしまいました。 

私たちの心を律していた道徳や、良心は軽視され、

人々は無気力になり、美しい利他の精神や、他人を敬う義理も消えてしまいました。 

ですが今、神々の起こした、大きな建て替え(破壊)が、

私たちの古き良きDNAを目覚めさせようとしています。 

今の日本は世界から見れば、経済3流、政治4流と揶揄されています。 

従って建て替えが終わり、人々の手による建て直しが始まった時、

日本は、経済的に世界に覇権を誇示することはないでしょうが、 

眠っている縄文のDNAを思い出したとき、

きっと、世界を精神的にリードする国になっていることでしょう。 

それがまさにブッダが生前予言していた

ジャプトーバーの近未来の姿なのかもしれません。
  

2025年10月19日日曜日

4050「順番待ちの地球」2025.10.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年10月01日の記事を紹介します。


「順番待ちの地球」


複数のレインボーチルドレンのお話では、 

私たちは、この地球で肉体を持っている時だけ、

「感情」を感じ、経験することができるのだそうです。

つまり、感情とは肉体に付随するものと言うことです。 

感情とは

ものごとや対象に対して抱く気持ちのこと。

喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖などがあります。 

私たちは、天国つまり

感情の無い世界から、この地球に魂が転生してきました。 

その前は、オリオンとかシリウスとか、プレアデスとか、

どこか別の星団に居たのかもしれません。 

この地球の3次元世界、つまり物質的な次元の世界で、

肉体を持つと同時に、それに付随して「感情」を経験することになります。

私達魂は、肉体をまとい、感情を経験することで、 

魂にとって一気に沢山の経験値を積むことができます。

プレアデス 

オリオン 

シリウス

ですので地球転生希望者は、物凄く沢山いるのだとか。 

中でも、日本での転生待ちの魂は群を抜いて多いそうです。

それは、どうしてかと言うと

日本語固有の「ありがとう」という言霊が存在しているからです。 

「ありがとう」の言霊を発すると、

その人の固有振動数が、グンと上昇するのだそうです。 

つまり、その瞬間、神様に近づける・・と言うことです。 

そして、各魂が、どのような事を経験したいかによって、

この地球での体験があらかじめ決められます。 

・生きる、死ぬ

・健康、病気

・富む時、貧困の時

・出会い、分かれ

・苦しみ、楽しみ

・悲しみ、喜び

これらは、全て、したい経験のための

単なる舞台装置でしかありません。 

その舞台に没頭し、

それによって味わう「感情」を経験するためのものです。 

ですから、

いろんな人との出会いや、別れ

いろんな逆境 順境も、 

地球での一時の間の経験に

美しい色どりを添えてくれるものです。 

そのことによって、魂は傷つかないし、 

天に戻れば、その意味もしっかりと理解することができます。 

今 目の前に 現れてくれている人との

・喜怒哀楽

・憎しみ、蔑み、意地悪

・愛、友情

いろんなドラマを演じなければ、 

大変もったいないことになります。

天に戻った時、これら全ての経験が、

良いことも悪いことも、私たちの永遠の魂にとっては、

ダイヤモンドのように貴重な体験となるからです。 

人生に設定してきた様々な出来事、事件、

それらを通じ、私たちの魂は磨かれ、輝きを増します。 

そして

ありがとう、 

この言霊は、全ての出来事に、

美しき神々の息吹を吹き込んでくれます。 

どのように 

・苦しく

・悲しく

・辛く

・悔しい 

環境に置かれようと、

神々はしっかりと側で見てくださっています。 

そういう逆境の時こそ、

是非「ありがとう」の言霊を使ってみてください。 

その瞬間、ご自身の波動が一気に上がり、

新しい展開が開けてくるはずです。


2025年10月18日土曜日

4049「地球に生まれる」2025.10.18

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2025年09月30日の記事を紹介します。


「地球に生まれる」


私たちの生命(魂)は、創造の源である宇宙神から別れ、

様々な星雲・星ぼしを旅し、沢山の経験を積み、未知なるものだったものを、

既知のものとしながら、今現在は地球に生まれています。 

地球は「制約の星」と言われ、思ったことが直ぐには実現しないし、

・肉体的な制約、

・空間的な制約、

・時間的な制約

など様々な制約に囲まれていますが、 その分、他の星では経験できないような、

濃密な経験をすることができるのだそうです。 

何より肉体をまとうことで、感情を味わうことができます。

魂だけの状態では「感情」の概念さえありません。 

また高度に進化した地球外知的生命体には、

感情を捨てた種族も存在するそうです(クラリオン星など)。 

数十億年後に予測されている天の川銀河とアンドロメダ銀河の衝突
 

そしてもう一つ大きな特徴が、地球には多種多様な銀河から

様々な生命体が集まって来ているのだそうです。

まさに玉石混交状態ですから、価値観も様々です。 

私たちは、とかく、少しでも自分と異なる価値観を持った人に対し、 

無意識の内に苦手意識が生じ、心にバリアを張ってしまいます。

まだ魂の経験が少ない場合には、

・無視し

・悪口、陰口を言い

・攻撃してしまいます。

それも無意識の内に行われます。  

悪気はないのです。 

ですが、「地球とは、そのような環境である」と知った上で、

神さまから肉体を授けて頂き、経験を積んでいるのですから、

仲良くとまではいかなくとも、せめて、無視せずに、相手の価値観、物の考え方も許し、

「そのままでも、いいんだよ」と、心の中で言って差し上げたいものですね。

宇宙では、良いも悪いもないし、全ては受け入れられています。 

ただ自分と波長が合うか、合わないか。。 その違いしかありません。 

さて、地球のそのような環境を知った上で、

私たちは、ある目的を持って生まれてきました。

その目的は、人 様々です。

そして生きている間は、その目的を知ることができません。

日々の暮らしの中で、起こってくる様々な出来事、人との出会いと、別れ・・ 

そのような人生のうねりと流れの中で、自然と、生まれて来た目的の方向に流されて、 

あえて言うならば、「やらされる羽目」になったことが、自分の生まれて来た目的に、

自然となっていることが、ほとんどであるようです。

常に見守ってくださるご先祖などの存在が、私たちの人生のタイムラインの要所要所に、

次へとつながる出来事を置いてくださっているからです。 

ですが、その流れを強力に阻害するものがあります。

それは、自分の魂の意思と、自分の肉体に付随する意思が一致しない時です。 

それは、「自分で、自分が嫌い」な時によく起こります。

ここで小林正観さんのお話をご紹介します。 

<転載開始> 転載元

昔は人生相談をたくさん受けていました。

その中には「毎日がむなしい」という方がいました。

仕事で言うと、 

・毎日がむなしい

・同じことの繰り返しで楽しくない

・やめようと思う 

との内容が多いのですが、私はそういうとき、この質問をしてきました。

「あなたは 自分で自分のこと が好きですか」 

多くの人は、まずびっくりします。

そして考えます。 

多くの場合、「私は私が嫌いです」との答えです。

「どうしたら自分で自分を好きになるんでしょう」

実はそこにこそ、日常生活のなかの、むなしさと縁を切る方法があるのです。 

結論的には、馬鹿なことをたくさんすること。 

「馬鹿なこと」というのは

(金銭的・経済的に)全く、あるいはほとんどプラスにならないこと、です。 

たとえば、会社に30分早く行く。 

そのときに自分のお金でバラを1本買って飾る。 

人の机でなく、自分の机でいいのです。 

自分のために自分のお金で机に花を飾るわけ。 

あるいは、廊下に落ちている紙くずを、歩くついでに拾い、

近くのくずかごまで持っていって捨てる。 

トイレ掃除も有効です。 

こういう提案をすると、必ずこういう言葉が帰ってきます。 

「花は会社の費用で買うことになっており、

私が買っていかなくてもちゃんと飾られてます」

「廊下やトイレの掃除は、掃除のおばさんがやることになっています」 

その答えをしているうちは、自分で自分を好きになることはまずないでしょう。 

「一銭にもならないことをどれだけできるか、するか」が、

自分で自分を好きになるポイント。

馬鹿なこと、一銭にもならないこと、誰からも評価されないことを、

一生懸命やってみてください。 

そいう馬鹿なことをしている自分が、いつの間にか

とてもかわいらしく、いとおしく、思えてきます。 

「自分で自分を好き」になってきます。 

「馬鹿な奴だ」と思いながら、でも自分の心に温かいものを感じるはず。 

「自分で自分を嫌い」なら、それは「仕事」の問題ではなく、

あなたの生き方の問題です。 

「嫌い」な自分をどこに連れていっても、

どこに勤めさせても、どんな職業を選んでも、「むなしい」だけです。 

仕事の内容や待遇の問題ではありません。 

一銭にもならないことや馬鹿なことを、たくさんするのはいいのですが、 

「自己満足」の心も50%は必要です。 

自分の生活を犠牲にしてまで「人のために尽くす」のは勧められません。 

・人のためにする

・人に喜んでもらう

が50%、そして

・それで自分も楽しく嬉しい

50%というのが、最も健康で、長続きするような気がします。 

70対30だと辛くて自己嫌悪ですし、

30対70だと自分中心のエゴイストに思えて、またまた自己嫌悪です。 

もちろん、自分の心のありようが変わると、

人が「どうしてあんなに人のために自分を犠牲にするんだろう」と思っても、 

自分は満足で楽しく、幸せに思いつつ生きることができます。 

「人のために」しているのではなく、 

・自分が楽しいから

・幸せだから

・嬉しいから

したい、と思えるようになるのです。 

<転載終了>

自分で自分のことが好きになること。 

その事が、自分の魂に正直になり、魂と精神と、肉体を一直線に整列させてくれる、 

非常に有効な方法です。 

私も、昔は自分のことがあまり好きではありませんでした。 

でも、肉体的なハンデを背負ったり、経済的に追い詰められたり、 

様々な試練、逆境、理不尽とも思える環境にさらされて 

・神々の意思、

・人間の魂、

・お陰さま、

・お互いさまの心

・人々の中の自分

・生かされている命 

そのようなことに考えが、少しだけ及ぶようになりました。

そうしたらですね、

社会的な成功者とは程遠いし、

地位や名誉もないのに・・ 

自分のことが許せて、少し好きになってきました。  

皆さんも、ご自分を許し、好きになれるとよいですね。