2022年12月18日日曜日

2914「連鎖する虐待」2022.12.18

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2022年12月02日「連鎖する虐待」と2022年12月05日「冥界からの電話」の2つの記事を紹介します。


「連鎖する虐待」

今日は、子供たちに対する「虐待」に関する記事です。 

以前掲載したこともあったのですが、最近また、いろんなところで、虐待や、その世代間連鎖に関して、多くの事件が起こっています。 

今、やっと地球は、神々の計画通り、「建て替え、建て直し」の時期に入ったと言われています。 

新しい「精神性の復活の時代」が幕開けるために、神々による、「建て替え」が始まっています。 

建て替えとは、要するに古い価値観の「破壊の時」です。

「破壊」された後、この地球で、新たな価値観、 

破壊の時を経て、人間の精神が大切にされる時代を築くのは私たち人間による「立て直し」です。 

昭和初期、霊的巨人、出口王仁三郎が、予言を残し、今まさに、その予言のように進んでいます。 

今日のテーマ、虐待の問題は、どうしても世代間連鎖しがちです。 

子供のころ、心の傷として残り、大人になった後、自分でも知らぬ間に、

子供に自分が受けた虐待と同じことをしがちです。

気づいて反省しても無意識のうちに、意識の条件反射が起き、

無意識のうちに、体が勝手に暴力をふるうようです。 

建て替え立て直しの時期に当たり、こういった心の問題が、数多く、あぶりだされ、表面に出てきているようです。 

ですが、表面化したということと、人々の意識の中に、それが心の問題であると認識されたということは、矯正するチャンスかもしれません。 

臭い物に蓋をするのではなく、正面から向き合い、来たる「精神性の復活の時代」に備えたいものです。 

それでは、加筆して再掲いたします。

 

中間世記憶、つまり生まれる前に天国に居た時の記憶を持つお子さんが、

かなりの割合いらっしゃいます。

その中で、虐待の家系に生まれたある小学生は、次のように話しています。 

「それも承知で生まれてくるの。お母さんが成長するまで、何度でも同じことを言いに来るんだよ」

子供を虐待する性質は、比較的世代間連鎖が起きやすいものです。 

今日は、その連鎖を、あえて困難な中に身を置いて断ち切ろうとする、高貴な魂のお話です。

親に虐待を受けて育った子供は、無意識の内に自分の子供に対して虐待を繰り返すことが多いようです。

虐待と言っても、暴力だけでなく育児放棄(ネグレクト)や、いわゆる「毒親」と呼ばれる子供に対し過干渉で、子供が大人になっても無意識の内にコントロールし、「心配だ、まだ子供だ、可哀そうだ」という言い訳のもとに、いつまでも子供を自分の支配下に置いておこうとする親も同じです。

それでは、産婦人科医で、中間世記憶の研究を永い間されてきた池川明先生のお話をご紹介します。

<転載開始> 転載元 


何のために生まれてきたかを語る上で避けられないのが、今や大変な社会問題となっている虐待です。

よく、「赤ちゃんは親を選んできたというけれども、虐待される子どもも、そういう親を選んできたのですか?」と聞かれます。

そうだとしたら、あまりにも切ないことです。

でも、すべてかどうかは定かではありませんが、その厳しすぎる環境を選んできている

子どもがいることは間違いないようです。

私のクリニックにも来てくださっている胎話士の未来見基(MIKIMIKI)さんですが、

彼女は、ひどい虐待を受けた半生を送ってきました。

彼女には胎内記憶があります。

ご両親を選んで生まれてきたことをよく覚えています。

「ゆがんだ家庭に幸せをもたらそう」と見基さんは、この世に生まれることを決めました。

しかし、お母さんのお腹に入ってすぐに、自分と同じ目的をもって生まれた幼い2人のお兄さんが、お母さんに折檻されているのを見て、「私には荷が重すぎる」と感じたそうです。

でも、もう引き返せない状態で、彼女は、嵐の中に投げ出されることになりました。 

しつけという名の折檻が始まりました。 

叩かれ、蹴飛ばされ、なじられました。 

15歳のときには、虐待に耐えられずに、自殺しようとまで思い詰めますが、

ビルの屋上の柵を乗り越えようとしたら、片足が柵に引っかかってしまいました。

それで我に返った見基さんは、生きる選択をするわけですが、それからも虐待は続きます。

しかし、見基さんが結婚して出産したときから、風向きが変わってきます。

お母さんが見基さんの身の回りの世話をしてくれるようになったのです。

3人の子どもが生まれ、お母さんと同居をするようになりました。 

風向きが変わったと言っても、2人のぶつかり合いは続きました。

そんなある日、見基さんは、自分がコントロールできなくなって、長男に体罰を加えてしまいました。 

「やっちゃいけない」と思いながらも手が出てしまう。

苦しかったことでしょう。

あるとき、見基さんは、長男に謝りました。

そのときの長男の言葉に、見基さんの心は大きく揺れました。

涙がとめどなくあふれ出てきたのです。

「どんなお母さんでも、ぼくたちは大好きだよ。生まれてきて良かった。

お母さん、産んでくれてありがとう」

すべての子どものお母さんへの思いは、この言葉に詰まっています。

その日を境に、見基さんの中で何かが変わりました。 

長男が自分に向けてくれていた思いを自らがもち、それを自分の母親へと向けるようになりました。

そこから事態は好転していきました。

見基さんの家系は、4代にもわたって虐待が繰り返されてきていました。

この連鎖をどこかで断ち切らなければならない。

見基さんとお兄さんたちは、勇気をもって、その役割を引き受けたのです。

そして見基さんの子どもは、がんばっているお母さんを助けるために、

この世にやってきたのです。

<転載終了>

  

私たちは、親は子どもを成長させるものと思っています。

ですが、どうやら反対に子どもが親の成長を願っている場合もあるようです。

今回のお話のように、

・虐待されることを分かっていても、あえて親の気付きのために生まれてくる魂。

・生まれながらの病気や障害を持ち、それらを通じ、周りの人々に幸せの本当の意味を教えるために生まれてくる魂。

みんな高貴な魂ですね。

そして病気や障害を持つ子供に見出され選ばれたご両親も、同じように高貴な魂ですね。

神さまは私たちに、乗り越えられないような試練は与えないと言われます。

そして同じように、苦しみや悲しみなどの試練を経験するからこそ、魂は磨かれ、成長すると言われます。

沢山の苦労や苦しみ、悲しみを経験されている方は、もしかしたらお幸せなのかもしれません。

マザーテレサはかつてこのように仰いました。

苦しみは神からの贈り物なのです。

それによってわたしたちは、イエス(キリスト)に最も似た者となるのです。

苦しみを、罰と受け取ってはなりません。

苦しみ、苦痛、屈辱、病気、失敗、それは主のくちづけにほかなりません。

皆様がたとえ艱難苦難に会われても、勇気と希望を見失わず、しっかりと内なる神さまと繋がっていられますように。

陽の当たる場所(天津神)だけでなく、陰の場所(黄泉の国)(国津神)も

深い鎮静の中で、全てを浄化し、清めるという意味で大切なものです。 

両者ともになくてはならないものです。

 



「冥界からの電話」

今日は生と死、肉体と魂に関して以前載せた記事ですが、加筆して掲載したいと思います。 

最近は、本当にさっと生まれて来た目的を果たし、子供の内に天に戻っていく魂が多いように感じます。 

レインボーの子供たちが増えてきたのも同じような目的があるのかもしれません。 

佐藤愛子さんの著作「冥界からの電話」に故人 中川昌蔵さんの言葉が載っています。

中川さんは、菩薩界から生まれて来た方です。

中川さんはどんな人にもわかり易く説明されます。 

波動を高めるにはどうすればいいかって? 

ちっとも難かしいことじゃありませんよ。

学問とか知識は必要ありません。

ただね、人は一人では生きられない、生かされているということをよく認識してね、

そのことに対してありがとうという感謝の気持を表せばいいんです。

 

感謝することで魂の波動は上ります。

実に簡単なんですよ。

死後の 世界は波動の世界ですからね。

波動の上下によって地獄界、幽界、霊界、神界と厳格に分けられています。

死ぬとその者の魂は、自分の波動と同じ波動の場所へ自動的に移動します。

やはり、ここでもありがとうという感謝の言葉が出てきます。

上記を踏まえたうえで、重い障害を持って生まれ、早くに亡くなった娘さんのお話をご覧ください。

「もう読んだよ」という方は、スルーしてくださいね。 

夭逝した、娘さんご本人の口から重い障害を持って生まれたわけを語ってくれています。 

景山民夫さんが書いた「さよならブラックバード」と言う本からのご紹介ですが、これから述べることは事実であるそうです。 

このお話は、お子さんが、お父さんの魂の向上のため、敢えて不自由な身体を選び生まれ、 

そして早すぎる死を通じ、愛する父の魂を向上させるめに協力したお話です。

景山民夫さんが書いた「さよならブラックバード」という本、その後書きに、こんなお話が載っています。

<転載開始> 転載元


僕はいまから八年程前に長女を亡くしました。

彼女は生まれたときから重い障害をもった子供で、18年間の人生の中で一度も自分の力で

ベッドから起き上がることが出来ない生活を送り、そして死にました。

急な死だったために、僕があわてて病院に駆けつけたのは死後一時間ほどしてからでした。

娘は既に冷たくなっていて、18歳にしてはずいぶん小さな体をベッドに横たえていました。

その夜、通夜が営まれ、お棺に入れられて祭壇に安置されている娘の遺体を目にしたとき、

僕はなぜか「あ、もう肉体から魂が抜け出してしまっている」と感じたのです。

ふと祭壇の上の方を見ると、そこに娘がポコンと浮かんでいました。

それは、生前の肉体の姿ではなく、白く光る玉のように僕の目には見えました。

無事にお通夜を終え、僕は翌日の葬儀に備える為に教会の駐車場にあった車に戻りました。

車のエンジンをかけたときに、僕は助手席に死んだ娘がいる事に気がつきました。

さっきと同じ光る球体のようでした。 

「一緒にお家に帰るか」と僕は娘に声をかけました。

彼女は、「うん、一緒に帰る」と答えました。

不思議なことです。

生きているときは、言葉が喋れないために一度も会話をしたことがない彼女と、 

死んだ後ではまるで普通の人と同様に会話ができるのです。

といっても、それは鼓膜を通して伝わってくるものではなく、直接僕の心に語りかけてくる

テレパシーのような通信手段でしたが、それでも意思は完全に通じあっていました。

いろいろなことを語り合いながら、車を運転していくと、途中で雨が降り始めました。 

家に着いたときもまだ雨は降り続いており、彼女は「そうかぁ、雨ってこういうものなんだ」と感激していました。 

ずっと室内で暮らしていた彼女は、雨というものを実体験したことがなかったのです。

その後、娘は(ヘンな話ですが)自分の葬儀にも出席し、しばらく我が家に滞在していました。

その間に「お前は、なんであんな不自由な身体を、選んで生まれてきたの?」

と尋ねたことがあります。 

娘の答えはこうでした。

「他の理由もあるけど、私が生まれる前のパパの心の状態のままだと、パパは弱者に対しての優しさが持てない人になっていたかもしれないの。

それで私は重い障害を持ってパパの娘に生まれたの」

この言葉は僕にとって目からウロコが落ちるようなものでした。

たしかに、思い返してみれば当時の僕にはそういった傾向があったのかもしれません。

やがて娘は「もう天に帰るから」と言って去っていきました。

痛く、辛く、悲しい人生ではあったと思いますが、彼女の一生は無駄でも敗北でもありませんでした。 

敢えて、障害を持つ子として生まれて、僕に思いやりの大切さを気づかせてくれたのですから。

これはすべて本当の話です。

もう一度言います。 

どんな人生でも、無駄や敗北はないのです。 

大切なのは無駄や敗北と見えたことから、何を学び取るか、なのです。

<転載終了>


私も、人の親ですから、子供を早くに亡くす、悲しみ、苦しみ、後悔、張り裂けそうな胸の内。想像に難くありません。

ですが、もし親が、子供の早すぎる死を悔み、何時までも、世を憎み、人を憎み、何時までも、いつまでも運命を呪っていたなら、この子供たちが、敢えて勇気をもって、早くに亡くなることを選んで生まれて来た人生の目的は、どうなってしまうか?  

そう考えてしまいます。 

子供たちが、親のその姿を天国から見てどう思うのか? 

何時までも、私のことを忘れずに、大切に思いそれゆえに憎み苦しんでくれてありがとう。 

そう思うのでしょうか? 

中川さんの仰るように心の波動の上下によって、地獄界、幽界、霊界、神界と厳格に分けられてしまい、その悲しみ、苦しみ、後悔、運命を呪う波長のゆえに、親が自動的に、その世界に引き込まれていくことを、この高貴な魂の子供たちは、喜ぶでしょうか?

中川さんは仰いました。 

死ぬとその者の魂は、自分の波動と同じ波動の場所へ自動的に移動します。 

この子供達の魂は、中川さんの仰る魂の法則、類は友を呼ぶを十分知った上で、生きている私たち お父さん、お母さんを見ています。 

大切な大切な子供たち、その子供たちの喜ぶ笑顔が見たいですね。 

子供たちは何のために生まれて早くに亡くなったのか? 

一番影響を受ける親に何を伝えたかったのか? 

親にどう変化して欲しかったのか? 

それに気づき、お子さんたちが望んだ変化を私達親が、人を社会を恨むことなく成し遂げることができたら、子供たちは天国で本当に幸せを感じることでしょう。