2021年9月14日火曜日

2455「宇宙が何ものであるかを知るために」2021.9.14

 今回は木の花ファミリーのいさどんのジジイからのメッセージ「ジジイのブログ」の

2021年9月2日の記事を紹介します。


「宇宙が何ものであるかを知るために」


この世界は、性質の異なる二つのものが向き合い、共同作業をし、ひとつのものを成立させる「対向発生」によって成り立っている。例えば、原子は原子核と電子で対向発生している。上があれば下があるように、男がいれば女がいるように、個人がいれば社会があるように、必ず相反する存在が互いを成立させる対向発生の原理により、この世界は成り立っている。

ところが、現代は個人が強くなりすぎて、対向発生をしなくなった。自らの存在が他の存在によって支えられていることがわからなくなり、個人のことばかり優先して考えるようになった。そして、家庭が孤立し、個人が孤立するといった現象が起きるようになってしまった。これは、人間が「自我」という自らの我を優先するようになった結果だ。他者によって自らが生かされていることを忘れ、助け合うということをしなくなった。


現代は、若い人が子どもを作らなくなり、少子高齢化が進んでいる。個人の自我が強くなり、自分のために生きるようになった高齢者たちが、医療にすがって長生きをするようになり、そのニーズに乗り、医療は一大産業となった。若い人々は、そのような不健全な社会の中で生きることが嫌になっている。生きることが嫌だということは、子孫を残す希望が持てないということでもある。生きることに意欲があると、子孫を残す。しかし、生きることへの意欲を失った現代の人々は、子どもを作らない。結婚もしない。

その背景にあるのは、この世界に命をもたらす対向発生の神聖なる仕組みであるはずの性が、ただエロいだけの卑しいものとして行われてきたということ。その結果が、現在の現象をもたらしたのだろう。これがすべての間違いの元である。生命の発生原理である性が歪められたことで、世の中のすべてが歪むこととなった。


現代物理学は、物質が発生する時、そこには必ず、その物質を存在させるための「反物質」が発生すると言う(対向発生)。面白いことに、その反物質の存在は、確認できていない。そして、物質が再び反物質と出合うと、光となって消えると言う。ということは、すべての大本は光だということ。光から発生して物質と反物質になり、その分かたれたものが再び出合うと、光になって消える。とても興味深いこと。そこに行き着いた物理学は今、行き詰まりを迎えている。

物質に対し、反物質という存在がある。それは、現象界(ある世界)に対する潜象界(ない世界)を紐解くカタカムナ物理学では説明がつく。しかし、科学者たちは見えないものを否定する。現代の科学は、「ない世界」どころか「見えない世界」をも否定するから、限界を迎えている。

物質と反物質が同時に発生するということは、必ず相反するものの対向発生によって世界が成り立っているということ。そうすると、「ある世界」に対して「ない世界」があるという理論を持たなければ、この行き詰まりは突破できない。物質世界に存在する我々は、物質は「ある」ものだから、「ある」ものだけを肯定する。だからその先に進むことができない。


現代物理学は行き詰まっていると言うが、もともと物理学は行き詰まっていた。物理学は、この世界をひとつの世界と捉えている。しかし、我々が知っているこの宇宙をAとしたら、それと対向発生するBという宇宙があるはずだ。世界が対向発生によって成り立っているとしたら、Bという宇宙があるから、我々のAという宇宙があるという理論だ。

そこで、我々のA宇宙が何ものであるかをわかるためには、B宇宙へ行き、そこからA宇宙を見る必要がある。光の中にいては光は見えず、闇から光を見て初めて光が何であるのかがわかるように、或いは、低い所にいるだけでは低いということがわからず、高い所から低い所を見て初めて低いとはどういうことかがわかるように、その存在を本当に理解するためには、必ずそれと対向する存在へ行って見る必要がある。


しかし現代の科学は、物理的な発想のみで宇宙を探索するため、A宇宙全体からすると塵のように微小な太陽系の観測すら、まだまともにできていない。現代科学が考え得る最速の乗り物は、秒速30万㎞で進む光子ロケットだ。しかし、我々が存在する天の川銀河の直径は10万光年と言われており、光子ロケットをもってしても、銀河の端から端までを観測するのに10万年かかる。そして、宇宙には約2兆個の銀河が存在すると言い(誰が数えたのか)、銀河から銀河へ行くのは更に遠い。

光子ロケットは、現実にはまだ作られていない。しかし、我々は光を基軸にして生きるものだから、光を超える、もしくは光と同じ速度で飛ぶということは、時間が止まることになる。時間が止まった世界で我々が存在できるかというと、存在できない。ということは、光子ロケットは実現不可能だということになる。つまり、物理的探査では、我々はこのAという宇宙を観測し、理解することはできない。ましてや、Bの宇宙へ行くことはできない。即ち、我々物質人間は、この宇宙が何であるかを観測し、理解することはできないところに至る。これが現代物理学の限界だ。


物理学者たちは、形あるものだけを見ているから、宇宙を解明することができない。しかし、カタカムナ理論は、現代の物理的理論を超える。それは、人間には「思念」があるということ。

思念は光より早く、それはアマハヤミと言い、光の速度の10の64乗倍で宇宙を駆け巡ると、カタカムナ理論は言う。人間は思念を走らせ、宇宙を瞬時にして観測することができる。つまり、物質を超える能力を人間は持っており、その能力を発達させることで、この無限なる宇宙がどのようなものであるのかを解明することができると言う。

その視点に立った時、近代物理学は、物質物理学を超えることが、初めてできる。

 




2021年9月13日月曜日

2454「今生きているということ」2021.9.13

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年09月08日の記事を紹介します。


「今生きているということ」


今日は小児病棟の子供たちのお話です。 

私たちは肉体をもって生きている間は、 日々起きる 

・人との出会い別れ

・辛いこと、苦しいこと

・嬉しいこと、楽しいこと 

何故、それが起きているのか分かりません。

何故、私だけこんな苦しい運命なのか?

そのように、自分の運命を呪い社会を憎むかもしれません。

ですが、どんな出来事も、環境も全ては、私たちをよくするために起こっています。 

正確には魂を輝かせるために起こっています。

様々な出来事を経験し、私たちは少しづつ、学び魂を覆う無明の闇を取り払い

元々あった美しい魂の輝きを取り戻します。

美しい心は、自分自身を平穏にさせ、幸せと感謝の心を感じさせてくれることでしょう。 

心に輝きを取り戻した魂は自分だけでなく、取り巻く人々、

更には、既に亡くなった人々さえ神さまの光で包み込むことができます。

私たちが触れ合うことのできる生きとし生けるものの幸せは、

私たちの心の浄化から始まります。 

<引用開始> 引用元

 

7年前、小児科の末期がん患者の病棟に演奏をしに行った時のことです。

学校のある卒業生の方から

「病院にいる子供たちに、あなたたちの天使の歌声を聴かせてあげてもらえないか」

とお話があり、私も「ぜひ」と言って受けさせていただいたんです。

病院には全員ブレザーを着ていったのですが、黒っぽい服では威圧感があるからと、

その場で上着を脱がされて、全身に消毒液をかけられました。

寒い時期だったんですが、扉を開けると、物凄く暑くて、狭い部屋だったんです。

目の前には、本当にこの子がもうがんなんだろうか、と思うような赤ちゃんから、

放射線で髪の毛がぼさぼさになってしまっている子、

頬全体が陥没して顔が半分ない子だとか、 

もうそれは、見ただけでも体に震えがくるようなひどい状態の子たちがたくさん……。

その子たちの前で、私たちは部屋の隅っこのほうにへばり付くように立ちました。

敷かれたホットカーペットの上には、お母さん方も座っていたり、

廊下にはドクターや看護師さんの姿も見えました。

私は壁の一番端に行って、指揮棒を振ったんですが、

もう涙が止まらなくて、本当に……。

私の目の前で、お母さんが乳飲み子をギューッと抱えながら、

涙をポロポロ零すんですよね。

あぁ、自分の子はこんなに大きくまで育つことができないんだ、

とか、いろいろ思われたんじゃないかと思うんですが、

看護師さんもドクターも皆泣いていらして、

泣いていなかったのは、当のがんの子供たちだけで。

私も我慢しなくちゃ、と思うんですが、もう悲しくて悲しくて、

生徒たちも涙をポロポロ零しながら、

でも必死に笑顔をつくって、一所懸命歌って。

そしたら歌が終わった後に、髪の毛のない子や顔の陥没した子たちが 

「お姉ちゃんたち、どうして泣いてるの」って言うんです。

看護師さんが 「あなたたちがあんまり一所懸命聴いてくれるから、

お姉ちゃんたち感動しちゃったのよ。楽しかった?」 と尋ねました。

するとその中の一人が

「凄く楽しかったぁ。大きくなったらお姉ちゃんと一緒に歌いたい」

って、もう私、本当に胸が張り裂けそうで…。


その時に、心から、あぁ歌は素晴らしいと思いましたし、

いま生きていて、自分のできることを一所懸命やることが、

どんなに大切なことかを凄く強く感じました。

その帰りの電車の中で、ある生徒が 

「先生、あんなに皆を悲しませちゃって、私たちが合唱をしに行ったことは本当によかったんだろうか?」

 と言ったんです。

何しろあの場にいた大人たちがあまりにも涙を流していましたから。

その時に私は 

「うん、よかったんだよ。 

たぶん、お母さんも、病院の先生も、看護師さんも、皆悲しくて、もう泣きたくて、泣きたくてね。

でも、いま一所懸命生きている子たちの前で泣けないでしょ?

それを、あなたたちの歌で感動したふりをしてね、思いっきり泣くことができたからよかったのよ。

明日からまた笑顔で頑張っていけると思う」と言ったんです。

すると生徒が「そうか。じゃあ私たちの歌で少しは楽になったのかな?」

と言うから 

「そうよ。そして歌を聴いていた子たちが『お姉ちゃんと一緒に歌いたい』と言った。

生きよう、って。 

いや、生きるということは分からないかもしれないし、

もしかしたら一か月後には命がない体かもしれないけれど、 

少しでも希望を持って生きようとしたということは、素晴らしいことだから」

と話して、お互いに感動しながら学校に戻ったことがあるんです。


私は、生きているということは、

自分一人がここに存在して、ただ呼吸をしているのではなく、 

いろいろな人と出会って、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、

苦しみを分かち合ったりして、 相手の心や周りにいる人たちの心を、

ちゃんと感じられることではないかと思うんです。

私が慰問演奏に行った時に、「いまを大切に生きなければ」と強く思ったのは、

幼くして亡くなってしまう子たちもいるんだから頑張って生きよう、

という思いではなくて、あの時、あの部屋の中で、

それぞれの人の心がうごめいていたんですね。

無邪気に喜んでいる子供や、日頃泣けない家族の人たち……、

そういう、たくさんの思いが満ち溢れている中に入ったから、

あぁ、ちゃんと生きていかなくちゃ、

神様から与えられたこの命を、大切にしなくちゃいけないと感じたのだと思うんです。


谷川俊太郎さんの詩に


「生きているということ

 いま生きているということ 

 泣けるということ 

 笑えるということ 

 怒れるということ」


という言葉がありますが、本当にそんな思いですね。

そうやって、いろいろな人の思いを感じられることで、

人間は生きている価値が生まれてくるものだと思います。 

<引用終了>

 

この子達にとって 

・病気だとか

・苦しいだとか

・もうすぐ亡くなるとか

そういったものは一切関係ないのですね。

どんな状況であろうと、それに拘り、執着して苦しむことなく

ただ、今目の前のことを楽しみ、喜び

 精一杯生命の喜びを表現することが

彼らにとっての生きている証なのですね。

例え肉体を持つ時間は短かろうと、神聖な生命の火を輝かせることの方が

彼らにとって、価値のある事なのですね。

天国から真っすぐ両親のもとにやって来て、そしてこの地球で、生命の喜びを十分に表現し、味わってまた真っすぐに神様のもとに帰って行くのですね。 

そこには 

・かわいそうとか

・悲しいとか 

そういった感情は一切なさそうです。

肉体としての命は一瞬ですが、私たちの魂は永遠です。 

この地球で色んな人に出会い、 

悲しみも喜びも

苦しみも楽しみも 

沢山経験し、魂を輝かせるのですね。  

目に見えるものしか信じられない私たちにはわからなくとも 

永遠の魂の視点から見たら、神さまの視点から見たら

・良いとか悪いとか

・正しいとか間違っているとか 

そんなジャッジは全く必要のないことかもしれません。

全部が大切な経験として魂に刻み付けられるのですから。

  




2021年9月12日日曜日

2453「古神道のこころ」2021.9.12

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年09月07日の記事を紹介します。


「古神道のこころ」


今日は、日本神道の最高位、「浄階」まで達せられました、春日大社元宮司で、

かつ日本の形成外科の草分けだった医師 葉室頼昭さんのお話です。

神様と人間の関係について分かりやすく説明くださっています。 

葉室さんが仰るには、日本の神道(古神道)は宗教ではありません。

教祖も、教義も存在しません。

拘束もありません。

お金の強制徴収もありません。

神道は、古くからの日本人のDNAに根ついた、

・自然を敬う心

・周りと協調、調和しようとする和の心

・お互い様、おかげ様の心

そのようなものを大切にしている、日本人特有の尊い心根です。

葉室さんによれば、

神さまは願いごとなどしなくても、ちゃんと叶えてくださる。

他の国で見られるように、必死になって自分の願いごとを祈っている姿とは異なり、

神道では 

神さまを喜ばせる、感謝する

ということが祈りとなります。

こちらから頼まなければ、神様はやってくれない・・・というのは、神さまを冒涜すること。

神さまというのは全部知っておられるんです。

だから、神さまを認め、喜んでいただいたら充分なんです。

そうしたら、神さまはこちらに出てきて、お恵みをくださる。

ということだそうです。

また、浦島太郎の昔話を例として、こんなことも教えてくださっています。

<引用開始>


海の底は、生みの底、生命が生まれるもとの世界です。

つまり竜宮城とは、我々が生まれてくる前にいる、神様の世界、祖先がおられる世界、

あの世とか黄泉の国といわれるものもそうですが、

そういう、見えないけれども実在している世界のことだと思います。

そこは時間もなく、悩みや苦しみ、心配事のない すばらしい神様の世界だということです。

その世界から、我々は生まれ出てくるのですから、

本来人間は、悩みも苦しみもないすばらしい姿なのです。

それなのに、この世の中には病気や悩みや苦しみ、心配事などいっぱいあります。

これは我々が、 実在する神様の世界を忘れて、

自分の我欲の心をもって暮らしているために、

本当の世界が見えなくなって、悩みや苦しみが現れてくるのです。

浦島太郎も、おとひめ様の言われたことを信じていれば よかったのに、

玉手箱を開けたいと思う自分の欲に負けてしまったために、

約束を破って玉手箱を開 けたとたんに、老いという悩みを持つ老人になってしまった。  

では、どうすれば、この世の中で、

生まれたときの素晴らしい姿のままで生きていけるのでしょう。

そのために、日本人は昔から「祓い」といって、体についた罪穢れを常に祓うことを行ってきました。

あまりご存じないかもしれませんが、

全国の神社では、毎年6月と12月の末に「大祓い」という神道の儀式を行っています。

そこで、知らず知らずのうちに身についた罪穢れをお祓いするのです。

ここでいう罪とは、悪いことをしたという罪ではなく、

すばらしい人間本来の姿を、包み隠してしまうものです。

穢れとは、汚いということではなくて、

我々が神様からいただいている「氣」を枯らしてしまうもののことです。

これらは私たちの我欲から出てくるものです。

この罪穢れがあると、人が本来持っている神様の素晴らしい姿が見えなくなり、

悩みや苦しみが出てくるというマイナスの作用を持っています。

それを逆のプラスの作用があるもの、

神様のお言葉である祝詞や、生命力にあふれた清らかな水に接して、

罪穢れを消してしまおうというのが、日本人の「祓い」という考え方なのです。

<引用終了> 

私たちは神社やお寺さんに行って、

・あれをしてくれ、

・これをしてくれ

・病気を治してくれ

・裕福にしてくれ 

などいろいろ神さまに注文をします。 

ご祈祷料や、お布施など、沢山のお金を支払えば

ここまでしたんだから、「さぁ、願いをかなえて・・」などと思うかもしれません。 


ですが、葉室さんが仰るには、神様を喜ばせること、感謝することが大切なのだそうです。 

神様を喜ばせるために、昔であれば、

夏には村人が神社に集まって仲良くお祭りをやったり、舞を奉納したりしていました。 

純粋な心の人々が、神の前で、仲良く集ってくれるのが、 

神々にとって、何よりうれしいからです。

自分を慕ってくれる(感謝してくれる)人々が

みんなで笑顔で助け合って、仲良く暮らす姿を見ることほど、

嬉しいことはないのではないでしょうか。

また、そういった大規模な物でなくとも

例えば  

・雪が積もって、みんなが参拝できないなら、雪かきをして道を付けておこう。

・お世話になっている神社に1年のお礼に、大掃除のご奉仕をしよう。

など、私も実際にそば近くで見聞きしています。(妙龍神社、竹之高地不動社) 

またみんなが神社に気軽に集って悩み事を相談できたり、笑顔になってくださるように 

お茶や、お菓子のご寄付

冬になれば、寒さをしのげるようにと、断熱材のご寄付や設置のご奉仕 

など、真心の塊のようなことが、実際に行われています。

このような、人間側の美しき心に神々の心が動かないわけがありません。 


自分では何もせず、ただ、お金を包み、 

・あれをしてくれ、

・これをしてくれ

・病気を治してくれ

・裕福にしてくれ 

では、

葉室宮司が教えてくださった

神々と人間の 美しき関係性からは程遠いことになってしまいます。

  

宇宙の法則に、与えたものが、受け取るもの、と言うものがあります。 

喜びと感謝を神々に、お渡しすれば

必ず何倍にもなって、同じ波動を持つものを受け取ることでしょう。

逆に、自分の我欲の心をもって生きていれば、 

葉室さんが仰るように、浦島太郎と同じものを受け取ることになるでしょう。

  

もうすでに時の重力が動き出し、心が大切にされる地球に生まれ変わろうとしています。 

昔ながらの依存、執着の心から、脱却する時期かもしれません。

  

神々だけの力だけでなく、私たち人間側からの純朴な感謝の心こそが、

神々の大きなパワーとなります。



2021年9月11日土曜日

2452「あの世の記憶」2021.9.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2020年12月10日の「死を超えて明かされる秘密」と2021年09月05日の「あの世の記憶」の2つの記事を紹介します。



「あの世の記憶」


今日は、「あの世の記憶」ということで、生まれる前の記憶を、覚えていらっしゃる方のお話をご紹介します。

中間世記憶や体内記憶を持つ子供たちは、産婦人科医で、中間世記憶の研究を永い間されてきた池川明先生の調査では、子供たちの3割にも上るそうです。

その記憶も、年齢を重ねるごとに減少していくわけですが、大人になっても鮮明に持ち続けていらっしゃる人もいます。

歌舞伎役者の市川海老蔵さんも、ご自身の記憶をNHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」の中で「僕はだいぶ順番待ちをしていたんだけど、待ってる人たちを追い越して、自分がこの家に行く!と言って生まれてきた」と語っていました。 

もしかしたら、小林麻央さんとの結婚のシナリオを立てていたことも覚えていたかもしれません。

3割の子供たちが、中間世の記憶を持っているそうですが、私たち大人も忘れているだけで、もちろん生まれる前に神さまと、今回の人生のシナリオを立て、両親を選んで生まれて来たことに変わりはありません。 

また2011年には当時、史上最年少の11歳の少女がメジャーデビューしました。

水谷ゆうさん(11歳のシンガーソングライター)の「いっぱい大好き」という曲です。

この曲の歌詞は、自分でお母さんを選び、風船に入って生まれてきたという内容で、 まさに「中間世の記憶」を歌ったものです。 

ご本人もテレビのインタビューで、胎内記憶があると話していたそうです。

このMV映像には鈴木福くんも登場しています。 

このように、本当は忘れているだけで、子供も大人もみんなが生まれる前に、雲の上で神さまと相談して生まれてきているのです。

そして、神さまと相談して生まれて来たということは、

・神さまに生まれることを認められ、

・自分で計画した人生のシナリオが認められ、

・両親となる人たちの同意が得られ、 

・人生の重要なポイントで現われ出てくる人々の承諾が得られて

生まれて来たということです。

神さまが承諾下さったと言うことは、神さまが人生の全ての時において、 見守り、祝福し協力くださっていると言うことです。 

誰彼の区別なく、生きている人全員がそうです。 

たとえ今、そのようなことを全く覚えていなくとも、たとえ今、苦しみ悲しみのさなかであっても、私たちは、今この生きている人生ストーリーを自分で決めて生まれて来ました。 

その目的はただ一つ自分の魂を成長させるためです。 

海老蔵さんは、どのような人生ストーリーを歩むために、順番を代わってもらってまで歌舞伎の家柄に生まれて来たのでしょうか。 

そして裕福な暮らしの中で、小林麻央さんと出会い、そして悲しい別れの道を選んだのでしょうか。

同じように私たち一人一人が、独自のドラマを今、演じています。 

そのドラマでは、山や谷があちこちにあり、楽しいことも沢山あるけれど、同じく沢山の苦しみ悲しみも用意されています。 

そのような演出があるからこそ、私たちはこの生を、思う存分、泣いたり笑ったりしながら楽しむことができるようになっています。

そして気付けば、魂が少しずつ磨かれて行っています。 

有難いことですね。 

・神さまや、

・私たちの大好きな人、

・私たちの大嫌いな人、

・私たちのことを大嫌いな人

みんなに感謝ですね。


「死を超えて明かされる秘密」

ブッダの前世の物語、ジャータカによれば、ブッダは29歳で修行に発ち、35歳で悟りを開きました。インドには古くから、命あるものは生まれ変わりを繰り返すという「輪廻」の思想があります。仏教を伝えた人々は、ブッダは無限とも言えるような過去から生まれ変わりを繰り返し、その中で善業を積んできたから、最終的に悟りを開くことができたと考えました。このブッダの過去世での善業を伝える物語を集めたのが、「ジャータカ」です。

ブッダはかつて2つの重要な法則を私たちに教えてくださいました。

・因果の法則

・縁起の法則

因果の法則(カルマの法則)とは、すべての物事には必ず原因と結果があり、すべてはその原因と結果の連鎖で成り立っているというものです。

これは私たち人間の生活や人生の話だけではなく、動物や植物といった生命全て、地球そのものが、この因果の法則によって成り立っていると言われます。


 縁起の法則では、私たちの生まれてから死ぬまでに起こってくる全ての出来事は、生きている私たちの意思や努力で変えられるものではなく、既に生まれてくる前に決めたストーリーの通り、決まっている。そしてこの人生ストーリーは私たち自身と、神様で相談して決めてくるのだそうです。

 この因果の法則は私たちの宇宙では、ブッダの説いたとおり絶対的な法則ですから、私たちのこの人生ストーリーも、この法則から外れるものではありません。神様から私たちの魂が枝分かれして宇宙空間に旅立ってから今までに生み出した 因(カルマ・・良い意味でも悪い意味でも)によって私たちは結果を受け取るわけですから、人生ストーリーの中で起こる色々な出来事も、この因による結果の出来事が組み込まれることになります。

例えば、

・貧しい人に施しをしたことがあったので、困った時に助けが現れる・・

・困っている人を見て、見て見ぬふりをして逃げてしまったので、大切な時に物事の遅延が重なり、なかなかことがうまく運ばない

など・・(本当はこのように単純には起こりませんが)この因果の法則は、言いかえると宇宙の法則与えたものが、受け取るものと言うことです。 

・温かい言葉を投げかければ、温かな言葉をかけられます。

・笑顔を向ければ笑顔が帰ってきます。

・親切にすれば、親切にされます。

・傲慢な態度を取れば、傲慢な態度で返されます。

 因果の法則は決して私たちを苦しめるものではありません。神様が私たちを苦しめる法則など作らないからです。


 この人生ストーリーをベストなタイミングを図り起こしてくださっているのが神様や仏さま。そしてこの地球において、そのストーリーを展開するために、色々な役割を演じてくださっているのが、友人・知人・家族たちとなります。

 様々な役目があります。

・親切な役

・憎まれ役

・味方、敵

・殺し役、殺され役

・運命を回転させる推進役

・親、兄弟、友人、同僚役

 全部この因果の法則の「結果」部分の出来事を、私たちの人生という大舞台で一緒に演じてくださっています。

 ブッダが縁起の法則で言うように、私たちの人生ストーリーは、寸分の狂いもなく決まっており、私たちは、その流れに身を任せるだけです。

ブッダの言うように、私たち生きている間の

・意思や努力

・必死なもがき

で変えられることは 0パーセントです。変えられません。ましては他人(子供や家族を含め)の人生を、私たちの自分勝手な価値観で変えさせようとすることなど不可能です。

因果の法則も、縁起の法則も、神様が決めた法則です。 

 つまり「慈悲や愛」に根ざしているということです。神様と私たちが生まれてくる時に決めてきたシナリオは、私たちの魂の成長を目的に書かれていますから、愛そのものと言えます。

 私たち生きている人間は、起こってくる出来事を「あるがまま、ありのまま」に感謝して受取り、下手にもがいたり、変えようとは思わず、神様を純粋に信じて生きていればそれで良いようです。難しいことはありません。自然界に生きる、動物や植物たちと同じです。

 私たち自身の決断も、行動も結論から言えば、もう決まっていることです。私たちは神々の「愛」を信じ、「あるがまま、ありのまま」の流れに任せ、神々が織りなす愛と善を自分自身の役割として演じながら、味わい、理解するための経験をこの地球でさせていただいているのかもしれません。

 因果の法則とは、盗んだから盗まれる。。と言うような単純な反応ではなく、様々な因が絡まりあって、結果を生むようです。激しい結果を受け取ることで、一気に沢山の因の解消を図ることもあるようです。(そのためには強い魂である必要がありますが)これも神様と相談して人生ストーリーに組み込まれます。

 そしてもう一つ大切なことがあります。既に因果の法則の「因」を燃やしつくした方も

居らっしゃるということです。その場合、因果の法則の因に縛られることがありませんから、

行動の自由度も増しますが、多くの場合は、既に高貴な魂となっていますから、自己犠牲的な、人類の成長に貢献するような出来事を人生ストーリーに組み込んで来られる方がいらっしゃると言うことです。

 

 3.11の東日本大震災では多くの犠牲がありましたが、その方々の貴重な生命の犠牲をキッカケとして日本の集合意識は大きく目覚めました。神々の計画であった精神性の復活の時代が始まりました。生きている人間からすると「死」と言うものは永遠の別れ、悲しいもの、忌み嫌うべきものと捉えがちですが、大きな永遠の生命の流れの視点から見れば、一つの通過点という意味になります。悲しいことではありません。また逢えるのですから。ですがその分、生きている人々に大きなインパクトを与える出来事になります。悲しい、苦しそうな、辛そうな死を迎えた人もそこには大きな意味があったということです。

 決して偶然に、運悪く、バチが当たって死んだわけではありません。それをきっかけに世の中の流れが変わったのかもしれません。周りの人の心に何か変化が起こったかもしれません。自然界を見れば、この自己犠牲的な死を選ぶ動物や植物は沢山います。それは、その動物たちの集合意識が、個の生命よりも集合体としての全体の存続を選んだ時です。

 決して自分が死に役になったからと不平・不満を言う者はいません。人間も同じです。本当はそんな純粋な心を持っています。人間の肉体の生体反応では頻繁にこのことが行われています。ある細胞が犠牲になることで、他を生かすようなことが沢山あります。たとえ私たち残された者たちの顕在意識が、疑問、不満を持ったとしても、本当は潜在意識、次元の上のレベルの私たちの意識では納得しています。

それが最後の別れではないと知っているからです。その出来事を通過することで、全体の調和と進化が測れることが分かっているのですから。死別は大きな出来事です。その隠された秘められた大切な、壮大な意味は神様しか分かりません。ですが、神様は私たちを見捨てません。裏切りません。愛そのものです。

 

 残された私たちは、今 目の前の人、事を大切に、誠実に生きることで、亡くなった大切な人たちと、死を乗り越えてまた笑顔で会えることでしょう。そして秘められた秘密は、死を超えて、その再会の時にきっと明らかにされることでしょう。




2021年9月10日金曜日

2451「3つの世界」2021.9.10

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年09月06日の記事を紹介します。


「3つの世界」


私たちは、同時に3つの世界を生きています。

・目に見えるこの世界

・目には見えない神仏や、霊、不可思議な世界

・心の世界 

先日私の学生時代、毎日一緒に吐くまで飲んだくれてた悪友、今は大学の化学の教授が、言っていました。

「この宇宙の98%はダークマターでできていて、目には見えない」 

エネルギー的、物理的には、目に見えない世界の方が相当大きな世界のようです。

  

「スピが好き」という人は、「目に見えない世界」が好きという人が多いのかもしれません。

目には見えない世界は、ちょっと怖いところもあるけれど、なんだか不思議で、ワクワクし、

もしかしたらパワースポットやお札や、神仏の不思議なエネルギーで、自分も幸せになれるかもしれない・・

そう思えるのかもしれません。

 少女のころに好きだった「本当にあった怖い話」その世界のまま大人になったのかもしれません。 

でも純粋に興味の対象、趣味の世界であれば良いのですが、 もし万一、何か自分とは別の力に頼る気持ちがあれば、 他者の力で幸せをつかみたい・・・  

そんな依存心のかたまり的な世界になってしまうかもしれません。 

それは結局、「自分さえ良ければ」の世界に繋がります。 

また目に見える世界しか信じていない方は、神さまを信じていないのかもしれません。

神さまは目に見えませんから。 

そうすると、生きて行く上で遭遇する色んな出来事 例えば 

・生まれる

・人との出会い・別れ

・結婚、子供、家族・不仲・登校拒否・いじめ

・就職、会社でのいじめ、嫌がらせ、パワハラ、セクハラ

・ケガ・病気・事故

・貧乏な時期、裕福な時期

・幸せな時期、苦汁をなめる時期

・ケンカする時、仲良くする時

・怒る、イライラするキッカケ、タイミング

・死ぬ時

などが全て偶然に発生しており、これらに全部自分一人の力や知恵だけで対処しなければならない・・

という非常に困難で孤独な立場に置かれます。

その結果、未来に対する不安でいっぱいとなり、うつ状態になりやすくなります。

そして、最後の「心の世界」 それは、見える世界の向こうには見えない世界が確かにある。 

でもそれだけじゃないはずだ。

他の力に頼ることで何でもできてしまう。 

一見万能のように見える「見えない世界」。 

でもその「見えない世界」の向こう側に、いつしか気持ちが向くようになり、心が成熟し、「見えない世界」だけに頼ることに、虚しさが芽生えた時、意識し始める世界かもしれません。 

私は思います。個人的な思いです。

単なる主観的なことです。 

万人に当てはまるものではありません。 

それは「心の世界」こそが私たちの目の前に広がる3つの世界で一番大きな海であり、 

他の2つの世界を軽々飲みこんでしまうほどの 広大な世界。

その宇宙をも包み込むような大きな世界は、実は私たち一人一人の心の中にあった。 

そう思うのです。 

ですから、私たちの心が変わることで全てが変わります。宇宙の全てが変わります。

見えない世界に頼り、霊的なパワーで、一見変わったように見えるかもしれません。 

ですが例え神仏や宇宙的なエネルギーであっても、その人の根本までを変えることはできません。 

神さまがこの宇宙を作った時、同時に作り終わった世界を知るために、ご自分の霊的火花を

全宇宙空間、そして全波動的次元に飛び立たせました。 

それが私たちです。

神が作り出した美しい宇宙で、沢山の物を見て、経験を重ね、そして戻って来なさい。 

そしてその経験を報告しなさい。そんな願いが込められていました。 

ですから私たちは 今、この宇宙の空間で、自分の波動的な次元で沢山の経験をしています。

・嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと

・美しい愛、友情

・裏切り 

様々な経験を積んでいる最中です。

その最中に神様が、人間の限られた知恵に、望まれたからと、一瞬にしてパワーを与え、

そこから拾い上げる・・

そんなことが起きるわけがないからです。

この最後の「心の世界」。きっとこれこそが私たちが一番大切にしなければならない世界です。

私たちの心の中、この一番広大な世界「心の世界」には神さまがいらっしゃいます。

どなたの中にもいらっしゃいます。

ですから、全ての全てを、その神さまと相談し、進んでいくことが一番安心で、良いことではないかと思います。 

そこに至るには、見える世界も経験し、見えない霊的な世界も経験し、試行錯誤の迷路を通る必要があるかもしれません。

ですが最後の最後、私たちは心の中の神さまに出会い、そして「本当は自分も神さま」だったと気付く時がやってきます。

それが、イエスやブッダ、そして現代ではヒマラヤやチベットの聖者たちが教えている道です。 

この世界ではエネルギーは実際は見える物ではなく、見えないものから得られていると言われています。

つまり無・静寂の中にこそ、次に行動するための爆発的なエネルギーが秘められています。

そしてそのエネルギーの方向性を決めるのが、私たちの心、意識です。心の世界です。

静寂の中にエネルギーがあります。 

もし今、沢山の大変なこと、辛いことがあった方、悔し涙を流されている方も 

どうぞ、安心してください。

親しかった方と別れてしまった方もどうぞ安心してください。

   

ぽっかりとギャップができれば、宇宙は、作用反作用の絶対的な法則の元、 

新たなエネルギーをそこに吹き込むからです。 

そのエネルギーの質は、私たちの心、意識が決めています。

どうぞ、温かな優しい心、周りの方々を慈しむ心、出しゃばらず、そっと見守る愛の心 

助け合い、調和していこうとする「お陰さまの心」

今まで生かし、育ててくださった人々、友人への感謝の心でお過ごしください。

  

未来の世界は今の惰性でも、延長でもありません。私たちの今の心が決めることです。 

皆さんがご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。

 




2021年9月9日木曜日

2450「宇宙を貫く法則」2021.9.9

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年09月03日「天国と地獄」と

2021年09月04日「宇宙を貫く法則」の2つの記事を紹介します。


「宇宙を貫く法則」


今日は「宇宙を貫く法則」と言うテーマです。

このテーマを生命の切り口から書きたいと思います。

まず、「犬の十戒」というお話です。

動物を飼っていらっしゃる方ならこの気持ちが、十分 分かるかと思います。 

家にも犬とネコがいます。

<引用開始> 引用元 


1.私と気長につきあってください

2.私を信じてください。それだけで私は幸せです。

3.私にも心があることを、忘れないでください。

4.言うことをきかない時は、理由があります。

5.私にたくさん話しかけてください。人の言葉は話せないけれど、わかっています。

6.私をたたかないでください。 私には、あなたの手の骨など簡単に噛み砕ける歯がある 

けれど、決してあなたを噛まないようにしているのです。

7.私が年を取っても、仲良くしてください。

8.あなたには学校もあるし友達もいます。でも、私には、あなたしかいません。

9.私は10年くらいしか生きられません。だから、できるだけ私と一緒にいてください。

10.私が死ぬとき、お願いです。そばにいてください。

 そして、どうか覚えていてください。私がずっとあなたを愛していたことを。 

<引用終了>


家にも犬が2匹、ネコ一匹います。ですのでよくわかります。

そして、この犬の気持ちを理解したうえで小林正観さんの、生命のお話をご紹介します。

 

<引用開始> 引用元


『動植物』

「植物」が10万回生まれ変わると「動物」になり、

「動物」が10万回生まれ変わると「雲」を経て

「ヒト」になります 

これが生まれ変わりのプロセスです

「動物」も「植物」と同じように、99.9パーセントは人間の目に触れることなく死んでいきます。鳥も、猪も、キリンも、シマウマもそう。

動物園にやって来れるのは、すべての「動物」の0.00001パーセントにも満たないでしょう

犬、ネコ、インコ、オウム、ハムスターなど、ペットとして人間に飼われることになった「動物」は、9万5000回~9万9000回程度の生まれ変わりの回数を重ねており「ヒト」により近づいた「魂」を持っています。 

いかなる「魂」も「喜ばれると嬉しい」という方向を向いています。 

もちろん「動物」も同じです 

とくにペットとして「人間」とともに生活をしている「動物」は、

「飼い主を癒すため」に存在しています

(ですから、どんなことがあってもペットを叩いたり、叱ったりしてはいけません)

犬やネコも、花びんの花や、鉢植えの植物も、「人間」の生活圏に入り込んでいる動植物は、

すべて「癒しのための存在」です。

そして彼らは、「人間」に尊敬の念を抱いています。(生物学的な「ヒト」ではありません)

目の前にいる飼い主を

「応援したくて、応援したくて、しょうがない」

「癒したくて癒したくてしょうがない」 

だから、動植物を大切にしていると、結局は「自分がよくしてもらえる」(=投げ返される)わけです。

このことがわかってしまうと、

「頑張ったり、努力したりする必要がない」ことに気がつきます。

なぜなら、「ペットや植物を可愛がる」ほうが、大きなエネルギーを得られるからです。

学業や仕事で「努力するレベル」は、わずかに「1兆分の1」 だけれど、、

「ペットや植物を可愛がるレベル」になると、

「1兆分の100万」のエネルギー量を受け取ることになります。 

そのうえさらに、「手足が動き、体が動くだけでも奇跡なんだ ありがとう」と「感謝」すれば、「1兆分の1億」の力を得ることができます。

私たちはゼロから「水」をつくることができません。 

「神様」が水を落としてくれるのを、ただ待つことしかできないのです。 体の約70パーセントを占める「水」は「神様」によってつくられています。 

ということは、私たちが生きているのも「神様のおかげ」ということになりませんか? 

そのことに気がついて「感謝」できたとき、

「1兆分の1兆」のエネルギーを、受け取ることができるのです。

自分の力で努力して頑張るよりも、あらゆるものに「感謝」するほうが、

効率的だし「得」だということがわかります。

これが、「宇宙の本質」なのです。

 

<引用終了>

 

10万回と言うのは方便でしょうが、もしかしたら、家庭の中で、家族として一緒に生活を共にしているペット達は、近い将来、今度は人間として生まれてくるかもしれないですね。 

その時は、私たちが愛情を注いだ量に比例して、愛と希望にランランと輝いた瞳を持って生まれてくるでしょう。 

もう一度、優しく、愛に溢れた人達、人間と触れ合うことができる・・・ 

期待と好奇心に満ち溢れた心を持って生まれてくることでしょう。

身近な人、動物、植物

生きとし生けるものに優しさと、愛を注いで生きて行きたいものですね。

そんな人の周りには、いつも明るく笑顔の人が集まることでしょう。

優しい心を持った人が集まることでしょう。


2021年09月03日天国と地獄

今年、竹之こぅち不動社裏の神の山、天空農園で取れたサツマイモは、かなり大量です。

このまま土の付いたものをフードバンクに持ち込めないので今日からイモ洗いを始めました。大量過ぎるので、3日間に分けて行う予定です。 

 

さて今日のテーマです。

私たちは辛いこと、悲しいことがあると、藁にもすがる思いで神社や仏閣に行って、「助けてください」とお願い事をしたり、大金をはたいて、力がある人に頼ったりします。

本当に苦しいときに、その境遇から救い上げて欲しくて「助けて、助けて、助けて」と言うのは私たち弱い人間にとって、当たり前のことかもしれません。 

ですがそれを言われた神様や仏様はどんなお気持ちになるでしょうか? 

神様は、大変に愛深く、慈悲深い方ですので、もちろん助けてあげたくなるでしょう。 

今すぐにでも、その窮地から救い出し、安心できる場所へ置いてあげたいと思うでしょう。 

ですが、大事なことなのですが、例え神様が救ってあげたいと思っても、 

私たちの心に、その準備ができていなければ神様もどうして上げることもできません。 

ではまず、皆さんご存知の「三尺三寸の箸」のお話をご覧ください。 

<引用開始> 引用元

 

むかし、ある男がえんま大王様に会いに行き、天国と地獄というのは、どういう世界なのかを聞きました。すると、えんま大王様は、男に、天国のようすと地獄のようすを それぞれ見せてくれました。

まず地獄では、ちょうど食事の時間だったので、人々が、ながーい箸を持って大きい鍋の前に集まっていました。

この地獄では、ながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。

地獄では、お腹を空かせた人たちが我先にとテーブルに着き、

1メートルもある長い箸を使って、なべの中のごちそうをとって食べようとするのですが、

あまりにながーいので、どうしても自分の口にごちそうがとどきません。

腕をいっぱいに伸ばして口に食べ物を運ぼうとすると、

隣の人とぶつかってせっかく掴んだ食べ物を落としてしまうのです。

それでみんな、何も食べられずおなかをすかせ、やせこけています。

思うように食べ物を口にできない人たちは、さらに苛立ってきて、「お前が隣にいて俺の食事の邪魔をするから食べられないんだ・・・」「お前こそ俺の邪魔をしているぞ」

さらに、他の人の食べ物を横取(よこど)りしようとして、とうとう喧嘩です。

手にしている長い箸は、やがて相手を叩く道具に変わり、

そうこうしている間に食事の時間が終わってしまいます。

えんま様は、次に天国を見せてくれました。

天国も食事の時間でしたので、人々は地獄と同じ、

ながーい箸をもって、地獄と同じ、大きい鍋の前に集まっていました。

天国でも、ながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。

天国の人々は、おだやかな顔をして楽しそうにごちそうを食べていました。

長い箸で食べ物を掴むとそれを自分の口ではなくて、

向かい合って座っている人の口へ運んでいるのです。

「美味しいですね。今度は私があなたに食べさせてあげます。どれがよいか言ってください。」

長い箸で食べ物を挟むと、自分の前に座っている人の口へ運んでいます。

相手も、その長い箸で食べ物を挟んでは、自分の前の人の口へ運びます。

長い箸は自分のために使うのではなく、相手のために使っていました。

こうして、ながーい箸で、おたがいに仲良く、他の人とごちそうを分けあっているので、

みんなが感謝の気持ちで、いつも笑顔が絶えず、食事も十分、お腹いっぱいです。

 

えんま大王様は、地獄にいる人々は 自分のことばかり考えているために、

いつまでもけんかをして何も食べられないのだ。

天国の人々は いつもニコニコ笑顔で、仲良くお腹いっぱいなんだ。と教えてくれました。

自分の心の持ちようでこの長い箸は、

相手に対する思いやりの道具にもなれば、痛めつける道具にもなるのですね。

<引用終了>

 

このお話の「心の大切さ」は、ブッダのお話にも、イエスのお話(黄金律)にも、

そして不動明王の「奴僕(ぬぼく)の行(ぎょう)」でもその大切さが言われています。 

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に出てくるカンダタが、もう少しで地獄から天国に上がれるところで再び地獄に落ちてしまったのか?

せっかくブッダ(神さま)が手を差し伸べてくださったのに自分の心が変われず、

・自分さえ良ければよい

・自分さえ助かればよい

・人など、どうなっても良い

という心のままでいたからです。

 

このことは、死後も覚えていたほうが良いと思うのですが・・・ 

自分の心さえ変われば、 

例え地獄の底に居ようと、一瞬で光が差し込み私たちは天の国に助け出されます。 

心が変わるとは、

・自分さえ良ければよい

・自分さえ助かればよい 

そんな心から、

・周りの人たちに対する思いやり

・いろんな人、神々からの援助で今の自分があることへの感謝の心

そんな気持ちに切り替える必要があります。

藁にもすがる思いで神社や仏閣に行って、「助けてください」とお願い事をしても、

神々は、助けることができません。 

全ては、私たち自身が、自分の心を変えるところから始まります。

自分の事ばかり考えていると、心をむしばみ、神様から離れてしまいます。 

自分の悩み、苦しみは、少し脇へ置いておき、自分の周り、半径3mの人のことをいつも考え、どうしたら喜ぶか、笑顔になるか、考えていると、自分の心が神さまの道に進み、自分も相手も、みんなが笑顔で幸せになります。 

そして、いつの間にか、自分の悩み苦しみを消えてしまいます。

  



2021年9月8日水曜日

2449「マシュー君のメッセージ9月3日」2021.9.8

今回は「玄のリモ農園ダイアリー」さんの2021年9月3日の記事を紹介します。

  2021年9月3日マシュー君のメッセージ(178)

【勢いを取り戻した光、ライトワーカーたちの進展、アフガニスタン、アメリカ合衆国大統領選挙の真実の重要性、新しい世界経済システムのファクター、ダイエット、動物たちと人間の魂レベルの合意、動物と植物王国】

 

マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂たちから、心からのご挨拶をします。主要メディがあなたたちの世界の劇的な出来事を報道しています。それらは直接に影響を受ける人たちやその人たちを気遣う人たちには誰でも極めて大事なことです。その一方で、全世界の人々にとってとても重要なことが一般には見えないところで静かに進行中です。

 

闇の最後の足がかりを破壊している活動について話すことは僕たちの特権ではありません・・それらは時機が来たと自覚したふさわしい人たちによって明らかにされるでしょう。僕たちが、とても勇気づけられることとしてあなたたちに伝えられるのは、地球の可能性のエネルギー場に見えていることです。それは地球の文明社会の集合的思考、感情、行動だけでなく地球の他のすべての生命体から発せられるエネルギーを反映しています。

 

イルミナティがコロナウイルスを放出するまでは、強度を増す光が彼らの活動を確実に根絶させていました。厳しい規制、ビジネス閉鎖、経済的負担、そして大幅に歪曲された統計によって莫大な恐れのエネルギーが形成され、それが消滅の危機にあった闇の人間たちを生き返らせました。そのためにエネルギー場は、支配を競う光と闇のアタッチメント(訳註:エネルギーに付加するもの)を伴ったエネルギーの流れ(ストリーマー)がもつれ合ったカオス状態になりました。それによって地球のアセンションの進行が遅くなることはありませんでしたが、その混乱したエネルギー場には、光のストリーマーがいつ力を取り戻して再び人々を高みに押し上げるのか明確な兆候はありませんでした。コンティニュウム(時空連続体)ではそれは完全に明確なのです・・光は勝利して、地球は彼女の本来の健康と美を取り戻し、平和になった人類は健康と繁栄の中に生き生きと喜びに溢れて暮らしています。

 

しかし、1年半以上前に地球でその理想的世界を実現するための取り組みが最高潮に達した時、ライトワーカーたちは、いわゆる感情の溝に投げ返され、あなたたちの多くは一体何か変化を起こしているのだろうかと疑問に思い始めました。地球の人々は目覚め始めているのか、状況は良くなっているのか、闇は本当に消滅させられているのか?愛するファミリー、あなたたちは間違いなく変化を起こしてきましたし、今も世界に変化をもたらしつつあるのです・・言葉通りに!ええ、人々は目覚めていますし、状況は重要な変化に向かって前進しています。そして闇は確実に消滅しつつあります。“パンデミック“は彼らの勝利とは裏腹に、彼らの敗北なのです。

 

さて、可能性の場の話に戻ると、最近光に満ちたアタッチメントのついたエネルギーのストリーマーがチラチラと輝きながら、もつれ合ったエネルギーの中から急激に抜け出て、今勢いを増しています。それらはジグザグな動きをしながら止められない勢いとなっている一方で、闇の付加したストリーマーは急速にその数と力を失いつつあります。それらはイルミナティのように執拗ですが、明るさをますます増している光が彼らを明るみに出しているので、隠れ続けることはできません。それらは・・そして、その嘘の拡散は・・何も疑問に思わない、恐れている人々の恭順なしには持ち堪えることはできませんが、しばらくはそれで彼らはやってきました。今彼らにあるのは、疑問を持ち、もうこれ以上ロックダウンもマスクもワクチンも支配もいらないと決断した、数を増している恐れずに反抗する人々です。

 

いわゆるワクチン、いわゆる“デルタ型変異種”・・“パンデミック”に関わるすべて・・についての真実がいつ明るみにされるか、あなたたちに言えたらどんなにいいでしょう。イルミナティの主要メディアとインターネット検閲の支配は崩壊しつつありますが、事実が嘘の“公式”情報にとって代わるほどにはまだなっていません。そうなるのは確かです。そして、ワクチン接種を受けた人たち全てに言いますが、どうか将来の健康の問題について恐れないようにしてください。そのような可能性があることは本当ですが、光こそあなたたちの免疫系のベストの協力者であること、そして神が僕の母に言ったように、優しくあるだけで光を吸収できることを心に留めておいてください。

 

世界の眼はアフガニスタンの人道的危機に惹きつけられ、世界のハートはその国の人々と共にあります。実際、賢明さと先見の明と思いやりがあったら状況はもっと違うやり方で処理できたでしょう。今起きていることは僕たちにとっても深い悲しみになっています。それはこの国の人々は厳しい支配下で悲惨な生活条件に晒されているからです。中には処刑される人たちもいます。いいえ、これは選択したカルマ経験の完了とは違います。一部の人たちには魂の合意の例外条項を適用することができますが、ほとんどの人々は選択しなかった経験を耐え忍んでいますし、これから耐え忍ぶことになるでしょう。そして、ニルヴァーナに入るまでは、このことによって魂の飛躍的進化が得られたことを知る人は誰もいないでしょう。

 

アフガニスタンが平和な国家として安定と協調と繁栄への道を辿るためには、腐敗した政府を退かせ、占領軍を撤退させることが必要だったのは本当です。今の瞬間ではそれはかすかな望みに見えますが、すぐには来ませんが必ずやって来ます。光の波動エネルギーのパワーがやがて傷を癒やし、家族と国への愛という共通の絆で市民を一致団結させるでしょう。

 

どの政府であれ、“市民の自由の確保”とか“国造り”の名目で、軍隊を他国に送り込むときは、いつでも自分に都合の良い目的があることをすべての人々が知る必要があります。それには流血と搾取が必ず伴い、軍隊が撤退するときその国に残されるのは荒廃です。絶え間なく上昇している波動エネルギーは、それは二度と地球には起きないことを確証しています。

 

アメリカ合衆国大統領選挙の不正についての証拠が明らかにされることには二つの重要な意味があります。イルミナティが政府をコントロールできるように、選挙を操作していること、そして2世紀にわたってこの国と他のたくさんの国々の選挙がさまざまな方法で盗まれてきたことをこの社会は知る必要があります。地球の暮らしがイルミナティの世界支配という目標に沿っているのはそれが理由です。

 

二つ目は、そしてこれも世界中に影響を与えますが、それはアメリカ合衆国の統治体制を変えることになるでしょう。各植民地が連合してから間もなくして、英国王室とイルミナティのロスチャイルド分派の人間たちが秘密裏にその生まれたばかりの国を会社組織にして、それを彼らが所有しているのです。共和制的統治制度がこの国の憲法に基づいて設立されれば、その後は、元々はネサラ法、現在はGネサラ法として知られる法律が施行できるでしょう。大勢の人々の貧困と僅かな数の人間たちの莫大な資産の占有を終えることが、世界変容の経済的基盤になります。

 

前のメッセージで僕たちは財務アドバイザーではないと言いましたが、それは本当です。けれども、貴金属本位制度の世界経済システムが運用されたら何が起こるのかについての質問には、ある程度答えられます。それがいつ起きるかは知りませんが、現在のシステムから新しいシステムへの移行は、不便さと混乱を最小限に抑えるようできる限り円滑に行われることは知っています。

 

銀行や信用金庫の当座と普通預金口座にあるお金は、それらが言わば“インターネットではない従来型の”企業であるので、安全に確保されるでしょう。主な金融システムはイルミナティの支配下にありますが、莫大な数の口座を閉じるのは彼らの手に余るでしょう。新しいシステムが導入される間、それらの機関は臨時的に閉鎖になるでしょう。

 

国の退職金口座に払い込まれた労働者の賃金は保護され、受け取る権利のある者へ支払われるように用意されるでしょう。また障害補償と福祉の提供のための資金も準備されるでしょう。そのような支払いをすべて処理するのに多少の遅れは起こり得ます。

 

株式市場に関連した投資や年金資産は、それらがイルミナティによって常に上昇と下降を戦略的に操作されているので、どう影響されるか正確にはわかりません。市場が彼らの手から外されて安定するまで、支払いが中断する可能性はあります。

 

高金利のクレジットカードはイルミナティの別の道具で、収入以上の支出を促して、重い負債で人々にストレスをもたらすのが目的です。クレジットカードが今後も引き続き購買手段になるか・・確かに合法的に使わられるのであれば、カード払いは便利です・・あるいは他の形に代わるかはわかりません。  

 

仮想通貨もイルミナティによって作られ、彼らの支配下にあります。ほんのわずかなコンピュータのデータ入力で、この通貨のすべてが消去できるのです・・それらの口座を救うために“匿名の保証”に頼ってはいけません。それがあなたたちにどのように役に立っているとしても、長期間入手可能という理由で頼る代わりに、そのような資金を使うことを見直すことが賢明でしょう。

 

Gネサラ法についてもう一つ注意があります。その目的は公平で公正な世界経済システムを構築し、あなたたちの世界全体に繁栄をもたらすことです。この法律についての一部の誤情報のように、地球のすべての人々に多額のお金を分配するのが目的ではありません。(2017年8月27日のメッセージにこの法案の経済的条項の詳しい説明があります)

 

「オーガニックな食べ物とベジタリアンやビーガンダイエットは個人のアセンションの助けになるでしょうか?」

 

スピリチュアルレベルと意識レベルでの気づきの進化である個人のアセンションは、光を吸収することで達成されます。ですから、ダイエットがそれにどのように影響するかについて話しましょう。化学物質を含まない肥料や殺虫剤で育てられた食物は実際より健康的ですが、そのような食品の経費がストレスに感じられていたなら、それらの効用もなくなってしまいます。ストレスは精神と身体とスピリットの健康のバランスを失います・・体内の光を奪い、免疫力を弱めます。

 

新鮮な野菜とフルーツは、最も光に満ちているので最も栄養になります。また毒性化学物質なしに穀物が製粉され、豆類が加工されていれば、それらもたくさんの光を含んでいます。もし望むようなダイエットと財布が両立しない場合は、何を食べるにしてもそれに感謝し、それが自分にとって最も役に立つと思ってください。

 

肉や海産物や乳製品が健康維持に必要だと感じている人もいれば、そのような食べ物がない方が身体はより健康になると感じている人がいます。でもダイエット以上にはるかに大事なことは動物たちの扱いです。食物連鎖にある動物たちは人間との魂レベルの合意に従って、栄養分を提供する代わりに、感謝、尊敬、そして生きている間の思いやりある扱いを受け取り、そして優しさと尊厳を持って死ぬことになっています。“ファクトリーファーミング(工場式農業)”はその合意の人間側の部分を非人道的に違反しているだけでなく、長い時代を通して、他の動物たちも、家畜であれ、野生であれ、残酷な扱いを受けてきました。惑星地球が高い第5密度から深い第3密度に堕ち、そこに年千年間はまり込んでいるのは、人類のお互いと動物たちに対する容赦ない非人道的行為のためです。

 

動物として肉体化する魂は広範囲の知性と感情を持っています。そしてその家族はちょうどあなたたちが家族を愛するように、お互いを愛しています。彼らが生きている間や死ぬときにトラウマ体験をすると、そのエネルギーはその肉体と精神に残ります。そして彼らがニルヴァーナに入るときは、トラウマ体験のある人間と同じ個別の癒しの治療が必要とされ、それが与えられます。

 

創造主の無条件の愛のエネルギーの不可分な分身として、あなたたちの動物王国と植物王国にいるあらゆる生命はさまざまなレベルの意識を持つ魂です。種別で言うと、クジラ類が地球上で意識レベルとスピリチュアルレベルで最も進化した魂です・・彼らははるか遠くの宇宙文明社会から送られてくる光を深海につなぎ留めるために、大きな躯体として進んで肉体転生して来ました。そして、植物王国について考えてみてください。それぞれの種はいつ成長を開始し、何になるのかを知っています・・草、木、花、果実、穀物、野菜・・そしてそれぞれが地球のあなたたちの暮らしと他のすべての魂たちの暮らしの質に計り知れない恵みを与えています。 

 

多分、特にこの瞬間のような混迷の時代には、地球上の他のあらゆる生命にあなたたちが影響を与え、そしてそれらから影響を受けていることを忘れがちになります。この気づきと調和した生き方が、あなたたちがこの惑星地球を共有しているあらゆる生命の暮らしの向上に貢献します・・これが個人のアセンションであり人類社会の進化です。   

 

愛する兄弟姉妹たち。あなたたちのミッションへの揺るぎない歩みは、地球の人々が“光を見る”ための計り知れない助けになっています。そうすることで人々が望む平和と調和と愛で満たされた暮らしのある世界が実現できるでしょう。

 

この宇宙にいるすべての光の存在たちがあなたたちを讃え、無条件の愛のパワーであなたたちを支えています。

                                ______________________


ここではマシュー一人として話しています。この個人的なメモを加えます。 

 

先週の“コーストからコーストへ”のラジオ番組で、調査報道記者のシェリル・ジョーンズによる僕の母とのインタビューが放送されました。僕のメッセージと本にある重要な情報を強調してくれた彼女の素晴らしい貢献に対してシェリルに感謝します。それらは、愛は世界変容への鍵であること。恐れないことの大切さ。光の軍団にいるレプタリアンたちも含めて、たくさんの強力な宇宙文明社会からのメンバーたちが地球を助けてくれていること。そして、地球の素晴らしい霊界であるニルヴァーナの生き生きとした多様な暮らしのことです。

 

光のメッセンジャーたちがチャネラーたちに送っている情報をシェアすることで、地球の波動エネルギーを上昇させているすべての人たちに、この宇宙領域にいるすべての魂たちが感謝しています。