2024年6月22日土曜日

3466「次のパンデミックが「致死率50%」などになるなら」2024.6.22

 今回はIn Deepさんの2024年06月17日の記事を紹介します。


「次のパンデミックが「致死率50%」などになるなら、本来は全然恐ろしい流行ではないのですが、今が「106年前と同じ免疫状態なら」状況は深刻かも」


https://indeep.jp/flu-pandemic-1918-and-2025/


致死率50%というけれど

今年 5月に、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)の元所長であるロバート・レッドフィールドという人が、「鳥インフルエンザによるパンデミックへの懸念」を述べていたことを記事にしたことがありました。

(記事)元CDC所長の「鳥インフルエンザの機能獲得研究が大パンデミックを引き起こす可能性についての警告」にある一部の欺瞞と一部の真実 In Deep 2024年5月19日

それから約 1ヵ月後の先日、また同じレッドフィールド元 CDC 所長が、ニュース番組で同様のことを述べていたことを米ザ・ヒルが伝えていました。

その発言内容は、1ヵ月前よりさらに強いものとなっていまして、以下のように述べたと報じています。

ザ・ヒルより抜粋

「鳥インフルエンザの大流行は、それが起こるかどうかという問題ではなく、いつ起こるかという問題だ」とレッドフィールド氏は語った。

また、鳥インフルエンザは、COVID-19と比べて人間に感染した場合の「死亡率がかなり高い」とも指摘した。レッドフィールド氏は、死亡率は「おそらく 25~ 50%の間」と予測している。ニュースネーションは、COVID-19 の死亡率は 0.6%だったと指摘した。

thehill.com

このように、次の鳥インフルエンザによるパンデミックの致死率が最大で 50%などになると述べていました。

実際の話としては、「平時」であるならば、致死率は高ければ高いほど流行は急速に終息しますので、致死率の高さは本来なら安心材料なんですが、それについては、以下の 4年前の記事に「発症率が低くて致死率の低い病原菌のパンデミックがもっとも脅威である」ことについて書いています。

(記事)人類を破滅に導くパンデミックは、エボラやSARSのような凶悪な病原体ではなく「発症しづらく致死率の低い軽い風邪のような病原体」だと2年前にジョンス・ホプキンスの科学者が警告していた In Deep 2020年3月9日

 

ちなみに、ザ・ヒルの記事では、コロナの致死率は 0.6%と記されていまして、これは公式の数字なのかもしれないですが、パンデミック初期の「何から何まで死亡者の死因がコロナとされた」時なども含まれていますので、実際にはそれよりはるかに低いはずです。

今年の 1月時点での、これも公式な数字なのでしょうけれど、世界でのコロナによる死亡者は約 700万人とされていました。

その時点で「世界の超過死亡数は 3000万人近くとなっていた」という他の一件もあります。コロナの何倍も「コロナ以外での通常ではない数の死亡者が出ていた」ということです。

英エコノミスト紙に掲載された世界の超過死亡数とコロナ死亡数の累積

 


今では、超過死亡数がコロナ死の数十倍となっているのですけれど、これは今回の話とはあまり関係ないですので、以下の記事などをご参照いただければ幸いです。

(記事)世界の超過死亡数が世界全体で3,000万人に迫る。直近では超過死亡がコロナ死の20倍以上に。今後はどうなる? In Deep 2024年1月28日

 

さてしかし、この「超過死亡」の中に、たとえば、「何らかの感染症で亡くなった方はどのくらいいるのか?」ということを思います。

ここ 2、3年の超過死亡に関しては、心血管問題による突然死や、ガンなどに注目が集まることが多かったですが、「感染症のほうはどうだったのだろうか」と。

普通であれば、死亡に至るようなことのない、たとえば何らかの風邪やインフルエンザや他の呼吸器感染症での超過死亡はどのようになっているのだろうなとは思います。

そういう統計(呼吸器感染症においての超過死亡率)を、どの国の場合でも見たことがないですので(あるのかもしれないですが)、その数はわかりません。

しかし、「仮に」ですが、この 2年や 3年に、通常であれば死亡に至ることのないような風邪などのような呼吸器感染症で亡くなった超過死亡例が多いのだとすれば、

「鳥インフルエンザも呼吸器感染症」

ということを思うのです。

これは、鳥インフルエンザじゃなくても何でもいいんですが、今の社会の状況で、「やや感染力が強くて、やや致死率の高い感染症」が流行することへの懸念の理由は、やはり今は「ワクチン後の社会」だからです。

・免疫が弱っている人が多くいる可能性がある

・免疫寛容のような状態になっている人たちが多くいる可能性がある

ということです。

「免疫寛容」というのは、免疫システムが体内の異物(ウイルスなど)に対し、排除するのではなく受け入れることを言いますが(つまり、さまざまな病気に感染しやすくなる)、そのようになっている人が多い「かも」しれないということです。

もちろん、どのくらい人たちがそのようになっているかはわかりようがないのですが、その状態に鳥インフルエンザが来る懸念があります。

……と言いたいのですが、実は最も大きな懸念は、

「鳥インフルエンザワクチンが来る」

というほうでしょうか。

鳥インフルエンザワクチンはすでに存在しています(どんな株が流行の主流になるかわからない時点で完成して、生産体制が整っていたということです)。

最初に接種が始まるのはフィンランドで、すでに 4000万回分の購入の契約をしています。

(記事)フィンランドが「鳥インフルエンザワクチン接種」を公的に受ける最初の国に。4000万回分を購入する可能性  BDW 2024年6月8日

欧州委員会などは、「あらゆるインフルエンザ株に適応可能なパンデミックインフルエンザワクチン」(どんなだ)を、すでに 1億1100万回分確保しています(翻訳記事)。

免疫状態がきわめてよくない人類が主流となっているかもしれない現状で、どういう形であろうと、体内に入ってくるわけです。鳥インフルエンザといわれているものの抗体のようなものが。

 

思い出すのが、今から 100年以上前のインフルエンザの流行、いわゆるスペインかぜと呼ばれているものの時に起きたとされていることです。

スペインかぜが、あれほどの死をもたらした原因は何だったのかということについて、エレノア・マクビーンという女性の 1979年の著作に描かれています。

当時もまた人々は、「複数の強力な感染症のワクチン接種」を受けており、その中でインフルエンザのパンデミックが始まりました。

書かれてあることが本当に真実なのかどうかも、またわからない面もあるのですが、いずれにしましても、今の人類の状態は、人々の免疫の状態から見れば、このスペインかぜの時より「良くない」と思われます。

同じようなことが起きないことを願っています。

エレノア・マクビーンさんの 1979年の著作から抜粋して締めさせていただきます。

エレノア・マクビーン「Vaccination Condemned」より

educate-yourself.org 2004/02/07

私は 1918年のインフルエンザ流行の現場の観察者だった。

1918年のスペインかぜ流行の中で、当時生き残ったすべての医師と人々は、それが世界が経験した中で最も恐ろしい病気だったと言った。

その日には強くて元気だった男たちが、次の日には死んでいた。

この病気は、腸チフス、ジフテリア、肺炎、天然痘、そして第一次世界大戦直後に人々が予防接種を受けたすべての病気にペストの特徴が加わったものだった。

実質的に、全人口が 12種類以上の病気、または有毒な血清を「接種」された。医師が作り出したこれらの病気が一斉に発生し始めたときは、悲劇だった。

このパンデミックは 2年間も続き、症状を抑えようとした医師たちがさらに薬を投与したことにより長引いた。

私が調べた限りでは、インフルエンザは予防接種を受けた人だけに起こった。注射を拒否した人たちはインフルエンザを免れた。私の家族はすべての予防接種を拒否していたので、ずっと健康だった。

インフルエンザがピークに達したとき、すべての店、学校、企業が閉鎖された。

医師や看護師たちも予防接種を受けていてインフルエンザにかかっていたため、病院さえ閉鎖された。通りには誰もいなかった。まるでゴーストタウンのようだった。

予防接種を受けていなかった私たちの家族はインフルエンザにかからなかったため、両親は家から家へと回って病人たちの世話をするためにできる限りのことをした。この時には人々が普通に医者にかかることが不可能だったのだ。

細菌、バクテリア、ウイルス、またはバチルスが病気を引き起こす可能性があるとしたら、両親が 1日に何時間も病室で過ごしていたときに、それらが両親を襲う機会は十分にあった。

しかし、両親はインフルエンザにかからず、家に持ち帰ったウイルスが私たちや子供たちを襲ったり、病気を引き起こすことはなかった。私たち家族は誰もインフルエンザにかからなかった。深い雪が積もった冬のことだった。

1918 年のインフルエンザの大流行により、世界中で 2,000万人が死亡したと言われている。しかし、実際には、医師たちが致命的な治療法と薬を使って人々を死に追いやった。これは厳しい非難かもしれないが、薬を使わない医師たちの成功と、薬を使う医師たちの成功を比較すると、やはり真実と言わざるを得ない。

医師や医療機関がインフルエンザ患者の 33%を失っていた(患者の 33%が死亡した)一方で、バトルクリーク診療所などの非医療病院では、水治療、入浴、浣腸など、断食やその他の簡単な治療法、それに自然食品を慎重に考案した食事療法によって、ほぼ 100%の患者が治癒していた。

ある医療医師は、8年間患者を 1人も死なせなかった。

もし医師たちが薬を使わない医師たちと同じくらい進歩していたら、インフルエンザの医療治療による 2,000万人の死はなかっただろう。

ワクチン接種を受けた兵士の病気は、接種を受けていない民間人の 7倍に上った。

1912年に海外から帰国したある兵士は、陸軍病院は(小児)麻痺の患者でいっぱいで、なぜ大人が小児疾患に罹るのか不思議に思ったと私に話した。

現在、麻痺はワクチン中毒の一般的な後遺症であることがわかっている。米国の人々は、1918年に世界規模のワクチン接種キャンペーンが実施されるまで、麻痺に悩まされることはなかった。

________________________________________

 

ここまでです。

この中に、バトルクリーク診療所というのが出てきますが、これは、いわゆる「ケロッグ博士」という方の診療所です。

ジョン・ハーヴェイ・ケロッグ(1852-1943)

このバトルクリーク診療所のスペインかぜに対しての対処法については、今から 13年ほど前の以下の記事に書いたことがあります。

(記事)1918年の「死のインフルエンザ」へのケロッグ博士の対処法

In Deep 2011年11月22日

2024年6月21日金曜日

3465「子供たちの巣立ち」2024.6.21

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月08日の記事を紹介します。


「子供たちの巣立ち」


私も含め、たいていの親は、何時まで経っても子供を心配します。

なまじ長く生きているがゆえに

・ああしたほうが良い

・こうしなさい 

と、何とか子供たちが失敗しないように、より楽な道を歩めるように、

心を隅々まで砕いていらっしゃる親御さんも多いことでしょう。 

つい心配で、色々な細かなアドバイスと言う名の余計なおせっかいをしてしまうかもしれません。 

ですが、それは私たち親とは別の魂を持ち、別の目的を持って地球に生まれた子供たちの魂の成長にとって、非常に大きな障害となってしまうかもしれません。 

もしかしたら、子供の人生を台無しにしてしまうかもしれないほど、大きな過ちかもしれません。 

では、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の子供、小学生の神様、トキ君のお話を基に書きたいと思います。

私のブログでずっと書いてきたことと同じことを話しています。

このお話は以前も載せたのですが、この時期に必要と感じましたので、追記して再掲します。

子供について書いていますが、子供だけでなく、身近な人たちに対しても、同じことです。

※下記の文章の「子供」を、その身近な人の名前に置き換えてお読みください。

下の映像の中で、山幸彦が人間に伝えたいこととして、子供の育て方について話をしています。

 


トキ君はこんなことを言っています。(一部補足)

私たち親は

・勝手に子供の先回りをして

・勝手に心配をして

・勝手に期待して

・勝手に親のエゴを押し付けてきました

きっと、そんな親に子供たちの魂(本体)はどんなに悲しんでいることでしょう。

何故なら、地球への誕生をワクワクと目を輝かせて、期待に胸を膨らませて生まれてきた子供たちの人生ストーリーは、

・親のエゴやミエのため、

・親の思い通りの人間になるため

の人生とは全然違っているかもしれないからです。

子供たちの魂は、きっとこう言っていることでしょう。

お願いです。

神さまと約束してきた花をここで咲かせてもいいですか?

・子供たちは自分の力で生きていく力を、予め神様から頂いて生まれて来ている

・親が自分のエゴやミエで心配し、先走りし、レールを引いて教えてしまうと、

 自分で考えることができず、計画してきた経験もできず、

 魂の糧にもならい。

 考える力、感じる力が身に付かない

 教えれば教えるほど、これからの長い人生航路を渡っていく力がそがれてしまう

・自分で経験するからこそ、魂の糧となり、教訓を身に着けることができる

・そのために、生まれる前に、その経験(一見、誤りに見える道)を人生に計画してきた

・親は、子供を信じ、子供のやりたいことを、周りで愛を持って見守るだけ

・親は親で自分の人生を笑顔で楽しむこと

・親が自分勝手な考えで子供を誘導しなくとも、計画してきた時期になれば、子供は気づき、行動を始める時が必ず来る

・親が先回りしてしまうと、それが出来なくなってしまう。弱い魂になってしまう。 

また別の動画では、「親の心配」についてこうも言っています。

<以下抜粋>

  

心配は愛ではなく、心を縛ること、鎖につなぐこと(トキ君にとっては、犬の首輪・鎖のように見える)心配ばかりしていると、それが本当に現実化してしまう。

なぜなら私たちの想いは、思い続ければ、叶ってしまうものだから。

だから心配することは「愛」ではない。

お金のこと、病気のこと。これを心配するのも「愛」ではない。

・お金のことを心配し過ぎるから、お金が来ない

・病気などの心配し過ぎは、お金と逆でそれを引き寄せてしまう

・病気のことを心配すればするほど、仲間の病気を連れてやって来る

理屈ばかりを言い立て、怒ることは「愛」ではない。

何時までも、昔のことを水に流さず、繰り返しネチネチ怒る人にも「愛」はない。

「愛」とは相手を信じ切ること、人間は思ったことが、無意識に願いとなり、叶ってしまう。 

<抜粋終わり>

 

私たち親は、肉体を持っていますから、目に見える姿かたちに囚われ・・

子供たちの魂がどのような目的を持って生まれて来ているかを知りません。

私たちは、情を持っていますから、なんとしてでも(どんな手を使ってでも)子供たちに幸せになって欲しくて、手を出し、口を出してしまいます。 

ですが、それは子供の魂にとっては恐ろしく有害です。 

・例え心配であっても、

・子供たちを信じ、

・あれこれ口を挟まず

・子供たちの自由に任せ 

そっと回りで見守ってあげるのが一番良いことかもしれません。 

これは子供だけでなく、周りの方に対しても同じです。 

・そのまま行ったら失敗する

・不幸になる 

そう思っても、もしかしたら、その魂は失敗から学ぶために、その道を選んでいるのかもしれません。

 

また、魂にとっては方向を変える時期と言うものが存在します。

気運が満ちなければ、周りが何を言っても、通じません。反発を買うだけです。 

依存性を増すだけかもしれません。

私たちができることは自分のことだけです。 

例え家族であっても、親しい友人であっても、情を持ってして、変えることはできません。 

それであれば、私たちができることはただ一つ。

私たち自身が、自分の心を洗い、身近な周りの人々と、笑顔で助け合って生きていくことだけです。 

私たちが感謝の清らかな心に満たされて 

・例え生活は苦しくとも

・厳しい人間関係の中に置かれていようとも 

笑って過ごしていれば、神さまの道を進んでいくこととなり、 

その美しい波動は宇宙中に広がって、同じ心の人たちに囲まれて生きていることに気づくことでしょう。 

私たち自身の心こそが、私たちの住む

・見える世界

・見えない世界

までも決定し、作り出しているからです。

決して

・どこかの神様や

・自分には不思議な力があると自慢する人

が助けてくれるわけではありません。


2024年6月20日木曜日

3464「究極の選択」2024.6.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月07日の記事を紹介します。


「究極の選択」


今日は神様から示された究極の選択についてです。

ブッダによれば、私たちの悩み事、苦難の多くの原因は自分に起こってきた出来事を 

・受け入れたくない

・認めたくない 

という気持ちから、抵抗し、逃げ出し、そしてそれができない、無駄だとわかると 

・不平不満、愚痴、文句 

を言い、ますます人生を暗くしてしまうことに起因しているようです。  

ですが、本当の真実は 

・その出来事は神様が起こしてくださったことであり

・その目的は、その出来事を通じ、私たちの魂を磨くため

・そしてますます幸せな段階へと、私たちを進ませるためのもの

そういうものだということです。 

すべては、その出来事を、 

・認め

・受け入れ

・その新たな環境の中(おかれた場所)で、

 小さな幸せを見つけ、

・笑顔で感謝の気持ちをもつこと 

そうした途端周りの環境は、一切変化がないのに、一瞬にして、神々に祝福され

天国に住む者に変化します。 

小林正観さんのお子様、慶子ちゃん。

生まれながらに心臓に穴があき、脳にも障害を持って生まれたお子様のお話をお読みください。

<引用開始>

 

正観さんは、変わった紹介方法すると、 

・ブッダの弟子

・そして空海の弟子

・プレアデス星団から地球に来ました 

そのような人です。 

ですが、もう亡くなってしまいました。

その正観さんは、30歳で結婚し、3年目にして、やっと待ち望んだお子さんが生まれたそうです。

待ち望んだ子ということで、お名前は「慶子」と付けました。

ですが、知的障害と、染色体異常であったため筋力が、人の半分しかありませんでした。

その娘さんについて、正観さんが次のように書いています。

 

彼女は、普通の子供よりも筋力が足りないため、早く走ることができません。 

運動会の徒競争に出ると,1位はおろか、2位になることも、3位になることもありません。

いつも「ビリ」でした。

忘れもしません。彼女が小学校6年のときです。

運動会の前に、足を捻挫してしまった友だちがいました。

 長女は、その友だちと一緒に走ることになっていたため、友だちには悪いのですが・・・・

「はじめてビリじゃないかも知れない」と、妻は期待していたようです。

運動会を終え、妻はいつも以上にニコニコしながら帰ってきました。

長女がビリから抜け出したのかと思いきや、「今回も、やはりビリだった」というのです。

ところが妻は、今回もビリだったことを嘆くどころか、ニコニコと嬉しそうにしていました。

徒競争が始まると、長女は、足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、気にかけながら走っていたそうです。

自分がゴールすることよりも、自分がビリから抜け出すことよりも,ケガをした友だちのことが心配だったのでしょう。

友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。 

すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、手を引き、起き上がらせ、2人で一緒に走り出したそうです。

2人の姿を見て、生徒も,父兄も立ち上がり、2人に大きな声援を送りました。

そして、いよいよゴールのとき、長女は、友だちの肩をポンと押して、自分より先に友だちをゴールさせたというのです。 

この話を聞いたとき、私は気がつきました。

人生の目的は競い合ったり、比べたり、争ったりするものでも、努力したり、頑張ったりして「1位になる」ためにあるのではない。

人生の目的は、「喜ばれる存在になることである」私はこのことを、長女に教わりました。

そして娘は、そのことを教えてくれるために、私たち夫婦の子供になったのだと、妻の話を聞き終え、私は そう気がついたのです。

<引用終了>

 

さて究極の選択はここからです。

正観さんご夫婦が50歳の頃、この慶子ちゃんが生まれて 15年位した頃、

お二人でこんな会話があったそうです。

ひとつは、もし神さまが、白い粒でお薬のようなものを差し出して夫婦二人で決めなさいと 言われたとします。

この粒を飲めば、この障害のある子が治り、普通の子のように、健康で元気になることが出来る。 

そう言われたら、そのお薬を飲みますか?どうしますか? 

と話したそうです。

すると奥さまは はっきりと「今のままがいい」と答えられたそうです。

もうひとつは、

3人目の子どもができたとして、事前に知恵遅れであることが分かったとします。 

「それでも産みますか?」 

という質問、選択です。

奥さまは即答した と言います。

「そのまま 喜んで産む」と

そしてお二人して、この慶子ちゃんが、15年経って 本当に可愛いと思っていることが

心の底から分かったそうです。

生まれた直後は大変 悲しい思いなど、さまざまあったけれど、結局全ては、15年経って見れば「ニュートラル」であったと。

良いも悪いもなかったのだと。

 

障害を持って生まれたのが悪いわけでもなく、それを受け入れて、不平不満、愚痴を言わず、

一緒に暮らし、時を経て見れば、決してそれは悪いことではなく、むしろ素晴らしい体験をさせてくれた、と言うことが解ったのだそうです。

「人生の読み替え 遅くない」全ての現象はニュートラルだから、必ず、そしていつでも、

不平不満、愚痴を言うことを止め、静かにそのことに感謝する「読み替え」は必ず出来る。

正観さん そして奥さま。

慶子ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないと、仰います。

幸福も不幸も 自分が決めること。 

そのことを、この慶子ちゃんが教えてくれたのだそうです。

もし、貴方が同じ立場だったら、どちらを選択しますか?

今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?

私たちは、生まれる前に、今世で、 

・いつ何が起きるか、

・いつ誰と出会い、いつ分かれるか

・健康な身体か、病弱な身体かを選び 

神さまと相談し、承諾を得て、生まれてきました。 

天国で神さまと 設定した、人生で起こる全ての出来事は、私たちの魂を、より進化させ、

神さまに近付くため という目的を持っています。 

ですので、全ての出来事に意味があります。

全ての出来事が、寸分の狂いもなく、起きるように、神さまがはからってくれています。 

ですので、私たちは、その流れに乗ってさえいれば、 

・ああ、しなければならない

・もっと努力しなければならない

そんなことを全く考えずとも、ただ目の前に起きて来たことに、感謝し、愛を込めて、行うだけで流れに乗ることができます。

なぜなら、神さまのみわざは、どの人にも平等に降り注いでいるのですが、そのみわざ、神さまの祝福が現れるには、人間側の「感謝の心」がどうしても必要だからです。

ですので、人生に現れてくる、様々な出来事に「感謝の心」で、接している限り、私たちは、揉まれ揉まれながらも、魂の輝きが増し、結局は幸せな岸辺に、たどり着くようになっています。

でも、それでも、あなたは今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?

 




2024年6月19日水曜日

3463「幸せになるために」2024.6.19

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月06日の記事を紹介します。


「幸せになるために」


さて、今日のテーマです。

ブッダは私たちの苦しみの原因を思い通りにならないことを、思い通りにしようとすること、そうおっしゃいました。

昨日スタートした「先祖供養プレゼント」に応募されてきた皆様の悩み苦しみも、

今日のこの記事に解決のヒントがあるかもしれません。 

私たちの人生には、物事が、思い通りに運ぶ順境の時もあれば、何をやってもうまくいかず、

周りの人も、自分の期待通りには動かず、悶々とした逆境の時もあります。 

ですが、そのような逆境の中でも、恨まず、憎まず、文句を言わず、人のせいにせず、じっと耐え、魂を鍛えてくださる神々の働きに感謝の気持ちを持ち続け、忍耐を手に入れた人には、良き恵がもたらされることでしょう。 

どのような苦しみ、悲しみが降りかかろうと、それはを生まれる前に、そうなるように設定して来たのは、誰でもなく自分自身です。

今の状況を「あの人のせいで・・」と人のせいにするわけにはいきません。

・今置かれている状況は

・困った出来事は、

・悩みの種は、 

真っ直ぐに自分に向かって、起こっています。

誰かのとばっちりで起きた事ではありません。

自分が苦しみに感じるのと、同じだけのパワーで、自分に対して、生き方や、考え方の見直しを求めて、起きてくれている「出来事」です。

今、時が熟したことによって、やっと目の前に、その現象が現れてくれました。

それは、私たちの魂が、この人生の歩みで、少しずつ進歩して、やっとその問題を感じ、

そして解決する時が来たという証でもあります。

その事を斎藤一人さんがお話してくださっているのでご紹介します。

<転載開始> 転載元

 

生きていると、いろいろなトラブルや問題が出てきます。

そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりします。

でも、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものなんです。

人間は、自分に起きた問題を利用して魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。

ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。

それどころか、目の前に起きた問題が

自分の魂を一つ上にあげる階段だということも知らない人も多いんです。

だから、苦労したり、悩んだりするのです。

でも、私はなぜか、昔から知っていました。

問題が起きたときこそ、「魂を成長させる方法」というのがあることを。

魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。

その方法はたった一つです。

たった一つの方法で、全部の問題が解決できます。

それは、感謝です。

 

なにか問題が起きたとき、多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。

理詰めで考えると、いろいろな原因が思い当たるでしょう。

でも、魂的な視野からいうと、自分に起きるトラブルや問題は

「自分の感謝のなさ」を教えてくれるものとして出てきています。

だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、

いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。

感謝の反対は「当たり前」。

同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。

ということは、感謝を知らないのです。

だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。

それの「気づき」のために、どこかからだの具合が悪くなる。

それに気づき、他の具合が悪くないところ一つひとつに感謝すればいいのです。

必要な治療を受けながら、感謝すればいい。

そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、最後に、問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。

これはお約束ごとです。

この世は、そういう仕組みになっています。

ということは、問題が起きたとき、「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」と思い、

最初から問題そのものに感謝するのが、一番いいんですよね。

でも、最初から問題そのものに感謝する、という流れには行かないものなのです。

だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。 

周りへの感謝から始めると、やがて、その問題にも感謝できるようになります。

そして、魂が上にあがります。

<転載終了>

 

何か自分の意に沿わないことが起きた時、私たちは不平や、不満、愚痴を口にし、

何とかそこから逃れようとジタバタします。

今までのぬるま湯につかったままでいたいと思います。

ですが、そのトラブルや問題と言うのは、私たちに「感謝の心」を思い出しなさい、  

と言うチャンスの時期が到来したと、伝えているのだそうです。

困ったことに対して、不平や不満、愚痴を口にせずに、今まで「当たり前」だと思っていた周りの方々の優しさや思いやりに目を向けて、感謝すること・・

そして最後は、その問題自体にも、 

気付かせてくれたキッカケとなってくれたことに感謝すること・・

すると、一人さんの仰るように、もう問題点は消滅してしまいます。

そして同時に私たちの魂は、また一歩進歩していきます。

今感じている、 

・困ったことは何ですか? 

・不安に思うことは何ですか?

・不満に思っていることは何ですか?

以前の記事にも書きましたが、中間世記憶を持つ子供たちの天国での神さまとの相談の様子からすると、私たちは生まれる前に、両親を選んで生まれてきました。

そして健康な体になるのか、病気の子供として生まれるのか、

どんな経験をこの人生でするのかを、決めたうえで生まれてくるのだそうです。

そして容姿や性格までも、その人生の目的達成のために決めて生まれてくるのだそうです。

性格もです!

これが何を意味するかお分かりですか?

つまり、

・目の前のどうしようもない人、

・自分の思い通りにならない、夫や子供、

・性格の悪い上司

それらは全て、その役割を全うするために、今世において、その性格になることを、嫌われるのを覚悟であえて選んで生まれて来たということです。

元々、その方は、陰険な意地悪な性格の魂だったわけではありません。

今世において、あなたとの関わりにおいて、そのような決められた役回りをする必要に駆られ、その性格を選んで生まれてきたと言うことです。

私たちの身近にいる人と言うのは、一番ご縁が深く、大切にしなければならない人です。

自分が嫌だと感じる一面だけを見て判断するのではなく、感謝の気持ちで、優しさと思いやりでお付き合いしたいものですね。

その方たちは、私たちに「感謝の心」の大切さを教えるために、あえて悪役を演じてくださっている魂たちだからです。

 

最後に作家の三浦綾子さんのお話をご紹介します。 

三浦さんは学校の先生だったのですが、24歳の時に突然の高熱で入院。

その入院が13年にも及びます。

結核自体が、当時不治の病だったのですが、脊椎カリエスを併発。

動かせるのは首だけで、寝返りを打つことも、排泄物を自分で処理することも出来ない毎日。

それが4年も続きました。

その後も、ご本人が「病気のデパート」と呼んでいるぐらい、ありとあらゆる病魔が襲ってきました。

紫斑病、喉頭がん、三大痛い病といわれる帯状疱疹が顔に発症、鼻が潰れる。

「お岩さんみたい」と三浦さんが言うと、お手伝いの女性が「そんなこと言うと、お岩さんに失礼ですよ」と言ったという話をご本の中で書いていらっしゃいました。

そして大腸がん、パーキンソン病と続きます。

普通の人間だったら、絶望のふちに追いやられるのに、三浦さんはいつも明るく、ユーモアに溢(あふ)れていたそうです。

「神様が何か思(おぼ)し召しが会って、私を病気にしたんだと思います。

神様にひいきにされていると思うこともあります。

特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと・・・。

いい気なもんですねぇ(笑)」

人間の精神は、どこまでも闇に行ってしまうこともあるけれど、何かきっかけさえあれば、反転しどこまでも高みに行くこともできるのですね。 

皆さんがご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。



2024年6月18日火曜日

3462「死を超えて明かされる秘密」2024.6.18

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月04日の記事を紹介します。


「死を超えて明かされる秘密」


ブッダの前世の物語、ジャータカによれば、 

ブッダは29歳で修行に発ち、35歳で悟りを開きました。 

インドには古くから、命あるものは生まれ変わりを繰り返すという「輪廻」の思想があります。 

仏教を伝えた人々は、ブッダは無限とも言えるような過去から生まれ変わりを繰り返し、

その中で善業を積んできたから、最終的に悟りを開くことができたと考えました。

このブッダの過去世での善業を伝える物語を集めたのが、「ジャータカ」です。

ブッダはかつて2つの重要な法則を私たちに教えてくださいました。

・因果の法則

・縁起の法則

 

因果の法則(カルマの法則)とは、すべての物事には必ず原因と結果があり、

すべてはその原因と結果の連鎖で成り立っているというものです。

これは私たち人間の生活や人生の話だけではなく、動物や植物といった生命全て、地球そのものが、この因果の法則によって成り立っていると言われます。

縁起の法則では、私たちの生まれてから死ぬまでに起こってくる全ての出来事は、

生きている私たちの意思や努力で変えられるものではなく、

既に生まれてくる前に決めたストーリーの通り、決まっている。

そしてこの人生ストーリーは,私たち自身と、神様で相談して決めてくるのだそうです。

この因果の法則は私たちの宇宙では、ブッダの説いたとおり絶対的な法則ですから、

私たちのこの人生ストーリーも、この法則から外れるものではありません。

神様から私たちの魂が枝分かれして宇宙空間に旅立ってから

今までに生み出した 因(カルマ・・良い意味でも悪い意味でも)によって

私たちは結果を受け取るわけですから、人生ストーリーの中で起こる色々な出来事も、

この因による結果の出来事が組み込まれることになります。

例えば、

・貧しい人に施しをしたことがあったので、困った時に助けが現れる・・

・困っている人を見て、見て見ぬふりをして逃げてしまったので、

 大切な時に物事の遅延が重なり、なかなかことがうまく運ばない

 

など・・(本当はこのように単純には起こりませんが)

 

この因果の法則は、言いかえると宇宙の法則

与えたものが、受け取るもの

と言うことです。

・温かい言葉を投げかければ、温かな言葉をかけられます。

・笑顔を向ければ笑顔が帰ってきます。

・親切にすれば、親切にされます。

・傲慢な態度を取れば、傲慢な態度で返されます。

因果の法則は決して私たちを苦しめるものではありません。

神様が私たちを苦しめる法則など作らないからです。

この人生ストーリーをベストなタイミングを図り,起こしてくださっているのが神様や仏さま。

そしてこの地球において、そのストーリーを展開するために、 

色々な役割を演じてくださっているのが、友人・知人・家族たちとなります。 

様々な役目があります。

・親切な役

・憎まれ役

・味方、敵

・殺し役、殺され役

・運命を回転させる推進役

・親、兄弟、友人、同僚役

全部この因果の法則の「結果」部分の出来事を、私たちの人生という大舞台で

一緒に演じてくださっています。ブッダが縁起の法則で言うように、

私たちの人生ストーリーは、寸分の狂いもなく決まっており、私たちは、その流れに身を任せるだけです。

ブッダの言うように、私たち生きている間の

・意思や努力

・必死なもがき

で変えられることは 0パーセントです。 

変えられません。

ましては他人(子供や家族を含め)の人生を、

私たちの自分勝手な価値観で変えさせようとすることなど不可能です。

因果の法則も、縁起の法則も、神様が決めた法則です。

つまり「慈悲や愛」に根ざしているということです。

神様と私たちが生まれてくる時に決めてきたシナリオは、

私たちの魂の成長を目的に書かれていますから、愛そのものと言えます。

私たち生きている人間は、起こってくる出来事を

「あるがまま、ありのまま」 

に感謝して受取り、下手にもがいたり、変えようとは思わず、神様を純粋に信じて生きていればそれで良いようです。

難しいことはありません。

自然界に生きる、動物や植物たちと同じです。 

私たち自身の決断も、行動も結論から言えば、もう決まっていることです。

私たちは神々の「愛」を信じ、「あるがまま、ありのまま」の流れに任せ、

神々が織りなす愛と善を自分自身の役割として演じながら、味わい、理解するための経験を,この地球でさせていただいているのかもしれません。

 

因果の法則とは、盗んだから盗まれる。。と言うような単純な反応ではなく、

様々な因が絡まりあって、結果を生むようです。

激しい結果を受け取ることで、一気に沢山の因の解消を図ることもあるようです。

(そのためには強い魂である必要がありますが)

これも神様と相談して人生ストーリーに組み込まれます。 

そしてもう一つ大切なことがあります。

既に因果の法則の「因」を燃やしつくした方も居らっしゃるということです。

その場合、因果の法則の因に縛られることがありませんから、行動の自由度も増しますが、多くの場合は、既に高貴な魂となっていますから、自己犠牲的な、人類の成長に貢献するような出来事を人生ストーリーに組み込んで来られる方がいらっしゃると言うことです。

3.11の東日本大震災では,多くの犠牲がありましたが、その方々の貴重な生命の犠牲をキッカケとして日本の集合意識は大きく目覚めました。

神々の計画であった精神性の復活の時代が始まりました。

生きている人間からすると「死」と言うものは永遠の別れ、悲しいもの、忌み嫌うべきものと捉えがちですが、大きな永遠の生命の流れの視点から見れば、一つの通過点という意味になります。 

悲しいことではありません。

また逢えるのですから。

ですがその分、生きている人々に大きなインパクトを与える出来事になります。

悲しい、苦しそうな、辛そうな死を迎えた人もそこには大きな意味があったということです。

決して偶然に、運悪く、バチが当たって死んだわけではありません。

それをきっかけに世の中の流れが変わったのかもしれません。

周りの人の心に何か変化が起こったかもしれません。

 

自然界を見れば、この自己犠牲的な死を選ぶ動物や植物は沢山います。

それは、その動物たちの集合意識が、個の生命よりも集合体としての,全体の存続を選んだ時です。

決して自分が死に役になったからと,不平・不満を言う者はいません。

人間も同じです。本当はそんな純粋な心を持っています。

人間の肉体の生体反応では,頻繁にこのことが行われています。 

ある細胞が犠牲になることで、他を生かすようなことが沢山あります。

たとえ私たち残された者たちの顕在意識が、疑問、不満を持ったとしても、本当は潜在意識、次元の上のレベルの私たちの意識では納得しています。

それが最後の別れではないと知っているからです。

その出来事を通過することで、 

全体の調和と進化が測れることが分かっているのですから。

死別は大きな出来事です。

その隠された秘められた大切な、壮大な意味は神様しか分かりません。

ですが、神様は私たちを見捨てません。 

裏切りません。愛そのものです。

残された私たちは、今 目の前の人、事を大切に、誠実に生きることで、亡くなった大切な人たちと、死を乗り越えてまた笑顔で会えることでしょう。

そして秘められた秘密は、死を超えて、その再会の時に 

きっと明らかにされることでしょう。

 




2024年6月17日月曜日

3461「マシュー君のメッセージ」2024.6.17

今回は玄のリモ農園ダイアリーさんの2024年6月7日マシュー君のメッセージ(210)の記事を紹介します。

 

「マシュー君のメッセージ(210) 」2024年6月4日

玄のリモ農園ダイアリー (moritagen.blogspot.com)

 


マシューです。この宇宙ステーションにいるすべての魂から心からのご挨拶をします。ドナルド・トランプに課されたすべての重罪に対する有罪判決が、その国の光の進展にどのような影響を与えるのでしょうという質問が来ています。この裁判は、政治や法律のアナリストたちに議論するスキャンダルな材料を与えましたが、宇宙の歴史の中では、ほんの脚注止まりの扱いになるでしょう。地上の活動を反映する地球の潜在的可能性のエネルギー場でさえ、判決が発表されたときにはしゃっくりをしただけだったのです。

だからといって、その国で重要なことがほとんど起こっていないわけではありません。そこでも他の場所でも、光対闇の戦いのこの最終局面では、強力な魂でさえも急上昇するエネルギーにさらされ続けています。闇はもう自分たちが終わりだと知っており、最後のあがきで作っている波は、惑星内外のたくさんの発信源から送られてくる強化された光によって打ち消されています。親愛なる兄弟姉妹たち、あなたたちもその中にいて、その光は確かに強いのですが、あなたたちの第3密度の肉体は、エネルギーの衝突によって引き起こされる疲労やバランスの崩れからの影響を受けやすいのです。

光は闇に打ち勝つ唯一の ”武器 ”というだけでなく、それをはるかに超えるものです。光はあなたたち自身であり、パワフルな不滅の魂です。光はこの宇宙に存在するすべてであり、この宇宙の生命であり、意識なのです。

僕は母に、これからその都度指定する文章をここにコピーしてくれるよう頼みました。その情報があなたたちにとって新しいものであれ、見慣れたものであれ、心に留めておくことで、地球の未来についてこれからの数カ月を自信と心の平安と気楽さをもって乗り切ることができるでしょう。[以下の抜粋は、マシューブック3『イルミネーション:新しい時代への輝き』と他のメッセージからのものです。]

      ::::::::::::::::::::::

スザンヌ:マシュー、神性なる光について教えてください。

マシュー:光に ”神性なる”をつけても ”最高の光”になるわけではない、お母さん。単に、光は神性なのだ。光とその不可分の愛の要素は、創造主の源(ソース)のエネルギーであり、宇宙で最も強力な力であり、生命そのものの本質である。愛と光は創造主であり、創造物なのだ!

それは、これまでに創造されたすべてのものの生命力であるだけでなく、魂の構成要素でもある。それぞれの魂は、スピリチュアルな進化を示す場所や 宇宙のどこに位置しているかとか、肉体やエーテル体、フリースピリットの状態に関係なく、それを識別する独自の光の流れ(ストリーマー)を持っている。あなたたちは永遠の愛と光の存在であり、あなたたちのエネルギーの高い波動は、そこにいたすべての年月の間、この惑星によりよいものを創りだしてきた。ただあるがままに存在しているだけで、あなたたちはとてもパワフルで、影響力がある。

話しやすくするために、僕たちは通常、光または愛と言う・・光と愛はまったく同じエネルギーであるため、この言葉は交換可能である。この2つは、見え方、感じ方、表現の仕方は違っても、コインの裏表のように分けることはできない。光は魂の構成部分であり、愛は魂の機能であると言えるかもしれないが、魂がこの宇宙の最高存在である神や、創造主・・無限、永遠、全能、全知全能の源、すべての一体性(ワンネス)・・との永遠のつながりから切り離されないのと同じように、これらを切り離すことはできない。

太陽からとされる光は、実際にはキリスト領域を通して神からのものであり、創造主の最初の自身の表現である。 ビッグバンは誤った呼称であり、創造主/源(ソース)/創造が光として自己表現したとき、”始まり”は完全に沈黙していた。創造主:究極の存在であり宇宙の最高の支配者。源(ソース):存在のすべてがそこから来る。創造:その作用と”産物”である不滅の魂。

創造による存在するものすべては、光と愛の絶え間ない流れによって産まれるエネルギーが方向付けされ、そして受けとめられることで具現化され結びつけられる。そこには始まりも終わりもなく、ただそこにあるだけだ・・それが、全ては一つ(ワンネス)と言われるものだ。そしてそれぞれの魂がその分身であり、それぞれ光か闇を生み出す能力と選択を持っている。

光は、あなたが神、アラー、エホバ、ヤハウェ、あるいは他のどんな名前でも呼ぶことのできる至高の存在を通して、この宇宙にもたらされる。そしてすべてのものは、このエネルギーによって、またこのエネルギーの中で普遍的につながっている。この宇宙全体が光なのだ。したがって、信仰とみなされる精神と、事実とみなされる科学は同じものである:さまざまな振動数で変動する光である。

宇宙の秩序を保つバランスは、組織的な膨張と収縮によってもたらされる。光の絶え間ない動きによって、マインドは自分自身や他の人々、環境など・・あなたたちの世界で一見目に見えるものすべて・・を確固としたものとして認識することができるが、宇宙的な現実は、あなたたちが目にするものすべてが、無限の振動数帯域に沿って変動する光であり、その範囲も無限である振動を生み出している。平和的な交渉に向かう原動力となっている高い波動エネルギーは、闇の意図に基づくすべてのものをも取り崩している。

言葉は波動エネルギーを発し、光、平和、愛の波動エネルギーは最も高い波動エネルギーである。宇宙の引き寄せの法則、つまり”類は友を呼ぶ”法則によって、言葉の波動エネルギーは”同じ類”と結合し、あなたたちの世界に向けて出て行く。高い波動エネルギー域の言葉は光と融合し、低い波動エネルギー域の言葉は闇の付着(アタッチメント)を持つエネルギー・ストリーマー(指向流)に引き寄せられ、言葉から発する波動エネルギーがそれが合流する源を強める。

単に神性的な生き方をすることが光を吸収することであり、ケムトレイルやその他のあらゆる形態の汚染に含まれる有毒物質に対する身体の最善の防御策である。光は免疫システムを強化し、健康な身体、心、精神を促進するバランスを達成し、維持するのに役立つ。

僕たちは、あなたたちの細胞基盤構造がクリスタル基盤構造であるかどうかを見分ける方法を教えることはできないが、炭素構造からの変換は光の吸収によってもたらされ、それは簡単にもたらされると言うことはできる。神が僕の母に言ったように、 「それは簡単なことだ、親切であればよい」。

炭素基盤構造の細胞がクリスタル基盤構造に変化することの重要性は、いくら強調してもしすぎることはない。クリスタル化された細胞には宇宙的知識が含まれており、地球が向かっているアストラル領域で肉体が生存能力を維持することを可能にする。

光の受容は魂の領域である。光の吸収は肉体の領域であり、肉体はDNAによって光を受け入れるようにプログラムされた細胞に光を導く。しかし、闇のエネルギー・・科学的に言えばネガティブなエネルギー・・が付着していると、光が遮断され、細胞への流入が妨げられるため、結果としてDNAに悪影響を及ぼす。

闇の勢力は、その妨害プロセスによって、意思や自由意志による選択が貪欲さ、冷酷さ、権力欲に支配された地球上の人物を操り人形にすることができる。そのような人たちは、自分の意志や行為を高めるための光を自分で作り出すことができない。だからこそ、他の源から光が送られなければならない。それが、ほとんど”愛の攻撃”と呼べるほど大量に送られると、エネルギーの高まりが非常に強力なため、無視することはできなくなる。

だからこそ、非良心的あるいは極悪非道とみなす行為を行っている人々に光を送るようあなたたちに強く勧めるのだ。これは彼らの行為を容認することでも、彼らが引き起こす苦しみに無関心であることでもなく、ましてや彼らの行為を支持することでもない!それは、闇は光の敵でも光の反対でもなく、光の不在であり、その空白を光で満たすことによってのみ、人々の闇を克服することができるということを理解することなのだ。

人々や地球そのものの痛ましい傷は、あらゆる形の悪と呼べるものによって引き起こされてきた。それをさらけ出すこと・・文字通り ”光で照らす”こと・・が、癒しをもたらすために必要なのだ。光・・愛・・は、一人の人間であれ、想像を絶するほどの巨大な闇を持つ宇宙の力の場であれ、痛みを癒すことができる宇宙で唯一のものだ。

だからこそ、嫌悪感を抱くような行動や言動をとる人々に光を送り、彼らの選択や行動に光を与えようとすることが極めて重要なのだ。 言葉や文章で訴えても、その人の良心に触れるか触れないかはわからない。なぜなら、魂の層は、意識へのメッセー ジが何度も何度も無視されると萎縮してしまうからだ。  光を送られた人がそれを拒否することがあるのは事実であり、光の癒しのエネルギーだけが憎しみ、暴力、抑圧、残忍さ、戦争をなくすことができるのも事実である。いかなる報復も、それを行うことはできない!

これがこの宇宙を支配する物理学であり、絶え間なく動いている宇宙の引き寄せの法則、つまり”類は友を呼ぶ”ことだ。地球人の集合意識にどんなエネルギーが注ぎ込まれようと、それは宇宙意識(マインド)へと打ち出され、”同類”のエネルギーを引き寄せて、あなたたちの世界へと持ち帰る。光と愛がマインドとハートの中にあるとき、それはより多くの”同類”をもたらし、そうすることで戦争と暴力は止まるだろう。

光と愛のパワーがすべての鍵だ!まだ闇の行いの背後に隠れている者たちが明らかになったとき、どうかこのことを一番に心に留めておいてほしい。彼らを罰することに考えを集中することで、あなたたちの光を弱めるのではなく、むしろ彼らの本来の姿、ワンネスの鎖の最も弱い輪であると考え、彼ら自身を高揚させ、すべての魂のための鎖を強化するために必要な癒しのエネルギーを送ってほしい。

スーザン:マシュー、恐ろしい苦しみを造っている人たちの行為とその人たちに対する私の考えを分けて考えるなんてとても難しいわ。だからその人たちに光を送るなんてとてもできそうもないし、ましてやそれを愛と思うなんて。

マシュー:お母さん、闇の中で行き止まり不安になっている人には、懐中電灯を照らしてその人が自信を持って安心して行ける道まで案内してあげるでしょう?それらの魂は道に逸(はぐ)れてしまって怖くなり立ち往生しているんだ。

その行為で彼らを見るのではなく、あなたが心からこうあって欲しいことを思うんだ。優しさ、助けようという心、そして公正さと分かち合いを思うんだ。世界中の人々が調和と平和と愛の中に暮らすことを思い、その思いを闇の中にいるそれらの魂に送るんだ。

スーザン:人を愛することで、私たちは自動的にその人に光を送るのだと思っていたけれど、今はそれ以上のことがあるのではないかと思っているわ。

マシュー:誰かを愛する気持ちがその人に光を運ぶのはその通りだけれど、それ以上のものがあるかもしれないと考えるのも正しいんだ。 だから、”送る”効果を発揮するために、そのプロセスを理解する必要はないけれど、その仕組みを説明しよう。

光とはあなたの精神(スピリット)の中にあるもので、何かに喜びを感じたり、自分にとって特別だったことを思い出したりするときに、気持ちが明るくなると表現する感覚だ。飼い犬が抱きついてきたり、好きなシンフォニーを聴いたり、美しい夕日を見たときにどんな気持ちになるか考えてみてごらん・・まるで自分全体が光に包まれるような感覚になる、それこそが起こっていることだ。その体験こそ、実際に光に満たされていることなのだ。

その光は、魂から発せられ、心(マインド)とつながり、身体を通して流れ、うっとりするような感情や感動的なハッとするような感覚を生み出しているんだ!その感覚を得るために何かをする必要はなく、その感覚を呼び起こすものが何であれ、その感情を生み出すために特別な努力をする必要はない・・ただ、魂が光を受容することによって、その感覚が得られる!

光・・ここではそれを愛と呼ぼう、なぜならそれがここで実際に話していることだから・・が、ある人から別の人へ伝わるのは、原因と結果に違いはないのだが、誰かに意識を集中することで、それを送りたいと思うかもしれない。そうすれば、瞬時にその思考と感情の波動エネルギーは相手に届く。

エネルギーは、その意図と強度を持つ思考形態に沿って流れ、送ったのと同じ量の愛は、望む”エネルギーの宛先”に直接届く。意図と感情が完全に明確であるため、”誤った宛先”はありえない。もちろん、受信者は意識してこのことを知ることはないが、受信者の魂は ”配達 ”に気づいている。

最も簡単に言えば、光を受容することで、第3密度の限界を超越したスピリチュアルな明晰さが得られるということだ。偏見や違いを憎むこと、貪欲に行動すること、他人の選択を批判すること、恨みを抱いたり復讐を願ったりすること、冷酷さや不正や嘘によって出世すること、他人の人生を支配して自由意志を否定すること、直観がそれが神性に基づくものではないと告げているにもかかわらず、盲目的に教義や命令に従うことなどだ。そして、第3密度の限界の中で最も大きなものは恐怖だ。実際、僕があげた他のネガティブな感情や行動はすべて、恐怖から生じている。

僕が述べたようなネガティブな部分を何か変化させることで、光を受け入れ、スピリチュアルに成長していると考えるのは理にかなっている。ポジティブな変化は確かに進歩だが、個人的な状況や世界的な状況に対してまだ恐れを感じているなら、それはあなたたちが思うほどではないかもしれない。スピリチュアルな成長とは、恐れずに生きることを学ぶことであり、比類のない愛のパワーを完全に信頼することを学ぶことだ。

光の”日常の”使い方として・・お母さん、ここでは愛と言おう。あなたたちの世界では、愛は無限のものだが、この言葉が一般的に使われているにもかかわらず、そのことは認識されていない。もっとも端的な言葉で言えば、愛とは神が創造したあらゆるものと神自身が分かち合うことだ。愛は宇宙の癒す力(ヒーリング・フォース)だ。愛は魂の内にあって、他人を愛したり、他人からの愛を受けとるときに自然に湧き出るそのような感覚をただ認めることを必要とするだけだ。愛の能力に限界も境界線もない。

愛の表現としては、親切さ、公平さ、正直さ、思いやり、助けになること、優しさをもって他人に接することだ。もし愛に”成分”があるとすれば、これらがその神性な成分が作用している表現だろう。

あなたたちと神と神の創造物すべてとが分け隔てできないことを知ることは愛だ。地球が感覚ある意識を持った生命体であること、そしてそこの生命体をすべて敬うことが愛だ。

魂のレベルで他人を知ることは誰もできないことに気づくこと、したがって、人を判断せず、その不正と見なされる行為だけを問題にすること、それも愛だ。

人の内なる神性さの声に耳を傾けることは愛だ。自己を愛するこころを育むような生き方を選ぶことは愛だ。それを他の人がしているのを見て喜ぶことは愛だ。

他の人に喜びをもたらすことをすることは愛だ。自己と他人を許すことは愛だ。心から惜しみなく持っているものを分かち合うことは愛だ。見返りを期待せずに良いことをすることは愛だ。

こころと気持ちに平和を感じることは愛だ。夕焼けを見たり、小鳥のさえずりを聴いて静かに感動することは愛だ。そして、微笑みはもっともシンプルでもっとも輝いている愛の表現の一つだ。

遭遇するこういった状況やほかの多くの状況のどれにあっても、直観的に愛が作用していると分かるときは、神に対する愛、そして神の愛を顕現しているのだ。

お母さん、とりわけ驚くようなことは何も言っていないと思うよ。でも、素晴らしいほど豊富に愛が存在しているあなたたちの世界だけれど、今の時期はそれに闇が影を投げかけているように見えるので、導く光としてなにか参考になるものがあるのもいいと思う。

            ::::::::::::

ありがとうございます、お母さん。愛する兄弟姉妹たち、あなたたちは創造主、創造、ソース(源)、宇宙の至高の存在、そしてこの宇宙の至高の存在の不可欠な分身であるからこそ、ただ存在しているだけでパワフルなのです。あなたたちが熱望して志願し、地球ファミリーが愛と光で第3密度の世界を第5密度の楽園に変えられることに気づく助けをするために選ばれたのは、それが理由です。確かに素晴らしい目標ですが、時空連続体においては、すでに壮大な成功を収めています!

この宇宙のすべての光の存在が、あなたたちを讃え、無条件の愛のパワーであなたたちを応援しています。

__________________________

愛と平和を

著者:スザンヌ・ワード 原文:Matthew's Messages 訳文責:森田玄

2024年6月16日日曜日

3460「願いを叶える言霊」2024.6.16

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年06月03日の記事を紹介します。


「願いを叶える言霊」


山幸彦の神様としての意識を保持して生まれて来た小学生の神様トキ君が、

願いを叶える言葉を神様から教えていただいて、それを実行し始めたそうです。

(トキ君の場合、1日1万回だそうです) 

1日1万回、その言葉を唱えることで願いが叶ってしまうそうです。 

その言葉とは・・・

ありがとう 

その詳しい理由を私も以前記事にしていましたので再掲します。

今日のテーマは「現象化する言葉」ということで、小林正観さんのお話を紹介します。

<引用開始> 引用元

空也上人
 

「言葉が現象化する」と言うと、多くの場合、誤解されている部分があるようです。

「こうなりたい。ああなりたいと口に出して言うと、それが実現する」という誤解です。

「言葉が現象化する」というのは、たとえば、神社仏閣に行って、

良縁祈願というものをお願いしたとします。

・いい人と出会わせてください。

・いい人と結婚したいのです。

・素敵な人と出会わせてください

と100回お願いをしたとします。

そうすると、その言葉をまた言いたくなるように現象化します。

つまり、いい人や素敵な人にはいつまでたってもなかなか出会わない、という現象が起きるのです。 

同じように「商売繁盛をお願いします」と千回行ったとします。

千回それを言ったことによって、また同じ言葉を千回言いたくなるように現象がセットされます。

言ったとおりの言葉をまた言いたくなるように、言った数と同じ数だけまた言いたくなるように、宇宙では現象化が始まる・・・というものです。

聖書の中にこんな言葉があります。

「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき」

「言葉は現象化する」という宇宙の大法則を述べたもののような気がします。

これも、その言葉を言ったらその言葉が実現する、というものではないと思います。 

 

「言葉が現象化する」というのは、

「その言葉をまた言いたくなるように、現象がセットされる」

というふうに、私の認識の中ではとらえられました。

これは神社仏閣に行ってお願いごとをする、そういうことを要求するということが、

ほとんど意味をなしていないということにもつながっています。

では「言葉が現象化する」、

つまり「その言った言葉をまた言いたくなるように現象がセットされる」のであれば、 

最も効率の良い言葉は何でしょう。

たとえば「うれしい」という言葉を一年間に千回言ったとします。

そうすると、その「うれしい」という言葉をまた千回言いたくなるように、来年は現象がセットされます。

「楽しい」という言葉を二千回言ったとします。

その「楽しい」という言葉をまた二千回言いたくなるように現象がセットされます。 

「幸せ」という言葉を年間三千回言ったとします。

その「幸せ」という言葉を年間三千回言いたくなるように現象がセットされます。

一番効率の良い言葉は、

・ありがとう

・ありがとうございますです。

「ありがとう」「ありがとうございます」という言葉を年間一万回言ったとします。

そうすると来年

・ありがとう

・ありがとうございます

という言葉を、また一万回言いたくなるような現象がセットされ、次々に降ってくるのです。

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

という言葉を、何千回何万回と宇宙に向かって言ったとすると、その言葉を同じ数だけ言いたくなるように宇宙の現象がセットされます。

そして、

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

と言いたくなるような現象が降ってくるのですが、それがどんなことであるのかは、わかりません。

だから楽しいのです。

おもしろいのです。

そして、ワクワクします。

ドキドキします。

このワクワク感、ドキドキ感というのは、何にも代えがたいおもしろさであり、楽しさです。

<引用終了>

  

これはまさに「波動の法則」そのものです。

自分の今、全宇宙に発振している、周波数(波)が、どこかの誰かに必ず共振現象を起こし、

その波長にふさわしい現象や人を引き寄せる・・

そういうことです。

「何々してください」という祈り、願いは、飢餓感、欠乏状況の波動を発信していることになります。

飢餓感、欠乏感のある人に受信され、増幅され、ますます、その状況が拡大して、自分に戻ってくることでしょう。

ですから、「ありがとう」という感謝の心は、どんな時も、重要な役割を果たします。

「ありがとう」と感謝の心を持つ人には感謝の心を持つ人が呼応し、あたたかな人、現象

救援、救助の手が差し伸べられることでしょう。

それに対し、

・良い人と出会い、結婚さえできれば

・お金さえあれば、お金ができてから・・

・時間さえあれば

・病気さえ治れば

そのような、他人や、物に依存する心を持つ人、現状に不平不満を持つ人には、

同じ波長の人が、その波をキャッチして、周りに集まってくることでしょう。

ますます、同じ波長、現象が強化され、固定化してしまいます。

神々の恩寵は、人間の「感謝の心」を媒介にして現象化するといわれます。

どんな状況かであろうと「ありがとう」と感謝の心を持つ人は、同じ現実の中にあっても、

神さまの光に包まれ、幸せな人生を送っていることでしょう。 

 

それが、空海が教えてくだ会った「即身成仏」つまり、生きている間に

・天国に住む

・地獄に住む

ということです。

生きながら地獄に住む人とは常に心に

・不平不満

・愚痴

・悪口

・疑心暗鬼

の心を持つ人です。

生きている間に「地獄」に住んでいらっしゃる方は亡くなったからと言って、天国に行くわけではありません。

心の状態そのものが、肉体亡き後に、自分の周りに現象化するからです。

逆に、同じ環境に置かれていようと、「ありがとう」の感謝の心を持つ人は、亡くなった後、直接天国に直行しあたたかな心の人たちに囲まれ、幸せな境遇に暮らすことでしょう。

それほど、心の在り方、、というのは大切なことです。

どんな時も、どんな境遇に置かれても

・うれしい

・楽しい

・幸せ

・ありがとう

の心でいたいものですね。 

皆さんも是非、普段から「ありがとう」の言葉を連発して、幸せを掴んでください。 

きっと神様が願いを叶えてくださいます。